その輝きは月光の如し――。
誰もが目を奪わてしまう程に美しく神々しい光を放つは……古よりこの世界に伝わる幻の龍、ラー・ドゥアン・ファンフィーネ・ルア・ラグナレク――。
またの名を『満月龍《ラムーンドラゴン》』
満月龍の訪れは終焉を生む。
古からの言い伝え通り……俺の目の前には忘れもしない、1つの終焉が舞い降りてきた――。
「満月龍ゥゥゥゥゥッ!!」
『ヴオ″ォォォォォォッ!!』
俺の雄叫びに呼応するかの如く、6年という歳月を経て俺は再び満月龍と対峙した。
「魔力100%一致。私達が追い求めていた満月龍で間違いありません」
「こ、これが満月龍ッ⁉」
「やはり想像以上だな……」
「噓……」
思う事それぞれに、俺達全員の目には確かに満月龍の姿が映っていた。
「――危ないッ!」
「「……⁉」」
本能と本能と戦いに、丁寧な始まりの合図など存在しない。
互いが出くわした瞬間から命の奪い合いは始まっているのだ――。
『ギヴァァァ!』
何十メートルという満月龍の尻尾が凄まじい速さでリフェル、アクル、エマ、ルルカの4人を襲った。
――ズガァァン!……バリンッ……!
咄嗟にリフェルは魔法壁で満月龍の攻撃を防いだ。
だが、出会った頃にアクルが話していた事が現実となった。
辛うじて満月龍の一撃は防いだものの、リフェルの力の根源は満月龍の魔力。リフェルの魔法は満月龍に対して相殺されてしまったのだ。
「やはり私の魔法が」
「危っぶねッ、 助かったぜリフェル姉さん!」
「 そんな……こんなの勝てる訳ない……」
「また来るぞッ! 全員距離を取るんだ!」
初めて満月龍と遭遇した4人は、やはりどこか現実離れした感覚だろう。その思いは俺にもよく分かる。
そしてよく分かっているからこそ、俺は誰よりも覚悟を持ち、“この瞬間”を1日たりとも忘れずにイメージしていたんだ。
それが“今の差”に繋がっただけ――。
「会いたかったぜ……クソドラゴンッ……!」
奴の最初の一撃に反応していた俺は尻尾を掻い潜り、そのまま無防備となっていた背後を斬りつけた。
――シュバァァンッ!
『ギイィィ……ッ!』
「まぁまぁだな」
傷は浅いが確かに攻撃が通じた。ほんの僅かではあるが切り口から一筋の血が流れている。
流石満月龍。
この超巨体でこの速さは驚かされるぜ。でも、何も知らなかった前とは違う。お前も俺の攻撃に反応して躱した様だが今は6年前には無かった自信と手応えを感じてるぜ。
再度攻撃を仕掛けようとしていた満月龍であったが、今の俺の一撃で態勢を立て直した。
「よく動けたなジンの旦那……」
「アイツの覚悟は計り知れん。オラ達が満月龍を甘く見過ぎていたんだ。本気でいかないと次の瞬間には死ぬぞ」
「ヒャハハ、確かにそうみたいね。真面目にいこうか」
アクルとルルカは現状を飲み込み一瞬で魔力を練り上げた。
アクルは勿論、普段へらへらしているルルカも、タヌキから人間の姿へとシフトチェンジ。この上なく真剣な表情へと変わっていた。
こんな顔1度も見た事がねぇ。
「大丈夫ですか?エマ」
「え、ええ……」
瞬時に魔法を出せたリフェルは大丈夫。問題はエマか……。
エマは体が小刻みに震えていた。
世界一の暗殺一家だろうが最高傑作だろうが、エマは紛れもない1人の少女だ。感情を無にし、幾度となく暗殺を
行ってきたとは言え、満月龍から発せられる“絶望感”は全てを凌駕する。
しかし正直……エマが動けなくなるとはな……。
「リフェルッ! エマ連れて離れてろ!」
「こっちですエマ」
「大丈夫よ……私だって……」
『ヴバァァァッ!』
チッ。生憎俺も余裕はねぇ。コイツだけに集中しねぇと一瞬で殺られちまう。
攻撃しまくって奴の注意を俺だけに向かせるんだ――。
「来い満月龍ッ!」
俺は更に魂力を練り上げ身体強化を施し、奴目掛けて剣を振るいまくった。
――ガキィン! ガキィン! ズバァン! ザシュンッ!
