……そうか、いよいよか。
ついに、ここまでたどり着くことができた。
弟に玉座の間に呼び出された俺は、とあることを確信する。
「アルス兄さん! 貴方の王族の身分を剥奪し、辺境の地ナイゼルに追放します! 厳しい土地で、その生涯を過ごすのです!」
「……ああ、わかった」
俺は笑みがこぼれないように、唇を噛みしめる。
ようやく、苦労が実って願いが叶うのだから。
「……ですが、兄さんにも情状酌量の余地はあります。いくら王位継承権争いをしたとはいえ、そのほとんどは邪神のせいです。兄さんも犠牲者であり、協力して倒して死者も最小限にとどめて……」
「いけません、国王陛下」
「ソユーズ宰相……しかし」
「それでは、他の者に示しがつきません。いくらアルス王子に理由があろうとも国を混乱に陥れたのは事実なのですから。最悪の場合、死刑もありえたのです」
良いぞソユーズ、ジークにもっと言ってやれ。
こいつは甘いところがあるから、本気で俺を許しかねない。
それでは……《《エンディングを迎えることができない》》。
「それは許しません。それに、それには皆が納得したでしょう。何より、そんなことをしたらアルス兄さんを慕っている連中が暴れてしまいます」
「ならば、せめて追放をしてください」
「……わかりました。 先ほどの言葉通り、兄さんは荷物をまとめてナイゼルに行ってください」
「わかった……ジークよ、世話をかけたな」
「っ……! アルス兄さん……お元気で」
「ジーク、俺のたった一人の弟よ……俺が言えた義理ではないが、この国を頼んだぞ」
もう、俺の身内はジークとたった一人の妹以外にはいない。
俺は悲しそうな表情をしながら、玉座の間から出ていく。
しかし、ある意味で俺の心は晴れやかだった。
これで、《《俺の悪役転生は幕を閉じたのだから》》。
◇
その表情を維持したまま、自分の部屋へと戻り……。
「……よし、これで外に音は漏れないな」
この部屋は風の結界により、音が遮断された状態になっている。
なので、勢いよくベッドの上に飛び込む!
「ふははっ! ようやくだっ!」
ここまでたどり着くまで大変だった!
元アラサーの日本人である俺が転生したのは、アリストア戦記というゲーム世界だったからだ。
しかも、その物語の悪役……漆黒の髪に闇魔法を駆使する、アルス-アスカロンという存在に。
剣と炎魔法に適正があり、才能がないのに自分より人望がある弟を憎んでしまう悪役だ。
そこを邪神に精神を支配され、王国を混乱に陥れる王太子という設定だ。
「いやー、最初はビビった。十五歳で記憶を取り戻した時には、もう邪神に取り憑かれて破滅が決まってる王子だもんなぁ」
本来なら弟であるジークによって、討たれる運命にあった。
ただし、有難いことに悪役にも救済ルートが存在した。
兄弟が手を取り合って、共に邪神を倒すというルートが。
十五歳の時に両親が亡くなり、王位を継いだ瞬間に前世の記憶が蘇った。
その後、俺はうまく立ち回りつつ、そのルートに入ることができたってわけだ。
「ふふふ、ようやく身を結んだぞ。これで、王位を継ぐこともない。先に邪神を倒して、ふつうに王位を継ぐことも考えたが……それだとめんどくさい。俺は王位なんかに興味はないし。何より、それでストーリーが違って国が滅ぶようなイレギュラーがあったら怖いし」
ルートは三つあり、一つが邪神ごと悪役を殺す通常ルート。
もう一つは、悪役が勝ってしまうバットエンド。
最後が邪神を体から追い出して共に倒すルートだ。
「邪神に精神を支配されないように且つ、それを抑え込むのは苦労したが……ふっ、元の世界で孤児で社畜で婚約者を寝取られた俺を精神支配しようとは甘いわ……グフッ!」
い、いかん! 自分で言ってダメージを受けすぎた!
