「来月には夏休みが始まるが、その前には試験がある。全員気を緩めずにしっかり勉強するように」
学年集会で生徒指導部の斉藤先生が低い声で告げる。
いかにも昭和生まれのような先生は、見た目通り怖いで有名だ。騒がしい教室でも先生が来るだけで静まり返る程だ。
どうせ誰も真面目に勉強なんてしないのに、今だけはいっちょ前に大きく「はい!」と返事をする。
集会が終わり教室に戻る時には、凍りきった空気は和らいでいた。
「勉強なんてするわけなくね?」
「それなー、 遊び行こうぜ!」
色んなところから聞こえてくる会話。さっきの返事はまるで嘘だったかのように、全員一瞬で手のひらを返す。まぁ僕も端から勉強するつもりなんて無かったけど。
放課後になるとテスト期間で部活がないからか、残って勉強する人が多かった。僕は直ぐに帰って、今ハマっているアニメを見たかったので、残らず速やかに教室を出る。
「待ってたよ光希くん」
「え?」
教室を出ると目の前には朱莉と常盤さん、それに亮太もいた。まるで僕が出てくるのを待ってたかのように。
「今からみんなでテストに向けて勉強をしよう!」
宣言するかのように朱莉は言った。どうせ勉強なんてしないで遊んで終わるという未来が目に見えていた。
僕は今すぐに帰りたかったが、彼女たちの前でそんなのは通用しないと分かっていた。
「しょうがないなぁ・・・・・・」
僕は渋々彼女たちの勉強会に参加する。誰もいない空き教室を見つけ僕たちは中へと入る。早速机を4つくっ付けて、教科書やワークを広げる。
「ねぇトランプでもしようよ!」
「さすがに早すぎるだろ」
勉強を初めてまだ十分程しか経っていないのに、もう朱莉は飽きてトランプを推奨してくる。僕は元々勉強なんてするつもりはなかったから、トランプをするのには賛成だった。
他の二人も賛成であったため、トランプをすることに決まる。本当にみんな勉強する気があったのだろうか・・・・・・
「じゃあババ抜きしよ!」
「何回かやったら勉強しようね」
さすがにトランプばっかでは良くないと思い、勉強をすることを約束しトランプをすることにした。
「私はポーカーフェイスが得意だから負けないよー!」
自信満々に言う朱莉。一体その自信はどこから湧いてくるのだろうか。彼女にポーカーフェイスなんて出来るとは到底思えなかった。絶対にすぐ顔に出るだろう。
「よっしゃー揃ったー! あがりー!」
「えぇ早!」
すぐに手札が無くなり一抜けする亮太。
「私も揃った! やったー!」
亮太に続けて抜ける常盤さん。そして残された僕と朱莉の一騎打ちとなる。
残り枚数は僕が一枚で朱莉が二枚。僕がジョーカーを引かなければ勝ちだ。
右か・・・・・・左か・・・・・・僕は交互に手を動かし朱莉の表情を確かめる。
確かにポーカーフェイスが得意と言った通り、表情はなかなか変わらない。しかし、右のカードに手をかけた時、微かに口角が上がったのを僕は見逃さなかった。
僕は右のカードをやめて左のカードを手に取る。
「ざんねーん! そっちはジョーカーだよー!」
僕の読みを大きく外れ、ジョーカーが手元に来る。僕はまんまと彼女に嵌められたのだ。その事がどうしよもなく悔しい。
状況が一変し、次は朱莉が僕のカードを引くターン。
僕はありきたりだが、ジョーカーのカードを上にあげる。
「光希くん、私の目を見なさい!」
僕は朱莉に従い彼女の目を見る。ポーカーフェイスなど得意では無いので、運任せでしかない。
「これはジョーカーですか?」
とよくある質問をしてくる。あえて本当のことを言ってみる。
「てか朱莉ちょっと近い・・・・・・」
ゲームに夢中で距離感を忘れていた。よく考えてみれば、あんな近距離で見つめあっていたことが、今となってはとても恥ずかしい。きっと今、僕の顔は赤面しているだろう。
「こっちだ!」
「あっ・・・・・・」
そんなことを考えていたら朱莉にカードを引かれてしまう。
そして僕の手元に一枚だけ残るジョーカー。運は僕ではなく、朱莉の方に傾いたのだ。
「やったー! 私の勝ち!」
ただのトランプごときで負けただけなのにとても悔しい。今までババ抜きをやってこんなにも悔しかったことは無い。
「光希くんまだまだだねー」
「次は負けないから、早くやろう」
負けず嫌いの僕にとっては納得いかなかった。それに負けたまま終わるのは、僕のプライドが許さない。
「あれ光希、もしかしてババ抜き下手?」
「亮太ちょっとうるさい」
煽るように言う亮太に僕は少しキツめの言葉をぶつける。案の定彼はしょぼんとしていた。
すぐにカードが配られ二回戦目が始まった。運悪くジョーカーは僕の手元から始まる。
僕は五枚、亮太と常盤さんは四枚、朱莉は六枚でのスタート。僕の次は朱莉だからジョーカーを持っていることを悟られずに渡したい。
しかし、思うようには行かずにジョーカーは、僕の手から離れないないままゲームが進んでいく。
「どれにしようかなー、じゃあこれ」
とうとう僕の手札からがジョーカーが引かれる。
「あっ・・・・・・」
ジョーカーが来るなんて思わなかったのか、朱莉は間抜けな声を漏らす。さすがにこの声では気づかれるだろう。
「これはジョーカー引いたな」
「朱莉わかりやすすぎ」
彼女の声でその場の二人にもジョーカーを手にしたことがバレる。
「別に私ジョーカーなんて引いてないし!」
手をブンブン振って否定する朱莉。その時、彼女の手元から一枚のカードが落ちる。
そのカードはみんなに見える位置に表向きで落ちる。
「あ・・・・・・」
僕たち三人は同じ反応をする。もちろんそのカードは彼女が断固引いてないと言っていたもの。
ジョーカーだった。
その光景を見た僕たちは一斉に吹き出す。
朱莉は諦めたようにため息を吐いていた。
「まぁ切り替えて続けよう!」
朱莉はそう言い、ゲームは続行される。その後、彼女の手元からジョーカーが動くことは無いまま、ゲームは終了してしまう。
「うぅ、悔しい! 早く次! 次やるよ!」
「次も負けないよ」
僕もついムキになってしまい、トランプに夢中になっていた。かれこれ一時間程が経った時だった。
教室のドアが開く。誰だろうと思い僕たちの手は止まる。
教室に入ってきたのは予想もしなかった人物。斎藤先生だった。
さっきまでの空気とは打って変わって、背筋が凍る。僕たちの机上にはトランプが散らばっている。先生は大きくため息を吐き、ゆっくりと口を開く。
「これは勉強とは言えないなぁ。遊ぶなら帰れ。真面目にやってる奴らの邪魔だ」
怒鳴るではなく、圧をかけるような低い声。
「わかりました。すみません・・・・・・」
僕たちに反論する勇気などなく、荷物をまとめて素直に教室を出る。これが一番の策だと思う。
「さすがにあそこまで言う必要はないよなー」
「ほんとにね、邪魔は酷いと思う!」
廊下を歩きながら先程の愚痴を言う朱莉と亮太。僕と常盤さんはそれを聞いて頷くばかり。
さすがに邪魔という言葉には僕も酷いと思った。あの教室には僕たちだけであったから、誰にも迷惑はかけていない。
生徒指導部だからってもう少し言葉遣いを考えて欲しい。教室を追い出された僕たちは、どうするか話し合う。
「もう結構外も暗いし解散にしようぜ」
「確かにそうだね」
「明日は先生が来なそうな場所でやろう」
僕はこの時自分の言った言葉を後悔する。やらかした。これじゃあまるで僕が明日もやりたいと思っているみたいじゃないか。
「光希くん、明日もしたいと思ってるんだ! へぇー!」
「俺はもちろんいいぜ」
「私もいいよ」
思った通り突っ込まれてしまう。言ってしまったことは変えられないので仕方ない。
「それじゃあ光希くんも言ってる事だし、明日も勉強会しましょう!」
「別に僕は・・・・・・」
言いかけた言葉を飲み込む。何を言っても無駄な気がしたから。結局明日も勉強会という名の遊びをすることに決まり、今日のところは解散となる。
常盤さんと僕たちは家が真逆のため、校門を出たらお別れだ。
「それじゃあ光希、ちゃんと朱莉を家まで送って行くんだぞ」
「え? 亮太も一緒じゃないの?」
家が同じ方向なのに、よく分からないことを言い出す亮太。
「俺は今からテニスの夜練があるから、こっちなんだ。てことで朱莉のことは頼んだ」
「バイバイ朱莉と光希くん!」
「気をつけてね2人とも! 亮太くん夜練がんばって!」
誰も僕の話なんて聞いておらず、亮太と常盤さんは行ってしまう。
「ほら私たちも帰るよ」
僕の手を引き朱莉は歩き出す。至る所から聞こえてくる蝉の声が、夏の訪れを感じさせる。
この間まで桜が咲いていた木々も、今は緑の葉へと変わっている。時の流れの早さを実感する。
空は少し雲がかっていて雨が降りそうだった。これは早く帰った方が良さそうだ。
「あの二人いい感じだと思わない?」
「常盤さんと亮太のこと?」
僕には恋愛のことなど分からない。だけどここ最近、亮太が僕たちのクラスに来て常盤さんと話すことが多いとは思った。
それにその時の二人の顔はとても楽しそうだった。確かに二人はいい感じなのかもしれない。
「私は莉緒と亮太くんが付き合うのはめちゃくちゃいいと思う」
私の勝手な意見だけどねと補足してくる朱莉。僕も二人が付き合うのは全然ありだと思っていた。
亮太は昔から優しくて男前だったから、きっと常盤さんを幸せに出来ると思う。常盤さんも明るくてとても優しい女の子だから、二人はお似合いだと思う。
僕たちは勝手に二人の関係を妄想で話していた。そんな話をしていると空からポツポツと雨粒が落ちてくる。
「え、雨・・・・・・」
「すぐに止むと思うし、急ごう」
そう言った僕の予想は見事に外れ本降りになる。僕は一刻も早く駅に行きたかったが、朱莉を置いていくとこは出来なかった。
やばいー、などと騒ぐ彼女を無視して急ぐ。彼女に構っていたら一向に帰れなくなる。そしてようやく彼女の家が見えてきて、とりあえずは一安心。
「雨強いから少し家で雨宿りして行きな」
彼女の気持ちはありがたいが、さすがに家に入れてもらう勇気はなかった。
「さすがに悪いから遠慮しとくよ」
「ダメ! 風邪ひいちゃうよ!」
強引に僕の手を引き、結局彼女の家で雨宿りすることになる。
「今日はお母さん仕事で帰って来れないから、何時までいてもいいよ」
彼女は平然とそんなことを言ってのけたが、男子を家に入れてその発言はアウトだろう。僕も立派な男だ。万が一今の発言を聞いて、彼女を襲ったりしたらどうするのだろう。まぁそんなことは絶対にしないが。
もう少し彼女には言葉の重みというものを覚えて欲しい。
やっぱり帰るべきだと思い、引き返そうとしたが、僕の行動を遮るように鍵を閉められてしまう。
これはそう簡単には帰しくてれないと悟る。
僕は諦めて彼女の家で雨宿りさせてもらうことにした。
「リビングはこっちだよ」
と促されるまま僕はついて行く。初めての女子の家で僕はキョロキョロと挙動不審になってしまう。これじゃああからさまに怪しいヤツだ。
リビングに入ると、一つの仏壇が置かれていた。
仏壇に置かれた写真にはとても優しい笑顔を浮かべる男性がいた。きっと朱莉のお父さんかおじいちゃんだろう。
「適当に座ってていいよ」
僕は彼女に言われるがままその場に腰を下ろす。朱莉は仏壇の前に座り、写真に向かい話しかけていた。
「ただいまお父さん。突然の雨で大変だったよー。今日はお友達の光希くんも一緒だよ」
楽しそうに話す朱莉。話しかけた後は静かに両手を合わせていた。その横顔は普段の様子とは違い、とても真剣だった。
「ごめんね待たせて」
「全然大丈夫だよ。お父さん?」
聞いた後に流石に不謹慎なことを聞いてしまったと反省する。
「うん、そうだよ」
彼女は微かに笑いながら答える。その笑顔は写真に写っている彼女のお父さんの笑顔に似ていた。
「お父さんはどんな人だったの」
「え?」
僕は無性に口を開いていた。なぜこんな質問をしたのかは自分でも分からない。でもなぜか気になってしまったのだ。
どんなお父さんから朱莉は生まれてきたのか。きっと朱莉と似ていて明るい人だったのだろう。心のどこかでそんなことを思っていた。
「私のお父さんはねーすごく優しかったんだよ。それにすごい勇気があってかっこよかったんだ」
懐かしむように言う朱莉。きっとお父さんのことが大好きだったのだろう。
「お父さんずっと言ってたの。もし目の前に困っている人がいたら、迷わずに助けに行きなさいって」
その言葉を聞き僕はかっこいいなと思った。きっと僕は、目の前に困っている人がいたら助けなきゃいけないと頭では思うが、実際に助けられる自信はない。
実際その状況になれば、誰もがそうなるだろう。
「そんなお父さんは、私が小学校二年生の時、近所で火事が起きて小さい子を助けるために、火の中に入って行って命を落としちゃったんだ」
誇らしげに話しているが、その目はどこか寂しそうだった。小さい子を助けるために、命を落とした。
世の中ではそんなことをすれば、英雄とかヒーローなんて呼ばれるだろう。ただし結局は呼ばれるだけ。
そんなニュースも数週間もすれば誰もが忘れてしまう。
もし自分の家族や身近な人だったのなら、僕はきっと耐えることなんて出来ない。なぜ他人のために命を懸けるんだ。死んだ人間は決して生き返らない。自分の命を犠牲にしてまでも他人を助ける意味なんてあるのか。
僕にはその意味を理解できずにいた。
「そうだったんだ・・・・・・」
彼女になんて言葉をかけるべきか僕には分からなかった。小学二年生と言うまだ幼い時期に、父親を失った彼女の気持ちを僕は理解することなんて出来ない。
きっとどうしようも無い程の悲しみや絶望が彼女を襲ったのだろう。そんなことを考えるとかける言葉なんて見つからない。
「その後、私は周りの子からお父さんがいない可哀想な子供って言われるようになったんだ。だからみんな気を使って、私に優しく接してくれるようになった」
彼女の話を僕はただ聞くことしか出来なかった。
「確かにお父さんは命を落としてしまった。だけどそのお陰で助かった命があるんだもん。だから本当はみんなと同じように接して欲しかった・・・・・・」
彼女の瞳が少し潤んでいた。きっと僕も同い年にそんな子がいたら可哀想だと憐れむだろう。でも彼女にとっては同情ではなく、みんなと同じように接して欲しかったんだ。
まだ小学生だった彼女にとって、みんなと違うように接されるのは辛いだろう。彼女の気持ちを考えると胸がズキリと痛む。
「ごめんね、こんな暗い話なんかしちゃって」
僕の反応を見て思ったのか、朱莉は謝罪の意を示す。
「全然大丈夫だよ」
僕から質問をしたのに彼女が謝るのはおかしい。思い出すだけでも辛いはずなのに、わざわざ話させてしまって僕の方が謝るべきだった。
「テレビでも見よっか」
彼女はそう言ってテレビの電源をつける。丁度クイズ番組がやっていて、その場の空気を変えてくれる。
朱莉が「クイズ番組やってる!」と言うのを見て、やっぱり彼女はクイズが好きなのだと分かった。いつも通りの彼女に戻って僕は安心した。
それから僕たちは時間も忘れ、テレビに夢中になっていた。
「この答えはBだな」
「いやAでしょ!」
などと二人でクイズを楽しんでいた。僕が間違えるとバカにしてきたり、逆に朱莉が答えを当てるとドヤ顔をしてきたり、本当に子供らしい。クイズ番組も終盤になってきて、ふと僕は時計に目を移す。
「二一時か・・・・・・え? 二一時!?」
思わず二度見してしまう。朱莉の家に着いたのは十九時頃だったので、もうかれこれ二時間も彼女の家にいることになる。
そろそろ帰らないと終電がきてしまうので僕は帰ることにした。
「ごめん僕もう帰るね。雨宿りさせてくれてありがとう」
「全然いいよ。気をつけて帰ってね」
彼女にお礼を告げて家を出る。しかし、雨はまだ降っている。
「あ、傘貸してあげるよ」
朱莉はビニール傘を差し出してくる。
「ありがとう、じゃあね」
もう一度お礼を告げて、彼女の家を後にした。ていうか、最初から傘を貸してもらえば良かったのでは?
