ラルオ村のあるジルゴ大森林は、もともと実り豊かな森だ。
 厄介なのは毒猪とスライム、それから食べ物を横取りしてくる猿の魔物、成長すると人にも手を出してくることのある食虫植物くらいだと、ランドから説明を受ける。
 村の中心部を囲う木の柵と、昼間でも焚かれている不思議な匂いのするかがり火は、主に猪除けに効果を発揮しているらしい。
 今のところは、村の中に入ってくるようなことはほとんど防げているけど、それも完全ではないから注意するように、とのことだ。
 まあそうだよね。王都くらいがっしりした塀があって、東西南北の門で兵士の皆さんが出入りをチェックしているようなところならともかく、小さな村で完全に魔物や魔獣の侵入を防ぐのは至難の業だ。
 サイラスたちと旅をしていた頃に、柵も塀もなしで、隠ぺいと魔物よけの高度な魔術で侵入を防いでいる集落なんかもあるにはあったけど、あれはめちゃくちゃ特殊な例だもんね。
「お前さんには、基本的に食材や素材の調達を手伝ってもらうかな。せっかく外の世界を旅してきた経験があるんだ。ついでに運もあるとなりゃ、猪とスライムみたいな幸運を呼び込んでくれるかもしれないしな」
「あれはそう何度もあることじゃないと思うし、お手柔らかに……!」
 猪魔獣の数は多いものの、森林を抜けてしばらくいった先にある大きな都市で、ギルドに討伐を頼むほどではないのが難しいところだ。
 難しいというか、討伐を頼めれば助かりはするものの、費用対効果が悪すぎて、二の足を踏んでいる状態なんだって。
 都市から冒険者なり都市付きの兵士なりを派遣して、森林に踏み込んで、討伐をやって……となると、出張費用とか滞在中のあれこれとか、通常と比べてかさむものが多すぎる。
 それなら、ある程度戦える村人を中心に、本当に危ないときだけ対処して、あとは共存するのがちょうどいいのだそうだ。
 魔獣と隣合わせの暮らしの中でも、これだけ快活に笑って過ごせる村の皆さんの気質は、俺からすれば感動すら覚えるほどで、話を聞いただけで元気をもらったような気持ちになっていた。
 猪魔獣や他の食材を運んだときにしても、食事の前に作業を手伝ったときにしても、穏やかで物腰がやわらかく、自然体で接してくれる。とにかく気持ちのいい人たちだし、波長というか相性というか、村の雰囲気も俺に合っている気がする。
「できる限りのことは頑張るし、猪魔獣も、普段なら勝てる相手だと思うから、討伐も頑張るよ!」
「普段ならね。ふふ、出会ったときはほとんど裸だったもんね」
「そうそう、パンツ一丁じゃなければ勝てる相手……ってリタさん、それ早めに忘れてもらえる!?」
「ごめん、村のみんなにひととおり話しちゃった」
 ぺろりと舌を出すリタに、村のみんながけらけらと笑う。
 パンツ一丁で飛び出してきて、幸運を運んできたちょっとした英雄……なんだろう、これからのふるまい次第で、どっちにも傾いていきそう。気を引き締めていこうね。
「まあとりあえずは、こんなところだな。明日からはみっちり働いてもらうとして、今日はしっかり食ってくれ。猪は今出てる分で品切れだが、食うものはまだまだあるからな!」
 仕切り直しといわんばかりに、ランドがにやりと笑って明るい声を出す。
 力をつけて、明日からまたやってやろうぜ、と村人の皆さんも笑顔を見せた。俺もにっと歯をみせて、残りの猪にフォークを伸ばす。
「悪い、もうひとつあった。しばらく滞在するとなると、一応、ここの二階が宿がわりになってるんだが、どうする?」
「あ……そうだった、そのことについて、ご相談がありまして」
「おいおい、なんだよ改まって。とんでもない代金を請求したりはしないさ」
 俺がしたいのは、まさしくその話だ。
 とんでもない額でなくとも、残念ながら俺は、お金をまったく持っていない。とりあえず屋根のあるところに置いてもらえれば御の字。駄目なら、皆さんの迷惑にならない野宿スポットを教えてもらわないといけない。
