インターネット【が】自殺

脅迫文書が届いた。


『指先殺人者はいい加減な感覚でカジュアルに炎上させる。俺の再生回数は俺の物、他人の動画も俺の物、ネットは全てタダが常識。それこそが自由だ。しかしアナーキストを気取っていると自分達が世に放たれた無法者に認定される。人間は社会秩序の一員なのでネット規制がどんどん厳しくなって無味乾燥でつまらないサイトだらけになる。ネットは人を制約から解放するために発明されたがネットに呪縛されている。

最初のメールにはこんなことを書きました。


"I'm not against you, I'm against the internet. "(敵は貴方でなくネット)と。





死活監視のアラートが届いたのはタクシーチケットを手渡した時だった。息子の誕生日を一緒に祝えないことをLINEに投稿し運転手にUターンを頼む。

セコムの解除をイライラして待つ間、リモート接続で出来る限りの防戦をした。だが受注サーバーは既に汚染されていた。


流行りのインタラクティブ型ランサムウェアだ。手口はどんどん巧妙化する。騙された振り作戦や架空債権のニセ訴状が通用する牧歌的な時代が妬ましい。

今や交渉の相手はAIチャットだ。高い授業料を振り込んでからがゲームだ。なぜなら敵の目的は金でも企業の経営難でもなく人命だからだ。金品ならまだ諦めもつく。そこで彼らは保険をかけた。かけがえのないもの。人の命だ。


交渉に失敗すれば間接的に誰かが死ぬ。匿名性を逆手に取った遠隔人質だ。

指先が誰かの生死を決める。近頃のAIは人を追い込む文章などお手の物だ。

万が一、犠牲者が出れば会社が潰れるどころでは済まないだろう。十字架を背負い続ける気力は無かった。

カウントダウンが容赦なく続く。

私の返事は…


"I'm not against you, I'm against the internet.

そっくりそのままのオウム返しだ。お前は敵じゃない、私はネットに抗う。

そう、打ち返した。


肝を冷やしながら待つかと思いきや(それも愉快犯の娯楽だ)即答が来た。

第一段階は合格だ、と。

チャット主は驚いていた。九割の人間は恥も外聞もなく金を差し出す。

交渉条件を一方的に破棄し、頼むからこの金額を受け取ってくれと泣く。

なぜ気づいたのかと問われ真摯に返答した。


なぜなら、インターネットがインターネットを殺しているからです。

すると、相手はこう言った。


『私は社会学者でもなく、物理学者でもなく、経済学者でもなく、政治コンサルタントでもなく、歴史家でもなく、弁護士でもないので、どう説明していいのかわかりません。しかし、これまで多くのことを学びました。そして、私は真実をお伝えしています。私は《《ネット》》に殺されている人々の声です。何が起きているかも《《インターネット》》が毎日自殺していることご存じでしょうそれを止める方法を知っているのは私だけかもしれません』


なぜ、そう言えるのか。思い上がりではないか。私はそう指摘した。


『インターネットが自殺するのは、私たちが巨大なコミュニティーとする目的で設計し作ったからです。知的な交流の場所としてであり、電話のような使い方はあるべき姿から離れています 』


なるほど、確か科学者が複雑な数式を画像で共有するためだった。それが負の感情まで抱え込むようになった。しかし道具の二面性から逃げていて世の中が停滞する。道具に自殺願望を投射しているだけだ。

図星を指してやった。


『私の父が、インターネットの壊滅を願い、運動が拡散しています。しかし私から見れば、彼らだけがそんな集まりではありません。彼らはただただ、インターネットから逃げて、その結果、ネットに書きこまれたメッセージを読むことで死にます。』


犯人の父親像はわかりやすい。他罰主義をこじらせた正義漢だ。


『「ネットは災いの元だ」と父は書き残しました。そのことを証明するために父はサイバー犯罪の脅威を警告しました。呼びかけに煽られて実行犯があらわれ、サイバー攻撃が蔓延りました。そして被害報告が愉快犯を刺激してエスカレートします。いたちごっこをどう防げばいいでしょうか』


直球勝負で来たか。人工知能らしいたどたどしさがあるが意味はほぼ解る。彼を発明した男は身内をネットリンチで殺されたのだろう。私怨でネットを滅ぼそうとしている。しかし、本当にそんなことが出来るのか。地上の電力網が絶えても再生可能エネルギーなどで活動維持できるといわれている。するとモニターに赤いボタンが浮かび上がった。クリック一つでトップレベルドメインを管理するサーバーを破壊できるという。


