「逃げられたか」
「くそ。イェルメスさん、あれは間違いなく……」
「ああ、ゲノムだな。どうやら知らぬ間に君の弟とも接触していた様だね。
それにしてもあの力……余り考えたくはないが、あれは“魔王”の魔力とかなり似たものを感じたな」
「えッ、それってまさか魔王が復活したって事ですか⁉」
「いや、さっきのゲノムの言葉通りならまだだろう。だが復活するのは目前だ。早く奴を見つけないとマズいな」
僕とイェルメスさんがそう話していると、皆を避難させ終わったレベッカ達が戻って来てくれた。
「ジーク様! お怪我はありませんか?」
「あれ、お前の弟はどこ行ったんよ」
状況がいまいち把握出来ていないであろうレベッカ達に、僕は今起きた事を全て話した。
「そんな事があったんですね……」
「またあのローブの野郎が現れたのか」
「じゃあジークの弟はゲノムに連れて行かれたって事? 仲間だったのかしら」
「いや、どうだろうな。一瞬しか見ていないが、私にはゲノムが彼を利用している様に思えたが」
現状ゲノムとグレイが手を組んでいるのかどうかは分からない。でも繋がっているのは明らかだ。今回グレイに与えていたあの力の影響は凄まじい。イェルメスさんの言う通り、ゲノムは本当にもう魔王復活を目前にしている。
「って言うかいつの間に来てたんよ、イェルメスさんは」
「丁度君達と入れ違いになったかな」
「イェルメスさんが来てくれなかったら僕は危なかったよ」
「それはそうとジーク君、これはゲノムと関係しているか分からない……いや、今ので恐らく十中八九確信に変わっているが、実は北部の荒野で大量のモンスター軍を見つけてな。そいつらが大移動を始めたんだ」
モンスターの大移動? それって……。
「“モンスター大群襲撃”が起こっている。しかもその進路は真っ直ぐ王都に向かっていると思われる。これもきっとゲノムの仕業に違いないだろうね」
「スタンピードって、大量のモンスターで街を襲わせるとかいうあの魔王軍団の⁉」
「ああ。当時の魔王も使っていた方法だよ。今は兎も角アレを先に止めないと大惨事を招く事になるだろう」
そんな……。
次から次へと、ゲノムの奴は何を考えているんだ。絶対に許さないぞ。
「イェルメスさん、モンスター達の居場所は分かるんですよね? なら直ぐに止めに行きましょう」
「焦る気持ちも分かるが少し落ち着いてくれ。まだスタンピードがここに辿り着くまで数日の余裕がある。幸いあのままの進路なら小さな村1つないからね。
それに止めるにしても、それなりの準備や作戦を練らなければアレは防げない」
不測の事態の連続に困惑していると、そこに姿を現したのは意外な人物だった。
「どうやら魔王復活の時が目前に迫っている様だね、ジーク君――」
「レ、レイモンド様⁉ 何故こんな所に」
僕達の前に颯爽と現れたのはまさかのレイモンド様。
「君が弟と正式に決闘するという知らせを聞いてね。実は最初から見学させてもらっていたんだよ」
「そうだったんですか……!」
レイモンド様とそんな会話をし始めた矢先、またも意外な人物が会話に入ってきた。
「ぐッ……おお、これはこれは……レイモンド様ではありませんか」
「貴方は……キャバル氏」
「父上⁉」
突如会話に入ってきたのは意識を取り戻した父上。
父上はゆっくりと体を起こすと、レイモンド様に頭を下げた。
「ご無沙汰しておりますレイモンド様」
「……ああ。久しぶりだねキャバル氏。確か最後に会ったのは、ご子息のグレイ・レオハルト君を正式な跡継ぎにとしたと言う報告をしてくれた以来かな?」
「左様でございます。ですがお言葉ですがレイモンド様。ご覧の通り正式な跡継ぎとしたグレイがこんな醜態を晒してしまいました。なので我がレオハルト家の次なる跡継ぎはやはり長兄であるジークに委ねる事に致しました。
既にSランクとしてレイモンド様のご依頼を受けているとの事で、今後共御贔屓に長いお付き合いをと思っております」
絶句――。
この言葉が今程当てはまる事はきっとこの先の人生でないだろう。
僕は迷いなくそう言い切れる。
張り詰めていた緊張がある意味別の緊張で張り詰められた。
今の父上の言葉を聞いていた僕以外の皆も、既に言葉を失ってただただ呆然と父上を眺める事しか出来なくなっている。
なんと哀れな人なんだろう。
実の父親なのにそんな事を思ってしまう挙句にとても恥ずかしい気持ちだ。
本当なら真っ先に僕が何か言葉を発しなければならなかったのだが、そんな僕よりも先にレイモンド様が口を開いたのだった。
「……成程。では正式な跡継ぎはやはりグレイ君ではなくジーク君にすると?」
「はい! ジークこそ我がレオハルト家の名に恥じない人間です」
「レオハルト家の名に恥じないね……」
そこで一瞬口を噤んだレイモンド様。
だが次の瞬間、レイモンド様は広い闘技場に響き渡る程の大声で喝を飛ばした――。
「何時までそんな下らぬ事を言っておるのだ愚か者めがッ!!」
「ッ……⁉」
何時もの穏やかなレイモンド様とは真逆の形相。
突然の事に父上は勿論、場にいた僕達も驚きを隠せなかった。
「よいかキャバル氏よ! 私は其方と先代とその愚かな価値観が昔から目に余っていたのだ! 確かにレオハルト家は代々名のある勇者一族であるが、自分の保身や上っ面の名ばかり気にした傲慢で愚かな振る舞いや態度はとても由緒ある一族に相応しいとは思えぬ!
