離れた位置にある街灯の明かりが、真っ暗な一本道を薄く照らす。
その頼りない光を背に突き進めば、薄い暗闇の中にぽつんとひとつ古びたベンチが佇んでいる。
公園と呼ぶにはあまりにも寂しい、余った土地にただ置かれただけというのが相応しいようなそこには、珍しく先客がいて。

「よぉ」
「……ぇ」

月の光が淡く照らすその顔は、とても見覚えのある、というよりもむしろ見覚えしかなかった。

「……歩」

進藤歩。
隣の家の幼なじみだ。

「……なにしてんの」
「そりゃこっちのセリフだっての」

こちらを向いたまま、ベンチの真ん中に居座っていた歩が身体をずらしてスペースを空けたことに気づいたけれど、私はその場から動けなかった。

至極真っ当な返事だった。

「何突っ立ってんの。こっち来たら?」

ぽんぽんと叩いたベンチの音に引かれるがまま、歩の隣に腰を下ろす。
ギィ…と不快な音を立てたベンチは、それでも壊れるようなことはなさそうだった。

「……」
「……」

澄んだ空気が痛いほどに、静かな夜だった。

隣を見れなくて真っ直ぐに前を見つめるけれど、そこに浮かぶのは闇だけで、私の知りたいものは何ひとつあるわけもなく。

なにしてるのと聞きたいのに。
それを聞けないのは、もし私が同じように聞かれたら何も答えることが出来ないからだ。

「親父にさぁ」

夜に溶け込むような呟きに思わず隣を見れば、そこには上を向いた歩がいて。

「親父にさ、閉め出されたんだわ」

動かない視線につられて空を見上げれば、月がちょうど雲に隠れようとしているところだった。

「閉め出された?」
「そう」
「……どうして?」

隣で動く気配がして、視線を戻せば薄闇にぼんやりと歩が笑うのがわかった。

「不良息子ってさ」

……笑うところなの?
温厚な歩のお父さんがそんなことを言うのが想像できず、でもそれが本当だとしたら歩は一体何をしたんだろうか。

「でもだからって追い出すことはねぇよな」
「……それは、そう。……なのかも」
「そうだろ、だってもう夜中だぜ」

暗闇に浮かび上がった長方形の光。
その液晶に映し出された23:59の文字が、たった今0:00に変わった。

「鍵は?」

いくら閉め出されたと言っても、鍵があればいつでも帰れるだろうに。

「あるよ」
「……帰らないの?」
「今戻ったら親父に遭遇する」
「ダメなの?」
「そりゃダメだろ」
「何で?」
「はんこーきって奴だよ」

いまいちよくわからないけれど、「だからこうやって暇つぶしてんの」と笑った歩につられて、少しだけ笑ってしまう。

「なんで……」

空気が緩んだせいで、つい言いかけたその口を慌てて閉ざす。

「なに?」
「いや、なんでもない」

咄嗟に歩から視線を逸らして上を向く。
いまだ月は雲に隠れたままだった。

「気になるじゃん」
「……」
「言いたくない?」

言いたくないんじゃない。

「……さっきから聞いてばっかで、嫌じゃない?」

自分のことは何も話してないのに、歩のことばかり聞いてしまう。気になってしまう。
きっと歩だって、何で私がここにいるか知りたいはずなのに。

「嫌じゃないよ。なに?」

優しい声にもう一度視線を戻してその黒い瞳を見つめる。

「なんで不良息子って言われたの?」

雲の隙間からわずかに漏れる月の光が、一瞬だけ見開いた歩の目をぼんやりと照らした。
そのすぐ後にぷっと吹き出して目を細めた歩の姿に、ざわりと心臓が波打つ。

「ちょっと帰るのが遅くなっただけだよ。いつもはそんなこと全っ然ないのに、偶には多めに見ろよなぁ」

なんで。
浮かび出た疑問は今度は口から出ることはなかった。

「つーか雫のクラスって数学の先生誰だっけ」
「え、……道重先生だけど」
「あーじゃあ俺のクラスとは違うわ。田端先生なんだけどさ、なんかすっげぇ課題出してくんだよ。ありえなくねぇ? 道重先生は課題出す人?」
「いや、そんなに出ないと思う」
「いいな〜。てかまじ数学難しいんだよなぁ。中学と全然違う。一年でこれとかこの先どうなんの。考えたくねぇ」

