……どうしてこうなった?
後は配下に任せて、のんびりできるのではなかったのか?
俺のスローライフは何処へ?
「ご主人様! 次はこっちですよー!」
「ええいっ! わかっとるわ! というか、どうして俺は走り回ってる!?」
「仕方ないじゃないですかー! 汚染を浄化する炎と、草木を生やす蒼炎、暖房器具になるほどの火の使い手はご主人様しかいないんですから……よっ! 街の便利屋!」
「誰が街の便利屋だっ! くそっ!」
無事に領主?になってから、はや三日……俺はスローライフとはかけ離れた生活を送っていた。
まずは、この都市の問題が多すぎた。
放置された汚水問題、荒れ果てた畑、朽ち果てた建物、足りない食材、とてもじゃないがこんは場所でスローライフは送れない。
ゆえに、とりあえず体制を整えようとしたのだが……俺の仕事が多いんだよ!
「だァァァァ!? どうしてこうなったァァァァ!?」
「うるさいですねー。ほら、浄化の炎でささっとやってくださいよ。まだまだ仕事は控えてますから。野菜室の温度管理、寒さ対策の炎、住民の住める場所を確保……大変ですね」
「おい? お前はいかないんかい? そして、少しは手伝えって」
「私はレディーですからねー。それに、鼻が効くんでキツイです。それに、私は料理や事務作業をやってるので。いやー、適材適所ってやつですかね」
「俺だってきついわ! ァァァ! チクショー! やったるわ!」
今から行くのは、いわゆる下水道である。
奴らが手入れをしないから、相当酷いことになっていた。
奴隷達はそこで汚染処理をさせられて、体調を崩して亡くなった者もいるとか。
多分、空気が悪いことになっているのだろう。
「はい、頑張ってくださいねー。おや、あれはフーコじゃないですか」
「おっ、こっちに向かってくるな」
「コンッ!」
もうすでに都市のアイドルと化しているフーコが、俺の足元に駆け寄ってくる。
そこには、もはや孤高の存在というアイデンティティーはない。
もふもふで可愛い、ただの人懐っこい子狐である。
ちなみにこの子の仕事は、俺への伝令役と人々に癒しを与えることである。
「まさか、フーコ……ついてきてくれるのか?」
「コンッ!」
「……いや、良い。犠牲になるのは俺一人で十分だ」
「……めちゃくちゃカッコいいこと言ってますけど、ただ下水道行くだけですからね?」
「うるさい。とりあえず、戦いに行ってくる」
無駄な犠牲を生まないため、俺は一人戦地に向かうのだった。
◇
……しんど。
いや、あんなに臭うとは思ってなかった。
だが、どうにかなったな。
トイレに行ってわかったことだが、俺の蒼炎はどうやら浄化作用というか匂い消しの効果もあったらしい。
なので、昨日からあちこちのマンホールに入って頑張っていた。
「清掃員の皆さん、いつもありがとうございます!」
「どうしたんです?」
「いや、普通の有り難みを実感してた」
「あぁー、それは確かに」
その後、浄化を済ませたことを住民に報告したが……目の前には、土下座をしている者達がいる。
そういうのは良いって言ってんのに聞きゃしない。
「感謝いたします! これで仕事がしやすくなります!」
「後は我々にお任せください! 匂いさえなきゃ、どうってことないです!」
「では、後は頼む。それと、人族中心でやるように。休憩はこまめに、具合の悪くなった者は俺のところに来るがいい」
「はっ! かしこまりました!」
最も多い人族には、主に畑仕事や料理、布仕事や街の清掃など。
魔法が使えなかったり、戦闘能力のない者がほとんどだし女性も多い。
獣人には高い気配察知能力と戦闘力があるので、外の見張りや魔獣退治を頼んでいる。
ドワーフ族には建物の修理や整備、あとは武器や防具を頼んでいる。
数少ないエルフは、頭が良いので事務作業を中心にやったり、水魔法で役に立ってもらっている。
「ふぅ、こんなところか。さあ、次はどこだ?」
「えっと、寒いので炎をあちこちに点火しましょう。野菜室、部屋の中、一通りですねー」
「はぁ、仕方がない。しかし、ずっとこのままってわけにはいかんぞ? 俺の魔力とて無限ではないし、1日がそれで終わってしまう」
「そうですよねー。魔石の数に限りがあるから、今はこうしてますけど。そろそろ、魔石探索でもしますか」
魔法を込められる魔石は、魔素溜まりがある特殊な鉱山から取れる。
それは深い森の中や、辺境の奥地にあったりすることが多い。
ただし魔物を引き寄せる性質があるので、危険度はかなり高い。
そもそも、この土地にあるのかもわからない。
「そうだな。どちらにしろ、魔石は必要になる。鍛治仕事もそうだし、様々な生活用品として。そうなると、先遣隊を作る必要があるか……しかし、その前に体力をつけさせないと……しかし、食料にも限りがあるし時間もない……あれ? 詰んでね?」
「そうですねー。何かをしようにも、それをする労力が足りないです」
「コンッ!」
「ん? フーコ、どうした? ……誰か来たのか?」
「コンッ!」
俺の足の服を引っ張り、何処かに連れて行こうとする。
俺とユキノは顔を見合わせ、フーコの行く先に向かうのだった。
門のところに行くと、何やら大きな声がしてくる。
「山賊めっ! ここにはもうお前達の住処はないぞ!」
「そうだっ! ここはもう、アルス様が統治なさってるのだ!」
「だから、俺は山賊じゃねえって言ってんだろ! 良いから兄貴を出しやがれ!」
「お前みたいな危険な顔をしてる奴に会わせるわけにはいかん!」
「皆の者! アルス様に頼ってばかりではいかん! 我々で抑えるぞ!」
「だからァァァ! 話を聞けっての!」
そのダミ声というか、いかつい声で誰なのかすぐにわかる。
そして、相変わらず見た目て勘違いされているらしい。
俺は声を出しつつ、急いで駆け寄る。
「待て待て! そいつは俺の知り合いだから通して良い!」
「兄貴っ! 兄貴じゃないっすか! やっぱり、ここにいたんすね! それに姉御もお久しぶりっす」
「どもとも、アイザックさん。そっちも相変わらずですねー」
「兄貴いうなっ! 大体、アイザックの方が十歳年上だろうに」
「へへっ、そこは言わねえでくださいよ」
その顔は笑っているはずだが、凶悪な顔そのものだった。
