銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)は、元々はオカルトマニアしか知らないような研究者だったんだ。胡散臭いUMA研究者ってね。でもツチノコの件があって、『あの人まともな博士だったんだ』っていうのが最初のオカルト界隈の感想。オカルトファンは同時に陰謀論も大好きだからね。急にメディアに出なくなった銀騎詮充郎に対してはオカルト的、あるいは陰謀論的憶測が飛び交ってる」
 
「どんな?」
 
 蕾生(らいお)が興味を示しているのが嬉しいのか、(はるか)はさらにニヤリと笑いながら続けた。
 
「例えば、ツチノコは毒を持ってるから生物兵器に転用しようとして、さらに毒性を高めたものを繁殖させてるとか。それには政府も絡んでいて、発表されている総個体数からすれば絶滅危惧種に指定されるべきなのに、そうせずに銀騎研究所が独占してるとか。酷いのになると、本当はツチノコ以外にも新生物が発見されていて、銀騎研究所はUMA動物園を作ってるとか!」
 
「──まさか」
 
 さすがに蕾生も一笑に付した。永もクスクス笑って答える。
 
「最後のはただの妄想だと思う。でもツチノコの繁殖についてはそういう論文を出したこともあるから、根も葉もない噂ってわけじゃない。ただ、僕はそのツチノコの繁殖が上手くいってないからメディアに出ないだけだと思うね。仮に成功してたら大威張りで会見とか派手にやると思うもん、あのジジイなら。虚栄心の塊だからさ、自分の功績は殊更大袈裟に発表したがるタチだから!」
 
「そうだね、否定できないのが孫としては辛いけど」
 
 星弥(せいや)も苦笑しながら永の論舌を聞いていた。祖父の悪口をこれでもかと聞いた割に、星弥は怒ってはいなかった。
 
「なんにしろ、胡散臭いってことだな?」
 
 とどめに蕾生が身も蓋もない一言でまとめた。
 
「まあ、学術的に認められてはいるけど、非公開な部分が多過ぎるからねえ。そういう黒い噂が絶えないんだよ、銀騎研究所ってのはさ」
 
「でも兄さんが副所長になってから、ちょっとは世間に歩み寄ってるんだよ? 企業とコラボしてドレッシング作ったり、この前の見学会だって怪しい研究所ではありませんって言う宣伝だし……」
 
「そういうのって、逆に後ろ暗いことを隠蔽したいからに見えるけどね」
 
「むー」
 
 星弥が入れたフォローを永が一蹴すると、今度は少し不機嫌になって永を睨んだ。
 
「おっとごめん。君はジイさんの悪口は聞き逃すのに、アニキの悪口は我慢できないんだね?」
 
 永が揶揄い口調でそう言うと、星弥は不貞腐れながらブツブツと言う。
 
「う……だってわたしお祖父様には可愛がられてないから」
 
「ふーん、なんとなく君を通しただけでも銀騎一族の関係性がわかるね。今日はそれだけでも収穫があったかも」
 
「それはようございました!」
 
 星弥がプイとそっぽを向くと同時に、永は立ち上がった。
 
「じゃあ、そろそろおいとましよっか、ライくん」
 
「いいのか? 鈴心(すずね)は結局来なかったけど」
 
「もう夕方だし、女の子の家に長居は禁物。来週も来てもいいでしょ?」
 
 永は有無を言わさない雰囲気で星弥に確認をとる。
 
「もちろん」
 
「じゃあ、今日はいろいろアリガト」
 
 そうして今日は鈴心の顔を見ることもできないまま、屋敷を去ることになった。蕾生は肝心の鈴心と接触できなかったので少し消化不良な思いだった。
 来週は会うことができるのだろうか。来週がだめならその次は?
 そんな想像をしていると、だんだんと鈴心に対して腹が立ってきた。