悪役転生の後日譚~破滅ルート回避したのに平穏が訪れません~

暖房ができたことで、仕事の効率がみるみるうちに上がっていった。

当然の話で、寒さで指がかじかんでいてはろくな作業はできない。

俺の部屋に暖房を用意するにあたり、書類仕事や針仕事をする者は移ってもらった。

これにより裁縫や書類仕事をするエルフ族には、めちゃくちゃ感謝された。

……のは、いいのだが。

「リース、仕事を手伝ってくれるのはありがたいが……どうしてちょくちょく俺を見ている?」

「ダメですか? 私の目を治してくれた殿方の顔を見たいのです」

「いや、ダメってことはないが……面白いか?」

「ふふ、どうでしょう?」

終始、この感じである。
見た目は少女みたいだし、俺の書類を手伝ってくれるからいいけど。
今だって、俺の仕事を待ちながら針仕事をしている。

「いや、なんで疑問系……そして、お前はどうして睨んでんの?」

「むむっ……これは強力なライバルの予感」

「なんの話だよ。というか、ソファーで寝っ転がってないで手伝えって」

「私の仕事はご主人の護衛兼秘書なのでー」

「俺が仕事をしてるのに寝転がってお菓子を食べる護衛とは? そして、秘書ならリースで間に合ってる」

「あら、嬉しいです。それでは、正式に私が……」

「わぁー! ダメですって! 仕方ない、やるとしますかー」

突如起き上がり、慌てて書類を見ていく。
こいつもやる気はともかく、仕事自体はできるのだけどなぁ。

「ふんふん、予定通りに鍛錬をしてるんですね。アイザックさんと、カリオンさんが中心ですか」

「ああ、無事に鉄の武器防具ができたからな。食事面も改善したことで、身体が出来てきた住民も増えてきた。ちょうどいい頃合いだろう」

「そうですね、指導者にニールさんがいることで弓使いも増えますし。ここは元領主の都市だけあって、城壁の上とかありますし」

「ああ、いざという時に弓が使える者が多いと助かる」

魔法を使える者は限られるし、魔力にも限界がある。
弓なら交代で射ればいいし、矢はいくらでもある。

「そういえば、住民に約束した暖房はどうするので? あの時は納得しましたけど、早くしないと不平不満がたまりますよ?」

「だから、そのために書類仕事をしてんだろうが。これが終わり次第、編成を組んでダンジョンを探しにいく」

「ああ、そういうことですか……てへへ」

「てへへじゃないし。ちなみにメンバーはこの間と一緒だ」

「フーコちゃんはいいんです? 多分、連れてってほしいかと」

……そこは、結構悩み所ではある。
フーコが役に立ちたいと思っているのは伝わってくる。
ただ、最強種とはいえ子供だ。
奥に行くにつれて強くなる敵の前では足手纏いになる。

「うーん、どうしたものか」

「そのフーコさんですが、最近は一人で外に出てるみたいです」

「なに? ……リース、そいつは初耳なのだが?」

「なんでも、カリオンさんと一緒に狩りに行ってるとか。きっと、そういうことなのかなと」

「ふむ……強くなりたいってことか。本来なら野生で生きてるし、俺らが過保護すぎるのかもしれない」

「あぁーそれはありますねー。みんなデレデレしてますし、餌とかあげてますもん。無論、それで空気が和むからいいんですけど」

我が領内のマスコット的存在だし、可愛いのもあって甘やかしてしまう。
しかし、それでは本来の強さを失ってしまうか。
荒療治になるかもしれないが、一度連れて行くのもありかもしれない。

「よし、一度フーコのところに行ってみるか」

「今の時間なら、鍛錬の場にいるかもですねー」

「リース、すまないがあとは頼む」

「ええ、お任せください。ただ、あとでご褒美を頂けると嬉しいです」

「ん? ……まあ、俺にできることならいい」

部屋を出て、そのまま屋敷の外に出る。
すると、暖房の有難さを実感する。

「っ……さむっ。慣れてきたから平気だと思ったが」

「あれに慣れたら慣れたでたいへんそうてすねー」

「そうだ、ヒートショックのことを考えねばならない」

「ヒートショックです? 聞いたことないですね……ということは、前の世界の知識ですか?」

「ああ、そうだ。暖かい場所から寒い場所へ、または寒い場所から暖かい場所へ移動することで、脈拍や血圧が急激に変化することでショック状態に陥ることをいう」

日本でも問題になっていた症状だ。
特にお年寄りなんかには気をつけないと。
もしくは、持病のある方とか。

「あっ、それ知ってます。うちの国でも、そういうことありましたよ。急にビクビクして、そのまま死んじゃった人とか」

「ああ、舐めてはいけない。ショック状態になると様々な症状を引き起こし、死亡することもある。特に脱衣所から湯船につかるときや、ストーブなどで暖まった部屋から寒い場所へ移動するときなどは注意が必要だな」

「こ、怖いですね……どうしたらいいんです?」

「なるべく、温度差をなくすことだな。だから暖房も使い過ぎると毒にもなるってことだ。

「なるほど……それじゃあ、その辺りの注意点も盛り込んでおかないとですね」

そんな会話をしながら、室内にある鍛錬場……元々、兵士達の訓練のために作られた体育館のような場所に入る。
中は広く、三百人程度なら入るだろう。
そこでは、各々が武器の扱いを学んでいたり、実際に稽古をしたりしていた。
すると、俺に気づいたアイザックがこちらにやってくる。

「兄貴っ!」

「すまんな、鍛錬の邪魔をして」

「いいっすよ、みんなも兄貴が見れば捗ります。それより、どうしたんで?」

「それならいいが。いや、フーコに用があってな……フーコ!」

「コーンッ!」

タタッとフーコが駆けてきて俺の胸に飛び込もうとしたが……何かを察して立ち止まる。
そして、そのままお座りの姿勢で俺の言葉を待つ。
さすがは、強い上に賢い魔獣だ。

「フーコ、俺と一緒に森に行きたいか?」

「……っ! コンッ!」

「なるほど、行きたいと。しかし、お前では足手まといだ。確かに最近は大きくなったし、少しはやるようになっただろうが」

「 ガウッ!」

牙を剥き出し、闘争心を露わにする。
まるで、『そんなことないもん!』とでも言うように。

「やる気はあっても力がなくては事は成せない。それを、俺は誰よりも知っている。フーコ、付いてきたいなら——己が力を《《この俺に》》示せ」

「……コーン!」

その場から一歩下がり、雄叫びをあげる。

俺も少し下がり、フーコと対峙するのだった。
 ……お兄ちゃんは強い人。

 独りぼっちだったわたしを救ってくれた人。

 それにあのままだったら、わたしは死んでいた。

 一度は死んだなら、掟とか決まりとか守らなくていいよね?

 だって、温もりを知ってしまったから……もう戻れない。

 ならせめて、あの日救ってくれたお兄ちゃんの役に立ちたい!