だが、邪神も入る相手を間違えたな。
俺以外だったら、危ないところだっただろう。
何より、記憶を取り戻したのが良かった。
ルートを知っていたし、前世の俺の意識が邪神に支配されたアレクに入り込む余地ができた。
そこから逆に支配して、弟にわざと負けるように振る舞った。
「ふぅ……とりあえず、これで俺の役目は終わったはず。あとはエンディングなので、弟が国を平和に治めてくれるし。俺は追放されるけど……転生して二十年、ようやく自由を手に入れた……ククク……ふははっ! ここからは念願のスローライフを送るのだっ!」
前世も今世も苦労ばかり! 良い加減、俺だってダラダラしたい!
上手く立ち回って民には迷惑がかからないようにやったし、不正や犯罪を働く貴族達は排除した。
かなり頑張ったしそれくらいは許されも良いはず!
そう決めた俺は、ベットから起き上がり荷物整理を始めるのだった。
俺がいそいそと準備をしていると、後ろによく知る気配を感じた。
振り向くと、そこにはユキノがいた。
銀髪ポニーテールで、忍び装束を身につけている。
スタイルも良く、その立ち姿は見慣れている俺でも目を奪われるくらいだ。
ヴァンパイアいう種族で恐ろしいほど整った容姿、身長も俺より低いが百七十くらいはある。
頭も良く剣技に優れ、相変わらず隙がないって感じだ。
「ご主人様」
「おい、音もなく入ってこないでくれ」
「いえいえー、きちんとドアから入ってきましたから」
「そういうことじゃないんだけど? 俺、一応主人だからね?」
「それとこれとは話が別ですよー」
相変わらず、ノリが軽いやつだ。
まあ、堅苦しいのは嫌いだからいいけど。
「いや、いいけど……というか、いつからいたんだ?」
「うーんと、ご主人様がベッドの上で笑ってる時からです」
「……最初からじゃねえか! えっ!? 何してんの!?」
「いえ、気配を消して眺めてましたよ?」
そう言い、何故がドヤ顔をしていた。
相変わらず、主人を舐めきっている従者である。
「いや、褒めてないからな? というか、いたんなら荷物整理に付き合ってくれ」
「そんなことより」
「そんなことって言った?」
「はい、そんなことですよー」
……まあ、良いや。
こいつは、俺の言うことなんか聞きゃしないし。
……それを望んだのも、俺自身だしな。
破滅する役割を担う俺は、ストレスでどうにかなりそうだった。
そんな時助けてくれたのも、こいつの軽いノリだった。
「へいへい、好きにしな……んで、話はわかるな?」
「はい、予定通りにご主人様が追放されたことは」
ユキノには、俺の前世の話や破滅について教えてある。
流石に協力者の一人も作らずに、このルート回避はできなかった。
他の者が信用できないというわけではなく、ユキノが《《隠しキャラだったからできたことだ》》。
物語に直接関わりがないので、イレギュラーな出来事が起こらない貴重な人材だった。
あとは、数名だけには教えてある。
「そういうこと。とりあえず、ささっと王都を出て行くから。温情として、自主的に出て行って良いってさ」
「私は納得いってませんけど……まあ、仕方がないですねー」
「そうそう、こうしないと世界そのものが危なかったんだ。んで、ユキノはどうする?」
「……どういう意味ですか?」
