「ねぇ、もし今時間あったら、一緒に職員室来てくれない?」

高校に入学して2日後のこと。

朝学校に着くなり、前の席の子にそう言われた。

「あ、うん。いいよ」

「ほんと?ありがとう!」







「じゃあ、ここは松本さん!なんて書いたかな?」

小学二年生の私は、国語の授業で担任の先生に名前を呼ばれた。

「えっと、」

クラスの皆の視線を感じ、言葉が出てこなくなった。

「ノートに書いたこと、読んでごらん」

先生は優しく言ってくれた。

「夏だけど、涼しかったからです。」

クラスがざわつくのが分かった。

「お~、そういう意見もあるんだね。発表してくれてありがとう。みんな、拍手!」

この日は、腕に生まれつきのアザを持つ少年の話を授業で読んでいた。

質問は「少年が暑いのに長袖を着ていたのはなぜでしょう?」というもの。

今思えば、答えはアザを隠すためなのだが、当時の私は皆と違う答えを書いた。

そのときのクラスのざわつきが、ずっと頭の中に残っていた。

小学二年生で、批判するということはまだよく分からなかったと思うし、ただ私の答えが正解と違かったから少し「え?」となっただけかもしれない。

でも、その時から他の人と違う意見を持つのが怖くなり、私はどんどんまわりに合わせるようになった。


その後も、グループで意見を出し合ったりする時は目立たないように、皆の意見を聞いてから自分のを書いたりした。

自分の意見を言ったら、どう思われるんだろう。

なにか文句を言われるのか。

そのことばかり、考えていた。






中学に上がると、ますますその機会は増えた。

校外学習での班行動でどこに行きたい?と聞かれても「どこでもいいよ」

お昼なに食べたい?と聞かれても「なんでもいいよ」

今度どこで遊ぶ?と聞かれても「行きたいところあれば、着いていくよ」

いつからか、本当の自分の気持ちが分からなくなっていった。

ある日、席替えをしてなった新たな班で、係決めを行った。

「俺、副班長やるわ!」

「私、整頓係やりたい!」

同じ班の子達が次々と係を決めていくなかで、私だけが余ってしまった。

「あー、あと班長しか残ってないけど…松本さんそれで大丈夫?」

「あ、うん。班長やるね。」


本当は整頓係がやりたかったけど、この時も言えずに残り物をやることになった。

こんな調子で過ごしていると、あっという間に3年が過ぎてしまった。

「私、中学校で何も成長しなかったな…」と思うほど、中学校生活はあっけなく終わってしまった。





4月5日。私は高校に入学した。

「もう高校生だし、自分の意見をちゃんと持って、伝えられるようにしないと」

そう意気込んでいた。

同じ中学校だった人もいなくて、まわりは皆知らない人。

早く友達を作って、楽しく過ごしたいと思っていた。

そんなある日、学校に着くなり前の席の子に話かけられた。

「ねぇ、もし今時間あったら、一緒に職員室来てくれない?」

「あ、うん。いいよ」

「ほんと?ありがとう!」

少し言葉を交わしただけでも、きっと自分の意見をしっかり言える子なんだろうな、と思った。

「実は、制服につけるリボン忘れちゃってさ~!仮に行こうと思って笑」

「あ、そうだったんだ!」

「そう~、急に話しかけちゃってごめんね。…あ、名前聞いてなかった!なんていうの?」

「松本れいです」

「じゃあ~、れいちゃんって呼んでもいい?笑」

「もちろんだよ!…名前は?」

その子は新井由美子というらしかった。

「じゃあ私も、ゆみちゃんって呼ぶ!」

「え、嬉しい!ありがとう!笑」



「付き合ってもらっちゃって、ほんとごめんね」

「全然だよ~」

「も~、れいちゃん優しすぎ!神!」

「か、神?!言いすぎだよ笑」


この日から、私たちは一緒に行動するようになった。

話していくうちに、共通点を見つけた。


同じアイドルが好きなこと。

チーズが好きなこと。

運動が苦手なこと。

弟がいること。

こんなにも共通点がある子と出会ったのは、初めてだったので、すごく嬉しかった。


そんな中、総合学習で、班で調べ学習をして発表するという授業があった。

ゆみちゃんが「一緒にやろう!」と声をかけてくれ、もう一人の子と3人でやることに。

「じゃあまず、一人一人調べてから共有する?」

「いいね、そうしよう!」

ここでも私はこうだった。

「れいちゃん何調べた?」

「えーと、企業が環境のために取り組んでいること…とか?」

「お!よさそう!◯◯ちゃんは?」

自信ないまま答えたが、ゆみちゃんはそれを明るく「いいじゃん!」と言ってくれた。

発表の内容は、私が調べたことになった。

「ほんとにこれでいいの?」

「私たちがいいって言ってるんだから、いいに決まってるでしょ~!自信持って!」

自分達の発表の番が近づき、心拍数が増えているのを感じた。

立ち上がると、クラスの視線が一斉に私に向くのが分かった。

あのときのことが蘇り、不安が襲う。

その時、ゆみちゃんが私を見て頷いてくれた。それだけで少し心強かった。

「私たちは、◯◯について調べました…」

5分ほどかけて話し終わると、私は温かい拍手に包まれた。

「え、レベル高い!」

「すごいな、あの班」

このような声も聞こえてきた。


このことをきっかけに、人前で話すのも、前よりは怖くなくなった気がした。


何気なくゆみちゃんと過ごしていたけど、気づいたことがある。

ゆみちゃんは、私に人前で話す機会を与えてくれていたのだ。





そして今日

「委員会を決めます。やりたいのがあったら、そこで手を上げて下さい」

「れいちゃん、保健委員やらない?」

私は図書委員になりたいと思っていた。

今までは「いいよ」と答えていたところ。

迷ったが、こう答えた。

「私、図書委員になりたいんだ。」