短いけどすっごくカタイ ~●●が短いけどすっごくカタイ主人公!?~

 翌日。

「おはようムロくん!」

 絶は朝から元気だ。

「おはようございますムロさん」

 (りん)は昨日より少しテンションが低めかもしれない。

「(寝不足(ねぶそく)とか低血圧とかだろうか……?)」
と思いつつ、

「おはよう。じゃあ行こうか」

 何とか起きられたボクも、家まで(むか)えに来てくれた絶、(りん)にあいさつして、
3人で並んで登校しだす。



「こっちの森のほうから()けると近道なんだ。
 たまーにモンスターが出るんだけどね……」
とボクは絶、(りん)を案内しながら歩いて行く。

「へー、そうだったんだ。
 確かに、あっちのほうに校舎がチラッと見えてるね」

 絶が言う。



「昨日、あの後にワタクシ少し考えたんですの……」

 森を()けた(ころ)、ふいに(りん)が口を開いた。

「お……?何を考えたの?」

 ボクが(たず)ねる。

「ワタクシ、次の整理(ソート)が来たら、
 風属性を取り入れますわ」

 (りん)が言った。



 『整理(ソート)』というのは、
思春期に魔法(まほう)が使えるようになる初恵(しょけい)(むか)えた女性に、
その後毎月のようにやってくるある現象のことである。

 女性の覚えていた魔法(まほう)がリセットされたり、
魔法(まほう)を覚えておくための魔力(まりょく)の器量が変化したりする、
大事な働きだ。

 毎月のようにと説明したが、
実際のところは月の満ち欠けの周期のほうが近しいらしい。

 それになぞらえて、『月恵(げっけい)』とも呼ばれている。

『昔の人は、魔法(まほう)を神様からのお(めぐ)みだと考えていたのだろう』
と義務教育では習った。

 整理(ソート)について簡単に説明すると、
例えばここに5ブロック分の魔力(まりょく)の器量を持つ女性がいたとする。

(あくまで例である。
 実際の女性の器量はもっと多いことがほとんどだ。)

 その女性は、
レベル1の魔法(まほう)を5個覚えておくことか、
レベル5の魔法(まほう)を1個だけ覚えておくことが可能なのである。

 あるいは、
レベル2を1個とレベル3を1個という組み合わせで覚えておくことも可能だ。

 そして、一度魔法(まほう)を使用して覚えた状態になった魔力(まりょく)の器量というものは、
時間が経って消耗(しょうもう)した魔力(まりょく)が回復した後も、
同じ魔法(まほう)にしか使用できなくなるように固定化される。

 先ほどの例の女性であれば、
レベル5の魔法(まほう)を覚えてしまうと、
それで全ての器量が()まってしまうため、
レベル1やレベル2の魔法(まほう)を使用することが不可能になるわけだ。

 これが、女性の魔力(まりょく)の器量の概念(がいねん)である。

 そして、女性が整理(ソート)を迎えると、
覚えていた魔法(まほう)は全てリセットされるのだ。

 先ほどの例の女性であれば、
レベル5の魔法(まほう)を1個だけ覚えていた状態から、
レベル1の魔法(まほう)を5個覚えた状態に、
切り()えるということが可能なわけである。

 同じ魔法(まほう)を複数個覚えたい場合は、
魔法(まほう)を使用して消耗(しょうもう)した魔力(まりょく)が時間経過で回復する前に、
()り返し同じ魔法(まほう)を使用する感じである。

 そして、整理(ソート)が来るたびに、
女性の魔力(まりょく)の器量というものは、わずかずつだが変化していく。

 例えば、前回まで魔力(まりょく)の器量が5ブロック分ぐらいだった女性が、
成長する年齢(ねんれい)整理(ソート)(むか)えると6ブロック分ぐらいに増えたり、
逆に老化する年齢(ねんれい)整理(ソート)(むか)えると4ブロック分ぐらいに減ったり
と変化するわけである。

 こういった変化が起こるためか、整理(ソート)を迎えた女性は、
魔力(まりょく)の発生源とされている下腹部を中心に不調をきたすことが多い。

 腹痛や腰痛(ようつう)、人によっては頭痛や(かた)こりなんかまで起こすそうだし、
イライラしたり(おこ)りっぽくなったり、(なみだ)もろくなったりもする。

 そのストレスで、さらに体調を(くず)すという悪循環(あくじゅんかん)になる場合も少なくない。

 さらに、特に剣魔(けんま)競技にいそしんでいる若い女性ともなると、

『次に覚える魔法(まほう)どうしよう……』
(なや)みに(なや)むことになる。

 なので、女性が整理(ソート)の時期を(むか)えたら、
そっと察して支えてあげるべきだ。

 時に女性のストレスのはけ口として理不尽(りふじん)攻撃(こうげき)を受ける場合もあるが、
それも(ふく)めてである。

 リセットされている間にモンスターに(おそ)われでもしたら、
覚えたい魔法(まほう)(ちが)魔法(まほう)が固定化されてしまうような事態になりかねない。



 ちなみに魔法(まほう)の覚え方は、
魔法(まほう)を自由に使用してもよい『美殿(びでん)』と呼ばれる
バッティングセンターのような広い施設(しせつ)が、
町の色んなところに設置されているので、
そこで覚えたい魔法(まほう)を実際に使用する感じである。

 あるいは剣魔(けんま)競技の選手であれば、練習中などでも構わない。

 ただし、覚えられる魔法(まほう)の種類というものにも個性や資質の影響(えいきょう)がある。

 人によって、各属性への向き不向きというものがあるのだ。

 例えば、

『火属性と風属性は使用できるけど水属性と土属性はレベル1すら使用できない』
とか、

『火属性はレベル5まで使用できるけど風属性はレベル3までしか使用できない』
とか、そんな感じである。

 その他にも、
整理(ソート)の周期だったり、
器量のブロック数だったり、
消耗(しょうもう)した魔力(まりょく)の回復速度だったり、
魔力(まりょく)の放出速度だったり、
魔法(まほう)の連発可能な間隔(かんかく)だったり、
魔法(まほう)の精度だったりと、
個性が影響(えいきょう)する要素は多い。

 例えば、挿入(インサート)ですぐ聖剣(せいけん)を中断してしまう(りん)の場合であれば、
魔力(まりょく)の放出速度が極端(きょくたん)に速いのだろうと言えるわけだ。



「えっ?エインと同じ火属性じゃなくていいの?」

 ボクは(りん)のほうを()り返って(たず)ねる。

「火属性も残したまま、風属性も入れたいんですの。
 ワタクシ、一応は風属性も覚えられますから」

 (りん)は、うなずきながら答えた。

「一体どうして?」

 絶も不思議そうに尋ねる。

 ボクも疑問だった。

「((りん)と言えば、
  火属性の火球や爆発(ばくはつ)
  パンパンボンボンと連射していたイメージが強い……)」

 ボクは、以前にユーバイブやエックセで
チラリと観た(りん)の試合風景の動画の内容を思い出す。

「ミックスダブルスをやるのであれば、
 ペアにふさわしい魔法(まほう)を覚えないといけませんから」

 (りん)が言いながらボクを見つめてきた。

「……えっ!?ボク!?」

 ボクは(おどろ)いて立ち止まってしまう。

「他に(だれ)がおりますの?」

 (りん)も立ち止まり、不思議そうな顔をしている。

「いやいや!
 剣魔(けんま)部には大勢部員がいるし!
 ボクなんかあんな聖剣(せいけん)だし!」

 ボクは言いながら首と両手を()った。

「他の部員の方の聖剣(せいけん)でしたら、昨日全員折ってしまいましたが……?」

 (りん)は首をかしげる。

「全員折った!?」

 ボクは思わず、すごい大声を出してしまった。

「あら?お伝えしていませんでしたかしら?」

 (りん)(すず)しい顔をして(かみ)をかきあげる。

「((たてる)聖剣(せいけん)ばかりか、
  男子の部員全員が被害(ひがい)にあっていたのか……!)」

 ボクは愕然(がくぜん)としつつ、ある疑問を(おそ)(おそ)る口に出した。

「……ん、あれ?
 でも男子って三年生もまだいるから20人近くいるはずだよね……?
 (りん)って魔法(まほう)何発ぐらい()てるの……?」



 聖剣(せいけん)挿入(インサート)は、魔法(まほう)をそのまま使用するのと同じで、
込めた量に応じて魔力(まりょく)消耗(しょうもう)する。

 中学生の聖剣(せいけん)とはいえ中断させたということは、
最低でもレベル2の魔法(まほう)を使用するぐらい、
つまり1人あたり2ブロックは魔力(まりょく)消耗(しょうもう)するはずだ。



「器量のことでしたら、60とちょっとですわよ?」

 (りん)がさらりと言う。

「ろ……!?」

 ボクは開いた口がふさがらなくなった。

「(中学生女子の器量の平均って確か30ぐらいだよな!?
  軽くその倍!?
  プロの魔法(まほう)使いのトップでも70とかだから、
  ほとんどプロ並みじゃないか!
  まだ中学1年生なのに!?
  器量が良いにもほどがある!」

「えっ……?
 ちょっと待ってよ……?」

 ボクはあることに思い至る。

「今日の朝練って、もしかして……」
※作中で登場する『アース』の構造については、こちら↓をご参照ください。
 単位は全てヤードです。
 
○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~



 ボクの予想は当たった。

 折れた聖剣(せいけん)の回復には、丸一日程度かかる。

 今日の朝練に参加するのは、
男子はボクと絶の2名のみ、
女子は副部長で三年生の脇名(わきな)先輩(せんぱい)を筆頭に、(りん)(ふく)めて10名のみ、
合わせてたった12名だった。

 男子は全員、聖剣(せいけん)が折れているのだから、部活も何も無いのだ。

 たぶん精神的にも、朝練という気分では無いだろう。



「木石兄のほう、(ちょう)久しぶりじゃん。
 弟が来ねーからか?
 ハハハ……」

 脇名(わきな)先輩(せんぱい)がボクの(かた)をパンパン(たた)いて笑った。

「どうも……」

 ボクは少し照れて、頭をかいて言う。



 黒髪(くろかみ)ショートでかなり日焼けした活発そうな見た目であり、
サバサバしていて裏表のない性格で、
ちょっと男勝りな感じもあるが、
男子のファンが多い先輩(せんぱい)だ。

 そして、ボクの聖剣(せいけん)を見ても笑うだけで、
悪口とかは一切言わなかった数少ない女子の一人でもある。



 さて、トレーニングウェアの上にプロテクターも装着した部員達が、
準備体操を(そろ)って済ませると、

「は~い!
 じゃあ準備体操も終わったことだし~、
 男女共まずはいつものようにグラウンド5周~!
 終わった人から基本動作ね~!」
と言いながら顧問(こもん)の下井先生がパンパンと両手を(たた)く。

「時間ないからチンタラ走るんじゃないよ!」

 同じく顧問(こもん)の美安先生が、持っているムチでパン!と地面を(たた)いた。



 美安先生は、四属性と治癒(ちゆ)属性の魔法(まほう)が使える上に、
重属性という重力を強くするような魔法(まほう)まで使える、
これまたレアケースの女性の先生だ。

 下井先生に負けず(おと)らず厳しい先生で、
ポニーテールにまとめた長い亜麻(あま)色の(かみ)清楚(せいそ)そうな顔つきの割に、
口調も厳しく、なぜかいつもムチを持ち歩いている。

 ただし、さすがにそのムチで生徒を直接(たた)いたりということはしない。

 せいぜい先ほどのように、地面や(ゆか)(たた)いて(おど)かす程度である。

『世の中には、女性にムチで(たた)かれることを(うれ)しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。

 なので、ボクなんかからすると、
かなり(こわ)くて変わっていて近づきがたい先生なのだが、
なぜか女子からは人気者で、
バレンタインの時など大量にチョコレートをもらっていたようだ。



 グラウンドを走り終わって体が温まったボク達は、
今度は基本動作の練習に入る。

 男子は聖剣(せいけん)を構えた姿勢、
女子は魔法(まほう)()てるように構えた姿勢で、
それぞれプロテクターも全身に着用したままで、
『ラダー』と呼ばれるヒモと棒がハシゴ状の形になったものを地面に置き、
そのラダーを()まないようにしながら、
色々なステップでその上を進んでいくのだ。

