再び4人がアースの4隅のスタンバイエリアにそれぞれ入ると、
ピー!と審判のホイッスルが鳴らされる。
と、パン!パン!と倫が上空に火球の魔法を連射した。
遅降弾だ。
「!」
ボク、絶、脇名先輩はその行方を追って、バッ!と空を見上げた。
「(この感じは、たぶんアースの中央付近か!?)」
ダダダ……!と正面に向き直ったボクと倫、絶と脇名先輩は走り始める。
ブワワッ!
メラメラッ!
お互い、合体完了だ。
すぐさまボクは、倫の遅降弾を利用すべく、
アースの真ん中を目指して走り始める。
と、脇名先輩がそれを読んで、ドピュッ!ドピュッ!と水球を連射した。
「おっと!」
ボクは、それを片手側転でバッ!と回避する。
その回避した先を狙って、
絶が聖剣をビュッ!と突き出した。
ドビュッ!
「うっ!?」
ビュッ!バシン!
ボクは、すごいスピードで射聖された水球に、ギリギリで聖剣を合わせた。
チラリとボクは自分の聖剣を確認する。
メラメラ。
「(火属性はまだ残ってる……!)」
と、パン!パン!パン!パン!と倫が、
射聖で早々に魔力を使い切った絶に向けて両手で火球の魔法を連射した。
「くっ……!」
絶はチラリと上空を確認すると、
ビュッ!バシン!と当たりそうな1発だけを叩き落としつつ、
残りをスイスイと回避する。
ダダダッ!とボクが、そこに走り寄った。
「させない!」
脇名先輩が再びドピュッ!ドピュッ!と水球の魔法をボクに連射する。
「うわっ!」
と言いながらも、ボクはズザッ!ズザッ!と左右に移動してそれを回避した。
ボッ!ボッ!
そこに、倫の遅降弾が落下して来る。
だが、今回は残念ながら、かなり手前の位置だ。
と、それをブラインドに倫が、パボン!と加速する火球を発射する。
「!」
ビュッ!バシン!
絶が、それに聖剣を縦に振って合わせ、ギリギリで弾道を逸らした。
「(今だ!)」
ボクは、動きの一瞬止まった絶に飛び掛かるように聖剣を振り下ろす。
「おっと!」
絶は聖剣を振り下ろした体勢のまま、
フッ!とボクから見て右に回避した。
そこに、バンッ!とボクの聖剣から右方向に射聖が行われ、
ボッ!と絶の右脇腹に命中する。
「うわっ!?」
絶は、驚いたのと命中した勢いで、そのままドサッ!と倒れた。
通常、聖剣というものは、
先っちょから真っ直ぐにしか合体した魔力の射聖というものができない。
しかし、ボクの聖剣は出っ張った部分が無いためか、
なんと半球状の部分からならどの方向にでも好きに射聖ができるのである。
このことに気づいたのは、
以前のペアであった出来田さんが剣魔部を辞めてしまう直前だったので、
未だに大会では日の目を見ていないボクの必殺技の1つだ。
ピー!と審判のホイッスルが鳴り、
「2-1!」
とスコアがコールされる。
「やっぱりすごいですわよ!
ムロさんの聖剣!」
「ありがとう!倫もナイスショット!」
倫とボクは言いながら、パァン!とハイタッチを交わした。
再び4人がアースの4隅のスタンバイエリアにそれぞれ入ると、
ピー!と審判のホイッスルが鳴らされる。
と、
今度は脇名先輩が最初に動いた。
ドビュルビュルーッ!とレベル5の巨大水球の魔法を発射したのだ。
水球は、脇名先輩の目の前にバリアのように浮かぶ。
「くぅ……!」
ボクはひとまず、合体するために倫のほうへと走り出す。
倫はパン!と、火球の魔法を発射して絶のほうを牽制しつつ、
さらにパン!と上空に遅降弾を発射した。
「!」
絶はスイスイと飛んで来た火球の魔法を回避しつつ、
上空をチラリと確認する。
ボクと脇名先輩も上空を見た。
「(この感じは、脇名先輩の位置か……!?)」
「!」
脇名先輩も遅降弾で狙われていると気づいたらしく、
水球の後ろにそのまま居座らず、
水球ごと絶のほうへと移動し始めた。
だがその動きは、ややゆっくりだ。
「(あの水球、そんなに素早く動かせないのか!)」
そう見るや否や、ボクは倫のほうへ走るのをやめ、
ザッ!と絶のほうへと方向転換して走り出す。
「(絶が水球の後ろに隠れる前に間に合えば、
ポイントが取れるかも!)」
そうボクは思ったのだ。
ちなみにミックスダブルスで、
このように合体されなかった剣士のことを
『放置された』と表現したり、
合体しないでプレイすることを
『放置プレイ』と表現したりする。
パボン!
パボン!
倫もボクと同じ考えらしく、絶への攻撃に拍車をかけた。
「くっ……!」
ビュッ!バシン!ビュッ!バシン!
だが絶も、何とか倫の加速する火球を聖剣で叩き落とす。
そこにボクがダダダッ!と走り込んだ。
絶が水球に隠れる前に間に合ったのである。
しかも脇名先輩は自分の水球のせいで、
こちらへの射線がほぼ無い状態だ。
「(チャンス……!)」
と、
ビュッ!と絶がボクの踏み出そうとした足先を刈るように、
しゃがみながら聖剣を振った。
だが、ボクが踏み出そうとした最後の一歩はフェイントだ。
先ほどのシングルスの、1ポイント目のプレイの再現である。
ボクは再び、ダンッ!と両足でジャンプするように絶に飛びかかった。
そこへ絶は、ギュルン!と先ほど聖剣を振った勢いでそのまま体を回転させ、
ビュッ!と続けざまに聖剣を振る。
ガキィン!ボッキン!
「えっ!?」
ボクと絶は、同時に口に出した。
絶の聖剣の先っちょから3分の1あたり、
ボクの聖剣とぶつかった所から先が、折れ飛んでしまったのである。
折れた先っちょの部分は、ヒュルヒュルヒュル……と風を切る音を響かせた後、
ザクッ!とボクと倫が居た側のベースライン付近に突き刺さり、
その直後にフワッと煙のように消え去った。
ピ……、ピー!と審判の女子が慌ててホイッスルを鳴らし、
「え、えーと……、この場合って……」
とキョロキョロする。
「ウォークオーバ~……。つまり~、棄権よ~」
下井先生が、アースの中にいるボク達に向けて声を掛けた。
「ですわね……」
倫もうなずく。
剣魔の試合中に剣士の聖剣が大きく折れた場合、
具体的には持ち手の部分を除いた長さの4分の1以上が折れた場合、
ルール上は競技続行不可能とされ、
聖剣が折れた側の選手は棄権の扱いとなる。
つまりこの場合、絶と脇名先輩の棄権となり、ボクと倫の勝利だ。
「ご、ごめん……!」
ボクはハアハア息を切らせながら、すぐさま絶に謝る。
「いや……、大丈夫……。
先っちょだけだから……。
このぐらいなら……、そのまま夕方の部活もやれるよ……」
絶もハアハア言いながら、左手と首を振ると、
シュン!と聖剣をなえて、
「でも、すごいよ!
ボク、剣魔中に聖剣が折れたのなんて初めてだもん!
きっと、すっごく硬いんだね!
ムロくんの聖剣!」
とボクの聖剣を撫でるように触ってきた。
「そ、そんなことないよ……」
ボクは照れて頭をかき、
「(でも言われてみれば、プロ選手の剣魔の試合なんか観てても、
聖剣が折れてるところなんてほとんど見ないような……?)」
と思いながら、グリグリと触られている自分の半球状の聖剣を見つめた。
キーンコーンカーンコーン……。
「えー……、月末には今年も体育祭があるぞぉ。
黒板に種目を書いてくから、各自で参加したい種目に立候補するようにぃ。
……あっ、ダンスは全員参加、棒倒しは男子、
玉入れは女子は全員参加だからなぁ?
