呪われた勇者~呪いのスキル『引寄せ』を授かった俺は、災いを引寄せると一族を追放。だが気が付けば災いどころか最強スキル引寄せ中です~

♢♦♢

~エスぺランズ商会~

 思ってもみなかった展開だったが、何とか落ち着きを取り戻したレベッカは静かに僕の部屋を後にした。

 正直危なかった。
 レベッカは毎日当たり前の様に一緒にいる存在である筈なのに、今の僕の心臓は周りに聞こえてしまうのではないかと思うぐらいの鼓動を発している。

 この大きな鼓動は直ぐには抑えられない。
 本当に危なかったな。

 淡い照明に照らされるレベッカの顔がとても幻想的で、彼女の透き通る硝子玉の様な青い瞳が僕に向けられた。綺麗な瞳が涙で潤み、背中に添える手からは彼女の温度が、そして小刻みに震える体からは彼女の匂いが伝わってくる。

 僕の真横にいるレベッカ。
 触れたら壊れてしまいそうだと思いながらも、僕は近くにいた彼女を思わず抱き締めてあげたいと思ってしまった。

 結局そういった経験が乏しい僕は答えを出す事も行動に移す事も出来ず、ただただ彼女が泣き止むのをそっと見守る事しか出来なかった。その上自分が抱いた感情に恥ずかしくなり、穴があったら入りたいという気持ちになっていた。

 ダメだダメだ。
 明後日はもうシュケナージ商会と正面から向き合わなければいけない。皆で作戦を練る為にも貰った情報を頭に叩き込んで体も休ませないと。

 そんな事を思いながら無理矢理ベッドに横たわり眠ろうとしたが、ごちゃごちゃと考えがまとまらずに気が付けば外が明るくなり始めていた――。

♢♦♢

~シュケナージ商会~

 レイモンド様からシュケナージ商会の依頼を任された2日後。
 極力平和的な解決を求めようという結論に至った僕達はこの2日間で練った作戦通りに動いていたが、今しがた“決壊”した模様だ――。

「敵襲だッ! 全員武器を取って奴らを殺せぇぇ!」

 平和的解決とは真逆の怒号がシュケナージ商会のアジトに響く。

「結局こういう奴らは痛い目に遭わないと分からないのよ」
「珍しくミラーナちゃんの言ってる事に一理あるんよ」
「どういう意味かしらそれ」
「皆気を付けるんだぞ! レベッカは僕から離れないで!」
「はい」

 ミラーナの言う通り、結局こういった悪事を働く者達は自分が思い知らないと分からない様だ。

 僕達は当初の予定通り先ずシュケナージ商会が違法な奴隷商を行っている証拠と現場を抑えていた。そして彼らに直ぐに罪を認めて自首するよう促した。勿論レイモンド様の名も出し、改心するつもりがある者達には最低限の減免を施せる事も可能であると。

 だが結果はご覧の通り。

 奴らは改心どころか、こちらの最後の恩赦も無下にした挙句に事もあろうか手を出してきたのだ。

 シュケナージ商会の男は話していたエミリさんに相手に隠し持っていたナイフで斬りかかったが、エミリさんはその男の攻撃をいとも簡単に躱して男を地面に抑えつけた。

 それを見た残りの男2人が慌ててシュケナージ商会の中へ逃げ込む。そこから大声で仲間達に助けを求めて今に至るという訳だ。

 気持ちは乗らないが仕方ない。そっちがその気ならこっちだってそれなりの対応を取らせてもらう。どの道こんな商会は根絶やしにしないといけにからね。

「いけぇぇ! 相手はガキだらけだ!」
「まとめて捕まえて売り飛ばせ」
「可愛いお嬢ちゃん達ばかりだな。こりゃ上玉だ」

 武器やスキルを発動させながら一気に襲い掛かって来るシュケナージ商会の奴らに対し、エミリさんは「私がやるわ」と見事な剣術で次々に商会の者達を斬り倒していった。

 これが剣姫と呼ばれる実力か。
 強い。

 だが想定していた以上にシュケナージ商会は人数が多かった。
 
 僕とルルカとミラーナも戦闘に加わるが、僕の『感知』スキルで物陰に隠れている相手の位置まで分かるし、『神速』スキルで動きは通常の数倍速く、『分解』と『無効』相手の武器と攻撃を防げつつ殺さない様に『必中』スキルで攻撃を繰り出していたらものの数十秒で片付いた。

 よし。だいぶスキルも自分の物になってきた感があるな。

「やはり凄いわねジークさん。何と言うか、もう貴方1人でも全然問題ないわね。是非エスぺランズ商会に入ってもらいたいくらいだわ」
「いやいや。エミリさんも凄い強いですから、僕なんていても邪魔ですよ」

 そんな会話をしながら僕達はシュケナージ商会のアジトの1番奥の部屋まで辿り着いた。するとせっかちなミラーナが待ったなしで勢いよく扉を開いて中に入った。

「もう観念して大人しく捕まりなさい」

 ミラーナが扉を開けたと同時にそう言い放つと、部屋の奥には数人の男達が。

「ちっ、もうこんな所まで来やがるとは……! 他の連中は何してやがるんだ馬鹿が」
「貴方達以外の者は全て倒させてもらったわ。無駄な抵抗は止めて直ぐに降伏しなさい」
「ふん、ガキのくせに随分とまぁ偉そうな事を。おい! 早く“奴”を放て!」
「「……!」」

 シュケナージ商会のボスと見受けられる男が突如そう指示を出した次の瞬間、部屋にあった巨大な檻がガチャンと開き、中から鋭い鉤爪と翼を生やした“グリフォン”が姿を現した。

「グ、グリフォン⁉」
「またとんでもないものが出て来たんよ。グリフォンはSランクモンスターだぞ。こんな奴らがどうやって……」

 ずっと感知で気になっていた魔力はコイツだったのか。

「皆下がってるんだ! 僕が一気に勝負をつける」

 グリフォンなんかがここで暴れたら大変だ。
 これ以上無駄な被害は出したくない。

 僕は『必中』と『神速』スキルを発動させ、グリフォン目掛けて一気に剣を振り下ろした。

 ――パキィン!
 僕の一撃は見事にグリフォンの核を破壊し、グリフォンはその大きな巨体をゆっくりと地面に倒した。

「な、何だと……ッ⁉」

 シュケナージ商会のボス達は顔面蒼白で倒れたグリフォンを見つめ、開いた口が塞がらないと言わんばかりに呆然と立ち尽くす。

 そこへ間髪入れずにエミリさんが間合いを詰めるや否や、彼女はボスの喉元に剣の切っ先を食い込ませたのだった。

「喉を貫かれたくなければ答えなさい。貴方達はゲノムとかいう魔王軍団の男と繋がっているわね?」
「ぐッ……さ、さあな。俺は知らねぇ。魔王軍団なんて人じゃないだろう。俺がそんな奴らと関わる訳がッ『――シュバン』

 ボスの男の発言を遮る様に、エミリさんが男の顔面ギリギリで剣を突いた。

「私の仲間には『真意』という相手の嘘を見破るスキルを持つ者がいる。これが最後のチャンスよ。今自分の口から答えれば少しは罪が軽くなるわ。言わなくてもバレるのは時間の問題。好きな方を選びなさい」

 追い詰められたボスの男は諦めたのか、ようやく自分が知っている事を包み隠さず零し始めたのだった――。


「……こ、これで全部だ。俺が知っている事は全て話した」

 エミリさんに剣の切っ先を向けられたまま、シュケナージ商会のボスはそう答えた。

「成程。ジークさん、何か聞きたい事は?」
「ゲノムは今どこにいるんだ。奴は他に何を企んでいる」
「ふん、それ以上は知らねぇな。俺にとっても謎だらけの奴だった。奴が商品用の人間を斡旋して俺達が攫う。それだけさ。確かに得体の知れない奴だったが、それ以上に金儲けはさせてもらったから文句はねぇ」