 ◇


 わたしは生まれてすぐに一人ぼっちになった。

 お母さんがいうには、それが銀狐族の使命なんだって。

 一人で強く生きて行く……寂しかったけど、お母さんはどっかに行ってしまったから仕方がない。

 あとは一人で生きて、強い雄を見つけなさいって言ってた。

 だから、頑張って生きてきたんだけど……。

「コーン……(失敗しちゃった)」

 数日振りの狩りに成功して、やってきたゴブリンの群れを倒したまでは良かった。
 でも、その後にやってきたオークに痛手を食らってしまった。

「コン……(お腹すいたし寒い)」

 わたしはこのまま、死んじゃうのかな?
 結局、同族には誰とも会わないし。
 すると、何やらいい匂いがしていた。

「コン?(なんだろ?)」

 意識が朦朧としていたわたしは、警戒も忘れ匂いの元に歩いて行く。
 すると、ニンゲンが魔獣を焼いていた。

「っ……! (ニンゲン!)」

 それは別れ際にお母さんに言われたこと。
 ニンゲンは危険な生き物で、わたし達の毛皮を剥いでお金?ってやつにするんだって。
 だから、近づいちゃだめって言ってた。

「……(でも、お腹すいたよぉ)」

 気がつくと、わたしはニンゲンの側まで来ていた。
 すると、そのニンゲンが肉を投げてきた。

「っ!(お肉!)」

 それを口に咥え、その場を離れる。
 そして、無我夢中で食べる。
 その美味しさは、初めてお母さんに獲ってもらったご飯の次に美味しかった。

「コーン(貰っちゃった)」

 ひとまず傷は痛いけど、お腹はいっぱいになった。
 ただ、お母さんは言ってた。
 銀狐族は誇り高い生き物だって……貰ってばかりじゃいけない気がする。
 そう思ったわたしは、どうにかウサギを仕留めることに成功した。
 そして、それをニンゲンにあげに行く。
 そこから、わたしの生活は一変した。

 ◇

 ……まさか、傷を治した上に連れてってくれるなんて。

 暖かい寝床に、美味しいご飯、優しい人たちとお兄ちゃん。

 すでに誇りを失った一族かもしれないけど、少しくらいは役に立たないと!

「コンッ!(いくよ!)」

「ああ、来るがいい。俺はこの場から動かん」

 まずはスピードで撹乱!
 お兄ちゃんの周りを縦横無尽に駆け回る!

「ほう? 視線で追いきれない早さか……流石は神速の魔獣か」

「コンッ!(お兄ちゃんの視線が外れた——今だっ!)」

「甘い」

「キャン!?」

 お兄ちゃんは、こっちも見ずにわたしの攻撃を受け流した!
 わたしの攻撃は外れ、勢い余って壁にぶつかる。

「速さはいいが、コントロールが甘いな。それに動きが単純すぎる。目で動きが追えなくても、音と気配で向かってくる方向はわかる。もっと静かに、そして気配を断て」

「コーン……(もっと静かに、気配を断て……)」

「お前は風の申し子なのだろう? ならば、それを使わずにどうする?」

「コン……(どうやるんだろう)」

 風の申し子……確かにお母さんが狩りをするときは、音もしなかったし獲物にも気づかれなかった。
 わたしが狩りをするときは、速さに任せて強引にやってたけど。
 あのとき、お母さんは何をしてたのかな?

「仕方ない、少し厳しく行くか……必死に避けろよ、出ないと食らうぞ?」

「ッ!? (来る!?)」

 次の瞬間、お兄ちゃんのてから火の玉が放たれる!
 わたしは咄嗟に横に躱して難を逃れる。

「悪くない動きだ。さあ、次々行くぞ?」

「コンッ!?(わわっ!?)」

 お兄ちゃんの火の玉を何とか避けて行く!
 でも、これだと避けるだけで精一杯になってしまう!
 それを打破するには……。

「コン(どうしたらいいんだろう)」

「余所見をしてる場合か? はっ!」

 その時、避けきれない速さで火の玉が迫る。
 危ない!と思った時——いつの間か、わたしはお兄ちゃんが撃った《《反対側に回っていた》》。
 あれ? どうやって移動したの?

「なに? あの距離を一瞬で移動した?」

「コーン……(今、何かをまとったような気がした……そうか)」

「ふむ……まぐれかどうか見せてもらおう」

 さっきと同じ速さの火の玉が来る。
 わたしは《《風を足に纏って、それを簡単に躱す》》。
 そして、そのままお兄ちゃんの胸に飛び込む!

「コンッ!(お兄ちゃん!)」

「おっと……おいおい、俺に一撃を入れろって言ったろ? 何を頭をグリグリしてる?」

「コン(嫌だもん)」

 お兄ちゃんに一撃なんていれたくない。
 だったら、こうして抱っこしてもらう。

「やれやれ、甘やかしすぎたか。これが孤高の存在である銀狐だっていうんだから」

「コン?(だめ?)」

「明らかにだめっていう顔だな。まあ……別にいいか。それと試験は合格だ。あの動きがあれば、そうそう捕まることはないだろう」

「コーン!(ヤッタァ!)」

「だァァァ! ぺろぺろすんな!」

 わたしはお兄ちゃんが嫌がるのも気にせず、顔を舐め回す。

 だってそうすると……なんだか、幸せな気分になるから。





とりあえず、これでメンバーは決まった。

俺、ユキノ、フーコ、エミリア、ニール、アイザック、カリオン率いる獣人達。

あとは万全の準備を整えて、森へと行く。

今回は、ダンジョンが見つかるまで帰らないつもりだ。

「さて、再び森に来たわけだが……カリオン、前の洞窟の位置はわかるか?」

「はっ! 我らが覚えております!」

「感謝する。それでは、後ろから指示を出してくれ。アイザック、前衛を頼む。あとは、前と一緒でいくぞ。俺とユキノ、エミリアとニールが続く」

「へいっ!」

すると、フーコが俺の足元をチョロチョロして見上げる。

「コン?」

「ん? お前は俺の側にいなさい」

「コンッ!」

「「いいなぁ」」

「……えへへ」

「……ほほほ」

なぜが、エミリアとユキノが同じことを言った。
そして、お互いに気まずそうな顔をしている。
嫌な予感がするので、それを無視して探索を始めるのだった。





幸いなことに、前に探索したのが効いたのか……魔物の数が少ない。

小物だが、生きている魔獣もちらほら見かける。

つまり、生き物が帰ってきたということだ。

「これなら、以前より早く行けそうだ」

「そうっすね。木を伐採してる連中も、最近はやりやすいって言ってましたぜ」

「それは効率も上がるしいいことだ。そうなると、いよいよ建物とかを建てていくか」

「ここで寝泊まりとかする奴もいるんで、あったら助かりやす」

「帰ったら、ドワーフ族に相談してみるか」

そんな会話ができるくらいには余裕がある。
フーコは楽しいのか物珍しいのか、辺りをキョロキョロしている。

「おい、あんまり離れるんじゃないぞ?」

「コンッ!」

「まるで散歩気分だな」

「今はいいんじゃないですか? ずっと気を張っていても仕方ないですし」

「まあ、それもそうか……こういう時は、お前の呑気さが助かるな」

フーコがいるということで、いつも以上に気を張ってきたらしい。
リーダーの俺がそんなでは、周りの奴らも気を使うだろう。
何より、くると決めたのはフーコだ……あんまり過保護なのは失礼かもしれない。