あと、立候補しなかった奴は先生が適当に決めちゃうぞぉ?」
益垣先生が帰りの会で言うと、体育祭の種目を順番に黒板へと書き出した。
クラスの皆はザワザワとしだす。
「(体育祭かー……。嫌だなー……)」
ボクは、かなり憂鬱な気分になった。
走るのはどちらかと言えば速いほうなのだが、
友達がいないので団体種目はできればやりたくないのである。
特にダンスとか棒倒しとか、
団体でやる種目なのに強制なものがあるというのが辛い。
それにイケてない男子が、
クラス対抗リレーみたいな花形種目に出るわけにもいかないだろう。
色々と制約が多いのだ。
「(かと言って残る種目は……?
障害物競走は、個人種目だけど何となくやりたくないし……)」
ボクが悩んでる間に、どんどん各種目の参加者が埋まっていく。
「あのう……。
ボク、クラス対抗リレーに出てもいいかな……?
すっごく足が速いってわけじゃないんだけど……」
絶がボクの隣で、おずおずと手を挙げた。
「オオー!」
と皆が歓声を上げ、
「いいよー!」
と賛同する。
「えへへ……」
絶は頭をかいた。
このように、人気者なら花形種目に出ても全く問題ないのだ。
それに、絶は少なくとも剣魔競技で強いと証明されているわけなので、
運動神経が良いと見なされ、クラスメイトの期待も大である。
益垣先生もニコニコしながら、
『本能』とクラス対抗リレーに書き込んだ。
「(しょうがない……。
一緒になる人には悪いけど、
ムカデ競争あたりでお茶を濁すとするか……)」
そう思いながらボクが手を挙げようとした、その時である。
「ムロくんも足が速いから、クラス対抗リレーに出たらいいのに」
絶が言った。
一瞬の静止。
クラスはシーンと静まり返る。
「(絶……。何気ない感じで言ったが、それはかなりの爆弾発言だ……)」
ボクは、心の中で頭を抱えた。
今のクラス対抗リレーのメンバーは、
クラスで一番足が速い野球部の下仁田、
足の速さはそこそこだが運動神経が良くて、
クラスではムードメーカー的な存在であるテニス部の江口、
そして転校2日目にしてクラスの人気者で剣魔では全国2位という絶である。
そこに、特に期待値も人気も高くないボクなんかが入る余地など無いのだ。
もっと言うと、たとえ足が速かろうが入らないほうが良いとさえ言えた。
スクールカースト最下位のボクを、頑張れ頑張れと応援するなんて、
応援する側の気持ちというものが入らないだろう。
勝ちを取るかどうかなんて以前の話になるわけである。
「いや……、ボクはムカデ競争やるからいいよ……」
重苦しい空気の中、何とかボクは言った。
我ながら、出来た人間である。
「ムカデ競争は、もう人数足りてるぞぉ?」
益垣先生が言った。
「(あああ……!)」
ボクは机に突っ伏す。
遅かったのだ。
クラスの皆がクスクスと笑い出した。
「(穴があったら入りたい……!)」
ボクは思いながらも何とか再び手を挙げ、
「じゃ……、じゃあ障害物競走……」
と顔を真っ赤にして言い直す。
「……いや、待て皆」
江口が口を開いた。
「確かにムロは友達いないけど……」
「(うるさいぞ、江口)」
ボクは反射的にそう思った。
思ったが、
「(『けど』……?)」
と江口のほうを振り返って、次の言葉を待った。
「オレ、こいつとは同じ小学校だったんだけど、
足は速いんだよ確かに。足は。
だからオレもこいつをリレーに推薦する」
江口が腕組みしながら言った。
まさかの助け舟である。
あるいはボクではなく、
絶が責任を感じるかもと思ってのことなのかもしれない。
しかし、当のボクとしては、かなり複雑な心境だ。
「(足の速さを認めてくれて味方になってくれるのは嬉しい!
嬉しいけど、本人であるボクの意志は!?
障害物競走でいいんだってば!)」
正直に言ってこんな感じである。
「じゃあこれで決定なぁ」
益垣先生が、『木石』とクラス対抗リレーに書き加え、
まだどこにも参加表明していなかった数名のクラスメイト達の名前も、
適当に書き込んでいく。
「(あっ……)」
とボクは思ったが、
「やったね!ムロくん!」
絶は無邪気にボクの隣で喜んでいる。
「反対意見あるなら今のうちだぞぉ?
皆、早く帰りたいよなぁ?」
益垣先生が言う。
もはやボクは、何も言えなかった。
皆も何も言わない。
喜んでいる絶と、早く帰りたい皆の気持ちに
水を差すわけにもいかないだろう。
「……どういうつもりだよ?」
帰りのあいさつを済ませた教室で、ボクは江口に詰め寄った。
「お?リレーの打ち合わせ?」
下仁田もやって来る。
「ムロお前、昨日体育の前にグラウンド走ってたろ?」
江口がボクを見て言った。
「あっ……」
ボクは思い至る。
「(あれを見られてたからかー……!)」
ボクは、心の中で頭を抱えた。
そう。
トレーニング室に絶が来て、気まずかったボクは、
筋トレを中断して教室に帰って体操服に着替えた後、
本当にグラウンドに走りに行ったのだ。
「マジに?やる気満々じゃん」
下仁田がボクの顔を覗き込むように見てくる。
「すごい!さすがだね!」
絶も同調した。
「いや……、あれは違うんだけど……」
ボクは口ごもる。
「(部活もろくに行かなくなっていた奴が、
『昼休みにやることが無いから走っていた』
とか、
『身体を鍛えるために走っていた』
とかの言い訳をするのは、ちょっと無理があるよなあ……)」
と思ってしまったからだ。
「やる気が無い奴より、有る奴のほうがいいじゃん?
まあ体育祭に向けてじゃなくても、普段から走ってる奴のほうがさ?
それに実際速いしな。
ウチのクラスって陸上部1人もいないし」
江口が、そう言いながらボクの右肩を左手でパンと叩いた。
「バトンの練習する?」
下仁田が言い、
「あれって借りられるのかな?」
絶が言うと、
「体育倉庫にあるから大丈夫だよ。体育の授業の前にやろうぜ」
と江口が仕切り、
「おう。ラジャー」
下仁田が賛成。
「分かった!よろしくね!」
絶も賛成だ。
「……分かったよ」
ボクも、しぶしぶ折れた。
今さら参加する種目を変えるというのも難しいだろう。
かと言って、体育祭の当日に休んだりしてまで出たくないというほどでもない。
「(ハアアア……。
なにも考えずに、ただただ全力で走ろう……)」
ボクは心の中で、深い深いため息をつきながらそう決めた。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
「じゃあ、夕練も頑張ってね……」
下駄箱まで一緒にやって来ると、ボクは絶に向かって呟くように言った。
「本当に朝練だけで、夕練は来ないのかい?」
絶は、とても不満げだ。
「あー……、うーん……」
ボクは何とも言えない態度を取ってしまう。
正直な話、部活はかなりやりたい。
ボクは将来は剣士になりたいし、
聖剣を大っぴらに振れる剣魔という競技のことは大好きだし、
何より剣魔はプレイしていてとても楽しい。
何なら大会に勝てるかどうかとか、将来剣士になれるかどうかとかより、
好きなこと楽しいことを今はしていたいだけとさえ言えるかもしれないのだ。
しかし、剣魔部には弟の立がいる。
剣魔はやりたいが、立の前ではボクの聖剣を抜きたくない。
例えば、立が部活に参加せずに眺めているだけだとしても、
その状況でおいそれと剣魔をプレイしていられる気分ではないのだ。
「(そう考えると……)」
下駄箱を出たところで、ボクは思い至った。
「立がいる限り、ボクは部活も大会も出る気分になれないから……」
ボクは、そう口に出してしまう。
「それは違うと思う」
絶が即座に言った。
ハッとボクも気づく。
「その……、うまく言えないけどさ……」
絶は、ボクを見つめたまま続ける。
「ムロくんの人生は、ムロくんの物だよ。
ムロくんは、立くんに『死ね』って言われたら、死ぬのかい?」
絶はそう言ってから、
「あっ……。
いや、その……。
例えと言うか……、極端な話としてね……?」
と慌てたように首と両手を横に振った。
「う、うん……。分かってるよ……」
ボクは言うが、
「分かってるけど……、とりあえず……、今日は帰る……。
ホントにゴメン……」
ボクはそう言ってから、くるりと校門のほうを向くと、そのまま歩き出した。
「……うん」
絶は何か言いたげだったが、そのまま何も言わなかった。
「(『ボクの人生は、ボクの物』か……)」
ボクは校門を出て歩きながら、絶に言われたことを考える。
「(でもボクは……)」
ボクは思った。
「(でもボクは、立に『死ね』って言われたら、
きっと死んでしまうと思う……)」
自分でもおかしいと分かっている。
分かってはいるが、それがどうしてなのかは、ボク自身にも分からなかった。
ボクは夕暮れの中、家までの道のりをトボトボと歩く。
ポコン!
