……酷いな。
馬に乗って先程から荒野を移動しているが、本当に何もない。
道の整備もされてないし、草木も少ない。
「本当に見捨てられた土地みたいですねー」
「確か気候の変動があったとか。あとは、瘴気が多くて魔物の数が増えたことも原因だな」
ここら辺は気温が一気に下がる。
イメージとしては王都が関東だとしたら、ここは東北といった感じだ。
自然が減ったのもあって、この数十年でその状態になったとか。
結果として、これ以上被害を広げないために辺境は封鎖した。
ついでに流刑地としたが、無論希望者は全員王都側に移動した後だ。
「邪神を倒したら、瘴気も消えるかと思ったんですけどねー」
「うーん、そうなんだよなぁ。俺も、その辺りのことはわからないし。ただし、減ってるという報告はあったみたいだ」
「なるほどー、残滓が残ってるって感じですかね?」
「そうかもしれない。まあ、後は地道に潰していくしかないだろ」
「そうですねー」
邪神が生み出したとされる魔物は、突然出現する瘴気から現れる。
そして、無差別に生き物に襲いかかる。
倒すと霧のように消えるので、正確には生き物ではないとか。
「とりあえず難しい話や、それらは弟に任せるとして……」
「ご主人様、止まってください。何か、こちらに向かってきますね」
「……ほんとだな。ひとまず、馬から降りておこう」
砂煙をあげながら、こちらに何かが向かってきていた。
そして、徐々に見えてきた……この世界に住んでる生き物、魔獣であるブルファンだ。
イノシシに似た姿だが、体長は一メートル以上あり、鋭い牙と突進で人くらいは簡単に潰せる。
しかも何でも食べる大食漢で、見つけた場合はいち早く倒す義務がある。
「ユキノ、すまんが任せる」
「えー? ご主人様が戦えばいいじゃないですか?」
「俺にはあの頃の力はないんだよ。闇魔法と同時に、ボスとしての役目も終わったしな。この先は怪我したら普通に死んじゃうと思うし。何より、まだ自分の状態を確認してないし」
「あぁー、そういえばそんな話を聞いたような……ププッ、役立たずのご主人様」
「おい? 聞こえてるからな? 言っておくが、まだ剣の腕は鈍ってない。俺は無駄に戦うのが嫌なだけだ」
「はいはい、仕方がないですねー」
クリアするまでの俺は、主人公である弟に倒されるまで強制的に生き残る設定だった。
何度か死にかけたこともあったが、その傷は闇の力が治すし。
多分、物語の強制力だと俺は思っている。
しかし、それも無くなった今……それを試す気にはなれない。
あの程度に苦戦はしないが、俺は出来るだけ楽がしたいのである(キリッ)
「ブルルッー!」
「きたぞっ!」
「はーい——よっと」
「ブルァ!?」
突進してきたブルファンの首を、横に避けつつもすれ違い様に鉤爪が切り裂いた。
ユキノの武器は収納が自在可能な特殊な鉤爪で、腕の甲に装着されている。
そして倒れてビクビクした後……動かなくなる。
「これで良しっと」
「相変わらず見事な腕だな」
「いえいえー、これくらいは簡単ですよ……とりあえず、ご飯にしません? 私、お腹が空きました!」
「それもそうだな。おそらく、この感じだとたどり着くのも大変だし食料も貴重だろう」
「ですです! それじゃ、準備しちゃいまーす!」
テンションが上がったユキノがテキパキと準備を進めていく。
冒険者でもある彼女は慣れた手つきで、木の棒や葉っぱなどを集めている。
俺は馬を見つつも、自分の仕事をすることにした。
積んであった道具を使って、簡易的なテントを設置する。
「ありがとうございます。あとは、火もお願いしますねー」
「ああ、わかった。さて、火を出すか……果たしてどうなるか」
俺は闇属性と炎属性の使い手で、闇の炎を得意技としていた。
……中二病とかいうな! わかってるし!
「とにかく闇が抜けた今、炎が出せるかどうか……うおっ!?」
手に炎をイメージすると、蒼い炎が出てきた。
それは、俺が転生してから見たことないものだった。
「あれれー!? それってなんです!?」
「わからん! いつも通りに火を出そうとしたら出てきた!」
「うわぁ……綺麗ですねー」
「お、おい? あんまり近づく熱いぞ?」
「あっ、そうで……あれ? これって全然熱くないですよ?」
「なに? 自分の魔法だから俺は熱くはないが……ユキノともなると変だな」
そもそも、この蒼い炎はなんだ?
いわゆる、赤色から高温になった炎とは違う気がする。
「とりあえず、私が用意した木や草に投げてみません?」
「……それもそうだな」
ゆっくりとボールサイズの火の玉を投げてみるが……火がつくことはなかった。
何回か試してみるが、うんともすんとも言わない。
「威力は充分なはずだが……なぜ、燃えない?」
「不思議ですねー? 全然熱くもないですし。いよいよ、本当に役立たずですかね?」
「ほっとけ! ぐぬぬっ……こうなったら赤い炎を出せば良いんだろ! いでよ炎ォォォ!」
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
すると、掌から炎が出て空に舞い上がる!