「えへへー、惚れ直しちゃいました?」

「その前提だと、俺がお前に惚れてることになるが?」

「ちょっと!? そうなのですか!?」

「だァァァ! エミリア! どうして腕を組むっ!?」

「どうしてって言われましても……こうすれば寒くないですわ」

「ずるいですっ!」

「お前もか! ブルータス!」

右腕にはユキノ、左腕にはエミリアが抱きついている。
当然、柔らかなモノが当たるわけで……火属性魔法も使ってないのに暑くなってくる。
ちなみにブルータスのネタがわかる奴は昭和生まれの可能性大……知らんけど。

「というか、それを着てれば寒くないだろうに」

「確かに、頂いた熊の毛皮コートはあったかいですわ。ですが、それとこれとは話が別ですの」

「むむむっ……エミリアが積極的になってきましたね。これは戦争の予感がします」

「なんの戦争だよ」

「コンッ!」

「はいはい、お前も足にくっつくんじゃないよ」

幾ら何でも気を抜きすぎてはないだろうか。
……まあ、それくらいの方がいいか。
今回は、長丁場になりそうだからな。




結果的に、気を抜いていて良かった。

その後も大した敵に会うこともなく、どんどんと進んでいく。

そして、明るいうちに以前来た洞窟に到着するのだった。

ただ初めての場所で疲れたのか、フーコは寝てしまった。

「兄貴、こっからどうしやす?」

「ここを拠点として探索をしよう。穴の中は寒さを凌げるし、防御面でも使える」

「何か来たら、私かアルスの魔法で一網打尽ですものね」

「そういうことだ。もちろん、交代で外には見張りについてもらう」

話し合いを済ませたら、前にボスがいた場所に行き、簡易拠点を構える。
テントに焚き火、わらで敷いた敷物、これだけでも十分だ。
魔石を採掘した奥には隙間もあるので、火をつけていても安心だ。

「さて、飯を用意しに行くか」

「兄貴が行かなくても、俺らが行きますぜ?」

「ええ、我らにお任せを」

「いつもアイザックとカリオンにやらせちゃ悪いからな。たまには、俺も動かんと」

すると、ニヤニヤしたユキノが近づいてくる。
こういう顔は、俺をからかう時だ。

「でもでも、ご主人様は森の中では役立たずですよ? 」

「おい? 俺は剣も使えるっての」

「戦いじゃなくて狩りなんですってば。平原で襲ってくる魔獣を狩るとは違うんですって。それにご主人様の剣は、基本的には待ちの剣でしょ? ご主人様に任せてたら、夜になっちゃいますよー」

得意げに言う姿は、まるで俺が狩りを知らないような言い方だ。
最近、ご主人様としての威厳がない気がする。
ここらで、教えてやるとするか。

「ぐぬぬっ……いや、そこまで言われちゃ引き下がれんな。ユキノ、お前には一度しっかりと教えてやられはなるまい——この元ボーイスカウトの俺の実力を」

「……ボーイスカウト? なんですか?」

「とにかく! 俺も狩りに出る。ここなら守る分には楽だし、カリオンやエミリアがいればいいだろう。俺とユキノ、どっちが獲物を早く獲ってくるか勝負と行こうじゃないか」

「……えへへ、いいですねー。泣いて後悔しても遅いですからね?」

「男に二言はない」

そして公平を期すため俺とニール、アイザックとユキノという組み合わせになった。

日が暮れる前という期限を決め、俺たちは洞窟から出ていく。





 ……何を話したもんか。

 先程からニールと歩いているが、あっちがビクビクして話にならん。

「おい、ニール」

「ひゃい!? な、なんですかぁ!?」

「お、おい、そんなに大きな声を出すな。こっちは獲物を探してるんだし」

「ご、ごめんなさい〜」

「何をそんなに緊張している? もう、慣れたと思ったのだが」

「だ、だって、二人きりは初めてですよぉ〜」

「……ふむ、たしかに。こちらにきてから、いつも誰かしらは側にいたか」

「そ、そうですよぉ〜。魔王様と二人とか緊張します……狙っちゃいけないって釘を刺されましたし。わたし、そんなつもりはないのにぃ」

 狙っちゃいけない? なんの話だ? もしや……王国の刺客なのか? ……その可能性を考えなかった訳ではない。
 俺を消したいと思っている者は確実にいるが、別にニールを疑ってるわけではない。
 例えば、ニールの大事な者を人質に取ったりな……さて、少しカマをかけてみるか。

「なら、良い機会だ——俺を狙ってみると良い」

「……ふえっ!? ね、狙うですか!?」

「ああ、俺は逃げも隠れもしない。お前が好きなタイミングで来るが良い」

「え、えっと……その、良いんですか?」

「ふっ、構わん——お前など焼きつくしてやろう」

 こいつがいくら腕の良いスナイパーだとしても、俺の炎ならば問題ない。
 元々、命を狙われることには慣れているな。
 もし仮に刺客だったとしても、返り討ちにしてくれる。

「ひゃ、ひゃい!? 焼かれちゃう……どんなことされちゃうんだろ……でもでも、お嬢様を差し置いてわたしなんかが……あの怖い女の人もいるし」

「そして、もし困っていたら俺に言え。その悩みごと、粉砕してやる」

「は、はぃ……わぁ〜どうしよう? カッコいいかも」

 よし、これでいい。
 刺客かどうかはさておき、こう言っておけば俺に攻撃する時に少しは迷いが生じるはず。
 その一瞬の迷いさえあれば、防ぐことは難しくない。

「おい、何をうだうだしている。その話は終わりだ、今は狩りに集中しろ」

「は、はい! わかりましたぁ!」

「だから、おおきな声を出すなと言っているだろうに」

「てへへ、ごめんなさい〜」

 ……ところで、何故ニールは顔を赤くしているのだろう?

 図星を突かれたからか? それとも言われのないことを言われて怒ったか?