ふいにスマホの通知音が鳴った。
絶からのインランだ。
『立くん部活に来てないよ?』
ガチャ……、バタン。
ボクは、我が家の玄関に入った。
立のクツがある。
「(まさか……)」
ボクは、廊下をリビングへと向かい、
ガチャ……とリビングと廊下を仕切るドアを開けた。
パジャマ姿の立が、テーブルでスマホをいじっている。
「……」
ボクも立も無言だ。
バタン。
ボクはそのままリビングのドアを閉め、自分の部屋へと着替えに向かった。
「(立が、倫に聖剣を中断されて傷ついて、学校を休んだ……。
それは、ボクの人生には関係ない……)」
ボクは、制服から着替えながら思う。
「(関係ない……?
ならどうして……、こんなにも悲しい気持ちになるのだろう……?)」
ボクは、泣き出してしまいそうな自分の気持ちに気づいていた。
着替えを終えたボクは、そのままベッドにうつ伏せになってしまう。
涙までは流れない。
でも、とても悲しいのだ。
「(ボクより聖剣の恵まれている立が、
こんなつまらないことでつまずいているから、
悲しいのだろうか……?)」
ボクは自分がどうして悲しいのか、考えていた。
「(ボクが立の立場だったら……。
聖剣が恵まれているのに女の子に中断させられてしまったとしたら、
立と同じように傷ついたのだろうか……?)」
ボクは、立の気持ちを何とか理解してあげたかった。
「(理解なんてされても、きっと立は迷惑だろうな……。
フフフ……)」
ボクは、自分で自分をバカにした。
「(でも……)」
ボクはベッドの上で寝返りをうち、仰向けになる。
「(聖剣に恵まれた立は……、
きっとフィクションの主人公になった気分だったんだろうな……)」
ボクは、撲滅ブレードの主人公である金太と、立を心の中で重ねた。
「(カッコイイ主人公……。
才能に恵まれた主人公……。
努力が必ず報われる主人公……。
挫折しそうになっても絶対に諦めない主人公……。
夢や目標を達成する主人公……。
最後には必ず勝つ主人公……。
女の子にモテモテな主人公……)」
ボクは、都合の良い設定を並べてみる。
「(聖剣に恵まれた立はきっと、
自分がそんな完璧な主人公になれると、
勘違いしてしまったんだ……)」
ボクは思った。
ボクが聖通した時に味わった、大きな挫折。
そして絶望。
それを今、立が味わっているのかもしれない。
「(けれど……)」
ボクは、こうも思った。
「(『聖剣に恵まれていないボクの分まで頑張れ』
なんて言われても、
立は励まされないし、きっと頑張れないよな……)」
ボクはベッドの上で寝返りをうち、再びうつ伏せになる。
「(そう言えば、立の夢って何なんだろう……?)」
ボクは思った。
「(子供が考えるような非現実的な夢じゃなくて、もっと現実的な
将来なりたい職業とかやりたい仕事とかってあるのかな……?)」
ボクはベッドにうつ伏せになったまま、首をひねって考えてみる。
「(弟のことなのに、分かんないや……。
ハハハ……)」
ボクは、自分で自分を笑った。
「(考えてみれば、ボクは立の何を知っているのだろう……?)」
ボクは、ふと疑問に思う。
立には、今でこそ無視されているが、
それまではずっと仲が良く、
せいぜい子供の頃にちょっとした口ゲンカをしたことがあるぐらいだった。
暴力を使うケンカなんかした記憶が無いし、
剣魔の試合だってしたことが無かったのである。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
「立の夢って何?」
夕食のおかずの棒棒鶏が用意されたテーブルに着くと、
ボクはおもむろに立に尋ねた。
「……」
既に夕食に手をつけていた立の返事は無い。
モグモグと口を動かすのに忙しそうだ。
分かっていた。
「ボクは将来、剣士になりたいんだ」
ボクは、構わず続ける。
「!?
ゲホッ!ゲホッ!」
立が、ボクの不意打ちに咳き込んだ。
これも分かっていた。
「(ボクの夢が一番現実的じゃない。
そんなことは、ボク自身が一番よく分かっているんだ)」
「だからボク、明日から普通に部活行くよ。
朝練も、夕練も」
ボクは立の反応を気にせず、さらに続ける。
「無理だろ……。剣士なんか……」
立が口を開いた。
「『オレでさえ無理なのに』
ってこと?」
ボクは立に言う。
「!」
立が、目を見開いてボクを見た。
「ボクは、立ならボクなんかよりずっと立派な剣士になれると信じてるよ?」
ボクは、大きくうなずきながら立に言う。
ウソではない。
ボクは心の底から、
立なら自分なんかより素晴らしい剣士になれると信じていた。
「ならねーよ!剣士になんか!」
立が強い口調で言う。
「やっぱりそっか……」
ボクは言った。
「悲しいけど、立の夢は別にあるんだね……」
これもウソではなかった。
聖剣に恵まれている弟が、その聖剣を生かさない。
それは、聖剣に恵まれていないボクにとって、とても悲しいことだ。
「お前に、オレが剣士になるかどうかなんて、関係ねえだろ……」
立は、声こそトーンを抑えたが、イラついている様子で言った。
「そうかもしれないね」
ボクはうなずき、
「だから、ボクが剣士を目指すのも関係ないかな?」
と続けて尋ねる。
「それは……」
立は一瞬、言葉を詰まらせ、
「関係はねーよ……。
関係はねーけど……。
お前がカッコ悪いと弟のオレが迷惑と言うか……。
世間体と言うか……」
と不満げに言った。
普段無視しているボクに、
弁論で振り回されているのが気に食わないのだろう。
「じゃあ勝負しようよ」
ボクが言うと、
「!?」
と立は、また目を見開いてボクを見た。
「明日の部活でボクとシングルスで勝負してよ。
ボクが勝ったら、ボクは部活を続ける。
立が勝ったら、ボクは部活を辞める」
ボクは、勝手なことを言っていると分かりながら言う。
「なんだよそれ……。
勝ってもオレに大してメリットねえじゃねえか……」
立がもっともなことを言った。
「じゃあ勝負はしない?
ボクの不戦勝ってこと?
