酔っ払いオヤジ、ドラゴンの魔力を誤飲して最強に~かつてドラゴンに全てを奪われたオヤジは因果応報の旅に出る〜

 取り敢えずボケ~っと立ち尽くす俺。
 すると、白衣を着た1人の爺さんがこっちに向かって歩いてきた。

「初めまして。ワシはDr.カガク。君がジンフリー君か!」
「ああ、どうも……って、あなたがDr.カガクなんですね……あの有名な」

 医者でも科学者でも研究者でもないが、リューテンブルグ王国に住んでいる者なら誰もが1度は耳にした事のある有名な人。王国の科学技術をここまで発展させたのがこの人らしいからな。とんでもない天才だ。どれぐらい凄いかは分からないが兎に角凄ぇ人に間違いはない。実際に見たのは初めてだ。 

「別に有名なんかじゃないさ。それに私より君の方が有名人だろう。何十年も前から噂は聞いていたよ。王国を……そして我々大勢の命を守ってくれてありがとう! 最年少で騎士団の大団長になった男だと聞いていたから、まさか満月龍の血を飲んだと聞いた時は驚いたぞ。ガハハハ! 笑わせてくれる若造だ」

 ハハハ……。あなただけです笑ってくれたの。1番最初にお会いしたかったぜ。しかも齢40の俺を若造と……。まぁあなたからしたらまだ若いかもしれないが、何と返せばいいのか分からん。

「――カガク博士!」
「コラ、勝手に近づくんじゃない“トーマス”!」

 俺とDr.カガクが話している所へ突如現れた少年。俺の腹ぐらいの背丈に白衣を羽織った彼は12~13歳ぐらいだろうか。眼鏡を掛けて分厚い本を持っているその姿はまさに科学者や研究者と言った感じ。

 勢いよく走ってきたトーマスと呼ばれた少年は、Dr.カガクに注意されるもなんのその。興奮気味に俺へと話しかけてきた。

「あなたがあのジンフリー・ドミナトルさんですね!」
「え……あ、ああ……」
「僕の名前はトーマス! つかぬことをお伺いしますが、魔力が0って本当なんですか?」
「これトーマス! 邪魔だからあっちに行っていなさい。スマンなジンフリー君……この科学馬鹿はワシのひ孫でな。好奇心旺盛過ぎて手に負えんのだよ」

 流石、Dr.カガクの血を受け継いでいると言うか何というか。この歳でもう夢中になっているのか。っていうかひ孫がこの歳って……Dr.カガク何歳なんだ? フリーデン様といい元気な老人達だな。勿論良い事だけど。

「別に構わないですよ。元気がないよりずっとマシです」
「子供だからと甘やかさんでくれ」
「ジンフリーさん! 魔力0は生まれつきですか? 本当に魂力《こんりょく》のみで、このリューテンブルグ王国の騎士団大団長になったんですか? しかも騎士団創設以来の最年少記録で!」

 確かに凄い勢いだ。しかも個人情報まで。

「誰に聞いたんだそんな情報まで……」
「って事はやっぱり本当なんですね! 凄いな~。何が凄いって全部なんですけど、そもそも生まれつき魔力0の人って、確認されている王国内でも50人に満たない超珍しい人材なんですよ! リューテンブルグの人口は2億人ですからとんでもない確率です。

しかもこの世界のエネルギーの約9割が魔力。ドラゴンやエルフや獣人族と言った種族ごとに種類はあれど、根本は全て魔力と言う調べが付いていますからね。唯一、人間だけが魔力に加えて魂力という力が使えるんです!

魔力と魂力の割合は人それぞれ。魔力が多い人もいれば魂力が多い人もいます。ジンフリーさんみたいにね! とは言ってもやっぱり魂力と魔力の割合が100:0は珍しいです。逆は結構ありますけどね。
それに、魔力と魂力では総合的に見ても魔力の方がエネルギーも強く使用用途もほぼ無限。一方魂力は、言わば人間の生命エネルギーを力にしている感覚です。なので人体の能力を高めるという事に関しては間違いなく効果が1番です。

同じ効果のあるバフ魔法等よりもずっと魂力の方が上なんです。しかし、魂力はあくまで身体強化に特化した力。万物に応用が利く魔力と比べたらその差は歴然です。幾ら身体強化をしても魔法の方が簡単に上をいってしまうのが現実ですから。勿論、それは使い手の人間の実力によりますけどね。

魔力と魂力を上手く掛け合わせる人も多いですし、仮に魔力が高かったとしても使いこなせなければが全く意味がありません。
それでもやはり魔力より劣りやすい、しかも魂力のみであの満月龍と渡り合ったジンフリーさんは只者ではありません! 最早化け物です、はい!」

 この子が何やら凄い子だなと言う事はとてもよく分かった。恐らくこのトーマス少年がいればリューテンブルグの未来は安泰だろう。

 だがしかし、一体この子は何時まで話し続けるんだろうか……。

「もういい加減にするんだトーマス! これは遊びじゃない。あっちへ行っていろ! 直ぐに行かないと研究所への出入りを禁止するぞ!」
「え⁉ そ、それは嫌だよお爺ちゃん! 分かったよ。大人しくしているからこの実験だけは見させて! お願い!」
「全く……。じゃああっちで大人しくしているんだ。もう邪魔するんじゃないぞ」
「うん、分かったよ!」

 Dr.カガクがそう言うと、トーマス少年は体の向きを変えこの場から走り去って行った。

 かと思った矢先、トーマス少年が2,3歩進んだ所で突如「あ!」と何かを思い出したかの様に声を上げ立ち止まり、再び俺の方へと振り返ってきた。

「ジンフリーさん、突然話に割り込んですいませんでした」
「ん、別に構わないよ。熱心なのは良い事だからな」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです! 物心ついたときから気になるととことん調べたくなってしまうんです……って、いけない。また話が逸れそうだ……。改めて、ジンフリーさん!」

 トーマス少年は力強い眼差しで俺を見た。
 そしてその真っ直ぐな瞳と、偽りのない純真無垢な言葉が飛んできた。

「――5年前、満月龍からリューテンブルグを守ってくれてありがとうございました! お爺ちゃんとあなたは、僕の中のヒーローです!」

 元気一杯に言い放ったトーマス少年は勢いよく一礼すると、そのままその場から走り去って行った。


 ヒーローね……。 

「とてもしっかりしたお孫さんですねトーマス君は。自分のお爺ちゃんをヒーローだなんて、あの歳で中々言い切れないですよ」
「いやはやお恥ずかしい。あんな事を言われては調子が狂ってしまうわ……。しかし、あの子が君に感謝しているのは紛れもない事実。勿論、このリューテンブルグ全ての人々がな」

 あの日からどれだけ同じよう様な事を言われただろうか。

 皆が俺に掛けてくれる言葉は本心。なのに何時からそれが素直に受け止められなくなったんだ……?

 言われれば言われる程、声を掛けられれば掛けられる程、何処か心の無い社交辞令にさえ思えていた。

 だが、今の彼の言葉は偽りがない。本当に素直な感謝の意。

 久々に“それ”を感じた。

 俺には分かる。

 ミラーナ……ジェイル……。
 生きていればお前達も丁度同じぐらいの歳か。

 純真無垢な彼のその姿が、俺の子供達と全く同じだったから――。
「それでは始めるぞ」

 トーマス君の乱入で少し話が逸れたが、雰囲気は一転して元に戻っていた。

 ――ブォォォォンッ……!
 Dr.カガクによって生み出された世界最高技術らしいアンドロイド。そのアンドロイドがDr.カガクの合図によって何やら機械音と共に強く光り始めた。

 そんな中、俺はさっきからず~~っと気になっている事がある。

「あのー、何故このアンドロイドはこんなに“ナイスボディ”なのでしょうか……?」

 そう。
 俺の目の前にいるアンドロイド。コイツはさっきからずっとここに置かれていた。
 
 正確に言うと、顔だけが出ている状態で体はマントの様な物で覆われていたのだが、今しがたDr.カガクがこのアンドロイドの体を覆っていたマントを勢いよく取った。

 本格的に起動させる為の準備の1つなのか、お披露目という事なのか分からないが、兎にも角にもそのアンドロイドのボディは俺の想像の斜め上を行く造りだった。

「ガハハ! これは私の知識と技術を全て詰め込んだリューテンブルグ王国の未来を守り担う力!」

 そんなコンセプトはどうでもいい。
 それが率直な俺の意見。
 
 確かにとても精巧に造られている。これがDr.カガクの技術力たる所以なのか……。

 今まで見えていたアンドロイドの顔だけで判断しても、一切造り物だとは分からない。
 
 肌、髪、質感。
 見ただけでは到底アンドロイドとは思えないその機械は、白く透き通るような肌に閉ざされた瞼からは長い睫毛。綺麗な品のあるブロンドの髪が胸辺りまで伸びており、その姿はまさに人間そのものだった。

 強いてアンドロイドっぽい部分を言うならば、うなじから細いプラグの様な物が機械と繋がれており、起動させた事が分かるかの如く閉じていた瞼が開き目を光らせていた。心臓部分も体内から僅かに光りが確認出来た。体の中に何か機械が入っているんだろうな……恐らく。

 それ以外の見た目は完全に人間。そして何と言ってもこのボンキュッボンの超絶スタイルに顔面も整っているから驚きだ。しかも隠す所だけを最低限隠したほぼ裸の様な装い。露出が多いとかのレベルじゃねぇ。見てるこっちが恥ずかしくなるわ。これを造っている時他の関係者達は何も疑問に思わなかったのか?