 本番の剣魔(けんま)の試合では、
試合の行われる『アース』と呼ばれる正方形の広いエリアを、
相手を追いかけたり、
女子の魔法(まほう)()けたり、
男子の聖剣(せいけん)から合体(ジョイント)された魔力(まりょく)()ち出す『射聖(ショット)』を()けたりしながら、
走り回って戦うことになるので、
前後左右に素早く動けるように、
色々な足運びのステップを練習するわけである。



「オイ!ラダー'()んでんぞ!
 お前も()んでやろうか!」

 美安先生のムチが、再びパン!と地面に(たた)きつけられる。

 ボクは、ビクンビクンとおっかなびっくりしながら基本動作をこなす。



『世の中には、女性に()まれることを(うれ)しがる男性もいる』
というのは知っているが、
ボクはまだその域には達していない。



「ムロくんの聖剣(せいけん)て……、そんな感じなんだね……」

 ボクの聖剣(せいけん)を初めて見た絶が、悲しそうな声で言った。



 絶の聖剣(せいけん)は、片刃(かたば)だがとても長くて太さもあり、
根元から先っちょまで全部()になった、
大きな刀のようなやや反ったタイプだ。



「ハハ……。笑えるでしょ……?」

 ボクは、自分の聖剣(せいけん)と絶の聖剣(せいけん)の落差に、やや自暴自棄(じぼうじき)になって言う。

「いや、そんなことないよ……。
 ボクだって変聖期(へんせいき)に入るまでは、
 先っちょにちょこっとだけ()がある彫刻刀(ちょうこくとう)みたいな感じだったんだ……」

 絶が首と両手を()った。



 『変聖期(へんせいき)』というのは、
聖通(せいつう)した男子の聖剣(せいけん)が、少しばかり大人の聖剣(せいけん)へと変化する時期である。

 これも、いつ来るかやどのような変化が起こるかは個人差があるのだが、
基本的には
聖剣(せいけん)の長さが長くなったり、
太さが太くなったり、
()の面積が増えたり、
()片刃(かたば)から両刃(りょうば)になったりと、
プラスの方向に変化が起こることがほとんどだ。



「へー……、絶ってもう変聖期(へんせいき)来たんだ……」

 ボクは絶の聖剣(せいけん)を見ながら言う。

「(ボクも変聖期(へんせいき)が来たら、少しは(けん)らしい聖剣(せいけん)になったりしないかな……?)」

 ボクは(けん)らしくなった聖剣(せいけん)を持つ自分の姿を、おぼろげながら想像してみた。



「オイ!夢路(ゆめみち)テメー!早くやれコラ!」

 美安先生の怒鳴(どな)り声と、パン!というムチの音で
ボクはハッと我に返る。

 次はボクが基本動作する番だった。

「わっ!す……、すみません!」

 ボクは(あわ)てて基本動作を始める。



「次は、球出し行くわよ~!」

 下井先生が声を()け、部員達を2つのグループに分ける。



 『球出し』というのは、
実際に飛んでくる魔法(まほう)射聖(ショット)()けながら相手に近づく練習だ。

 と言っても、
本当に魔法(まほう)射聖(ショット)()って当たると、
プロテクターを付けていてもケガをする場合があるので、
下井先生が魔法(まほう)射聖(ショット)に見立ててテニスのラケットでテニスの球を打ち、
部員はそれを()けながら下井先生に近づいて行く、
という感じで行う。

 なので魔法(まほう)射聖(ショット)の『(たま)』ではなく、テニスの『球』なのだ。

 実際の剣魔(けんま)の試合でもケガはつきもので、
大会などでは各アースの付近に必ず治癒(ちゆ)属性の魔法(まほう)が使える教師や運営スタッフ、
大きな大会では医療(いりょう)関係者などが待機しているものである。



「紙一重で()けてんじゃねーぞ!
 本物はもっとデカい(たま)なんだ!」

 美安先生が言いながら、またムチをパン!と地面に(たた)きつけた。



 次は(りん)()ける番だ。

 ボクは球拾いをしながら、(りん)()ける様子を見てみる。

 ズザッ!ズザッ!

 ズザッ!ズザッ!

「(女子はけっこう当たっちゃうものだけど、
  さすが全国一位だけあって、(りん)はスイスイ()けるなー……)」

 ボクは(りん)が飛んで来る球を()ける様子を見ると、
感心してうんうんとうなずいてしまった。



「……は~い、いいわよ~!
 球拾い終わったら、そっちのグループが入って~!」

 下井先生が声をかける。

 次はボクと絶を(ふく)めたグループが()ける番だ。



「(おっとっと……)」

 ボクも頑張(がんば)って球をズザッ!ズザッ!と()けていく。

 下井先生は、
パン!パン!パン!パン!……!と一定間隔(かんかく)で球を出してくるのだが、
その球は
山なりだったり、
真っ直ぐだったり、
地を()うようだったり、
あるいはそれらに加えて緩急(かんきゅう)をつけたりと多種多様なので、
うっかり前の球に気を取られすぎると、すぐ当たってしまうのだ。

 きっとテニスも上手いのだろう。

 ボクに関して言えば、久しぶりな部活のせいというのもあった。



 ちなみに、こんな風に先に()った魔法(まほう)射聖(ショット)
あるいはペアを組んでいるプレイヤーの体などで、
その次の魔法(まほう)射聖(ショット)などの攻撃(こうげき)を見切られにくくすることは、
『ブラインド』、『目隠(めかく)し』、『(かく)(だま)』などと呼ばれ、
本番の試合でもよく使われるテクニックの1つだ。



「……は~い!いいわよ~!」

 ボクの聖剣(せいけん)は短いので、
下井先生もボクがかなり近づくまで終わりにしてくれない。



 この辺りも、ボクが大会でなかなか勝てなかった理由の1つである。

 聖剣(せいけん)のリーチの差が、そのままハンデになってしまうわけだ。



 さて、次は絶が()ける番である。

 スイスイ。

 スイスイ。

「(……上手い!さすが全国2位!)」

 ボクは内心でとても感心して、またうんうんとうなずいてしまう。

 ボクのように無駄(むだ)な足音なんて全然立てず、
それでいてスムーズな足運びで下井先生に近づいて行くのだ。

「は~い!いいわよ~!
 ナイス()き足ね~!」

 下井先生が練習中に()めるのは(めずら)しい。



 『()き足』もテクニックの1つで、
足首の辺りで着地の衝撃(しょうげき)をうまく吸収して、
足音を立てないようにしつつ素早く移動する足運びのことだ。

 『()き足、差し足、(しの)び足』という言い回しから来ている。

 『トロッティング』とも呼ばれ、
特に剣士(けんし)が動き回って相手をかく乱する時などに重要となるテクニックだ。



「……は~い!いいわよ~!
 次はシングルスの試合形式やっていくからね~!」

 最後の1人が終わると、下井先生がまた声を()けた。



 剣魔(けんま)のシングルスは、剣士(けんし)剣士(けんし)、または魔法(まほう)使い対魔法(まほう)使いで戦う試合形式だ。

 つまり、基本的には同性同士でやり合うことになる。

 それぞれ剣士(けんし)シングルス、魔法(まほう)シングルスと呼んだり、
(けん)単や(けん)S、あるいは()単や()Sと略して表記したりする。

 レアなケースの魔法剣士(まほうけんし)が参加する場合は、
参加するほうに合わせて、どちらかは使えないという制限がかけられる。

 ちなみに、ダブルスについても説明すると、
剣士(けんし)のペア対剣士(けんし)のペア、
魔法(まほう)使いのペア対魔法(まほう)使いのペア、
剣士(けんし)魔法(まほう)使いのペア対剣士(けんし)魔法(まほう)使いのペア、
という3パターンが有り、
それぞれ剣士(けんし)ダブルス、魔法(まほう)ダブルス、ミックスダブルスと呼んだり、
(けん)複や(けん)D、()複や()D、混複や混Dと略して表記したりする。

 ただし、中総体も(ふく)めてほとんどの大会では、
ダブルスと言えば剣士(けんし)魔法(まほう)使いのペアでやり合う、ミックスダブルスだけだ。

剣魔(けんま)と言えば、ミックスダブルス』
と言っても過言ではない花形種目なのである。



 ウチの中学にはアースが3面しかないので、
シングルスの試合形式の練習では、
各アースで対戦する選手が2×3の6人、
各アースの審判(しんぱん)が1×3の3人、
計9人がアースに入ることになる。

 最初は、ボクと絶、女子1人は入れず、
アースの外から応援(おうえん)の練習だ。

「((りん)が入るから、(りん)応援(おうえん)しようかな……)」

 ボクは、(りん)が入ったアースのほうの(かべ)へ移動する。



 アースには通常、周りに耐火レンガで(かべ)が作られているものなのだ。

 一番威力(いりょく)が出やすいとされている魔法(まほう)が火属性なので、
それに()えられる(かべ)が作られているというわけである。



 絶も(りん)を見たいらしく、ボクのすぐ(となり)にやって来た。

 (りん)の相手は、脇名(わきな)先輩(せんぱい)だ。

 2人は、正方形のアースの真ん中にある、
『*』マークのようになっている位置で握手(あくしゅ)を交わす。

「よろしくお願いいたしますわ」

「よろしくお願いします」

 握手(あくしゅ)が終わると、2人は頭のプロテクターを(かぶ)りながら、
それぞれアースの(すみ)へと移動した。

 アースの4(すみ)には、それぞれ『スタンバイエリア』と呼ばれるエリアがあり、
2人は対角になる位置のスタンバイエリアにそれぞれ入る。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 試合スタートだ。
 早速、(りん)が前方へジグザグにステップしながら距離(きょり)()めつつ、
パン!パン!と火球の魔法(まほう)を2連射する。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、

「ハッ!」
と片手側転で飛んで来た火球を()け、すぐさま水球の魔法(まほう)をドピュッ!と発射した。

 (りん)のほうは飛び()み前転の要領で、
バッ!とくぐるように飛んで来た水球を()け、さらに距離(きょり)()める。



 どちらも基本動作ではやらない動きだが、これまた有効なテクニックである。

 ちなみに、アースは土属性の魔法(まほう)も使えるように土と砂が混じった地面だが、
剣魔(けんま)では頭にもヘルメット状のプロテクターを(かぶ)るので、
顔や(かみ)の毛が(よご)れる心配はあまり無い。



 と、再び(りん)がパボン!と火属性魔法(まほう)を発射する。

 ボッ!

「キャッ!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)のプロテクターを付けた左の太ももに、
すごいスピードでヒットした。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

1(ワン)-0(ゼロ)!」
とスコアがコールされる。



 このように、魔法(まほう)使いの場合は魔法(まほう)による攻撃(こうげき)が、
剣士(けんし)の場合は聖剣(せいけん)による攻撃(こうげき)が、
相手の体のどこかにヒットすると1ポイントとなる。

 ちなみにウチの部では、アースが隣接(りんせつ)していて分かりにくいということで、
アースごとに微妙(びみょう)に音の高さの(ちが)うホイッスルを使用するようにしている。

 だが、自分が試合をしていると
『今の攻撃(こうげき)にホイッスルが鳴った』
というのは意外と判別できるもので、
同じ音のホイッスルが使われていたとしても、
そんなに混乱が起きることは無い。



 ボクと絶は、(りん)のプレイに、

「ナイスショットー!」
と声を上げ、

「いいぞ!いいぞ!本能!
 行け!行け!本能!
 もう1本!」
とパンパンと手拍子(てびょうし)でリズムを取りながら応援(おうえん)する。



 (りん)は火属性が得意だそうだが、脇名先輩(わきなせんぱい)は水属性が得意なので、
(たが)い相性は悪い。

 打ち消し合ってしまう関係だからである。

 だが、今の(りん)攻撃(こうげき)は、
先に左手で発射した火球の魔法(まほう)に、
後ろからビンタする感じで右手を近づけて
もう1つの爆発(ばくはつ)魔法(まほう)を重ねるように()つことで、
先に発射した火球を加速させてぶつけたのだ。

 プロ選手の剣魔(けんま)の試合でもたまに見られるテクニックの1つだが、
爆発(ばくはつ)の位置をうまくコントロールしないと
(ねら)った方向に真っ直ぐ飛ばないので、
かなりの練習を必要とするはずである。

 いわゆる高等テクニックというやつだ。

 この攻撃(こうげき)方法は、水属性ではちょっとマネできない。



 (りん)脇名先輩(わきなせんぱい)が先ほどとは逆の対角にあるスタンバイエリアに入ると、
ピー!と再び審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 (りん)がまたジグザグに走り出す。

 と、
ドビュルビュルーッ!と今度は脇名先輩(わきなせんぱい)のほうが先手を取った。

「!」

 (りん)が、ズザーッ!と()ん張って立ち止まる。

「あっ!?」

 ボクと絶も、思わず口に出した。

 レベル4か5ぐらいはありそうな、大きな水球の魔法(まほう)が発射されたのだ。

 その水球をバリアのように自分の前にキープしつつ、
そのまま脇名先輩(わきなせんぱい)(りん)のほうへと小走りに進んで行く。

「(どうやって対処するんだろう!?)」

 ボクはゴックンとツバを飲み()む。

「……」

 だがなんと、(りん)は棒立ちだ。

「!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、そのまま水球を(りん)へとぶつける。

 ザッパーン!