その高さは十メートルを超えていた。
明らかに込めた魔力の量が少ないのにもかかわらず。
「だ、出し過ぎですって! あっ、今の少しエッチですね?」
「んなこと言ってる場合か! ……ふぅ、収まったか」
「でも、ちゃんと出ましたね? 今度はきちんと熱かったですよ?」
「そうなると、あの蒼い炎はなんだったんだ?」
「そんなのは後にしましょー。寒いし、お腹が空きました」
「……そうだな、日が暮れる前にやるとするか」
腹は減ってはなんとやらだし。
俺はひとまず疑問を置いて、食事の支度をするのだった。
近くにある木にブルファンをぶら下げて、ユキノがテキパキと解体していく。
魔石という魔法を込められる鉱石があるので、そこから水の魔石を使いながら。
俺は洗った部位を受け取り、それを木の串に刺して焚き火の近くに置いていく。
すると、すぐに胃を刺激する肉の香りがしてきた。
「うー、お腹空きましたー。持ってきた食料はほとんど使っちゃいましたし」
「だなぁ……黙っていればご飯が出てくる王宮が懐かしい」
「ほんとですよねー。というか、別に出ていかない方法もあったんじゃないですか? 実際、追放を反対する人たちも多かったとか。私を含めて、ご主人様に命を救われた方も多いですし。特に冒険者メンバーと、その依頼で助けた人たちとか」
「まあ、その可能性もあったな。だが、そうすると未来が変わってしまうかもしれない。何より、もう面倒事はごめんだ」
「あらら、後半が本音ですねー?」
「そんなことはないさ……ただ、あいつらには悪いことをしたかな」
俺はルート回避のために、ユキノの他にも物語と関わりのない連中を仲間にしていた。
お金を稼ぐことだったり、自分を鍛えるためだったり、情報を集めるために。
しかし、何人かにはついてこないように説得をしたが……数名には黙って出てきてしまった。
「多分、泣いてるか怒ってるかですねー」
「だよなぁ……ただ、あいつらの生活を壊すわけにはいかんし」
そんな会話をしていると、最初に焼いていた肉が良い感じになった。
「おっ、とりあえず食べちゃうか」
「あっ! ずるいです! 私はまだ解体してるのに!」
「はいはい、わかってるよ。ほら、食べなさい」
ユキノの両手は塞がっているので、串焼きを口元に差し出す。
「えっ? い、いや、その……」
「おい? これで恥ずかしがるなよ? 普段は夜這いをするくらいだってのに」
「それとこれとは話が別です! むぅ……ご主人様はデリカシーがないですね」
「なんでディスられてるんだ? いいから、はよ食べろって」
「……はい……あーん……もぐもぐ……美味しい!」
「そいつは良かった」
「えへへー、もう一口ください!」
「はいはい」
……いかん、食べる様がエロいとか思っては。
そもそも、こいつは誰もが振り向く超絶美少女だ。
破滅フラグを回避するまでは、そんな余裕もなかったが……これからはやばいな。
こいつは俺の子種を欲しがってるから、俺の自制心に期待するしかない。
……あまりあてにならないかもしれない、何か対策を考えなくては。
「どうしましたー?」
「いや、なんでもない。さて、ひとまず俺も食べるとするか……うまっ」
かぶりついたバラ肉からは、旨味たっぷりの脂がじゅわっと溢れてくる。
噛めば噛むほどに出てくる、野性味のある力強い味もいい。
「私は城にある食事より、こういうのが好きですねー」
「まあ、いいたいことはわかる。あっちはコースだし、お堅いからな。俺も、本来はこっちの方が好きだし」
「じゃあ、次はロース肉を食べたいです!」
「へいへい、わかりましたよ。ただ、塩を使いすぎると無くなるか。割と貴重な調味料だし」
「この辺には海はないですからねー」
「そうなると、岩塩を探すかぁ……まあ、今はいいか」
面倒な考えは置いておいて、次に焼けたロース肉を差し出す。
「あむっ……んー! 柔らかくて美味しいでしゅ!」
「でしゅって……食べらながら喋るなって」
「ひゃい! ングング……ぷはぁー」
こうして食べる姿は、最強キャラの一人とは思えない。
年齢も十八歳だし、見た目はただの可愛い女の子だ。
ユキノは隠しキャラで、関わらないと死んでしまう設定だから助けられて良かった。
「ったく……どれ、俺も——柔らかいな。溶けるとはいわないが、思ってたよりは良い」
「ですよね? なんか、向こうで食べるより美味しい気がします?」
「あぁー、締まってるというか……野性味があるってことか。王都にいたのは家畜化された魔獣で、かなり太らせてたし」
「あっ、そういうことですか。確かに、冒険者活動中に食べた魔獣の方が美味しかったですねー」
「特に、ここには食べられる物が少ないだろうし。まあ、それでも生き残るのが野生のブルファンってことか」
「なるほどー……さて、解体もある程度終わったのでゆっくり食べましょー」
内臓系は食えないことはないが、今回はやめにしておく。
こんな何もない場所で、二人しかいないのに体調を崩したら笑えない。
そして星空の下、ゆっくりとした食事を済ませると……。
「……何かきますね?」
「うん? あれは……犬? いや、狐系か?」
暗闇から、銀の毛皮の小さな狐が現れた。
あちこちから血を流してふらふらしている。
「これは珍しい魔獣ですねー。絶滅危惧種で、神速の魔獣と言われる風狐の子供です」
「 何? あれがそうなのか……」
その名前は聞いたことがある。
賢い知能と鋭い爪や牙を持ち、風魔法をも使う最強の魔獣の一角だと。
ただし生まれてからすぐに親元を離れるので、その生存率は低いとか。
それゆえに、生き残った個体は化物クラスになるらしいが。
「どうします? どうやら、戦闘に負けたみたいですね」
「冒険者的にはどうなんだ?」
「賢く人を襲うことはないので依頼が出ることはありませんね。むしろ、危険な魔獣を倒してくれるので。何より普通は勝てませんし、出会うのが難しいですし」
「そうか……なら、無理に殺す必要もないか」
「それが良いと思います。獣人族の間では、神聖化する者達もいるくらいなので」
「わかった。ほら、これでも食べるか?」
