「痛ってぇッ……! 何が起こった……⁉」
落下してきたのは若い男。
誰かは知らんが取り敢えず無事みたいだ。
「ガーゴイルの次は人間か。よく分からん島だ」
「おいお前、大丈夫か?」
青年の年齢は20歳前後ぐらい。狐の様な細いつり目に額にはバンダナ。耳や首や手首には、何やら高価そうなアクセサリーがジャラジャラと付けられていた。
青年は落下した時に頭でも打ったのか、痛そうにその部分をさすりながらゆっくりと立ち上がり、徐にきょろきょろと周囲を確認したかと思えば何故か俺達の所で視線が止まった。
「お、“旦那達”も来てたのか!」
旦那達……?
この青年とは勿論初対面……の筈なのだが、何故だ……? 明らかに向こうは俺達を知っている様子。何処かで会ったか?
いや、記憶にねぇぞ。旅の道中でも関わった人達は覚えているが、こんな兄ちゃん知らないな……。でもなんだろう。この雰囲気と話し方をどっかで……。
「まさかもう忘れた? ヒャハハ、いくら旦那でも呆けるには早すぎるでしょ」
この瞬間に俺はピンときた。横にいたリフェル達も気が付いた様だ。
「お前まさか……!」
「分かったみたいだね。そう、俺だよ。“ルルカ”。言ったでしょ? これでも一応人間だって」
そう。この見覚えはないが確実に会った事のある人物はあのルルカだった。
紛れもない、ついさっきまで一緒にいたあのタヌキだ。
「何がどうなってやがるんだ?」
「まぁ困惑するのも無理ないよね。でもこっちが正真正銘、デーヴィ盗賊団ルルカの姿なんよ」
成程。俺が見た人影はコイツだな。だとすればリフェルが言っていた事も辻褄が合う。ガーゴイル倒したのもルルカか。一見軽い感じに見えるが、さっきの殺意といいそこそこ実力あるみてぇだな。
「それよりさ、コレやったの旦那達?」
ルルカは真っ二つに割れた城を見ながら言ってきた。
どうやらコイツは城の1番上にいたヘクセンリーパーの元へ向かっている途中、俺が城を割ったせいで落っこちてきたらしい。
別にコイツ狙った訳ではないのだが、少しだけ同情しておこう。
「悪りぃな」
「はい嘘。絶対思ってないでしょ」
「バレたか」
「まぁいいよ、“それどころ”じゃなくなったみたいだし。結果オーライって事で」
そう言いながらルルカは鋭い視線を城の上へと飛ばしていた。
そして直後、俺達も“奴”の放つ禍々しい殺気を感じると同時に、その視界には城よりも高い上空を漂う、異質な人影の姿があった。
「ヘクセンリーパー……」
本物を見た事が無いにも関わらず、俺の口から自然と奴の名前が零れていた――。
「誰だ貴様たちは……?人の家で随分好き勝手やっているじゃあないか。えぇ」
静かに口を開いた魔女、ヘクセンリーパー。
この島の不気味な雰囲気が可愛く思えるぐらい、奴1人が現れただけで空気が異常に重くなった。全身を纏う黒いマントが風に靡かれ、不規則に垣間見える眼光は確実に俺達を敵視している。
コイツ強い……。
「お前がヘクセンリーパーだな。実は折り入って話したい事がッ……⁉ って、おいッ!」
奴と話そうと声を掛けた瞬間、ヘクセンリーパーは手にしていた杖を大きく上に振り上げると、一瞬にして膨大で重々しい魔力が音を鳴らしながら集まった。そして奴は躊躇する事なくそれを俺達目掛けて放ってきた。
「私の城を破壊しておいて何が話だい……得体の知れない貴様ら等ゴミ同然じゃ。さっさと死になッ!」
なッ、やべぇ……!
ヘクセンリーパーの凄まじい魔法攻撃が雷の如く襲ってきた。
……かに思えた次の刹那――。
突如風船が割れたかの様に、俺達目掛けて繰り出された攻撃が、当たる直前でパッと消え去った。
「……!」
「何だ?」
想定外の出来事だったのだろうか、攻撃をしたヘクセンリーパーも突然の事に、少しばかり驚いている様子。
何が起こったのか分からない。
その場にいた全員が同じ事を思っていた。
たった1人の青年を除いて――。
「お前の相手は俺なんよ……ヘクセンリーパー」
流れていた数秒の静寂を破ったのはルルカ。
何をしたのかは分からないが、今起きた事がルルカによるものだという事は全員が理解出来た。
「貴様は……。誰かと思えば、何時ぞやのコソ泥ではないか。私の呪いを受けてまさか生きておったとはねぇ。これはこれは滑稽な話じゃあないかい! ケッケッケッケッ!」
「相変わらず不愉快な婆だな」
「性懲りもなく“また”殺されに来たのかい?」
「黙れよ。次殺されるのはお前だ」
「若者の威勢ほど死に近いものはない。今の攻撃は運良く防いだ様だがねぇ、私の前でまぐれは2度起きないよ。ケッケッケッ」
ヘクセンリーパーは嘲笑いながらそう言った。
そして、このヘクセンリーパーに嘲笑いが合図かの様に、強力な魔力練り上げたルルカがヘクセンリーパーに攻撃を仕掛けた。
「速ぇ……!」
腰を落としたルルカは地面を力強く蹴り、疾風の如くヘクセンリーパーの元まで飛び上がって行った。
これは……風属性の魔法か。凄ぇ強さだ。
やはりルルカとヘクセンリーパーには穏やかじゃねぇ因縁があるみたいだな。
ルルカが飛び上がるとほぼ同時に、周囲には強烈な風が巻き起こっていた。
「お前を殺さねぇと……“アイツら”に合わす顔がないんよ……!」
「――!」
一瞬で距離を詰めたルルカは、ヘクセンリーパーの背後を取り既に攻撃態勢へ。
油断していたのか、ヘクセンリーパーは辛うじてルルカに反応はしたものの、余りの速さに体が動かずルルカの攻撃が見事ヘクセンリーパーを捉えた。
――ズドンッ!
