「めでたし めでたし」から始まる物語

 遡る事、十年前――



「アリエノール、()()()()()()を議会に提出してきた」

 お父様の口から述べられた内容に衝撃が走りました。

「お、お父様……一体何を……?」

「あの王太子はダメだ」

「ですが……」

「よいか、我が家は只の貴族ではない。三大公爵家の一角を担っている。そのラヌルフ公爵家の総領姫に対しての王太子は不貞を働いているのだ。我が公爵家を馬鹿にしているも同然。王家から頼み込んできた縁組だというのにだ!そんな王家に嫁いだところで結果は見えている」

 本気ですわ。
 お父様は本気で王命である王太子殿下との婚約を白紙にしようとなさっています。

 そんな怒り心頭の父に続くようにお母様が口を開きました。


「ならば、私は()()殿()()()()()に話を付けておきましょう。いずれ身内になると思って()()()()()して差し上げていましたが、全くの無関係になるのですもの。もうそのような()()は必要ありませんでしょう」

「ああ、全く必要ない。あちらは元々商人だ。契約不履行は誰よりも理解している筈だ」

「ええ、文句など言わせません。そうそう、明日は王妃殿下恒例の茶会が催されますから、殿下にも一言釘を指しておいた方が宜しいかしら?」

「そうしておきなさい。親族価格ではなくなるのだからな。王妃殿下も実家と話し合いをする必要があるだろう。なにしろ、アリエノールを王太子の婚約者にと望んだのは国王陛下よりも王妃殿下の方だからな」

「全くですわ。あれほど熱心に勧めてきた方ですもの。王太子殿下との婚約継続を望むでしょうね」

「王妃殿下は伯爵家出身だからな。アリエノールを正妃に、浮気相手を側妃にすると言い出してきそうだ」

 お父様の言葉に冷気が漂うほどの美しい笑みを向ける母に、思わず顔を逸らしてしまったのは本能的なものでした。とても恐ろしかったですわ。お母様の後ろに冬将軍の幻影が見えたのは気のせいではないでしょう。


 そもそも、三大公爵家の一つであるラヌルフ公爵家の娘である私と王太子殿下が婚約した最大の理由は、彼の後ろ盾が弱かったせいです。


 アリア王妃。
 つまり、王太子の生母は伯爵家の出身。
 如何に正妃の実子とはいえ、後見人を名乗るには些か……いいえ、とてつもなく弱かったのです。なにしろ、王妃殿下の実家は新興貴族。裕福ですが、歴史は浅い。数代前に当主である商人が「男爵位」を買い取ったところから始まった貴族家系ですからそれも仕方のないことだったのです。

 国王陛下の寵愛厚い王妃殿下とはいえ、商人上がりの伯爵家出身という事から貴族社会では蔑まれていました。

 これで陛下が他に妃をお持ちでしたら問題なかったでしょう。いいえ、アリア王妃を『正妃』ではなく『側妃』としていたら……あるいは、と思ってしまいます。きっと今よりはマシだったでしょう。時期が悪かったとしか言いようがありません。


 アリア王妃と出会う前。国王陛下には婚約者がいました。
 まだ陛下が王太子でいらっしゃった頃に。
 婚約者は三大公爵家の一角、トゥールーズ公爵令嬢のローゼリア様でした。
 その名前の通り、大変美しい方だと聞き及んでいます。陛下はローゼリア様をそれは愛しんでいらっしゃったとか……。ですが、ローゼリア様が大陸に猛威を振るった感染症によって亡くなられました。最愛の婚約者を亡くされた陛下の悲しみは大変なものだったそうです。

 国王陛下がアリア王妃を選ばれたのは、『王妃殿下がローゼリア様に似ている』からだと心無い方々は仰います。そこにあるのはアリア王妃への蔑視。

 所詮はローゼリア様の身代わりだという――


 もっとも問題はそれ以外にもありました。

 一つ、陛下と歳の近い令嬢は悉く決まった相手がいた事。
 二つ、陛下以外に直系男子がいなかったため早く世継ぎを儲ける必要があった事。
 三つ、感染症に効く薬の売買を行っていたのが当時、王妃殿下の実家だった事。


