「我らの子を、無礼にもさらったのは貴様たちか」
「私たちがシャイニングドラゴン、ツァイスとソフィのつがいだと知ってのことですか。魂すら凍てつかせるブレス、よほど味わいたいようですね」
 親ドラゴンさんは、自分たちをシャイニングドラゴンだと名乗った。
 完全に誤解されすぎていて、ブレスなんていただくまでもなく、魂が口から出ていきそうだ。
 シャイニングドラゴン。それはこの世界で、数々の書物や伝承に語られる、伝説のドラゴンだ。
 高い魔力と戦闘力の高さは数あるドラゴンの中でもトップクラス。吐き出すブレスは、どの伝承を見ても、魂すら凍てつかせるとの触れ込みで有名だ。
 どうして俺がこの世界のドラゴンに詳しいのかといえば、勇者パーティーでダークドラゴンを討伐したおかげだ。討伐の前に、何かできることはないものかと、ドラゴン全般に関する文献や伝承を読み漁っていた時期があるのだ。
 魂を凍てつかせるなんて、誰が大げさに言い出したのかと思って読んでいたものだけど、まさかご本人さんの口上として登場する感じだったとは。
 当時、半分本気、半分冗談で「シャイニングドラゴンをどこかから見つけてきて、ダークドラゴンとぶつけたら話が早いんじゃない?」と提案したら、サイラスに本気で怒られたっけ。
「伝説のドラゴン様を最後に拝んで逝けるってのも、まあ悪くないか」
「あらあら、これはどうしようもなさそうですね」
「何言ってんの! こっちは悪いことしてないんだから、ピイちゃんを連れてきてちゃんと話をすればきっと大丈夫だよ! ノヴァ、ピイちゃんは!?」
 完全にあきらめモードのランドとカティをひっぱたいて、リタが俺に詰め寄る。
「まだ寝てると思う。すごいよね。ご両親、ど派手なご登場だったのに」
「感心してる場合じゃないでしょ、連れてきて!」
「待て。誰一人として、そこから動くことを許さぬ」
 ぴり、と空気の温度が下がる。下手に動けば、弁明の機会も与えられず、終わってしまう。そう認識させられるのに有り余る圧力だ。
 親ドラゴン……ツァイスとソフィからすればこの村が、大事な子供をさらった極悪で矮小な人間どもの巣、という認識になっているのは間違いなさそうだ。
 矮小な人間どもサイドとしては、まあまあ頑張ってお子様のお世話をしたので、ぜひお話を聞いていただきたいところなんだけど。
 というか、俺はだんだん腹が立ってきていた。
 運よく、本当に運よく孵化できたからよかったものの、こんなに怒るくらいなら、冷えかけた卵を放置してどこをほっつき歩いていたんだよ。
 それで、子供をさらったのはお前たちかと夜中に踏み入ってきて、力に訴えるような言い方をしてくるなんて。
「ピイちゃん……ええと、あなた方のお子さんは確かにこの村にいます。いますけど」
「やはりそうか。貴様ら、許さんぞ」
「けど! っつってんでしょうが!」
 びりびりと村中に響く大声……というか怒声で、俺はツァイスの言葉を遮った。
「気持ちはわからないでもないけど、話聞いてよ。俺が見つけたのは大きな卵で、ほとんど冷えかけてたんだよ。それをあの手この手で温めて、どうにか孵化してくれたんだ。あの子、今は寝てるけど、ひどいことをしたりしてないのは、起きてくれば証明できる」
「……嘘ではなかろうな」
「嘘ついてどうすんのさ。むしろ大丈夫? この村は、大事なお子さんの命の恩人ですよってことなんだけど? その相手に、動くなとか許さんとか初手からイキりちらかして、どう謝ってくれるか楽しみだね」
「無礼な」
「だから、今、無礼なのはあんただってば。言葉を返すようだけど、そこ、一歩も動かないでよ。あの子、連れてくるからね」
 ツァイスの言葉をそのままお返しして、俺はふんと鼻息を荒くする。
 真っ青になっているランドやカティの横をすり抜けて、ピイちゃんといっしょに寝ていた部屋へずんずんと歩いていく。
 部屋に戻ると、これだけの振動やら怒声やらが飛びかった後というのに、ピイちゃんはまだぐっすり眠っていた。
「はあ……完全に言い過ぎた。この子を見てたら反省してきた。事情も知らずにイキりちらかしたのは、俺も同じだよ。っていうか、なんなら食べようとしてたんだよね。本当にごめん」
