酔っ払いオヤジ、ドラゴンの魔力を誤飲して最強に~かつてドラゴンに全てを奪われたオヤジは因果応報の旅に出る〜

~地下オークション会場・フランクゲート~

 階段を降りると、薄暗く長い廊下が続いていた。等間隔に設置されたランプの灯りだけが淡く辺りを照らしている。廊下自体もあまり広くない。アクルの体を魔法で縮めていなければきっと奴は通れない幅だ。

 寧ろ通れない方が良かった気がする。余計な問題起きないからな。

「……で、肝心のアイツは何処行ったんだ?」
「この廊下の1番奥デス。オークション会場へと繋ガル扉の前で止められていマスね。リバース・オークションに参加スルには許可証ガ必要デスから」
「何やってるんだあの馬鹿」
「ジンフリーに馬鹿呼ばわりサレたら終わりデスね。因みに、トラブル発生マデ後4秒デス」
「なに⁉ そうだった、やべぇ……! おい! ちょっと待てアクル!」

 俺は急いで走りながら大声を出した。そうでもしないと間に合わない。

 静かな廊下だから声が結構響いたと思う。

 その証拠にほら。

 アクルが扉にいる警備の男達と今にも揉めそうな雰囲気の中、俺の声が聞こえたのかアクル達はこちらを見ていた。

「誰だ貴様ら」
「コイツの連れか? 許可証を見せろ」

 扉の警備をしていた2人の男がそう言ってきた。

「そんな物はないと言ってるだろうが人間」
「いい加減にしろアクル。これ以上面倒起こすな」
「許可証はコチラにありマス」

 俺がアクルに注意している横で、リフェルが当たり前の様に許可証を男達に見せた。

「すげぇ美女だなぁ」
「何か片言っぽいけど他の国の出身か?」
「いえ。私はアンドッ……「そ、そうなんだよッ! 別の大陸出身でな。取り敢えず……ほら、許可証。コレでいいんだろ?」

 危ねぇ。別にアンドロイドって事がバレても問題ねぇけど、わざわざ話をややこしくする必要もねぇからな。

「ああ。今チェックするから待ってろ」
「アンタ此処へは?」
「ん? あー……前に1回だけ……かな」
「今日はこっちのモンスターでも売りに来たんだろ? 」
「何だと貴様ッ……「ハ、ハハハ……! そうそう、今日はコイツをね……!」
「1回来ただけじゃまだ覚えていないだろう? フランクゲートは広いからな。オークションに出すなら入って直ぐの受付で手続きするといい」
「おぉ……確かそんな感じだったな。ハハハ……! どうも」
「――よし。チェックOK。“本物の許可証”だ。入っていいぞ」

 よし。何だか分からんが上手くいった様だ。早くしないとコイツ等のせいで面倒が増える。

 警備の男から渡された許可証を受け取り、俺達は遂にオークション会場の中へと入った。

 すると、そこには廊下の雰囲気からはとても想像も出来ない程明るく広いオークション会場の景色が目に飛び込んできた――。

「思ったより凄ぇ広さだな……しかも人も多いし。それにこの雰囲気……」

 噂で聞いたリバース・オークションのイメージとは真逆。
 不気味で血生臭く、正気とは思えない人間ばかりが集まった嫌悪感抱く禍々しい場所。勝手にそんなイメージだと思っていたのに。これじゃあまるで……。

「パーティでもしているつもりか人間共」

 オークション会場の雰囲気を直で体感したアクルの第一声がそれであった。

 だがそれはごもっとも。

 不気味で血生臭いどころか、高級そうな料理やら酒やらが辺り一帯に用意され、テーブルの周りにはドレスアップをした人々が優雅に食事や会話を楽しんでいる。リバース・オークションと呼ばれる場所にも関わらず、何処よりも清潔感がある上に上品ささえ感じる程だ。

 それは恐らく、“俺達の様な”ごく普通の身なりをした一般の冒険者や専門の密猟、密売人達と言った“売り手”側の人間だけではなく、オークショで売買されるブツの“買い手”側の存在。

 明らかに俺達とは住む世界の違う、見るからに富や権力を保持した富豪や、特別な地位に就くお偉いさんとか呼ばれる様な連中ではないだろうか。人間だけでなく、獣人族や他の種族の奴らもそれなりの立場の者達だろう。

 そして良くも悪くも、見るからに高価そうなドレスアップをしたコイツ等のこの存在によって、アクルの言ったが如く、ここは最早パーティ会場と言っても過言ではない雰囲気になっている。

「これがリバース・オークション……? マジで売買なんてやってるのかここで」
「人間だけじゃなく獣人族達も当たり前の様にいるな。それとは別に、向こうから色んな種族の魔力を感じる」

 アクルが向く方向に俺も自然と目を向けていた。

「まさかこれからオークションに掛けられッ……<――長らくお待たせ致しました。これより、本日のメインオークションを開催いたします>

 突如場内へと響くアナウンス。
 それによって、周りにいた大多数の者達が一斉に動き始めた。

「いや~、もうそんな時間ですかな」
「今日は何が出てくるか楽しみだ」
「珍しい物があるといいがな!」
「聞いたところによると、今日のメインオークションで“アレ”が出るらしいぞ」
「私は雑用に使い勝手のいい奴が欲しいわ」

 アナウンス通り、これからオークションが始まるのだろう。皆が同じ方向へと進んで行っている。

 俺はそんな何気ない人々の後姿を見て一瞬ゾッとした。

 まるで当たり前の様に軽快な足取りで向かうその先では、決して光の当たる事が無い混沌の闇が広がっている。そしてその闇の中で、視界に写る大勢の奴らが今まさに命の売買を行うと考えただけで、俺は体の奥底から抱いた事のない感情が溢れ出してきていた。

「オークションなんかさせるか! ここにいる奴ら1匹残らずオラが殺し……「――待て。このまま俺達も行こう」
「何を悠長な事言っているんだお前」
「手を出すなとは言ってねぇ。ただ少し待て。まだオークションとやらの状況が分からねぇ上に、もしかしたらツインマウンテンのモンスター達が売買される可能性もある。それに例えいなかったとしても、売買に掛けられる他の人間やモンスター達を助けられるかもしれねぇ」
「……成程。それは確かに一理ある。オラ達の山の仲間だけは助けないと」
「分かったならいい。どの道潰すなら1箇所に集まってくれた方がいいだろ」
「ソレは効率的で良い案デス。たまには頭ヲ使えマスねジンフリー」
「うるせぇな。行くぞ」

 俺達はこうして、メインオークションが行われる部屋へと入って行った――。 
~フランクゲート・メインオークション会場~

 入り口の扉を抜けると、これまた広い部屋に出た。全体は少し薄暗くなっており、部屋の1番奥には大きなステージが設けられている。ステージはスポットライトが数多く当てられ、それを取り囲む様にオークションの参加者達が座っていた。

