……何を話したもんか。

 先程からニールと歩いているが、あっちがビクビクして話にならん。

「おい、ニール」

「ひゃい!? な、なんですかぁ!?」

「お、おい、そんなに大きな声を出すな。こっちは獲物を探してるんだし」

「ご、ごめんなさい〜」

「何をそんなに緊張している? もう、慣れたと思ったのだが」

「だ、だって、二人きりは初めてですよぉ〜」

「……ふむ、たしかに。こちらにきてから、いつも誰かしらは側にいたか」

「そ、そうですよぉ〜。魔王様と二人とか緊張します……狙っちゃいけないって釘を刺されましたし。わたし、そんなつもりはないのにぃ」

 狙っちゃいけない? なんの話だ? もしや……王国の刺客なのか? ……その可能性を考えなかった訳ではない。
 俺を消したいと思っている者は確実にいるが、別にニールを疑ってるわけではない。
 例えば、ニールの大事な者を人質に取ったりな……さて、少しカマをかけてみるか。

「なら、良い機会だ——俺を狙ってみると良い」

「……ふえっ!? ね、狙うですか!?」

「ああ、俺は逃げも隠れもしない。お前が好きなタイミングで来るが良い」

「え、えっと……その、良いんですか?」

「ふっ、構わん——お前など焼きつくしてやろう」

 こいつがいくら腕の良いスナイパーだとしても、俺の炎ならば問題ない。
 元々、命を狙われることには慣れているな。
 もし仮に刺客だったとしても、返り討ちにしてくれる。

「ひゃ、ひゃい!? 焼かれちゃう……どんなことされちゃうんだろ……でもでも、お嬢様を差し置いてわたしなんかが……あの怖い女の人もいるし」

「そして、もし困っていたら俺に言え。その悩みごと、粉砕してやる」

「は、はぃ……わぁ〜どうしよう? カッコいいかも」

 よし、これでいい。
 刺客かどうかはさておき、こう言っておけば俺に攻撃する時に少しは迷いが生じるはず。
 その一瞬の迷いさえあれば、防ぐことは難しくない。

「おい、何をうだうだしている。その話は終わりだ、今は狩りに集中しろ」

「は、はい! わかりましたぁ!」

「だから、おおきな声を出すなと言っているだろうに」

「てへへ、ごめんなさい〜」

 ……ところで、何故ニールは顔を赤くしているのだろう?

 図星を突かれたからか? それとも言われのないことを言われて怒ったか?

 ……何かとてつもない勘違いをしているような気するが。


 ◇

 その後、黙って捜索を続ける。
 俺は剣士のしての間合いを広げ、近くにいる生き物の動きを察知する。
 ニールは目もいいので、遠くにいる生き物を探す。
 当然魔物は出てくるので、それらは俺が片付ける。

「あっ、いましたね。魔王様、一回止まってください」

「わかった。俺はどうすればいい?」

「そのまま気配を消して、わたしについてきてください。剣士の魔王様と狩人のわたしなら気づかれないかと」

「ああ、頼りにしている」

 さっきまでの弱気はどこえやら、その佇まいは立派な狩人だった。
 目は一点を見つめ、音もなく歩く。
 俺は邪魔をしないように、慎重に後をついていく。
 すると、百メートルくらい進んで……俺にも相手が見えてきた。
 木の陰から、こっそり相手を観察する。

「なに? ……アレは何という魔獣だ?」

「セルバっていいますよ。確かに鹿の一種です」

「なるほど……綺麗だな」

 その姿はとても美しかった。
 水辺で優雅に水を飲み、夕日が差し込む……まるで一枚の絵のようだ。

「あっ、魔王様もわかってくれます? 死んだお父さん……師匠に初めて狩りに連れて行ってもらった時、わたしも同じことを思ったんです。そして、それを頂くことを感謝しろと。毛一つ残さず、全て使い切れと」

「まあ、俺達は彼らがいないと生きてはいけないからな」

「そ、そう……むぅ〜!」

 嫌な予感がしたので、俺は咄嗟にニールの口を塞ぐ。
 そのまま木に押し付けるようにして、相手に気づかれないようにする。

「興奮して大声を上げるな……いいな?」

「……むがむが」

「よし、離すぞ」

「ぷはー……す、すごいですぅ」

 何から、耳まで真っ赤である。
 どうやら、きつく息を止めてしまったらしい。

「悪かったな。それより、どうやって狩る? 流石にこれ以上近づけば、相手は気づくだろう」

「えっと……わたしが足を狙います。そこを魔王様が追いかけてください。多分、相当暴れまわるとは思いますけど」

「頭とかじゃないのか?」

「この距離だと、あの小さい頭に当てるのは八割くらいなので。だったら、太もも辺りを狙った方が確実です」

「了解だ。では、その作戦でいこう。その確実性な作戦は俺好みだ」

「こ、好み……むむっ、お嬢様はこれにやられたのですね……!」

「何の話だ? ほら、あいつが動く前にやるぞ」

 その後、俺は少し外回りをして、ニールの反対側にいく。
 そしてセルバを観察しつつ、その時を待つ。
 体長二メートルくらい、頭には一本のツノが生えている。
 恐らく、突進を食らったらただじゃすまない。

「さて……っ!」

 俺が息を吸った瞬間、風切り音と共にセルバの太ももに矢が刺さる!

「キィィィ!?」

 すると、ものすごいスピードで……こちらに向かってくる!

「そっち行きます!」

「わかってる!」

「できれば角を折ってください〜!」

「先に言えっての!」

 鞘に左手を添えて、剣の間合いを発動する。
 そのまま、相手が俺に向かって突進してきたので……。

「フルルッ!」

「シッ!」

 すれ違い様にツノに向かって居合斬りを叩き込む!
 振り返ると……ツノを真っ二つに折られたセルバが倒れていた。

「やりましたぁ〜!」

「おい? これはどういう状態だ? なんで倒れてる? 死んだのか?」

「違いますよぉ〜。セルバはツノを折ると、ショックで気絶するんです。そうすると殺すより、解体するときに味とか鮮度が良いんです」

「ほう? それは良い、狩人ならではの知恵というやつか」

「はい、死んだお父さんが教えてくれました」

 ……この子の父親は、確か狩りの途中で死んだのだったか。
 そして父親同士が知り合いだったエミリアの家に世話になったとか。
 俺はそれを知っていたが、とてもじゃないが助ける余裕はなかった。
 今の能力があれば、助けられたかもしれないが……考えても仕方ないか。

「すまんな、ニール」

「どうして謝るんですかぁ?」

「いや、良い。俺の……ただの自己満足だ」

「よくわからないですけど……わたし、今は楽しいですよ? お嬢様もいるし、ここでなら役に立てますし」

「ああ、存分に役立つてもらおう。さて、では戻るとしよう」

 そして変な罪悪感を覚えつつ、俺はセルバを荷車に乗せて洞窟に戻るのだった。

 そうだ、忘れてはいけない。

 俺は助けられる命を捨てて、ここに立っているということを。