「さて今日の宿泊人数は10人か。それと俺達従業員のまかないと明日の朝食の仕込みだな。やることはいっぱいあるぞ」
今日泊まる宿泊者は人族の冒険者が3人、ドワーフが3人、エルフが4人の合計10人だ。それと俺を含めた従業員が4人。合計14人分の夕食と明日の朝食の準備と結構な量の食事を作らなければならない。
もちろんこんな量を俺ひとりで作れるわけがない。俺の実家の温泉宿でも俺を含めた複数人で手分けをして日々の料理を作ってきた。
「ロザリー頼むぞ!」
ここでとても役に立つのがロザリーである。
「任せておくのじゃ! 召喚!」
「「「お呼びですか、ご主人様」」」
「うむ! こちらのヒトヨシの指示に従って料理を作るのじゃ!」
「「「かしこまりました」」」
ロザリーの召喚魔法によって、5人の人型のゴーレムが出現した。
そう、先日ロザリーの召喚魔法によって召喚されたゴーレムがどれくらい細かな作業ができるかを確認してみたところ、かなり細かな作業もできることがわかった。
それこそ包丁を使って魚を切ったり、フライパンで野菜を炒めたり、天ぷらを揚げたりなどの精密な作業まで可能であった。
「よし、それじゃあ一郎と二郎は揚げ物を担当、三郎と四郎は鍋を担当、五郎はすまし汁を担当してくれ」
「「「了解です」」」
ロザリーの召喚魔法で召喚したそれぞれのゴーレムには名前を付けてある。……ネーミングセンスが古いというのは自覚しているからほっといておくれ。
ゴーレムはロザリーの魔力が続く限り召喚を続けることが可能らしく、元魔王ということもあってゴーレム5体なら常時召喚し続けることも可能らしい。ゴーレムたちの記憶、あるいは経験というものは次に召喚された時にも引き継ぐので、名前を付けて作業を覚えさせることも可能だ。
ロザリーの召喚魔法はゴーレム以外の魔物なども召喚することが可能らしい。そんな彼女を温泉宿の従業員として雇うことができたのは本当に僥倖である。たったひとり分の給料で大勢の人数を雇えるようなものだからな。
「よし、あとは任せたのじゃ!」
「………………」
しかし、当の本人は召喚したゴーレムからそれほど遠くまで離れることができず、完全に自律して行動することができないため、複雑な作業をする場合にはある程度集中してゴーレムたちに指示を飛ばさないといけないらしい。
そのためロザリー本人は他の作業をすることができず、椅子に座ってただ休んでいるようにも見える。まあ、ロザリー本人が作業できなくても5体ものゴーレムが作業をしてくれるのでまったく問題はないがな。
「……よし、こっちの前菜はオッケー。そしたら二郎は煮物のほうを頼む。あと、五郎のすまし汁のほうは一度そこで味を見させてくれ」
自分でも作業をしながら、ロザリーの召喚したゴーレムたちに指示を飛ばしていく。ゴーレムたちの唯一の欠点は味覚がなくて味がわからないので、味見は俺達従業員の手で行わなければならない。
そして俺は実家の温泉宿では指示する側ではなく指示をされる側だったので、なかなかスムーズに指示を出していくことができていない。事前に何度か練習はしたのだが、やはり実際にお客さんが来てこれだけの人数分を作るとなると勝手が違うな。
「うん、すまし汁も大丈夫だな。とりあえずお客さんが食事を始める前までに間に合ったな」
よし、予定よりも手間取ってしまったが、とりあえずお客さんの食事の準備が完了した。あとはお客さんが食事を始めたいと言われたら、天ぷらを揚げて盛り付けをすれば完成だな。
「しかし、料理ひとつに大した手間をかけるものなのじゃな。普段の妾達の食事もそこまでして作っておるのか?」
「さすがにこれはお客さん用だよ。さすがにみんなが来た時とかは張り切ったけれど、普段はここまで時間はかけないし、何品も作ってないだろ」
さすがに従業員用のまかないにもここまで手間をかけてはいられない。温泉宿の食事は何品も作るのだが、俺達のまかないのメインは1~2品くらいだ。
「料理とは奥が深いものなのじゃな。妾なんてそのまま食べるか、焼いて食べるかの2択じゃぞ」
「豪快だな!?」
20年も引きこもっていたら料理とかにこだわりそうなものだけど、料理に興味を持てない人も結構いるかもな。
普段の料理もお金を払うのなら、お客さんと同じ食事を出してあげても良いのだが、ロザリーはまったくお金や価値のあるものを持っていないらしい。
聞くところによると、魔王を辞める際に面倒ごとをすべて任せる代わりに財産もすべて渡してきたらしい。さすが魔王だけあってやることが豪快すぎるんだよな……
ちなみにフィアナは結構な大金を持っているようだ。魔物の素材を売却したお金はだいぶ国にピンハネされていたようだが、休みなく働いてお金を使う暇もなかったから、お金はだいぶ溜まっていたようだ。……社畜だからこそお金だけは溜まっていくらしい。
「ヒトヨシ様、冒険者の方3名様分の食事をお願いします」
「了解」
次は俺達の晩ご飯と明日の朝食の仕込みを始めようとしたところで、ポエルがお客さんの食事の注文を受けたようだ。
さて、初めてのお客さんだし、俺もお客さんの反応を見に行くことにするかね。
「ふう~なんとか日が暮れるギリギリで川まで辿り着いたな」
「さすがに疲れたぜ」
「お腹が空いたわ~」
空が赤く染まり、辺りが暗くなり始めたころ、ようやく予定していた川まで辿り着くことができた。柄でもなくこのパーティのリーダーを引き受けている俺としては心底ほっとしている。
今回冒険者ギルドで受けた依頼は、俺達が拠点にしていた街から歩いて片道4日かかる村からの依頼だ。依頼をしてきたのはそれほど大きくない村で馬車なんて出ていないから歩いて行くしかない。
駆け出し冒険者では少し荷が重く、下手をすれば村の人達にも危害が及んでしまうほどの魔物が出てきてしまったから俺達Cランク冒険者パーティに話が回ってきたわけだな。今は無事に依頼を終えて街に戻っている最中だ。
正直に言って金額的にはあまり割のいい依頼ではなかったが、街と村の間のこの辺りに現れる魔物はそこそこの価値があり、今回も多少の素材を手に入れることができたからまあ十分だ。
なんだかんだ言って、村の人達からの感謝の言葉を受けるのは悪い気がしない。俺達3人も村から出てきて冒険者になった口だから、いかに村の付近に出てくる危険な魔物を狩ってくれる冒険者がありがたいかはわかっているつもりだ。今回も村の人達に被害が出なくて何よりだったな。