<――さぁ、お集まりの皆様! 本日もここ、フランクゲートには豊富なラインナップが取り揃っております! 高価であるなエルフの羽から入手困難な魔草にラビト族の脊髄! そして勿論、使い方自由な人間の子供から珍しいモンスターまで! 皆様の気に入る商品が出てくる事間違いありません!>
「「ワァァァァァ!!」」


 虫唾が走る――。

 ただただこの一言に尽きた。

「正気とは思えねぇ」
「心外ではあるが意見が合う。これが人間だけならまだしも、オラと同類の種族の奴らまでいるとなっては終わりだ」
「何時まで眺めているつもりデスか? 早く潰してアクルとツインマウンテンの問題を解決、そして私達ハ満月龍を探すのデスからさっさと片付けマスよ」

 リフェルの言う通り、少なからず富や名声を持ち合わせた権力者共の集まりなのだろうが、こんなものさっさと潰してしまった方がいい。非常に不愉快だ。

 だが、これがまた闇でもある部分。

 世界中の権力者共が携わっているとなれば、リバース・オークションの存在を公にしたところでどうせ揉み消される始末。一時は話題になるだろうが、それも直ぐに鎮められた挙句に、奴らならそんな事をした者を寧ろ罪人にする事すら出来るだろう。

 “ここ”を潰すのは一瞬だが、そこからの影響の方が問題。それこそ王国が動く程の戦争にもなりかねん。

<そしてなんと、本日は超大目玉商品がオークションに掛けられております!>
「「おおーー!!」」

 俺の思いを他所に、場内は更に盛り上がりを見せている。

<知るものぞ知るその商品の名は……“No.444”! またの名を“ピノキラー”! >

 アナウンスから告げられた名に場内がどよめいた。

<そう! ピノキラーは裏世界で最も有名で冷酷なあの暗殺一族、ピノゾディ家の最高傑作と称される存在! 彼女のその暗殺はあまりに完璧すぎて芸術とまで呼ばれる程。
そんなピノキラーをオークションで手にするチャンスは超超超貴重です! 彼女を雇いたいと言う声は常に世界中から生まれており、喉から手が出る程欲しがる者も絶えません!>

 どよめいていた場内は更に異様な熱気に包まれている。

「ピノキラー……? 何だそれ」
「今のアナウンスを聞いていなかったのデスか? ピノキラーは裏で世界最凶と言われる殺人兵器デス。まぁ兵器と言っても、私の様ナ機械ではナク女の獣人族になりマスが。

彼女は生まれた頃からオークションの商品として売りに出され、その素質を見抜いたとされるピノゾディ家が彼女がを買いマシタ。そして物心着イタ時から、ピノゾディ家は彼女にアリとあらゆる暗殺術を習得させ、結果世界最凶と呼ばれるマデの殺人兵器ヲ生み出したのデス。

彼女のソノ天才的な暗殺は芸術とマデ称されているそうデスよ。私もヤレと命じらレレば負けマセンがね」

 アクルの時と同様、Dr.カガク達は一体何処でこんな情報までも手に入れたのだろうか。

 そしてそんな所でも張り合わなくていい。

「オラもピノキラーという名前は聞いたことがある。暗殺が得意な羆《ひぐま》の獣人族だ」
「へぇ……」
<それでは皆様、長らくお待たせいたしました! 只今より本日のメインオークションを開始致します!>

 終始胸糞悪いアナウンスによって遂にオークションの幕が上がった。
 
「リフェル。オークションに掛けられる奴らは何処にいる?」
「コノ部屋の隣デスね。丁度ステージ裏の真横に位置する部屋二、多くの人間やモンスターの魔力ヲ感知しマシタ」
「その部屋への入り口は?」
「直接ステージへと繋がる出入り口と、反対側にモウ1つ出入り口がありマス」
「よし。そこに行こう。目立つなよお前ら」

 幸いにも場内が薄暗いお陰で動きやすい。変に目立たないからな。まぁ元からここ自体が広過ぎるから、俺達3人がどこを歩いていても誰も気に留めないだろ。

 流石にオークションに掛ける奴らを集めている部屋となると、さっきみたいな警備が絶対配置されているだろうからそこだけ上手くやらないと。

「他のモンスター達を助けたら直ぐに人間共殺すからな」
「別に殺さなくてもいいだろ。このオークション会場を破壊すれば取り敢えずよ」

 そんな会話をしながら俺達は速やかにステージ裏の部屋へと辿り着いた。

「……厳重だな」

 やはりここには警備が多数。
 出入り口どころか部屋の外の廊下にまで多くの警備が配置されていた。

「どうする?」
「何も考えてイナかったのデスか。流石ジンフリー、呆れマス」
「面倒だな。全員始末してその後助け出せばいいだろう」
「馬鹿。それじゃあ一瞬で大騒ぎだろ。せめて中の様子だけでも分かればな……」
「ソレなら“私ヲ”使いなサイ。遠隔で透視する事が出来マスよ。誰にも気づかレズ」

 そっか。
 コイツの便利な魔法をすっかり忘れていた。魔力ねぇから基本的に魔法を使うっていう発想にならないんだよな。

「でもここで魔法発動するのはマズいだろ。例えバレない能力でも、練り上げた魔力を感知されたらアウトだぜ?」
「果てしなくアホですねアナタ。私ガそんな初歩的な事ヲ計算してイナイとでも? そんな事は百も承知デス。だから“私ヲ”使いなサイと言ったのデス。“魔法”ではナク」
「え……どういう事?」
「何万回と言いマスが、私はDr.カガクが造り出した最高のアンドロイドなのデス。魔法を使わなくてもそもそものスペックが高機能。私の眼球は2㎞先までズームが可能であり勿論ピンボケ無し。それドコロかサーモグラフィー機能も備わってイル挙句に、普通の壁や建物程度ナラバ透視する事が出来るのデスよ」

 マジかよ……。
 頼むからそういう大事な事は早く教えてくれ。そんな機能あるならわざわざ来る必要なかったじゃねぇかよ。

「なかなか扱いが難しい機械だな」
「分かってくれて助かるぜ」
「何デスか? まるで言わナカった私が悪いミタイに聞こえマスけど、高機能ノ私を使いコナせていないジンフリーが100%悪いデスからね。当然」
「はいはい……。分かったからその高機能で部屋の様子確かめてくれ早く」
「了解」

 そう言ってリフェルは部屋を透視した。
「――どれどれ?」

 リフェルによると、どうやらリフェルが透視しているものを俺達もリアルタイムで見る事が出来るらしい。どこからともなく取り出したこの手のひらサイズのモニター画面で。

 許可証もそうだったけど、一体何処から瞬時にこんな物を……?
 アンドロイドというか魔術師だなコイツ。

「かなりの数がいるな」
「ああ。これで中にいる事は確かめられたが、やっぱ強硬手段に出るしかねぇ」

 オークション会場を潰して助け出そうが、助けてからオークション会場を潰そうがどっちも同じだな結局。

「何? こんなにコソコソ動いた結果がそれなのか?」
「仕方ねぇだろ。俺もなるべく面倒は起こしたくないが、これだけの人数がいて誰にも気付かれずなんて不可能だ」
「……呆れて言葉が出ない」
「アクルも学習して下サイ。ジンフリーは頭が弱いのデスよ。緻密な計画ナド絶対に立てられマセン」