身長190、体重120キロ、髪は短く刈り上げ、ラグビー選手のようなガタイに厳つい顔。
山賊と間違われるのも無理はない……だが、根は優しいし義理堅い良い男である。
ひとまず俺は住民を説得し、その場を解散させる。
「んで、何しにきた? ついに犯罪でもして追放されたか?」
「ちょっ!? 酷いっすよ!」
「悪い悪い、冗談だ。しかし、本当に何しにきた?」
「そんなの決まってるじゃないっすか! 兄貴の力になりにきましたぜ!」
「はぁ……そうだとは思っていたが。しかし、お前はレジスタンスのボスにして、スラム街の主だろ? 国がこれからって時に、こんなところにいて良いのか?」
この男はメインシナリオに関わらない男で、以前俺が助けた過去がある。
スラム街の孤児院出身で、腐った貴族達が国からの援助金を懐に入れてることに気づき動こうとした。
そのことで捕まりそうなっていたが、俺がたまたま腐れ貴族を排除したので助かった。
無事に孤児院にお金も入り、それ以降俺に感謝しているのか色々と動いてくれた。
基本的には熱く義理堅い良い奴なのだが、兄貴というのは勘弁して欲しい。
「それは、もう信頼できる奴に任せたので平気っすよ。というか、水臭いじゃないですか! 俺に声もかけずに出て行くとは!」
「それについてはすまん。しかし、俺は追放された身だ。それに巻き込むのは本意ではない」
「くぅー! 相変わらずっすね! まあ、そういう兄貴だから惚れたんですけど……とにかく、俺をここにおいてくれ!」
「まあ、きてしまったものは仕方ないか。だったら、遠慮なく仕事を振るから覚悟しておけよ?」
正直言って、こいつがきてくれたのは助かる。
丁度、人手が欲しかったところだ。
戦闘力も統率力も申し分なく、そこらの魔獣や魔物には負けないだろう。
「へへっ、望むところでさぁ!」
「それと……きてくれたことに感謝する」
「あ、兄貴ィィィィ!」
「だァァァ! くっつくな!暑苦しい!」
「あっ! ずるいですよー!」
「お前も腕を組むなっ!」
片腕に厳ついおっさん、片腕に美少女という変な組み合わせのまま、俺は領主の館へと戻るのだった。
◇
その後、自己紹介も兼ねて領主の館に責任者を集める。
まずは、しっかり意思疎通と連携を深めていかないと上手くはいかない。
それは前世でも今世でも同じことだ。
メンバーは俺、ユキノ、足を治した狼獣人の男カリオン、腕を治したドワーフの男ダイン、盲目だったエルフの女性リーナ、そしてアイザックの六人だ。
「あぁー、忙しいところ集まってくれて感謝する。すまんが、一言でいいので自己紹介をしてくれ」
「はいはーい! ご主人様の秘書兼護衛役のユキナです! 一応、雑務の仕事の責任者でもありますかね。あっ、ご主人様の愛人でもあります!」
「最後だけは違うわ! というか、愛人でいいのか? ……違う違う、そういう話じゃない」
「えぇー、つまらなくないです?」
「自己紹介に面白さなどいらん。そんなのはリア充や陽キャラのやることだ。とにかく、これは悪い例なのでみんなは普通に自己紹介をしてくれ」
俺の言葉に他の者達が頷き、順番に自己紹介をしていく。
「年齢は二十五で、獣人族のカリオンと申す。我々の生命線である脚を治してくれた恩義に応えるため、警備や狩りの責任者をしております」
カリオンは戦闘能力はそこまでではないが、気配察知能力と素早さに長けている。
ゆえにいち早く、危険を知らせることができる。
男の獣人の特徴であるフサフサの毛皮や顔つき、身長180のワイルドイケメンって感じだ。
「わしはドワーフ族のダインで、年齢は四十歳じゃ。アルス殿は鍛治師の命である腕を治してくれた。これに応えぬようではドワーフの名が泣くわい」
ダインは身体が頑丈だし、何より土属性の使い手でもある貴重な鍛治師だ。
彼には都市の整備や作って欲しい物などたくさんある。
見た目は髭を生やした小さなおじさんって感じだ。
「私はエルフ族のリーナで、年齢は非公開でお願い致します。ずっと忘れていた光をくれたこと、誠に感謝いたします」
リーナは身体は弱いが、風属性の魔法を使えるし頭も良い。
ぶっちゃけ、三日間の間に雑務の仕事を全て把握している……ユキノはほぼ何もしてない気が。
見た目は全体的に細く、金髪の儚い美少女って感じだ……年齢は触れたらいけない。
「うし! 最後は俺っすね! 俺は人族のアイザック! 年齢は三十歳! 大恩ある兄貴のために、この地に自らやってきた! よろしくたのんます!」
「とまあ、こんな感じだ。とりあえず、この六人で回していく。皆、それぞれの種族のリーダーとしてやって欲しい」
「「「「「はいっ!!!!!」」」」」
「良い返事だ。これからよろしく頼む」
「コンッ!」
「おっと、フーコを忘れていたな。では、お前も入れて七人だ」
「コーン!」
よしよし、これで足りなかったパーツが一個増えた。
つまりは、俺のスローライフに一歩近づいたってことだ。
それぞれ解散して、ユキノとアイザックだけを残す。
「んで、早速だが仕事を頼みたい」
「へいっ! なんでも言ってくだせい!」
「お前には、魔獣狩りのリーダーをやってもらう。いわゆる、食料確保の担当だ」
「了解っす! それじゃ、行ってきますぜ!」
走り出そうとするアイザックの肩を掴んで、どうにか押しとどめる。
相変わらず、俺の周りにいる奴は猪突猛進な者が多すぎる。
「待て待て、一人で行く気か?」
「ダメっすか?」
「いや、ダメではないが……そもそも、一人で来たのか?」
「へいっ!」
……相変わらずの体力おばけだな。
それに、やはり強さもあるか。
「……まあ、良いや。んじゃ、適当に頼む」
「では行ってきますぜ! ウォォォォォォ! 兄貴の役に立つんじゃァァァァ!」
そして、風のように去っていく。
何処に行くとも、いつ帰ってくるかも言わずに。
そもそも、あいつには土地勘がないだろうに。
「あちゃー、相変わらずですね。でも、これで助かりましたね?」
「ああ、正直言ってな。ただ、あいつだけで補えるわけはない。改めて、編成隊を組織するべきだろう」
「ですねー。後の問題はなんでしたっけ?」
「色々ありすぎてあれだが……まずは、魔石の確保だ。あとは、住民をここに集めていく」