こんな事態を招いたのも、そもそもはそんな其方に原因があるという事がまだ分からぬかキャバル氏よ!」
「あ……そ、それは……その……」
国を背負う国王という偉大な存在と威厳を前にした父上はぐうの音も出ない有り様。
「一族に誇りを持ち名を守るのは素晴らしい事だ。だがそれよりも先ず人として真っ直ぐ、何が最も大切かを見極めるのだ。レオハルトの名ではなく自らに恥じない生き方をしろ。 分かったか――!」
「は……はいッ! 申し訳ございませんでした! し、失礼します!」
父上はそう言って深々とレイモンド様に頭を下げると、逃げる様にして闘技場から去ってしまった。
「申し訳ない。つい国王という立場を忘れて感情的になってしまった」
「い、いえ! とんでもございません! 本当なら息子の僕がハッキリと伝えるべきでした。ありがとうございますレイモンド様」
僕がそう言うと、レイモンド様は少々バツが悪そうながらも何時もの穏やかな表情に戻っていた。
「よし。それじゃあ皆を一度城に招待しよう。これからの事を話し合わなければいけない様だからね」
僕達は皆互いに頷き合い、レイモンド様と共に城に向かった――。
♢♦♢
~某所~
「つッ……あれ、ここは……」
「ヒヒヒ、目が覚めましたかグレイ様」
王都ではない何処か。
見覚えなのない場所でグレイは目覚めた。
目の前にいる黒いローブの男がゲノムという事は分かった。他でもない自分に赤い結晶を授けてくれた理解者であるからだ。
そんな事を思いながらグレイはゆっくりと自分の現状と思い出せる限りの記憶を辿る。
「そうだ……俺は確かアイツと決闘をしていてそれで……」
「はいそうです。貴方はジーク・レオハルトに惨敗。私があげた結晶を使っていただけた様ですが、それでも勝てなかったのですね」
ゲノムに言われ、グレイは自分に起きた事を全て思い出した。
「くそッ、そうだ思い出したぞ。俺はあの野郎に負けかけた。だがあの赤い石の効果で凄まじい力を手にしたんだ。ジークの野郎も後少しで……ぐッ!」
「まだ動かない方がいいですよ。力の反動に体が耐えきれていませんからね」
顔を歪めながら、グレイはジークを仕留め切れなかった事への怒りを露にしている。
「畜生ッ、あそこまでして俺は奴を仕留めるのに失敗したのか……! 何をやっているんだ俺は。本当に忌々しい奴だなジーク。何故勇者の俺がこんな目に……!」
「ヒヒヒ、その真相は明白ですよグレイ様。理由は至ってシンプル。貴方の勇者スキルより、ジーク・レオハルトの引寄せスキルの方が圧倒的に上なんです――」
ゲノムの予想外の言葉に、グレイは直ぐに意味が理解出来なかった。
「更にジーク・レオハルトは短期間と言えど、それなりの経験を積んだ筈。その分がまた貴方との実力差を付けたんですよ。折角結晶をあげたのに残念でしたね。まだグレイ様では彼に勝てるレベルではありませんでしたか」
「何だと貴様ッ! この俺を馬鹿にするなど、たたじゃ済まさんぞ!」
「いやはや、そんな怖い顔で言われましてもねぇ。私は事実を述べただけです」
「いちいちイラつかせる野郎だな。元はと言えば、途中であんな邪魔が入らなければ俺は勝っていたんだ!」
全てを懸けたグレイにとってそう簡単には負けを認められない。大勢の人の前で、更に父上の前で醜態を晒してしまったグレイはこの赤い結晶の力が最後の頼みの綱だった。
「それはどうですかね。ジーク・レオハルトの本気はあんなものではないでしょう。あの場には大勢の人がいましたし、無駄な殺生をするタイプでもありません。グレイ様とも何か話したそうでしたから手加減をしていたと思いますよ」
「ふざけるなッ……! さっきから何だお前は! 俺の味方じゃなかったのか⁉」
「勿論味方ですよ。ただ引寄せのスキルの真価はあんなものではないと言いたかったのです。ヒヒヒヒ」
不敵な笑みを浮かべるゲノムに一瞬苛立ちを覚えたグレイであったが、ふと冷静になった彼はゲノムの発言に引っ掛かりを感じた。
「そういえばさっきからお前が言っているその“引寄せ”とやらは何の事だ。勇者の俺より上のスキルなんてものが存在するというのか?」
まさかと思いながらも、グレイはこれまでの事を走馬灯の様に思い出していた。
もし今ゲノムのが言った様に本当に勇者スキルよりも特別なスキルが存在するとなれば、ジークがあれだけの力を身に着けたのも十分頷けるとグレイは思った。
だが決して認めるとは言えない。
「ええ。存在しますよ」
「お前はその事について知っているのか?」
「はい。知ってるも何も、元々引寄せが呪いのスキルであると“デマ”を流したのは私ですから――」
「何だって……」
想定外の説明に頭が困惑するグレイ。
一方のゲノムはここぞとばかりに流暢に経緯を話し始めるのだった。
「ヒッヒッヒッ。実はですね、あの『引寄せ』というスキルはかつて魔王軍団にいた預言者が、私達魔王軍団を壊滅に追いやる災いのスキルであると預言しました。その預言者の預言は絶対。
当時あらゆる手段で引寄せのスキルを持った勇者を滅ぼそうとしましたが、結果は予言通り。忌まわしい勇者に魔王様は討ち取られ我らが魔王軍団は滅びました。
私は死ぬ直前に自身の黒魔術で何とか生き延びる事に成功したので、こうして魔王復活を狙っているのです。
それと同時に今度こそ魔王軍団が世界を物にする為、忌まわしき引寄せのスキルの存在を何十年も前から私が情報操作し、その結果が今に至るという事ですね。はい。
分かっていただけたでしょうかグレイ様――」
ゲノムはスラスラと話し終えると、再び口角をキュっと上げてグレイを見ていた。
一方のグレイは目を見開いたまま中々言葉が出てこない。
無理もないだろう。
例え物分かりが良く理解力のある者であったとしても、目の前の人物が何十年も前の魔王軍団の生き残りであるという上に堂々と魔王を復活させると言っている。挙句の果てにはスキルの情報操作も行ったと。
突然そんな事を告げられ、はいそうですか。と誰がなるであろう――。
驚きと戸惑いで正常に脳が働かないながらも、グレイは出来る限り平常心を保ちながら言葉を振り絞った。
「……って事はなんだ、お前は元魔王軍団の生き残りで、本気で魔王復活を企んでいると……?」
「はい」
「しかも現代で呪いのスキルと呼ばれている『引寄せ』とやらは魔王を倒した勇者も持っていた最強のスキルだと……?」
「そうです」
1つ1つ自分の中で飲み込む様に確認していくグレイ。
ここまで実感がない話だと怒りや呆れを通り越してただ頷く事しか出来ないのだとグレイはこの時初めて体感したのだった。
しかし、1度無になった筈のグレイの心の奥底からは再び“憎しみ”の火種が生まれる――。
「成程。つまり最強だと思っていた俺の勇者スキルは偽りだったと。本当の選ばれし者はジークという事なのか」
生まれた火種は一瞬で炎となり燃え上がる。
グレイは爆発しそうな感情をグッと堪えながら、自身の手首に光るゴールドの腕を見て舌打ちをした。
「グレイ様のスキルもかなり強いですよ。それに嘘はありません。ただ最強は引寄せです」
「それはもういい。それより俺に渡したあの赤い結晶は何だ。 何故あんな力が出せる?」
「ヒヒヒヒ。流石、お目が高いですねグレイ様。あの結晶は使っていただいた通り、使用者の力を大幅に高める物。ですがあれはまだ未完成なんですよ」
「あれで未完成? ならば完成すればあれ以上の力が出せるのか?」
結晶に興味を示すグレイを見たゲノムはずっとニヤニヤとしている。
「それは勿論」
「だったらその完成品を俺にくれ。もしくは未完成でも構わない。もう1度あの力さえ使えれば今度こそジークを殺してやる!」
「ヒッヒッヒッ、それでこそグレイ様です。貴方はこんな所で埋もれる器ではありません。本気でジーク・レオハルトを消すならもっといい方法がありますよ――」
そう言ってゲノムはグレイを自分の思い描く方向へとどんどん誘導していく。
「何だって……。スタンピードで王都ごと襲うだと……?」
想像以上の事態を聞かされたグレイは再び戸惑いを見せた。
「あれ、私が思っていた反応と違いますね? グレイ様には赤い結晶よりも更に力の強い結晶をお渡ししますよ。それでスタンピードの先頭で指揮をとっていただきたいのです」
「いや、流石にそれは……」
「どうして迷っているのですか? お言葉ですがグレイ様が家や王都に戻ったとしても、周りからの目はとても冷ややかなものになっている事は確実です。
それどころか結晶の力で人外の姿を晒しましたからね。グレイ様が魔族や化け物扱いされていても可笑しくありません。それでも戻りたいですか?」