どうでもいい話だけど、歩が話すと全てが楽しく聞こえる。
昔からそうだった。

「おっもうこんな時間じゃん。そろそろ帰ろうぜ」
「そうだね」

立ち上がる時にまたベンチが嫌な音を立てたけれど、今はもう気にもならなかった。

「そろそろ親父寝てっかな」
「こんな時間に帰ったらまた怒られるんじゃないの?」
「バレなきゃ怒らんねーよ」

一本道に、2人の影が細く薄く線を描く。

"なんで帰るのが遅くなったの"

聞けない疑問は空気を震わすことのないまま、暗闇の中に溶けていった。


***


がちゃん!

何かが割れたような音がした。
それと同時に唸るような声も聞こえてくる。
何が割れて何に対する唸り声なのかなんてそんなことはいちいち考えない。
ただひっそりと部屋を出て足音を立てないように裏口から外へと出ていくのが、何もできない私の私なりの対処法だった。

暗い一本道を歩いて、寂れたベンチに座る。
この前よりも随分と暗いと感じるのは、きっと今日は月が出てないせいだろう。
スマートフォンを取り出して見る必要もないような情報をとりあえず頭に入れていく。
芸能人の恋愛だとか、よくわからない政治の話とか、とにかく何でもいい。何も考えたくなかった。

「よっ」

だから、急に背後から声をかけられて心臓が口から出そうなほどびっくりしてしまったのだ。

「っ!!!」

──カシャン。

人間驚きすぎると声も出ないらしく、バクバクと身体中に響く心臓の音と、手から滑り落ちたスマートフォンが叩きつけられた音だけが響いた。

「あ、わり。驚かせた」

眉を下げてそう言った歩は、スマートフォンを拾い上げるとそれと反対の手を差し出してくる。

「ほら」

どうやら落ちたのはスマホだけではなかったらしく、地べたに座り込んだ私の手を引っ張ってベンチに乗せられる。

「はい、スマホ」
「…………」
「ごめん、そんな驚くとは思わなくて」

すーはーと深呼吸をして、未だに暴れる心臓を何とか鎮める。

「……大丈夫」
「ほんとに?」
「うん」

まだ少し声は震えていたけれど、恐怖から来るものではないとわかっているから、もう一度だけ深呼吸をして落ち着かせる。

「落ち着いた?」
「うん」
「よかった」

ごめんと再度謝った歩に、大丈夫と言って。
それでも何でここにいるのかわからないという顔をしていたのだろう。

「コンビニに行こうと思ってさ」

そう言った歩の手には、けれど何も握られていなかった。

「でもよく考えたら時間遅いし、補導されたら危ないと思って」

確かにさっき見たスマホではもうすでに23時を過ぎていたような気がする。

「だからって、なんでここに」

落ち着いたら今度は当然のように出てくるその疑問に、歩は迷うことなく答える。

「なんか家出た手前、すぐ戻るのも……ってなって、どっかで暇潰そうかなって」
「……遅くなる方が心配されるんじゃない?」
「……そりゃそうだけど、まぁ反抗期だから」

またよくわからない言い訳をされた。
反抗期なのがどうして理由になると思っているのかわからないけれど、これ以上聞いたところでそれ以外の言葉が返ってくるとも思えず、無理矢理納得させる。

「雫は何してたの?」

歩からの質問も当然のものだった。

「……気分転換」
「気分転換?」
「そう」

それ以上は答えたくないとばかりに俯けば、そんな卑怯な私を責めることもなく、そっかと頷く歩にきしりと胸が痛む。

「まぁもうすぐテスト近いしな」
「へ?……あ、うん。そうだね」
「俺のクラスの古典の先生さ、尾崎って言うんだけど。割とおじいちゃんって感じの。これが全然授業わかんなくてさ」

でも他のやつに聞いたら、頭いいやつはちゃんと理解してんの。先生の教え方がわるいんじゃなくて、俺の頭が悪かったらしい。つれぇよな。てか尾崎先生ってさ、であるからって毎回言うよな。あ、雫は知らねぇかもしれないけど言うんだよ。そんでこの前何回言ってるか数えてたら途中で寝ちゃっててさぁ。また今度挑戦してみようかな。