「ふむふむ、そうなると村を見回りつつも鉱山がある位置を探すってことです?」
「そうなるな。火の魔石を用意しないと俺が死ぬ。俺の魔力も無限じゃないし、何よりそれで1日が終わってしまう……というわけで、面倒だが早速いくか」
そうと決めた俺はユキノとフーコを連れ、都市の外へと出ていくのだった。
◇
まだ昼前だというのに、外は途轍もなく寒い。
外套を着用しているが、それでもまだまだ寒い。
「っ〜、本当なら火の魔石に熱を込めたやつを使いたいが……残りの魔石も少ないから我慢だな」
「ご主人様が作成した熱のこもった魔石は、ほとんど道中の村々に配っちゃいましたし」
「仕方ないだろ。あのままじゃ、寒さで死んでしまう。というか、もっと作っておけば良かった。あっちは寒くなかったからしな」
「それは仕方ないですよ、必要がなかったんですから。それにしても、なんだかんだで優しいですねー」
ここにくる前に、俺は前世の記憶を元に火ではなく熱を込めた魔石を作成した。
それを配ってしまったので、結構まずいことになっている。
王都から大量の魔石は持ってきたとはいえ、この世界にはアイテムボックスはないから限界はある。
「何か、他でも寒さを凌げたりしません?」
「そうなると、建物……そうか、どうせ家を建てるならそうするか」
俺は都市を出る前に、作業をしているドワーフのダインのところに寄っていく。
他の者に聞いた所、建物の修理中という事で中に入る。
「ダイン殿、いるか?」
「これはアルス様。先ほどあったのに、わしに何か用事か?」
「いや、すまん。実は、寒さ対策をしたくてな。今はまだ住民が少ないからどうにかなるが、俺の火魔法にも限界はある。今のうちから、建物の対策を聞いてもらいたい」
「これはワシとしたことが……そうですな、全てを頼りきるなど考えてはいけませんな。そうなると、材料が必要になるかと。そもそも、家を建てるには材料が足りない所でしたわい」
「何か望みの物はあるか?」
「ここは数百年も寒い場所。なので、その土地で育った木は寒さに強いかと。その木材を使って建てれば断熱性の高い家が出来るかと思うかのう」
「そうなると、森に行く必要があるか。どちらにしろ、ダンジョンや鉱山、岩塩などは探さないといけないし」
ダンジョンは突然変異で現れるが、大体が人里を離れた場所に出現する。
魔石を生む鉱山には岩塩もあるので、どちらにしろ見つけなくてはいけない。
「うむ、そうなりますな。ですが、まずは木材を持ってきてくれると助かるわい。そうすれば、死人が減るはず」
「わかった、早急に対策しよう。それまでは、俺の火属性魔法でどうにか凌いでもらうか」
「……貴重な魔法を民に使うことを何も考えずにやる……」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ……木材さえあれば、ワシが責任を持って作ると約束する」
「よし、決まりだ。あと……」
その時、俺は肝心なことを頼むのを忘れていた。
幸い、ドワーフが作った装置のおかげで井戸から水は引ける。
しかし、作ったは良いが腹を壊す者も多かった。
ただ俺が浄化の炎を使ったことで、今後は腹も壊すことはない。
そのお礼に、多少は使っても良いと許可が出た。
「何かありましたかな?」
「頼むっ! お風呂を作ってくれ!」
「お、お風呂? できないこともないが、温める……それはアルス様ができるし、アルス様なら井戸水を使うことに文句も出ないか」
「もちろん迷惑をかけないように最低限にする!」
「わ、わかったわい! だから揺らさんでくれ!」
「恩にきる!」
いやっほー! これで風呂に入れるぜ!
暑いタオルで拭いたり、温めたお湯を被ったりはしてるが……やはり元日本人としてお風呂は入りたい!
当面の目標が決まった俺は、獣人数名とフーコとユキノを連れて都市から出るのだった。
荒野に出て、まずは適度に蒼炎を撒いていく。
こうすることによって、少しだが草木が生える土地になるからだ。
といっても魔力にも限度があるので、この辺境全体を周りのは無理がある。
その辺りは魔法以外の手で、徐々にやっていくしかあるまい。
そして数日かけて領地にくる先に通ってきた村を回りつつ、情報を頼りに駆け回っていると……。
「ご主人様ー! あっちに新しい村がありましたよー! フーコが見つけてくれました!」
「なに? フーコ! よくやった!」
「コンッ!」
「皆の者、山賊と間違われないように急がず慌てずにな」
有志の獣人達を連れて、俺はフーコの後を追った。
そして、三十人程度が住んでる村を発見する。
怖がらせないように、俺とユキノとフーコだけで中に入る。
「あ、あの、この村にはもう差出せるようなものは……いや、そんな感じもしない? それにいつも来る方ではない……」
「驚かせて悪い。ああ、そんなつもりは毛頭ない。ところで、ここの責任者はいるか?」
「わ、私が責任者です。村長のポールと申します」
他の住民よりも、目の前の男性の方がガリガリに痩せている。
となると、良き責任者ということだ。
自分よりも、村人を優先した結果だろう。
「ポールか、よく頑張ってくれた。俺は新たな領主となったアルスという。そのことを知らせに、今この辺りを巡回している」
「へっ? 領主様? その、前にいた者達は……」
「その者はもういない。そして、俺はあのような行いは好かん。お主達が正当な税を納めれば、俺が責任持って庇護下に置こう」
「……本当でしょうか? あっ、いえ、疑っているわけではないのです!」
彼がそう思うのは当然である。
これまで、散々しいたげられてきたのだろう。
さて、どうする? 誰かに襲われたのを助けたわけでもないし、証明が意外と難しい。
すると、フーコが村長に近づいていく。
「コンッ!」
「……これは、まさか銀狐の子供?」
「ん? ああ、そうだ。一応、俺が世話をしている」
「銀狐は誇り高いのもそうですが、人の良し悪しがわかるほど賢い。そうなると……ウォォォォォォ! 皆の者! 救われたぞ! これで若い娘や食料を奪われずに済む!」
村長のその声に、不安そうにしていた村人も歓喜の声を上げる。
どうやら、銀狐の存在に助けられたらしい。
「フーコ、お前のおかげで助かった」
「コンッ!」