ゲノムの言葉には一理あった。
最早グレイには戻る場所も帰る場所も行く場所も何もない。全てを失ってしまったのだ。
そしてゲノムの言う通り、グレイはジークを倒したいという一心で魔族の力にも手を染めてしまった。そう思ったグレイの心には最後の引っ掛かりがスッと消え、開き直ったグレイは新たな決意と覚悟を決めた。
「それもそうだな……。ここまで来たら後戻りは出来ない。ならいっそ全てをリセットして1から俺の思う国を築くのも悪くない」
「ヒッヒッヒッ、その通りですよグレイ様。貴方にはそれだけの力が備わっているのですから」
「よし。そうと決まればその結晶とやらをよこせ。世界を変えに行くぞゲノム――」
♢♦♢
~王都・城~
グレイとの決闘も無事(?)に終えた僕達は、これからの事について作戦を練る為にレイモンド様の計らいで城へと招待された。
「お久しぶりですね、イェルメス殿」
「城に来るのは魔王を倒した時以来か。まだ少年だった君が今や国王とは、月日が流れるのはとても早い」
城の長い廊下をレイモンド様とイェルメスさんが昔話をしながら歩き、僕達もそのすぐ後ろを付いていく。
少し歩くと大きなテーブルと何十個ものイスがある部屋に着き、僕達は皆それぞれイスに腰を掛けた。
「ふぅ……それにしても、久々に魔法使ったものだから体が重いな。流石に運動不足と歳には勝てぬようだ」
イェルメスさんは独り言のように呟きながらイスに座る。
「あ、そうだ。まだ薬草が残っていなかったかなレベッカ」
「確かありましたよ。直ぐに出しますね」
そう言ったレベッカは『空間魔法』のスキルで閉まってあった薬草を取り出してイェルメスさんに渡した。
「イェルメスさん、宜しければどうぞ」
「体力回復の薬草か。これは有り難いね、頂くよ。レベッカ君の空間魔法は本当に秀逸だね」
「いえ、全然。私は物を閉まっておくぐらいしか出来ませんから」
謙遜しているがレベッカのスキルには本当に助けられている。イェルメスさんの言葉もお世辞とかではないだろう。
「では早速本題に入ろうか――」
一先ず皆が席に着いたところでレイモンド様が話を切り出す。
「現状の問題は大きく分けて2つ。1つは以前から追っていた魔王軍団の元幹部であるというゲノムの行方。そしてもう1つはそのゲノムが関わっているかもしれないというスタンピードですよね、イェルメス殿」
「ああ。まぁあのスタンピードはほぼ確実にゲノムの仕業だろう。ざっくりと見ただけでも5万はモンスターがいたね」
サラっと言い放った5万という数字。
それを聞いただけではまだピンとこないけど、絶対にヤバいという事だけは確かだ。
イェルメスさんとルルカとミラーナ、それに王国中の騎士団員や冒険者を集めても対等に渡り合えるとは思えない。仮に全て最弱のスライムやゴブリンだったとしてもその数は異常。
そんな大群をどうやって止める?
何かいい方法がないかな……。
しかも肝心のゲノムを見つけない事には根本の解決にならない。奴がいる以上またスタンピードを起こすかもしれないし、奴と姿を消してしまったグレイの事も少なからず気に掛かる。
皆で話し合いをしてもこれと言った解決策が出てこなかった。
「手の打ちようがないんよ」
「せめて数だけも一気に減らせればいいんだけど」
「数を減らした所で元々が多過ぎだけどな」
「どうにかしないと国中がパニックになってしまいますね……」
「う~ん」
皆が頭を悩ませていると、徐にイェルメスさんが口を開いた。
「物は試しだが、1つだけ方法がある」
「本当ですか⁉」
「ああ。でも先ずはそれが出来るか確認しないといけないね。だから協力頼めるかな、レベッカ君――」
「え、私ですか……?」
まさかの展開に皆が驚く中、イェルメスさんだけが落ち着いた笑顔を見せていた。
♢♦♢
翌日――。
スタンピードが止まる事なく真っ直ぐ王都へと向かっている頃、昨日練った作戦を実行する為に僕達は王都から離れた荒地に来ていた。
万が一に備え、レイモンド様が既に王国中にスタンピードの事を伝えて避難をしてもらっている。
でもここで失敗する訳にはいかない。
何が何でもスタンピードは止めなければ。
そんな事を思っていると、僕は自然と握る拳に力が入っていた。
「どうかねジーク君、モンスター達の動きは」
「はい。まだ僕の感知出来る範囲には来ていないです。もう少しですかね」
「上手くいくでしょうか……。とても不安になってきました」
「大丈夫だよ。レベッカ君1人ではなく皆がついているからね」
嵐の前の静けさと言おうか。
人気のない荒地には僕達以外の人がいなく、辺りはとても静かだ。レベッカの緊張が僕にも伝わってくる。
そんなレベッカを見た僕は無意識に彼女の手を握っていた。
「そんなに不安がらなくても大丈夫だよレベッカ。イェルメスさんが言ったように1人じゃないから」
「ジーク様……」
「レベッカ。全てが終わったら探しに行こうよ。君の家族を。それに僕はまだまだ色んな世界を見たいしやってみたい事も沢山ある。だから絶対にスタンピードを止めて、また皆で楽しい日々を過ごそう」
僕がレベッカにそう告げると、彼女は優しく微笑みながらギュっと強く握り返してきた。
そして。
遂にその時が訪れた。
「来た――!」
僕の一言で場に一気に緊張に包まれる。
感知スキルの範囲内にモンスター達が現れた。
「よし、作戦通りにいこう。それぞれ配置について準備を」
「失敗しないでよね」
「やる時はやる男なんよ俺は」
僕達はこの時の為に練った作戦を実行する為に各々配置へと着く。
それから数分後、荒地の奥の方から一帯に砂煙が上がるのが見え始め、徐々に大きくなる地響きと共に大量のモンスター軍の姿を確認した。
「凄い数だな……」
事前に聞いてはいたけど、こうして目の当たりにすると更に迫力が凄い。
「準備はいいかい? レベッカ」
「はい……!」
僕は大きな岩の上からモンスター軍の動きを確認し、来るべきタイミングでレベッカとイェルメスさんに合図を出した。
「今だ――!」
僕の合図でレベッカが『空間魔法』のスキルを発動。
それによって異空間へと繋がる直径30㎝程の黒い円がレベッカ達の足元へ現れる。
これまでは武器や薬草などの出し入れに使用していたが今回は特殊。
いや、レベッカの空間魔法は使い方によってこんな事も可能なのだとイェルメスさん教えられた。
「私がサポートしているから安心してくれ。レベッカ君は昨日と同じ様に空間を“広げる”事だけに集中していれば大丈夫だよ」
「はい、ありがとうございます!」
レベッカはイェルメスさんに教わった通り、空間を自分で操作し始めた。隣ではイェルメスさんが魔力増幅のバフをレベッカに施している。
イェルメスさんの強力なバフ効果もあって、レベッカが発動している空間の円がどんどんと大地を侵食するかの如く広がっていた。
「いいぞ。その調子だ」
「はい。でも今の私ではここが限界みたいです」
「そうか。上出来だよ。ジーク君!」
レベッカの黒い空間の円が直径200m程にまで広がった所で、イェルメスさんが次の合図を僕を出す。それを見た僕は前方に配置しているルルカとミラーナに更に合図を送った。
「お、やっと出番か」
「ちゃんとやりなさいよルルカ。失敗したら皆に迷惑がかかるんだから」
「そういうミラーナちゃんも頼むんよ」
ルルカとミラーナは僕の合図を見て、向かって来るモンスター軍の群れに対してルルカは右端、ミラーナは左端にそれぞれ勢いよく突っ込んで行った。
風に乗るルルカとベヒーモス化したミラーナは2人共凄まじい速さでモンスター軍と距離を詰める。そして一定の距離まで寄ったルルカとミラーナはモンスターに攻撃を仕掛け、モンスター達の注意を自分達へと引き寄せた。
『ギギャァ!』
『グオオオ!』
「よし、そのまま来い!」
「こっちに来なさい馬鹿なモンスター達」
ルルカとミラーナを追うモンスター軍の両端は徐々に中央へと寄っていく。
この先に何があるのかも知らずに――。
「ルルカ! ミラーナ! その調子だ!」
ルルカとミラーナの誘導によって5万のモンスター軍はどんどん列が狭まり、スタンピードの“幅が約200m”ぐらいまで凝縮した。
「後は頼んだんよレベッカちゃん!」
「上手くやってみたいねルルカ」
「来るぞレベッカ君」
「はい、何時でも大丈夫です!」
そして。
何も考えずに突き進んで来るモンスター軍の先頭とルルカとミラーナが誘導してきた両端が重なり、凝縮したスタンピードはそのまま地面に広げられたレベッカの“空間の穴”へと勢いよく落ちて行くのだった。
――ズドドドドドドドドド!
