短いけどすっごくカタイ ~●●が短いけどすっごくカタイ主人公!?~

 ボク達が本屋の横の路地裏から(もど)ると、人だかりはすっかり消えていた。

 (りん)聖剣(せいけん)を中断させられた男性も、いなくなっていた。



「あっ。お家どこなの?
 この辺まだ分かんないよね?
 近くまで着いて行こうか?」

 ボクは(りん)()り返って(たず)ねる。

 辺りがだんだんと暗くなりはじめていたからだ。

 自治体に(やと)われた
プロの剣士(けんし)魔法(まほう)使いがパトロールしているとはいえ、
日が暮れるとモンスターの活動が活発になって危険なのである。

 ただ、ボクはそうは言ったものの、

「(やっぱり『気持ち悪い』とか『(こわ)い』とか思われちゃうかな……?
  聖剣(せいけん)()められたとはいえ、
  まだ初対面だし……)」
と思い直して、

迷惑(めいわく)じゃなければだけど……」
と付け加える。

 だが(りん)は、

「まあ。
 着いてきていただけるんですの?
 紳士(しんし)なところもポイント高いですわね……」
と少し顔を()せながら言い、

「そういえば、まだお名前をお(うかが)いしておりませんわ。
 ぜひ教えてくださいませ」
と続けながら、そばまで歩み寄って来て、
ボクの左手を取り、両手でギュッと(にぎ)った。

「(えっ……!?)」

 ボクは(おどろ)いた。

「(こんな美少女に手を(にぎ)られてしまった!
  (うれ)しいけど、なんかすごく()ずかしい!)」



 と、その時、

「あっ!こんなところにいた!」
と声がした。

 ボクと(りん)()り返る。



 絶だった。



「あら?お兄様じゃございませんか。
 部活はもう終わったんですのね」

 (りん)が言った。

「うん。
 でも、早く終わったのは(りん)のせいだよ?」
と絶が言いながら近寄って来て、ボクのほうへ視線を移す。

「あっ!キミ!」

 絶はボクの顔を近くで見て、ようやくボクと気がついたらしい。

「(モブとして()()むタイプの顔なので、まあ仕方がない……)」

 ボクは思った。

「あら?もうお知り合いなんですの?
 ワタクシから紹介(しょうかい)しようと思っていましたのに……」

 (りん)が言う。

 ボクはそれを聞いて、頭の中に『?』マークを()かべる。

「(紹介(しょうかい)
  わざわざボクなんかを?
  なんで?)」

「ボクも(りん)紹介(しょうかい)しようかと思ってたんだ。
 (かれ)、すごいんだよ」

 絶までそんなことを言う。

「ボク、なんかしたっけ?」

 心当たりが英語の時間に右手に(つか)みかかったことぐらいしかないので、
念のためにボクは絶に(たず)ねた。

「だって、あの昼間のベンチプレス。
 あれ、先に上げてたのってキミだろう?
 (あせ)が付いてたし……」

 絶が言った。

「あー……、あれかー……」

 ボクは思い至った。

「(昼休みにトレーニング室のベンチプレスで、
  先に90キロのバーベルを上げていたのは、確かにボクだ……。
  あの時の絶が何か言いたげだったのは、そのことだったのか……)」
とボクは納得した。

「それに、気配を察知する能力もすごいし……」

 絶が続ける。

「そういえば、帰りの会が終わった時に変なことしてたね……」

 ボクは言った。

「(あの時に、ボクの後方に立ってたのは、
  ボクのことを試していた的なやつだったのか……)」

「しかも、足まで速いんだ。
 あの時、実は部室前からキミを追いかけたんだけど、
 校門を出た(ころ)にはもう見えなくなってて……」

 絶がさらに続けた。

「(それは悪いことをした……)」

 ボクは思って、

「あの時は()げるのに無我夢中で……」
と言いながら頭をかいた。

(かれ)聖剣(せいけん)もすごいんですのよ」

 今度は(りん)が口を開いた。

「ワタクシ、たぎってしまいましたわ」

 (りん)は、またウットリしたような目をして言う。

「たぎる?
 本気で挿入(インサート)でもしたってこと?」

 絶が(たず)ね、

「ボクは、(かれ)聖剣(せいけん)は…、その…、
 あんまり(めぐ)まれてないタイプだって聞いたんだけど……」
慎重(しんちょう)に言葉を選ぶように続けながら、ボクのほうを見た。

「そうだ……」

「そんなことございませんわ!」

 ボクが肯定(こうてい)しかけた言葉に、(りん)(かぶ)せるように否定した。

「確かに丸くって()は無いですが、
 すっごくかわいいんですのよ!」

 (りん)が言い、

「それにワタクシの魔力(まりょく)挿入(インサート)しても、全然折れませんでしたの!
 オーラルコミュニケーションまではしてませんが、
 今からするのが楽しみですわ!」
と続ける。

「……『かわいい』は、
 聖剣(せいけん)()める言葉としては、あんまりよろしくないかなぁ……」

 絶は半分あきれたような声で言いながら頭をかいた。



 ちなみに、ご存知の方もいるとは思うが、
ここで言っている『オーラルコミュニケーション』とは、
英会話することではない。

 女性の体液。

 つまり、だ液なんかを聖剣(せいけん)()ると、
挿入(インサート)する時に短時間でスムーズに入りやすくなるのである。

 このため、剣魔(けんま)のミックスダブルスの試合なんかでは、
開始前に女性がペアの男性の聖剣(せいけん)をベロベロと()め回すことがある。

 それをオーラルコミュニケーションと呼ぶのだ。

 体液なら何でもいいので、
(なみだ)や鼻水なんかでも、
魔力(まりょく)挿入(インサート)効率を上げるという点では大丈夫(だいじょうぶ)らしいのだが、
それらを大量に出すというのは大変なので、
だ液で、
つまり口でするわけである。

 だ液の量が少ない人のためには、
専用の潤滑剤(じゅんかつざい)潤滑(じゅんかつ)液と呼ばれる液体も売られている。

 本人の体液には多少(おと)るらしいが、
それらを()ることでも挿入(インサート)がスムーズに入りやすくなるそうだ。



 嫌われているボクの場合、
イヤイヤでペアにさせられた女の子が
オーラルコミュニケーションなんてしてくれるはずもなく、
たとえ授業や剣魔(けんま)の試合でやらなければならない状況(じょうきょう)になったなら、
『ペッ!』とツバを()きかけられる感じで終了(しゅうりょう)である。

『世の中には、
 女性にぞんざいな(あつか)いをされることを(うれ)しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。



「ごめんね?
 (りん)のやつ、しゃべり方も変だろう?
 別にウチ、お金持ちってわけじゃないから……。
 両親はトレーナーとしては有名かもしれないけど、
 大会に出て賞金とか(かせ)いでるわけじゃないし……」

 絶がボクを見ながら言い、

「でも、(りん)魔力(まりょく)普通(ふつう)挿入(インサート)して中断しなかったんならすごいね。
 ボクでも加減してもらわないと簡単に折られちゃうのに」
と続けた。

「えっ!?そうなの!?」

 ボクは(おどろ)く。

「だからボク、(りん)とダブルスやることほとんど無いんだ」

 絶がうなずきながら言った。

「そうなんだ……」

 ボクは(つぶや)くように言う。

「(兄妹だから、てっきり当たり前のように
  しょっちゅう挿入(インサート)合体(ジョイント)をしているものかと……)」

 ボクは自分の認識を()じた。

「(そう言われてみれば、
  自分の母親なんかと挿入(インサート)合体(ジョイント)をする男子というのも
  ほとんど聞いたことがない……。
  家族だからそういうことをするのが当たり前だとは、
  確かにあまり考えられないか……)」
とも思った。

「やっぱりムロくんは、剣魔(けんま)の部活やるべきだと、ボクは思うよ?
 ぜひ一緒(いっしょ)にやろうよ」

 絶がボクに(せま)るように近づき、そう言う。

「えっ!?」

 ボクは再び(おどろ)いた。

「(なんでそうなるの!?
  身体能力が高そうだからってこと!?)」

「ムロさんとおっしゃるのね?
 ワタクシからもお願いしますわ」

 今度は(りん)が口を開いた。

「ワタクシ、ムロさんが部活に行ってくださるのなら、
 絶対に参加いたしますわよ。
 ぜひ一緒(いっしょ)にやりましょう」

 (りん)までボクに(せま)るように近づき、そう言う。

「えっ!?」

 ボクはさらに(おどろ)いた。

「(中断しなかったぐらいで!?
  あんな丸い聖剣(せいけん)なのに!?)」

「いや……、あの……、ボク……」

 ボクは二人のことを(おさ)えるように両手を出すが、

「さあ、ムロくん!」

 絶がさらに(せま)り、

「さあ、ムロさん!」

 (りん)もさらに(せま)る。

 絶、(りん)がボクの顔にキスしようとする勢いである。

「いや、あの!
 ちょっと待って!
 1つだけ!」

 ボクは(さけ)ぶように言いながら、右手の人差し指を立て、
高々と上に(かか)げた。

 絶、(りん)はそれに(おどろ)いたのか、少し下がる。

 ボクは、フゥー……とため息のように息をつき、

「ボク、木石夢路(ゆめみち)って言うんだ……。
 まだ名乗ってなかったよね……?
 あだ名が『ムロ』だから……」
と何とか二人に伝えた。
「それじゃあ、ボクの家ここだから……」

 ボクが絶、(りん)()り返って言うと、

「分かった。
 じゃあ6時半ぐらいには、ここに来るからね?」
と絶が(うれ)しそうに言った。

「よろしくお願いいたしますね。
 実はスマホを買ってもらったのは最近なんですの。
 家族以外でインランの交換(こうかん)した殿方(とのがた)は、初めてなんですのよ?」
と倫もニコニコしながら言った。



 『インラン』というのは、メッセージアプリの名前だ。

 ボクらの世代がスマホなんかでやり取りするとしたら、
大抵(たいてい)の場合、インランを使う。



「ボクも女の子とインラン交換(こうかん)したの初めてだよ……」

 ボクは少し照れながら言った。

「(しかもこんな、(ちょう)が付くような美少女と……)」



 家までの道すがら、
二人と話して分かったことは、
絶も(りん)もとても良い人間ということだった。

 (りん)(りん)で、同世代に自分の挿入(インサート)()えられる人間が全然おらず、
色々と肩身(かたみ)(せま)い思いをしているらしい。



「また明日ね。ムロくん」

「ごきげんよう。ムロさん」

 絶、(りん)が言うので、ボクも

「うん。また明日」
と返す。

「(結局、『ムロ』で落ち着いたな……。
  まあボクが気にしないんだからいいか……)」

 絶、(りん)が家から(はな)れて行くのを手を()って見送ると、
ボクはギュッ!と両手を(にぎ)りしめた。

「(明日から、朝練!)」

 ボクの心は、まるで遠足前日の小学1年生みたいだ。



 我が正甲(せいこう)中の剣魔(けんま)部が県大会の常連校というのは前にも説明したが、
その割になぜかウチの部では朝練というものが行われていなかった。

 たぶん顧問(こもん)の下井先生的には、ずっとやりたかったのだろうが、
部員の大半が乗り気ではなかったためだろう。

 しかし、そこにやる気満々マンの絶がやって来た。

 これ幸いとばかりに、下井先生は

『やる気の有る子だけでいいから~、明日から7時に朝練やりましょ~!』
と今日の部活で宣言したのだそうだ。



 ここで1つ補足がある。

 実は、ボクの弟の(たてる)は、やる気が無い側の部員だ。

 と言うのも、
なまじ聖剣に(めぐ)まれている(たてる)は、
入部して早々に団体戦のメンバー、
つまりレギュラーに入れて欲しがったらしいのだ。

 しかし、さすがに始めたばかりの一年生だったせいもあるのか、
下井先生がそれを却下(きゃっか)し、補欠にすら入れなかったのだという。

 それがどうやら(たてる)的には非常に不満だったらしく、
特に土曜日の部活をけっこうサボっているのだ。

(ちなみにウチの中学では、日曜日は部活は全面的にお休みだ。)