『ギガァァッッッ!』
「オラオラオラぁッ!」
コイツの攻撃ははとてつもなく重い。一撃防いだだけで全身が震える程の衝撃が襲ってくる。しかもこのデカさで動きが速いとなりゃ、こっちはそれ以上に間髪入れず攻撃を繰り出すしかねぇ。
機動力と手数でまずはダメージを与え続けてやる。
「オラ達もやるぞ」
「ああ」
一瞬たりとも気も抜けない攻防戦。
6年前のあの日と違うのは、己自身の覚悟とシンプルな実力。
加えて……。
奇妙な巡り会いで何故か旅を共にしてきた……摩訶不思議な“仲間達”がいる事――。
「……“獄炎の隕石”!」
「“風鉤爪《エアルド》”!」
アクルの魔法によって繰り出された巨大な隕石。メラメラと豪炎を纏い、そのまま空から一直線に満月龍目掛けて落下。
それと同時、風で体を浮かせたルルカは突風の如き速さで満月龍の頭部まで詰め寄ると、繰り出した風の鉤爪が奴の顔面を捉えた。
――ゴオォォン! シュバババン!
『ヴオォォォォ……ッ!』
「俺達の攻撃じゃ致命傷は与えられないけど、アクルちゃんの隕石の“重さ”や鱗に覆われていない“目や体内”なら、ちょっとはダメージ通るでしょ」
「油断するなルルカ! 攻撃したら必ず距離を取れ。一瞬で食われるぞ。それとその呼び方はやはり納得いかん!」
計算通りか……。
やはり奴に致命傷を与えられるのは、このベニフリートを持つ俺のみ。アクルとルルカにはダメ元で策を練ってもらっていたが、どうやら上手くダメージになってるみてぇだ。こりゃかなり心強い。
下らん言い争いを除いてはな……。
「今更何言ってるんよ。もう半年も呼んでるのにまだ恥ずかしッ……『――ギヴォォ!』
「避けろルルカ!」
――ボオォォォォッ!
満月龍は自身に直撃した隕石を振り払い、目の前にいたルルカ目掛け黒煙の咆哮を放った。
「危ない危ない……! 今のはヤバかった……ヒャハハ」
「笑い事じゃない! 集中しろ馬鹿タヌキ!」
「今はタヌキじゃないでしょうよアクルちゃん」
奴が咆哮を放った刹那、俺は再び一太刀攻撃を入れ2人の元へ寄った。
「アクル、ルルカ、助かったぜ。どうにか攻撃が通じるみてぇだな」
「ああ。援護ぐらいしか出来ないが任せろ。お前は奴の首を切り落とす事だけに集中すればいい」
「そうそう。ジンの旦那が倒さなきゃ全滅だからね。頑張ってもらわなきゃ困るんよ」
「相変わらずだなお前は……。それより“どうだ”?」
当初の見込み通り、リフェルの魔法は満月龍相手には使えない。さっきみたいに魔力が相殺されちまう様だ。だがこんな事は想定内。俺達は他に手を考えていた。
「“問題なし”! これなら永遠にこの姿でいられるね」
そう。
リフェルの魔法は“満月龍には”通じない。しかし逆を言えば、“満月龍以外”ならば今までと変わらず魔法が使える。
ルルカの呪いはまだ消えていない。
コイツが人間の姿をキープ出来るのは魔力を全て消耗してしまう10分が限界であったが、付与魔法で余り余るリフェルの魔力を与えればずっと人間の姿でいられるんじゃないかと、俺達は前から試していたのだ。
取り敢えず結果は成功。
対象が満月龍でなければ大丈夫なのは分かった。後は……。
「リフェル! アクルとルルカに付与魔法全部掛けろ」
直接攻撃出来ないなら出来ないでやり方を変えるだけだ。
リフェルは2人に付与魔法を掛ける。
最後の問題はこの付与の効果がどこまで持つか……。
対象が満月龍じゃないとは言え根本は奴の魔力。実際に付与状態でもその効果が相殺される事なく奴を攻撃出来るのか……。これも実際に試してみる他ねぇ。
「身体強化、魔力値上昇、魔法威力上昇、耐魔法防御値上昇、全状態異常効果無効。アクル、ルルカ共に通常の戦力値より大幅上昇。満月龍と1対1で戦闘した場合、2人の勝率は1.374%にまで引きあがりました。
ついでに即死レベルの致命傷を受けてもガードしてくれる魔法陣シールドが10枚守ってくれています。全て破壊されてもまた私がシールドを追加してあげますので、心置きなく戦いに集中して下さい」