「Dr.カガク……このアンドロイドは一体……」
「言っただろう? これは私の“全て”をつぎ込んだリューテンブルグ王国の未来だ!」
「……」
「どうしたジンフリー君!」

 訝しい表情でアンドロイドを見て固まっていた俺に、Dr.カガクが声を掛けてきた。その言葉に思わず本音が零れそうになったが辛うじて堪えた。

「え、いや……あの……このアンドロイド、凄い人間みたいな造りだなー……と」
「いい所に気が付いてくれたな! このアンドロイドはまさに“人そのもの”をイメージして造り上げたものだからな。脳と心臓、そして体内の一部以外は人間と全く同じ。鉄の塊で造ったアンドロイドというより、人間をアンドロイドにした様なイメージかの。言葉にすると些か物騒ではあるが、感覚的にはこの説明が1番近い。

膨大なデータをインプットしておるから普通の人間と同じ様な生活や会話も出来るが、どれだけ技術力があっても命を吹き込むことは不可能。所詮はよく出来た機械止まりだ。
ほぼ人間と同じではあるが、勿論そこに“感情”は無い。体も上辺は人の肉体だが血も神経も通っていない。よって痛みや感覚も感じる事は無いがの」

 簡単に説明しているがこれってとんでもねぇ技術だよな。
 まぁどれだけ科学技術力が優れていようが高等な魔法が使えようが、決して命を生むことは出来ないって事だな……。

 誰も外見には触れないからもうこのままツッコまない方が良さそうだ。

「百聞は一見に如かず! ジンフリー君、早速満月龍の魔力でアンドロイドを完成させよう! 心臓部分が僅かに光っておるだろう? そこには魔生循環装置《ナノループ》を組み込んである。取り込んだ魔力を放出する機械だ。先ずはそこに手を当ててくれ!」

 俺は言われた通りアンドロイドの心臓に手を当てた。

 ――むにゅ。
 実際にこのアンドロイドを触って分かった事が2つ。

 まず1つ目は、やはり肌質が人そのものという事。
 そして2つ目は、魔力を注ぎ込む機械とやらが本来の心臓部より下のせいか、構図だけ見れば俺は完全に片乳を揉んでいる変態オヤジ。しかも肌質のみならず感触もお〇ぱいそのものだ。

 Dr.カガク恐るべし。
 
「よし。そうしたら一気に心臓目掛けて全魔力を注ぎ込んでくれ!」

 声を張るDr.カガクの様子から真剣さが伝わってくる。それは周りにいる他の専門家達やフリーデン様やエドからもだ。全員が今この瞬間に神経を研ぎ澄ましていた。

 この場にいる全員の視線が俺に注がれ、俺は目の前のおっぱ……ナノループに満月龍の魔力を注ぎ込む――。

 アンドロイドが繋がれているゴツイ機械から発せられる機械音が徐々に大きくなっている。今の俺にはそれが皆の期待の声にすら聞こえてきた。無機質な機械音とそれに応える様に光るアンドロイド。

 俺は今、リューテンブルグ王国や多くの人達の期待や希望を背負っていると言っても過言じゃねぇ。

 あの時と同じ――。
 俺に全てが懸かっている。
 自分の家族すら守れなかった俺に……多くの人を守り切れなかったこんな俺に……今も変わらず多くの人達が俺を敬ってくれている。

 そろそろケジメをつける時。

 変わらなきゃいけないのは俺だ。

 今度こそ誰1人として失わない様に……。

 満月龍の血の拒絶? そんなもん知るか。生憎、俺にとって死は残された最後のつまみ。また家族に会える唯一の楽しみなんだ。何も恐怖は感じない。寧ろ待ちわびているぐらいだからな。

 全身に力を込め、俺は体に流れる満月龍の魔力全てを放出した――。


「……うらァァァァァッ!!」



 




 
 







 ……ってちょっと待て。肝心な事を忘れていた。

「“全魔力を注ぎ込む”って……俺そういえば魔力の使い方分からねぇんだけど――」

「「……⁉⁉」」


 この後、場が大混乱になったのは言うまでもねぇ。
 ♢♦♢

~リューテンブルグ王国・騎士団屯所~

「――全然ダメ。驚く程進歩がないな」
「あ~うるせぇな! お前の教え方が悪ぃんだよ」

 アンドロイドに満月龍の魔力を注ぎ込もうとした日から数日。生まれてから1度も魔力を使った事のない俺は結局魔力を出せずに終わった。

 天才と呼ばれるDr.カガクもトーマスも、他の頭の良い専門家達も誰1人としてこの結果は予測出来なかっただろう。俺も予想外だ。予想外と言うか、普通に考えればごく当たり前だよな。

 でもこればかりは仕方ねぇ。だって生まれつき魔力0なんだもん俺。ガキの頃に誰もが習う魔法学校でも、俺は皆が魔法の実践をしている時にひたすら魂力を扱っていた。当時は勿論、何で俺だけ魔力が無いんだとへそを曲げた事もあったが、この世で1番無駄なのはないものねだり。楽観的な性格がこの時ばかりは役に立ち、結果無駄な悩みに時間を費やす事無くそれなりの実力を付けられた。

 にも関わらず、まさか数十年後にこんな日が来るとは……。

 この世界に神が存在するならば、俺に対する仕打ちがあんまりじゃねぇか? 神様よ。

「ジン、こんなの3歳でも出来る超基本の魔力操作だぞ。寧ろ3歳の子でも無意識に使える様になってるぐらいだ」
「だからうるせぇってエド! 元々魔力がねぇんだよこっちは! じゃあお前生まれつき足が無かった人間に義足渡していきなり走れって言うのか? 目が見えない人間に目ん玉渡して分からない色を答えさせるのか?」
「おいおい……そこまで言わなくてもいいだろ……」
「お前が言ってるのはそういう事なんだよ! あるのが当たり前だと思うな!」

 自分でも言い過ぎているは分かる。だけど止められねぇ。まさか魔力を扱うのにここまで苦労するとは思わなかった。年甲斐もなくイライラしてるぜ全く。

 簡単だと思っていたが、頭ん中のイメージと現実がまるでかけ離れてる。基本の魔力コントロールどころか魔力自体を全然感じられん。

「分かった。確かに俺も軽率だった。今日はこのぐらいにしておこう」
「お前がすんなり引き下がると俺が余計悪く見えるだろ」
「誰も見ていないからいいだろ別に。どこ気にしてるんだよ」
「それにしても……まさかここまで出来ないとは。情けない……」
「ハハハ。お前でも出来ない事があるんだな。まぁいいじゃないか。別に超高等な魔法を覚えろって訳じゃない。ただ魔力を出せればそれで終わりだ」
「それを出せればな。はぁ~、疲れたからもう帰って酒飲も」
「そんな暇があるなら特訓しろ」

 俺とエドはそんな会話をしながら騎士団の屯所を後にした。

 先日のアンドロイド計画はと言うと、俺が魔力を出せない事には何も始まらないという結論に至り、あれからこの数日間ひたすらエドと特訓しているが結果はご覧の通りである。

「何かコツとかねぇのか?」
「何回も言ったが魂力と一緒だ。コツも何も、物心ついた時から自然と使えるのが一般的だから今さら口で説明する方が難しい。感覚的な事でもあるしな」
「いい加減なアドバイス。困ったなーマジで。全く感覚が分からんぞ。どうしよう」
「野生のモンスターでも相手にしてきたらどうだ?」
「おぉ、懐かしいな。若い頃騎士団で名を挙げる為に特訓で倒しまくったなそういえば」
「ああ。任務もこなせて一石二鳥だって毎日馬鹿みたいにな。今じゃとても無理だ。ハハハ」
「こうなったら荒療治に出るしかねぇか……」
「また馬鹿な事を。また明日な」
「ああ」