怪我もそうだが、見るからにやせ細っておりお腹を空かせているようだ。
そいつに向けて、臓物系を投げてみる。
「ほら、食べて良いぞ」
「クゥン? ……コンッ!」
すると、それを咥えてその場から少し離れる。
そして俺たちを視界に入れつつも、一心不乱に食べ始めた。
「よし、ひとまずこれで良いだろう」
「ですね、あとは傷を癒せればいいですけど」
「回復魔法は選ばれし者にしか使えないからな。それこそ、光魔法の使い手はジークの婚約者の聖女だけだし」
「ですねー。おや、食べたのに逃げませんね?」
「俺たちが安全と認識したのかもな? とりあえず、害はないから放っておくか」
「そうですね」
「ふぁ……すまんが、寝て良いか?」
「ええ、大丈夫ですよー。流石に疲れてますから」
俺はその言葉に甘えて、テントの中で毛布にくるまる。
ようやく役目を終えたからか、すぐに眠りにつくのだった。
……うん、意外と寝れたな。
これも、火の魔石を使ってテント内を暖めていたからか。
限られた鉱山にて取れる魔石には、魔法を込めることができる。
この世界は、それらを使って様々な生活に役立てている。
ただし、取れる量も限りがあるし値段も安くない。
「ふぁ……ユキノ、おはよう」
「おはようございます」
「そういや、昨日の風狐はどうした?」
「食べ終わった後、すぐに立ち去りましたよ。ただ、相変わらず傷だらけだったので心配ですねー」
「そうか……無事だといいが。ただ、人には懐かないという話だし、俺たちで保護するのも難しい」
「そうですねー。ところで、昨日の残りで作ったスープを飲みますか?」
「すまんが頼む」
寝ぼけつつも、ユキノの作業を眺める。
ヴァンパイア族であるユキノは睡眠をほとんど必要としない。
立ちながら寝ることもできるし、気配が近づけばすぐに起きる。
まさしく、護衛としてはうってつけの能力がある。
俺が隠しキャラであるユキノを仲間にした大きな理由だ。
「はい、どうぞー」
「ありがとな、では頂きます——ズズー……ふぅ、あったまるわ」
ファンブルのバラ肉がとろとろに溶けて良い。
脂から甘味も出て美味いし、寝起きの体に力がみなぎってくる。
「朝は特に冷え込みますからねー」
「ユキノは平気そうだな?」
「私は元々寒さに強い種族ですから」
「そういや、そうだったな。というか、寝ずの番をしてたのか?」
「いえいえ、きちんと寝たから大丈夫ですよー」
「それなら良いが……ん? アレはなんだ?」
眠気が覚めてきて、ふと辺りを見回すと……昨日とは状況が違っていた。
草木一本もない大地だったのに、少し草が生えていた。
「やっぱり、昨日はなかったですよね? しかも、生え方がおかしいというか……数カ所に分かれて少しの範囲内だけで生えてますし」
「昨日、あの辺りに何かしたか?」
「そうですねー……あっ、多分ですけど蒼い炎を使った箇所かも」
「なに? そういや、あの辺に放った記憶があるな。すると、なんだ……俺が使った炎が、草木を生やしたってことか?」
「うーん、わかりませんけど。ただ、それくらいしかわからないですね」
「確かに熱くもなくて燃えなかったが……ん?」
何かが、こちらに向かってる……それは昨日出会った風狐だった。
しかも、口に何かを咥えていた。
「あれは、ホーンラビットですねー。弱いですけど、警戒心が強いので捕まえるのが難しい魔獣です」
「コンッ」
すると、俺の目の前にそれを置く。
どうやら、俺にくれるということらしい。
「どうしてだ? これは君が狩った獲物だろう?」
「コンッ!」
「多分、昨日のお礼なんじゃ? 生まれた頃から自立を求められ、孤高の存在と言われる風狐ですから」
「なるほど……借りは返さないと気がすまないってことか。よし、気に入った。それじゃあ、ありがたく頂戴しよう」
「アオーン!」
すると、嬉しそうに尻尾を振って雄叫びをあげる。
どうやら、正解だったらしい。
「さすがは風狐といったところか。しかし、その傷では……」
「傷口が化膿してますね……このままだと危ないです」
「ふむ……君、俺の魔法を受けてみるかい?」
「クゥン?」
俺は試しに蒼い炎を出して、風狐に見せてみる。
すると、鼻をすんすんとさせて慎重に確認をしてくる。
「どうするん……あっ、まさかそういうことです?」
「いや、わからない。ただ、害はないはずだから試しにやってもいいかと。どちらにしろ、このままだと危ない」
「スンスン……コンッ!」
「おっ、どうやら試して良いみたいだ。それじゃあ……いくぞ」
怖がらせないように、慎重に傷口に蒼い炎を持っていくと……ぽわっと傷口に燃え移る。
しかし、痛がってる様子もなく……次第に傷口が癒えていく。
すると、風狐が元気よく走り出す。
「コンッ!」
「わぁ……! すごいですね!」
「あ、ああ……予想はしていたが」
「コーン!」
「てっ、おい!? やめろって!」
俺に飛びかかり、顔をペロペロと舐めてくる。
昨日までの警戒心が嘘のように。
「ふふ、完全に懐かれましたね? 賢いので、命を救ってもらったのがわかってるんですかね」
「コンッ!」
「それはわかったから! ったく、孤高の存在はどうした」
「クゥン?」
「まだ子供だから、そこまでのことはわかっていないかも。というか……改めて凄いです。つまり、蒼い炎は癒しの力なんですねー」
「そうみたいだな。しかし、どうしたもんか」
なんで、今更こんな力が目覚めたんだ?
聖女しか使えないと言われている癒しの力を俺が。
何か意味があるのか? まだ、俺に何か役目があるのか?
「大丈夫です?」
「……ああ、大丈夫だ。そうだな、気にしても仕方ない。どちらにしろ、俺はもう国から追い出されたんだし」
「普通に有効活用したら良いんじゃないですか? これがあれば、色々と役に立ちますよ。 何より、これで役立たずは返上できますし!」
「役立たず言うなし!」
しかし、その軽い物言いが俺の心を軽くする。
そうだ、考えても仕方がない。
俺は予定通りに、スローライフを目指すとしよう。
ついに、アルス兄さんを追放してしまった。
これで良かったのだろうか?