 色々な要素が重なった結果でしょう。
 王国初の伯爵家出身の正妃の誕生が実現したのです。


 そんな王家からの婚約の打診は、ある意味、当然の流れでした。


 そして今、その婚約を白紙に戻そうと両親が動き出したのです。
 お父様は公爵の特権である『緊急会議』を発動させてまで、私と王太子の婚約撤回に動こうとしています。それだけ大っぴらに動きたいという事ですわ。
 この流れを止める事は不可能でしょう。既に賽は投げられたのです。


 そうして始まった『緊急会議』は紛糾を極めました。

 まぁ、そうなるでしょうね。

 王太子と公爵令嬢との婚約を白紙にするというのですから――――


 

 次々に持ち上がる意見を前に、お父様とお母様は一切怯みません。

 王妃殿下を始めとした大臣達の数々の説得にも応じる姿勢を見せず、更には王族を相手どって正論を叩きつけました。


「こ、公爵……王太子妃はアリエノール嬢でなければ務まりません」

「おかしな事を仰います。二年以上婚約者以外の女性と愛を育んでいるのは王太子殿下です。それについては今更お話し合う事もないでしょう。王妃殿下はよくご存じのはず」

「そ、それは……」

「これは我がラヌルフ公爵家に対する侮辱以外の何物でもありませんぞ!」

「……」

「本来なら、娘は婿を取る予定だったのです!それを王家が『必ずアリエノールを幸せにする』『大切にする』と。それをお忘れですか?」

「…………」

 そのような約束がされていたのですね。知りませんでしたわ。
 あら?
 その割には私、王太子殿下に大切にされた記憶はありませんが……。口だけの約束だったのかしら?それなら分かりますわ。

「こちらがその時の証文です!ここに当時の国王陛下の御名御璽も入っております!」

 テーブルに叩き出された証文。
 そこに連名でお父様の名前も。
 あぁ、証拠を残していたのですね。
 王家とラヌルフ公爵家の間で交わされた証文でした。
 その内容は『王家は何があろうともアリエノールを守り大切にする。王太子はアリエノール一人を妻にし愛し必ず幸せにする』という類いの物でした。
 王家相手に中々のムチャぶりです。こんな内容を承諾した王家も王家ですが。

 王妃殿下は絶望に染まりきった目でお父様を見つめています。
 この様子ではお母様の予想が当たっていたようですわ。

 私を正妃に、浮気相手を側妃にしたかったのでしょう。
 ですが、この証文がある限りそれは無理というもの。今まで散々王太子殿下の逢瀬を黙認していたのですから、自業自得というものです。

「どうしても婚約を白紙になさらないと言うのなら我が公爵家はレーモン王太子殿下を支持致しません」

「公爵!!?」

 王妃殿下だけでなく会場にいる大臣達も顔色を変えました。
 建国当時から王家を支え続けた三本柱の一つが、現王太子――レーモン第一王子の即位に反対すると明言したも同然なのですから。彼らが慌てふためくのも致し方ありません。

 ただでさえ立場の危い王太子殿下。
 公爵家を敵に回してそのままでいられるはずもなく、王位継承権の問題にまで発展するであろう発言だったのです。

 流石に王家と公爵家が争う、という事にはならないと思いますが、まぁ、そうなってもおかしくないセリフですわ。先の事は分かりませんからね。このまま王太子を国王にするのならこちらにも考えがあるという意志表明はある意味効果がありました。

 国の重鎮達が挙ってお父様に考え直すように訴えているのですから。

 最悪、公爵家が王家から距離を取れば政治や経済の打撃は免れません。
 ここにいる大臣達だけでなく、この国の貴族の根幹を揺るがしかねない異常事態になるでしょう。

 どちらに組するべきかを真剣に検討せざるを得ない――我が家に恩恵を受けている貴族達は挙って公爵家を支持するでしょう。中立を宣言する貴族はどちらにもつかない代わりにどちらの恩恵も受けられない立場になってしまいますからね。身の振り方は慎重になるでしょうし……。あら?これは国の分断の第一歩ではないかしら?


