酔っ払いオヤジ、ドラゴンの魔力を誤飲して最強に~かつてドラゴンに全てを奪われたオヤジは因果応報の旅に出る〜

♢♦♢

~ワーホルム王国~

 俺とリフェルがリューテンブルグ王国を出発し、ツインマウンテンではアクルと、フランクゲートではピノキラーことエマと出会った。

 あれから約半年。時の流れとは本当に早いものだ――。

 この半年間での出来事は……まぁ色々あった。それはそれはもう色々と。だからこそ余計に時間が経つのが早く感じるのだろう。想像していた満月龍探しの旅とは全然違うもんな。

 ん?
 何が起きていたって?

 あ~、まぁそうだなぁ……話すとかなり長くなるが結論から言うと、当然まだ満月龍を倒していなければ見つけてもいない。

 言い訳をするつもりじゃねぇが、初めからこの旅はかなり無謀な挑戦でもある。何百年、何千年に1度遭遇するかどうかっていう幻を追ってる訳だからな。こんな短期間で見つけた方が驚くぜ。

 それに、今の俺達の現状をもっと正確に伝えるならば、この半年間は満月龍探しどころではなかった。

 ……いや、“今も”と言った方が正しいか。


「――全く、何がどうなってやがるんだこの島は。いつもいつも面倒ばかり起こしやがって」
「自分の事を棚に上げるなジンフリー」
「元はと言えばお前がコレ“拾ってきた”んだろうがよアクル」
「五月蠅いですヨ」
「毎回トラブルばかり……。結局殺せば全部解決するのに」
「だから直ぐ殺そうとするんじゃねぇよエマ。それにリフェル、今回はお前の魔法が失敗した事も原因だぞ」
「何を言うカ! 私の失敗ではなくこの島が原因でしょウ!」

 こんな会話が俺達の日常。
 
 誰かは知らねぇが、絶対この中にトラブル体質の奴いるぞ。そうでなければこんな次から次へと面倒に巻き込まれるなんて有り得ねぇ。

「一体誰がトラブルメーカーだ?」
「オラではない。案外リフェルかもな」
「何を言ってるのですカ。全員のデータを元に、ここ半年間の各自の行いを踏まえると、私のトラブル計算ではジンフリー34%、アクル33%、エマ33%という割合が出ていまス。アンドロイドの私は関係ありませんヨ」
「って事はやっぱり“オヤジ”のせいね」
「そのパーセンテージなら全員同罪だアホ」
「いや、オラとエマより1%高いお前が原因だ」
「そうよ」

 これもいつものパターン。大体皆俺に厳しいんだよな。何かしたか俺。そもそも思い返せばフランクゲート襲撃から流れが悪いんだよな。

(半年前からの出来事一覧↓)

 ・フランクゲート襲撃で公にこそならないものの、世界中の裏稼業界隈に伝わる程の騒ぎに。

 ・万が一にも犯人だとバレたら嫌なので別の離れた王国に移動。

 ・移動先の王国でアクルがトラブル引き寄せ。

 ・無事解決したかと思いきや今度はエマがトラブル引き寄せ。

 ・落ち着いた後、訪れた別の王国で俺がトラブル引き寄せ。

 ・埒が明かないと一旦誰もいない地域へと移動。のんびり出来るかと思いきや大量のモンスターと対峙。

 ・争いを収める為、何故かそこのモンスター達と仲良く国造り。
 
 ・次に向かった獣人族の王国では、成り行きで俺が剣の指導。騎士団設立。

 ・移動した王国先で冒険者がリフェルを軟派。周辺のギルドを巻き込む大争いに発展。

 ・その後も俺→アクル→エマ→俺→エマ→アクル→俺→アクル→エマ→俺……の順でトラブル引き寄せ。

 一難去ってまた一難とは言うがこれは起こり過ぎ。災難が畳み掛けてきやがる。

 だが、決して悪い事ばかりではないのもまた事実。
 長い間旅を共にした事もあり、全員の距離が幾らか縮まったのか変化も見受けられる。

 アクルはいつの間にか皆の纏め役になっているし、最初は拒絶していたエマが最近俺の名前を1文字だけ入れて呼ぶようになった。まぁその呼び方がオヤ“ジ”なのが気になるが良しとしよう。

 そして大きな変化ではないが、代わり映えに1番驚くのはリフェルだ。
 Dr.カガクの言っていた通りどんどん人間に近づいてきている。ぎこちなかった話し方も今ではもう普通の人間と大差がない。確かに面倒ばかりではあったが、これはこれで良いと思う。

 それでもトータルで見れば割に合わないけどな。この災難はもしや満月龍からの警告か何かか? 全く。

 いや、違うな。そもそも全部悪いのは満月龍だろ。そうだ。悪いのはあのドラゴン! それ以上もそれ以下もねぇ。後は全員被害者なんだよ。あれから5年以上も経つのにまだ嫌がらせするのかあのクソドラゴンは! 必ず見つけ出して全て終わらせてやる。結局全部お前のせいなんだよ満月龍。俺達が今“こうなっている”のもな!

「――いや~、“旦那達”面白いね! いつもこんな賑やかなの?」

 俺達が今言い争っている原因の1つは“コイツ”でもあるかも知れない。

「うるせぇ。そんな事より続きを教えろ。どうなってるんだよこの島と魔女は」
「ヒャハハ。それは――」

 此処、ワーホルム王国という場所で偶然出会った、この“羽の生えたタヌキ”が原因だ。
 
 時は遡ること小1時間前――。
 俺達はこの世界でも“水の都”として有名な、ワーホルム王国を訪れていた。

 この王国はその名の通り、王国の実に35%以上が運河である大小13の島々が集まって出来た水の王国である。その美しい街並みから訪れる人も多い世界屈指の観光スポットだ。

「流石ワーホルム王国、壮観だな」
「景色より満月龍よ」
「そうでス。観光に来たのではありませんからネ」
「いつも言ってるが、そんな張り詰めていたら身が持たんぞ」

 例え機械とは言えど、リフェルとエマを何気に気に掛けているアクルは面倒見が良い。見た目とは正反対に。

「アクルもジンフリーも毎度呑気な事ばかり言っているからトラブルに巻き込まれるのでス。満月龍を探しているともっと自覚を持ちなさイ」
「全くだわ」

 この暫しの旅で、リフェルとエマが思いの外意見が合うという事を俺は知った。

「はいはい。……で、今回は何でワーホルム王国に来たんだ?」

 俺の問いかけに答えたのはアクルだった。
 
 旅での行き先はいつもリフェルかアクルが決めている。初めは何故か張り合っていた(リフェルが一方的に)が、探している相手が相手なだけに、最近では協力して少しでも満月龍に辿り着けそうな手掛かりを探ってくれている。

 何でも、アクルによるとここのワーホルム王国に、ある1人の“魔女”がいるらしい。これまでの旅の中で、その魔女がどうやら重要な手掛かり掴んでいるらしい。リフェルのデータとアクルの知識、そして旅で得た僅かな繋がりから導き出された様だが、結論この情報も実際に確かめてみないと分からない。それがワーホルム王国に来た理由だそうだ。

