「ふう~今日のところは無事に終わったか」
「私が見たところ、いつも以上にご機嫌なようでしたよ」
「そうなんだ。とりあえず満足してもらえたようでなによりだよ」
女神は晩ご飯の料理とお酒に満足してくれたようで、今は勇者の間に案内してゆっくりと休んでいる。俺はポエルと一緒に厨房へと戻った。
「ヒトヨシさん、大丈夫だった?」
「はあ~お腹が空いたのじゃ……」
厨房に戻るとフィアナとロザリーが待っていた。ロザリーの方は相変わらずだが、確かにもういい時間だ。
「ああ、無事に満足してくれたみたいだぞ。遅くなって悪かったな、俺たちも晩ご飯にしよう。今日はあのダメガさんのためにいろいろと作ったから、いつもよりいろんな種類の料理を作ってあるぞ」
「本当! やったあ!」
「おお、それは待った甲斐があったのじゃ!」
今日は女神のために普段よりも多くの料理を作ったから、みんなのまかない飯も自然と多くの種類となった。
「ただし、明日からは2週目が始まるわけだし、酒の方は一杯だけだからな」
「ええ~!」
「横暴なのじゃ!」
予想通り不満の声が上がったが、これは絶対だ。明日はまだ女神の見送りもあるし、温泉宿の2週目の営業がまた始まる。さらには客室を4つから5つに増やして、露天風呂やマッサージチェアなどの新しい機能を追加した上での営業だ。
おいしい料理を食べていると知らず知らずのうちに酒の方も進んでしまうから注意が必要だ。そしてこれは3人に対してだけではなく、俺にとっての戒めでもある! 俺だって酒は大好きだから、ついつい飲みすぎないようにしなければならない。
「元から酒は休日前の2日間だけの予定だっただろ……」
そもそも酒を多く飲んでいい日は次が休みの休日の2日間だけである。そうでないと俺を含めて次の日が大変になってしまう。
「ああ、ひとつ良いことがあって、今後はお酒の方に新しい銘柄が追加されることになったぞ」
「……ゴホッ」
うん、ポエルを含む天使たちのサービス残業のおかげであることはしっかりとわかっているから。
「それは嬉しいね! ヒトヨシさんの世界のお酒は本当においしいお酒が多いから!」
「うむ、確かに妾の飲んだことがある酒よりも遥かにうまかったのじゃ。それにしてもすごいのう、ヒトヨシの世界にはそれほどの種類の酒が存在するのか」
「銘柄の種類で言ったら、日本酒だけでも1万種類はゆうに超えるらしいからな。世界全体のお酒で言ったら、もう想像もつかないぞ」
「「「1万!?」」」
確か日本には1500近くの酒蔵があり、銘柄の種類としては1万を超えていたはずだ。もちろん普通には販売していないような地酒なんかを含めて数えているとは思うけれど。
小さな島国独自の酒である日本酒がこれだけあるのだから、ビールとかワインとかになると、もはや把握できないほどの銘柄があるに違いない。
「1万……そんな……」
中でもポエルが特にショックを受けていた。いつも通りの無表情だが、その中には確かに絶望の色が垣間見えた。
いや、さすがに天使の人たちにそこまでお願いする気はないよ。というかそんなに種類があったら、温泉宿としても、お客としてもどれを選べばいいのか分からなくなってしまうだろ。
「もちろんそんな種類があっても、俺たちやお客さんが困るだけだからそこまで増やしてもらう気はないけれどね。ひとつの銘柄につき10種類くらいあればそれで十分に楽しめるからな」
当然ながら同じ日本酒やワインやウイスキーでも、銘柄が変わればその味はガラッと変わる。10種類くらいあれば同じ酒であってもいろんな味を味わえるだろう。1種類を週替わり銘柄にしてもらうのも面白いかもしれない。
「10種類ずつですか。それならまあ……」
とりあえず今度天界にいる天使たちには温泉饅頭や他のお菓子といった賄賂と一緒にこういったお酒の種類がほしいという要望書を出しておこう。こういうのはお任せにするよりも、具体的にこういう銘柄がほしいと伝えたほうが向こうにとっても楽だろうからな。
「それでも十分すごいよ! 楽しみだなあ」
「うむ、それなら今日のところは酒を我慢するのじゃ」
そんな感じで今日のところはいろんな種類の料理で我慢してもらった。
みんないろいろと文句は言うくせに、しっかりと量は成人男性以上に食べるんだよなあ……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「それじゃあ今回はこれでお暇するね。今日の朝ご飯もとってもおいしかったし、朝の露天風呂もとっても良かったし、本当に大満足だったよ!」
「満足してもらえたようで何よりだ。温泉宿の施設の方も少しずつ良くしていくから、ぜひまた遊びに来てくれ」
朝食はご飯や味噌汁をベースにした和食でおひたし、筑前煮、胡麻和え、揚げびたし、冷奴などといった少量のおかずを数多く作ったが、どれも気に入ってくれたようだ。
朝食を食べたあとはポエルと一緒に露天風呂へ入ってからマッサージチェアでのんびりと過ごしていたらしい。……思った以上に温泉宿を堪能してくれたようだな。
「うん、またすぐに遊びに来るよ。それじゃあ、人吉くん。これからもよろしくね」
「ああ、こちらこそよろしくな」
なんだかんだでこの女神とは長い付き合いになりそうである。そう言いながら女神は引き戸を通って宿から出ていく。
「「「またのお越しをお待ちしております!」」」
従業員全員で女神を見送った。
「ふう~さて、女神も無事に見送ったことだし、この後は今日のお客さんを迎える準備だな」
「うん、今週も仕事を頑張ろうね!」
「ええ、頑張りましょう」
「はあ~これからまた1週間働くと思うと気が重いのじゃ……」
「ほら、ロザリーも気合を入れろ。また来週になったら新しいお菓子を作ってやるから、今週も1週間頑張れ。あとでマッサージチェアも使っていいからな」
「おお、あれは疲れが取れるのじゃ!」
……たぶんロザリーが一番疲れていないはずなんだけどな。むしろゴーレムのみんなに使わせてやりたいところなんだが。
まあ、そんな従業員みんなとのやり取りも慣れたものだ。
新しく露天風呂にマッサージチェアを設置したが、まだまだ追加したいものはいくつもある。温泉宿なら定番のクレーンゲームやメダルゲームなどが置いてあるゲームコーナー、サウナと水風呂のセットで異世界の住人たちもととのうのかも気になるところだし、風呂上りのためのアイスクリームの自動販売機も設置したいところだ。
そしてこの温泉宿日ノ本を訪れるお客さんも俺の想像を超えたファンタジーな人たちもやってくるのだろう。エルフや獣人だけでなく、とんでもないお客さんたちが来てもおかしくないもんな。
さて、今週もこの騒々しい従業員たちと頑張るとしよう!