攻撃を受けたヘクセンリーパーは強烈な風と共に数メートル先まで飛ばされが、空中で再び体勢を立て直した。
「チッ、浅かったか」
「成程……。その“魔具《まぐ》”で私の力を無効化しているようだねぇ」
「この2年、俺はお前を殺す為だけに生きてきたんよ。既に殺す準備も算段も整ってる。お前はもう詰んでんだよッ!」
「見当違いも甚だしい。たかが魔具を手に入れたぐらいでこの私に勝てると思ったのかい? 何処までも笑わせる若造だねぇ。2度と生意気な口を叩けない様また全員殺してやるわッ!」
ルルカの先制攻撃から数分が経過した。
あれから両者一歩も譲らず激しい攻防を繰り返した後、互いに一定の距離を保った。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「しんどそうじゃあないか。ここまで呪いの時間を延ばしていた事だけは賞賛してやろうかねぇ」
「うるせぇ……。ハァ……ハァ……次の一撃で終わらせてやるよ」
「まるで説得力がない。私も暇じゃないんだ。次で殺してやるから早くアホな仲間達の元へ逝きな!」
「殺す」
これが2人の最後の会話。
ルルカとヘクセンリーパーは今までよりも更に魔力を高め、互いに最大の攻撃を繰り出す態勢へと入った。
両者の魔力の圧によって島全体が地響きを鳴らし揺れている。
勝者がどちらにせよタタでは済まない。
上空で激闘を繰り広げるルルカとヘクセンリーパー。
地上にいた俺達は危険を察知し、少し離れた位置まで下がり衝撃に備える準備をした。
そして――。
「食らえヘクセンリーパァァァッ!!」
「死ねぇぇぇぇッ!!」
魔力を極限まで高めた渾身の一撃が、遂に両者から両者へと放たれた。
2つの強力な魔法攻撃が凄まじい威力でぶつかり合ッ……『――シュバァァァァァァンッ!!』
「「……⁉」」
まさに一瞬の出来事――。
ルルカとヘクセンリーパー、両者の強力な攻撃を遥かに凌ぐ神がかり的な魔法弾が2人の攻撃を飲み込み消滅させてしまった。
どこからともなく突如現れたその魔法弾は、そのまま遥か上空まで放たれていきいとも簡単に雲を割る。
全員が言葉を失った。
まるでこの世に終末が訪れたかの如く。
辺りは耳鳴りが聞こえる程の静寂に包まれ、ぞの場にいた全員の視線が無意識のうちに、魔法弾が飛んできた方向へと向けられていた。
「――全くもって長いでス」
♢♦♢
~特別禁止区域・ヘクセンリーパーの城前~
「――いくら何でも無茶苦茶過ぎるんよ」
「まぁ結果オーライだろ」
幕切れは何とも呆気ない。
ルルカとヘクセンリーパーの攻撃を掻き消したリフェルの一撃が天へと消えたかと思いきや、再び空から舞い戻り、そのままヘクセンリーパーを襲ったのである。
そして今俺達の足元には完全に気を失ったヘクセンリーパーが倒れていた。
「これでも一応待っていたのですヨ。ですが余りに戦闘が長く効率が悪いと判断したので、こうして私が修正しましタ」
これがリフェルの言い分だ。
順を追って説明すると、まずルルカの持つ魔具というのは1つ1つに特殊な効果があるアイテムの事。
俺も勿論その存在は知っているし見た事もあるが、これは魔草と同じで、魔具にも物によってかなり貴重で効果の高い物が存在する。子供が遊び用から人の命を奪うものまでな。
ここは流石盗賊団だと褒めていいのか複雑ではあるが、ルルカ達は珍しい物や入手困難な物を狙う筋金入りの盗賊。今回の魔具は、ヘクセンリーパーを倒す為……今日という日の為だけにルルカが入手した超希少な魔具であった。
その効果は、“魔具を使用した場所から半径50m以内全ての魔術を無効化”――。
つまり、この島に張られていたヘクセンリーパーの結界効果が消され、通常通り魔力を扱える様になったのだ。
そしてその恩恵を受けたのは使用者であるルルカのみならず、ついでに彼から半径50m以内にいた俺達全員も対象になっていたらしい。
魔具の効果を発動させたのはルルカとヘクセンリーパーが対峙した時から。リフェル達は直ぐに気付いたとの事だが……これは残念。魔力の無い俺には分からなかった。
ある意味この魔具は、魔法ではなく魔術を扱う“対魔女”としては絶大な効果を誇る。当然それ目的でルルカは手に入れた訳だろうが、所詮は1つのアイテム。魔具は効果が高ければ高いほど、強ければ強い程、回数や時間に制限がある。
ルルカの使用した魔具の制限回数は1回。そして効力はたったの10分。
これまでの状況を整理した上で、ここからが本題だ――。
ルルカとヘクセンリーパーの目まぐるしい激闘が始まって直後、図らずもその効力を受けたリフェルの言い分では、彼女は極めて効率的で現実主義な為、全くメリットのないルルカ達の戦闘を直ぐに強制終了させようとしたらしい。
だが、これはいい意味で誤算だったのだが、“ルルカのお陰で魔力が通常通り使える様になった”というリフェルなりの“思いやり”が芽生えていた瞬間でもあった。
今しがたリフェル本人の口からそれを聞いた時は本当に驚いたぜ。今まで情の欠片も感じられなかったからな。特に俺に対しては。
まぁ理由はどうであれ、思いがけない形でリフェルに変化が起きた。これは良い事でしかない。
確かに良い事でしかないし、言ってもアンドロイドなのだから徐々にという事は分かっている。Dr.カガクも言っていたし、想定よりも早く人間らしくなっていると俺は常々思っていた。
だがしかしリフェルよ。
後ほんの少しだけ待てなかったか? それが我慢の限界だったのかお前の。
ルルカの魔具のタイムリミットは10分。激しい攻防の連続で正確な時間は分からないが、今思い返せば多分7~8分。感覚だけど、奴が最後の力を振り絞った事を踏まえれば大きなズレがあるとは思えねぇ。
逆を言えば、あの一撃で少なからず勝敗が着いていたと思う。仮にそうじゃなかったとしても、魔具の効力もどの道1~2分ぐらいだろ。
も~~うちょっと待ってやれよ。後ホントにちょっとだけだったぞ。
5分以上待ったならたかが数分大目に見てやれなかったか? リフェルよ。
俺達も確かにヘクセンリーパーから重要な手掛かりを求めてやってきたし、ルルカとは会ったばかりで何も知らねぇけどよ、アイツがかなり気持ち入れ込んでたって事を少しぐらい汲み取ってやっても良かっただろうに。
アクルは勿論、悪いがエマでさえ、ルルカの並々ならぬ事情に横槍入れちゃいけないなと思っていたと思うぞ。殺しの事しか考えていないエマでもな……。
分かるよ。
最初からお前を見てきた俺なら、お前に芽生えてきた“感情”という名の小さな功績を褒め称えたい。いや、本来なら皆で酒でも飲みながら祝ってもいいぐらいの出来事だ。正直俺はそれぐらい、リフェルに感情が生まれた事が嬉しかった。
でも、だからこそ複雑なんだ。多くを求めてはいけない。まずは出来たという偉大な1歩を認めたい。認めているし誇らしく思うが、ど~~~しても後数秒だけでいいから待って欲しかったぜ。
これが俺の正直な本音です。はい。
長々とどうでもいい事を語って悪かったな。
――シュゥゥゥ……ボンッ!
