真実の愛――
王太子殿下とその恋人は皆に『祝福された』と思っているようですが、それは違います。『祝福』ではなく『嘲笑』しているのです。果たしてその事に当事者の二人は何時気付くのでしょうか?
ソニア嬢は、王太子殿下を愛しています。
それは確かでしょう。
ただ、華やかで愛らしい容貌の彼女は愛を求めすぎた。
一つの愛では満足できなかった。
他者に向けられた愛を欲してしまった。
それがとても素晴らしいものだと思ってしまったから。
思うのは悪くありません。
ですが、それを奪うのは良くなかった。
彼女は貪欲なほどに愛を求めた結果、様々な男性を渡り歩きその愛情を手中に収めてしまいました。
時には卑怯な手段で手に入れたものもあったでしょう。ですがそんな方法で手に入れたものは本物だったのでしょうか?
愛とは本当に恐ろしいものですわ。
時にそれは呪いのような力を持つのですから。
王太子殿下はどれだけ説得されてもソニア嬢を手放す事はないでしょう。
周囲の気遣いを無にするように――そして己自身も傷付く可能性を考えないようにして。
平民の少女を妃に迎えた後の事を想像できない王太子殿下ではないでしょうに。それとも本当に理解していないのかもしれません。恋に目が眩んで――。
本当に、恋とは人を愚かに変えてしまうものですわ。
もしも……ええ、もしも、です。
ソニア嬢が妃になり、子供が生まれたらとは考えないのでしょうか?
皆が喜ぶと思っているのでしょうか?
今でも蔑みに眼差して見られていますのに?
その子は生まれた瞬間から『嘲笑と軽蔑の対象』として見られます。
親のせいで何の罪のない子供が大勢に白い眼で見られるのです。
それも想像した事がないのだとしたら……なんと愚かな事でしょう。
そんな愚か者を誰が王にしたいと望むでしょうか。
けれど、私は安堵しております。
どれほど愚かであろうとも王太子殿下は元婚約者。幼い頃は仲良く遊んだ間柄。全く知らない仲ではありませんもの。愛情はなくとも情はあります。
私と結婚し、国王になったとしても彼は長くはなかったでしょう。
王家が欲したのは私の血。
私の血を受け継ぐ次代。
知ってましたか?
私が貴男の子供を産めば、貴男はその時点でお払い箱だったのですよ?
予定では結婚後、五年以内に急な病で倒れ、数年後に儚くなる事になっていました。子供は二~三人いれば十分。数年間を病魔と闘い、命が尽きるという筋書きでした。
夫亡き後、私は未亡人として次に王になる幼い子供達を育てる。そうして我が公爵家は幼い王太子を支える。
私も若くして未亡人にならずにすんで良かったですわ。
ですから殿下、私は応援していますよ。
お二人がどこまで愛し支え合う事ができるのか。
外野からゆっくり見物させていただくことと致しましょう。
ふふふ……私、こう見えて劇も好きでよく鑑賞しているんです。
ああ、楽しみです。
うふふ。
あはははは!!
やった!
やったわ!
レーモンが私を“お姫様”にしてくれる!
本物の“お姫様”にね!
これでもう誰も私を“偽物”なんて言わない!
数年前――
「え~~っ!またソニアちゃんが“お姫様役”するの!?」
「そうだよ?」
「ちょっと、ソニアちゃん」
「なに?」
「『なに?』じゃないでしょ?昨日もソニアちゃんが“お姫様役”だったじゃない。今日はナナちゃんがやる番よ」
「なんで?」
「……そういう約束でしょ。“お姫様役”は順番ずつするって」
「でも昨日もソニアが“お姫様役”だったよ?」
「それは、ソニアちゃんがリカちゃんから“お姫様役”を奪ったからでしょ?本当は昨日はリカちゃんが“お姫様役”だったのに。ソニアちゃんが『お姫様じゃないとヤダ』って駄々こねて。あんまり泣きわめくもんだからリカちゃんが代わってあげただけじゃない」
「「「アニーちゃんの言う通りだよ」」」
「み、みんな……酷いよ」
じわっと涙が溢れでちゃう。私が思わずみんなに文句を言うと、アニーちゃんが呆れたような顔を私に向けてきた。
「酷いのはソニアちゃんでしょ?」
他の子もこっちに視線を向ける。
どうして?
なんで? そんな目で私を見つめてくるの??
「だって……」
私は悪くないのに。
「ソニアちゃん、昨日だってリカちゃんに謝ってないよね?それに“お姫様役”を譲ってくれたのに『ありがとう』も言ってないよ?」
え?
なんで?
なんで謝るの?
お礼?
なんで……?
