「突然お呼びして申し訳ございません。ローズ様」
ローズを呼び出したのはやはりベアトリーチェだった。
ここ数日、騎士団に顔を見せていない彼は少しやつれているようにもローズには見えたが、ローズに向ける笑顔は相変わらず優しげで、それがどこかで彼に儚さを感じさせていた。
「今日お呼びしたのは、貴方にお見せしたいものがあったからです」
ベアトリーチェはそう言うと、以前ローズを招いた植物園の前を通り過ぎ、奥の方へと進んだ。
するとまた門が現れ、ベアトリーチェは再び剣を魔封じに押し当てた。
薔薇のかたどられた門。
門を進むと、小さなガラス張りの建物があった。
そこは、小さな薔薇園だった。
「青い、薔薇……」
それは、これまでこの世に存在しなかったはずの色。
だからこそ、ベアトリーチェがこの花をもちいて病を克服出来ると発表したとき、青い薔薇は「不可能」から「可能性」に花言葉を変えた。
「どうして私をこちらへ?」
「……貴方であれば、話をきちんと聞いてくださると思ったので」
ベアトリーチェは静かに答えた。
薔薇園に入るには、また解錠が必要だった。
これほど厳重なものならば、偶然門が開いていて侵入出来たというのは有り得ない。
そんなことを考えるローズを、ベアトリーチェは園内に招き入れた。
まるで青い薔薇の国に迷い込んでしまったような、そんな不思議な感覚を抱く。
美しい。美しいはずなのだ――けれど。
妙な違和感をローズは覚えた。
ローズは本来、花の中でも薔薇は好きな方だ。
赤い薔薇は生命の象徴とされており、ローズの名前のこともあって、公爵家にはたくさんの赤い薔薇が植えられている。
でも、この花は――……。
まるで氷のような冷たさを感じて、ローズは胸を手で押さえた。
凄絶なまでに美しい。
月明かりのもとであれば、それはより際立つに違いない。
この花が宿すのは死の香りだ。
「ローズ様は、屍花《しか》というものをご存知ですか?」
表情《かお》を曇らせるローズに、ベアトリーチェは静かに尋ねた。
「この花は、屍花なのです」
彼はそう言うと、小さく細い手で優しく青い薔薇の花に触れた。
「病で死んだ人間の墓の上に咲き、生前親しかった人間の魔力に触れていなければ枯れてしまう花。……私が、定期的にこちらに来ているのはそのためです」
ベアトリーチェは目を瞑り、そっと花に口付けた。
すると花はまるで涙を流すかのように雫を落とした。
『青い薔薇の雫』
それは彼が三年前発表した薬の材料だ。
「盗まれた花は少なかった。でも、私の動揺を花が感じ取ってしまったためでしょうね。ずっと、花に元気がなくて。私はこの花のそばから離れられずにいます」
彼はそう言うと目を細めた。
まるで薔薇を通して、誰かを見つめているように。
「ユーリにも言ったように。この花は本来、他の毒に比べたら毒性は強くないのかもしれない。でも私は……私はこの花で、誰かを傷付けたくはない」
新緑の瞳が僅かに翳る。
「すいません。本来このような状況で、騎士団を空けるなど、あってはならない事だとは理解してはいます。でも私は……この花を、枯らすわけにはいかないのです」
ベアトリーチェは瞳を閉じた。感情を隠すかのように。
そして次に彼がローズの方を見た時には、ローズには「いつもの彼」がそこにいるような気がした。
「……明日からは私も、調査に参加します。花もだいぶ持ち直しましたし。ただ今の私は、周りより自分の感情を優先してしまう可能性が高い。調査は私一人で行いたいと思っています。……ユーリに、そう伝えていただけますか?」
「わかりました」
ローズは首肯した。
