恋だの愛だのという機微は、正直なところ、光にはよく分からない。ただ、自分が生きていくのに、必要なものだとは知っていた。

 彼は独りだった。父は本妻はじめ、本家筋の目が合って、光ごときには構えない。母は赤子のうちに亡くなり、顔も知らない。

 かろうじて記憶に残っている母絡みの思い出は、母方の祖母の姿だ。祖母は、父に愛され、本妻に恨まれて亡くなった娘を忍び、いつも悲しそうな顔していた。

『本当なら、お前が(すめらぎ)の当主となっても、おかしくなかったのにねぇ……』

 そう嘆く祖母の溜息だけは、いまもずっとどこかにこびりついている。

 この国に翳り落とす病を祓う、太陽の一族。皇家。けれど己は、そこに生まれながら、爪弾きにされた者。一族の末端で、本家の威光を受けて生かされる者だ。

(おのずと光れない、月のような……)

 お前は力があると深山はいうが、あまりそれを振りかざす気にもなれない。才覚の違いを、異母兄がひどく気に病み、それで義母である本妻との仲が悪くなった、苦い経験があるからだ。

 ただ、いまなお消えない祖母の呪いのような溜息に、どこか焦燥するのも確かだった。

 このままただ、名もなき術者の末で、終わっていっていいものなのか、と。それを顔を知らぬ母は、ひどく憂うのではないか、と。
 そう考えると、いつもなぜか、とても怖かった。

(父様のあの花精に、似てるって聞いたからかな……) 

 まだ少年の時分の頃。本家の父の邸に住んでいたことがある。その時に、父の花精の力とその姿を垣間見た。

 藤の花を咲かせる、美しい花精。花精独特の光を帯びた白い肌と、そこに流れる薄紫の長い髪。華やかなのに楚々と麗しい横顔。その春風に溶けるような淡く儚い姿が、光の目には強く眩くて――脳を焼くようだった。

(――あの花精をほしいといっても、それだけは、駄目だったろうな)

 父は負い目からか、光の求めるものはなんでも買い与えた。けれど、あの花精だけは譲ってくれなかっただろうと、確信をもって思える。
 あの花精を見やる父の瞳が、いつもと違ったからだ。のちに、光の亡き母によく似た花精なのだと聞かされた。

(……母は、父様の隣に、ああして寄り添っていたいと、願ったのだろうか……)

 そうしていずれ皇の当主となる、己が息子の姿を見守りたいと思ったりしたのだろうか。いまの光の姿を見たら、あの紫の花精に似ていたというかんばせは、悲しく歪んでしまうのだろうか。

(ざまぁ、ねぇ……)

 深山の言葉を思い出す。自分を追い出した皇の本家を見返したり、義母や異母兄に復讐をしたりしたいわけではない。そうではない、が――

(……このまま腐って、終わりたくもない、のかな……)

 だから幼馴染の助言に、たまには素直に従ってみようかと、光は眠れぬ夜に寝返りをうちつつ、ぼんやりと考えた。

 それがまさか、思いもかけぬ出会いを呼び込むことになるとは、予期すらもせずに――。