「はぁ~~~っ。あのね、ソニアちゃん。悪い事をしたら『ごめんなさい』、なにか嬉しい事をしてくれたら『ありがとう』でしょ。ソニアちゃんって、そう二つを言う事ってあんまりないよね?」
「そ、そんなこと……」
「ないって自信をもって言える?言えないよね?だってソニアちゃんは酷い事をしても『ごめんなさい』って言わない。『ありがとう』の一言だって私は聞いた事ないよ?ねぇ、それってそんなに難しいこと?」
「…………」
アニーちゃんの言葉に私は何も言い返せなかった。何か言わなきゃって思ってもアニーちゃんの後ろにいる友達が凄い目で睨みつけてくるんだもん。よけいに言えなかった。そうこうしているうちにアニーちゃんは溜息をついて私に言った。
「もういいよ。ソニアちゃんに何を言ってもムダな気がしてきた」
そう言うと、アニーちゃんは皆に言った。
「今日が最後だから楽しく遊びたかったのに、ごめんね。嫌な気分にさせちゃったね」
「アニーちゃんのせいじゃないよ」
「そうだよ!」
「「「私達こそごめんね」」」
「ありがとう、みんな。今日は私の家で遊ぼうか!」
そう言うと、アニーちゃんは他の友達の手を引いて行ってしまった。私はその後ろで見送るしかなかった。一人だけポツンと取り残されても誰も振り返らない。ただ離れていく友達の小さな背中を見ているしかなかった。
次の日、アニーちゃんが街から引っ越した事を知った。
それからだ。
私は友達から仲間外れにされたのは。
輪の中に入ろうとしても入れてくれない。
どうして!?
訳が分からない。
「今までアニーちゃんがいたからソニアちゃんと遊んであげてたんだよ」
「アニーちゃんがいなかったら誰もソニアちゃんと遊ぼうなんて思わない!だってソニアちゃんって我が儘だもん!」
「そうだよ!それにリカちゃんのリボン取ったの知ってるんだから!!」
「リカちゃんだけじゃないよね?ルーちゃんが大事にしてたお人形だって壊したんでしょ?」
「だって、あれは……!」
私が言い返そうとしたら彼女達は凄い目で睨んできた。
なんで?
どうして?
だって別にワザとじゃないよ?
リボンは貸してもらっただけだし、人形だって元々ボロボロだったじゃない!
ちゃんとリボンは返したし、人形だって新しい物買って弁償した!
ルーちゃんは新しいお人形を渡してもなんでか許してくれなかったけど……。
女の子達からハブられたけど、その代わり男の子達とは仲良くなった。
皆、私と仲良くなりたかったって。
声を掛けたかったって。
でも女の子達が居たから今まで声をかけられなかったみたい。
「ソニアは可愛い」
男の子達は皆そう言って褒めてくれる。
「“お姫様”みたい?」
「うん、“お姫様”みたいだ」
嬉しい。
女の子達は皆私に冷たいけど、男の子達はそうじゃない。「可愛い」って「お姫様みたいだ」って、いっぱい褒めてくれる。
私が男の子達と仲良くなればなるほど何故か女の子達は遠のいていった。それと大人の人も厳しい目でみてきた。大人っていってもお母さんくらいの人。なんでだろう?よく知らない女の人が「あの女の子供と遊んではダメよ」って言ってた。仲良くなった男の子で「お母さんに怒られるから」って言って離れていった子もいる。怒る?なんで?意味が分かんなかった。「遊んでるところを見られるとダメなんだ」っていう子もいた。どうしてダメなの?
よく分からない事を言う人はいたけど、それ以外は今まで通りだった。
数年後、お母さんは結婚した。
「本当のお父さんよ」
私にそう紹介して――
“本当”って言われても私はよく分かんない。だって、私のお父さんはお父さんだけ。
「お母さん、お父さんは?」
「何言ってるの?ソニア?」
「だって、お母さんが言ってた“本当のお父さん”ってルーちゃんのお父さんだよ?私のお父さんじゃないよ」
「バカね。その“ルーちゃんのお父さん”が“ソニアのお父さん”になるの」
ん?どういうこと?
