「マッサージチェア……他の椅子とはどう違うの?」
「あれ、前に行った温泉宿にはなかったのか? これは椅子に座りながら身体中をマッサージしてくれる椅子だよ」
「そうだね、前にいった温泉宿だとこんな椅子はなかったよ」
最近の大きな温泉宿だとむしろ人の手によるエステとかアロママッサージとかが多くなって、お金を入れるとマッサージしてくれるマッサージチェアとかはだいぶ減ってきているからな。ちなみにうちの温泉宿ではまだまだ現役だったぞ。
「論より証拠だな。そこに座ってみてくれ」
「はあ~すごいね、こっちじゃ全然見ないデザインをしているね。これでいいの?」
女神がマッサージチェアに座る。このマッサージチェアはうちの温泉宿にあった古いものとは違って最新式のものだ。今の最新式のマッサージチェアは少し丸くて未来的なフォルムをしている。まるでロボットのコクピットみたいな形をしているので、女神が驚くのも無理はない。
「ああ、そのままちょっと待っていてくれ」
マッサージチェアの横にあるお金を入れる場所に銅貨を5枚入れる。マッサージチェアの金額や時間はこちらで細かく設定できるようになっている。この温泉宿では銅貨5枚で10分の設定だ。
ちょっと高めの料金設定だが、このマッサージチェア自体が少し高めの金額だったからな。早く元を取るためにもこれくらいの値段にしないといけない。最新式のマッサージチェアってこんなに高いんだということを初めて知った……
「わわっ、何か動き出したよ!? えっ、なにこれ、全身くまなく揉んでくれるんだね! うわっ、面白っ、中に人が入っているとかじゃないよね!?」
「はは、まさか。でも本当に人が実際に揉んでくれているみたいだろ」
昔のマッサージチェアは肩や背中だけ決まった場所を揉んでくれるだけだったが、最新式のマッサージチェアは足裏や太もも、手のひらから腕まで全身くまなくマッサージしてくれるのだ。そして単純な刺激だけではなく、まるで実際に人の手でマッサージされたような感覚になる。
俺も初めてこのマッサージチェアを試してみた時にはリアルに感動したな。これなら銅貨5枚くらい払う価値があるに違いない。温泉の疲労回復と合わさって、心身ともに完全にリフレッシュされること間違いなしである。
「あああああ~これは効くねえ~日々の疲れが取れていく気がするよ~」
マッサージチェアの上で恍惚の表情を浮かべて、気持ちよさそうに目を瞑っている幼女。
……まあ、本当に日々疲れているのかという点についてはポエルと一緒にツッコミたいところであったが、なんとか我慢した。
「そっちのパネルを操作すると、いろんな設定ができるようになっているんだ。それじゃあしばらくしたら自動で止まるから、その間に食事の準備をしてくるよ。ポエル、終わったら食事処まで案内をよろしくね」
「承知しました」
「ふう~とりあえず今のところは楽しんでくれているようだな」
ポエルたち天使のみなさんに協力してもらってできた新しい露天風呂や、元の世界の最新式のマッサージチェアの評価も上々のようだ。これなら女神だけでなく、この温泉宿に来てくれるこっちの世界のお客さんもきっと喜んでくれるだろう。
「ヒトヨシさん、大丈夫? 何か人手が必要だったら僕も手伝うよ」
厨房へ戻ると、休んでいるはずのフィアナとロザリーがいた。この温泉宿の上司が来たということで、気になっていたのかもしれない。2人のその気持ちはとてもありがたい。
「ああ、2人ともありがとうな。おかげさまで今のところは満足してもらっているよ。あとはひとり分の料理だけだから大丈夫だ。フィアナも休める時はゆっくりと休んだほうがいいんだぞ」
「ほら、だから言ったじゃろう。休んでいいと言われているのじゃから、無理に働かずにのんびりと休んでおればよいのじゃぞ!」
「………………」