 唯一その魔女について分かる情報があるとすれば、彼女が“ヘクセンリーパー”と呼ばれる残虐非道な悪名高い魔女であるという事。

 そして、そんな彼女の本名が……エル・ヨハネス・“シンラ―”。

 そう。
 かつてバン・ショウ・ドミナトルと共に紅鏡龍を倒した、ローゼン・シンラ―の末裔である――。

「世間は狭いな」
「まさかヘクセンリーパーがあのローゼンの末裔だとは。流石に本名までは知らなかった。今回の手掛かりは大きいかも知れない」
「兎に角行ってみようぜ。その魔女のところによ」
「勿論行きたいが、そこがまた問題だ」

 ワーホルム王国は観光客も多く訪れる治安の良い平和な王国。

 だが、そんなワーホルム王国の中でもある1つの島が特別禁止区域に指定されている。特別禁止区域は一般人では出入り出来ない場所。危険なモンスターが生息していたり歴史的価値のある場所だったりと理由は様々だが、ワーホルム王国がその島だけを特別禁止区域に指定した理由が紛れもない、ヘクセンリーパーが住んでいるからである。

「入れない?」
「普通じゃまず無理だ。会うどころか奴は島自体に結界を張っているらしい。魔女の魔力は極めて高い上に、相手があのヘクセンリーパーだからな。もしこの結界とやらが魔術によるものならば強行突破も難しいだろう」
「リフェル、お前の魔法でいけるか?」
「愚問ですネ。まだ私を舐めているのですか。早く行きますヨ」

 こうして俺達はリフェルの魔法で、特別禁止区域に指定されているヘクセンリーパーの島へと降り立った。


♢♦♢


~ワーホルム王国・特別禁止区域~

 綺麗な街並みが続いていたワーホルム王国とは一変。とても同じ王国内とは思えない程、“この島”だけは異質な空気が漂っている。

 見渡す限りの密林。日中にも関わらず何故かこの島だけ暗く、霧がかっているせいで視界もあまり良くない。

「ここが魔女のいる島か?」
「恐らくね」

 どうやらリフェルの魔法によって俺達はヘクセンリーパーへの島へと入れた様だが、何故か俺の目の前にはエマしかいなかった。

「はぐれたみたいだな」
「でもこの島にはいるみたい。微かに魔力を感知出来たから」
「そうか。よく分からねぇが取り敢えず2人を探そう」
「はぁ。また面倒が起こりそうね……」

 エマがそう静かに呟やいた。だがそれも仕方ない。だってそこら辺にモンスターの気配感じるもん。1体1体大した強さではないが何分数が多い。

「――来るぞ」
「これもきっとオヤジのせいよ」

 そう会話した直後、木々の茂みからモンスターが現れた。

「グオォォ!」

 ――ザシュ!
 俺が飛び掛かってきたモンスターを斬り倒すと、それが合図かの如く次から次へと俺達目掛けて襲い掛かってきた。

「全部相手にしてられねぇ。撒くぞ」

 俺とエマは向かってくるモンスターを倒しつつ、その場を離れてリフェルとアクルを探した。

「2人の位置は?」
「リフェルは東、アクルは西」
「アイツらは一緒じゃねぇのか。しかも真逆」
「2人とは別に、島の中心でも物凄い魔力を感じるわ」
「そりゃ間違いなくヘクセンリーパーだ。恐らく俺達が島に入った事も気付いているぞ。殺気がビンビン伝わってきてるからな」

 話しを聞きに来ただけのつもりだったが、そんな穏便に済みそうもねぇな。

「オヤジ、あれ」

 徐にエマが上空を指差す。その方向へ視線を移すと、そこには1つの赤い煙が立ち上っていた。

 何だあれ。

 そう思ったのも束の間。モクモクと立ち上った煙が上空で突如動き始め、見る見るうちに形を変えていく煙は“集合!”という文字を現した。

「リフェルだな……」

 というかそれ以外あり得ない。発想も手段も口調も。まぁセンスは疑うが結界オーライ。これなら全員集まれる。俺とエマは頷き、立ち上る煙の元へと向かった。

 そして……。

「――来ましたねジンフリー、エマ。私の合図が助けになったでしょウ」

 煙の元まで辿り着くと、何とも言えないドヤ顔で立っているリフェルがいた。

 確かに機転を利かせた判断だが、こうも偉そうにされると素直に礼を言いたくないと思う俺は幼稚なのだろうか。

「無事だったか? アクルは?」
「心配無用でス。もうそこまで来ていますヨ」

 リフェルの言った通り、俺とエマが着いた数十秒後にアクルも現れた。

「おぉアクル、お前も大丈夫だッ……?」

 皆まで言わずそこで止まった。
 取り敢えずアクルは見た感じ大丈夫そうなので何より。

 それよりも、俺が目に留まったのは“そこ”ではない。きっとリフェルとエマも同じ事を思っている筈。こちらに向かってくるアクルが、何故か心配そうな表情をしながら自分の両手を見ているから。まるでそっと“何か”を持っているかの様に。

「皆無事だったか」
「お前もな大丈夫そうだな。それより、何持ってるんだそれ」
「ああ、実はな……」

 アクルはゆっくりとその大きな両手を俺達に見せたきた。
 するとそこには、怪我をして血を流しているタヌキの姿があった。

 血を流している事にも弱っている事にも勿論驚いたが、何より1番驚いたのは、その横たわるタヌキの背中から何故か鳥の様な“羽”が生えていたから――。
「はい。これで大丈夫ですヨ」
「助かったぞリフェル。ありがとう」

 リフェルの治癒魔法によってタヌキの傷がどんどん治っていく。傷も塞がり、さっきまでの荒々しい呼吸も落ち着いてきた様子だ。

「これタヌキ……だよな?」
「多分」
「タヌキって羽生えてたか?」
「タヌキに羽なんてあるわけないでしょ。それに羽と言うより鳥の翼みたいだけど」
「確かに……って、どっちにしても可笑しいだろ。タヌキなんだから。こういう種族なのかな」
「いや、こんな種族は存在しない筈だ」
「私もアクルと同じ意見でス。私のデータに存在しませン」
「じゃあこれは一体……」

 話しをしていると、意識が戻ったのかタヌキが動き出した。
 そしてこれが、この島で起こる俺達の物語の始まりだった――。

「……」
「お、動いたぞ。何はともあれ大丈夫そうだな。羽の生えたタヌキなんて初めて見た。ほら、元気になったなら森へ戻りな」
「――“動物扱いされてもな”」
「ん?……何か言ったか?」