 いつもの如く引っ掛かる物言いだが、完全にそうじゃないと言い返せないのがまた惨めだ。

「そう言う事だ。考えるよりまず行動、攻撃は最大の防御とも言うからな」
「ちなみにお前の高機能な計算ではどんな選択肢がある?」
「アナタのソノ判断が先ず1番正しいデスよアクル。信用スルのはジンフリーでなく私だと肝二銘じて下サイ」
「オラは別にどちらも信用していない。ただお前の方がマシと言うだけだ」
「さらっと人を馬鹿にしてんじゃねぇよ。機械と化け物のくせに」
「うるさいデスよジンフリー。私の計算ではこの先の選択肢は3つ。

1つ目は私ノ魔法で、いわゆる“買い手側”の人間ヲ全員自分達の家まで飛ばしマス。勿論“売った者”も含めて。
そして空になったこのオークション会場カラ売り手側……正確には“売られる者達”を救い出し、跡形も無くココを吹き飛ばす。ついでに記憶操作ノ魔法で全員、今日の記憶ダケ消しておきまショウかね。

これだけデハあくまでソノ場しのぎの策デスので、長期的なスパンで考えるのナラバ、全ては困難デスがせめてアクルとツインマウンテンのモンスター達に被害ガ出ない様、処罰を重くするのデス。
ツインマウンテンでの密猟は即死刑、そして不用意に人間達が近づかない様、アクルをSランクの危険モンスターに指定してくれとフリーデン国王に要請するのデス。そうすればかなりの抑止力になりマス。

それでもやっぱり変ナ気ヲ起こす者とイウのは絶対に存在しマスから、アクルを危険モンスターに指定したコトニにより、逆にソレがアクルに危険を及ぼす可能性にナル事も十分ありマス。デスがもしソウなれば、ツインマウンテン自体への被害はコノ先片手で数えらレル程に収まるでショウ。間違いナクね。

そして2つ目が……「おいおい、ちょっと待て!」

 俺はリフェルの話を遮った。

「なぁ、その1つ目で全部解決じゃねぇか?」
「確かに。もし可能だとするなら、寧ろそれ以外無いぐらいの解決策だとオラも思うが」
「だよな。リフェ……」

 おっと、止めておこう。「だから何で大事な事言わねぇんだ」と言いそうになったが、これを言うと間違いなく俺のせいにされる。

「ちなみに残り2つの選択肢は?」
「ハイ。1つはこの場にいるオークション関係者、買い手側、売りに出した者達全員を排除し、その後売られた者達を救出。
残る1つはその逆デス。売られた者達を救出。その後この場にいるオークション関係者、買い手側、売りに出した者達全員を排除。この3つデスね」

 俺とアクルは無言で互いを見ていた。

「1つ目の選択肢以外は俺と同じ発想だぞリフェル」
「馬鹿を言ウナ! ジンフリーの場合は策が思い付かなカッタ無計画案。私は当初ノ予定通りアクルが人間を殺したいと言ウ気持ちを計算に入レタものなのデス。行き当たりバッタリのアナタと絶対同じにしないで下サイ!」

 機械らしからぬ、気持ちの乗った怒号が返ってきた。

 別にそんな怒らなくても……。

「もういい。お前達といると調子が狂う。今回は特別に人間共を見逃してやろう……その代わり、今お前が言った1つ目の選択肢を確実に実行するとオラと約束しろ」
「ハイ。イイですよ」
「約束って……人を信じるのか?」
「コイツはアンドロイドとか言う奴だろ。人間じゃない」
「成程。それは確かにそうだ」
「でもアクル、本当にいいのデスか?」
「何がだ?」
「計算上では、ツインマウンテンの安全保証は98%を超えますが、それと同時に、アナタがSランクの危険モンスターとナレバ、アナタが相応の実力者に狙われる確率ガ上がりマスよ。強い冒険者や専門のハンターやそれ以外ニモ」
「狙われるのがオラだけなら構わない。寧ろその方がいい。また子供を狙われたりしないからな。それにいくらお前の高機能な計算とやらでも、未来に絶対は無い。良くも悪くもな。何が起ころうとあくまで結果論だ」
「そうデスか」

  リフェルはアクルの身に起こり得るかもしれない危険を心配している様子だ。

「――先の事なんか考えても誰にも分からねぇ。今は目の前の事片づけようぜ」
 
 何とか話がまとまった所で、俺達は1つ目の選択肢を実行した――。
 今しがた、リフェルが何かの魔法を発動させた。

 するとその直後、盛り上がっていたメインオークションは勿論、地下に存在するこのフランクゲートと呼ばれる会場全てから人が消え去った――。

「完了デス。もう誰もいマセンから部屋に入って救出しまショウ」

 リフェルはそう言い、どんどん歩いて行ってしまった。

「マジで誰もいない……?」
「だろうな……。この部屋以外からは1つも魔力を感知出来ない。どんな魔法を使えばこれだけの人数を一瞬で……」
「静かすぎて耳鳴り聞こえるわ俺」
「何をしているのデスか! 早く動きなサイ」

 その声でハッとした俺達は、困惑しながらも囚われた者達の救出に向かった。


♢♦♢


~フランクゲート・ステージ裏の部屋~

 華やかで上品な清潔感のある表とは一変。

 部屋の扉を開けた瞬間、俺の視界にはリバース・オークションと呼ばれる闇の実態全てを現しているかの様な無情な光景が飛び込んできた――。

「これは……!」

 目の前には人間やモンスターが閉じ込められている檻が幾つも連なっている。

「売られるのは嫌だ……」
「ここから出してくれッ! 頼む!」
「ギィー!ギィー!ギィー!」
「……」
「何だ⁉ 急に人がいなくなったぞ⁉」
「グウゥゥ……!」

 リバース・オークション……。まさかここまでのものだったとは……。

 生きた人間やモンスターは勿論、大きな台には何やら箱や瓶や包みが所狭しと置かれていた。
 
 そこには得体の知れない変な色をした液体が入った瓶やモンスターと見られる毛皮や体の一部。他にも目玉、心臓、肝臓、人肉、前脚部、牙、睾丸などなど……目を背けたくなる様な文字が書かれた箱や包みが大量に存在している。