そんなことを思ったが、もう遅いから考えるのをやめた。
女の子の家に入るなんて初めてで、どうなるかと思ったが、心配する必要などなかった。駅のホームは時間も時間なので閑散としている。
十分ほど経ってやって来た電車に乗り、僕は家へと帰る。いつもより帰る時間が遅くなってしまったため、両親は既に家に帰っていた。
いつもは僕の方が早く帰って来るが、今日は僕の方が遅くなってしまう。
「ただいま」
「おぉ遅かったな、おかえり」
遅くなった僕を叱るでもなく心配することも無く、いつも通りの父。うちの家は基本門限などもなく、全てが緩い。
そのためどこに行こうが、何時に帰ろうが怒られはしない。僕からしたらそれはありがたかった。
「遅かったけどどこか行ってたの?」
少し心配したようにキッチンから出てくる母。嘘をつく必要などもなく僕は素直に話す。
「雨が降ってきたから、友達の家で雨宿りさせてもらってた」
僕にとって朱莉が友達かどうかなんてよく分からなかった。だけど友達と言っても良いだろう。その方が彼女も喜びそうだし。
「そうだったのね。その友達にちゃんとお礼言いなさいね」
「うん、そうするよ」
友達が誰がなどについて深く追求はしてこなかった。僕にとってもその方がありがたい。もし女の子の家にいた、などと言ったら面倒くさいことになっていたから。
僕はその後、夕食と入浴を終わらせ自分の部屋へと行く。スマホを取り出し、無理やり交換させられた朱莉の連絡先にメッセージを送る。学校で雨宿りした時に強制的に交換させたれたのだ。
『今日は雨宿りさせてくれてありがとう』
端的に内容を伝えてスマホを閉じる。直接も伝えたししつこいかもしれないが、一応送っておいた。
五分も経たずにスマホが振動する。
『全然大丈夫だよ! わざわざメッセージありがとね!』
なんて返せばいいのか分からないので、僕は適当にスタンプを返して会話を終わらせる。今日は色々と疲れてしまい、ベットに横になるとすぐに深い眠りに入ってしまった。
─チリリーン、チリリーン
部屋中に響くアラーム音。アラームを止め眠い目をこすりながらリビングに行く。
「おはよう光希。久しぶりだね」
リビングには姉の陽菜がいた。彼女は現在大学生で、基本毎日想太さんの家に行っている。
想太さんとは二個上の陽菜の彼氏だ。
二年前から二人は付き合っていて、今も仲睦まじい。陽菜が家に帰って来るのは一月に四回ほどだ。
僕も何度か想太さんに会ったことがあるが、とても優しい人だった。中三の頃には一緒にバスケをしたこともある。
だけど僕の足のことを知ってからは、気にしてかカードゲームなどを良くしてくれていた。僕は二人はこのまま結婚まで行くんだろうな、などと感じていた。ただの勘だけど。
それでも月に四回しか帰ってこないのは少なすぎるだろ。僕が高校に入る前は、両親が帰るまではずっと陽菜と二人きり。料理当番なども交互にやっていた。今では僕が一人で夕食を作っている。
お陰で料理などは得意になった。
それに基本一人なのでどこか寂しいところもある。かといって、家にいたらいたで喧嘩ばかりしそうだけど。
「久しぶり」
久々に見る陽菜は少し大人びていた。彼女と無駄話をする余裕なんて僕にはないので、パパっと支度をする。
学校に行く準備ができると「行ってきます」と告げて足早で家を出る。
昨日の雨のせいか地面には多くの水たまりがある。足を濡らさないように一歩一歩慎重に歩く。
いつも通り駅のホームに着き、亮太が来るのを待つ。高校に入ってからはいつも亮太と学校に行っている。
「おはよう光希」
後ろから肩を叩かれ、振り返ると眠たそうに目を擦る亮太が立っていた。
「昨日は二人きりでどうだったか?」
「特に何も無いよ」
雨宿りさせてもらったことを話すと、面倒になりそうなので黙っておいた。僕も亮太がどうだったか聞いたが、彼も特に何も無かったそうだ。
本当かは分からないが、無駄に追求する必要もないのでそこで会話を終わらす。その後は他愛のない会話をしながら学校に向かう。
「それじゃあまた放課後」
「うん、じゃあね」
亮太とは教室の前で別れる。教室に入るとそこそこ人がいる。窓際の後ろの席では常盤さんが本を読んでいた。
僕に気づいた常盤さんは本を閉じる。
「おはよう、光希くん」
「あ、おはよう」
今考えてみれば僕は常盤さんと二人きりで話したことなんてほとんどなかった。そのため僕の喋り方は少しぎこちなくなってしまう。
何を話せば良いのかわからない。僕たちの間には沈黙が流れる。意外にも先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「光希くんって朱莉のことどう思ってるの?」
──どう思ってる?
それは一体どういう意味なんだろう?
「朱莉は僕の言う事全く聞かないし、いつもうるさいし・・・・・・でも、明るくて面白い人だと思うよ」
率直に思ってることを話した。僕の返答に、そういう事なんだけどそういうことじゃない、とわけのわからないことを言い出す。
「二人って付き合ってるの?」
あまりにも直球すぎる質問に僕は戸惑ってしまう。
──僕が朱莉と付き合ってる
傍から見れば僕と朱莉は付き合ってるように見えるのか。確かに急に距離感が近くなったり、一緒に帰ったりもしてたら付き合ってるようにも見える。
「僕と朱莉の関係は常盤さんが思ってるようなもんじゃないよ」
僕は嘘偽りなく話す。というか実際に付き合ってなんかいないし。
「ふーん」
その返事は明らかに信用していない返事だった。別に朱莉と付き合ってるという噂が流れたところで、僕は何も感じない。
だって僕たちは実際付き合ってなど居ないから。そんなのは所詮ただの噂だ。
「でも朱莉の事を可愛いと思うでしょ?」
「それは・・・・・・」
思わず言葉に詰まる。確かに少しぐらいは朱莉を可愛いと思ったことはある。クラスでも人気だし。
だけどそれを口にするのは勇気がいる。もしかしたらキモがられるかもしれない。だけどここで思わないというのも違うと思った。
なんて言おうか迷っていた時、
「おはよー!」
前のドアが開き話題の張本人である朱莉がやって来る。やはりクラスで人気者の彼女は、みんなから挨拶を返されていた。彼女は僕たちに気づくと、すぐにこちらへやって来る。
「おはよう二人共!」
彼女はいつも通りの笑顔を浮かべる。今だけは彼女の登場に助けられた。そして僕は安堵の息を漏らす。
「何の話してたの!?」
安心したのもつかの間。一番されたくない質問をされる。
「えっとねー」
ちょっと待って、と僕は常盤さんを止める。
もし彼女がそれ以上口を開いたら、嫌な予感がする。
「ちょっと光希くんうるさい。それで何の話!」
「えっとねぇ朱莉って可愛いよねって話してた!」
あぁ終わった・・・・・・
僕はまだ可愛いなんて一言も言ってないのに。朱莉の顔を見るのが怖かった。
きっと僕のことをキモイとでも思うだろう。
「えーだよね! 私って可愛いよね!」
え?
恐る恐る顔を上げると、納得したように頷く彼女。僕はポカンと口が空いていた。彼女の反応は僕が思っているものとは違かったが、何にせよ僕はホッとして胸を撫で下ろす。
彼女が自意識過剰で助かった。
「てか朱莉肘から血出てるよ!?」
「え、あっほんとだ!」
常盤さんの発言で僕も気付く。
「多分来る途中で転んだからだ!」
朱莉は絆創膏を取るために、席に戻った。
てかあんな血が出てたら普通は気付くもんじゃないのか?
まぁ朱莉なら気付かなくても何故か納得する。
「ていうか勝手に決めつけて話すのはやめてほしいな」
朱莉が声の届かないところに行ったのを確認して、僕は勝手に話を進めた常盤さんを責める。
「でもどうせ可愛いとは思ってたでしょ?」
「ま、まぁ確かに・・・・・・少しは」
僕は認めざるを得なかった。だけど素直に認めるのは恥ずかしかったので、出来るだけ曖昧に答える。
「じゃあいいじゃん!」
「でも・・・・・・」
──キーンコーンカーンコーン
運悪くチャイムがなってしまい、僕たちの会話はそこで終わる。
「もうすぐ夏休みが始まるし、その前に席替えをしましょう」
工藤先生の言葉に至る所から、歓喜の声や悲痛の叫びが聞こえてくる。僕はと言えば、席は別に悪くはなかったので少し惜しい気持ちだ。
先生は席の番号が書かれている紙を黒板に貼る。そして教卓から小さな箱を取り出す。
「じゃあ誰からでもいいからこのくじ引きに来てー」
先生が言い終わるとクラスの一軍と呼ばれる男子たちが、一斉に動き出す。僕と湊音もそれに続いて並ぶ。その後ろには一軍女子や朱莉たちも並ぶ。
僕は別にどこでもいいと思っていた。どうせまともに授業を聞いたりしないから。でも出来れば後ろの方がいいな、とは少し思った。
その方が出来ることの幅が広がると思ったから。
箱の中の紙を一枚を手に取る。開いてみるとそこには三十と言う数字が書いてあった。黒板と照らし合わせてみると、左から二列目の一番後ろだった。
どう考えても大当たり席で僕は小さくガッツポーズをする。
隣の湊音の紙を見たが、彼は残念なことに右から二列目の前から二番目だった。当たり席の僕が何を言っても煽りにしか聞こえないと思ったため、「どんまい」と一言だけ言っておいた。
「みんな引いたねー、それじゃあ移動してー」
一斉に動き出すクラスメイト。もっと効率のいい運び方が絶対にあるだろう。僕はいつもそう思っていた。
「あっ」
「光希くん! もしかして隣!?」
良いか悪いか分からないが朱莉と隣の席になってしまう。これからは毎日騒がしくなるなと思った。決して声には出さなかったが。
そういえば莉緒はどこだろう。さっきの会話で僕は、彼女から常盤さん呼びは辞めてと言われてしまった。そのため彼女のことを莉緒と呼び捨てにすることにした。
朱莉のお陰で女子を呼び捨てで呼ぶことには慣れた。
教室内を見渡すと莉緒は窓際の一番前にいた。
こちらを見る彼女の顔は何か言いたげだった。一番前は誰がなんと言おうとハズレ席。彼女が何を言いたいかは、ある程度分かっていた。
授業終わり莉緒はすぐに僕たちの方に来て、席について嘆いていた。案の定こうなることは分かっていたけど。
僕たち当たり組からしたら彼女に同情することしか出来ない。散々愚痴を言い放った後、暗い顔をしながら彼女は席へ戻って行った。
少しして先生が教室に入ってくる。次の授業は僕が苦手とする数学Bだ。昔から数学は苦手だったが、高校に入ってからは授業速度が早く、全く理解が出来なかった。
なので僕は毎時間、先生に当てられないことだけをただ必死に願っていた。今は等比数列というものをやっている。
教科書の問題を解くように指示され、教科書の問題に目をやる。次の数列の一般項と第6項を求めよ。第2項が 12、第5項が 96。
一問目でさえさっぱり分からない。てゆうかこんなの授業で習ったっけ?