「さあ、休んでいる暇はないぞ。さっさと野営の準備と飯の準備を手分けしないとな!」
「ちっとは休もうぜ、リーダー」
「私は早く水浴びがしたいわ。もう身体中がベトベトよ……」
そりゃ俺だって少しは休みたいし、早く川で水浴びもしたい。だけど日が完全に暮れてしまえば、野営と飯の準備がさらに面倒になってしまう。
「……んっ、なんだありゃ?」
「んっ、どうしたランダ?」
「……いや、ウラネの後ろ。さっきまであんなもんあったか?」
「きゃっ!? なにこれ! さっきまでこんなものなかったわよ!」
「なんだこれは……?」
確かにランダの言う通り、先ほどまでは何もなかったウラネの後ろにいつの間にか謎の扉のようなものが現れた。
青い布地の上に白い絵のようなものが描かれている。そしてその奥には木とガラスでできたような見たことない扉が突然現れていた。
「なんだこれ……あれっ、裏は真っ黒な面になっているぞ!」
「本当だ。なんだこれ……」
扉のように思えるこの謎の物体は裏から見ると真っ黒な面になっていた。何かの金属というわけではなく、ランダの言う通り真っ黒な面と表現するしかない。
「これって魔道具じゃない? ちょっとリーダー、罠かもしれないし、触ったら危ないわよ!」
「おっ、おう!」
不用意に黒い面に触れようとしたところで、ウラネに止められた。確かに不用意だったな。
「どうする、こっちのほうは扉に見えるが入ってみるか?」
「……ものすごく気になるけれど、罠の可能性もあるわね」
「………………」
さて、どうしたものか。数年間冒険者をやってきたが、こんな話は聞いたことがない。確かに罠の可能性はあるが、あまり悪い感じもしないし、もしかしたらお宝が眠っている可能性もある。
「……十分に注意しながら、扉を開けてみるか?」
「よっしゃ、そうこなくっちゃな!」
「そうね、危険はあるかもしれないけれど、中に何があるのか気になるわ!」
どうやらランダもウラネも俺と同じ気持ちだったらしい。まあ、ここでこの不思議な扉を開けないようなら、冒険者なんて危険のある仕事はやっていないもんな。
「よし、とりあえず武器を持って、いつでも戦闘ができるように準備しておけよ」
いつもの戦闘態勢で俺が前に出て、ランダがその後ろ、ウラネがさらに後ろへまわって弓を構える。
「……触っても問題はないようだな。なるほど、押して開く扉ではなく、引いて開ける扉なのか」
十分に注意して扉に触れるが、どうやら罠ではないらしい。
「それじゃあ、俺が扉を開ける。2人は援護を頼むぞ。なにかあったらすぐに逃げるからな」
「「了解!」」
さて、この扉の先にはなにがあるのか。願わくばお宝であってくれよ!
俺は意を決して扉を開けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いやあ~まさかあんな場所に魔道具の扉があるなんて驚いたな!」
「こんな話をしても、きっと誰も信じてくれないぜ!」
「それにしても本当に綺麗な宿ね。見て、ベッドもフカフカよ!」
「おお、こりゃすげえ! 街の宿の硬いベッドとは別物だな!」
あの引き戸という扉を開けたあと、俺達はこの温泉宿という場所へ泊まることになり、部屋に案内してもらった。
扉を開けるとそこは別の空間につながっており、見たこともない服を着た男と給仕服を着た銀色の美しい髪をした女性が出迎えてくれた。部屋の造りも街の宿とは異なっていたし、どうやら本当に俺達の国とは別の場所に来たようだ。
……それにしてもさっきの銀色の髪をした女性は本当に綺麗だったな。後ろにいた女性も見たことがない美しい服を着た金髪の女性も綺麗だったし、魔族と思われる赤い髪をした少女も可愛かった。
「ねえリーダー、早速温泉に入りましょうよ!」
「お、おう! そうだな」
この宿の女性従業員のことを思い出していると、突然ウラネに声を掛けられてしまい驚いてしまった。
そうだな、まずはこの宿にある温泉というものに入ってみることにしよう。
「おお、これは広いな!」
「すっげ~! こんなにでけえ風呂初めて見たぜ!」
今はランダと一緒にこの宿の温泉とやらに入りに来ている。
さっき店主と思われる男がこの宿のウリといっていただけあって、さすがに見事な浴場である。そもそも脱衣所にあったあの大きくて曇りのない見事な鏡を見た時点でとても驚いた。
あんなに大きくて綺麗に自分を映す鏡なんて初めて見たな。下手をすれば貴族でも持っていないんじゃないかと思わせるすごい代物だった。
「よっしゃあ、早速入ろうぜ!」
「待て、ランダ! 入り口の張り紙に書いてあっただろう。いきなり湯船に入るのは駄目だ」
「おっと、そうだった! 先に身体を軽く洗い流さなくちゃいけないんだったな」
男湯に入ってすぐのところにここの温泉の入り方が共通語とわかりやすい絵で書いてあった。絵もあったのは文字の読めない者や、共通語ではない場所から来た者への配慮だろう。
張り紙によるとまずはかけ湯と言って、お湯をかけて埃や汚れを落として入るんだったな。確かに今の俺達は裸になったとはいえ、まだ土や埃なんかが身体中についている。湯船を汚さないためにも、まずはお湯をかけてそれを取り除くのだろう。
「ここにある桶を使っていいらしいな」
浴場に入ってすぐの場所に木でできた桶が積まれていた。この桶で湯船の湯を身体にかけて汚れを落とすらしい。
「ああ~温かくて気持ちいいな!」
「ああ。このお湯をかけるだけでもすでに十分気持ちいいぞ!」
時期的に今はまだマシなほうだが、寒い時期の川での水浴びは本当に辛いものがある。身体をずっと拭かないと不快で臭うし、髪の毛は油でベトベトになってしまうから、寒い中身体を震わせて冷たい水で身体を拭かなければならない。
「うあああああ~」
「ああああ……こいつは効くなあ~」
体の汚れを落とし、湯船の中にゆっくりと身体を沈めていくと、思わず声が出てしまった。
最初は少し熱いと思っていた湯船だが、少しすると身体が慣れてきたようで、身体全体がだんだんと温まって心地よい感覚に包まれていく。
まるでここ数日間の移動と魔物との戦闘での疲れが、すべてこの湯の中に溶けて消えていくような感覚がしてくるほどだ。
「湯の中に身体を沈めるのがこんなに気持ちがいいとは思わなかったぜ! 街の公衆浴場の小さなぬるい湯につかるのと全然違うぞ!」
「そうだな。なるほど、あそこの管から熱い湯が常に流れているから、この湯船は常に温かいわけか」