 声が聞こえた俺はリフェル達を見た。だが誰も言葉を発しない。3人共不思議そうに互いの顔を見た後、再び俺を見てきた。

「いや。オラ達じゃないぞ……」
「え? だって今何か喋っただろ?」
「私ではないでス」
「私も」

 ん……? 皆困惑した表情を浮かべている。ふざけている……訳じゃないよな?
 でも今確かに誰かッ……「――“俺だよ旦那”」

 また声がした。
 俺はリフェル達を見たが全員首を振っている。訳が分からねぇ。皆も無意識の内に辺りをキョロキョロ見渡していた。

 気のせいではなく確かに聞こえる。でも俺達じゃない。
 なら一体これは誰のッ……「――“お~い、こっちこっち! ここだよ”」

「「――⁉⁉」」

 俺は……じゃなく、全員が目を疑った。

「良かった良かった。やっと気が付いてくれたみたいだな」

 おいおいおい……どうなってんだこれは……。

「いや~、危ない所を助けてもらってマジで感謝! もうダメかと思ってたんよ」

 これまでの人生でも目を疑う様な事はそれなりにあった。だがその中でもコレはまた異様――。

「ありがとう! 旦那達のお陰で助かったぜ」

 俺達が今見ているものが夢でなければ、この世界の誰が信じてくれるだろうか。
 ついさっきまで大怪我をして力尽きそうだったタヌキが、何故か羽を生やしている挙句にこちらに向かって“喋っている”なんて。

 一体何処の誰が信じてくれようか――。




「な、なッ……何なんだお前はぁぁぁ⁉⁉」

 ヘクセンリーパーという悪名高き魔女の島にいる事を忘れ、俺は思わず大声で叫んでしまった。でもこれはしょうがねぇ。

 だってあろう事かタヌキが喋っているんだからな!

 しかも流暢に。しかも人間みたいに2本足で立ってるし。

「まぁまぁまぁ。驚くのは分かるけどさ、取り敢えず深呼吸して落ち着きなよ。話はそれから」

 まだ現実を受け止めきれていない上に、俺は今ひょっとしてタヌキに気遣われている?

 アクルとエマも驚いているのか、タヌキを見て珍しく呆然としている様だ。しかもこんな摩訶不思議な状況にも関わらず、流石と言うべきなのかリフェルが1番最初に言葉を返した。

「アナタは何者ですか?」
「お、お姉さんすげー美人だね。 ラッキー! こんな美女に助けてもらったのか俺は。名前は?」
「私の質問が先ですヨ」
「これは失礼。助けてもらったのに自己紹介がまだだった。改めて……危ない所を助けてくれてサンキューな。俺の名前は“ルルカ・ヴィクラム・デーヴィ”。信じられないと思うけど、これでもれっきとした人間なんよ。それと一応盗賊やってるんで宜しく!」
「はい。分かりましタ」
「軽ッ! お姉さん面白いね。ヒャハハ」

 ルルカと名乗った羽つきタヌキ。 見れば見るほど不思議でならん。

「もしかして……“デーヴィ盗賊団”?」

 そう口にしたのはエマであった。

「ん? 俺らの事知ってるのか、獣人族のお嬢ちゃん」
「私のデータからも抽出されましタ。ルルカ・ヴィクラム・デーヴィ。年齢21歳。男。女好きで軽い人間ですが、盗賊としての才能は折り紙付き。彼が10代で結成したデーヴィ盗賊団はその界隈で一躍名を轟かせていますネ」

 このタヌキが盗賊団の頭? それも名のある……つか、その前に人間ってどういう事? 情報が渋滞してやがる。

「はぁ~、これは驚いた。お嬢ちゃんもお姉さんも知ってるなんて、俺も随分有名になってるなぁ。お姉さんなんて最早俺のファンだよね」
「あり得ませン。ただアナタの情報を申し上げているだけでス」

 清々しいまでの一刀両断。お調子者の彼も流石に戸惑ったみたいだな。

 一旦会話が止まった所で今度は俺が彼に聞いた。

「なぁタヌキ。お前が人間ってどういう事だ」
「今度は旦那が質問ね。それにその答えは話すとまぁ長いんよ……。でも噓ではない。お姉さんが言った様に俺は盗賊団の頭であり、ルルカという1人の人間だ。今は“魔女の呪い”によってこんな姿だけどよ」

 疑いたくもなるが、そう語るルルカというタヌキの瞳は真剣だった。

「魔女の呪いって……もしかしてこの島にいるヘクセンリーパーか?」
「そうさ。俺が言うのも変だけど、旦那達こそ何者なんよ? こんな所にいて。まさか奴の友達とかじゃないよね」
「まさか。友達どころか見た事もねぇ。何なら名前もさっき知ったばっかりだ。俺達はその魔女にちょっと聞きたいことがあってな」
「へぇ……。まぁ旦那達があの魔女に何の用があるか知らないけど、それは無理かもしれんよ」
「何故だ?」
「何故って……ヘクセンリーパーは俺が“殺す”から」

 今までの軽い雰囲気からは一転。
 彼の最後の一言からはとてつもない殺意と覚悟の重さを感じた――。 
「……って、下手こいて死にかけた奴が言ってもね」

 そう自虐交じりに言う彼は直ぐに元の雰囲気に戻った。

 コイツも訳ありって事か……。

「確かに説得力がねぇな。お前の強さは知らんがまた怪我するぞ」
「心配ありがと。でも大丈夫なんよ。後“1時間”も経てばね」
「は? そりゃどういう意ッ……「――来る」

 エマが言った直後、再び大量のモンスターが現れた。先頭切って突っ込んでくる狼や猪のモンスターを筆頭に、その後ろからも次々と出現していた。

「やべぇな。一先ず逃げるか」
「何故ですカ? あの程度のモンスターなら何体いようと私が一撃でッ……「止めろ」

 リフェルを遮る様にルルカが言った。

「ここは完全に奴のテリトリー。この結界内では魔力操作が難しくなっている」
「魔力操作が……?」
「成程。それで私の魔法も安定せず、皆がバラバラになったのですネ」
「その説明は後! 今は旦那が言った通りこの場を離れよう」

 ルルカの後に続き俺達もこの場から退く。最低限のモンスターを倒しながら暫く逃げていると、いつの間にかモンスター達も消え、また不気味な静けさが広がる密林に戻った。

 そして物語は“今”に戻る――。

「――いや~、“旦那達”面白いね! いつもこんな賑やかなの?」

 俺達が今言い争っている原因の1つは“コイツ”でもあるかも知れない。

「うるせぇ。そんな事より続きを教えろ。どうなってるんだよこの島と魔女は」
「ヒャハハ。それはさっきも言ったけど、ここは完全に奴のテリトリーなんよ。島全てがね。この結界は奴の魔術で生み出されているから普通の方法では入る事が出来ない。お姉さんの言い方だと、旦那達も特殊な魔法か何かで侵入したんじゃないの? この島に」
「そうでス。私の移動魔法で来ましタ」
「やっぱりね。この結界内では侵入者を察知するとモンスターが出現し襲い掛かって来るんよ。奴からの警告みたいなもんさ。そして侵入者はここでの魔力操作が著しく低下してしまう。
発動したい魔法が出せなかったり、思っていた魔法と違うものが出たり。そもそも魔力を練り上げられなくなる事もね」

 随分と詳しいな……。
 いまいち掴めない奴だが余程魔女と因縁があるみたいだ。

「成程な。それで肝心のヘクセンリーパーは何処にいる?」
「う~ん、教えてもいいけど今度はこっちの番。俺ばっか言ってフェアじゃないでしょ。旦那達は何の用なの? アイツに」
「私達は満月龍を探しているのでス」
「満月龍を……?」
「この島にいるヘクセンリーパーという魔女が何か知っている可能性があってな。オラ達はそれを聞きに来た」