ヘクセンリーパーを倒し、何気ない会話をしていた最中、突如ルルカの体から煙のようなものが溢れ出し、直後ルルカは人間の姿からまた羽の生えたタヌキへと戻ってしまった。
「あ~、戻ったか。それにしても疲れたなぁ」
「お前それどういう仕組みなんだ……?」
「知りたい? 別に楽しい話じゃないけどさ、事も一段落しちゃったし、ちょっと疲れたから話してもいいよ」
「興味ありませン。早くヘクセンリーパーから手掛かりを聞き出しましょウ」
「いいじゃねぇか少しぐらい」
「ならご勝手にどうゾ。私は呑気に気絶しているヘクセンリーパーを叩き起こしまス」
お前が攻撃食らわしたんだろうが。
リフェルはそう言うと、倒れているヘクセンリーパーの胸ぐらを掴み、ブンブン振りながら「起きなイ」と何度も何度も体を揺らし始めた。
そのうち悪名高さがヘクセンリーパーを凌ぐだろうな……。
「相変わらず凄いね、“リフェル姉さん”。めちゃ美女だけど中身とのギャップが」
「お前の軽さもな」
「そこが俺の魅力なんよ。まぁ良くも悪くもこの軽さが事態を招いた結果でもあるんだけどね」
ルルカはふと寂しげな表情を浮かべながら話し出した。
「俺のこの体は奴の魔術の呪いさ。タヌキの状態から72時間が経過すれば人間に戻る事が出来る。
でも、人間の状態では魔力消費が通常の5倍以上掛かるんよ。だから何も魔法を使わなくて、ただ人間の姿になっているだけでどんどん魔力が枯渇していく。そして自身の魔力が尽きた時、俺はまたこのタヌキに戻っちゃうって訳。
まぁ最初は人間の姿5秒も維持出来なかったから大分マシになったけどね。2年もかけてようやく10分維持して戦える様になったんよ」
魔術の呪いはかなり強力と聞いていたが、まさかこれ程とはな……。
それに……。
「お前盗賊“団”って事は、他に仲間がいるんだよな?」
この俺の問いかけに、ずっと流暢に話していたルルカが一瞬口籠った様に見えた。
「ヒャハハ。正確には仲間が“いた”だけどね」
やはりそうか。
コイツとヘクセンリーパーの会話で何となく察してはいたが……。
「これでもさ、俺達結構有名な盗賊団だったんよ。自分で言うのも何だけど……。
だから俺達に盗めない物は無い!って、他の盗賊が盗みに失敗した物や、普通の奴らじゃ盗み出せない物を俺達は狙った。でも、今思えばそれが間違いだったのかもね。
俺達が盗みを成功させる度に、どんどんと名や存在が広まったさ。勿論悪い気はしない。寧ろこのデーヴィ盗賊団なら、どんな物でも盗み出せる最高の仲間だと思ってた。そう思ってたからこそ、俺達は自惚れて、周りが見えていなかった……。
事の発端は“盗人の笑い”だった――」
スティール……ラフ……?
「旦那達は知らないと思うけど、この盗人の笑いってのは、言わば盗賊達のゲームみたいなものなんよ。昔から存在する盗賊界隈の伝統でね。
ルールは至ってシンプル。
盗む対象を決め、誰が先にそれを盗み出すか。そして勝った1人は対象のブツとそのスティール・ラフに参加していた奴らから好きな物を奪える。金貨、魔具、酒、女……家族から命まで。
昔はかなり重い賭けをしていたらしけど、今は全然そこまで生々しいものじゃないんよ。ゲームする前に賭ける物も決めた上でやる遊びだからね。でも、物事が決まらなかったり意見が対立した時はコレ1つで解決する。俺達盗賊にとって、スティール・ラフの勝敗は絶対だから。
そして2年前――。
俺達はあるスティール・ラフの申し出を受けた。相手は誰もが知る大物盗賊団。ちょっとした事情があってね、俺はどうしても奴らと勝負をしなくちゃいけなかったんよ。
こっちが賭けたのは俺の命。そして、向こうは“ソフィア”という1人の女を賭けに出した。
狙う対象物はとある宝石。その宝石がある場所こそ“ここ”、ヘクセンリーパーの城だった……。
俺達と相手の盗賊団は宝石を盗み出す為にこの島へ侵入。だけど、結果は最悪――。
宝石を盗み出すどころか、島に入った全員があの魔女に殺された。
決して俺達が弱かった訳じゃない……。相手の盗賊団の連中も実力者揃いだった。それにも関わらず、俺達はヘクセンリーパーという魔女の強さを甘く見ていたんだ……。奴の実力も、魔力が思った様に使えなくなる事も……何も知らずに……俺達は奴を怒らせてしまった……。
俺はソフィアを……そして……仲間達を……ゔゔッ……誰1人として……守れなかった……ッ!
ゔッ……ゔゔ……なのにッ……アイツらは……こんな俺を庇って……ゔッ……!」
いつの間にかルルカは涙を流していた。
コイツのヘクセンリーパーに対する並々ならぬ殺意には、大切な者達を失った怒りや罪悪感が込められていた様だ……。
どれだけ大切なものを失い、どれだけ辛い思いをしているのかは、結局本人しか分からない痛み。きっとコイツは、今日という日までずっと1人で戦ってきたんだろう。
凄ぇな……凄ぇよ。立派だよ……。
俺はとても1人で立ち向かえなかった。
気持ちは分かる、なんて綺麗事。
他に気の利いた事も言えねぇ。
だから……だからせめてよ、今俺に出来る事と言えば、ルルカ……。お前の痛みにほんの少しだけ寄り添う事ぐらいなんだ――。
子供の様に泣きじゃくるルルカを、俺はいつの間にか抱きしめていた――。
「ゔわ‶ぁぁぁ……ぁぁぁ……ッ!」
♢♦♢
「起きましタ!」
涙を流していたルルカが落ち着いた頃、リフェルのその言葉で最早忘れていたもう1つの事を思い出した。
そう。他でもない、ヘクセンリーパーだ。
あれからずっと揺らしていたらしいリフェルは遂に奴を起こした模様。
流石のヘクセンリーパーも、満月龍の魔力で攻撃される事など想定もしていなかっただろう。辛うじて起きてはいるが、目も虚ろに意識も朦朧としている。
そしてそんなヘクセンリーパーに容赦なく、常に圧倒的な効率を求めるリフェルは直ぐに催眠魔法たるものを掛けたらしく、ヘクセンリーパーはいとも簡単に、俺達が喉から手が出る程欲しかった情報を漏らしたのだった。
「……私の……魔術なら……満月龍の所へ……飛ばせる……」
さっきまでの威勢はまるでない。声も小さく掠れ聞き取りにくかったが……コイツは今確かに言った。
“満月龍の所へ飛ばせる”と――。
俺達は皆自然と目を合わせていた。
「遂にきたか」
「まだ俄には信じ難いがな」
「やっと満月龍殺せるのね。そうと分かれば早く行くわよ」
「私も同じ意見でス」
全く、コイツらときたら……。
「焦るんじゃねぇ。おいヘクセンリーパー、本当に満月龍の所へ俺達を飛ばせるのか?」
俺は再度確認した。あっさりし過ぎて実感がねぇからな。
「出来る……だが……物必要……」
ヘクセンリーパー曰く、どうやらその魔術を使う為の素材を7つ集めなければいけないらしい。
リフェルの魔法で何とか4つは出せたが、残る3つは特殊素材の為、集めに行かなければ手に入らない。
「少し時間は掛かるが、奇跡的に全部揃えられそうだな」
「直ぐに満月龍殺したかったのに」
「急いてもいい結果は出ないぞ。元々見つかるかも分からない幻をオラ達は追っていたんだ。それを思えば、たかが数ヶ月ぐらい問題ないだろう」
取り敢えず魔術に必要な物は揃えるとして、問題は……。
「全部集めるまでの間、“コイツ”どうする?」
そう。今はリフェルの催眠魔法に掛かっているが、流石にこのまま何か月も放置は無理だろ。しかもまだ肝心な魔術を使ってもらわないといけねぇ。でもだからと言って連れて行くのもな……。
「良かったら“コレ”使う? 旦那」
ルルカはそう言って1つの魔具を取り出した。
「本当は殺そうと思ってたんだけどね……。万が一勝てなかった時の保険で用意しておいたんよ。
この魔具を使えばコイツを異空間に閉じ込めておける。1度きりしか使えないし、使うには魔力が必要。そしてその魔力によって閉じ込められる時間が変わるって言う魔具なんよコレ。
リフェル姉さんのとんでも魔力なら、多分半永久的に閉じ込められるんじゃない?」
「へぇー、そんな物まであるのか。……って、逆に使っていいのか?」
「旦那達ならいいよ。もう使わないだろうし」
「そうか。なら有難く使わせてもらうとするか」
コレ使えば放置する事も、ましてやこの先同行させる事もしなくて済む。願ったり叶ったりだ。
「ただし! 1つだけ交換条件がある」
魔具を渡そうとしたルルカは一瞬その手を引っ込めて言った。
「旦那達の用が済んだら、コイツは俺に渡してもらうよ」
「別に構わねぇが……どうするつもりだ?」
「まぁ殺そうと思えば何時でも殺せるけど、よく考えたらそれじゃあ割に合わないんよ。コイツには、せめて死よりももっと苦しい思いをしてもらわないと、死んでいった奴らが浮かばれない。俺個人的にも許せないしね。それに何よりも先ず、このふざけた呪いを解いてもらわなきゃ」
ルルカは真っ直ぐ俺の目を見て言ってきた。
コイツが後にヘクセンリーパーに何をするつもりなのかは知らねぇ。つか考えたくもねぇ。
こう言っちゃアレだが……この2人の出来事について俺達は微塵も関係ない。どっちかが何時どこで死のうが正直
興味はない。ルルカがしようとしている事もな。
「分かった。俺達はコイツに魔術を使ってもらえさえすればそれでいい。後はお前の好きにしろ」
「よっしゃ、取引成立! じゃあさっさとコレに閉じ込めて、“俺達”も残りの素材集めと行こうかね」
……ん?