「何分、王族の血を引く男児は他にもいますので何もレーモン王太子殿下が王位にならずとも問題はないでしょう」

 更なる父の発言で遂に会場は凍りつきました。


 

 パチパチパチパチ。
 静まり返った会場で拍手が鳴り響き、一人の青年が口を開きました。

「ラヌルフ公爵がレーモン王太子を支持しないとの意思表示をなさるのであれば、我がギレム公爵も同様に支持するのを辞めよう。ラヌルフ公爵が言ったように王家の血を引く者は他にもいる。相応しくない者を何時までも王太子位に居させるべきではない。私は王太子の廃嫡を求める」

「「「「「なっ!?」」」」」

 衝撃発言の第二弾が飛び出して参りましたわ。
 年若い青年の名前は、ティエリー・ギレム公爵。
 三大公爵家の一つ、ギレム公爵家の若き当主。

 一年ほど前に代替わりしたギレム公爵家。
 先代の公爵はアリア王妃を認めていなかったそうですが、現公爵であるティエリー様も……?

「お、お待ち下さい! ギレム公爵までそのような発言をなされるなど……。廃嫡は些か暴論ですぞ!どうかお控え下さい」

「ご安心召されよ。廃嫡せよと言っているのではない。王太子にはもっと相応しい資質を持つ者を迎えるべきであると言つているのだ」

「し、しかし王太子殿下は……」

「国王陛下の唯一人の御子だ。しかし王族の血を引く貴族は他にもいるではないか。勿論、私もその一人だ。まあ、それを言うのなら侯爵以上の家柄は大抵王家の血を引いている。男女問わずな」

 ティエリー様はしたり顔で仰います。
 そして自ら調べられたご様子でした。
 国王の血を濃く受け継いでいる貴族が他にもいるということを。
 その方達はギレム公爵や私の家程ではありませんが、それなりの爵位を持っていらっしゃる御家ばかりですから、確かにその血を引いていて当然というものですわ。

「そういえば、この場には王妃以外の全員が王族の血を引いていた。我が国は女子に王位継承権はない。しかし婿に入った王族の男にはある。丁度、ここにも数名いるしな。何なら名乗り出てもよいのではないか」

 挑発的な口調でティエリー様は他の家の方々を挑発されていらっしゃいます。
 レーモン王太子よりも血筋の良い男子が王位に就くべきだと宣言したも同然ですわ。三大公爵と言えば、国の最大貴族。
 公爵家として最古参に当たるギレム公爵家の発言力は昔から強いと聞きます。そして代々のギレム公爵家の当主は血統主義。特に三大公爵家を蔑ろにする者は許さないという一面をお持ちでしたわ。

「……言葉が過ぎますぞ、ギレム公爵殿」

「何、誤解のないように補足しただけだ。家の誇りを傷付けるような発言はしてはいないだろう?」

 ティエリー様の隣に座っている高齢男性が苦虫を噛み潰したような顔で仰ったのに対して、ティエリー様は鼻で笑って仰いました。

「王太子としての義務も自覚もない男に国王など務まる筈がない。それとも何か?貴公は優秀なアリエノール嬢を正妃として酷使しようと考えているのか?世継ぎの王子を産むのは側妃にして正妃を公務に専念させて使い潰そうと?」

「そ、そのようなことは断じてない!」

 ティエリー様に凄まれてはさすがの高齢男性も慌てて反論します。

「そうですか?先ほどから皆はアリエノール嬢を妃にと言っても王太子に再教育を促す気配は微塵も感じられませんでした。まるでアリエノール嬢を正妃にしたら何も問題はないと言わんばかりだ。まあ、アリエノール嬢は国内外に知れ渡った才女。王太子とは比べものになりませんから分からなくもないですがねぇ?」

 会場中がしん、と静まり返った後ざわめき出しました。あまりにも的を射ていて一瞬皆が納得したような顔になったからです。
 ええ、ティエリー様はマイペースに見せていますがなかなかの曲者ですわね。さすが、ギレム公爵と言うべきでしょうか(褒めていませんわよ)。
 ティエリー様とは面識はありませんが、ご実家のギレム公爵家が勇猛なことで知られていることと関係しているのでしょうか?好戦的と言いますか、回りくどいことをして相手を罠に陥れる感じですわ。

「何か言い分のある者はおられないのか?どうぞ発言してください」

 煽っておられますわ。
 まぁ当然ですわね。
 元々ギレム公爵家はレーモン王子の王太子位に反対表明していましたもの。今回の件でラヌルフ公爵家まで反王太子派に周ったとなれば、殿下がすんなり王位を得る事は難しくなりましたわ。国家の三本柱の二本が反王太子を掲げた訳ですから。