確かこの宿の主人は地中から高温の湯が湧き出ると言っていた。おそらくその高温の湯を常に湯船に流すことによって、湯船全体の温度をこの温度に保っているのだろう。
「……確かにこれは普通の水じゃないな。少し変わった臭いもするし、肌がツルツルとする気もするぞ」
「本当だ、でもそこまでは気になんねえな。それにしてもこんなに広い風呂なのに誰もいないっていうのはどういうことだ?」
「おそらく、まだこの宿は開いたばかりなんだろう。あの部屋もそうだったが、この宿にあるすべての物が真新しかった。しかし、あの広い部屋とこの温泉という風呂があるだけで、倍の値段がしてもおかしくない気もするな」
「もしかすると開店したばかりの特別料金なのかもな!」
「ああ、そうかもな。少なくともあの川辺で野宿するのとは天と地の違いだ。この宿へ泊まれることになって本当に運が良かったな」
「ちげえねえ。そんじゃあ俺は一度出て、身体を洗うとするか」
「俺もそうしよう」
なかなかお湯が高温だから、そろそろ身体が熱くなってきた。一度湯船から上がって身体を洗うとしよう。
「ふむふむ、こっちのレバーを回すと……おお、本当にお湯が出てきたぜ!」
「これはすごい魔道具だな。あの扉の魔道具といい灯りの魔道具といい、この宿のある国はこれ程便利な魔道具が溢れている国なんだな」
「まるで別の世界に迷い込んできたみたいだぜ」
「言いえて妙だな。ええ~と、説明によるとこっちが髪を洗う用で、こっちが身体を洗う用か。おおっ、見ろランダ、めちゃくちゃ泡がでてきたぞ!」
「ははは、リーダーの頭が泡だらけだぜ! なんだかいい香りもするし、街で売っている高価な石鹸なんかよりもよっぽどすげえぞ!」
「確かにな。それにみるみるうちに汚れが落ちていく。こいつはすごいな」
身体を洗ったあとはもう一度湯船にゆっくりと浸かってから、ランダと一緒に温泉をあとにした。
「さすがにまだウラネは出てきてないみたいだな」
「ここで少し待っていようぜ。おおっ、このソファはすっげえ柔らかいぞ!」
温泉を出たあとはこのまま晩ご飯を食べるから、休憩室という部屋でウラネを待つことにした。ここは温泉から出た後に待ち合わせをする場所になっているらしく、部屋にもあった畳が敷いてある場所とソファが置いてあった。
「……なあ、これ気にならねえか?」
「ああ、やっぱり気になるよな」
俺の目の前にあるのは大きな金属の塊だが、中には商品が沢山入っていて前面はガラスで覆われている。その中には商品と思われる名前と金額がそれぞれに書いてあった。
「自動販売機と書いてあるが初めてみる。商品は飲み物で、下に書いてある金額を入れてから番号を押せって説明が書いてあるな」
「え~と牛乳、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳、お茶、他にもいろいろなもんがあるな」
「牛乳とお茶は分かるけど、あとは知らないものばかりだぜ。こっちのフルーツ牛乳というやつは果物の絵が書いてあるぞ」
自動販売機と書かれた金属製の箱の中には様々な商品が入っていた。どうやら魔道具のようで、お金を入れて商品の番号を押すとその商品を購入することができるらしい。
「値段は1つ銅貨5枚か。飲み物にしちゃあ少し高いが、喉も乾いたし、この魔道具も気になるし、飲んでみねえか?」
「そうだな。俺も気になっている。せっかくなら3人で別の飲み物を買って共有しよう」
「おっ、さすがリーダー! ウラネが温泉から上がったら、それぞれが好きなやつを選んで買ってみようぜ!」
「2人ともお待たせ!」
おっと、噂をしていたらウラネも温泉から出てきたみたいだ。
「ちょうどよかった。この自動販売機という魔道具で飲み物を……」
次の言葉に少し詰まってしまった。ウラネはいつもの防具姿ではなく、俺たちと同じようにこの宿にある浴衣という服を着ている。
後ろにまとめられている茶色い髪は輝いて見え、まだ完全に乾いておらずにしっとりとしている。先ほどまでついていた土や埃などの汚れはすっかりと落ち、薄い浴衣を着ていることによって、仲間ということよりも女性であるということを意識してしまうような姿だった。
「んっ? ちょっとリーダーもランダもどうしたのよ?」
「あっ……いや、何でもない」
「べっ、別に何でもねーぜ!」
どうやらランダは俺以上にウラネの姿に見惚れていたらしい。まあ、もともとこいつはウラネに惚れていたっぽいからな。顔を真っ赤にしてウラネと目を合わさないように必死で顔をそらしている。
「飲み物を販売しているこの自動販売機とかいう魔道具を試してみようと思うんだが、どれにする?」
「へえ~そんな物まであるんだ! いろいろな飲み物があるわね。……よし、私はこのフルーツ牛乳ってやつにするわ」
「それじゃあ、俺はこのコーヒー牛乳ってやつにするか。ランダはどうする?」
「俺はこっちのコーラってやつにするぜ」
ランダもようやく落ち着いたようだが、まだチラチラとウラネのほうを見ている。ウラネのやつは少し男っぽいところがあって、女として見られる視線には疎いからな。
「ええ~と、ここから銅貨を入れて、番号は10を押せばいいんだな」
ウィーン
「うおっ、なんだ!? なんか出てきて選んだ商品をひとつ掴んだぞ!?」
ゴトンッ
「あっ、下のほうから出てきたよ」
どうやら謎の腕のようなものが選んだ商品をひとつだけ掴んで下に持ってきたらしい。この魔道具はいったいどんな仕組みなんだ……
そして下のほうにある透明な蓋のようなものを押し込むことによって購入した飲み物を取り出せるようになっているみたいだ。
「うおっ、なんだこれ! 冷たいぞ!?」
俺が購入したコーヒー牛乳という飲み物の入った瓶を取り出すと、茶色い液体の入った瓶はとても冷えていた。
「すげえな、物を冷やしておくことができる魔道具か」
「ねえ、味はどうなの!」
「ちょっと待ってくれ。ここをこうして……よし、開いた」
瓶の口は半透明な紙のようなものに覆われていて、それを取ると紙の蓋があった。さらにそれを引っ張って開けると瓶の中に茶色い液体が見えた。
「……匂いは悪くないな。コーヒー牛乳というくらいだから牛乳に何かが入っているのか」
「泥水みたいだけど、本当に大丈夫か?」
……ランダの野郎、俺も思っていたが、まずそうに思えるから言わなかったことを言いやがった。まあ、この温泉宿がある国特有の飲み物といったところだろう。ええい、男は度胸だ!