 ボスの反応から察するに、この男は本当にそれ以上の事は知らないだろう。後でエミリさんの仲間に協力してもらうという事になったが恐らくもう何も出ない。

 だが最低限の収穫はあった。
 
 ボスの話によれば、シュケナージ商会がゲノムとかかわりを持ち始めたのはもう数年以上前との事。今この男が言った様に、当時から今に至るまでゲノムの正体も詳しい事もよく分かっていないらしい。ただ不気味な技を使うと言っていたから、それはほぼ間違いなく奴の黒魔術の事だろう。

 クラフト村と同じく他の村や町でも似た様な事をしていたらしく、いつも襲う場所はゲノムの指示の元決行していたとの事。そこでシュケナージ商会はゲノムのお陰でリスクなく奴隷という商品を集められる見返りに、ゲノムが求めていた条件の合う人間を数人引き渡していたらしい。

 恐らくゲノムが求めていた人間は、魔王を復活させる為に必要な“生贄”とかいうやつじゃないだろうか。そう考えればゲノムの行動や発言も自然と繋がってくる。

 未だに分からないのがその生贄となる者達の条件だ。ただ人数が欲しいだけならこんな回りくどい事する必要がない。生贄となる者にもなにかしらの条件が存在する。それが分かれば奴より先に先手を打てるかもしれないな。

「ゲノムが求めていた条件の合う人間っていうのはどういう人間なんだ?」
「知らねぇな」
「知らない訳ないだろ! どうやって選んでいた?」
「ちっ、ガキが何時までもうるせぇな。俺達はただ捕まえた奴隷共に“赤い結晶”をかざしていただけだ。それだけでその結晶が反応するとな。
まぁ奴とは何年も前から数え切れない奴隷を捕まえてきたが、未だに1度も結晶が反応した試しがねぇ。俺だって何の為にやってんのか知らねぇんだよ」

 相変わらず横暴で荒い口調だが、多分これは嘘ではない。赤い結晶はモンスターに取り込ませる以外にも何か使い方があるのか……。

「貴方、奴隷商を行っていただけでなく、まさか魔族とも関係を持っていたとはね」
「そんな事は関係ねぇぜ、剣姫エミリ様よ。楽に稼げれば誰だってそっちの方がいいだろう。へッへッへッ」

 この男の態度と発言は実に人を不愉快させる。エミリさんもそう思っているのか、グッとボスの男を睨むとエスぺランズ商会の仲間達に彼を連行する様に伝えた。

「すみませんエミリさん! 最後にもう1つだけこの男に聞きたい事があるんです」

 エミリさんに一言断りを入れた僕は最後の質問を男に尋ねた。

「最後に教えてくれ。貴方はここにいる彼女に見覚えはあるかい?」

 僕は男に尋ねながらレベッカを指差した。

「ああん? ウチで売った奴隷かなにかか? 生憎こっちは何百人と奴隷を捌いてんだからいちいち覚えてる訳……って、ちょっと待て。その髪色どっかで見覚えがあるな」
「ちゃんと思い出せ」
「うるせぇな。あ~ありゃ確か結構前にゲノムの野郎が指示してきた、田舎町かどっかで捕まえたんだったかな? そうだ。いたぞ、そこの孤児院にお前と同じ珍しい髪色をしたガキがな。あの時はゲノムが魔王軍団の残党とやらを連れていたからいつもより楽に仕事が済んだんだ。

ん……おいおい、待て! まさかお嬢ちゃんがあの時のガキって事は、あの後お嬢ちゃんを売り捌いていた時にしゃしゃり出てきたあの場違いのガキはもしかして……ッ⁉」

 男の脳内では忘れら去られていた記憶が一瞬で蘇って来たのか、全てを思い出したと言わんばかりに僕とレベッカを交互に何度も見てきた。

「どうやら思い出したみたいだな。そうだ。あの時奴隷として売り飛ばされそうになっている彼女を引き取ったのは僕だ! まさかあの時あの場にいたのがアンタだとは思わなかったけどね」
「ジーク様……」

 レベッカは心配そうな表情で僕を見てきた。

 大丈夫だよレベッカ。
 僕も“ここから先”を聞くのがとても怖いけど、ずっと求めていた答えでもある。

「へッへッへッへッ。とんだ運命の再会だな。お嬢ちゃんを助けた挙句に、こうして俺達を潰したんだからお前の勝ちだな少年」
「そんな事はどうでもいい! レベッカの町を襲った時、孤児院には彼女以外にも子供達がいた筈だ。その子達はどうした!」
「俺が何でもかんでも知っていると勘違いするなガキが。あの時は魔族共が無駄に暴れたから町の奴らが森に逃げ込んじまったんだよ。
お陰で収穫出来たのはこのお嬢ちゃんだけ。あの時は大損だったぜ全く」
「逃げた他の人達はそれからどうなったんだ」
「だから知らねぇって言ってんだろうが! そんなに質問が好きなら全部ゲノムの野郎に聞け!」

 会話を終えると、ボスの男はエミリさんの仲間達に連行されていった。

 過去にレベッカの町を襲ったのはやはりシュケナージ商会。しかもその時から既にゲノムが絡んでいたという事だ。コイツが知らないとなると残された手掛かりはゲノムだけ。

 逃げた人達が生きているのかだけでも分かれば良かったんだけどな……。

「ありがとうございましたジーク様」
「ううん。嫌な事を思い出させてごめんよレベッカ。ハッキリと答えには辿り着けなかったけど、他の人達が今でも無事である事を祈ろう」

 こうして、一先ず事なきを得た僕達はシュケナージ商会の連中を連行する為レイモンド様に報告を入れ、その報告で王都から派遣された騎士団員達が彼らを連行して行くのだった。

 一段落した僕達は、エミリさんの勧めで一旦エスぺランズ商会へ戻る事にした――。
♢♦♢

~王都~

 ジーク達一行がシュケナージ商会を壊滅させた日の夜、王都では何やらグレイが不審な動きをしていた――。

「ハッハッハッハッ。これで準備は整った。後はアイツとケリを着けるだけだ」

 日が沈んで辺りは既に真っ暗。
 綺麗な星が輝く夜空の下で、グレイはジークとの“決闘”を行うべく特別に用意した闘技場で1人笑いながら何かをしていた。

 王都の中央に位置する大きな広場に設けられた闘技場。この闘技場はグレイがジークと正式に決闘する為だけに特別にグレイが頼んだものであり、グレイは誰の目にも触れないこの深夜に闘技場に“細工”を施していたのだ。

『……だがしかし、これで負ければお前は一生這い上がる事は出来ぬぞグレイよ――』

 不意に父キャバルの言葉が頭を過ったグレイ。

「ちっ。どういう意味だ。まるで俺が負ける可能性もあると言わんばかりの物言いだな父上も。勇者の俺がアイツに負けるなど、どう考えても有り得ないだろうが」

 グレイは手にする小さなランプの灯りを見つめながら、1人闘技場でそう呟いた。

 モンスター討伐会での成績もSランク冒険者という肩書きも関係ない。直接の力比べならば絶対に自分が負ける筈はないとグレイは思っている。この闘技場はそれを証明する為の場であり、懐疑な視線を送られる今の状況を一発打破する最終手段でもあった。

 グレイは微塵もジークに負けるなど思っていない。
 しかし、念には念をと思ったグレイは保険を掛けて細工を施している最中。全ては計画通り。後はこの闘技場を決闘の場としてジークに果たし状を叩きつけるだけである。

「待っていろよ兄さん。これで全てを終わらせてやる。今までお前が築き上げた偽りの功績を全て剥がして、俺が真の選ばれし勇者である事を世界中に思い知らせてやるからな! フッ……ハーハッハッハッハッハッ!」
「成程。コレは中々面白い細工を施しましたね――」
「ッ……⁉」

 グレイしかいない筈の闘技場に、突如不気味な声が響いた。

「だ、誰だお前は!」
「ヒヒヒヒ。そんなに構えなくても大丈夫ですよ。私は貴方の力になりたくて現れたのです。“勇者グレイ”よ」
「何だ……俺を知っているのか……?」
「ええ、勿論。ヒッヒッヒッヒッ」

 突如現れた黒いローブを纏った男は不気味に笑い声を発生する。
 月明かりの僅かな光がそのローブの男を照らすがハッキリとは顔が確認出来ない。グレイはその得体の知れない男を自然と警戒していた。