「ありがとうございます」
ベアトリーチェはローズに微笑んだ。
そして――ふと、彼女の手にしていたある物に気づいて、彼は首を傾げた。
「――随分変わったものをお持ちですね。それは一体?」
思わず胸ポケットに入れたまま来てしまっていたことに気付いて、ローズは慌てて答えた。
「これは、リヒト様が作られた道具です」
ローズは、リヒトの作ったぐるぐる模様のメガネを差し出した。
「半日限定ではありますが、魔力の低い人間も、魔力の残滓を見ることが出来るのだと仰っていました」
「これは……」
ベアトリーチェは眼鏡を少しだけかけて目を見開いた。
「……これを、リヒト様が?」
「はい」
「……そう、ですか……」
ベアトリーチェはそれだけ言うと、ローズにメガネを返した。
「――あの方も、本当は愚かなだけではないのかもしれない。でもそれだけでは、やはりレオン様には敵わない」
「……」
その言葉は、きっと正しい。
ベアトリーチェの言葉を、ローズは否定はしなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ユーリに嫌いって言われた……」
「おやリヒト。何をしているんだい?」
ユーリとの調査を終え、リヒトが城に帰って廊下をトボトボ歩いていると、背後から声を掛けられ、リヒトは振り返った。
「……兄上」
「君の失態のために連日心を悩ませているユーリからしたら、そう言いたくもなるんじゃないかな?」
声を掛けてきたときの言葉の割に、レオンはリヒトの言葉をはっきりと聞いているようだった。
「う……っ」
リヒトは胃がキリキリした。
どうして自分の周りの人間は、こうも鋭い言葉を吐く人間が多いのか。
――まあ多分、全部自分のせいだろうけど。
「ユーリはローズが好きだから、俺のことが嫌いなのかも……」
「なるほどね」
レオンの声は、冷たくもなければ温かくもなかった。
まるでそれになんの感情も抱いていないような、そんな声だ。
「ユーリも君も、よくそんなものにかまけてられるな。僕からしたら、色恋なんていう感情は、とてもくだらないものに思えるのだけれど」
レオンは静かな声で言う。
「……兄上?」
リヒトは、思わず兄の顔を見上げていた。
ローズとリヒトの身長差はそこまでない。細身ではあるものの、ローズの体を包み込めるレオンとでは、レオンのほうが身長が高い。
「感情なんてものはね、人を惑わせるだけなんだ。だから、本当は要らないんだよ」
「……あの、兄上……?」
その言葉は、何故か自分に向けられたものではない気がして、リヒトは少し困ってしまった。
わからない。自分の兄は、完璧な筈なのに――その兄が何故、こんなに寂しげな目をしているんだろう?
でもその理由を尋ねることは、リヒトには出来なかった。
レオンはリヒトの言葉を遮った。
「リヒト」
レオンはそう言うと、そっとリヒトの頬に触れた。
それはかつて、リヒトが記憶が無いくらい幼い時は、優しかった気がした兄のように。
「また、夜遅くまで何かを作っていただろう? 目が赤い。君が何をしても無駄なんだから、さっさと早く寝るべきだと思うけど?」
でもやはり言葉は冷たい。
それだけ言うと、レオンはぱっとリヒトから手を離した。
「……」
「ああ。そうだ、これを」
動けずにいる弟に、レオンはリボンの巻かれた箱を手渡した。
「女性からの贈り物の中に、入眠効果のある菓子があったから君にあげよう。僕は食べる気にはならないけれど。……ああ。毒性は特に無いから安心していい」
「……」
――女性からの贈り物を自分に回すな……!