「いや、そのままの意味だよ。もしあれなら、ここで解放って形にするか?」
そもそも、ヴァンパイア族は人族に忌み嫌われる種族だ。
人の血を吸うとされ、それによって眷属としてしまう能力があるとか。
それは真祖と呼ばれる初代のみで、その後に生まれた者には能力はない。
ただし、それを信じる者も少なく迫害されてきた歴史を持つ。
しかし、仮にも世界を救った立役者の一人だ。
少なくとも、迫害されるようなことにはなるまい。
「な、何故ですか!? ……破滅ルート?を避けた今、私はもうお役御免ですか?」
「いや、そんなことはない。そりゃ、ついてきてくれたら助かるが……」
あの時の俺は不安で、そのためにこの子を利用した。
だが、もう解放してあげても良いだろ。
こんな俺のために、今まで頑張ってくれたし。
「なら断ります! 私は貴方のお側にいますからね!」
「そう? まあ、それならそれで助かる」
まあ、本人が良いって言うなら話は別だ。
ぼっちは寂しいので、心強いのは間違いないし。
「へっ?」
「どうした? ぽかんとして」
「い、いえ! なんでもありません! まったく、何を言うかと思ったら……」
「いや、聞いてみただけだ。ユキノなら、もう一人でも平気だと思ってな。それに、ここを離れることになる。そして、俺は二度と戻ってはこれまい」
ユキノの強さは相当で、場合によっては最強クラスだ。
それだけ強ければ、襲われても人族に捕まる事もない。
「確かに、もう一人でも平気ですけど……ご主人様は生活能力皆無ですので、放ってはおけません。それとも、炊事洗濯掃除に料理などもできるんです?」
「ぐぬぬっ……はい、できません」
「そもそも、らしくないですよ。私が必要なら、命令して下さればいいのです」
「んじゃ、引き続きよろしく頼む」
「えへへ、私にお任せくださいねー」
そう言うと……満面の笑みを浮かべる。
俺としては開放した方が良いかと思っていたが……。
やれやれ、どうやら縁は切れないらしい。
その後、荷物をまとめ終わる頃……ドタドタと足音が聞こえてくる。
そして、扉がものすごい勢いで開かれる!
「アルス!」
「げげっ!? エミリア!?」
そこには、公爵令嬢のエミリア-ミストルがいた。
父親は国王相談役を務めているほど、由緒正しきお嬢様だ。
普段は淑女の鏡のような女の子だが、今は綺麗な金髪を振り乱している。
と言っても、俺の前ではこっちが普通か……いつもライバル視されてたし。
彼女は水魔法の使い手で、闇の炎を駆使する俺と互角に渡り合える主人公側の魔法使いだった……それと同時に俺の幼馴染ポジションであり、更には主人公側の最難関攻略対象でもある。
「げげとはなんですの!?」
「い、いやぁー君は今日も可愛いうぃねー」
「そんな棒読みでは誤魔化されませんわ」
そう言い、何時ものように俺を睨みつけてくる。
気の強い目が特徴の整った容姿、均整のとれた体型。
赤のドレスを見にまとった姿は、美少女のエミリアによく似合っている。
……可愛いっていうのは本音なんだけどな。
「はは……」
「笑ってごまかされるとでも思ってますの!?」
「あばばばば! わ、わかった! わかったから肩を揺らすな!」
身長差がそんなにないから、目の前でおっぱいがぶるんぶるんしてるんだよ!
俺が戦いのたびに、そこに視線を向けないようにどれだけ頑張ったか!