 つまり、(たてる)はやる気が無いので、
朝練にはおそらく参加しない。

 (たてる)が参加しないのであれば、
ボクが朝練に参加したところで、何も言われないだろうということである。

「((たてる)に気を(つか)わないで、剣魔(けんま)部として練習できる日がまた来るなんて……!)」

 ボクは、とても(うれ)しかった。



 ちなみに絶、(りん)はというと、
朝練と通常の夕練の両方に参加するわけであるが、
(かれ)らぐらいになると、その練習量にプラスして、
さらに家でも両親に課せられたトレーニングメニューをこなしているそうだ。

 オーバーワークにならないようには配慮(はいりょ)してあるそうだが、
(すさ)まじい』の一言である。



 ガチャ……、バタン。



 さて、ボクは我が家の玄関(げんかん)に入ったわけだが、

「……」

 無言でクツを()ぐと、そのまま廊下(ろうか)を歩き出す。

『ただいま』

 なんて言わない。

 家族には無駄(むだ)に話しかけない。

 (たてる)聖通(せいつう)してからの、ボクの日常である。

 空気になるイメージだ。

 悲しいとかは特にない。

 それに何も言わなくても、
母さんは料理は作ってくれるし、
風呂(ふろ)の時間にはボクの部屋まで知らせに来てくれる。

 ボクはそれだけしてもらえれば、十分である。

「((たてる)のクツがあった……。
  先に帰って来たのか……)」

 ボクが思っていると、
廊下(ろうか)とリビングを仕切っているドアが、
ふいにガチャッ!と開いた。

夢路(ゆめみち)、あんた部活に行ってきたの?」

 (めずら)しく、ボクが帰って来たことを確認するように、
母さんが顔を見せながら(たず)ねてきた。

「(……ああ、そうか)」

 ボクは思った。

「(ここ最近早く帰って来てるボクのほうが、
  連絡(れんらく)もなしに帰って来なかったから心配してたのか……)」
と。

「(電話か、せめてインランでもしておくべきだったな……)」

 ボクは母さんに申し訳なく思いながら、

(ちが)うよ……。本屋に寄ってたから……。ごめん……」
と言って、母さんとドアの隙間(すきま)から見えるリビングの様子をチラリと見た。



 テーブルには、夕食がもう用意されている。

 だが、(たてる)の姿が無かった。

(たてる)のほうが、だいぶ早く帰って来たと思ったら、
 ずっと部屋に閉じこもってるのよ。
 ドアの外から呼んでみたんだけど、返事もしないし……。
 あんた、なんか知ってる?」

 母さんが(たず)ねる。

「((ちが)った……)」

 ボクは思った。

「(ボクを心配してたと言うより、(たてる)を心配してたのか……)」
と。

「何も知らないよ……?
 でも、部活には行ってたはず……」

 ボクは少し悲しくなったが、それでも平静を装ってそう言った。

 事実だ。

 だが、確かにおかしい。

「(絶と一緒(いっしょ)に部室の前で見た(たてる)は、
  ちゃんとトレーニングウェアとプロテクター姿に着替(きが)えていた。
  なのに、
  『だいぶ早く帰って来た』
  とは……?)」

 ボクは心の中で首をかしげた。



 ガチャ……、バタン!

「ただいまー」

 玄関(げんかん)で声がした。

 父さんが帰って来たのだ。

「おかえりー」

 母さんがボク()しに、玄関(げんかん)の父さんに声を()ける。

 ボクは無言だ。

 ()り返すが、空気になるイメージである。



「あれ?(たてる)は?」

 父さんも、母さんとリビングのドアの隙間(すきま)から中が見えたのか、そう言った。

 (たてる)は、部活の後だとお腹を空かせているので、
いつもなら父さんの帰りなど待つはずもなく、
料理が用意されたら真っ先に食べ始める感じである。

 その(たてる)が、この時間にリビングにおらず、ご飯も食べていないというのは、
我が家では異常事態なのだ。

「なんか、夢路(ゆめみち)より早く帰って来たと思ったら、
 ずっと部屋に閉じこもってるのよ。
 ドアの外から呼んでみたんだけど、返事もしないし……」

 母さんが、先ほどボクにしたのと同じ説明を()り返した。

「なんだそれ?」

 父さんは、母さんとボクの顔を見比べるように交互に見る。

「もしかしたらだけど……、部活でなんかあったのかも……」

 ボクは(つぶや)くように言った。

 1つ思い当たることがあったのだ。

 本屋の前で(りん)が言っていた、

顧問(こもん)の先生方はともかく、部員の(みな)さんがあれではね……』
という言葉である。

「今日、本能兄妹が転校して来たんだよね……。
 知ってる?
 剣魔(けんま)の全国大会にも出てた強い子達でさ……」

 ボクは言いながら、父さんと母さんの顔色を(うかが)うように見てみる。

「ああー……。
 知らないけど、
 『その兄妹に負かされちゃったのかも』
 ってことか?
 それはヘコむかもなー」

 父さんは、それを聞いて軽くうなずくと、

「よし。
 父さんが、ちょっとばかし元気づけてくるわ」
と言いながらパンと両手を(たた)き、(たてる)の部屋のほうへ歩いて行った。

 ボクはその様子を見送ってから、
まだ自分が制服から着替(きが)えていなかったことに気づき、
自分の部屋へと向かう。



「(でも、(たてる)聖剣(せいけん)を中断で折られたんだとしたら、
  もしかして適当に元気づけようとするのは、逆効果かもなー……)」
と、ボクは自分の部屋に入りながら思った。

「(ボクは、絶の言葉を借りるなら、
  そんなに聖剣(せいけん)(めぐ)まれているほうではないのでよく分からないが、
  聖剣(せいけん)(めぐ)まれてそれで自信を持った人が、
  その自信そのものの聖剣(せいけん)を折られるというのは、
  まさに天狗(てんぐ)の鼻を折られるというやつなのではないだろうか……?)」

 ボクが着替(きが)えながら、そんなことをボンヤリと思っていると、



 ズ ゥ ン !

「!?」

 突然(とつぜん)、家じゅうに(ひび)くような大きな音がしたので、
ボクは(おどろ)いた。



「???」

 音はそれっきりだ。

 だが、

「(何か(いや)な予感がする……)」



 とりあえず、着替(きが)えを済ませたボクは、夕食を食べにリビングへと(もど)る。



 父さんは左頬(ひだりほほ)にアザを作っていた。

「えっ!?
 ど、ど、どうしたの!?」

 ボクは、そんな父さんがリビングに入って来たのを見て、(あわ)てて(たず)ねる。

「キレて(なぐ)られちゃったよ……。
 あれは相当ヘコんでるな……。
 ハハハ……」

 父さんは苦笑いを()かべながらテーブルの席に着き、

「今日と明日は、あんまり(たてる)刺激(しげき)しないようにしよう。
 うん、それがいい。
 母さんも無理に(たてる)を呼びに行かなくていいからな。
 風呂(ふろ)の時とか食事の時とか……」
とボク達に言って、

「じゃあ……、いただきまーす……」
と夕食の親子(どん)とサラダに手を付け始める。



「(父さんが心が広いお(かげ)で親子喧嘩(げんか)にはならなかったみたいだけど、
  まさか(なぐ)るとは……。
  やっぱり、(りん)聖剣(せいけん)を中断で折られたんだ……)」

 ボクは確信した。

 本屋の前で泣いてしまった男性がフラッシュバックする。



「(明日、
  『学校休む』
  とか言わなきゃいいけど……)」

 そんな心配をしながら、ボクも夕食の親子(どん)とサラダを食べ終わった。
 夕食を食べ終わって自分の部屋に(もど)ったボクは、
ベッドに寝転(ねころ)んでスマホをいじり始める。

 インランのグループ招待が来ていた。

 絶、(りん)とのグループだ。

 スマホを買い(あた)えられたのは聖通(せいつう)後なので、
家族以外のグループなんて初めてである。

 早速そのグループに参加してみた。

「あっ……、でも最初ってなんて発言すればいいんだろう……?
 うーんと……?
 『招待ありがとうよろしく』
 とかで大丈夫(だいじょうぶ)かな……?
 いや……、もっと絵文字とかスタンプとか入れたほうがいいんだろうか……?
 いや……、でも……」

 慣れないボクはブツブツと独り言を言いながら、かなり(なや)む。



 『招待ありがとう!よろしく!』



 とりあえずボクは発言した。

 慣れないボクなりの精一杯(せいいっぱい)の、
『仲良くしたい』という気持ちと、
『変な(やつ)だと思われたくない』という気持ちのせめぎ合いの末、
何とかひねり出されたのが、
この『!』マークを付けるという選択肢(せんたくし)である。

 笑ってくれて構わない。



「あっ、そうだ。
 月刊プレイ剣魔(けんま)デラックス……」

 ボクは買ってきた月刊プレイ剣魔(けんま)デラックスをカバンから取り出して、
パラパラとめくった。

「うーん……、国内選手にも頑張(がんば)って欲しいけど……、
 やっぱり外国選手がカッコイイし強いんだよなー……」

 ボクは、4月に外国で開催(かいさい)された剣魔(けんま)の世界大会の結果のページと、
大会で活躍(かつやく)したプロ剣士(けんし)のスイングフォームの連続写真が掲載(けいさい)されたページを、
順に(なが)める。

 プロ剣士(けんし)のスイングフォームを見たり、その解説を読んだりしていると、
自分もマネをすれば同じようなすごい技が()り出せそうに思えてくるのだ。

「あっ!そうか!
 これが共通の話題じゃないか!」

 ボクは再びスマホを手に取る。



『こちらこそよろしくー!』

『よろしくおねがいしますわ』



 返信が来ていた。

「おお……。えヘヘ……。
 えーと……、
 『好きな選手とか(あこが)れの選手とかっていたりする?』
 と……」

 ボクは普通(ふつう)に返信が来たことが(うれ)しくて、
ニコニコしながらメッセージを入力する。



 『好きな選手とか(あこが)れの選手とかっていたりする?』

『だんぜん四股利(しこり)選手ですわ』

『フォームがキレイでしてよ』

『ボクはコンチとかジョボビッチとかかなー』

『コンチ選手は安定してますが
 ジョボビッチ選手は(つか)れてくると
 手だけでこするように()るフォームになりがちですわね
 決勝でコンチ選手と当たると負けることが多いですわよ』