「これはスノーフォックスの脚……。こっちはオークの頭、それとリザードマンの尻尾にハーピィの翼まで……」
 
 同じモンスター達のあられもない姿を見るアクルの後姿は、とても悲しそうで、俺と初めて出会った時以上の憤りが伝わってきた。

「ひでぇ事しやがる……。こんなものが日常的に行わていたと思うと吐き気がするぜ……」
「ココで哀れんでも仕方ありマセン。誰も生き返らないのデスから。ソレよりも救える者ヲ優先し、今後コノ様な事態を起こさナイのが先決なのデス」

 この一言を聞いた瞬間。俺はリフェルに対してふと冷めた感情が湧いてしまった。

 リフェルの言う事は確かに正論。今俺達がこの状況を例え哀れみ同情したとしても、失った命1つ戻す事など出来やしないからな。
 
 それにリフェルはアンドロイド。幾ら人間と変わらないと言っても所詮は機械だ。決してリフェルが悪い訳じゃない。コイツに冷たいと思う事自体がそもそもお門違だからな。リフェルは“何も感じずに”ただ思った事を言っているだけ。

 そうとは分かって分かっている筈なのに、時折垣間見えるリフェルの“人間らしさ”が、ついそんな事を忘れさせる――。

「リフェル……。お前の魔法でまだ生きている人間や獣人族、モンスター達を元の場所に帰してやってくれ。怪我してる奴もいるからそれも治してな」
「分かりマシタ。ソレが終わったらさっさとコノ会場潰しマスよ」
「それは待ってくれ」
「何故デス?」
「いいから会場はそのままにしとけ。それより早くコイツら頼む」

 リフェルは少し不思議そうな表情で俺を見ていたが、捕まっていた連中を魔法で元の場所へと帰した。

「よし、これで誰もいねぇな」

 部屋には俺達以外いなくなり、静かな広い空間と、どうすることも出来ない“遺産”だけが台の上に残っていた。

「お前も“やる”だろ?」

 アクルの背中をポンっと叩いて俺は言った。
 
 振り返って俺を見たアクルは一瞬首を傾げたが、直ぐに俺の言いたいことを察してくれた様だ。

「そう言う事か。当たり前だ! やはりクソな人間共は許せん。それに獣人族や他の種族の奴らも……こんなものに参加している奴ら全てを殺してやりたい……!」
「そうだよな……。おい、リフェル。アクルを元のサイズに戻してやってくれ」
「イイですよ」

 魔法を解かれたアクルはどんどん大きく元のサイズへと戻った。

 そして……。
 誰の合図も無く、俺とアクルは無人となったフランクゲートを破壊した――。

「オラぁぁぁぁッ!!」
「ヴオォォォォッ!!」

 ――ズガンッ! ズガンッ!

 リフェルの魔法ならこんな事一瞬で終わる。
 だがそう言う問題ではない。

 目の前で行われていた無情な行いの数々。

 思っていた以上の強大な闇を前に、俺は満月龍と対峙した時と同じぐらい自分の無力さに腹が立った。

 きっとアクルも同じ様な気持ちだろう。

 感情に任せて暴れたところで何の解決にもならない。

 そんな事は十二分に分かっている。分かっているが、今はこの行き場のモヤモヤをただ目の前の壁にぶつける事しか出来ねぇんだ。

 ――ズガァンッ! ドンッ! ボカァンッ! ドガンッ!

「余りに非効率的な潰し方デスね。理解出来マセン」

 会場を壊しまくる俺とアクルに呆れたリフェルは、それ以上言葉を発さなかった。

「――ウラぁぁッ!!」
 あれからどれぐらい経っただろう。

「ハァ……ハァ……ハァ……」
「残り体力19%。全盛期と比べて大分スタミナが落ちていマスよ。運動不足と酒ノ飲み過ぎが原因デス」
「うるせぇ……ハァハァ……知らねぇだろ、俺の若い頃……」

 取り敢えず反抗しておくが、リフェルの言う事は正しい。そんなの俺が1番痛感している。

 ――ズガァァンッ!

「アクルの残り体力42%。マダ半分程残っていマスが、魔法の威力やスピードが若干落ちてきマシタね。ジンフリーとアクルがフランクゲートを潰し始メテ1時間。破壊率は全体の約8割ト言ったところデスか。本当に時間と労力の無駄デス」
「効率だけが全てじゃねぇんだよ」
「理解不能」
「お前もそのうち分かる様になるといいな。……さて、言い当てられたのは癇に障るが、その残り体力のパーセンテージは正確だろう。滅茶苦茶しんどいからな……」

 無意味に暴れたお陰で大分ストレス解消されたな。さっきより幾分か頭も気持ちもすっきりしている。

「ウガァァッ!!」

 視線の奥の方ではまだ元気にアクルが暴れていた。

「凄い体力だなアイツ」
「いい加減二して下サイ。もう残りは私ガ片付けマス。一瞬で。ソシテ早く満月龍探しを再開しマスよ」
「別にそんな焦らなくてもいいだろ。何処にいるか分からねぇんだし」
「何時も呑気ナ事ばかり言ってマスね。アナタがサボってイル間でも、私は常の満月龍の魔力をヲ感知出来る様にッ……!」

 皆まで言いかけたリフェルの言葉が突然止まった。そして徐にある方向へと視線を移したリフェル。

「どうした?」
「可笑しいデスね」
「何がだよ」
「さっき私の魔法で全員飛ばした筈デスが、何故か“あそこから”1つ魔力ヲ感知していマスよ」

 そう言いながらリフェルは自分が見ている方向を指差した。

 そこはオークションに掛けられそうになった者達がいた、最も嫌悪感を抱いた部屋……があったであろう場所。俺達が壊しに壊した結果、この会場にはもうほぼ壁が無かった。何処が何の部屋だったかも分からない程形跡が無いのだが、その部屋だけはオークションの残留品や無数の空の檻が積み重なっていた為一目で分かった。

「あそこって……。まさかまだ誰かいるのか?」
「ソレはあり得マセン。私が全員飛ばしましたカラ」
「1人だけ失敗したんじゃねぇの?」
「無礼者! 言葉を包みナサイ! アナタならいざ知らず、コノ私がそんなミスをスル訳がないでショウ! 魔法ガ一切使えないアナタだけには死んでも言われたくありマセン!」

 おっと。地雷を踏んでしまった。

「そんな事言ったって、誰かいるんだろ?」
「納得いきマセンよ。確かめマス」

 リフェルが早歩きでその部屋へ向かったので、俺も慌てて付いて行った。


~フランクゲート・ステージ裏の部屋があった場所~
 
 俺とリフェルは、無造作に積み重ねられている無数の檻の中のとある1つの檻の前で歩みを止めた。

「――“いる”じゃん」
「いマスね」

 檻の中には1人の小さな子供がいた。

「……獣人族の子か」

 女の子と見られるこの子には耳と尾が生えていた。

「彼女ハ羆の獣人族。つまりピノキラーですネ」
「何⁉」

 ピノキラーって確か最凶の殺人兵器とか言っていた奴だよな?
 嘘だろ……こんな子供が……?