いや、いくら邪神に支配されたとはいえ、兄さんが国を混乱させたのは事実。
貴族の中には死んだ者を沢山いた。
改心したとはいえ、この度の処遇は仕方のないこと。
それはわかっているんだ。
ただ、兄さんは僕の憧れだった。
魔法も使えて剣の腕もあって、みんなから人気もあった。
「どうして、あのアルス兄さんが……でも今更かな」
「国王陛下、失礼いたします」
「………」
「国王陛下? ぼーっとしてどうなさりましたか?」
「いや、ごめん、ソユーズ宰相。ちょっと、未だに慣れなくて。というか、国王専用の私室だと落ち着かないよ」
「無理もないかと。ジーク様はまだ十八歳ですからね。それに、本来なら王位を継ぐ予定ではなかったので」
そう、僕はまだ十八歳になったばかりの若造だ。
兄さんの暴挙を止めようと、これまでは必死にやってきたけど……。
本来なら兄さんが王位を継いで、その家臣になるはずだった。
「本当に、僕なんかが国王でいいのだろうか? それこそ、叔父上もいるし」
「シグルド様はダメですな。というか、ジーク様でないと」
「どうして? 強いし、まだまだ若いよ?」
「彼の方はじっとしていられませんので。戦いしか脳がないといいますか……すみません、言葉が過ぎましたね」
「い、いや、確かにそうだと思う」
そうだ、叔父上は戦闘狂だった。
基本的に戦うこと以外はダメな人だった。
だからこそ、国境の守りに付かせているのだし。
王位争いの時も、それには随分と助けられた。
「それに、彼は結婚する気がないので。それにアルス王子がいない今、男の王族は実質的には貴方一人です。なんとしても、世継ぎを作って頂かないと」
「うん、それはわかってる」
「相手はどうなさるので?」
「そりゃ、聖女のリナリーになるかな。邪神を倒した立役者でもあるし」
「ええ、そうですな。教会とのパイプも必要になるので良いかと。そうなると、第二夫人は……エミリア嬢ですかな?」
「いやいや、エミリアさんはダメだよ。あの人は、兄さんにぞっこんだし」
まあ、兄さんは全く気づいてなかったけど。
あの人は、兄さんを止めるために僕に力を貸してくれたに過ぎない。
確かに、家柄といい魅力的な部分といい申し分ないけどね。
「ふむ、しかし……いえ、そうですな。無理な結婚は後に亀裂を生みかねません。では、ひとまず保留としましょう。して、本題に入ります」
「うん、お願い。それで、城下町の様子はどう? 」
直接的な死人を出してないとはいえ、今回は国の混乱に民を巻き込んでしまった。
経済は止まったし、不安から暴動なども起きた。
それにより、被害を被った方々もいるだろう。
特に食料などの買い占めもあり、行き渡っていない民もいるはず。
「それが……予想以上に落ち着いているのです。どうやら、王位争いの間にもいたレジスタンスを名乗る方々が動いているとか。その方々が、蓄えた食料を配っていると」
「ほんと? 彼らには頭が上がらないね。確か、色々と手伝ってくれたし。僕から直接お礼はしても平気かな?」
「ええ、よろしいかと。ついでに、街を視察すると良いかと思います」
「うん、そうだね。予定を調整して、後日訪ねるとしよう」
国王なので迂闊には外に出ていけないし、あんまりしたてに出てもいけない。
ただし、今回は話は別だ。
きちんとお礼をしないと僕の気が済まない。
「では、次の問題はお金でしたね。といっても、こっちも特に問題はありませんでした」
「どういうこと? うちは財政難だって話だったけど……」
この王位争いの間に隣国が攻めてきたりした。
叔父上が防いでくれたから、被害は対して出なかったけど。
それでも、出費はかさんだはず。
「それが……アルス様が手を下した貴族達の家を押さえたところ、そこには財がありまして。しかも、ほとんど手つかずの状態で」
「……どういうこと? 兄さんは僕との戦いにお金を使ってなかったの?」
「いえ、わかりません。ただ、彼らは不正を行っていた模様です。禁止されている奴隷取引や、脱税、賄賂など。何より、民を蔑ろにしてたと調査結果が出ました」
「……兄さんについた貴族達も、いわゆる腐った貴族達だった。そして、残ったのは比較的まともな貴族達……これは偶然かな?」
「まさか……アルス様が、敢えて不正貴族達を葬ったと? そして、残りの連中も自分側に取り込んだ?」
「ううん、それはわからない。でも、僕は未だに信じられない。あの兄さんが、邪神に支配されたなんて……もしそうなら……少し調べてみる必要がありそうだね」
確かなのは、このお金があれば財政難を乗り切れること。
民にも飢えさせることなく、兵士達や文官にも潤沢な給金を与えられる。
今の国は、活気があふれている……それこそ、昔のように。
結果だけを見れば、国が一つにまとまったといってもいい。
……アルス兄さん、貴方はどこまで考えていたのですか?