 ……何かとてつもない勘違いをしているような気するが。


 ◇

 その後、黙って捜索を続ける。
 俺は剣士のしての間合いを広げ、近くにいる生き物の動きを察知する。
 ニールは目もいいので、遠くにいる生き物を探す。
 当然魔物は出てくるので、それらは俺が片付ける。

「あっ、いましたね。魔王様、一回止まってください」

「わかった。俺はどうすればいい?」

「そのまま気配を消して、わたしについてきてください。剣士の魔王様と狩人のわたしなら気づかれないかと」

「ああ、頼りにしている」

 さっきまでの弱気はどこえやら、その佇まいは立派な狩人だった。
 目は一点を見つめ、音もなく歩く。
 俺は邪魔をしないように、慎重に後をついていく。
 すると、百メートルくらい進んで……俺にも相手が見えてきた。
 木の陰から、こっそり相手を観察する。

「なに? ……アレは何という魔獣だ?」

「セルバっていいますよ。確かに鹿の一種です」

「なるほど……綺麗だな」

 その姿はとても美しかった。
 水辺で優雅に水を飲み、夕日が差し込む……まるで一枚の絵のようだ。

「あっ、魔王様もわかってくれます? 死んだお父さん……師匠に初めて狩りに連れて行ってもらった時、わたしも同じことを思ったんです。そして、それを頂くことを感謝しろと。毛一つ残さず、全て使い切れと」

「まあ、俺達は彼らがいないと生きてはいけないからな」

「そ、そう……むぅ〜!」

 嫌な予感がしたので、俺は咄嗟にニールの口を塞ぐ。
 そのまま木に押し付けるようにして、相手に気づかれないようにする。

「興奮して大声を上げるな……いいな?」

「……むがむが」

「よし、離すぞ」

「ぷはー……す、すごいですぅ」

 何から、耳まで真っ赤である。
 どうやら、きつく息を止めてしまったらしい。

「悪かったな。それより、どうやって狩る? 流石にこれ以上近づけば、相手は気づくだろう」

「えっと……わたしが足を狙います。そこを魔王様が追いかけてください。多分、相当暴れまわるとは思いますけど」

「頭とかじゃないのか?」

「この距離だと、あの小さい頭に当てるのは八割くらいなので。だったら、太もも辺りを狙った方が確実です」

「了解だ。では、その作戦でいこう。その確実性な作戦は俺好みだ」

「こ、好み……むむっ、お嬢様はこれにやられたのですね……!」

「何の話だ? ほら、あいつが動く前にやるぞ」

 その後、俺は少し外回りをして、ニールの反対側にいく。
 そしてセルバを観察しつつ、その時を待つ。
 体長二メートルくらい、頭には一本のツノが生えている。
 恐らく、突進を食らったらただじゃすまない。

「さて……っ!」

 俺が息を吸った瞬間、風切り音と共にセルバの太ももに矢が刺さる!

「キィィィ!?」

 すると、ものすごいスピードで……こちらに向かってくる!

「そっち行きます!」

「わかってる!」

「できれば角を折ってください〜!」

「先に言えっての!」

 鞘に左手を添えて、剣の間合いを発動する。
 そのまま、相手が俺に向かって突進してきたので……。

「フルルッ!」

「シッ!」

 すれ違い様にツノに向かって居合斬りを叩き込む!
 振り返ると……ツノを真っ二つに折られたセルバが倒れていた。

「やりましたぁ〜!」

「おい? これはどういう状態だ? なんで倒れてる? 死んだのか?」

「違いますよぉ〜。セルバはツノを折ると、ショックで気絶するんです。そうすると殺すより、解体するときに味とか鮮度が良いんです」

「ほう? それは良い、狩人ならではの知恵というやつか」

「はい、死んだお父さんが教えてくれました」

 ……この子の父親は、確か狩りの途中で死んだのだったか。
 そして父親同士が知り合いだったエミリアの家に世話になったとか。
 俺はそれを知っていたが、とてもじゃないが助ける余裕はなかった。
 今の能力があれば、助けられたかもしれないが……考えても仕方ないか。

「すまんな、ニール」

「どうして謝るんですかぁ?」

「いや、良い。俺の……ただの自己満足だ」

「よくわからないですけど……わたし、今は楽しいですよ? お嬢様もいるし、ここでなら役に立てますし」

「ああ、存分に役立つてもらおう。さて、では戻るとしよう」

 そして変な罪悪感を覚えつつ、俺はセルバを荷車に乗せて洞窟に戻るのだった。

 そうだ、忘れてはいけない。

 俺は助けられる命を捨てて、ここに立っているということを。






結果からいうと、勝負は俺たちの勝ちだった。

俺たちの方が先に帰っていて、獲物に逃げられた二人が戻ってきた。

「もう! アイザックさんがガサツだからですよ!」

「姉御! すまねぇ!兄貴の愛人に迷惑をかけちまった……こいつは腹を切って詫びるしか」

「腹を切るんじゃない」

「切らないでください」

この二人も一緒にいることは少ないから、今回は良い機会だったかもな。
戦闘面でも領地の幹部として、これから長い付き合いになるわけだし。

「ニール、アルスとはどうでしたの? 何か無茶なことを言われたり……」

「おい、俺をなんだと思っている?」

「貴方は、時折変なことをしますわ」

「そうか? ニール、俺たちは相性が良くて上手く狩りができたよな?」

「ひゃい!? わ、わたしは、その……」

何故か、ニールの顔が赤くなっていく。
俺は何か、変なことを言っただろうか?

「アルス! ニールに何をしたんですの!?」

「むむむっ、ご主人様! これは何やら嫌な予感がします!」

「お、俺は何もしてない!」

「では、何故ニールの顔が赤いのですか! 貴方のことです、また無自覚に何かしたのではありませんの?」

「そうですよー、ご主人様に無自覚に女性を口説きますから」

「そんなことしとらん!」

ニールを見るが、オロオロして使い物にならない。
あの勇敢な狩人はどこに行った?
あの狩りで仲が深まったのではないのか?

「まあ、兄貴は無自覚に男も口説きますし」

「ふむ、それはわかる。我々も主人に口説かれたようなものだ」

「まあ! 男の人まで!」

「ご主人様ったら!」

「ええい! ややこしくするな!」

結局、ニールが何も言わないので俺は酷い目にあった。

……あれ? 俺って勝者なのでは? どうして、こんな目に遭っている?

……アイザックと組んだ方が良かったのかもしれん。





アイザックが料理を作っている間に、みんなで手分けして残りの魔石を発掘する。

流石に前回では一気に持って帰ることはできなかった。

「あれですよね。運搬についても考えないと」

「その辺りもドワーフ頼りになるか。荒地でも走れる荷馬車を作って、森の中を整備すればいけると思うが」

「あとは、本当に森周辺に村でも作っちゃうかですね」

「多分、両方ってことになるとは思う。幸い、ここまでの街道整備はできてきた。あとは建物を建てるなり、人を集めていけば良いだろう」

「各方面にある関所はどうするんですか? 西には祖国アスカロン、南にはわたしの祖国もある亜人国家エデン、東には教会がありますし」

そう、これからはそこも含めて考えなければいけない。
流刑の地とはいえ、当然各国から監視はある。
今は良いとはいえ、いずれ何かしらの接触は測ってるかもしれない。

「そうだな……いずれは、耳に入るだろう。その時の対策は立てるべきか。俺としては、平和に行きたいが」

「えへへー、そんなこと言わずに……征服しちゃいます?」

「しねえよ! 物騒なこと言うなって!」

「えぇ〜? でもでも、攻めてきたらどうします?」

「攻めてくる……のか?」

俺が大地を、魔の瘴気から癒しているとはいえ……この広い大陸全部ってなると、数年どころじゃ効かない。
ここが豊かになるのは、数十年先の未来の話だ。
そもそも、俺が生きているうちにやれるとかどうか。

