♢♦♢
~王都・城壁の上~
余りに突然の出来事に、私は自分の目を疑ってしまった――。
こうしてモンスター討伐会を開いて大勢の前で自分の名を言うのは、私にとっても毎年恒例となっている。今年も王都は凄い熱気と歓声に包まれているわね。
そんな事を思いながら集まってくれた人達を見渡していた瞬間、私は胸の高鳴りと共にある1人の男の人に目が留まった。
“ジーク・レオハルト”――。
間違いない。不意の出来事に思わず驚いてしまったけど、私が彼を見間違える筈ないわ。今の私があるのも彼のお陰。だって貴方は私の原点であり、私が憧れる強い人間なんだから。
「どうかされました? エミリ様」
「いえ。今年もこれだけ多くの方が参加してくれて、何だか感慨深いなと」
挨拶を終えて椅子に座った後も尚、私は無意識に彼を見てしまっていた。
ジーク・レオハルト……彼の名前を初めて知ったのは、もう何年も話になるわね。
♢♦♢
~王都・数年前~
まだ私が幼少の頃、まだこの王都は今程豊かではく安定しているとは言えない国だった。
私はそんな時、偶然ある男の子と出会った――。
商会をしていたお父さんとこの王都まで足を運んでいたあの日、あの日は雲1つ無い快晴の天気だった事を今でもよく覚えている。
「……さあさあ! 今日は珍しく“上玉”が入荷した! 滅多に手に入らない代物だぜ! 買った買った!」
青空の下、辺り一帯によく通る声で髭を生やした男が商売をしていた。彼が売っているのは“人”。いわゆる奴隷商というやつだ。
男が上玉と言って売ろうとしていたのは子供の私よりも更に2~3歳年が幼いであろう1人の女の子。髪はボサボサで服もお世辞にも綺麗とは言えない装いだったけれど、その女の子は幼いながらに顔立ちが可愛く、綺麗な“桜色”の髪をしていたのが印象的。
私は子供ながらに下品さを感じていた。
売る男も勿論そうだけど、そこで足を止めてたり買おうと寄って来る貴族やお金持ち達の視線や感覚が、子供ながらにとても嫌だと思った。
とは言っても、私なんかがそんな事を思っていたとしても目の前の現実は微塵も変わる事無く、ただただ当たり前に過ぎていくだけ。奴隷となる人生は絶対に自由など与えられないのだろうと理解も出来ていた。
子供の私なんて無力。
でも私は純粋にあの女の子を助けたいと思った。
「お父さん、あの女の子助けたい! 奴隷って大変なんだよね?」
私はお父さん服の裾を掴んで懸命に訴え掛けたけれど、お父さんは困った様な顔をしながら「それは出来ない」と静かに呟いた。
幼いながらも何となく理由は察する事が出来た。
あの女の子を助けるには言わずもがなお金が必要になる。しかもその場で払って終わりじゃない。当然その先も。
でも当時の私達にはそもそもそんな余裕もない上に、まだ名もないエスぺランズ商会がこれから王都で大事な基盤を築いていくという時に奴隷商との取引は出来ないとお父さんが言った。
私もそこまで馬鹿ではない。お父さんが言っている事の意味も理解出来たし、改めて自分は何1つ出来ない人間なんだと実感させられるには十分だった。
どうしようも出来ない。
私は自分の無力を噛み締めながら何度も何度も言い聞かせるように心の中で繰り返し、自分よりも幼い女の子に手を差し伸べてあげる事すら出来ない虚無感から逃げようとその場を後にした。
と、その次の瞬間。
「すみません! 僕がその子を引き取らせてもらいます――!」
己の無力から目を背けたと同時、私の後ろからその声が響いた。