“ルーちゃんのお父さん”が“ソニアのお父さん”なんて言われても想像できないよ?意味わかんない。
「ねぇ、お父さんは?」
「ほんと、馬鹿な子ねソニアは。ま、女の子は馬鹿の方が好かれやすいからいいけど……」
「お母さん?」
「なんでもないよ。ソニアでも解るようにいうなら、“前のお父さん”は“偽物”で“今のお父さん”が“本物”だって事よ」
「?」
よけいに分からなくなった。
それが顔に出てたのかな?お母さんは呆れたように笑うと「そのうち理解するわ」とだけ言った。
“新しいお父さん”と一緒に暮らして生活が一変した。
大きな家。
広いお庭。
綺麗な服。
ピカピカの靴。
可愛いリボン。
全部、私のものだって。
ルーちゃんの持ち物は全部、ソニアのもの。
夢みたい。
ルーちゃんが着てる服って“お姫様”みたいに可愛い物ばっかりで「いいな」って思ってたんだ。それが全部手に入った。前に見た綺麗なネックレスは無かったのが残念だけど、“新しいお父さん”が「もっと良い物を買ってやる」って!
これで私はずっと“お姫様”ね!
あれ?
そういえばルーちゃんは?
最近ずっと見ていない。
“新しいお父さん”に聞いてみると「親戚の家に行っている」らしい。早く帰ってこないかな?そしたら一緒に遊んであげるのに。
くるくるくる。くるくる、くるくる。
回るたびに素敵に“お姫様”は輝き出すの。
だって、今の“お姫様”は私だから。ルーちゃんじゃないから。
くるくる回るだけの狭い世界が一変した。
ヒラヒラの服はルーちゃんより私の方が似合う。
なのになんでかな?
今度は男の子達まで私を無視し始めた。
可愛い私が綺麗な服を着て笑ってあげたのに。
『それ……ルーちゃんの服だよな?』
『ソニア、お前……』
『お袋が言ってたのってこういう事かよ』
『最悪……』
男の子達だけじゃない。
街の大人たちが変な目で見てくる。
『商売女が後妻に収まったらしい』
『マジかよ。商会は大丈夫なのか?』
『お嬢さんが鞄一つで追い出されたらしいぞ』
『なんだよそれ!?それでも親か!元々あの男は入り婿だろ!?何の権利があるんだ!!』
『酒場女に騙されてるんだろうぜ』
『その酒場女が男の娘を産んでたとはな』
『リックの子じゃなかったのかよ?』
『そうらしいぞ』
『娘は母親に似た容貌だ。どっちが父親でも分からんだろうさ』
『実際のところ、女の方もどっちの子供か判ってねぇんじゃないか?』
『いえてるな』
男の人達が嘲笑ってる。
女達が噂話をしてる。
『母娘揃ってなんて卑しい』
『お嬢さんの持ち物を盗んで!』
『それだけじゃないよ、あの売女、奥様のドレスや宝飾品をこれ見よがしにつけて出かけてるんだよ!』
『同じ物を着てもね、着てる女が卑しい連中じゃ、価値も下がるってもんさ。そこのところ、あの入り婿殿は理解してんのかね』
『さぁね、奥様やお嬢さんが着てた頃はそりゃあ、品があったよ。あれだけ違うもんかね』
『所詮はイミテーションさ。本物にはなれないって事だね』
難しい話しばかり。
よく分かんないけど、私とお母さんを悪く言っているのだけは何となくわかる。それとルーちゃんが“本物のお姫様”で私が‟偽物のお姫様”だって言っている事も。
なんで? 私はルーちゃんより綺麗でかわいいのに!!
可愛い私が綺麗な服を着るのは当然の権利でしょ!?
綺麗な私が“お姫様”でしょ!?なんで皆、怖い顔するの?分からないよ……。
くるくるくる。
季節は巡っていく。
くるくる。
外に出ると嫌な目を向けてくる。嫌な事を言う人ばかり。お母さんは気にしない。誰が何を言っても相手にしなかった。
『負け犬の遠吠えよ』
そう言って。
何の事だろう?
『ソニア、あんたも気にする事ないわ』
あっけらかんと言う。
お母さんの言葉が正しいんだろう。
皆、私やお母さんが羨ましいんだ。
“新しいお父さん”が言うの。
『新しい学校に行かないか?』
新しい学校?
『そうだ』
その学校はソニアを仲間外れにしない?
『しないさ』
ソニアを“お姫様”にしてくれる?
『新しい学校はお姫様と王子様しかいないから大丈夫だ』
王子様?
『ああそうだ。ソニアはお姫様だからな。お姫様には王子様が必要だろう?』
行く!
ソニア、その学校に行く!
行って本物の王子様と結婚するの!
新しい学校は王子様がいっぱいいた。
お姫様もいっぱいた。
すごい!
ここなら友達ができる!
数ヶ月後――
「貴女、いい加減になさって!」
クラスメイトの女子が怖い顔で私を怒っている。なんで?
「どれだけ注意喚起をして理解なさらないようですので、はっきりと言わせていただきますわ。私の婚約者にみだりに近づくのはお止めになってくださいませ!」
え?何のこと?