ボクが普通に部活に行っても構わないかな?」
ボクは、わざとニコニコしながら立に言う。
「……そんなに現実見てえなら教えてやるよ」
そう言うと立は、残りの夕食を口にバッと放り込み、
箸をテーブルに叩きつけるようにバシッ!とおいて、
勢いよくイスから立ち上がると、
口をモグモグと動かしながらリビングを出て行った。
「……母さん、ケンカは感心しないな」
黙ってテーブルに着いていた母さんが、ふいに口を開く。
「ケンカじゃないから大丈夫だよ」
ボクは母さんを見て、
「男と男の勝負ってやつ。ハハハ……」
と笑い、ようやく夕食の棒棒鶏に手をつけ始めた。
「(そう……。
この勝負は、ボクにしかメリットが無い……)」
ボクは夕食を食べながら思う。
「(ボクが勝ったら、ボクは好きな剣魔が続けられる。
そしてボクが負けたら、
立がそのままスムーズに部活に復帰できるはず……。
そしてボクは……、立にきっと勝てない……)」
翌日。
今日もボクは、絶と倫と一緒に剣魔部の朝練に顔を出す。
昨日とは打って変わって、部長の鬼頭先輩を筆頭に男子部員達の姿もあった。
ボクと絶が男子部室に入ると、皆が一瞬静まり返った後、
「おはようございます!」
と一年生があいさつをしてくる。
「おはようございます!」
3年生もいるので、ボクと絶も敬語であいさつをした。
だが、立の姿は見えない。
これは予想できたことである。
「(勝負は夕練の時だ……)」
ボクは、静かに覚悟を決めていた。
「ムロ……。
お前……、倫ちゃんとダブルスのペア組むの……?」
着替えを終えた鬼頭先輩が、ボクに声を掛けてくる。
「そのことなんですけど……。
ボク、今日の夕練で立とシングルスで勝負します」
ボクは言った。
「勝負?」
鬼頭先輩と絶が同時に尋ねる。
絶にもまだ秘密にしていたのだ。
「立に負けたら、ボクは部活を辞めます」
ボクはキッパリと宣言した。
「えっ!?」
絶が驚く。
「それは……。
オレに止める権利は無いけど……。
倫ちゃんと組めるならダブルスだけでもさ……」
鬼頭先輩は、少し口ごもるように言った。
ボクの聖剣に望みは無いが、倫と一緒ならばあるいは、というところだろう。
昨日の朝練で、ボクが倫と合体できたこと、
絶と脇名先輩のペアに善戦していたことを、きっと誰かから聞いているのだ。
「立くんに何か言われたの!?」
絶が、ボクの両肩を掴んで揺さぶってきた。
「ちょっと違うかな……。
ボクが何か言われたというより……、
立に剣魔してもらわないとボクが嫌というか……。
ボクは勝負して立に認めてもらえたら、部活続けるよ……」
ボクはうまく説明できないが、何とか言う。
「昨日も言ったけど、立くんは関係ないでしょ!」
絶は、少し怒ったような声を出した。
「関係あるんだよ!
ボクだけが剣魔するのは違うんだ!
それに、ボクが剣魔するのなら、立に納得してもらわないと嫌なんだ!
こんな聖剣でも勝てるってことを、立に見せつけないとダメなんだ!」
ボクも語気を強める。
ボクの意志は、すっごく固いのだ。
「そんなことないって……」
絶は、ボクが大きな声を出したせいか、少しトーンダウンする。
「逆に聞くけど、ボクが立に勝てないなら、大会でも勝てないと思わない?」
ボクは絶に尋ねた。
「それは……。
でも、ボクには勝ったじゃないか……」
絶が呟くように言う。
「ダブルスで、だし、聖剣が折れただけじゃないか……」
ボクも呟くように返す。
「……」
絶も鬼頭先輩も、もう何も言わなかった。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
帰りの会も終わり、夕練の時間になる。
顧問の下井先生と美安先生にも、勝負については事前に話を通しており、
『ウォーミングアップと基本動作が終わってからなら~……』
という条件で勝負することを許してもらえた。
ボクと立がアースに入り、真ん中の「*」マークの辺りに向かい合って立つと、
「家でも言った通り、ルールは剣士シングルス。
ボクが勝ったら、ボクは部活を続ける。
ボクが負けたら、ボクは部活を辞める」
とボクが言う。
「……」
立は何も言わず、こちらをジロリとにらむように見つめている。
「ちょっと待った」
審判を買って出てくれた鬼頭先輩が、口を開いた。
「その取り決めだと、立はあんまりやる気が出ないんじゃないか?」
鬼頭先輩が立を見ながら言う。
「それは……、まあ……」
立が少しだけ、うなずきながら言った。
「だから、オレから追加ルールだ。
立がムロに完勝したら、
つまり1ポイントも取られずに勝ったら、
立を団体戦のレギュラーにしてやるよ」
鬼頭先輩が言い放つ。
「マジですか……!?」
立の目の色が変わった。
「じゃあ、本気でやります!」
立が、首をかしげるようにしてポキポキと首の骨を鳴らし、
続けて両手を組むようにしてポキポキと手の指の骨も鳴らす。
そして、刀を抜くようにビュッ!と聖剣を勢いよく抜くと、
くるりと振り返り、頭のプロテクターを被りながら、
アースの隅にあるスタンバイエリアにスタスタと歩き出した。
「そうこなくっちゃ……!」
ボクもそれを見てニコリとしながら、
刀を抜くようにビュッ!と聖剣を勢いよく抜くと、
立が向かったのと対角の位置にあるスタンバイエリアに、
頭のプロテクターを被りながら小走りで向かう。
「(本気の立と勝負しなければ、意味が無い……。
本気の立と勝負して、ボコボコにされて負けたのなら、
ボクの夢も諦めきれるというものだ……)」
ボクは思った。
「(だが……)」
ボクは、こうも思った。
「(当然、ボクだって本気でやらせてもらう……!)」
ボクは、ワザと立に負ける気なんてさらさら無いのだ。
なぜなら、ボクだってフィクションの主人公に憧れているのだから。
スタンバイエリアにボクと立が入って向かい合うと、
ピー!と審判の鬼頭先輩がホイッスルを鳴らした。
試合スタートだ。
ボクは、ダダダ……!と一直線にアースの真ん中へ向かう。
立も同様である。
立の聖剣の間合いまで残り1歩というところで、ボクはフェイントをかけた。
軸足にかかる走る勢いを、
その足で真後ろに向かって跳ぶような要領で一気に殺し、
次の1歩を踏み出す直前にピタリと静止するのだ。
ふくらはぎと太ももの筋肉を痛くなるほど酷使するが、
ボクが編み出した必殺技みたいなものである。
この技を使うことで、大抵の相手は、
もうボクが間合いに入って来たと思い込んで、大きく空振りしてくれるのだ。
ボクの半球状の短い聖剣を見れば、適当に振ってもガードは難しいだろうし、
最悪ガードされてしまったとしても、
リーチが違いすぎて反撃できないだろうと考えるからである。
だが、立は振らなかった。
立は走る勢いそのままに、大きく突きを繰り出していた。
線ではなく、点で来る攻撃。
静止してしまったボクは、格好の的になった形だ。
ガキィン!ズガッ!
ボクは、何とか自分の聖剣を立の突きに合わせて直撃は回避したが、
逸らしきれなかった立の聖剣が、
ボクの左脇腹の辺りのプロテクターに命中した。
ピー!と鬼頭先輩がホイッスルを鳴らし、
「1-0!」
とスコアをコールする。
「いいぞ!いいぞ!立!
行け!行け!立!
もう1本!」
とギャラリーから手拍子と声援が上がった。
「っしゃあ!」
立も、左拳を高々と振り上げている。
だが、ボクは『先手を取られた』とか『悔しい』とか、
そんなこととは別のことを考えていた。
「(立……。
お前……、もしかして……)」
ボクと立が、先ほどとは逆の対角にあるスタンバイエリアに入ると、
ピー!と再び審判の鬼頭先輩がホイッスルを鳴らす。
ボクと立は、それぞれ一直線にダダダ……!とアースの真ん中へと向かった。
立の間合いに入る直前、ボクは立から見て左側に、
利き腕ではないほうにスッと移動してみる。
立はそこに、利き腕側から大きく聖剣を振り回すように、
ボクの上半身を狙って攻撃を繰り出してきた。
ボクは、自分の聖剣を構え、立の聖剣に難なく合わせる。
ガキィン!
お互いに聖剣が弾かれ、やや体勢を崩した。
だが、立はその体勢を崩した状態から、体勢を戻しきらないまま、
再び大きく聖剣を振り回すように、ボクの上半身を狙ってくる。
ボクは、バッ!と立の聖剣をしゃがみ込んで回避すると、
立の大きく踏み出された左脚を刈るようにビュッ!と聖剣を振った。
ゴッ!
立の左脚の、すねの辺りのプロテクターに命中する。
ピー!と審判の鬼頭先輩がホイッスルを鳴らし、
「1-1!」
とスコアをコールした。
「オォ……!」
とギャラリーからどよめきが上がり、すぐさま
「いいぞ!いいぞ!夢路!
行け!行け!夢路!