さっきスマートフォンで眺めたニュースよりも何倍もどうでもいい話だった。

でも鶯色のニットのベストを着た尾崎先生が、であるからと言っている光景がありありと浮かんできて。

「知ってるよ。うちのクラスも尾崎先生だから」

そう言って笑えば、歩もまじ?と笑い返してくれる。

「雫は古典どう? やっぱ尾崎先生ってわかりやすいのか?」
「他の先生知らないから何とも言えないけど、今のところ普通って感じかな」

そうやってどうでもいい話をして、そろそろ帰ろうとベンチから腰を上げる。

一本道を歩きながら、あのさ、と歩に声をかけられた。

「雫、やっぱりさ。こんな時間にひとりは危ないと思う」
「……うん」
「だから…」
「うん、もう行かない」

聞きたくなくて、歩の言葉を遮ってしまった。

「……そっか」

じゃあなと隣の家に帰っていく歩に、手を振りながらごめんと心で呟く。
歩の心配はきっとその通りで、実際さっき声をかけてきたのが歩以外の人だったらと思うと落ち着いたはずの心臓が再度嫌な音を立て始める。

でも、それでも。
あそこが私の逃げ場所だから。

きっと私はまたあのベンチへと足を運ぶだろう。
何でこんな時間に、あんな所にいるのかも言わずに、それでも心配してくれる歩に嘘をついてまで行く意味を問われれば、それに答えられるほどの理由はないけれど。

でもあのベンチ以外の逃げ場所を、私は知らないから。


***


「〜〜!〜〜〜!!」
「〜〜〜!?〜〜!!!」

言い争う声が日常になったのはいつからだろうか。
足音を立てないようにして歩くようになったのはいつの日だったか。

また今日も裏口から身体を滑り込ませるように外に出れば、夜の風が撫でるように髪を揺らした。
月明かりが照らす一本道を歩きながら空を見上げれば、そこには真ん丸な月が煌々としており、そういえば今日は満月だったなと思う。

いつものようにぎしりと軋むベンチ。

いつもならスマートフォンからの情報の波に飲まれようと必死になるところだけど、今日は少しだけ違った。
満月でいつもよりも明るいだとか、この前集中しすぎて周りの気配に気づけないほど疎かになっていたこととか。きっと理由は探せばいっぱい出てくるし、そのどれもが正解ではないのだろう。

顔を上げて少し遠くを見つめる。
私のお隣さん。歩の家がここから見えるのだ。
もう夜も深まっているというのに、カーテン越しに燦々と輝く電気の光を見ていたら、ふとそのカーテンが揺れたような気がした。
そう思っていたら次の瞬間にはその光も消えてしまい、そういえばあの部屋は歩の部屋だったなとふと思い出す。
小さい頃はよく遊びに行っていたけれど、歳を重ねるにつれて段々と家に行くことは無くなっていった。
それは同性の友達と遊ぶことが増えたりだとか、私のうちの家庭環境が悪化したことだとか色々な理由でだ。

歩、寝たのかな。
光の消えた部屋を見つめながらぼんやりとそんなことを考えて、手元のスマートフォンに視線を戻して映し出される時間を確認する。
家を出てからまだ10分と経っていないことにどうしようかと一瞬だけ迷って、この前の歩の言葉が脳裏に浮かんだ。

"ひとりは危ないと思う"

久しぶりに誰かに心配してもらった。
私を気にかけてくれる人がまだいたことに、どうしようもなく胸が締め付けられた。

……帰ろう。

きっと大丈夫。
そう思って立ち上がった時だった。

「よぉ」

一本道を歩いてこちらに来る人影。
月の光に晒されたその人は、間違いなく歩だった。

なんで。電気消えたのに。寝たんじゃないの。もう来ないって言ったのに。またこんな時間にひとりで。いい加減呆れられたかも。見捨てられるのかな。

ぐるぐると纏まらない感情が頭を駆け巡る。

立ったままの状態で、座ることも動くこともできずにいる私の側まできた歩は、ぎしりと音を立ててベンチへと座った。
その音でやっと呪縛から解放されたかのように身体が自由になる。
見下ろすような形で歩の方へと身体を向ければ、その視線は合わさることはなく、ただ真っ直ぐに暗闇を見つめていた。