うん、ロザリーのほうはもう少しフィアナを見習おうか。社畜のように働けとは言わんが、もう少しくらいうちの温泉宿に献身する気持ちを持ってくれてもいいんだぞ……
「まあ、ロザリーの言う通り、こっちは大丈夫だ。また明日からはいつも通り働いてもらうから、今日はゆっくりと休んでいてくれ」
「うん、わかったよ!」
「妾もゆっくりとあの素晴らしいベッドでもうひと眠りさせてもらうとしようかのう」
なんだかんだでまだこの温泉宿は始まったばかりだ。来週からはさらに客室をひとつ増やしていくから、今週よりも忙しくなることは確実だ。休める時はゆっくりと休んでもらうべきである。
「ああ~さっきのマッサージチェアは本当に気持ちよかったよ。露天風呂の気持ちよさもあって本当に極楽だったね! あのマッサージチェアは僕も使わせてもらうとするよ」
「そんなに気に入ってくれたんならよかったよ。……あと、せっかくなら他の天使たちも使えるようにしてあげてくれ」
「うん、そうだね。せっかくならみんなで使ったほうがいいもんね」
普段忙しい日々を送っている天使たちにも使ってもらえるならなによりだ。これで急にもかかわらず、たった1日で景色を追加する機能を付けてくれた天使たちにもいいお礼になるだろう。
「それにしても本当にたくさんの料理が並んでいるね」
「せっかくだからいろいろな料理を少量ずつ作ったんだ。一応お客さんからもいろいろと感想を聞いて、こちらの世界の人の舌にも合う料理を作ったつもりだぞ。ついでに神様の感想も聞かせてくれるとありがたい」
テーブルの上には様々な料理がずらりと並んでいる。今回用意した料理はいつも温泉宿で出している料理とは違って、いろいろな料理を少量ずつ出している。さすがに普段は手間がかかり過ぎてできないが、今日は温泉宿が休みだったからできたことだ。
今週温泉宿で提供した夕食の中で特に好き嫌いが少なくて評判の良かった料理を中心に作ったつもりだ。
「とはいえ、以前に神様が俺の世界の温泉宿で食べた料理よりは劣ると思うから、あんまり期待はしすぎないようにな」
以前に元の世界で温泉宿に泊まった時は別の世界の神様たちが集まって開かれていたと聞いたし、日本でも最高峰の温泉宿だったに違いない。いくら俺は多少料理ができるとはいえ、そんな最高級の温泉宿にいる板前の腕には遠く及ばないだろう。
それに食材に関しても、この温泉宿で使っているものよりも高級な食材を使っているだろうしな。
「大丈夫、ヒトヨシくんの世界の料理が久しぶりに食べられるだけで十分楽しみだよ! もう気付いていると思うけれど、ヒトヨシくんの世界の食文化は、こっちの世界のものよりもだいぶ進んでいるからね」
確かにお客さんたちから聞いた情報をもとにすると、調理方法や調味料、香辛料などといった食事に関する調理技術や知識などといったものは、俺がいた世界のほうがはるかに進んでいる気がした。
「俺の世界のお酒なんかも出せるけれど、飲み物は何がいい?」
「まずは冷えたビールでお願いするよ。そのあとはきりっと冷えた冷酒なんかが良いね。それと鍋ものなんかには熱燗も好きだよ。チーズなんかのおつまみにはワインなんかもいいなあ~」
「………………」
こ、この駄女神、酒の飲み方というものをわかっていやがるな。本当に女神なのか? 実は中身は40代のおっさんだと言われても普通に信じられるぞ……
「冷たいビールだな。ポエル、頼むよ」
「承知しました」
ポエルにビールをお願いする。天ぷらみたいな冷めるとおいしくない料理はまだ出さずに、女神の食事ペースに合わせて少しずつ出していく予定だ。
「それにしてもたった1週間でよくここまで見事な温泉宿を作ってくれたよ。やっぱりヒトヨシくんを選んだ僕の目に狂いはなかったね!」
……確か温泉宿に詳しい人を探していたら、偶然俺が死んでしまったとかじゃなかったっけ? 相変わらずこの駄女神は適当だな。とはいえ、一応は褒められているので、そこまで悪い気はしない。