コホン……ひとまず、それは置いておこう。
「だよなぁ。んで、どうした?」
「どうしたって……追放されるって聞きましたわ」
「ああ、そうだな。そりゃ、あれだけのことをしたなら当然だろ。むしろ、温情があるくらいだし」
「もう! だから、あれほど言いましたのに! どうしてここまで状況を悪化させなくてはいけなかったのです?」
「すまんすまん……だが、仕方がないだろう? 俺は邪神に身体を犯されていた……まあ、言い訳にはならない」
「それは、そうですけど……私はそれでも……」
「エミリアには、苦労をかけたな」
この子には二つのルートがある。
俺の味方になり、闇落ちするルート。
主人公側につき、幼馴染を正すために戦うルートが。
俺は彼女を巻き込みたくなく、今回は無理矢理にあちらのルートに追いやった。
こちらについだ場合、彼女は自分の家族と決別して戦う運命にあったから。
「な、急に何を……」
「いや、本音さ。本当なら、君を巻き込みたくはなかった。それに、君が俺を止めてくれようとしたことはわかっていた……それを受け入れなかったのは俺のエゴだ」
「アルス……だって、貴方は私の幼馴染にしてライバルですもの。私だけ、蚊帳の外は嫌ですわ」
「そういや、ライバルでもあったわな。すまん、あの時の約束は果たせなさそうだ。すぐにでも、ここを出ないといけない」
戦いが終わったあと、エミリアに約束された。
邪神の力がない状態の俺と、真剣勝負をしてくれと。
しかし、事故処理がありそれどころではなかった。
「ちょ、ちょっと待ってますの! 私が話をつけてきますわ!」
「お、おい!? ……相変わらず、人の話を聞かない奴だ」
制止も聞かず、慌てて部屋から去っていった。
思い立ったら、すぐに行動してしまうからなぁ……そして強引でもある。
「ふふ、本当ですね。というか、私には挨拶もなしですしー」
「多分、目に入ってなかったかもな。基本的に、一つのことに集中するタイプだし。さて……今のうちに出て行くとするか」
「……待たなくて良いんですか?」
「ああ、これで良い。せっかく、平和になったのに無駄な争いをすることもない。何より、変な誤解を招くこともある。エミリアも、どうしてそんなに戦いたいんだかわからん」
「いや、アレはそういう感じではないかと思いますが……まあ、良いですかねー」
「ん? どういうことだ?」
「いえいえ、何でもないですよー。ご主人様は、相変わらずだなと思っただけです」
そう言い、なにやら呆れた表情を向けられる……解せぬのだが?
これ以上、誰かに来られては困るのでささっと城を出て行く。
そして用意された馬車に乗り、誰からも見送られることなく城下町を進んでいく。
窓から眺める人々の景色は、活気にあふれていた。
「……平和になったな。いや、俺が言えたセリフじゃないんだけど」
「それはそうですねー。なにせ、国を混乱させた人ですから」
「これでも頑張ったんだぞ? 民に死人は出ないようにしたし、あくまでも貴族同士だけで済ませた。それに言い方はあれだが、不穏分子を俺側に抱き込んだし」
「知ってますよー。私がどれだけ苦労したかと……感謝しても良いですよ?」
「へいへい、感謝してますよ」
「むぅ……扱いが雑ですね」
「いや、本当に感謝してるさ」
実際にユキノのお陰で助かった。
軽い身のこなしで音もなく忍び寄るし、夜目もきくから斥候として優れている。
その情報のおかげで、俺は上手く立ち回ることができた。
国に巣食う腐った貴族を俺の方につくように根回しをしたり。
「な、なら良いんですけど……それより、良いんです? 他の方々には挨拶をしないで……私以外にも、何人かついていきたいって人はいると思いますよー?」
「なんだ、わかってるじゃないか。挨拶なんかしたら、ついて来ようとしてしまう。俺が拾ったヴァンパイア族のお前はともかく、他の奴らには家族がいる。わざわざ、俺に付き合わせることもない」
「まあ、ご主人様がいいなら良いですけど……孤児院にもいかないのですか?」