「うおっ、こりゃうまい! 冷えた牛乳にほのかな苦みが加わって乾いた喉に染み込んでくるぞ! すごいな、冷えた飲み物というのはこんなにもうまいんだな!」
「おいリーダー! 少しずつみんなで飲むんだろう! もう半分以上飲んでんじゃねえかよ!」
「あっ、悪い。うまくてついつい飲んでしまったな。ほら、飲んでみてくれ」
「おおっ、確かにこれはうめえぞ!」
「本当! こんな飲み物初めて飲んだわ!」
どうやら2人ともこのコーヒー牛乳に満足しているようだ。
瓶や缶などのゴミはこの箱に入れて回収するらしい。まあ、この透明な形の整った瓶だけでも銅貨5枚なんかじゃ安すぎるからな。
「それじゃあ私はこっちのフルーツ牛乳って飲み物にしてみようかな」
ウラネはフルーツ牛乳という飲み物にするみたいだ。こちらの飲み物も牛乳に何かが入っているのか?
「うわあ~! こっちも冷えていて甘くてとってもおいしいわ! わかった、牛乳に果物の果汁が入っているのね!」
「おい、おまえも飲みすぎだ! 早く俺たちにも少しくれ!」
ゴクゴクと勢いよくフルーツ牛乳を飲んでいくウラネ。気持ちは分かるがちゃんと俺たちの分は残しておいてもらわないと困る。
「確かにこっちもうめえな!」
「ああ、こっちは甘みが強いが、よく牛乳とあっているな」
「よし、俺はこのコーラとかいう飲み物にしてみるぜ!」
ゴトンッ
「なんだこれ、2人のやつとは違う入れもんだな。あれ、開け方がわからねえ」
「こっちのは金属で覆われているんだな。開け方が自動販売機の隣に書いてあるぞ。上にある突起を引っ張るらしい」
「……よし、開いたぞ。なんだ、なんか泡が出てきた!? いや、すぐに収まったか。……泡の奥になんだか黒い液体が見えるな」
「「黒!?」」
俺とウラネの声が重なった。さすがに黒い飲み物なんて聞いたことがないぞ。さすがにランダのやつも恐る恐ると口を付けている。
「うおっ、口の中でシュワシュワと弾けやがる!?」
「おい、大丈夫か!? もしかして毒じゃないよな!?」
「……いや、大丈夫だ。なんだこれ、冷たくて甘くてシュワシュワして、わけわからねえがとにかくうめえぞ!」
「いや、シュワシュワしたってなんなんだよ?」
「シュワシュワはシュワシュワなんだよ! ほら、飲んでみろ!」
「……本当に口の中で弾けるような感じだな。確かによくわからないがうまい」
エールの感覚に似ているが、あれはこんなに口の中でシャワシャワと弾けるような感覚はしない。
「私はちょっと苦手ね……さっきのフルーツ牛乳のほうが好きだわ。ねえ、他の飲み物も試してみましょうよ!」
「そうだな、次はどれにすっかな!」
「待て待て、これから飯を食うんだぞ! 確かに俺も他の飲み物は気になるが、晩ご飯を食べてからでも遅くはないだろ」
「おっと、そうだったわね」
「あまりにもうまかったから忘れてたぜ! ってか温泉もこの飲み物もヤバかったし、飯も相当期待できるんじゃねえか?」
「そうね! どんな料理が出てくるか、今から楽しみだわ!」
「ああ、この分だと料理と酒もだいぶ期待ができるぞ! さあ、早速食べにいくとしよう」
「お待たせしました、料理をお持ちしました」
3人分の料理を俺とポエルとロザリーで食事処まで運んできた。すでに冒険者の3人はポエルが案内してくれた畳の上のテーブルの前に座ってくれている。
「おおっ、見たこともない料理ばかりだな!」
「それにすっごく綺麗ね! こっちのお皿も綺麗な色!」
それぞれの席の前に料理を置いていく。よし、ポエルもロザリーも問題なく料理を配膳できたようだな。
「なあ、ヒトヨシさん! あの温泉ってやつは本当にすごかったぜ!」
「ああ、疲れが消えてなくなっていくようだった。あれだけ広いお湯につかるのがあれほど気持ちがいいとは知らなかったな」
「それにあの髪を洗う液体もすごかったわ! 私の髪っていつもは結構ガチガチになっちゃうんだけど、サラサラになったの!」
一気にまくしたてる冒険者の3人。どうやらこの温泉宿の温泉を楽しんでもらえたようだ。
「気に入っていただけてなによりですよ。あの温泉には体力や魔力の回復効果があって美容にも効果があるんです」
「へえ~そりゃすげえ! 道理で疲れが取れて身体が軽くなったわけだよ!」
「美容にもいいんだ! あとでもう一度入ってこようかな!」
「ええ、朝も入れるので、出発前にもう一度入るのもおすすめですよ」
「おお、そりゃいいな!」
この温泉宿では朝も温泉へ入れるようにしている。夜と朝に2回入れるとなんだか得した気持ちもするもんな。
ポエルたち天使が頑張ってくれたおかげで温泉は清掃をする必要がないので、温泉は基本的に朝も開放しておくつもりだ。
「お飲み物はどうなされますか? お茶とお水は無料となっておりますが、お酒や果汁のジュースなどは有料となっておりますね。こちらがメニューとなります」
「酒にも結構な種類があるんだな」
「最初はこのビールがおすすめですよ。あと、この宿のお酒はどれも酒精が強くなっているので、どのお酒もゆっくりと飲んでくださいね。あまりにもたくさん飲まれているようでしたら、従業員がお声を掛けさせてもらいます」
「それじゃあ最初はそのビールって酒を3杯頼む。1杯銅貨8枚だから銀貨2枚と銅貨4枚だな」
「はい、ありがとうございます。実はこの温泉宿は今日オープンしたばかりなんです。この場でお酒や料理の感想を教えてくれればビールを1杯サービスしておりますよ」
「ほう、それはラッキーだな。感想を言えばいいだけか、お安い御用だ」
「ありがとうございます、少々お待ちください。ポエル、ロザリー、ビールを3杯頼む」
「承知しました」
「わかったのじゃ」