「俺としてもなんだかんだで楽しく働かせてもらっているよ。まあ、あいつらの前じゃあ言えないけれど、みんなにはとても助けてもらっているし、右も左も分からない俺にいろいろと教えてくれてとても感謝しているんだ」
まだ温泉宿を開いてからたった一週間だが、こんなに早く営業を開始できたのもみんなのおかげだし、楽しく働かせてもらっているのでとても感謝している。ポエルやフィアナ、ロザリーたちとの巡り合わせについては本当に運が良かったと思っている。
「もちろん死んだはずの俺をこっちの世界に転生させてくれた神様にもとても感謝しているぞ」
多少はおべっかもあるけれど、死んでこれまで生きてきた記憶をなくすよりも、この世界で面白楽しく働いているほうがよっぽどいい。理由はともかく、この世界に転生させてくれたことは本当に感謝している。
「僕は僕で自分のやりたいことをやって、ほしいものを作ってもらうだけだからね。お互いにWINWINの関係になれてよかったよ。今のところこの温泉宿には大満足だし、また来させてもらうよ」
「この世界の神様が太鼓判を押してくれるのなら問題はなさそうだな。ああ、また遊びに来てくれ」
「そこはもう遠慮なく来させてもらうつもりだよ。ところでヒトヨシくん、僕のダメガっていう偽名について、何か申し開きはあるかい?」
「………………」
……そこについてはスルーでお願いします。
「ぷはあああ! いや~これはおいしいね。とても冷えていて、すっきりとした味わい。やっぱりヒトヨシくんの世界のお酒は格別だよ!」
「「………………」」
満面の笑みでガラスのジョッキに注がれた黄金色のビールを片手に、とてもおいしそうに一瞬で飲み干す駄女神……
見た目が西洋人形のような少女であるため、おっさんのような行動とのギャップがとてもひどい……
「こっちの世界のエールも悪くはないんだけれど、やっぱりこっちの冷えたビールに慣れているとどうしてもなあ……」
「さすがに物を冷やせる魔法を使える人は少ないからね。理想を言えばヒトヨシくんの世界にあるものを冷やす箱みたいな魔道具が普及してくれるとありがたいんだけれど、さすがにそれが一般の家庭に普及するのはきっとまだまだ先だろうね」
どうやら冷蔵庫のことは知っているらしい。やはりこちらの世界では魔道具が中心になるみたいだ。確かに冷蔵庫みたいな魔道具が普及してくれると、それに合わせて酒や料理のレベルも徐々に上がっていくのだろうな。
「いやあ~どの料理もとても手が込んでいておいしいよ! こういう繊細な味付けなんかを僕の世界にいるみんなにも見習ってほしいんだよね!」
「日本料理は出汁とか味付けに結構なこだわりがあったりするからね。とはいえ、料理の味付けとかは香辛料や調味料が安く普及するようになってからだと思うぞ」
実際のところ料理の文化といっても、塩以外の胡椒や砂糖などの様々な香辛料や調味料が普及されてこそいろいろと試せるものだからな。
「ちなみに神様的にはどの料理がおいしいと思うんだ?」
「う~ん、どれもおいしいからとっても迷うけれど、やっぱり生の魚の切り身に醤油を付けたものと、この肉や野菜を甘辛く煮て生卵を付けたすき焼きが好きかなあ。あっ、それとこっちの天ぷらもおいしいし、このカニっていう食材もとってもおいしいよ!」
最初はこっちの世界のお客さんに喜んでもらえた天ぷらやすき焼きなどといった料理を中心に出していたのだが、お客さんに出していない料理も出してほしいと頼まれたので、刺身やカニなどといった先週はお客さんに出していない料理を出した。
こんな姿でも女神なだけあって、毒でダメージを受けたりお腹を壊すことがないらしい。まあ、さすがにそんなものを出すつもりはないけれどな。