今コイツ……“俺達”って言った……?
「ちょっと待て。お前……もしかして一緒に来る気か?」
「何言ってるんよ旦那。そんなの当たり前でしょ! ヘクセンリーパー持ち逃げされたら困るからね」
「そんな事する訳ねぇだろ! 用済んだらいらねぇっつうのこんな危ない奴」
「いやいや、出すとこ出せばかなりの代物になるって。売り飛ばすなら分け前はキッチリ貰わないと」
「だからしねぇってそんな事」
「まぁそう言う事だから俺が見張ってないとね。それに俺もうする事なくて暇だし、まさかマジで満月龍探してる人なんてこの先一生出会えないと思うからさ。絶対面白くなるでしょ」
「お前の暇つぶしなんか付き合ってられるか。しかも1ミリも面白くねぇ。死ぬぞ」
「それはそれで構わないんよ。こっちはとっくに生きる希望なんて無くしてるからね。ヒャハハ」
笑いながら、まるで呼吸をするかの如くそう言ったルルカ。
俺はその言葉が到底他人事とは思えなかった。
「……死んでもいいなら好きにしろ。タヌキの面倒なんか見られねぇからな」
「OK、了解。それじゃあ改めて宜しくね“ジンの旦那”。楽しい旅にタヌキは付き物なんよ! 他の皆さんもどうぞ宜しく。 早速まずは自己紹介からでもしようか!」
はぁ……もう付き合い切れん。
「私達の旅にタヌキを連れて行くメリットは1つもありませんヨ」
「厳しいねリフェル姉さん」
「私はアナタの姉ではありませン」
「ヒャハハ、やっぱ面白い。そっちのお嬢ちゃんと俺を助けてくれた大きなアンタの名前は?」
賑やかと言うか五月蠅いと言うか。その後もルルカは他愛もない話を、愉快にただただ喋り続けているのであった。
そして、残りの素材集めをする事“6か月”――。
俺達は遂に、魔術に必要な素材を7つ全て集めたのだった――。
♢♦♢
~とある荒野~
「――準備はいいか?」
「そんなの1年前から出来てる。早くしてよ」
「とうとうこの日が来たな」
「ヒャハハ! この半年あっという間だったねマジで」
「ルルカ、ヘクセンリーパーを出して下さい」
遂にこの瞬間を迎える時が来た――。
勿論未だに実感がねぇ。
仮にまた満月龍を見たとしても、あの時と同じ、どこか浮ついて現実離れした様な感覚になる事が安易に想像出来る。この世のものとは思えない存在と対峙した時、人の本能がどうなるかを俺は知っている。
正直、満月龍を倒す名目で旅に出たが、相手は幻のドラゴン。生きている間にまた奴と出会える気がまるでしなかった。
本当に……人生というのは何が起こるのか分からねぇ……。
「――どうしたんよジンの旦那。ぼーっとして」
「ビビってるんじゃない?」
「そんな暇はありませんよジンフリー」
「別にビビっても仕方ないだろう。相手はあの満月龍だ。オラでさえ現実感がないからな」
「おいおい、勝手にビビり呼ばわりするんじゃねぇ」
そう口にした瞬間、俺の全身が一瞬して小さく震えた。
コイツらの言う通り、俺は本能的にビビっているのか……。それとも、覚悟を決めた甲斐あっての武者震いなのか……。恐らく半々。まぁこの答えは実際に奴を視界に捉えた瞬間ハッキリと答えが出るだろう。望みは当然後者だがな。
いや、後者じゃないといけない。
例え俺の体や本能がビビろうとも、戦闘中に腕や足を失ったとしても、それでも奴だけは命を懸けて倒さなきゃならねぇ。
リューテンブルグの様な悲劇を2度と起こさない様にする為に。
そして何よりも……未来を奪われた、家族の為に――。
「……はいよ。何時でも準備OK」
半年前、リフェルの催眠魔法を掛けたままヘクセンリーパーを魔具へと閉じ込めた。再び外へ出した時安全な様に。
「いくぞ」
俺は魔具を開き、ヘクセンリーパー奴を解放した。
久々に目にしたヘクセンリーパーの姿。
奴は魔具に閉じ込めたあの時と何ら変わりがない状態で、俺達の前へと姿を現した。
「……」
「催眠魔法は掛かったままみてぇだな」
「当たり前です。そんな下らないミスする訳がないでしょう」
「はいはい。別にお前を疑ってねぇよ。……さて、早速コイツに魔術を使ってもらおうか」
ここからはまたあっという間の出来事だった――。
相変わらず意識が朦朧とし、呂律の回っていないヘクセンリーパーであったが、余程リフェルの魔法が強力なのであろう。奴は俺達が集めた全ての素材を前に何やらブツブツと呪文のようなものを唱えたと思った瞬間、突如足元に大きな魔法陣が現れ、淡く輝く光と共に、俺達の体は一瞬で何処かへと飛んだ。
♢♦♢
~特別区域・世界樹エデン~
“何処か”へ飛んだ。
さっきまでいた荒野とは空気感や雰囲気がまるで違うと直ぐに理解出来た。
俺達を包んだ光が次第に弱まっていき視界もクリアになっていく。
「――ここは……」
辺りに目立ったものはない。
真っ暗な空には、普段よりも大きく見える満月と、天文学的数字の星々が溢れんばかりに光り輝いていた。
「確かこの場所は……」
「スゲー綺麗な場所。女の子連れてきたら確実に落ちるじゃんコレ。ヒャハハ……」
「……」
「確かに綺麗ですね」
その圧巻の星空に、俺達は皆自然と空を見上げていた。
そしてふと我に返った俺は辺りを見渡す。
すると、この星空よりも更に一際美しく輝く大きな1本の樹が俺の視界に飛び込んできた。
「世界樹……エデン……?」
実物を見たのは初めてだった。
だが、この世界に存在する全ての人々ならば、物心着いた頃から何かしらでこの樹を目にした事があるに違いない。それぐらい誰もが知る存在でありながら、今の俺の様に実際に目の当たりにした人々は数少ないだろう。
「ジンフリー。お前、世界樹エデンを見るの初めてなのか?」
「ああ、初めてだ。デケェな……。お前はあるのかアクル」
「オラはある。と言っても、今回で3度目ぐらいだがな。見た通りここはエデン以外何もない。まっさらな地と星空がずっと続いているだけだ」
アクルの言う様に、辺りに見えるには360度地平線のみ。唯一この世界樹エデンが聳え立っているだけである。
「おっと、そうだった」
徐にルルカが何かを思い出し、ポケットをごそごそと漁り始めた。次に手を出した時には、見覚えのある魔具。それはヘクセンリーパーを閉じ込めていた魔具と全く同じだった。
「お前それ何で……」
「いくら催眠魔法掛かっているからって、満月龍狩る間コイツ野放しは危険でしょ」
魔具は本来、制限を満たした瞬間消滅し無くなってしまう。
今しがたヘクセンリーパーを出した時、確かにあの魔具は消滅してしまった。それにも関わらず、ルルカは飄々とした顔で“2個目”を取り出したのだ。
「それかなり珍しい魔具なんだろ?」
「俺を誰だと思ってるんよジンの旦那。これぐらい朝飯前。人生あらゆる事態に備えて保険掛けとかないと」
「準備がいいと言うか何と言うか……」
そんな会話をしながらルルカは再び魔具でヘクセンリーパーを閉じ込め、俺達はエデンのすぐ側まで歩み寄っていた。
星とはまた違う神秘的な光を放つ世界樹エデン。
よく見ると、大きなエデンの樹の周りには、空中をフワフワと漂う無数の小さな光が集まっていた。
「世界樹エデンはこの世界の魔力は勿論、生命の源であるとも言われている。全ての魔力はエデンから誕生しエデンへ還る。それは魂もまたな――」
「魂も……」
目の前に広がる無数の淡い光。これが還ってきた魂と言うならば……。
マリア……ミラーナ……ジェイル……パク……お前達も、今ここに“いる”のだろうか――。
エデンの樹からは不思議と、何とも言えない暖かさも伝わってきていた。
とても優しく安心する暖かさだ。
――ゾクッッ……!!