ポエルとロザリーが一度厨房に戻ってビールを取りに行く。この温泉宿で出すビールは瓶ビールではなく、サーバーからジョッキに注ぐタイプのものだ。昔は温泉宿では瓶ビールが多かったが、今ではジョッキを取り扱っているほうが多い。
値段は1杯銅貨8枚だから約800円でそこそこするが、街の酒もこれくらいか少し高額になるくらいだ。仕入れ値は1杯あたり200円もかからないので結構な利益率となっている。
「そういえばさっき飲んだコーヒー牛乳だが、とてもおいしかった。あの自動販売機という物を冷やす魔道具はすごかったな。この宿にはたくさんの魔道具や綺麗なガラスなんかが沢山あって本当に驚いたよ」
「ありがとうございます、飲んでいただけたんですね。私の故郷だとガラスなんかはそれほど高くなく手に入るんですよ。さすがにあの自動販売機は結構しますけれどね」
どうやら温泉から出た後で休める休憩室に設置してある自動販売機を利用してくれたらしい。やはり風呂からあがったあとは冷えたコーヒー牛乳やフルーツ牛乳なんかが最高だよな。
そして異世界の街で調べていた通り、魔道具やあれほど透明度の高いガラスは珍しいようだ。この温泉宿の盗難防止機能がなければ、よからぬことを考えるお客さんもいるだろう。
「お待たせしました、ビールになります」
「お待たせしましたのじゃ!」
ポエルとロザリーがジョッキに注がれた冷えたビールをお客さんの前に運ぶ。
「へえ~綺麗なガラスのジョッキに入っているのね! それにこれも自動販売機のと同じで冷えているわ」
「エールよりも色がだいぶ薄いな。だがとても澄んだ色をしていやがるぜ」
「真っ白で細かな泡が上に浮かんでいるな。確かにエールとは少し違うみたいだ」
透明なジョッキに入ったビールを観察する冒険者たち。やはりこの人たちも普段はエールビールを飲んでいるようだ。
「おおおおっ、なんだこれ! うますぎるぞ!」
「ぷはあっ、これはすごいな! 冷たく冷やされたエールはこんなにもうまいのか! ……いや、味は似ているが、こちらのビールという酒のほうがスッキリとしていてとても飲みやすいぞ!」
「おいしい! 街で飲むエールよりもとっても飲みやすいわ! それに温泉で温まった身体にとっても沁みるわ!」
感想を聞くまでもなく良いリアクションをしてくれるな。
どうやら冷たいビールの反応は上々のようだ。
「かあああ、うまい! 一気に飲んでしまったな。もう1杯ビールを頼む!」
「俺も!」
「私も!」
「ビールのおかわりですね、かしこまりました。酒精がそこそこあるので、もう少しゆっくりとお召し上がりください。それとこちらの料理も温かいほうがおいしいので、ぜひ温かいうちにお試しください」
「それじゃあ料理のほうもいただくぜ!」
「これは煮付けで、あれは鍋料理か。こっちのはなんだ?」
「こちらの料理は天ぷらという料理で、衣をつけた具材を油の中に浸す料理です。塩かこっちの天つゆをかけてお試しください。鍋のほうは野菜を煮ているのでもう少しお待ちください」
本日の料理は魚の煮付けと天ぷら、そしてメインの鍋だ。量のほうは煮付けと天ぷらが少なめとなっており、他に前菜の小鉢が2つほどついている。原価としては1500円とちょっとといったところだろうか。
「うわあ~! このお魚、すっごくおいしい! 甘いようなしょっぱいような不思議な味がついているみたい!」
煮付けは酒、みりん、醤油、砂糖、それに生姜を加えた煮付けの定番となる味付けだ。元の世界ではとても一般的な味だが、こちらの世界では醤油やみりんといった調味料がほとんどの地域で使われていないため、こちらの世界の人にとっては多くの人が初めて味わう味となる。
「うおっ、確かにこんな魚は食ったことがねえ! なんて魚なんだ?」
「これはカレイという私の故郷の海で獲れる魚ですよ」
「海が近いんだな。それはとても羨ましい」
今回の魚は煮付けの定番であるカレイを選んだ。どうやらこの冒険者達が拠点にしている場所の近くに海はないみたいだな。この前俺達が行った異世界の街でも、売っていたのは干された魚や塩漬けにされた魚くらいだった。
流通がまだ整っておらず、冷やしたまま魚を運ぶ技術が整っていないこの世界では海の魚を食べられるだけでも珍しいのだろう。
「そちらの白い穀物を炊いたものがご飯となります。ご飯だけで食べるよりもそちらの煮魚や他の料理と一緒に食べるとおいしいですよ。それとご飯はこちらのおひつ分のおかわりは無料となっております」
ご飯は業務用の大きめの炊飯器で炊いてある。基本的にはおひつに入っている分はおかわり自由だ。本当ならばご飯はいくらでも無料にしたいところだが、ここは異世界で、元の世界では考えられないくらいご飯を食べる種族とかがいてもおかしくはないからな。
「ほう。確かにご飯というものだけだとそれほど味がないように思えるが、こちらの味の濃い魚と一緒に食べると、ちょうどいい味になるな!」
「ぷはあああ! おいおい、こっちの天ぷらとかいう料理もめちゃくちゃうめえぞ! サクサクとした食感の衣の中に熱い肉や野菜が入っていやがる。これがビールに合うんだよ! ビールのおかわりを頼む!」
「本当、この料理はビールってお酒にとっても合うわね! 私もビールおかわり!」
「俺もだ!」
「はい、ビール3杯ですね、ありがとうございます」
天ぷらはとり天とエビと野菜をいくつか揚げている。おそらくこの世界の人は野菜よりも肉のほうが好きだと思ってとり天が多めだ。ちなみにかしわ天という料理もあるが、かしわ天の素材はむね肉でとり天はもも肉という違いがある。
やっぱり野菜もおいしいんだけれど、肉が正義なのである!