 話しながら暫く歩いた俺達はそれぞれ家の方向へと別れていった。

「畜生……魔力使うのにこんなに手間取るとは」

 別に急ぐ事でもねぇけど出来ないってのがイライラするんだよなぁ。

 今から近くの森にモンスター討伐でもしに行こうかなマジで。
 
 でもやっぱちょっと面倒だな。遠いし。歳取ったよなー、こういう発想が。昔なら考える前に動いていたのによ。今は自分から動き出す気力がねぇ。

 あ~、この際モンスターの方から俺を襲いに来てくれねぇかな? そうすれば嫌でも動くんだけど。って、縁起でもねぇか。これで本当に満月龍でも来ちまったら笑えねぇだろ。

 しょうがねぇ。取り敢えず帰って酒飲も。ここ数日は何年かぶりに毎日外出て体動かしている健康生活だから酒が格別に美味ぇ。心なしか眠りも良いしな。

 よし。そうと決まれば久々に贅沢でもするか。この時間ならまだ市場やってるから生ハム買いに行こう。あそこの肉屋の生ハム凄ぇ美味いからな。

 こうして俺は珍しく市場まで足を運び買い物を済ませて家に帰った。


 ♢♦♢


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「――パパ……熱いよッ……!」
「助けて……パパ」
「あなた……ッ!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ――バッ!
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……!」

 窓から差し込む日差しと小鳥の囀り。青い空に昇った太陽が今日も世界を照らす。何気なく見た窓の外の景色は平和な街と活気のある人々。

 そんな現実とは正反対の悪夢で俺の1日は始まった。

 一体何度この夢を見たのだろう。あの日の直後は毎日この夢を見た。もう眠るのが嫌になった事もあったな。

 だが人間の体は良く出来ているというか何というか……。家族が死んで絶望の中を彷徨っているにも関わらずしっかりと腹は減るし喉も乾くし眠くもなる。無意識の内に体や脳が慣れてきているのか、あれだけ毎日見ていた夢も月日と共に回数が減っている。
 
 どれだけ月日が経っても勿論忘れる事など永遠に無い。
 だけど、この夢が減るにつれて不安も増える。こんな魘される夢なんて見たくない筈なのに、体の何処かで、何でもいいから家族との繋がりを残しておこうとしている……。

 悪夢より、何も無いと言う“無”を俺は1番恐れているんだきっと――。

「マリア……俺はどうすればいい……」
~リューテンブルグ王国・城~

「ではやってみておくれ」

 俺は今城にいる。お決まりの玉座の間にな。

 目覚めの悪い朝に更に追い打ちをかけるかの如く、朝っぱらからまたエドが俺の家を訪ねて来たのだ。

 理由はまぁ下らない。
 一応フリーデン様が絡んでいるから口が裂けても言えないが、実に下らないと俺は思う。

「早く見せろジン」
「見せる物なんてねぇっつうの」

 王国にとって最早一大行事となりつつあるアンドロイド計画。勿論まだ関係者しか知らない事だが、それでも既に多くの大人が関わっている事もあり、魔力が扱えない俺の“進捗状況”とやらで城に呼ばれ今に至る。

 だがハッキリ言わせてくれ。
 1だったものが5や10になったのならこの報告に意味があると思うが、0が0のままで一体何を報告しろと言うんだ。誰にもメリットの無いただただ無駄な時間を過ごすだけだぞ。

 って事をエドにも朝言ったのが、どうやら多くの大人が関わっている為、形だけでも協力してくれとフリーデン様にも頼まれたらしい。国王というのも色々大変そうだ。

 そんなこんなで城に集まった一堂に対し、俺は自信満々に魔力が使えない事を見せつけてやった――。

「……よし。ご苦労じゃったなジンフリーよ。エドワードにも手間を取らせたの」
「いえ。とんでもございません」
「全くだよ」

 城に来ていた専門家や関係者達も進捗状況とやらに満足したのか皆帰って行った。こんな事言ったら失礼なんだろうけど、俺には一生理解出来ない人達だ。


 そして、唐突にも“それ”は起こるのだった――。

「さて、ジンフリー。やっぱりまだ魔力の感覚は掴めぬか?」
「はい。正直って意味不明です。私なりに人生で初めてというぐらい真剣に取り組んでいるつもりなのですが……全く成果を感じられません」
「ホッホッホッ、そうかそうか。其方が言うのならさぞ苦労しておる様じゃな」
「誠に面目ないです」
「そう気負う必要はない。急いでおらぬからの。皆今回のアンドロイド計画にちと興奮しているだけじゃ。それよりジンフリーとエドワードよ、これはまだ誰にも言っておらぬ内密な事なのだが……」

 フリーデン様の表情が少し険しくなった。

「実はの、このアンドロイド計画の事が“ユナダス王国”に漏れてしまったらしいのじゃ」
「ユナダス王国に……⁉」

 ユナダス王国って、今はそうでもないけど、確かあんまりリューテンブルグと友好関係じゃなかったらしいな。もう昔程じゃないけど、100年以上前に戦争か何かしたんじゃなかったか……?

「知っておると思うが、リューテンブルグ王国とユナダス王国の間には1度戦争が起きておる。私が生まれる前であったから100年以上も前だが、その戦争はお互いの王国が壊滅寸前まで追い込まる程悲惨なものであったらしい。
当時リューテンブルグ王国の国王であった祖父の代では、ユナダス王国との関係は最も悪かったと先代の父も言っておった。

やがて歳を取った祖父とユナダスの国王も現役を退き、次の父の代へと引き継いだのじゃ。休戦協定の取り決めがある中ではあったが、父とユナダスの次期国王は2度と争いを起こさないと歩み寄りの姿勢を見せた。それだけお互いに失ったものが多すぎたのじゃな……」

 今のリューテンブルグからは想像も出来ない。
 壊滅寸前なんて満月龍の時より酷かったって事じゃねぇか。

「そこから更に月日は経ち現在にまで至る。私が国王になってから40年近く経つが、ユナダス王国の現国王である“バレス国王”とは共に両国の友好関係をより深めてきた。今となってはこの戦争を経験した者もごく僅か。私より10歳も上の世代じゃ。果たして何人が長生きしておるのかの。ホッホッホッ。

しかしどれだけ良好になろうと歴史を無かった事には出来ぬ。もう争いは起きないと、休戦協定も父から私に引き継ぐ時に撤廃しておるが、果たしてどうユナダス王国にアンドロイドの事が伝わったのか……。

100年以上築いてきた関係の雲行きが少し怪しくなってきておる――」

 俺とエドは静かに目を合わせた。
 フリーデン様の話が突然過ぎるという事もあるが、その内容もまたす直ぐに受け入れられるものではない。

 当然だろう。
 今フリーデン様が言った事を分かりやすく言うなら……。

「それは再び戦争が起きるという事ですか……?」

 そう。
 口を出したのはエドだが、俺も意見は全く同じだ。何ともまぁ物騒な話だが、問題はもっと根本。

「たかがアンドロイドで何故そこまでに?」
「ああ、問題はそこなんじゃ」
「そもそも我が王国の機密情報がどうしてユナダス王国に……」
「それについては今調べておる。エドワードの言う通り、アンドロイドの件は機密情報じゃ。まぁアンドロイドというより満月龍の力の事じゃがな。
5年前からこの研究に関わる人間は全員リューテンブルグ王国の者じゃ。身元も調べ、本人達にはこの研究についての情報を一切口外しないという契約も結んでおる」
「って事は、研究に関わっていないが事情を知っているであろう一部の家来や騎士団員達か?」
「もしくは研究に関わっている中に情報を漏らした奴がいるか……」

 様々な憶測が脳内を駆け巡る。
 どんな結果にせよ、それが良い事じゃないってのは確かだ。

「情報を漏らした者を特定するのも大事ではあるが、今最も重要なのは、その情報がきっかけで両国の関係に亀裂が生じようとしている事。先日ユナダス王国から入った連絡の内容がこうじゃ。