『さすがー(くわ)しいなー』



「ふむふむ……。
 (りん)は、魔法(まほう)使いよりも剣士(けんし)のほうが好きなんだな。
 絶は、外国の剣士(けんし)の中でもトップランカーの選手が好きなんだ」

 ボクは独り言を言いながらうなずいた。

「あと、(りん)は入力がやたら速いな……。
 パソコンでログインしてるのかな?」

 そう続けながら、ボクは次のメッセージを入力する。



 『ボクもコンチ好きだよ一緒(いっしょ)だね』

 『やっぱり好きな選手のフォームとかってマネしたりする?』



「あっ……。
 『マネなんかしないよ』
 って言われたらどうしよう……」

 発言しておきながら、ボクは後悔(こうかい)した。

 だがもう既読(きどく)が付いている。

 後悔(こうかい)先に立たずというやつだ。



『するするー』

『もちろんしますわよ』

(りん)なんかコンチの()り首()りのマネして
 なぜか足首を痛めたことがあるしー(笑)』

『あれは危なかったですわ』

『大会直前でしたし』

『ムロさんもマネする時は気をつけてくださいませ』

(りん)はしゃべりかたも撲滅(ぼくめつ)ブレードのキャラのマネだからねー』

『神アニメですわ』

『エモくて泣けるんですのよ』



撲滅(ぼくめつ)ブレード好きなのか……!」

 ボクは、また共通の話題が出来て(うれ)しくなる。



 『院能エインだよね?
  ボクも撲滅(ぼくめつ)ブレード毎週ネットリで観てるよ!』

 『女魔法剣士(まほうけんし)って現実じゃ見たことないけどカッコイイよね!』

『金太のライバルなのに
 撲滅(ぼくめつ)隊とエーズが戦う時は加勢して合体(ジョイント)してくれるのが
 熱い展開なんですの!』

 『わかる!』

『いんのうえいん
 ほんのうりん
 ほら!何だか名前も似てますでしょう?
 だから推しなんですの!』

 『なるほど!確かに似てるね!』



「(女の子とアニメの話ができるの(うれ)しいな……)」

 ボクが思っていると、
コンコンと部屋のドアがノックされた。

夢路(ゆめみち)ー?
 (たてる)が入らないみたいだから、もうお風呂(ふろ)に入っちゃってくれるー?」

 母さんの声だ。

「はーい……」

 ボクは返事をしてから、

「あっ!そうだ!」
とベッドから飛び起きる。

 ガチャリ!と勢いよく部屋のドアを開けると、

「ごめん、母さん!」
と歩いて行こうとしていた母さんの背中に声をかけ、

「ボク……、その……、
 明日から部活の朝練に行くから!
 それで……、
 お弁当早めに作って欲しいんだけど!」
(さけ)ぶように言った。

「あら?そうなの?
 じゃあー……、
 今から作って冷凍(れいとう)しておくから、
 それを朝からレンチンでもいいかしら?」

 母さんが()り返って言ったので、

「うん、それでいいよ!
 あっ……!
 なんなら冷凍(れいとう)までしといてくれたら、
 朝からレンチンするのは自分でやって持って行くから……!」
とボクは答える。

「そう?
 じゃあ、そうしておくわね。
 ウフフフ………。
 あ……、お風呂(ふろ)のほう早く入っちゃってね?」

 なぜか母さんは少し(うれ)しそうに言って、
そのまま台所のほうへと歩いて行った。

「(?)」

 ボクは首をかしげながら、
風呂(ふろ)上りに着る下着類を取りに部屋の中へと(もど)りつつ、
再びスマホを少しいじる。



 『お風呂(ふろ)に入るからまたね』

『ボクらもトレーニングするから反応しなくなるかもー』



「あっ。
 忘れないうちにアラームもセットしておかないとだ……」

 ボクはスマホのアラームを設定する画面で、
いつも平日に起きる時間のアラームをずらして、
5時半から5分刻みで5個ぐらいセットする。

 こうしないと起きられないタイプなのだ。

 スヌーズだけだと、自分でも知らない間に切ってしまって
また()てしまうので、ダメなのである。



「さて、お風呂(ふろ)風呂(ふろ)……」

 ボクは下着類を手に部屋を出た。
 翌日。

「おはようムロくん!」

 絶は朝から元気だ。

「おはようございますムロさん」

 (りん)は昨日より少しテンションが低めかもしれない。

「(寝不足(ねぶそく)とか低血圧とかだろうか……?)」
と思いつつ、

「おはよう。じゃあ行こうか」

 何とか起きられたボクも、家まで(むか)えに来てくれた絶、(りん)にあいさつして、
3人で並んで登校しだす。



「こっちの森のほうから()けると近道なんだ。
 たまーにモンスターが出るんだけどね……」
とボクは絶、(りん)を案内しながら歩いて行く。

「へー、そうだったんだ。
 確かに、あっちのほうに校舎がチラッと見えてるね」

 絶が言う。



「昨日、あの後にワタクシ少し考えたんですの……」

 森を()けた(ころ)、ふいに(りん)が口を開いた。

「お……?何を考えたの?」

 ボクが(たず)ねる。

「ワタクシ、次の整理(ソート)が来たら、
 風属性を取り入れますわ」

 (りん)が言った。



 『整理(ソート)』というのは、
思春期に魔法(まほう)が使えるようになる初恵(しょけい)(むか)えた女性に、
その後毎月のようにやってくるある現象のことである。

 女性の覚えていた魔法(まほう)がリセットされたり、
魔法(まほう)を覚えておくための魔力(まりょく)の器量が変化したりする、
大事な働きだ。

 毎月のようにと説明したが、
実際のところは月の満ち欠けの周期のほうが近しいらしい。

 それになぞらえて、『月恵(げっけい)』とも呼ばれている。

『昔の人は、魔法(まほう)を神様からのお(めぐ)みだと考えていたのだろう』
と義務教育では習った。

 整理(ソート)について簡単に説明すると、
例えばここに5ブロック分の魔力(まりょく)の器量を持つ女性がいたとする。

(あくまで例である。
 実際の女性の器量はもっと多いことがほとんどだ。)

 その女性は、
レベル1の魔法(まほう)を5個覚えておくことか、
レベル5の魔法(まほう)を1個だけ覚えておくことが可能なのである。

 あるいは、
レベル2を1個とレベル3を1個という組み合わせで覚えておくことも可能だ。

 そして、一度魔法(まほう)を使用して覚えた状態になった魔力(まりょく)の器量というものは、
時間が経って消耗(しょうもう)した魔力(まりょく)が回復した後も、
同じ魔法(まほう)にしか使用できなくなるように固定化される。

 先ほどの例の女性であれば、
レベル5の魔法(まほう)を覚えてしまうと、
それで全ての器量が()まってしまうため、
レベル1やレベル2の魔法(まほう)を使用することが不可能になるわけだ。

 これが、女性の魔力(まりょく)の器量の概念(がいねん)である。

 そして、女性が整理(ソート)を迎えると、
覚えていた魔法(まほう)は全てリセットされるのだ。

 先ほどの例の女性であれば、
レベル5の魔法(まほう)を1個だけ覚えていた状態から、
レベル1の魔法(まほう)を5個覚えた状態に、
切り()えるということが可能なわけである。

 同じ魔法(まほう)を複数個覚えたい場合は、
魔法(まほう)を使用して消耗(しょうもう)した魔力(まりょく)が時間経過で回復する前に、
()り返し同じ魔法(まほう)を使用する感じである。

 そして、整理(ソート)が来るたびに、
女性の魔力(まりょく)の器量というものは、わずかずつだが変化していく。

 例えば、前回まで魔力(まりょく)の器量が5ブロック分ぐらいだった女性が、
成長する年齢(ねんれい)整理(ソート)(むか)えると6ブロック分ぐらいに増えたり、
逆に老化する年齢(ねんれい)整理(ソート)(むか)えると4ブロック分ぐらいに減ったり
と変化するわけである。

 こういった変化が起こるためか、整理(ソート)を迎えた女性は、
魔力(まりょく)の発生源とされている下腹部を中心に不調をきたすことが多い。

 腹痛や腰痛(ようつう)、人によっては頭痛や(かた)こりなんかまで起こすそうだし、
イライラしたり(おこ)りっぽくなったり、(なみだ)もろくなったりもする。

 そのストレスで、さらに体調を(くず)すという悪循環(あくじゅんかん)になる場合も少なくない。

 さらに、特に剣魔(けんま)競技にいそしんでいる若い女性ともなると、

『次に覚える魔法(まほう)どうしよう……』
(なや)みに(なや)むことになる。

 なので、女性が整理(ソート)の時期を(むか)えたら、
そっと察して支えてあげるべきだ。

 時に女性のストレスのはけ口として理不尽(りふじん)攻撃(こうげき)を受ける場合もあるが、
それも(ふく)めてである。

 リセットされている間にモンスターに(おそ)われでもしたら、
覚えたい魔法(まほう)(ちが)魔法(まほう)が固定化されてしまうような事態になりかねない。



 ちなみに魔法(まほう)の覚え方は、
魔法(まほう)を自由に使用してもよい『美殿(びでん)』と呼ばれる
バッティングセンターのような広い施設(しせつ)が、
町の色んなところに設置されているので、
そこで覚えたい魔法(まほう)を実際に使用する感じである。

 あるいは剣魔(けんま)競技の選手であれば、練習中などでも構わない。

 ただし、覚えられる魔法(まほう)の種類というものにも個性や資質の影響(えいきょう)がある。

 人によって、各属性への向き不向きというものがあるのだ。

 例えば、

『火属性と風属性は使用できるけど水属性と土属性はレベル1すら使用できない』
とか、

『火属性はレベル5まで使用できるけど風属性はレベル3までしか使用できない』
とか、そんな感じである。

 その他にも、
整理(ソート)の周期だったり、
器量のブロック数だったり、
消耗(しょうもう)した魔力(まりょく)の回復速度だったり、
魔力(まりょく)の放出速度だったり、
魔法(まほう)の連発可能な間隔(かんかく)だったり、
魔法(まほう)の精度だったりと、
個性が影響(えいきょう)する要素は多い。

 例えば、挿入(インサート)ですぐ聖剣(せいけん)を中断してしまう(りん)の場合であれば、
魔力(まりょく)の放出速度が極端(きょくたん)に速いのだろうと言えるわけだ。