 こちらの言い分を聞いたルルカは沈黙した。そして数秒後、大きな笑い声が響いた。

「ヒャハハハハッ! やっぱり面白過ぎるんよ旦那達。満月龍を探す為に魔女と話をしに来たって? どういう冗談なのそれ!」

 何かツボに入ったらしいルルカは腹を抱えて笑い転げている。
 だが、一切冗談ではないという俺達4人の視線を感じ取ったのか急に笑うのを止め、「嘘でしょ?」と言いながら何度も何度も俺達の顔を見比べていた。

「ふぅ……。いや、何というか~、まぁアレなんよ。マジで満月龍探してるって事でいいだよな?」
「ああ。やっと分かってくれたらしいな。だから早くヘクセンリーパーの居場所教えてくれ」
「そっかぁ。旦那達には助けてもらった借りがあるから協力したいけどさ……仮に奴が満月龍の情報を持っていたとしても、絶対旦那達には教えないよ」
「だろうな。友達でもない侵入者だし」
「良く分かってるね。だったら諦めてもう帰んなよ。 ワーホルムにはもっと観光に向いた場所が沢山あるし」
「それはまた話が別だ。ヘクセンリーパーがどんな奴なのか知らねぇが、僅かな可能性があるなら俺達は行く。観光にきた訳じゃねぇ」
「え~。絶対に?」
「絶対だ」
「そうか~、困ったなぁ……」

 ルルカはバツが悪い様子で頭を抱えている。

「何が困るんだよ。お前も何か穏やかじゃねぇ理由があるみてぇだが、ヘクセンリーパーと俺達が話をするだけでもそれと関係してくるのか」
「大アリだね」

 食い気味に言い放ってきたルルカの雰囲気からまた殺意が感じられた。

「 ……! お、“やっと時間がきた”。旦那達、悪いけどやっぱり諦めてよ。今から俺あの魔女殺すからさ――」
「何?……って、おいッ! 」

 ルルカの殺意が更に膨れ上がった刹那、彼は一瞬にして姿を消した。

 “今から俺があの魔女殺すからさ――。”

 やべぇ。
 アイツまさか本当にッ……!

「リフェル! ヘクセンリーパーの居場所は⁉」
「妙な結界のせいで100%とは言い切れせんガ、1つだけ怪しい魔力がありまス」
「それだ。早くそこまで飛ばせ! あのタヌキがヘクセンリーパー殺しちまうぞ!」
「ホントに面倒ばっか」
「ですが上手く移動魔法を使えるか分かりませんヨ」
「いいから早くやれ! そして絶対失敗するな!」
「無茶苦茶だなお前……」
「もうどうなっても知りませんからネ」

 投げやりになりながらもリフェルは魔法を発動した。淡い光が俺達の体をどんどん包み込んでいく。そして視界が明るくなった瞬間、俺達は何処かへ飛んだ――。
 
~魔女の島・城~

 ――ブワァン……!
 光に包まれていた視界が一気に晴れ、そこには今しがた見ていた薄暗い密林と、一際目立つ不気味な城が聳え立っていた。

 リフェルの魔法はどうやら上手くいった様子。今度は全員揃っている。

「皆いるみたいだな」
「ヘクセンリーパーはこの中か……」

 城の外にいるにも関わらず、中から禍々しい空気がひしひしと伝わってきていた。

「城には更に強力な結界が張られていますネ。私の魔法でも此処までが限界でス」
「十分だ。良くやったぞリフェル。あのタヌキは何処ッ……『――ズドォォンッ!』

 突如城から地響きがする程の揺れと轟音が響いた。

 反射的に上を見上げると、城の中腹部辺りの壁が吹き飛び瓦礫と何やら“黒い物体”が俺達の元へと降り注いできた。

「避けろぉぉッ!!」

 ――ズガガガガァンッ……!
 凄まじい音と共に無数の瓦礫が辺りに散らばる。小石程度の大きさからアクルよりデカいサイズの瓦礫まで。こんなのに潰されたら一溜りもないだろう。

「大丈夫か?」
「当たり前でしょ。あんなので死ぬ訳ないじゃない」
「無事ならいい。リフェルとアクルも大丈夫そうだな」

 取り敢えず全員無事。何故瓦礫が落ちてきたのかも気になるが、俺はそれ以上に気になるのが2つ。
 
 まず瓦礫と共に落ちてきたこの黒い物体。人の様な身体から角と羽を生やしたモンスター、“ガーゴイル”だ。よく見ると数か所に怪我を負ってやがる。

「こいつはガーゴイル……何故瓦礫と一緒に落ちてきた?」
「ダメージを負ってるわね。誰かにやられたのよ」
「さっきコイツが吹っ飛んできた壁の穴から一瞬だけ人影を見た。多分ソイツだろう」

 これが気になったもう1つ事。俺はガーゴイルと瓦礫が落ちてくる刹那、間違いなく“人影”を見た。一瞬だから顔どころか性別も分からねぇが、Aランクモンスターに指定されているコイツを倒したと言う事は、それなりの実力者だろう。ルルカとか言う野郎と俺達以外にもまだ誰かいるって事か……? 

 何にせよ、あのタヌキが殺す前にヘクセンリーパーを見つけねぇと。

「俺達も中へ行くぞ」

 城に足に踏み入れると、城内は今までとは比にならない程悍ましい空気が流れていた。

 こりゃ思ってた以上にヤバい奴だな、ヘクセンリーパー。

 中は驚くぐらい殺風景。真正面に大きな階段があるぐらい。だが何だ……? まるであの階段が俺達を手招いている様なこの嫌な感覚は……。

 “来れるものなら来てみろ”――。

 そう威圧されているみたいだ。 

「スキャン完了。この城は9階建てで、各階にモンスターが1存ずつ在していまス。それも全てAランク以上に指定されているモンスターばかり。ヘクセンリーパーは城の最上階でしょウ。因みに吹っ飛んできたガーゴイルは7階にいたモンスターで、ルルカと思われる魔力が8階へと向かっています」
「何⁉ あのタヌキもうそんな上まで行ってやがるのか。じゃあさっき俺が見た人影はひょっとしてタヌキの仲間か?」
「それは知りませんが、私の魔力感知では“ルルカのみ”でス」
「そんな訳ねぇだろ。俺見たぞ人影」
「盗賊団なら他に仲間がいても可笑しくはないだろう。それよりオラ達も急いだ方がいい」

 少し引っ掛かるがアクルの言う通りだ。逆を言えばまだアイツはヘクセンリーパーと接触していない。十分間に合う。

「リフェル、魔法で一気に上まで行けるか?」
「無理ですネ。城に入ってから更に魔力が練り上げにくくなっていますかラ」

 こういう時に魔力0の俺にはその感覚が全く分からない。だがアクルとエマも同じ事を言っているからそうなのだろう。旅に出てからというもの何だかんだでリフェルには頼りっぱなしだからな……“丁度いい”――。