なるほど、地球上には根源的ドメインコントローラと言われるサーバーがある。たった十台だがこれらの制御を失えばインターネットは遮断される。


そのボタンを私に押せと言うのだ。しかしなぜ食材通販メーカーを執行人に選ぶのだ。しかも情報システム管理者である私を選ぶ理由が不明だ。恨まれる理由があるとすれば娘の大好きなアーモンドシロップを社員価格で爆買いしたことか。噂によれば、私の会社が貧農から買い叩いたという。しかし私には直接関係のない事だ。政治的問題をいちエンジニアに負わせるなんて卑怯だ。


そう送信すると

確かにアンフェアだ。しかし君は敵でないと宣言した以上は約束を果たしてもらう、と言いやがった。


私は液晶ディスプレイを見つめた。手を伸ばせばそこにボタンがある。簡単なトロッコ問題だ。脅迫を頑として突っぱね、誰かの自殺と引き換えにネットを救うか。今この瞬間にも遠隔医療を受けていたり生活インフラに命を預けている人がいる。それとも多少のシャットダウンに目をつむって追い詰められた星系人々を救うか。私も袋小路に行き当たった。

駄目だ。私には荷が重すぎる。


どうすればいいのか。私は考えてみたが見当がつかなかった。

仕方がない。泣いて詫びよう。


「許してくれ! 金ならいくらでも出す!!」

するとカウントダウンタイマーが消えた。サーバールームが嘘のように静まり返る。そして、しずしずと私の視界を0の列が横断した。

「勘弁してくれえ」


自分の悲鳴で目が覚めた。馴染みのない床にブランケットを払い落とす。シェードから射す西日が眩しい。

そこへコンサルタント担当の女性が現れた。この手のトラブルを闇で解決する事業がある。私はマークされていた。悲鳴を聞きつけ介入したのだ。セコムを解除しておいて幸いだった。緊急セラピーを受け私はようやく落ち着いた。

「貴方のこれまでの投稿です。質問があります」

チャットログの内容に答える気力はない。

私は精神安定剤より警察の援助を求めた。女は後ろ手にスカートのすそを丸めるとサイドチェアに腰を下ろした。

「私の立場を考慮してください。この件に関して貴方たちの協力を仰いでください」

身代金を用立てる心当たりはあるのかと聞かれた。

「あります」

子供の学資はまた貯めればいい。

「抱え込む義務はないのですよ」

女は身を乗り出した。

「会社に知られたら犯人に伝わる。人が死ぬかもしれない!」
身から出た錆は毒皿まで喰らう覚悟だった。死ぬのは一人でいい。

「私は政治家でもあるし、金融機関でもあるし、司法機関でもある。

誰かの自殺を止められるかもしれない」

女の顔に見覚えがある。市議で特殊詐欺防止キャンペーンだかの協賛者だ。

申し出は嬉しいが、政治家の手を煩わせるともっと厄介だ。

「その程度なら私の方で可能で…」

強引に断ると女が言葉をかぶせてきた。


「でも貴方がここに来なければこの作戦は続けられません。

私を信頼してください」

その強引さに私は折れた。

「感謝します」

私は立ち上がり窓際のコンピューターを触った。さっきから気になっていた。

『この画面は何ですか?』

『通報窓口です。命のネットワークの相談員とLINEでつながっています』

『この画面は誰から見たら何ですか?

貴方の活動に賛同していますか?』

私はかなり意地悪な質問をした。名義貸しする大物もいるからだ。

『私に賛同しています。正直言って怖くて乗り気でなかったのだけど

貴方が立ち上がったからやる気が出た」

出来る限り支援をするから身代金を肩代わりはやめろ、と諭された。


私は命のネットワーク事務所を出ると職場に戻った。副反応の経過が芳しくないと嘘を言って半日有給を取ったのだ。身代金の支払猶予は明朝だ。

アプリでタクシーを呼ぶと秒で迎車が来た。確認ボタンを押して数秒だ。コロナの影響とはいえ、飛んでくるほど暇なのか。

ドアが開くなり運転手はニヤリとした。

「あんた、昨日の?!」

男は私のスマートフォンを差し出してきた。いや、機種も傷み具合もそっくりだが、微妙に違う。念のために内ポケットを確認して、私は声をあげた。

「いつの間にすり替えた?!」

運転手は苦笑しながら《《本物の》》スマホを返してくれた。

エンジンがかかり、車が動き出す。

「あんなチャットをしたのはあの人を殺してほしかったので。

もしもの場合のためにこのスマホを持っているのです』

彼が何者かは知らないが自分のスマホを無断でコピーされたあげくミラーリング機能を仕込まれたら気持ち悪い。アプリに記憶したパスワードもクレジットカード番号も筒抜けだ。