「えっ?エインと同じ火属性じゃなくていいの?」

 ボクは(りん)のほうを()り返って(たず)ねる。

「火属性も残したまま、風属性も入れたいんですの。
 ワタクシ、一応は風属性も覚えられますから」

 (りん)は、うなずきながら答えた。

「一体どうして?」

 絶も不思議そうに尋ねる。

 ボクも疑問だった。

「((りん)と言えば、
  火属性の火球や爆発(ばくはつ)
  パンパンボンボンと連射していたイメージが強い……)」

 ボクは、以前にユーバイブやエックセで
チラリと観た(りん)の試合風景の動画の内容を思い出す。

「ミックスダブルスをやるのであれば、
 ペアにふさわしい魔法(まほう)を覚えないといけませんから」

 (りん)が言いながらボクを見つめてきた。

「……えっ!?ボク!?」

 ボクは(おどろ)いて立ち止まってしまう。

「他に(だれ)がおりますの?」

 (りん)も立ち止まり、不思議そうな顔をしている。

「いやいや!
 剣魔(けんま)部には大勢部員がいるし!
 ボクなんかあんな聖剣(せいけん)だし!」

 ボクは言いながら首と両手を()った。

「他の部員の方の聖剣(せいけん)でしたら、昨日全員折ってしまいましたが……?」

 (りん)は首をかしげる。

「全員折った!?」

 ボクは思わず、すごい大声を出してしまった。

「あら?お伝えしていませんでしたかしら?」

 (りん)(すず)しい顔をして(かみ)をかきあげる。

「((たてる)聖剣(せいけん)ばかりか、
  男子の部員全員が被害(ひがい)にあっていたのか……!)」

 ボクは愕然(がくぜん)としつつ、ある疑問を(おそ)(おそ)る口に出した。

「……ん、あれ?
 でも男子って三年生もまだいるから20人近くいるはずだよね……?
 (りん)って魔法(まほう)何発ぐらい()てるの……?」



 聖剣(せいけん)挿入(インサート)は、魔法(まほう)をそのまま使用するのと同じで、
込めた量に応じて魔力(まりょく)消耗(しょうもう)する。

 中学生の聖剣(せいけん)とはいえ中断させたということは、
最低でもレベル2の魔法(まほう)を使用するぐらい、
つまり1人あたり2ブロックは魔力(まりょく)消耗(しょうもう)するはずだ。



「器量のことでしたら、60とちょっとですわよ?」

 (りん)がさらりと言う。

「ろ……!?」

 ボクは開いた口がふさがらなくなった。

「(中学生女子の器量の平均って確か30ぐらいだよな!?
  軽くその倍!?
  プロの魔法(まほう)使いのトップでも70とかだから、
  ほとんどプロ並みじゃないか!
  まだ中学1年生なのに!?
  器量が良いにもほどがある!」

「えっ……?
 ちょっと待ってよ……?」

 ボクはあることに思い至る。

「今日の朝練って、もしかして……」
※作中で登場する『アース』の構造については、こちら↓をご参照ください。
 単位は全てヤードです。
 
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~



 ボクの予想は当たった。

 折れた聖剣(せいけん)の回復には、丸一日程度かかる。

 今日の朝練に参加するのは、
男子はボクと絶の2名のみ、
女子は副部長で三年生の脇名(わきな)先輩(せんぱい)を筆頭に、(りん)(ふく)めて10名のみ、
合わせてたった12名だった。

 男子は全員、聖剣(せいけん)が折れているのだから、部活も何も無いのだ。

 たぶん精神的にも、朝練という気分では無いだろう。



「木石兄のほう、(ちょう)久しぶりじゃん。
 弟が来ねーからか?
 ハハハ……」

 脇名(わきな)先輩(せんぱい)がボクの(かた)をパンパン(たた)いて笑った。

「どうも……」

 ボクは少し照れて、頭をかいて言う。



 黒髪(くろかみ)ショートでかなり日焼けした活発そうな見た目であり、
サバサバしていて裏表のない性格で、
ちょっと男勝りな感じもあるが、
男子のファンが多い先輩(せんぱい)だ。

 そして、ボクの聖剣(せいけん)を見ても笑うだけで、
悪口とかは一切言わなかった数少ない女子の一人でもある。



 さて、トレーニングウェアの上にプロテクターも装着した部員達が、
準備体操を(そろ)って済ませると、

「は~い!
 じゃあ準備体操も終わったことだし~、
 男女共まずはいつものようにグラウンド5周~!
 終わった人から基本動作ね~!」
と言いながら顧問(こもん)の下井先生がパンパンと両手を(たた)く。

「時間ないからチンタラ走るんじゃないよ!」

 同じく顧問(こもん)の美安先生が、持っているムチでパン!と地面を(たた)いた。



 美安先生は、四属性と治癒(ちゆ)属性の魔法(まほう)が使える上に、
重属性という重力を強くするような魔法(まほう)まで使える、
これまたレアケースの女性の先生だ。

 下井先生に負けず(おと)らず厳しい先生で、
ポニーテールにまとめた長い亜麻(あま)色の(かみ)清楚(せいそ)そうな顔つきの割に、
口調も厳しく、なぜかいつもムチを持ち歩いている。

 ただし、さすがにそのムチで生徒を直接(たた)いたりということはしない。

 せいぜい先ほどのように、地面や(ゆか)(たた)いて(おど)かす程度である。

『世の中には、女性にムチで(たた)かれることを(うれ)しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。

 なので、ボクなんかからすると、
かなり(こわ)くて変わっていて近づきがたい先生なのだが、
なぜか女子からは人気者で、
バレンタインの時など大量にチョコレートをもらっていたようだ。



 グラウンドを走り終わって体が温まったボク達は、
今度は基本動作の練習に入る。

 男子は聖剣(せいけん)を構えた姿勢、
女子は魔法(まほう)()てるように構えた姿勢で、
それぞれプロテクターも全身に着用したままで、
『ラダー』と呼ばれるヒモと棒がハシゴ状の形になったものを地面に置き、
そのラダーを()まないようにしながら、
色々なステップでその上を進んでいくのだ。

 本番の剣魔(けんま)の試合では、
試合の行われる『アース』と呼ばれる正方形の広いエリアを、
相手を追いかけたり、
女子の魔法(まほう)()けたり、
男子の聖剣(せいけん)から合体(ジョイント)された魔力(まりょく)()ち出す『射聖(ショット)』を()けたりしながら、
走り回って戦うことになるので、
前後左右に素早く動けるように、
色々な足運びのステップを練習するわけである。



「オイ!ラダー'()んでんぞ!
 お前も()んでやろうか!」

 美安先生のムチが、再びパン!と地面に(たた)きつけられる。

 ボクは、ビクンビクンとおっかなびっくりしながら基本動作をこなす。



『世の中には、女性に()まれることを(うれ)しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。



「ムロくんの聖剣(せいけん)て……、そんな感じなんだね……」

 ボクの聖剣(せいけん)を初めて見た絶が、悲しそうな声で言った。



 絶の聖剣(せいけん)は、片刃(かたば)だがとても長くて太さもあり、
根元から先っちょまで全部()になった、
大きな刀のようなやや反ったタイプだ。



「ハハ……。笑えるでしょ……?」

 ボクは、自分の聖剣(せいけん)と絶の聖剣(せいけん)の落差に、やや自暴自棄(じぼうじき)になって言う。

「いや、そんなことないよ……。
 ボクだって変聖期(へんせいき)に入るまでは、
 先っちょにちょこっとだけ()がある彫刻刀(ちょうこくとう)みたいな感じだったんだ……」

 絶が首と両手を()った。



 『変聖期(へんせいき)』というのは、
聖通(せいつう)した男子の聖剣(せいけん)が、少しばかり大人の聖剣(せいけん)へと変化する時期である。

 これも、いつ来るかやどのような変化が起こるかは個人差があるのだが、
基本的には
聖剣(せいけん)の長さが長くなったり、
太さが太くなったり、
()の面積が増えたり、
()片刃(かたば)から両刃(りょうば)になったりと、
プラスの方向に変化が起こることがほとんどだ。



「へー……、絶ってもう変聖期(へんせいき)来たんだ……」

 ボクは絶の聖剣(せいけん)を見ながら言う。

「(ボクも変聖期(へんせいき)が来たら、少しは(けん)らしい聖剣(せいけん)になったりしないかな……?)」

 ボクは(けん)らしくなった聖剣(せいけん)を持つ自分の姿を、おぼろげながら想像してみた。



「オイ!夢路(ゆめみち)テメー!早くやれコラ!」

 美安先生の怒鳴(どな)り声と、パン!というムチの音で
ボクはハッと我に返る。

 次はボクが基本動作する番だった。

「わっ!す……、すみません!」

 ボクは(あわ)てて基本動作を始める。



「次は、球出し行くわよ~!」

 下井先生が声を()け、部員達を2つのグループに分ける。



 『球出し』というのは、
実際に飛んでくる魔法(まほう)射聖(ショット)()けながら相手に近づく練習だ。

 と言っても、
本当に魔法(まほう)射聖(ショット)()って当たると、
プロテクターを付けていてもケガをする場合があるので、
下井先生が魔法(まほう)射聖(ショット)に見立ててテニスのラケットでテニスの球を打ち、
部員はそれを()けながら下井先生に近づいて行く、
という感じで行う。

 なので魔法(まほう)射聖(ショット)の『(たま)』ではなく、テニスの『球』なのだ。

 実際の剣魔(けんま)の試合でもケガはつきもので、
大会などでは各アースの付近に必ず治癒(ちゆ)属性の魔法(まほう)が使える教師や運営スタッフ、
大きな大会では医療(いりょう)関係者などが待機しているものである。



「紙一重で()けてんじゃねーぞ!
 本物はもっとデカい(たま)なんだ!」

 美安先生が言いながら、またムチをパン!と地面に(たた)きつけた。



 次は(りん)()ける番だ。

 ボクは球拾いをしながら、(りん)()ける様子を見てみる。

 ズザッ!ズザッ!

 ズザッ!ズザッ!

「(女子はけっこう当たっちゃうものだけど、
  さすが全国一位だけあって、(りん)はスイスイ()けるなー……)」

 ボクは(りん)が飛んで来る球を()ける様子を見ると、
感心してうんうんとうなずいてしまった。



「……は~い、いいわよ~!
 球拾い終わったら、そっちのグループが入って~!」

 下井先生が声をかける。

 次はボクと絶を(ふく)めたグループが()ける番だ。



「(おっとっと……)」

 ボクも頑張(がんば)って球をズザッ!ズザッ!と()けていく。

 下井先生は、
パン!パン!パン!パン!……!と一定間隔(かんかく)で球を出してくるのだが、
その球は
山なりだったり、
真っ直ぐだったり、
地を()うようだったり、
あるいはそれらに加えて緩急(かんきゅう)をつけたりと多種多様なので、
うっかり前の球に気を取られすぎると、すぐ当たってしまうのだ。

 きっとテニスも上手いのだろう。

 ボクに関して言えば、久しぶりな部活のせいというのもあった。



 ちなみに、こんな風に先に()った魔法(まほう)射聖(ショット)
あるいはペアを組んでいるプレイヤーの体などで、
その次の魔法(まほう)射聖(ショット)などの攻撃(こうげき)を見切られにくくすることは、
『ブラインド』、『目隠(めかく)し』、『(かく)(だま)』などと呼ばれ、
本番の試合でもよく使われるテクニックの1つだ。