「だって街道が出来て、町や村が出来て、産業とかもあったら……気にはなりますよね。瘴気があるから、教会はエデンとかアスカロンに攻め込まないわけですし」

「……それはあるな。しかし、今更蒼炎を止めることはできん。そうなると、教会とエデンには注意を払っておくか」

「アスカロンは良いんです?」

「流石に弟が王位を継いでるうちは馬鹿な真似はしまい。そんなことになったら……俺が何
のために必死になったのかわからない」

記憶を思い出してから数年、俺が生き残りつつ国を滅ぼさないように徹してきた。
もし、アスカロンが俺を倒そうと動くなら……その時は。

「ご主人様……大丈夫です! 私達がいますから!」

「おいおい、不安にさせたのはお前だろうに……だが、備えあれば憂いなしか。その辺りの対策も練るとしよう」

「ですね! そのためにはダンジョンを見つけないと!」

「そうだな。ダンジョンがあれば、色々なことが早く進むことになる」

そして、丁度作業を終える頃……アイザックの方も準備ができたようだ。
なぜなら、鼻腔をくすぐるいい香りがしてくるからだ。
案の定、戻ると……夕食の準備が整っていた。

「兄貴っ! お疲れ様です!」

「アイザックもな。おっ、今日は鹿焼きか」

「へい! 元々脂が少ないんで、油をひいて焼きすぎないように気をつけましたぜ」

「うんうん、色もいいし美味そうだ。アイザックは、相変わらず料理が上手いな」

「へへっ、あざっす! ですが、これも物の状態が良かったからですぜ。兄貴とニールのおかげってことです」

その切り口はほんのり赤く、まるでローストされたような感じだ。
鹿肉は脂肪分が少なく、淡白で癖がないのが特徴だと聞いたことがある。
焼きすぎると肉本来の脂が出てしまい、硬くなってしまうとか。
ある意味で、料理人の腕が試される食材だという。

「ほら、イチャイチャしてますよ」

「まあ、男同士ですわ……」

「そういう世界もあるんですね」

「聞こえてるからな? そんな世界線はねえよ」

前の世界でも、友達と仲良くしてたら女子がキャーキャー言ってたのを思い出した。
どこの世界でも、変わらないものはあるってことか。
その後、見張りも呼んでみんなで食事を囲む。

「それでは、ひとまず無事に拠点までつけた。明日以降、ダンジョンを探すための英気を養うとしよう。それでは……いただきます」

「「「いただきます!」」」

「兄貴、まずはそのままで召し上がってくだせい」

「ふむ、それでは……ほう」

思わず、口から息が溢れた。
しっとりとして柔らかい鹿肉、それでいて野性味を感じる味わい。
まさしく匠の技でないと、この味は出ない。
焼きすぎても硬くなるし、生過ぎてもいけない……絶妙な塩梅だ。
何より、ニールに従って良い仕留め方をしたからだろう。

「ど、どうすっか? こっちに来てからは、より研鑽を積んできたんですが……」

「美味い——語彙力がなくてすまないが、とにかく美味い。戦闘面でなく、こっち専門にしてもいいくらいだ」

「うしっ! その言葉さえあれば良いっす! へへ、戦いもしっかりやりますぜ」

「ああ、そうしてくれると嬉しい助かる。全く、探索には欠かせないな」

「では、あとはお好みで醤油か味噌をつけて召し上がってくだせい」

「ああ、そうしよう」

次に醤油をつけて食べてみる。
すると、噛むほどに口の中で脂が醤油と共に溶けていく。
次に味噌をつけて食べてみると、こちらは米が欲しくなるような味がする。

「ほら、どうした? フーコも食え」

「……コーン……」

尻尾が垂れ下がり、落ち込んでいる。
どうやら、洞窟についてすぐに寝てしまったことを反省してるらしい。
狩りにも出てないし、食べて良いのか迷ってるかもしれない。

「食べて良いんだよ、ここまで頑張ってついてきたんだ。次は、もう少し楽にこれるだろう」

「……はぐはぐ……コンッ!」

「おっ、美味いか。よしよし、沢山食べて明日頑張るといいさ」

ふと女性陣を見ると、物凄い勢いで食べていた。


「ん〜!! 私は味噌ですかね!」

「私は醤油ですわ。さっぱりとして、とても上品な味わいがしますの」

「どっちも美味しいですぅー!」

「まだまだあるんで、どんどん食べて良いっすから!」

女性達は作り気もなく、アイザックに肉を焼かせている。
別に女性だから料理しろなんて、時代錯誤なことをいうつもりはないが……これはちょっとなぁ。
そんな女性陣達の姿を見て、俺は思わずアイザックの方を掴む。

「あ、兄貴?」

「お前を仲間にしてよかった……よくぞ、俺についてきてくれた」

「も、勿体ないお言葉ですぜ! これからもついていきやす!」

「ああ、お前だけが頼りだ」

「あれれー? おかしいですねー?」

「なんですの? ……私も料理を覚えたほうがいいかしら?」

「はわわっ……熱い友情ですぅ」

何やら三人が言っているが気にしてはいけない。

それほど、飯というのはスローライフにおいて大事な要素なのだ。



その日の夜、皆が寝静まった頃……物音がしたので起きる。

天幕を出ると、ユキノが焚き火の前でストレッチをしていた。

その横では火の番担当の獣人が控えている。

「どうした? 柔軟体操なんかして」

「あれ? 起こしちゃいました?」

「いや、ふと目が覚めただけだ。んで、どこにいく?」

「あら? わかっちゃいました?」

「そりゃ、そうだ」

怠け者のこいつが、柔軟体操なんかしてるくらいだ。
いくら寝なくても良い種族とはいえ、こんな時間にやることではない。

「んー、暇なんで探索に行こうかと。私、最近良いところないですしねー」

「なんだ、そんなことを気にしていたのか」

「それはそうですよー。アイザックさんやエミリアや、ニールまでいますから。ここらで、ご主人様に良いところ見せないと」

「たしかに、狩りでも負けたしな?」

「むぅ……地味に悔しいですね」

「だが……正直な話、無理はしなくて良いぞ?」

こいつもなんだかんだで特殊だ。
俺に助けられたと思ってるから、俺の役に立たねばと思ってる。
しかし、実際に助けられてきたのは俺の方だ。

「はい、それはわかってますよー。でも、私自身が嫌なので」

「そうか……なら止めはしない。気をつけて行ってこい」

「えへへ、了解です! それじゃあ、行ってきまーす」

タタタッと駆けていき、暗闇の中に消えていく。
俺がついていくことも考えたが、夜目が効くユキノからしたら足手纏いになるだろう。
何より忍びの者だ、気配断ちや足音を消すのは造作ない。

「やれやれ、部下達がやる気だと俺も頑張らないといかんな」

「コーン?」

「おっ、フーコも起きたのか? さては寝過ぎたな?」

「コンッ」

「んじゃ、俺の話し相手になってくれるか?」

頷き、火の前にいる俺の膝に座る。
護衛の獣人はいるが、カリオンのせいで俺に心酔しているので話し相手にはならない。
有り難い話ではあるので、好きにはさせているが。

「コン?」

「んー、どうしたもんかなと思ってさ。俺は役目も終わったし、これからは好きにのんびりと過ごしたいって思ってた。ただ、そうもいかないみたいだ。流石にこの状態を見て、放っておくわけにもいかない」