「寧ろ死ぬイメージが強まったのは俺だけ……?」
「初めから分かり切っていた事だ。切り替えろ。サシで戦わなくていいのが唯一の救いだ」
「間違いないね」
羨ましい限りだ。
本当なら俺にも付与魔法掛けてもらいてぇ。即死レベルもガードしてくれるシールドって何だよ。反則だろソレ。欲しいぞ俺も。
「羨ましそうな目で見ている暇はありませんよジンフリー。アナタには“掛けられない”のだから、早く極限まで魂力を高めて満月龍を倒しなさい! もたもたしていると死にますよ」
「はいはい、分かってますよ。……エマ大丈夫か?」
「平気よ……。大した事ないわ」
見るからに余裕がない。無理もねぇがな。こんなの目の前にして正気を保つ方が難しい。この上ない絶望感を感じたいるだろうが、それでもエマの凄い所は、完全に気持ちが折れていない事。
常人では考えられない環境で育ったこの子は、まさに終焉が眼前に迫っている中でも尚、気持ちを立て直そうとしている。
『ギギャァァッ!』
「――来るぞ!」
それでも満月龍は待ってくれない。
これは互いの命を奪うか奪われるかの生存の戦いだ――。
「俺はまた顔面狙いでいくから宜しく!」
「ジンフリーの“竜化”まで攻撃の手を休めるな。リフェル、オラとルルカの魔力が切れない様に援護頼む」
「了解!」
態勢を整えた満月龍が再び怒涛の攻撃を仕掛けてくる。
俺達3人は一進一退の攻防を続けた。
――ズドォン! ガキィン! ブワンッ! シュバババ! ボオォォォ!
誰も言葉を発する事なく、ただひたすら激闘だけが続く。
――シュバン! ズガガッ! ザシュン! ボゴォン! ガキィン!
鳴り響く激しい轟音と地響き。
もしここが王国のど真ん中であったら、一体何人の犠牲者が出ているのだろうか。
――ボゴォン! ガキィン! ドドドッ! シュバババ! ボオォォォ!
「うらぁッ!!」
『ヴォォォ!!』
もうどれだけの時間が経った……?
「ハァ……ハァ……ハァ……」
何十分? いや、何時間だ……?
「大丈夫かジンフリー」
「ああ……ハァ……ハァ……余裕だよ」
あれから魂力は練り上げてとっくに“準備”は整った。
だが如何せん、中々隙が作れねぇ。
流石満月と言うべきか……攻撃を食らわせれば食らわす程、弱るどころか動きが洗練され攻撃しづらくなってきている。心なしか攻撃の威力もキレも上がってんじゃねぇか……?
「ぶっちゃけ……あの満月龍と……ハァ……ここまで渡り合えている事が奇跡だ……」
「だろうな。リフェルの魔法効果がデカい」
「ああ。竜化も問題はねぇ……後は……一瞬でいい。僅か一瞬でいいから……奴の首を斬る隙さえあれば……」
満月龍の強さが増しているのは事実。俺が体力消耗しているのを差し引いてもな。このままじゃジリ貧……。
何とか隙をついて、次の一撃で全てを終わらせるしかねぇ――。
「後もう少しなんだけどな……。お前の体力が尽きる前に、どうにかしてオラとルルカが隙を作ってやる。それを見逃すなよ」
「頼むぜ……」
情けないがそろそろ体力が限界。
3人で必死に攻撃を仕掛けているが、後1歩……後もう1歩で何とか隙を作れそうなのによ……。
「――私に付与魔法掛けて」
俺の後ろからそう声が聞こえた。
確認しなくても分かる。今言ったのはエマだ。
「何言ってるんだ。お前まさかそんな状態で……!」
振り返ってエマを見ると、そこにはさっきまでの怯えは一切感じられなかった。
それどころか、何とも冷たい冷酷な視線と禍々しい空気を纏っている。
まるで初めて出会った頃の……他の何者でない、世界最凶の暗殺者と呼ばれるピノキラーの姿がそこにはあった。
「アナタ達と長く過ごしたせいで、いつの間にか甘ったれていたわ」
「エマ……」
「これは私の任務。命令通り、満月龍を殺す――」
これが彼女なりの戦い方なのだろう。
自分を押し殺し、無になった事で恐怖を打ち消したのだ。