 (りん)は、何とか(たお)れないように前かがみになって()ん張りはしたものの、
その姿勢のままズズズ……と()し流されて、全身水浸(みずびた)しになった。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

1-1(ワンオール)!」
とスコアがコールされる。



 相手の大技に()えて何もせず、
一方的に魔力(まりょく)消耗(しょうもう)させて、自分は魔力(まりょく)を温存する。

 剣魔(けんま)では、どんな大技を受けても1ポイントずつしか失点しないので、
こういった選択(せんたく)もまた戦略の1つとなるわけだ。



「いいぞ!いいぞ!脇名(わきな)
 行け!行け!脇名(わきな)
 もう1本!」

 ボクと絶が、パンパンと手拍子(てびょうし)でリズムを取りながら応援(おうえん)する。

 だが、(りん)()えて何もしなかったので、
脇名先輩(わきなせんぱい)は次の戦略を練っているのか、

「うーん……」
とうなりながら難しい表情だ。



 アースの最初にいた対角のスタンバイエリアに再び2人が入ると、
ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされる。

 と、開始直後に(りん)がパン!パン!と上空へ向けて火球の魔法(まほう)を2連射した。

「(!
  あれはまさか……!?)」

 ボクは火球の行方を見上げつつ思う。

 脇名先輩(わきなせんぱい)一瞬(いっしゅん)上空へと顔を向けたが、
すぐに前に走り出し、ドピュッ!ドピュッ!と水球の魔法(まほう)(りん)に2連射した。

 (りん)はズザッ!ズザッ!と
ジグザグに動いて水球を()ける。



 ()けたあとにワンテンポ置いて、
パン!パン!と(りん)脇名先輩(わきなせんぱい)に目がけて火球の魔法(まほう)を2連射した。

 脇名先輩(わきなせんぱい)のほうも、ドピュッ!ドピュッ!と水球を2連射して、
なんと(りん)の火球にぶつける。

 ジュッ!ジュッ!と火球と水球が相殺された。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、そのまま(りん)への最短ルートへ1歩()み出す。

 そこへ、ボッ!ボッ!と火球が落下してきた。

「キャア!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)のプロテクターを付けた右肩(みぎかた)の辺りに1発が命中する。

 最初に(りん)が上空へ発射した火球が、このタイミングで落下してきたのだ。

「(院能エインの得意技、遅降弾(ラググレネードボンバー)……!
  まさか実戦に取り入れるなんて……!)」

 ボクは思わずパンパン!と大きめの拍手(はくしゅ)を送り、

「ナイスショットー!」
と絶と共に声を上げた。



 相手の動きばかりか、屋外なので風まで読まないといけないはずなのに、
タイミングも位置もドンピシャである。

 しかも同時に前方からも攻撃(こうげき)していた。

 前方と上方からの同時攻撃(こうげき)では、()けるのも防ぐのも難しいだろう。



 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

2(ツー)-1(ワン)!」
とスコアがコールされた。

「いいぞ!いいぞ!本能!
 行け!行け!本能!
 もう1本!」

 ボクと絶が、パンパンと手拍子(てびょうし)でリズムを取りながら応援(おうえん)する。



 (りん)脇名先輩(わきなせんぱい)がアースの対角にあるスタンバイエリアに入ると、
ピー!と再び審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 パン!とすぐさま(りん)が上空に火球の魔法(まほう)を発射する。

「また!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)が思わずと言った感じで口に出し、立ち止まった。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、すぐさま上空を確認しつつ、
風上になる(りん)から見て左手側に動こうとする。

 パボン!
とそこに(りん)が加速する火球を発射した。

 ボッ!

「キャア!?」

 脇名先輩(わきなせんぱい)()み出した、右足のクツの先っちょあたりに命中する。

「(ものすごいコントロールだ……!)」

 ボクは内心かなり(おどろ)いた。

 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

「ゲームセット!ウォンバイ本能!3(スリー)-1(ワン)!」
とコールされる。

 (りん)の勝利だ。



 剣魔(けんま)の試合では、3ポイント先取で1ゲーム取得となる。

 そして、中学生の多くの大会では、
魔法(まほう)シングルスでは1ゲーム、
剣士(けんし)シングルスとダブルスでは2ゲーム先取で勝利だ。

 また、剣士(けんし)シングルスとダブルスでは、1-1でゲーム数が並ぶと、
タイブレークをするルールを採用している大会が多い。

 タイブレークになった場合は、4ポイントを先取したほうが勝利だ。

 なおタイブレークでは、3-3でポイントが並ぶと、
テニスや卓球(たっきゅう)と同じくデュースとなって、
2ポイント差をつけるまでゲームが続くことになる。



「右足、大丈夫ですの?」

 再びアースの中央の『*』マークの上で脇名先輩(わきなせんぱい)握手(あくしゅ)をしながら、
(りん)脇名先輩(わきなせんぱい)の右足を見つめて心配そうに(たず)ねる。

「クツの先っちょだったから、へーきへーき。
 いやー、しっかしさすがに強いわねー……」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、とても(くや)しそうだ。

「チュー……。
 先輩(せんぱい)もまだまだ()びしろございましてよ」

 握手(あくしゅ)を終えた(りん)が、魔力(まりょく)ポーションをストローで吸うと言った。

「ゴックン。
 本当?
 アドバイスあったらちょうだいよ」

 脇名先輩(わきなせんぱい)魔力(まりょく)ポーションを1口飲むと(たず)ねる。

「あのレベル5の水球の後、
 ワタクシ側のアースがかなりグチョグチョに()れましたでしょう?
 あれをもっと利用すればいいんですの」

 (りん)が、()れた自分側のアースを()り返って指差した。

「あー……。
 それねー。分かってはいるんだけどねー」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、コクコクうなずきながら(しぶ)い表情をする。



 アースは水はけが良いとは言え、()れれば少しばかり(すべ)りやすくなるのだ。



「動きにくくなるのはもちろんですが、ワタクシだって女ですもの。
 (どろ)だらけになるのは(いや)ですからね。ホホホ……」

 (りん)が笑いながら、アースの審判(しんぱん)と交代する。

「そうだね。フフフ……」

 脇名先輩(わきなせんぱい)も笑いながら、アースから出て行く。



 次は、ボクと絶による剣士(けんし)シングルスだ。

 2人でアースに入ると、中央の『*』マークの辺りで握手(あくしゅ)を交わす。

「いい試合をしよう」

 絶が言うと、

「ハハハ……。お手(やわ)らかに……」

 ボクも言う。

「ムロさん。お兄様。
 2人共、頑張(がんば)ってくださいませ」

 審判(しんぱん)(りん)も言った。
 アースの対角のスタンバイエリアにボクと絶がそれぞれ立つと、
審判(しんぱん)(りん)がピー!とホイッスルを鳴らした。

 試合スタートだ。

 ボクはダダダ……!と、一直線に絶に向かって走り出した。

 絶もスルスル……と、ほぼ足音を立てずにボクに向かって走って来る。



 剣士(けんし)同士の試合では飛び道具が無いし、
剣魔(けんま)にはアース場外に出ると失点となるルールもあるので、
基本的にはこのようにアース中央へ真っ直ぐ向かうのがセオリーだ。



 そのまま、絶の聖剣(せいけん)のリーチまでお(たが)いに走り寄る。

 と、ビュッ!と絶がボクの()み出そうとした足先を()るように、
しゃがみながら聖剣(せいけん)()った。

 聖剣(せいけん)は、その大きさに比例して重量を増す。

 両手で()っているとはいえ、
巨剣(きょけん)
つまり巨大(きょだい)聖剣(せいけん)の絶の場合、かなりの重量のはずなのに、
ものすごいスイングスピードである。

 だが、ボクが()み出そうとした最後の一歩はフェイントだ。

 ボクは軸足に、()み出しかけた足を引き付けるように(もど)している。

 絶の聖剣(せいけん)は、紙一重で空を切った。

 ボクはそのまま、ダンッ!と両足でジャンプするように絶に飛びかかる。

 そこへ絶は、ギュルン!と先ほど聖剣(せいけん)()った勢いでそのまま体を回転させ、
ビュッ!と続けざまに聖剣(せいけん)()ってきた。

「(速っ!)」

 ボクは()りかぶりかけていた聖剣(せいけん)をすぐに()り下ろし、
絶の聖剣(せいけん)に何とか自分の聖剣(せいけん)を合わせる。

 ガキィン!

「!?」

 すごい威力(いりょく)だ。

 空中にいたボクの体全体が、
グイッ!と()されるように動かされた。

 ゴロゴロと横に転がるようにして着地したボクは、すぐさま体勢を立て直す。

 と、そこへ絶が素早く横から()りかかる。

「うひ!」

 ボクは思わず口に出しながら、それに何とか聖剣(せいけん)を合わせた。

 ガキィン!

 ボクの体勢が再び(くず)される。

 絶は再びそのまま回転する。

 体勢を立て直し、ボクは再び聖剣(せいけん)を合わせる。

 ガキィン!

 絶はさらに回転して、再び聖剣(せいけん)()る。

 ガキィン!

 絶はどんどん加速していく。

 ガキィン!

 さらに加速した。

 ガキィン!

 「(マズイ!)」

 バッ!

 ビュッ!

 ボクは絶の聖剣(せいけん)をくぐるように前転し、
聖剣(せいけん)()った絶の右側面に移動した。

「!?」

 聖剣(せいけん)空振(からぶ)りした絶は、わずかに体勢を(くず)す。

 ボクが聖剣(せいけん)を右の裏拳(うらけん)()り出す要領で()る。

 ビュッ!

 が、体勢を(くず)した絶の体が前方に流れたので、
ボクの短い聖剣(せいけん)は届かず、空を切った。

「くっ……!」

 ボクは絶に一歩()み出しながら再び聖剣(せいけん)()りかぶった。

 ビュッ!ドッ!

 ()り向きざまに絶が()った聖剣(せいけん)が、
ボクのプロテクターを付けた左腕(ひだりうで)にヒットした。

「ぐあっ!」

 ボクは思わず悲鳴を上げる。

 プロテクター()しだというのに、かなり痛い。

 ピー!と(りん)がホイッスルを鳴らし、

1(ワン)-0(ゼロ)ですわ!」
とスコアをコールする。



 アースの最初とは逆の対角のスタンバイエリアにボクと絶がそれぞれ立つと、
審判(しんぱん)(りん)がピー!とホイッスルを鳴らした。

 ボクと絶はお(たが)いに走り出す。

 絶の間合いに入る直前、絶が右腕(みぎうで)側に一瞬(いっしゅん)タメを作ったかと思うと、
ものすごいスピードでビュッ!と聖剣(せいけん)(なな)めに()ってきた。

 ガキィン!