授業中全く話を聞いてないのが裏目に出た。みんなスラスラと解いてるのを見て、さらに焦りを感じる。
こんなことならもう少し真面目に聞いておけばよかった。
「こんな問題簡単だよな。それじゃあ岩瀬答えは?」
目を合わせないようにしていたのに指名される。
やばい・・・・・・
何も分からない。先生が簡単なんて言ってるのに、間違える訳にはいかない。僕は頭をフル回転させる。
第2項が12・・・・・・第5項が96・・・・・・
考えても答えが出ない。どうしよう。
その時、隣にいる朱莉が僕に見えるようにノートを見せてくる。
「あ、192です」
「はい、正解です」
彼女な助けがあって何とか答えることが出来た。彼女はピースをしながらこちらを見ていた。
教えて貰ってこんなことを言うのは失礼かもしれないが、彼女が答えを分かっていたことに少し驚いた。
授業なんてさっぱり聞いていなさそうなのに。もしかしたら意外と勉強が出来るのかもしれない。
授業が終わると同時に朱莉にお礼を伝える。
「さっきはありがとう」
「全然いいよ、私は天才だからね」
ドヤ顔する彼女に、
「調子に乗んない方がいいよ」
と言って僕は再び席へ戻る。
その後の授業中、彼女は僕にちょっかいばかりかけてくる。犬なのか熊なのか分からない可愛らしい動物を描いて僕に渡してきたり、世界史の時間にはペリーと思わしき絵を描いてきたり。
だけどお世辞にも彼女の描いたペリーは上手いとは言えなかった。
渡された時は誰だか全く分からなかったが、上の方に黒船来航と書いてあったので、ペリーだということがわかった。
朱莉は毎時間何かしらの絵を渡してきた。僕も暇があれば彼女に絵を渡す。そんなことを最後の授業まで続けていた。
この時はテスト前だと言うことを忘れるくらいに、僕はその時間を楽しんでいた。
放課後になると荷物を持った亮太がやってくる。それに気づいた僕たちは荷物を持って教室を出る。昨日と同じ空き教室に入り、机をくっつける。テスト四日前。
テストは全部で十二教科ある。一日三教科の四日間。初日の教科は世界史、情報、古典の三つだ。
この中では世界史がやばいので、僕は世界史のワークを取り出す。今回の範囲はそこまで広くは無いので、何とかなりそうだと安心する。
昨日と比べ今日はみんな集中して勉強していた。一時間ぐらい経った頃。
「あー疲れた! みんなめっちゃ集中してたね!」
静かな教室に響く朱莉の声。最初に集中力が切れたのは彼女だった。
みんなも書く手を止めて一度休憩に入る。
「みんな今回のテスト自信はある?」
僕たちに問いかけてくる彼女。
「私はまあまあかな」
「俺は余裕だぜ!」
「僕もそこそこ」
莉緒はまあまあと言っていたが、きっと僕なんかよりは全然高い。最近は僕も分からない問題は彼女に聞いていたから。
それに授業で小テストなどを行った時も、彼女は常に満点だった。まあまあなんて絶対に嘘だろう。
それに対して亮太は毎回のように自信があると言うが、結局は毎回悲惨な結果ばかりだ。だからきっと今回もダメだろう。
「みんな結構自信ありそうだし、今回のテスト勝負しようよ!」
急にとんでもないことを言い出す朱莉。普通こうゆうことはもっと前に言うべきだろう。なんで寄りにもよってテスト四日前の今になって言うんだ。
それに彼女の頭の良さはいまいち分からないが、莉緒が一位になるのは目に見えている。僕の勝機なんて微塵もないだろう。
「いいぜ! やろう!」
おいおいおい。こいつは何を言ってるんだ。ほんとにバカだろ。相手が誰かわかっているのか。
僕は負け戦はしたくないので断ろうとした。
「じゃあ決定だね!」
しかし、僕が断る隙なんてなく、勝負することになってしまう。なんでこんなことに・・・・・・
「負けたら罰ゲーム付けようぜ!」
突如そんなことを言い出す亮太。僕はこいつを思い切り叩きそうになるのを必死に堪える。
本当になんで余計なことばかり言うのか。
「いいね! じゃあ一位が最下位に命令ね!」
罰ゲームの内容に安堵する。最下位だけなら俺 僕は絶対に罰ゲームにはならない自信がある。
だって僕が亮太にテストで負けたことなんて一度たりとない。きっとこの先も負けることなんてないだろう。
朱莉の頭の良さは未知数だが、勝負となったら勝ちたい。勝負と決まった瞬間、僕たちはまた机に向かい勉強を始めた。
そして誰一人声を発さないまま、時間は過ぎていった。十九時に迫った時、完全下校の放送が入り、僕たちの勉強会は終わった。
昨日と同じく、亮太は夜練があると言い、莉緒と行ってしまう。僕も朱莉を送った後に、電車に乗り家へと帰る。気づけば彼女を送ることは僕の日課となっていた。
そして時は流れ、いよいよテスト前日となった。明日からテストが始まるため、今日は午前授業だ。
テスト前日ということもあり、全ての時間が自習であった。これなら学校を休みにした方がいいのに。
たまに朱莉がちょっかいをかけてくることもあったが、僕は全部の時間を集中することが出来たと思う。
いつもの授業とは段違いで時間の流れが早い。授業が終わると次々に帰っていくクラスメイトたち。
今日も勉強する約束が入っているので、僕は教室に留まる。朱莉と莉緒はどこかに行っていて、今はいない。
「あれ? 今日も残るの」
帰ろうとしていた湊音に声をかけられる。
「今日も勉強していくんだ」
「また朱莉たちとか? 本当に仲がいいな」
湊音は僕たちが一緒に勉強している事を知っている。だけど彼は朱莉の話題になると少し様子が変わるように思えた。僕の思い込みかもしれないが。
「じゃあテスト頑張ろうな。また明日」
彼はそう告げて爽やかに去っていった。僕はみんなを待っている間に、一人勉強を始める。少しして亮太がやってくる。
「よっす! 光希一人?」
「二人ともどこか行ったよ」
「まぁいっか」
亮太は僕の隣に腰掛け教科書を開く。五分も経たずして彼女たちは戻ってきた。
「ごめんちょっとお花摘みに行ってた!」
そんなこと大声で言うのはどうかと思うが、教室には僕たちだけだし朱莉だからしょうがない。
「お花摘み? 何の花を摘んできたんだ?」
はい、バカ一人発見。
「わからないならそのままでいいよ」
二人はそれ以上何も言わずに席に戻る。そりゃあそうなるのもしょうがない。
気になってしょうがない亮太に僕は耳打ちで教える。
「トイレって意味・・・・・・」
そう言うと、彼は納得したように頷く。彼は昔から知らないことが多く、その度にこうして教えていた。
もう少しこういう知識をつけて欲しいのが本音だ。いつも通り僕たちは勉強に励んだ。流石にテスト前日のため、誰一人言葉を発さずに集中している。
さっき見た時は十三時だったのに今は十五時を示していた。
「明日はもうテストだし、今日はもう解散にしない?」
家でも学校でも僕はどちらでも良かった。莉緒の提案に二人は同調していた。
結局、今日はいつもより早くお開きになる。今日も亮太は莉緒と同じ方向に行く。夜練があるとか言っていたが、まだ三時だ。
さすがの僕もこの嘘には騙されない。となると、やっぱり亮太は自主的に莉緒のことを送っていたことになる。
僕が知らない間にも二人はどんどんいい方に進んでいる様だ。
「ほら、帰るよ光希くん」
いつも通り僕も朱莉と帰る。僕たちも一緒に帰る日々は多いが、それでもお互いに好きと思うことは無かった。好きになったら負けだと僕は心のどこかで感じていた。
外は暖かく、夏がすぐそこにいることを感じさせる。今年の夏は例年より暑くなると予想される、とニュースキャスターが言っていたのを思い出す。どうせ予定もなく、家でのんびりするだけだから関係ないけど。
「あー! 朱莉だー!」
背後から聞こえてくる高い声。振り返ると小学校低学年ぐらいの子供たちが五人もいた。
朱莉を見ると直ぐに群がってくる子供たち。一人の女の子は思い切り彼女に抱きついていた。僕だけが完全に蚊帳の外。
朱莉の家が近いからきっと近所の子供たちだろう。こういうのを見ると、彼女は本当に誰からも人気なのだと実感する。
「あれってもしかして彼氏?」
一番最初に声をかけてきた男の子が、少し楽しそうに声を弾ませながら訊いてくる。彼氏と間違われたことより、まだこの歳で彼氏という言葉を知っていることに驚いた。
時代の流れって早いんだな。
「ち、ちがうよ! この子はお友達!」
少し動揺している朱莉が面白かった。別にただの友達なのになんで動揺しているんだろう。
「友達かよー」
男の子は少し残念そうな表情をしたが、すぐに元の表情に戻り、
「それじゃあまたねー!」
と言って走り去って行った。
「小さい子って元気だね」
僕も昔はあんな風に走り回ってたな。走り去る子供たちを見て、ふと昔を思い出す。ボールを持ちながら走っていた過去が甦ってくる。
「私たちってやっぱりカップルに見えるのかな!」
横から楽しそうに笑いながら朱莉は言う。さっきの動揺はまるで嘘みたいに。
「ねぇ、聞いてるの!」
「あ、ごめんごめん。僕なんかが朱莉の彼氏に見えるわけないよ」
僕は自嘲的な笑みを浮かべて言う。今の僕を一言で表すなら二度と昇ることの無い太陽だ。
中学までの僕は自分でも思う程に輝いていた。まるで夏の太陽のように。
ほんの些細な事故で僕は光を失った。それからは何もかも自信が持てなくなる。
その場にいるだけで周りが明るくなるまさに太陽のような彼女と、光を失いもう二度と輝くことが出来ない僕。まさに正反対だ。
そんな彼女と僕なんかが釣り合うはずがない。
「・・・・・・いよ」
「ん?」
朱莉の声が小さくて聞き取れなかった。もう一度聞き返すが、何故か教えてくれなかった。
結局彼女が何と言ったのかは分からないまま、僕は彼女を家に送り、僕も家に帰った。
家に帰っても勉強をする気にはなれず、結局スマホに時間を奪われてしまう。
「やばっ、もう22時か」
スマホを見ると、上に22と表示されている。テスト前日なのについスマホに夢中になってしまった。
本当なら焦るはずなのに、僕は微塵も焦りを感じなかった。むしろいけるのではないかという謎の自信さえある。
テスト前日はいつもこうだ。どうせいい点数なんて取れないのに。僕は小一時間教科書を読むなどして、勉強に励んだ。
夜更かししてまで勉強することはあまり良くないと思ったため、日付が変わる前に眠りについた。
迎えたテスト当日。今までのテストとは違い、今回はそれなりに集中して勉強した。
前日の夜だけを除いて。それもこれもきっと朱莉たちの影響だろう。
彼女たちが勝負しようなどと提案していなかったら、今回もきっとほとんど勉強なんてしていなかった。
だからと言って、徹夜してまで勉強などは一度も無かったが。テスト当日ということもあり、教室にはいつもより人が多かった。
いつも遅刻ギリギリの人なども机に向かって勉強している。
二年生になって最初のテストということもあり、去年よりも力を入れてる人は多い。
数分後いつも通りの時間に朱莉はやって来た。彼女も席に座ると教科書を開き、復習をしている。
クラス全員が揃い出欠を取った後、担任は教室を出た。五分ほどして、前のドアが開き試験監督の先生が入ってくる。
クラス全員が席に着き、各々テストに向けての準備をする。問題用紙が配られ、チャイムと同時にテストが始まる。
一限目は世界史。マークシートは比較的スラスラ解けたが、記述問題に少し苦戦してしまう。全ての問題を解き終わった頃には、もう残り時間は僅かだった。
軽く見直しをして世界史のテストを終えた。二限目の情報、三限目の古典も少し危うかったが、無事終わり、テスト一日目は幕を下ろす。
まだ一日目と言うのにどっと疲れてしまう。こんなんで後三日も耐えられるだろうか。
少し心配だったが、そんなことは全然なかった。二日目、三日目は流れるように過ぎ去っていき、気付けばテスト最終日を迎えていた。
「はいじゃあ最後のテストだから全員頑張れよ!」
試験監督は保健体育の先生だ。いつも元気で生徒からの人気も高い。先生の言葉で少しだけやる気が出る。
テスト最後の科目は僕が苦手な数学B。最後に数学を持ってくるのはタチが悪いと思う。
でもここまで来たらやるしかない。チャイムが鳴ると同時に問題を開く。今までなら全く分からなかった問題がずらりと羅列されている。
だけど今ならこの問題も解ける。僕はスラスラと問題を解いていく。やはりテストだ。最後の方の問題は応用問題ばかり。
スラスラと書いていた手が止まる。完全に分からない問題だった。ワークに同じような問題があったのは知っていた。
難しそうだから解かなかったのが、今になって効いてくる。解説だけでも見とけばよかった。
後悔してももう遅い。僕はその問題を飛ばし、他の問題から手をつける。他の問題と言っても、最後の方は応用問題しかない。
だから一問解くのにも時間がかかる。ある程度他の問題は解けて、またあの問題に戻ってくる。
でも結局解ける気がしないまま、終わりを告げるチャイムがなる。しかし、解けない悔しさより、終わったという開放感に僕は包まれた。
「はいみんなテストお疲れー!」
先生は一言そう言って教室を出ていった。教室内はテストが終わったことにより、とても騒がしかった。
「お疲れ光希。どうだった」
湊音が僕の席にやって来る。
「まぁまぁかなー。そっちは?」
「俺は結構行けたかなー」
湊音の頭の良さはイマイチ分からなかったので、今回のテストでやっと分かる。担任が入ってきて各種提出物を集める。
全て集め終わったあとはすぐに解散だ。いつも通り僕らは四人で集まった。
「テストお疲れー!!」