「でも私1人じゃ殺せない。だからオヤジが首を落とす隙を生み出してあげる」
今のエマは確かに出会った頃と同じ雰囲気を醸し出しているが、何故だろう……エマの言う通り、それなりの時間を共にしたせいか、まるで生気を感じなかったあの頃からは想像も出来ない程優しさも伝わってくる。
「ハハハ」
「何笑ってるのよ」
「いや、何でもねぇ」
「気持ち悪」
何故だか俺は無意識の内に口元が緩んでいた。
ミラーナやジェイルが生きていたらどんな会話をしていたのだろうか。
「リフェル、早く付与魔法を。一瞬で殺すわよ満月龍」
リフェルが付与魔法を掛けると、エマも一気に魔力を練り上げ戦闘態勢に入った。
「――ちょいちょいちょい! 早く参戦してくれないと死ぬよ俺だけ!」
「情けない。さっさと殺しに行くわよ」
「お、いつの間にかエマお嬢ちゃんもやる気じゃん」
「次で仕留める。分かったらもう1回集中し直せ。オラも渾身の魔法を打ち込む」
「ルルカはまたシールド10枚消えてますね。本当に死にますよ」
「え⁉ しっかりフォローしてよリフェル姉さん」
全く……頼もしい奴らだなホント。
「何故だろうな……全然根拠もねぇのに、何故か次で“イケそう”な気がしているのは俺だけか?」
この感覚が勘違いなのか、はたまた正しい野生の勘なのか。それは直ぐに答えが出るだろう。
「どちらにせよ、何十年ぶりかに気分が上がってるぜ」
長い様な短かい様な……。
たかが1年程度だが、いざ離れてみるとリューテンブルグも幾らか恋しいな。
フリーデン様やエドにも語り尽くせないぐらい土産話があるし、Dr.カガクやトーマス少年にもリフェルの成長を見せてやりてぇ。Dr.カガクには文句も幾つかあるけどな。
それに何より、俺には“行かなくてはならない場所”がある――。
――グオォォォン!
俺は極限まで練り上げた魂力を一気に“ベニフリートへ”注いだ。
注がれたベニフリートは魂力に呼応するかの如く力が徐々に共鳴していく。そしてベニフリートを持つ俺の手から腕、体へと次第に“竜化”していった。
「へぇ~、コレがジンの旦那が言ってた奥の手か」
「満月龍を倒す唯一の手段だ。かつてジンフリーの先祖であるバン・ショウ・ドミナトルが紅鏡龍を倒したとされる秘技。魔力が全生命の基礎となる中、混じり気のない純度100%の魂力のみに反応するらしい。……とは言っても、並大抵の魂力量では成し得ない技だがな」
そう。
コレが俺の最後の切り札。
魂力とベニフリートの更になる高みの領域だ。
「そろそろケリを着けようか……満月龍――」
『ギィィィヴオ″ォォォォ!!』
泣いても笑ってもこれで最後。
「行くぞお前らッ!!」
俺達は一斉に満月龍目掛け飛び掛かった。
「魔風の処刑台!」
「青炎流れ星!」
ルルカがかまいたちの如き強力な風の刃で奴の頭部を集中攻撃、空いた胴体を狙ったアクルは灼熱の炎を纏った複数の隕石を撃ち込む。
『ヴォォォッ!』
付与魔法と無尽の魔力によって常人離れした火力を生み出してアクルとルルカの攻撃だが、相手は満月龍……これ程の攻撃にも怯むことなく反撃してくる。
「食らえぇッ!」
「頑丈過ぎなんよッ!」
それでも手を休める事なく、2人は更に攻撃を繰り出し続けた。
ここだ――。
さっきまではここからあと1歩奴に届かなかったが……“今”は違う。
「……無重力殺《グラキル》」
――シュ…………スパンッ!
『ギィィィッ……!』
完全に気配を消していたエマが満月龍に攻撃を食らわした。
恐らく奴も今の攻撃を受けた瞬間までエマに気付いていなかったのだろう。
その証拠に、ずっと待っていた“この瞬間”が訪れた――。
「「……行けぇぇぇッ!!」」
『――!』
時間にしたら1秒にも満たない。
届きそうで届かなかった僅かな隙。
エマが……リフェル、アクル、ルルカが。
皆が必死こいて生み出してくれたこの一瞬を……。
「――終わりだ、満月龍……」
――ズバァンッッ!!!