「「……⁉」」
一瞬にして“絶望”を感じさせるこの感覚――。
俺達は一斉に“そっち”へ振り返っていた――。
忘れる筈がねぇ。
忘れたくても忘れられねぇ。
だから俺はここまで来たんだ――。
「よぉ……満月龍――」
この日、俺達は遂に満月龍と遭遇した――。
『――ヴオ″ォォォォォォォォォッッ!!』
その輝きは月光の如し――。
誰もが目を奪わてしまう程に美しく神々しい光を放つは……古よりこの世界に伝わる幻の龍、ラー・ドゥアン・ファンフィーネ・ルア・ラグナレク――。
またの名を『満月龍《ラムーンドラゴン》』
満月龍の訪れは終焉を生む。
古からの言い伝え通り……俺の目の前には忘れもしない、1つの終焉が舞い降りてきた――。
「満月龍ゥゥゥゥゥッ!!」
『ヴオ″ォォォォォォッ!!』
俺の雄叫びに呼応するかの如く、6年という歳月を経て俺は再び満月龍と対峙した。
「魔力100%一致。私達が追い求めていた満月龍で間違いありません」
「こ、これが満月龍ッ⁉」
「やはり想像以上だな……」
「噓……」
思う事それぞれに、俺達全員の目には確かに満月龍の姿が映っていた。
「――危ないッ!」
「「……⁉」」
本能と本能と戦いに、丁寧な始まりの合図など存在しない。
互いが出くわした瞬間から命の奪い合いは始まっているのだ――。
『ギヴァァァ!』
何十メートルという満月龍の尻尾が凄まじい速さでリフェル、アクル、エマ、ルルカの4人を襲った。
――ズガァァン!……バリンッ……!
咄嗟にリフェルは魔法壁で満月龍の攻撃を防いだ。
だが、出会った頃にアクルが話していた事が現実となった。
辛うじて満月龍の一撃は防いだものの、リフェルの力の根源は満月龍の魔力。リフェルの魔法は満月龍に対して相殺されてしまったのだ。
「やはり私の魔法が」
「危っぶねッ、 助かったぜリフェル姉さん!」
「 そんな……こんなの勝てる訳ない……」
「また来るぞッ! 全員距離を取るんだ!」
初めて満月龍と遭遇した4人は、やはりどこか現実離れした感覚だろう。その思いは俺にもよく分かる。
そしてよく分かっているからこそ、俺は誰よりも覚悟を持ち、“この瞬間”を1日たりとも忘れずにイメージしていたんだ。
それが“今の差”に繋がっただけ――。
「会いたかったぜ……クソドラゴンッ……!」
奴の最初の一撃に反応していた俺は尻尾を掻い潜り、そのまま無防備となっていた背後を斬りつけた。
――シュバァァンッ!
『ギイィィ……ッ!』
「まぁまぁだな」
傷は浅いが確かに攻撃が通じた。ほんの僅かではあるが切り口から一筋の血が流れている。
流石満月龍。
この超巨体でこの速さは驚かされるぜ。でも、何も知らなかった前とは違う。お前も俺の攻撃に反応して躱した様だが今は6年前には無かった自信と手応えを感じてるぜ。
再度攻撃を仕掛けようとしていた満月龍であったが、今の俺の一撃で態勢を立て直した。
「よく動けたなジンの旦那……」
「アイツの覚悟は計り知れん。オラ達が満月龍を甘く見過ぎていたんだ。本気でいかないと次の瞬間には死ぬぞ」
「ヒャハハ、確かにそうみたいね。真面目にいこうか」
アクルとルルカは現状を飲み込み一瞬で魔力を練り上げた。
アクルは勿論、普段へらへらしているルルカも、タヌキから人間の姿へとシフトチェンジ。この上なく真剣な表情へと変わっていた。
こんな顔1度も見た事がねぇ。
「大丈夫ですか?エマ」
「え、ええ……」
瞬時に魔法を出せたリフェルは大丈夫。問題はエマか……。
エマは体が小刻みに震えていた。
世界一の暗殺一家だろうが最高傑作だろうが、エマは紛れもない1人の少女だ。感情を無にし、幾度となく暗殺を
行ってきたとは言え、満月龍から発せられる“絶望感”は全てを凌駕する。
しかし正直……エマが動けなくなるとはな……。
「リフェルッ! エマ連れて離れてろ!」
「こっちですエマ」
「大丈夫よ……私だって……」
『ヴバァァァッ!』
チッ。生憎俺も余裕はねぇ。コイツだけに集中しねぇと一瞬で殺られちまう。
攻撃しまくって奴の注意を俺だけに向かせるんだ――。
「来い満月龍ッ!」
俺は更に魂力を練り上げ身体強化を施し、奴目掛けて剣を振るいまくった。
――ガキィン! ガキィン! ズバァン! ザシュンッ!