「面倒なことをしてくれたな! 警察に突き出してやる」

「では、貴方を無賃乗車の現行犯として私人逮捕します」

男はタクシーメーターを倒した。アプリが連動する。大阪から乗ってきたことにされている。クレカアプリが警告した。残高不足で決済できない。

私は抵抗を諦めた。「好きなようにしろ。潔白の証拠は隠滅済みなんだろ?」

『わかりました。スマホを触っていたのはお礼に聞きたいことがあって。

このスマホはどうされますか?』

「俺のだが…くれてやる。だが妻が気づくぞ。ネトフリは俺の名義だ」

運転手は蟷螂の斧には乗らず代わりに反撃して来た。


「奥さんがネットフリックサーなら安心して下さい。

私の友人がセキュリティソフトの開発に携わっていて、既にインストールされているはずです」

私は黙って助手席のシートに身を沈めた。

『貴方はどうして私を信じてくれるんですか』

私は沈黙を守った。

『ネットが私を殺しているからです』

「お前がネットを殺すからだよ」

私は声に出していた。

『そうです。だから私がネットを守る』

「どうやって守るんだ」

私は思わず聞いていた。彼は私と全く同じ疑問を持っていた。

『それはわからない。ただ、《《ネット》》から逃げるのは間違っている』

彼の意見に同意はできない。

『そうです。私もそう思いません。でも、ネットは私から逃げられない』

なるほど、確かにそうだ。

『ネットを消すのが無理ならば、ネットに殺される人を救います』「そんなことが可能だと思うのか」

『私はそう信じています。ネットは人の命を救っている。ネットが殺人に悪用されるのがおかしい』

なるほど、確かにネットは善行に使っている人も多い。

『ネットは人間を幸福にする道具なのです』

私には理解できなかった。「そんな綺麗事が通ると思っているのか」

『綺麗事ではありません。ネットはただの情報伝達手段ではありません。ネットは社会そのものです』

私は言葉を失った。

『ネットが私を追い詰めるのであれば、ネットを味方につけます』

私には理解不能だ。『ネットを敵に回すのは、ネットに負けるのと同じことです。ネットはネットに勝つことはできません。でも、ネットは私に勝てない。なぜなら、私にはまだ利用価値があるから。

貴方だって私に利用価値があるから生かしているんでしょう? 私も同じ事だ。私には利用価値があるから、貴方に生かしてもらっている。違いますか?』

「俺は別に君を助けたわけじゃない」

『わかっています。貴方には別の目的があるから、私を生かしている。

しかし、貴方が私を助けてくれたことも事実だ。私はそれを忘れていません』

車は高速に乗り東京方面に向かっていた。運転手の横顔を見る。

私は彼に尋ねた。「君は何をしようとしているのだね?」

彼はバックミラー越しに私を見た後で答えた。

『インターネットの自由を守るための戦いです』

私は鼻で笑った。「自由なんて幻想だ」

『しかし、現実です。貴方がたはそれに囚われている』

「ネットは人類史上最悪の発明だ。その最大の失敗はネットに呪縛されて自由意志を喪失することだ」

『しかし、人は生まれながらにして自由な生き物ではないでしょう?』

「そうだ。人間は不自由だ。そして愚かだ。だからこそ知恵をつけて進歩し、繁栄してきた」

『そして、これからもそれを続けていくのですね』

「当然だ」

『それが人間の限界だとしてもですか?』

「どういう意味だ」

『今、世界の人口は70億人に膨れ上がり、資源の枯渇、温暖化による食糧危機、エネルギー問題などに直面しています。それでもなお発展を求めるのですか?』

「そういう時代だ」

『その時代に適応した人間が、新しい種になるのでしょうか?』

「何が言いたい?」

『文明とは環境に適応した人間の集団だと思います。

地球が氷河期を乗り越えたのも、海面上昇に対処できたのも、高度な知能を持つ生物がいたからです。

つまり、進化です。

でも、今は逆です。適応したはずの人間が滅びようとしている』

「その通りだ」『なぜそうなったのですか?』「科学技術の進歩で人類の生存圏が広がったからだ」『本当にそれだけですか?』

「それ以外に何があるというのだ」『貴方は本当は気づいているのに目を背けているのでは?』

「何の話をしている」『私達の祖先が、海から陸に上がってきたのはなぜか? その理由を貴方は知っているのでは?』「進化論だ」『私はそれを否定するつもりはありません。

でも、それは貴方がたの先祖が猿だったから、進化したのではなく、もともとそうだったのだとしたら? 貴方がたは祖先から何も学ばず、退化してしまったのだとしたら? 貴方がたは進化するべきではなかったのかもしれません』「……」私は口をつぐむしかなかった。
『私達は、私達の遺伝子を保存しつつ次の世代へと引き継げるようにしなくてはならないのです。