「やっぱり、拾っておいて良かったですねー」
「情けは人の為ならずってやつだな」
「何です? それ?」
「人に良い行いをしたら、自分に返ってくるってやつさ」
「えへへ、それってご主人様らしいですね。今までも、そうでしたから」
「……そんなつもりはなかったがな」
どうにも照れくさく、上を見上げる。
俺自身は自分か助かるために行動していたに過ぎない。
そのことで感謝されるのは、未だにどうしていいかわからない。
その後日も暮れていたので、俺達はこの村に泊まることにする。
道中で飼ったファンブルを村の人々と分け合って食べる。
「も、申し訳ありません。おもてなしをするところか、こちらがご馳走になってしまい……」
「なに、こちらも泊めてもらうから気にすることはない。どうせ、大荷物になるし俺達だけでは食べきれん。ファンブルなら、いくらでもいるから構わんしな」
「ありがとうございます! 確かに、ファンブルによって数少ない農作物は食べ尽くされてしまいました……我々はどうしたらいいのでしょう?」
「俺の都市に来るか? もしくは、ここに残りたいか? 遠慮はいらない、正直に言ってくれていい」
俺は無理矢理に都市に来させる必要はないと思っていた。
一箇所に人を集めるのもリスクがあるし、それぞれの生活というものがある。
「……できれば、この住み慣れた土地で静かに暮らしたいです。ですが、このように荒れた土地では……」
「それに関しては気にしないでいい、俺の方でやっておく。ここに住みたいということでいいんだな? 都市の方が便利な生活ができるぞ?」
「お気遣いに感謝いたします。ですが我々は年寄りも多いので、できればこのままで。ただ、若い数名は行きたいと申すと思うので……」
「わかった、そいつらは引き取ろう。どちらにしろ、街道整備は必要だ。物資や食料などは届けるから安心するといい」
いちいち税金を取りに来るのに命がけでは堪らん。
寒さもそうだが、魔獣や魔物いるし。
そうなると、中堅地点の砦などを作らないといけないか。
……何かするたびに、次の仕事が増えていく。
「あ、ありがとうございます! 私達でできることならなんでもいたします!」
「ふむ……この辺りに村と、後は近くに森などはあるか?」
「ここを北に行くと、小さい村があります。そのさらに奥に行った先には、確か森があったかと」
「となると、まずはそこに行くべきか。情報に感謝する、何か困ったことがあれば領地に来るといい」
その後、俺は畑に蒼炎を撒いたり、家々の火を灯していく。
そして小屋を借りれたので、そこで床につく。
……少しは領主らしいことができただろうか?
いやいや、そもそも俺にはそんな気はない。
恩を売って、後でダラダラするためにやってるんだし……って誰に言い訳してんだか。
ポール殿の言う通り、北に行くと村を発見する。
そこで一泊してから、情報を元に更に北に向かって行く。
その風は冷たく、慣れてない俺たちにとっては厳しい寒さだ。
ちなみに、ここに来るまで領地を出てから二日が経っていた。
「この感じだと村々が連携を取れないのも無理はないか」
「まず、寒さによって行動自体が遅れますからねー。我々はご主人様がいるから、まだ良いですけど。これもないとなると、中々厳しいですね」
「皮肉なことに、そのおかげで都市からの簒奪も限られていたってことか」
「だから、思ったよりも生き残りがいたっぽいですねー。というか、意外と逞しいっていうか。そのおかげか、村とかでは種族的な差別はなかったみたいです」
「お互いに助けあわないと生きていけなかったのだろう。そして、それに文句を言いにいったつかまったのが牢屋にいた者たちってわけだ」
振り返ると、獣人達が頷く。
どうやら、大体合っているらしい。
というか、この狼獣人達全然話さなくない?
ずっと真面目な顔して、馬に乗った俺についてくるし。
「コンッ!」
「ん? どうし……森かっ!」
「見えてきましたね!」
「馬のスピードを落とせ! 森の中には凶悪な魔物や魔獣がいる可能性がある!」
そこから慎重に動き、森の近くにある小さな小屋を見つけた。
これはさっきの村で教えられた場所だ。
昔、狩人の人が使っていたらしい。
「ここは任せた。二人を連れて行くので、残りは馬を見つつ木を切ってくれ」
「はっ! かしこまりました! お気をつけて!」
「う、うむ。ちなみに、危険な魔物や魔獣が出たら遠慮なく逃げろ」
「いえ! そういうわけにはいきません! 我らがボスであるカリオンさんの主人様なので!」
「あの方は我々のために足をなくしたのです! あの方を救って下さったことに感謝しております!」
「わ、わかった、わかったから……では、そうならないように早く行ってくる」
五人いた狼獣人のうち三人を残し、俺は森へと入って行く。
今回はあくまでも木がメインなので、下見といったところだ。
「ったく、獣人っていうのはああなのか?」
「種族にもよりますけどね。ただ狼獣人は仲間意識と群れの長によって動きますから。それを救ってくれたご主人様に感謝するのはおかしくないです」
「なるほど……とりあえず、警戒を頼む」
「「「はっ!」」」
「フーコもな?」
「コンッ!」
彼らを連れてきたのは簡単な理由だ。
力もそうだが、聴覚や視覚に優れている。
実力で負けることはないと思うが、森の中では不意打ちが怖い。
「コンッ!」
「何か来ますっ!」
獣人とフーコの声に俺とユキノが構えると、すぐにコボルトの群れがやってきた。
コボルト、それは犬のような顔に人の体型に近い姿をしている。
群れて行動して、鋭い爪と牙が特徴だ。
獣人達が迫害されてた歴史の背景には、こういった理由もある。
「オンッ!」
「アオーン!」
「ユキノ! 森の中では火は使えない! 後ろは任せた!」
「役立たずですもんね!」
「役立たずいうなっ! お前達は三人で輪を作って近づいてくる相手を倒せ!」
「「「はっ!」」」
忠実な彼らは、三人で円を作って対処する。
俺は刀を構えて迫ってきた相手を斬り捨て、ユキノは俺の背中を守って鉤爪を駆使して敵を切り裂く。
フーコは縦横無尽に駆け回り、爪で敵を切り裂いて行く。
そして、数十体倒したところで……ようやく収まる。