『ギガァァッッッ!』
「オラオラオラぁッ!」
コイツの攻撃ははとてつもなく重い。一撃防いだだけで全身が震える程の衝撃が襲ってくる。しかもこのデカさで動きが速いとなりゃ、こっちはそれ以上に間髪入れず攻撃を繰り出すしかねぇ。
機動力と手数でまずはダメージを与え続けてやる。
「オラ達もやるぞ」
「ああ」
一瞬たりとも気も抜けない攻防戦。
6年前のあの日と違うのは、己自身の覚悟とシンプルな実力。
加えて……。
奇妙な巡り会いで何故か旅を共にしてきた……摩訶不思議な“仲間達”がいる事――。
「……“獄炎の隕石”!」
「“風鉤爪《エアルド》”!」
アクルの魔法によって繰り出された巨大な隕石。メラメラと豪炎を纏い、そのまま空から一直線に満月龍目掛けて落下。
それと同時、風で体を浮かせたルルカは突風の如き速さで満月龍の頭部まで詰め寄ると、繰り出した風の鉤爪が奴の顔面を捉えた。
――ゴオォォン! シュバババン!
『ヴオォォォォ……ッ!』
「俺達の攻撃じゃ致命傷は与えられないけど、アクルちゃんの隕石の“重さ”や鱗に覆われていない“目や体内”なら、ちょっとはダメージ通るでしょ」
「油断するなルルカ! 攻撃したら必ず距離を取れ。一瞬で食われるぞ。それとその呼び方はやはり納得いかん!」
計算通りか……。
やはり奴に致命傷を与えられるのは、このベニフリートを持つ俺のみ。アクルとルルカにはダメ元で策を練ってもらっていたが、どうやら上手くダメージになってるみてぇだ。こりゃかなり心強い。
下らん言い争いを除いてはな……。
「今更何言ってるんよ。もう半年も呼んでるのにまだ恥ずかしッ……『――ギヴォォ!』
「避けろルルカ!」
――ボオォォォォッ!
満月龍は自身に直撃した隕石を振り払い、目の前にいたルルカ目掛け黒煙の咆哮を放った。
「危ない危ない……! 今のはヤバかった……ヒャハハ」
「笑い事じゃない! 集中しろ馬鹿タヌキ!」
「今はタヌキじゃないでしょうよアクルちゃん」
奴が咆哮を放った刹那、俺は再び一太刀攻撃を入れ2人の元へ寄った。
「アクル、ルルカ、助かったぜ。どうにか攻撃が通じるみてぇだな」
「ああ。援護ぐらいしか出来ないが任せろ。お前は奴の首を切り落とす事だけに集中すればいい」
「そうそう。ジンの旦那が倒さなきゃ全滅だからね。頑張ってもらわなきゃ困るんよ」
「相変わらずだなお前は……。それより“どうだ”?」
当初の見込み通り、リフェルの魔法は満月龍相手には使えない。さっきみたいに魔力が相殺されちまう様だ。だがこんな事は想定内。俺達は他に手を考えていた。
「“問題なし”! これなら永遠にこの姿でいられるね」
そう。
リフェルの魔法は“満月龍には”通じない。しかし逆を言えば、“満月龍以外”ならば今までと変わらず魔法が使える。
ルルカの呪いはまだ消えていない。
コイツが人間の姿をキープ出来るのは魔力を全て消耗してしまう10分が限界であったが、付与魔法で余り余るリフェルの魔力を与えればずっと人間の姿でいられるんじゃないかと、俺達は前から試していたのだ。
取り敢えず結果は成功。
対象が満月龍でなければ大丈夫なのは分かった。後は……。
「リフェル! アクルとルルカに付与魔法全部掛けろ」
直接攻撃出来ないなら出来ないでやり方を変えるだけだ。
リフェルは2人に付与魔法を掛ける。
最後の問題はこの付与の効果がどこまで持つか……。
対象が満月龍じゃないとは言え根本は奴の魔力。実際に付与状態でもその効果が相殺される事なく奴を攻撃出来るのか……。これも実際に試してみる他ねぇ。
「身体強化、魔力値上昇、魔法威力上昇、耐魔法防御値上昇、全状態異常効果無効。アクル、ルルカ共に通常の戦力値より大幅上昇。満月龍と1対1で戦闘した場合、2人の勝率は1.374%にまで引きあがりました。
ついでに即死レベルの致命傷を受けてもガードしてくれる魔法陣シールドが10枚守ってくれています。全て破壊されてもまた私がシールドを追加してあげますので、心置きなく戦いに集中して下さい」
「寧ろ死ぬイメージが強まったのは俺だけ……?」
「初めから分かり切っていた事だ。切り替えろ。サシで戦わなくていいのが唯一の救いだ」
「間違いないね」
羨ましい限りだ。
本当なら俺にも付与魔法掛けてもらいてぇ。即死レベルもガードしてくれるシールドって何だよ。反則だろソレ。欲しいぞ俺も。
「羨ましそうな目で見ている暇はありませんよジンフリー。アナタには“掛けられない”のだから、早く極限まで魂力を高めて満月龍を倒しなさい! もたもたしていると死にますよ」
「はいはい、分かってますよ。……エマ大丈夫か?」
「平気よ……。大した事ないわ」
見るからに余裕がない。無理もねぇがな。こんなの目の前にして正気を保つ方が難しい。この上ない絶望感を感じたいるだろうが、それでもエマの凄い所は、完全に気持ちが折れていない事。
常人では考えられない環境で育ったこの子は、まさに終焉が眼前に迫っている中でも尚、気持ちを立て直そうとしている。
『ギギャァァッ!』
「――来るぞ!」
それでも満月龍は待ってくれない。
これは互いの命を奪うか奪われるかの生存の戦いだ――。
「俺はまた顔面狙いでいくから宜しく!」
「ジンフリーの“竜化”まで攻撃の手を休めるな。リフェル、オラとルルカの魔力が切れない様に援護頼む」
「了解!」
態勢を整えた満月龍が再び怒涛の攻撃を仕掛けてくる。
俺達3人は一進一退の攻防を続けた。
――ズドォン! ガキィン! ブワンッ! シュバババ! ボオォォォ!
誰も言葉を発する事なく、ただひたすら激闘だけが続く。
――シュバン! ズガガッ! ザシュン! ボゴォン! ガキィン!
鳴り響く激しい轟音と地響き。
もしここが王国のど真ん中であったら、一体何人の犠牲者が出ているのだろうか。
――ボゴォン! ガキィン! ドドドッ! シュバババ! ボオォォォ!
「うらぁッ!!」
『ヴォォォ!!』
もうどれだけの時間が経った……?
「ハァ……ハァ……ハァ……」
何十分? いや、何時間だ……?
「大丈夫かジンフリー」
「ああ……ハァ……ハァ……余裕だよ」
あれから魂力は練り上げてとっくに“準備”は整った。
だが如何せん、中々隙が作れねぇ。
流石満月と言うべきか……攻撃を食らわせれば食らわす程、弱るどころか動きが洗練され攻撃しづらくなってきている。心なしか攻撃の威力もキレも上がってんじゃねぇか……?