私はポカンとして、クラスメイトの女子を見ている事しかできなかった。その子が他の女子を引き連れて去って行った後、思った事は「婚約者って誰?」だった。
更に数日が経つと、その子はまた私に文句を言ってきた。
「これ以上、愚かな行動をするのなら私にも考えがあります!」
ちょっと、何を言っているのかわからないよ? なんでこんなに怒られているのか分からないよ! 分からないよぉ! クラスのみんなもおかしいよね!? なんで「止めた方が良い」と言ってくれないの!?
「え……と……。なんのこと?」
「自覚もないなんて!愚かとしか言いようがありません!!」
分んないけど、更に怒らせたことだけは分かった。
「やめないか!」
そんな私を庇って、男子生徒が間に入ってくれた。誰だか知らないけどありがとう!
「どうして彼女を責めるんだ!言いたいことがあるなら僕に言えばいいだろう!!」
「まあ!貴男に言ったところで話しになりません!だからこうして元凶に注意しているのです!!」
「君のは注意じゃない!」
「ではなんですの?」
「彼女に嫉妬しているんだろう?」
「しっ!?!?なにを言いますの! 馬鹿馬鹿しい!!!」
わけが分からないまま二人は言い争いを始めちゃった。もうわかんないよぉー。二人はそのままヒートアップしていくし……。
これは後で知った事だけど、どうやらその二人は婚約者同士だったらしい。両方とも「伯爵」の家の子なんだって。初めて知ったよ。
私は覚えてなかったけど、庇ってくれた男子は私と皆で遊んだ事がある子だったみたい。だから婚約者の女子が怒ったんだって。怒るくらいなら自分もその男子と仲良く遊べばいいのに……。ほんと分かんないなぁ。
その後も注意と言う名の暴言を吐かれた。まあ、それは別の女子だったけど。
私に最初に怒ってきた女子はいつの間にか学校に来なくなってた。なんでも留学したんだって。それと庇ってくれた男子は実家の領地に戻ったって仲の良い男子から聞いた。
「相手の家から婚約破棄を叩きつけられたみたいだ」
「彼奴、大丈夫か?確か、婿入りする予定だったろう?」
「だからだろ?もう他に婿入り先なんてないだろうさ。彼奴の元婚約者の家は力があるからな」
「そういえば、陞爵するって話しだったな」
「ああ、上手くいけば彼奴は次期侯爵だったっていうのに。それを棒に振っちまったんだ。そりゃあ、親は怒るだろうよ。多分、このまま領地で謹慎だろうさ」
「そりゃまた……気の毒になぁ」
「となると、兄貴の補佐くらいしかできないか。冷や飯ぐらいはキツイぜ」
「流石に婚約者よりも優先するのはマナー違反だろ。自業自得さ」
「言えてる。彼奴は真面目過ぎたんだよ。もっと上手くやりゃあいいのにさ」
「良い奴なんだけどな。妙に要領が悪いんだよ」
庇ってくれた男子は気の毒に良い人らしい。
みんなが心配してるんだもの。それくらいに良い人だったんだろうな。よく知らないけど。
「ねーー、お腹すいちゃった」
今日もみんなと一緒に遊んだからお腹ぺこぺこ。
ここのホテルの食事って全部美味しんだよね。家での食事よりもずっと豪華だし!今日は何を食べようかな?
学校は楽しい。
「一緒に遊ぼう」って誘ってくれる男子は多くて、私はみんなと仲良くなった。
でも最近、家が変。
“新しいお父さん”が毎日怖い顔してる。
『また契約を切られた』
『どうしてだ?最近、貴族の客離れが加速する一方だ』
『ドレスのデザインが悪かったのか?それともレースが流行遅れになってるのか?』
ずっとブツブツ呟いてて怖い。
お母さんに聞いても「仕事の事よ」って言うだけ。“新しいお父さん”は大きな商会の会長さんだから色々大変みたい。
「ねぇ、ソニア」
「なに?お母さん」
「あんた、何したの?」
「え?」
お母さんの言っていることが分からなかった。でも直ぐに気付いてくれた。
「質問を変えるわ。ねぇ、ソニア。学校で何かあったんじゃない?」
「なにかって?」
「最近、帰って来るのが遅いでしょう?それに何時も帰ってくる時は別の馬車に乗って帰って来るじゃない。しかもソレ」
お母さんは私のネックレスを指差した。
「小ぶりだけど最高級のダイヤ。それから――――」
お母さんは凄い!
みんなから貰ったプレゼントを言いあてていく!
なんで分かったの?