「なるほど……やっぱり生の魚や卵は食べ慣れていない人たちにとって最初は食べにくいかもしれないけれど、実際に食べてみたらおいしいと思ってくれる可能性は十分あるな。来週からは試しに温泉宿でも出してみるか」
生の魚である刺身やすき焼きにつける生卵はそのこともあって今週は提供しなかった。次からはお客さんに説明をした上で、望んだお客さんには提供してみてもいいかもしれない。
やはり予想通りというべきか、女神もこの世界の人たちと同じように今まで見たことがない天ぷらなどの揚げ物料理や、味が複雑で濃い目のすき焼きなどの料理を好むような傾向にあるらしいな。
「そうだね。最初はだいぶ驚かれるかもしれないけれど、この温泉宿の特異さを見たら食べてくれる人もたくさんいると思うよ。それにこっちのすき焼きだと、生卵を絡めたほうが絶対においしいもん!」
確かに俺もすき焼きに生卵は必須と思う派だ。俺の能力で購入した食材は寄生虫が付いていたり食材が痛んでいる可能性はないみたいだし、せっかくならここでしか安全に食べられない料理を味わってほしいわけだしな。
「それにしてもビール以外のお酒も本当においしいね! 特にこの日本酒ってやつは酒精が驚くほど強くて、口に入れると華やかで複雑な香りが一瞬で広がってきて、わずかな甘みとまろやかさが感じられるんだ。それに冷たくして飲むのと温めて飲むので全然味が違うから驚きだよ!」
女神はビールを飲んだ後は日本酒をゆっくりと楽しんでいる。女神の言う通り、日本酒は常温、冷酒、熱燗と温度を変えるだけでその味がガラッと変わるから本当に面白い。どうやら前回元の世界で飲んだという日本酒がよっぽど気に入っているらしい。
確かにこちらの世界ではお酒を蒸留してアルコール度数を高めた蒸留酒なんかはまだないみたいだから、日本酒の酒精の強さはこちらのお酒に比べたら驚くほど高いようだ。ドワーフのお客さんたちも蒸留酒や日本酒などの酒精の高いお酒に驚いていたみたいだしな。
……それにしてもまだ幼い姿の女神が浴衣を着て徳利を傾け、お猪口に入れた日本酒を飲んでいる姿はいろいろとアウトな絵面だぞ。
「日本酒はいろいろな飲み方で味わえるお酒だからね。それに日本酒の種類や作られた地域によっても味が全然違うんだよ。材料となる米の種類や使う水でその味がガラッと変わるからね」
日本酒も奥が深いからなあ……
普通の日本酒、本醸造酒、純米酒、吟醸酒など大まかに分けても様々な種類がある。ちなみにお値段的に一番高価なのは純米大吟醸と呼ばれる日本酒で、精米歩合が50%以下でアルコール添加なしの純粋なお米の味を味わえる日本酒となる。
もちろん純米大吟醸だからうまいなんてことはなく、それぞれの特徴があってどれもおいしい。それに加えてその蔵によってお酒の味が全然違うのだから本当に奥が深い。
これを考えるとここで購入できるお酒の種類は少し少ない気もするんだよね。
「へえ~そうなんだ! この他にもいろんな日本酒があるんだね!」
「ビールなんかも作っているメーカーによって味が全然違うんだ。それをいったらワインなんかはものすごい高価なものもあるんだぞ」
「ふむふむ、それはもったいないね……よし、それじゃあ今度はヒトヨシくんの世界のもっといろんな種類のお酒を購入できるようにヒトヨシくんの能力を調整しておくよ」
「えっ、そんなことができるの!?」
「おいおい、僕を誰だと思っているんだい? それくらいの調整なんてわけないさ!」
「………………」
うん、ポエルがジト目で駄女神を見ている。たぶん実際にそれを調整してくれるのはポエルたち天界にいる天使なんだろうな……
でも俺にとってもその申し出はとてもありがたい! ちょうどお酒はうまいのだが、種類がもう少しほしいなと思っていたところだ。