「気味の悪い奴だな。一体俺に何の用だ? それにどうやって此処に入ってきた」

 グレイは怪しいローブの男を前に、反射的に腰に提げていた剣に手を伸ばす。

 だがそれに気付いたローブの男は戦闘の意志は無いと言わんばかりに両手を挙げてヒラヒラと振っていた。

「貴方と争う気なんて微塵もありませんよ。言いましたよね、私は貴方の力になりたいと」
「俺の力になりたいだって? 何が目的だ」
「ヒヒヒヒ。この闘技場、あの呪いのスキルを持つジーク・レオハルトとの決闘の為ですよね。いやはや、この国の者達は何処まで目が腐っているのでしょうか。
ジーク・レオハルトは偽りの力と呪いで群衆を騙しているだけ。真の実力と多くの名声を手にするのは他でもない勇者グレイ・レオハルトだと言うのに――」

 得体の知れない相手に警戒していたグレイであったが、今の言葉で明らかに機嫌が良くなった。

「ほぉ。よく分かっているじゃないか。まさかこんな所で話の分かる奴に会うとはな。お前名前は?」
「ヒヒヒ、私は“ゲノム”と申します。以後お見知りおきを」

 ローブの男はゲノムと名乗り、グレイに軽くお辞儀をしてみせた。そして更に話を続ける。

「この国の連中はどうも頭が悪い様ですなグレイ様。普通に考えて呪いのスキルを手にした者が英雄に、ましてや勇者などになれる訳がありません」
「ハハハハハ! そうだそうだ、その通りだゲノムよ。俺はやっとまともな奴と出会えて嬉しく思うぞ」
「有り難いお言葉ですグレイ様。しかしながらやはり呪いの力と言うのは強力ですね。少し考えれば分かる事なのに、こうも大勢の人間が毒されてしまっています」

 グレイが単純なのかゲノムの口が上手いのか。
 先程まであれだけ警戒していたグレイはいつの間にか会ったばかりのゲノムに心を開いてしまっている様子。

「確かにな。そこが問題なんだ。今は勇者の俺の想像ですら超える状況になってしまっている」
「分かりますよ。だからグレイ様は呪いの力で毒されている皆さんを助けようと、ジーク・レオハルトの実態を暴く為にこの闘技場での決闘を選ばれたんですよね」
「ん、ああ、まぁそういう事だ。俺が奴よりも上である事を証明すれば全てが解決するからな」
「ヒヒヒヒ、流石真の勇者様。実力のみならず頭脳も素晴らしいです」
「そりゃ当然だろう。俺が勇者なのだからな。ハッハッハッハッ」

 完全に裏で主導権を握ったゲノム。彼の真の目的に気付いていないであろうグレイは愉快に笑っていた。

「それにしても、お前は一体何者だ。何故まだ誰にも言っていない闘技場や決闘の事を知っている?」
「ヒヒヒヒ。別に怪しいものではありません。実は人よりも少しだけ“占い”が得意でして。何分占いも傍から見れば胡散臭いと感じる人も多く、中々こちらが伝えたい本質に気付いてもらえないんですよね」
「成程、ある意味今の俺と似た境遇だな。因みにお前の占いとやらは当たるのか?」
「確実ではないですがそれなりには。グレイ様が勇者スキルを手にする事や、ジーク・レオハルトが災いを引寄せるという事は分かっていました。グレイ様がこの闘技場でジーク・レオハルトと決闘するという情報も占いによって得ましたし、結果“貴方が勝つ”という事も私には既に分かっております」

 ゲノムの言葉を鵜吞みにしたグレイは完全に気分が良くなり彼の事を信じ切っていた。

「グレイ様、もし宜しければコレをどうぞ」

 ゲノムはそう言ってグレイに何かを渡す。

 グレイが手にしたのは見た事の無い赤い結晶。
 更にその赤い結晶はグレイが触れた途端パッと強く輝き出したのだった。

「な、何だコレは……?」
「遂に見つけた――」

 驚くグレイを他所に、ゲノムは誰にも聞こえないぐらいの小さな声でそう呟いていた。

「ヒッヒッヒッヒッ。大丈夫ですよ。その輝きは直ぐに収まります。それはただの魔除けの石……とでも言っておきましょうか。持っているだけでグレイ様に寄ってくる邪の気を払い、少しだけ貴方の力を増幅させる効果があります。
まぁ勇者のグレイ様にそんなものは必要ないと思いますが、それもジーク・レオハルトを確実に葬る為の保険だと思っていただければと」
「そういう事か。分かった。なら有り難く頂いておこう。何だか目に見えない不思議な力を感じるからなこの石は。コレと闘技場の細工で絶対に奴に勝つぞ俺は」
「真の勇者はグレイ様です」

 そう言って、グレイとゲノムは月明かりの下で不気味に笑い合うのだった――。 
♢♦♢

~王都・エスぺランズ商会~

「そういう事だったか。まさかゲノムがそんな前から水面下で動いていとはね」

 シュケナージ商会の件を終えて再びエスぺランズ商会に来た僕達は、エミリさんの仲間のスキルでクラフト村にいるイェルメスさんと連絡を取っていた。赤い結晶についての新たな情報をイェルメスさんにも伝える為だ。

「そのゲノムって言うのはこの前レベッカを人質に取った男よね? あの時ジークが倒したんじゃなかったかしら」
「ああ、確かにあの時ジーク君がゲノムを倒したが、そもそもアレは奴の本体ではないだろう。それにもっと言えば、ゲノムは私が何十年も前に勇者と共に1度倒している筈」

 そう。
 ゲノムは本当に実態が掴めない男。イェルメスさんの見解ではきっと奴の黒魔術が関係していると。

「まぁ奴の黒魔術は当時から大分手を焼いたからね。奴は何かしらの方法で生き延びた、あるいは生き返ったとでも考えるのが妥当だろう。通常なら有り得ないが奴はまた特殊だからね。十分に可能性はあるだろう」
「やっぱ昔の魔王軍団はおっかない連中ばかりだったんだな。それで? ゲノムは今何処にいるんよ」
「さぁな。そこまでは私も分からん。寧ろ分かっていれば直ぐにでも奴を止めに行くさ」

 イェルメスさんでさえも居場所が分からないとなると僕達にもお手上げだ。まぁそもそもそんな簡単に見つかるならここまで苦労していないんだよな。

 手掛かりだったグリムリーパーやシュケナージ商会の件でもこれ以上の情報は得られなかった。ゲノムが絡んでいる事は明らかになったけど、結局今僕達はここから動きようがない。

 最後の手段としては僕が『感知』スキルを使って国中探し回るぐらいしかないだろうか。

 どうしようも出来ない状況に僕達が頭を悩ませていると、徐にエミリさんが口を開いた。

「初めまして、大賢者イェルメスさん。伝説の勇者パーティの方とこうしてお話し出来るなんてとても光栄です」
「私はそんな大層な人間ではない。君がエスぺランズ商会のエミリ君か。その若さで王都一の商会を築くとは大したものだ。私より君の方が素晴らしい功績を残しているね」
「とんでもありません。今回の一件は我々エスぺランズ商会にとっても無視出来ないものとなりました。イェルメスさん、魔王復活など本当に有り得る事なのですか?」
「そうだね。私もとても信じ難いが、相手があのゲノムとなれば話は別だよ。何が何でもそんな事は阻止せねばいかん」

 魔王や魔王軍団はかつて世界を脅かした悪の根源。誰もがあんな悪夢を2度と経験したくないだろう。それに当時最前線で戦っていたイェルメスさんの話じゃ、魔王達とイェルメスさん達の勝負は紙一重と言っても過言では無い程厳しい戦いだったと言う。

 普段優しく穏やかなイェルメスさんが「もう2度と経験したくない」と珍しく強い感情を込めて言っていたのが印象的だ。

「そうですか。我々エスぺランズ商会は貴方達に全面協力するつもりです。出来る事があれば何でも言って下さい。こちらで何か情報を得たら直ぐに知らせます」
「ありがとうエミリ君」
「一先ず僕達もクラフト村に戻ろうか。そこでこれからの事を考えよう」