「そうか。まぁここまで来られたんだからお前には感謝しねぇとな」

 満月龍と対峙してからもう5年以上。歳も取って毎日酒浸り。ダラダラと生きていた俺は当然体のキレも無くなりゃ運動不足も相まって全く体が動かなかった。最初はちょっとの距離歩くだけでもしんどかったからなぁ。それに比べりゃ大分まともになってきたか。

 俺はそんな事を思いながら魂力を練り上げた。

「何をする気でス?」
「ああ、ちょっとな」

 魂力を練り上げても特に変化はねぇ。恐らく魔力にだけ制限が掛けられているのだろう。“ヘクセンリーパーも”魂力を甘く見てるって事か。

「“やる”のか?」
「いや、“そっち”はまだだ。その前にこの半年で何処まで調子が戻ったかを試す」

 先祖であるバン・ショウ・ドミナトルとかいう奴の実力は相当なもの。だから俺もその域に達しなければ到底満月龍を倒す事なんて出来ねぇ。全盛期の実力を取り戻すだけでは足りない。そこから更に強く……。

 この半年、甘ったれていた体には十分鞭を打った。言い訳は通じない。

 大地を裂き天を割るとまで言われたバン・ショウ・ドミナトルとの実力比べといこうか。

 魂力を最大限まで練り上げ、俺は剣を一振りした――。

 ――スンッ……。

「え、何かしましタ? 今のはただの素振りでッ……『――ズドンッッ!!』

 リフェルが何か言いかけたが様だが、それは轟音によってかき消された。

「「――⁉」」
「こんなもんか……」

 剣を振った2、3秒後、目の前の不愉快な階段と共に城と大地が真っ二つに割れた。

「凄い……」
「流石伝説のドミナトルの末裔だな」
「エラー、エラー。私の持つジンフリーのデータ数値よりも身体、威力、剣術、魂力、全ての数値が上回っていまス」
「Dr.カガクも初期設定が甘いな。データ更新しとけ。おっさんの本気はまだ強ぇぞ」

 以前は何も知らずにただ魂力を使っていただけだが、アクルと出会ったお陰で魂力の“その先の力”を知る事が出来た。それからというもの、魂力に対する意識も根本から変わり、自分でも驚く程の変化を遂げている。

「わぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 ――ズドォォンッ!!


 何が起こったのだろう……?

 俺の見間違いでなければ、何故か今空から“人間”が落下してきた――。
 
「痛ってぇッ……! 何が起こった……⁉」

 落下してきたのは若い男。

 誰かは知らんが取り敢えず無事みたいだ。

「ガーゴイルの次は人間か。よく分からん島だ」
「おいお前、大丈夫か?」

 青年の年齢は20歳前後ぐらい。狐の様な細いつり目に額にはバンダナ。耳や首や手首には、何やら高価そうなアクセサリーがジャラジャラと付けられていた。

 青年は落下した時に頭でも打ったのか、痛そうにその部分をさすりながらゆっくりと立ち上がり、徐にきょろきょろと周囲を確認したかと思えば何故か俺達の所で視線が止まった。

「お、“旦那達”も来てたのか!」

 旦那達……?

 この青年とは勿論初対面……の筈なのだが、何故だ……? 明らかに向こうは俺達を知っている様子。何処かで会ったか?
 
 いや、記憶にねぇぞ。旅の道中でも関わった人達は覚えているが、こんな兄ちゃん知らないな……。でもなんだろう。この雰囲気と話し方をどっかで……。

「まさかもう忘れた? ヒャハハ、いくら旦那でも呆けるには早すぎるでしょ」

 この瞬間に俺はピンときた。横にいたリフェル達も気が付いた様だ。

「お前まさか……!」
「分かったみたいだね。そう、俺だよ。“ルルカ”。言ったでしょ? これでも一応人間だって」

 そう。この見覚えはないが確実に会った事のある人物はあのルルカだった。

 紛れもない、ついさっきまで一緒にいたあのタヌキだ。

「何がどうなってやがるんだ?」
「まぁ困惑するのも無理ないよね。でもこっちが正真正銘、デーヴィ盗賊団ルルカの姿なんよ」

 成程。俺が見た人影はコイツだな。だとすればリフェルが言っていた事も辻褄が合う。ガーゴイル倒したのもルルカか。一見軽い感じに見えるが、さっきの殺意といいそこそこ実力あるみてぇだな。
 
「それよりさ、コレやったの旦那達?」

 ルルカは真っ二つに割れた城を見ながら言ってきた。

 どうやらコイツは城の1番上にいたヘクセンリーパーの元へ向かっている途中、俺が城を割ったせいで落っこちてきたらしい。

 別にコイツ狙った訳ではないのだが、少しだけ同情しておこう。

「悪りぃな」
「はい嘘。絶対思ってないでしょ」
「バレたか」
「まぁいいよ、“それどころ”じゃなくなったみたいだし。結果オーライって事で」

 そう言いながらルルカは鋭い視線を城の上へと飛ばしていた。

 そして直後、俺達も“奴”の放つ禍々しい殺気を感じると同時に、その視界には城よりも高い上空を漂う、異質な人影の姿があった。

「ヘクセンリーパー……」

 本物を見た事が無いにも関わらず、俺の口から自然と奴の名前が零れていた――。

「誰だ貴様たちは……?人の家で随分好き勝手やっているじゃあないか。えぇ」

 静かに口を開いた魔女、ヘクセンリーパー。

 この島の不気味な雰囲気が可愛く思えるぐらい、奴1人が現れただけで空気が異常に重くなった。全身を纏う黒いマントが風に靡かれ、不規則に垣間見える眼光は確実に俺達を敵視している。

 コイツ強い……。

「お前がヘクセンリーパーだな。実は折り入って話したい事がッ……⁉ って、おいッ!」

 奴と話そうと声を掛けた瞬間、ヘクセンリーパーは手にしていた杖を大きく上に振り上げると、一瞬にして膨大で重々しい魔力が音を鳴らしながら集まった。そして奴は躊躇する事なくそれを俺達目掛けて放ってきた。

「私の城を破壊しておいて何が話だい……得体の知れない貴様ら等ゴミ同然じゃ。さっさと死になッ!」

 なッ、やべぇ……!

 ヘクセンリーパーの凄まじい魔法攻撃が雷の如く襲ってきた。
 
 ……かに思えた次の刹那――。
 突如風船が割れたかの様に、俺達目掛けて繰り出された攻撃が、当たる直前でパッと消え去った。

「……!」
「何だ?」

 想定外の出来事だったのだろうか、攻撃をしたヘクセンリーパーも突然の事に、少しばかり驚いている様子。

 何が起こったのか分からない。

 その場にいた全員が同じ事を思っていた。

 たった1人の青年を除いて――。

「お前の相手は俺なんよ……ヘクセンリーパー」

 流れていた数秒の静寂を破ったのはルルカ。

 何をしたのかは分からないが、今起きた事がルルカによるものだという事は全員が理解出来た。

「貴様は……。誰かと思えば、何時ぞやのコソ泥ではないか。私の呪いを受けてまさか生きておったとはねぇ。これはこれは滑稽な話じゃあないかい! ケッケッケッケッ!」
「相変わらず不愉快な婆だな」
「性懲りもなく“また”殺されに来たのかい?」
「黙れよ。次殺されるのはお前だ」
「若者の威勢ほど死に近いものはない。今の攻撃は運良く防いだ様だがねぇ、私の前でまぐれは2度起きないよ。ケッケッケッ」