「そろそろ鍋のほうも大丈夫ですね。肉は薄く切っていてすぐに茹で上がるので、肉の色が変わったらつけダレにつけて食べてみてください」
「なるほど、自分達で茹でて食べる料理なんだな」
「うん! こっちのタレは少し酸味が効いていて、サッパリしておいしいわ!」
「こっちのタレは濃厚な味がして、良い香りがするな。全然違う味のタレだけど、どっちもうまいぜ!」
鍋のほうはポン酢とごまダレの2種類を用意した。
どうやらどの料理や酒にも満足してくれたようだな。こちらとしてもいい反応が見られて満足だ。
「満足してくれたようでなによりです」
「ああ、すっげ~うめえよ! 温泉も気持ちよかったし、最高の宿だな!」
「あの温泉という風呂と、料理や酒がこの値段で楽しめるなんて最高だった。またぜひ来させてほしいものだな」
「疲れもとれたし、おいしいご飯も楽しめたし、絶対にまた来るわ!」
「そう言っていただけてよかったです。それではごゆっくりお楽しみください。あっ、くれぐれもお酒は飲みすぎないようにご注意ください」
「ふう~どうやら満足してくれたみたいだな」
「みなさんとてもおいしそうに食べられておりましたね」
「あれだけうまそうに食べているのを見ると、妾も食べたくなってしまうのじゃ!」
冒険者3人組の食事の様子を見てから感想をもらって、フィアナが待機しているフロントの後ろにある控室へポエルとロザリーと一緒に戻ってきた。まあ、あの様子だとすぐに次のお酒の注文が入りそうだがな。
テーブルには呼び出しベルを置いてあるので、何か新しい注文があれば、ピンポーンと音が鳴る。他のお客さんも食事を始めて、注文が多く入りそうになったら、一人くらい宴会場に待機してもらうとしよう。
「俺たちのまかないはもう少しあとだな。お客さん達が食べ終わったら、すぐ食べられるように準備はしておくよ」
ちょっと忙しくなってきたことだし、俺たち従業員の晩ご飯はもう少し先だ。でもお客さんたちがあれほどおいしそうに食べてくれると、俺もお腹が空いてくるな。
「お待たせしました、料理をお持ちしました」
「お、お待たせしました!」
「おお、これはいい匂いじゃ!」
「ほお~こりゃうまそうじゃな!」
俺とフィアナはドワーフのお客さんたちへ料理を持ってきた。フィアナはまだ少し緊張しているようだな。向こうのエルフのお客さんの料理はポエルとロザリーに任せている。
「……あっちのはやつはすごいな。あれは魔道具か何か?」
「いえ、従業員の召喚魔法ですので、ご安心ください」
一番年齢が高そうなドワーフのおじいさんが気になっているのはロザリーの召喚したゴーレムだ。ポエルとロザリーではエルフのお客さん4人分の料理と水を全部持てなかったので、一郎と二郎にも手伝ってもらっている。
「ふ~む、そんな便利な魔法もあるのじゃな」
「ちゃんと術者の思った通りに動いてくれるみたいで大助かりですよ。お飲み物はお酒でよろしいですか? 今だけですが、当温泉宿の施設や料理やお酒の感想を教えていただければ、おすすめのビールというお酒が一杯無料となっております」
「もちろん酒を頼むぞ! 感想を言うくらいお安い御用じゃ、まずはそのおすすめのビールという酒を頼むわい!」
「承知しました。フィアナ、ビールを3杯頼む」
「か、かしこまりました!」
ビールサーバーの使い方はすでに従業員全員が使えるようになっている。意外とビールサーバーでのビールの注ぎ方もコツがいるからな。ちゃんと練習はしてもらっている。
「いやあ~それにしてもあの温泉とやらは最高じゃったな!」
「うむ! 鉱山での採掘作業は土まみれになるからのう。土まみれのまま野営するのとは天と地ほど差があるわい」
「それにしんどかった腰と肩が一気に楽になったように感じたのう」
「温泉を楽しんでいただけたようでなによりです。身体が楽になったのは、温泉にある体力回復や魔力回復などの効果のおかげだと思います」
「温泉の説明にも書いてあったが、まさかあそこまで効果があるとは思ってもいなかったぞ!」
「昨日怪我をしてしまったワシの手のひらの傷まで治ってしまったからのう。もしかすると普通の回復魔法なんかよりも効果が高いかもしれんぞ!」
「そ、それは良かったです……」
あの温泉ってそんなに回復効果があるのか……
実際のところ疲労が取れることは体感できたが、怪我がどれくらい治るかの確認はできていないんだよな。わざわざ傷を負ってまで実験するようなことはしなかったし。
しかし、単純温泉でそれだけ効果があるのなら、他の種類の温泉はどんな効果があるのか気になるところである。
「それにしてもこの宿の建築様式や細部の装飾などは非常に凝っておるから見ていて飽きんわい! 浴場にあった水やお湯の出るバルブなんかも初めて見たのう」
「ああ。それと客室にあったベッドの仕組みやこのテーブルなんかもワシらの国の造りとはだいぶ異なっておって勉強になったぞ!」
「なるほど、参考になります」
ふむふむ、どうやらドワーフのみなさんはこの建物や家具などの造りに興味があるようだ。こちらの世界の職人さんは武器を打ったりするだけでなく、建築をしたり、家具を製作したりするのかもしれないな。
「お待たせしました、ビールになります!」
ドワーフのお客さんから話を聞いているとフィアナがビールを持ってきてくれた。練習した甲斐もあって見事な泡の割合だし、それに十分速いな。これならまだ料理が冷めてしまうこともないだろう。
「ほお~こいつは見事なジョッキじゃ!」
「うむ、先がはっきりと見えるほど透き通ったガラスに、3つともまったく同じ加工がされておる! これは見事な仕事じゃわい!」
ビールが届くとまじまじとガラス製のジョッキを見定めるドワーフの3人。その顔は真剣そのものである。やはり元の世界では何気なく使っているひとつ数百円のガラス製のジョッキはこちらの世界でだいぶ価値がありそうだな。
「それにこいつはかなり冷やされておる。魔法か魔道具でわざわざ冷やしてあるのか!」
「ふむ、エールよりも薄い色合いじゃが、とても澄んだ色をしておるのう」
「別の国の酒か、こりゃ楽しみじゃわい!」
「それじゃあ早速乾杯といくぞ! 乾杯!」
「「乾杯!」」