“リューテンブルグ王国が戦争を望むのならば、我がユナダス王国も全精力で迎え撃つ”とな――。

私も突然の事で動揺したが、直ぐにバレス国王に確認を取った。そして話を整理していくうちにようやく状況が理解出来た。
何でも……我がリューテンブルグ王国が進めていた満月龍の力を、ユナダス王国は他国への力の誇示と受け取った様なのじゃ」
「そんなの勘違いだろ」
「バレス国王にはその旨を?」
「当然じゃ。リューテンブルグが満月龍に襲われた時もユナダスは直ぐに支援をしてくれた。そんなユナダス王国へは勿論、全世界何処の国とも我が王国は戦争など望んでおらぬと。

しかし、この情報がどう伝わったのか分からぬが、図らずも満月龍の強大な力を手にしてしまった事を良く思っておらんのじゃ。リューテンブルグが満月龍の力を王国の軍事力として備えているとな」

 無茶苦茶だな……。

「それは誤解だという事も何度も説明したのじゃ。私達はこの力を、再び満月龍に襲われた時に我が王国を守る最後の防衛策として考えておるだけじゃと。そして間違ってもこの力を攻撃として扱う事は断じて無いとの――」

 神妙な面持ちで話すフリーデン様の無念が痛い程伝わってくる。それと同時に悟った現実。

「フリーデン様が事情を説明したがユナダス王国の意見は変わらないと言う事ですね……」
「バレス国王には何とか話をつけたが、向こうでは既に一部の者達が反乱を起こしているらしいのじゃ」
「成程。まぁユナダスの気持ちも分からなくはない。他の王国が強大な力を極秘に進めておいて攻撃する気は無いなんて、説得力がまるでねぇもんな」
「おいッ、言葉を慎めジン!」
「構わんエドワードよ。ジンフリーの言う通りじゃ。大砲を造っておいて絶対に撃たぬなどと言われても、誰も信用出来ぬ。しかも積んでいるのが満月龍の砲弾となれば他国にとっては脅威でしかない。

私のせいじゃな……。何処かで判断を誤ってしまった。父の代から守り続けてきた両国の平和を、まさか私が壊してしまうとはの……」
「決してフリーデン様のせいではありません! 満月龍の力が絶対に安全だと理解してもらえば大丈夫な筈です!」
「そうじゃな。私も諦めた訳ではあるまい。一刻も早く漏洩元を突き止めると共に、満月龍の力を確実に安全な物へと進化させねばッ……『――バリィィィンッ!!』
「「――⁉」」

 突如、玉座の間の窓ガラスが室内に飛び散った。
 
「何じゃ……⁉」

 玉座の間にいた者達が一斉に同じ方向を向いた。
 突如割られた窓ガラス。床に飛び散ったガラスの破片が日差しによってキラキラと反射している。

「何事だッ⁉」
「フリーデン様をお守りしろ!」
「お城の方達は直ぐに避難して下さい!」

 護衛の騎士団員達が即座にフリーデン様を守る様に囲った。騎士団員の指示で、家来の者達も戸惑いながら慌てて部屋から出て行く。

 窓ガラスが割れてからここまで僅か数秒。
 玉座の間が一瞬で異様な空気に包まれた直後、割られた窓ガラスから何者かが飛び込んできた。

「――ここで合ってるんだよな?」

 黒髪の短髪に屈強な巨体。年齢は20代後半ぐらいだろうか。
 鋭い目つきで顔や腕に複数の傷跡があり、手には長い槍を持っている。突如現れたその男はニヤリとこちらを見ながらそう呟いた。

「誰だ貴様!」
「動くんじゃないぞ!」
「大人しく両手を挙げ膝を付くんだ!」

 騎士団員達は謎の男に忠告をしたが、男は我関せずと言わんばかりにゆっくりと歩き始めた。

「コラッ! 動くんじゃない!」
「止まれ! それ以上進めば容赦しないぞッ!」
「やってみろ――」

 次の瞬間、男はその図体に反した素早い動きで騎士団員1人の背後に回り、槍を持った手とは反対の手で魔法を放った。
 攻撃を受けた騎士団員は腹部の肉を抉られ、血飛沫と共に部屋の壁まで吹っ飛ばされた。

「きッ、貴様ッ……!」
「待て!止めろ!」

 直ぐ近くにいたもう1人の騎士団員が男目掛けて持っていた剣を振り下ろした。
 
 この謎の男の正体は分からないが強い――。 
 それを瞬時に感じ取ったエドも急いで騎士団員を止めようとしたが遅かった。

「雑魚は引っ込んでろ」

 男は騎士団員の剣をいとも簡単に躱す。そして手にしていた槍を半回転させ、柄の部分を思い切り騎士団員の頭に振り下ろした。

 ――ズガァンッ!
「がっ……⁉」

 脳天から攻撃を食らった騎士団員は、糸が切れた操り人形の如く床に崩れ落ちていった。

 瞬く間に場が緊張に包まれ、互いに睨み合う静寂な時間が数秒流れた後、男が俺を見ながら徐に口を開いた。

「貴様がジンフリー・ドミナトルか……?」
「誰だお前」

 この男に見覚えも無ければ目的も不明。

「グハハハ、思ってたよりオッサンじゃねぇか。こんな奴が本当に最強の剣士なのか?」

 いきなり現れて行儀が悪い上にとんでもなく失礼な奴だ。多少腕に自信があるみたいだがそもそも何者だコイツ。しかもそれ以上に、“どうやって”此処に侵入してきやがった。

「お主、何が目的じゃ?」
「アンタがリューテンブルグのフリーデン国王か。お前達と“ユナダス”の関係なんて興味はないが、かなり割のいい仕事なんでね」
「ユナダスじゃと……⁉」
「ああそうだ。俺はバレス国王に雇われて満月龍の血を貰いに来たガンテツ! ややこしい事は知らねぇが、目的の満月龍の血は貴様の体内だろドミナトル! 貴様を奪って来いとの依頼だからな、高額報酬の為に大人しく来てもらうぜ!」

 自らをガンテツと名乗ったこの男。色々と状況を整理したいがどうやらやる気満々らしい。何時でもかかって来いと言わんばかりに魔力を練り上げ威圧してきている。

「成程。事態は我々が思っていた以上に差し迫っている様ですねフリーデン様」
「どうやらその様じゃ……。余り受け入れたくはないがの」
「ブツブツと逃げる相談か? 必要ならば何人殺しても構わないらしい。邪魔する奴は容赦しねぇぞ」

 そう言ったガンテツは更に魔力を高めながら近づいて来た。

「――報酬額はいくらだ? なぁおい」
「ジン……」
「エド、剣貸せ」

 俺はエドから剣を借りた。

 懐かしい感触だ。5年前に握った以来か。

「俺とやる気か? おいおい、全く覇気がねぇけど動けるのかオッサン。こんな奴が最強などと誰が言い出した!グハハハ! 笑わせるわ」
「言葉が理解出来ねぇとは何処まで馬鹿なんだお前」
「何ぃ?」
「俺に懸けられた報酬額はいくらだって聞いてんだよ」
「フッ、貴様がそんな事を知った所でどうする。こんな老いぼれを捕まえりゃ“2,000,000G(ギル)”も貰えるんだからかなり楽な仕事だぜ!」

 成程。2,000,000Gね。
 報酬額を聞いた俺は無意識にエドの方を見た。すると案の定、奴の口元は少し緩んでいた。

 そして俺には聞こえる。“ジン、お前滅茶苦茶見積り低いじゃん”と、俺を小馬鹿にしているお前の心の叫びがな!