 ついでに、スライムに占領されていなくて、服を洗ったり水浴びしたりできる川も教えてもらえると助かる。熟練の冒険者らしくふるまうには残念な相談ばかりで、へらりとした笑みがこぼれてしまう。
「実はまったくお金をもってなくて、どこか野宿していい場所とか、スライムがいなくて身体を洗える川とか、教えてもらえないかなって」
 ランドたちは、一瞬きょとんとしてから、盛大に笑い出した。
「はっはっは! お前さんの旅も訳アリってことか? いいさいいさ、そういうことなら代金はいらない。ここに旅人なり冒険者なりが来ること自体が久しぶりなんだ。上の部屋はいくらでも余ってる、好きな部屋を使ってもらって構わない」
「洗濯は井戸があるから、そこでできるよ。身体を洗うのも同じで、井戸から水を汲むか、スライムが少ない川も案内できるから」
 ランドとリタが順番に教えてくれる。
「……スライムがまったくいない川っていうのはないんだ?」
「うん、残念ながら。川はスライム以外にも魔物や魔獣と鉢あうことが多いから、行くにしても水を汲んできて使う方が安全かも」
「それなら井戸を使わせてもらおうかな。吸血スライムは、しばらくいいや……昼間のあれ、夢に出てきそう」
「それじゃあ井戸にはあとで案内するね」
 リタがくすくすと笑う。透明だからと警戒を解いて、飛び込んだ俺が悪いと言えば悪いけど、あれはなかなかきついものがあった。大人しく井戸から水を汲もう。それがいい。
 井戸には、スライムはいないんだよね? 水汲みのつもりがスライムを汲んでたら、今度こそ泣いちゃいそう。
「追加追加で悪いが、金の話をもう少ししといていいか? 申し訳ないがうちも懐は厳しくてな。仕事をやってもらった分の報酬は、出せても現物支給……とってきた素材の一部を分けたり、飯を出せたり、それくらいだ。金を稼ぎたいなら、それこそよそへ行った方がいいと思うが、大丈夫か?」
「ああ、それは大丈夫です。部屋を使っていいっていうだけで、すごく助かります!」
 ついでにお金も稼げたら、なんて少しだけ考えていたのは内緒にしておこう。
 村で過ごす分には、さしあたってお金は必要なさそうだし、もし出ていくことになったら、そのときにまた考えればいい。日本から転移してきて苦節うん年。とりあえず野宿してお金はあとから考えればいいやなんて、俺も何気にたくましくなったね。
「それからもうひとつ……これで最後だからよ」
「なんでしょう?」
 ランドが再び険しい顔をするので、俺も頭を転移前の世界から引き戻して、真面目な顔で答える。
「その、ですだのますだのって堅苦しいのはなしにしてくれ。今日だけふらっとやってきた旅人ならまあよかったが、しばらくいっしょにやっていこうって仲間になるなら面倒だ」
「わかったよ。ありがとう、ランド」
 とりあえずの宿と居場所を見つけた俺は、村の皆さんとの食事をわいわい楽しんでから、適当な部屋に荷物を運び込んで、横になった。
 宿屋として機能していた頃の名残というか、ちょうどサイズに合う服がいくつかあったので、それもお借りすることにした。着ていた服は明日洗ってみるにしても、もうぼろぼろだから助かっちゃったな。
 ごろりとベッドに横になって、スキルウインドウを開いてみる。
 おなかがふくれるツリーと、理想の暮らしツリーの中にある村を目指すクエストがクローズしているけど、新しいクエストは出ていない。
 理想の暮らしが始まる方は、明日からここでどう過ごすかによって、続きが出そうな感じだね。
 これまでの傾向からしても、目的となる物事に対して、考える時間や触れる時間が多いほど、スキルが発動しやすい気がするし。狙って発動させたりはできないからなんとも言えないところだけど、それこそできることをやってみるとしますか。