『『ヴゴォォォォッ……⁉』』
突撃の勢いそのままに、モンスター軍は吸い込まれる様に一気に落ちる。視界を悪くしていた大量の砂煙が少しづつ晴れていくと、次に僕達の視界に映ったのは数が激減したスタンピードの成れの果てだった。
「ヒャハハ! こりゃ思った以上の成果なんよ」
「凄いわよレベッカ! 一気にモンスターがいなくなったわ」
「よし。そのまま空間を切り離すんだ」
「はい!」
次の瞬間、大量のモンスターを飲み込んだ空間の穴は一瞬で消え去り、どっと疲れが押し寄せたであろうレベッカはその場に座り込んだ。
「よくやったぞレベッカ君! あのモンスター軍を一網打尽にしたよ」
「凄いぞレベッカ!」
「あ……ありがとうございます」
レベッカの空間魔法が絶大な効果を発揮し、モンスター軍はほぼ消滅。辛うじて残ったモンスターはざっと2000以下となった。
よし、これならいけるぞ!
「ありがとうレベッカ! イェルメスさん、レベッカと一緒に離れていて下さい」
レベッカのお陰でピタリと動きが止まったスタンピードの残党モンスター達。数は決して少なくはないが、さっきと大群と比べれば無いに等しく思える。
ここまで皆作戦通り。後は僕だけだ。
剣を握り締めた僕は岩場から飛び降り、モンスター達と対峙する。
「こうなりゃ一気に片付けるか」
「そうね。久々のベヒーモス化なのに暴れ足りないわ」
そう口にしたルルカとミラーナはほぼ同時に残党モンスター達に突っ込んで行き次々に倒していく。
「しまった。完全に出遅れた」
ルルカとミラーナに続く様に僕は『神速』スキルで一気にモンスター達と距離を詰めると、1番前にいたオーク目掛けて『必中』スキルを発動。
そこへ更に“新しく習得した”ばかりの『連鎖』スキルを重ね合わせて剣を振り抜く――。
「はあッ!」
――パキィン! パキン、パキン、パキン、パキンッ!
『『ギギャァァァ⁉』』
新しく習得した『連鎖』スキルは僕の攻撃を連鎖させるもの。オークの核を破壊した一撃が他のモンスター達にも連鎖し、敵が密集している事も相まって一振りで100体近くのモンスターを倒すのに成功した。
「えげつないスキルだな」
「流石私の王子様。また強くなってるわ」
「凄いですねジーク様……」
「ハハハハ。まるであの時の勇者を見ている様だ。懐かしいねぇ」
1体たりともここから先は通さない。
僕は持てる力を駆使して攻撃し続けた結果、思った以上の速さで残党モンスター達を一蹴してしまった。
「今ので全部倒したか」
「ヒャハハ、マジであのスタンピードを止めちゃったんよ」
「貴方は大して役に立っていないわよ」
「まぁまぁ。これは皆の力を合わせた結果だよミラーナ。強いて言えばレベッカの力が無ければッ……『ヴボォォォォォ――!』
次の瞬間、突如荒地の向こうから激しい咆哮が響き渡った。
僕達が反射的にそちらへ振り向くと、遠い真っ青な上空から黒い影が勢いよくこちらに向かって来きていた。
大きな翼を羽ばたかせ全身を黒い鱗に纏ったそれは、かつて魔王と共に世界を脅かした“黒龍”。しかもその大きな黒龍の背にはなんと、グレイとゲノムの姿があった――。
「グレイ! ゲノム!」
「ハーハッハッハッハッ! 忌々しいジークよ。この間の借りを返しに来てやったぜッ!」
高らかに笑いながら僕達を見下ろすグレイ。
そして隣にはローブ越しに不敵な笑みを浮かべているゲノムの姿も。
やはりこの2人は一緒にいたか。
「何でそんな奴と一緒にいるんだグレイ! スタンピードで王都を襲って何の意味があるんだ!」
「相変わらずグチグチうるせぇ奴だな。意味なんて知らねぇ。俺はただ誰よりも強い事を証明して、世界中の奴らに最強が誰であるかを分からせてやるのさ! その犠牲第1番がテメェだジークッ!」
グレイがそう口にした瞬間、黒龍が僕目掛けて凄まじい炎ブレスを吐いてきた。
――グボォォォォ!
「くッ⁉」
「ハッハッハッハッ! 全て焼き尽くせ!」
「きゃあッ!」
「ゔッ……!」
強力な黒龍のブレスは僕だけでなはく周りにいた皆にも襲い掛かった。
ぐッ、皆が危ない。
僕は『無効』スキルと『神速』スキルを発動させて広範囲のブレスを全て斬り払った。
「ちっ! 生意気な野郎だなジーク」
「ルルカ! 槍を!」
「了解」
ルルカから槍を受け取った僕はすぐさま『必中』スキルを発動。そのまま黒龍目掛けて勢いよく投擲した。
――パキィン!
『ギゴァァァァァ……!』
「何ッ⁉」
「あら、これはマズいですね」
見事黒龍の核を砕くと、黒龍は呻き声を発しながらその巨体を一直線に地面へと落下。落ちた黒龍は凄い衝撃音と地響きと共に完全に動かなくなってしまった。
「畜生、あの野郎次から次へと……」
「ヒヒヒヒ。まさかこうも簡単に黒龍を落とされるとは」
黒龍と共に落下したものの、グレイとゲノムはどうやら無傷の様だ。
「まぁいい。最後は結局俺の手で殺らないと気が済まないからな。おいゲノム! お前は手を出すんじゃねぇ。コイツは俺の獲物だ」
「勿論。グレイ様の邪魔など致しませんよ」
「さぁ、あの時の続きといこうか!」
僕に物凄い殺意を放ちながら剣を構えるグレイは、この間の時よりも更に体が異形な姿になっている。全身からは不気味な黒い魔力が溢れ、体の半分以上が人間のそれではない。
最早人と言うよりも人外、魔族に近い。
「グレイ、お前自分がどんな姿か分かっているのか⁉」
「見た目などどうでもいい。俺が何よりも欲しいのは力だ! 誰よりも強いな。それさえあれば結局は全てが手に入るんだよ」
そう言うグレイの言葉に対し、僕は無意識にレベッカやこれまで出会った人達の事が思い浮かんでいた――。
「やっぱり……僕とお前が求めるものは全く違うみたいだなグレイ」
「あぁ? 何を訳分からない事言ってやがる。お前だって結局は力を手にしただろうが。同じ事をしているくせに自分だけ優等生ぶるんじゃねぇって言ってんだよッ!」
――ガキィィィン!