もう1本!」
と手拍子と声援が上がる。
ボクは、アースの隅のスタンバイエリアへと戻って行く。
立は、
立は呆然としたように、アースの真ん中で立ち尽くしていた。
「おい立。まだ試合終わってねーぞ」
鬼頭先輩が声を掛けると、
ようやく立は自分のスタンバイエリアへと戻って行く。
ガックリと肩を落として。
立は、
立はその後も振るわなかった。
自分の巨剣の大きさに任せた、大振りと突きが主体。
分かってしまえば、ボクの聖剣でも何とか対処できる。
ボクの聖剣は軽くて小回りが効くし、
折れる心配もボクは全くしていなかったのだから。
立は、
立は剣魔を始めて、まだたった1ヶ月の素人そのものだった。
そして、ゲーム数1ゲームストゥ0のポイント2-0。
ボクが大きくリードしての、マッチポイントだ。
ピー!と鬼頭先輩がホイッスルを鳴らすと、
ボクと立は、ダダダ……!とアースの真ん中へと走る。
立は、
立は泣いていた。
大粒の涙を頭のプロテクターの裾からこぼしながら、
走る勢いそのままに、
ボクにはもう通用しない突きを繰り出してくる。
ガキィン!
ボクは、突き出される立の聖剣に自分の聖剣を合わせて弾いた。
だが、ここからではまだボクの聖剣のリーチの外だ。
もう一度、立の攻撃を防ぐか回避する必要がある。
ところが、立が何とか弾かれた聖剣を立て直して、
右腕側から再び振ろうとしたその時だった。
シュン!
立の聖剣が突然なえた。
「あっ……?」
立は、涙声で呟くように口に出す。
聖剣の持久力の限界を迎えたのだ。
実は、聖剣はずっと抜いたままにしておくことができない。
これも個人差があるが、一般的には20分から30分程度、
短いと10分程度で聖剣が勝手になえてしまい、
その場合は10秒程度が経過しないと、再び抜くことができなくなるのである。
そして、その聖剣を抜いたままにしておける時間というのは、
持ち主の感情や体調などによっても大きく左右されるのだ。
恐怖や緊張などのストレスや、
心身の疲労が影響しているのだろうと考えられている。
泣き出してしまうほどのストレスを抱えた立は、
聖剣を維持できなくなったのだ。
「(いや、あるいは……)」
ボクは思った。
「(立はそもそも、
それほど長く聖剣を抜いていられないタイプなのかもしれない……)」
なお、試合中に聖剣がなえたとしても、
それが意図的かどうかに関わらず、ルール上は特にペナルティは無い。
聖剣が勝手になえただけなら、次のポイントまでには
大抵の場合、復活できるからだ。
ボクは、立へと大きく1歩前進しつつ、
聖剣を右脇腹に引きつけるようにグッと構えた。
立は、
立はもはや回避しようとも逃げようともせず、その場に立ち尽くしている。
ドスンッ!
ボクは、立の左胸のプロテクターに、トドメの一撃の突きを決めた。
ピー!と審判の鬼頭先輩がホイッスルを鳴らして、
「ゲームセット!ウォンバイ夢路!2ゲームストゥ0!」
と結果をコールする。
ギャラリーの絶、倫をはじめとした部員達と先生達が、
パチパチ……!と大きな拍手をした。
「ありがとうございました……!」
ボクは、頭に被っていたプロテクターを脱いで、立に右手を差し出す。
「……」
立も、プロテクターを脱いで、何とか右手を出して握手を交わした。
立は泣き止んでこそいたが、その顔はグチャグチャだ。
「じゃあムロは、部活ちゃんと来いよな?」
鬼頭先輩が、ボクの左肩を右手でパンパンと軽く叩いた。
「立も……。辞めんなよ?」
鬼頭先輩が、続けて立のほうを見る。
「いや……、オレ……、もう……」
「勝負は最後まで分からない」
立が言いかけた言葉を、ボクが遮った。
「……えっ?」
立がボクの顔を見る。
「勝負は最後まで分からないから、諦めちゃダメだ」
ボクは言った。
「聖剣は、全部の指でギュッと握ると手首が使いにくくなるから、
親指と中指と薬指だけで握って、
当たる瞬間に小指にも力を入れる感じで振らなきゃダメだ」
ボクは言った。
「走りながらの突きは、相手に回避されたりガードされたりすると、
反撃されやすいから多用しちゃダメだ」
ボクは言った。
「利き腕と反対の位置にいる相手にも利き腕側から大振りすると、
簡単に回避されたりガードされたりしちゃうから、
もっとコンパクトに振るとか逆から振るとかしないとダメだ」
ボクは言った。
「空振りしたりガードされて弾かれたりした時に、
体勢を崩したままだと、正しいフォームで聖剣が振れなくなって、
相手に回避されたりガードされたりしやすくなっちゃうから、
もっと体幹を鍛えなきゃダメだ」
ボクは言った。
「聖剣の持久力が不安なら、ポイントの間に一度なえて、
もう一度抜き直しておくようにしなきゃダメだ」
ボクは言った。
「勝負は最後まで分からない。
分からないから、たとえ相手のマッチポイントだとしても、諦めちゃダメだ」
ボクは言った。
「それから、ボクは立を信じてる。
立なら、ボクなんかよりずっと立派な剣士になれるって」
ボクは言った。
「オレは……」
立が口を開いた。
「オレは……、こんな……、嫌な思い……、するぐらいなら……、
部活……、辞める……」
立が再び大粒の涙を流しながら、口に出す。
「それは『嫌な思い』なんかじゃないんだよ」
ボクは言った。
「!?」
「それはね、『悔しい』っていう感情なんだ。
『嫌』でも『苦しい』でも『悲しい』でも『恥ずかしい』でもないんだ」
ボクは言った。
「立だって、本当は分かっているはずさ。
短小野郎のボクに負けて、悔しいんだ」
ボクは言った。
「……!」
立は泣き止んだ。
「ボクだって、ウチの部内の試合や大会に出て、たくさん負けた。
すごく悔しかった。
だから、たくさん練習をした。
実は、昼休みに毎日筋トレだってしてるんだ」
ボクは言った。
「立はどうする?」
ボクは、立に尋ねた。
「……」
立は答えない。
「ボクは、たくさん負けた。
悔しかった。
けれど、諦めずに頑張って、ここまで強くなれた。
立はどうする?」
ボクは、立に再び尋ねた。
「……」
立は、わずかに口を動かす。
「ボクは、立ならボクなんかよりずっと強くなれると信じてる。
立には、ボクなんかに負けたままなんて似合わないさ。
立はどうする?」
ボクは、もう一度だけ立に尋ねた。
「……勝ちたい」
立が言う。
「オレ……、悔しい……、兄貴に……、勝ちたい……」
立はそう言うと、右腕のプロテクターでゴシゴシと涙を拭いた。
「(前は、『お兄ちゃん』って呼んでたのに……)」
ボクはニッコリと笑いながら、成長した弟の右肩をポンと叩いた。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
「兄貴。
さっき借りたこれ、返すよ」
寝入る直前のボクの部屋に、
立が月刊プレイ剣魔デラックスを持ってやって来た。
『立と同じくらい巨剣のプロ選手のフォームを、参考にするといいよ』
と、ボクが部活から帰宅した後に貸してあげたものだ。
「もういいの?」
ボクは立から、月刊プレイ剣魔デラックスを受け取りながら尋ねる。
「スマホで撮ったから」
立が自分のスマホを持ち上げて答えた。
「あー、なるほどね。ボクもそうしようかな」
ボクは、うなずきながら言う。
確かに、スマホに画像として保存しておくほうが、
見たい時に見られて便利だ。
立とは、すっかり元通りの関係に戻っていた。
いや、元通り以上に懐いているかもしれない。
さっきなど、
「一緒に風呂に入りたい」
と突然言われて、
「えっ……。
きょ、今日だけね……?」
と仕方なく一緒にお風呂に入った。
「(立と一緒にお風呂に入るのなんて、いつ以来だろう……?)」
と思いながら。
同性でしかも兄弟とはいえ、一緒にお風呂に入るというのは、
思春期を迎えたせいなのか、何だか恥ずかしかった。
「すげー!