 以前から噂にはなっていたのです。
 王太子殿下は学園内で意中の女性を見つけられた、と――

 私と殿下は四歳違い。
 大人の四歳とは違い、子供の四歳差は大きいものです。
 それでも流石に殿下が選ばれたお相手の女性が平民であった事は驚かされましたが……。


 ソニア・キューレ。

 王都の裕福な商家の娘で、学園に入学した理由は貴族の繋がりを得るためだったのでしょう。この辺りはアリア王妃殿下の実家と似通っていますわね。もっとも、大貴族を顧客に持つ伯爵家とは違い、キューレ商会は専ら下位貴族をターゲットにして商売をしていますから商売敵にはならないでしょう。
 それに、ソニア嬢は元庶子。母君がキューレ商会会長の囲われ者だったようです。正妻が亡くなった事で後妻に収まったようですが、継子達とは折り合いが悪いと報告書に記載されていました。それもそうでしょう。自分達の母親が亡くなるや否や、まるでそれを待っていたかのように家に上がり込んできた愛人とその子供に好意を抱けと言う方がどうかしていますわ。

 ご両親、特に父親が娘に期待していたのは下位貴族の令嬢との繋がりでしょう。
 それか、下位貴族の令息と縁を持てば僥倖といったところではないでしょうか。ええ、少なくとも上位貴族との繋がりは考えてもいなかった筈です。商売の事もありますが、迂闊に上位貴族と縁を結べば大変な事になるのは目に見えていますもの。娘が()()()上位貴族の令息に見初められ『愛人』になったとしても正妻によっては商会ごと潰される危険が孕んでいる以上は慎重にならざるを得ませんわ。

 それは兎も角、王太子殿下がソニア嬢と結婚を望むのであれば、殿下は市井に降りられることになります。平民が王族入りなど出来る筈がありません。ですが、王太子殿下が王籍を離脱し子が成せない処置を施した場合に限っては例外は認められるでしょう。勿論、殿下が『平民』の身分になることが絶対条件でしょうが……。果たして王太子殿下が全てを捨ててまでソニア嬢を選ぶとは考えにくいのです。そもそも王族がいきなり平民として暮らしていけるのか、と問われると「まず無理だ」と言う答えが返って来る筈ですわ。

 育った環境が違い過ぎますもの。

 私は益々混迷する議会を眺めながら思考の海に沈んで行くのでした。
 答えは既に導き出されていると言うのに、解らないふりをして延々と引き延ばそうと画策している大臣達を眺めながら。

 人とは愚かな生き物ですわね。

 彼らも火中の栗を拾う事を忌み嫌っているのでしょう。

 わかります。
 今の王家と縁組をしたところで旨味はありません。
 しかも三十年近く前に猛威を振るった感染症は今も貴族階級を苦しめています。

 三大公爵家に王太子殿下と近い年頃の令嬢が私以外にいない事もそのせいでしょう。

 王太子殿下とご縁を結んだ所で片親が新興貴族ですもの、その繋がりを快く思わない他の高位貴族は後を絶たないでしょうし、王妃としての器もないお方が正妃になられては国の行く末が不安になる事は想像に容易いですわ。

 
 
「ラヌルフ公爵令嬢は如何お考えでしょうか?」

 宰相が私に話を振ってきました。
 きっとお父様達を説得して欲しいのでしょう。
 そして私に「これからも王太子殿下を支えていきます」とでも言わせ、丸く収めたいのでしょう。無言の圧力を感じますわ。周囲の大臣達も同じ考えなのでしょうか?懇願せんばかりの視線を感じます。
 甘いですわよ?宰相様。それに皆様方。

 何故、私が耐えねばなりませんの?
 私一人が生贄になれば物事が全て丸く収まるとでも?

 御冗談を!
 寝言は寝てから仰って下さいまし!