「ふぅ、怪我はないか?」
「私は平気ですよー」
「コンッ!」
獣人達も無事だったので、そのまま奥へと進んでいくが……。
「今度はオークか!」
「ご主人様! 右からコボルト来ます!」
「コンッ!」
「くっ! おいおい、森に入ったばかりだというのに」
先程から少し進むたびに魔物に襲われている。
時折魔獣も見かけるが、ほとんどが死骸だ。
おそらく、こいつらにやられたのだろう。
「俺がオークどもをやる! ユキノはコボルトを! フーコは獣人達と一緒に!」
「はいはーい!」
「コンッ!」
俺は刀を鞘に収め、その時を待つ。
「フゴッ!」
「ブヒヒ!」
前からやってくるオークがよだれを垂らしながら向かってくる。
こんなのをユキノに近づけるのは嫌である。
なにせ、こいつらは女性の敵だ。
こいつらは特に女性を陵辱することを好む。
「フゴッ!」
「俺の間合いに入ったな——千人乱舞」
刀を振り抜き、縦横無尽に走らせる。
それは間合いに入った全ての魔物を狩りつくす。
「ふぅ、こんなものか。錆び付いていた腕も戻ってきたか」
「ご主人様ー! こっちも片付きました!」
「コンッ!」
魔物が収まったので、ひとまず合流して話し合いをする。
「いくら下級の魔物とはいえ数が多いですねー。もしかしたら、ダンジョンか鉱脈が奥にあるんじゃないですか?」
「なるほど、その可能性はあるな。だとしたら好都合でもある。魔石も手に入るし、特殊な物も手に入るだろう。最悪、鉱脈でもいい」
「そうですね、どちらにしろ私達だけじゃ厳しいです。きちんとした魔法使いと弓使いとかいないと」
「おい、きちんとを強調するな。ここにきちんとした……火属性と森は相性が悪い」
「まあ、仕方がないですね。とにかく、ダンジョンがあるという前提で動きます?」
「ああ、そうしよう」
突如現れるダンジョンからは、魔物が溢れてくる。
対処法としては最初の時点で魔物を押し込むのだが、なかなか人の入らない場所にできると厄介である。
俺達は一度都市に戻ってから対策を練ることにした。
その後、小屋に戻り木の伐採を手伝う。
そして持てるだけの木を持って、再び都市に向けて出発する。
「来れたのはいいですけど、結構遠いですねー。片道で二日半ってところなので、往復で五日くらいですか。ただ、道がわかったので四日と見ときますかね」
「それでもきついな。何とか移動時間の短縮と、後は中継地点を作らないと。いや、森の前に専門の街を作るのがいいか?」
「その辺りも含めて話し合いですね。さあ、寒いので帰りましょー!」
「はいはい、お前は元気だね」
ただ、 今はその明るさが助かる。
なにせ問題は山積みだ……一つ一つやっていくしかあるまい。
俺のスローライフのために!
◇
帰りも村々に訪問をしつつ、行きより早く都市に帰還する。
ちなみに狼獣人達が道を覚えたというので、今後は彼らを道案内の仕事につけることにした。
「兄貴! お帰りなさいませ!」
「帰ってくるのを待っておりましたぞ!」
そこにはアイザックと、狼獣人のボスであるカリオンが肩を組んで出迎えてくれた。
いつのまにやら、仲良くなったらしい。
アイザックのこういうところには、俺もよく助けられたっけ。
なにせ俺はコミュニケーションを取るのが下手だし。
「ただいま、二人共。俺がいない間に、何か変わったことはあったか?」
「とりあえず、魔物が近づいてきたので撃退をしました。怪我人はいますが、死者はおりません」
「俺の方は魔獣を何頭か狩りましたぜ。雑食であるファンブルだけは沢山いたんで。もちろん、それを住民で分け合いました」
「よくやってくれた……ふぅ、流石に疲れたから休みたい」
ここ五日間、ほとんどゆっくりしていない。
村の家を借りたとはいえ、隙間風が吹いて寒いし。
野宿とかめちゃくちゃキツかった。
……でも、ここに住んでる人達はそうやって生活をしてきたんだ。
「へへっ! そいつを待ってました! 姉御! 兄貴を借りてくぜ!」
「ええ! そうですとも! 失礼いたします!」
「ちょ!?」
「はいはーい、いってらっしゃいませ〜。私は着替えてから行きますねー」
「コンッ!」
俺は大男二人に両腕を掴まれ、連行されるのだった。
そして説明を受けないまま、謎の小屋の前に案内される。
そこにはドワーフのダイン殿が待っていた。
「ダイン殿? この小屋は?」
「まあ、まずは開けてくれ」
「おい? いい加減説明をしろ」
「へへ、まずは開けてください」
「ええ、お願いいたします」
「……ったく、わかったよ……おおぉぉぉ!?」
その扉を開けた先には、俺の求めてやまない風景があった。
そう、そこには簡易的だが風呂があった。
広さも十分にあり5、6人は入れる。
洗い場もあり、前世で見た田舎にある小さな温泉宿を思い出す。
「ダイン殿! 風呂がある! 頼んだとはいえ、まさかこんなに早くできるとは」
「どうですかな、ドワーフの技術力は? 腕さえ治ればこっちのもんですわい」
「すごいなっ! 感謝する!」
「それなら、この二人にも感謝を。水を汲んだり、古い家を解体して木材を運んだりしてくれたのだ」
「……お前たち」
「へへっ、どうですかい?」
「我々からの、主人への感謝の気持ちです」
……くっ、不覚にも感動してしまったではないか。
いかん、このままでは泣いてしまう。
ここは主人として威厳を保たてばならない。
「ふはは! よくやった! 褒めてつかわす!」
「「「ははっー!!!」」」
「何をコントしてるんです? あぁー! お風呂ですっ!」
「げげっ!? 嫌な奴に見つかった!」
こいつのことだ、一緒に入るだのずるいだの言われるに決まってる。
そんなことになったら、俺はのんびり入ることができない。
……別に混浴などに惹かれてはいない!
「むむっ! さては独り占めするつもりですね! そうはさせません! 私だって入りたい……一緒に入れば解決ですね!」
「ですね……じゃねぇぇぇぇ!! たまにはゆっくりさせろや!」
「兄貴! ここは俺達に任せて行ってくれ!」
「わしも手を貸すわい!」
「主人よ! 我々に任せて先に!」
俺を庇うように、三人がユキノのは前に出る。
その姿は、さながら魔王に立ち向かう勇者だった。
彼らの犠牲を無駄にするわけにはいかない!