「俺が行ったら迷惑になるからな。それに、あれは偽善に過ぎない」
国を争いに巻き込んだんだ、どうしたって犠牲者は出る。
それが親を亡くした孤児達や、行き場をなくした者たちが。
その罪の意識から逃れるために、密かに孤児院に行ったり寄付をしたりしていた。
「そうですけど……まあ、良いです」
「ああ、これで良いんだよ。あとは、ジークに任せるとするさ」
そうして馬車は進み、静かに王都を発つのだった。
◇
そして、一週間かけて大陸中央にある辺境の地ナイゼルに到着した。
通称流刑地、もしくは見捨てられた土地とも言われる。
国外追放された者や、国から出て行きたい者、もしくは犯罪者達がここに送られたりする。
関所には高い壁があり、こちらと向こう側を断絶していた。
ここは封印される前の邪神が支配していた場所と言われ、荒れ果てた土地となっている。
「では、我々はこれで」
「ああ、ご苦労だった」
「へっ? え、ええ……それでは」
俺の言葉に驚きつつも、兵士達が下がっていく。
そして、静かに向こう側の門が閉じられた。
「あらら、お礼を言われて驚いてましたよ?」
「そりゃ、そうさ。俺は傲慢な振る舞いしかしてなかったし。だが、もう我慢する必要もない。これからは、俺らしく生きるとするよ」
「それもそうですねー。んじゃ、私とイチャイチャして子作りします?」
「しないし!」
「しないんです? それは残念ですねー」
「ったく……そもそも、俺は子供も作らんし結婚もしない。そんなことをしたら、争いの種になるだけだ」
まだ弟は結婚もしていない。
王位継承権を剥奪されたとはいえ、俺は罪人だ。
そもそも……前世からのトラウマで女性とそういう関係になるのが怖い。
「むぅ、確かに……仕方ないですね、しばらくは待つとしましょう。あれ? ご主人様? なんか、様子が変ですけど……」
「うん? 何が……くっ!?」
「へ、平気ですか!?」
ぜ、全身が熱い……! 身体が燃えるようだ!
なんだ? 何かが身体から出て行こうと……っ!!
次の瞬間、何事もなかったかのように痛みが引いていく。
「な、なんだったんだ?」
「……ご主人様、魔力の質が変わっている気がします」
「なに? ……どういうことだ?」
「ちょっと待ってくださいね……確かに変わってます」
ヴァンパイア族の特殊能力の一つに、魔力の流れを見ることがある。
それによって、俺の魔力の変化に気づいたらしい。
「では、試してみるか……闇魔法が発動しない」
「えっ? そうなんですか?」
「ああ、少なくとも邪神を倒した後も使えたんだが……」
「このタイミングでっていうのが気になりますねー」
「まあ、いいか。これから使う機会があるわけでもない」
「それもそうですねー。あれは影で動くために必要でしたから」
当時は闇魔法を駆使して、暗闇に紛れて活動とかしていた。
それこそ、暗殺なんかにも使っていたし。
……もしかしたら、たった今エンディングを迎えたのか?
追放された地に来て、本当の意味で悪役転生が終わったのでは?
だから、闇魔法が消えたと……一応、説明はつく。
「ふははっ! そうか! これで本当に解放されたのか!」
「はいはい、よかったですねー。それで、これからどうします?」
「コホン……予定通りに辺境都市ナイゼルにいくさ。ひとまず、そこが領地の役割を果たしてるって話だ」
「では、レッツゴー!」
「……ありがとな」
「な、なんです?」
「いや、なんでもない。さあ、行こうか」
きっと、一人だったら心細かっただろう。
本来の悪役だったら、この何もない荒野を一人で歩いていたに違いない。
だが、今の俺はゲームの悪役とは違う……この世界に生きるただの人間だ。
これからが、俺の本当の異世界転生の始まりだ。
……酷いな。
馬に乗って先程から荒野を移動しているが、本当に何もない。
道の整備もされてないし、草木も少ない。
「本当に見捨てられた土地みたいですねー」
「確か気候の変動があったとか。あとは、瘴気が多くて魔物の数が増えたことも原因だな」
ここら辺は気温が一気に下がる。