僕らはジュースを片手に乾杯した。まだ未成年なのでジュースなのはしょうがない。
「それじゃあまず早速、みんなの出来具合発表ー!」
みんな疲れがだいぶ見えるが、朱莉だけは疲れなんて感じさせない面持ちだった。これはもう流石としか言いようがなかった。
「私は結構自信あり」
「俺は多分満点だな」
「僕はそこそこ」
一人一人出来具合を言っていたが、僕以外はみんな自信がある様子だった。
自信があると言っても、実際はどうなるのかは分からない。
それに亮太は毎回同じことしか言わないから、みんなの自信もあてになるとは限らない。
でも今はテストのことなんて忘れたい。
「もうテストは終わったし、四人でどこか行かない?」
「わりぃ光希。俺と莉緒はちょっとパス。この後ちょっと用事がある」
僕の誘いは一瞬で断られてしまう。
まぁ二人がいい感じに見えたから別にいいけど。
亮太と莉緒は荷物を持って行ってしまう。
残された僕と朱莉は、結局やることなど無く帰ることになる。
テストが終わったことによる開放感で、帰るまでの足取りがとても軽い。
それはどうやら僕だけではなく、隣を歩く朱莉も同じようだ。
テスト期間の時と比べ、だいぶ楽しそうに歩いてる。
「なんかテンション高いね」
思わず聞いてしまった。
スキップなんかして明らかにいつもより明るかったから。
「そりゃあテストが終わったんだよ! もうハッピーハッピー!」
分かりきった返答だったが、テスト終わりとはここまで人を明るくさせるのか。
彼女にとってどれだけテスト期間がキツかったのかが分かる。
あとは答案返却を待つだけ。
テストが終わってから2日が経過して、今日から各教科答案返却が始まる。
亮太はクラスが違うから一回一回確認できないが、朱莉と莉緒は返されるごとに確認できる。
答案返却前の教室はやはりざわついている。
最初に返されるのは、僕が苦手だった数学Bだ。
「平均点は56点です」
先生から平均点を告げられる。
もっと行ってほしかった、と先生は言っているがクラスは盛り上がっている。
きっとみんな自信がなかったのだろう。
一人一人名前が呼ばれ、答案が返されていく。
「はい」
「ありがとうございます」
先生から答案をもらい席につく。
40点未満は赤点のため、それ以上ならなんだっていい。
一度深呼吸をしてから、半分に折りたたまれた答案を開く。
答案の左上に赤い字で、62と書かれている。
・・・・・・え? これは夢?
この状況をすぐに飲み込むことなんて出来ず、本当に自分の答案か何度も確認する。
何度みてもやっぱり僕の名前だ。
これは夢なんかじゃない。
紛れもない現実だ。
先生は問題の解説をしているが僕は完全に上の空だ。
たかが62点でこんなに喜ぶことではないが、赤点候補だった僕からしたら、この点数は万々歳だ。
余韻に浸っていると、気付けば授業は終わっていた。
解説なんて何一つ聞いていなかった。
「光希くんどうだった!」
終わるとすぐに朱莉は答案を持ってやってくる。
ニコニコしているから赤点ではないのだろう。
彼女の頭の良さがやっとわかる。
「思ったよりは良かったって感じかな。朱莉はどうだったの?」
「平均は余裕で超えたよ! でも80はギリ行かなかった!」
彼女の言葉を聞き、僕は静かに答案を机の中に入れる。
80をギリ超えてないということは、70以上ではあるということだろう。
確実に僕よりは頭がいいということがわかった。
僕より勉強が出来ないと思っていたから、彼女に負けたのは悔しい。
「詳しい点数は全部返ってきたら、みんなで発表ね!」
「わかったよ」
朱莉は明らかにテンションが高い。
あのテストで70以上も取れてれば、テンションも高くなるだろう。
他の教科で彼女に勝てればいいけど。
次の授業の先生が入ってきて、僕たちの会話は中断される。
それから三日間にかけて全ての答案返却が行われた。
僕は計12教科の合計点数を計算する。
その合計は853点。
今回はちゃんと勉強したこともあり、思ったよりいい点数だった。
後は、朱莉たちとの勝負がどうなるかだ。
「それじゃあみなさん! お待ちかねの点数発表会始めていきましょう!」
全ての答案が帰ってきた日の放課後。
僕たち4人は集まり、点数発表をすることになる。
順位なんてつけなくても確実に最下位は決まっている。
だって、亮太がずっと曇った表情をしているから。
いつもの彼ならこういう時、ノリノリになるだろう。
だけど、今の状態を見た感じ、確実に点数が酷かったのだろう。
とりあえず僕は一安心。
「それじゃあ誰から発表する!?」
彼女の問いに誰も立候補しない。
「それじゃあさ、みんな自分の合計点を紙に書いて、一斉に見せよう!」
誰も出ないから痺れを切らしたのか、朱莉は新たなアイデアを思いつく。
この方法なら誰が最初とかもなく、僕としても気が楽だ。
各々紙に自分の点数を書いていく。
「よし、みんな書いた!? それじゃあ行くよ! せーの!」
一斉に自分の紙を表にする。
莉緒が986、朱莉が907、そして亮太が741。
「莉緒の点数高!?」
「まじかよ、えぐすぎだろ」
「すごい・・・・・・」
莉緒の点数を見て、僕たち三人は驚愕する。
12教科で986点ってことは、平均80超えということになる。
さすがにそれはすごすぎる。
莉緒の点数にも驚かされたが、朱莉と50点差もついていることが悔しい。
「3人とも高すぎるだろ……」
僕たちの点数を見て、さらに肩を落とす亮太。
悪いけどこうなることは大体予想がついていた。
「てことで順位的に言うと、莉緒、私、光希くん、亮太くんだね!」
順位的には三位だったけど、罰ゲームは最下位だけなのでとりあえずは一安心だ。
「じゃあ罰ゲーム受けるのは光希くんと亮太くんの2人だね」
「何がいいかなー」
楽しそうに罰ゲームを考える二人。
どんな罰ゲームになるのだろうか。
ん? ていうか待てよ?
え、罰ゲームが僕と亮太の二人?
前に言ってた話と違くないか。
「罰ゲームは最下位だけじゃないの?」
「ん? なんのこと?」
二人とも完全に白を切っている。
完全にはめられてしまった。
「光希と一緒なら罰ゲームなんて余裕だわ!」
「僕は全然余裕なんかじゃないんだけど」
二人で罰ゲームとわかった瞬間、亮太はわかりやすく笑顔になる。
なんでこうなってしまったんだろう。
罰ゲームが二人とわかっていたら、もっと本気で取り組んでいたのに。
ていうか絶対に後から決めただろ。
さすがそれはずるすぎる。
今さらどんなことを言っても、きっと無駄だろう。
諦めて罰ゲームを受け入れるしかない。
「ちょっと罰ゲーム考えるから待ってて!」
朱莉と莉緒はそう言って、一度教室を出ていく。
「わざわざ教室を出る必要あったのかな」
「まぁまぁ、楽しみに待とうぜ!」
今から罰ゲームを言われるのに、なんで亮太はこんなにハイテンションなんだろう。
やっぱり亮太はバカだからしょうがない。
でも僕も今どきの高校生が考える罰ゲームに、少しだけ興味を持っていた。
少しして後ろのドアが開き、二人が戻ってくる。
「二人でめちゃくちゃいい罰ゲームを考えましたー!」
「おー、どんな罰ゲームだ」
ニヤリと笑う二人の顔が少しだけ怖い。
とんでもない罰ゲームだったらどうしよう。
「それじゃあは罰ゲームは──」
莉緒と朱莉が僕たちに下した罰ゲームは予想外のものだった。
しかし、約束は約束なので、僕と亮太はその罰ゲームを受け入れる。
こうして僕たちの点数勝負は幕を下ろした。
テストも終わり今日は夏休み前日。午前中には学校が終わり、部活が始まる。部活に入っていない僕は、すぐに帰ることになる。
「放課後みんなでカラオケでも行こうよ!」
「え! あり! 行こう!」
朱莉の提案に便乗する莉緒。僕は歌はそこまで得意では無かったが、みんなが行くと言ったら行く以外ない。
「今日は俺も部活ないから行こうぜ!」
久々のオフでテンションが高い亮太。全員の意見が一致し、僕たちは放課後カラオケに行くことに決定した。
今から夏休み前の全校集会が行われる。各クラス体育館に向かい一列になり腰を下ろす。
真夏の体育館は地獄のような暑さだった。全校集会が始まり、いつも通り校長の長々とした話が始まる。
毎度毎度どうしてこんなにも長話が出来るのか不思議に思っていた。校長の長話が終わり、次は生活指導部の先生が、夏休みの生活について話し始める。
夜遅くまで外出しないこと、バイトは許可を取ってから行うことなど。毎年同じようなことばかり言われる。
バイトなんてバレずにやっている人ばかりだ。先生たちの話も終わり、全校集会は終了した。
今はいち早くこの暑い体育館から抜け出したかった。しかし、僕の周りは明日から約一ヶ月にわたる夏休みの話題でザワついていた。
ある所では、夏休みの遊ぶ計画。またある所では、ほぼ毎日部活と嘆く声。今年の夏も人それぞれの過ごし方がある。
部活動に向かう生徒を横切り、僕たち四人はカラオケ店へと向かう。お昼時ということもあり、店内は多少混雑していた。
受付を済ませた僕たちは、順番が回ってくるまで椅子に座って待つ。十五分程して呼ばれ、部屋番号が書かれた紙と、ドリンクバー用のコップを貰い、指定の部屋へと向かう。
僕たちの部屋は広くも狭くもなく、四人で丁度いい部屋だった。早速、朱莉と莉緒がデンモクに曲を入れる。
「最初は喉を慣らすために二人で歌いまーす!」
そう言って二人は今話題の曲を歌い始めた。彼女たちの歌声を初めて聴いたが、上手すぎて驚いた。
これがほんとに喉を慣らすためなのかと疑問に思うくらいだ。
例えるなら透き通る声と言うのだろう。
「じゃあ次は俺たちが歌うか」
亮太は勝手にデンモクに曲を入れ、僕にマイクを手渡した。彼が入れた曲は超有名なアニソンだ。これなら僕も知っているし、歌えるだろう。
歌が苦手な僕からしたら、女子二人の次に歌うのは少し気が引けたが、そうは言っても流れてくるイントロ。
亮太も僕も歌は上手い方ではない。それでも聴いている二人は、手拍子などで盛り上げてくれる。歌い終わった後、二人は僕たちの歌を上手いと言ってくれた。
お世辞でも嬉しかった。全員軽く歌い喉が慣れてきたところで、一人ずつ歌うことになる。
順番を決めるのはジャンケン。
「ジャンケンぽい!」
「うわっ、最悪・・・・・・」
「よっしゃー! じゃあ光希行こう!」
「がんばれトップバッター!」
運悪くジャンケンに負けてしまい、トップバッターになる。何を歌うか迷う。考えた末、最近のランキングで十位以内に入っていて、僕が歌えそうなものを選んだ。
一人で歌える自信は無かったが、途中途中で亮太が合いの手を入れてくれて歌いきることが出来た。点数は86点。
苦手な僕からしたら高すぎる程だ。次に莉緒、そして朱莉が歌う。二人が選んだのはラブソング。
僕が思った通り、二とも安定で上手かった。僕も亮太も合いの手を忘れるくらいに、二人の歌に引き込まれていた。
そして僕の点数なんて容易く越えられる。どちらも90点を越える程の高得点だ。
最後を飾るのは亮太だ。彼が選んだのは意外にもバラードだった。いつも騒がしい亮太が、バラードなんて想像がつかない。
亮太と言えばアニソンや、明るい曲。例えるなら応援歌の様なイメージが強い。バラードに手拍子は合わないと思い、僕たち三人は静かに彼の歌を聴いた。
亮太の歌をちゃんと聴いたのは中学校以来だった。あの頃と変わらない歌声は、どこか懐かしさを感じさせる。
彼の点数はは88点と表示される。結果、点数で言えば僕が一番下だった。幸い今回は罰ゲームも何も無くて安心した。
その後はもう一度一人ずつ歌ったり、四人で一緒に歌ったり、二人ずつデュエットなどもした。僕たちは約二時間ぶっ通しで歌い続けた。
だけど二時間なんてあっという間だった。カラオケ店を出ると、外は暗くなり始めていた。僕たちは近くのファミレスで食事を摂ったあと解散した。
途中で亮太と莉緒とは別れ、朱莉と二人きりになる。
「今日は楽しかったね」
「またみんなで行きたいね」
夏の夜はとても蒸し暑い。時折聞こえてくる蝉の声が、暑さに拍車をかける。
ついこの間二年生になったと思ったら、もう夏休みを迎える。時間の流れって本当に早いんだな。
明日からの夏休み、僕はどう過ごそうか考えていた。
去年はほぼ毎日家にいた。亮太はほぼ毎日部活でいないし、きっと今年も一人家でゴロゴロするのだろう。
「夏休み中、良かったら二人でどこか行こうよ」
「え?」
予想外の誘いに、僕は少し戸惑う。
「えって何よ! 普通女の子に誘われたらもっと喜ぶでしょ!」
彼女の言ったことは正論だが、その一言で全てが台無しになる。それでも家で過ごすよりは何倍もマシだった。
「うん、行こう」
そして僕たちは二人で出かける約束を交わした。
「光希くん遅い!」
夏休みが始まって三日目。今日は約束通り、朱莉と二人で出かけることになっている。
前日にどこに行くか話したが、僕が意見を出さないからか、朱莉がしびれを切らして映画に行くことを提案してきた。
9時30分に家に来て欲しいと、朱莉に言われたので、時間通りに行ったらこの有様だ。
「時間通りだろ」
「普通は10分前には着くのがマナーでしょ!」
とんでもないことを言い出す朱莉。確かに5分前行動や10分前行動を心がけろ、と中学校の時に何度も言われた。
生憎、僕には誰かとどこかに行くという機会が少ないので、あんまり気にしていない。玄関から出てきた朱莉はとても夏らしい服装をしている。
白のブラウスをデニムに合わせたコーデ。白で統一された彼女の姿は清潔感がある。