「冗談だよな? 殺人兵器とか言われる奴がこの子だって?」
「ハイ。間違いないありマセン。羆の獣人族で性別は女。腕にNo.444と焼印が押されていますし、年齢も恐らく13~14歳。魔力もピノキラーのものだと私のデータで完全一致していマス。因みにオークションでの彼女の取引相場は最低でも66,600,000Gからになるそうデス」
「そういう胸糞悪い情報はいらねぇんだよ」

 ここに来てから信じられないものばかり見ている気がする。
 いや、世界の何処かではこういう事が少なからず起きていると認識はしていても、実際に目の当たりにし、体感しているこの感覚が直ぐには受け入れられないんだ……。

「動かないけど生きてるよな……?」

 微動だにせず直立不動。まるで人形の如く気配も感じられない。頭を俯かせているから表情も分からないが、よく見ると呼吸をしているのだけは伺えた。

「おーい、大丈夫か?」

 声を掛けると、彼女はゆっくりと顔を上げ俺を見た。

 ――ゾクッ……!!

 一瞬で背筋が凍った。

 彼女の瞳はまるで生気を感じられないにも関わらず、目が合った瞬間“死”を連想させる程の殺意を感じた――。
  
 見るからに髪や毛はボサボサ。風呂にも入っていないのか肌も全体的に黒ずんでいる。しかも体の至る所には痛々しい傷や痣があり、とても生きている者の瞳とは思えなかった。

 例え殺人兵器だとしても、世界中で多くの者が欲しがっている最高傑作なんだろ?

 裏稼業の世界なんて知ったこっちゃねぇがせめて敬意を払え。1人の命ある女の子だぞ。焼印も押され鎖で繋がれているなんて、これじゃまるで奴隷扱いじゃねぇか。

 一体彼女はどんな人生を歩んできた……?
 どんな思いをしてここまで生きてきた……?
 何故この子がこんな思いをしなくてはならない……?

 考えてもどうにもならない思考ばかりが頭を駆け巡る。それと同時に、彼女の姿がまたしても自分の子供達と重なり、気が付くと涙が頬を伝っていた。

「――次の主人はアナタ?」

 固まっていた俺を他所に彼女はそう言った。


 これが、俺達と彼女との最初の出会い――。
「何をしている」
「アクル……」

 暴れてクールダウンした様子のアクルが俺達の元へ来た。

「その獣人族の子供は……」
「ハイ。ピノキラーです」

 その名を聞いたアクルも少し驚いていた。

「ピノキラーの正体がまさかこんな子供だったとは。それにしても、何故コイツだけ残っている? さっきお前が魔法で全員飛ばしたのだろう?」
「言っておきマスが決して私のミスではありマセン」
「だったらどうしてこの子供だけ……」
「私ガ使った魔法は強制移動ノ魔法。対象者ヲ“元の場所”ヘト飛ばすのデス。人間ヤ獣人族なら家、動物やモンスターなら住処とイッタ様に、魔法の対象とナッタ者が無意識に1番身近だと思ってイル場所へと。

つまり、原因とシテはピノキラー本人にとって、自らがソウ思う、そうダト感じられる“場所がない”ト言う事でショウ。
どんな生物デモ本能的に存在シ得る場所なのデスがね。存在する己の場所がナイ等、とても稀デ珍しい存在デスよピノキラーは。
まぁ満月龍の存在ヨリ遥かに現実的な数値デスが」

 リフェルの言葉によって彼女に対する辛さが増してしまった。彼女の感情が元からこうなのか暗殺一家に育てられた結果なのかは分からない。そして今の俺達にはそれを知る由もないのだから。

「リフェル。彼女の鎖を取って檻から出してやってくれ」
「それは危険だろ。見た目は子供でもあのピノゾディ家の殺人兵器だぞ」
「その心配はないでショウ。彼女は“私と同じ”優秀な出来デス。私ノ持つ情報ではピノキラーが独断デ動く事はまずあり得マセン。彼女はピノゾディ家の者と、オークションで競り落とし主とナッタ者の命令シカ聞かないのデス。しかも殺しの命令以外ハ一切反応しない様デスよ」

 聞くだけでまたも苛立ちが込み上げてくる。
 俺が1人苛立った所でどうしようもないし、そもそも筋違いかもしれない。

 こんな事言ったらアレだが……百歩譲って目の前にいる彼女が自分の意志で殺しの道を歩んでいるのなら、それはそれで構わねぇ。他人がどうこう言う問題じゃねぇからな。

 でも、これは明らかに違うだろ。子供がする顔じゃねぇ。ピノゾディとか言う奴らも彼女を扱った奴らも、一体どういう神経してやがる。

「さっさと開けろ」

 俺はそう言い、リフェルに彼女を解放させた。
 そして良くも悪くもリフェルの情報が正しかったのか、静かに檻から出てきた彼女は黙ったまままるで動こうとする気配が無かった。

「名前は?」
「そんなの無い。強いて言えばピノキラーかNo.444。今回の主人はアナタか。誰を殺せばいい?」

 彼女の一挙手一投足に、誰かに胸の奥をグッと掴まれている様な感覚を覚える。

「とんでもない子供だ。オラが出会った中で1番悍ましい雰囲気を感じる」
「私達は主人デハありマセン。オークションは潰れマシタ」
「誰も殺す必要はねぇ」

 俺達がそう言うや否や、動く気配が無かった彼女が突如踵を返して歩き出した。

「お、おい、ちょっと待て。何処行くんだよ」

 反射的に彼女を呼び止めた。だがそれと同時にこうも思った。

 彼女を呼び止めてどうすると――。

「何処って、アナタ達が主人でないなら私は帰るだけ」
 
 俺の呼びかけに彼女はそう答えた。そして一瞬足は止めたものの、そのまま振り向きもせずにまた歩いて行った。

 “無関係”。

 今の俺と彼女に合う言葉はこれ以上無い。

 ついさっきまで互いの存在すら知らなかったのに、俺は何故彼女を引き留めているのだろう。自分でも何がしたいのか全く分からないが、無意識に動いていた俺の体が彼女の腕を掴んで止めていた。

「なぁ、ちょっと待ってくれって」
「……?」
「帰る場所なんてあるのか?」
「何言ってるのアナタ。ここでする事がない以上、私は“ノエ様”の元に戻る」
「ノエ様……?」

 聞き覚えの無い名に首を傾げると、間髪入れずリフェルのうんちくが飛び込んできた。

「彼女ノ言ったノエ様とは恐らくノエ・ピノゾディ。言ワズもがなコノ世界で1番有名ナ暗殺一家、ピノゾディ家の主デス。
彼の残した伝説は数知れず。初めて彼ガ暗殺をシタとされる6歳の頃カラ現在マデ、約90年以上経った今でも彼は現役だと言われていマス。