「レーモン王太子殿下の心が別の女性にあるのは既に皆様も御存知の筈ですわ。仮に私が正妃として殿下の元の嫁いだとしましょう。その場合、果たして私の子供は誕生するのでしょうか?」

 誰かがゴクリと喉を鳴らしました。
 緊張の漂う沈黙に重い空気を纏った重圧感ある雰囲気の中、宰相が漸く口を開きました。

「それは一体どのような意味で仰られているのでしょうかな?」

「言葉通りの意味ですわ。私が殿下に白い結婚を言い渡された場合、あるいは子を流された場合、私の血が王家に入らない可能性が現段階でとても高い、と申し上げているのです」

「「「「!!??」」」」

 私の返答で周囲が大きくざわめきました。
 宰相が信じられないモノを見ていますわ(確かに信じられないのは理解しますが)。そこまで驚くことでしょうか?

「静粛に!!」

 宰相がざわめきを制したことで、程なく元の静寂が戻ってきました。流石、宰相を務めるだけのことはあります。他の大臣の中には恐ろしい未来を想像して遠い目をしていらっしゃる方もいましたわ。お気持ちは分かります。


「つまり、ラヌルフ公爵令嬢は王太子殿下が信用ならない人物だと仰るのですな?」

「現段階で私達から信用を得られない人物に成り下がったのは殿下の方ではありませんか。信用に足りない相手と婚姻をしたところで得るものは何もないかと……。それとも宰相は信用ならない国と同盟を結ぶことができるとお思いですか?」

「!?い、いやそれは……」

 宰相が押し黙ります。
 自国の王太子だと思うからいけないのです。
 これが他国との関係なら全く違った意見になるでしょう。
 まったく。想像力の欠如かしら?それともただ状況が見えていないだけかしら?殿下の気の迷いだと考えているとか?

 若さ故の過ち。
 それは王族には通用しない言い訳です。何故なら王族に生まれた時点で婚姻が政略的な面を持っているのは当然です。殿下の行いは、それを放棄したも同然。それは即ち、王族失格の烙印を国民に押されても致し方のないことですわ。

 それに――

「そんなに愛しているなら結婚なさったらよろしいのに……」

 ポツリと私の口から洩れた言葉。

 ザワリ。
 一斉に大臣達が私を凝視します。
 あら? 私、今なにか言いましたかしら?
 皆様の顔が更に青ざめていくんですけど……。変な事言いました?思っていた事が、つい口から漏れてしまったのかしら?あらいやだ。怖いですわね。

「殿下は『真実の愛に目覚めた』と学園で言い回っておいでと小耳に挟んでおります。私や公爵家を『愛し合う者達を引き裂く悪人』と罵っている事も存じておりますわ。私は()()()()()()()()()()()()()()()()がございます。それ故に、正妃として私は()()()()()()()()()()()()ように、と散々王妃殿下に言われてきましたわ。ですが、今のままでは私が子をなす事は不可能に近いのです。それともここにいらっしゃる方々はラヌルフ公爵家の直系血筋が途絶えても構わないとお考えなのでしょうか?それとも跡取りと目されています私以外、他所から養子を娶ればいいとでも思っていらっしゃるのでしょうか?」

 我が公爵家が王太子との婚約に消極的だった一番の理由。
 それが今の私の発言により露見してしまいました。まぁ、隠していませんから知っている方は知ってますけれど……。



 アリア王妃は未だ私を正妃にする事を諦めていない様子でしたが、そこは陛下が何とかなさるでしょう。国王陛下からは謝罪をいただけましたし、「二度と王太子の婚約者に据えるような事はしない」と契約書にサインして貰いましたから大丈夫でしょう。

 それと、陛下は何故か私の提案を受け入れました。

 アリア王妃は卒倒なさり、大臣達も大半が倒れかけていましたが陛下は頑として発言の撤回はなさいませんでした。


『アリエノール嬢の提案通りにしよう』

 どうやら、王太子殿下との婚姻を望んでいたのは陛下ではなく王妃殿下のようでした。

『本来ならレーモンを廃嫡の末に生涯幽閉、相手の女性も王太子を誑かしたハニートラップ要因として公開処刑が妥当だろう。だが、それではレーモンは反省しない』

 全くその通りです。
 そもそも何が悪いのかも理解できていないと思われますわ。

『王族として、また人として、何が悪かったのか理解せぬまま処罰するのでは前例が生まれかねない』

 確かに。
 記録係も困るでしょうね。

『レーモンに決めてもらおう。どのような選択をしようともそれはレーモン自身の責任だ。己の過ちに気付くのか、それとも気付くことなく愚行を繰り返すのか。愚行を繰り返すようなら生き恥を晒してもらおう』

 大変な選択になりそうです。
 その前に本当に良いのでしょうか?
 ある意味、これは罰ゲームのような……。殿下だけの問題では済まされません。王国そのものが恥を晒す事になりかねません。……陛下は何故このような事を?