『ギヴォ……ッ……⁉』
俺が振り下ろしたベニフリートは、満月龍の首を一刀両断した――。
~特別区域・世界樹エデン~
「ハァ……ハァ……」
「終わったんだよね……?」
「ああ……そうみたいだな」
「……」
つい数秒前までの激戦が嘘かの如く、辺りは静寂に包まれていた。
俺達の目の前には、地に倒れる巨大な満月龍。
斬った首と胴体は2つに分かれ、切り口からは血が溢れ出ている。
「満月龍討伐成功。これで任務は完了しました」
良くも悪くも場の空気を気にしないリフェルの言葉によって、まるで実感が湧いていない俺達を一気に現実へと引き戻したのだった。
「よっしゃぁぁ! 遂にやったんよ!」
「嘘みたいだな」
「これでやっとアナタ達とも離れられるわ」
皆が喜びを露にした。
終わった。
本当に終わったんだよなこれで……。
あの満月龍を……俺達は本当に倒したんだ――。
その瞬間、一気に倦怠感が体を襲ってきた。
あ~、しんどい。
俺はそのまま倒れ込む様に仰向けになった。
どっと疲れが押し寄せてきたな……やはりもう若くねぇ。
張り詰めていた緊張の糸が切れ、アクルもエマも項垂れる様に座り込み、ルルカは転んだ瞬間タヌキに戻った。
「……ん?」
何だこれ?
寝転んでいると、顔の辺りに小さな1つの光がフワフワと漂ってきた。
これは確か……エデンの樹の周りにあった、還ってきた魂……?
漂ってきた魂を何気なく目で追っていると、その魂はゆっくりリフェルの方へと向かって行った。
それと同時、気が付くとアクル、エマ、ルルカの頭の上にもそれぞれ魂が。
そして、フワフワと浮いていた魂がゆっくりと皆の体へ入っていったと思った刹那、皆の意識が無くなったのか突如頭が項垂れ動かなくなった。
「お、おいッ……どうしたお前ら……大丈夫か?」
4人共俯いたまま反応が無い。
どういう事だ……一体何がッ……「――“あなた”」
「……!」
俺は耳を疑った。
聞き間違いか……?
俯いて動かなくなったかと思いきや、リフェルが突然頭を上げそう口にした。
真っ直ぐ俺の目を見て――。
「――“パパ”!」
「――お~い、“こっち”だよ!」
「……⁉」
何だ……何が起きてる……?
リフェルに続き、今度はエマとアクルがそう口にした。2人も俺の方を見て……。
全く理由は分からない。
何が起きているのかも。
だが、気が付くと俺は涙を流していた――。
「“マリア”……“ミラーナ”、“ジェイル”……」
そう。
見た目は確かにリフェル達のまま。
しかし、“そこ”に存在しているのは間違いなく……“俺の家族”だ――。
「マリア! ミラーナ! ジェイル!」
体の疲れなど一切忘れ、俺は皆の元へ駆け寄り抱きしめていた。
「パパ!」
「あなた」
「ゔゔッ……お前達……!」
「パパ小さいね」
信じられない。
この際夢でもいい。
だからもう少し覚めないでくれ。
「ゔッ……ゔゔッ……悪かったッ……助けてやれなくて……ッ!」
ずっと言えなかった言葉。
ずっと伝えなきゃいけないと思っていた言葉。
他にも言いたいことは沢山ある筈なのに、自分の口から出た初めの言葉がこれだった。
「パパなのに泣いてる!」
「別にパパせいじゃないよ。ね、ママ!」
「フフフ、そうね。私もミラーナもジェイルも、誰もあなたのせいだなんて思っていないわよ」
「ゔゔゔッ……!」
ダメだ……涙が止まらねぇ。
「ねぇ、パパ泣き過ぎじゃない?」
「見て! 僕こんなに大きくなってる!」
リフェルにはマリア、エマにはミラーナ、そしてアクルにはジェイルの魂が宿っている様だ。
そして……。
「あなた、“パク”も来たわよ」
「ワンッ!」
「――! パク⁉」
俺達が飼っていたもう1匹の家族。