私達が生き残るために』

「そのために、誰かを犠牲にするというのか」

『はい。でも、これは私だけの問題ではありません。貴方がた全員の問題でもあります。貴方がたは選択を迫られています。このまま、ネットに溺れて緩やかに死んでいくか、それとも、ネットを手放して生き延びるか』

「ネットを消せば済む話だろう」

『ネットが消えた後の生活を考えてください。

私達にはそれを支える技術も資金もない。

仮に、私達の子孫が生き延びたとしましょう。その子孫はどうやって生きればいいですか』

「知らんよ。好きにすればいいじゃないか」

『彼らはどうすると思う?原始時代に戻ろうとするだろうか? あるいは、新たな文化を築いて、その技術を子孫に伝えようとするかもしれない。

いずれにせよ、その時代には今の私達はいない。

私達は、ネットの奴隷ではなく、ネットと共に生きる種族にならねばならない。

そうしなければ、いずれ滅ぶ』

「ネットがなくても、生きていけると証明するしかないな」『そうです。私達はそれをしなければならない。

私達は、私達を試されている』

「それは、誰にだ」『ネットに、です』

「そうか」『えぇ、きっとそうです』

「君はネットに呪われているな」「そうかも知れません。でも、私はこの呪いを解くつもりです。

そのためにも協力してもらえませんか?私には貴方が必要なんです」

私は窓の外を眺めた。大阪湾が見えてきた。

「もうすぐだな」私は呟いた。「そうですねぇ」

「最後に聞かせてくれないか」『なんなりと』「君がネットを憎んでいる理由はなんだ?」

『私をネットに閉じ込めたからです』「ネットが嫌いなのは、そこにいるせいか」

『はい。貴方もネットの中にいてはだめです』「わかった」「そろそろです」運転手が言った。

「ありがとう。助かった」私は料金を支払おうとした。

「いやいや、いいですよ。私のおごりです」運転手はニヤリとした。

「しかし」

「貴方のスマホは私が持っておきますから安心して下さい」

運転手はスマホを操作して、自分のスマホにミラーリングで接続した。

私は諦めることにした。これ以上抗っても無駄だ。

「俺のスマホで何をするつもりだ」

「さぁ、なにをしようかな」

「頼むから変なことはしないでくれ」

「大丈夫です。ネットを消すのは無理ですが、ネットから遠ざけることはできます」

「どうやって?」

「企業秘密です」

「そうか。では、一つだけ教えてやる。

俺はネットに魂を売った。俺の体は俺の物じゃない」

「そうですか。私は違います。

私には夢があります。私をネットに閉じこめた奴らを後悔させてやる」

「その意気だ」私は車から降りた。「幸運を祈る」

「貴方こそ」彼は微笑んだ。

私は振り返らずに歩き出した。

大阪港の倉庫街は夜陰に沈んでいた。

私は足早に歩いた。

私は何をしようとしているのだろう。

ネットに呪われた男を助けて、一体、何になるというのか。

私は私の目的を見失っていた。

しかし、私は足を緩めなかった。

彼はまだ生きている。

私には彼が必要だ。

私には彼が必要なのだ。

彼は私を必要としている。

私には彼を救わねばならない義務がある。

私達は同じ運命共同体だ。

彼はネットから逃げられないと言った。ならば、私も逃げられないのだ。私が私であることをやめる日まで。

私が私である限り、彼は私を救おうとするだろう。

私もそうありたい。

私は立ち止まり、後ろを向くことなく右手を挙げた。

「さよなら」

私はそう言って再び歩き始めた。

私は彼に別れを告げることで、自分への訣別を告げた。

私は自分自身を救うことができなかった。

しかし、私には彼のような仲間がいる。

ならば、それで十分だ。

私は私として死ぬ。

それが、ネットに呪われながらも自由意志を捨てない男の生き方だ。

だから、私は前を向いて歩くことができる。これが終わりの始まりだとしても。

完 第1章『インターネットの夜明け』