その長い歴史の中で、彼に関して分かる情報と言エバ名前と性別と数々の殺しのみ。顔はオロカ、実際に彼ヲ見たという者は片手デ収まる程度だと語らレルぐらい謎二包まれた存在デス。残念なガラ私でも分かりマセン。

デスがそんな彼ニハ、噓か誠か多額の懸賞金ガ賭けられおり、コレまでに様々な裏稼業の者達ヤ腕に自信のアル冒険者達が彼ヲ仕留めようとしマシタが……結果は言うマデもありマセン」
「へぇ、そんな奴がいるのか」
「ノエ・ピノゾディは人間だが、昔からオラも聞いた事がある」

 そんな事を話していると、彼女は見事な身のこなしで掴んでいた俺の腕から抜け出した。

「おッ⁉ 何だ今のは……って何で直ぐ行こうとするんだよ」

 俺の問いかけに全く反応することなく彼女はまたスタスタと歩いて行く。会ったばかりの彼女を何故こんなに引き留めるのか自分でも本当に理解出来ない。だがこれは理屈じゃなく感覚。
 
 俺の直感が、この子を助けたいと言っているんだ――。

「……分かった。だったら俺がお前の“主人”になる」
「「は?」」

 咄嗟に出た言葉だった。
 ポカンと口を開けたまま固まっているリフェルとアクルは無視。

 今は何より、全く反応を示さなかった彼女が振り返っているという事が重要。

「アナタが……?」
「ああ。お前の最低相場が66,600,000Gなんだろ? だったら俺が買うぜ。他に競り合う奴がいねぇから落札で決まりだ」
「――!」

 俺は彼女を落札した。
「――振込完了デス!」
「よし。これで俺の言う事聞いてもらうからな」
「まさかお前にそんな財力があろうとは……」
「殺し以外しないわよ」
「はいはい、分かってるって。何度もしつこいなお前も」

 たった今、正式に彼女の取引を終えた。

 フランクゲートにいた者達全てをリフェルの魔法で飛ばて記憶も消し、そしてここを跡形も無く破壊した訳だが、今のところその事実を知る者は此処にいる俺達だけである。

 まぁリフェルの魔法の効果が何処まで完璧かは分からないが、幾ら記憶を消したと言っても今日の事だけ。遅かれ早かれ誰かが気付くだろうし何より、このフランクゲートの景色を見れば一目瞭然。大騒ぎになる事は間違いない。

 だがその頃には当然俺達はここを去っているから無問題だ。

「私ノ計算とは大幅に違ウ結果となりマシタが、当初ノ予定通りフランクゲートを破壊。フリーデン様にもフランクゲートでの出来事を“送った”ので早急に動いてくれる事でショウ。早く満月龍を探しにいきマスよ。アナタのせいで毎度毎度予定が崩れていマス」
「本当にせっかちだなお前。今は満月龍の事置いとけ。どう考えてもそういう状況じゃねぇだろ。しかも送ったって何をだよ」
「何って、ココで起きた全てを録画したデータをデスよ。私ノ見たモノは何時でも録画しておけるのデス」
「そりゃまた凄ぇな。そのデータかなり貴重な証拠になるぞ」
「ソウですね。フランクゲートに“入った時から出るまで”ノ映像がしっかりと記録サレていマスから」
「これでオラ達の森は安全なのか?」
「ハイ。映像と一緒にここまでの経緯全てと要望を送りました。近日中に密猟者ハ激減するでショウ。アクルもSランクモンスターに指定される筈デス」
「そうか。分かった」

 取り敢えず一件落着ッ……「何時まで無駄話してるの」

 ……とは行かねぇか。

 俺達が話していると彼女が割って入ってきた。

「早く殺す奴を教えて」
「そんなに焦らなくてもいいだろ」
「殺す奴がいないなら取引は白紙になる」
「おいおい! 高い金払ってそりゃねぇだろ」
「それにしてもお前、よくそんな大金持っていたな。金持ちには見えんが」
「ああ、あの金か。アレは俺が満月龍から王国を守ったとか言われて貰った報奨金さ。5年間ほぼ酒しか買ってねぇが、まさかこんな所で役に立つとはな」
「関係ない話はいいから早く殺しの命令を出して」

 鋭い目つきで睨む彼女からは禍々しい雰囲気が溢れ出ている。

 それを感じ取ったアクルが真面目な表情で問いかけてきた。

「どうする気だ?」

 その言葉の返答に俺は迷った。別に殺してほしい奴などいない。物騒な話だぜ全く。

 俺のそんな様子を見たアクルは小さく溜息を付き、やれやれと言わんばかりに小声でこう言ってきた。

「お前本当にあの獣人族の子を助けるつもりか?」
「まぁな」
「かなり余計な世話だぞ」
「自覚してる。でも放ってはおけねぇ。彼女だって命ある1人の獣人だ」
「ハァ……。本当に人間は面倒くさい。少し待ってろ」

 そう言ったアクルが今度は彼女に話しかけた。

「殺しの対象は“誰でも”いいのか?」
「ええ」
「それが、例え“ノエ・ピノゾディ”でもか?」
「――⁉」

 一瞬耳を疑った。馬鹿げた発想にも程がある。そんなの当然無理にッ……「そうよ。私への殺し命令に制限は
ない」

 はぁ⁉
 俺はまたしても耳を疑った。

「だけど、それだけは絶対に不可能」
「何故だ?」
「殺しの対象が仮にピノゾディ家の人間だとしても確実に任務を遂行させよ。それがノエ様の、ピノゾディ家の掟。実際に私は過去に2人ピノゾディ家の人間を殺した」

 淡々と語る彼女の瞳には一切光が見られなかった。

 流石世界一の暗殺一家とでも言うべきか……。暗殺の対象が身内であっても殺せなんてイカれてやがる。だが逆を言えば、そういう命令を出す奴が少なからずいると想定しているという事だ。

「命を狙うピノゾディ家は当然命を狙われる。弱いから殺されるの。だから誰よりも強ければ殺されない。そして、アナタ以外にも私にノエ様を殺す様命令をした者が数名いたけど、ソイツらは全員死んだわ」
「は⁉ 何でそうなるんだよ。命令は絶対なんだろ?」
「勿論。確実に標的を殺すのが私の役目。任務を何百回遂行したかは分からない。けれど、今までに任務を“失敗した4回”は覚えている。その対象が全て“ノエ様”だという事も」
「「――⁉」」

 怪物の主は更に怪物か。

「私が殺しで手を抜く事はない。例え相手がノエ様だとしても、私は主人の命令を完璧に遂行するだけ。それでもノエ様は殺せなかった。私が失敗すれば、ノエ様は私に命令した主人を殺す」

 彼女の話を聞き終えた俺とアクルには暫しの沈黙が生まれた。

「成程。ソイツの暗殺命令を出せば晴れてこちらが狙われると……。何とも馬鹿げてやがる」
「やはり都合が良すぎたな。もうオラに打開策は無い。後はお前の好きにしろ」
「急に突き放すなよな」
「お前が首突っ込んだ事だろう。オラは関係ない」
「ひでぇ奴だな。ったく……どうしたものか」