ガラス製のジョッキの軽くぶつかる音がして、そのあとにはゴクゴクゴクという酒が喉を通っていく気持ちの良い音だけが聞こえてきた。
「ぷはああああ! なんじゃこの酒は!」
「スッキリとしているが、見事な麦の味じゃ! こいつはうまいわい!」
「かああああ! 風呂で温まった身体に沁みるわい! 冷えた酒っちゅうもんはこんなにもうまいものなのか! おい、このビールって酒をもう1杯頼む!」
「ワシもおかわりじゃ!」
「もちろんワシもじゃ!」
中ジョッキほどの量を一気に飲み干すドワーフのお客さん。その清々しい飲みっぷりは見ていて気持ちがいい。……というかフィアナが横でビールを飲むドワーフたちをとても羨ましそうに眺めている。
俺も気持ちはわかるが、今は仕事中だからな。
「はい、ビール3杯で銀貨2枚と銅貨4枚になります」
「おっと、先払いじゃったな。こんなうまい酒は何杯も飲むじゃろうし、先に多めに渡しておくとするか」
「待て待て! 確かにこのビールっちゅう酒はものすごくうまいが、こうなると俄然他の酒も気になってくるぞ!」
「そうじゃな。ビールはもう1杯にしておいて、次は別の酒を頼むとしよう。ほれ、銀貨2枚と銅貨4枚じゃ」
「はい、ありがとうございます。フィアナ、ビールのおかわりを頼む」
「あ、ああ。了解だ!」
「おお~い、こっちもビールのお代わりを頼む!」
「は~い、ただいま!」
別のテーブルで食事をしている冒険者パーティからもビールのお代わりだ。こっちは俺が持っていくとしよう。ポエルとロザリーのほうも今のところエルフのお客さんにちゃんと接客ができているようだ。
「いやあ、見たことがない料理ばかりじゃが、どの料理もうまいのう!」
「うむ、この天ぷらっちゅう料理もうまい上に、ビールによく合うわい!」
「こちらのお鍋のほうも準備ができたので、肉を入れて色が変わってきたら、取り出してつけダレでお召し上がりください」
「なるほどのう。さて、この鍋とやらも楽しみじゃが、そろそろ別の酒も試してみるとするか!」
「そうじゃな。ビールとやらがあそこまでうまいなら、こいつは期待してしまうわい! ヒトヨシといったのう、お主のおすすめを教えてもらえんか?」
酒のペースが速すぎるため、2杯目は少しゆっくり飲むように伝えたところ、今度はちゃんと味わいながらゆっくりと飲んでくれた。このドワーフたちは本当にお酒を愛しているんだろうな。
「そうですね、ワインや果実を使った果実酒、こちらのご飯を作る際に使った米を使った芳醇な香りがする日本酒、蒸留という技術を使って酒精を強めたウイスキー、ブランデー、焼酎などがあります」
「おお、そんなにも種類があるのか!」
「ワインや果実酒はあるが、他の酒は知らんのう……よし、どれがうまいか飲み比べるとしよう!」
「そうじゃな! それではそれらの酒をすべて1杯ずつもらうとしよう」
「すべて1杯ずつですね、承知しました」
「ありがとうございます!」
俺のストアの能力ではそれぞれのお酒で複数の銘柄の中から選んで購入できるが、さすがにすべての銘柄を注文できるようにしてしまえば、圧倒的に人手が足りなくなる。
そのため、基本的にはそれぞれのお酒の種類で1種類の銘柄の提供にした。ある程度宿の経営が問題なさそうなら銘柄を増やしたり、週ごとに銘柄を変えても良さそうだな。
フィアナと一緒に厨房へ戻って、いろんな種類のお酒を1杯ずつ注いでいく。蒸留酒はかなり酒精が強いからちゃんとゆっくりと飲んでもらうように頼むとしよう。
「お待たせしました」
「お待たせしました!」
様々なお酒をお盆に乗せて運んできた。
「おお、待っておったぞ!」
「こっちの鍋という料理もとてつもなくうまいぞ! このタレはどれも初めて食べる味じゃったな!」
「満足したようでよかったです。鍋のあとには雑炊も作れますので、食べ終わったら従業員を呼んでくださいね」
「わかったぞ。ほう、これは見事なグラスじゃな!」
「うむ、さっきのジョッキも見事じゃったが、このグラスも美しいわい!」
「こりゃ、酒がよりうまくなるに違いないのう!」
ドワーフのみんなは先ほどのビールを持ってきたよりも興奮しているように思える。
それもそのはず、目の前のテーブルにはドワーフの大好きなお酒が何種類も並んでいる。それもそれぞれの酒に合わせたワイングラスや日本酒用のグラスなど色とりどりの器まであるから、目で見ても楽しめるはずだ。
「こちらからワイン、梅を使った果実酒、日本酒、ウイスキー、ブランデー、焼酎になります」
「「「おおおおお!」」」
合計で6種類の酒を持ってきた。ワインはこちらの世界にもあるだろうけれど、梅酒なんかはないだろうし、味わったことのない酒がこれだけ並べば興奮もするだろう。
「酒精が強いので、くれぐれもゆっくりと味わって飲んでくださいね」
「おう、わかっておるわい! お主たちもちゃんと少しずつ飲むんじゃぞ!」
「お主こそ絶対に飲み干すんじゃないぞ!」
6種類の酒を味わうようにゆっくりと次々に口に含んでいくドワーフたち。
「ぬおおおおお! なんじゃこの酒は! 口に含んだ瞬間に芳醇でふくよかな香りが広がっていくぞ! そしてほんのわずかな甘みと渋みがこの酒の旨みを引き立たせておるわい!」
こっちの一際アゴヒゲの長いドワーフさんが飲んでいるのは日本酒だ。日本酒はその温度によって味が全然違う。冷やした冷酒、常温の冷や、ぬる燗に熱燗。今回はおすすめの飲み方でということなので、基本の冷やで飲んでもらうことにした。
「ふおおおおお! なんじゃこの酒精の強さは! 一口飲むだけで一気に身体中が熱くなってきて、他の酒とは段違いじゃ! それにただ酒精が強いだけでなく、独特の雑味が少ない力強い香りがするぞ」
そっちの口ひげが一番モジャモジャのドワーフさんはウイスキーを飲んでいる。ウイスキーにはスコッチウイスキーやアイリッシュウイスキーなど様々な種類があるが、今回は俺が一番なじみのあるジャパニーズウイスキーを選んだ。
ウイスキーはストレートで飲むと酒の味が一番わかるなんて話もよく聞くが、さすがにアルコール度数40度を超えるウイスキーなんてドワーフに出してしまえば、とんでもないことになるのは分かり切っているので水割りで提供している。
