「ラグナ……そのグリモワールで“何をする”つもりなんだ……?」

 まだ真意が分からないジャック。だが無意識のうちにジャックは恐る恐るラグナに尋ねていた。

 たかが数秒が物凄く感じるジャック。
 1秒ごとに心音が大きくなっている。そんな感じであった。

「何をするも何も、このグリモワールで出来る事は1つ」
「……」
「『終焉の大火災』を起こすのさ――」
「なッ……!?」

 躊躇いなく涼しい顔をで言ったラグナ。
 嫌な事だと予想はしていた。
 しかし、その予想すらも超えたラグナの言葉にジャックは息を詰まらせる。

「『終焉の大火災』を“起こす”だって……ッ? 何を言っているんだ……。そもそもアレは何百年も前に起きた“自然災害”じゃ……?」
「それは上塗られた歴史だぜ、ジャック」
「――!」

 ラグナの一言一句がジャックの鼓動を早める。

「ど、どういう事だ……」
「俺の言葉の意味のままさ。今から約666年前に起こったと伝えられている『終焉の大火災』。あれは自然災害なんかじゃない。あれは人為的……いや、正確には人じゃなくて“エルフ族の魔法によって起こされた”ものなのさ――」

 淡々と話すラグナに対し、ジャックはただただ目を見開いて固まっている。

「ヒャハハ。戸惑うのも無理はねぇ。俺も初めて知った時はまさかと思ったからな。だがジャック、これが世界の上塗られた歴史の真実さ。
古代都市イェルメスに残された僅かな痕跡とや手掛かり、長年の研究の中でも1%にも満たない仮説だった“エルフ族の支配説”。その1%未満の仮説がひっくり返ったんだよ、このグリモワールの発見によってな。

俺は5年以上前からイェルメスの最深部に隠されていた終焉のグリモワールを見つけていた。
でもエルフ族の魔法は俺でも苦戦する程の超高等魔法。ぶっちゃけ今までに何度も心が折れたが、遂に俺はエルフ族と同じ領域に達したんだよジャック。

そして俺はこのグリモワールを見て真実を理解した。
666年前、人とエルフ族と竜族は互いに手を取り合う仲良し関係なんてもんじゃない。エルフ族はその強大な魔法の力で人や竜族……それに他の全種族も含めた生態系のトップに立って支配しようとしていたってな――。

古代都市イェルメス。あそこそまさにエルフ族の所業の縮図。
あそこでは人や竜族が完全に“奴隷”として支配されていたのさ。人も竜族もエルフ族の魔法の力に対抗する術がなかったから」

 ラグナによって世界の全貌が明かされる。
 それは例え一国の王子と言えど、たかが人一人が抱えられる許容範囲を大きく逸脱していた。

 信じて疑わなかった歴史が根本から覆された瞬間。その事態は余りに大きく、余りに残酷、そして余りに驚愕の真実。ジャックは口を半開きにさせたまま放心状態。今の彼は飛び方を忘れた小鳥にも見えようか。

「……何故だ……」

 やっと絞り出したジャックの一言。

「ん?」
「……君がこんな嘘を付かない事は分かってる……」
「そりゃそうだろ。嘘なんて付くもんか」
「ならば何故だ……ラグナ……。確かに信じ難い歴史ではあるが、他ならない君の言葉は信じている……。それなのに何故……『終焉の大火災』を起こそうなどとしている……?