『王家も無傷ではいられまい。だがこれも()()()()()を晴らすためにも必要な行為だ。勿論、私も王として、そして父親として最後まで責務を果たそう』

 陛下の言葉に、ついに王妃殿下は倒れてしまいました。大臣達の顔は死んでますわ。まぁ、それも仕方ないですわね。これは彼らにとっても罰になりますもの。その事を皆さま気が付いているからこその態度。王が傷を負うのに、臣下が無傷でいるなどありえませんから。

 要は王太子殿下がソニア嬢を選ばなければ問題はないのですが……。
 殿下が普通の感性を持っていらっしゃれば問題ないでしょう。平民の女性を妃に迎える事自体が異常だと気付くでしょう。それも()()()()()()()なら、なおの事。

 はてさて、どうなることやら。





 
 数日後――


 驚きました。
 まさか王太子殿下がソニア嬢(平民女性)との恋を選ぶなんて……。


『私とソニアは真実の愛で結ばれている!二人で力を合わせれば乗り越えられないものなどない!!』


 王太子殿下はそう宣言なさったとか。
 この世の中、愛情だけでどうにかなるものではありませんわ。王太子としての教育は受けている筈ですのに。恋は教育の全てを容易く吹き飛ばしてしまうのかもしれませんわね。恐ろしい事に、ソニア嬢も愛に生きるタイプの女性のようです。


 噂に聞くソニア嬢は殿下を支えるタイプではありません。

 乗り越える以前に逃げ出してしまうのではないかしら?
 殿下はそういった想像は一切除外なさっているようですわ。


「自分達が物語の主人公になった気でいるのだろう」

「現実を見つめて欲しいですわ」

「今の段階では無理だろうな」

「側近の方々はどうされているのかしら?」

「彼らは王太子の側近を辞退したよ」

「まぁ」

「各家の判断だろうな。賢明な事だ」

 ティエリー様の事です。()()()()()()()()と違って裏まで調査済みでしょう。


 殿下に新たな出会いを、と設けられている場所での言葉です。
 しかも主催者は王妃殿下。
 これは平民の恋人と婚約すると宣言したも同然でしょう。
 その夜会に私は出席していませんが、噂では、王室御用達のドレスを身に付けていながら無作法過ぎる少女の存在は嘲笑の的でしかなかったとか。淑女たちは扇子で顔を隠しながら少女を嘲笑っていたとか。
 王太子殿下と少女のダンスもそれは酷いものだったようですわ。
 ダンスステップの不揃いもさることながらリズム感やタイミングの合わないダンスほど酷いものはありませんから。

 ある貴族夫人は「六歳の子供でももっと優雅に踊れますね」と。
 またある令嬢は「二人に音楽は必要ないのではありませんか?お二人に合わせなければならない彼らこそ哀れですわ」と。
 誰もが「ありえませんわ!!」「これから王家はどうなるのかしら?」などと失笑と嘲りを隠しきれなかったそうですわ。

 王妃殿下に至っては茫然自失で立っておられるのがやっとだったとか。
 宰相もあまりな王太子の行動に両手を額にあてて呻いていらしたそうです。

 実に滑稽ですわね。

 果たして王太子殿下は平民の女性を妃に据える事が何を意味するのか分かっているのかしら?
 また、殿下の恋人は王家に嫁ぐ覚悟を理解しているのかしら?

 殿下は正気でしょうか?
 何はともあれ、お二人の覚悟が本物なのかそれとも……。
 どちらにせよ、この宣言の撤回はできないでしょうね。

 発言の撤回は、更なる王家の失墜になります。
 王家の発言の重さ、決断の重さを理解していないと解釈されますもの。とりあえず、そう遠からず現実を思い知る事になるでしょう。

 それが王家にとっての爆弾になるか、そうでないかは王太子殿下のお覚悟次第ですわ。
 私は元婚約者として、影ながら見守る事と致しましょう。

 無能な指導者には()()()()()は必要なものです。



 真実の愛――

 王太子殿下とその恋人は皆に『祝福された(認められた)』と思っているようですが、それは違います。『祝福』ではなく『嘲笑』しているのです。果たしてその事に当事者の二人は何時気付くのでしょうか?