「(!?
  しまった!)」

 ボクの聖剣(せいけん)(はじ)かれてしまう。

 間合いの外のはずだった。

 だが、1ポイント目の一撃(いちげき)を脳裏に刻まれていたボクの身体は、
無意識にガードしようと反応し、(うて)()ばしてしまったのだ。

 絶がその(すき)見逃(みのが)すはずがない。

 ()()いていく聖剣(せいけん)の勢いを一瞬(いっしゅん)で殺し、
すかさず両腕(りょううで)を大きくひねるようにして、
ボクに向かって一歩()()みながら、
今度は逆から(なな)めに聖剣(せいけん)をに()り下ろす。

 ビュッ!

 ゴロッ!

 バックステップで回避(かいひ)するのは無理と咄嗟(とっさ)に判断したボクは、
地面を横転するように絶の左腕(ひだりうで)側に向かって回避(かいひ)した。

「!」

 ビュッ!

 立ち上がりながら、ボクは左腕(ひだりうで)だけで絶に向かって聖剣(せいけん)()る。

 ズザッ!ビュッ!ズドッ!

 が、絶のほうが一枚上手だった。

 ()()いた聖剣(せいけん)ごとそのまま回転しつつ距離(きょり)を取り、
ボクの聖剣(せいけん)のリーチの外からカウンターで(どう)()(はら)われてしまった。

「うっぐ!?」

 ボクはその勢いでズザッ!と半歩ぐらい身体を持っていかれる。

 プロテクターが無かったらケガでは済まないような重い一撃(いちげき)だ。

 ピー!と(りん)がホイッスルを鳴らし、

2(ツー)-0(ゼロ)ですわ!」
とスコアをコールする。



 アースの最初にいた対角のスタンバイエリアにボクと絶がそれぞれ立つと、
審判(しんぱん)(りん)がピー!とホイッスルを鳴らした。

 ボクと絶はお(たが)いに走り出す。

 絶の間合いに入る直前、1ポイント目でそうしたように、
ボクはフェイントをかけ、一歩()()むフリをして立ち止まった。

 が、絶はそれを読んでいたのかさらに一歩()()んで
絶の右腕(みぎうで)側から聖剣(せいけん)()る。

 ボクはそれに自分の聖剣(せいけん)を合わせるようにガードの構えをした。

ビュッ!ガキィン!ゴッ!

「!?」

 ガードしたはずなのに、
ボクの左ヒジの辺りのプロテクターに絶の聖剣(せいけん)がヒットする。

 その原因はすぐに分かった。

 なんと絶は、普通に()るようなイメージで聖剣(せいけん)()ったのではなく、
右腕(みぎうで)をしならせるようにして聖剣(せいけん)の先っちょ側を先走らせたのだ。

 ヒジを真っ直ぐ()ばし、途中(とちゅう)から右の手首だけで聖剣(せいけん)()って、
右腕(みぎうで)聖剣(せいけん)が『く』の字になるようにした感じである。

 (うで)側が先で聖剣(せいけん)側が後になるようなスイングを『ハンドファースト』、
逆に聖剣(せいけん)側が先で(うで)側が後になるようなスイングを『ハンドレイト』と呼ぶが、
それをさらに極端(きょくたん)にしたわけだ。

 これではボクの短い聖剣(せいけん)普通(ふつう)に受けてしまうと、ガードにならない。

 だが、こんな巨剣(きょけん)でそれをやってのけるとは、
ものすごい手首の強さと言わざるを得ないだろう。

 ピー!と(りん)がホイッスルを鳴らし、

「ゲーム!お兄様!1(ワン)ゲームストゥ0(ゼロ)ですわ!」
とスコアをコールする。



 その後も、ボクは()るわなかった。

 絶の巨剣(きょけん)の前に防戦一方で、
何度かあったチャンスも聖剣(せいけん)の短さで、ものにできずじまい。

 結局、絶に3(スリー)-0(ゼロ)3(スリー)-0(ゼロ)のストレートで敗れた。



「ありがとう……ございました……」

 アースの中央の『*』マークの上で、
絶がハアハア言いながらボクに手を差し出した。

「ありがとう……ございました……。
 やっぱり……、さすがに……強いね……」

 ボクもハアハア言いながら手を差し出し、絶と握手(あくしゅ)を交わす。

「いや……、フゥー……。スコア的には……、」

 絶が息をついて言いかけたところに、

「スコア的には大差ですけども、白熱してましたわね!」

 (りん)(うれ)しそうに声をかけてきた。

 絶も大きくうなずき、

「ムロくんの聖剣(せいけん)が長かったら厳しかったよ」
と言ってから、『しまった』という顔になる。

「そうかもね……。
 聖剣(せいけん)が長かったらね……。
 ハハハ……」

 ボクは気にしていないフリをして笑った。

「(たら、ればの話ならいくらでもできる……。
  でも、実際問題としてボクの聖剣(せいけん)は短いんだ……。
  配られた手札、
  つまりこの聖剣(せいけん)で勝てるようにならなければ意味が無いんだ……)」

 ボクはそう思いながら、うつむく。

「その点は、ワタクシにお任せあそばせ!」

 (りん)が、自分の胸に右手を当てて言った。

「本当にボクとダブルスを……?」

 ボクは、まだ半信半疑だ。

「もちろんですわよ!」

 (りん)は、自信満々といった表情である。



「は~い!それじゃあ次はダブルスよ~!」

 下井先生がパンパンと両手を(たた)いて、(みんな)に声を()け、

「しょうがないから~、今日だけ女子同士で魔法(まほう)ダブルスね~!」
と続けてから、

「あっ、脇名(わきな)ちゃ~ん。
 今だけ絶クンと組めるかしら~?」
脇名先輩(わきなせんぱい)に声を()けた。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、普段は部長の鬼頭先輩(きとうせんぱい)とミックスダブルスのペアだが、
今はいないためだ。

「ラジャーです!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)が元気に返事をする。

「お相手はどうしましょうか~?
 夢路(ゆめみち)クンは~、さっき0(ゼロ)0(ゼロ)で負けちゃってたわよね~?」

 下井先生がボクをチラリと見て、少し残念そうに言った。

 ボクはギクリとする。

「仕方ないから~、アタシと(りん)ちゃんあたりで組んでみる~?」

 下井先生が言う。

「(確かに下井先生の言う通りだ……。
  実力差が有り過ぎては、絶の練習にならないだろう……)」

 ボクが思っていると、

「先生、ちょっとお待ちになって!」
(りん)が挙手して(さけ)んだ。

「お?何かしら~?」

 下井先生が(たず)ねると、

「ワタクシ、夢路先輩(ゆめみちせんぱい)とダブルス組んでみたいんですの!」

 (りん)は、大声で宣言した。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



 クスクスと女子の一部が笑い出した。

 ボクは、少し顔を()せる。

「ごめんね~?
 たぶん(りん)ちゃんの魔力(まりょく)じゃ~、
 夢路(ゆめみち)クンの聖剣(せいけん)もきっと中断しちゃうから~……」

 下井先生も申し訳なさそうに言うが、

「そこは()かりございませんわ!」
と、(りん)は一歩も引かない。

「そう~……?
 どうしてもって言うなら止めないけど~……。
 中断したら試合のほうも中断するわよ~……?」

 下井先生が、しぶしぶ折れた。

「レロレロ……。フフフ……。
 絶くんの大きいね……。レロ……。
 鬼頭(きとう)くんのよりも大きい……。レロレロレロ……」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は絶の聖剣(せいけん)の前にヒザをついて、
もうオーラルコミュニケーションをしている。

「さあムロさん!
 ワタクシ達も負けていられませんわ!
 勝負はもう始まってましてよ!」

 (りん)もボクの前にヒザをついた。

「う……、うん……」

 ボクは、なえていた聖剣(せいけん)をビュッ!と()くと、
(りん)の前に差し出す。

 チュッ!

 (りん)が、音を立ててボクの聖剣(せいけん)にキスをした。

「!?」

 ボクは、それを見て目を丸くする。

「レローレロー……。
 ああ……、やっぱりかわいいですわ……。レロレロ……。
 こんなかわいい聖剣(せいけん)()められるなんて……。レロー……。
 たまりませんわよ……。レロレロレロ……。
 ツルツルじゃなくてザラザラなのも(おもむ)き深いですわ……。レローレロー……」

 (りん)は、長い舌をボクの聖剣(せいけん)に器用に()わせ、
だ液を()()むように念入りに()めていった。

「(ボクなんかの聖剣(せいけん)に、
  こんな情熱的にオーラルコミュニケーションしてくれるなんて……!
  (うれ)しいけど、なぜだかすごく()ずかしいいい……!)」

 ボクは、顔を真っ赤にしてしまう。

「……さあ!準備万端(ばんたん)ですわ!」

 (りん)が立ち上がった。

 すっかりボクの聖剣(せいけん)はベトベトで、ヌラヌラと光を反射している。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたしますわ」

 ボクと(りん)、絶と脇名先輩(わきなせんぱい)がアースに入り、
中央の『*』マークの上でそれぞれ握手(あくしゅ)を交わした。
 ボクと(りん)、絶と脇名先輩(わきなせんぱい)が、
それぞれアースの4(すみ)にあるスタンバイエリアに立つ。



 ミックスダブルスの場合は、
必ず剣士(けんし)魔法(まほう)使いが(たが)(ちが)いになるように立つルールだ。



 ピー!と審判(しんぱん)がホイッスルを鳴らした。

 試合スタートである。

 ボクはダダダ……!と(りん)の前方へ(なな)めに、
(りん)もボクの前方へ(なな)めに走り出した。

 同じく絶は脇名先輩(わきなせんぱい)の前方へ(なな)めに、
脇名先輩(わきなせんぱい)は絶の前方へ(なな)めに走っている。

 ペアと合体(ジョイント)するためだ。



 剣魔(けんま)ではルール上、ホイッスルの前にあらかじめ合体(ジョイント)するのは反則である。

 そのため、ホイッスルが鳴ると同時にペアのところへ走り、
合体(ジョイント)してもらってから攻撃(こうげき)に移るのがオーソドックスなやり方だ。

 そしてミックスダブルスでは、当然のことながら、
射程が短い剣士(けんし)が前に立ち、
射程が長い魔法(まほう)使いが後ろに立つのが普通(ふつう)である。

 この剣士(けんし)が前、魔法(まほう)使いが後ろというフォーメーションを、『正常位置』。

 あるいは『フロントスタイル』と呼ぶ。

 逆に魔法(まほう)使いが前、剣士(けんし)が後ろというフォーメーションは、『後背位置』。

 あるいは『バックスタイル』と呼ぶ。

 剣士(けんし)魔法(まほう)使いが横並びになるフォーメーションは、『双頭(そうとう)位置』。

 あるいは『ダブルヘッダー』と呼ぶ。

 これ以外にも、
剣士(けんし)が前気味だが魔法(まほう)使いと(なな)めの位置になるフォーメーションを、
松葉杖(まつばづえ)をついてケンケンしている様子になぞらえて『松葉位置』と呼んだり、
逆に魔法(まほう)使いが前気味で剣士(けんし)(なな)めの位置になるフォーメーションは、
『逆松葉』と呼んだりする。



 と、パン!と(りん)が絶へと走る脇名先輩(わきなせんぱい)へ火球の魔法(まほう)を発射した。

「ハッ!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)は、それを片手側転で回避(かいひ)し、
すぐさまドピュッ!と(りん)へ水球の魔法(まほう)を発射する。

 (りん)もそれをゴロッ!と横転するようにして回避(かいひ)した。

 お(たが)いに合体(ジョイント)に向かうのを牽制(けんせい)した形だ。

 だが、どちらもきれいに回避(かいひ)したので、ほとんど影響(えいきょう)は見られない。

「絶くん!行くよ!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)(さけ)びながら、バッ!と絶と交錯(こうさく)する。

 ブワワッ!と絶の聖剣(せいけん)が水を帯びた。

「ムロさん!ワタクシ達も行きますわよ!」

 (りん)もボクに(さけ)ぶと、ボクの聖剣(せいけん)に右手をかざしながら
走るボクとバッ!と交錯(こうさく)する。

 メラメラッ!とボクの聖剣(せいけん)が大きな(ほのお)を帯びた。

「!」

 絶と脇名先輩(わきなせんぱい)が、(おどろ)いたようにボクの聖剣(せいけん)を見る。

「あらま~……!」

 アースの外から見ていた下井先生も、(おどろ)いたように口に出した。

 パン!パン!と、(りん)がすかさず火球の魔法(まほう)脇名先輩(わきなせんぱい)のほうに連射した。

 ビュッ!バシン!