私の考えが分かったのか、お母さんは言った。
「ソニアのお母さんだからよ。何でもお見通しなの」
「さっすがお母さん!」
私はテレながら打ち明けた。学校で沢山の友達が出来た事。その子達と仲良く遊んで沢山のプレゼントを貰った事。
でも何故か女子の友達ができない事。
女子達から意地悪をされている事。
学校であった出来事を聞いて欲しくて全部話した。お母さんは私の話しをとっても楽しそうに聞いてくれた。
「なるほどね。それでか。店がああなったのは」
「お母さん?」
「ああ、なんでもない。こっちの話しよ。それよりお母さん思ったんだけど、女の子達から虐めを受けていて誰も助けてくれないの?仲の良い男の子はいっぱいいるんでしょう?その子達に助けてもらえないの?」
「うん。男子が居ないところで意地悪されちゃうから……」
「そう。女の子全員が男の子の居ないところでソニアを虐めるの?中には男の子が居ても関係なくソニアに酷い事を言う女の子はいないの?」
「…………ん~~~。いる」
「その時はどうしてるの?男の子達は助けてくれないの?」
「う~~ん。『その辺でいいんじゃないか』って女子に言うくらい……かな?」
「話しにならないわね」
「え?」
「こっちの話しよ。それなら男の子は役に立たないわね。ソニア、今からお母さんの言う通りに行動なさい。それで全てが解決よ。ま、今までのことは無かった事にはならないけどね。それでもしないよりはマシでしょうしね」
よく分からないことを言われた。
でも、お母さんが私を心配してくれたのだけは何となく分かる。だからね、お母さんの教えてくれた通りに実行した。そしたら虐めっ子たちが大人しくなったの!
すごい!すごい!
意地悪を言われたら、俯いて悲しそうに涙声で謝ると虐めっ子たちは何も言えなくなっちゃうみたい! 何も言わなくなった女子は最後にキッと睨むけどそんなの全然怖くない!それにね、今までちゃんと庇ってくれなかった男子も数人だけど助けてくれるようになったの。
助けてくれなかった男子達も「ごめんな。でも先生達に伝えるから心配するな」って言ってくれたの!先生に言えばあの子達は大人しくなるって!「仕返しの心配もない」って言ってた!ホントだった!先生達は、直ぐに対応してくれたの!
「お母さんは凄い!魔法使いみたい!」
そう言ったらまた私の頭を撫でてくれた。嬉しくてニコニコ笑う私の頭を撫でながらお母さんは言った。
「ソニア、あんたの良いところはその素直さよ。無くさないようにね」
「うん!」
きれい……。
輝くような金髪にエメラルドの目。
こんなキラキラした人、これまで見たことない!
仲の良い男友達の一人と参加したパーティー。
そこで一人の男の人を見てカミナリに打たれたような衝撃を受けた。
私達より年上だって分かった。
スラリとした長身で学校で仲の良い男友達の誰よりもキレイ。
カッコイイじゃなくてキレイが先に立つくらいに綺麗。
彼の姿に思わず目を奪われたのは私だけじゃなかった。
パーティーに来てる皆が彼に注目してる。女の人達は、うっとりと彼を見つめている。
「珍しいな、ティエリー様がこの会場にいるなんて」
「え?友達なの!?」
エスコート役の子が彼を見て呟いたのを聞き逃さなかった。ティエリーって彼の名前よね?もしかして友達かも。だったら紹介してもらえる!そう思って聞いてみた。
「いや、友人ではないよ。流石に畏れ多い。ただ貴族ならティエリー様を知らない人はいないってことさ。ティエリー様にお会い出来るなんて本当に珍しいよ」
そう言われてもう一度彼の姿を見た。あんなにたくさんの人達に囲まれているんだもの、滅多に姿を現さないということなのよね。私もご挨拶しなくちゃ!そう思った途端、彼が人だかりを離れ一人になったのを見逃さなかった。ラッキー!男友達に「少し風にあたってくる」と嘘をついて一人、彼の後について歩き出した。
あ!チャンス!
一人になった彼の所へ駆け寄って声をかけた。
「あの!私、ソニアって言います!貴男、ティエリーって言うんでしょ?仲良くしてね」
上目づかいでおねだりポーズ。
これもお母さんに教えてもらった。「これで堕ちない男はいない。ソニアはお母さんよりも愛嬌があるから別の意味でも可愛がられるわよ」って。
私は彼が「君、可愛いね」って言うのを待った。だってコレをすると男子は、み~~んな、「可愛い子だね。僕も仲良くなりたいよ」って言うから。そうやって友達は増えていくものだって学習したの!