「……」
「どうした? 急に黙り込んで怖気づいたか! まぁ良い判断だな。大人しくしていれば俺も手を出す手間が省けるってもんッ……⁉⁉」

 気が付くと俺は魂力を練り上げていた。

「なッ……⁉ バ、バカな! 何だこの桁外れな“魔力量”はッ……⁉」
「2,000,000Gとは随分面白いボケだ。俺も40になってやっと分別が付く大人になったからよ、多少の冗談なら笑って見過ごしてやらぁ」
「どこがだよ」
 
 エドが何か言った様に聞こえたが今はどうでもいい。

「だがな、2,000,000Gじゃ全然笑えねぇ。覚えとけ。例えその10倍の値だろうと、俺の指1本傷つけられないとな!」

 ガンテツとの間合いを一気に詰めた俺は、そのまま奴目掛けて剣を振り下ろした――。

 だが、その剣はガンテツを捉える事なく寸前の所で止まった。
 何だ。いつの間にか気失ってるじゃねぇかコイツ。

 俺は静かに剣を下ろした。

「あの男を拘束しろ!」
 
 エドの指示により、騎士団員達はガンテツを拘束しそのまま連行して行く。

「急に慌ただしくなったな」
「実力は劣っていない様だなオッサン。剣を貸せって言った時は一瞬不安だったけどな」
「お前もオッサンだろ。それより……」
「ああ。一刻も早く対応しないとマズい」
「いや、それもそうなんだけどよ……その前にッ「フリーデン様! 事態は想像以上に深刻かと」
「そうじゃな。私は直ちにバレス国王と話をしよう。エドワードよ、何時でもユナダス王国に行ける様準備を進めてくれるか?」
「かしこまりました!」
「あのさ、ちょっと俺も聞いてもらいたい事がッ「それと研究所にいるDr.カガクにも連絡をするのじゃ。ジンフリーを奪いに来たとなれば、媒体となるアンドロイドも当然狙っておるだろう」
「はい。研究所の方は私にお任せ下さい! 直ぐに連絡を取り騎士団員と共に向かいます」
「宜しく頼む」
「おーい、だから俺の話を……「さっきから何だジン!」

 俺の言葉にようやくエドが反応してきた。
 急いでるのは分かるけどさ、別に話ぐらい聞いてくれもいいだろ。エドもフリーデン様もよ。

「いや、だからね、多分だけど、“使えた”わ」
「ん? 何が……?」
「魔力」
「魔力?」
「そう。魔力。満月龍の」
「「――⁉」」

 ここまで言ってやっとエドも理解した様だ。さっきまで無視していたくせに、今では目ん玉が飛び出そうな程驚いた顔で俺を見ている。エド程ではないがフリーデン様もな。

「ジン! 本当か⁉」
「ああ多分。初めてだから分からないけど多分コレそうだわ。さっき無意識に魂力練り上げた時に何か出てきた」
「マジかよ……」
「あのガンテツって野郎も呟いていただろ? 何だこの魔力量は……って」

 偶然の産物とはまさにこの事。あれだけ必死にやっても出せなかった魔力が急にポンっと出てきた。何故だかとっても清々しい気分。

 事を把握したエドが再び慌ただし様子でフリーデン様に言った。

「フ、フリーデン様!今聞かれましたよね!」
「ああ。全くもって驚きの連続じゃ。この十数分でかなり寿命が縮まった気がするの……っと、そんな冗談はさておきジンフリーよ。本当に満月龍の魔力を出せたのか?」
「俺の感覚が間違ってなければそうですね」
「どうやら間違いではない様ですフリーデン様。ジンから確かに満月龍の魔力を感じます」
「そうかそうか。だとすれば予定通りアンドロイドにその魔力を蓄えるのじゃ。絶対に拒絶が起きないとも言い切れぬ。いつジンフリーの体に異変が起こっても可笑しくないからの。
それに、ユナダスが満月龍の力を狙っておると分かった今、アンドロイドに魔力を移せばジンフリーが無駄に襲われる心配も無くなるじゃろ」
「かしこまりました。それでは直ぐにジンと共に研究所へ向かいます!」

 こうして、まだ事態が慌ただしい中俺とエドは研究所へと向かう事になった。
 
~リューテンブルグ王国・研究所~

「やぁジンフリー君、先日はご苦労だったね。さっき進捗状況を 聞いたが、未だに魔力が使えないみたいだな!ガハハハハッ!なぁに、焦る事はない」
「そうですよジンフリーさん。腐らないで下さいね! 魔力0の人が大人になって魔力を得るなんて世界でも類を見ない事ですし、いくら子供でも出来る事をジンフリーさんが出来なかったとしても、その1つ1つが世界に誇れる貴重な研究の成果となっていますから! 恥じる事などありませんよ」

 数日ぶりに会ったDr.カガクとトーマス君の第一声がコレか――。

 さっき城で多くの大人に進捗状況をお披露目した際には、確かにまだ魔力を使えていなかった。だから当然この2人は疎か、他の誰1人として俺が魔力を使える様になった事を知らない。 

 何処から伝えようかと一瞬迷ったが、ここで止めないと話が長くなりそうだと悟ったエドは差し迫った現状をDr.カガクにいち早く伝えるのだった。

「なんと……!あのユナダス王国と戦争が起こりそうだって? しかも満月龍の魔力を使える様になったのかジンフリー君!」
「ええ。完全にたまたまですけど……」
「何だ何だ、それなそうと早く言ってくれ!そう言う事ならば一刻も早くアンドロイドへと魔力を移そう。 皆、直ぐに準備してくれ!」

 Dr.カガクの一言で研究所も一気に慌ただしくなった。

 雇われたガンテツといい……まだまだユナダス王国の動きも気になるが、俺はそれとは別に、他のある事が気になっていた――。

「なぁエド……。あのガンテツとかいう野郎が現れた時、“気付いた”か……?」
「いや。それについては俺もずっと気になっている」

 やはりエドも同じことを思っていたか……。

 俺とエドが抱いている違和感。それは城の“結界”だ――。

 通常ならば、城は結界魔法によって覆われているから侵入は極めて困難。しかも窓ガラスが割られ奴が現れる瞬間まで全く魔力や気配を感じなかった……。

 しかも外から結界を破るのではなく、突如“内側”から現れやがったしな。

 勿論それ自体は決して不可能な事ではないが、もし誰かの仕業だとするならば、それは相当の実力者だという事にもなる。

「俺の思いつく限りでは、ユナダス王国最大の特徴とも言える、“魔女”が関係しているじゃないかと思う」


 魔女ね……成程。

 リューテンブルグ王国が世界一の科学技術大国だとするならば、ユナダス王国は古くから魔女や魔法使いの凄まじい魔力の高さで栄えた、魔法大国と言ったところか――。

 確かに、魔女や魔法使いの力ならば俺達が思っている以上に厄介だ。魔力使えないから良く知らないけど、魔法は凄い数の種類があるらしいからな。それこそ危ないものから希少なものまで……。

「まぁそれなら奴の気配を感知出来なかったのも頷ける。結界の内側に入り込んできた事もな」
「ああ。これも俺の憶測だが……ユナダス王国は、この奇襲でアンドロイドやお前を狙いつつ、それと同時に、“何時でもリューテンブルグを攻撃出来るぞ”という奴らからのメッセージとも受け取れる――」



















 エドの言う通り。

 本気で満月龍の力やアンドロイドを奪いに来る気ならば、ガンテツの野郎1人じゃ到底無理……。ある意味これはユナダス王国からの宣戦布告とも捉えられる。

 だが逆を言えば、まだ交渉の余地が少なからず残っているとも言える。ユナダスも好き好んで戦争を望んでる訳じゃないだろうからな。

「どの道、解決方法は満月龍の魔力だな……」
「ああ。兎にも角にも、先ずはこの力を完全に制御出来る様にした上で、リューテンブルグとユナダス両国にとっての落としどころ見つけなければ。1歩でも間違えれば本当に全面戦争だ」
「――準備出来たぞ!」

 Dr.カガクのその声に、俺達は同時に反応した。
 
 この間と全く似た光景。
 相変わらずナイスボディなアンドロイドと、それを繋ぐゴツくてデカい機械が何やら起動し始めていた。

「ジンフリー君!」
「ええ。何時でも大丈夫ですよ」

 魔力の感覚はまだ余裕で残ってる。これならイケそうだ。
 今更だが、さっき魔力練り上げて拒絶が起きていないって事は、取り敢えず死なないで済むって事でいいんだよな……? 生きてるし……。

「よし。心臓のナノループに魔力全てを注ぎ込んでくれ!」

 まぁ結界オーライ。ぐだぐだ考えてもしょうがねぇ。今はこの魔力を使う事に集中しろ。

「うらぁぁぁぁッ!」

 ――むにゅ。………………ブワァァァァァンッ!!
「「……⁉」」

 俺の体から溢れ出る強大な満月龍の魔力。

 危ねぇ……!
 こんな状況にも関わらず、お〇ぱいの感触に一瞬気を取られちまった。どうやら上手く魔力を出せているらしいな。俺の手からどんどんアンドロイドへ魔力が注がれていくのが分かる。

 後少し……。
 
 注ぎ続ける事数十秒。体から感じる魔力が一切無くなった。

「ナノループへの取り込み正常です!」
「よし。そのまま全起動だ!」

 そして、世界で初めてであろう、満月龍の魔力を宿したアンドロイドが此処に誕生したのだった――。





「――全起動完了。システム及び動作、魔力値に異常ナシ」




 目を開いて喋り出したアンドロイド。
 体に繋がれていた幾つもの管がプシューと煙を出しながら外され、自身の体を確認するかの如く腕や頭を動かすその仕草は、最早どこからどう見ても人間そのものであった――。
 