 俺は再び悩み始めた。
 すると、思いがけない所でいつも口を挟んでくるリフェルが登場だ。

「――馬鹿ジン! アナタはどこまで馬鹿ナノダ!」

 始まった……。

「ノエ暗殺が不可能と分かった以上、別の誰かヲ殺すか権利を放棄をスルしかありマセン! 因みに、ピノキラーに“満月龍の暗殺”を依頼シタ場合。成功確率は限りなく0%デスからね」

 おっと、それは盲点だった。

「暗殺対象ってモンスターとかでもいいのか?」
「構わないわ。虫でも人間でもモンスターでも。対象を殺すのみ」
「へー、そうなのか。じゃあ満月龍は?」
「主人の命令となれば」

 満月龍まで対象に入るのか。

「見つかるか分からないのに?」
「さっきも言ったわよね。確実に標的を殺すのが私の役目だって。命令されれば必ず探し出して殺すわ」

 話が思いがけない方向に転がる。
 同じ考えが頭に浮かんでいるのか、俺とアクルは自然と目が合っていた。

 “これは利用できる”と――。
 ぶっちゃけた話、俺の身勝手で彼女の人生に首を突っ込もうとしている訳だが、当然解決策など考えていない。

 1番シンプルで真っ先に浮かんだのがピノゾディ家襲撃。

 だがこれは余りにリスクが高い。しかも世界一の暗殺一家など無意味に敵に回すもんじゃねぇ。ただでさえ満月龍討伐が目的なのに、そんな奴らまで相手していたら命が幾つあっても足らん。

 しかし僅かだが希望の光が見えた。
 根本的な解決にはならないが、満月龍までもが対象となるなら時間稼ぎには十分。これで少なからず対策を練る時間は出来た。

「――よし決めた! 狙う対象は満月龍だ」
「分かった。満月龍を殺す」
「無駄デス!」

 何やら納得いかない表情でリフェルが物申してきた。

「ピノキラーの実力デハ満月龍を絶対に倒せマセン。時間の無駄デス。あらゆる計算ノ結果、満月龍討伐に彼女ハ必要ありマセン。誰にもメリットがない非効率だらけデスよ」
「何この人」
「リフェル。計算や損得勘定が全てじゃない。生きるにはそれ以外の事が重要なんだ」
「理解不能デス」
「そう言うと思ったよ。まぁ何にせよ、これで取り敢えず話しもまとまった事だし、旅の再開と行こう」

 俺は半ば強引に話をまとめた。いちいち細かい話をするのは面倒くせぇ。

 横でリフェルがぶつぶつ小言を言っている様だがそんなものは無視。満月龍探しの再開だ。

「アナタ勝手過ぎデスよ」
「自覚してる。こんな所にいてもしょうがねぇから一旦ツインマウンテンに戻ろうぜ」

 そう言って俺はリフェルに移動魔法を頼んだ。

 俺、リフェル、アクルは勿論、ピノキラーと呼ばれる彼女も新たに加え、俺達4人はツインマウンテンへと帰っ……ろうとしたのだが、突如アクルに止められた。

「――ちょっと待て」
「どうした急に」
「オラも“連れていけ”」
「ん……? そりゃあ一緒に帰るつもりだけど……」
「そうじゃない。オラの山じゃなく、お前達の“旅”に同行させろって事だ」
「は?」

 アクルが何を言い出しているのか直ぐには理解が出来なかった。

 だがそんなアクルの表情は真剣そのもの。冗談や冷やかしではない。

「オラは人間が大嫌いだ。今回のふざけたオークションを目の当たりにして尚更な。しかしそれは人間だけではなかった。オラと同じモンスターや獣人族も同様。
お前達とは出会ったばかりだが、何故だか昔の様に信じようとしている自分がいる」
「アクル……」
「お前達には色々と世話になった。山が安全ならばオラも離れられる。満月龍の明確な居場所は分からんが、手掛かりぐらいや知識ぐらいならこの先の助けになれるかも知れん」

 目の前にいるアクルは、初めて出会った時とはまるで違う暖かい空気を纏っていた。

「アナタも必要ありマセン! 何故なら私1人で全て賄えるからデス!」

 全くコイツは……。

「マジで言ってんのか?」
「ああ。人間にこんな借りを作ったままでは癪だからな。お前達なら再び信じてみるのも悪くない」
「何だそれ」
「それに万が一森で何か起こっても、アンドロイドの魔法なら一瞬で帰れるだろう」
「都合のいい便利屋じゃねぇんだよ」
「全くデスよアクル。そもそもアナタが付いてクル必要は全くありマセン。満月龍の情報も聞けマシタからね」
「オラはまだまだお前が知らない事を知っているぞ」
「何デスと? ナラバ包み隠さず全てを私二教えなッ……「あ~、もうグダグダうるせぇぞお前ら。いちいち突っかかるんじゃねぇリフェル。それに、付いてきたいなら勝手にするんだなアクル。拒否はしねぇがまぁ特別歓迎もしないぞ」
「構わん。オラも好きな様にやらせてもらうさ」
「よく分かってるじゃねぇか。ただ、“1つだけ条件”がある」
「……?」
「俺の事を信じるな。勝手に信じるからそこに裏切りも生じる。だから俺なんかを信用しなくていい。その代わり、俺がお前を勝手に信じるからよ」
「――!」
「それなら一生裏切られる事ねぇだろ。お前が俺を裏切る事はあってもな。ハハハ」
「馬鹿ジンにしては名案デスね」
「だからうるせぇぞお前」

 そんなこんなで、思いがけない形でアクルという仲間が俺達の旅に加わった。

「――ちょっと。いい歳こいて何くさい事言い合ってるのよ」

 おっとそうだ、面倒なのがもう1人いたんだった。

「早く満月龍の所に連れてって。殺すから」
「そりゃ無理だ。俺達も何処にいるか分からねぇ」
「なら早く見つけて。殺すから」
「あんまり子供が殺す殺す言うもんじゃねぇぞ。もっと子供らしい言葉を使え。主人からの命令だ」
「今回の主人はどうも馬鹿みたいね。言ったでしょ? 殺し以外の命令は受けない」
「激シク同意。ジンフリーは馬鹿なのデス。ピノキラー、アナタよく分かっていマスね」

 人の事を馬鹿馬鹿言いやがってコイツら。まぁそれよりも、さっきから個人的に引っ掛かってるのが“呼び名”。

 きっと彼女はどうでもいいだろうが、ピノキラーやNo.444なんて名前はあんまりだろ。俺は絶対に呼びたくねぇし呼ばない。

「まずこの子の呼び名を決めよう」  
「ハ?」
「どこまで馬鹿なの? そんな事どうでもいいでしょ」
「言うと思った。けどな、名前は大事なんだぞ!」
「また非効率的な事ヲ。彼女はピノキラーで反応スルから問題ありマセン。アナタ名前つケルのが趣味なのデスか?」