「それじゃあぜひお願いするよ。さすがにいろんな地域まではいかなくても、有名なお酒どころを4~5種類くらい選べると嬉しいかな。日本酒だけじゃなくてビールとかワインとか他のお酒の銘柄もそれくらいから選べるとありがたい」
「うん、任せておいてよ」
「ゴホンッ、ゴホンッ」
ポエルがわざとらしく咳をしている。どう考えてもこれ以上仕事を増やさないでくれという意味だろう。俺の能力を拡張してくれるのはとてもありがたいが、さすがに今回お世話になった天使さんたちにこれ以上負担を増やすのは本意でない。
「とはいえ、いきなりそんな種類が増えてもお客さんどころか俺たち従業員も困惑してしまうからな。1週間に1~2種類くらい少しずつ増やしてくれるだけで十分だよ」
「ふむふむ、わかったよ」
これくらいなら天使のみなさんにもそれほど負担にならないだろう。その辺りはポエルに聞いてみて負担がないペースで進めてもらうとしよう。
さすがにお世話になった天使さんたちに恩を仇で返したくはない。それと今度もう少しいろいろと差し入れてあげるとしよう。
「ふう~今日のところは無事に終わったか」
「私が見たところ、いつも以上にご機嫌なようでしたよ」
「そうなんだ。とりあえず満足してもらえたようでなによりだよ」
女神は晩ご飯の料理とお酒に満足してくれたようで、今は勇者の間に案内してゆっくりと休んでいる。俺はポエルと一緒に厨房へと戻った。
「ヒトヨシさん、大丈夫だった?」
「はあ~お腹が空いたのじゃ……」
厨房に戻るとフィアナとロザリーが待っていた。ロザリーの方は相変わらずだが、確かにもういい時間だ。
「ああ、無事に満足してくれたみたいだぞ。遅くなって悪かったな、俺たちも晩ご飯にしよう。今日はあのダメガさんのためにいろいろと作ったから、いつもよりいろんな種類の料理を作ってあるぞ」
「本当! やったあ!」
「おお、それは待った甲斐があったのじゃ!」
今日は女神のために普段よりも多くの料理を作ったから、みんなのまかない飯も自然と多くの種類となった。
「ただし、明日からは2週目が始まるわけだし、酒の方は一杯だけだからな」
「ええ~!」
「横暴なのじゃ!」
予想通り不満の声が上がったが、これは絶対だ。明日はまだ女神の見送りもあるし、温泉宿の2週目の営業がまた始まる。さらには客室を4つから5つに増やして、露天風呂やマッサージチェアなどの新しい機能を追加した上での営業だ。
おいしい料理を食べていると知らず知らずのうちに酒の方も進んでしまうから注意が必要だ。そしてこれは3人に対してだけではなく、俺にとっての戒めでもある! 俺だって酒は大好きだから、ついつい飲みすぎないようにしなければならない。
「元から酒は休日前の2日間だけの予定だっただろ……」
そもそも酒を多く飲んでいい日は次が休みの休日の2日間だけである。そうでないと俺を含めて次の日が大変になってしまう。
「ああ、ひとつ良いことがあって、今後はお酒の方に新しい銘柄が追加されることになったぞ」
「……ゴホッ」
うん、ポエルを含む天使たちのサービス残業のおかげであることはしっかりとわかっているから。
「それは嬉しいね! ヒトヨシさんの世界のお酒は本当においしいお酒が多いから!」
「うむ、確かに妾の飲んだことがある酒よりも遥かにうまかったのじゃ。それにしてもすごいのう、ヒトヨシの世界にはそれほどの種類の酒が存在するのか」
「銘柄の種類で言ったら、日本酒だけでも1万種類はゆうに超えるらしいからな。世界全体のお酒で言ったら、もう想像もつかないぞ」
「「「1万!?」」」
確か日本には1500近くの酒蔵があり、銘柄の種類としては1万を超えていたはずだ。もちろん普通には販売していないような地酒なんかを含めて数えているとは思うけれど。
小さな島国独自の酒である日本酒がこれだけあるのだから、ビールとかワインとかになると、もはや把握できないほどの銘柄があるに違いない。
「1万……そんな……」