「私の邪魔をするんです? ……どうやら、死にたいみたいですねー」
「お前たち……ここを頼んだ! 死ぬんじゃないぞ!」
「「「おう!!!」」」
「あー! ご主人様! ……いいですよ、やってやりましょー!」
「「「ウォォォォォォ!!」」」
外の激しい戦いに耳を塞ぎつつ、俺は脱衣所で服を脱ぎ、まずは石鹸で体を洗う。
そして掛け湯をしてから、ゆっくりと念願の風呂に入る。
「く〜!! はぁ……しみるわ」
まさしく、五臓六腑に染み渡るとはこのことだ。
五日間の遠征の疲れが吹き飛ぶ。
「これは木で出来た風呂か……うん、いいものだな」
とりあえず、仕組みや作りなどは後で詳しく聞けばいい。
俺は考えるのを放棄し、ただただ湯船に浸かるのだった。
「そうか、これがスローライフってことか」
「邪魔ですよー!!」
「あぎゃぁぁぁ!?」
「うぉぉぉ!?」
「あばばばば!?」
……聞こえる叫びさえなければの話だが。
お前たちの犠牲……無駄にはしないぞ(きりっ)
無事に?湯船を堪能した俺は、ゆっくりとお風呂から出る。
そして着替えをすませ、外に出ると……そこには死屍累々の男達がいた。
「ぜぇ、ぜぇ、私を止めるとはやりますね……ご主人様が出てきちゃったじゃないですか」
「あ、兄貴、やりましたぜ……ぐふっ」
「わ、わしもやり遂げたわい……かはっ」
「主人よ、先に逝くことをお許し……ごはっ」
「お前達ー!! しっかりしろ!!」
俺のために、尊い犠牲になった者達に死なせるわけにはいかない!
俺は急いで蒼炎によって傷を癒すのだった。
その後、どうにか皆が立ち上がる。
「ったく、お前も手加減しろ。アイザックはともかく、この二人は戦闘向きじゃないんだぞ?」
「えへへー、ごめんなさい。つい、楽しくなっちゃって。でも、この三人の忠誠心を見ましたね。これなら、ご主人のことを任せられそうです」
「姉御! そこまでのことを考えて……」
「いや、気のせいだよ。ほら、俺の後でよければ入ってこい……ん? そもそも男女共有か?」
「いや、そうではないですな。今回はとにかく、アルス様に一番風呂に入ってもらうことを優先したわい。女風呂は、今は建設中といったところかと。ただ、ユキノ殿が入る分には構わん」
「やったぁー! それじゃ、フーコを連れてきますね!」
そう言い、元気に走り去っていく。
一体、あの体力は何処から来るのだろうか?
俺なんか、今すぐにも眠りにつきたいのに。
「ダイン殿、改めて良い湯だった、感謝する」
「そいつは良かったですわい」
「これを民にも使わせてやりたい、良いだろうか? 木材なら多少持ってきたし、場所はわかったのでこれからも持ってこれる」
「もちろんでさぁ! では、早速女風呂の方を完成をするわい!」
そうして、ダイン殿もその場から去る。
どうやら、女風呂と男風呂の位置は離すらしい。
うんうん、いいことだ……決して残念などと思ってはいない。
「カリオンもアイザックもご苦労だった。さて、二人からは話を聞かんとな。カリオン、先程言っていた怪我人の元に案内してくれ」
「来てくださると……はっ!ありがとうございます!」
「気にするな。アイザック、すまんが腹が減ったから用意を頼む」
「へいっ! お任せくだせい!」
こう見えてアイザックは孤児院で料理も作っていた。
その腕前は庶民的だが、中々美味かった記憶があるから安心だ。
アイザックと別れて、カリオンと一緒に診療所に入る。
そこには包帯を巻いている獣人達がいた。
「これはアルス様!」
「お帰りなさいませ!」
「うむ、立ち上がらないでいい。そのままじっとしていろ」
俺は蒼炎を使い、ベッドに横たわる者達を癒していく。
なにせ、彼らはこの都市の望遠の要だ。
これからも役に立ってもらわねばなるまい。
「おおっ! ありがとうございます!」
「これで、また今夜から仕事にいけます!」
「都市の守りは我々にお任せを!」
「なに、気にするでない。領主として当然のことをしたまでだ」
「「「オォォォー!!」」」
しめしめ、これで好感度も上がるし防衛にも力が入るだろう。
俺は今日こそゆっくりと眠りたいのだ(キリッ)
「主人よ、感謝いたします」
「いや、それはこちらのセリフだ。よくぞ、俺がいない留守を守ってくれたな」
「はっ、勿体ないお言葉です。それで、調査のほどはいかに?」
「どうやら、ダンジョンがあるらしくな。街道整備もそうだが、森を切り開くために戦力も必要になってくる」
「申し訳ありません、我々に力があれば……」
「いや、適材適所というやつだ。お前達は、お前達にできることをすれば良い」
「はっ、都市の防衛と街の治安に専念いたします」
さてさて、だが実際にどうする?
アイザックの手を借りるとして、それ以外にも魔法使いや弓使いがいると助かる。
……いかん、頭がぼーっとしてきた。
このままだと、眠すぎてやばいな。
「主人よ、平気ですか?」
「すまん、平気じゃない。ちょっと疲れすぎた……」
「 無理もないです。さあ、少しお休みになってください。食事ができたらお呼びいたしますので」
「そうだな。悪いが少し休ませて……っ!?」
その時、俺の耳に轟音が聞こえてくる。
「な、なんだ!?」
「これは……外からです!」
「なに? ったく、こっちはクタクタだっていうのに! ……だァァァァ! やったるわ!」
「及ばずながらお手伝いをさせてください!」
「おうよ! 俺の眠りを妨げる奴は許さん!」
俺はカリオンや怪我を治した者を連れ、都市の外へと急ぐのだった。
◇
少しまずいですわね……。
もうそろそろ、魔力が切れてしまいます。
「もう! いきなり瘴気が沸くなんて聞いてませんわ!」
「自分が蒔いた種ですよぉ〜! 引きつけてしまいましたし!」
「う、うるさいですわ! あのままでは、村が危なかったから仕方ありません!」
いざ流刑地である辺境にきてみれば、そこには普通に人々が暮らしていて……確かに人の営みがなされていた。
それにショックを受けつつも、もちろんいいこともあった。
アルスが人助けをしながら、都市に向かったとわかったから。
私も負けられないと思い、途中で村の近くに瘴気が湧いて魔物が現れたので、それを引きつけながら倒してたのですが……。
「グキャ!」
「ブホッ!」
「この数は想定外ですわ——アクアフォール!」
上空から水の滝に呑まれ、魔物が消え去っていく。
しかし、すぐに次の魔物が襲ってくる。
いくら下級とはいえ、数十体を同時に相手にするのは厳しい。
こちらには、後衛タイプしかいないですし。
「ギャキャ!」
「ブホッ!」
「せいっ!」
ニールの弓によって私に近づく魔物が貫かれる。
ありがたいけど、このままでは……。
「お嬢様! なんか建物が見えました! あそこに駆け込みましょ!」