イメージとしては王都が関東だとしたら、ここは東北といった感じだ。
自然が減ったのもあって、この数十年でその状態になったとか。
結果として、これ以上被害を広げないために辺境は封鎖した。
ついでに流刑地としたが、無論希望者は全員王都側に移動した後だ。
「邪神を倒したら、瘴気も消えるかと思ったんですけどねー」
「うーん、そうなんだよなぁ。俺も、その辺りのことはわからないし。ただし、減ってるという報告はあったみたいだ」
「なるほどー、残滓が残ってるって感じですかね?」
「そうかもしれない。まあ、後は地道に潰していくしかないだろ」
「そうですねー」
邪神が生み出したとされる魔物は、突然出現する瘴気から現れる。
そして、無差別に生き物に襲いかかる。
倒すと霧のように消えるので、正確には生き物ではないとか。
「とりあえず難しい話や、それらは弟に任せるとして……」
「ご主人様、止まってください。何か、こちらに向かってきますね」
「……ほんとだな。ひとまず、馬から降りておこう」
砂煙をあげながら、こちらに何かが向かってきていた。
そして、徐々に見えてきた……この世界に住んでる生き物、魔獣であるブルファンだ。
イノシシに似た姿だが、体長は一メートル以上あり、鋭い牙と突進で人くらいは簡単に潰せる。
しかも何でも食べる大食漢で、見つけた場合はいち早く倒す義務がある。
「ユキノ、すまんが任せる」
「えー? ご主人様が戦えばいいじゃないですか?」
「俺にはあの頃の力はないんだよ。闇魔法と同時に、ボスとしての役目も終わったしな。この先は怪我したら普通に死んじゃうと思うし。何より、まだ自分の状態を確認してないし」
「あぁー、そういえばそんな話を聞いたような……ププッ、役立たずのご主人様」
「おい? 聞こえてるからな? 言っておくが、まだ剣の腕は鈍ってない。俺は無駄に戦うのが嫌なだけだ」
「はいはい、仕方がないですねー」
クリアするまでの俺は、主人公である弟に倒されるまで強制的に生き残る設定だった。
何度か死にかけたこともあったが、その傷は闇の力が治すし。
多分、物語の強制力だと俺は思っている。
しかし、それも無くなった今……それを試す気にはなれない。
あの程度に苦戦はしないが、俺は出来るだけ楽がしたいのである(キリッ)
「ブルルッー!」
「きたぞっ!」
「はーい——よっと」
「ブルァ!?」
突進してきたブルファンの首を、横に避けつつもすれ違い様に鉤爪が切り裂いた。
ユキノの武器は収納が自在可能な特殊な鉤爪で、腕の甲に装着されている。
そして倒れてビクビクした後……動かなくなる。
「これで良しっと」
「相変わらず見事な腕だな」
「いえいえー、これくらいは簡単ですよ……とりあえず、ご飯にしません? 私、お腹が空きました!」
「それもそうだな。おそらく、この感じだとたどり着くのも大変だし食料も貴重だろう」
「ですです! それじゃ、準備しちゃいまーす!」
テンションが上がったユキノがテキパキと準備を進めていく。
冒険者でもある彼女は慣れた手つきで、木の棒や葉っぱなどを集めている。
俺は馬を見つつも、自分の仕事をすることにした。
積んであった道具を使って、簡易的なテントを設置する。
「ありがとうございます。あとは、火もお願いしますねー」
「ああ、わかった。さて、火を出すか……果たしてどうなるか」
俺は闇属性と炎属性の使い手で、闇の炎を得意技としていた。
……中二病とかいうな! わかってるし!
「とにかく闇が抜けた今、炎が出せるかどうか……うおっ!?」
手に炎をイメージすると、蒼い炎が出てきた。
それは、俺が転生してから見たことないものだった。
「あれれー!? それってなんです!?」
「わからん! いつも通りに火を出そうとしたら出てきた!」
「うわぁ……綺麗ですねー」
「お、おい? あんまり近づく熱いぞ?」
「あっ、そうで……あれ? これって全然熱くないですよ?」
「なに? 自分の魔法だから俺は熱くはないが……ユキノともなると変だな」
そもそも、この蒼い炎はなんだ?