中でもポエルが特にショックを受けていた。いつも通りの無表情だが、その中には確かに絶望の色が垣間見えた。
いや、さすがに天使の人たちにそこまでお願いする気はないよ。というかそんなに種類があったら、温泉宿としても、お客としてもどれを選べばいいのか分からなくなってしまうだろ。
「もちろんそんな種類があっても、俺たちやお客さんが困るだけだからそこまで増やしてもらう気はないけれどね。ひとつの銘柄につき10種類くらいあればそれで十分に楽しめるからな」
当然ながら同じ日本酒やワインやウイスキーでも、銘柄が変わればその味はガラッと変わる。10種類くらいあれば同じ酒であってもいろんな味を味わえるだろう。1種類を週替わり銘柄にしてもらうのも面白いかもしれない。
「10種類ずつですか。それならまあ……」
とりあえず今度天界にいる天使たちには温泉饅頭や他のお菓子といった賄賂と一緒にこういったお酒の種類がほしいという要望書を出しておこう。こういうのはお任せにするよりも、具体的にこういう銘柄がほしいと伝えたほうが向こうにとっても楽だろうからな。
「それでも十分すごいよ! 楽しみだなあ」
「うむ、それなら今日のところは酒を我慢するのじゃ」
そんな感じで今日のところはいろんな種類の料理で我慢してもらった。
みんないろいろと文句は言うくせに、しっかりと量は成人男性以上に食べるんだよなあ……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「それじゃあ今回はこれでお暇するね。今日の朝ご飯もとってもおいしかったし、朝の露天風呂もとっても良かったし、本当に大満足だったよ!」
「満足してもらえたようで何よりだ。温泉宿の施設の方も少しずつ良くしていくから、ぜひまた遊びに来てくれ」
朝食はご飯や味噌汁をベースにした和食でおひたし、筑前煮、胡麻和え、揚げびたし、冷奴などといった少量のおかずを数多く作ったが、どれも気に入ってくれたようだ。
朝食を食べたあとはポエルと一緒に露天風呂へ入ってからマッサージチェアでのんびりと過ごしていたらしい。……思った以上に温泉宿を堪能してくれたようだな。
「うん、またすぐに遊びに来るよ。それじゃあ、人吉くん。これからもよろしくね」
「ああ、こちらこそよろしくな」
なんだかんだでこの女神とは長い付き合いになりそうである。そう言いながら女神は引き戸を通って宿から出ていく。
「「「またのお越しをお待ちしております!」」」
従業員全員で女神を見送った。
「ふう~さて、女神も無事に見送ったことだし、この後は今日のお客さんを迎える準備だな」
「うん、今週も仕事を頑張ろうね!」
「ええ、頑張りましょう」
「はあ~これからまた1週間働くと思うと気が重いのじゃ……」
「ほら、ロザリーも気合を入れろ。また来週になったら新しいお菓子を作ってやるから、今週も1週間頑張れ。あとでマッサージチェアも使っていいからな」
「おお、あれは疲れが取れるのじゃ!」
……たぶんロザリーが一番疲れていないはずなんだけどな。むしろゴーレムのみんなに使わせてやりたいところなんだが。
まあ、そんな従業員みんなとのやり取りも慣れたものだ。
新しく露天風呂にマッサージチェアを設置したが、まだまだ追加したいものはいくつもある。温泉宿なら定番のクレーンゲームやメダルゲームなどが置いてあるゲームコーナー、サウナと水風呂のセットで異世界の住人たちもととのうのかも気になるところだし、風呂上りのためのアイスクリームの自動販売機も設置したいところだ。
そしてこの温泉宿日ノ本を訪れるお客さんも俺の想像を超えたファンタジーな人たちもやってくるのだろう。エルフや獣人だけでなく、とんでもないお客さんたちが来てもおかしくないもんな。
さて、今週もこの騒々しい従業員たちと頑張るとしよう!