 ソニア嬢は、王太子殿下を愛しています。
 それは確かでしょう。

 ただ、華やかで愛らしい容貌の彼女は愛を求めすぎた。

 一つの愛では満足できなかった。
 他者に向けられた愛を欲してしまった。
 それがとても素晴らしいものだと思ってしまったから。
 思うのは悪くありません。
 ですが、それを奪うのは良くなかった。

 彼女は貪欲なほどに愛を求めた結果、様々な男性を渡り歩きその愛情を手中に収めてしまいました。
 時には卑怯な手段で手に入れたものもあったでしょう。ですがそんな方法で手に入れたものは本物だったのでしょうか?

 愛とは本当に恐ろしいものですわ。
 時にそれは呪いのような力を持つのですから。

 王太子殿下はどれだけ説得されてもソニア嬢を手放す事はないでしょう。
 周囲の気遣いを無にするように――そして己自身も傷付く可能性を考えないようにして。
 平民の少女を妃に迎えた後の事を想像できない王太子殿下ではないでしょうに。それとも本当に理解していないのかもしれません。恋に目が眩んで――。
 本当に、恋とは人を愚かに変えてしまうものですわ。

 もしも……ええ、もしも、です。
 ソニア嬢が妃になり、子供が生まれたらとは考えないのでしょうか?
 皆が喜ぶと思っているのでしょうか?
 今でも蔑みに眼差して見られていますのに?

 その子は生まれた瞬間から『嘲笑と軽蔑の対象』として見られます。
 親のせいで何の罪のない子供が大勢に白い眼で見られるのです。
 それも想像した事がないのだとしたら……なんと愚かな事でしょう。
 そんな愚か者を誰が王にしたいと望むでしょうか。

 けれど、私は安堵しております。
 どれほど愚かであろうとも王太子殿下は元婚約者。幼い頃は仲良く遊んだ間柄。全く知らない仲ではありませんもの。愛情はなくとも情はあります。
 私と結婚し、国王になったとしても彼は長くはなかったでしょう。
 王家が欲したのは私の血。
 私の血を受け継ぐ次代。

 知ってましたか?
 私が貴男の子供を産めば、貴男はその時点でお払い箱だったのですよ?
 予定では結婚後、五年以内に急な病で倒れ、数年後に儚くなる事になっていました。子供は二~三人いれば十分。数年間を病魔と闘い、命が尽きるという筋書きでした。

 夫亡き後、私は未亡人として次に王になる幼い子供達を育てる。そうして我が公爵家は幼い王太子を支える。

 私も若くして未亡人にならずにすんで良かったですわ。

 ですから殿下、私は応援していますよ。
 お二人がどこまで愛し支え合う事ができるのか。

 外野からゆっくり見物させていただくことと致しましょう。
 ふふふ……私、こう見えて劇も好きでよく鑑賞しているんです。
 ああ、楽しみです。



 うふふ。
 あはははは!!

 やった!
 やったわ!

 レーモンが私を“お姫様”にしてくれる!
 本物の“お姫様”にね!


 これでもう誰も私を“偽物”なんて言わない!





 数年前――


「え~~っ!またソニアちゃんが“お姫様役”するの!?」

「そうだよ?」

「ちょっと、ソニアちゃん」

「なに?」

「『なに?』じゃないでしょ?昨日もソニアちゃんが“お姫様役”だったじゃない。今日はナナちゃんがやる番よ」

「なんで?」

「……そういう約束でしょ。“お姫様役”は順番ずつするって」

「でも昨日もソニアが“お姫様役”だったよ?」

「それは、ソニアちゃんがリカちゃんから“お姫様役”を奪ったからでしょ?本当は昨日はリカちゃんが“お姫様役”だったのに。ソニアちゃんが『お姫様じゃないとヤダ』って駄々こねて。あんまり泣きわめくもんだからリカちゃんが代わってあげただけじゃない」

「「「アニーちゃんの言う通りだよ」」」

「み、みんな……酷いよ」

 じわっと涙が溢れでちゃう。私が思わずみんなに文句を言うと、アニーちゃんが呆れたような顔を私に向けてきた。

「酷いのはソニアちゃんでしょ?」

 他の子もこっちに視線を向ける。
 どうして?
 なんで? そんな目で私を見つめてくるの??