 ビュッ!バシン!

 それを絶が(さえぎ)るように移動して、水を帯びた聖剣(せいけん)(たた)き落とす。

 脇名先輩(わきなせんぱい)は後方へ下がり、絶と正常位置になると、
ドピュッ!とボクに向けて水球の魔法(まほう)を発射した。

 ビュッ!バシン!

 ボクも絶に負けじと聖剣(せいけん)で水球を(たた)き落とす。

 ボクは(りん)と松葉位置の状態から、
ダダダ……!と絶に目がけて走り出した。

 絶もボク目がけて走って来る。

 パン!パン!

 ドピュッ!ドピュッ!

 そこへ(りん)脇名先輩(わきなせんぱい)援護(えんご)射撃(しゃげき)してくる。

 ビュッ!バシン!ビュッ!バシン!

 ビュッ!バシン!ビュッ!バシン!

 ボクと絶は、ほぼ同時に聖剣(せいけん)()って、それを(たた)き落とす。

 と、
シュー……と絶の聖剣(せいけん)の水が消えてしまった。

 合体(ジョイント)していた脇名先輩(わきなせんぱい)魔力(まりょく)が使い切られたのである。

「くっ……」

 絶は険しい表情だ。

「(チャンス……!)」

 ボクは絶の上半身に向けて、ビュッ!と聖剣(せいけん)()き出す。

「!」

 絶はそれに反応して、バッ!と聖剣(せいけん)の腹を構えたガードの姿勢を取った。

 ボクの聖剣(せいけん)から、合体(ジョイント)した魔力(まりょく)()ち出す射聖(ショット)が行われると思ったのだ。

 だが、ボクのこの()きはフェイントだった。

 すかさずボクは、右腕(みぎうで)全体をひねるようにして、
聖剣(せいけん)を絶の下半身のほうへカクンと(かたむ)け、
バンッ!と射聖(ショット)する。

 ボッ!

「熱っ!」

 絶がたまらず(さけ)んで飛び()ね、
ボクの射聖(ショット)が命中した右太ももをプロテクターの上からパンパンと手ではたく。

 防具に当たったとはいえ、
威力(いりょく)の高い火属性の射聖(ショット)を受けたので当然の反応だ。



 実は、射聖(ショット)で発射される魔力(まりょく)というものは、
挿入(インサート)で込められて合体(ジョイント)した魔力(まりょく)に対して、
魔法(まほう)のレベルで言えば1、2段階ほど上の威力(いりょく)()ね上がるのである。



 ピー!と審判(しんぱん)がホイッスルを鳴らし、

1(ワン)-0(ゼロ)!」
とスコアがコールされる。

「やりましたわね!ナイスショットですわ!」

「うん!ありがとう!」

 (りん)とボクは言いながら、パァン!とハイタッチを交わす。

「(ボクの聖剣(せいけん)は短くて軽いから、
  動かすだけならかなり素早く(あつか)える……!
  でも、まさか全国レベルの選手にも通用するなんて……!)」

 ボクは内心、かなり興奮していた。



 4人がアースの先ほどとは左右を入れ()えたスタンバイエリアに
それぞれ入ると、
ピー!と再び審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされた。

 ダダダ……!とボクと(りん)、絶と脇名先輩(わきなせんぱい)は走り寄る。

 ブワワッ!

 メラメラッ!

 お(たが)い、合体(ジョイント)完了(かんりょう)だ。

 パン!パン!とすかさず(りん)が火球の魔法(まほう)を絶に連射する。

 と、絶はそれを(たた)き落とさず、スイスイと回避(かいひ)した。

 合体(ジョイント)した魔力(まりょく)を温存しようというわけである。

「!」

 それを見ると(りん)は、ザザッ!と走る方向を切り返した。

「……!」

 その動きを見た脇名先輩(わきなせんぱい)は、走る速度を上げた。

 (りん)は、絶が回避(かいひ)できないよう、
絶と脇名先輩(わきなせんぱい)が一直線に並ぶ位置に移動しようとしており、
脇名先輩(わきなせんぱい)のほうは、そうさせまいと逃げているのだ。

 一方、ボクと絶のほうは、
間もなく絶の聖剣(せいけん)の間合いに入るという位置まで走り寄っている。

 と、

「ムロさん!」
(りん)(さけ)ぶと同時に、パボン!と音がした。

「!」

 ボクは(りん)の意図を察して、すかさずその場にバッ!としゃがみ()む。

 ビュッ!バシン!

 絶がボクの背後からすごいスピードで飛んで来た火球を、
難なく(たた)き落とした。

 (りん)がボクの体と絶の体が重なったタイミングで、
つまりボクをブラインドにして加速する火球を発射したのだ。

 だが、絶はそれを読んでいたのか、
聖剣(せいけん)で防がれてしまったわけである。

「(さすが、全国2位……!)」

 ボクは思いながら、立ち上がりつつ聖剣(せいけん)をビュッ!と絶に向かって()き出す。

 フッ!

 絶が一瞬(いっしゅん)でボクの聖剣(せいけん)の突()き出された位置から右に移動すると、
ビュッ!と聖剣(せいけん)()り下ろした。

 ドビュッ!

 ビシャッ!

「うぐっ!?」

 ザッ!

 ボクは、すごいスピードで飛んで来た水球を右脚(みぎあし)に食らって、
たまらずヒザをアースについた。

 ピー!と審判(しんぱん)がホイッスルを鳴らし、

1-1(ワンオール)!」
とスコアがコールされる。

「ナイスショットー!」

「ありがとうございます!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)と絶が言いながら、パァン!とハイタッチを交わした。

「ドンマイですわ!」

「ごめん!」

 (りん)とボクも言葉を交わす。

「(まるで絶が消えたかのようだった……!
  (おそ)ろしいフットワークだ……!)」

 ボクは、内心で舌を巻いていた。
 再び4人がアースの4(すみ)のスタンバイエリアにそれぞれ入ると、
ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされる。

 と、パン!パン!と(りん)が上空に火球の魔法(まほう)を連射した。

 遅降弾(ラググレネードボンバー)だ。

「!」

 ボク、絶、脇名先輩(わきなせんぱい)はその行方を追って、バッ!と空を見上げた。

「(この感じは、たぶんアースの中央付近か!?)」

 ダダダ……!と正面に向き直ったボクと(りん)、絶と脇名先輩(わきなせんぱい)は走り始める。

 ブワワッ!

 メラメラッ!

 お(たが)い、合体(ジョイント)完了(かんりょう)だ。

 すぐさまボクは、(りん)遅降弾(ラググレネードボンバー)を利用すべく、
アースの真ん中を目指して走り始める。

 と、脇名先輩(わきなせんぱい)がそれを読んで、ドピュッ!ドピュッ!と水球を連射した。

「おっと!」

 ボクは、それを片手側転でバッ!と回避(かいひ)する。

 その回避(かいひ)した先を(ねら)って、
絶が聖剣(せいけん)をビュッ!と()き出した。

 ドビュッ!

「うっ!?」

 ビュッ!バシン!

 ボクは、すごいスピードで射聖(ショット)された水球に、ギリギリで聖剣(せいけん)を合わせた。

 チラリとボクは自分の聖剣(せいけん)を確認する。

 メラメラ。

「(火属性はまだ残ってる……!)」

 と、パン!パン!パン!パン!と(りん)が、
射聖(ショット)で早々に魔力(まりょく)を使い切った絶に向けて両手で火球の魔法(まほう)を連射した。

「くっ……!」

 絶はチラリと上空を確認すると、
ビュッ!バシン!と当たりそうな1発だけを(たた)き落としつつ、
残りをスイスイと回避(かいひ)する。

 ダダダッ!とボクが、そこに走り寄った。

「させない!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)が再びドピュッ!ドピュッ!と水球の魔法(まほう)をボクに連射する。

「うわっ!」
と言いながらも、ボクはズザッ!ズザッ!と左右に移動してそれを回避(かいひ)した。

 ボッ!ボッ!

 そこに、(りん)遅降弾(ラググレネードボンバー)が落下して来る。

 だが、今回は残念ながら、かなり手前の位置だ。

 と、それをブラインドに(りん)が、パボン!と加速する火球を発射する。

「!」

 ビュッ!バシン!

 絶が、それに聖剣(せいけん)を縦に()って合わせ、ギリギリで弾道(だんどう)()らした。

「(今だ!)」

 ボクは、動きの一瞬(いっしゅん)止まった絶に飛び()かるように聖剣(せいけん)()り下ろす。

「おっと!」

 絶は聖剣(せいけん)()り下ろした体勢のまま、
フッ!とボクから見て右に回避(かいひ)した。

 そこに、バンッ!とボクの聖剣(せいけん)から右方向に射聖(ショット)が行われ、
ボッ!と絶の右脇腹(みぎわきばら)に命中する。

「うわっ!?」

 絶は、(おどろ)いたのと命中した勢いで、そのままドサッ!と(たお)れた。



 通常、聖剣(せいけん)というものは、
先っちょから真っ直ぐにしか合体(ジョイント)した魔力(まりょく)射聖(ショット)というものができない。

 しかし、ボクの聖剣(せいけん)は出っ張った部分が無いためか、
なんと半球状の部分からならどの方向にでも好きに射聖(ショット)ができるのである。

 このことに気づいたのは、
以前のペアであった出来田さんが剣魔部(けんまぶ)を辞めてしまう直前だったので、
未だに大会では日の目を見ていないボクの必殺技の1つだ。



 ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴り、

2(ツー)-1(ワン)!」
とスコアがコールされる。

「やっぱりすごいですわよ!
 ムロさんの聖剣(せいけん)!」

「ありがとう!(りん)もナイスショット!」

 (りん)とボクは言いながら、パァン!とハイタッチを交わした。



 再び4人がアースの4(すみ)のスタンバイエリアにそれぞれ入ると、
ピー!と審判(しんぱん)のホイッスルが鳴らされる。

 と、
今度は脇名先輩(わきなせんぱい)が最初に動いた。

 ドビュルビュルーッ!とレベル5の巨大(きょだい)水球の魔法(まほう)を発射したのだ。

 水球は、脇名先輩(わきなせんぱい)の目の前にバリアのように()かぶ。

「くぅ……!」

 ボクはひとまず、合体(ジョイント)するために(りん)のほうへと走り出す。

 (りん)はパン!と、火球の魔法(まほう)を発射して絶のほうを牽制(けんせい)しつつ、
さらにパン!と上空に遅降弾(ラググレネードボンバー)を発射した。

「!」

 絶はスイスイと飛んで来た火球の魔法(まほう)回避(かいひ)しつつ、
上空をチラリと確認する。

 ボクと脇名先輩(わきなせんぱい)も上空を見た。

「(この感じは、脇名先輩(わきなせんぱい)の位置か……!?)」

「!」

 脇名先輩(わきなせんぱい)遅降弾(ラググレネードボンバー)(ねら)われていると気づいたらしく、
水球の後ろにそのまま居座らず、
水球ごと絶のほうへと移動し始めた。

 だがその動きは、ややゆっくりだ。

「(あの水球、そんなに素早く動かせないのか!)」

 そう見るや否や、ボクは(りん)のほうへ走るのをやめ、
ザッ!と絶のほうへと方向転換(てんかん)して走り出す。

「(絶が水球の後ろに(かく)れる前に間に合えば、
  ポイントが取れるかも!)」

 そうボクは思ったのだ。



 ちなみにミックスダブルスで、
このように合体(ジョイント)されなかった剣士(けんし)のことを
『放置された』と表現したり、
合体(ジョイント)しないでプレイすることを
『放置プレイ』と表現したりする。



 パボン!

 パボン!

 (りん)もボクと同じ考えらしく、絶への攻撃(こうげき)拍車(はくしゃ)をかけた。

「くっ……!」

 ビュッ!バシン!ビュッ!バシン!