グレイが振り下ろしてきた強烈な一撃を受け止めた僕。
鍔迫り合いをしながら互いの視線が交差する。
分かったよ。
お前が僕の大事なものを奪おうとするなら、僕はお前を倒すぞグレイ――!
「いいぞいいぞ! やっとやる気になったかジーク! 今度こそ確実に貴様を殺してやる!」
僕との距離を取ったグレイは次の瞬間、徐に自らの胸に手を当てる。そこにはなんとグレイの体に埋め込まれた結晶があった。しかもグレイがその結晶に手を当て何やら力を込め出すと、禍々しい黒い魔力が更にグレイの体を飲み込んでいく。
「フッハッハッハッ! 力が……力が漲るぜぇぇッ!」
「グ、グレイ! もう止めるんだ!」
黒い魔力に蝕まれていくグレイはどんどんと姿が変わる。
あれはもう人間じゃない。
そう思ってしまう程に、グレイの体はみるみるうちに人間から離れた姿になってしまった。
「吹き飛べ」
「うわぁぁ⁉」
刹那、グレイが軽く腕を払っただけで、突風の如き衝撃波が僕を襲った。
「ぐッ……!」
「ハッハッハッハッ。いいねぇ。これこそが俺の求めていた力だ! どんどん力が溢れ出てきやがるぜ!」
高笑いしながらそう言うグレイは、体から溢れ出ていた黒い魔力が何時からか深紅の様な濃い赤色の魔力に変化していた。
そして。
この魔力が先程までとは比べものにならないぐらい強大である事を皆が一瞬で感じ取っていた。
「これは“魔王”の魔力か……⁉ 馬鹿なッ」
「魔王の魔力?」
珍しくイェルメスさんは焦った様な声色でそう漏らした。
「あの悍ましく底が知れない魔力は確かにあの時の魔王と同じ……いや、それ以上の強さだ」
「あれが魔王の力? って事はもしかして、ゲノムが復活させようとしていた魔王はッ……「ヒッヒッヒッヒッ。その通りですよジーク・レオハルト。お陰様で生贄は揃って復活の結晶を完成させる事が出来ました。
後はこの強大な魔王様の力に共鳴する“人柱”だけ。そしてそれをずっと探していたのですが、それも遂に見つかったのですよ――」
僕の言葉を遮り、不敵な笑みを浮かべながら言い放ったゲノム。
最も起きてほしくなかった現実が突如目の前に現れてしまった。
「魔王の魔力に共鳴……人柱……? まさかグレイが魔王の力を得たと?」
「はい、そうです。ヒヒヒヒ、笑えますよね。元々この魔王を倒す為の勇者スキルだと言うのに、まさかその勇者に魔王になる素質があったのですから! 面白過ぎますよね。ヒッヒッヒッヒッ!」
「ゲノム、お前ッ……!」
「お前は手を出すなと言っただろうが! 無駄話してないでさっさとどけ!」
「これはこれは失礼致しましたグレイさッ……いえ、新たな“魔王様”――」
ゲノムが静かにそう言って1歩下がると、真の力を解放したグレイが再び僕の前に立ち塞がってきたのだった。
「決着を着けてやる、ジークよ!」
グレイの凄まじい魔力の圧で大地が揺れる。
グレイは手にする剣をグッと握り直しながら構えを取った。
「気を付けろジーク君。魔王相手に生半可の攻撃では掠り傷も与えられん」
「私達も行くわよルルカ」
「ああ。レベッカちゃんは離れてて」
「2人共気を付けて下さい!」
退いたゲノムとは対照的に、僕の傍にはイェルメスさんとルルカとミラーナが加勢すると言わんばかりに駆け寄って来てくれた。
「今度は下らん友情ごっこか? どこまで俺を舐める気だ貴様ら」
グレイが露骨に鬱陶しそうな表情を浮かべた次の瞬間、突如僕以外の3人が地面に倒れ込んだ。
「ぐッ……!」
「な、なんなのよ急に」
「動きが速い……」
「イェルメスさんッ! ルルカ、ミラーナ!」
3人は地面から現れたであろう赤い魔力の手によって瞬く間に拘束されていた。
「俺達の勝負に邪魔は許さんと言っているだろうがクソ共が」
「止めろグレイ、皆を離せ!」
明らかにこれまでのグレイとは次元の違う強さ。
僕は何の躊躇もなく『神速』と『必中』スキルを発動させ、グレイの胸の結晶目掛けて思い切り剣を振った。
――ガキィン!
「なッ⁉」
僕の剣は見事胸の結晶を捉えたものの、余りの硬さに結晶を破壊するどころから勢いよくこちらの攻撃を弾かれてしまった。
「フハハハ! そんな攻撃では1ミリもダメージにならんわ雑魚が!」
僕が体勢を崩した所を狙い、今度はグレイが攻撃を繰り出す。
「ぶっ飛べジーク!」
グレイは剣に圧縮させた赤い魔力を再び衝撃波の如く僕に飛ばして来た。僕は体勢を崩しながらも何とか『無効』スキルを発動させて赤い衝撃波を斬り払った。
「防ぐので精一杯のようだな」
「くそ……」
今のグレイは確かに強過ぎる。一撃一撃が重い。
「どんどんいくぞ! そら、そら、そら、そらぁッ!」
勝ち誇った表情のグレイは一斉に無数の衝撃波を飛ばしてきた。
「ぐッ、ヤバい……!」
全ての攻撃を防せぐのは無理だと判断した僕は『無効』と『連鎖』スキルを発動させてギリギリの所でグレイの攻撃を防ぎ切った。
長期戦は不利。
結晶を破壊して一気に勝負を決めなくちゃ。
先程の失敗を含め、僕は自身の攻撃にもっとスピードと体重を乗せて一瞬でグレイとの距離を詰め剣を振るった。しかし、結晶を捉えるもその硬さにまた弾かれてしまった。結晶を砕くパワーが劣っている。
「無駄無駄無駄無駄ぁ! 何度やってもそんな攻撃無駄なんだよ! 貴様の引寄せとやらは確かに強力なスキルばかりだが、今の俺には通じない」
「くそぉ、どうすればいいんだ……」
攻撃が効かない上にこちらの体力は消耗されるばかり。
「全員で同時に攻撃すれば何とかなるかもしれぬ」
「そうね。それしかないわ」
拘束されたイェルメスさん達が僕に加勢しようと懸命に魔力の手から逃れようとしたが、それは無情にもグレイによって阻かれてしまう。
「どこまで学習能力がないんだ貴様ら。邪魔をするなと言っているだろう」
「「ぐッ……!」」
逃れようとした皆を更に魔力の手が強く拘束する。
「み、皆ッ!」
「グレイ様! 誰も貴方とジーク様の戦いを邪魔しません。だから皆さんを解放して下さい!」
「貴様もまだいたのか。奴隷の使用人如きが偉そうな事をいうんじゃねぇ」
「……キャッ⁉」
「レベッカ!」
グレイはレベッカまでも魔力の手で拘束し、僕を見下しながら言い放ってきた。
「そんなにこの女が大事か? 心配するな。貴様を殺した後に全員仲良く殺してやる。一緒に地獄へ落ちろ」
「ジ……ジーク様……」
「止めろグレイ! 直ぐに離せ!」
絶対にそんな事はさせない。
レベッカもルルカもミラーナもイェルメスさんも皆僕の大事な仲間だ。人の道を外れたお前にそんな好き勝手はやらせないぞ。
――ブォォン。
「……⁉」
次の瞬間、突如僕のブロンズの腕輪が淡い輝きを発した。
これは今までにも何度か見た事のある輝き。
僕がブロンズの腕輪に視線を落とすと、そこには思った通り“新しいスキル”の文字が――。
「これは……『倍増』?」
新たに綴られた『倍増』という文字。
何の確証もないが、僕はこれならグレイを“倒せる”と直感で感じた。
出来る。
僕が絶対に皆を守るんだ――。
僕は再度『必中』、『神速』のスキルを発動させ、更に今習得したばかりの『倍増』も追加する。
このスキルの効果の詳細は分からない。でも僕が思っている通りなら必ずグレイにも攻撃が通じる筈だ。
「フハハハハハ! そろそろ終わりにしてやるよジーク。最強は俺だ!」
強大な魔王の魔力を纏ったグレイは、本当にこれが最後の一撃だと言わんばかりの凄まじい一振りを僕に振り下ろしてきた。その攻撃は大地をも簡単に割ってしまうであろう禍々しい殺気を放った攻撃。
僕はそんなグレイの一振りを、『倍増』スキルの効果で倍になったスピードで一瞬で懐まで入ると、今度はそのまま『倍増』スキルの効果で倍になった攻撃力で思い切り核に剣を放った。
――ガキィン!