「散歩」
「え?」

ぽつりと小さく呟いて。

「だから、散歩」

こちらを見上げた歩が、にやりと口の端を上げて笑った。

「反抗期だからな」
「さんぽ。はん、こうき」
「そ」

流石の私でもわかる。
そんなわけがない。
さっきまで電気がついていたから、歩は家にいたはずだ。例え部屋が変わっていたとしても、電気が消えてすぐに歩が現れるなんてそんな偶然を考えるよりも、歩の部屋だと考える方が自然で。
部屋にいた歩が、こんな時間に急に散歩?
こんな時間に懲りずにここにいる私が言うのもおかしな話だけど、絶対に散歩な訳がない。
それに理由もこの前から反抗期の一点張り。
よくよく考えなくても歩のお父さんが家から追い出すなんてことするわけがないし、それに、あの時もこの前も。歩はこんな夜中に私がここにいる理由を聞いてこなかった。

「……知ってたの?」
「何が?」
「私がここにいるって」
「いやだから散歩だって。偶々こっち歩いたらまた雫がいるんだもん。この前もう行かねぇって言ってたのに。びっくりした」

全然びっくりしてないくせに。
偶々コンビニに出かけて、偶々散歩に行って。
そんな日に偶々私がここにいたって?そんなわけがない。

ここから見える歩の部屋。
多分、歩の部屋からもここが見えるのかもしれない。

私がここに来るようになったのは、高校生になってからだ。
そこまで頻繁に来ていたわけじゃないのに、どういうわけかあの日から毎回歩に遭遇するのが偶然なわけがないのだ。

「歩の部屋って昔と変わってないの?」
「へ? そうだけど」
「そっか」
「え、なに。急にどした?」

多分、歩は私が望めばこの先も知らないふりをしてくれる。
偶然を装って私の側にいてくれる。
自惚れかもしれないけれど、歩は優しいから。
私みたいな人間がダメだって思うのに、そんな所にどうしようもなく惹かれてしまうのだ。

「歩の部屋から、ここって見えるの?」

驚いたように目を見開いた歩は、考えあぐねるように一瞬だけ視線を逸らした後、伺うようにこちらを見てきた。

「もう、大丈夫だから」

聞かないでほしいなんてもう言わない。
知らないままでいてほしいなんてもう言わない。

真っ直ぐに見つめれば、観念したように浅く息を吐いた歩が小さく口を開いた。

「うん。見えるよ」

その言葉に、張り詰めていた糸が切れたかのように、力無くベンチへとへたり込んだ。


***


歩には知られたくなかった。
でもそんなのは無理だとわかっていた。

仕事一筋の父。
教育熱心な母。
優秀な兄に平凡な私。

これだけなら特に問題のある家庭ではなかった。
小さい頃はそれなりに楽しい記憶もあったから。

けれどこれだけでは収まらなかった。

仕事一筋であまり家庭を顧みない父。
それに対する苛立ちを抱え、より子どもへの教育の熱が上がる母。
他よりも少し優秀だったせいで母からの期待を一心に受けておかしくなってしまった兄。
誰からも気にかけられない私。

私が高校生になったこの年に、兄は三浪目を迎えた。
医学部に行かせたかった母は兄を勉強漬けの日々にしたけれど、それでも兄は滑り止めも含めて全て落ちてしまったのだ。一浪・二浪と母からの期待を受けて頑張ってきた兄は、ついに三浪目で爆発してしまった。
暴言は当たり前、気に入らなければ物を投げつける。
優しかった兄は押さえつけられた反動で周りに当たり散らかすようになってしまった。
可愛かった息子の急な変わりように母は泣き喚き、そんな荒れた家庭でさえも父は変わることはなかった。
そんな父に対し、今度は母が今まで溜まってきた鬱憤を晴らすかのように爆発した。
常に口論が絶えず、色んな音が鳴り響く我が家は、一気にご近所さんの話のネタへと持ち上がった。
もうここら一帯で知らぬ人はいないといえるほどの醜聞だった。