「だって……」

 私は悪くないのに。

「ソニアちゃん、昨日だってリカちゃんに謝ってないよね?それに“お姫様役”を譲ってくれたのに『ありがとう』も言ってないよ?」

 え?
 なんで?
 なんで謝るの?
 お礼?
 なんで……?

「はぁ~~~っ。あのね、ソニアちゃん。悪い事をしたら『ごめんなさい』、なにか嬉しい事をしてくれたら『ありがとう』でしょ。ソニアちゃんって、そう二つを言う事ってあんまりないよね?」

「そ、そんなこと……」

「ないって自信をもって言える?言えないよね?だってソニアちゃんは酷い事をしても『ごめんなさい』って言わない。『ありがとう』の一言だって私は聞いた事ないよ?ねぇ、それってそんなに難しいこと?」

「…………」

 アニーちゃんの言葉に私は何も言い返せなかった。何か言わなきゃって思ってもアニーちゃんの後ろにいる友達が凄い目で睨みつけてくるんだもん。よけいに言えなかった。そうこうしているうちにアニーちゃんは溜息をついて私に言った。

「もういいよ。ソニアちゃんに何を言ってもムダな気がしてきた」

 そう言うと、アニーちゃんは皆に言った。

「今日が最後だから楽しく遊びたかったのに、ごめんね。嫌な気分にさせちゃったね」

「アニーちゃんのせいじゃないよ」

「そうだよ!」

「「「私達こそごめんね」」」

「ありがとう、みんな。今日は私の家で遊ぼうか!」

 そう言うと、アニーちゃんは他の友達の手を引いて行ってしまった。私はその後ろで見送るしかなかった。一人だけポツンと取り残されても誰も振り返らない。ただ離れていく友達の小さな背中を見ているしかなかった。

 次の日、アニーちゃんが街から引っ越した事を知った。


 それからだ。
 私は友達から仲間外れにされたのは。
 輪の中に入ろうとしても入れてくれない。

 どうして!?

 訳が分からない。

「今までアニーちゃんがいたからソニアちゃんと遊んであげてたんだよ」

「アニーちゃんがいなかったら誰もソニアちゃんと遊ぼうなんて思わない!だってソニアちゃんって我が儘だもん!」

「そうだよ!それにリカちゃんのリボン取ったの知ってるんだから!!」

「リカちゃんだけじゃないよね?ルーちゃんが大事にしてたお人形だって壊したんでしょ?」

「だって、あれは……!」

 私が言い返そうとしたら彼女達は凄い目で睨んできた。
 なんで?
 どうして?
 だって別にワザとじゃないよ?
 リボンは貸してもらっただけだし、人形だって元々ボロボロだったじゃない!
 ちゃんとリボンは返したし、人形だって新しい物買って弁償した!
 ルーちゃんは新しいお人形を渡してもなんでか許してくれなかったけど……。

 女の子達からハブられたけど、その代わり男の子達とは仲良くなった。
 皆、私と仲良くなりたかったって。
 声を掛けたかったって。
 でも女の子達が居たから今まで声をかけられなかったみたい。

「ソニアは可愛い」

 男の子達は皆そう言って褒めてくれる。

「“お姫様”みたい?」

「うん、“お姫様”みたいだ」


 嬉しい。
 女の子達は皆私に冷たいけど、男の子達はそうじゃない。「可愛い」って「お姫様みたいだ」って、いっぱい褒めてくれる。
 私が男の子達と仲良くなればなるほど何故か女の子達は遠のいていった。それと大人の人も厳しい目でみてきた。大人っていってもお母さんくらいの人。なんでだろう?よく知らない女の人が「あの女の子供と遊んではダメよ」って言ってた。仲良くなった男の子で「お母さんに怒られるから」って言って離れていった子もいる。怒る?なんで?意味が分かんなかった。「遊んでるところを見られるとダメなんだ」っていう子もいた。どうしてダメなの?

 よく分からない事を言う人はいたけど、それ以外は今まで通りだった。

 数年後、お母さんは結婚した。

「本当のお父さんよ」

 私にそう紹介して――