「まだまだッ!」
更に僕は『倍増』スキルで攻撃そのものを倍増させ、グレイの一振りが下りる間に数十回の攻撃を繰り出した。
そして。
僕の連撃が徐々に核にヒビを入れると、遂にその瞬間が――。
「はあああッ!」
――パキィィン!
「な、何ッ……⁉」
結晶を砕いた瞬間、グレイの体からどんどんと魔王の魔力が抜けていった。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!」
あの時と同じ様に、悶絶の表情を浮かべて地面に蹲っていくグレイ。体からは湯気の如く魔力が沸いて邪悪な気配が消えていく。
全ての力が抜け切ったであろうタイミングで、グレイは仰向けに地面に転がったのだった――。
「お、魔力が消えていくんよ」
「倒したのね、ジーク」
グレイが地面に倒れたと同時、レベッカ達を拘束していた魔力の手も消滅した。グレイからはもう殺意も魔力も感じられない。多分だけどもう戦える状態ではない。
やっと終わったみたいだ。
「ジーク様ぁ!」
「レベッカ……皆」
拘束が解かれた皆が僕の所に駆け寄って来る。
幸い皆も大きな怪我をしていないみたいでなによりだ。良かった。
「アイツはどうなった?」
「うん、核を破壊しただけだから多分生きていると思うけど……」
自分でそう口にしながら、僕はグレイの安否を確かめる為に彼の元へ近づく。すると、意識を失って倒れていたグレイはゆっくりと瞼を開いて僕を見てきた。
「どうやら俺の負けだな……。さっさと殺せよ」
開き直ったようにそう言ったグレイの表情は今までと違い、何処かスッキリとした表情になっていた。
「僕は人殺しじゃない。命を奪うつもりなんてないよ」
「また綺麗事か。俺はもう全てを失ったんだ。行く場所もなければ生きる目的もない。何もないんだよ俺は……」
「甘ったれるな」
僕の言葉が意外だったのか、グレイは目を見開きながら再び僕に視線を向ける。
「僕だって1度全てを失った。あの時の事は今思い返しても辛いけど、でもあの日が僕の新たな始まりでもあったんだ。
僕は失ったからこそ本当に大切なものを手に入れられたと思っているよグレイ」
これが今の僕の正直な思い。
お前の犯した罪は決して許せないし直ぐに許そうとも思えない。だけど今のグレイなら以前よりは僕の言葉に耳を傾けてくれる。なんとなくそう思えた。
「ふん……。相変わらずの綺麗事だな。聞いているこっちが恥ずかしくなる」
「ハハハ。確かに。改めて突っ込まれると恥ずかしいかも」
「まだ終わってないぞ――」
「え?」
グレイが静かに呟いたその一言で、僕は全身がまたピンと張り詰めた感覚に襲われた。
グレイの言葉の意味。
刹那、その意味が“成すもの”の方へと僕とグレイの視線は向けられていた――。
「……ヒッヒッヒッヒッ」
「奴がまだ残っているぞジーク君」
静かな場に響いた不気味な笑い声。
イェルメスさんもまた彼の方向を見て真剣な面持ちを浮かべている。
そう。
僕達の視線の先には、全ての元凶とも言えるゲノム・サー・エリデルの姿があった。
「惜しかったですね。まさか魔王様の力を上回るとは。流石忌々しい引寄せの力と言ったところですね。さて、どうしましょうか」
「ジーク君、今度こそ奴を確実に仕留めねばいかん」
「はい。でも一体どうやってアイツを倒せば……」
何十年も前にもイェルメスさん達が倒し、この間クラフト村でも1度奴を倒している。だがゲノムはこうして不気味に何度も姿を現してくるんだ。どうすれば奴を倒せる?