そして隣の家ならば、より一層色んなことが聞こえてきたはずなのだから。

でも、例え歩が知っていたとしても。
それでも自分の口からは言いたくなかった。

恥ずかしかった。
そんな家族が。荒れた家庭の中で毒にも薬にもなれない、逃げることしかできない私が。

好きな人にはこんな部分を見せたくなかった。


***


「いつから知ってたの? ここにいること」
「最近だよ」
「初めて会った時はもう知ってたの?」
「うん」

ベンチに座ってぽつりぽつりと言葉を交わす。

「偶々窓から見えて、初めは信じられなかったけど」

気づいたその日は、声はかけずに私かどうかの確認をしたらしい。

「もしかしたらまた来るかもって思って、その日からずっと夜な夜なここに来るようになった」
「毎日?」
「毎日」

部屋から見えるのに、なんでそんなこと。

「だって偶然ってことにしないと、雫はもう来なくなるだろ?」

その通りだ。
もしあの日歩が先にいなければ、後から声をかけられてたら私はもう行かなかった。行けなくなっていた。

「だから2回目もテキトーに理由でっち上げて、偶然ってことにして。まぁちょっと散歩は流石に苦しかったか」

苦笑いを浮かべた歩に、1回目から結構苦しかったよということは心に留めておく。

「ありがとう。知らないふりしてくれて」
「お礼言われるようなことは何もしてねぇよ」

そんなことない。
毎回わざわざ嘘をついてまで来てくれて、私が何も話さなくていいようにいっぱい話を聞かせてくれて。

「なんでそこまでしてくれるの」

もう家族でさえもこんなに気にかけてはくれないのに。

「そりゃ心配だろ」
「心配?」
「うん」

それ以上なにも言わなくなってしまったけれど、女の子が夜に1人でいることとか、あんな家庭環境での私の精神的なものとか、多分歩が言いたいのはそんなことだ。
私だからというわけじゃなさそうだけど、それでも良かった。そんな優しいところが好きなのだから

「ありがとう」
「だから別に」
「うん、でもありがとう」

そう言って笑えば、照れくさそうに歩も笑った。

「っと。もうこんな時間か」
「そうだね」
「つかテスト勉強してねぇんだよなぁ。いい加減しないとなぁ。……しなくてもイケるかな」
「どうだろ。私も全然やってないや」
「まぁ雫はもともとそんなにバカじゃないから大丈夫だろ」
「うーん。でも頑張らないと。勉強も、恋も」
「そうだな。俺も頑張んねぇとなぁ。……恋も?」

えっ!?とこちらを向いた歩をベンチに残し、スタスタと一本道を早足で歩く。

「恋!? 恋ってなんだよ! 雫、好きな人いるのか!?」

慌てた足音が追いついて、隣に並ぶ。

「え、まじで好きな人いるの?」
「うん」
「まじ? え、誰?」
「知りたいの?」
「めっっちゃ知りたい」

さっきまでとまるで違う歩の態度に、もしかしてという期待が膨れ上がる。

「うーん」
「かっこいい?」
「まぁ、かっこいい」
「頭良い?」
「いやぁどうだろ」
「頭良くないやつはやめとけ。絶対やめたがいい」
「そうなの?」
「まぁ俺は今度のテストめちゃくちゃ良い点取る自信あるけど」
「勉強してないんじゃなかったの?」
「してないけどイケる。てか今からするし。絶対そいつよりも良い点取れる」
「へぇー」
「なぁ、他は?」
「他? うーん……。……あ!」
「なに!?」
「嘘が下手!」
「……はぁ?」
「まぁ、今言えるのはそれくらいかな」
「……いやいややめとけ。嘘が下手なやつとかダメ。絶対ダメ。いや上手なら良いってわけでもなくてさ、そもそも嘘つくやつは碌でもないぞ」
「じゃあ歩は嘘つかないの?」
「つかないね。今までもそしてこれからも」
「そっか。だったらもうひとつ」
「うん」
「私の好きな人、今反抗期なんだって」
「……へ?」
「3回も言われたから流石に嘘じゃなさそうだし」
「……ぇ、まって。それって」
「嘘が下手で、反抗期で。でもね」

真っ赤な顔した私の好きな人。

「すっごく優しいの」