いつもの子供っぽい雰囲気とは異なり、今日はとても大人っぽさが漂う。
「それじゃあ行こう!」
ノリノリな彼女の半歩後ろをついて行く。最初に向かったのは映画館だ。
僕たちはチケットを買い、アナウンスがなるまで待機する。今日見る映画はホラー映画だ。僕はそこまでホラーは得意では無いが、朱莉が見たいとうるさかったので見ることにした。
一応どんな映画か下調べをしたが、今から僕たちが見る映画はかなり怖いらしい。今回の映画を作成した監督は、超絶怖いと有名なホラー映画を何本も作成しているプロ。
だから今回の映画も怖いと有名だ。そして、開演10分前を知らせるアナウンスが鳴り、僕たちは中へと入る。
チケットに書かれている席に座り、映画が始まるのを待つ。いつも通り始まるまでは少し時間がある。
テレビなどの予告と比べ、なぜ映画館での予告は、その映画を見たくなってしまうのか。いつも不思議に思う。
幕間の時間も終わり、明かりが消える。
「始まるね」
耳元で小さく呟く朱莉。彼女からは微塵も恐怖を感じなかった。もしかしたら怖いのが得意なのかもしれない。と思ったが、そんなことは無かった。
映画の始まりと同時に、観客をビビらせるような大きな音が館内に響く。不意打ちをつかれ、声が出そうになったのを必死に抑える。
隣にいる朱莉も身体をビクッと震わせていたのが少し面白かった。ネットの情報通り、怖いシーンはとても多い。
僕たちは終始声を出さないように気をつけていた。映画もクライマックスに差し掛かり、緊迫した空気が流れる。
最後の最後、映画が終わる瞬間に大きな音と霊がスクリーンに映し出される。もう完全に来ないと思っていたので、完全にやられた。
映画の内容は面白く、最初から最後までドキドキハラハラしていた。
「面白かったね、それじゃあ行こっか」
館内の明かりがつき、移動しようと朱莉に声をかける。
「あ、あのー光希くん・・・・・・その・・・・・・」
「ん? どうした?」
彼女は座ったままどこか申し訳なさそうな表情で、何かを言おうとしている。彼女にしては珍しい光景だ。
「怖くて腰抜けちゃったのでよろしければ手を貸してください・・・・・・」
下を向いて恥ずかしそうに言う朱莉。僕はその姿が面白く、つい吹き出してしまった。
「そんなに笑わないでよ・・・・・・」
更に顔を赤らめて言う彼女はどこか愛おしかった。
「しょうがないな、はい」
僕は彼女に手を差し伸べる。彼女の白く細い指が僕の手に触れる。
──ドクン・・・・・・
彼女の手が触れた瞬間、僕の鼓動が早まる。次は僕の方が顔を赤くする。
決して朱莉のことが好きな訳では無い。なのになぜ触れられただけで顔を赤くしているんだ。
僕はそんなことを思ったが、これまで女子とほとんど関わりを持たなかったのだから仕方がない。
「ありがとう・・・・・・」
席を立った彼女は、小さく呟いて手を離した。手のひらには微かに残る彼女の温もり。
しばし僕たちの間には沈黙が流れる。どうにかこの状況を打開できないのか。
そう思った僕は、咄嗟に口を開く。
「あの映画思った以上に怖かったね」
こんな風に話題に困った時は、映画の感想を話せば良いとネットで見たことがある。もしもの時に調べておいたことは、僕だけの秘密だ。
「本当にそう! 私腰抜かしそうだったもん!」
まぁ抜かしたんだけどね、と笑いながら彼女は話す。まるでさっきの光景は嘘かのように。
その後は朱莉に連れ回されっぱなしだった。あの服みたい、とか、あのキーホルダーかわいい、とか色んなお店を行ったり来たりする。
僕はただ楽しそうに見て回る彼女の後ろを着いていくだけ。
「光希くんは何か見たいものないの?」
約一時間以上も歩き続けて、もう見るものが無くなったのか、彼女は僕に尋ねてくる。僕はこれと言って見たいものなんて無かった。
「特にないかな」
僕の返答に、じゃあどうしよっか、と悩み出す朱莉。普通なら僕の方がスキンシップをして、色々考えるべきなのだろう。生憎、僕は慣れていないから仕方がない。
この後の予定について、僕たちは休憩がてら話をしたが、結局まともな案は出ず、少し早いが解散するということになる。
解散と言っても家の方向が同じなため、まだ解散では無いけど。時刻はまだ五時三十分を過ぎたあたり。
夏ということもあり、外はまだだいぶ明るい。特に帰ってもやることなんてなく暇だから、僕は彼女を家まで送ることにする。
最寄りの駅で降りて二人肩を並べて歩く。その時だった。
「あそこ、煙上がってない?」
彼女が指さす方に目をやる。その方向には真っ黒な煙が空に立ち込めている。
「行ってみよう」
そう言って彼女は煙が上がっている方向に急ぎ足で向かう。僕もそのすぐ後ろを急いで着いていく。
近づくにつれ、煙はどんどん濃くなっていく。そして最初に目に映ったのは、大きく燃え盛る炎だった。
住宅一棟が燃えるほどの炎。周りには僕らと同じ野次馬ばかり。
消防に電話をしている人や、スマホで動画を撮りSNSに拡散している人もいる。近くには家の主と思わしき夫婦が避難していた。
夫婦と言ってもまだ二十歳前半ぐらいだ。家の人たちが無事なら良かった。安心したのもつかの間。
「娘が・・・・・・娘がまだ中にいるんです!」
「・・・・・・」
この炎の中にまだ人がいるだと。それにこの夫婦の年齢を考えると、娘と言うのはきっとまだ小さいだろう。
そんな子がこの中にまだ居るなんて考えるだけで鳥肌が立つ。消防車もまだ来ていない状況で、この中に入るのは不可能だ。
それに、この炎の中じゃ生きているかも分からない。僕たちは子供はただ見ていることしか出来ない。旦那さんが炎の中に入ろうとするのを、周りの男性たちが必死に止める。
「ばか! 今入ったら死ぬぞ!」
必死に叫ぶ夫婦の声はとても辛い。その場には多くの人がいる。それでも誰一人として何もすることが出来ない。
そんな自分の無力さを実感した時、
「は?」
隣にいる朱莉が動き出す。しかもそれは燃え盛る炎の方に向かって。僕は理解が追いつかない。
それでも咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
「ばか! 危ないだろ!」
「助かるかもしれない命を放っておくことなんか出来ない!」
「子供の僕たちに何が出来るって言うんだ!」
「子供だからって何! 子供じゃ命を救えないの? そんなことないでしょ! 人の生死がかかっているのに子供だからとか言ってる場合じゃない!」
朱莉の目はいつにも増して真剣だった。だけどここで僕が手を離したら、彼女の身が危険になってしまう。
僕はなんとしても彼女を止めないといけない。
「だからって危険すぎるだろ!」
「今動かなかったらきっと後悔する」
「おい!」
僕が強く掴んでいたはずの手を、朱莉は思い切り振り払い炎の中へと入っていく。
──どうすればいいんだ
僕も急いで中に入る? でもそれは危険すぎる。
消防が来るまで待つ? それじゃあ手を遅れだ。
そんなことを考えるよりも先に、僕の体も炎の中へと動いていた。今までの僕なら絶対にこんなことはするはずが無い。
危険だとは分かっている。それでも朱莉を放っておくことなんて僕には出来ない。
周りから大人の声が聞こえる。
「おい、お前ら何してる!」
「危ないぞ戻れ!」
聞こえてくる声に僕は耳を傾けることなどなく炎の中へと入った。テレビでしか見た事がない光景が、目の前に広がっている。
火の粉を巻き上げながら、どんどん大きくなっていく。
「朱莉! どこだ!」
燃え盛る炎の中を僕は必死に進む。
「あっつ・・・・・・」
体が燃えるように熱い。さすがは炎の中。煙を吸ってしまえば、一巻の終わりだ。
できる限り体勢を低く、煙を吸わないように進む。この熱さに何分耐え切れるだろうか。
早く朱莉と女の子を連れて、ここから出ないと三人とも命を落としてしまう。
「光希くん、こっち!」
僕を呼ぶ声が聞こえ、急いで向かう。向かった先には小学生ぐらいの女の子を抱き抱えた朱莉がいた。
女の子の意識はほとんどなく、一刻を争う状況だ。
「急いで出よう」
朱莉から女の子を預かり、急いで来た道を戻る。無事に外に出ることが出来ると、遠くから消防車と救急車のサイレンが聞こえてくる。
「よかった・・・・・・」
安心したのも束の間。僕の意識は次第に遠くなっていく。
「・・・・・・きくん・・・・・・こうきくん!」
目を覚ますと、そこは救急車の中だった。どうやら僕は煙を吸いすぎて倒れたらしい。
僕たちは幸いにも何一つ命に別状はないとの事だった。そして一番の喜びは、あの女の子も煙をだいぶ吸ってしまったらしいが、命に別状は無いらしい。
一つの命を救えたことが何よりも嬉しい。だけど、僕たちは後から大人の人たちに、こっぴどく怒られた。
「生きていたから良かったけど、死んでしまったらどうするんだ」
「もうこんな危険なことはしないように」
そんな感じに言われたが、僕たちの心には全く響いて居ないだろう。だって、あそこで僕たちが行かなければ、きっとあの女の子は亡くなっていたから。
もしもあの時、行かなければきっと後悔していただろう。
後日、僕たちの元へ一通の手紙が届いた。差出人は例の夫婦からだ。丁寧に書かれた感謝の言葉を、僕と朱莉は何度も読んだ。
本当にあの子が無事でよかった。僕たちは心からそう思った。
『助かるかもしれない命を放っておくことなんか出来ない』
僕をここまで動かしたのは、きっと彼女の言葉だ。
彼女が居なければ、僕はあの子を助けることなんてなかった。
だけど、あの時の行動で疑問に思ったことがある。
何で朱莉は燃え盛る炎の中で、あんなにも平常を保てたのだろうか。
普通の人なら暑さに耐えるだけでも辛いのに。
もしかしたら彼女はなにか隠してるのかもしれない。
「明日の夏祭り浴衣で行く?」
夏休みが始まってもう二週間。朱莉と出かけた後は、特に予定などもなく家でずっとゴロゴロしていた。
明日は僕たちの市で行われる夏祭りがある。今日は明日の夏祭りの計画を立てるために、亮太の家に来ている。
計画と言ってもどこに何時に集合するか程度。本当の目的はただ暇だったから遊びに来ただけだ。
夏祭りの規模が大きいこともあり、毎年多くの人がやってくる。去年は亮太と二人で行ったが、今年はそうじゃない。
『それじゃあ罰ゲームは・・・・・・私たちと強制夏祭りね!』
定期テストで朱莉と莉緒に負けた僕たちに、課せられた罰ゲームは夏祭りに一緒に行くというものだった。
これは罰ゲームと言えるのか分からないが、二人がそれを決めたので僕たちは何も言わずに受け入れた。
罰ゲームではあるものの、四人で夏祭りに行くことは、僕も亮太も楽しみにしている。
「てか、僕浴衣もって無いんだけど」
昔から運動ばかりしていたから、動きやすい服しか持っていない。そのためオシャレやファッションなどには疎い。
浴衣なんて持ってるはずが無い。
「じゃあ俺の浴衣貸してやるから、一緒に着て行こうぜ」
「亮太二つも持ってたっけ?」
「昨日探したらあった」
せっかくの夏祭りだしよ、と彼は嬉しそうに笑う。浴衣なんて着たことがない僕からしたら、少し不安だった。
それでも亮太が居るから大丈夫だろうと言う謎の安心感がある。
明日のことについての準備も終わり、僕たちは雑談をする。僕はふと思ったことを亮太に訊いた。
「そういえば莉緒とはどうなの?」
今までは好きじゃないの一点張りだった亮太だが、流石にもう誤魔化せないと思ったのか、莉緒への恋心を全て話してくれた。
朱莉から聞いた話だと、両思いで確定らしいがまだ付き合っては無いらしい。もしかしたら僕たちが知らないだけで、実は付き合っているのかもしれない。
他人の恋愛にはさほど興味は無かったが、親友の恋はさすがに気になるし、応援したいとも思う。
「実は・・・・・・明日告白しようと思ってる」
少し照れたように、顔を赤くする亮太。その姿はいつもの彼からは予想がつかないほど、珍しい光景だった。
そうと決まれば応援するしかない。
「頑張れよ。応援してる」
「おうよ! ありがとよ」
どうやら亮太は朱莉と色々と作戦を練っていたらしい。最初は四人で行動して、途中から二手に分かれるらしい。
僕には何の話もされなかった事が少し癪だ。まぁこういうのは女子に任せた方がいいのかもしれないが、親友である僕にももっと早く教えて欲しかった。
そんなことを思ったが、今は応援が優先だ。それからは男二人での恋バナが始まる。
二人が仲良くなったきっかけや、デートに行った話など。恋バナなんてほとんどしなかった僕だが、こうやって話を聞くと案外面白いのだとわかった。
「そんでお前はどうなの?」
突然、亮太からのカウントーを喰らった。
「どうって何が?」
「朱莉だよ朱莉。好きなんだろ?」
彼はまるで決めつけるかのように話を進める。
「好きなんかじゃねぇよー」
そう。僕は朱莉が好きなのかどうかさえ分からない。それは今までに人を好きになった事がないから。今までクラスの女の子を可愛いと思ったことは何回かはある。
それでも好きと思えるような人は一人もいない。
「好きになるってどんな感じ?」
僕は思わず亮太に聞いていた。彼は首を傾げながら言う。
「その人といると心臓の鼓動が早くなったり、その人のことで頭がいっぱいになるとかかな?」
なるほど。僕はその時、あの日のことを思い出した。朱莉と二人で映画を見た日。怖くて腰を抜かした彼女に手を貸し、僕の手と彼女の手が触れた時、僕の鼓動は早くなっていた気がする。
あれが恋・・・・・・?