 そっとピイちゃんの頭を指でくすぐる。角の間をこしょこしょすると、気持ちよさそうに身体をくねらせて、小さく鳴いて目を覚ましてくれた。
「起こしちゃってごめんね。きみのお父さんとお母さんが来てるんだよ。ちょっと誤解されちゃってるみたいでさ、事情を説明してくれないかな?」
 俺の言葉を聞いたピイちゃんは、ふわりと浮き上がって俺に身体をこすりつけると、窓からそっと外を眺めて、大きな声で「ピイ!」と鳴いた。
「わ、ちょっと、引っ張らなくてもいっしょに行くよ」
 寝ぼけてゆっくりした様子だったピイちゃんは、外の様子を確認して事態を把握したらしく、俺の服のすそをぐいぐいと引っ張って、早く行くよう催促してきた。どうやら窓の外にいるのは、本当に親ドラゴンのようだ。
 ピイちゃんに引っ張られて外に戻ると、「おお!」とツァイスとソフィがそろって感嘆の声をあげる。
「無事であったか……すまないことをした」
「見守ってあげられなくてごめんなさいね。無事に生まれてくれて本当に嬉しいわ」
 二頭の間を、ピイちゃんが大喜びで飛び回る。
「ピイちゃん、説明してさしあげて」 
「ピイ! ピイイ!」
「むう……まさかそのような」
「なんてことなの……本当に」
 ピイちゃんの言葉は俺にはわからないけど、二頭のリアクションからすると、どうなんだろう。
 このニンゲン、最初は食べようとしてたけど、食べ物とか色々くれたんだよとか、説明してさしあげちゃっているんだろうか。
 怒られたら、ジャパニーズ土下座一択だね。駄目でも、村の皆だけは許してもらえるようにお願いしてみよう。
「皆さん、申し訳ない。大変に失礼なことをした」
「ごめんなさい。この子をさらわれて、気が立ってしまって……卵を温めてくれたばかりか、食べ物や寝る場所まで与えてくれた、本当に命の恩人だったのですね」
 へなへなと、肩の力が抜ける。どうやら、ピイちゃんは素敵な説明だけしてくれたみたいだ。
「俺も言い過ぎました、ごめんなさい。でも、どうしてあんなところに卵があったの?」
 非礼を詫びてから、気になったことを聞いてみる。
 動くな、との呪縛から解放されたリタやランド、カティも前に出てきて、俺と並んで二頭を見上げた。他の皆さんは、さすがに前に出てくる勇気が出ないのか、遠巻きに眺めている。
「実は、卵を盗まれてしまってな……一生の不覚よ」
「でもこの子に会えて、本当の無礼者が何者なのかわかったわ」
「え、どうやって?」
「この子に、邪な魔力がうっすらとこびりついているの。かわいそうに……本当にごめんなさいね」
 小さく息を吸ったソフィが、純白のブレスをそっとピイちゃんに吹きかける。邪な魔力とやらは俺には感知できないけど、ピイちゃんが喜んでいるところを見ると、吹きはらってくれたのだろう。
「よかったね、ピイちゃん。想像してたより短い間だったけど……すごく楽しかったし、いっしょにいられて嬉しかったよ」
「元気でね」
 なんとか笑顔を作った俺に続いて、リタも短く言葉を投げた。
 ちらりと見ると、リタの目には涙がたまっている。かくいう俺も、ほとんど泣き顔に近い。おかしいな、泣くつもりなんてなかったのに。
「ピイ!」
 ピイちゃんはちらりとツァイスとソフィを振り返ってから、まっすぐ俺とリタのところに下りてきてくれた。するすると飛び回って身体をこすりつけると、くるりと俺の首に巻きついて、満足げな顔を浮かべる。
「まあ、この子がここまでなついているなんて……あなた、どうかしら? もう少しの間、この方たちに預けてみては」
「むう、しかし」
「これから、無礼者のところにお仕置きにいかないといけないでしょう? 危ない場所にこの子を連れていくわけにもいかないし、一人で待たせるのも、ね? それに、あの子が一番なついているあの方からは、不思議な力も感じるわ」
「そうだな。わが子を救ってくれた人間よ……もう少しの間だけ、その子を頼めないだろうか?」
「いや、むしろいいの? 何かあったらそりゃあ全力で守るつもりだけど、俺はその、不思議な力はあるかもしれないけど、そんなに強くはないっていうか」
 頼ってもらえた嬉しさはともかく、事実は伝えておくことにする。
 まだもう少しの間、この子といっしょに過ごせるならそれは嬉しい。嬉しいけど、何かあったときに、必ず守れるとは胸を張って言い切れないのも、残念ながら事実だ。