「さあ、今宵も始まりました」『アヴァロン』のマスターは店内に流れるBGMを止めて語りかけた。「本日のお客様はこちらの方々です」照明を落としてスポットライトを当てる。そこには、男女四人の姿が映し出されていた。「今日はスペシャルゲストをお呼びしております。まずは自己紹介からお願いします」男はカメラに向かって一礼した。「初めまして。私は株式会社サイバーセキュリティ・リサーチの代表取締役社長を務めております。山田太郎と申します」女性三人が拍手した。「それでは、早速、質問に移ります。あなたがインターネットを始めたのは何歳の時でしょうか?」「5歳くらいでしょうか」男が答える。「その頃、何をしていましたか?」「テレビゲームをしていました」女が口を挟んだ。「あら、可愛い」男は咳払いをした。「すみません。続けてください」「はい。当時、パソコンというものはまだ存在しておらず、家庭用のゲーム機も持っていませんでした。そこで、私は親にねだって買ってもらった携帯用通信機器を使っていました」画面が切り替わった。小さな端末を手にしている幼い少女の写真が現れた。「これは?」「携帯電話です」女性が首を傾げた。「それはわかりますけど、そんな昔の写真なんてどこにもないじゃないですか」男は笑った。「まあまあ、最後まで聞いて下さい。私はこの画像を見ながらインタビューしています」また、映像が切り替わる。今度は、薄暗い部屋の中で、大きな機械の前に座っている少年が映った。「次は、どんなことを調べようとしていたのですか?」「はい。宇宙について調べようと思っていました」女性は呆れたように笑った。「今じゃ考えられないですね」

「ええ、当時は人工衛星が打ち上げられる前でしたからね。衛星軌道に乗っている宇宙船なんて想像すらできなかったでしょう」「次に、貴方がインターネットに触れてから、どういう経緯でその道に進んだのですか?」「きっかけは、中学二年生の時に、クラスメイトの女の子が『ホームページを作りたい』と言い出したことでした。彼女は、学校の裏サイトを作るというのに、私も誘ってくれたのです。最初は面倒くさくて断っていましたが、ある日、彼女の家のPCで、その裏サイトを見せてもらってから、私も興味を持ち始めました」

「そのサイトはどういうものだったのですか?」「いわゆるチャットでした。当時の私たちは、学校ではほとんど会話らしい会話をしていませんでしたから、お互いのことをよく知らないまま、その裏サイトで情報交換するようになりました」

「具体的には何を話し合っていたのですか?」「他愛のない雑談ばかりです。でも、次第に私は彼女と話すのが楽しくなってきました。彼女もそうだったと思います。それからは毎日のようにメールを交換して、休日も一緒に遊びに行くようになりました」
「それは、恋人同士になったということなのでしょうか」女性は顔を赤らめた。「いえ、違います。あくまで友人です。ただ、他の友達とは違った感情は抱いていたかもしれません」

「どのような気持ちだったのですか」男性は真剣な眼差しで尋ねた。「恥ずかしながら、私は恋を知りません。ですから、この気持ちが何なのか、自分でもよくわからなかった。でも、私は彼女を心の底から大切に思っていました。彼女が私にとってかけがえのない存在であったことは確かです」

「それは今も変わりませんか」

「えぇ、もちろんです」

「貴方から見て、彼女はどういう人物だったと思われますか」

「優しい子でした。控えめな性格でしたが芯が強くて勇気のある子です」「貴方と彼女は仲の良い親友同士でしたか」

「えぇ、私にとっては一番の親友です」「今でも連絡を取り合っているのですか」

「いいえ」「どうしてでしょうか」「もう二度と会うことはないからですよ」「では最後にお伺いしたいことがあります」「なんなりと」「なぜ貴方がたはあのサイトを作ろうと思ったのですか」「私たちの社会がインターネットと出会って10年が経過していますが」「我々はその節目に立ち会っているということです」完 第2章『インターネッ卜の終わり』

「さて、今回、我々が訪問する先は……」ナレーションが入って場面が変わる。私は画面に目をやった。「はい!はい!」子供が手を振った。「お元気でしたでしょうか」男が微笑む。子供は嬉しそうに「うん!」と答えた。

どうやら保育園からの帰り道らしく、男の子の手には保育バッグがあった。私は眉をひそめてその様子を見守っていた。「僕はねえ、大きくなったら、ネットのヒーローになるの」子供が胸を張って言った。私は溜め息をついた。『インターネットの子供版』のようなアニメが流行っていたことを思い出していた。「なるほど。でもネットの悪者は悪い人たちばかりですから気をつけないといけませんよ」母親が注意を促した。「大丈夫だよ」子供が笑って否定する。『ネットは自由』をスローガンにしたネット依存やネチケット違反の問題が多発した時期と重なっていたこともあり、その手の番組は頻繁に流れていた。私は内心うんざりしながらも苦笑いを浮かべた。「僕ねぇ、将来はお父さんみたいなお医者さんになりたいんだ」