 こうして一旦話し合いは終わり、翌日エミリさん達に別れを告げた僕達はクラフト村に帰った。

♢♦♢

~クラフト村・冒険者ギルド~

 クラフト村に帰って早くも数日が経過した頃、特に大きな変化もない日々を過ごしていた僕達に突如“それ”はやって来た――。

「ジークさん、何か見覚えのある手紙がまた届いてましたよ」
「ありがとうございます。なんだろう?」

 徐にサラさんから渡された手紙。
 僕はそれを手に取った瞬間思わず「げッ!」と声を出してしまった。

「それ、もしかしてまたグレイ様からですか?」
「うん。今度は何だよ一体」

 手紙の差出人が直ぐに分かった僕は、また面倒事にならない様にと祈りながら手紙を開いた。

 すると、やはり見覚えのあるグレイの筆跡。
 しかも彼は言葉で綴れる最上限の挑発と怒りと憎しみを込めた文面を紙ギッシリに綴っていた。内容の殆どが僕に対する恨みつらみ。

 結局重要な内容は“お前と決闘を行うから王都に来い”という一文だけだった。

「ジーク様の実の弟ですが、本当にあの方は救いようがありませんね。いつまでも小さいプライドに囚われています」

 レベッカにしては珍しく棘のある言い方だけど、これは誰もが思う正論だ。

「とんでもない馬鹿なんよ。この間のモンスター討伐会で十分自分とジークの実力が分かった筈だろ」
「本当に血の繋がった兄弟かしら。相手にするつもりじゃないわよね? ジーク」
「う~ん……そもそも何でグレイはこんなに僕の事を毛嫌いしているんだろうか。まさか本当に腹違いの兄弟とかで、僕だけがその事実を知らされていなかったとか……?」

 思い当たる節がなさ過ぎてそんな馬鹿な事が一瞬頭を過った。

「きっとグレイ様はジーク様より劣っているという事が認められないのです。実力も名声も人柄も性格も全てにおいてジーク様が勝っていますから」
「いや、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、僕もそこまでの人間ではないから……」

 やはりグレイに対するレベッカの対応が冷たい。
 まぁ当然と言えば当然だけどね。僕も別にグレイの味方をするつもりはさらさらない。

「どうするんですかジーク様。この話をお受けに?」
「そうだね。一応受けようかなとは思っているよ」

 何気なくそう言うと、横にいたルルカとミラーナが驚いた表情で僕を見てきた。

「マジかよ。こんなのわざわざ受けるのか? 明らかに時間の無駄なんよ」
「全くだわ。こんな馬鹿放っておきなさいよ。それより私達はゲノムを探す方が先じゃない」

 2人の意見もごもっとも。何だか僕の家の事で迷惑を掛けて申し訳ないよ本当に。

「ルルカとミラーナの言いたい事もよく分かる。だから僕はこの決闘を受けて、もし僕が勝ったらゲノムを探す手伝いをしてもらおうかと思っているんだ。
勿論グレイが素直に応じるとも思えないけど、レオハルト家は少なからず他の貴族や王族とも繋がりがあるから、独自の情報網でなにかゲノムの事が分かるかもしれない」
「確かに……。レオハルト家なら試してみる価値はありますね。どの道あれから手掛かりが見つかりませんし」
「うん。今は少しでも手掛かりが欲しいからね」

 ゲノムは確実に魔王復活への計画を進めている。
 それに、僕はなんだかその日がもう遠くない様な気がするんだ――。
~王都~
 
 決闘当日――。

 グレイが指定した場所まで行くと、そこには見た事もない大きな闘技場が建設されていた。しかもどうやって呼び込んだのか、モンスター討伐会にも引けを取らない大勢の人達が僕とグレイの決闘を観戦しに来ているではないか。

「凄い人の数ね」
「これもレオハルト家の力ってやつか? 大層暇と金を持て余してるんよジークの弟は」
「恐らくグレイ様はこの決闘で、王都中に自分の方がジーク様より上だと証明したいのです」
「成程ね。自分が負けるなんて微塵も思ってないなこれは。もし負けたら取り返しがつかなくなるんよ」

 ルルカの言う通り、きっとグレイも今日全てのケリを着けようとしているんだろう。こんな事をしても無駄だとまだ分かっていないみたいだなグレイ。

「おお! モンスター討伐会優勝者のジーク君だぞ!」
「本当だ、ジークさんサイン下さい!」
「今日も絶対に勝って下さいね! 応援していますから」
「Sランク冒険者の実力を間近で見られる凄い機会だよな!」

 僕が歩いていると、大勢の人達に声を掛けられ声援を送ってもらった。まさかこんな事態になっているとは想像だにしていなかったな。

 僕とグレイの正式な決闘――。
 きっと大半の人がレオハルト家で何が起こっているのか興味津々といったところか。

 呪いのスキルと勇者スキル。
 追放者と跡継ぎ。
 兄と弟。

 皆はそういった様々な要因が絡んだこの決闘にとても関心を抱いている様子だ。

 闘技場は真ん中に広くスペースが設けられており、その周りを取り囲む様に客席がある。言わずもがなあの真ん中が僕とグレイの決闘の場。

「じゃあ行ってくるよ」
「ジーク様なら問題ないと思いますが、気を付けて下さいね」
「まぁ一瞬で片付くだろ」
「早く終わらせてまた美味しいものが食べたいわ」

 闘技場に突如響いたアナウンスによって皆はどんどん客席に移動し、僕は闘技場へと向かう為に一旦レベッカ達と別れた。

 僕はそのまま皆の視線が注がれる中央の闘技場へ。

 そして。

「お久しぶりですね……父上――」
「逃げずに来た様だな」

 闘技場の真ん中に立つ父上とグレイ。
 父は僕と一瞬だけ目を合わせた後、そのまま無言で場を後にした。

「お前の悪運も今日で終わりだ。俺が勝って真の勇者が誰かという事を全員に証明してやる!」
「勇者は自分から証明したり力を誇示する者じゃない。なるべくしてなるんだ。グレイ、もし僕が勝ったら1つだけ要求を聞いてくれないか?」
「どこまで舐めてんだテメェ! お前如きが勇者を語るな! それにもし勝ったら要求を呑めだと? ふざけるのも大概にしろよクソがッ!」
「……!」

 次の瞬間、話し合う余地もなくグレイは剣を抜いて僕に斬りかかって来た。

 ――シュバン。
 何とか反応した僕はサイドステップでグレイの攻撃を躱す。

「さぁ、さっさとお前も剣を取れ。俺はお前と呑気に話し合いをしに来た訳じゃねぇからな!」
「グレイ……。分かったよ。だったら僕も遠慮はしない。勝って無理矢理にでも僕の話を聞いてもらう」
「ハッハッハッハッ! だからテメェと話す事なんてないって言ってんだろう馬鹿が! 死ねッ!」

 殺意を全面に出したグレイは怒涛の連続攻撃を放つ。

「うらあああッ!」

 ――シュバン、シュバン、シュバン、シュバン!
 血相変えたグレイは高速で剣を振るいまくる。

「おお! 凄い剣術だ」
「流石は勇者スキルを授かったレオハルト一族」

 グレイの実力を垣間見た客席からは歓声が上がっていた。
 幼少の頃から一緒に特訓をしてきた僕には分かる。グレイには剣術の才能もあって実力が高いという事を。更に勇者スキルを手にしたグレイはきっと、僕が思っている以上に実力を伸ばしている。

 そう思った。
 いや、確かにそう思っていた筈。

 だが。

「うらうらうらうらぁぁぁ!」

 何だ……この攻撃の“遅さ”は――?

 僕を騙す為の作戦なのか? 
 はたまた何かのスキルの効果か?

 それにしても何の意味があってこんなに攻撃が遅いんだ……。全部余裕で躱せてしまう。

 ――シュバン、シュバン、シュバン!
「ちっ、ちょろちょろ逃げてるんじゃねぇ! 死ねやジークッ!」

 作戦……ではないとするなら、やはりスキルの効果か。
 グレイのゴールドの腕輪が光っているから何かしらのスキルを発動しているんだ。

 だが、これは一体何のスキルだ。

 わざわざ自分のスピードを遅くするスキル? 仮にそうだとしても戦闘で使うスキルではない。だったらこれは何のスキルなんだ。

 僕はグレイの遅い攻撃を躱しながら色々と考えを巡らせていると、ある1つの結論に辿り着いた。

 もしかして……グレイは“スキルを使ってこの速さ”なのか――?