いわゆる、赤色から高温になった炎とは違う気がする。
「とりあえず、私が用意した木や草に投げてみません?」
「……それもそうだな」
ゆっくりとボールサイズの火の玉を投げてみるが……火がつくことはなかった。
何回か試してみるが、うんともすんとも言わない。
「威力は充分なはずだが……なぜ、燃えない?」
「不思議ですねー? 全然熱くもないですし。いよいよ、本当に役立たずですかね?」
「ほっとけ! ぐぬぬっ……こうなったら赤い炎を出せば良いんだろ! いでよ炎ォォォ!」
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
すると、掌から炎が出て空に舞い上がる!
その高さは十メートルを超えていた。
明らかに込めた魔力の量が少ないのにもかかわらず。
「だ、出し過ぎですって! あっ、今の少しエッチですね?」
「んなこと言ってる場合か! ……ふぅ、収まったか」
「でも、ちゃんと出ましたね? 今度はきちんと熱かったですよ?」
「そうなると、あの蒼い炎はなんだったんだ?」
「そんなのは後にしましょー。寒いし、お腹が空きました」
「……そうだな、日が暮れる前にやるとするか」
腹は減ってはなんとやらだし。
俺はひとまず疑問を置いて、食事の支度をするのだった。
近くにある木にブルファンをぶら下げて、ユキノがテキパキと解体していく。
魔石という魔法を込められる鉱石があるので、そこから水の魔石を使いながら。
俺は洗った部位を受け取り、それを木の串に刺して焚き火の近くに置いていく。
すると、すぐに胃を刺激する肉の香りがしてきた。
「うー、お腹空きましたー。持ってきた食料はほとんど使っちゃいましたし」
「だなぁ……黙っていればご飯が出てくる王宮が懐かしい」
「ほんとですよねー。というか、別に出ていかない方法もあったんじゃないですか? 実際、追放を反対する人たちも多かったとか。私を含めて、ご主人様に命を救われた方も多いですし。特に冒険者メンバーと、その依頼で助けた人たちとか」
「まあ、その可能性もあったな。だが、そうすると未来が変わってしまうかもしれない。何より、もう面倒事はごめんだ」
「あらら、後半が本音ですねー?」
「そんなことはないさ……ただ、あいつらには悪いことをしたかな」
俺はルート回避のために、ユキノの他にも物語と関わりのない連中を仲間にしていた。
お金を稼ぐことだったり、自分を鍛えるためだったり、情報を集めるために。
しかし、何人かにはついてこないように説得をしたが……数名には黙って出てきてしまった。
「多分、泣いてるか怒ってるかですねー」
「だよなぁ……ただ、あいつらの生活を壊すわけにはいかんし」
そんな会話をしていると、最初に焼いていた肉が良い感じになった。
「おっ、とりあえず食べちゃうか」
「あっ! ずるいです! 私はまだ解体してるのに!」
「はいはい、わかってるよ。ほら、食べなさい」
ユキノの両手は塞がっているので、串焼きを口元に差し出す。
「えっ? い、いや、その……」
「おい? これで恥ずかしがるなよ? 普段は夜這いをするくらいだってのに」
「それとこれとは話が別です! むぅ……ご主人様はデリカシーがないですね」
「なんでディスられてるんだ? いいから、はよ食べろって」
「……はい……あーん……もぐもぐ……美味しい!」
「そいつは良かった」
「えへへー、もう一口ください!」
「はいはい」
……いかん、食べる様がエロいとか思っては。
そもそも、こいつは誰もが振り向く超絶美少女だ。
破滅フラグを回避するまでは、そんな余裕もなかったが……これからはやばいな。
こいつは俺の子種を欲しがってるから、俺の自制心に期待するしかない。
……あまりあてにならないかもしれない、何か対策を考えなくては。
「どうしましたー?」