「仕方ありません。こうなれば“スタンピード”を使う他ないでしょう――」
「なんだって……⁉ モンスター達ならもう全て倒しているぞ」
「ヒヒヒヒ。勿論分かっておりますよ。でも貴方達を倒すにはやはりスタンピードを使わなくてはなりません」
不敵な笑みを浮かべながら言うゲノムの言葉を直ぐには理解が出来なかった。
どういう意味だ……。
まさかまだ他にもモンスターの群れがあるというのか。
最悪の考えが頭を過った次の瞬間、運が良くか悪くか、その最悪とは別の展開が訪れた。
「さぁ、集えスタンピードよ!」
ゲノムがそう言って両手を天に掲げると、奴の体から黒い魔力がどんどんと溢れ出てくる。
そして直後、周囲に倒れていたモンスター達の屍がゲノムに吸い寄せられるかの様に集まっていくと、無数の屍は黒い魔力に包まれ次の瞬間なんとも荒々しい魔力を纏った1体の巨大なモンスターへと生まれ変わってしまった。
「これはッ……⁉」
「ヒーヒッヒッヒッヒッ! 本当なら5万の屍が欲しかったところですが、貴方達を倒すには十分な力でしょう。これが私の黒魔術最高にして最強の技。“アンデット・エンペラー”です――!」
数十メートルはあろうかと言う真っ黒な巨体に全身を纏う無数の眼の数々。ゲノムと一体化したそのモンスターから溢れ出る魔力はさっきのグレイよりも不気味で得体が知れない。見た事もないその異形なモンスターは、ただそこにいるだけで危険だと本能が訴えかけていた。
「折角の魔王復活が台無しですよ。私は前線で戦うのがあまり好きではありませんが、今度こそ完全なる魔王を復活させる為にここで貴方達には消えてもらいましょう」
「おいおい、何だこのバケモンは」
「気持ち悪いわねぇ」
「ジーク様……」
レベッカ達もどうしていいのか分からず、ただ茫然と巨大なモンスターを見上げている。
僕も皆と全く同じ心境でモンスターを見上げていると、地面に倒れているグレイが静かに口を開いた。
「おい……。ゲノムの野郎は核やら結晶やらを自在にコントロールする力を持っている。だから奴本体も核が1つじゃない。ゲノムを倒したければ“全ての核”を破壊しろ」
「グレイ……」
まさかのグレイからの助言に、この場にいた僕達は皆が驚いた。
「アンタ急になんなのよ。散々好き勝手やっていたアンタの言う事を今更信じろって言うの?」
「別にどっちでも構わない。ただそれが事実だ」
「全ての核って言ってもよ、どうやってやるんよそれ」
「そんな事まで知るか。自分達で考えるんだな」
態度や口調は相変わらずだが、これまでの嫌味だけのグレイとは明らかに雰囲気が違った。皆がどう思っているかは分からないけど、少なからず僕にはそう感じる事が出来た。
「分かったよグレイ。教えてくれてありがとう」
僕がそう言うと、グレイはダルそうにそっぽを向いた。
「皆、一瞬でいい。あのモンスターの動きを一瞬でいいから抑えてほしい」
「そんな言い方するって事は、アレを倒す策があるって事でいいんだよな?」
ルルカからの問いに僕は頷いた。
何故だろう……。
目の前のモンスターはとても強大な存在なのに、何故だか僕にはコイツに“勝てる”という確信を抱いていた――。
「そういう事なら幾らでも手を貸そう」
「当然だわ。ジークにそんな事頼まれたら断れないわよ私」
「でもヤバそうだから本当に一瞬で頼むんよジーク」
「ありがとう皆」
「気を付けて下さいねジーク様」
「ああ」
毎度毎度レベッカは僕の事を心配してくれる。きっと誰よりも恐怖を感じているだろうに。
覚悟を決めた僕達はアンデット・エンペラーと対峙する。
そして。
レベッカ、ルルカ、ミラーナ、イェルメスさんが力を合わせてアンデット・エンペラーの注意を引いた。
僕はその僅か一瞬の隙を見逃さず、『神速』と『倍増』で瞬く間にアンデット・エンペラーの頂点に位置するゲノムの元まで飛び上がると、更にここから『連鎖』と『必中』スキルも発動させゲノムの体を一刀両断した――。
「なッ……⁉」
――パキィン……パキン、パキン、パキン、パキン、パキン。
僕の攻撃は見事ゲノムの核を砕き、そして『連鎖』と『倍増』スキルの効果で一気に全ての核を破壊。
核を破壊されたアンデット・エンペラーはみるみるうちに消滅していくと、最後は立ち上がるのもやっとなゲノムの体だけが残った。
「ぐはッ……! ハァ……ハァ……ハァ……ま、まさかここまでの力とは……!」
フラフラになりながらも鋭い視線を飛ばしてくるゲノム。
だが。
「これで終わりだゲノム!」
僕はゲノムの最後の一撃を放つと、最後の核を砕かれたゲノムは断末魔の叫びと共に体が塵の如く消えていってしまった――。
「やった……。遂に倒した……ぞ」
――ドサ。
「ジーク様!」
保っていた緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが押し寄せた僕はそこで記憶が途絶えた。
♢♦♢
~王都~
目を開けると、そこにはレベッカがいた。
「ジ、ジーク様!」
「おー、やっと起きたか?」
僕は眠ってしまっていたのだろうか。
目が覚めると、そこは見覚えのある王都の街並みと慌ただしく動く騎士団員の人達の姿が。
「やあ、目が覚めた様だねジーク君」
「イェルメスさん……。あ、そうだ、ゲノムは! アイツはどうなった⁉」
状況を思い出した僕は反射的にそう聞いていた。
そうだ。
僕は確かゲノムとの戦いで力を使い果たしてそれで……。
「ハハハ。大丈夫だよ。君のお陰で皆無事さ。勿論ゲノムも倒してね」
戦いが終わって既に数時間は経っているのだろう。
慌てていたのは僕だけ。皆は既に一段落した様な落ち着きだった。
「そ、そうですか。あ~良かった。ゲノムは倒せていたんですね。……そういえばグレイは?」
「ああ。彼はあそこだよ」
そう言われてイェルメスさんが指差す方向を見ると、そこには騎士団員に連行されていくグレイの姿があった。
「彼が犯した罪は決して軽くない。だが今の彼ならばちゃんと償えるだろう」
「そうだといいんですけど……」
「さて、それじゃあ君の目が覚めた事だし、皆で国王様の所に報酬でも貰いに行くとするかね?」
イェルメスさんがそんな冗談を言いながら、僕達とゲノムの激闘は無事に幕を下ろしたのだった――。
♢♦♢
~某所~
スタンピードの騒動から数日後――。
「もう少しかな」
「ジーク様、私なんだか緊張してきました」
「ハハハ。大丈夫だよ」
僕とレベッカはそんな会話をしながら王国の最東部にある街へと向かっている。理由はずっと探していたレベッカの家族の情報が入ったからだ。
その情報を知った時には当然驚いたが、僕はそれ以上に“情報提供者”に驚かされた。
そう。それは他でもないグレイ――。
スタンピードとそれ以前の騒動で、悪の陰謀であるゲノムと手を組んでいたグレイは地下牢に幽閉されたが、事態が落ち着いた後に面会が出来るとなって僕は会いに行った。
久々に見たグレイは少し瘦せていたが、その表情と雰囲気は以前よりも丸く穏やかな印象。
「……って事だ。もうその辛気臭い顔を見せに来るなよ。暗い地下牢が余計暗くなる」
態度と口調は相変わらずだったけど、グレイはその面会で僕がずっと探していたレベッカの家族の情報を教えてくれたんだ。どういう風の吹き回しか定かじゃない。けれど僕はこの好意を有り難く受け取ってグレイにお礼を告げた。
その後王国では色々と変化が起こった。
レイモンド様は今回の件で、全ての腕輪やスキルに関して今後一切優劣をつける事を禁じた。事の発端は言わずもがなゲノム。平和で豊かな国を築くのに、腕輪やスキルの上下は必要ないとレイモンド様は判断したのだ。
それとこれは余談だけど、この新たな取り決めの流れで父上とレオハルト家の名は貴族から除外されたらしい……。
一応自分の家の事でもあったけど、僕には最早どうでもよかった。
更にレイモンド様は僕達とエミリさんが壊滅させたシュケナージ商会の一件で、新たに得た奴隷商や人身売買の記録から、彼らと裏で取引していた貴族や権力のある名家などを父上同様に除外したとの事。