反射的に振り返った私の視線の先には、高価そうな装いに身を包んだ1人の男の子。奴隷となっている桜色の髪の女の子と同じぐらいの歳だろうか。多分私よりも年下。
しかもその男の子は明らかに場違い。
奴隷の女の子を買おうと集まる大人達の最前列に出て堂々と手を挙げて言い放つ彼は、戸惑う周りの大人達の反応見る限り恐らくその子の単独の行動だ。
子供の悪戯とはいえ周りの目も冷ややか。
しかし、当の本人は一切濁りのない透き通った瞳で奴隷の女の子に目をやり、更に何の躊躇もなく真っ直ぐ彼女に手を差し伸べる。ニコリと屈託のない笑顔を見せる彼に、気が付けば奴隷の女の子も自然と差し伸べられた手を掴んでいた。
私にはその光景が女の子なら誰でも1度は思い描くであろう、悩めるお姫様を颯爽と助ける“王子様”に見えたのだ――。
後にも先にも私の人生でこの瞬間程自分が無力だと思った事は無かった。後悔した。
だからこそ、私はこの時の悔しさを胸に頑張ろうと決意した。何時かお父さんに頼る事も無く、自らの意志で行動を起こし責任を取る。そして自分に堂々と嘘を付くことなく生きられる強い人間になろうと。
あの少年の様に。
それから暫くして、あの少年がレオハルト家という勇者一族出身で、“ジーク・レオハルト”という名である事を知れた――。
「まさかこんなところでお会いできるとは」
「ん? 何か仰られましたかエミリ様」
「いえ、何でもありませんよ」
モンスター討伐会が終わったら彼と話してみたいわ。
私の人生を変えるきっかけを作った、ジーク・レオハルトと。
そんな事を思いながらモンスター討伐会を見守る事数十分――。
討伐会も終わりが近づいてきた頃、突如妙な気配を感じた。
何でしょう……この気配は。
「どうしましたか、エミリ様」
突然椅子から立ち上がった私に、周りの皆も不思議そうな視線を向ける。けれど今はそれどころじゃない。
何? 向こうから何か嫌な感じが――。
そう思った次の瞬間、森の奥から勢いよくこちらに近付いてくるモンスターを見つけた。
「あれは……“グリムリーパー”⁉」
黒いモヤモヤとした瘴気の体に骸骨の頭。不気味に伸びる骨だけの腕には巨大な鎌を持っている。
「なッ、何故グリムリーパーなんかが⁉」
「有り得ません! 我々がおびき寄せているのはスライムやゴブリン程度の下級モンスターのみです! グリムリーパーなんて“Aランクモンスター”をおびき寄せるなんて不可能ですよッ……!」
突然の事態に場は一瞬で物々しい雰囲気に。
グリムリーパーはAランクモンスターの中でも攻撃力が高くて危険。大勢人が集まっているこの場で暴れられたら大変だわ。
「皆を安全な場所に避難させて! 私がグリムリーパーを引きつけッ……『――ズガァァン!』
刹那、一瞬で距離を詰めてきたグリムリーパーは手にする巨大鎌で城壁を破壊してきた。
「「うわぁぁぁぁッ⁉」」
グリムリーパーの一撃によって辺りに轟音と地響きが起こり、場は瞬く間にパニックとなってしまった。
「皆さん落ち着いて! 私が食い止めるからその間に貴方達は早急に避難させて!」
「はいッ!」
私は剣を取り城壁から飛び降りる。
グリムリーパーはその身をユラユラと揺らめかせながら骸骨の頭を私に向けてきた。
これ以上暴れさせない為にもここで倒す。
手にする剣に力を込めた私はそのままグリムリーパーに突っ込みを剣を振るった。
――ガキィン!
「くッ、重い……!」
しかし私の攻撃は簡単に奴の鎌に弾き返されてしまう。その後も連続で攻撃を繰り出したけれど全て防がれてしまった。更に今度はグリムリーパーが巨大鎌を私目掛けて振るってきた。
やばいッ!
――ガキィン!
