翌日。

 今日もボクは、絶と(りん)一緒(いっしょ)剣魔(けんま)部の朝練に顔を出す。

 昨日とは打って変わって、部長の鬼頭先輩(きとうせんぱい)を筆頭に男子部員達の姿もあった。

 ボクと絶が男子部室に入ると、(みんな)一瞬(いっしゅん)静まり返った後、

「おはようございます!」
と一年生があいさつをしてくる。

「おはようございます!」

 3年生もいるので、ボクと絶も敬語であいさつをした。

 だが、(たてる)の姿は見えない。

 これは予想できたことである。

「(勝負は夕練の時だ……)」

 ボクは、静かに覚悟(かくご)を決めていた。



「ムロ……。
 お前……、(りん)ちゃんとダブルスのペア組むの……?」

 着替(きが)えを終えた鬼頭先輩(きとうせんぱい)が、ボクに声を()けてくる。

「そのことなんですけど……。
 ボク、今日の夕練で(たてる)とシングルスで勝負します」

 ボクは言った。

「勝負?」

 鬼頭先輩(きとうせんぱい)と絶が同時に(たず)ねる。

 絶にもまだ秘密にしていたのだ。

(たてる)に負けたら、ボクは部活を辞めます」

 ボクはキッパリと宣言した。

「えっ!?」

 絶が(おどろ)く。

「それは……。
 オレに止める権利は無いけど……。
 (りん)ちゃんと組めるならダブルスだけでもさ……」

 鬼頭先輩(きとうせんぱい)は、少し口ごもるように言った。

 ボクの聖剣(せいけん)に望みは無いが、(りん)一緒(いっしょ)ならばあるいは、というところだろう。

 昨日の朝練で、ボクが(りん)合体(ジョイント)できたこと、
絶と脇名先輩(わきなせんぱい)のペアに善戦していたことを、きっと(だれ)かから聞いているのだ。

(たてる)くんに何か言われたの!?」

 絶が、ボクの両肩(りょうかた)(つか)んで()さぶってきた。

「ちょっと(ちが)うかな……。
 ボクが何か言われたというより……、
 (たてる)剣魔(けんま)してもらわないとボクが(いや)というか……。
 ボクは勝負して(たてる)に認めてもらえたら、部活続けるよ……」

 ボクはうまく説明できないが、何とか言う。

「昨日も言ったけど、(たてる)くんは関係ないでしょ!」

 絶は、少し(おこ)ったような声を出した。

「関係あるんだよ!
 ボクだけが剣魔(けんま)するのは(ちが)うんだ!
 それに、ボクが剣魔(けんま)するのなら、(たてる)に納得してもらわないと(いや)なんだ!
 こんな聖剣(せいけん)でも勝てるってことを、(たてる)に見せつけないとダメなんだ!」

 ボクも語気を強める。

 ボクの意志は、すっごく固いのだ。

「そんなことないって……」

 絶は、ボクが大きな声を出したせいか、少しトーンダウンする。

「逆に聞くけど、ボクが(たてる)に勝てないなら、大会でも勝てないと思わない?」

 ボクは絶に(たず)ねた。

「それは……。
 でも、ボクには勝ったじゃないか……」

 絶が(つぶや)くように言う。

「ダブルスで、だし、聖剣(せいけん)が折れただけじゃないか……」

 ボクも(つぶや)くように返す。

「……」

 絶も鬼頭先輩(きとうせんぱい)も、もう何も言わなかった。






○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~






 帰りの会も終わり、夕練の時間になる。

 顧問(こもん)の下井先生と美安先生にも、勝負については事前に話を通しており、

『ウォーミングアップと基本動作が終わってからなら~……』
という条件で勝負することを許してもらえた。



 ボクと(たてる)がアースに入り、真ん中の「*」マークの辺りに向かい合って立つと、

「家でも言った通り、ルールは剣士(けんし)シングルス。
 ボクが勝ったら、ボクは部活を続ける。
 ボクが負けたら、ボクは部活を辞める」
とボクが言う。

「……」

 (たてる)は何も言わず、こちらをジロリとにらむように見つめている。

「ちょっと待った」

 審判(しんぱん)を買って出てくれた鬼頭先輩(きとうせんぱい)が、口を開いた。

「その取り決めだと、(たてる)はあんまりやる気が出ないんじゃないか?」

 鬼頭先輩(きとうせんぱい)(たてる)を見ながら言う。

「それは……、まあ……」

 (たてる)が少しだけ、うなずきながら言った。

「だから、オレから追加ルールだ。
 (たてる)がムロに完勝したら、
 つまり1ポイントも取られずに勝ったら、
 (たてる)を団体戦のレギュラーにしてやるよ」

 鬼頭先輩(きとうせんぱい)が言い放つ。

「マジですか……!?」

 (たてる)の目の色が変わった。

「じゃあ、本気でやります!」

 (たてる)が、首をかしげるようにしてポキポキと首の骨を鳴らし、
続けて両手を組むようにしてポキポキと手の指の骨も鳴らす。

 そして、刀を()くようにビュッ!と聖剣(せいけん)を勢いよく()くと、
くるりと()り返り、頭のプロテクターを(かぶ)りながら、
アースの(すみ)にあるスタンバイエリアにスタスタと歩き出した。

