「ピッ、ピッ、ピー」

それは真夏の昼間、とある中学のグラウンドで響いた。
それは夏の終了を知らせる音であると共に、3年間の終わりも運んできた。

「気を付け、礼」
「「「ありがとうございました!」」」

泥だらけの11人が、コートの外に向かう。
このラインを超えたとき、二度とここには戻れなくなる。
それでも越えなければならなかった。

始まりは、中学1年生の12月。
部員は先輩1人、先生1人の弱小校だった。
中高一貫校だったためグラウンドではほとんど場所がなかった。
だからできる練習をその場でするしかなかった。
幸か不幸か、傾斜の激しい学校だったので走る練習には困らなかった。

そこから数か月後、同級生が1人入った。
それでも3人。
サッカーをするにはあと9人足りない。
しばらくは他校との合同チームになった。

2年生になり、先輩と後輩が増えた。
先輩は5人に。後輩は3人に。
全部で、10人になった。
幸い7人を下回らなければ、圧倒的に不利でも没収試合にはならなかった。
夏の試合は10人で戦った。

そして2年生の9月。
自分たちの代が始まった。
はじまりと同時にキャプテンになった。
先輩が辞めて計5人。
また振り出しだった。

まずは、仲間集めから始まった。
この学校は1学年60人程度しかおらず、男女別・部活無所属でみると数えられるほどしか残っていなかった。
経験者でみると誰もいなかった。

まずは体験に。
(すけ)()でいいから。
そういってなんとか試合の形にした。

1度、2度の練習で試合に出るなんてプレイヤーもざらにいた。
でもその積み重ねで面白いと言ってもらえて、1人。また1人と仲間が増えた。

10月にやっと11人揃った。
本当の意味でのはじまりだった。

12月には区の合同合宿があった。
僕は実力不足ながら参加の機会をいただけた。
そこでは、ひたすら学んだ。
戦術や技術。チームに持ち帰れるものを全力で学んだ。
実力が周りから劣っている分、頭で考え、ノートに書きつくして、とにかく思考を辞めなかった。
その姿勢のおかげか、ベスト賞に選んでいただいた。
自分の頑張りが見られている気がして、心が躍った。

3年生になったころ、同級生は2人から9人に増えた。
後輩は全部で、7人になった。
合計16人。僕以外は全員初心者。それでもやっと戦えるチームになった。

でもここは始まりに過ぎなくて、まずは基礎から始まった。
ボールの蹴り方、身体の使い方、動き方、ポジション。
全てを1からやった。

当然順調にいき続けるわけではなく、試合のたびに失敗があった。
総当たりの大会に出ると二桁点数負けもあった。
それでも、チームは止まらなかった。
無失点、今大会1番の強さ、そう言われるチームから点を奪うこともあった。

練習のあとにご飯に行ったり、休日に映画に行ったり、遊んだりたくさんの青春を経験した。
苦しくて大変な練習もみんなで乗り越えた。

本当に感謝でいっぱいだった。
サッカーを何も知らない所から始まって、キツイ練習にも耐えてくれる。
このチームを勝たせたかったし、笑顔にしたかった。
俺の全てだった。

そして7月、最後の大会を迎えた。
試合数は3つ。
ベストメンバーで戦った。

全員がいつも以上の気合だった。
いつも以上の調子で、もちろん点を奪うこともあった。


それでも負けてしまった。
点を決めることはできても、それでもダメだった。
3年間、公式試合で白星を飾ることはできなかった。

試合が終わって、涙が出た。
たくさん出て、仲間に背中をさすられた。
悔しさが溢れた。
初心者で、それでもたくさん練習して上達して、仲間として一緒に戦ってくれて、でも勝利を勝ち取ることが出来なかった事実に、どうしようもない申し訳なさを感じた。

それでもチームとして戦えて、仲間になれて、最高の3年間だった。
一生忘れることのない人生最高の3年間で、伝えても伝えきれない「ありがとう」で溢れる。

寄せ集めの16人だったけど、最高のメンバーだった。