 想定外の仮説に辿り着いた僕は、グレイからのフェイントやカウンター、魔法攻撃等を考慮しながら試しに動いてみた。すると僕の仮説は真実に近付く。

 これはグレイの作戦でもなければ特殊なスキルでも何かを狙っている訳でもない。これがスキルを駆使したグレイの実力なんだ。

「うらぁぁぁ!」

 とても信じ難い結論であったが、僕は全てを確かめる為にスキルも剣も何も使わずただただ空いていた左腕でパンチを放った。

 これでハッキリする。

 グレイが何か切り札を隠しているのならその正体がッ……『ドガッ!』

「え?」
「ゔがッ……!」

 僕の左拳は全く遮られる事無くグレイの脇腹にヒット。
 食らったグレイは悶絶の表情で動きが止まった挙句、余程具合が悪くなる位置に入ったのだろうか、そのまま脇腹を抑えたまま崩れる様に地面に片膝を着いた。

「「うおぉぉぉぉ!!」」
「え……グレイ?」

 決闘に動きが見られた事により、客席は大いに盛り上がりを見せる。

「ぐッ……く、くそがッ! たまたま一撃入れたからって調子に乗るんじゃねぇぞ……! ゲホッゲホッ!」 

 歯を食いしばりながら僕を睨みつけるグレイ。

 ちょっと待て。なんだこの“弱さ”は。
 それとも僕がいつの間にか強くなっているのか?

「畜生、まさかこんなに早く使う事になるとは思わなかったが仕方ねぇ……!」
「――⁉」

 グレイが怒号交じりにそう言い放った瞬間、突如僕の足元に魔法陣が浮かび上がってきた。

「消し飛べ!」

 何が起こるかは分からなかったが、直感で避けた方がいいと思った僕が『神速』スキルを発動して足元の魔法陣から距離を取る。

 すると次の瞬間、魔法陣は強い光と共に激しい爆発を巻き起こした。

「なッ⁉ あ、あそこから躱しただと……⁉」

 今の攻撃はもしかしてグレイにとって重要だったのかな。
 何か企んでいるとは思っていたけど、その切り札がこれなら余りにお粗末だぞ。

 そんな事を思いながらも、僕はそのまま神速のスキルを駆使して一瞬でグレイとの距離を詰める。そしてそのまま剣の切っ先を顔面ギリギリの所まで突きつけた。

「あ……ああッ……」

 僕の攻撃に恐怖を覚えたのか、グレイは震えながら剣を落とすと、糸が切れた人形の如く地面に項垂れてしまった。
「「うおぉぉぉぉ!!」」

 あれ、まさかこれで終わり?

 戸惑う僕を他所に、闘技場内は勝負が着いたと言わんばかりの盛り上がりを見せる。

 レベッカとルルカとミラーナも客席から僕の所に駆け寄って来てくれた。

「やっぱり一瞬で勝負が着いたなジーク!」
「ってか弱過ぎじゃないかしら。この程度でよくあんな粋がっていたわね」
「お疲れ様ですジーク様」

 周りの歓声とレベッカ達の言葉で徐々に終わった事を実感する。

「ハハハ、なんだか訳わからない内に終わっちゃったな」
「当たり前にジークが強いのよ。私は始まる前から分かっていたわ」
「私もです。グレイ様にもこれに懲りて気持ちを入れ替えていただきたいですね。実力も然る事ながら、ジーク様とは根本的に求めている強さが違うんです」
「悪いけどあれは俺でも勝てたんよ。ヒャハハ」

 まさかこんな結果になるなんて思わなかった。
 ここまでグレイと差が出る程僕は力を付けられという事なんだろうか。まぁこのブロンズの腕輪を、呪いのスキルを与えられたから色々あったからな。

 全ては引寄せの力のお陰だろうけど、僕自身も少しは成長出来ているみたいだ。

「ハァ……ハァ……ハァ……あ、有り得ない……絶対に有り得ないぞこんな事は……」

 地面に項垂れながらブツブツと呟いやくグレイは、握り締めた拳を何度も何度も地面に打ち付けている。

「くそッくそッくそッくそぉぉぉぉ……! ふざけんじゃねぇ! 俺は……俺の勇者スキルは最強じゃないのか⁉ 何故こんな事になってやがるんだッ!」

 恐らく今のグレイには周りの音が耳に入っていないだろう。
 殺意、憎悪、恨み、怒り。
 そういった類の負の感情が顔つきや全身から溢れ出ている。

「地に落ちたか、グレイよ――」
「ち……父上……ッ」

 地面に崩れるグレイに対し、ゴミを見るかの如く見下す父上の冷酷な視線。唾を吐く様にそう言った父は、グレイにそれ以上の言葉を掛ける事なくそのままゆっくりと僕に近付いてきた。

 目の前に立ち塞がる父上。

 こうして面と向かうのは、僕がレオハルト家を追放されたあの日以来――。

 父上はあの時と同じ酷く冷たい視線を僕にも送り、父上の纏う空気感に思わず生唾を飲み込んだまさに次の瞬間。

 父の口から出た発言は想像だにしていないものだった。

「ハッハッハッハッ! 素晴らしい、素晴らしいぞジークよ! それでこそ我がレオハルト一族の勇者だ! お前のこれまでの実績はまさにレオハルト家に相応しい。喜べ。今すぐにお前をレオハルト家に戻してやるぞジークよ!」

 父上は高らかに笑い声を挙げながら、当たり前かの様に僕にそう言い放ってきた。

 余りに突拍子の無い発言に場が一瞬で静まり返る。

 一体何を言っているんだこの人は――。

 きっと僕以外にもレベッカ、ルルカ、ミラーナも全く同じ事を思っている筈。そう確信出来る程に今の父上の発言は理解出来ない。しかもそれを本気で分かっていないのは貴方だけだよ父上。

「ハッハッハッ。ん、どうした。嬉しくないのか? お前は自分の実力を証明した上に、それを認めた私がレオハルト家に戻っていいと言っているのだぞ。お前にとってこれ以上ない喜びだろう」

 いや、今更驚く事ではない。
 昔から父上はこれが正常運転だ。
 僕にはそれが分かっている。
 
 でも、分かっているのに余りに場違いな発言に何と返していいのか分からない。

「頭大丈夫かしらこの人……。ねぇジーク、貴方本当にこの親と弟と家族だったのよね? とても信じられないわ」

 言葉を失っていた僕に変わって、ミラーナが思っていた事をストレートにぶつけてくれた。

「ここまでイタいと笑えもしないんよ。お前よくまともに育ったな。家出れて良かったじゃん。レベッカちゃんも」
「ルルカさんの意見に初めて完全一致です」

 レベッカとルルカとミラーナはそれぞれ思いの丈を吐き出すなりとても軽蔑した目で父上を見ている。

「なんなのだお前達は。これは由緒ある我がレオハルト家の問題。庶民には関係ないだろう。使用人のお前も戻って良いぞ。これからもジークの世話をしなさい」

 皆を馬鹿にした発言に、遂に僕も黙っていられなくなった。

「父上、今の発言は訂正して下さい! 皆僕の大切な仲間だ。レベッカももう使用人じゃない。それに父上が何と言おうと僕はレオハルト家には戻りませんよ」
「何ッ……? ジークよ、お前本気で言っているのか?」
「寧ろ貴方が本気で言っているんですか父上。申し訳ありませんが僕が戻る事は絶対に有り得ません。レオハルト家にはグレイがいるでしょう。父上が期待している勇者に選ばれたグレイが」

