ずっとこの病院で過ごしてきた。昔から両親には蝶よ花よと、まるでお姫様のように育てられてきた。広い病室。両親は忙しく、代わりに弟が毎日遊びに来てくれた。好きなものを与えられて過ごす日々。私の好きなもので彩り豊かな、この部屋はまるで私のお城だ。

夜、窓の外をみるとまるで深海のような空。私はあなたと過ごした日々を込めた手紙を書く。

どうかあなたがこの手紙を開けることはないように。
「やめろよ!」
公園から声が聞こえた。駆け寄ってみると何か揉めている。
「こいつさー、いっつもどっか行くんだよな!」
「わざわざ遊んでやるって言ってんのに」
「ノリ悪いよなー」
俺より数歳下の男の子達が喧嘩をしているようだ。喧嘩と言っても一人に対して三人。これは良くない。
「こら、何やってんだよ。」
全員がこっちをみる。そして、三人はバツが悪そうに去っていった。
「大丈夫?立てる?」
押されてこけたのか、地面に座り込んでいる子に声をかけた。
「ありがと。」
格好悪いところを見られたと思ったのか少しそっけない言い方だった。背中に少し土がついているのを払ってやると、男の子は今度はしっかりお辞儀をして、お礼を言った。
「ありがとう。お礼したいから、着いてきて。」
俺は声をかけたくらいなのに、お礼までしてもらうのは流石に悪い。
「いや…」
「いいから。」
無理矢理手を取られる。どんどん歩く男の子を見て、まぁいいか…と思いそのまま着いていった。

着いた先は大きめの病院だった。

「ここなの?」
男の子に聞くとコクンと頷く。そのまま着いていくと病室の前に着いた。
「お姉ちゃん、入るね。」
男の子は扉を開ける。
俺はその瞬間驚いた。広い病室。病室だけど殺風景ではなく、ぬいぐるみや花で色とりどり。そしてベッドに座る女の子。その子は想像もしたことがないくらい可愛かった。
「お姉ちゃん、気分はどう?」
男の子が言う。
「すすむ、ありがとう。毎日来てるけど大丈夫なの?」
女の子が返す。男の子はすすむと言うらしい。
「僕は大丈夫。ねぇ、この人にお菓子とジュースあげたい。」
「いいよ。好きなのだして。」
「あっ…?あ、お構いなく…」
咄嗟に返す。女の子は、ふふふと笑って
「大人みたいな返し。」
と言った。女の子は俺と歳が近そうなので、おそらく14歳くらい。確かにちょっと緊張しすぎた返事かもしれない。すすむくんはジュースとお菓子をだしてくる。お礼と言ってくれてるし、もらうことにした。ジュースを受け取りチラリと女の子を見ると目が合った。吸い込まれそうな黒目が俺を映す。
「ねぇ、お名前は?」
「俺はましろ。真っ白って書いて真白だよ。」
「外国人さん?」
女の子は聞いてくる。『真白』という名前だけだと日本人と思われるけど、女の子の言う通り、俺は外国人の血が入っている。
「そう。ハーフだけどね。」
「髪は私と同じ黒だけど、目が青色なのね。」
「そう。珍しい?」
見られるのには慣れているけど、相手は可愛い女の子。少し緊張した。女の子はまるで宝物を覗き込むように俺の目を見る。
「海みたいな青で素敵。私ね、海って名前なの。」
「二人とも反対みたい。」
すすむくんが言った。海ちゃんもきょとんとするので、何が反対なのかと聞くと
「真白くんは夏みたいで、お姉ちゃんは冬みたいだから。」
なるほど。俺は確かに肌が褐色で『真白』と言う名前が似合ってるとは言われたことがない。逆に海ちゃんは肌が真っ白で長い黒髪。夏というよりは冬をイメージする。
「私、海って名前だけど、本物を見たことがないの。でも、写真で見た海は真白くんの目みたいに綺麗な青だったから。」
海ちゃんは小さい頃から病院にいて、あまり外に出られないらしい。すすむくんは海ちゃんに毎日会いに来ているようだ。部屋に飾っている花は花屋さんで売ってるもの以外に摘んできたんだろうなって花があった。あれは多分、すすむくんが公園で花を摘んでたんだ。
「すすむがお友達を連れてくるの初めてなの。嬉しい。」
少し照れたようにいう海ちゃんが可愛いかった。すすむくんと病室を出てからも、ぽわぽわとする俺をすすむくんが少し嬉しそうに見ていた。
「お姉ちゃん、お姫様みたいでしょ。可愛くて優しくて。僕はクラスの子と遊ぶより、お姉ちゃんが笑ってるのを見たいから。…今日は来てくれてありがとう。」
すすむくんが言った。海ちゃんのことが大好きなんだ。
「俺も楽しかったよ。お菓子もありがとう。」
帰りにまた公園を通る。花が咲いている。
お城のような病室にいるお姫様のような海ちゃんに、すすむくんが摘んできた花を渡す姿が思い浮かんだ。
今日も公園で花を摘んでいたら声をかけられた。
「すすむくん、こんにちは。」
花を摘んでいた顔をあげる。昨日、僕を助けてくれた真白くんだ。
「俺もお見舞いに行っていい?」
その言葉にうなずくと、真白くんが僕の隣にしゃがんで一緒に花を摘み始めた。
「…お姉ちゃんさ、花はいっぱいもらうけど、たんぽぽとか…そういう花は花屋さんの花では見ないから喜ぶ。」
「へぇ〜」
お父さんとお母さんと病院に行けなかった日に花屋さんで買う花の代わりに公園で摘んだ花をあげたらお姉ちゃんはとても喜んでいた。僕が普通に見れるものをお姉ちゃんはなかなか見ることが出来ないから。
チラリと真白くんを見る。
今は春を少し過ぎた頃なのにまるで真夏のような褐色の元気そうな肌。濃いところと淡いところがあるキラキラの青色の目。お姉ちゃんが行ったことのない海みたいだ。僕はお父さんとお母さんに何回か連れて行ってもらったけど、お姉ちゃんに貝殻しかお土産に持ち帰ることは出来なかった。写真を撮ったりしたけど、本物の海を見せてあげることは出来ない。
「そろそろ行こ。」
真白くんを案内するように前を歩く。真白くんは僕と同じように大切そうに摘んだ花を持っていた。