「凄ぇ……」

 俺だけじゃなく、その場にいた者達全員の視線がアンドロイドに集まっている。美人で露出が多いナイスボディだからではない。

 誰も見た事が無い、余りに非現実的な物を目の当たりにしているからだ。

「……ジンフリー・ドミナトル。年齢40歳。通常の人間よりもカナリ魂力と剣術レベルが高いデス。だけど魔力は0。よって使エル魔法も勿論0デスね。
現在の体内アルコール濃度は0.88%で、人間の平均値と比べると異常な数値。酒の飲み過ぎが疑われマス」

 おいおい、何だこりゃ……。

 色んな意味で驚かされる。

 言葉はやや片言だが、それ以外はマジで人にしか見えない……。瞬き、声、動き。全てが本物みたいだ。

「おおぉぉ!」
「本当に動き出した……」
「流石天才のDr.カガク様だ!」
「我々の研究も上手くいったな」

 改めてアンドロイドが起動した事を理解し、皆は各々驚いたり喜びの声を上げていた。

 これがDr.カガクの技術力……。
 凄ぇ。もう凄すぎて言葉じゃ表現出来ねぇ……。

「ガハハハッ! 」

 当たり前だと言わんばかりに笑うDr.カガク。だがよ、俺は早速ツッコミたい。Dr.カガクの力とが凄いという事は再度認識させられたが、そのDr.カガクの力という言うのか、このアンドロイドが高性能過ぎるというのか……。まぁ結果どっちもDr.カガクの力なんだけど……。

 何故俺の個人情報がこんなに駄々洩れなんだ。更に最後に至ってはただ余計なお世話だ――。

「私を生み出したDr.カガク。申し訳ありマセンが服を下サイ。いやらしい目的で私ノ体を見てイル者が7名おりマス。
あちらのモジャモジャ頭のエリック博士にそちらの眼鏡を掛けたピーター。ソレからッ……「こらこら、そんな事はいちいち名指しせんでいい。誰か!服を持ってきてやってくれ!」

 予想外過ぎるアンドロイドの行動。
 
 運悪く名前が出たエリックとピーターとやらは災難だな……。百歩譲って男だけならまだしも、ここには女性の専門家達も多くいる。冷ややかな皆の視線が痛いだろうな。ご愁傷様です……。

 まぁこのアンドロイドの性能の高さが早くも垣間見れたけど。

 そんなこんなで取り敢えず服を着終えたアンドロイドは、再び俺に声を掛けてきた。

「ジンフリー・ドミナトル。アナタから頂いた魔力により、私にプログラムされてイル魔法全666種ガ問題なく使用デキルようになりまシタ。使いたい時は気軽に仰ってくれて構いまセンよ」
「あ、ああ……ありがとう。Dr.カガク、この後はどうすれば……」
「このアンドロイドはここからまだ成長する様に造っておる。今はまだ話し方もぎこちないが、そのうちもっと流暢になるぞ。ガハハハ!」

 いや、そういう意味で聞いた訳じゃないんだけどな。

 既にここまで驚きの連続であったが、この後のアンドロイドの言葉が更に俺を驚かせた。

 そして、腐りきっていた俺の人生に一筋の希望の光を生ませたのだった――。


「ソレではジンフリー・ドミナトル。満月龍《ラムーンドラゴン》を“倒しに行きまショウ”」
「――⁉」
  
 ♢♦♢

~ユナダス王国・城~

「今回の件について、直接話し合いの場を設けてくれた事誠に感謝する。バレス国王」
「そんなにかしこまらんでくれフリーデン国王や」

 リューテンブルグ王国とユナダス王国の距離はざっと3000㎞弱。
 無事アンドロイドを起動させた俺達は、フリーデン様と共にユナダス王国へと訪れていた。

 広い部屋の1番奥に座るユナダス王国のバレス国王。その直ぐ周りや部屋の外には何十人もの護衛騎士団員がいる。そのバレス国王と向かい合う様に座りながら話すフリーデン様。そしてそんなフリーデン様の後ろに俺とエド、そしてアンドロイドがいた。

「バレス・ヒブラシア・ナール。年齢90歳。ユナダス王国の第54代国王デス」
「静かにしてろ」

 世界一の技術力とは言えやはり機械。俺以上に空気を読めねぇみたいだな。性能が良いのか悪いのかホント分からんぜ。

「それが噂のアンドロイドか。いやはや……リューテンブルグ王国の科学技術には本当に驚かされる。……もう彼女の中には満月龍の魔力が?」
「ああ。先程魔力を取り込み終えたばかりじゃ。長年の研究と偶然の賜物で何とかここまでに」
「成程の。遠路はるばる足を運んでもらって申し訳なかったな。お互いに積もる話があるとは思うが、今回ばかりは本題のみという事で宜しいですかな?」

 フリーデン様に近い雰囲気。穏やかで優しいそうだと思ったのがバレス国王の第一印象。

 だが、その温和な話し方から一変。最後の言葉を口にした時のバレス国王の表情はとても険しく、一瞬にして場が殺伐とした空気に変わった。しかしこの緊迫した状況でもフリーデン様だけは冷静であった。

「そうじゃ。今日わざわざ足を運んだのは他でもないこの満月龍の魔力の件。今私達が向かおうとしている方向は誰1人として望んでおらぬ道ではないかのバレス国王」
「それは仰る通りでずフリーデン国王。ですが、今回の件に関しましては異例中の異例。あの終焉をもたらすと言われる幻の満月龍の力をまさか手にしていた事も驚きだが、それを更にリューテンブルグ王国の科学技術力で自分達の物にしようとしていると聞けば誰もが恐怖で身が震えるとは思いませぬか?
それも5年近く秘密裏となればこちらも身構えない訳にはいきません。私は何よりも先ずユナダス王国の人々を守る立場ですから」
「確かにごもっともな意見じゃ。気を遣ったつもりが逆に其方達を不安にさせこのような結果になってしまった事誠に申し訳ない。
だが何度もしつこく言わせてもらうが、我々はこの力を絶対にユナダス王国は疎か虫1匹相手にも使うつもりはない。これは5年前の悲劇を……多くの者が犠牲になったあの絶望を2度と生ませない為の力なのじゃ」

 リューテンブルグ王国の人々ならばこの言葉で納得する。多くの者が被害者であるし、それを目の当たりにした者もまた多いから。例えリューテンブルグ王国以外の人々だとしてもあの悲惨さは世界中に伝わっている。満月龍に襲われたリューテンブルグ王国が“この発想”に辿り着くのは何よりも自然な事だ。

 でも、やはり物事と言うのは決して自分が見ている1面だけでは無い。大勢の者があらゆる位置でそれぞれの見方をする。そこには当然規則やルールは存在しない。誰が正解な訳でもなく誰が不正解な訳でもない。環境や立場が違えば考え方や意見も変わる。今起こっているのはただそれだけの事なんだ――。

「……フリーデン国王。当然の如くそれは承知している。長い歴史の中で、ユナダス王国とリューテンブルグ王国が今日まで友好関係を築けてこられたのも、ここまでお互いに歩み寄り支え合ってきた結果だと私は思っている。そして両国の関係を今は勿論、これから何十年何百年先へも続けていきたいとな」
「勿論じゃ。我々が争った所で何もッ……「――しかし、その関係もどうやら此処までの様ですなフリーデン国王」

 フリーデン様の言葉を遮り、バレス国王はそう言い切った。

「なッ、どういう事じゃバレス国王……!」
「当たり前ですよ。満月龍の力など最早世界を揺るがす存在。そんな力を誇示しておきながら絶対に使わない等まるで説得力がない。いつ掌を返されるか分かりませぬからな」

 争いを望んでいる訳じゃねぇがバレス国王のいう事も一理ある。使い方によってはこの上ない化学兵器だからな。そんな物を持っている俺達が何を言っても所詮は綺麗事で終わるだろう。他国がリューテンブルグ王国を危険とみなすのも頷ける。立場が逆ならどうだって話だ。

「確かに説得力は無いかもしれぬ。だが我々は絶対にそんな事はせん! 信用出来ぬならばどんな条件でも申してくれ。私の命を懸けても構わぬ。ユナダス王国が納得出来る条件ならば我々は何でも受けいれよう」
「そうか……では――」