本当は適当な場所に行き、そこで細々と暮らそうと思っていた。
ただ、実際に困窮している人々を見てしまったし、俺には蒼炎が使えることがわかってしまった。
これにより、俺には人を救うことが可能になった。
すると、フーコがスリスリしてくる。

「うん? どうした?」

「コンッ」

「……そうだな、蒼炎がなければフーコも生きてはいないか」

ならば、この力にも意味があったというものだ。
ただ、少しばかりの不安がある。
……俺は、本当にゲームクリアをしたとかということだ。

「この力を手にした理由はなんだ?」

もし何かまだあるとしたら……それもあって、俺は領地開拓に踏み切った部分がある。
ただのんびりと過ごしいて、いきなり事が起きたらどうしようもない。
悪役を全うした俺は、事前準備の大切さを知っている。

「そうなると、やはり開拓を出来るだけ早く進める必要があるか」

そもそも、本編ではアスカロン王国を中心にしか描かれていない。
北には帝国、南西にはエデン、西の果てには教会があるというのに。
もしかしたら、《《第二部か、二週目以降のストーリーがあるかもしれない》》。

「もし、そうだとしたら……起きてからでは遅い」

「コン?」

「いや、なんでもない。そのまま大人しくしてろ」

「……ククーン」

フーコを撫でて、心を落ち着かせる。
もし、この先に何か続きがあるとするならば……そこは未知の世界だ。
今までのように、人を死なずにはいかない可能性もある。

「だが、俺にはこの力……蒼炎がある」

この力でもって、大切な人達を守るとしよう。

そして、体制を整える……何が起きてもいいように。
 ……むっ、どうやらそのまま寝落ちしてしまったか。

 起き上がると、毛布がかけられていた。

 フーコも一緒にいて、フスフスと寝息をたてている。

 そして、すぐ側にエミリアが座っていた。

「あら、起きましたの」

「エミリアか。お前が毛布をかけてくれたのか?」

「ええ、そうですわ」

「そうか、すまんな」

「い、いえ……寝顔を見れたからいいですの」

「あん? なんだって?」

「なんでもありませんわ! それより、水を出すのでシャキッとしてくださいの」

 その後、エミリアに水を出してもらい顔を洗う。
 フーコも起きたので、身体ごと桶に入ってバシャバシャ遊んでいる。
 俺はそれを眺めつつ、アイザックが作った野菜と肉のスープを飲む。
 肉の旨味、野菜の甘み、それらが合わさって脳が活性化する。

「……あぁ、体の芯からあったまるな」

「へへっ、セルバの肉がついた骨を煮込んだので。朝なんで、味付けは塩のみにしましたぜ。少し物足りないかもしれないですが」

「いや、これでいい。パンにつけても美味いしな」

「それと、こいつの残りをどうしようかと思いまして。かなりの大物ですから、まだまだ量があります。ここに何日いるかわかりませんし、食料はあったほうがいいっす。ただ、寒いとはいえ日持ちが心配ですな」

「ふむ、燻製にするにしても時間がかかるか」

 何より、こいつは珍しい食材だ。
 できれば、都市のみんなにも食べさせたいところだ。
 ……ん? そういや、エミリアは隠し要素でアレが使えたはず。

「おい、エミリア」
 
「なんですの?」

「お前、《《氷魔法は使えるか?》》」

「はい? ……使えないですわ。もし使えるなら、貴方との戦いで使ってますし」

「そりゃ、そうだ」

「そもそも、氷魔法は伝説の魔法と言われてますわ。過去には水魔法の使い手が使えるような記述はありましたけど……そのやり方が書かれた書物は無くなってましたし」

「それはそうだ、なにせ……《《俺が書物を盗み出したからな》》」

 実はエミリアには覚醒ルートというのが存在する。
 それが古代の書物を読んで、氷魔法を覚えること。
 それをもってして、本当の意味で最強の魔法使いとなるキャラだ。
 しかし、当然……うまく負けようとしていた俺にとっては邪魔である。
 なので前もって書物は隠しておいたっわけだ。

「……はい!? どういうことですの!?」

「だァァァ! 肩を掴んで揺らすなって!」

「いいから答えなさい!」

「あばばばば!?」

 揺らされたら答えるもんも答えられんって!
 そもそも、目の前で違うモノが揺れて困るんだって!
 ただでさえ、こっちは色々と我慢して大変だってのに!

「クァ〜……コンッ!」

「ほら、フーコが起きちまったよ」

「ご、ごめんなさいですの……じゃなくて、貴方が悪いですわ」

「とりあえず、話を聞けって」

「……わかりましたわ」

 寝起きのフーコを膝に乗せ、エミリアから距離をとる。
 さっきから良い香りがして色々とまずい。

「別に大した話ではない、お前に氷魔法を覚えられると面倒だったからな。ただでさえ、お前の魔法は驚異に値する。この上、氷魔法を覚えたら俺も厳しかったし」

「ほ、褒められましたの……」

「はい? そこなのか?」

「だ、だって、貴方ってば全然褒めてくれなくて……いつも軽々私の魔法を打ち消してましたわ。フハハッ、我にそんなものはきかんとか」

 ……やめてぇぇ! 黒歴史を掘り返すのは!
 あの時は、そういう口調で自分を保ってただけなんだって!

「いや、そんな余裕は無かったし。というか、敵対してるのに褒めるとか無理だろ」

「ふふ、わかってますわ。それで、私が氷魔法を覚えると負けると思ったのかしら?」

「負けるとは思わないが、バランスが崩れた可能性はあるな……話を戻すぞ。とにかく、今の俺たちは敵対していない。なら、教えて問題ないと思った」

「そ、それは……今だけですわ、この先はわかりませんの」

「ああ、それでも良い。お前が俺が間違ってると思ったなら止めるが良い」

 ストーリーが本当にクリアされたのかわからない以上、この先に俺の身に何かしらが起こる可能性もゼロではない。
 その時に、止めてくれる相手側いたなら助かる。
 俺とて世界を滅ぼしたい訳ではないし。

「ええ、私の命に代えても止めてみせますわ」

「まあ、そんなことは起きないに越したことはない。さて、氷魔法を教えよう。俺の頭の中にやり方は入ってる」

「ふふ、それはそうですわね。では、やり方を教えてもらいますの」

「じゃあ、まずはコップに水を入れてくれ」

 俺が持っているコップに、エミリアの魔法で水を注いでもらう。

「まず水や氷は、水分子と呼ばれるとても小さな粒が集まって出来ている。コップに入れた水は、たくさんの水分子がぐちゃぐちゃになって詰め込まれている状態だと思ってくれ」

「水一つ一つが小さい粒……なるほど」

「温度が0℃より高いときは、コップの中の水分子は自由に動き回ることができる。なので、コップを斜めにすると水は流れ出してしまう」

「当然ですわ」

「しかし、温度が下がってくると水分子はだんだん動かなくなる性質がある。やがて0℃になると、もう動き回ることができなくなってしまう。こうなると水はかたまりの氷に変わってしまい、コップから流れ出すこともできない……わかるか?」

 その本に書いてあったのは、そんな説明文だった。
 俺は科学に疎いし、これで本当にわかるのか疑問だった。
 元がゲームなので、仕方ない部分はあるが。

「つまり、冷えてくると水分子が動けなくなる……水全体ではなく、一つ一つの粒を凍らすイメージ……」

「どうだ? いけそうか?」

「やってみますわ。すぅ……出でよ、氷の玉——アイスボール」

 すると、その手から小さな氷の玉が発射される!