「ぐッ!」
凄まじい巨大鎌の一振りに私は辛うじて剣で身を守ったものの、奴の強烈な攻撃によって勢いよく体を飛ばされ城壁に叩きつけられてしまった。
衝撃で一瞬息が詰まる。
けれど幸いな事に致命的なダメージはない。
私は自分の体のダメージを確かめながらゆっくりと立ち上がり、再び剣を構えてグリムリーパーと対峙する。
だが次の瞬間、私が反応出来ない程の速さで間合いに入って来た奴は既に巨大鎌を振り下ろしており、奴の巨大鎌の切っ先が私の眼前まで迫っていた。
あ。死ぬ――。
「危ない!」
――ガキィィィィン!
私が死を悟って目を瞑った刹那、突如誰かの声が響いたと同時に、何かと何かがぶつかる衝突音が轟いた。
「ふう、間に合って良かったぁ。大丈夫ですか?」
ゆっくりと目を開けると、そこにはあの時の王子様……私の人生を変えた“ヒーロー”の姿があった。
「ジーク……レオハルト――」
♢♦♢
「あれ、また何かスキルが増えてるぞ」
モンスター討伐会も終わりの時間が迫ってきた頃、何気なくブロンズの腕輪に目をやるとそこには新たなに『感知』というスキルが追加されていた。
「今度は感知か。ひょっとして魔力やモンスターを感知してくれるスキルかな? だとしたら今の僕にとってはかなりの当たりスキル」
物は試しだと、僕は早速『感知』スキルを発動してみた。
すると、自分を中心に周囲3㎞までの魔力が感知出来た。
「おお……やっぱりそうだ! これは便利だぞ」
森一帯からは多くの参加者達やモンスターの魔力を的確に感知出来る。対象の魔力の強さや性別。モンスターも種類まで分かる。
「うわぁ、皆頑張ってるな。僕も急がないと。ってそう言えば、まだ『神速』のスキルも使った事がないよね。これは何だろう」
討伐会の真っ最中にも関わらず、新たなスキルの追加でふとそんな事が気になってしまった。こっちの『神速』スキルも物は試しと発動させると、次の瞬間目にも留まらぬ速さで動く事が出来た。
「これも凄いな! 神速自分の動きを速めてくれるスキルなんだ。どうしてもっと早く気付いて使わなかったんだよ僕は」
これならもっと早く移動してもっと早くモンスターを倒せるじゃないか。
新たな発見に俄然やる気が出て来た僕は、『感知』と『神速』を同時に発動させて再び森の中を駆け回る。
当たり前だけど、モンスターの位置が手に取る様に分かる挙句に動きも速くなった事で今までとは比にならない速さでモンスターを討伐する事に成功中。
「これは早い。モンスター討伐会専門と言っても過言ではない程マッチしたスキルだ。この調子で残りも一気に……!」
そう思った刹那、城の城壁付近から凄まじい魔力を感知した。
「こ、この魔力は……グリムリーパー⁉」
何でAランクのグリムリーパーなんて危険なモンスターがここに⁉ ってヤバいぞ。そこは一般の観覧者達も集まっている場所だ。早くグリムリーパーを倒さないと皆が……!
予想だにしていなかった状況に焦りが生まれつつも、僕は『神速』スキルを使って一直線にグリムリーパーの元へ向かう。神速スキルのお陰で直ぐに城壁が見え、その前に巨大な鎌を持っているグリムリーパーの姿を捉える事が出来た。
「いた。皆も逃げようとしているみたいだから何とかアイツを止めないと……ん?」
僕はグリムリーパーの魔力ばかりに気を取られていたが、良く見るとそこにはエスぺランズ商会の責任者でもあるエミリさんの姿があった。
「え、ヤバいぞ」
グリムリーパーを視界に捉えたのも束の間、奴は持っていた巨大な鎌を振り上げると、そのまま一切の躊躇なくエミリさんに向かって振り下ろそうとしていた。
「くッ……間に合え……!」
『神速』スキルを使ってもギリギリ。
僕は一心不乱に突っ込み、グリムリーパーが振り下ろした鎌とエミリさんの間に間一髪割り込んだ。
「危ない!」
――ガキィィィィン!