 僕がそう言うと、父上が再びグレイに視線を戻すと同時に深い溜息を吐いた。

「ふぅ……。アイツはもうダメだ。これだけ大勢の人間の前で無様な姿を晒した上に、私とレオハルト家の名に泥を塗った。ここまで失態はもう取り返しがつかん」

 ここにきても尚も面子を気にするか。
 この人は一体何が大事なんだ。

「申し訳ございません父上……。で、ですが俺はッ……「俺は何だ? 貴様この期に及んでまだ言い訳をするつもりなのか。恥を知れ! 貴様は負けたのだ。正々堂々ジークと正面からぶつかってな。貴様などもうレオハルト家にはいらん。負け犬として野垂れ死ね」
「そ、そんなッ……。父上! 待って下さい! 俺はまだ、まだ“負けていない”――!」 

 そう言ったグレイは突如勢いよく立ち上がり、何やらズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 そしてグレイが勢いよく手を引き抜くと、そこにはあの赤い結晶が握られていた――。

「それは……⁉ グレイ! 何でお前がそれを持っているんだ!」
「黙れ! どいつもこいつも好き勝手言いやがって。勇者である俺が最強なんだッ!」

 グレイの激しい殺意に呼応するかの如く強く輝き出した赤い結晶。その輝きは衝撃波となって近くにいた父上や僕達に襲い掛かった。

「ぐわッ⁉」
「僕の後ろに来るんだレベッカ!」
「くッ。何だこの力は……!」

 衝撃に耐えきれなかった父上は勢いよく吹き飛ばされ、結晶から輝く不気味な輝きはそのまま膨れ上がったかと思いきや今度はグレイの体を包み込んでしまった。

「フ……フフフ……フーーハッハッハッハッ! 凄い、凄いぞ! どんどん力が溢れ出てくる!」

 グレイを包んだ不気味な輝きが徐々に薄れていくと、次に姿を現したグレイのその体は、顔や腕や足などの至る所が人間のそれとは違う異形な姿に変わっていた――。
「おいおい、何だアレは」
「グレイ……」

 人間離れしたグレイの姿に驚く僕達。
 一方のグレイは力が沸き上がっているのか再び高笑いをし出した。

「ハッハッハッハッ! 凄まじい力だ。これならば誰にも負ける気がしない。勝負はここからだジーク。覚悟しろ!」

 明らかに異質な存在。グレイの体を侵食している何かは確実に赤い結晶の効果によるもの。

 すなわち、裏にはゲノムがいる――。

「待つんだグレイ! 早くそれを捨てて正気を保て! お前の命が危ないぞ!」

 赤い結晶がどんな効果を持っているのかは分からない。でもグレイの体から溢れ出る禍々しいオーラは常軌を逸している。命の危険がある事も一目瞭然だ。

「フハハハ、黙れ。今の俺には分かるぞジーク。お前は俺の真の力に怯えているな。ほら、どうした? さっきまでのスカした面はどこにいったッ!」
「グレイ……。お前その赤い結晶をどこで手に入れたんだ。ゲノムという男を知っているのか!」
「五月蠅い。随分焦っているな。もうお喋りはいいだろう」

 そう言いいながらグレイがこちらに掌を向けた瞬間、先程よりも強い衝撃波が手から放たれた。

 ――ブォォン!
 反射的にヤバいと感じた僕は『無効』スキルを発動して衝撃波を斬り払い、何とかグレイの攻撃を防いだ。

「小癪な技ばかり使いやがるな。だが今のは全然本気じゃないぞ。これが負け惜しみではない事は分かるだろうジーク」
「くッ、やっぱり力で分からせないと無理なのか……。皆! 客席にいる人達の避難を頼む! グレイは僕が1人で相手をする」
「分かった。無茶はするなよジーク。行くぞミラーナちゃん、レベッカちゃん」

 ルルカが2人を連れて皆の避難に動いてくれた。

「ジーク様、気を付けて下さいね!」
「ありがとうレベッカ」

 最後にレベッカはそう言い残し、エミリさんの後を追う様にその場を去って行く。

 モンスター討伐会の時と似たような状況だな。皆が避難し終えるまでは絶対に被害を出さない様にしなくちゃ。まぁ討伐会の時と違ってグレイは完全に僕だけを敵としてもみてる。それが唯一の救いだな。

「別にわざわざ避難などさせなくてもお前以外に興味はない」
「仮にそうだとしても、今のお前の力は周りの人達を巻き込みかねないだろう」
「ちっ、そういういい子ぶった所が昔から癇に障るんだよ。綺麗事ばっか吐きやがってクソがッ!」

 グレイは溢れ出る禍々しい魔力を両腕に集める。
 その魔力はみるみるうちに刃の様な形に変形し、グレイはその場で大きく腕を振るった。すると刹那、刃から放たれた魔力が斬撃となって僕に飛んできた。

「はあッ!」

 ――バシュン、バシュン!
 グレイの攻撃に対して再び無効スキルを発動させた僕はグレイの斬撃を打ち消す。

「下らんスキルの効果か。ならばこれはどうだ!」

 魔法系統の攻撃が効かないと判断したグレイは今度は接近戦を仕掛けて来た。赤い結晶の力で大幅に能力が上昇しているグレイは剣術と体術を連続で繰り出してくる。

「フハハハ! 簡単には終わらせんぞジーク!」
「ぐッ……!」

 攻撃の速さも重さも今までのグレイとは次元が違った。
 余りの怒涛の攻撃にこっちから反撃するタイミングがない。
 神速スキルで防ぐのがやっとだ。

「いいぞ! そういう面が見たかったんだ。苦痛に顔を歪めるお前のその無様な面をな!」
「くそッ……」

 グレイの力がどんどん膨れ上がっている。
 今までに討伐したどのSランクモンスターよりも強いな。

 このままだとまずい。

 一瞬。一瞬でいいから何とか隙を作って攻撃に転じないと。

「隙あり!」

 しまッ……⁉

 隙を作るどころか僅かな焦りで逆に隙を作ってしまった僕。そしてそれを見逃さなかったグレイは、体勢を崩した僕の脇腹目掛けて横一閃に剣を振るってきた。

 ――ガキィンッ!
「なにッ⁉」
「……!」

 攻撃を食らったと思った次の瞬間、グレイの剣は僕を捉える直前で“何か”に衝突し勢いよく弾かれた。

「間一髪間に合ったね。大丈夫かいジーク君――」
「イ、イェルメスさん!」

 僕の視界に突如映ったのはイェルメスさんの姿。
 きっと今グレイの攻撃を防いでくれたのはイェルメスさんの魔法だ。

「何者だ貴様!」
「思った以上に深刻な事態となっているね。一気に片を付けよう」

 静かにそう言ったイェルメスさんは直後魔法を発動させ、グレイの動きをピタリと止めた。

「ぐッ、なんだこれは……! 体が動かんッ」
「今だジーク君!」

 イェルメスさんの言葉に反射的に体が動いた僕は、『必中』スキルを発動させてグレイの持つ赤い結晶目掛けて剣を振り下ろした。

 ――パキィン。
 僕の攻撃が見事赤い結晶を捉え砕くと、グレイの体から禍々しいオーラが一気に抜けていく。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁッ……! な、何しやがるんだクソがぁぁ!」

 悶絶の表情を浮かべながら怒鳴り散らしてくるグレイ。
 これで何とか赤い結晶の力は消せただろうか。

「ゔぐッ……! ハァ……ハァ……ハァ……ゔがぁぁぁぁぁぁ!」

 体を蝕んでいた禍々しいオーラが全て抜け切ると、グレイは意識を失いそのまま地面に倒れ込んでしまった。

「グレイ!」

 僕は倒れたグレイの元へ駆け寄る。
 良かった、息はしている。見た感じ傷も負っていないみたいだ。

「ジーク君、彼は大丈夫かね?」
「あ、はい。何とか無事そうです。ありがとうございましたイェルメスさん。助かりました」
「いやいや。私も来るのが遅くなってしまってすまない。まさかこんな事態になっているとは」
「グレイがあの赤い結晶を持っていたんです。それで急にあんな力が……『――ブオオオオオン!』