「そんなことはできませんわ! 私達の戦いに関係ない方を巻き込むのは!」
「そ、そうですね……」
「ただ、知らせないのも危険ですわ。ここは私に任せて、貴方はそこの村に知らせてください」
「そんなことはできませんよ! 私はお嬢様の護衛ですから!」
その時、一際大きな瘴気が発生する。
そこから現れたのは……中級であるトロールだった。
体長三メートルに太った身体、人を好んで食らう食人鬼の化け物です。
特に女性を好んで狙うことから、忌み嫌われてる存在。
「デフェフェ」
「ひい!?」
「……ただでさえ、魔法が効きづらい相手なのに……まいりましたわね。ですが、敵に背を向けるのは公爵家の名折れ! ここで食い止めますわよ!」
「デフェフェ!!」
「フレイムランス!」
「くらえ!」
「フゲ?」
「くっ! この威力では効きませんわ!」
厚い脂肪によって弓を弾き、魔法障壁によって魔法防御も高い。
こういう時に、前衛の人がいてくれたら……いえ、従者を巻き込みたくなくて連れてこなかったのは私の責任。
こうなったら、ここまでついてきてくれたニールだけでも。
「ど、どうしますかぁー!?」
「やはり、私がなんとかしますから貴女だけでも……」
「嫌ですよぉ〜! 死ぬ時までお側にいます!」
「貴女って子は……」
「お、お嬢様! 右からゴブリンが!」
その言葉に反応して右を見ると、既に武器を振りかぶっていたゴブリンが視界に入る。
この距離では、もう避けることはできない。
「しまっ……!」
「はっ! 相変わらずの女だなっ!」
私が覚悟を決めた時、突如目の前に男性が現れた。
その男が刀を一閃させると、ゴブリンが消滅する。
それは知っている声だったけど、私が見たことない頼り甲斐のある背中だった。
何故なら……久しく、私が彼に守られることなどなかったから。
……ったく、爆発音がするからきてみれば。
こんな都市の近くで瘴気が沸くとは。
しかも、戦ってる相手がこいつとはな。
赤いローブを身にまといとんがり帽子を被って立つ姿は、まさしく魔女そのものである。
「よう、久しぶり……ってわけでもないか。相変わらず、趣味の悪い服を着てんな」
「ア、アルス!? どうしてここに!? ……って、なんて言いましたの!?」
「いや、どっちかというとそれは俺のセリフなのだが? お前の服の趣味は置いといて……どうして、英雄の一人であり公爵令嬢のお前がいる?」
「そ、そんなの貴方に関係ありませんわ!」
「へいへい、そうかよ。んじゃ、とりあえず……こいつをぶっ殺せばいいんだな?」
目の前にはトロールがいる。
ったく、邪神を倒したのにまだこいつレベルが出てくんのか。
本当に、邪神は死んだのか? ……まあ、俺が考えることじゃない。
「デフェフェ……ブヘェェェ!!」
「ちっ! しっかり掴まってろよ!」
「きゃっ!?」
棍棒が振り下ろされたので、エミリアを抱き抱えその場を飛び退く。
あの棍棒に当たったら、こいつなんか潰れちまう。
「平気か?」
「は、はぃ……」
「あん? なんだ、しおらしくして……」
「し、してないですわ! ほら! 次がきますわよ!」
「わかってるよ!」
エミリアを抱き抱えつつも、棍棒による攻撃を避け続ける。
その見境のなさは、オークやゴブリン達もを潰していく。
「まあ、数が減る分には丁度いいか。それにしても数が多い、とりあえず減らすか——食い破れ、ファイアースネーク」
「私も行きますわ——押しつぶせ、アクアプレッシャー」
「グボボボボ!?」
「ァァァァ!?」
かたや水の圧力に押しつぶされ、かたや炎の蛇に身を焼かれ魔物が消滅していく。
「「相変わらずえげつない」」
「……何かぶせてんだ?」
「……それはこっちのセリフよ」
「ひぃ!? お二人とも、余裕ですねぇ〜!?」
涙と鼻水を出しながら、ニールが俺達に並走している。
こっちの奴も相変わらずって感じか。
見た目はそばかすのある地味な女性だが、弓の腕はずば抜けてるのに。
「まあ、ここまでくれば心配ないからな。大分、都市に近づけたし」
「えっ!? 都市に近づいていいんですか!?」
「貴方がここにいるってことは、あの子がいるってこと。それなら心配はいらないわね……早速来たわ」
その時、一陣の風が吹く。
次の瞬間には、俺の隣にユキノがいた。
トロールにドロップキックをかまし、華麗に着地したようだ。
そのトロールといえば、転がって向こうに行っている。
「おっまたせしましたー! アルス様の愛人ユキノですっ——キラッ!」
「……これさえなきゃ、凄腕の助っ人なのだが」
「そして、愛人って……あなた! すでに本妻がいるの!?」
「いねぇよ! こちとら独り身だっつーの!」
「本妻がいないのに愛人が!? は、破廉恥ですわ!」
「ァァァ!! 相変わらず話が通じないやつ! というか暴れるな! 押し付けるな!」
さっきから詰め寄ってるから顔が近いし、身体に胸が押し付けられてる!
ずっと独り身の俺の息子が目覚めてしまう!
……何を言ってるんだ、俺は。
「あぁー! イチャイチャしてずるいですっ! というか、お姫様抱っこしてますし!」
「イ、イチャイチャなどしてませんわ! これは不可抗力ですの!」
「じゃあ、代わってくださいよぉー!」
「お三方とも余裕ですねぇぇ〜!? ふぇぇーん! あいつがきますよー!」
「うるせぇぇぇ!! 俺はねむいんだっツーの! ほら! そんなにしたいなら任せる!」
「きゃぁぁ!?」
「わわっ!?」
エミリアをユキノに投げ、俺は鞘に手を添えて前に出る。
これで、ようやくあいつが斬れる。
「デブェェ!」
「よっと……お前達は下がってろ!」
「仕方ないですねー」
「わ、わかりましたわ!」
俺が棍棒による攻撃を受けている間に、三人が後方に下がる。
これで、遠慮なく戦うことができる。
すでに魔力は溜まっているので、いつでも発動は可能だ。
「まずは周りの雑魚共から始末するか——寝かせろやァァァ!」
「ギャキャ!?」
「ブホォォォ!?」
上空から降り注ぐ火の槍によって、ゴブリンやオークが塵になる。
しかし、あいつだけには効いてないらしい。
むしろ、中途半端に効いて怒り狂っている。
無意味に棍棒を振り回し、あちこちの地面をへこましていた。
「ベヘヘェェゥゥ!」
「何言ってるかわからん。とりあえず、俺の安眠を邪魔するなら容赦はせん……かかってこい」
「バァァァァア!」
どしどしと音を立てて、トロールが迫ってくる。
残りの魔力も少ないし、あいつには魔法が効きづらいし頑丈だ……ならば、アレを使うしかあるまい。
俺は精神を集中しつつ、奴が間合いに入るまで待ち……。
「ゲヘェェェ!」
「居合い——火龍一閃!」
相手の棍棒が振り下ろされる前に、腹に向けて居合いを放つ!