……もしかしたら、僕はとんだ勘違いをしていたのかもしれない。
銀狐にも餌をあげ、スープを食べ終えたら、いよいよ出発である。
そして、どうやら……完全に懐いてしまったらしい。
「ついてくる気か?」
「コンッ!」
「そうみたいですねー。ご主人様、どうします?」
「うーん、このまま放っておくのもアレか……」
「この険しい土地ですからねー。まあ、生き残れる確率は低いかなと」
ユキノの言うことが確かなら、この魔獣は人に害を加えない。
賢いし、今だっておすわりをして俺の言葉を待っている。
それに貴重な魔獣だし、言い方はあれだけど役に立つかも。
「わかった、許可する。ただし、俺の言うことを聞くこと……いいか?」
「コーン!」
「よし、成立だな。そうなると、名前をつける必要があるか」
「どうやら、この子はメスみたいですよ?」
ユキノが銀狐を抱っこすると、大人しくされるがままになる。
足がプラーンとして、正直言って可愛い。
ふむ……スローライフにもふもふは付き物だしいいかもしれない。
「そうなると、かっこいいより可愛い系か……銀狐、ギンコ、風を操る……安直だけどフーコにするか」
「コンッ!」
「ふふ、気に入ったみたいですよ?」
「決まりだな。フーコ、これからよろしく」
「コーン!」
新たな仲間を手に入れた俺達は、再び荒野を進んでいくのだった。
◇
その道中に村を発見したが、やはり貧しい暮らしをしているみたいだ。
どうやら、領主は役割を果たしてないらしい。
噂通り、無法地帯と化しているのか。
「さて、どうするか……」
「あっ、誰か来ましたよー?」
村に入った俺たちを、遠巻きに見ていた一人の男性が恐る恐る近づいてくる。
「あ、あの、うちには何も差出せるものが……」
「そんなものはいらん。それより、これを食うが良い」
「それは……もしかしてファンブルの肉!? ど、どうして?」
「いいから貰うのか貰わないのかはっきりしてくれ。言っておくが、礼などはいらない。もちろん、女なんか差し出したら許さん」
「あ、ありがとうございます! 皆の者! この方が食材をくださると!」
そういうと、住民達の間で歓声が上がる。
そして、次々と感謝の言葉を告げられた。
すると、次第に身体が痒くなってきて……耐えられなくなる。
「フハハッ! 遠慮なく食べるがいい!」
「へっ? あ、あの……」
「あぁー、気にしないでいいですかねー。この人、ちょっと感謝され慣れていないんです」
「は、はぁ……? と、とにかくありがとうございます! みんなに配ってきます!」
数名の男達がきて、お礼をしつつファンブルを持っていく。
そして、俺はというと……羞恥心で震えていた。
「ご主人様ー? その癖は直らないんです?」
「ぐぬぬ……ほっとけ」
俺は記憶を取り戻す前から傲慢な態度だったし、記憶を取り戻してからは悪役に徹した。
その時に、わざと厨二病的な振る舞いをしていたのだが……これが癖になってしまった。
あと、元々褒められると素直になれないタチだったのもある。
「まあ、私は人間味があって好きですけどねー。それより、全部あげてよかったんです?」
「俺たちだけじゃ食べきれないしな。それに、泊まらせて貰う予定だ」
「コンッ」
幸いにして、快く部屋を貸してもらった。
その日は宴になり話を聞くと、様々なことがわかってきた。
そして、夜が明けて……都市ナイゼルに向けて進み出す。
「皆かなり、やせ細っていましたねー。それに領主の件もそうですが。山賊や盗賊の類もいるみたいです」
「そういや、道中にもいたなぁ。ユキノが、サクッとやってしまったが」
「えへへ、当たり前じゃないですかー。あの人たち、私のことをめちゃくちゃにしようとしましたし……フフフ」
「こわっ!?」
「ひどい! ご主人様を守ったのにー!」
「まあ、そこは感謝してるよ」
いや、しかしユキノを連れてきて良かった。
俺がそいつらに負けるとは思わないが、今の俺は前の俺とは体の勝手が違う。
魔力も下がってるし、闇魔法は使えないし、不死身でもない。
そこを測りきれずに油断して死んでしまった可能性はある。
「というか、この感じだと領主も怪しいですねー。全然、統治できてないし」
「まあ、元々流刑地でもあるからなぁ……はぁ、俺のスローライフは遠そうだ」
「というより、無理ですよねー。自然もなければ食料も少ないし、水も枯れてますし。私達なら飢えることはないと思いますけど」
「ぐぬぬ、考えが甘かったか……とりあえず、予定通りにナイゼルに行ってから考えるか」
「問題の先送りってやつですね?」
「それをいうなし」
そんな会話をしていると、フーコが唸り声を上げる。
すると、すぐに向こうから魔物がやってきた。
「おっ、反応がユキノより早かったな。フーコ、えらいぞ」
「コンッ!」
「流石に負けますって。えっと、あれはゴブリンですねー……どうします?」
「そろそろ、俺も身体を動かすか。いい加減、この身体にも慣れないと」
腰にある刀に手を添え、居合の構えをとる。
元日本人で剣道をやっていた俺からすると慣れた姿勢だ。
悪役であるこいつが刀使いっていうのはラッキーだった。
「グキャー!」
「ケケー!」
相手が近づいてくるのを待ち……間合いに入った瞬間に身体は動いていた。
「シッ!」
「グカ……」
「カカ……」
俺の放った居合は、二体のゴブリンを真っ二つにしていた。
そして、霧になって消えていく。
相変わらず、この辺りは不思議だ。
「ふぅ、どうやら腕は鈍ってないようだ。これなら、問題あるまい」
「えへへ、残念ですー」
「おい? 本当に残念そうなのだが?」
「だって、そしたら私が守ってあげられるじゃないですかー。そして私に依存させて……ふへへ」
「ふへへじゃねえ! 怖いからやめろって! というか腕を組むなっ!」
「コンッ!」
「お前までじゃれてくるな! 危ないから!」
腕にユキノがしがみつき、足元にフーコがじゃれつく。
……まあ、こういうのも悪くはないか。
結論から言うと、領主がいるはずの辺境都市ナイゼルは酷いらしい。
あの後も道中の村を訪ねたが、人々の顔には正気がなく死んだような目をしていた。
いくら無法地帯とはいえ、変だと思っていたが……どうやら、この地に落ち延びた腐れ貴族が圧政を敷いているらしい。
そういうクズは、どこに行っても変わらないらしい。
「どうしますー?」