「そうこなくっちゃ……!」

 ボクもそれを見てニコリとしながら、
刀を()くようにビュッ!と聖剣(せいけん)を勢いよく()くと、
(たてる)が向かったのと対角の位置にあるスタンバイエリアに、
頭のプロテクターを(かぶ)りながら小走りで向かう。

「(本気の(たてる)と勝負しなければ、意味が無い……。
  本気の(たてる)と勝負して、ボコボコにされて負けたのなら、
  ボクの夢も(あきら)めきれるというものだ……)」

 ボクは思った。

「(だが……)」

 ボクは、こうも思った。

「(当然、ボクだって本気でやらせてもらう……!)」

 ボクは、ワザと(たてる)に負ける気なんてさらさら無いのだ。

 なぜなら、ボクだってフィクションの主人公に(あこが)れているのだから。



 スタンバイエリアにボクと(たてる)が入って向かい合うと、
ピー!と審判(しんぱん)鬼頭先輩(きとうせんぱい)がホイッスルを鳴らした。

 試合スタートだ。

 ボクは、ダダダ……!と一直線にアースの真ん中へ向かう。

 (たてる)も同様である。

 (たてる)聖剣(せいけん)の間合いまで残り1歩というところで、ボクはフェイントをかけた。



 軸足(じくあし)にかかる走る勢いを、
その足で真後ろに向かって()ぶような要領で一気に殺し、
次の1歩を()み出す直前にピタリと静止するのだ。

 ふくらはぎと太ももの筋肉を痛くなるほど酷使(こくし)するが、
ボクが編み出した必殺技みたいなものである。

 この技を使うことで、大抵(たいてい)の相手は、
もうボクが間合いに入って来たと思い()んで、大きく空振(からぶ)りしてくれるのだ。

 ボクの半球状の短い聖剣(せいけん)を見れば、適当に()ってもガードは難しいだろうし、
最悪ガードされてしまったとしても、
リーチが(ちが)いすぎて反撃(はんげき)できないだろうと考えるからである。



 だが、(たてる)()らなかった。

 (たてる)は走る勢いそのままに、大きく()きを()り出していた。

 線ではなく、点で来る攻撃(こうげき)

 静止してしまったボクは、格好の的になった形だ。

 ガキィン!ズガッ!

 ボクは、何とか自分の聖剣(せいけん)(たてる)()きに合わせて直撃(ちょくげき)回避(かいひ)したが、
()らしきれなかった(たてる)聖剣(せいけん)が、
ボクの左脇腹(ひだりわきばら)の辺りのプロテクターに命中した。

 ピー!と鬼頭先輩(きとうせんぱい)がホイッスルを鳴らし、

1(ワン)-0(ゼロ)!」
とスコアをコールする。

「いいぞ!いいぞ!(たてる)
 行け!行け!(たてる)
 もう1本!」
とギャラリーから手拍子(てびょうし)声援(せいえん)が上がった。

「っしゃあ!」

 (たてる)も、左拳(ひだりこぶし)を高々と()り上げている。

 だが、ボクは『先手を取られた』とか『(くや)しい』とか、
そんなこととは別のことを考えていた。

「((たてる)……。
  お前……、もしかして……)」



 ボクと(たてる)が、先ほどとは逆の対角にあるスタンバイエリアに入ると、
ピー!と再び審判(しんぱん)鬼頭先輩(きとうせんぱい)がホイッスルを鳴らす。

 ボクと(たてる)は、それぞれ一直線にダダダ……!とアースの真ん中へと向かった。

 (たてる)の間合いに入る直前、ボクは(たてる)から見て左側に、
利き(うで)ではないほうにスッと移動してみる。

 (たてる)はそこに、利き(うで)側から大きく聖剣(せいけん)()り回すように、
ボクの上半身を(ねら)って攻撃(こうげき)()り出してきた。

 ボクは、自分の聖剣(せいけん)を構え、(たてる)聖剣(せいけん)に難なく合わせる。

 ガキィン!

 お(たが)いに聖剣(せいけん)(はじ)かれ、やや体勢を(くず)した。

 だが、(たてる)はその体勢を(くず)した状態から、体勢を(もど)しきらないまま、
再び大きく聖剣(せいけん)()り回すように、ボクの上半身を(ねら)ってくる。

 ボクは、バッ!と(たてる)聖剣(せいけん)をしゃがみ()んで回避(かいひ)すると、
(たてる)の大きく()み出された左脚(ひだりあし)()るようにビュッ!と聖剣(せいけん)()った。

 ゴッ!