 ――グアァァンッ!
「……⁉」
「フ、フリーデン様!」

 この言葉が合図かの如く、突如何者かの魔法によってフリーデン様の体が拘束された――。

「ヌハハハハハ! フリーデン国王、ならば貴様の言う通り“どんな条件”でも受け入れてもらおうか!」
「全員動くな!」

 続け様、部屋にいたユナダス王国の騎士団員達が俺達に剣の切っ先を向けながらそう言ってきた。俺とエドは仕方なく両手を挙げ争う意志が無い事を示す。

「不審な動きをしたらフリーデン国王の命は保証しないぞ」
「動かねぇよ。俺達は争いに来た訳じゃねぇ」
「そうだ。直ぐにフリーデン様の拘束を解いてもらおう」

 やはり事態は深刻だったか。深刻と言うよりもう手遅れだな。

「フリーデン国王。手荒な事をしてすまない。しかし何時その満月龍の力を向けられるか分からぬのでな」
「……別に構わぬ。だがこれで少しは理解してくれたかの。私達は絶対満月龍の力を其方達に向けん。脅す事も一切しない」
「まだ話し合いで解決をお望みですかな? もうこの問題は誰が何を言っても解決にならぬ。あるとすれば方法は1つ。今あなたが口にした様にこちらの条件を飲んで頂く。本当に力を使う気が無いのであれば行動で示して頂きたい」
「良かろう。どんな要望が望みじゃ」
「我々ユナダス王国に満月龍の力を渡して頂きたい」

 バレス国王の申し出に俺達は皆驚きを隠せなかった。

「どうしました? どんな条件でも受け入れてくれるのでしょう。ならばその力を渡して下されフリーデン国王」

 ここまでだ――。
 もうこれ以上は“話し合い”にならねぇ。どうする……? どうにかフリーデン様の拘束を解かない事には強硬手段も取れねぇ。エドも同じ様な事を考えているのか、静かに俺の方へ視線を送ってきた。

「さぁ早く答えを。まさかこの条件を受けられないなんて仰いませんよね!」
「それ以外納得する術は無いと?」
「ええ。最早存在が脅威ですから、ユナダス王国に渡すかもしくはその力を完全に抹消するか……。ですが後者はお勧めできませぬな。満月龍の魔力を手にするなどこの先も到底出来ぬ奇跡だ。条件が飲めないのであれば我々はどんなやり方でもその力を奪わせて貰う――」

 ユナダス王国の、バレス国王の本性が現れた。
 
 偽りのない言葉。

 満月龍の力を手にする為なら本当に手段は選ばないという意思表示が嫌と言う程伝わってくる。

 俺達を取り囲むユナダスの騎士団員達も一気に魔力を練り上げ始めた。

 もう脅しと言うレベルではない。バレス国王の合図で今にも俺達を攻撃する勢いだ。

 やべぇな。
 このままじゃ戦争どころか今この場で死人が出るぞ。仮にこの場を運良く切り抜けられたとしても、今まで通りユナダス王国と友好関係なんて続けられない。

「どうしますかフリーデン国王! 力を渡して無事王国へ帰るか、それともこの場で死んで力を奪われるか!」







 しょうがねぇ――。









「……おい、“魔力起動”しろ」
「ハイ――」
 俺の言葉に反応したアンドロイドは瞬時に魔力を練り上げた。

「満月龍の魔力ヲ起動」
「「……⁉⁉」」

 凄まじい光と共に、練り上げられた強大な満月龍の魔力がアンドロイドを覆う。

 圧倒的威圧感。

 その異次元な存在を放つ魔力を前に、この場にいた者全員が言葉を失った。

 見惚れる様な美しさと絶望を感じさせる恐怖感。その両極端な2つが入り混じる何とも言えない満月龍の魔力を前に、一瞬にして場の空気がリセットされた。

「――すいませんフリーデン様」
「ジンフリーよ。其方が悪い訳ではない」

 そう――。
 俺達がリューテンブルグ王国を出る直前、今回の情報漏洩について特別に調べていたフリーデン様の家来から一報が入った。

 何でも、ユナダス王国は2年程前から隣国であるドーナ王国と揉めているとの事。原因はバレス国王の妻、シャリー王妃の死。その日、バレス国王と王妃は移動していた際に不慮の事故に遭った。バレス国王は全治3ヶ月の重傷を負いながらも何とか一命を取り留めたのだが、妻のシャリー王妃は即死だったらしい。

 その数日後、事故だと思っていたその出来事は、実は何者かによって故意に起こされた事故であった事が分かった。犯人はドーナ王国に住む過激派組織の一員。事実を知ったドーナ王国の国王も全面的にバレス国王に協力の意を示していたが、この過激派組織にはドーナ王国自体も手に焼いており、下手に手を出すと関係の無い多くの国民にまで被害が及ぶと懸念しているのだ。

 そして、そんなドーナ王国の対応を見かねたバレス国王は直接過激派組織と紛争を起こし、それが今でも続いているとの事。戦力はユナダス王国が上。過激派組織と言っても、僅か数百人の軍団が一国を相手にするのは不可能だ。一気にケリを着けられるのは簡単であるが、ユナダス王国側はわざと時間を掛けているのだ。

 相手により苦しくより辛い地獄を見せ続ける為に。
 噂では、1度過激派組織が降参の意を示したにも関わらず、バレス国王はそれを受け入れなかったらしい。

 ユナダス王国にとって今回の満月龍の件はまさに寝耳に水であったが、この争いで更に力を誇示しようとしているユナダス王国としては、何が何でも満月龍の力を手に入れたいとの事。妻の死と紛争によって、バレス国王は何時からかとても残虐で攻撃的な対応になっていると、俺達はフリーデン様の家来から聞かされていたのだ――。

 情報を聞いた直後、俺達は万が一“こうなった時”の為にと、予め作戦を立てていた。

 勿論、フリーデン様もエドも俺も、他の誰だってこんな事望んでねぇ。満月龍にのみ向けようとしていたこの力を、“威嚇”として人に向けるなんて……誰も望んでねぇんだよッ……。 

「――バレス国王よ。手荒な事をして申し訳ない。しかし、コレが其方達の答えであるのならば、一国の国王として到底その条件は受け入れられぬ」

 満月龍の圧倒的な魔力にただただ茫然としているバレス国王に、フリーデン様の言葉が届いているかは定かではなかった。だがその表情は完全に戦意喪失。いつの間にかフリーデン様を拘束していた魔法も解かれ、他の誰1人として動こうとする気配が無かった。

 その様子を見たフリーデン様が俺とエドに「行こう」と言って、俺達がこの場から立ち去ろうとした瞬間、バレス国王が困惑しながらも口を開いた。

「ぐッ……やはり結局は……この力の存在で、他国を脅かそうとするのが目的であったか……!」
「最早何を言っても理解出来ぬ様だなバレス国王。其方の身に起きた不幸は同情する。だがどんな理由であれ、命を奪う権利は誰にもないのじゃ」
「下らぬ綺麗事を……! 誰も逆らえない力を手にした余裕の表れかッ……フリーデン国王よ……!」

 フリーデン様は何処か寂しそうな表情で小さく溜息をついた。

「長年に渡り、ユナダス王国と友好な関係を築けたのは其方のお陰じゃバレス国王。私の知っておる其方はもっと知的で寛大な人間であった。間違っても人を傷付ける様な人間でない。目を覚ますのじゃ」
「……うるさいうるさいうるさいッ……! 貴様に何が分かるフリーデンよ! 奴らは私の妻を殺した! 自分達の主張が正義だと現を抜かした勘違いな馬鹿共がなッ! 無能な人間を洗脳し作り上げた組織で、奴らはただ国の真似事をしている幼稚な連中だ!