腹筋マジ割れてるじゃん!
腕と脚の筋肉もヤベー!」
と立は、お風呂でボクの身体を見て、やたらはしゃいでいた。
「あっ、明日から朝練行くよね?」
ボクは、部屋に来た立に尋ねる。
「行く行くー。
そんで、兄貴なんかすぐに抜いてやんよ」
立が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。
「十年……。いや、半年早いよ。
フフフ……」
ボクも不敵な笑みを返す。
「現実的かよー!アハハハ……!」
立が大笑いした。
「ハアー……。
あっ、オレの分も弁当早く作っておいてもらわないと。
じゃあおやすみー」
立は言いながら、ボクの部屋を出て行く。
「うん。おやすみ」
ボクも立の背中に言った。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
翌日。
「おはよう!ムロくん!立くん!
今日から立くんも朝練一緒なんだね!」
絶は今日も朝から元気だ。
「おはようございます、ムロさん。立くんも」
倫もあいさつしてくる。
「おはよう、絶、倫」
ボクも軽くうなずきながらあいさつした。
「ハヨーザイマス……」
立も絶の手前、敬語であいさつをする。
が、どうも聖剣を中断されてからというもの、
倫に対してかなり苦手意識があるらしい。
明らかにテンションが下がっている。
ちなみに、やっぱりと言うか、
立と倫は同じ1年2組のクラスメイトだったのだが、
部活の時も含めて、ほとんど会話らしい会話はナシということだった。
「(何とか仲良くなってほしいな……)」
ボクは歩きながら考えて、1つ思いつく。
「そうだ。
絶と倫さ、立ともインラン交換してあげてくれない?」
ボクは提案してみた。
「いいよー!」
絶は即座に了承。
「ワタクシも構いませんわよ」
倫も了承してくれた。
「……!」
立は若干、複雑な表情だ。
早速、4人向けのグループの招待を送る。
と、立がグループに参加しつつ、
ボクに個別でメッセージを飛ばして来た。
『ちょっと倫ちゃん怖いからオレあんまりしゃべらないかも』
ボクはそれを確認すると、そちらには返信せず、
4人のグループのほうにメッセージを書き込む。
『今の3年生が引退したらボクと絶が、
来年になってボク達が引退したら立と倫が、
きっと正甲中の剣魔部を引っ張って行く存在になると思う!
みんなで頑張って盛り上げて行こう!』
「おぉ……!」
立が短く呟いた。
『オー!』
『頑張りますわ!』
絶と倫がメッセージで返事してくれると、立も
『頑張る!』
とメッセージしてくれる。
「(半分は願望だけど……)」
ボクは思った。
「は~い。
来月の始めには新人戦が~、
終わりには市の中総体があるわよ~」
その日の剣魔部の夕練が終わったところで、
下井先生が部員全員を集めて言った。
「新人戦は~、2日間かけて行われま~す。
出場できるのは1、2年生だけ~。
1人につきシングルスとミックスダブルスに
それぞれエントリーできて~、
団体戦は無いわ~。
1日目がシングルス~。
2日目がミックスダブルスの日程ね~」
下井先生が1、2年生を順番に見つめていきながら言う。
「中総体のほうは~、全部で4日間~。
最初の2日間は~、こちらも新人戦と同じよ~。
1日目がシングルス~。
2日目がミックスダブルス~。
これも1人につきそれぞれエントリーできるわ~。
全員出場できるわよ~」
下井先生が、今度は3年生のほうも見渡しながら言った。
「次の2日間は~、団体戦ね~。
剣士シングルス2試合~、
魔法シングルス2試合~、
ミックスダブルス3試合の~、
計7試合ずつ行われま~す」
下井先生が、両手の指を折りながら言い、
「団体戦のオーダーでは~、
シングルスとダブルスに同時に出ることは出来ませ~ん。
つまり~、レギュラーは10人になる計算ね~。
それから~、補欠に入れられるのは5人まで~。
だから~、全部で15人がメンバーで~す」
下井先生が、再び両手の指を折りながら言うと、
両手をパン!と叩く。
「そこで~、明日からの夕練では~、
部内対抗戦として~、
こちらで決めた色々な組み合わせで~、
試合をどんどんプレイしてもらいま~す。
いいわね~、皆~?
誰が相手でも誰がペアでも文句は言わないこと~」
下井先生が再び全員を見渡した。
「その結果を見て~、
こちらでダブルスのペアとか団体戦のメンバーとかを決めるわ~。
今のレギュラーと補欠のメンバーも~、
負けてばかりだと入れ替えるわよ~?」
下井先生がウィンクする。
「それと~、これは大会じゃないんだけど~。
新人戦の翌週は~、今年も練習試合をやることが決定しました~。
そこは~、中総体の出場オーダーで~、
本番を想定してプレイしてもらうからね~?」
下井先生が、再び両手をパン!と叩いた。
「本番の試合のほうは、全部トーナメント制だからな!?
特に3年生!
中総体は最後の試合だ!
負けたらそこで引退だぞ!?
分かってんな!?」
美安先生が、ムチをパン!と地面に叩きつける。
「すみません先生方?
1つよろしくて?」
倫が、おもむろに挙手した。
「お?何かしら~?」
下井先生が、倫のほうを向いて言う。
「ワタクシが普通に挿入すると、
皆さんすぐに中断してしまう件については……?」
倫が、下井先生に尋ねた。
「!」
ボクと絶以外の男子部員が、一斉にビクン!と反応した。
「そうそう~、問題はそこよね~。
なので~、中断しなかった夢路クン以外と組む時は~、
手加減をお願いできる~?
それでもダメかもしれないから~、
念のため倫ちゃんのダブルスは~、
翌日が部活お休みの土曜日にまとめてやりたいの~。
それでもいいかしら~?」
下井先生が両手のひらを合わせて、
『お願い』と言った感じのポーズを取りながら提案すると、
それを聞いた男子部員達も、一斉にホッとしたような様子を見せる。
「土曜日にまとめてやるのは一向に構いませんけど……、
あれでも一応は手加減してたんですのよ……?」
倫が首をかしげて見せる。
再び男子部員達が、一斉にビクン!と反応した。
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~
部活終了後。
ボクは、立と少しだけ居残りして、
聖剣の素振りをしたり、
立のスイングフォームをスマホで撮影してチェックしたりしている。
と、
下井先生と何やら話していた絶、倫がこちらへやって来た。
「ちょっとごめん……。
ムロくんてS?
それともM?」
絶がボクに質問してくる。
「ん……?
ああ……。
ボクはMだよ」
とボクは答えた。
なぜか、立がひどく驚いたような顔をして、
ボクと絶を交互に見てくる。
「じゃあワタクシは、Sで良さそうですわね」
倫がうなずきながら言うと、立はさらに目をむいた。
「ボクはどうしよう……」
絶が悩んでいるので、ボクは
「Lでいいんじゃないかな?
ねえ、立。
立って、Lで注文してたんじゃない?」
と立を振り返りながら言った。
絶と立は、身長がほぼ同じなのだ。
驚いたような顔をしていた立は、
「えっ……?