「決まっている——俺のスローライフを邪魔する者は排除する」
「えへへ、これは腕がなりますねー」
そして、荒野を進むこと数時間後……城壁が見えてくる。
といっても、すでにボロボロだ。
辺境都市と言われているが、それは何百年も前のことだし。
「あちゃー、全然整備してないですね」
「これは期待できないか。村人達の話を完全に鵜呑みにしたわけではないが……さて、どうなるか」
「コンッ!」
「あっ、門の前に兵士達がいるみたいですよ」
「まずは、それで判断するか」
そして俺達が門に近づくと、槍と斧を構えた兵士達が動き出す。
といっても、見た目はまんま山賊である。
悪役として腐れ貴族を相手にしてきた俺にはわかる……こいつらの目は濁っていると。
今の俺は、性善説を信じていない。
生まれながらにしてどうしようもない奴は、一定数存在するということを知った。
「何者だっ!」
「この地の領主に会いにきた者だ」
「なに? そんな話は聞いてないぞ?」
「それとも、その女を差し出しにきたか?」
「へへ、良い女じゃねえか。それに、珍しい魔獣もつれてやがる」
「これは俺たちで分けちまうか?」
「……そいつはいい。たまには、俺たちだって新鮮な女を味わいたいぜ」
……どうやら、予想は当たったらしい。
そうなると、もはや遠慮はいらない。
ここで逃せば、次に犠牲になるのは無辜の民達だ。
そんなことは、許してはいけない。
「きゃー、ご主人様ー、怖いですー」
「おい、めちゃくちゃ棒読みなのだが?」
「えー? 私、か弱いですしー……ところで、どうします?」
「俺がやる」
フーコをユキノに任せて二人の男の前に立つ。
そして、今度は意識的に厨二病を発動する。
……そうすることが、元日本人である俺の処世術でもあった。
そうでもしないと、当時の俺の精神は耐えられなかった。
「ククク、面白い……我に逆らうというのか」
「な、なんだ?」
「いいから男はしんどけ!」
片方の男が槍を突き出したので、右の掌で受け止める姿勢をとる。
「馬鹿が! ……へぁ? 槍が通らねぇ!?」
「どうした? もっと力を入れないと人は貫けんぞ?」
「く、くそっ! お前もやれ!」
「何やってんだ! こうやるんだよ!」
今度は斧が振り下ろされるので、左手で受け止める。
当然、魔力強化された俺の手は無傷だ。
「馬鹿なっ!?」
「なんだこいつ!?」
「せめて苦しまずに逝かせてやる……我が炎に焼かれて消え失せろ——豪炎」
「「ァァァァぁぁ!?」」
武器ごと火に包まれ、男達が燃え上がる。
そして残ったのは……焼けた匂いと、空の鎧だけになった。
「相変わらずの威力ですねー……大丈夫です?」
「……ああ、平気だ。もう、いい加減慣れた」
「そんな顔をするなら……私がやりましたのに」
「それはダメだと言っただろう」
記憶を取り戻した俺に訪れた最初の試練は、人を殺すことだった。
どうしようもない悪党とはいえ、そいつらを排除しなければならなかった。
全部をユキノに任せることもできたが、それは俺自身が許せなかった。
すると、フーコが足元にじゃれてくる。
「クゥン?」
「……ありがとな、フーコ。よし、嫌なことはささっと終わらせるとしよう」
「そうですねー。ただ、ここからは私もやりますからね? 最初の約束通り、ご主人様と一緒に罪は背負います」
「……ああ、よろしく頼む」
覚悟を決めた俺は、門を開けて中に入っていく。
山賊どもめ……俺のスローライフの邪魔をするというなら覚悟してもらおうか。
門を開けて入ると、次々と荒くれ者が襲いかかる。
奴らの狙いはフーコとユキノだ。
「フーコ! 俺の足元から離れるなよ!」
「コンッ!」
「っておい!? ……そういや、強いんだっけ」
素早い動きで爪を使って相手に傷を負わせていく。
まだ成犬くらいの大きさだが、流石は最強の魔獣の一角か。
こいつら程度なら、そこまで心配はいらなそうだ。
「ユキノ! フォローしてやってくれ!」
「わかってますよー!」
ユキノが鉤爪をもってして、縦横無尽に駆け回る。
敵は姿を追うことも出来ずに、その場に倒れていく。
「へへっ! 隙ありだぜ!」
「そんなものはない」
「ぐはっ!!!!」
俺は間合いに入ってきた敵を反射的に切り捨てる。
同時に魔力を溜め、タイミングを見計らう。
ここはいずれ使うので、建物を燃やすわけにはいかない。
大勢が近づいてくる瞬間を……今っ!
「……二人とも! 下がれ!」
「コンッ!」
「はいっ!」
二人が下がったのを確認し、魔法を発動させる。
「紅蓮の炎よ、全てを飲み込め——フレイムウェーブ」
「ギャァァア!!!!」
「アツィイイィ!?」
炎の波に飲まれ、山賊達が倒れていく。
そのまま、骨すら残ることなく消えた。
「ふぅ、これで大分片付いたか」
「コンッ!」
「ですねー。よかったですね、役立たずにならなくて。どうやら、火魔法の威力は相変わらずみたいですし」
「役立たずとかいうな。しかし心なしか、威力が高くなった気もするが……フーコも、良く戦ったな」
「コーン!」
頭を撫でてやると、こちらの心まで落ち着いてくる。
やはり、もふもふは癒しだな。
その後も山賊を駆逐しながら進んでいく。
その道中には牢屋に繋がれている者達もいたが、ひとまず放置しておいた。
まずは、元凶である者を倒すために。
「おっ、あれが最後っぽいな」
「ですねー。どう見ても領主の館って感じです。といっても、今は山賊の根城ですけど」
「コンッ!」
すると、屋敷から山賊を引き連れたおっさんが現れる。
丸々と太った体は贅肉で、濁った目をしていた。
俺が散々始末してきた腐れ貴族そのものだ。
「な、何者だっ! ここは俺の国だぞ!」
「国? ここに国などない。確かに無法地帯ではあるが……」
「う、うるさいっ! お前達! ささっと殺せ! 女は生かしておけ!」
「へ、へいっ!」
「こいつは魔法を使うらしい! こっちも囲んでいけ!」
その言葉を受けて、俺達を数十人の男達が囲む。
命令した本人は、後ろに下がる。
……俺の一番嫌いなタイプだ。
「きゃー、怖いですぅ」
「棒読みで腕を組むな。ったく、緊張感がないやつだ」
「えへへー、だってご主人様の眉間にシワが寄ってるから。こいつらこどきを殺したところで、心を傷ませることはないんですよ?」
「……ああ、わかってるさ」
ユキナの気持ちは嬉しい。
確かに、人を殺すたびに俺の精神は病む。