病室に着いたらいつも通りにお姉ちゃんが迎えてくれた。後ろにいる真白くんに少し驚いた顔をした後、ふにゃりと嬉しそうに笑った。
「こんにちは。真白くん、すすむ。今日ね、桜餅いただいたのよ。少し季節外れだけど。一緒に食べよう?」
「海ちゃん、こんにちは。これ俺とすすむくんから。」
僕に並んで真白くんが花を渡す。花をお姉ちゃんに渡した後、僕はお姉ちゃんが集めている小さい瓶に水を入れた。お姉ちゃんが嬉しそうにひとつひとつを順番に見ながら、瓶に飾る。真白くんは初めてきたときのように少しぽわぽわしながらお姉ちゃんを見ていた。3人で桜餅を食べて、お姉ちゃんの部屋にあるぬいぐるみやお見舞いにもらったものの話をした。
「でもね、私、すすむが持ってきてくれる花が特に好きなの!お外の季節が私の部屋に来てくれたみたいで!」
お姉ちゃんは満面の笑みでそう言った。
「俺も毎日来るよ。すすむくんと。花を持って。」
真白くんが緊張したように言う。お姉ちゃんは少し顔が赤くなりながらも嬉しそうに頷いた。

真白くんは、本当に毎日僕と一緒にお姉ちゃんの病室に行った。3人で色んなことをした。夏はスイカを食べて、みんなでペットボトルで風鈴を作った。秋は花と一緒に紅葉も持って行ってお揃いの栞を作った。冬にはサンタさんからもらったクリスマスプレゼントを見せ合って、雪が降った日は雪うさぎを作って病室に持って行って看護師さんに怒られた。お姉ちゃんは笑いながら、お皿の上に雪うさぎを置いて冷凍庫にしまっていた。

色んなことをしたけど、お姉ちゃんが特に喜んだのは真白くんが持ってきた絵葉書だった。見たこともない異国の風景は色鮮やかだ。真白くんは、外国に住んでるお父さんから送られてきた絵葉書だから自分も知らない景色だ、いつか行ってみたいって言っていた。

いっぱいいっぱい楽しいことをした。1年があっという間で、でもただ一瞬なだけじゃなくて、沢山の思い出ができた。

お姉ちゃんと真白くんを見た。楽しそうに話している。僕がいじめられてるのを助けてくれた優しい真白くん。おだやかな海を想像するような真白くんとお姉ちゃんを見て、僕はお似合いだと思った。
「1ヶ月後、お父さんのところに行くんだ。」
いつも通り、すすむと病室に来た真白くんが言った。真白くんとすすむが少し不安そうに私を見る。
「そうなんだ!いいなぁ〜私も外国行ってみたい!」
わざと明るく返す。ずっと病室に来てもらってた私が行かないで、なんてとても言えない。
「じゃあ、1ヶ月、色んなことしよう!やって楽しかったこともまだやってないことも!」
早口になりながら話す。
「お姉ちゃん…」
「待ってね、温かい飲み物用意するね!」
すすむが心配そうに私に声をかけた。自分の目がじわりと潤んだ気がしたから2人と目は合わせなかった。そのあとはいつも通りに過ごした。