 ヘクセンリーパーは嘲笑いながらそう言った。

 そして、このヘクセンリーパーに嘲笑いが合図かの様に、強力な魔力練り上げたルルカがヘクセンリーパーに攻撃を仕掛けた。

「速ぇ……!」

 腰を落としたルルカは地面を力強く蹴り、疾風の如くヘクセンリーパーの元まで飛び上がって行った。

 これは……風属性の魔法か。凄ぇ強さだ。
 やはりルルカとヘクセンリーパーには穏やかじゃねぇ因縁があるみたいだな。

 ルルカが飛び上がるとほぼ同時に、周囲には強烈な風が巻き起こっていた。

「お前を殺さねぇと……“アイツら”に合わす顔がないんよ……!」
「――!」

 一瞬で距離を詰めたルルカは、ヘクセンリーパーの背後を取り既に攻撃態勢へ。

 油断していたのか、ヘクセンリーパーは辛うじてルルカに反応はしたものの、余りの速さに体が動かずルルカの攻撃が見事ヘクセンリーパーを捉えた。

 ――ズドンッ!

 攻撃を受けたヘクセンリーパーは強烈な風と共に数メートル先まで飛ばされが、空中で再び体勢を立て直した。

「チッ、浅かったか」
「成程……。その“魔具《まぐ》”で私の力を無効化しているようだねぇ」
「この2年、俺はお前を殺す為だけに生きてきたんよ。既に殺す準備も算段も整ってる。お前はもう詰んでんだよッ!」
「見当違いも甚だしい。たかが魔具を手に入れたぐらいでこの私に勝てると思ったのかい? 何処までも笑わせる若造だねぇ。2度と生意気な口を叩けない様また全員殺してやるわッ!」

 ルルカの先制攻撃から数分が経過した。

 あれから両者一歩も譲らず激しい攻防を繰り返した後、互いに一定の距離を保った。

「ハァ……ハァ……ハァ……」
「しんどそうじゃあないか。ここまで呪いの時間を延ばしていた事だけは賞賛してやろうかねぇ」
「うるせぇ……。ハァ……ハァ……次の一撃で終わらせてやるよ」
「まるで説得力がない。私も暇じゃないんだ。次で殺してやるから早くアホな仲間達の元へ逝きな!」
「殺す」


 これが2人の最後の会話。

 ルルカとヘクセンリーパーは今までよりも更に魔力を高め、互いに最大の攻撃を繰り出す態勢へと入った。

 両者の魔力の圧によって島全体が地響きを鳴らし揺れている。

 勝者がどちらにせよタタでは済まない。

 上空で激闘を繰り広げるルルカとヘクセンリーパー。

 地上にいた俺達は危険を察知し、少し離れた位置まで下がり衝撃に備える準備をした。


 そして――。

「食らえヘクセンリーパァァァッ!!」
「死ねぇぇぇぇッ!!」

 魔力を極限まで高めた渾身の一撃が、遂に両者から両者へと放たれた。

 2つの強力な魔法攻撃が凄まじい威力でぶつかり合ッ……『――シュバァァァァァァンッ!!』

「「……⁉」」

 まさに一瞬の出来事――。

 ルルカとヘクセンリーパー、両者の強力な攻撃を遥かに凌ぐ神がかり的な魔法弾が2人の攻撃を飲み込み消滅させてしまった。

 どこからともなく突如現れたその魔法弾は、そのまま遥か上空まで放たれていきいとも簡単に雲を割る。

 全員が言葉を失った。

 まるでこの世に終末が訪れたかの如く。

 辺りは耳鳴りが聞こえる程の静寂に包まれ、ぞの場にいた全員の視線が無意識のうちに、魔法弾が飛んできた方向へと向けられていた。













 「――全くもって長いでス」
 
♢♦♢

~特別禁止区域・ヘクセンリーパーの城前~


「――いくら何でも無茶苦茶過ぎるんよ」
「まぁ結果オーライだろ」

 幕切れは何とも呆気ない。

 ルルカとヘクセンリーパーの攻撃を掻き消したリフェルの一撃が天へと消えたかと思いきや、再び空から舞い戻り、そのままヘクセンリーパーを襲ったのである。

 そして今俺達の足元には完全に気を失ったヘクセンリーパーが倒れていた。

「これでも一応待っていたのですヨ。ですが余りに戦闘が長く効率が悪いと判断したので、こうして私が修正しましタ」

 これがリフェルの言い分だ。 

 順を追って説明すると、まずルルカの持つ魔具というのは1つ1つに特殊な効果があるアイテムの事。

 俺も勿論その存在は知っているし見た事もあるが、これは魔草と同じで、魔具にも物によってかなり貴重で効果の高い物が存在する。子供が遊び用から人の命を奪うものまでな。

 ここは流石盗賊団だと褒めていいのか複雑ではあるが、ルルカ達は珍しい物や入手困難な物を狙う筋金入りの盗賊。今回の魔具は、ヘクセンリーパーを倒す為……今日という日の為だけにルルカが入手した超希少な魔具であった。

 その効果は、“魔具を使用した場所から半径50m以内全ての魔術を無効化”――。

 つまり、この島に張られていたヘクセンリーパーの結界効果が消され、通常通り魔力を扱える様になったのだ。

 そしてその恩恵を受けたのは使用者であるルルカのみならず、ついでに彼から半径50m以内にいた俺達全員も対象になっていたらしい。

 魔具の効果を発動させたのはルルカとヘクセンリーパーが対峙した時から。リフェル達は直ぐに気付いたとの事だが……これは残念。魔力の無い俺には分からなかった。

 ある意味この魔具は、魔法ではなく魔術を扱う“対魔女”としては絶大な効果を誇る。当然それ目的でルルカは手に入れた訳だろうが、所詮は1つのアイテム。魔具は効果が高ければ高いほど、強ければ強い程、回数や時間に制限がある。

 ルルカの使用した魔具の制限回数は1回。そして効力はたったの10分。

 これまでの状況を整理した上で、ここからが本題だ――。
 
 ルルカとヘクセンリーパーの目まぐるしい激闘が始まって直後、図らずもその効力を受けたリフェルの言い分では、彼女は極めて効率的で現実主義な為、全くメリットのないルルカ達の戦闘を直ぐに強制終了させようとしたらしい。

 だが、これはいい意味で誤算だったのだが、“ルルカのお陰で魔力が通常通り使える様になった”というリフェルなりの“思いやり”が芽生えていた瞬間でもあった。

 今しがたリフェル本人の口からそれを聞いた時は本当に驚いたぜ。今まで情の欠片も感じられなかったからな。特に俺に対しては。

 まぁ理由はどうであれ、思いがけない形でリフェルに変化が起きた。これは良い事でしかない。

 確かに良い事でしかないし、言ってもアンドロイドなのだから徐々にという事は分かっている。Dr.カガクも言っていたし、想定よりも早く人間らしくなっていると俺は常々思っていた。