俺は自分が生き残るためにやってきたし、それを正当化するつもりもない。
俺にできることは、その罪を背負うくらいだ。
「何をしてるっ! はやくやれ!」
「お、お前が行けよ」
「先にお前が……」
「ええい! 一斉に魔法をはなたんか! なんのために、貴様らを優遇してると思う!」
すると、その声に反応して奴らが構えを取る。
「ファイアーボール!」
「アクアショット!」
「ウインド!」
「ロックブラスト!」
「その程度の魔法で我を倒せるとは笑止千万なり! 全てを阻め——フレイムウォール」
周りに炎の壁を作って、全ての魔法を防ぐ。
属性など関係なく、その圧倒的魔力で。
「なっ!? つ、次々撃て!」
「魔力とて無限ではないはず!」
「弓も行け!」
「もう遅い……炎の槍よ降り注げ——フレイムランサー」
同時に展開していた魔法を発動させると、上空から炎の槍が降り注ぐ。
それらは山賊達を貫き、一瞬で蒸発させた。
「へっ? あ、ぁ? 何が起きた?」
「これで、残りはお前だけだ。一体、この地で何をしていた? 大方、好き勝手にやっていたんだろうが」
「こ、ここは無法地帯だったから俺の国にした! 好き勝手にやって何が悪い! 貴様だって追放された犯罪者だろう!」
「ああ、違いない。だから、これは正義ではなく俺のエゴだ。貴様が気に食わない……というわけでこの世から消えろ」
「や、やめ——ァァァァァァァ!?」
炎の火柱によって、人がいた黒い形跡だけが残る。
……あんまり気分のいい者ではないな。
まあ、いい……さあ、ここからがスローライフの始まりだ。
まずは、牢屋に繋がれていた者達の元に向かう。
人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族と様々な種族がいる。
普通なら揃うことなど有り得ないが、流石は大陸中央にある場所か。
「フハハッ! 待たせたな!」
「あ、あの? 貴方は……」
「我が名はアルス! あのクソ貴族……いや、山賊達は始末した!これで、お前達を縛るものはない!何処へでも自由にいくが良い!」
「わ、我々を救ってくれるのですか? 新しく頭が変わるだけじゃなく……」
「俺は救ってなどいない、ただ気に食わない相手を消しただけに過ぎん。そして俺にはそんな趣味はない。ほら、鎖を外してやるから何処へでも行け」
そして、ユキノで鎖を外していくと……鎖に繋がれていた者達が俺の脚にしがみつく!
「あ、ありがとうございますぅぅ!」
「ウォォォ!! 感謝いたします!」
「ァァァァ! 自由だァァァァ!」
「わ、わかったから落ち着け!」
しかし、こいつらの気持ちも少しはわかる。
俺もある意味で、この世界の奴隷だった。
生まれた頃から役割が決まっていて、自分の意思など存在しない。
こいつらも俺も、これからは自分の意思で生きていける。
その結果がどうであろうと、自分の意思なら仕方ないと諦めはつく。
「しかし、これからどうしたら……」
「そもそも、我々は故郷を追われて……」
「帰る場所もありません……それに、もう足がない」
「これでは、まともに働くことも……」
さっきとは打って変わり、暗い雰囲気になる。
確かに四肢を失っている者もいて、これでは日常生活に支障が出るだろう。
それに、俺と同じで帰る場所もない。
「ご主人様」
「ん? どうした?」
「あれを試したらどうです? 草木を再生させた蒼炎ですよー。それに、フーコを癒しましたし」
「なに? しかし足を生やすとなると……試してみる価値はあるか」
俺は片足を失っている狼系獣人の男に近づく。
そして、その患部に手を当て……。
「な、なにをする?」
「平気だ、じっとしてろ——蒼炎よ、この者の傷を再生したまえ」
自然と言葉が出てきて、蒼炎が患部に触れ光を放つ!
そして、光が収まった時……足が再生していた。
「お、俺の足が……」
「よし、成功だな。どうやら、これは再生の力——うおっ!?」
「感謝する! いや! 感謝いたします!」
「あいたたっ!? わかったから抱きしめるな!」
「ウォォォォォォ!!」
「ダァァァァァ! 話を聞けっての!」
その後なんとか離れた男が、今度は土下座の姿勢をとる。
「申し訳ありません!」
「いや、いい。さあ、次々やっていくぞ」
俺は四肢を失った者達を次々と再生させていく。
基本的に男ばかりなので、特に問題なく終わる。
女性の方は酷いことになっていないので、患部に触れずに蒼炎で癒した。
……基本的に、女性は苦手なのだ。
「ふぅ、こんなものか」
「「「アルス様! ありがとうございました!」」」
「ええい! だから土下座をするな!」
「「「はっ!」」」
癒した者たちが、同じ姿勢で敬礼をする。
この慣れた感じは、元戦闘員だったのだろう。
追放されてからか、追放される前に四肢を失ったかはわからないが。
「さあ、これでいいだろう。とっとと、好きなところに行くがいい」
「アルス様はどうなさるので?」
「俺はこの地を拠点とするつもりだ」
幸い、人が住んでいただけあって設備は充実している。
これなら、すぐにでも生活を始められるはず。
ここからが、俺のスローライフの始まりだ。
「おおっ! やはりっ!」
「聞いたか! 皆の者!」
「アルス様が新しい領主となってくれるそうだっ!」
「ならば、我々もこのままアルス様のお手伝いをしようではないか!」
「はい? ……いや」
「「「ウォォォォォォ!」」」
俺の声は、彼らの歓声にかき消された。
俺は一言も、そんなことは言っていないのだが?
「アルス様万歳!」
「我々を導いてください!」
「このご恩をお返ししたいです!」
「だから待てって……聞いちゃいねえ」
「ご主人様、ここは私に任せてください」
「ユキノ……すまん、こいつらに言ってやってくれ」
俺はただ、この地でのんびり過ごしたいのだと。
いい加減、殺伐とした生活とはおさらばしたいと。
「みなさん! 静粛に! 私はヴァンパイア族であるユキノ! このアルス様に使える忍びである!」
「そういえば、何故ヴァンパイア族が?」
「最強の亜人と言われ、誰にも従うことがないと言われた種族なのに。少数精鋭で、滅多に人前に現れることはない」
「いや、確か……そのかわりに、主人と認めた方には忠誠を誓うとか。そして、その方の覇道を叶えると」
「やはり、それほどの人物……! 」
……待て待て、そんな設定は知らないのだが?