 (たてる)左脚(ひだりあし)の、すねの辺りのプロテクターに命中する。

 ピー!と審判(しんぱん)鬼頭先輩(きとうせんぱい)がホイッスルを鳴らし、

1-1(ワンオール)!」
とスコアをコールした。

「オォ……!」
とギャラリーからどよめきが上がり、すぐさま

「いいぞ!いいぞ!夢路(ゆめみち)
 行け!行け!夢路(ゆめみち)
 もう1本!」
手拍子(てびょうし)声援(せいえん)が上がる。

 ボクは、アースの(すみ)のスタンバイエリアへと(もど)って行く。

 (たてる)は、
(たてる)呆然(ぼうぜん)としたように、アースの真ん中で立ち()くしていた。

「おい(たてる)。まだ試合終わってねーぞ」

 鬼頭先輩(きとうせんぱい)が声を()けると、
ようやく(たてる)は自分のスタンバイエリアへと(もど)って行く。

 ガックリと(かた)を落として。



 (たてる)は、
(たてる)はその後も()るわなかった。

 自分の巨剣(きょけん)の大きさに任せた、大振(おおぶ)りと()きが主体。

 分かってしまえば、ボクの聖剣(せいけん)でも何とか対処できる。

 ボクの聖剣(せいけん)は軽くて小回りが効くし、
折れる心配もボクは全くしていなかったのだから。

 (たてる)は、
(たてる)剣魔(けんま)を始めて、まだたった1ヶ月の素人そのものだった。



 そして、ゲーム数1(ワン)ゲームストゥ0(ゼロ)のポイント2(ツー)-0(ゼロ)

 ボクが大きくリードしての、マッチポイントだ。

 ピー!と鬼頭先輩(きとうせんぱい)がホイッスルを鳴らすと、
ボクと(たてる)は、ダダダ……!とアースの真ん中へと走る。



 (たてる)は、
(たてる)は泣いていた。



 大粒(おおつぶ)(なみだ)を頭のプロテクターの(すそ)からこぼしながら、
走る勢いそのままに、
ボクにはもう通用しない()きを()り出してくる。

 ガキィン!

 ボクは、()き出される(たてる)聖剣(せいけん)に自分の聖剣(せいけん)を合わせて(はじ)いた。

 だが、ここからではまだボクの聖剣(せいけん)のリーチの外だ。

 もう一度、(たてる)攻撃(こうげき)を防ぐか回避(かいひ)する必要がある。



 ところが、(たてる)が何とか(はじ)かれた聖剣(せいけん)を立て直して、
右腕(みぎうで)側から再び()ろうとしたその時だった。

 シュン!

 (たてる)聖剣(せいけん)突然(とつぜん)なえた。

「あっ……?」

 (たてる)は、涙声(なみだごえ)(つぶや)くように口に出す。

 聖剣(せいけん)の持久力の限界を(むか)えたのだ。



 実は、聖剣(せいけん)はずっと()いたままにしておくことができない。

 これも個人差があるが、一般(いっぱん)的には20分から30分程度、
短いと10分程度で聖剣(せいけん)が勝手になえてしまい、
その場合は10秒程度が経過しないと、再び()くことができなくなるのである。

 そして、その聖剣(せいけん)()いたままにしておける時間というのは、
持ち主の感情や体調などによっても大きく左右されるのだ。

 恐怖(きょうふ)緊張(きんちょう)などのストレスや、
心身の疲労(ひろう)影響(えいきょう)しているのだろうと考えられている。

 泣き出してしまうほどのストレスを(かか)えた(たてる)は、
聖剣(せいけん)維持(いじ)できなくなったのだ。



「(いや、あるいは……)」

 ボクは思った。

「((たてる)はそもそも、
  それほど長く聖剣(せいけん)()いていられないタイプなのかもしれない……)」



 なお、試合中に聖剣(せいけん)がなえたとしても、
それが意図的かどうかに関わらず、ルール上は特にペナルティは無い。

 聖剣(せいけん)が勝手になえただけなら、次のポイントまでには
大抵(たいてい)の場合、復活できるからだ。



 ボクは、(たてる)へと大きく1歩前進しつつ、
聖剣(せいけん)右脇腹(みぎわきばら)に引きつけるようにグッと構えた。

 (たてる)は、
(たてる)はもはや回避(かいひ)しようとも逃げようともせず、その場に立ち()くしている。

 ドスンッ!

 ボクは、(たてる)の左胸のプロテクターに、トドメの一撃(いちげき)()きを決めた。