グリムリーパーの強烈な攻撃を何とか受け止めた僕。見た感じエミリさんも無事そうだ。
「ふう、間に合って良かったぁ。大丈夫ですか?」
「ジーク……レオハルト」
エミリさんは僕が突如現れた事に驚いているのか、目を見開いてじっとこちらを見ていた。
何だろう。今何か言った様だけど気にせいかな?
『ウヴぁァァ!』
「ッ⁉」
間一髪エミリさんを守れたかと思いきや、容赦ないグリムリーパーは言葉にならない呻き声を発しながら再び巨大な鎌を振り上げた。そして鎌に黒い瘴気を集めると、奴は勢いよくを鎌を振って黒い瘴気を斬撃として飛ばしてきたのだった。
「エミリさん下がって!」
僕は『無効』スキルを発動させてそのまま黒い瘴気を斬り払い、立て続けにグリムリーパーの体を一刀両断。しかし、実体のないグリムリーパーは霧の如く体を揺らめかせると、何事も無かったかの様にまた元の姿に戻った。
『ヴぃオオ』
「ダメか。なら『必中』スキルで核を狙うしかない」
まだ皆は避難している最中。絶対にここを通しちゃいけない。
「ありがとうございますジークさん。私も戦います」
「え、僕の事知ってるんですか? と言うかダメですよエミリさん。無理はせずに休んでいて下さい。僕がやりますから」
「そんな事を言っても、相手はAランクのグリムリーパーよ。1人なんて無謀にも程があるわ」
『ギァヴヴ!』
僕とエミリさんの会話を阻む様に、グリムリーパーは巨大な鎌を振り上げながらこっちに向かってきた。
あの体に攻撃が効かないなら狙うは鎌か骸骨の頭部。恐らく核は頭部だろう。僕は『必中』と『神速』のスキルを同時に発動させて思い切り剣を振り抜いた。
――バキィン!
『グャぁガガァァ……!」
「よし。狙い通り」
核を破壊した確かな手応えと共にグリムリーパーを見ると、奴は一際大きな呻き声を挙げるなりそのまま消える様に消滅していってしまった。
「「おおぉぉぉぉぉぉッ!!」」
「わッ⁉」
グリムリーパーを倒した瞬間、突如城壁の方から凄い歓声が響き思わず驚く。何だろうと思い反射的にそちらに視線を移すと、城壁の向こう側で避難していた観覧者達が砕かれた壁の穴からこちらを見ていた。
どうやら僕がグリムリーパーと戦っていたのを何時からか見ていたんだろう。
「ありがとう少年!」
「グリムリーパーを倒すなんて凄いわ!」
「あの子は確か先日Aランクに上がったレオハルト家の子じゃないか?」
「誰でもいいじゃないか! 兎に角君のお陰で助かったよ。ありがとう!」
思いがけない歓声とお礼を受けた僕は、少し恥ずかしながらも一先ず皆に頭を下げた。良かった。何とかグリムリーパーを倒せて。でも本当に皆大丈夫なんだろうか。僕が来る前に既に被害が出ているんじゃ……。
「まさかあのグリムリーパーを1人で倒すなんて驚いた。流石私のヒー……勇者一族のジーク・レオハルトね。ありがとう」
「お礼なんてとんでもないです。それよりエミリさんは怪我とかしていないですか? 他の皆は?」
「大丈夫よ。ジークさんのお陰で被害が出る前に止められたわ。私もちょっと体を強く打っただけで大した事ないから」
「そうですか。なら安心しました! そう言えば何で僕の事知っているんですか?」
何気なくそう尋ねると、エミリさんは何故か少し顔を赤らめて一瞬言葉に詰まっている様に見えたが、「主催者として討伐会の参加者は全員把握しているだけですよ」と僕に言った。
