鬼の世が干渉する人間の国は、鬼と相反するように色が濃く。
鬼が緑、赤、青、金、白、さまざまな色を持つ中でも、黒髪黒目が多い人間の花嫁が目立つほど。
黒い鬼と言うのは少ない。玻璃が生まれた時も、黒鬼であることは驚かれた。産婆からは私の色が入ったのだろうと言われた。鬼は元々、黒い色を持っていたとも。
どうして今のように色鮮やかになったのかは分からない。
しかし白鬼と言うのは、長い時のなかで、神秘的な美しさを醸し出すかのように、色が抜け落ちていったもの。
それに黒い色が入るのは、白鬼にとって屈辱的なことだとも……白玻は吐き捨てた。
私としては……八雲と同じ色の角を持って生まれてくれたことを、何よりも嬉しく感じているが。
「同じ、黒」
夜霧さんも、白矢くんも、黒い角、黒髪黒目。
「お前は……ぼくたちを裏切った」
白矢くんの言葉は、夜霧さんに注がれる。
「復讐すると誓ったのに……白玻に輿入れした人間と、その息子と共に住むことを選らんだ。これは裏切りだ!」
「それは……っ」
白矢くんの言葉に夜霧さんが口ごもる。思い出したくもない。けれど私が白玻にかつて嫁ぎ、玻璃がその血を継ぐことは……事実。
「それは違うぞ、黒鬼の子よ」
その時、どこか厳かな八雲の声が響くように漏れる。
「壱花は我の花嫁である。ほかの誰かの花嫁であったなどと言うことは許さぬ。そして玻璃が真に誰の血を引いていようが、全ての鬼の子らの原点は鬼神に通ず。ならば玻璃が壱花と我の子であることに代わりはない。そして何よりも重要なのは近しき血ではなく、玻璃が誰を父母と思うかだ」
「戯れ言だっ!」
「だが同時に夜霧もそなたも鬼の子ならば、我が愛しき鬼の子らには違いはない。それにこの角は……鬼神の角が金色だと言うのに、何故黒く染まっていると思う……?」
そう言えば……。玻璃の場合は特殊な事情だったけど……。
「それは鬼神となる前の鬼の祖先は角が黒かったからだ。我が角はその先祖返りなのだ」
じゃぁ……玻璃も私の血がはいったからってだけじゃない……?
「無論、玻璃もその可能性はある。鬼の子なのだからな。そしてそなたも夜霧も我と同じ色を持つ」
「けど白鬼は……白玻の一族は、ぼくたちを散々、何百年も苦しめて……最後には皆殺しにしたんだ……!ぼくと夜霧を残して……っ」
皆殺し……っ!?
「そうか……そなたらは、闇鬼だな。そして察するにあの頃からだとすれば……数百年。ずっとその姿か」
「夜霧は無理だけど、ぼくは変えられるから」
姿を変えられる……鬼もいるの……?
「普通の鬼には持たぬ力を持つ異質な鬼。それが闇鬼と呼ばれた鬼たちの名だ。お前たちはその力を使い、白鬼の一族に紛れ込んだのだな」
「そうだよ……復讐するために。長い時間をかけて……そしてあの鬼は歴代の白鬼の中でも弱々しい」
白玻が……?もしかして……妙に威勢を張っていたのは……それを隠すため?
「そのために花嫁を道具などと、片腹痛い」
最後には弥那花のお陰で愛する心を知ったと言っていたけれど。
「罪は消えぬ。被害者からすれば」
つまりは……白矢くんと、夜霧さんからも。
「でもま、鬼神と我を敵にしたのだ。白鬼たちは裁かれる。かつてはその家系ゆえに首謀者を処罰することで一族は続いたが」
一度処罰はされていた……でもそれだけで霧が晴れるわけではない。
「それでもぼくたちは……化け物と呼ばれ続けた。鬼の中には入れなかった。白鬼は罰を受けてもなお、ずっと……そうしたんだ」
「でも……夜霧さんは……私たちの大切な家族だよ」
「夜霧は……言霊を扱える。お前たちを好き勝手に言いくるめることだってできるんだよ!ぼくをあの女と白玻の子だと認識させられたように!」
それで……弥那花は自分の子だと認識していたのね。
――――だけど。
「夜霧さんは優しいから。私たち家族にそんなことはしないと思う」
「まぁ、俺の加護があるから、効かぬが。こやつはそう言うたちでもなかろう?でなければ壱花が望んでも放っておいた」
「最初から……全部分かっていらしたんですね」
「全部ではないさ。夜霧が話すたび、言葉に力が宿るのが分かったくらいだ。あとは本当の色よな」
「何だよ……っ、それ……!勝手に絆されて……そいつらのところに……っ」
「あの……あなたも一緒に来ませんか?」
「……は……?」
「だって……あなたは夜霧さんの、家族……なんですよね。だったら、あなたも私たちと家族のはずです」
「何……言って……ぼくは、化け物だ」
「関係ないです」
「……っ」
「私は……あなたと家族になりたいです」
「バカじゃ……ないの!?お前はバカだ!そんなことをしてみろ!お前は鬼たちの敵になる!」
「それは……今までと同じ……だから。でも、八雲たちが家族になってくれたから、別にいいです」
「……はぁ?」
「そうさな。あと、伊月と柊の勢力も我らと志を同じくする」
つまり白鬼の一派だけ仲間外れ……。でもそれは夜霧さんたちにしてきたことを思えば、無罪放免とはいかないだろう。
「壱花のこともだぞ?」
「……え?」
「それに、我も伊月も鬼の子らはかわいい血族には変わらん。柊も特に反対はしないだろうさ。ある意味泣くだろうが、歓迎するだろう。なぁ?」
八雲は何故か意味深な笑いを夜霧さんに向ける。
でもある意味泣くってどういうことだろう……?
「そ……れはっ」
そして夜霧さんの顔が赤い……ような……?
「そなたも我と共に来るがよい」
最後は……やはり八雲が導いてくれる……。
「あなたは、本当はなんて名前なんですか?」
手を差し出せば。彼はゆっくりと口を開く。
「……壹夜」
「いよくん、ですね」
重なりあう手は、まるであの日、八雲に家族として迎えられた時のように、温かい。
「ふうん……壹夜……か。これも運命かも知れぬな……揃いだ」
八雲が微笑む。運命……とは……?お揃いと言うのはやはり角のことだろうか。そう思っていれば、八雲が何故か意味深な笑みを向けてきた。
「あと、壱花。壹夜は……女鬼だぞ」
「……え?」
夜霧さんをちらりと見れば。
「……妹です」
なぬ……っ。
「わ……悪かったな……」
壹夜くん……いや、壹夜ちゃんは照れたように顔を背けてしまったが。
「壹夜ちゃんみたいなかわいい妹なら、大歓迎です」
ぽすんと抱き締めれば。
「意味深……?」
壹夜ちゃんの言葉に。
「どうでしょうか」
戸籍上は……いたのだが。結局姉妹と呼ぶ関係ではなかったのかもしれない。
「恐らく余程のことでもなければ、会うこともなかろう」
「心配しなくても……」
「それでも俺にくらいは……何でも打ち明けておくれ」
「……うん」
――――本当は……姉妹になりたくなかったわけじゃない。
分かり合いたいと思ったことも確かに……遠い昔にあったのだ。