いやいや、そんなことぐらいで恋なんて言えるわけが無い。きっと僕が女子との関わりに慣れていないからだろう。
こんなこと考えてもどうにもならないと思い、僕はこれ以上は考えるのをやめた。
「僕は朱莉のことを好きじゃないと思うよ」
「何その言い方」
亮太はぷッと吹き出すように笑う。でも本当に亮太が莉緒に抱いてるような感情を、僕は朱莉に抱いてなんか居ない。
この時はまだ。
「おいこの帯どうやるんだよ」
「ちょっと待て、母さん」
夏祭りに向かう直前。僕は亮太の家で浴衣を着せてもらっていた。
亮太のお母さんは小さい頃から、僕のことを知っているので、今でもこうしてお世話になっている。おばさんに帯を結んでもらい、やっと浴衣を着こなすことが出来る。
「あら、こうちゃんよく似合ってるわ」
おばさんは昔から僕のことをこうちゃんと呼んでいる。今となっては少し恥ずかしい気もするが、親しみやすいので全然いい。
おばさんにお礼を告げて、僕たちは会場へと向かう。予想していた通り、人の量はとても多い。朱莉たちとは会場のすぐそばのコンビニで待ち合わせだ。
「まだ来てないみたいだね」
「そうだな」
僕たちは少し早く来すぎてしまった。コンビニの外で二人が来るのを待つ。
「光希くんー! 亮太くんー!」
10分ぐらい経ったところで、浴衣を着た2人がやってくる。普段の姿とは違い、浴衣姿はまるで別人のようだ。
まるで大人と言ってもいいくらいに、二人は大人びていて綺麗だった。でも僕たちを見つけて笑顔で向かってくる姿を見ると、やはり高校生なんだなと実感する。
浴衣って言うのも悪くないな。僕はふとそんなことを思った。決して口には出さなかったけど。
「よし、じゃあ行こうか」
亮太を先頭に、僕たちは会場へと足を運ぶ。花火が上がるまでは、まだ2時間以上もあると言うのに、会場は多くの人で賑わっている。
やはり市が開催する祭りということもあり、高校生やお年寄り、親子なども数多くいる。夏祭りの定番である焼きそば、チョコバナナ、かき氷などの屋台は長蛇の列になっている。
僕たちは4人は他と比べてあまり並んでいないりんご飴の屋台に並ぶ。数分並び、りんご飴を片手に僕たちは再び歩き出す。
「ねぇ、人が多いからさ花火の時間まで二手に分かれない?」
亮太から聞いていた作戦通り、朱莉は二手に分かれる提案をしてきた。あらかじめ知っていた僕と亮太は、その提案に賛成する。
「じゃあくじ作ったから引いて!」
そう言って彼女はポケットから4枚の紙を出した。僕たちはその紙を手に取る。紙を開くとそこには1という数字が書いてある。
「莉緒は何番だった!」
「私は1だったよー」
え・・・・・・?
これだと話と違くないか?
僕は急いで亮太と紙を交換しようとした。
「亮太くんは何番!」
「俺も1だわ」
どういうことだ。僕の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされる。僕の紙には1という数字。
そして亮太の紙にも1という数字が書かれている。
「てことは私と光希くん、莉緒と亮太くんのペアだね!」
また後で合流ね、と告げて朱莉は僕の手を引く。僕はさっきのくじのことがずっと気になっていた。
「朱莉の紙は何番だったの?」
「1番だよ」
「なるほど、そういことか」
てっきり朱莉がミスって、僕と莉緒が一緒になってしまったと思った。でも本当は元から2番なんて存在してなかったんだ。
聞く順番で強制的にペアを作るって作戦だったのか。僕は謎が解けてスッキリする。
「あ、金魚すくいあるよ! 行こう!」
まるで子供のように目を輝かせ、金魚すくいの方へ吸い込まれていく。屋台には小学生ぐらいの子供がたくさんいた。
「おじさん金魚すくい1回!」
彼女は考える間もなく、お金を出して金魚すくいを始める。
「ほら、何してんの? 光希くんもだよ!」
彼女に無理やり連れられ、僕も金魚すくいをやる羽目になる。金魚すくいなんて小学生ぶりだ。
「どっちが多く取れるか勝負ね!」
誰もやるなんて言ってないのに、強制的に勝負になる。でも僕は小さい時によく金魚すくいはやっていたから、負ける気はしなかった。
一匹、二匹、三匹と簡単にすくっていく。少し大きめなデメキンに手を出そうとしたら、ポイが破れてしまう。
でも三匹も取れば充分だろう。
「あー破れた!」
彼女も破れたらしく、器を見てみると、金魚は一匹しか居なかった。これは勝ったと思っていたら、
「お嬢ちゃん、そいつを釣るとはやるねぇ」
朱莉の器を見て、店主さんはそう呟いた。
「そいつはこの中でも大きめなデメキンだよ」
さっきはよく見えなかったが、もう一度彼女の器に目をやる。確かに他の金魚と比べて三倍ぐらい大きなデメキンだ。
「そいつは普通の金魚十匹分ぐらいの価値はあるよ」
そう言われた瞬間、彼女の顔はぱぁと明るくなる。
「てことはこの勝負私の勝ちだね!」
数では僕の勝ちなのに、上手いように言いくるめられてしまう。まあ店主さんが言うなら仕方ない。
「はいはい、朱莉の勝ちでいいよ」
金魚すくいは朱莉の勝ちということで、僕たちは屋台を後にした。花火まではまだ時間があるので、綿あめを食べたり、射的で勝負をしたりした。
結果は僕が勝ったが、彼女はどこか納得のいってない顔をしている。
「私の打った玉だけ絶対倒れないように細工されてる!」
「そんなことある訳ないだろ」
かわいい容器に入ったドリンクを片手に、彼女は文句ばかり言っていた。歩いているうちに時間は流れ、花火まであと20分をきっていた。
「どこで合流するの?」
僕の前を歩く朱莉に問いかける。
「合流するつもりなんてないよ」
「え?」
思いもしなかった返答に、僕は足を止めてしまう。
「せっかくのいい雰囲気を壊したくないじゃん」
ニコッと笑う彼女はとても楽しそうだった。こうなったら僕も彼らに協力してやるか。
「じゃあ二人で見ようか」
異性と二人で花火なんて見たことが無かったので、僕は少し緊張していた。それにあの日の映画以降、僕は彼女といると鼓動が少し早く感じる。
それが恋かどうかなんて分からない。だけど彼女と過ごす時間はとても楽しいと思える。
「光希くん?」
「あ、ごめん。どうした?」
「こっちの方が人少ないよ」
朱莉が指さした方向は確かに人が少なかった。それに花火を遮るような物も特には無い。
少し奥には公園もあり、僕たちはそこのベンチに腰掛ける。完全な穴場スポットだ。
「亮太くんちゃんと告白できるかな?」
「あいつは普段チャラいけどそうゆう場面ではしっかりしてるよ」
亮太は昔から少しチャラいところがあったが、恋愛はとても真面目なのは知っている。恋愛経験のない僕に、何度も相談をしてきたからわかる。
まぁ的確なアドバイスはあげられなかったけど。何で亮太が僕に相談してきたのかは未だに分からない。
ただ単に仲が良かったからかもしれないし、他に理由があったのかもしれない。
「莉緒もいい子だから二人とも幸せになって欲しいな」
そんなことを言う朱莉は、まるで保護者のようだった。僕は莉緒とあまり関わることはないが、彼女がとても優しいことは知っている。
視野が広いというのか、すぐに困っている人に手を差し伸べている。僕は彼女のそんな所を陰ながらに尊敬している。
いつも一緒にいる二人が付き合うなんて想像がつかない。
「夏祭りに告白とかロマンチックでいいなー」
朱莉は空を眺めながら呟く。その顔は恋をしている乙女みたい。
そういえば僕は朱莉の恋愛事情を何も知らない。今まで自分から聞いたこともないし、言われたこともない。
「君は好きな人とか・・・・・・」
──ドンッ!!