この馬鹿共はな……自らが住むドーナ王国と真っ向から戦いを挑む為に兵力を集めていた……そしてその無知で浅はかで軽率な判断が導き出した答えがこれなのだッ! コイツ等はあろうことか、隣国である我がユナダス王国をそのまま兵力にしようと、国王である私を殺そうとした。馬鹿もここまでくると厄介なものだ……! いくら私を殺したとしても、ユナダス王国が奴らの物になる訳がない。

そんな下らぬ奴らのせいで、何故私の妻が命を落とさねばならぬのだッ……!」

 憎悪、恨み、殺意、嘆き、悲しみ……。
 色んなものがごちゃごちゃに混ざったどうしようもない負の感情。

 バレス国王のそんな姿がいつの日かの自分と重なった。

 ああ……そうか……。きっとこの人も、失った穴を埋めようと必死で藻搔いてる最中なんだな……。その気持ちは痛い程分かるぜ……。だけどよ……。

「――バレス国王」

 気が付いたら俺はバレス国王に話し掛けていた。

「アンタ結局何がしたいんだよ」
「妻を殺した奴ら全員を同じ目に遭わせるのさ」
「もう十分だろ。奴らも降参したんじゃないのか?」
「貴様も馬鹿らしいな。奴らが白旗を揚げたからといって許す訳がなかろう! 何処の世界に旗振りで妻の死を帳消しにする奴がいると言うのだ!」
「俺も満月龍に妻と子供を殺された。これでもアンタの気持ちは痛い程分かる。確かに、大切な者達の命を奪った奴を殺したいと思うのは当然だ。だがこんなのは間違ってる」
「貴様も綺麗事かッ! それ以上下らぬ発言をするなら奴らと同じ様に殺してくれる」
「下らねぇ発言はお互い様だ。もしこれ以上ドーナ王国を攻撃するなら、俺が満月龍の力でアンタを攻撃するぜ?」
「チッ……。何故貴様が奴らを庇う」
「庇ってるのは奴らじゃねぇ、無意味に巻き込まれているドーナ王国の人達だ。正直、王妃の命を奪った過激派組織とやらの事はよく知らねぇし興味もねぇ。でもだからと言って、現状を知った以上アンタをこのままにも出来ない」
「ならばどうする? やはりリューテンブルグも我らと争うか?」
「そうじゃねぇ。アンタの目的はその連中だけだろ。だったら攻撃するのはソイツ等だけにするんだ。俺もそこまで止めるつもりはないからな。当事者達だけで好きに決着つければいいだろ」

 過激派組織の連中にもどういう事情があるのか分からないが、所詮は自業自得。悪いがお前達とバレス国王で勝手に用件を済ませてくれ。

「成程。やはりリューテンブルグはその力を人に向けたな」
「何とでも言え。互いに揚げ足取るだけだ」
「フッ……。満月龍の力がまさかこれ程とはな……。あまりの強大さに恐怖すら感じなくなってきたわ……。仕方がない。そんな力を向けられたまま抵抗する程私も若くないのでな……。フリーデン国王よ、そこの“若者”が言う様に、妻を殺した奴らのみならば攻撃しても良いのだな?」

 若者とは……俺だよな?

「うむ……。一国王として軽はずみな事は言えぬが、ジンフリーが申した通り、シャリー王妃の不幸に“関わった者以外”を無差別に攻撃するつもりならばそこは絶対に見過ごせぬ。“それ以外”に対しての発言は私からは一切無い。どうこう言う立場でもあらぬからの」

 フリーデン様のこの言葉により、今までのいざこざが一気に終息へと向かった――。

 バレス国王も幾らか冷静になったのかフリーデン様と話し終えた後、ひとまずは納得の様子を浮かべているのであった。

 やはり残る問題はこの1つ……。

「フリーデン様。……そしてバレス国王。両国にとって解決の糸口となるかは分かりませんが、私から1つ提案があります――」
 意外だったのだろう。
 急な俺の申し出に、フリーデン様とバレス国王、そしてエドもまるで察しがついていない様子。

 まぁ無理もねぇ。俺だって“今”気が変わった所だからな。

「先ずはバレス国王。都合がいいと思われるでしょうが、今までの度重なる失礼お詫び申し上げます」
「……良い。まだ両国の関係が完全に修復された訳でもない。それにお互い様であろう。満月龍の力を向けられている分不利ではあるがな」
「ありがとうございます。では結論から単刀直入に……私、ジンフリー・ドミナトルは、正式に“満月龍《ラムーンドラゴン》の討伐”を目的に旅に出ようと思います」
「「――⁉」」

 さっきまでの殺伐とした空気が噓であったかの様に、場が何とも言えない静寂な空気に包まれる。そしてそんな空気を打破したのはエドだ。

「お前……突然何言ってるんだ……⁉」
「全ての事の始まりは満月龍――。
今回の様に、奴がもたらした終焉の火は思いがけない所で多くの命を危険に晒しています。以前フリーデン様が仰られた通り、満月龍は到底人では太刀打ちが出来ない自然災害。コレが幸か不幸か、今は恐らくこの世界で唯一、満月龍と対等になれる力を我々は持っています。

千載一遇のチャンス……我々はコレを争いではなく、世界中に希望をもたらす、満月龍という脅威を無くす本当の終焉として使うのが正しいのではないでしょうか」

 今日何度目だ?
 俺の発言にこの場にいる者全員が言葉を失っていた。驚愕で言葉が出ないのか俺の発言がアホ過ぎて言葉が出ないのかは分からない。当然後者の確率が高いと思う。言った俺でもそう思うからな。だがこれは冗談じゃねぇ。

「満月龍の存在が消えれば、我々リューテンブルグ王国がこの力を所持する意味も無くなります。だから私とこのアンドロイドが満月龍を討伐した後、アンドロイドの中の魔力も消滅させてしまえば、今回の件に関しても今後についても全てが収まるかと」

 これが極論。
 満月龍という強大な力がきっかけで今後争いが起こりそうならば、それを排除してしまえばいい。

「ジンフリー……。其方本気で言っておるのか?」
「はい」

 俺は一切の迷いなくフリーデン様にそう返事をした。

「そんな馬鹿な……。いくら満月龍の力を手にしているからと言って、それは余りに無謀な話ではないか? もし本当にそれが可能であれば、確かに全ての問題が解決するだろう。だがやはり、満月龍を討伐する等とても現実的だとは思えん……」
「バレス国王の言う通りだジン。アンドロイドがいるからと言って、満月龍を倒すなんて自殺行為だ……。俺達は奴の恐ろしさを嫌と言う程思い知らされただろ」
「だからこそさ」

 そう。これは俺自身の問題でもある。

 突如全てを奪われた5年前。あれから俺は抜け殻の日々を送ってきた。来る日も来る日も酒を飲み、多くの人達が少しずつ前に進んでいるにも関わらず、俺は今日まで未だに塞ぎ込んだまま。

「エド。俺はやっと歩み始める希望が生まれた」
「……!」
「決して投げやりになった訳じゃない。バレス国王の姿を見て不意に気付かされたんだ……。本当の辛さや悲しみは本人しか分からない。暗闇の中で、どれだけの人達が手を貸してくれようと、結局最後はそこから這い上がれるかどうか自分の問題。そして俺にとっての暗闇は間違いなく満月龍。
だったら俺は……自分の力でその暗闇を払いのけなければ、何時までも前に進めねぇ」
「ジン……」
「勿論、奴を討伐なんて言い切ったがそもそも見つけられるかも分からねぇ。何て言ったって幻のドラゴンだからな。探しに出ても会えずに寿命が来る可能性だって十分にある。寧ろその確率の方が高い。

でも、再び会う事が出来れば最早運命だ。その時は俺が奴に終焉を訪れさせてやる。

……と言ってまぁ格好つけても俺1人じゃ無理だから、当然このアンドロイドは借りていく。それにしても、コイツが奴と同じ魔力を持っているからと言って、どこまでこっちの力が通じるか見当も付かねぇよな。ハハハ」
「そういう問題じゃないだろジン。いくらアンドロイドがいるからって1人で行くなんて無茶苦茶だ……」
「満月龍の存在自体が無茶苦茶みたいなもんだろ? 心配してくれるのは有難いけどよ、俺はもう決めた。ここで動かねぇと俺は一生後悔する気がする。別にいつ死んでも構わねぇけど、このまま死んだら天国にいる家族に本当に合わす顔がねぇんだよ……。

前に言ったよな、死は俺の“最後の希望《つまみ》”でもあるって。
勘違いしてもらっちゃ困るが、俺は何もみすみす死ぬ為に旅に出る訳じゃねぇ。もし本当に満月龍と対峙する日が来たとして、そこで仮に自分が死ぬ結果になったとしても後悔はねぇって事だ。

死は俺にとって家族に会える最後の希望。それを口に出来るなら俺は喜んで受け入れる。
ただ問題なのは、そのつまみを口に入れる時に、果たして俺は何の後悔や負い目もなく純粋にそれを味わえるかとどうかだ。

答えはその時になってみないと分からねぇ。でもな、今のままじゃ間違いなくダメなんだ。それだけはハッキリしている。だからこそ行かなきゃならないんだ。

エド。これは、俺の人生をやり直す再出発でもあるんだ――」



 俺がそう話し終えた時には、もう誰も意見を口にしようとする者はいなかった――。