刀により腹が裂け、その裂けた部分を炎が焼いていく。
いくら魔法耐性があるとはいえ、これならばひとたまりもないだろう。
「ギェェェェ!?」
「そのまま燃え尽きるがいい」
「ァァァァ……ア、ア……」
「ふぅ、消え去ったか……っ!」
次の瞬間、身体から力が抜けていく。
そのまま、俺の意識は暗闇の中に沈んでいくのだった。
……なんだ? めちゃくちゃ柔らかい?
しかも、いい匂いまでしてくる?
……それと同時に、何やらやかましい声もしてきた。
「ん……ここは?」
「お、起きましたわ! よかった……もう、心配したんですの」
「ご主人様ー! 良かったですー!」
「ユキノにエミリアか……ん? どういう状態だ?」
目の前にはユキノの顔と、エミリアの顔がある。
二人共タイプの違う美少女なので、体温が上がってくる。
どうやら、二人を下から見上げているらしい。
……おっぱいがいっぱいだな。
「えっと……膝枕をしてますわ」
「ズルがないように交代で膝枕をしてましたー」
「ず、ズルとかではありませんわ! これは私のせいだから……そう! 責任感ですわ!」
「えー? その割には私がやろうとしたら邪魔したくせに〜」
「……よくわからんが。とりあえず、起きるとするか」
この気持ち良さはやばい。
意識をすると、顔が熱くなってきてしまう。
ユキノはともかく、エミリアは自覚がないタイプだから尚更だ。
自分が男にどう見られる姿をしているのかわかってない。
「平気ですの? 顔が赤いですわ……」
「だから顔が近いって。ほら、ささっと離れろ」
「そ、そ、そうですわね!」
「むむむっ、愛人の座が危ないですね」
「だから、そもそも本妻がいないっての」
「べ、別に私が……」
その時、俺の腹が盛大な音を立てた。
そういえば、めちゃくちゃ腹が減っている。
「ちょっとアルス? レディーの前ではしたないですわ」
「仕方ないだろ。お前達が来るまで、俺は動きっぱなしだったんだよ。昼寝をするタイミングで来やがるし」
「……迷惑でした?」
「あん? いや、そんなことはないが……そもそも、何しにきたのか知らんし」
「それは……」
「まあまあ、とりあえずご飯にしましょ。私もお腹ペコペコですしー」
俺とエミリアは顔を見合わせて頷く。
どうやら、エミリアもそうだったらしい。
食堂に行くと、アイザックが出迎えてくれた。
「兄貴ィィィ! すまねぇ! 兄貴が戦ってると知らずに!」
「だから抱きつくなって! 仕方ないさ、お前は建物内の厨房にいたんだし。音にに気づかないのも無理はない」
「へいっ、すっかり料理に夢中になってましたぜ。おっ、あんたがエミリアさんかい? 俺は兄貴の一番の部下であるアイザックってもんだ。すまないが礼儀はないのは勘弁してくれや」
「随分と厳つい方ですわね……よろしくですわ。その辺りは気にしないので構いません」
こいつはこう見えて、意外と平民にも優しい。
見た目はまんま傲慢な貴族って感じだが、中身はそういうわけではない。
子供好きだし、世話焼きでもある。
「おっ、話のわかる姉ちゃんだ。流石は兄貴の恋人候補ってやつか。うんうん、貴族のお嬢様でしたがいらん心配だったっすね」
「……今、なんて言った?」
「ふぇ!? こ、恋人ですの!?」
「えっ? 違うんですかい? なんか、兄貴を追ってやってきたとか……」
「ち、違いますわ! 私は任務の一環も兼ねて……というか、誰から聞きましたの?」
「誰って、そこにいるお嬢ちゃんだが……」
アイザックの視線の先を追うと、そこにはパンを頬張っているニールがいた。
すでに溶け込み、最初から居たかのように。
「ニール! 貴女何をしたのかしら!?」
「むぐぅ……もぐもぐ……ぱぁ! お嬢様! ごめんなさい! お腹が空きすぎて先に食べてしまいましたぁ〜!!」
「そんなことは聞いてません! いや、それも叱るべき案件ですが……」
「一気に賑やかになりましたねー。さっきも言いましたけど、とりあえず食べません?」
「そうだな、このままでは腹が減って話が入ってこない」
ひとまず席に座って、トレイが出てくるのを待つ。
するとすぐに、分厚いステーキが出てくる。
スープやパン、横にはジャガイモやほうれん草もあった。
「おおっ、美味そうだな」
「まあ、ブルファンだけはよくいたんで。ただ、鳥や牛系も狩りたいっすね」
「その辺りも含めて、あとで話し合うとしよう。とりあえず、いただきます」
ナイフとフォークで、ブルファンのステーキ肉を切り口に運ぶ。
すると柔らかい肉と、パンチのあるソースが口の中に広がる。
「うまっ……醤油にニンニクが効いてて良いな。あとほんのり甘みがあるのが良い」
「美味しいですねー! 食べやすくてどんどん食べれます!」
「少々野生的な味ですが、悪くないですわ」
「私はおいひいです!」
「へへっ、嬉しいっすね。兄貴が癒した畑から採ったんですよ」
「癒した? どういうことですの?」
「それも後で言うって」
「わかりましたの」
どうやら、俺の試みは成功してるらしい。
肥料のような役目を果たし、畑に栄養が戻ったとか。
寒さに強い野菜や果物なら、これから収穫が楽になると。
あとは温室部屋とかを作って、そこで他の野菜や果物を育てたりするか。
「くくく、夢の実現には必要だな」
「ニヤニヤして気味が悪いですわね」
「うるさい、緑豊かな自然に囲まれたいんだよ。あっ、そういやお前は水魔法使いか」
「何を今更言ってますの? 私は水を操る優秀な魔法使いですわ」
「理由はまだ聞いてないが……お前さえ良ければ、ずっといて良いからな」
「……へっ? そ、それって……そういうこと? こ、困りましたの」
こいつがいれば水問題も解決だ。
水やりに使う水も足りてないところだったし。
他にも、色々と使い道がある。
よしよし、俺のスローライフのために役立ってもらおうか。