どうやらパクの魂はルルカの体を借りた模様。
タヌキの姿が今日ほど役割を果たしたことはないだろう。
羽が生えたタヌキでワンと鳴くなんて、一体どんな不思議生物なんだ。
ふとそんな事を思うと、何だか可笑しくて笑えてきた。
「ハハハ。おいパク! 久しぶりだな」
「ワンワンッ!」
「フフフ。凄い嬉しそうねパクも」
「俺もお前達に会えて嬉しいぞ本当に」
「私も!」
「あのドラゴン、パパが倒したの?」
「ああ、まぁな」
「凄ぇぇ! やっぱパパは強かったんだな!」
「当たり前の事言わないでよジェイル!パパは大勢の人と国を守ったヒーローなんだから!」
「そうね。ミラーナとジェイルのパパは凄いのよ」
「マリア……」
王国を守っていた騎士団として……人の命を選ぶことなんて絶対にない。命は皆平等だ。
だが本当に1番守りたかったものを、俺は守れなかった。
それなのに……俺の事を恨んでいるどころか、お前達はそんな風に思ってくれていたんだな……。
「マリア、お前達を守れなくてすまなかった……」
「ダメよ! パパが子供達の前でずっとそんな顔していたら!」
「……!」
「私達やリューテンブルグの不運は全て満月龍が原因。あなたじゃないわ。それどころか、あなたは多くのものを守ったのよ。大丈夫、誰もあなたを恨んでなんかいない。
過ぎた事を何時までもくよくよしているカッコ悪い姿を、これ以上2人に見せないでよね!パクにも!こっちは死んでるって言うのに気が滅入るわよ全く」
「おいおい……何もそこまで……」
「あー!パパ怒られてる!」
「だから当たり前の事言わないでよ。何時もの事でしょ」
「ワンッ!」
「お前達まで……」
「フフフ。これで分かったでしょ? 私達は大丈夫だから安心して。皆あなたの側にいるから」
願わくば、一生このままでいてほしいと思った。
でも多くを望んではいけない。
これは当たり前ではないのだから……。
もしそれが奇跡と呼べるものなら、尚更欲をかいてはいけない。
起こり得る事があり得ないから、人はそれを奇跡と呼ぶのだ。
そしてこれは間違いなく、俺に訪れた小さな奇跡――。
「そろそろ時間ね……」
マリアがそう言うと、皆の体からゆっくりと零れ出す光が、世界樹エデンへと吸い寄せられていく。
「もうお終い? 折角パパよりも大きな体になってたのに!」
「ジェイル……」
「パパ! パパがドラゴン倒したって、友達に自慢しておくからね!」
「ミラーナ……」
「ワンッワンッワンッ!」
「パク……」
やべぇ。また涙が零れそう……。
ダメだ。
堪えろ。
皆があんな笑顔なのに、俺だけ泣くんじゃねぇッ……!
「ジェイル、次遊ぶ時までにはもっと身長伸ばしておけよ!」
「勿論! パパよりもずっとデカくなるよ!」
それは楽しみだ。
「ミラーナ、パパは強いだけじゃなく、見た目もカッコイイって自慢していいからな!」
「それは無理だよパパ! 嘘は付けないの!」
「なッ……⁉」
おいおい、そりゃ確かにそうだけどよ。
「ワンワン!」
「パク、お前もミラーナと同じ事思ってやがるな?」
パクはかなり賢い。
「フフフフッ!」
「笑うなって」
「また泣きそうだったけど頑張って堪えたみたいね。そんな涙もろかった?良かったわ、最後にまた怒らなくて済んだみたい」
「マリア……会えて良かった。ありがとう」
「私もよ。こちらこそありがとう、ジン」
「俺もそのうち逝くからよ、少しだけ待っててくれ。子供達とパクを頼む」
「ええ。皆でのんびり過ごしながら、あなたが帰って来るのを待ってるわね。しっかり鍛えておかないとまたドラゴンに苦戦するわよ」
「縁起でもねぇ事言うなよ……」
皆の体から溢れ出す光が止まった。
最後の一筋が揺らめきながらエデンの樹へ還って行く。