「ぶっちゃけ……あの満月龍と……ハァ……ここまで渡り合えている事が奇跡だ……」
「だろうな。リフェルの魔法効果がデカい」
「ああ。竜化も問題はねぇ……後は……一瞬でいい。僅か一瞬でいいから……奴の首を斬る隙さえあれば……」
満月龍の強さが増しているのは事実。俺が体力消耗しているのを差し引いてもな。このままじゃジリ貧……。
何とか隙をついて、次の一撃で全てを終わらせるしかねぇ――。
「後もう少しなんだけどな……。お前の体力が尽きる前に、どうにかしてオラとルルカが隙を作ってやる。それを見逃すなよ」
「頼むぜ……」
情けないがそろそろ体力が限界。
3人で必死に攻撃を仕掛けているが、後1歩……後もう1歩で何とか隙を作れそうなのによ……。
「――私に付与魔法掛けて」
俺の後ろからそう声が聞こえた。
確認しなくても分かる。今言ったのはエマだ。
「何言ってるんだ。お前まさかそんな状態で……!」
振り返ってエマを見ると、そこにはさっきまでの怯えは一切感じられなかった。
それどころか、何とも冷たい冷酷な視線と禍々しい空気を纏っている。
まるで初めて出会った頃の……他の何者でない、世界最凶の暗殺者と呼ばれるピノキラーの姿がそこにはあった。
「アナタ達と長く過ごしたせいで、いつの間にか甘ったれていたわ」
「エマ……」
「これは私の任務。命令通り、満月龍を殺す――」
これが彼女なりの戦い方なのだろう。
自分を押し殺し、無になった事で恐怖を打ち消したのだ。
「でも私1人じゃ殺せない。だからオヤジが首を落とす隙を生み出してあげる」
今のエマは確かに出会った頃と同じ雰囲気を醸し出しているが、何故だろう……エマの言う通り、それなりの時間を共にしたせいか、まるで生気を感じなかったあの頃からは想像も出来ない程優しさも伝わってくる。
「ハハハ」
「何笑ってるのよ」
「いや、何でもねぇ」
「気持ち悪」
何故だか俺は無意識の内に口元が緩んでいた。
ミラーナやジェイルが生きていたらどんな会話をしていたのだろうか。
「リフェル、早く付与魔法を。一瞬で殺すわよ満月龍」
リフェルが付与魔法を掛けると、エマも一気に魔力を練り上げ戦闘態勢に入った。
「――ちょいちょいちょい! 早く参戦してくれないと死ぬよ俺だけ!」
「情けない。さっさと殺しに行くわよ」
「お、いつの間にかエマお嬢ちゃんもやる気じゃん」
「次で仕留める。分かったらもう1回集中し直せ。オラも渾身の魔法を打ち込む」
「ルルカはまたシールド10枚消えてますね。本当に死にますよ」
「え⁉ しっかりフォローしてよリフェル姉さん」
全く……頼もしい奴らだなホント。
「何故だろうな……全然根拠もねぇのに、何故か次で“イケそう”な気がしているのは俺だけか?」
この感覚が勘違いなのか、はたまた正しい野生の勘なのか。それは直ぐに答えが出るだろう。
「どちらにせよ、何十年ぶりかに気分が上がってるぜ」
長い様な短かい様な……。
たかが1年程度だが、いざ離れてみるとリューテンブルグも幾らか恋しいな。
フリーデン様やエドにも語り尽くせないぐらい土産話があるし、Dr.カガクやトーマス少年にもリフェルの成長を見せてやりてぇ。Dr.カガクには文句も幾つかあるけどな。
それに何より、俺には“行かなくてはならない場所”がある――。
――グオォォォン!
俺は極限まで練り上げた魂力を一気に“ベニフリートへ”注いだ。
注がれたベニフリートは魂力に呼応するかの如く力が徐々に共鳴していく。そしてベニフリートを持つ俺の手から腕、体へと次第に“竜化”していった。
「へぇ~、コレがジンの旦那が言ってた奥の手か」
「満月龍を倒す唯一の手段だ。かつてジンフリーの先祖であるバン・ショウ・ドミナトルが紅鏡龍を倒したとされる秘技。魔力が全生命の基礎となる中、混じり気のない純度100%の魂力のみに反応するらしい。……とは言っても、並大抵の魂力量では成し得ない技だがな」
そう。
コレが俺の最後の切り札。
魂力とベニフリートの更になる高みの領域だ。
「そろそろケリを着けようか……満月龍――」
『ギィィィヴオ″ォォォォ!!』
泣いても笑ってもこれで最後。
「行くぞお前らッ!!」
俺達は一斉に満月龍目掛け飛び掛かった。
「魔風の処刑台!」
「青炎流れ星!」
ルルカがかまいたちの如き強力な風の刃で奴の頭部を集中攻撃、空いた胴体を狙ったアクルは灼熱の炎を纏った複数の隕石を撃ち込む。
『ヴォォォッ!』
付与魔法と無尽の魔力によって常人離れした火力を生み出してアクルとルルカの攻撃だが、相手は満月龍……これ程の攻撃にも怯むことなく反撃してくる。
「食らえぇッ!」
「頑丈過ぎなんよッ!」
それでも手を休める事なく、2人は更に攻撃を繰り出し続けた。
ここだ――。
さっきまではここからあと1歩奴に届かなかったが……“今”は違う。
「……無重力殺《グラキル》」
――シュ…………スパンッ!
『ギィィィッ……!』
完全に気配を消していたエマが満月龍に攻撃を食らわした。
恐らく奴も今の攻撃を受けた瞬間までエマに気付いていなかったのだろう。
その証拠に、ずっと待っていた“この瞬間”が訪れた――。
「「……行けぇぇぇッ!!」」
『――!』
時間にしたら1秒にも満たない。
届きそうで届かなかった僅かな隙。
エマが……リフェル、アクル、ルルカが。
皆が必死こいて生み出してくれたこの一瞬を……。
「――終わりだ、満月龍……」
――ズバァンッッ!!!
『ギヴォ……ッ……⁉』
俺が振り下ろしたベニフリートは、満月龍の首を一刀両断した――。
~特別区域・世界樹エデン~
「ハァ……ハァ……」
「終わったんだよね……?」
「ああ……そうみたいだな」
「……」
つい数秒前までの激戦が嘘かの如く、辺りは静寂に包まれていた。
俺達の目の前には、地に倒れる巨大な満月龍。
斬った首と胴体は2つに分かれ、切り口からは血が溢れ出ている。
「満月龍討伐成功。これで任務は完了しました」
良くも悪くも場の空気を気にしないリフェルの言葉によって、まるで実感が湧いていない俺達を一気に現実へと引き戻したのだった。
「よっしゃぁぁ! 遂にやったんよ!」
「嘘みたいだな」
「これでやっとアナタ達とも離れられるわ」
皆が喜びを露にした。
終わった。
本当に終わったんだよなこれで……。
あの満月龍を……俺達は本当に倒したんだ――。
その瞬間、一気に倦怠感が体を襲ってきた。
あ~、しんどい。
俺はそのまま倒れ込む様に仰向けになった。
どっと疲れが押し寄せてきたな……やはりもう若くねぇ。
張り詰めていた緊張の糸が切れ、アクルもエマも項垂れる様に座り込み、ルルカは転んだ瞬間タヌキに戻った。
「……ん?」
何だこれ?
寝転んでいると、顔の辺りに小さな1つの光がフワフワと漂ってきた。
これは確か……エデンの樹の周りにあった、還ってきた魂……?
漂ってきた魂を何気なく目で追っていると、その魂はゆっくりリフェルの方へと向かって行った。
それと同時、気が付くとアクル、エマ、ルルカの頭の上にもそれぞれ魂が。
そして、フワフワと浮いていた魂がゆっくりと皆の体へ入っていったと思った刹那、皆の意識が無くなったのか突如頭が項垂れ動かなくなった。
「お、おいッ……どうしたお前ら……大丈夫か?」
4人共俯いたまま反応が無い。
どういう事だ……一体何がッ……「――“あなた”」
「……!」
俺は耳を疑った。
聞き間違いか……?