「……は~い!いいわよ~!」

 ボクの聖剣(せいけん)は短いので、
下井先生もボクがかなり近づくまで終わりにしてくれない。



 この辺りも、ボクが大会でなかなか勝てなかった理由の1つである。

 聖剣(せいけん)のリーチの差が、そのままハンデになってしまうわけだ。



 さて、次は絶が()ける番である。

 スイスイ。

 スイスイ。

「(……上手い!さすが全国2位!)」

 ボクは内心でとても感心して、またうんうんとうなずいてしまう。

 ボクのように無駄(むだ)な足音なんて全然立てず、
それでいてスムーズな足運びで下井先生に近づいて行くのだ。

「は~い!いいわよ~!
 ナイス()き足ね~!」

 下井先生が練習中に()めるのは(めずら)しい。



 『()き足』もテクニックの1つで、
足首の辺りで着地の衝撃(しょうげき)をうまく吸収して、
足音を立てないようにしつつ素早く移動する足運びのことだ。

 『()き足、差し足、(しの)び足』という言い回しから来ている。

 『トロッティング』とも呼ばれ、
特に剣士(けんし)が動き回って相手をかく乱する時などに重要となるテクニックだ。



「……は~い!いいわよ~!
 次はシングルスの試合形式やっていくからね~!」

 最後の1人が終わると、下井先生がまた声を()けた。



 剣魔(けんま)のシングルスは、剣士(けんし)剣士(けんし)、または魔法(まほう)使い対魔法(まほう)使いで戦う試合形式だ。

 つまり、基本的には同性同士でやり合うことになる。

 それぞれ剣士(けんし)シングルス、魔法(まほう)シングルスと呼んだり、
(けん)単や(けん)S、あるいは()単や()Sと略して表記したりする。

 レアなケースの魔法剣士(まほうけんし)が参加する場合は、
参加するほうに合わせて、どちらかは使えないという制限がかけられる。

 ちなみに、ダブルスについても説明すると、
剣士(けんし)のペア対剣士(けんし)のペア、
魔法(まほう)使いのペア対魔法(まほう)使いのペア、
剣士(けんし)魔法(まほう)使いのペア対剣士(けんし)魔法(まほう)使いのペア、
という3パターンが有り、
それぞれ剣士(けんし)ダブルス、魔法(まほう)ダブルス、ミックスダブルスと呼んだり、
(けん)複や(けん)D、()複や()D、混複や混Dと略して表記したりする。

 ただし、中総体も(ふく)めてほとんどの大会では、
ダブルスと言えば剣士(けんし)魔法(まほう)使いのペアでやり合う、ミックスダブルスだけだ。

剣魔(けんま)と言えば、ミックスダブルス』
と言っても過言ではない花形種目なのである。



 ウチの中学にはアースが3面しかないので、
シングルスの試合形式の練習では、
各アースで対戦する選手が2×3の6人、
各アースの審判(しんぱん)が1×3の3人、
計9人がアースに入ることになる。

 最初は、ボクと絶、女子1人は入れず、
アースの外から応援(おうえん)の練習だ。

「((りん)が入るから、(りん)応援(おうえん)しようかな……)」

 ボクは、(りん)が入ったアースのほうの(かべ)へ移動する。



 アースには通常、周りに耐火レンガで(かべ)が作られているものなのだ。

 一番威力(いりょく)が出やすいとされている魔法(まほう)が火属性なので、
それに()えられる(かべ)が作られているというわけである。



 絶も(りん)を見たいらしく、ボクのすぐ(となり)にやって来た。

 (りん)の相手は、脇名(わきな)先輩(せんぱい)だ。

 2人は、正方形のアースの真ん中にある、
『*』マークのようになっている位置で握手(あくしゅ)を交わす。

「よろしくお願いいたしますわ」

「よろしくお願いします」

 握手(あくしゅ)が終わると、2人は頭のプロテクターを(かぶ)りながら、
それぞれアースの(すみ)へと移動した。

 アースの4(すみ)には、それぞれ『スタンバイエリア』と呼ばれるエリアがあり、
2人は対角になる位置のスタンバイエリアにそれぞれ入る。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 試合スタートだ。
 早速、(りん)が前方へジグザグにステップしながら距離(きょり)()めつつ、
パン!パン!と火球の魔法(まほう)を2連射する。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、

「ハッ!」
と片手側転で飛んで来た火球を()け、すぐさま水球の魔法(まほう)をドピュッ!と発射した。

 (りん)のほうは飛び()み前転の要領で、
バッ!とくぐるように飛んで来た水球を()け、さらに距離(きょり)()める。



 どちらも基本動作ではやらない動きだが、これまた有効なテクニックである。

 ちなみに、アースは土属性の魔法(まほう)も使えるように土と砂が混じった地面だが、
剣魔(けんま)では頭にもヘルメット状のプロテクターを(かぶ)るので、
顔や(かみ)の毛が(よご)れる心配はあまり無い。



 と、再び(りん)がパボン!と火属性魔法(まほう)を発射する。

 ボッ!

「キャッ!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)のプロテクターを付けた左の太ももに、
すごいスピードでヒットした。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

1(ワン)-0(ゼロ)!」
とスコアがコールされる。



 このように、魔法(まほう)使いの場合は魔法(まほう)による攻撃(こうげき)が、
剣士(けんし)の場合は聖剣(せいけん)による攻撃(こうげき)が、
相手の体のどこかにヒットすると1ポイントとなる。

 ちなみにウチの部では、アースが隣接(りんせつ)していて分かりにくいということで、
アースごとに微妙(びみょう)に音の高さの(ちが)うホイッスルを使用するようにしている。

 だが、自分が試合をしていると
『今の攻撃(こうげき)にホイッスルが鳴った』
というのは意外と判別できるもので、
同じ音のホイッスルが使われていたとしても、
そんなに混乱が起きることは無い。



 ボクと絶は、(りん)のプレイに、

「ナイスショットー!」
と声を上げ、

「いいぞ!いいぞ!本能!
 行け!行け!本能!
 もう1本!」
とパンパンと手拍子(てびょうし)でリズムを取りながら応援(おうえん)する。



 (りん)は火属性が得意だそうだが、脇名先輩(わきなせんぱい)は水属性が得意なので、
(たが)い相性は悪い。

 打ち消し合ってしまう関係だからである。

 だが、今の(りん)攻撃(こうげき)は、
先に左手で発射した火球の魔法(まほう)に、
後ろからビンタする感じで右手を近づけて
もう1つの爆発(ばくはつ)魔法(まほう)を重ねるように()つことで、
先に発射した火球を加速させてぶつけたのだ。

 プロ選手の剣魔(けんま)の試合でもたまに見られるテクニックの1つだが、
爆発(ばくはつ)の位置をうまくコントロールしないと
(ねら)った方向に真っ直ぐ飛ばないので、
かなりの練習を必要とするはずである。

 いわゆる高等テクニックというやつだ。

 この攻撃(こうげき)方法は、水属性ではちょっとマネできない。



 (りん)脇名先輩(わきなせんぱい)が先ほどとは逆の対角にあるスタンバイエリアに入ると、
ピー!と再び審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 (りん)がまたジグザグに走り出す。

 と、
ドビュルビュルーッ!と今度は脇名先輩(わきなせんぱい)のほうが先手を取った。

「!」

 (りん)が、ズザーッ!と()ん張って立ち止まる。

「あっ!?」

 ボクと絶も、思わず口に出した。

 レベル4か5ぐらいはありそうな、大きな水球の魔法(まほう)が発射されたのだ。

 その水球をバリアのように自分の前にキープしつつ、
そのまま脇名先輩(わきなせんぱい)(りん)のほうへと小走りに進んで行く。

「(どうやって対処するんだろう!?)」

 ボクはゴックンとツバを飲み()む。

「……」

 だがなんと、(りん)は棒立ちだ。

「!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、そのまま水球を(りん)へとぶつける。

 ザッパーン!

 (りん)は、何とか(たお)れないように前かがみになって()ん張りはしたものの、
その姿勢のままズズズ……と()し流されて、全身水浸(みずびた)しになった。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

1-1(ワンオール)!」
とスコアがコールされる。



 相手の大技に()えて何もせず、
一方的に魔力(まりょく)消耗(しょうもう)させて、自分は魔力(まりょく)を温存する。

 剣魔(けんま)では、どんな大技を受けても1ポイントずつしか失点しないので、
こういった選択(せんたく)もまた戦略の1つとなるわけだ。



「いいぞ!いいぞ!脇名(わきな)
 行け!行け!脇名(わきな)
 もう1本!」

 ボクと絶が、パンパンと手拍子(てびょうし)でリズムを取りながら応援(おうえん)する。

 だが、(りん)()えて何もしなかったので、
脇名先輩(わきなせんぱい)は次の戦略を練っているのか、

「うーん……」
とうなりながら難しい表情だ。



 アースの最初にいた対角のスタンバイエリアに再び2人が入ると、
ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされる。

 と、開始直後に(りん)がパン!パン!と上空へ向けて火球の魔法(まほう)を2連射した。

「(!
  あれはまさか……!?)」

 ボクは火球の行方を見上げつつ思う。

 脇名先輩(わきなせんぱい)一瞬(いっしゅん)上空へと顔を向けたが、
すぐに前に走り出し、ドピュッ!ドピュッ!と水球の魔法(まほう)(りん)に2連射した。

 (りん)はズザッ!ズザッ!と
ジグザグに動いて水球を()ける。



 ()けたあとにワンテンポ置いて、
パン!パン!と(りん)脇名先輩(わきなせんぱい)に目がけて火球の魔法(まほう)を2連射した。

 脇名先輩(わきなせんぱい)のほうも、ドピュッ!ドピュッ!と水球を2連射して、
なんと(りん)の火球にぶつける。

 ジュッ!ジュッ!と火球と水球が相殺された。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、そのまま(りん)への最短ルートへ1歩()み出す。

 そこへ、ボッ!ボッ!と火球が落下してきた。

「キャア!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)のプロテクターを付けた右肩(みぎかた)の辺りに1発が命中する。

 最初に(りん)が上空へ発射した火球が、このタイミングで落下してきたのだ。

「(院能エインの得意技、遅降弾(ラググレネードボンバー)……!
  まさか実戦に取り入れるなんて……!)」

 ボクは思わずパンパン!と大きめの拍手(はくしゅ)を送り、

「ナイスショットー!」
と絶と共に声を上げた。



 相手の動きばかりか、屋外なので風まで読まないといけないはずなのに、
タイミングも位置もドンピシャである。

 しかも同時に前方からも攻撃(こうげき)していた。

 前方と上方からの同時攻撃(こうげき)では、()けるのも防ぐのも難しいだろう。



 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

2(ツー)-1(ワン)!」
とスコアがコールされた。

「いいぞ!いいぞ!本能!
 行け!行け!本能!
 もう1本!」

 ボクと絶が、パンパンと手拍子(てびょうし)でリズムを取りながら応援(おうえん)する。



 (りん)脇名先輩(わきなせんぱい)がアースの対角にあるスタンバイエリアに入ると、
ピー!と再び審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 パン!とすぐさま(りん)が上空に火球の魔法(まほう)を発射する。

「また!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)が思わずと言った感じで口に出し、立ち止まった。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、すぐさま上空を確認しつつ、
風上になる(りん)から見て左手側に動こうとする。

 パボン!
とそこに(りん)が加速する火球を発射した。

 ボッ!