リヒトはそう思ったが、突き返すわけにもいかず受け取った。
城を出れば女性に囲まれる兄ではあるが、兄が別に女好きでないことをリヒトは知っている。
そして兄が、自分に対して直接的な攻撃を下すような人間ではないことも。
「――甘い」
自室に帰ったリヒトは、レオンから受け取った菓子を一つ口に含んだ。
ホワイトチョコレートで包まれた、乾燥させた苺の菓子。
一つ口に含んで、彼は目を瞑った。
連日の徹夜で疲れた体には、入眠効果があるというこの菓子はよく効くような気がした。
「なんだろう」
瞳を閉じれば、リヒトの中にある風景が浮かんだ。
それは自分が壊してしまった、笑い声が響く場所。
自分だけがそこにいるのに、そこにいないような気がしていた。それでも、ずっと嫌いになれなかった場所。
「……なんだか……懐かしい、味だ……」
リヒトの声はチョコレートが口の中で解けるように、一人きりの室内に、小さくとけて消えていった。
◇
「眠った、か」
壁の向こう側ですうすうと弟が寝息を立てるのを確認して、彼は石の嵌った指輪に触れた。
赤と青。
火属性と氷属性。正反対の色をした石をそっとなぞって、彼は苦笑いする。
自分に与えられた属性の意味を、考えてはならないと否定する。
「さて僕は――指輪を探しに行くとするかな」
彼はそう言うと、自室に戻り窓を開けて、小さく誰かの名前を呼んだ。
すると彼の声にこたえるように、夜の漆黒の中を翼を羽ばたかせ、巨大な鳥が現れた。
黒い体に赤い瞳。
それはローズと同じ色。強い魔力を持つ生き物の証。
契約獣。あるいは従獣。
この世界の生き物は、相手の魔力が自分に相応しいと思わない限り従わない。
ローズやアカリに求婚してきた王子たちが、主従契約を結べたのも、彼らの魔力があってこそだ。
だからこそ、十年も前からこの鳥と契約を結んでいたレオンの異質さは際立つのだ。
この世界で最も高貴な生き物と言われている生き物は、二ついる。
黒い翼に赤い瞳を持つ鳥『レイザール』。
白い翼に青い瞳を持つドラゴン『フィンゴット』。
しかし後者は、相応しいものが訪れない限り卵からは目覚めないと言われており、その卵はとある国にある魔法学院で保管され、千年以上眠ったままだ。
「ありがとう、レイザール」
黒い鳥はその巨体に反し、優しい心を持つという。
心配そうに自分を見つめる鳥に、彼――レオンは微笑みかけて礼を言った。
窓枠に手をかけて足を踏み込み、レオンは窓の向こう側へと飛んだ。
風魔法が使えない彼にこれが出来るのは、相手への信頼あってこそだ。レオンを受け止めた鳥は、大きく翼を動かして浮上した。
「さあ、行こう。――僕の国を、守らなくては」
レオンの言葉にいらえるように、鳥はその嘴をあげた。
ローズを呼び出したのはやはりベアトリーチェだった。
ここ数日、騎士団に顔を見せていない彼は少しやつれているようにもローズには見えたが、ローズに向ける笑顔は相変わらず優しげで、それがどこかで彼に儚さを感じさせていた。
「今日お呼びしたのは、貴方にお見せしたいものがあったからです」
ベアトリーチェはそう言うと、以前ローズを招いた植物園の前を通り過ぎ、奥の方へと進んだ。
するとまた門が現れ、ベアトリーチェは再び剣を魔封じに押し当てた。
薔薇のかたどられた門。
門を進むと、小さなガラス張りの建物があった。
そこは、小さな薔薇園だった。
「青い、薔薇……」
それは、これまでこの世に存在しなかったはずの色。
だからこそ、ベアトリーチェがこの花をもちいて病を克服出来ると発表したとき、青い薔薇は「不可能」から「可能性」に花言葉を変えた。
「どうして私をこちらへ?」
「……貴方であれば、話をきちんと聞いてくださると思ったので」
ベアトリーチェは静かに答えた。
薔薇園に入るには、また解錠が必要だった。
これほど厳重なものならば、偶然門が開いていて侵入出来たというのは有り得ない。
そんなことを考えるローズを、ベアトリーチェは園内に招き入れた。
まるで青い薔薇の国に迷い込んでしまったような、そんな不思議な感覚を抱く。
美しい。美しいはずなのだ――けれど。
妙な違和感をローズは覚えた。
ローズは本来、花の中でも薔薇は好きな方だ。
赤い薔薇は生命の象徴とされており、ローズの名前のこともあって、公爵家にはたくさんの赤い薔薇が植えられている。
でも、この花は――……。
まるで氷のような冷たさを感じて、ローズは胸を手で押さえた。
凄絶なまでに美しい。
月明かりのもとであれば、それはより際立つに違いない。