凄いな。
これだけ大勢の参加者達を覚えているなんて。
流石は王国でも随一の大商会、エスぺランズの最高責任者だ。僕とそれ程変わらない歳なのに本当に凄いな。
僕は改めてエミリさんという人の凄さを実感しながら、予想外のハプニングを乗り越えて無事にモンスター討伐会を終えたのだった――。
♢♦♢
「レベッカ!」
「ジーク様!」
グリムリーパーでの騒動が一旦落ち着き、僕は討伐会を観戦していたレベッカ、ルルカ、ミラーナと合流した。皆無事で一安心。
「こっちは大丈夫だった? ルルカもミラーナも」
「私達は大丈夫ですよジーク様」
「そうそう。ただ城壁が破壊されて皆パニックになっただけなんよ……って、そっちにいるのは麗しき剣姫エミリちゃん!」
ルルカは真っ先に僕の隣にいたエミリさんに反応を示した。
「貴方達がジークさんの仲間ね。怪我がなさそうで良かったわ。こんな事態になってしまって本当にごめんなさい」
「とんでもございません。エミリ様のせいではありませんし、貴方のお陰で大勢の方が助かっていますよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると幾らか心が救われる。でも皆を危険な目に遭わせてしまったのは紛れもなく私達の責任でもあるわ」
エミリさんはそう言うと、ふと何かを思い出したかの様にレベッカを見て話を続けた。
「その“桜色”の髪……。ひょっとして貴方はあの時の――」
エミリさんがそこまで言いかけた直後、エスぺランズ商会の人達がエミリさんの元に駆け寄って来た。
「エミリ様! ご無事でしたか」
「良かった。心配しましたよ!」
「ありがとう、私は大丈夫よ。それより他の皆は大丈夫?」
「はい。避難の際に数名転んで掠り傷を負ってしまった様ですが、幸いそれ以上の被害は出ていません」
エスぺランズ商会の人達の報告を聞いてエミリさんは安堵の表情を浮かべる。
「そう。なら良かったわ。この結果も全てはジークさん、貴方のお陰ね。あのままだったら間違いなく被害が広がっていたわ。私自身の命も危なかった。本当にありがとう」
「いえいえそんな。エミリさんが懸命にグリムリーパーを引き留めてくれていたからですよ」
「フフフ。貴方はやっぱりヒーローね」
「え……?」
「いや、何でもないわ。独り言よ」
エミリさんはそう言って優しく微笑んでいた。
「それにしても、何故グリムリーパーなんて危険なモンスターが……」
そう。僕もそれが気になっていた。
モンスターをおびき寄せる効果のスキルとは言え、それはスライムやゴブリンを引寄せるだけのもの。グリムリーパーみたいなAランクをおびき寄せるなんてまず有り得ない。実際に過去のモンスター討伐会でも今日みたいな事は1度もない。
まさか僕のスキルのせいじゃ……。
と、心の片隅でそんな事を思ってしまうのも無理ないだろう。
一応グリムリーパーを倒した直後に新しく習得した『感知』スキルで周囲を感知したけど、特にこれと言って怪しい魔力や人物は見つからなかった。
エミリさんもエスぺランズ商会の人達も色々討論していたが、結局原因は分からないとの事だ。
「兎も角大事に至らなくて良かった。皆にもしっかりと状況や経緯を説明して、今年のモンスター討伐会もここから最後盛り上げて締めにしよう」