その瞬間、一つの大きな花火が夜空に弾けた。僕の質問は完全に花火に掻き消されてしまう。
だけど、もう一度聞こうとは思わなかった。先程の一発を合図に次から次へと、花火が打ち上がる。
市の祭りと言うこともあって、花火のバリエーションさとても豊かだ。赤一色や青一色と言った花火や、夜空一面に広がる色鮮やかな花火など。
次々と空へ舞う花火には終わりが見えない。
「光希くん! 写真撮ろうよ!」
こっちに近づいて、と言うように手招きする朱莉。僕は少し近づき、カメラの画角に写り込む。
「光希くん遠い!」
文句を言いながら彼女の方が僕に一歩近づく。そして僕と彼女の肩と肩がぶつかる。
ドクン・・・・・・
また前と同じ感覚。少し離れようと思ったが、そんなことをしたら彼女はきっと怒るだろう。
だけど、この距離はさすがに厳しい。徐々に体温が上がっていく感じがする。
きっと夏の暑さのせいだろう。どうにか暑さのせいだと誤魔化そうとする。
しかし、これは夏の暑さなんかじゃない。きっと僕の顔は真っ赤に染っているだろう。
こんなところを見られたら恥ずかしい。早く何とかしないと、と思っていると、
「はい撮るよ! 笑って!」
──カシャ、カシャ
二回のシャッター音。花火をバックにツーショットなんて初めてだ。僕は上手く笑えていたかな。
「めっちゃいい感じ!」
朱莉は写真を確認すると嬉しそうに微笑む。そしてスマホをバックに入れ、また花火に視線を戻す。
僕なんかとの写真で笑顔になってくれるなんて、僕の方まで嬉しくなってくる。それから僕たちは、最後の花火が上がるまで、空を見上げていた。
時折、会話がない部分もあったが、そこに気まずさなんてなかった。花火が終わると一斉に動き出す人々。
僕たちも人の流れに身を任せ、近くの公園へ向かう。亮太たちとはそこで合流する予定だ。
人の間を通り抜け、公園に入ると、そこには見覚えのある二人が手を繋いで待っていた。僕と朱莉はそこで全てを察する。
僕たちはすぐさま二人の方に駆け寄り、四人でベンチに腰掛ける。そこからはもちろん、亮太と莉緒の二人に質問攻めをするだけだった。
亮太が莉緒に好意を抱き始めたのは、四人で初めてお弁当を食べた日。それから彼は彼女に猛アタックしたらしい。
親友が付き合うということは、僕からしてもとても嬉しいことだ。二人の距離が初めの頃と比べ、とても近づいていることに、僕の口角は自然に上がっていた。
「もうそろそろ帰ろうかな」
莉緒の言葉で僕はスマホの時間を確認する。もうとっくに22時を過ぎていた。さすがに23時を過ぎると、補導される可能性があるので、僕たちは解散することにした。
いつも通り亮太は、莉緒を家に送るため、僕たちとは別方向に歩き出す。僕たちも二人に手を振って歩き出す。
遠くなっていく二人の後ろ姿を見守る。固く結ばれた二人の手を見ると、どことなく僕の片手が寂しく感じた。
彼らのことを心のどこかで羨ましいと思ってしまっていた。
「二人とも幸せそうだね」
「そうだね」
「私たちも帰ろうか」
二人が見えなくなった後、僕たちも家の方向に足を動かす。
──ブーブー
ベッドの上のスマホが振動する。画面に目をやると、二件の写真とメッセージが送られている。差出人は朱莉。
『今日はありがとね! これ今日の写真!』
送られてきたのは、花火をバックに二人で撮った写真。僕は送られてきた写真を確認する。
あのときは上手く笑えていたか不安だったが、写真の中の僕は、自分が思っている以上に笑顔だった。
こんなふうに笑えていたなんて思わなかった。
『ありがとう。楽しかったよ』
彼女にメッセージを返し、スマホを閉じた。
花火大会から2日が経った。
「ここが光希くんの家かー」
「はぁ、なんでこんなことに」
「まあまあ、元気だしていこう!」
遡ること2日前。
花火大会の日、2人で行動していたときに、不意に朱莉が、
「今度、光希くんの家に行ってみたい!」
そう言われ、それからは完全に彼女のペースにされてしまい、今に至る。
女子を家に招いたことなんてなかったから、軽くネットで調べてはおいた。
しかし、検索しても、『おうちデートでやるべきこと』や『初めてのおうちデートは何をするべき』など、僕が求めていた回答は得られなかった。
僕たちは別に付き合っている訳では無いから、お家デートでは無い。
ただ普通に彼女が家に来るだけ。
唯一の救いは、今日も両親は仕事で家に誰もいないということだ。
家に女子を連れてきたなんて言ったら、何を言われるか分かったもんじゃない。
「入っていいよ」
「おじゃましまーす!」
僕の家に同い年の女子が入ってくる。
まさかこんな日が来るなんて思ってもいなかった。
律儀に靴を揃えている朱莉を見て、見かけによらず礼儀正しいと思った。
亮太が家に来る時なんて、自分の家のように靴は放られている。
「光希おかえりー、って!? えぇー!? 光希が家に女の子を!?」
「え・・・・・・なんでいるの・・・・・・?」
誰もいないと思っていたリビングから、陽菜が出てきて、僕は呆然とする。
完全に終わった・・・・・・
よりにもよって一番めんどくさい陽菜がなんでいるんだ。
「あ、こんにちわ! 光希くんと同じクラスの姫野朱莉です!」
「朱莉ちゃんね! いらっしゃい! ゆっくりしていってね!」
「はい! ありがとうございます!」
絶望している僕の横で、二人は和気あいあいと話している。
初対面のはずなのに、二人とも緊張なんてしてない。
女子同士だから仲良くなるのも早いのか。
こうなってしまった以上は仕方ない。
僕は諦めて朱莉を自分の部屋へと案内する。
「ここが光希くんの部屋かー、意外と綺麗なんだね」
「意外とは余計だよ。適当に座っていいよ」
「はーい」
僕は彼女を部屋に残し、リビングに行く。
こういう時は飲み物や菓子折りを持っていくのが、基本だろう。
でもそれよりも陽菜への誤解をとかないといけない。
きっと彼女とかだと思っているだろうから。
「あ、光希」
「先に言っておく、朱莉は彼女でもなんでもないから」
陽菜に聞かれる前に、先に水を差しておいた。
だけど、絶対信じていない。
「だって光希に彼女なんて出来るわけないもんね」
「何その言い方」
彼女はニヤニヤしながら言ってきた。
さすがに今の言葉は少し癪に障る。
僕だって本気を出せば彼女の1人や2人ぐらい出来る。
恋愛に興味が無いから作って無いだけだ。
「そいういえばあの子どこかで見たことある気がするんだよね」
「きっと別人だよ」
あんなに個性的な人は一度見たらすぐには忘れないだろう。
僕は心の中で独りごちた。
陽菜は少し考える仕草をとったが、「まぁいっか」と言って考えるのをやめていた。
「それよりなんで陽菜が家にいるの」
「最近家に帰ってきてないから、帰ってきたの。そしたらこんないい物が見れるなんて」
またしてもニヤニヤしている陽菜に、もういい、と告げて部屋に戻る。
「ごめんお待たせ、って、何見てんの!」
「あぁごめん、ちょっと気になっちゃってさ!」
朱莉は僕の中学時代のアルバムを勝手に見ていた。
僕は恥ずかしさに耐えきれず、急いでアルバムを取り上げる。
しかもちょうど開いていたのは、部活動の写真のところ。
そこにはバスケの試合中の僕の写真が載っている。
最悪だ、試合中の顔なんて見られたくなかった。
「なんで取り上げちゃうのよー、光希くんのバスケ姿気になってたのに!」
「勝手に人のを見といてよく言うよ」
アルバムを閉じようと思ったけど、僕も久々にアルバムを見て、少し気になってしまった。
一度閉じかけたアルバムをもう一度開く。
すると、朱莉はすぐさま顔を覗かせてくる。
「あれ、見せてくれるの」
「まぁ別にいいかなって」
「素直じゃないなー」
からかってくる彼女が少しムカついたので、「それなら別に君は見なくていいか」と言ったら、「ごめんー!」と言って直ぐに謝ってきた。
僕のアルバムなんて何も面白くないのにな。
部活動の写真では、練習風景や試合の写真もある。
自分の試合中の姿なんてあまり見たことが無い。
僕はこんなに楽しそうにバスケをしていたんだな。
写真に映る僕の顔は、集中しているけども、どこか楽しそうだった。
「光希くんすっごい楽しそうにプレイしてるね」
「このときはすっごい楽しかったからね」
「じゃあ、なんでバスケをやめちゃったの?」
墓穴を掘ってしまった。
これじゃあ彼女は僕がバスケを辞めた理由が、気になるに違いない。
なんて言って誤魔化そうか、
「え……だからそれは、僕にバスケは向いていなかったんだよ」
変な言い訳より、前に言った理由を言った。
これなら彼女も納得してくれるだろう。
「そんな嘘つかなくていいんだよ」
「え?」
さっきの雰囲気から打って変わって、朱莉は真剣な面持ちになる。
彼女のこんな顔僕は見た事ない。
「嘘なんかじゃないよ」
ここで動揺なんかしたら、嘘だとバレてしまう。
僕は少し笑いながら言ってみる。
それでも彼女の表情は一切変わらない。
「中学校最後の大会で、相手選手との接触で足を怪我したんだ」
言うつもりなんてなかったけど、きっと言わないと彼女も手を引いてくれないだろう。
高校に入って湊音以外にこの話をしたことはなかった。
湊音以外にも話す時が来るなんて。
ましてや、朱莉に足のことを言う日が来るなんて思ってもいなかった。
けれど、彼女と過ごしていくうちに、彼女になら言ってもいいのかと思ってしまった。
「そうだったんだね・・・・・・」
僕のせいで部屋の空気が重くなってしまった。
やっぱりこの話はするべきじゃなかったな。
「でも、怪我しちゃってバスケ出来なくなるならやっぱり僕には向いてなかったんだと思う」
少しでも空気を和らげようと、僕は自嘲気味に笑いながら言ってみる。
「そんなことないと思うよ」
「なんで・・・・・・」
「だって私もバスケをやってたからわかるよ。君の試合を見た事もある。君にバスケが向いていなかったなんて少しも思わない」
彼女はきっと本当に僕の試合を見た事があるし、そう思って言ってくれてるのだろう。
だって彼女の瞳には曇りひとつない。
本心でそう言ってくれてるのだ。
彼女がこんな時に嘘を言うような人じゃない事なんて、これまで一緒にいたからわかる。
「もう一回バスケをやってみようよ」
「それは・・・・・・無理だよ」
僕だって何度もバスケをやろうと練習した。
けれど練習を重ねていくうちに、本当にもう無理なんだと実感してしまったんだ。
少しなら走ることは出来たのに、一回のジャンプで足が悲鳴をあげる。
「無理にとは言わないけど、少しずつやっていけば必ず奇跡は起こると思うよ。私は応援する」
いくらそんなことを言われても、医者に言われるくらい僕の足は言うことを聞かない。
それでも彼女がそんなにも応援してくれるなら、少しだけど頑張ってみようとも思えた。
そうしたらまたバスケを出来るかもしれない。
僕の中で消えかけていた灯火に、もう一度炎が灯った。
「よしじゃあ他の写真も見せてよ!」
暗かった雰囲気を変えるように、朱莉は僕の持っているアルバムを取り上げる。
さすがに過去の写真を好き勝手見られるのは恥ずかしいので、急いで取り返す。
「僕がページをめくるから君は何もしないで」
「えーケチ」
彼女はほっぺを膨らませて拗ねていた。
別に僕がめくるだけでアルバムは見れるのだからそんなに拗ねる必要も無いだろ。
僕は1ページずつアルバムをめくっていく。
彼女は一つ一つの写真を丁寧に見ては、
「あ! 光希くんいた!」
などとずっと僕を探していた。
中学校の僕は今とは正反対だったから、正直見つけられるのは恥ずかしい。
体育祭や文化祭の写真を見ては、頬を緩めながら楽しそうに見ていた。
そして気づいたら最後の卒業式の写真まで来ていた。
「中学校の時と比べてめっちゃ大人っぽくなったね」
全てを見終わった最初の感想はそれだった。
「まぁ足の件もあって、心を閉ざすようになったからね」
別に僕だって好きでこうしている訳では無い。
ただ自分に絶望している時間が長かったため、人との関わり方を忘れてしまったのだ。
「私は昔の光希くんも今の光希くんも好きだよ」
「え?」
僕の聞き間違いか何かか?