でも変。
なかなか声がかからない。なんで?私が不思議に思っていると、彼は私を無視して歩き出した。え……どうして……?訳が分からないけど、もしかしたら「ついてこい」って意味かもしれない。
「ま、まって!待って!どこに行くの?」
叫ぶように話しかけるのに彼はどんどんと歩く。
慌ててついて行くけど追いつかない。
「そこの女を捕らえろ」
どうしてか彼から物騒な声が聞こえてきた。
それと同時に数人の男の人が私を捕まえて縛り上げる。
何!?なに?どういうこと!?
「離して!」
叫んだら今度は口に網みたいなものをはめられて声が出せないようにされた。
なになに!?なんでなんで!? 初めての経験でパニックになるけどどうにもならない! なんでこんな風に捕まっているんだろう?助けを呼ぼうにも声がだせない……どうしていいか分からず、私は只々パニックで泣くしかできなかった。
引っ張られるようにパーティー会場に連れて来られた。
「この娼婦を連れて来たのは誰だ」
彼の言葉に会場中が静まり返った。
「今すぐ出てこなければ然るべき処置を取らせてもらうぞ」
怖い!なに!?なんで彼は怒ってるの!?
彼の言葉に周囲がざわつくのが分かる。
「ぼ、僕です。彼女を連れて来たのは……」
男友達が真っ青になって答えた。その途端、私の体は誰かに蹴飛ばされ床に倒れた。
なに!?なにするの!!
「ここは夜会ではない。昼間から娼婦を連れ歩くな」
「も、申し訳ございません。あ……その、彼女は何か粗相を……したのでしょうか」
「私が一人になるのを見計らって接触してきた。家名を名乗る事もなくな。見た目からしてまだ見習いだろうが、躾がなっていない。君が彼女を身請けするのか?」
「え……それは……」
「身請けする予定はないのか?」
「……はい」
「この者が所属しているオーナーの許可を得て連れ出しているのか?」
「か、彼女の許可はとってあります」
「私は個人の許可を聞いているのではない」
「……そ、それは……」
「口約束ではなく書類契約は交わしていないのか?」
「……」
「その様子では交わしてないな。これは後学の為に言っておくが、それ相応の場所でその手の女性を選ばなければ大変な事になるぞ。所属の場所によっては客に詐欺まがいの行為をする者もいる。質の悪い者に引っかかって身ぐるみはがされないとも限らない。ましてや、この年齢で挨拶一つ出来ないとなれば中級クラスも怪しいな。下級クラスでその手の病が流行って社会問題になっているのは君も知っているだろう。君の連れもその類かもしれないのだ。私の言いたいことは分かるな」
「……はい」
「今日のところは初犯という事で大目に見よう。この場に相応しくないも者と共に速やかに退出しなさい」
「はいっ!申し訳ございませんでした!」
大急ぎで私を立たせ、連れて行こうとする男友達。
どうして!?なんで!?なんで私、連れてかれるの!!??
訳が分からないまま馬車に乗せられて家に帰らされた。
ティエリー・ギレム公爵子息。
姿形は物語に登場する王子様にピッタリなのにクール。かと思えば優しいところもある――――らしい。クラスの女子達が話す声が嫌でも耳に入る。
あれから頑張ってティエリーに近づこうとしたけど無理だった。
彼の主催するパーティーは高位貴族しか立ち入り禁止で、「パーティーに行ってみたい」と言っても誰も連れて行ってくれなかった。だったら紹介して欲しかったのに、それもダメ。ダメダメばっかり。
それだけじゃない。
最近、みんな、そっけない。
『婚約者が怒るからな』
それ変じゃない?
だって怒っても次の日には私の傍にいたのに。急になんで?
『僕たちの場合、ソニアより年上だからね』
だから何?
先輩後輩の関係でしょ?今まで通りじゃない。
『卒業後の事も色々考えないといけねぇんだ』
それって家の跡を継ぐって事でしょ?
婚約者との結婚準備?なにそれ?
よく分からない事を言われたけど、要は、婚約者よりも私と一緒にいる時間が多い事を親に咎められたみたい。卒業も間近に迫っているからと、私と距離をおくようになった。
もっと詳しく聞くと、前に参加したパーティーでの一件が噂になっていたらしく、その出来事で男友達の親はカンカンらしい。
なんで?
親は関係ないでしょ?