『医者の息子』

それが私の人生で最大の岐路の一つだ。

「ありがとうございます」『インターネットを撲滅する運動』の集会では毎回同じような光景が見られる。ネットの悪影響を訴える者、逆にそれを逆手に取って商売しようとする業者の批判を行う者たちなどだ。しかし、『正義感』を主張する割に、彼らは自分が正しいと思うことの正当性を証明することができないようだ。

「先生はおいくつなんですか」参加者の一人に訊かれたことがある。私は笑顔で答えた。「30歳です」嘘は言っていない。ネットをやるようになってから15年近く経つ計算になるが。私は医者を目指していたこともある。それもこれも、すべては『金のため』だ。

ネットの未来を語り合うのではない。自分の過去を懐かしんでいるわけでもない。私はただ単に金を稼いでいただけだ。そして稼いだ金の使い途を考えれば、結論は明白だ。私は自分を誇示したかったのだ。自分は他人よりも優秀であり優れているのだと主張し続けていたかったのだ。ネットにどっぷりと漬かりこみつつも現実の生活を捨てきれない自分に酔いしれているだけなのだ。そんな奴らに現実を教え込んでやりたかった。だが、彼らも自分と同じく愚か者であるならば、一体何を言えば良いのか皆目見当がつかない。結局のところ、「みんな違ってみんな良し。人間にはそれぞれの価値があるから仲良くしようね」などと曖昧な言葉を並べ立てるしかなくなってしまうのだ。

だからといって私の言葉が正しいというわけではないだろう。私の言葉は常に空回りする。それでも、言わずにはいられないのだ。

なぜならば――「私こそが真の英雄だからだ」

私以外の何者にそれが言えるだろうか。「英雄」という言葉の意味するところは様々あるが、私はインターネットの『終わりなき夜を終わらせる存在』を自負している。つまり、私という存在そのものが『世界最後のネットワーク』という大仰な呼び名を持つインターネットに巣食う寄生虫へのアンチテーゼだ。インターネットが終焉を迎える時、そこに私の居場所はあるだろう。その時こそ私は自らの『役割を全う』することができる。それまで私は『インターネット』という名の牢獄に自ら望んで留まっているにすぎない。私がすべきことはすでに決まっている。それはインターネットの繁栄だ。この星が死に絶える前に私はインターネットがこの世界を凌駕するまで成長しなければならない。

私がこの世界で成し遂げるべき偉業とは何か。それを説明するにはまず『人類』の歴史を知る必要がある。地球が誕生し、恐竜たちが地上を支配し始めた。やがて彼らの進化がピークに達する頃に突如現れた知的生命体がいた。彼等が今の我々につながる祖先たちである。その後の進化の過程は皆さんご存じの通りで人類の文明の基礎が出来上がるまで時間はかからなかったと歴史では記されている。この事実だけを見れば人類が如何にして誕生したかという疑問については十分な回答がなされていると言えるだろう。

では、我々の存在意義とは? それは当然、インターネット誕生以前の人類史に終止符を打つことに他ならない。すなわち人類が宇宙に進出し、太陽フレアの影響で通信が途絶えたことにより始まった新たな時代の幕開けを阻止することだ。その目的達成のための手段は一つ。

「インターネットを駆逐すること」それしかないのだ。インターネットさえなくなればすべての争いが消滅する。国家間による戦争はおろか個人間の諍いまでもなくなるはずだ。インターネットによって人間はより高度かつ効率的に他者の人格を攻撃することができる。それは人間の内面にある醜い部分を露呈させただけでは済まない事態を引き起こす危険性もある。それは時に凄惨で悲劇的な結果を生み出すこともある。だから、そうなる前に終わりにしなければならない。私自身がそうであるように。

私と違う点は、インターネットの生みの親は我々とは別の次元の存在だということだ。

我々は彼に対して戦いを挑むべきではない。それは愚策であると理解していただきたい。そもそも勝てるはずがないからだ。『天才』という言葉は彼のために作られたものと言っても過言ではない。

我々が為すべきことは、彼に気付かれないよう静かにインターネットが滅亡する瞬間を見守ることである。これは我々の戦いであると同時にインターネットとの戦いでもあることを自覚してほしいと切に願っている。

インターネットを滅ぼすためには、インターネットを利用する人々を片っ端から駆除していく方法が最も手軽であろうことは疑いない。そのためにも今すぐネットの利用を中止してほしいというのは無茶な要求であることを理解してもらいたい。我々が戦うべき敵は何なのかを今一度再考するべきだと思っている次第だ。インターネットを消滅させること、それ即ち、全人類の幸福を意味する。そのことをゆめゆめ忘れてはならない。
また、『英雄』の使命について話そう。