最強のキャラの一人ってことしか知らないのだが?
「ここにいるお方は、この地を救いに来ましたっ! ここを拠点とし、この地を治めるのです! みなさんも、協力してください!」
「お、おい!?」
「「「ゥゥゥ……ォォォォォ!!!」」」
「やはり!」
「そうだったのですね!」
「協力いたします!」
……どうしてこうなったァァァァ!?
俺は歓声する者達を背にして、ユキノを引っ張っていく。
そして、ひと気のない裏路地に連れて行く。
「きゃっ、こんなところに連れてきてどうするつもりですかー? ドキドキ……」
「ドキドキじゃねぇ、一体どういうつもりだ?」
「えへへー、ごめんなさい。だって、ああした方がうまくいきますよ」
「ふむ? 何か考えがあってやったんだな?」
俺とて理由があるなら聞くくらいの度量はある。
ひとまず落ち着いて、ユキノの話をを聞くことにした。
「ええ、もちろんですよー。まずは、ご主人様はのんびり暮らしたい……これは合ってます?」
「ああ、合っている。俺はもう、殺伐した生活とはおさらばしたいんだよ。山賊退治は、そのためにやったことだ」
「ふんふん、そうですよねー。でも、このままだとのんびりできませんよ? 領地を回す人、警備をする人、食材を取りに行く人など……恩を感じている彼らがいれば、それらをやってくれるはずです」
「……ククク、そういうことか。奴らを利用して、俺はのんびり過ごすと。確かに、それはいい考えだ」
「でしょー? もっと褒めてください!」
「よしよし、良い子だ」
俺はユキノの頭を乱暴に撫でる。
「ちょっ!? もっと優しくですよー!」
「ははっ! すまんすまん! よし! そういうことなら話は早い! 奴らのところに戻るぞ!」
「はーい……もう、ご主人様ったらちょろいんだから。まあ、そこが良いところなんだけど」
「ん? 何か言ったか?」
「いえいえー、ではいきましょー」
解放した者達のところに戻ると、何やら話し合いをしているようだ。
「あっ、アルス様!」
「お戻りになられたぞ!」
「あぁー、何を話してたんだ?」
「我々が、アルス様のために何ができるかを話し合っておりました」
「なるほど……それでは、俺の願いを言おう」
「皆の者、静粛に! アレス様のお言葉があるそうだ!」
その言葉に、その場にいる全員が膝をつく。
なんか、この感じも懐かしいな。
王都には部下がいて、こんな風にされたこともあったけ。
……あいつらも、元気でやってると良いが。
「コホン……先ほど、側近であるユキノと話して決めた。俺はこの見捨てられた地を再建する! もう、そのように呼ばせたりしない!そのために諸君達の力を貸してくれ!」
「「「ウォォォォォォ!」」」
「なんでも言ってください!」
「頑張ります!」
しめしめ、これでよし。
あとは指示を出して、俺は後ろで踏ん反り返っていれば良い。
そしたら、念願のスローライフの始まりだ。
◇
……ふふ、これでよしと。
横で宣言するご主人様を見ながら、密かにほくそ笑む。
ご主人様は、こんなところで終わる器じゃない。
ヴァンパイア族の女の使命は、強い男の子を孕むこと。
そのために私は、里を飛び出したんだから。
もちろん、それだけじゃないんだけど。
当時の私は、自分の実力を過信していた。
まだ若いとはいえ、里では大人にも勝ったことがあったから。
ただ、多勢に無勢で……人族に捕まってしまった。
そして、いよいよ身の危険が迫ったとき……あの方は颯爽と現れた。
「何をしている? この下衆共が」
「なんだ貴様——ァァァ!?」
「ヒィ!? 黒い炎!?」
「こ、こいつ、黒炎の王太子アルスダァァァァ!」
「下衆共が消え失せろ——黒炎陣」
黒い炎が男達を取り囲んで……文字通り、チリすらも残らずに消えた。
その圧倒的な魔力と、その隙のない立ち振る舞いに私の目は釘付けになる。
きっと、この人に出会うために今日まで生きてきたんだと。
「無事か? ったく、ルート通りに助けるはずが……」
「えっと……ありがとうございました! それでルートってなんですか?」
「あぁー、その辺りのことは君には説明しないとな。とりあえず、ここから離れるぞ。俺はまだ、目立つわけにはいかない」
その後、私は説明を受けた。
正直言ってよくわからないけど、ご主人様にはこの世界で決められた役割があるとか。
そのために、私の力が必要だと。
無論、私に断る理由はなかった……だって一目惚れをしてたから。
しかも後から知ったけど、本来なら助けるのは私が襲われた後だったらしい。
それでも、ご主人様は放って置けなかったと。
「ふふ、お優しい方ですから」
「ん? 何か言ったか?」
「いえいえ、出会った頃を思い出しただけです。あの時は、本当にありがとうございました」
「ああ、あの時ね……ったく、こんなことになるとは」
そう言い、照れ臭そうに頬をかきました。
最初はクールな感じで素敵と思ってだけど……照れ屋さんで素直じゃないところも、今では可愛らしいです。
多分、これが人を好きになるってことなんだと思う。
「ほんとですよー。まあ、私は楽しいですけどね」
「へいへい、そいつは良かった」
「さあ! スローライフ?目指して頑張りましょー!」
「……だな、ここから始めるとしよう」
私はもちろん、ご主人様の願いも叶えるつもりだ。
でも、やっぱり……ご主人様が犠牲になる結末は我慢できない。
だから、私なりのやり方で……ご主人様を、もう一度頂点に立たせてみせる。