「あの時エリク様がお気に召された多肉植物が私も気に入ってしまい、調べてしまいましたわ」
「あ、ああ……あの植物園だね。もう一度行けるように母上に相談してみるよ」
「ええ、よろしくお願いします」
私はこの世界で実際に生きた一年の間でも、さらに架空の18年の記憶の中でも植物園なんて一度も行ったことがない。
適当に嘘をついた? それともやはりエリク様も記憶の改ざんに関わっている?
私はフレーバーティーを一口飲むと、エリク様の額に汗がにじんでいるのがわかった。
よく思い出せば、婚約者なのにこの一年でエリク様とデートをしたのは5回ほど。
それにおかしい点はいくつもある。
公務と言いながら出て行く時間が極端に遅い時間だったり、朝王宮に戻ったりしているのを何度も見かけた。
服装は貴族らしい綺麗な身なりの時もあれば、ある日は庶民のような格好をしたのを目にしたこともある。
典型的な浮気の気配が漂っており、私はそこから切り崩せないかと思案して次の質問をする。
「エリク様、今日は甘いストロベリーの香りがいたしますわね」
「フレーバーティーだからかな?」
「いいえ、エリク様のお召し物からですわ」
「──っ!」
私は冷たい目でエリク様をじっと見つめると目をきょろきょろと泳がせた後、テーブルに額をつける勢いで謝り始めた。
「すまないっ! 彼女とはまだ二度しか会ってない! 遊びのつもりだ。許してくれっ!」
急に謝り、勝手に浮気を白状し出したところでこの人の器と頭のレベルが知れている。
「君が一番なんだ。聖女の清らかさを持った君こそが私に相応しく、そして美しい」
その言葉からは「聖女」という私しか見ていないことが開け透けて見えており、私は呆れてものも言えなかった。
結局この人も私自身を愛そうとはしていなくて、母親の王妃の言いなりで「聖女」の私を利用しているのね。
エリク様が最近男爵家の美しい令嬢に身を焦がしているのをじいじが調べてユリウス様伝いに聞いていたけれど、やはり本当だったのね。
ストロベリーの香りが好きと情報を仕入れてカマをかけてみたけど、まあ浮気していたんでしょうね。
記憶を思い出した以上心から彼を愛してはいないけれど、それでも裏切られたという気持ちはあって胸が痛む。
「エリク様。顔をあげてくださいませ」
その声にエリク様はゆっくりと顔を上げて私を見る。
「婚約した数日後、私の両親のお墓に行ったことを覚えていますか?」
「ああ、君の両親に君を幸せにすると誓わせてもらった」
「そうですね、あのとき両親の好きだったひまわりをお墓に備えてくださってありがとうございました。両親が好きなことを覚えてくださっていて嬉しかったですわ」
「ああ、忘れるわけない。君の大切な家族のことだからな」
「ええ、そうですわね。ありがとうございます」
お茶会は幕を閉じ、私は自室でメモ用紙にさらさらと文字を記すとそのまま書庫室へと向かった。
私はあらかじめ決められていたある本の27ページ目にその紙を挟むと、書庫室長へ合図をして去る。
『第一王子エリク・ル・スタリーは記憶改ざんの共犯者です』
私はリアにディナーはいらないと告げると、そっと月明かりが入り込む窓に座って頬杖をついた──
【ちょっと一言コーナー】
オレンジフレーバーティーですが、
このオレンジは王宮の庭で採れた新鮮なものです!
なのでとても美味しいと貴族たちの間で評判です。
エリクの気持ちを知ったユリエは悲しんだ。
そして書庫室でいよいよ大詰めの会議をする。
ところがその帰り道に……?!