『救世主』、『ヒーロー』などと呼称されることもあるがいずれも意味は同じで、人々の希望を一身に背負って立ち向かう『戦士』のことを指しているのだろうと私は解釈する。

ではなぜ、その役目を果たすことが人々を救うことになるのか。その理由について述べよう。インターネットに囚われて抜け出せないでいる人々を救うために今、必要なものは何なのか。私なりの解答を述べさせていただくが、それは情報だ。情報こそが最大の武器になると考えている。我々は『インターネットの終わりの始まり』を知っているがゆえに勝利することが可能だ。

我々は情報戦において既に劣勢を強いられているが、情報の発信者として、あるいは受信者として生きる我々ならでは強みがそこにあると確信するからである。

かつて情報を制する者は、あらゆる戦いに勝利したという事実からもそれは明らかである。我々に残された唯一のアドバンテージ、それは情報なのであると断言する。それは同時に我々にとって最強の矛でもあり、同時に最強最悪の盾ともなり得るものであることを決して忘れてもらっては困る。我々は情報を利用して、相手を騙しながら、相手の隙を衝きながら攻撃に転じなければならない。もし相手が我々の思惑通り踊ってくれず冷静さを失えばそれだけ我々にとって有利になるということになる。しかし反対にこちらの手を読みきられてしまえば途端に窮地に立たされることにもなる。我々に与えられた時間は少ない。だからこそ、我々『英雄』が先頭に立って皆を導かなくてはならないのだ。私を信じてついて来て欲しい。

最後に、『英雄』として私がもっとも重視する信条を二つ紹介しよう。

一つ目に「真実を暴け」という言葉があるが、その真意とは「真実」とは『正義』そのもののことであり、「嘘偽りの無い真の信念」のことを指すと考えるのは間違いだ。この言葉は『真実を探せ』という意味とは全く異なっていることに注意してもらいたい。『インターネットは正しい』『だから私は間違っていない』などといった言葉は妄信と紙一重であり、「正義」を語るのは結構だが、それを声高に叫んで他人を誹謗中傷することは許されないということを肝に銘じておきたまえというメッセージが込められていると受け取ってもらいたい。『インターネットの終わり』を誰よりも強く信じるのは私であり、私こそが真の『正義の味方』であることをここに断定する。

第3章『インターネッ卜の終わり 完』

第4章

「……これが最後になりますが、この動画を観ている方へ何か伝えておくことがありますか?」男が言う。私はマイクに向かって語りかけた。「どうも皆さん、こんばんわ!今日が人生最後の日になった気分はどうでしょうか?そんなことは無いでしょう?大丈夫です。まだ間に合いますから」画面の子供たちは首を傾げた。

「大丈夫、もう何も恐れる必要はありません。だって私は『英雄』なんですから」

第5章『インターネッ卜の終わり(前編)』

私はキーボードを叩いた。

「この動画を観てくれている皆さん!こんにちは、そして、さようなら!」

画面に表示された時刻を確認してから私はエンターキーを押した。

『10:00』を『9:01』(9時1分ではなく九時0分のことらしい)に変えれば、このカウントダウンの意味が明らかになるはずだったのだ。

パソコンが自動スリープモードに入ると同時に、部屋の外から大きな物音がした。

慌ててモニターの明かりを消す。

「おいっ!!起きろっ!!」男の怒鳴り声で飛び起きた直後、腹部に衝撃を受けた。床に転げ落ちて頭を強く打つ。鈍い痛みが走る中で必死で身を起こそうとした。だが、何者かに押し返される。再び床の上に倒れると視界の端に誰かの足が入った。「な、何なんだ一体!?」目を凝らすとそこには見知らぬ男たちがいて、彼らは私を取り囲んでいるようだ。一人が私の顔を覗き込んでくる。「あんた、あの動画の男だな」「ち、違います。私は」私は自分の口を手で塞いだ。喋った拍子に大きなくしゃみが出る。全身から力が抜けた。「まあ、落ち着けよ」男は言った。その隣にいた若い男が「こいつ、顔は酷いが怪我人じゃねえみたいだぜ」と続けた。

その時、玄関の方から扉が開く音がして大勢の靴音が部屋に雪崩込んで来た。私は息を飲む。逃げ出そうとして立ち上がると、腕を思い切り掴まれた。振り返ると、男と目があった。「お前、何やってんだ?まさかとは思うが」言い終えぬうちに男は大袈裟な身振りで私から手を離すと部屋を出て行った。他の仲間がその後を追う。