この花が宿すのは死の香りだ。
「ローズ様は、屍花《しか》というものをご存知ですか?」
表情《かお》を曇らせるローズに、ベアトリーチェは静かに尋ねた。
「この花は、屍花なのです」
彼はそう言うと、小さく細い手で優しく青い薔薇の花に触れた。
「病で死んだ人間の墓の上に咲き、生前親しかった人間の魔力に触れていなければ枯れてしまう花。……私が、定期的にこちらに来ているのはそのためです」
ベアトリーチェは目を瞑り、そっと花に口付けた。
すると花はまるで涙を流すかのように雫を落とした。
『青い薔薇の雫』
それは彼が三年前発表した薬の材料だ。
「盗まれた花は少なかった。でも、私の動揺を花が感じ取ってしまったためでしょうね。ずっと、花に元気がなくて。私はこの花のそばから離れられずにいます」
彼はそう言うと目を細めた。
まるで薔薇を通して、誰かを見つめているように。
「ユーリにも言ったように。この花は本来、他の毒に比べたら毒性は強くないのかもしれない。でも私は……私はこの花で、誰かを傷付けたくはない」
新緑の瞳が僅かに翳る。
「すいません。本来このような状況で、騎士団を空けるなど、あってはならない事だとは理解してはいます。でも私は……この花を、枯らすわけにはいかないのです」
ベアトリーチェは瞳を閉じた。感情を隠すかのように。
そして次に彼がローズの方を見た時には、ローズには「いつもの彼」がそこにいるような気がした。
「……明日からは私も、調査に参加します。花もだいぶ持ち直しましたし。ただ今の私は、周りより自分の感情を優先してしまう可能性が高い。調査は私一人で行いたいと思っています。……ユーリに、そう伝えていただけますか?」
「わかりました」
ローズは首肯した。
「ありがとうございます」
ベアトリーチェはローズに微笑んだ。
そして――ふと、彼女の手にしていたある物に気づいて、彼は首を傾げた。
「――随分変わったものをお持ちですね。それは一体?」
思わず胸ポケットに入れたまま来てしまっていたことに気付いて、ローズは慌てて答えた。
「これは、リヒト様が作られた道具です」
ローズは、リヒトの作ったぐるぐる模様のメガネを差し出した。
「半日限定ではありますが、魔力の低い人間も、魔力の残滓を見ることが出来るのだと仰っていました」
「これは……」
ベアトリーチェは眼鏡を少しだけかけて目を見開いた。
「……これを、リヒト様が?」
「はい」
「……そう、ですか……」
ベアトリーチェはそれだけ言うと、ローズにメガネを返した。
「――あの方も、本当は愚かなだけではないのかもしれない。でもそれだけでは、やはりレオン様には敵わない」
「……」
その言葉は、きっと正しい。
ベアトリーチェの言葉を、ローズは否定はしなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ユーリに嫌いって言われた……」
「おやリヒト。何をしているんだい?」
ユーリとの調査を終え、リヒトが城に帰って廊下をトボトボ歩いていると、背後から声を掛けられ、リヒトは振り返った。
「……兄上」
「君の失態のために連日心を悩ませているユーリからしたら、そう言いたくもなるんじゃないかな?」
声を掛けてきたときの言葉の割に、レオンはリヒトの言葉をはっきりと聞いているようだった。
「う……っ」
リヒトは胃がキリキリした。
どうして自分の周りの人間は、こうも鋭い言葉を吐く人間が多いのか。
――まあ多分、全部自分のせいだろうけど。
「ユーリはローズが好きだから、俺のことが嫌いなのかも……」
「なるほどね」
レオンの声は、冷たくもなければ温かくもなかった。
まるでそれになんの感情も抱いていないような、そんな声だ。
「ユーリも君も、よくそんなものにかまけてられるな。僕からしたら、色恋なんていう感情は、とてもくだらないものに思えるのだけれど」
レオンは静かな声で言う。
「……兄上?」
リヒトは、思わず兄の顔を見上げていた。
ローズとリヒトの身長差はそこまでない。細身ではあるものの、ローズの体を包み込めるレオンとでは、レオンのほうが身長が高い。
「感情なんてものはね、人を惑わせるだけなんだ。だから、本当は要らないんだよ」
「……あの、兄上……?」
その言葉は、何故か自分に向けられたものではない気がして、リヒトは少し困ってしまった。
わからない。自分の兄は、完璧な筈なのに――その兄が何故、こんなに寂しげな目をしているんだろう?