私、何もしてないのに……。
どうして男友達が離れていこうとするのか分からなかった。
そんな時だった。
私に何時も意地悪する女子が話しかけてきたのは――――
「……は?み、見合い?私が……?」
「ええ、貴女には随分とお世話になったもの。結婚の仲介役くらいはさせていただくわ。勿論、無理にとは言わないけれどね」
そうして見せてもらった見合い候補達の絵姿。
「な、なに……これ……?」
「あら?何かご不満でも?」
「ふ、不満に決まってるでしょ!!なにこれ!!オジサンばっかりじゃない!!!」
「あら?それは仕方ありませんわ。だって貴女は商家の出身。しかも“曰く付きの訳アリ”とくればねぇ。こちらの方々は『それでも構わない』と仰ってくださった奇特な男性達ですもの。この学園に通いながらも全くのマナー知らずで常識知らずでも“正式な妻”として迎えても構わないそうですわ。『引退した後なら非常識な妻を持っても表に出す事もないから』と笑っていましたから」
「な、なによそれ?!」
「当然でしょう?どこの世界に淑女教育を終えていないどころか、最低限のマナーや貴族の常識をしらない、または理解できない女性を“正妻”にする者がいるのです。公に出さないからこそ“妻”に据える事ができるというもの。御実家の方は下位貴族か有力な商会との縁組を期待しているようですが、それは無理ですわ。だってそうでしょう?聡い商人達からすれば顧客とトラブルを抱えている女性を妻にする事はできませんし、ましてや学園内での交流もまともにできない女性は社交界で生き残っていけません。特に貴族は血を重んじる生き物です。誰の子を孕むか分からない女性を妻にはできませんでしょう?」
クスクスと笑う声。馬鹿にするような笑い方だった。
頭が真っ白に染まった。
なんで?どうして?
私と居る方が楽しいって!
私が一番可愛いって言ったじゃない!!
混乱する私は気付かなかった。その女子生徒が近づいてくるのを。私との距離を縮めると、その憎たらしい口は開いた。私の耳元で――
「……その“非常識ぶり”で長年の婚約関係を破綻に追い込んだご自覚はなくて?貴女のせいで破談になった婚約は数多ありますわ。殆どの男性が遊びだと訴えたところで、受け入れる側がそう受け取らなければそれは只の裏切りですのにね。まぁ、そこら辺の教育をろくに受けられなかったのだから仕方ありませんが。一部の者達は貴女を共有する事を目論んでいたそうですが、そんな倫理観のない男と夫にしたい妻はいませんわ。愛人を作るにしても妻の許可と両家の了承が必要だと言いますのにね。貴女とのお付き合いで常識がおかしくなったのかしら?それでも、貴女のような品性下劣な方が卒業後も同じ場所に居られても迷惑極まりありませんから、しっかりと手綱の握れるご主人様を紹介して差し上げるという寸法です」
なに言ってんの??
訳わかんないこと言わないでよ!!頭の中は混乱してて上手く話せなかった。でもこれだけは言っておかないと!!
「わ、わたしはオジサンじゃなくて格好いい人と結婚するの!!」
「結婚できるとお思いですの?」
「当たり前じゃない!私はこんなに可愛いんだから!!」
「ええ、頭の中も同じくらいに可愛らしいですものね。だから誰からも認められないでいるのですが……それを理解していないとは……哀れですわ」
見下すような瞳に憐れみを含む声音。絶対バカにしている!私の事嫌いなんだ!ムカつく!!
「まぁ、無理に勧めるつもりはありませんわ。考えが変わりましたら、私にご一報ください。良いご縁を紹介して差し上げますから」
言うだけ言って帰って行く女生徒を睨みつける。なによ、なんなのよ!!
私は絶対に素敵な人と結婚するんだから!!
そう王子様みたいな人とね!!!
私も結婚相手を探そうと思った。
本音を言えば「彼」の奥さんになりたい。「彼」と結婚したい。でもそれは無理だとお母さんに言われた。「愛人でも無理よねぇ」って。だから仕方なく別の子で我慢しようと思う。お母さんが言うなら仕方ない事だもんね。
それでも、少しでも「彼」に似た人がいい。金髪で緑色の目。
なのに……。
『いや~~、それは無理だよ』
どうして?
私の事、可愛いって言ってくれたのに。
『婚約者がいるからな~~』
別れてくれたらいいじゃない!
どうせ、「つまらない女」でしょ?!
何時も言ってたじゃない!!
『あーー愛人なら、まあ何とかなる……かも?』
なによそれ!!
『え?!妻になりたい!!?本気で言ってんの!?』
なんで驚くの!