 だが絶も、何とか(りん)の加速する火球を聖剣(せいけん)(たた)き落とす。

 そこにボクがダダダッ!と走り込んだ。

 絶が水球に(かく)れる前に間に合ったのである。

 しかも脇名先輩(わきなせんぱい)は自分の水球のせいで、
こちらへの射線がほぼ無い状態だ。

「(チャンス……!)」

 と、
ビュッ!と絶がボクの()み出そうとした足先を()るように、
しゃがみながら聖剣(せいけん)()った。

 だが、ボクが()み出そうとした最後の一歩はフェイントだ。

 先ほどのシングルスの、1ポイント目のプレイの再現である。

 ボクは再び、ダンッ!と両足でジャンプするように絶に飛びかかった。

 そこへ絶は、ギュルン!と先ほど聖剣(せいけん)()った勢いでそのまま体を回転させ、
ビュッ!と続けざまに聖剣(せいけん)()る。

 ガキィン!ボッキン!

「えっ!?」

 ボクと絶は、同時に口に出した。

 絶の聖剣(せいけん)の先っちょから3分の1あたり、
ボクの聖剣(せいけん)とぶつかった所から先が、折れ飛んでしまったのである。

 折れた先っちょの部分は、ヒュルヒュルヒュル……と風を切る音を(ひび)かせた後、
ザクッ!とボクと(りん)が居た側のベースライン付近に()()さり、
その直後にフワッと(けむり)のように消え去った。



 ピ……、ピー!と審判(しんぱん)の女子が(あわ)ててホイッスルを鳴らし、

「え、えーと……、この場合って……」
とキョロキョロする。

「ウォークオーバ~……。つまり~、棄権(きけん)よ~」

 下井先生が、アースの中にいるボク達に向けて声を()けた。

「ですわね……」

 (りん)もうなずく。



 剣魔(けんま)の試合中に剣士(けんし)聖剣(せいけん)が大きく折れた場合、
具体的には持ち手の部分を除いた長さの4分の1以上が折れた場合、
ルール上は競技続行不可能とされ、
聖剣(せいけん)が折れた側の選手は棄権(きけん)(あつか)いとなる。

 つまりこの場合、絶と脇名先輩(わきなせんぱい)棄権(きけん)となり、ボクと(りん)の勝利だ。



「ご、ごめん……!」

 ボクはハアハア息を切らせながら、すぐさま絶に謝る。

「いや……、大丈夫(だいじょうぶ)……。
 先っちょだけだから……。
 このぐらいなら……、そのまま夕方の部活もやれるよ……」

 絶もハアハア言いながら、左手と首を()ると、
シュン!と聖剣(せいけん)をなえて、

「でも、すごいよ!
 ボク、剣魔(けんま)中に聖剣(せいけん)が折れたのなんて初めてだもん!
 きっと、すっごく(かた)いんだね!
 ムロくんの聖剣(せいけん)!」
とボクの聖剣(せいけん)()でるように(さわ)ってきた。

「そ、そんなことないよ……」

 ボクは照れて頭をかき、

「(でも言われてみれば、プロ選手の剣魔(けんま)の試合なんか観てても、
  聖剣(せいけん)が折れてるところなんてほとんど見ないような……?)」
と思いながら、グリグリと(さわ)られている自分の半球状の聖剣(せいけん)を見つめた。
 キーンコーンカーンコーン……。



「えー……、月末には今年も体育祭があるぞぉ。
 黒板に種目を書いてくから、各自で参加したい種目に立候補するようにぃ。
 ……あっ、ダンスは全員参加、棒(たお)しは男子、
 玉入れは女子は全員参加だからなぁ?
 あと、立候補しなかった(やつ)は先生が適当に決めちゃうぞぉ?」

 益垣(ますがき)先生が帰りの会で言うと、体育祭の種目を順番に黒板へと書き出した。

 クラスの(みんな)はザワザワとしだす。

「(体育祭かー……。(いや)だなー……)」

 ボクは、かなり憂鬱(ゆううつ)な気分になった。



 走るのはどちらかと言えば速いほうなのだが、
友達がいないので団体種目はできればやりたくないのである。

 特にダンスとか棒(たお)しとか、
団体でやる種目なのに強制なものがあるというのが(つら)い。

 それにイケてない男子が、
クラス対抗(たいこう)リレーみたいな花形種目に出るわけにもいかないだろう。

 色々と制約が多いのだ。



「(かと言って残る種目は……?
  障害物競走は、個人種目だけど何となくやりたくないし……)」

 ボクが(なや)んでる間に、どんどん各種目の参加者が()まっていく。



「あのう……。
 ボク、クラス対抗(たいこう)リレーに出てもいいかな……?
 すっごく足が速いってわけじゃないんだけど……」

 絶がボクの(となり)で、おずおずと手を挙げた。

「オオー!」
(みんな)歓声(かんせい)を上げ、

「いいよー!」
と賛同する。

「えへへ……」

 絶は頭をかいた。

 このように、人気者なら花形種目に出ても全く問題ないのだ。

 それに、絶は少なくとも剣魔(けんま)競技で強いと証明されているわけなので、
運動神経が良いと見なされ、クラスメイトの期待も大である。

 益垣(ますがき)先生もニコニコしながら、
『本能』とクラス対抗(たいこう)リレーに書き()んだ。

「(しょうがない……。
  一緒(いっしょ)になる人には悪いけど、
  ムカデ競争あたりでお茶を(にご)すとするか……)」

 そう思いながらボクが手を挙げようとした、その時である。

「ムロくんも足が速いから、クラス対抗(たいこう)リレーに出たらいいのに」

 絶が言った。



 一瞬(いっしゅん)の静止。



 クラスはシーンと静まり返る。

「(絶……。何気ない感じで言ったが、それはかなりの爆弾(ばくだん)発言だ……)」

 ボクは、心の中で頭を(かか)えた。



 今のクラス対抗(たいこう)リレーのメンバーは、
クラスで一番足が速い野球部の下仁田、
足の速さはそこそこだが運動神経が良くて、
クラスではムードメーカー的な存在であるテニス部の江口(えぐち)
そして転校2日目にしてクラスの人気者で剣魔(けんま)では全国2位という絶である。

 そこに、特に期待値も人気も高くないボクなんかが入る余地など無いのだ。

 もっと言うと、たとえ足が速かろうが入らないほうが良いとさえ言えた。

 スクールカースト最下位のボクを、頑張(がんば)頑張(がんば)れと応援(おうえん)するなんて、
応援(おうえん)する側の気持ちというものが入らないだろう。

 勝ちを取るかどうかなんて以前の話になるわけである。



「いや……、ボクはムカデ競争やるからいいよ……」

 重苦しい空気の中、何とかボクは言った。

 我ながら、出来た人間である。

「ムカデ競争は、もう人数足りてるぞぉ?」

 益垣(ますがき)先生が言った。

「(あああ……!)」

 ボクは机に()()す。

 (おそ)かったのだ。

 クラスの(みんな)がクスクスと笑い出した。

「(穴があったら入りたい……!)」

 ボクは思いながらも何とか再び手を挙げ、

「じゃ……、じゃあ障害物競走……」
と顔を真っ赤にして言い直す。

「……いや、待て(みんな)

 江口(えぐち)が口を開いた。

「確かにムロは友達いないけど……」

「(うるさいぞ、江口(えぐち))」

 ボクは反射的にそう思った。

 思ったが、

「(『けど』……?)」
江口(えぐち)のほうを()り返って、次の言葉を待った。

「オレ、こいつとは同じ小学校だったんだけど、
 足は速いんだよ確かに。足は。
 だからオレもこいつをリレーに推薦(すいせん)する」

 江口(えぐち)腕組(うでぐ)みしながら言った。

 まさかの助け(ぶね)である。

 あるいはボクではなく、
絶が責任を感じるかもと思ってのことなのかもしれない。

 しかし、当のボクとしては、かなり複雑な心境だ。

「(足の速さを認めてくれて味方になってくれるのは(うれ)しい!
  (うれ)しいけど、本人であるボクの意志は!?
  障害物競走でいいんだってば!)」

 正直に言ってこんな感じである。

「じゃあこれで決定なぁ」

 益垣(ますがき)先生が、『木石』とクラス対抗(たいこう)リレーに書き加え、
まだどこにも参加表明していなかった数名のクラスメイト達の名前も、
適当に書き()んでいく。

「(あっ……)」
とボクは思ったが、

「やったね!ムロくん!」

 絶は無邪気(むじゃき)にボクの(となり)で喜んでいる。

「反対意見あるなら今のうちだぞぉ?
 (みんな)、早く帰りたいよなぁ?」

 益垣(ますがき)先生が言う。

 もはやボクは、何も言えなかった。

 (みんな)も何も言わない。

 喜んでいる絶と、早く帰りたい(みんな)の気持ちに
水を差すわけにもいかないだろう。



「……どういうつもりだよ?」

 帰りのあいさつを済ませた教室で、ボクは江口(えぐち)()め寄った。

「お?リレーの打ち合わせ?」

 下仁田もやって来る。

「ムロお前、昨日体育の前にグラウンド走ってたろ?」

 江口(えぐち)がボクを見て言った。

「あっ……」

 ボクは思い至る。

「(あれを見られてたからかー……!)」

 ボクは、心の中で頭を(かか)えた。

 そう。

 トレーニング室に絶が来て、気まずかったボクは、
筋トレを中断して教室に帰って体操服に着替(きが)えた後、
本当にグラウンドに走りに行ったのだ。

「マジに?やる気満々じゃん」

 下仁田がボクの顔を(のぞ)()むように見てくる。

「すごい!さすがだね!」

 絶も同調した。

「いや……、あれは(ちが)うんだけど……」

 ボクは口ごもる。

「(部活もろくに行かなくなっていた(やつ)が、
  『昼休みにやることが無いから走っていた』
  とか、
  『身体を(きた)えるために走っていた』
  とかの言い訳をするのは、ちょっと無理があるよなあ……)」
と思ってしまったからだ。

「やる気が無い(やつ)より、有る(やつ)のほうがいいじゃん?
 まあ体育祭に向けてじゃなくても、普段(ふだん)から走ってる(やつ)のほうがさ?
 それに実際速いしな。
 ウチのクラスって陸上部1人もいないし」

 江口(えぐち)が、そう言いながらボクの右肩(みぎかた)を左手でパンと(たた)いた。

「バトンの練習する?」

 下仁田が言い、

「あれって借りられるのかな?」

 絶が言うと、

「体育倉庫にあるから大丈夫(だいじょうぶ)だよ。体育の授業の前にやろうぜ」
と江口が仕切り、

「おう。ラジャー」

 下仁田が賛成。

「分かった!よろしくね!」

 絶も賛成だ。

「……分かったよ」

 ボクも、しぶしぶ折れた。

 今さら参加する種目を変えるというのも難しいだろう。

 かと言って、体育祭の当日に休んだりしてまで出たくないというほどでもない。

「(ハアアア……。
  なにも考えずに、ただただ全力で走ろう……)」

 ボクは心の中で、深い深いため息をつきながらそう決めた。






○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~






「じゃあ、夕練も頑張(がんば)ってね……」

 下駄箱(げたばこ)まで一緒(いっしょ)にやって来ると、ボクは絶に向かって(つぶや)くように言った。

「本当に朝練だけで、夕練は来ないのかい?」

 絶は、とても不満げだ。

「あー……、うーん……」

 ボクは何とも言えない態度を取ってしまう。



 正直な話、部活はかなりやりたい。

 ボクは将来は剣士(けんし)になりたいし、
聖剣(せいけん)を大っぴらに()れる剣魔(けんま)という競技のことは大好きだし、
何より剣魔(けんま)はプレイしていてとても楽しい。

 何なら大会に勝てるかどうかとか、将来剣士(けんし)になれるかどうかとかより、
好きなこと楽しいことを今はしていたいだけとさえ言えるかもしれないのだ。



 しかし、剣魔(けんま)部には弟の(たてる)がいる。

 剣魔(けんま)はやりたいが、(たてる)の前ではボクの聖剣(せいけん)()きたくない。

 例えば、(たてる)が部活に参加せずに(なが)めているだけだとしても、
その状況(じょうきょう)でおいそれと剣魔(けんま)をプレイしていられる気分ではないのだ。



「(そう考えると……)」

 下駄箱(げたばこ)を出たところで、ボクは思い至った。

「立がいる限り、ボクは部活も大会も出る気分になれないから……」

 ボクは、そう口に出してしまう。

「それは(ちが)うと思う」

 絶が即座(そくざ)に言った。

 ハッとボクも気づく。

「その……、うまく言えないけどさ……」

 絶は、ボクを見つめたまま続ける。

「ムロくんの人生は、ムロくんの物だよ。
 ムロくんは、(たてる)くんに『死ね』って言われたら、死ぬのかい?」

 絶はそう言ってから、

「あっ……。
 いや、その……。
 例えと言うか……、極端(きょくたん)な話としてね……?」
(あわ)てたように首と両手を横に()った。

「う、うん……。分かってるよ……」

 ボクは言うが、

「分かってるけど……、とりあえず……、今日は帰る……。
 ホントにゴメン……」

 ボクはそう言ってから、くるりと校門のほうを向くと、そのまま歩き出した。

「……うん」

 絶は何か言いたげだったが、そのまま何も言わなかった。



「(『ボクの人生は、ボクの物』か……)」

 ボクは校門を出て歩きながら、絶に言われたことを考える。

「(でもボクは……)」

 ボクは思った。

「(でもボクは、(たてる)に『死ね』って言われたら、
  きっと死んでしまうと思う……)」



 自分でもおかしいと分かっている。



 分かってはいるが、それがどうしてなのかは、ボク自身にも分からなかった。



 ボクは夕暮れの中、家までの道のりをトボトボと歩く。



 ポコン!