次の日、お母さんが来た。
「ねぇ、海。転院しようか。」
「え…?」
「先生の紹介でね、少し…遠いけどいい病院があるらしいの。病院の近くは自然があって空気が綺麗で身体にいいだろうって。引越しにはなるけど、すすむが中学生になるタイミングだし、ちょうどいいかなって。」
「すすむには言ったの…?」
「すすむも賛成だって。あの子、ずっとこの病室に通ってたから…あなたが元気になることを望んでるのよ。中学校もその近くで問題ないって。そこ、海も近いし、身体が良くなったら泳ぎにも行けるかも。」
私は自分の身体がなかなか良くならないことには気づいていた。多分、このままこっちにいても私は良くならない。
「うん。そうする。」
私はずっと病院にいたから、ここに居たいという理由もなかった。お母さんが帰った後、真白くんとすすむが来た。真白くんはいつも通りだ。私は引越しのことを言わなかったし、すすむも何も言わなかった。

1ヶ月後、引越し前日にも関わらず、真白くんはすすむと私の病室に来てくれた。
「明日、行くの?」
「うん、朝早くの飛行機で。だから今日が最後かな。」
「本当に1年間、毎日病室に来てくれるんだもん。私、驚いちゃった。」
「遠いから、なかなか来れないかもだけど、日本に帰ってきた時にまたこっち来るからさ。」
「うん。」
真白くんの隣にいるすすむを見る。泣きそうなのか少し目元が赤い。でも、黙ってくれている。これでいい。私は直接言う勇気はないんだ。言ったら泣いてしまう。どうせなら、真白くんには笑顔の私を見てほしい。

「じゃあね。」

真白くんは帰った。静かになった病室に、すすむと真白くんが摘んできてくれたカタクリの花を飾った。花特有の甘い匂いがして、私のお城に春が来た気がした。真白くんが外国に行った2週間後、私とすすむは引越した。
海ちゃんとお別れした後、すすむくんと帰った。いつもの公園を通ったときに
「ねぇ、これ。」
とすすむくんがランドセルから何かを出してきた。
「箱?」
少し小振りの木箱みたいだ。すすむくんの両手に収まっているそれを受け取る。
「お姉ちゃんと僕から。」
箱を開けると音が鳴り始めた。
「オルゴール?」
「そう。」
とだけ、すすむくんは言った。
「ありがとう。元気でな。」
「僕、お姉ちゃんと真白くんと過ごせて楽しかった。」
なんとなく地面を見ると海ちゃんに持って行った花が咲いていた。2本だけ摘んで、1本をすすむくんに渡した。
「僕に?」
すすむくんが不思議そうな顔をしながら受け取る。
「思い出になるかなって。」
そういうと、すすむくんは花から俺に目線を移した。そして、初めて会った時のようにお辞儀をして
「ありがとう。」
と言った。すすむくんを見送った後、俺は大切に花とオルゴールを持って帰った。花は春を告げるような甘い匂いだった。

そして俺はお父さんのいる国に行った。
お父さんとお母さんと過ごす新しい家で、俺は自分の部屋をもらった。屋根裏部屋みたいな雰囲気が落ち着く。ベッドの傍の机に布をひいてオルゴールを置いて少し開けた。オルゴールの音を聞きながら、ベッドに寝転がる。
俺は音楽には詳しくないから何の曲かは分からなかったけど、オルゴールはポロンポロンと心地良い音を立てた。ふとオルゴールを見ると蓋の内側に絵が描いてある。蓋を少し開けたら音が鳴る仕組みだったせいで、絵に気づいてなかった。
「海の絵だ。」
綺麗な絵が気になってオルゴールを持ち上げる。蓋が海の絵だから外側の木彫りも貝殻なのか、とまじまじと見ていたら、底にも蓋があることに気づいた。
「何これ。」
蓋を取ってみる。すると薄い紙が1枚出てきた。綺麗な水色の紙に濃い青で字が書いてある。
「手紙…?」

『真白くんへ
手紙、読んでますか?
直接言うのも、手紙を渡すのも勇気が出なくて、オルゴールに手紙を隠しました。
毎日来てくれてありがとう。
1年間、すごく楽しかったです。
どの1年より真白くんとすすむと3人で過ごす1年が楽しくて、色んなことしたのに一瞬のようでした。
私とすすむは、もうすぐ遠くに引っ越す予定です。近くには海があるみたい。初めて見る海で真白くんを思い出すんだろうな。
引越しのこと言えなくてごめんなさい。
いっぱい思い出をくれて、ありがとう。
さようなら。身体に気をつけて過ごしてね。
海より』

「これ…」
手紙を持つ手が、少し震える。
わざわざ気づくか分からない場所に手紙を隠すくらいだから、もう会えないのだろう。この手紙に気づかなければ、もう会えないなんて知らずにいられたのに。海ちゃんは、この手紙に気づかないことを望んでいたのかもしれない。気持ちを知りたくても、もう聞くことはできない。目を思いっきり擦り、窓を開けると、近くの海が見えた。潮の香りがする。鼻がツンと痛くなるくらい息を吸う。俺は、海を見るたびに大切な1年間を思い出すのだろう。

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