「おおっ! できたかっ!」

「で、できましたわ!」

「やっぱり、お前は天才だな!」

「あ、当たり前ですわ! 私はエミリア-ミストル! 貴方のライバルですもの!」

「ははっ! そうだったな! おまえが来てくれて良かった!」

「コンッ!」

 俺はフーコを抱っこしてぐるぐる回る。

 よし! これで冷凍保存ができる!

 ここは寒いとはいえ、それは瘴気が原因の一つだ。

 故に雪が降るわけでもない。

 なので、エミリアの魔法があれば食材の保存が可能になる。

 くくく、俺のスローライフのために役に立ってもらおうか。
その後、余ったセルバの肉をエミリアに冷凍してもらう。

凍ってさえしまえば、後は寒いのでそうそう溶けることはない。

すると、そのタイミングでユキノが帰ってくる。

「ご主人様ー!」

「おっ、帰ったか。全く、どこまで行ってたんだ?」

「ただいまです……じゃなくて! ダンジョンを発見しました!」

「なに……詳しい話を聞こう。全員、火の回りに集まれ」

そして獣人達に見張りを任せ、主要メンバーで話を聞く。
アイザック、カリオン、俺、エミリア、ニール、ユキノだ。
ついでに朝飯が済んでない者は、食べながら聞く。
ちなみにフーコは、また俺の膝で寝ていた……こいつ、なにしに来たんだ? まあ、可愛いからよしとしよう。

「えっと、昨夜はずっと森を探索してたんですよー」

「ああ、それは知ってる。まあ、随分と長かったが」

「えへへー、狩りに負けたのが悔しかったので。それで、ここから二時間くらいの場所にそれらしきものを発見しました。ひらけた場所に不自然に大きな洞窟がありました。後ろには続いてないので、中は異次元になっているかと」

「近くに何かいたか? ダンジョン前には、ゲートキーパーと呼ばれる者もいたりする」

「そこまでは近づいてないんで、何とも言えないですけど……何か、嫌な感じはしましたかねー」

ダンジョン、それは神の贈り物、または試練とも言われたりする。
中は異次元になっており、難易度によって広さや階層は違う。
そこでは魔物や魔獣が跋扈し、宝や財宝を狙いに来た者達を待ち受ける。
そして、レアモノと言われるダンジョンにはゲームキーパーと言われる門番がいる。

「なるほど、お前の嫌な予感ってことは当たりそうだ。ならば、レアモノの可能性が高いか。そうなると、必然的に難易度も高くなると」

「どうします? 出直しますか?」

「……いや、下手に人数を連れて行っても良くない。ゲートキーパーがいた場合、無駄な犠牲が増えるだけだ。今いるメンバーで、ゲートキーパーだけは倒しておきたい。あいつがいた場合、そこは逃げられない結界となる」

「そうですねー。それじゃあ、ここに荷物を置いておくとして……誰でいきますか?」

「アイザック、俺、ユキノ、エミリア、ニール……獣人達には荷物を見てもらおう」

すると、俺の膝で寝ていたフーコが暴れ出す。

「……連れてけって?」

「コンッ!」

「……仕方ない連れていくか」

「コーン!」

守った末に答えを出す。
こっちに来てから、大したことしてないしな。
外にも慣れてきただろうし、ここらで自信をつけさせるのもありだ。

「いいんです?」

「まあ、甘やかし過ぎるのも違うしな。フーコ、ただし俺の命令は絶対だ。そして、俺達が助けてくれると思うなよ?」

「コンッ!」

その顔は『わかってるもん!』と言っていた。
どうやら、銀狐としての誇りは失ってないらしい。
これなら、連れて行っても良いだろう。

「それじゃ、決まりだ。カリオン、すまないが後を頼む。いつも悪いな」

「はっ、お任せください。いえ、我々では足手纏いになりかねないので。もっとお力になれればいいのですが……」

「いや、十分だ。警戒や索敵を行うのは神経を使うだろう。それに、人には向き不向きがある。お前達はお前達のできること、他の所は別の奴らが補う。俺が目指しているのは、そういう暮らしだ」

「主人……はっ、我々は我々にできることを全力でいたします」

「ああ、それでいい。んじゃ、休憩したらいくとするか」

すると、ユキノが身体を寄せてくる。
ふわっと甘い香りが鼻をくすぐった。

「な、なんだ?」

「えー? ご褒美はないんですかー? 私、夜通しで探索してたんですけど?」

「あぁー……なにがいいんだ?」

「では、膝枕を要求します!」

「へいへい、わかったよ」

「わーい! それでは失礼して……ぬふふ」

俺の膝に頭を乗せたユキノが不気味に笑う。
なんというか、美少女が台無しだった。

「変な笑い方をするな」

「し、仕方ないじゃないですかー」

「むぅ……私だって頑張ったのに」

「あん? エミリアどうした?」

「なんでもありませんわ!」

そう言いながらも、何故が俺にを寄せてきた。
そして、フーコまでもが。
終いには、ニールが何やらそわそわしている。

「へへっ、兄貴は大変っすね」

「主人は苦労しそうだ」

「……どういう意味だ?」

俺の問いに、二人が苦笑するのだった。

結局、俺はその場から一歩も動くことができなかった。
ユキノの休憩と、皆の食事が済んだら行動を開始する。

洞窟を抜け、ユキノの案内の元、森を進んでいく。

そして、一時間ほどで目的地に着いた。

そこは木が1本も生えておらず、真ん中に不自然に大きな洞窟があった。

「なるほど、怪しさしかないな」

「でしょー?」

「それに、ヒリヒリしますぜ」

「わかりますわ……アルスとの決戦を思い出します」

「わたしもですぅ……猛獣がいるみたいです」

「コンッ!」

「俺を含めて、全員が同じ気持ちか」

皆、激戦をくぐり抜けた猛者達だ。
そうなると、確実に出てくるだろう。

「どうしますー?」

「敵の種類はわからないし、出たとこ勝負になりそうだ。なので、作戦はあえて立てない。とりあえず、臨機応変に対処する。前衛はアイザックにユキノ、中衛に俺とフーコ、後衛にエミリアとニールくらいか」

「まあ、それしかないっすね」

「それじゃ、行きますかー!」

このメンバーなら、作戦らしい作戦などいらない。
俺たちは木の陰から飛び出して洞窟の前に立つ。
すると、辺り一面を結界が覆う。
そして、眩い光を放った……目を開けると、そこはだだっ広い闘技場になっていた。
おそらく、東京ドームくらいは軽くある。