「キャア!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)()み出した、右足のクツの先っちょあたりに命中する。

「(ものすごいコントロールだ……!)」

 ボクは内心かなり(おどろ)いた。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

「ゲームセット!ウォンバイ本能!3(スリー)-1(ワン)!」
とコールされる。

 (りん)の勝利だ。



 剣魔(けんま)の試合では、3ポイント先取で1ゲーム取得となる。

 そして、中学生の多くの大会では、
魔法(まほう)シングルスでは1ゲーム、
剣士(けんし)シングルスとダブルスでは2ゲーム先取で勝利だ。

 また、剣士(けんし)シングルスとダブルスでは、1-1でゲーム数が並ぶと、
タイブレークをするルールを採用している大会が多い。

 タイブレークになった場合は、4ポイントを先取したほうが勝利だ。

 なおタイブレークでは、3-3でポイントが並ぶと、
テニスや卓球(たっきゅう)と同じくデュースとなって、
2ポイント差をつけるまでゲームが続くことになる。



「右足、大丈夫ですの?」

 再びアースの中央の『*』マークの上で脇名先輩(わきなせんぱい)握手(あくしゅ)をしながら、
(りん)脇名先輩(わきなせんぱい)の右足を見つめて心配そうに(たず)ねる。

「クツの先っちょだったから、へーきへーき。
 いやー、しっかしさすがに強いわねー……」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、とても(くや)しそうだ。

「チュー……。
 先輩(せんぱい)もまだまだ()びしろございましてよ」

 握手(あくしゅ)を終えた(りん)が、魔力(まりょく)ポーションをストローで吸うと言った。

「ゴックン。
 本当?
 アドバイスあったらちょうだいよ」

 脇名先輩(わきなせんぱい)魔力(まりょく)ポーションを1口飲むと(たず)ねる。

「あのレベル5の水球の後、
 ワタクシ側のアースがかなりグチョグチョに()れましたでしょう?
 あれをもっと利用すればいいんですの」

 (りん)が、()れた自分側のアースを()り返って指差した。

「あー……。
 それねー。分かってはいるんだけどねー」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、コクコクうなずきながら(しぶ)い表情をする。



 アースは水はけが良いとは言え、()れれば少しばかり(すべ)りやすくなるのだ。



「動きにくくなるのはもちろんですが、ワタクシだって女ですもの。
 (どろ)だらけになるのは(いや)ですからね。ホホホ……」

 (りん)が笑いながら、アースの審判(しんぱん)と交代する。

「そうだね。フフフ……」

 脇名先輩(わきなせんぱい)も笑いながら、アースから出て行く。



 次は、ボクと絶による剣士(けんし)シングルスだ。

 2人でアースに入ると、中央の『*』マークの辺りで握手(あくしゅ)を交わす。

「いい試合をしよう」

 絶が言うと、

「ハハハ……。お手(やわ)らかに……」

 ボクも言う。

「ムロさん。お兄様。
 2人共、頑張(がんば)ってくださいませ」

 審判(しんぱん)(りん)も言った。
 アースの対角のスタンバイエリアにボクと絶がそれぞれ立つと、
審判(しんぱん)(りん)がピー!とホイッスルを鳴らした。

 試合スタートだ。

 ボクはダダダ……!と、一直線に絶に向かって走り出した。

 絶もスルスル……と、ほぼ足音を立てずにボクに向かって走って来る。



 剣士(けんし)同士の試合では飛び道具が無いし、
剣魔(けんま)にはアース場外に出ると失点となるルールもあるので、
基本的にはこのようにアース中央へ真っ直ぐ向かうのがセオリーだ。



 そのまま、絶の聖剣(せいけん)のリーチまでお(たが)いに走り寄る。

 と、ビュッ!と絶がボクの()み出そうとした足先を()るように、
しゃがみながら聖剣(せいけん)()った。

 聖剣(せいけん)は、その大きさに比例して重量を増す。

 両手で()っているとはいえ、
巨剣(きょけん)
つまり巨大(きょだい)聖剣(せいけん)の絶の場合、かなりの重量のはずなのに、
ものすごいスイングスピードである。

 だが、ボクが()み出そうとした最後の一歩はフェイントだ。

 ボクは軸足に、()み出しかけた足を引き付けるように(もど)している。

 絶の聖剣(せいけん)は、紙一重で空を切った。

 ボクはそのまま、ダンッ!と両足でジャンプするように絶に飛びかかる。

 そこへ絶は、ギュルン!と先ほど聖剣(せいけん)()った勢いでそのまま体を回転させ、
ビュッ!と続けざまに聖剣(せいけん)()ってきた。

「(速っ!)」

 ボクは()りかぶりかけていた聖剣(せいけん)をすぐに()り下ろし、
絶の聖剣(せいけん)に何とか自分の聖剣(せいけん)を合わせる。

 ガキィン!

「!?」

 すごい威力(いりょく)だ。

 空中にいたボクの体全体が、
グイッ!と()されるように動かされた。

 ゴロゴロと横に転がるようにして着地したボクは、すぐさま体勢を立て直す。

 と、そこへ絶が素早く横から()りかかる。

「うひ!」

 ボクは思わず口に出しながら、それに何とか聖剣(せいけん)を合わせた。

 ガキィン!

 ボクの体勢が再び(くず)される。

 絶は再びそのまま回転する。

 体勢を立て直し、ボクは再び聖剣(せいけん)を合わせる。

 ガキィン!

 絶はさらに回転して、再び聖剣(せいけん)()る。

 ガキィン!

 絶はどんどん加速していく。

 ガキィン!

 さらに加速した。

 ガキィン!

 「(マズイ!)」

 バッ!

 ビュッ!

 ボクは絶の聖剣(せいけん)をくぐるように前転し、
聖剣(せいけん)()った絶の右側面に移動した。

「!?」

 聖剣(せいけん)空振(からぶ)りした絶は、わずかに体勢を(くず)す。

 ボクが聖剣(せいけん)を右の裏拳(うらけん)()り出す要領で()る。

 ビュッ!

 が、体勢を(くず)した絶の体が前方に流れたので、
ボクの短い聖剣(せいけん)は届かず、空を切った。

「くっ……!」

 ボクは絶に一歩()み出しながら再び聖剣(せいけん)()りかぶった。

 ビュッ!ドッ!

 ()り向きざまに絶が()った聖剣(せいけん)が、
ボクのプロテクターを付けた左腕(ひだりうで)にヒットした。

「ぐあっ!」

 ボクは思わず悲鳴を上げる。

 プロテクター()しだというのに、かなり痛い。

 ピー!と(りん)がホイッスルを鳴らし、

1(ワン)-0(ゼロ)ですわ!」
とスコアをコールする。



 アースの最初とは逆の対角のスタンバイエリアにボクと絶がそれぞれ立つと、
審判(しんぱん)(りん)がピー!とホイッスルを鳴らした。

 ボクと絶はお(たが)いに走り出す。

 絶の間合いに入る直前、絶が右腕(みぎうで)側に一瞬(いっしゅん)タメを作ったかと思うと、
ものすごいスピードでビュッ!と聖剣(せいけん)(なな)めに()ってきた。

 ガキィン!

「(!?
  しまった!)」

 ボクの聖剣(せいけん)(はじ)かれてしまう。

 間合いの外のはずだった。

 だが、1ポイント目の一撃(いちげき)を脳裏に刻まれていたボクの身体は、
無意識にガードしようと反応し、(うて)()ばしてしまったのだ。

 絶がその(すき)見逃(みのが)すはずがない。

 ()()いていく聖剣(せいけん)の勢いを一瞬(いっしゅん)で殺し、
すかさず両腕(りょううで)を大きくひねるようにして、
ボクに向かって一歩()()みながら、
今度は逆から(なな)めに聖剣(せいけん)をに()り下ろす。

 ビュッ!

 ゴロッ!

 バックステップで回避(かいひ)するのは無理と咄嗟(とっさ)に判断したボクは、
地面を横転するように絶の左腕(ひだりうで)側に向かって回避(かいひ)した。

「!」

 ビュッ!

 立ち上がりながら、ボクは左腕(ひだりうで)だけで絶に向かって聖剣(せいけん)()る。

 ズザッ!ビュッ!ズドッ!

 が、絶のほうが一枚上手だった。

 ()()いた聖剣(せいけん)ごとそのまま回転しつつ距離(きょり)を取り、
ボクの聖剣(せいけん)のリーチの外からカウンターで(どう)()(はら)われてしまった。

「うっぐ!?」

 ボクはその勢いでズザッ!と半歩ぐらい身体を持っていかれる。

 プロテクターが無かったらケガでは済まないような重い一撃(いちげき)だ。

 ピー!と(りん)がホイッスルを鳴らし、

2(ツー)-0(ゼロ)ですわ!」
とスコアをコールする。



 アースの最初にいた対角のスタンバイエリアにボクと絶がそれぞれ立つと、
審判(しんぱん)(りん)がピー!とホイッスルを鳴らした。

 ボクと絶はお(たが)いに走り出す。

 絶の間合いに入る直前、1ポイント目でそうしたように、
ボクはフェイントをかけ、一歩()()むフリをして立ち止まった。

 が、絶はそれを読んでいたのかさらに一歩()()んで
絶の右腕(みぎうで)側から聖剣(せいけん)()る。

 ボクはそれに自分の聖剣(せいけん)を合わせるようにガードの構えをした。

ビュッ!ガキィン!ゴッ!

「!?」

 ガードしたはずなのに、
ボクの左ヒジの辺りのプロテクターに絶の聖剣(せいけん)がヒットする。

 その原因はすぐに分かった。

 なんと絶は、普通に()るようなイメージで聖剣(せいけん)()ったのではなく、
右腕(みぎうで)をしならせるようにして聖剣(せいけん)の先っちょ側を先走らせたのだ。

 ヒジを真っ直ぐ()ばし、途中(とちゅう)から右の手首だけで聖剣(せいけん)()って、
右腕(みぎうで)聖剣(せいけん)が『く』の字になるようにした感じである。

 (うで)側が先で聖剣(せいけん)側が後になるようなスイングを『ハンドファースト』、
逆に聖剣(せいけん)側が先で(うで)側が後になるようなスイングを『ハンドレイト』と呼ぶが、
それをさらに極端(きょくたん)にしたわけだ。

 これではボクの短い聖剣(せいけん)普通(ふつう)に受けてしまうと、ガードにならない。

 だが、こんな巨剣(きょけん)でそれをやってのけるとは、
ものすごい手首の強さと言わざるを得ないだろう。

 ピー!と(りん)がホイッスルを鳴らし、

「ゲーム!お兄様!1(ワン)ゲームストゥ0(ゼロ)ですわ!」
とスコアをコールする。



 その後も、ボクは()るわなかった。

 絶の巨剣(きょけん)の前に防戦一方で、
何度かあったチャンスも聖剣(せいけん)の短さで、ものにできずじまい。

 結局、絶に3(スリー)-0(ゼロ)3(スリー)-0(ゼロ)のストレートで敗れた。



「ありがとう……ございました……」

 アースの中央の『*』マークの上で、
絶がハアハア言いながらボクに手を差し出した。

「ありがとう……ございました……。
 やっぱり……、さすがに……強いね……」

 ボクもハアハア言いながら手を差し出し、絶と握手(あくしゅ)を交わす。

「いや……、フゥー……。スコア的には……、」

 絶が息をついて言いかけたところに、

「スコア的には大差ですけども、白熱してましたわね!」

 (りん)(うれ)しそうに声をかけてきた。

 絶も大きくうなずき、

「ムロくんの聖剣(せいけん)が長かったら厳しかったよ」
と言ってから、『しまった』という顔になる。

「そうかもね……。
 聖剣(せいけん)が長かったらね……。
 ハハハ……」

 ボクは気にしていないフリをして笑った。

「(たら、ればの話ならいくらでもできる……。
  でも、実際問題としてボクの聖剣(せいけん)は短いんだ……。
  配られた手札、
  つまりこの聖剣(せいけん)で勝てるようにならなければ意味が無いんだ……)」