数はそこまで多くは無かったらしいのだが、これは「そういう問題ではない」と人の道を外れた行為を断じて許さないレイモンド様の強い信念を改めて民が認識した瞬間でもあった。
一部の身寄りのない人達は、心優しきエミリさんが率いるエスペランズ商会で保護される事になったそうだ。
そして。
僕とレベッカはグレイの情報を頼りに2人で街に向かっているのだが、2人になるのはエスペランズ商会の部屋で話した時以来。一瞬僕は勝手に変な緊張に包まれていたけど、道中は久しぶりに2人でゆっくりとした時間が流れていた。
他愛もない会話をしながら馬車に揺られていると、僕とレベッカは遂に目的であった最東部の街に着いた――。
♢♦♢
「え……。その髪色もしかして……レベッカ……⁉」
「貴方は……ジャック⁉」
実に数年ぶりの再会か。
グレイの情報通り、この街には確かに当時のレベッカの家族達がいた。
お互いに驚きと感動が相まって感情がぐしゃぐしゃになっているのだろう。次々に集まってきたレベッカの家族は皆涙を流しながら嬉しそうに笑っている。
グレイが「俺も詳細は知らねぇ」と前置きしながら言っていたが、どうやらレベッカが連れ去られてしまったあの日、孤児院の他の人達は運良く逃げ延びていたらしい。レベッカと皆の会話から察するに、誰1人として欠ける事なく今日まで生きていたみたいだ。
「ありがとう。貴方がレベッカを救ってくれたのですね」
皆の輪を抜け出し、1人のお婆さんが僕の元に来た。
きっとレベッカが僕の話をしたのだろう。
「いえ、僕は特に何も。寧ろレベッカに助けてもらっているのは僕ですから」
「まさかレベッカに生きて会えるなんて……! 本当にありがとうございます。あの日からずっと探していたんですが、全く手掛かりが掴めなくて……」
そう言いながらお婆さんは何度も何度も僕にお礼を言ってくれた。
お婆さんや他の人達もレベッカの事を本当に心配していたんだと伝わってくる。
レベッカ達は久々の再会でかなり会話が弾んでいる様子。それを見た僕はお婆さんに「レベッカとゆっくり話して下さい」と伝えて1人で暫し街を散歩する事にした。
「それにしても、本当に良かったな~。レベッカも皆も凄い嬉しそうだった。思わず僕が泣くところだったよ」
そんな独り言を呟きながら街を散歩していると、突如あるお店の主人に声を掛けられた。
「あれ、君は確かジーク・レオハルトさんでは?」
「え、ええ、そうですけど……」
「やっぱり! この間のモンスター討伐会を私も観戦していまして、危ない所を助けていただき本当にありがとうございました」
お店の主人は僕にそうお礼を言うと、「こっちへ来てください」と何故か店の中へ案内された。
「実は私、もう歳が歳なものでこのお店を閉じるんですよ」
「そうだったんですか」
お店の主人は確かにご高齢。アクセサリー関係のお店だったのだろうか、中は綺麗なネックレスやブローチや腕輪などが置かれていた。
「大したお礼は出来ませんが、もし宜しければお好きな物を持って行って下さい。とても由緒あるレオハルト家様にお渡しするのには恥ずかしい物ばかりですが……。一応50年以上私が錬金で作り続けてきた物です」
主人はそう言って謙遜していたが、どれもお世辞ではなく本当に素敵な物ばかりだった。
「これ全部お爺さんが作られたんですか?」
「ええ。大した錬金のスキルではありませんが、唯一作れる小さなアクセサリーです」
「凄いですね」
「あ、これは申し訳ない。無理な押し付けはかえってご迷惑でしたな」
「いえいえ、とんでもないですよ! コレ本当に頂いてもいいんですか?」
「こんな物で宜しかったら是非」
僕はお店にある沢山のアクセサリーの中で不意に“指輪”に目が留まり、レベッカの顔が思い浮かんだ。
「おや、ジークさん。もしかして――」
少し口角を上げながら僕の顔を覗き込んできたお爺さん。
その表情を見た僕はお爺さんが言おうとしていた事が直ぐに分かった。そして急に恥ずかしくなってしまった。
「い、いや……これはその……! 全然そういう意味じゃないんです!」
「ホッホッホッ。今思い浮かんだ人がいるのなら、その思いはきっと伝えた方がいいですよ。年寄りの戯言ですが、一応ジークさんより長く生きおりますからねぇ。
私の経験上“いい女に待ったは無し”です。
貴方が惚れたという事は、当然他の男も彼女の魅力に惚れてしまいますから――」
この瞬間、感じた事のない衝撃が僕の全身を襲った。
今のお爺さんの言葉で僕は確信してしまったんだ。
いつも当たり前のように僕の傍にいてくれたレベッカが、いつからか僕の中で特別な存在になっていたという事に。
これまでのレベッカとの思い出が走馬灯の如く頭に流れる。
そうか。
僕はレベッカの事が“好き”なんだ――。
レベッカの屈託のない笑顔が思い浮かぶ。
それと同時に、お爺さんの言葉が何度も僕の中でこだましていた。
“いい女に待ったは無し”。
「あ、あのぉ、お爺さん!」
改め言葉にするのがとても恥ずかしかったが、僕は人生の先輩であるお爺さんに尋ねた。
「え~と、その……ほ、本当に頂いてもいいんですよね? それと、こういうのを渡す時は何て言えば……」
「そんなに意識することはない。格好ばかり付けようとすると必ず失敗する生き物なんだ男は。だから何もしなくていい。ただ君の気持ちを正直に彼女に伝えるだけでね。
それでもまだ緊張する様なら、シンプルに彼女に“ありがとう”と感謝を伝えればいいんだよ。ただそれだけの事だ――」
♢♦♢
お爺さんと別れを済ませた僕は再びレベッカの元へと戻った。
「あ、ジーク様!」
夕焼けに照らされ街がオレンジ色に染まった頃、道の向こうからレベッカがやってきた。どうやら僕を探しに来てくれた様子。
他の人達はパーティの準備をしてくれているらしく、皆のご厚意で是非僕にもとパーティに招待された。
「何処に行かれてたのですか?」
「ん……ちょっとね」
変に意識しているせいか、返事も態度もぎこちなくなってしまう。
皆がいる家まではもう数十メートル。
何気なく見たレベッカの顔は夕日に照らされとても綺麗だ。
――ドクン。
胸の鼓動を抑えて必死に平静を保つ。
そして。
「あ、あのさレベッカ……!」
意を決した僕は口を開いた。
「どうなさいました?」
「えーと、これをレベッカに」
僕はそう言いながら小さな1つの紙袋を渡した。
中身は勿論お爺さんのお店で頂いた指輪。
でもこの指輪はお店にあった物ではなく、お爺さんが僕の為に特別に作ってくれた指輪だ。
「え、これは……」
「いや! 別にそんな深い意味はなくて……その、何て言うか……レベッカには本当に助けてもらってきたから、その感謝を込めて」
「……」
レベッカは指輪に視線を落としたまま無言でいる。
なんだこの間は……。
もしかして迷惑だったか?
それともやっぱり僕だけがなんか舞い上がって勘違いな行動をしているんじゃッ……『――ギュ』
色んな事が頭を過っていた次の瞬間、突如レベッカが僕に抱きついてきた。
「レ、レベッカ⁉」
「嬉しいです……。ありがとうございます、ジーク様」
やばい。
そんなに密着されると緊張がバレる。
「よ、喜んでもらえて良かった。ずっと一緒にいたのに、レベッカがどういう物が好きか分からなかったから少し心配していたんだ」
「ジーク様に頂けるのならなんでも嬉しいです。それに……」
レベッカは顔を上げてふと僕を見つめる。
「この指輪に“深い意味”があったとしたら……私は一生ジーク様と一緒にいたいです――」
恥ずかしそうな表情でそう口にしたレベッカを見て、僕は遂に理性が吹っ飛んだ。そして、次の瞬間僕は自分でも驚くぐらい自然に言葉が零れた。
「レベッカ。君の事が好きだ。僕と結婚してほしい」
「……!」
数秒の沈黙が永遠にも感じた直後、僕とレベッカは静かに瞳を閉じて口づけを交わした――。
【完】