それでも20度以上あるのだから、ゆっくりと飲んでもらわないとすぐにぶっ倒れてしまう。
「ぬぬぬぬぬぬ! このワインは街で飲むワインとは別物じゃ! 渋みや雑味なんてカケラもしないぞ! スッキリとした味わいと見事な香りがたまらんわい!」
一番背の高いドワーフさんはワインをうっとりと眺めながら、ワイングラスを傾けてワインをゆっくりと味わっている。
実際のところ、それほど高価ではないワインだが、ドワーフのみんなは満足してくれたみたいだな。品種改良を何度も重ね、ワインのために育てられたんだ。さすがにまずいわけがない。
目を閉じて、舌先の感覚をすべて使うかのごとく、一口ずつをゆっくりと楽しんでいるドワーフたち。
他のお酒も一口ずつ味わって飲みながら恍惚の笑みを浮かべている。あそこまでおいしそうにお酒を飲まれると、こちらのほうまでお酒を飲みたくなってしまうな。
「ふう~とりあえずこっちのほうの注文は落ち着いたか」
「あんなに強いお酒を飲んでも全然余裕そうだったね……」
「やっぱりドワーフという種族は酒に強いんだな」
フィアナと一緒に宴会場から厨房のほうへ戻ってきた。
あのあとドワーフのお客さんはそれぞれのお酒を味わいながら飲んだあと、自分たちの好きなお酒を改めて注文してくれた。とはいえ、明らかに酒の飲むペースが早かったので、料理と一緒にゆっくりと楽しんでほしいと念入りに頼んでおいた。
3人はそれぞれ、日本酒とウイスキーとブランデーを頼んでいたところを見ると、やはり酒精の強い酒を好むのかもしれないな。すでにそこそこの量を飲んでいるはずなのに、まったく酔った気配がしなかった。やはりドワーフは酒に強い種族なのだろうか。
「エルフのお客様から果実酒のお代わりのご注文をいただきました。それと、ヒトヨシ様に聞きたいことがあるそうです」
「了解。そっちのほうは問題なさそうに見えたけれど大丈夫だった?」
ポエルとロザリーがエルフのお客さんから注文をもらって戻ってきたようだ。ドワーフのお客さんを接客しながらエルフのお客さんも意識していたが、問題なく接客をしているようには見えた。
「うむ、この温泉宿のことをとても褒めておったのじゃ!」
「ええ。先ほど入られた温泉にとても満足しておりましたよ。それに料理やお酒にもとても満足していらしたので、何か不満があるということではないと思いますよ」
俺のほうからも満足そうに料理やお酒を楽しんでいるように見えた。
エルフというからにはなにか味の好みがあるのかと思って事前に確認していたが、特に食べられないものはないらしい。菜食主義というわけでもなく、肉や卵なんかも大丈夫だと言っていたな。
「わかった。とりあえず行ってくる。お客さんから聞いた料理やお酒の感想はあとで教えてくれ」
「承知しました」
「お待たせしました。果実酒4つになります」
「おお、ありがとう」
「いやあ、この果実酒は本当においしいな。芳醇な香りと雑味のない果実の甘さ、それにわずかな酸味が加わって後味もとてもすっきりしている」
「うちらの村でも果実酒は作っているけれど、こっちのほうがおいしいわね」
「ありがとうございます。これは梅酒といって酸味の強い梅という果実に砂糖を加えたお酒になります」
「梅ですかあ、初めて聞きましたあ~」
どうやらエルフさん達は梅を知らないようだな。ポエルたちの話では、ビールよりも梅酒のほうが気に入ったらしい。もしかしたら種族によって好きなお酒とかが違う可能性もあるな。
ちなみにエルフの4人は浴衣を着用している。エルフに浴衣姿って実はかなり似合うんだな。意外と外国人に浴衣姿が似合うようなものだろう。特にこっちの女性の2人はとても色っぽい。
……元の世界ではエルフは貧乳しかいないイメージもあったが、そんなことはまったくなかった。特にこっちのフワフワとした話し方をするエルフの女性はロザリーほどではないが、なかなか立派なものをお持ちである。
当然そんな視線をお客様に向けているつもりはないのだが、どうしても視界に入ってしまうんだよな。
「ああ、そうだ。店主さんに聞きたかったんだが、あの温泉ってやつはいったいなんなんだ? 勝手にお湯が出る魔道具も気にはなったが、あの気持ちよさは尋常じゃなかったぞ!」
「そうそう! 疲れがお湯に溶けて消えていくみたいだったわ! それにお湯の中にマナがとっても豊富で、いつの間にか魔力が完全に回復していたわ!」
「マナ?」
初めて聞いたな。元の世界のゲームとかだと魔力のパラメータとか魔法とかになる力だっけか。
「もしかしたら別の国だと言い方が違うのかもしれないよ~マナは魔力の源で、マナが溜まっている場所だと魔力の回復も早くなるんだよ~」
う~ん、わかるようでまったくわからん。とりあえずマナが多い場所だと魔力の回復が早いということかな。
「当温泉宿の温泉は体力回復や魔力回復などの効果がありますからね。たぶんそのためにマナが多いのでしょう」
「へえ~すぐに魔力が回復するなんて、本当にすごい力だよ!」
「地中からお湯が出てくるっていったいどういう仕組みなんだ?」
「基本的に温泉は火山地帯のマグマなどによって、地中にたまった雨水などが熱されて熱湯になったお湯が地表に出てくることが多いですね。他にも地中深くは高温になっていくので、深い場所にたまって熱されたお湯が地中深くから吹き出ることがあります」
温泉は基本的に火山性温泉と非火山性温泉にわかれる。
前者は地下数キロから数十キロの深部から上昇してきたマグマがマグマだまりを作って高温になり、雨水などが染み込んだ地下水がそのマグマだまりの熱で温められて、それが地表に出てきて温泉となったものだ。日本でいうと箱根温泉や別府温泉などがこの火山性温泉の代表だな。
後者は火山とは関係ない場所で温められた地下水が湧き上がる温泉だ。地下の温度は深くなっていくにつれて高温になっていく。100m深くなるごとに3度ずつ上昇すると言われており、地下1500m付近では60度近くにもなるらしい。日本でいうと大分平野や有馬温泉などが代表だ。
そういえばこの温泉宿のお湯はどういう仕組みなんだろうな。いろんな泉質を切り替えることが可能な点から、様々な温泉の源泉を転移魔法とかで引っ張っている感じか。あとで天使であるポエルに確認してみるとしよう。