 だがしかしリフェルよ。

 後ほんの少しだけ待てなかったか? それが我慢の限界だったのかお前の。

 ルルカの魔具のタイムリミットは10分。激しい攻防の連続で正確な時間は分からないが、今思い返せば多分7~8分。感覚だけど、奴が最後の力を振り絞った事を踏まえれば大きなズレがあるとは思えねぇ。

 逆を言えば、あの一撃で少なからず勝敗が着いていたと思う。仮にそうじゃなかったとしても、魔具の効力もどの道1~2分ぐらいだろ。

 も~~うちょっと待ってやれよ。後ホントにちょっとだけだったぞ。

 5分以上待ったならたかが数分大目に見てやれなかったか? リフェルよ。

 俺達も確かにヘクセンリーパーから重要な手掛かりを求めてやってきたし、ルルカとは会ったばかりで何も知らねぇけどよ、アイツがかなり気持ち入れ込んでたって事を少しぐらい汲み取ってやっても良かっただろうに。

 アクルは勿論、悪いがエマでさえ、ルルカの並々ならぬ事情に横槍入れちゃいけないなと思っていたと思うぞ。殺しの事しか考えていないエマでもな……。

 分かるよ。
 最初からお前を見てきた俺なら、お前に芽生えてきた“感情”という名の小さな功績を褒め称えたい。いや、本来なら皆で酒でも飲みながら祝ってもいいぐらいの出来事だ。正直俺はそれぐらい、リフェルに感情が生まれた事が嬉しかった。

 でも、だからこそ複雑なんだ。多くを求めてはいけない。まずは出来たという偉大な1歩を認めたい。認めているし誇らしく思うが、ど~~~しても後数秒だけでいいから待って欲しかったぜ。

 これが俺の正直な本音です。はい。

 長々とどうでもいい事を語って悪かったな。
――シュゥゥゥ……ボンッ!
 
 ヘクセンリーパーを倒し、何気ない会話をしていた最中、突如ルルカの体から煙のようなものが溢れ出し、直後ルルカは人間の姿からまた羽の生えたタヌキへと戻ってしまった。

「あ~、戻ったか。それにしても疲れたなぁ」
「お前それどういう仕組みなんだ……?」
「知りたい? 別に楽しい話じゃないけどさ、事も一段落しちゃったし、ちょっと疲れたから話してもいいよ」
「興味ありませン。早くヘクセンリーパーから手掛かりを聞き出しましょウ」
「いいじゃねぇか少しぐらい」
「ならご勝手にどうゾ。私は呑気に気絶しているヘクセンリーパーを叩き起こしまス」

 お前が攻撃食らわしたんだろうが。

 リフェルはそう言うと、倒れているヘクセンリーパーの胸ぐらを掴み、ブンブン振りながら「起きなイ」と何度も何度も体を揺らし始めた。

 そのうち悪名高さがヘクセンリーパーを凌ぐだろうな……。

「相変わらず凄いね、“リフェル姉さん”。めちゃ美女だけど中身とのギャップが」
「お前の軽さもな」
「そこが俺の魅力なんよ。まぁ良くも悪くもこの軽さが事態を招いた結果でもあるんだけどね」

 ルルカはふと寂しげな表情を浮かべながら話し出した。

「俺のこの体は奴の魔術の呪いさ。タヌキの状態から72時間が経過すれば人間に戻る事が出来る。
でも、人間の状態では魔力消費が通常の5倍以上掛かるんよ。だから何も魔法を使わなくて、ただ人間の姿になっているだけでどんどん魔力が枯渇していく。そして自身の魔力が尽きた時、俺はまたこのタヌキに戻っちゃうって訳。

まぁ最初は人間の姿5秒も維持出来なかったから大分マシになったけどね。2年もかけてようやく10分維持して戦える様になったんよ」

 魔術の呪いはかなり強力と聞いていたが、まさかこれ程とはな……。

 それに……。

「お前盗賊“団”って事は、他に仲間がいるんだよな?」

 この俺の問いかけに、ずっと流暢に話していたルルカが一瞬口籠った様に見えた。

「ヒャハハ。正確には仲間が“いた”だけどね」

 やはりそうか。
 コイツとヘクセンリーパーの会話で何となく察してはいたが……。

「これでもさ、俺達結構有名な盗賊団だったんよ。自分で言うのも何だけど……。
だから俺達に盗めない物は無い!って、他の盗賊が盗みに失敗した物や、普通の奴らじゃ盗み出せない物を俺達は狙った。でも、今思えばそれが間違いだったのかもね。

俺達が盗みを成功させる度に、どんどんと名や存在が広まったさ。勿論悪い気はしない。寧ろこのデーヴィ盗賊団なら、どんな物でも盗み出せる最高の仲間だと思ってた。そう思ってたからこそ、俺達は自惚れて、周りが見えていなかった……。

事の発端は“盗人の笑い(スティール・ラフ)”だった――」

 スティール……ラフ……?

「旦那達は知らないと思うけど、この盗人の笑い(スティール・ラフ)ってのは、言わば盗賊達のゲームみたいなものなんよ。昔から存在する盗賊界隈の伝統でね。

ルールは至ってシンプル。
盗む対象を決め、誰が先にそれを盗み出すか。そして勝った1人は対象のブツとそのスティール・ラフに参加していた奴らから好きな物を奪える。金貨、魔具、酒、女……家族から命まで。

昔はかなり重い賭けをしていたらしけど、今は全然そこまで生々しいものじゃないんよ。ゲームする前に賭ける物も決めた上でやる遊びだからね。でも、物事が決まらなかったり意見が対立した時はコレ1つで解決する。俺達盗賊にとって、スティール・ラフの勝敗は絶対だから。

そして2年前――。
俺達はあるスティール・ラフの申し出を受けた。相手は誰もが知る大物盗賊団。ちょっとした事情があってね、俺はどうしても奴らと勝負をしなくちゃいけなかったんよ。
こっちが賭けたのは俺の命。そして、向こうは“ソフィア”という1人の女を賭けに出した。

狙う対象物はとある宝石。その宝石がある場所こそ“ここ”、ヘクセンリーパーの城だった……。

俺達と相手の盗賊団は宝石を盗み出す為にこの島へ侵入。だけど、結果は最悪――。
宝石を盗み出すどころか、島に入った全員があの魔女に殺された。

決して俺達が弱かった訳じゃない……。相手の盗賊団の連中も実力者揃いだった。それにも関わらず、俺達はヘクセンリーパーという魔女の強さを甘く見ていたんだ……。奴の実力も、魔力が思った様に使えなくなる事も……何も知らずに……俺達は奴を怒らせてしまった……。

俺はソフィアを……そして……仲間達を……ゔゔッ……誰1人として……守れなかった……ッ!
ゔッ……ゔゔ……なのにッ……アイツらは……こんな俺を庇って……ゔッ……!」