俯いて動かなくなったかと思いきや、リフェルが突然頭を上げそう口にした。
真っ直ぐ俺の目を見て――。
「――“パパ”!」
「――お~い、“こっち”だよ!」
「……⁉」
何だ……何が起きてる……?
リフェルに続き、今度はエマとアクルがそう口にした。2人も俺の方を見て……。
全く理由は分からない。
何が起きているのかも。
だが、気が付くと俺は涙を流していた――。
「“マリア”……“ミラーナ”、“ジェイル”……」
そう。
見た目は確かにリフェル達のまま。
しかし、“そこ”に存在しているのは間違いなく……“俺の家族”だ――。
「マリア! ミラーナ! ジェイル!」
体の疲れなど一切忘れ、俺は皆の元へ駆け寄り抱きしめていた。
「パパ!」
「あなた」
「ゔゔッ……お前達……!」
「パパ小さいね」
信じられない。
この際夢でもいい。
だからもう少し覚めないでくれ。
「ゔッ……ゔゔッ……悪かったッ……助けてやれなくて……ッ!」
ずっと言えなかった言葉。
ずっと伝えなきゃいけないと思っていた言葉。
他にも言いたいことは沢山ある筈なのに、自分の口から出た初めの言葉がこれだった。
「パパなのに泣いてる!」
「別にパパせいじゃないよ。ね、ママ!」
「フフフ、そうね。私もミラーナもジェイルも、誰もあなたのせいだなんて思っていないわよ」
「ゔゔゔッ……!」
ダメだ……涙が止まらねぇ。
「ねぇ、パパ泣き過ぎじゃない?」
「見て! 僕こんなに大きくなってる!」
リフェルにはマリア、エマにはミラーナ、そしてアクルにはジェイルの魂が宿っている様だ。
そして……。
「あなた、“パク”も来たわよ」
「ワンッ!」
「――! パク⁉」
俺達が飼っていたもう1匹の家族。
どうやらパクの魂はルルカの体を借りた模様。
タヌキの姿が今日ほど役割を果たしたことはないだろう。
羽が生えたタヌキでワンと鳴くなんて、一体どんな不思議生物なんだ。
ふとそんな事を思うと、何だか可笑しくて笑えてきた。
「ハハハ。おいパク! 久しぶりだな」
「ワンワンッ!」
「フフフ。凄い嬉しそうねパクも」
「俺もお前達に会えて嬉しいぞ本当に」
「私も!」
「あのドラゴン、パパが倒したの?」
「ああ、まぁな」
「凄ぇぇ! やっぱパパは強かったんだな!」
「当たり前の事言わないでよジェイル!パパは大勢の人と国を守ったヒーローなんだから!」
「そうね。ミラーナとジェイルのパパは凄いのよ」
「マリア……」
王国を守っていた騎士団として……人の命を選ぶことなんて絶対にない。命は皆平等だ。
だが本当に1番守りたかったものを、俺は守れなかった。
それなのに……俺の事を恨んでいるどころか、お前達はそんな風に思ってくれていたんだな……。
「マリア、お前達を守れなくてすまなかった……」
「ダメよ! パパが子供達の前でずっとそんな顔していたら!」
「……!」
「私達やリューテンブルグの不運は全て満月龍が原因。あなたじゃないわ。それどころか、あなたは多くのものを守ったのよ。大丈夫、誰もあなたを恨んでなんかいない。
過ぎた事を何時までもくよくよしているカッコ悪い姿を、これ以上2人に見せないでよね!パクにも!こっちは死んでるって言うのに気が滅入るわよ全く」
「おいおい……何もそこまで……」
「あー!パパ怒られてる!」
「だから当たり前の事言わないでよ。何時もの事でしょ」
「ワンッ!」
「お前達まで……」
「フフフ。これで分かったでしょ? 私達は大丈夫だから安心して。皆あなたの側にいるから」
願わくば、一生このままでいてほしいと思った。
でも多くを望んではいけない。
これは当たり前ではないのだから……。
もしそれが奇跡と呼べるものなら、尚更欲をかいてはいけない。
起こり得る事があり得ないから、人はそれを奇跡と呼ぶのだ。
そしてこれは間違いなく、俺に訪れた小さな奇跡――。
「そろそろ時間ね……」
マリアがそう言うと、皆の体からゆっくりと零れ出す光が、世界樹エデンへと吸い寄せられていく。
「もうお終い? 折角パパよりも大きな体になってたのに!」
「ジェイル……」
「パパ! パパがドラゴン倒したって、友達に自慢しておくからね!」
「ミラーナ……」
「ワンッワンッワンッ!」
「パク……」
やべぇ。また涙が零れそう……。
ダメだ。
堪えろ。
皆があんな笑顔なのに、俺だけ泣くんじゃねぇッ……!
「ジェイル、次遊ぶ時までにはもっと身長伸ばしておけよ!」
「勿論! パパよりもずっとデカくなるよ!」
それは楽しみだ。
「ミラーナ、パパは強いだけじゃなく、見た目もカッコイイって自慢していいからな!」
「それは無理だよパパ! 嘘は付けないの!」
「なッ……⁉」
おいおい、そりゃ確かにそうだけどよ。
「ワンワン!」
「パク、お前もミラーナと同じ事思ってやがるな?」
パクはかなり賢い。
「フフフフッ!」
「笑うなって」
「また泣きそうだったけど頑張って堪えたみたいね。そんな涙もろかった?良かったわ、最後にまた怒らなくて済んだみたい」
「マリア……会えて良かった。ありがとう」
「私もよ。こちらこそありがとう、ジン」
「俺もそのうち逝くからよ、少しだけ待っててくれ。子供達とパクを頼む」
「ええ。皆でのんびり過ごしながら、あなたが帰って来るのを待ってるわね。しっかり鍛えておかないとまたドラゴンに苦戦するわよ」
「縁起でもねぇ事言うなよ……」
皆の体から溢れ出す光が止まった。
最後の一筋が揺らめきながらエデンの樹へ還って行く。
「じゃあなお前ら! そっち行ったらまた遊びまくるからな!」
「うん! 僕はパパより強くなってるからもっと修行してきて!」
「私はパパと話したいから、一杯お話用意しておいてね!」
「ワンワンッ!」
「それじゃあまたね……ジン」
「ああ。マリア、ミラーナ、ジェイル、パク! 皆ありがとう!」
そうして最後の一筋の魂が、世界樹エデンに還った――。
「……ん? あれ……?」
「今何が……?」
「ちょっと。何で皆でくっ付いてるのよ。離れて」
正気に戻ったリフェル達は少し困惑している様だ。
まぁそりゃそうなるよな。
「おい! いくら疲れたからって急に寝るんじゃねぇよ。しかもこんな所で」
「え? いつの間にか寝てたの俺? アクルちゃんも?」
「ん、ああ……いや、そんなつもりはないが……寝たのか?」
「私にもよく分からないエラーが出ていますね」
やはり皆意識は無かったみたいだ。
エデンの樹には魂も還る……か。
きっとこの話は誰かに話したところで信じてもらえそうにねぇな。
「――よし、終わりだ。俺達も帰るぞッ!!」
「あ、ああ。そうだな」
「どうしたんよジンの旦那。急に元気になっちゃって」
「初めてオヤジと意見があった。用は済んだから早く帰るよ」
「そうですね。それじゃあ帰りましょうか」
こうして遂に目的を果たした俺達は、まるで満月龍のその存在の如く……全てが幻であったかの様な何とも不思議な旅に終止符を打ったのだった――。