『終焉の大火災』は生命を絶滅の危機にまで追い込んだ業火の事だろう?
そんなものを何故引き起こす必要が? ……いや、もしかしてそれすらも違う事実だという事なのか、ラグナよ」

 ラグナはハッキリと『終焉の大火災』を起こすと言った。しかし、それはイコールまた世界を滅ぼすと言っているに等しい。少なからずジャックにはそう聞こえた。
 
 だからこその“何故”――。

「いや。『終焉の大火災』は伝えられている通りの大火災さ。全てを焼き払う終焉の音」

 ラグナが余りにもいつも通りだからか、ジャックは自分が可笑しいのかと酷く錯覚する。

「『終焉の大火災』の事実がそのままだとするならば、尚更君は何をしようとしているんだラグナ……」
「何って、だから俺はこの終焉のグリモワールを解読したから、当時のエルフ族と同じように『終焉の大火災』を起こせるようになったって訳」
「だからそんなものを何に使おうとしているのかと聞いているんだッ!」

 突如険しい顔に豹変したジャックが勢いよくラグナの胸ぐらを掴む。

「お、おい……急になんだよジャック。何いきなり怒ってるんだ?」
「当たり前だ! お前が何故逆にそんな飄々としている! お前が凄い魔道師という事は私が1番知っている! だが何故お前が世界を滅ぼすエルフ族の魔法の力などを必要と――ッ!?」

 ジャックは皆まで言い掛け、言葉を止めた。

 そしてこの時、何故かジャックの脳裏に“ある人物”の顔が過る。

「まさか……“父上”――?」

 ラグナの胸ぐらを掴んでいたジャックの手がスッと下に降りると、再び彼は表情を強張らせた。そこへ間髪入れずにラグナが口を開く。

「ああ、そうさ。俺が個人的に『終焉の大火災』なんか欲しがってると思ったのか? 必要としてるのは父上……国王だよ」

 無垢な瞳でそう言ったラグナ。
 ジャックはそんなラグナへ安堵すると同時に一気に不安に駆り立てられる。

「ち、父上はその力をまさか……」
「戦争だよ。前から国王はこの『終焉の大火災』の力を欲していた。これがあればユナダス王国は他国に狙われない絶対的な王国になるってな」
「馬鹿な……自国の軍事力強化はどこの王国でもするが、これは流石に……。
(本当に力を使えるなら確かに他国に狙われる心配はない……。しかし、ユナダス王国が手にしようとしている力は強大過ぎる。これでは却って争いの火種を生みかねない……。それに何より多くの民が望む“平和”からはかけ離れた“力の誇示”。幾らユナダス王国の安全とは言え父上……これじゃあ他国を絶対的な力で脅しているようなものじゃないですか――)」

 自身の父、ヨハネス・ジョー・ユナダスの思惑を知ったジャックはその事実に体を震わせた。

(ダメだ。やはりこんなやり方は間違っている気がする……! 一刻も早く父上にお話ししなければッ……「ラグナよ――」
「「……!」」

 その瞬間、ジャックとラグナの元に父、ヨハネス国王が姿を現した。

「ち、父上……!」

 ジャックが父に話し掛けようとするも、父はそんなジャックに目もくれない。

「良くやったぞラグナ。やはりお前は私が見込んだ通りの一流の魔導師であった」
「有り難きお言葉です父上」
「よもや本当に終焉のグリモワールを手にするとは恐れ入った。してラグナよ。お前の力でグリモワールに記されていた『終焉の大火災』の力をコントロール出来るか?」
「はい。問題ありません。『終焉の大火災』に必要な魔法陣は覚えました。後は“混血の女神”さえ揃えばいつでも発動出来ます――」
「ラグナ!?」

 ジャックが1人戸惑うのを他所に、ラグナと国王の会話は進んで行く。

 そして。

「フハハハハ。私は今最高の気分だぞラグナよ。残るは混血の女神の血のみか。ならば直ちに捉えてくるのだ。期待しているぞラグナよ」
「はい、勿論です。父上……もし俺が混血の女神を捉え、無事『終焉の大火災』を発動出来た暁には――」
「ああ、分かっておる。その時にはお前の“望むもの”をやろう」
「ありがとうございます」
「では行くぞラグナよ。我々の野望が叶うのはもう目の前である!」

 国王はそう言い、ラグナと共に部屋を後にするのだった。

「父上……。ラグナ……」

 1人残されたジャック。
 彼のか細い声が、広い部屋に静かに響いた――。