結果は散々だった。
いつものように「お願い」をしてもダメ。
何故だか、私のよくない噂が学校で広がっているらしくて一緒に遊ぶのも大変みたい。だからかな?みんな、学校の外で会いたがる。
“新しく仲良くなった男子達”も同じだった。
みんな、婚約者との婚約をやめてくれない。
なんで私を選んでくれないの?悔しくて仕方なかった。だってそうでしょう!?私の方が綺麗で可愛いのに!“全然タイプじゃない”男の子まで私は声をかけてあげたんだよ?! イラついた。すっごくイラついたの。
「君、大丈夫かい?」
一人で木陰で泣いていると声を掛けられた。顔を上げると、金髪に緑の目をした美少年が心配そうに私を見てた。すごくカッコいい!それに「彼」と同じ「色」をしてる!「彼」みたいに緑色の綺麗な目。その目は今、私をちゃんとみてくれている、と思った。
もっと知りたいって思ったの!だから「大丈夫」って、つい口走っちゃった。
「そう?なら良いのだけど」
あ!行っちゃう!!
ダメダメ!!ここで彼を逃したら一生後悔する!!
「あ、あの!!」
私の呼びかけで始まった関係。
その出会いはとても大きなものだった。
私の一生を左右するもの。
それだけじゃない。国を揺り動かす出会いだった。
ただ、私はそのことに全く気付くことはなかった。
「彼」に似た男子は“本物の王子様”だったの!
信じられない!!
“王子様”!本物!
『堅苦しいのは嫌いなんだ。レーモンと呼んでくれ。僕もソニアと呼ぶから』
きゃ~~~!!
やっぱり“本物の王子様”は違う!
だって他の男子なら「名前も可愛いね、ソニア」って勝手に呼び捨てだったもの!そこからして違う!
それだけじゃない。
レーモンは他の男子と違って私のすることを肯定してくれた。
みんなと仲良くするのは間違ってないって!
意地悪は良くないって!
やっぱりね!
私は間違ってなかった!
間違ってたのは彼女達の方!
だから私は間違ってなかったと証明するために今まで通りに振る舞ったわ。
勿論、レーモンが傍にいる時はレーモンを第一に優先する。当然でしょ?だって他の男子は私を一番に優先しない時があるんだもの。レーモンが隣にいると誰も何も言わない。意地悪だってされないし、酷い事だって言われなくなる。レーモンが傍にいるだけでとっても心強~~い!! 私は正しいんだ。って、そう思ったわ。
なのに、なんで?
なんでレーモンまで婚約者がいるの?なんでその事をレーモンじゃなくて別の人から聞かされないといけないの?
そんなのおかしい!
だってレーモンの傍にいるのは私だよ?
婚約者の存在なんて全くなかった!ずっと前から婚約してた?知らないよ!そんなこと!!誰よそれ!!?
「あ、あれが……レーモンの婚約者……」
「あ~~そうだな。もういいだろ。一目見るだけだっていうからコッソリ連れてきたんだ。そろそろ出ないと不味い」
後ろでグチャグチャと訳の分からない事を言う男友達。
もう!少し静かにしてよ!逆に見つかっちゃうでしょ!!気づかれたら元も子もないじゃないの!!
「おい!ほんとにヤバいんだって……早くしろよ」
そんな事を言う男友達は最終的に私の腕を掴んでムリヤリ会場の外に連れ出した。
信じられない。最低よ!!
「いいか、今日の事は何も言うなよ。勿論、公爵令嬢を見に来たなんて絶対に言うな」
「解ってる」
「ならいいが。はぁ~~~。約束だったから連れて来たが、本当なら謹慎ものなんだからな」
「解ってるって!」
そうして馬車に乗せられて帰宅した。
ずるい……。
ずるい、ずるい、ずるい!!
無性に腹が立つ!
たまたま公爵家に生まれただけでレーモンの婚約者になった女、アリエノール・ラヌルフ公爵令嬢。
確かに綺麗だった。
見た感じからして上品で……だけど……だけど……。レーモンだって言ってた。婚約者は歳の割にしっかりし過ぎているって。それってつまり落ち着き過ぎてるって事でしょ?一緒に居てつまらないって事でしょ?好きなわけじゃないって事でしょ?
だったら私でもいいじゃない!
私の方が歳だって近いし、顔だって私ならレーモンの横に並んでもお似合いじゃない。
それに、あの公爵令嬢ってレーモンを好きなようにみえない。だって好きならレーモンを放っておかないでしょう?婚約者だからって安心してレーモンを放っておいてるに違いないわよ。絶対、そうよ!間違いないわ!!
レーモンだって言ってた。彼女とは親が決めた婚約者だって。それってレーモンの為にならない!だって好き合ってない相手となんて……。公爵令嬢はちっともレーモンの事を思ってない! だったら大丈夫よ!私にだって可能性はあるわ!! 私ならレーモンのこと好きだし、大事にする!
公爵令嬢がいなくなってくれるのが一番良いんだけど、そんな上手くはいかない。あれこれ動いていると、レーモンと公爵令嬢の婚約が白紙になった!
そしてレーモンがプロポーズしてくれたの!
私が選ばれたんだわ!!