でもその理由を尋ねることは、リヒトには出来なかった。
レオンはリヒトの言葉を遮った。
「リヒト」
レオンはそう言うと、そっとリヒトの頬に触れた。
それはかつて、リヒトが記憶が無いくらい幼い時は、優しかった気がした兄のように。
「また、夜遅くまで何かを作っていただろう? 目が赤い。君が何をしても無駄なんだから、さっさと早く寝るべきだと思うけど?」
でもやはり言葉は冷たい。
それだけ言うと、レオンはぱっとリヒトから手を離した。
「……」
「ああ。そうだ、これを」
動けずにいる弟に、レオンはリボンの巻かれた箱を手渡した。
「女性からの贈り物の中に、入眠効果のある菓子があったから君にあげよう。僕は食べる気にはならないけれど。……ああ。毒性は特に無いから安心していい」
「……」
――女性からの贈り物を自分に回すな……!
リヒトはそう思ったが、突き返すわけにもいかず受け取った。
城を出れば女性に囲まれる兄ではあるが、兄が別に女好きでないことをリヒトは知っている。
そして兄が、自分に対して直接的な攻撃を下すような人間ではないことも。
「――甘い」
自室に帰ったリヒトは、レオンから受け取った菓子を一つ口に含んだ。
ホワイトチョコレートで包まれた、乾燥させた苺の菓子。
一つ口に含んで、彼は目を瞑った。
連日の徹夜で疲れた体には、入眠効果があるというこの菓子はよく効くような気がした。
「なんだろう」
瞳を閉じれば、リヒトの中にある風景が浮かんだ。
それは自分が壊してしまった、笑い声が響く場所。
自分だけがそこにいるのに、そこにいないような気がしていた。それでも、ずっと嫌いになれなかった場所。
「……なんだか……懐かしい、味だ……」
リヒトの声はチョコレートが口の中で解けるように、一人きりの室内に、小さくとけて消えていった。
◇
「眠った、か」
壁の向こう側ですうすうと弟が寝息を立てるのを確認して、彼は石の嵌った指輪に触れた。
赤と青。
火属性と氷属性。正反対の色をした石をそっとなぞって、彼は苦笑いする。
自分に与えられた属性の意味を、考えてはならないと否定する。
「さて僕は――指輪を探しに行くとするかな」
彼はそう言うと、自室に戻り窓を開けて、小さく誰かの名前を呼んだ。
すると彼の声にこたえるように、夜の漆黒の中を翼を羽ばたかせ、巨大な鳥が現れた。
黒い体に赤い瞳。
それはローズと同じ色。強い魔力を持つ生き物の証。
契約獣。あるいは従獣。
この世界の生き物は、相手の魔力が自分に相応しいと思わない限り従わない。
ローズやアカリに求婚してきた王子たちが、主従契約を結べたのも、彼らの魔力があってこそだ。
だからこそ、十年も前からこの鳥と契約を結んでいたレオンの異質さは際立つのだ。
この世界で最も高貴な生き物と言われている生き物は、二ついる。
黒い翼に赤い瞳を持つ鳥『レイザール』。
白い翼に青い瞳を持つドラゴン『フィンゴット』。
しかし後者は、相応しいものが訪れない限り卵からは目覚めないと言われており、その卵はとある国にある魔法学院で保管され、千年以上眠ったままだ。
「ありがとう、レイザール」
黒い鳥はその巨体に反し、優しい心を持つという。
心配そうに自分を見つめる鳥に、彼――レオンは微笑みかけて礼を言った。
窓枠に手をかけて足を踏み込み、レオンは窓の向こう側へと飛んだ。
風魔法が使えない彼にこれが出来るのは、相手への信頼あってこそだ。レオンを受け止めた鳥は、大きく翼を動かして浮上した。
「さあ、行こう。――僕の国を、守らなくては」
レオンの言葉にいらえるように、鳥はその嘴をあげた。