 ふいにスマホの通知音が鳴った。



 絶からのインランだ。



(たてる)くん部活に来てないよ?』
 ガチャ……、バタン。

 ボクは、我が家の玄関(げんかん)に入った。

 (たてる)のクツがある。

「(まさか……)」

 ボクは、廊下(ろうか)をリビングへと向かい、
ガチャ……とリビングと廊下(ろうか)を仕切るドアを開けた。



 パジャマ姿の(たてる)が、テーブルでスマホをいじっている。



「……」

 ボクも(たてる)も無言だ。

 バタン。

 ボクはそのままリビングのドアを閉め、自分の部屋へと着替(きが)えに向かった。



「((たてる)が、(りん)聖剣(せいけん)を中断されて傷ついて、学校を休んだ……。
  それは、ボクの人生には関係ない……)」

 ボクは、制服から着替(きが)えながら思う。

「(関係ない……?
  ならどうして……、こんなにも悲しい気持ちになるのだろう……?)」

 ボクは、泣き出してしまいそうな自分の気持ちに気づいていた。



 着替(きが)えを終えたボクは、そのままベッドにうつ()せになってしまう。

 (なみだ)までは流れない。

 でも、とても悲しいのだ。

「(ボクより聖剣(せいけん)(めぐ)まれている(たてる)が、
  こんなつまらないことでつまずいているから、
  悲しいのだろうか……?)」

 ボクは自分がどうして悲しいのか、考えていた。

「(ボクが(たてる)の立場だったら……。
  聖剣(せいけん)(めぐ)まれているのに女の子に中断させられてしまったとしたら、
  (たてる)と同じように傷ついたのだろうか……?)」

 ボクは、(たてる)の気持ちを何とか理解してあげたかった。

「(理解なんてされても、きっと(たてる)迷惑(めいわく)だろうな……。
  フフフ……)」

 ボクは、自分で自分をバカにした。

「(でも……)」

 ボクはベッドの上で寝返(ねがえ)りをうち、仰向(あおむ)けになる。

「(聖剣(せいけん)(めぐ)まれた(たてる)は……、
  きっとフィクションの主人公になった気分だったんだろうな……)」

 ボクは、撲滅(ぼくめつ)ブレードの主人公である金太と、(たてる)を心の中で重ねた。

「(カッコイイ主人公……。
  才能に(めぐ)まれた主人公……。
  努力が必ず報われる主人公……。
  挫折(ざせつ)しそうになっても絶対に(あきら)めない主人公……。
  夢や目標を達成する主人公……。
  最後には必ず勝つ主人公……。
  女の子にモテモテな主人公……)」

 ボクは、都合の良い設定を並べてみる。

「(聖剣(せいけん)(めぐ)まれた(たてる)はきっと、
  自分がそんな完璧(かんぺき)な主人公になれると、
  勘違(かんちが)いしてしまったんだ……)」

 ボクは思った。

 ボクが聖通(せいつう)した時に味わった、大きな挫折(ざせつ)

 そして絶望。

 それを今、(たてる)が味わっているのかもしれない。

「(けれど……)」

 ボクは、こうも思った。

「(『聖剣(せいけん)(めぐ)まれていないボクの分まで頑張(がんば)れ』
  なんて言われても、
  (たてる)(はげ)まされないし、きっと頑張(がんば)れないよな……)」

 ボクはベッドの上で寝返(ねがえ)りをうち、再びうつ()せになる。

「(そう言えば、(たてる)の夢って何なんだろう……?)」

 ボクは思った。

「(子供が考えるような非現実的な夢じゃなくて、もっと現実的な
  将来なりたい職業とかやりたい仕事とかってあるのかな……?)」

 ボクはベッドにうつ()せになったまま、首をひねって考えてみる。

「(弟のことなのに、分かんないや……。
  ハハハ……)」

 ボクは、自分で自分を笑った。

「(考えてみれば、ボクは(たてる)の何を知っているのだろう……?)」

 ボクは、ふと疑問に思う。

 (たてる)には、今でこそ無視されているが、
それまではずっと仲が良く、
せいぜい子供の(ころ)にちょっとした口ゲンカをしたことがあるぐらいだった。

 暴力を使うケンカなんかした記憶(きおく)が無いし、
剣魔(けんま)の試合だってしたことが無かったのである。






○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~






(たてる)の夢って何?」

 夕食のおかずの棒棒鶏(バンバンジー)が用意されたテーブルに着くと、
ボクはおもむろに(たてる)(たず)ねた。

「……」

 (すで)に夕食に手をつけていた(たてる)の返事は無い。

 モグモグと口を動かすのに(いそが)しそうだ。

 分かっていた。

「ボクは将来、剣士(けんし)になりたいんだ」

 ボクは、構わず続ける。

「!?
 ゲホッ!ゲホッ!」

 (たてる)が、ボクの不意打ちに()()んだ。

 これも分かっていた。

「(ボクの夢が一番現実的じゃない。
  そんなことは、ボク自身が一番よく分かっているんだ)」

「だからボク、明日から普通(ふつう)に部活行くよ。
 朝練も、夕練も」

 ボクは(たてる)の反応を気にせず、さらに続ける。

「無理だろ……。剣士(けんし)なんか……」

 (たてる)が口を開いた。

「『オレでさえ無理なのに』
 ってこと?」

 ボクは(たてる)に言う。

「!」

 (たてる)が、目を見開いてボクを見た。

「ボクは、(たてる)ならボクなんかよりずっと立派な剣士(けんし)になれると信じてるよ?」

 ボクは、大きくうなずきながら(たてる)に言う。

 ウソではない。

 ボクは心の底から、
(たてる)なら自分なんかより素晴らしい剣士(けんし)になれると信じていた。

「ならねーよ!剣士(けんし)になんか!」

 (たてる)が強い口調で言う。

「やっぱりそっか……」

 ボクは言った。

「悲しいけど、(たてる)の夢は別にあるんだね……」

 これもウソではなかった。

 聖剣(せいけん)(めぐ)まれている弟が、その聖剣(せいけん)を生かさない。

 それは、聖剣(せいけん)(めぐ)まれていないボクにとって、とても悲しいことだ。

「お前に、オレが剣士(けんし)になるかどうかなんて、関係ねえだろ……」

 (たてる)は、声こそトーンを(おさ)えたが、イラついている様子で言った。

「そうかもしれないね」

 ボクはうなずき、

「だから、ボクが剣士(けんし)を目指すのも関係ないかな?」
と続けて(たず)ねる。

「それは……」

 (たてる)一瞬(いっしゅん)、言葉を()まらせ、

「関係はねーよ……。
 関係はねーけど……。
 お前がカッコ悪いと弟のオレが迷惑(めいわく)と言うか……。
 世間体と言うか……」
と不満げに言った。

 普段(ふだん)無視しているボクに、
弁論で()り回されているのが気に食わないのだろう。

「じゃあ勝負しようよ」

 ボクが言うと、

「!?」
(たてる)は、また目を見開いてボクを見た。

「明日の部活でボクとシングルスで勝負してよ。
 ボクが勝ったら、ボクは部活を続ける。
 (たてる)が勝ったら、ボクは部活を辞める」

 ボクは、勝手なことを言っていると分かりながら言う。

「なんだよそれ……。
 勝ってもオレに大してメリットねえじゃねえか……」

 (たてる)がもっともなことを言った。

「じゃあ勝負はしない?
 ボクの不戦勝ってこと?
 ボクが普通(ふつう)に部活に行っても構わないかな?」

 ボクは、わざとニコニコしながら(たてる)に言う。

「……そんなに現実見てえなら教えてやるよ」

 そう言うと(たてる)は、残りの夕食を口にバッと放り()み、
(はし)をテーブルに(たた)きつけるようにバシッ!とおいて、
勢いよくイスから立ち上がると、
口をモグモグと動かしながらリビングを出て行った。



「……母さん、ケンカは感心しないな」

 (だま)ってテーブルに着いていた母さんが、ふいに口を開く。

「ケンカじゃないから大丈夫(だいじょうぶ)だよ」

 ボクは母さんを見て、

「男と男の勝負ってやつ。ハハハ……」
と笑い、ようやく夕食の棒棒鶏(バンバンジー)に手をつけ始めた。



「(そう……。
  この勝負は、ボクにしかメリットが無い……)」

 ボクは夕食を食べながら思う。

「(ボクが勝ったら、ボクは好きな剣魔(けんま)が続けられる。
  そしてボクが負けたら、
  (たてる)がそのままスムーズに部活に復帰できるはず……。
  そしてボクは……、(たてる)にきっと勝てない……)」
 翌日。

 今日もボクは、絶と(りん)一緒(いっしょ)剣魔(けんま)部の朝練に顔を出す。

 昨日とは打って変わって、部長の鬼頭先輩(きとうせんぱい)を筆頭に男子部員達の姿もあった。

 ボクと絶が男子部室に入ると、(みんな)一瞬(いっしゅん)静まり返った後、

「おはようございます!」
と一年生があいさつをしてくる。

「おはようございます!」

 3年生もいるので、ボクと絶も敬語であいさつをした。

 だが、(たてる)の姿は見えない。

 これは予想できたことである。

「(勝負は夕練の時だ……)」

 ボクは、静かに覚悟(かくご)を決めていた。



「ムロ……。
 お前……、(りん)ちゃんとダブルスのペア組むの……?」

 着替(きが)えを終えた鬼頭先輩(きとうせんぱい)が、ボクに声を()けてくる。

「そのことなんですけど……。
 ボク、今日の夕練で(たてる)とシングルスで勝負します」

 ボクは言った。

「勝負?」

 鬼頭先輩(きとうせんぱい)と絶が同時に(たず)ねる。

 絶にもまだ秘密にしていたのだ。

(たてる)に負けたら、ボクは部活を辞めます」

 ボクはキッパリと宣言した。

「えっ!?」

 絶が(おどろ)く。

「それは……。
 オレに止める権利は無いけど……。
 (りん)ちゃんと組めるならダブルスだけでもさ……」

 鬼頭先輩(きとうせんぱい)は、少し口ごもるように言った。

 ボクの聖剣(せいけん)に望みは無いが、(りん)一緒(いっしょ)ならばあるいは、というところだろう。

 昨日の朝練で、ボクが(りん)合体(ジョイント)できたこと、
絶と脇名先輩(わきなせんぱい)のペアに善戦していたことを、きっと(だれ)かから聞いているのだ。

(たてる)くんに何か言われたの!?」

 絶が、ボクの両肩(りょうかた)(つか)んで()さぶってきた。

「ちょっと(ちが)うかな……。
 ボクが何か言われたというより……、
 (たてる)剣魔(けんま)してもらわないとボクが(いや)というか……。
 ボクは勝負して(たてる)に認めてもらえたら、部活続けるよ……」