陽キャと言うものは、すぐに好きなんて言葉にするのか。
僕のことを好きになるはずなんてないのに、少しだけドキッとしてしまった。
どうして彼女と居ると、こんなにもペースが乱されてしまうのだろうか。
「ねぇ他にアルバムとかないの!」
「あるっちゃあるけど」
「よし! じゃあ出して!」
本当に自由な人だ。
あると言ってしまったが、小学校のアルバムなのでさすがに見せたく無い。
高校生になった今、小学校のアルバムなんて黒歴史でしかない。
アルバムを出すか考えていたら、隣に朱莉の姿が無くなっていた。
「ねぇアルバムどこー」
「ちょいちょい! だから勝手に部屋の中を探さないで!」
少し目を離した隙に、僕の部屋を好き勝手漁る。
これはもう彼女から目を離せない。
「僕が探すから君は座ってて」
こうなったらやむを得ない。
アルバムを見せないと彼女は無理やりにでも見つけ出すだろう。
特にやましいものなどは無いが、万が一何か出てきたらそっちの方が嫌だ。
僕はアルバムがありそうな所を、隅なくさがす。
「あ、あった」
少し埃をかぶっていたが、比較的綺麗な姿であった。
小学校のアルバムなんて卒業以来見た記憶が無い。
「はい見せて見せて」
「分かったからちょっと待って」
すぐに朱莉はアルバムを取り上げようするから困る。
僕は彼女の隣に行き、1ページずつゆっくりめくっていく。
小学校の頃の記憶なんてほとんどないが、大体の僕の写真にはバスケットボールが映っている。
やっぱりこの時は、これほどまでにバスケが大好きだったんだ。
「小学校の頃の光希くんって可愛いね」
顔を綻ばせながら彼女は言う。
「小学生の時なんて誰でも可愛いよ」
素直に喜ぶのは恥ずかしいから、僕は適当な言葉を言う。
一通りアルバムを見終わってしまい、やることが無くなってしまう。
何か楽しそうなものを探そうとしたが、僕の部屋にそんなものがあるはずは無い。
諦めて彼女と話すしかないようだ。
何かいい話題が無いか考えたけど、僕と彼女が盛り上がりそうな話題なんて思いつかない。
結局彼女が話題を色々と提供してくれて、時間をどんどん潰してくれた。
「もうこんな時間だしそろそろ帰ろうかな」
時計の針は6時を指している。
こんなに長く彼女と話続けられるとは思っていなかった。
「外も暗くなり始めてるし送ってくよ」
「申し訳ないし大丈夫だよ!」
「女の子1人は危ないって前に言ったのは君だろ。どうせ暇だし送っていくよ」
前に彼女はそんなことを言っていたので、僕は彼女を家まで送ることにした。
玄関に行き靴を履こうとした時、リビングから陽菜が出てくる。
本当にこうゆう時に出てきて欲しくないのに。
「良かったらまた来てね!」
「はい! お邪魔しました」
「僕は家まで送ってくるから」
「気をつけてねー」
ドアが閉まる時、一瞬見えたニヤニヤする陽菜の顔が頭から離れない。
絶対に彼女と勘違いしてるだろ。
「光希くんは優しいお姉さんが居ていいね」
「ただうるさいだけだよ」
確かに優しい時もあるが、僕にとってはただのうるさい人としか思っていない。
「私もお姉ちゃんとか欲しかったなー」
「朱莉は兄弟とか居ないの?」
「居ないよー、私は一人っ子!」
だからこんなにも自由気ままな人なのか。
一人っ子は自由人と呼ばれる人が多いと聞いていたが、その話は本当のようだ。
僕も一人っ子だったら、彼女みたいになっていのか。
そう考えると陽菜がいてくれて良かったとも思う。
話しながらだとすぐに彼女の家に着く。
まだ6時半と言うのに外はだいぶ暗くなっている。
前までは6時でも空は明るい方だったが、今では6時ではもう空は茜色へと変化している。
もうすぐ夏も終わり秋になろうとしているのだ。
本当に時間の流れとは早い。
「送ってくれてありがとね、今日は本当に楽しかったよ! またね!」
「こちらこそ、またね」
彼女が家に入るところを見届け、僕は来た道を戻る。
今日はどっと疲れたな。
きっと家に帰ったらすぐに寝てしまうだろう。
家に着くと早速、陽菜からの質問が始まった。
別に付き合っている訳でもないので、僕は適当に受け流す。
さすがにしつこく聞いてくる陽菜がめんどくさくなってきたから、僕は自分の部屋へと逃げる。
結局、この部屋が一番良い。
ベットに横になると、僕はふと気になったことを調べる。
検索画面で、姫野朱莉と打って検索にかける。
彼女もバスケをやっていたと言っていたし、初めて名前を聞いた時も、その名前に聞き覚えがあった。
陽菜も見覚えがあるとするなら、朱莉もバスケでは少なからず有名だったのかもしれない。
その時、1つの記事が出てくる。
『消えた天才、姫野朱莉』
何だこの記事。
僕は恐る恐るその記事を開く。
消えた天才とはどういう意味なのか。
僕はそこで衝撃の事実を知る。
彼女が僕なんかより何倍もバスケの才能があったこということを。
その記事には彼女が今までに優勝してきた大会の名前と回数が記載されていた。
その回数は僕なんかとは比べ物にならないほどの数。
それほどまでに彼女にバスケの才能があったなんて知らなかった。
次々と出てくる文章を、スクロールしていた手がピタリと止まる。
「え・・・・・・? なにこれ・・・・・・」
1番最後に書かれていた言葉。
僕は思わず目を留める。
それは決して知りたくなんてなかった事。
『バスケの天才姫野朱莉は、大病を患っていることが発覚し、バスケ界から突如姿を消した』
こんなの嘘だよな・・・・・・
心臓の鼓動が早い。こんなことが信じられるわけが無い。
あんなに明るい彼女が、大病を患っているはずがない。
全てが嘘であって欲しいと僕は願った。
ようやく自分の気持ちに気づいた。
──僕は朱莉が好きなんだ
長かった夏休みが終わり、今日から学校が始まる。
今年の夏を振り返ると色々なことがあった。
去年であれば外出することなんてほとんどなく、肌も女子のように白かった。
でも今年は夏祭りや海など外出することが多かったため、肌はやや黒く焼け焦げている。
僕のこれまでの夏休みの中でも、一番と言っていいほどに楽しく、思い出に残るものになった。
それもこれも朱莉のおかげだろう。
高校に入学してからあまり人と関わることはしてこなかったが、彼女と出会ってから僕は少しずつ変わってきてる気がする。
だからこそ僕は、今もあの日見た記事が頭から離れずにいた。
『姫野朱莉は大病を患っている』
ネットの情報だからまだ信じたわけじゃない。
デマってことだって全然あり得る。
だけど振り返ってみたら、彼女は前に体育を見学していた。
僕はあの日だけだと思っていたが、もしかしたら毎回見学なのかもしれない。
考えだすと全てのことを病気のことに繋げてしまう。
その記事を見た日から、僕はどこか落ち着かない。
彼女に聞くのが一番早いが、流石に聞けるわけがない。
どんな顔で朱莉に合えばいいのだろう。
そんな不安を抱えながら、学校へ向かう。
久々に行く学校は少し懐かしく感じる。
1ヶ月来てないだけでもこんな風に感じるんだな。
「光希久しぶりー!」
「湊音めっちゃ黒くなったね」
「ほぼ毎日外出してたからな」
久しぶりに見た湊音は全身がこんがり焼けていた。
やっぱり体育会系の男子はすごいな。
教室を見渡しても、夏休み前より黒くなっている人が多い。
そんなこと思ってる僕もだけど。
「はい出欠取るからみんなみんな座ってー」
担任が入ってきて出欠を取る。
今日からまたいつも通りの日常が始まる。
初日は授業が無いためすぐに終わる。
出欠を取ったあとは、体育館に行き全校集会。
その後は教室で課題などを回収して終わりだ。
そんな感じでボーッとしてたら、初日はあっという間に終わってしまった。
夏休み前と比べて変わったことなんてほとんど無い。
一ヶ月程度の休みじゃ変化なんてないか。
いつも通り朱莉は話しかけてきたが、僕はどんな顔をして話せばいいのか分からなかった。
変に気を使うのはかえって怪しまれるので、できる限りいつも通りを装った。
こんなにも明るい彼女が病気を患ってるなんてありえない。
やっぱりデマだったのかもしれない。
だけど僕はどうしても真実を知りたい。
真実を知るのは怖いけど、不確かなままが一番嫌だ。
結局、真実なんて知れないまま一日が終わってしまう。
その日の夜、僕と亮太、そして朱莉と莉緒のグループに一件のメッセージが届いた。
『テストも近いしさ、良かったらうちで勉強会しない!?』
提案したのは朱莉だった。
そういえばもうすぐでテストがあるんだ。
充実した夏休みだったので、完全にテストの存在を忘れてしまっていた。
来年には受験生だし、そろそろ頑張らないとな。
もちろんみんな朱莉の提案には賛成し、勉強会をすることに決まる。
もしかしたら彼女の家に行けば、病気のことについて何かわかるかもしれない──
「リビングはこっちだよー!」
「お邪魔しまーす!」
朱莉の家に着いた僕たち三人は、リビングへと通される。
彼女の家に来るのは雨宿りをした日以来だ。
「てことで何する!? トランプ!?」
「やっぱり元から勉強する気無かったよね」
前回のテスト勉強同様、やっぱりトランプをすることになる。
こうなることは分かってたし、僕も勉強ばかりよりはこっちの方がいい。
ババ抜きや大富豪、神経衰弱など、小一時間ぐらいみんなでトランプをした。
「さすがにそろそろ勉強しよっか」
莉緒の一言で、みんな勉強モードに入る。
各々ワーク類を取り出し、問題を解いていく。
次のテストは前回よりも難しくなることが多い。
数学なんて何一つ理解出来ていない。
授業は寝ないで受けているが、実際は何一つ頭に入っていない。
このままだと赤点の可能性だって充分にある。
「朱莉か莉緒、ここの問題わかる?」
いくら問題を見ても、答えなんてわかるはずがなく、諦めて助けを求める。
僕より頭のいい二人なら頼りになると思った。
「ここの問題はねー、こんな感じでやると答えが出てくるよ」
莉緒の分かりやすい説明で、全く理解できなかった僕でも、すんなり理解出来る。
「なんで俺には聞かないんだ?」
「だって亮太じゃ分からないだろ」
僕が解けないのだから、さすがに亮太に解けるはずがない。
それに亮太に教わるというのは、僕のプライドが廃る。
わからない問題も朱莉や莉緒のおかげで、わかるようになってきた。
このまま行けば次のテストはなんとかなりそうだ。
真面目に勉強を始めてから、もうすぐ2時間が経つ。
この前のテスト勉強よりも、みんな集中するようになった。
来年にはもう受験が控えてるからだろう。
この間高校受験をしたばかりなのに、もうすぐで大学受験になるのか。
「ごめん! 私この後家族で出かける予定あるんだった」
唐突に莉緒がスマホを見て言う。
「もうだいぶやったし今日は解散にするか」
「そうしよっか! みんなまた来てね!」
莉緒の予定もあり、今日はここでお開きとなる。
充分勉強もできたし、分からないところは教えてもらったから、僕からしたら有意義な時間だった。
「お邪魔しましたー!」
「みんな気をつけて帰ってねー!」
見送ってくれる朱莉に手を振り、僕たちはそれぞれの道を進む。
「いやぁ、今日は集中して勉強出来て良かったわ」
「亮太は珍しく集中してたね」
「珍しくってなんだよ!」
駅に着くまで、僕たちは雑談をしながら歩く。
駅に着き、切符を買おうとした時、
「あれ財布がない」
カバンに入れておいたはずの財布がない。
もしかしたら荷物を出すときに、朱莉の家に落としたのかも。
急いで朱莉に確認を取ると、やはり彼女の家に落としていたようだ。
財布がないと帰りの切符を買えないので、取りに戻るしかない。
「ごめん亮太、先に帰ってて」
さすがに亮太を待たせる訳には行かない。
僕はそう言い残して、急いで彼女の家に戻る。
駅から彼女の家まではさほど距離がないため、10分ほどで着いた。
家の前に来たところで、連絡を入れる。
「おかえり光希くん!」
「ただいま、それで僕の財布は・・・・・・」
「はいどーぞ」
ニコニコしながら彼女は渡してくる。
きっと大丈夫だろうけど、僕は一応中を確認する。
中身を見るわけないと思ったが、彼女の笑顔が少し怪しかった。
「別に何もとってないし、中も見てないから大丈夫だよ」
「君のことだからもしかしたらって思ってね」
「私をなんだと思ってるんだ」
ふざけて言った言葉に対して、彼女のツッコミが面白く、僕は吹き出してしまう。
「それじゃあ僕は帰るね」
「気をつけてね、バイバイ」
手を振る彼女を背に僕は駅の方へと歩きだす。
「朱莉ってそういう曲よく聞くんだ!」
「うん! この曲とかめっちゃいいよ!」
夏休みが明けて、もうすぐ一ヶ月が経つ。
最近は湊音と朱莉が話してるのをよく見かける。
夏休み前は仲の良い印象は無かったのに、今となってはすっかり意気投合している。
周りから見ても二人はお似合いだった。
もし二人が付き合っていたら、きっと美男美女カップルなんて言われるだろう。
それに湊音と話してる時の朱莉はとても楽しそうだ。
あれ・・・・・・どうしてだろう・・・・・・
二人を見ていると変にモヤモヤする。
もしかしてこれがヤキモチってやつか。
以前の僕なら、二人を見てもなんとも思わなかっただろう。
だけど、彼女に好意を抱いていると自覚してからは、朱莉と楽しそうに話す湊音にヤキモチを妬いてしまう。
「・・・・・・きくん、光希くん!」
「あっ、ん? どうしたの?」
考えすぎて呼ばれてるのにすら気づかなかった。
てかいつの間に僕の隣に来ていたんだ。
「次移動教室だよ!?」
「え、あっ、やば」
次の用意なんて何一つやっていない。
僕は急いでロッカーから教科書を取り出す。
完全に二人に気を取られていた。
その後の授業もどこか落ち着かなかった。
隣の朱莉に視線をやっても、湊音と話していた姿を思い出し、かえって集中できなくなる。
結局何一つ集中出来ないまま放課後になってしまう。
「光希くん! 久々に一緒に帰ろー!」
直ぐに帰ろうとした僕に、彼女はすぐさま声をかけてくる。
こうして帰りの誘いをされたのもほんとに久しぶりだ。
「いいよ」
今となっては彼女と一緒に帰るのになんの抵抗もない。完全に慣れというものだろう。
「今日の数学ほんとに眠くてやばかった」
「ほぼ寝てたでしょ」
僕も集中できなくて、周りを見渡していたが、朱莉も含めクラス大半はみんな眠っていた。
「別に寝てないもーん」
「はいはい、てかさ最近湊音とよく話してるよね」
「湊音くんよく話しかけてくるならね」
僕はつい湊音の名前を出してしまう。
だけど、朱莉が湊音のことをどう思っているのか気になる。
「朱莉は湊音のことどう思ってるの」
「どうって何が!?」
「だから、好きとか」
自分からこの話を振っておいて、すごい恥ずかしい。
これじゃあ僕が朱莉を好きだとバレてしまいそうだ。
「すごい良い人だとなとは思うけど、好きとかはないよ。私好きな人とか居ないし」
「あーそうなんだ」
今の僕は心からホッとしている。
きっと湊音は朱莉のことが好きだろう。
夏休み明けの行動を見ていたら、そんなことはすぐに分かる。
湊音と好きな人が被るというのは、揉めるかもしれない。
僕は湊音よりかっこよくもないし、運動だって出来ない。
それでも朱莉を思う気持ちなら負けていない。
僕は正々堂々湊音に立ち向かおうと思う。