 ボクはそう思いながら、うつむく。

「その点は、ワタクシにお任せあそばせ!」

 (りん)が、自分の胸に右手を当てて言った。

「本当にボクとダブルスを……?」

 ボクは、まだ半信半疑だ。

「もちろんですわよ!」

 (りん)は、自信満々といった表情である。



「は~い!それじゃあ次はダブルスよ~!」

 下井先生がパンパンと両手を(たた)いて、(みんな)に声を()け、

「しょうがないから~、今日だけ女子同士で魔法(まほう)ダブルスね~!」
と続けてから、

「あっ、脇名(わきな)ちゃ~ん。
 今だけ絶クンと組めるかしら~?」
脇名先輩(わきなせんぱい)に声を()けた。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、普段は部長の鬼頭先輩(きとうせんぱい)とミックスダブルスのペアだが、
今はいないためだ。

「ラジャーです!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)が元気に返事をする。

「お相手はどうしましょうか~?
 夢路(ゆめみち)クンは~、さっき0(ゼロ)0(ゼロ)で負けちゃってたわよね~?」

 下井先生がボクをチラリと見て、少し残念そうに言った。

 ボクはギクリとする。

「仕方ないから~、アタシと(りん)ちゃんあたりで組んでみる~?」

 下井先生が言う。

「(確かに下井先生の言う通りだ……。
  実力差が有り過ぎては、絶の練習にならないだろう……)」

 ボクが思っていると、

「先生、ちょっとお待ちになって!」
(りん)が挙手して(さけ)んだ。

「お?何かしら~?」

 下井先生が(たず)ねると、

「ワタクシ、夢路先輩(ゆめみちせんぱい)とダブルス組んでみたいんですの!」

 (りん)は、大声で宣言した。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



 クスクスと女子の一部が笑い出した。

 ボクは、少し顔を()せる。

「ごめんね~?
 たぶん(りん)ちゃんの魔力(まりょく)じゃ~、
 夢路(ゆめみち)クンの聖剣(せいけん)もきっと中断しちゃうから~……」

 下井先生も申し訳なさそうに言うが、

「そこは()かりございませんわ!」
と、(りん)は一歩も引かない。

「そう~……?
 どうしてもって言うなら止めないけど~……。
 中断したら試合のほうも中断するわよ~……?」

 下井先生が、しぶしぶ折れた。

「レロレロ……。フフフ……。
 絶くんの大きいね……。レロ……。
 鬼頭(きとう)くんのよりも大きい……。レロレロレロ……」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は絶の聖剣(せいけん)の前にヒザをついて、
もうオーラルコミュニケーションをしている。

「さあムロさん!
 ワタクシ達も負けていられませんわ!
 勝負はもう始まってましてよ!」

 (りん)もボクの前にヒザをついた。

「う……、うん……」

 ボクは、なえていた聖剣(せいけん)をビュッ!と()くと、
(りん)の前に差し出す。

 チュッ!

 (りん)が、音を立ててボクの聖剣(せいけん)にキスをした。

「!?」

 ボクは、それを見て目を丸くする。

「レローレロー……。
 ああ……、やっぱりかわいいですわ……。レロレロ……。
 こんなかわいい聖剣(せいけん)()められるなんて……。レロー……。
 たまりませんわよ……。レロレロレロ……。
 ツルツルじゃなくてザラザラなのも(おもむ)き深いですわ……。レローレロー……」

 (りん)は、長い舌をボクの聖剣(せいけん)に器用に()わせ、
だ液を()()むように念入りに()めていった。

「(ボクなんかの聖剣(せいけん)に、
  こんな情熱的にオーラルコミュニケーションしてくれるなんて……!
  (うれ)しいけど、なぜだかすごく()ずかしいいい……!)」

 ボクは、顔を真っ赤にしてしまう。

「……さあ!準備万端(ばんたん)ですわ!」

 (りん)が立ち上がった。

 すっかりボクの聖剣(せいけん)はベトベトで、ヌラヌラと光を反射している。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたしますわ」

 ボクと(りん)、絶と脇名先輩(わきなせんぱい)がアースに入り、
中央の『*』マークの上でそれぞれ握手(あくしゅ)を交わした。
 ボクと(りん)、絶と脇名先輩(わきなせんぱい)が、
それぞれアースの4(すみ)にあるスタンバイエリアに立つ。



 ミックスダブルスの場合は、
必ず剣士(けんし)魔法(まほう)使いが(たが)(ちが)いになるように立つルールだ。



 ピー!と審判(しんぱん)がホイッスルを鳴らした。

 試合スタートである。

 ボクはダダダ……!と(りん)の前方へ(なな)めに、
(りん)もボクの前方へ(なな)めに走り出した。

 同じく絶は脇名先輩(わきなせんぱい)の前方へ(なな)めに、
脇名先輩(わきなせんぱい)は絶の前方へ(なな)めに走っている。

 ペアと合体(ジョイント)するためだ。



 剣魔(けんま)ではルール上、ホイッスルの前にあらかじめ合体(ジョイント)するのは反則である。

 そのため、ホイッスルが鳴ると同時にペアのところへ走り、
合体(ジョイント)してもらってから攻撃(こうげき)に移るのがオーソドックスなやり方だ。

 そしてミックスダブルスでは、当然のことながら、
射程が短い剣士(けんし)が前に立ち、
射程が長い魔法(まほう)使いが後ろに立つのが普通(ふつう)である。

 この剣士(けんし)が前、魔法(まほう)使いが後ろというフォーメーションを、『正常位置』。

 あるいは『フロントスタイル』と呼ぶ。

 逆に魔法(まほう)使いが前、剣士(けんし)が後ろというフォーメーションは、『後背位置』。

 あるいは『バックスタイル』と呼ぶ。

 剣士(けんし)魔法(まほう)使いが横並びになるフォーメーションは、『双頭(そうとう)位置』。

 あるいは『ダブルヘッダー』と呼ぶ。

 これ以外にも、
剣士(けんし)が前気味だが魔法(まほう)使いと(なな)めの位置になるフォーメーションを、
松葉杖(まつばづえ)をついてケンケンしている様子になぞらえて『松葉位置』と呼んだり、
逆に魔法(まほう)使いが前気味で剣士(けんし)(なな)めの位置になるフォーメーションは、
『逆松葉』と呼んだりする。



 と、パン!と(りん)が絶へと走る脇名先輩(わきなせんぱい)へ火球の魔法(まほう)を発射した。

「ハッ!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、それを片手側転で回避(かいひ)し、
すぐさまドピュッ!と(りん)へ水球の魔法(まほう)を発射する。

 (りん)もそれをゴロッ!と横転するようにして回避(かいひ)した。

 お(たが)いに合体(ジョイント)に向かうのを牽制(けんせい)した形だ。

 だが、どちらもきれいに回避(かいひ)したので、ほとんど影響(えいきょう)は見られない。

「絶くん!行くよ!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)(さけ)びながら、バッ!と絶と交錯(こうさく)する。

 ブワワッ!と絶の聖剣(せいけん)が水を帯びた。

「ムロさん!ワタクシ達も行きますわよ!」

 (りん)もボクに(さけ)ぶと、ボクの聖剣(せいけん)に右手をかざしながら
走るボクとバッ!と交錯(こうさく)する。

 メラメラッ!とボクの聖剣(せいけん)が大きな(ほのお)を帯びた。

「!」

 絶と脇名先輩(わきなせんぱい)が、(おどろ)いたようにボクの聖剣(せいけん)を見る。

「あらま~……!」

 アースの外から見ていた下井先生も、(おどろ)いたように口に出した。

 パン!パン!と、(りん)がすかさず火球の魔法(まほう)脇名先輩(わきなせんぱい)のほうに連射した。

 ビュッ!バシン!

 ビュッ!バシン!

 それを絶が(さえぎ)るように移動して、水を帯びた聖剣(せいけん)(たた)き落とす。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は後方へ下がり、絶と正常位置になると、
ドピュッ!とボクに向けて水球の魔法(まほう)を発射した。

 ビュッ!バシン!

 ボクも絶に負けじと聖剣(せいけん)で水球を(たた)き落とす。

 ボクは(りん)と松葉位置の状態から、
ダダダ……!と絶に目がけて走り出した。

 絶もボク目がけて走って来る。

 パン!パン!

 ドピュッ!ドピュッ!

 そこへ(りん)脇名先輩(わきなせんぱい)援護(えんご)射撃(しゃげき)してくる。

 ビュッ!バシン!ビュッ!バシン!

 ビュッ!バシン!ビュッ!バシン!

 ボクと絶は、ほぼ同時に聖剣(せいけん)()って、それを(たた)き落とす。

 と、
シュー……と絶の聖剣(せいけん)の水が消えてしまった。

 合体(ジョイント)していた脇名先輩(わきなせんぱい)魔力(まりょく)が使い切られたのである。

「くっ……」

 絶は険しい表情だ。

「(チャンス……!)」

 ボクは絶の上半身に向けて、ビュッ!と聖剣(せいけん)()き出す。

「!」

 絶はそれに反応して、バッ!と聖剣(せいけん)の腹を構えたガードの姿勢を取った。

 ボクの聖剣(せいけん)から、合体(ジョイント)した魔力(まりょく)()ち出す射聖(ショット)が行われると思ったのだ。

 だが、ボクのこの()きはフェイントだった。

 すかさずボクは、右腕(みぎうで)全体をひねるようにして、
聖剣(せいけん)を絶の下半身のほうへカクンと(かたむ)け、
バンッ!と射聖(ショット)する。

 ボッ!

「熱っ!」

 絶がたまらず(さけ)んで飛び()ね、
ボクの射聖(ショット)が命中した右太ももをプロテクターの上からパンパンと手ではたく。

 防具に当たったとはいえ、
威力(いりょく)の高い火属性の射聖(ショット)を受けたので当然の反応だ。



 実は、射聖(ショット)で発射される魔力(まりょく)というものは、
挿入(インサート)で込められて合体(ジョイント)した魔力(まりょく)に対して、
魔法(まほう)のレベルで言えば1、2段階ほど上の威力(いりょく)()ね上がるのである。



 ピー!と審判(しんぱん)がホイッスルを鳴らし、

1(ワン)-0(ゼロ)!」
とスコアがコールされる。

「やりましたわね!ナイスショットですわ!」

「うん!ありがとう!」

 (りん)とボクは言いながら、パァン!とハイタッチを交わす。

「(ボクの聖剣(せいけん)は短くて軽いから、
  動かすだけならかなり素早く(あつか)える……!
  でも、まさか全国レベルの選手にも通用するなんて……!)」

 ボクは内心、かなり興奮していた。



 4人がアースの先ほどとは左右を入れ()えたスタンバイエリアに
それぞれ入ると、
ピー!と再び審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 ダダダ……!とボクと(りん)、絶と脇名先輩(わきなせんぱい)は走り寄る。

 ブワワッ!

 メラメラッ!