 僕とイェルメスさん会話を引き裂くかの如く、突如消えた筈の禍々しいオーラが再び溢れ出しグレイの体を包み込んでしまった。

「なッ⁉ これは……!」

 思いがけない事態に驚く僕とイェルメスさん。
 
 そして。

 そんな僕達を更に困惑させるかの様に、何処からともなく不気味な笑い声が響いてきたのだった。

『ヒヒヒヒヒ。流石にこの段階ではまだ無理でしたね。それでも今回はかなり収穫がありましたよ。また“来るべき日”にお会いしましょう。ジーク・レオハルトに大賢者イェルメスよ――』

 次の瞬間、禍々しいオーラに包まれたグレイは一瞬にしてその場から姿を消してしまった。

「ゲノム⁉」

 何処からともなく響いた声の正体が奴だと分かった瞬間、僕は辺りを見渡すと同時に『感知』スキルを発動させたが既にゲノムもグレイの魔力もどちらも感知出来ず、2人は霧の様に消え去ってしまったのだった――。

「逃げられたか」
「くそ。イェルメスさん、あれは間違いなく……」
「ああ、ゲノムだな。どうやら知らぬ間に君の弟とも接触していた様だね。
それにしてもあの力……余り考えたくはないが、あれは“魔王”の魔力とかなり似たものを感じたな」
「えッ、それってまさか魔王が復活したって事ですか⁉」
「いや、さっきのゲノムの言葉通りならまだだろう。だが復活するのは目前だ。早く奴を見つけないとマズいな」

 僕とイェルメスさんがそう話していると、皆を避難させ終わったレベッカ達が戻って来てくれた。

「ジーク様! お怪我はありませんか?」
「あれ、お前の弟はどこ行ったんよ」

 状況がいまいち把握出来ていないであろうレベッカ達に、僕は今起きた事を全て話した。

「そんな事があったんですね……」
「またあのローブの野郎が現れたのか」
「じゃあジークの弟はゲノムに連れて行かれたって事? 仲間だったのかしら」
「いや、どうだろうな。一瞬しか見ていないが、私にはゲノムが彼を利用している様に思えたが」

 現状ゲノムとグレイが手を組んでいるのかどうかは分からない。でも繋がっているのは明らかだ。今回グレイに与えていたあの力の影響は凄まじい。イェルメスさんの言う通り、ゲノムは本当にもう魔王復活を目前にしている。

「って言うかいつの間に来てたんよ、イェルメスさんは」
「丁度君達と入れ違いになったかな」
「イェルメスさんが来てくれなかったら僕は危なかったよ」
「それはそうとジーク君、これはゲノムと関係しているか分からない……いや、今ので恐らく十中八九確信に変わっているが、実は北部の荒野で大量のモンスター軍を見つけてな。そいつらが大移動を始めたんだ」

 モンスターの大移動? それって……。

「“モンスター大群襲撃(スタンピード)”が起こっている。しかもその進路は真っ直ぐ王都に向かっていると思われる。これもきっとゲノムの仕業に違いないだろうね」
「スタンピードって、大量のモンスターで街を襲わせるとかいうあの魔王軍団の⁉」
「ああ。当時の魔王も使っていた方法だよ。今は兎も角アレを先に止めないと大惨事を招く事になるだろう」

 そんな……。
 次から次へと、ゲノムの奴は何を考えているんだ。絶対に許さないぞ。

「イェルメスさん、モンスター達の居場所は分かるんですよね? なら直ぐに止めに行きましょう」
「焦る気持ちも分かるが少し落ち着いてくれ。まだスタンピードがここに辿り着くまで数日の余裕がある。幸いあのままの進路なら小さな村1つないからね。
それに止めるにしても、それなりの準備や作戦を練らなければアレは防げない」

 不測の事態の連続に困惑していると、そこに姿を現したのは意外な人物だった。

「どうやら魔王復活の時が目前に迫っている様だね、ジーク君――」
「レ、レイモンド様⁉ 何故こんな所に」

 僕達の前に颯爽と現れたのはまさかのレイモンド様。

「君が弟と正式に決闘するという知らせを聞いてね。実は最初から見学させてもらっていたんだよ」
「そうだったんですか……!」

 レイモンド様とそんな会話をし始めた矢先、またも意外な人物が会話に入ってきた。

「ぐッ……おお、これはこれは……レイモンド様ではありませんか」
「貴方は……キャバル氏」
「父上⁉」

 突如会話に入ってきたのは意識を取り戻した父上。
 父上はゆっくりと体を起こすと、レイモンド様に頭を下げた。

「ご無沙汰しておりますレイモンド様」
「……ああ。久しぶりだねキャバル氏。確か最後に会ったのは、ご子息のグレイ・レオハルト君を正式な跡継ぎにとしたと言う報告をしてくれた以来かな?」
「左様でございます。ですがお言葉ですがレイモンド様。ご覧の通り正式な跡継ぎとしたグレイがこんな醜態を晒してしまいました。なので我がレオハルト家の次なる跡継ぎはやはり長兄であるジークに委ねる事に致しました。
既にSランクとしてレイモンド様のご依頼を受けているとの事で、今後共御贔屓に長いお付き合いをと思っております」

 絶句――。

 この言葉が今程当てはまる事はきっとこの先の人生でないだろう。
 
 僕は迷いなくそう言い切れる。

 張り詰めていた緊張がある意味別の緊張で張り詰められた。
 今の父上の言葉を聞いていた僕以外の皆も、既に言葉を失ってただただ呆然と父上を眺める事しか出来なくなっている。

 なんと哀れな人なんだろう。
 実の父親なのにそんな事を思ってしまう挙句にとても恥ずかしい気持ちだ。

 本当なら真っ先に僕が何か言葉を発しなければならなかったのだが、そんな僕よりも先にレイモンド様が口を開いたのだった。

「……成程。では正式な跡継ぎはやはりグレイ君ではなくジーク君にすると?」
「はい! ジークこそ我がレオハルト家の名に恥じない人間です」
「レオハルト家の名に恥じないね……」

 そこで一瞬口を噤んだレイモンド様。
 だが次の瞬間、レイモンド様は広い闘技場に響き渡る程の大声で喝を飛ばした――。

「何時までそんな下らぬ事を言っておるのだ愚か者めがッ!!」
「ッ……⁉」

 何時もの穏やかなレイモンド様とは真逆の形相。
 突然の事に父上は勿論、場にいた僕達も驚きを隠せなかった。

「よいかキャバル氏よ! 私は其方と先代とその愚かな価値観が昔から目に余っていたのだ! 確かにレオハルト家は代々名のある勇者一族であるが、自分の保身や上っ面の名ばかり気にした傲慢で愚かな振る舞いや態度はとても由緒ある一族に相応しいとは思えぬ!
こんな事態を招いたのも、そもそもはそんな其方に原因があるという事がまだ分からぬかキャバル氏よ!」
「あ……そ、それは……その……」

 国を背負う国王という偉大な存在と威厳を前にした父上はぐうの音も出ない有り様。

「一族に誇りを持ち名を守るのは素晴らしい事だ。だがそれよりも先ず人として真っ直ぐ、何が最も大切かを見極めるのだ。レオハルトの名ではなく自らに恥じない生き方をしろ。 分かったか――!」
「は……はいッ! 申し訳ございませんでした! し、失礼します!」 

 父上はそう言って深々とレイモンド様に頭を下げると、逃げる様にして闘技場から去ってしまった。

「申し訳ない。つい国王という立場を忘れて感情的になってしまった」
「い、いえ! とんでもございません! 本当なら息子の僕がハッキリと伝えるべきでした。ありがとうございますレイモンド様」

 僕がそう言うと、レイモンド様は少々バツが悪そうながらも何時もの穏やかな表情に戻っていた。

「よし。それじゃあ皆を一度城に招待しよう。これからの事を話し合わなければいけない様だからね」

 僕達は皆互いに頷き合い、レイモンド様と共に城に向かった――。
♢♦♢

~某所~

「つッ……あれ、ここは……」
「ヒヒヒ、目が覚めましたかグレイ様」

 王都ではない何処か。
 見覚えなのない場所でグレイは目覚めた。

 目の前にいる黒いローブの男がゲノムという事は分かった。他でもない自分に赤い結晶を授けてくれた理解者であるからだ。

 そんな事を思いながらグレイはゆっくりと自分の現状と思い出せる限りの記憶を辿る。

「そうだ……俺は確かアイツと決闘をしていてそれで……」
「はいそうです。貴方はジーク・レオハルトに惨敗。私があげた結晶を使っていただけた様ですが、それでも勝てなかったのですね」