 いつの間にかルルカは涙を流していた。

 コイツのヘクセンリーパーに対する並々ならぬ殺意には、大切な者達を失った怒りや罪悪感が込められていた様だ……。

 どれだけ大切なものを失い、どれだけ辛い思いをしているのかは、結局本人しか分からない痛み。きっとコイツは、今日という日までずっと1人で戦ってきたんだろう。

 凄ぇな……凄ぇよ。立派だよ……。

 俺はとても1人で立ち向かえなかった。

 気持ちは分かる、なんて綺麗事。

 他に気の利いた事も言えねぇ。

 だから……だからせめてよ、今俺に出来る事と言えば、ルルカ……。お前の痛みにほんの少しだけ寄り添う事ぐらいなんだ――。

 子供の様に泣きじゃくるルルカを、俺はいつの間にか抱きしめていた――。

「ゔわ‶ぁぁぁ……ぁぁぁ……ッ!」
♢♦♢

「起きましタ!」

 涙を流していたルルカが落ち着いた頃、リフェルのその言葉で最早忘れていたもう1つの事を思い出した。

 そう。他でもない、ヘクセンリーパーだ。

 あれからずっと揺らしていたらしいリフェルは遂に奴を起こした模様。

 流石のヘクセンリーパーも、満月龍の魔力で攻撃される事など想定もしていなかっただろう。辛うじて起きてはいるが、目も虚ろに意識も朦朧としている。

 そしてそんなヘクセンリーパーに容赦なく、常に圧倒的な効率を求めるリフェルは直ぐに催眠魔法たるものを掛けたらしく、ヘクセンリーパーはいとも簡単に、俺達が喉から手が出る程欲しかった情報を漏らしたのだった。

「……私の……魔術なら……満月龍の所へ……飛ばせる……」

 さっきまでの威勢はまるでない。声も小さく掠れ聞き取りにくかったが……コイツは今確かに言った。

 “満月龍の所へ飛ばせる”と――。

 俺達は皆自然と目を合わせていた。

「遂にきたか」
「まだ俄には信じ難いがな」
「やっと満月龍殺せるのね。そうと分かれば早く行くわよ」
「私も同じ意見でス」

 全く、コイツらときたら……。

「焦るんじゃねぇ。おいヘクセンリーパー、本当に満月龍の所へ俺達を飛ばせるのか?」

 俺は再度確認した。あっさりし過ぎて実感がねぇからな。

「出来る……だが……物必要……」

 ヘクセンリーパー曰く、どうやらその魔術を使う為の素材を7つ集めなければいけないらしい。

 リフェルの魔法で何とか4つは出せたが、残る3つは特殊素材の為、集めに行かなければ手に入らない。

「少し時間は掛かるが、奇跡的に全部揃えられそうだな」
「直ぐに満月龍殺したかったのに」
「急いてもいい結果は出ないぞ。元々見つかるかも分からない幻をオラ達は追っていたんだ。それを思えば、たかが数ヶ月ぐらい問題ないだろう」

 取り敢えず魔術に必要な物は揃えるとして、問題は……。

「全部集めるまでの間、“コイツ”どうする?」

 そう。今はリフェルの催眠魔法に掛かっているが、流石にこのまま何か月も放置は無理だろ。しかもまだ肝心な魔術を使ってもらわないといけねぇ。でもだからと言って連れて行くのもな……。 

「良かったら“コレ”使う? 旦那」

 ルルカはそう言って1つの魔具を取り出した。

「本当は殺そうと思ってたんだけどね……。万が一勝てなかった時の保険で用意しておいたんよ。
この魔具を使えばコイツを異空間に閉じ込めておける。1度きりしか使えないし、使うには魔力が必要。そしてその魔力によって閉じ込められる時間が変わるって言う魔具なんよコレ。
リフェル姉さんのとんでも魔力なら、多分半永久的に閉じ込められるんじゃない?」
「へぇー、そんな物まであるのか。……って、逆に使っていいのか?」
「旦那達ならいいよ。もう使わないだろうし」
「そうか。なら有難く使わせてもらうとするか」

 コレ使えば放置する事も、ましてやこの先同行させる事もしなくて済む。願ったり叶ったりだ。

「ただし! 1つだけ交換条件がある」

 魔具を渡そうとしたルルカは一瞬その手を引っ込めて言った。

「旦那達の用が済んだら、コイツは俺に渡してもらうよ」
「別に構わねぇが……どうするつもりだ?」
「まぁ殺そうと思えば何時でも殺せるけど、よく考えたらそれじゃあ割に合わないんよ。コイツには、せめて死よりももっと苦しい思いをしてもらわないと、死んでいった奴らが浮かばれない。俺個人的にも許せないしね。それに何よりも先ず、このふざけた呪いを解いてもらわなきゃ」

 ルルカは真っ直ぐ俺の目を見て言ってきた。

 コイツが後にヘクセンリーパーに何をするつもりなのかは知らねぇ。つか考えたくもねぇ。

 こう言っちゃアレだが……この2人の出来事について俺達は微塵も関係ない。どっちかが何時どこで死のうが正直
興味はない。ルルカがしようとしている事もな。

「分かった。俺達はコイツに魔術を使ってもらえさえすればそれでいい。後はお前の好きにしろ」
「よっしゃ、取引成立! じゃあさっさとコレに閉じ込めて、“俺達”も残りの素材集めと行こうかね」

 ……ん?

 今コイツ……“俺達”って言った……? 

「ちょっと待て。お前……もしかして一緒に来る気か?」
「何言ってるんよ旦那。そんなの当たり前でしょ! ヘクセンリーパー持ち逃げされたら困るからね」
「そんな事する訳ねぇだろ! 用済んだらいらねぇっつうのこんな危ない奴」
「いやいや、出すとこ出せばかなりの代物になるって。売り飛ばすなら分け前はキッチリ貰わないと」
「だからしねぇってそんな事」
「まぁそう言う事だから俺が見張ってないとね。それに俺もうする事なくて暇だし、まさかマジで満月龍探してる人なんてこの先一生出会えないと思うからさ。絶対面白くなるでしょ」
「お前の暇つぶしなんか付き合ってられるか。しかも1ミリも面白くねぇ。死ぬぞ」
「それはそれで構わないんよ。こっちはとっくに生きる希望なんて無くしてるからね。ヒャハハ」

 笑いながら、まるで呼吸をするかの如くそう言ったルルカ。

 俺はその言葉が到底他人事とは思えなかった。

「……死んでもいいなら好きにしろ。タヌキの面倒なんか見られねぇからな」
「OK、了解。それじゃあ改めて宜しくね“ジンの旦那”。楽しい旅にタヌキは付き物なんよ! 他の皆さんもどうぞ宜しく。 早速まずは自己紹介からでもしようか!」

 はぁ……もう付き合い切れん。

「私達の旅にタヌキを連れて行くメリットは1つもありませんヨ」
「厳しいねリフェル姉さん」
「私はアナタの姉ではありませン」
「ヒャハハ、やっぱ面白い。そっちのお嬢ちゃんと俺を助けてくれた大きなアンタの名前は?」

 賑やかと言うか五月蠅いと言うか。その後もルルカは他愛もない話を、愉快にただただ喋り続けているのであった。




 そして、残りの素材集めをする事“6か月”――。


 俺達は遂に、魔術に必要な素材を7つ全て集めたのだった――。

酔っ払いオヤジ、ドラゴンの魔力を誤飲して最強に~かつてドラゴンに全てを奪われたオヤジは因果応報の旅に出る〜

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