 お(たが)い、合体(ジョイント)完了(かんりょう)だ。

 パン!パン!とすかさず(りん)が火球の魔法(まほう)を絶に連射する。

 と、絶はそれを(たた)き落とさず、スイスイと回避(かいひ)した。

 合体(ジョイント)した魔力(まりょく)を温存しようというわけである。

「!」

 それを見ると(りん)は、ザザッ!と走る方向を切り返した。

「……!」

 その動きを見た脇名先輩(わきなせんぱい)は、走る速度を上げた。

 (りん)は、絶が回避(かいひ)できないよう、
絶と脇名先輩(わきなせんぱい)が一直線に並ぶ位置に移動しようとしており、
脇名先輩(わきなせんぱい)のほうは、そうさせまいと逃げているのだ。

 一方、ボクと絶のほうは、
間もなく絶の聖剣(せいけん)の間合いに入るという位置まで走り寄っている。

 と、

「ムロさん!」
(りん)(さけ)ぶと同時に、パボン!と音がした。

「!」

 ボクは(りん)の意図を察して、すかさずその場にバッ!としゃがみ()む。

 ビュッ!バシン!

 絶がボクの背後からすごいスピードで飛んで来た火球を、
難なく(たた)き落とした。

 (りん)がボクの体と絶の体が重なったタイミングで、
つまりボクをブラインドにして加速する火球を発射したのだ。

 だが、絶はそれを読んでいたのか、
聖剣(せいけん)で防がれてしまったわけである。

「(さすが、全国2位……!)」

 ボクは思いながら、立ち上がりつつ聖剣(せいけん)をビュッ!と絶に向かって()き出す。

 フッ!

 絶が一瞬(いっしゅん)でボクの聖剣(せいけん)の突()き出された位置から右に移動すると、
ビュッ!と聖剣(せいけん)()り下ろした。

 ドビュッ!

 ビシャッ!

「うぐっ!?」

 ザッ!

 ボクは、すごいスピードで飛んで来た水球を右脚(みぎあし)に食らって、
たまらずヒザをアースについた。

 ピー!と審判(しんぱん)がホイッスルを鳴らし、

1-1(ワンオール)!」
とスコアがコールされる。

「ナイスショットー!」

「ありがとうございます!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)と絶が言いながら、パァン!とハイタッチを交わした。

「ドンマイですわ!」

「ごめん!」

 (りん)とボクも言葉を交わす。

「(まるで絶が消えたかのようだった……!
  (おそ)ろしいフットワークだ……!)」

 ボクは、内心で舌を巻いていた。
 再び4人がアースの4(すみ)のスタンバイエリアにそれぞれ入ると、
ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされる。

 と、パン!パン!と(りん)が上空に火球の魔法(まほう)を連射した。

 遅降弾(ラググレネードボンバー)だ。

「!」

 ボク、絶、脇名先輩(わきなせんぱい)はその行方を追って、バッ!と空を見上げた。

「(この感じは、たぶんアースの中央付近か!?)」

 ダダダ……!と正面に向き直ったボクと(りん)、絶と脇名先輩(わきなせんぱい)は走り始める。

 ブワワッ!

 メラメラッ!

 お(たが)い、合体(ジョイント)完了(かんりょう)だ。

 すぐさまボクは、(りん)遅降弾(ラググレネードボンバー)を利用すべく、
アースの真ん中を目指して走り始める。

 と、脇名先輩(わきなせんぱい)がそれを読んで、ドピュッ!ドピュッ!と水球を連射した。

「おっと!」

 ボクは、それを片手側転でバッ!と回避(かいひ)する。

 その回避(かいひ)した先を(ねら)って、
絶が聖剣(せいけん)をビュッ!と()き出した。

 ドビュッ!

「うっ!?」

 ビュッ!バシン!

 ボクは、すごいスピードで射聖(ショット)された水球に、ギリギリで聖剣(せいけん)を合わせた。

 チラリとボクは自分の聖剣(せいけん)を確認する。

 メラメラ。

「(火属性はまだ残ってる……!)」

 と、パン!パン!パン!パン!と(りん)が、
射聖(ショット)で早々に魔力(まりょく)を使い切った絶に向けて両手で火球の魔法(まほう)を連射した。

「くっ……!」

 絶はチラリと上空を確認すると、
ビュッ!バシン!と当たりそうな1発だけを(たた)き落としつつ、
残りをスイスイと回避(かいひ)する。

 ダダダッ!とボクが、そこに走り寄った。

「させない!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)が再びドピュッ!ドピュッ!と水球の魔法(まほう)をボクに連射する。

「うわっ!」
と言いながらも、ボクはズザッ!ズザッ!と左右に移動してそれを回避(かいひ)した。

 ボッ!ボッ!

 そこに、(りん)遅降弾(ラググレネードボンバー)が落下して来る。

 だが、今回は残念ながら、かなり手前の位置だ。

 と、それをブラインドに(りん)が、パボン!と加速する火球を発射する。

「!」

 ビュッ!バシン!

 絶が、それに聖剣(せいけん)を縦に()って合わせ、ギリギリで弾道(だんどう)()らした。

「(今だ!)」

 ボクは、動きの一瞬(いっしゅん)止まった絶に飛び()かるように聖剣(せいけん)()り下ろす。

「おっと!」

 絶は聖剣(せいけん)()り下ろした体勢のまま、
フッ!とボクから見て右に回避(かいひ)した。

 そこに、バンッ!とボクの聖剣(せいけん)から右方向に射聖(ショット)が行われ、
ボッ!と絶の右脇腹(みぎわきばら)に命中する。

「うわっ!?」

 絶は、(おどろ)いたのと命中した勢いで、そのままドサッ!と(たお)れた。



 通常、聖剣(せいけん)というものは、
先っちょから真っ直ぐにしか合体(ジョイント)した魔力(まりょく)射聖(ショット)というものができない。

 しかし、ボクの聖剣(せいけん)は出っ張った部分が無いためか、
なんと半球状の部分からならどの方向にでも好きに射聖(ショット)ができるのである。

 このことに気づいたのは、
以前のペアであった出来田さんが剣魔部(けんまぶ)を辞めてしまう直前だったので、
未だに大会では日の目を見ていないボクの必殺技の1つだ。



 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

2(ツー)-1(ワン)!」
とスコアがコールされる。

「やっぱりすごいですわよ!
 ムロさんの聖剣(せいけん)!」

「ありがとう!(りん)もナイスショット!」

 (りん)とボクは言いながら、パァン!とハイタッチを交わした。



 再び4人がアースの4(すみ)のスタンバイエリアにそれぞれ入ると、
ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされる。

 と、
今度は脇名先輩(わきなせんぱい)が最初に動いた。

 ドビュルビュルーッ!とレベル5の巨大(きょだい)水球の魔法(まほう)を発射したのだ。

 水球は、脇名先輩(わきなせんぱい)の目の前にバリアのように()かぶ。

「くぅ……!」

 ボクはひとまず、合体(ジョイント)するために(りん)のほうへと走り出す。

 (りん)はパン!と、火球の魔法(まほう)を発射して絶のほうを牽制(けんせい)しつつ、
さらにパン!と上空に遅降弾(ラググレネードボンバー)を発射した。

「!」

 絶はスイスイと飛んで来た火球の魔法(まほう)回避(かいひ)しつつ、
上空をチラリと確認する。

 ボクと脇名先輩(わきなせんぱい)も上空を見た。

「(この感じは、脇名先輩(わきなせんぱい)の位置か……!?)」

「!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)遅降弾(ラググレネードボンバー)(ねら)われていると気づいたらしく、
水球の後ろにそのまま居座らず、
水球ごと絶のほうへと移動し始めた。

 だがその動きは、ややゆっくりだ。

「(あの水球、そんなに素早く動かせないのか!)」

 そう見るや否や、ボクは(りん)のほうへ走るのをやめ、
ザッ!と絶のほうへと方向転換(てんかん)して走り出す。

「(絶が水球の後ろに(かく)れる前に間に合えば、
  ポイントが取れるかも!)」

 そうボクは思ったのだ。



 ちなみにミックスダブルスで、
このように合体(ジョイント)されなかった剣士(けんし)のことを
『放置された』と表現したり、
合体(ジョイント)しないでプレイすることを
『放置プレイ』と表現したりする。



 パボン!

 パボン!

 (りん)もボクと同じ考えらしく、絶への攻撃(こうげき)拍車(はくしゃ)をかけた。

「くっ……!」

 ビュッ!バシン!ビュッ!バシン!

 だが絶も、何とか(りん)の加速する火球を聖剣(せいけん)(たた)き落とす。

 そこにボクがダダダッ!と走り込んだ。

 絶が水球に(かく)れる前に間に合ったのである。

 しかも脇名先輩(わきなせんぱい)は自分の水球のせいで、
こちらへの射線がほぼ無い状態だ。

「(チャンス……!)」

 と、
ビュッ!と絶がボクの()み出そうとした足先を()るように、
しゃがみながら聖剣(せいけん)()った。

 だが、ボクが()み出そうとした最後の一歩はフェイントだ。

 先ほどのシングルスの、1ポイント目のプレイの再現である。

 ボクは再び、ダンッ!と両足でジャンプするように絶に飛びかかった。

 そこへ絶は、ギュルン!と先ほど聖剣(せいけん)()った勢いでそのまま体を回転させ、
ビュッ!と続けざまに聖剣(せいけん)()る。

 ガキィン!ボッキン!

「えっ!?」

 ボクと絶は、同時に口に出した。

 絶の聖剣(せいけん)の先っちょから3分の1あたり、
ボクの聖剣(せいけん)とぶつかった所から先が、折れ飛んでしまったのである。

 折れた先っちょの部分は、ヒュルヒュルヒュル……と風を切る音を(ひび)かせた後、
ザクッ!とボクと(りん)が居た側のベースライン付近に()()さり、
その直後にフワッと(けむり)のように消え去った。



 ピ……、ピー!と審判(しんぱん)の女子が(あわ)ててホイッスルを鳴らし、

「え、えーと……、この場合って……」
とキョロキョロする。

「ウォークオーバ~……。つまり~、棄権(きけん)よ~」

 下井先生が、アースの中にいるボク達に向けて声を()けた。

「ですわね……」

 (りん)もうなずく。



 剣魔(けんま)の試合中に剣士(けんし)聖剣(せいけん)が大きく折れた場合、
具体的には持ち手の部分を除いた長さの4分の1以上が折れた場合、
ルール上は競技続行不可能とされ、
聖剣(せいけん)が折れた側の選手は棄権(きけん)(あつか)いとなる。

 つまりこの場合、絶と脇名先輩(わきなせんぱい)棄権(きけん)となり、ボクと(りん)の勝利だ。



「ご、ごめん……!」

 ボクはハアハア息を切らせながら、すぐさま絶に謝る。

「いや……、大丈夫(だいじょうぶ)……。
 先っちょだけだから……。
 このぐらいなら……、そのまま夕方の部活もやれるよ……」

 絶もハアハア言いながら、左手と首を()ると、
シュン!と聖剣(せいけん)をなえて、

「でも、すごいよ!
 ボク、剣魔(けんま)中に聖剣(せいけん)が折れたのなんて初めてだもん!
 きっと、すっごく(かた)いんだね!
 ムロくんの聖剣(せいけん)!」
とボクの聖剣(せいけん)()でるように(さわ)ってきた。

「そ、そんなことないよ……」

 ボクは照れて頭をかき、

「(でも言われてみれば、プロ選手の剣魔(けんま)の試合なんか観てても、
  聖剣(せいけん)が折れてるところなんてほとんど見ないような……?)」
と思いながら、グリグリと(さわ)られている自分の半球状の聖剣(せいけん)を見つめた。