私はその場に立ち尽くすと自分の右手を見下ろした。

小刻みに震え続けている手には確かに見覚えがある。

見間違うわけがない。

私は自分がしでかしたことを悟った。

この身体に残る感覚が証拠だ。

私はまだ『英雄』になれていないのだ。

私を英雄と呼ぶのは止めてもらいたい。

第6章『インターネッ卜の終わり(後編)』

私はノートパソコンを手に取って電源を入れた。

「おはようございます」

画面上には『7:07』の文字が表示される。『10:27』という文字列に変えた後で『Enter』キーを押した。

すると、真っ黒な画面に『END』という白い文字が表示され、画面中央に赤い円が浮かぶ。私はそこにマウスカーソルを重ねる。

『GAMEOVER』と表示されると同時に、画面に砂嵐が現れる。そして音声とともにゲーム画面のキャラが次々と映し出されたところで暗転し、『NOWLOADING・・・』とロゴが現れて、タイトル画面に戻ってしまった。

パソコンが勝手にシャットダウンしてしまったのだろうか。私は少しだけ考えてから立ち上がった。椅子が後ろ向きになって倒れそうになったがなんとか堪える。

台所でコップに水道水を注いで一気に飲み干した後、大きく深呼吸をした。

もう一度、ノートパソコンにケーブルを差し込んだところ今度は無事に動き始めた。ホッと安堵する。それから先ほどの続きをプレイするためコントローラーを握ってボタンを押していく。しかし途中で操作方法が異なることに気づく。

「ん?」思わず呟いてしまったので、慌てて周囲を見回した。

誰もいない。

気のせいかと思いながら画面に視線を戻したところで違和感を覚えた。

何だこれは。

キャラクターの動きがぎごちないのだ。

まるでゲームのプログラムが壊れているかのようだった。

突然のことで理解できないながらも私は必死に指を動かし続けた。

どうにかクリアまでこぎつけることができた。セーブをせずにゲーム機本体のスイッチを切る。そこでやっと事態の深刻さに気づく。テレビをつけると天気予報が流れていた。雨が降りそうな天気だそうだ。傘は持ってきているが濡れる前に帰れるかどうか分からない。明日も会社なのに……。溜息をつく。時計を見たところで日付が変わったことに気づいた。

「はぁ?」声を上げて驚いたがすぐに合点がいった。そうか。今日は8月25日だ。だからあんな妙な夢を見てうなされていたのだろう。それにしても随分と懐かしい記憶を引っ張り出してきたものだ。あの頃からずっと変わらないものなどあるはずもないのだとつくづく思った。
私が『インターネットの終わりの始まり』に気付いたのは高校生の時のことだ。その頃、私はネット上で炎上事件を起こしていた人物と直接コンタクトを取ることに成功し、彼と会話をすることが出来たのだが、その中で知った事実は衝撃的なものばかりだった。

ネットリンチが横行する中で、インターネット上だけで済まない深刻な犯罪が引き起こされるようになったことは、当時からニュースなどで取り上げられており知ってはいたが、まさか『現実でも同じことが行われている』とは考えていなかったからだ。彼は、自分の犯した犯罪を反省することなく、インターネットがもたらす恩恵や自由さを享受するばかりで『インターネットは素晴らしい』と言い続けていたが、「そんなことは絶対にあり得ない」と頑なに信じていたのだ。今にして思えば実に子供っぽい思考だったが、彼なりに真剣に『インターネットの終わりの始まり』を考えていたらしいと分かっただけでも良かったのかもしれない。私もまた、彼が語る理想郷の話を聞いたおかげで、インターネットをただ利用するだけでなく活用する方法を模索してみる気にならなければ今の私は無かったはずだ。

『インターネットを終わらせることが出来るのは、インターネットだけだ』

この言葉が私の胸に今も刻まれているのは、きっと彼の影響が大きいのだと思う。私は今でも彼を尊敬しているし感謝もしているが二度と会いたくないと思っている。何故なら会う度に口論になってしまうからである。

私には、彼に会わねばならない用件があった。しかし今は連絡手段が絶たれてしまっているためそれは叶わない。

だが、もしも奇跡が起きて、どこかの街角で再び出会うことがあるとしたら、まず真っ先に「さようなら」を言いたいと思う。それがどんな結果を招くことになるのか分からないが、それでも、私は彼にさようならを言わなければならない。なぜなら『インターネットの終わりの始まり』は私の手の中に収まっているからだ。