次回、『第6話 書庫室での作戦会議』
エリク様が王妃様の共犯者であるとわかった次の日、私はじいじの伝言によって集合をかけられて書庫室へと向かっていった。
リアの反応的にそろそろ病弱設定も無理がきたわね。
そう、毎回風邪で休むやら今日は気分が優れないやらいろいろ言ってきたのだが、あまりの頻度にリアもちょっと疑いの目を向けてきた。
おそらく医師の診察を断ったからだろうけど……。
そろそろ決着をつける時が近いってことね。
そう心の中で思いながら、私は書庫室へと歩みを進めた。
「こうして会うのは久しぶりですね」
「ええ、いつも手紙のやり取りでしたから。いつもユリウス様は字がお綺麗だなと思いながら見ております」
「そうでしょうか? 初めて言われました」
「嘘?! とても綺麗で美しい品のある字だと思います」
「あ、ありがとうございます」
「字に関しては左利きなもので癖がある字だと思っていたのですが……」
「そうだったのですね! でも右利きでも左利きでもユリウス様の書く姿は気品あふれるんだろうな~と思っておりました」
「……そ、そこまで褒めていただけると、その、もうおやめくださいっ!」
ユリウス様は恥ずかしそうに頭を搔きながら少し目を逸らして顔を赤くする。
字でもその真面目さを感じられたけど、なんだかこうした反応を見ると可愛いというか、好感が持てるな。
「こほん。ユリウス様、聖女様、そろそろよろしいでしょうか?」
「え、ええ。ごめんなさい書庫室長」
「いえ。先日の調査によりやはりエリク様も王妃様と共犯で記憶の改ざんに関わっていると」
「はい、改ざんの儀式などそのものに関わっていなくとも、やはり不自然に記憶を覚えていないことが多いです。それに私の事を「聖女」としてしか見ておらず、私自身を愛する気持ちもないこともわかりました」
そう言っていてなんだか自分自身で悲しくなる。
愛してほしいなんて思っていないけど、私が捧げた一年は一体なんだったのだろうかとは思ってしまうほどにはなっていた。
「それと、そろそろリアが何か不審がっている様子が見られるのでこれ以上風邪での休みや不用意な移動は避ける方がよいかもしれません」
「そうですね。こちらとしてはかなり証拠が集まってきたので、あなたはいつも通りの生活に戻ってください」
「わかりました」
「緊急度の高い事案発生や何か新しい情報を仕入れた際のみお手紙をください」
「かしこまりました」
こうして限られた時間の中で王妃をどのように王宮から追放するか、エリク様へどのような罪を与えるかの会議がおこなわれた。
◇◆◇
書庫室にて作戦会議が開かれた数日後のある日、王妃様が廊下の向こうから来るのが見えたため、私はいつものようにカーテシーで挨拶をして王妃様が通り過ぎるのを待った。
王妃様がすれ違う瞬間にそっと扇で口元を隠しながら私に対してそっと呟いた。
「あなた、わたくしが“行ってはいけない”と言ったところに行ったそうじゃない?」
(──っ!)
すぐに書庫室のことだと思い否定しようとしたが、違和感に気づき私は落ち着きを持ったいつものおしとやかな令嬢口調で返答した。
「申し訳ございません。王妃様はわたくしに行ってはならないと仰った場所などないと思うのですが、ご気分を害されることをわたくしはしてしまったのでしょうか」
「…………ええ、そうね。行ったらいけないなんて言ったことないわよね。ごめんなさい、勘違いだったわ」
「いえ、寒くなってきたので王妃様もお体にはお気をつけくださいませ」
「ええ、ありがとう」
そう言いながら王妃様は私のもとを去っていった。
王妃様が去ったあとで唾を一つごくりと飲んだ。
私の心臓はドクドクと脈打つように鳴っており、心の中では恐怖心で溢れていた。
(そうだ。『行ってはならない』とは言われていない。おそらく私に行くなと暗示をかけさせた。記憶を取り戻したかを探って来たということはやはり王妃様は黒)
私の額に一筋の汗が流れたのを拭うと、その足で自室へと向かった。
【ちょっと一言コーナー】
ユリウスの字は今の日本でいうと、かくっとしっかり止めはねができた気真面目そうな字です。
英語だとさらさらという感じでしょうが・・・
左利き設定ようやく出せましたっ!
【次回予告】
王妃からの疑いの目を潜り抜け、いよいよ王宮追放の時が迫っていた。
無事に成功するのか……?
そんな時、ユリエは裏庭に、ある木を見つけてそこで……。
次回、『第7話 折れそうな心』
王妃様との心理戦を繰り広げて疲弊した私はベッドに身を投げ出して額に手の甲をつけてふうと息を吐く。
まだ心臓がドクドクと鳴っていて、今更手が震えてきた。
「もう、なんでこんなことで怖がってんのよ」
それに最近なんだか気落ちしていて、故郷の現代が、そして母が恋しくなっていた。
仮にも一年婚約者だったエリク様に何も思われてなかった、愛してもらえてなかったってことにもなんとなく虚しさを感じる。
そんなことから虚無感というか、愛情の不足を感じられて辛い。
私はこれからどう生きればいいんだろう、なんて漠然とした不安に襲われる。
ふと眠れずベッドから起き上がり、窓の外を眺めるとあることに気づく。
「あ、あの木。なんか家の近くの公園の木に似てる」
そう思った私は夜着を羽織ってそっとドアを開けると、見つけた木のある裏庭にほうへと向かった。
「さむっ!」
外はかなり寒くなってきており、風がほっぺにあたって痛い。
そんな心の叫びを聞いていたのか後ろから声をかけられた。
「リーディア?」