ああ……。
ユニフォームのサイズの話か……」
と胸をなでおろしたような感じだ。
「(何の話だと思ったのだろう……?)」
ボクは思った。
「うん。
名前入りだと、届くまでに3週間ぐらいかかるらしいから、
今から注文するんだって」
絶が答える。
「自分、Lでちょうど良かったんで、Lで大丈夫かと思うスよ」
立が、うなずきながら言う。
「ありがとー!」
絶は元気にお礼を言うと、
倫と共に下井先生のところへと戻って行った。
ちなみにウチの部では、毎年ユニフォームのデザインを変えている。
今年のは、黒地を背景に、
大地の割れ目から噴き出ている炎かマグマのような柄が、
サーモンピンクのカラーで描かれているデザインだ。
男女共に同じ、ユニセックスタイプのユニフォームである。
選んだのは、脇名先輩と聞いている。
と言っても、剣魔の試合では、
その上からさらにプロテクターを装着してしまうので、
ユニフォームのデザインがはっきり見える機会は少ない。
どちらかというと、そのプロテクターのほうが、
各校の伝統的な固定のカラーやデザインで、
名刺代わりになっている感じである。
正甲中の大会用のプロテクターは、
全体が明るめのイエローで、
右肩と右太ももの辺りに『正』の文字が、
左肩と左太ももの辺りに『甲』の文字が、
それぞれ黒字で描かれているデザインだ。
ボク達自身がそう呼ぶことは滅多に無いのだが、
正甲中と甲虫を掛けて、
『イエロービートルズ』という2つ名が、
一部では定着しているらしい。
翌日の剣魔部の朝練。
ボク、立、絶が男子の部室に顔を出すと、
部室の壁に人だかりが出来ている。
部内対抗戦の試合の組み合わせが、紙で貼り出されていたのだ。
紙は全部で4枚。
シングルスの2枚の紙は、
3人か4人をまとめた総当たり戦の表と、
その各試合がいつ行われるかのスケジュール一覧。
ミックスダブルスの2枚の紙は、
ペアの組み合わせの一覧と、
その各ペアの試合がいつ行われるかのスケジュール一覧だった。
ボクのシングルスの相手は、
3年生で部長の鬼頭先輩、
2年生の申清、
1年生の陰舞、
の3名だ。
鬼頭先輩と申清は、どちらも団体戦のレギュラーで、
ボクは過去の対戦では1度も勝てたことが無い。
ダブルスのペアのほうは、
2年生の岩舌さん、
1年生の宇目さん、
1年生の倫、
との組み合わせだった。
ダブルスの相手のほうは、
岩舌さんとのペアでやるのは、2年生の倉見と2年生の慈亜さんのペア。
宇目さんとのペアでやるのは、1年生の鳥鼓と1年生の茂名須さんのペア。
倫とのペアでやるのは、
これまた2年生の申清と2年生の相武さんのペアだった。
相武さんも団体戦のレギュラーである。
結果から言ってしまうと、
なんとボクは団体戦の補欠としてメンバーに入ることができた。
ダブルスは全勝。
特に、倫とのペアで、レギュラーの申清と相武さんのペアを圧倒したのが
かなり大きかったらしい。
絶、倫は、共に団体戦レギュラー。
ただし、倫は基本的にシングルス専門になる形だ。
結局、倫が合体できたのが、
ボク、絶、鬼頭先輩の3名だけだったためである。
残念ながら立は、団体戦のメンバーになることはできなかった。
と言うか、1年生で団体戦のメンバーになったのが倫だけだったので、
仕方ない部分もある。
だが立は、
『3年生が引退していなくなったら、絶対レギュラー取る!』
と意気込んでいたので、今から楽しみだ。
ここからは、ボクの試合について、かいつまんで述べようと思う。
まずは、シングルスだ。
シングルスの最初は、いきなり部長の鬼頭先輩との試合だった。
鬼頭先輩の聖剣は、
絶にはわずかに及ばないが長くて太い片刃で、
いわゆる巨剣に分類されるタイプだ。
戦い方も絶にけっこう近い。
ボクは大振りを誘って、それを回避しつつ攻撃する戦法で戦ったが、
前半に1ポイント取るのが精いっぱいだった。
「(ワンチャンス、
ボクの聖剣の硬さで鬼頭先輩の聖剣を折れないか?)」
とも期待したのだが、そううまく行くはずもなく。
結果は、3-1、3-0でボクのストレート負けだった。
シングルスの次の相手は、初めて対戦する1年生の陰舞だった。
陰舞の聖剣は、普通の刀のような感じの片刃の聖剣で、
やや左に曲がっている。
立と同様、剣魔を始めたばかりでほとんど素人な彼には、
ボクのフェイントを駆使した戦い方の相手はまだまだ厳しかったらしく、
最後までボクが試合を優位に進めた。
結果は、3-0、3-1でボクのストレート勝ちだった。
シングルスの最後の相手は、同じ2年生の申清だ。
彼の聖剣は、なんと刃が全く無い。
木刀を全体的に長く、
さらに太さをかなり太くしたような感じの、
真っ直ぐな聖剣だ。
巨剣に分類されるサイズではあるが、
刃が全く無いということで、
ボクは一方的に彼の聖剣にシンパシーを感じている。
申清は、身体のほうも立や絶よりも大きくてかなり太り気味で、
俊敏性や技術を使うよりは腕力だけでねじ伏せる感じの、
いわゆるパワープレイヤーである。
彼にリーチでもパワーでも劣るボクは、
彼の聖剣を何とかガードできたとしても、
そのパワーで大きく体勢を崩されてしまってなすすべがない。
見た目的にも、他の聖剣ほど簡単には折れてくれそうになかった。
ボクは、できるだけ彼の聖剣を受けないよう、
リーチギリギリのところで大振りを誘い、
それを回避して一気に接近戦に持ち込む感じの戦法で戦った。
結果は、3-1、3-2でボクのストレート負け。
後半に彼がバテてきて、良い勝負になりかけたのだが、
1歩及ばずという感じだった。
続いて、ダブルスである。
最初にペアを組んだ岩舌さんは、
脇名先輩と同じく水属性が得意な魔法使いだ。
対戦相手の倉見のほうは、
先の陰舞と同様、普通の刀サイズの片刃のタイプの聖剣で、
こちらはやや右に曲がっている。
対戦相手の慈亜さんのほうは、
倫と同じく火属性が得意な魔法使いだ。
ウチの部の中で、
絶、倫、鬼頭先輩、脇名先輩のような部員達をガチ勢とするなら、
この3人はエンジョイ勢に属する部員達である。
朝練にも顔を出していなかった。
結果は、3-1、3-1でボクと岩舌さんのペアのストレート勝ちだった。
ポイントはほとんどボクが奪ったものだし、
失点のほうもペアの岩舌さんが回避しそこねただけという感じで、
ボク的にはかなりの快勝である。
次にペアを組んだ宇目さんは、
土属性が得意な魔法使いだ。
土属性は、合体すると土が塊になって聖剣にくっつくので、
一時的とはいえ聖剣がかなり重くなるのがデメリットである。
しかし、すっごく短い聖剣のボクの場合であれば、それほど問題にならない。
対戦相手の鳥鼓の聖剣は、
普通の刀ぐらいのサイズで、
真ん中辺りから先っちょまでだけが片刃になった、
特に左右への曲がりは無い、真っ直ぐなタイプだった。
茂名須さんのほうは、
火と土属性が両方得意な魔法使いと聞いていたが、
試合中に使ったのは火属性だけだった。
その理由は4つある。
理由の1つ目は、先ほど説明したように、
合体すると聖剣が重くなるというデメリットがあるという点である。
理由の2つ目は、土属性の発動というのは、
アースに手を付くようにしゃがんだ姿勢になる必要があるという点である。
ダブルスの場合、合体もその姿勢でやることになるので、
剣士がその間は魔法使いを守ってあげる必要があるわけだ。
理由の3つ目は、土属性の弾はかなり重いので、
比較的遅い水属性の水球よりもさらに弾速が遅く、
飛距離も無いという点である。
このため、土属性以外にも得意な属性がある場合は、
そっちの属性のほうが優先して使われやすいのだ。
そして最後の最大の理由は、
1ゲーム目をボクと宇目さんのペアが奪った直後の、
2ゲーム目の1ポイント目で、
鳥鼓の攻撃をボクがガードした際に、
彼の聖剣がボッキン!と折れてしまったことである。
このため、3-1、0-0の時点で鳥鼓と茂名須さんのペアは棄権となり、
ボク達の勝ちで試合が終了してしまったのだ。
最後にペアを組んだ倫は、
「整理がまだ来ないんですの」
だそうで、火属性のみを使っていた。
対戦相手の申清の聖剣は、シングルスのところで述べた通りである。
相武さんのほうは、
倫と同様に火属性が得意な魔法使いだ。
これだけ聞くと、シングルスと同様にボクが不利に聞こえるかもしれない。
しかし、申清の聖剣は素早く振るのには向かないし、
体型も相まって、
連続して弾を防御したり回避したりするのは苦手なわけである。
そこで作戦として、ボクの射聖と倫の火球で申清のほうを
集中して狙い撃ちすることを徹底したのだ。
申清は、野球で言うバントのような構えをして、何とか食らいついてきたが、
ボクと倫は最終的に、彼を挟み撃ちにするようなフォーメーションを組んで、
動きの鈍い彼を翻弄した。
この作戦が功を奏し、結果は3-1、3-0と、
ボクと倫のペアが大差で勝利することができたのである。
5月も終わりに差し掛かった日曜日。
天気は快晴。
今日は、できればやりたくなかった体育祭の日だ。
とは言うものの、入退場の行進の練習はしっかりやった。
棒倒しのほうも、勝てるかどうかはともかく、特に不安要素は無い。
一番難関と思われていたダンスの振り付けは、
1週間前にはマスターしていた。
懸念があるとすれば、大トリの競技として控えている
クラス対抗リレーだけだった。
午前の終わりのプログラムであるダンスが無事に終わると、
ボクと立は、父さんと母さんと共に校庭の片隅でお弁当を食べ始める。
内容は、ウィンナー、魚肉ソーセージ、いなり寿司など
ボク達の好物ばかりだ。
全体的に茶系の色合いだが、
『運動会の日ぐらいこういうお弁当も良いだろう』
という母さんの意向である。
デザートにバナナまで食べると、すっかりお腹いっぱいになった。
と、
「ムロくん!立くん!」
と絶の声がした。
振り返ると、絶が倫も連れてこちらへ向かって来ている。
「あっ。夢路くん達のお父さんお母さんですね?