「いや、なんでもない。さて、ひとまず俺も食べるとするか……うまっ」
かぶりついたバラ肉からは、旨味たっぷりの脂がじゅわっと溢れてくる。
噛めば噛むほどに出てくる、野性味のある力強い味もいい。
「私は城にある食事より、こういうのが好きですねー」
「まあ、いいたいことはわかる。あっちはコースだし、お堅いからな。俺も、本来はこっちの方が好きだし」
「じゃあ、次はロース肉を食べたいです!」
「へいへい、わかりましたよ。ただ、塩を使いすぎると無くなるか。割と貴重な調味料だし」
「この辺には海はないですからねー」
「そうなると、岩塩を探すかぁ……まあ、今はいいか」
面倒な考えは置いておいて、次に焼けたロース肉を差し出す。
「あむっ……んー! 柔らかくて美味しいでしゅ!」
「でしゅって……食べらながら喋るなって」
「ひゃい! ングング……ぷはぁー」
こうして食べる姿は、最強キャラの一人とは思えない。
年齢も十八歳だし、見た目はただの可愛い女の子だ。
ユキノは隠しキャラで、関わらないと死んでしまう設定だから助けられて良かった。
「ったく……どれ、俺も——柔らかいな。溶けるとはいわないが、思ってたよりは良い」
「ですよね? なんか、向こうで食べるより美味しい気がします?」
「あぁー、締まってるというか……野性味があるってことか。王都にいたのは家畜化された魔獣で、かなり太らせてたし」
「あっ、そういうことですか。確かに、冒険者活動中に食べた魔獣の方が美味しかったですねー」
「特に、ここには食べられる物が少ないだろうし。まあ、それでも生き残るのが野生のブルファンってことか」
「なるほどー……さて、解体もある程度終わったのでゆっくり食べましょー」
内臓系は食えないことはないが、今回はやめにしておく。
こんな何もない場所で、二人しかいないのに体調を崩したら笑えない。
そして星空の下、ゆっくりとした食事を済ませると……。
「……何かきますね?」
「うん? あれは……犬? いや、狐系か?」
暗闇から、銀の毛皮の小さな狐が現れた。
あちこちから血を流してふらふらしている。
「これは珍しい魔獣ですねー。絶滅危惧種で、神速の魔獣と言われる風狐の子供です」
「 何? あれがそうなのか……」
その名前は聞いたことがある。
賢い知能と鋭い爪や牙を持ち、風魔法をも使う最強の魔獣の一角だと。
ただし生まれてからすぐに親元を離れるので、その生存率は低いとか。
それゆえに、生き残った個体は化物クラスになるらしいが。
「どうします? どうやら、戦闘に負けたみたいですね」
「冒険者的にはどうなんだ?」
「賢く人を襲うことはないので依頼が出ることはありませんね。むしろ、危険な魔獣を倒してくれるので。何より普通は勝てませんし、出会うのが難しいですし」
「そうか……なら、無理に殺す必要もないか」
「それが良いと思います。獣人族の間では、神聖化する者達もいるくらいなので」
「わかった。ほら、これでも食べるか?」
怪我もそうだが、見るからにやせ細っておりお腹を空かせているようだ。
そいつに向けて、臓物系を投げてみる。
「ほら、食べて良いぞ」
「クゥン? ……コンッ!」
すると、それを咥えてその場から少し離れる。
そして俺たちを視界に入れつつも、一心不乱に食べ始めた。
「よし、ひとまずこれで良いだろう」
「ですね、あとは傷を癒せればいいですけど」
「回復魔法は選ばれし者にしか使えないからな。それこそ、光魔法の使い手はジークの婚約者の聖女だけだし」
「ですねー。おや、食べたのに逃げませんね?」
「俺たちが安全と認識したのかもな? とりあえず、害はないから放っておくか」
「そうですね」
「ふぁ……すまんが、寝て良いか?」
「ええ、大丈夫ですよー。流石に疲れてますから」
俺はその言葉に甘えて、テントの中で毛布にくるまる。
ようやく役目を終えたからか、すぐに眠りにつくのだった。