「「はいッ!」」
エミリさんの言葉にエスぺランズ商会の人達が元気よく返事をし、不測の事態に見舞われながらもモンスター討伐会は無事終了――。
♢♦♢
「それでは……最後に皆様に大変ご迷惑をお掛けしてしまいましたが、これよりモンスター討伐会の結果発表をさせていただきます!」
「「おおぉぉぉ!」」
突然のグリムリーパー襲来によって一時はどうなる事かと思ったが、エミリさんやエスぺランズ商会の人達の説明によって再び皆に盛り上がりが戻った。
そしてこのモンスター討伐会の1番の目玉とも言える結果発表。司会役の人からマイクを受け取ったエミリさんが皆の前に立つと、場のこの日最高の盛り上がりを見せた。
「ありがとうエミリー!」
「エミリちゃんのお陰で皆助かったぞ!」
「流石美しき剣姫!」
「来年も期待してるぞエスぺランズ商会!」
今回の様な事態を引き起こしてしまったと、エミリさんはさっき事情を説明して皆にお詫びをしていたが、毎年何よりも安全で楽しくモンスター討伐会を開催しているエミリさんやエスぺランズ商会の人達の誠意に、誰も嫌な顔をする者がいなかったのだ。
それだけ皆がエスぺランズ商会を慕っており、年に1度の大きな催しを楽しみにしているという事。
巻き起こる歓声の中、エミリさんの声がマイクを通して辺りに響いた。
「皆様、本当に温かいお気持ちをありがとうございます。こうして毎年開催できるのも、私達エスぺランズ商会を日頃より御贔屓してくださっている皆様のお陰です。
それと、今回の様な事態を引き起こしてしまった事、今一度皆様にお詫び申し上げると共に、グリムリーパーを倒して私や皆様を救ってくれたジーク・レオハルトさんにご称賛を! 彼は大勢の命を救ったヒーローです!」
「「おおぉぉぉぉ!」」
エミリさんのまさかの発言で、場にいた人達が一斉に僕を見て歓声と拍手を送ってくれた。急な事に戸惑う僕は取り敢えず皆に何度も頭を下げて応えた。
「流石ですねジーク様。ジーク様の強さが皆様にちゃんと伝わっています」
優しく微笑みながら言ったレベッカの一言で、僕は不意に何か込み上げてくるものがあり泣きそうになってしまった。
「下らん茶番はそこまでだ! さっさと結果を発表しろッ――!」
多くの歓声を一瞬で掻き消したのはグレイの怒号。
皆の視線が瞬く間に僕からグレイに移り、場は一気に静まり返った。
「何を見ている? 早く討伐会の結果を発表しろと言っているんだ」
グレイはギッと僕を睨みつけ、直ぐにエミリさんや進行役の人がいる祭壇を見てそう言った。
「……そうですね。それでは今年のモンスター討伐会の結果発表をさせていただきます。宜しくね」
「あ、は、はい!」
一瞬の静寂の後、エミリさんはそう言って進行役の人に再びマイクを渡す。そしてそのまま遂に結果発表へ。
「今年も多くの参加者が盛り上げてくれたモンスター討伐会! 見事モンスターを討伐しまくり優勝となったのは――」
最後はバタバタで討伐どころじゃなかったな。優勝は難しいかもしれないが、何より皆が無事で本当に良かった。グレイにはまた何を言われるかわからないけど別にいいか。
そんな事を思った次の瞬間、進行役の人から発せられた名前は……。
「歴代の“最高討伐数”を記録した“ジーク・レオハルト”さんです!」
「「おおぉぉぉぉ!!」」
え、僕ッ⁉ 嘘でしょ?