「異次元空間か!」

「ダンジョン前なのに豪勢ですねー」

「アルス、魔力を感じますわ! 中央に何かきます!」

次の瞬間、中央付近に魔法陣が浮かび上がり……そこから、四メートルくらいのゴーレムが現れる。
足も腕も太く、黒く大きな身体。
その両目はギラリと光り、機械的な動きを見せる。

「ゴァァァァ!」

「ちっ! よりによってゴーレムかよ!」

「兄貴! 何かまずいので!?」

「こいつらは、とにかく硬くて強い! 魔法防御、物理防御共に優れている! そして攻撃力は見ての通りだ! 魔物の一種で、一国の軍隊を壊滅させたこともある!」

さらに厄介なことに、この制限された場所だ。
見晴らしが良ければ、まだやりようはある。
遠距離からの砲弾や魔法を使って削っていけばいい。
しかし、今回は結界に閉じ込められるのでそうはいかない。

「アルス! 周りにも魔物達が!」

「だァァァ! くそったれな罠だな! これでレアじゃなかったら怒るぞ!」

ゴーレムの周りに、ゴブリンやオーク、コボルト達が現れる。
不幸中の幸いなのは、全員が下級ってところか。

「ふぁ〜!? どうしよう!?」

「ご主人様ー! 多分、雑魚は幾らでも現れる仕様かもです!」

「ああ、そうだろうな。だが、まずは数を減らさんことにはどうにもならん。フーコ! 俺のそばに来い!」

「コンッ!」

すぐに反応し、俺の前にやってくる。
その目にはやる気があり、少しも臆してない。

「はっ! いい目だっ! いいか? 風を俺の炎に合わせろ。そして、思いっきり魔力を込めろ」

「コンッ!」

「うし! すぅ……愚かなる者共、我が炎の波に焼かれよ——フレイムウェイブ」

「コーン!」

俺の炎の波を追って、風のブレスが追いかける。
そして、途中で合わさり……炎の竜巻と化す!
名付けて、フレイムストームだ。
それが、ゴーレムを中心として暴れる。

「……よし、あらかた片付いたか」

「コンッ!」

「ああ、よくやったな」

そこにはゴーレムを除いた魔物が消え去っていた。
相手が動き出す前に放ったので、一網打尽できたってわけだ。

「ふぅー! すごいですね! ただ、すぐに出てきますよ?」

「ああ、わかってる。だが、いっぺんに出てこれるわけではないだろう。ニール! 魔物が出現次第撃ち抜け! フーコはニールの護衛で雑魚を近寄らせるな!」

「は、はい〜!!」

「コンッ!」

「アイザックとユキノはゴーレムを牽制!」

「へいっ!」

「はーい!」

二人が走り出してゴーレムに迫り、攻撃を仕掛ける。
すると、ゴーレムが拳を振り下ろして反撃をしてきた。
その様子を、俺はじっくり観察する。

「ちょっと? 私は何をするのです?」

「少し待ってろ、あいつのパターンを見てる。お前も一緒にみてくれ。どうやら、近づいてくる相手を優先して攻撃するタイプか?」

「そうですわね、私達がこうして隙を晒してるのに来ませんし。そして、アイザックさんの攻撃を嫌がってる感じですわ。ユキノさんの爪は、ほとんど無視されてるかと」

「つまり、ユキノの攻撃力ではダメージが与えられない。アイザックのは与えられるってことか。そして魔法は、さっきの通り大して効かないと。お前の水魔法はどうだ?」

「ゴーレムの属性は土ですわ。味方として合わせる分には相性いいですが、敵となるとよくはないですの」

俺の刀なら切れるか? 自信はあるが、切れる保証もないか。
いや、それでも一撃では倒せない。
見たところ、アイザックがつけた傷がなくなってる。
多少だが、自動再生機能もあるってわけだ。

「全く、厄介な相手だ」

「当たり前ですわ、本来なら軍隊で戦うような相手ですもの。硬い強い、ゴーレムなので体力も無尽蔵……どうするんですの?」

「そうだなぁ……ん? ああ、あいつに御誂え向きな技があったな」

「えっ? な、なんですの?」

俺は簡単にエミリアに作戦を伝える。

「……そんなことで?」

「ああ、あいつ相手ならいけるはずだ」

「わかりましたわ、あなたの提案に乗りますの」

「んじゃ、いっちょやるとするか」

「ふふ、共闘だなんて考えられなかったですわ」

「そいつは言えてるな」

俺達は顔を見合わせ、同時に微笑む。
そして俺は、不思議な高揚感を感じていた。
こうして、幼馴染と共闘できることに。

「アイザック! ユキノ! 今から特大の炎を放つ!」

「おおっ! 了解っす!」

「もー! ようやくですかー!」

「タイミングを見て避けろよー!」

二人が頷くを確認して、俺も準備に入る。
流石に大技を繰り出すのは、大量の魔力と詠唱が必要になる。
ありったけの魔力を……あいつを燃やし尽くすほどの熱を。

「へ、平気ですの? 恐ろしいほどの魔力が集まってますわ……制御できますの?」

「も、問題ない……これしきを制御できなくては魔王の名が廃るってな」

「ふふ、それくらい言えるなら平気そうですわね。では、私も準備に入ります」

「ああ、俺が放ったらすぐに撃ってくれ」

……こうして、溜める時間があるのは幸せなことだ。
これまでは、ユキノと二人だったからそうはいかなかった。
だが、今はこうして仲間がたくさんいる……悪くない気分だ。

「よし! 二人とも!」

「「はっ!」」

すぐに察し、ゴーレムに一撃を加えて引き下がる。
周りの雑魚どもは、予定通りにニールとフーコが片している。
もはや、俺と奴の間には障害物はない。

「地獄の業火よ、我が敵を滅せ——ヘルフレイム!」

「ゴァァァァ!?」

俺の放つた火の玉がゴーレムに着弾し、爆発的に燃え上がる!
敵が燃えるまで消えないとされる技だが……やはり耐えるか。
ぷすぷすと煙を上げながらも、その傷が再生しようとする。

「ゴガ……ガ……ガ」

「エミリア!」

「わかってますわ! 私だって慣れてませんの! ふぅ……氷の槍よ、相手を打ち貫け——フリーズランサー!」

高速で発射された氷の槍がゴーレムに当たり……砕け散った。

「ちょ!? 私の魔法の方が砕けましたわよ!?」

「だァァァ!? 身体を揺らすなって! ほら! よく見てろ!」

「なにを……へっ?」

ピシピシとひび割れた音が響き渡り……ゴーレムが砕け散った。

「な、何が起きたんですの?」

「簡単な話さ。熱したモノを冷やすと、壊れやすくなる」

「ど、何処でそんな知識を?」

「さあ、何処だろうな。まあ、別にいいだろ」

そして、結界が溶けて元に戻る。

そこには、ゴーレムの残骸だけが残っていた。

前世の記憶か……そのうち、こいつらにも話しておくべきかもしれん。