 案の定な反応を見せた2人を無視して、俺は名前を考えた。

「う~ん……そうだなぁ」
「だからどうでもいいって言ってるでしょ。何勝手に考えてるの」

 彼女の言葉が聞こえたと同時、俺はまた何時ぞやの事を思い出した――。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「決まった?」
「一応2つまではな……」
「え、教えてよ!」
「ミラーナかエマ」
「ミラーナとエマか……うん。どっちも可愛いわね」
「そうか?」
「ええ。どっちにしようか」
「それはまた悩むなぁ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 いつかの遠い記憶。
 だが不思議な事に、それがつい昨日の事の様にも思える。 

「――おい。大丈夫か?」

 俺はアクルの声で正気に戻った。どうやらいつの間にか思い出に浸っていたらしい。

「ああ、大丈夫大丈夫。それより……決めたぞ名前。 お前の名前は“エマ”!今日からエマだ。宜しくな 」

 そう言って彼女に手を差し出し握手を求めたが、当然エマの手が俺に届く事は無かった。

「付き合い切れない」
「激シク同意。早く満月龍を探し二いきマスよ」
 
 吐き捨てる様に言いながら、エマとリフェルはスタスタと歩いて行ってしまった。

「こんな調子で満月龍など辿り着けるのか……?」
「先の事を悩んでもしょうがねぇ。俺達も行くぞアクル」

 思いがけない事の連続であったが、こうして俺達の旅は再び再開されたのだった。

 新たな仲間(?)と共に――。
♢♦♢

~ワーホルム王国~

 俺とリフェルがリューテンブルグ王国を出発し、ツインマウンテンではアクルと、フランクゲートではピノキラーことエマと出会った。

 あれから約半年。時の流れとは本当に早いものだ――。

 この半年間での出来事は……まぁ色々あった。それはそれはもう色々と。だからこそ余計に時間が経つのが早く感じるのだろう。想像していた満月龍探しの旅とは全然違うもんな。

 ん?
 何が起きていたって?

 あ~、まぁそうだなぁ……話すとかなり長くなるが結論から言うと、当然まだ満月龍を倒していなければ見つけてもいない。

 言い訳をするつもりじゃねぇが、初めからこの旅はかなり無謀な挑戦でもある。何百年、何千年に1度遭遇するかどうかっていう幻を追ってる訳だからな。こんな短期間で見つけた方が驚くぜ。

 それに、今の俺達の現状をもっと正確に伝えるならば、この半年間は満月龍探しどころではなかった。

 ……いや、“今も”と言った方が正しいか。


「――全く、何がどうなってやがるんだこの島は。いつもいつも面倒ばかり起こしやがって」
「自分の事を棚に上げるなジンフリー」
「元はと言えばお前がコレ“拾ってきた”んだろうがよアクル」
「五月蠅いですヨ」
「毎回トラブルばかり……。結局殺せば全部解決するのに」
「だから直ぐ殺そうとするんじゃねぇよエマ。それにリフェル、今回はお前の魔法が失敗した事も原因だぞ」
「何を言うカ! 私の失敗ではなくこの島が原因でしょウ!」

 こんな会話が俺達の日常。
 
 誰かは知らねぇが、絶対この中にトラブル体質の奴いるぞ。そうでなければこんな次から次へと面倒に巻き込まれるなんて有り得ねぇ。

「一体誰がトラブルメーカーだ?」
「オラではない。案外リフェルかもな」
「何を言ってるのですカ。全員のデータを元に、ここ半年間の各自の行いを踏まえると、私のトラブル計算ではジンフリー34%、アクル33%、エマ33%という割合が出ていまス。アンドロイドの私は関係ありませんヨ」
「って事はやっぱり“オヤジ”のせいね」
「そのパーセンテージなら全員同罪だアホ」
「いや、オラとエマより1%高いお前が原因だ」
「そうよ」

 これもいつものパターン。大体皆俺に厳しいんだよな。何かしたか俺。そもそも思い返せばフランクゲート襲撃から流れが悪いんだよな。

(半年前からの出来事一覧↓)

 ・フランクゲート襲撃で公にこそならないものの、世界中の裏稼業界隈に伝わる程の騒ぎに。

 ・万が一にも犯人だとバレたら嫌なので別の離れた王国に移動。

 ・移動先の王国でアクルがトラブル引き寄せ。

 ・無事解決したかと思いきや今度はエマがトラブル引き寄せ。

 ・落ち着いた後、訪れた別の王国で俺がトラブル引き寄せ。

 ・埒が明かないと一旦誰もいない地域へと移動。のんびり出来るかと思いきや大量のモンスターと対峙。

 ・争いを収める為、何故かそこのモンスター達と仲良く国造り。
 
 ・次に向かった獣人族の王国では、成り行きで俺が剣の指導。騎士団設立。

 ・移動した王国先で冒険者がリフェルを軟派。周辺のギルドを巻き込む大争いに発展。

 ・その後も俺→アクル→エマ→俺→エマ→アクル→俺→アクル→エマ→俺……の順でトラブル引き寄せ。

 一難去ってまた一難とは言うがこれは起こり過ぎ。災難が畳み掛けてきやがる。

 だが、決して悪い事ばかりではないのもまた事実。
 長い間旅を共にした事もあり、全員の距離が幾らか縮まったのか変化も見受けられる。

 アクルはいつの間にか皆の纏め役になっているし、最初は拒絶していたエマが最近俺の名前を1文字だけ入れて呼ぶようになった。まぁその呼び方がオヤ“ジ”なのが気になるが良しとしよう。

 そして大きな変化ではないが、代わり映えに1番驚くのはリフェルだ。
 Dr.カガクの言っていた通りどんどん人間に近づいてきている。ぎこちなかった話し方も今ではもう普通の人間と大差がない。確かに面倒ばかりではあったが、これはこれで良いと思う。

 それでもトータルで見れば割に合わないけどな。この災難はもしや満月龍からの警告か何かか? 全く。

 いや、違うな。そもそも全部悪いのは満月龍だろ。そうだ。悪いのはあのドラゴン! それ以上もそれ以下もねぇ。後は全員被害者なんだよ。あれから5年以上も経つのにまだ嫌がらせするのかあのクソドラゴンは! 必ず見つけ出して全て終わらせてやる。結局全部お前のせいなんだよ満月龍。俺達が今“こうなっている”のもな!

「――いや~、“旦那達”面白いね! いつもこんな賑やかなの?」

 俺達が今言い争っている原因の1つは“コイツ”でもあるかも知れない。

「うるせぇ。そんな事より続きを教えろ。どうなってるんだよこの島と魔女は」
「ヒャハハ。それは――」

 此処、ワーホルム王国という場所で偶然出会った、この“羽の生えたタヌキ”が原因だ。