 ゲノムに言われ、グレイは自分に起きた事を全て思い出した。

「くそッ、そうだ思い出したぞ。俺はあの野郎に負けかけた。だがあの赤い石の効果で凄まじい力を手にしたんだ。ジークの野郎も後少しで……ぐッ!」
「まだ動かない方がいいですよ。力の反動に体が耐えきれていませんからね」

 顔を歪めながら、グレイはジークを仕留め切れなかった事への怒りを露にしている。

「畜生ッ、あそこまでして俺は奴を仕留めるのに失敗したのか……! 何をやっているんだ俺は。本当に忌々しい奴だなジーク。何故勇者の俺がこんな目に……!」
「ヒヒヒ、その真相は明白ですよグレイ様。理由は至ってシンプル。貴方の勇者スキルより、ジーク・レオハルトの引寄せスキルの方が圧倒的に上なんです――」

 ゲノムの予想外の言葉に、グレイは直ぐに意味が理解出来なかった。

「更にジーク・レオハルトは短期間と言えど、それなりの経験を積んだ筈。その分がまた貴方との実力差を付けたんですよ。折角結晶をあげたのに残念でしたね。まだグレイ様では彼に勝てるレベルではありませんでしたか」
「何だと貴様ッ! この俺を馬鹿にするなど、たたじゃ済まさんぞ!」
「いやはや、そんな怖い顔で言われましてもねぇ。私は事実を述べただけです」
「いちいちイラつかせる野郎だな。元はと言えば、途中であんな邪魔が入らなければ俺は勝っていたんだ!」

 全てを懸けたグレイにとってそう簡単には負けを認められない。大勢の人の前で、更に父上の前で醜態を晒してしまったグレイはこの赤い結晶の力が最後の頼みの綱だった。 

「それはどうですかね。ジーク・レオハルトの本気はあんなものではないでしょう。あの場には大勢の人がいましたし、無駄な殺生をするタイプでもありません。グレイ様とも何か話したそうでしたから手加減をしていたと思いますよ」
「ふざけるなッ……! さっきから何だお前は! 俺の味方じゃなかったのか⁉」
「勿論味方ですよ。ただ引寄せのスキルの真価はあんなものではないと言いたかったのです。ヒヒヒヒ」

 不敵な笑みを浮かべるゲノムに一瞬苛立ちを覚えたグレイであったが、ふと冷静になった彼はゲノムの発言に引っ掛かりを感じた。

「そういえばさっきからお前が言っているその“引寄せ”とやらは何の事だ。勇者の俺より上のスキルなんてものが存在するというのか?」

 まさかと思いながらも、グレイはこれまでの事を走馬灯の様に思い出していた。

 もし今ゲノムのが言った様に本当に勇者スキルよりも特別なスキルが存在するとなれば、ジークがあれだけの力を身に着けたのも十分頷けるとグレイは思った。

 だが決して認めるとは言えない。

「ええ。存在しますよ」
「お前はその事について知っているのか?」
「はい。知ってるも何も、元々引寄せが呪いのスキルであると“デマ”を流したのは私ですから――」
「何だって……」

 想定外の説明に頭が困惑するグレイ。
 一方のゲノムはここぞとばかりに流暢に経緯を話し始めるのだった。

「ヒッヒッヒッ。実はですね、あの『引寄せ』というスキルはかつて魔王軍団にいた預言者が、私達魔王軍団を壊滅に追いやる災いのスキルであると預言しました。その預言者の預言は絶対。

当時あらゆる手段で引寄せのスキルを持った勇者を滅ぼそうとしましたが、結果は予言通り。忌まわしい勇者に魔王様は討ち取られ我らが魔王軍団は滅びました。

私は死ぬ直前に自身の黒魔術で何とか生き延びる事に成功したので、こうして魔王復活を狙っているのです。
それと同時に今度こそ魔王軍団が世界を物にする為、忌まわしき引寄せのスキルの存在を何十年も前から私が情報操作し、その結果が今に至るという事ですね。はい。
分かっていただけたでしょうかグレイ様――」

 ゲノムはスラスラと話し終えると、再び口角をキュっと上げてグレイを見ていた。

 一方のグレイは目を見開いたまま中々言葉が出てこない。

 無理もないだろう。
 例え物分かりが良く理解力のある者であったとしても、目の前の人物が何十年も前の魔王軍団の生き残りであるという上に堂々と魔王を復活させると言っている。挙句の果てにはスキルの情報操作も行ったと。

 突然そんな事を告げられ、はいそうですか。と誰がなるであろう――。

 驚きと戸惑いで正常に脳が働かないながらも、グレイは出来る限り平常心を保ちながら言葉を振り絞った。

「……って事はなんだ、お前は元魔王軍団の生き残りで、本気で魔王復活を企んでいると……?」
「はい」
「しかも現代で呪いのスキルと呼ばれている『引寄せ』とやらは魔王を倒した勇者も持っていた最強のスキルだと……?」
「そうです」

 1つ1つ自分の中で飲み込む様に確認していくグレイ。

 ここまで実感がない話だと怒りや呆れを通り越してただ頷く事しか出来ないのだとグレイはこの時初めて体感したのだった。

 しかし、1度無になった筈のグレイの心の奥底からは再び“憎しみ”の火種が生まれる――。

「成程。つまり最強だと思っていた俺の勇者スキルは偽りだったと。本当の選ばれし者はジークという事なのか」

 生まれた火種は一瞬で炎となり燃え上がる。
 グレイは爆発しそうな感情をグッと堪えながら、自身の手首に光るゴールドの腕を見て舌打ちをした。

「グレイ様のスキルもかなり強いですよ。それに嘘はありません。ただ最強は引寄せです」
「それはもういい。それより俺に渡したあの赤い結晶は何だ。 何故あんな力が出せる?」
「ヒヒヒヒ。流石、お目が高いですねグレイ様。あの結晶は使っていただいた通り、使用者の力を大幅に高める物。ですがあれはまだ未完成なんですよ」
「あれで未完成? ならば完成すればあれ以上の力が出せるのか?」

 結晶に興味を示すグレイを見たゲノムはずっとニヤニヤとしている。

「それは勿論」
「だったらその完成品を俺にくれ。もしくは未完成でも構わない。もう1度あの力さえ使えれば今度こそジークを殺してやる!」
「ヒッヒッヒッ、それでこそグレイ様です。貴方はこんな所で埋もれる器ではありません。本気でジーク・レオハルトを消すならもっといい方法がありますよ――」

 そう言ってゲノムはグレイを自分の思い描く方向へとどんどん誘導していく。

「何だって……。スタンピードで王都ごと襲うだと……?」

 想像以上の事態を聞かされたグレイは再び戸惑いを見せた。

「あれ、私が思っていた反応と違いますね? グレイ様には赤い結晶よりも更に力の強い結晶をお渡ししますよ。それでスタンピードの先頭で指揮をとっていただきたいのです」
「いや、流石にそれは……」
「どうして迷っているのですか? お言葉ですがグレイ様が家や王都に戻ったとしても、周りからの目はとても冷ややかなものになっている事は確実です。
それどころか結晶の力で人外の姿を晒しましたからね。グレイ様が魔族や化け物扱いされていても可笑しくありません。それでも戻りたいですか?」

 ゲノムの言葉には一理あった。
 最早グレイには戻る場所も帰る場所も行く場所も何もない。全てを失ってしまったのだ。

 そしてゲノムの言う通り、グレイはジークを倒したいという一心で魔族の力にも手を染めてしまった。そう思ったグレイの心には最後の引っ掛かりがスッと消え、開き直ったグレイは新たな決意と覚悟を決めた。

「それもそうだな……。ここまで来たら後戻りは出来ない。ならいっそ全てをリセットして1から俺の思う国を築くのも悪くない」
「ヒッヒッヒッ、その通りですよグレイ様。貴方にはそれだけの力が備わっているのですから」
「よし。そうと決まればその結晶とやらをよこせ。世界を変えに行くぞゲノム――」