「じゃあなお前ら! そっち行ったらまた遊びまくるからな!」
「うん! 僕はパパより強くなってるからもっと修行してきて!」
「私はパパと話したいから、一杯お話用意しておいてね!」
「ワンワンッ!」
「それじゃあまたね……ジン」
「ああ。マリア、ミラーナ、ジェイル、パク! 皆ありがとう!」
そうして最後の一筋の魂が、世界樹エデンに還った――。
「……ん? あれ……?」
「今何が……?」
「ちょっと。何で皆でくっ付いてるのよ。離れて」
正気に戻ったリフェル達は少し困惑している様だ。
まぁそりゃそうなるよな。
「おい! いくら疲れたからって急に寝るんじゃねぇよ。しかもこんな所で」
「え? いつの間にか寝てたの俺? アクルちゃんも?」
「ん、ああ……いや、そんなつもりはないが……寝たのか?」
「私にもよく分からないエラーが出ていますね」
やはり皆意識は無かったみたいだ。
エデンの樹には魂も還る……か。
きっとこの話は誰かに話したところで信じてもらえそうにねぇな。
「――よし、終わりだ。俺達も帰るぞッ!!」
「あ、ああ。そうだな」
「どうしたんよジンの旦那。急に元気になっちゃって」
「初めてオヤジと意見があった。用は済んだから早く帰るよ」
「そうですね。それじゃあ帰りましょうか」
こうして遂に目的を果たした俺達は、まるで満月龍のその存在の如く……全てが幻であったかの様な何とも不思議な旅に終止符を打ったのだった――。
♢♦♢
~リューテンブルグ王国~
満月龍討伐から1カ月が経った――。
旅もそれなりに大変だったし、満月龍の戦いもこの上なく大変だった。
今でも本当にあんな化け物を倒したのかと一瞬疑う事がある。
だけど、俺個人的には“その後”の方が大変だったぜ……。
大変と言うより、俺達が満月龍倒した事が瞬く間に世界に広まったせいで、国絡みの関係や問題やらが細々と発生したり、旅の道中で潰したリバース・オークションやその他諸々の行動がこれでもかと、まるで示し合わせたかの如くこれまた問題が多発しまくり、精神的に疲れるここ1カ月だった……全く。
まぁとは言っても、道中で起こしてしまった問題なんて俺には知らん。何が問題になったのかも分からねぇ。俺の旅がらみのトラブルは結果全部リューテンブルグ王国に報告されたからな。
つまり、フリーデン様の耳に全て入ったという事だ。ついでにエドにも。
勿論その都度城まで呼び出された俺は、褒められたり怒られたり注意されたり事情聴取されたり滅茶苦茶怒られたりと……目まぐるしい日々を送った。毎回何を言われるのかは行ってからの楽しみだった。
因みに怒るのは毎回エド。
懐深いフリーデン様はたまに溜息を付いたり呆れた表情をしていた時もあったが、必ずいつも優しい言葉を掛けてくれていた。
これが国王とエドの器の違いよ。アイツは神経質過ぎる。
……と、1回本人の前でぽろっと口にしちまった日は更にブツブツ文句を言われたな。
最近になってやっと少し落ち着いてきた様子だ。トータルで見れば、俺達の旅の功績はちょっとだけ世界を良くしたらしい。
終焉と呼ばれる満月龍の脅威を無くした事は勿論、リバース・オークションを潰した事によって他の奴らの抑止力になっていたり、モンスター同士の争いでたまたま助けた妖精(この争いの発端はもしかしたら俺達かもしれないという疑惑がある)から王国の暮らしが豊かになる程の珍しい魔力を貰ったり、些細な事から大喧嘩になって渾身の魔法をぶっ放したリフェルの暴走が、結果飢餓と貧困にとても苦しめらていた1つの王国を救ったのだ。
やはり人生って言うのは何が起こるか分からねぇとつくづく思う。
分からねぇと言えば、あれからアクルとルルカは元気にしてんのか……?