 ボクはうまく説明できないが、何とか言う。

「昨日も言ったけど、(たてる)くんは関係ないでしょ!」

 絶は、少し(おこ)ったような声を出した。

「関係あるんだよ!
 ボクだけが剣魔(けんま)するのは(ちが)うんだ!
 それに、ボクが剣魔(けんま)するのなら、(たてる)に納得してもらわないと(いや)なんだ!
 こんな聖剣(せいけん)でも勝てるってことを、(たてる)に見せつけないとダメなんだ!」

 ボクも語気を強める。

 ボクの意志は、すっごく固いのだ。

「そんなことないって……」

 絶は、ボクが大きな声を出したせいか、少しトーンダウンする。

「逆に聞くけど、ボクが(たてる)に勝てないなら、大会でも勝てないと思わない?」

 ボクは絶に(たず)ねた。

「それは……。
 でも、ボクには勝ったじゃないか……」

 絶が(つぶや)くように言う。

「ダブルスで、だし、聖剣(せいけん)が折れただけじゃないか……」

 ボクも(つぶや)くように返す。

「……」

 絶も鬼頭先輩(きとうせんぱい)も、もう何も言わなかった。






○~○~○~○~○~○~○~○~○~○~






 帰りの会も終わり、夕練の時間になる。

 顧問(こもん)の下井先生と美安先生にも、勝負については事前に話を通しており、

『ウォーミングアップと基本動作が終わってからなら~……』
という条件で勝負することを許してもらえた。



 ボクと(たてる)がアースに入り、真ん中の「*」マークの辺りに向かい合って立つと、

「家でも言った通り、ルールは剣士(けんし)シングルス。
 ボクが勝ったら、ボクは部活を続ける。
 ボクが負けたら、ボクは部活を辞める」
とボクが言う。

「……」

 (たてる)は何も言わず、こちらをジロリとにらむように見つめている。

「ちょっと待った」

 審判(しんぱん)を買って出てくれた鬼頭先輩(きとうせんぱい)が、口を開いた。

「その取り決めだと、(たてる)はあんまりやる気が出ないんじゃないか?」

 鬼頭先輩(きとうせんぱい)(たてる)を見ながら言う。

「それは……、まあ……」

 (たてる)が少しだけ、うなずきながら言った。

「だから、オレから追加ルールだ。
 (たてる)がムロに完勝したら、
 つまり1ポイントも取られずに勝ったら、
 (たてる)を団体戦のレギュラーにしてやるよ」

 鬼頭先輩(きとうせんぱい)が言い放つ。

「マジですか……!?」

 (たてる)の目の色が変わった。

「じゃあ、本気でやります!」

 (たてる)が、首をかしげるようにしてポキポキと首の骨を鳴らし、
続けて両手を組むようにしてポキポキと手の指の骨も鳴らす。

 そして、刀を()くようにビュッ!と聖剣(せいけん)を勢いよく()くと、
くるりと()り返り、頭のプロテクターを(かぶ)りながら、
アースの(すみ)にあるスタンバイエリアにスタスタと歩き出した。

「そうこなくっちゃ……!」

 ボクもそれを見てニコリとしながら、
刀を()くようにビュッ!と聖剣(せいけん)を勢いよく()くと、
(たてる)が向かったのと対角の位置にあるスタンバイエリアに、
頭のプロテクターを(かぶ)りながら小走りで向かう。

「(本気の(たてる)と勝負しなければ、意味が無い……。
  本気の(たてる)と勝負して、ボコボコにされて負けたのなら、
  ボクの夢も(あきら)めきれるというものだ……)」

 ボクは思った。

「(だが……)」

 ボクは、こうも思った。

「(当然、ボクだって本気でやらせてもらう……!)」

 ボクは、ワザと(たてる)に負ける気なんてさらさら無いのだ。

 なぜなら、ボクだってフィクションの主人公に(あこが)れているのだから。



 スタンバイエリアにボクと(たてる)が入って向かい合うと、
ピー!と審判(しんぱん)鬼頭先輩(きとうせんぱい)がホイッスルを鳴らした。

 試合スタートだ。

 ボクは、ダダダ……!と一直線にアースの真ん中へ向かう。

 (たてる)も同様である。

 (たてる)聖剣(せいけん)の間合いまで残り1歩というところで、ボクはフェイントをかけた。



 軸足(じくあし)にかかる走る勢いを、
その足で真後ろに向かって()ぶような要領で一気に殺し、
次の1歩を()み出す直前にピタリと静止するのだ。

 ふくらはぎと太ももの筋肉を痛くなるほど酷使(こくし)するが、
ボクが編み出した必殺技みたいなものである。

 この技を使うことで、大抵(たいてい)の相手は、
もうボクが間合いに入って来たと思い()んで、大きく空振(からぶ)りしてくれるのだ。

 ボクの半球状の短い聖剣(せいけん)を見れば、適当に()ってもガードは難しいだろうし、
最悪ガードされてしまったとしても、
リーチが(ちが)いすぎて反撃(はんげき)できないだろうと考えるからである。



 だが、(たてる)()らなかった。

 (たてる)は走る勢いそのままに、大きく()きを()り出していた。

 線ではなく、点で来る攻撃(こうげき)

 静止してしまったボクは、格好の的になった形だ。

 ガキィン!ズガッ!

 ボクは、何とか自分の聖剣(せいけん)(たてる)()きに合わせて直撃(ちょくげき)回避(かいひ)したが、
()らしきれなかった(たてる)聖剣(せいけん)が、
ボクの左脇腹(ひだりわきばら)の辺りのプロテクターに命中した。

 ピー!と鬼頭先輩(きとうせんぱい)がホイッスルを鳴らし、

1(ワン)-0(ゼロ)!」
とスコアをコールする。

「いいぞ!いいぞ!(たてる)
 行け!行け!(たてる)
 もう1本!」
とギャラリーから手拍子(てびょうし)声援(せいえん)が上がった。

「っしゃあ!」

 (たてる)も、左拳(ひだりこぶし)を高々と()り上げている。

 だが、ボクは『先手を取られた』とか『(くや)しい』とか、
そんなこととは別のことを考えていた。

「((たてる)……。
  お前……、もしかして……)」



 ボクと(たてる)が、先ほどとは逆の対角にあるスタンバイエリアに入ると、
ピー!と再び審判(しんぱん)鬼頭先輩(きとうせんぱい)がホイッスルを鳴らす。

 ボクと(たてる)は、それぞれ一直線にダダダ……!とアースの真ん中へと向かった。

 (たてる)の間合いに入る直前、ボクは(たてる)から見て左側に、
利き(うで)ではないほうにスッと移動してみる。

 (たてる)はそこに、利き(うで)側から大きく聖剣(せいけん)()り回すように、
ボクの上半身を(ねら)って攻撃(こうげき)()り出してきた。

 ボクは、自分の聖剣(せいけん)を構え、(たてる)聖剣(せいけん)に難なく合わせる。

 ガキィン!

 お(たが)いに聖剣(せいけん)(はじ)かれ、やや体勢を(くず)した。

 だが、(たてる)はその体勢を(くず)した状態から、体勢を(もど)しきらないまま、
再び大きく聖剣(せいけん)()り回すように、ボクの上半身を(ねら)ってくる。

 ボクは、バッ!と(たてる)聖剣(せいけん)をしゃがみ()んで回避(かいひ)すると、
(たてる)の大きく()み出された左脚(ひだりあし)()るようにビュッ!と聖剣(せいけん)()った。

 ゴッ!

 (たてる)左脚(ひだりあし)の、すねの辺りのプロテクターに命中する。

 ピー!と審判(しんぱん)鬼頭先輩(きとうせんぱい)がホイッスルを鳴らし、

1-1(ワンオール)!」
とスコアをコールした。

「オォ……!」
とギャラリーからどよめきが上がり、すぐさま

「いいぞ!いいぞ!夢路(ゆめみち)
 行け!行け!夢路(ゆめみち)
 もう1本!」
手拍子(てびょうし)声援(せいえん)が上がる。

 ボクは、アースの(すみ)のスタンバイエリアへと(もど)って行く。

 (たてる)は、
(たてる)呆然(ぼうぜん)としたように、アースの真ん中で立ち()くしていた。

「おい(たてる)。まだ試合終わってねーぞ」

 鬼頭先輩(きとうせんぱい)が声を()けると、
ようやく(たてる)は自分のスタンバイエリアへと(もど)って行く。

 ガックリと(かた)を落として。



 (たてる)は、
(たてる)はその後も()るわなかった。

 自分の巨剣(きょけん)の大きさに任せた、大振(おおぶ)りと()きが主体。

 分かってしまえば、ボクの聖剣(せいけん)でも何とか対処できる。

 ボクの聖剣(せいけん)は軽くて小回りが効くし、
折れる心配もボクは全くしていなかったのだから。

 (たてる)は、
(たてる)剣魔(けんま)を始めて、まだたった1ヶ月の素人そのものだった。



 そして、ゲーム数1(ワン)ゲームストゥ0(ゼロ)のポイント2(ツー)-0(ゼロ)

 ボクが大きくリードしての、マッチポイントだ。

 ピー!と鬼頭先輩(きとうせんぱい)がホイッスルを鳴らすと、
ボクと(たてる)は、ダダダ……!とアースの真ん中へと走る。



 (たてる)は、
(たてる)は泣いていた。



 大粒(おおつぶ)(なみだ)を頭のプロテクターの(すそ)からこぼしながら、
走る勢いそのままに、
ボクにはもう通用しない()きを()り出してくる。

 ガキィン!

 ボクは、()き出される(たてる)聖剣(せいけん)に自分の聖剣(せいけん)を合わせて(はじ)いた。

 だが、ここからではまだボクの聖剣(せいけん)のリーチの外だ。

 もう一度、(たてる)攻撃(こうげき)を防ぐか回避(かいひ)する必要がある。



 ところが、(たてる)が何とか(はじ)かれた聖剣(せいけん)を立て直して、
右腕(みぎうで)側から再び()ろうとしたその時だった。

 シュン!

 (たてる)聖剣(せいけん)突然(とつぜん)なえた。

「あっ……?」

 (たてる)は、涙声(なみだごえ)(つぶや)くように口に出す。

 聖剣(せいけん)の持久力の限界を(むか)えたのだ。



 実は、聖剣(せいけん)はずっと()いたままにしておくことができない。

 これも個人差があるが、一般(いっぱん)的には20分から30分程度、
短いと10分程度で聖剣(せいけん)が勝手になえてしまい、
その場合は10秒程度が経過しないと、再び()くことができなくなるのである。

 そして、その聖剣(せいけん)()いたままにしておける時間というのは、
持ち主の感情や体調などによっても大きく左右されるのだ。

 恐怖(きょうふ)緊張(きんちょう)などのストレスや、
心身の疲労(ひろう)影響(えいきょう)しているのだろうと考えられている。

 泣き出してしまうほどのストレスを(かか)えた(たてる)は、
聖剣(せいけん)維持(いじ)できなくなったのだ。



「(いや、あるいは……)」

 ボクは思った。

「((たてる)はそもそも、
  それほど長く聖剣(せいけん)()いていられないタイプなのかもしれない……)」



 なお、試合中に聖剣(せいけん)がなえたとしても、
それが意図的かどうかに関わらず、ルール上は特にペナルティは無い。

 聖剣(せいけん)が勝手になえただけなら、次のポイントまでには
大抵(たいてい)の場合、復活できるからだ。



 ボクは、(たてる)へと大きく1歩前進しつつ、
聖剣(せいけん)右脇腹(みぎわきばら)に引きつけるようにグッと構えた。

 (たてる)は、
(たてる)はもはや回避(かいひ)しようとも逃げようともせず、その場に立ち()くしている。

 ドスンッ!

 ボクは、(たてる)の左胸のプロテクターに、トドメの一撃(いちげき)()きを決めた。