はじめまして、本能絶と言います。
こっちは妹の倫です」
やってきた絶は、ボク達の父さんと母さんに向かってあいさつして、
深々とお辞儀をする。
「やあ、どうもはじめまして……」
父さんが言い、母さん共々立ち上がって同じように頭を下げると、
「まあまあ。本能くん達ってあれでしょう?
最近、朝練いつも一緒に行ってる、あの。
こんな美少年と美少女だったのねえ」
と母さんが感激したように、電話で話す時のような高い声を出している。
それを聞いた父さんは、
「ああ、そうなのか。
いつもバカ息子達がお世話になりまして……」
とまた頭を下げた。
「いえいえ、ボク達のほうこそいつもご迷惑をお掛けしているぐらいで……」
絶はそう謙遜しながら、両手と首を横に振る。
「なんか用事スか?」
立が、父さんと母さんに構わず尋ねた。
「うん。
グラウンドのあっちに飾ってある、各クラスが作った応援旗あるでしょ?
あれを見に行かないかって倫と話してて……」
絶がニコニコしながら言うと、倫も
「そうなんですの」
とニコリとした。
「ああ……。
ウチのクラスの力作だもんねえ……」
立が面倒くさそうに言いながら立ち上がった。
「(それってもしかして……)」
ボクも立ち上がり、絶、倫、立と連れ立って歩き出す。
立と倫の1年2組の応援旗は、撲滅ブレードだった。
主人公である金太とライバルであるエインが、
お互いにガッチリと握手した絵柄を背景に、
『撲滅』の力強い文字が入っている。
「(何を撲滅するんだろう……?)」
ボクは思った。
「ワタクシが主導で描いたんですの。
素晴らしい出来栄えだと自負しておりますわ」
倫が、ボクと絶の反応を確かめるようにこちらを見る。
「なるほど。
ヒロインの真祖子じゃなくて、
ライバルのエインを持ってくる辺りが倫らしいね。
絵もすっごく上手だし」
ボクが言うと、倫は鼻高々という感じで胸を張る。
「そうそう。
パンストにも上げましたら、けっこうバズったんですのよ」
倫が言いながら、スマホでパンストグラマーに上げた
投稿画面を見せてくる。
「すごい!1000いいね超えてる!」
覗き込んだボク、立、絶は、驚いて口に出す。
「(いやはや、行動力と才能のあるオタクほど恐ろしい者は無い……)」
とボクは羨ましいの半分、あきれ半分の複雑な気持ちだ。
まあ、ボクと絶の2年4組が描いた、
波打ち際に上がる潮のしぶきを背景に
『ガチンコ!
~全力を尽くす~』
と書かれただけの応援旗では、
ここまでバズることはまず無いだろう。
何しろ担任の益垣先生にすら、
「コンセプトがよく分からない……」
と言われてしまったのだから。
ボクもまったく同意見である。
と、
「間もなく午後のプログラムが始まります。
玉入れに参加する女子の皆さんは、入場門に集まってください。
繰り返します……」
という放送が入った。
「あら?
もうそんな時間ですのね。
それではワタクシは行って参りますわ」
倫が言い、
「うん。頑張って」
とボク達も言う。
倫が入場門横の集合場所へと向かうのを見送ると、
「ボクらも戻ろうか」
と、ボクと絶、立はそれぞれのクラスの席へと戻った。
倫の玉入れは、残念ながら2位だった。
しかし、1位も白組の4組だったので、大勝利である。
この結果、午前のプログラムまででわずかに赤組に負けていた白組が、
点数を逆転した。
ちなみに、今回の体育祭では、
1年生から3年生まで1組と3組が赤組、2組と4組が白組という組分けだ。
つまり、ボクと絶の2年4組も白組なので、
4人全員が白組のチームということになる。
さて、続いてのプログラムは、男子の棒倒しである。
ボク達4組の対戦相手は、赤組の3組だ。
事前に話し合っていたボク達のクラスの棒倒しの作戦は、
攻撃組と防御組に半分ずつ人員を割くオーソドックスなものだが、
攻撃組はさらに、
先に突っ込む前衛組と、
後から突っ込む後衛組に分かれている。
ボクは防御メンバーで、
絶は攻撃メンバーの後衛組だ。
パ ァ ン !
棒倒しの開始を告げるピストルの音が鳴らされた。
開始と同時に双方の攻撃組がすごい勢いで走り出す。
ドガッ!ドガッ!と
3組の攻撃組が勢いよく繰り出す体当たりを、
ボクは頭を防御するようにして構えた両腕で、
何とか押し返すようにして耐える。
と、ボク達4組の攻撃メンバー前衛組が、
ラグビーのスクラムのようなフォーメーションを組んで、
棒を取り囲む3組の防壁をグイグイと押し広げるように、
棒に向かって突っ込み始めた。
そうして崩れた3組の防壁をさらに刺し貫くように、
絶達の後衛組が束になってグイグイと棒に向かって突っ込むと、
何人かが3組の棒に触れるレベルまで侵入を果たす。
作戦大成功だ。
3組の棒がグインと傾き、
棒の先端に1人乗った『上乗り』というポジションの男子が、
あわててグッ!グッ!と体重を移動し、
棒の傾きを修正しようとする。
と、
そこにダダン!と身軽に飛び掛かった者がいる。
絶だ。
登らせまいと掴みかかる3組の防御を物ともせず、
その身体能力を生かして傾いた棒を駆け上がるように登ると、
上乗りの男子の蹴り攻撃すらもスイとかわし、
その男子と揉み合うようにしばらく争うと、
逆にドゴ!と蹴落としてしまった。
そうして、あっという間に3組の棒の先っちょに達すると、
ブラブラとぶら下がるようにして一気に体重をかける。
そこに、絶に気を取られて浮足立つ3組を出し抜くように、
他の攻撃メンバーも次々に棒に飛び掛かった。
秒も持たずに3組の棒は撃沈され、
パ ァ ン !
と勝負ありを告げるピストルの音が鳴らされる。
ボク達4組の勝利だ。
「わああああ!」
「イエエエイ!」
「うおおおお!」
4組の男子達と応援席から大きな歓声が上がり、
負けた3組の男子達はガックリと肩を落とす。
江口や下仁田をはじめとしたクラスのイケてる男子達が
絶に向かって一斉に集まり、
胴上げまでしだした。
もはや、白組が優勝したかのような空気だ。
ボク達のクラスの勝利もあって、
白組がリードしたまま体育祭のプログラムは進む。