満月龍を討伐して直ぐ、俺達は一旦ここリューテンブルグ王国へと帰った訳だが、アクルは元々大の人間嫌い。初めと比べれば僅かにマシになったが、それでも「お前達の事は良く思っている。だがまだ人間は完全に許せぬ」と言い、家族のいるツインマウンテンへと帰って行った。
そのうち顔でも見に行くつもりだ。
そしてルルカには約束通りヘクセンリーパーを引き渡した。まぁ元々アイツのって言えばアイツのだしな。俺は別に魔術を使ってほしかっただけだから本体はいらねぇのによ。盗賊だから、きっと頭の中が奪うか奪われるかのどっちかなんだろうな。それに加えてルルカは馬鹿だし。
ルルカは自身の呪いを解く為と、死んでいった仲間達の借りを返すとかでヘクセンリーパーを持ってリューテンブルグ王国を去って行った。何処で何をしているのか知らないが、驚いた事に用が済んだらリューテンブルグに戻ってくるとか言っていた。
理由は女が多い事と他に対して行く事がないからだそうだ。
アクルはとルルカと違って、少し特殊だったのはやっぱりエマだったな……。
満月龍を討伐した事によって、エマに対する俺の命令は終わった訳だ。この旅でかなり変わった印象だったが、そう簡単に根本は変わらない。一段落した後、エマはピノゾディ家に帰ると言い出した。当然それが当たり前。だが俺は、エマが一瞬だけ……本当に僅か一瞬だけ、儚げな表情をしたのを見逃さなかった。
旅の中で、俺はエマが何気なく笑った顔を見た時から確信があったんだ。
この子はまだ普通の女の子に戻れると。
エマの事だから勿論自分から口にする筈はない。寧ろ自分がそんな表情をしたなど到底思っていないだろう。だけどお前は確実に変わりつつあったんだよ。だから俺は動いた。エマが反対する事も分かった上で。
これは俺の人生最大の余計なお世話だ。
自分でしっかりとそう理解して尚、お前を放っておく事は出来ねぇ。もう後悔するのは嫌なんだ。だから俺は何と言われ様と止まらなかった。暗く深い、闇と言う名の檻からエマを解き放つべく、奴と話を付けようと考えた。
“ノエ・ピノゾディ”と――。
得体の知れない奴とそもそも会う事が出来るのか疑問だったが、これは意外にも簡単に会うことが出来た。そして会った瞬間、“話し合い”なんか到底出来ないと本能が訴えかけていた。
いや、あれは俺達なりの会話だったのかもしれない。
ノエは何も言わずに俺とエマを見ると、全てを察したのか、奴のなりの言葉……“殺し”という紛れもない殺意を俺に放って攻撃してきた。
言わずもがなこちらも応戦。
まるでそうなる事が分かっていたかの様に、俺とノエは気が付いたら殺し語り合っていた――。
今思えば、何だったのだろうあの戦いは……。
兎も角、ノエを倒した俺は「金輪際エマに近づくな」と、俺とノエの戦闘も見て明らかに戦意喪失していたピノゾディ家の奴らに釘を刺し、二度と関わらせない事を約束させた。
「――何はともあれ、これが俺の最近の出来事だ“皆”。パパ結構大変だろ。そっちはどうだ? 」
俺は家族の墓の前でそう呟いた。
「ずっと来られなくてゴメンな。長い間待たせちまった。これからは話に来るからよ、皆の話も聞かせてくれよ」
ゴクッ……ゴクッ……ゴクッ……ゴクッ……キュポン……!
「ぷはぁ~……。コレが最後の1本。もう酒は止めだ。ろくな事が起きねぇ」
そういや、始まりのきっかけはコレだったな……。
酒なんか飲んでたから間違えて満月龍の血を飲み干しちまったんだ。
今考えても有り得ない出来事。
ん?
でも……そっか。
あの時酒と間違えて誤飲してなければ、俺は何も変わらずあのまま飲んだくれの日々を送っていたよなきっと。
誤飲のお陰である意味立ち直れたし、結果家族にも会えた。そう思うとやっぱ酒飲んでいたのが正解だったのかも。
……って、違ぇよ。
だからそもそもの問題は満月龍だろ。酒じゃねぇ。
1人で下らん自問自答して馬鹿か俺は。
色々あり過ぎて頭が可笑しくなってやがる。
そうだよ。
何の運命の悪戯か、全ての始まりは満月龍だ。
思い出すぜ……あの夜の事を。
平和だったリューテンブルグに突如訪れた終焉――。
王国中に響き渡った物々しいサイレンの音と人々の断末魔の叫び。
崩壊した街並みと流れる血。
異様な雰囲気と緊迫した空気が流れる中……奴は全ての人々の視線を奪う程、美しく神秘的な輝きを放っていた。
綺麗な花には棘がある。
あの日俺達が見た満月龍という花は、余りに美しかったが故に、余りに残酷で鋭い棘を持っていた。
その棘によって俺も死にかけたよな……。
体中が痛くて熱を帯びていたのに、指一本動かす気力も無かった。次第にそんな感覚も無くなっていき、薄れゆく
意識の中で最後にぼんやりと見た光景が……無数の星々が輝く夜空と綺麗な満月。そしてそんな満月と全く同じ輝きを放っていた奴の姿だ。
まるで夜空に月が2つ存在していたかの如く――。
でも、それは俺だけが思っていた事ではない。
満月龍に襲われた翌日から、リューテンブルグでは皆が口を揃えて同じ事言っていた。
多くの人々はあの日……“月を2つ見た”と――。
【完】