「例えばどっちかだけでも残るとか……二人そろって行かないと、危ないような相手なの?」
「……聞かぬ方がよいこともある」
 ツァイスが、たっぷりと間をおいて答えてくれる。よし、これ以上の深掘りはやめておこう。本当にいいことなさそう。
「それじゃあ、食べ物とか寝る場所の準備と、遊び相手くらいしかできないかもしれないけど、ぜひ引き受けさせてください」
「ありがとう、助かります」
 ソフィが深々と頭を下げるので、俺たちもつられて頭を下げる。
 ピイちゃんは大喜びで、両親と俺たちの間を飛び回っては、嬉しそうに鳴いてくれる。
「あなた、念のためあれを」
「そうだな。わが子を守るため、そしてわが子を預けるそなたらを守るため、簡単な結界を張っておきたいのだが、よいか?」
「ランド、どうする?」
「お、おう……いいぞ」
 こくりとうなずくと、ツァイスとソフィが夜空へと飛び立つ。
 村の上空で、踊るように優雅に旋回する姿は、この世のものとは思えない美しさだ。
 二頭の描く軌跡が、見たことのない魔法陣を形成していく。俺たちが使う魔法とは、別の体系にのっとっているのだろう。
 柔らかな青い光で形作られた立体的な魔法陣は、村の端にある畑まですっぽりと覆う大きさの球体に成長し、何度か明滅すると、すうと見えなくなった。
「すまぬな、竜種のブレスを受け続ければ百年ほどしか持たぬ簡単な結界だが、これでひとまずの守りとさせてくれぬか」
「いやいや、竜種のブレスに百年ほどて。どんな世界の終わりを想定してんですか、十分すぎるでしょ! 今夜からここが、世界一のセーフティゾーンだわ! っていうか、百年戻ってこないつもり!? ピイちゃんはとっくに大人だろうし、ここに揃ってる顔はほぼ全員いなくなってますけど!?」
「むう、無礼者の居場所はわかっているゆえ、いく月もかからず戻れると思うが」
 きょとんとする二頭に、俺はリタと顔を見合わせて大きなため息をついた。過保護ドラゴン、ここに極まれりだ。
 ともかく、村の中にいる限り、どう考えてもピイちゃんは安心安全になった。
 村の外に出るときだけ、気をつけておけばなんとかなるだろう。
「はあ……とりあえず、お気遣いありがとう。なるべく早く帰ってきて、この子を安心させてあげてね」
 うむ、と力強くうなずくと、ツァイスとソフィが再び翼を広げた。
「ではゆくか、卵を奪われた怒りと恥辱、魂の奥底まで後悔させてくれる! ガアアアアアア!」
「ええ、あなた。とどめは私に譲ってくださいな! ギャオオオオオオ!」
 最後の最後で本能をむき出しにして、二頭のドラゴンが空の向こうに飛び去っていく。
 あの二頭の恨みを買ったのがどこのどちら様かは知らないけど、宣言どおり、魂の奥底まで後悔することになるのは間違いなさそうだ。
「はは、すごかった。びっくりしたけど、なんとか誤解がとけてよかったね。ものすごい結界も張ってもらっちゃったし」
「結果的になんとかなってよかったが、お前さん、意外と沸点低いんじゃないのか? 荒ぶる伝説のドラゴンに、イキりちらかしてだのと言い返したときは、さすがに肝が冷えたぞ」
 ランドが完全に引いた顔で俺を見てくれば、「人は見かけによらないですね」とカティもじわりと半歩下がってみせた。
「わたしはちょっと爽快だったかな。だって、ひどい言われようだったし」
「おお、リタさんや。わかってくれるかい」
「もちろん、例によってスキルのクエストが出てたんでしょ? 親ドラゴンにキレちらかすと、村が守られてピイちゃんともいっしょにいられる、みたいな」
 目をきらきらさせるリタには申し訳ないけど、今回は完全に俺の独断で、スキルは発動していない。
「ごめんね、スキルは発動してなかったよ。喧嘩になってたらどうしてたんだろう、考えてなかった」
「え……こわ」
 味方かと思われたリタが、あっという間に手のひらを返して、ものすごい勢いで後ずさりした。
「だから、そんなに万能じゃないんだってば。っていうか引くの早すぎるでしょ! どっちかっていうとリタはこっち側じゃない?」
「それ、どういう意味?」
 興奮で目が冴えてしまった俺たちは、しばらくの間ぎゃあぎゃあとやりあってから、誰ともなしにそれぞれの部屋に戻って、眠りについた。