驚く僕を他所に、場はまたも一気に盛り上がった。
「おい、待て待て待てッ!」
「……?」
皆の盛り上がりを再び鎮めたのはグレイ。
グレイは物凄い形相と怒号でどんどん祭壇に詰め寄って行った。
「どうなってやがる! アイツは後半グリムリーパーと戦って討伐してないんだろう⁉ 皆を救ったとかそんな外的要因で結果が左右されちゃ納得出来ん! しっかりと討伐数で評価しろ! 優勝は絶対俺だろうが!」
「……いえ、外的要因は関係なく……シンプルに“討伐数だけ”の結果です」
「は? そ、そんな事ある訳ねぇだろ……! アイツは後半倒してなかったんだろう⁉ グリムリーパーの相手して!」
「はい……。ですから“それも含めて”ジークさんが優勝です。因みにグレイ・レオハルトさん、貴方の討伐記録は44体。ジークさんは“390体”です。なので優勝はジークさんです。間違いなく。圧倒的に」
「なッ……ば、馬鹿な……」
結果を聞いたグレイは一点を見つめたまま膝から崩れ落ちた。
結果は僕にとっても意外だった。まさか自分が優勝しているとは。
周りの人達もグレイの横暴な発言や態度に冷ややかな視線を送りながらあれこれ言っている。
ハッと我に返ったのか、グレイは地面を殴って勢いよく立ち上がると、「このままでは終わらせん! 絶対に許さねぇからな!」と僕に怒鳴り散らして場を去って行ったのだった。
こうして、ドタバタのモンスター討伐会の幕は閉じた――。
♢♦♢
~城~
「緊張するなぁ……」
「ジーク様でも緊張するものなのですね」
「それにしても無駄に広いわね。国王様はまだかしら?」
「お宝一杯ありそうだよな。1つくらい取ってもバレないよな」
「ダメに決まっていますよ」
モンスター討伐会から数日後。
僕達は優勝者に贈られるという“英雄の指輪”を貰う為に王国の城に招待されている。
本来であればモンスター討伐会の時に国王のレイモンド様から授与される予定だったのだが、グリムリーパー騒動でバタバタした為また後日日を改めてという事になったのだ。
そしてそれがまさに今。
「フフフ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。レイモンド様もジークさん達に会える事を楽しみにしているわ」
「そうですかね。ならいいんですけど……。エミリさんはレイモンド様に何度かお会いした事あるんですよね?」
「ええ。一応エスぺランズ商会は王族御用達なの。だから私も毎回ではないけれど、レイモンド様とお話しする時があるわ」
僕達はエミリさんとそんな会話をしながら、長くて複雑な廊下をどんどん進んで行く。
エミリさんは本当に凄い人だな。
僕達と大して年齢が変わらないのに、王国一のエスぺランズ商会のトップを務めているんだから。
「さぁ、着いたよ。扉開けるけどいい?」
徐に1つの扉の前で止まったエミリさんは、扉の取っ手に手を掛けながら僕達にそう言った。
「大丈夫よ。レイモンド様はとても気さくで素敵な方だから」
「うわぁ、やっぱ緊張するな」
僕達が緊張するのを他所に、エミリさんは慣れた手つきで扉を開く。
すると、大きな扉の向こう側にはとても広い空間が広がっており、中は如何にも高価そうな家具や敷物が敷かれて部屋の最も奥には玉座に鎮座する国王レイモンド様の姿があった――。
もう十数年前だろうか。
この王国は少し前、今程平和で治安が良いとは決して言えない国だった。特に奴隷や人身売買の違法商会が多く何かと被害やトラブルが起こっていたらしいが、それを改変させたのがレイモンド様だと言われている。
お陰で今はとても治安が良くて暮らしやすくなったんだ。
「おお、来てくれたか。元気そうだねエミリ君。皆わざわざ足を運ばせて悪かったね」
治安の悪い国を改変させた方だからきっと威厳があって少し怖い人なんだろうと勝手にイメージしていたが……。
「ほらほら、そんなとこに立っていないでどうぞ腰を掛けてくれ。皆冷たい飲み物でいいかな?」
思っていたイメージとは大分違った。確かにエミリさんが気さくな方だとは言っていたけど、それでも思った以上にフランクだ。
「ご無沙汰しております、レイモンド様。早速ですが、こちらが先日のモンスター討伐会で優勝したジーク・レオハルトです」
「あ、は、初めまして……! ジーク・レオハルトと申します」
「フハハハ。そんなにかしこまらなくてもいい。成程な、君があのグリムリーパーを討伐して民の命を救ってくれたという英雄か。民を救ってくれた事、国王として礼を言いたい。ありがとうジーク君!」
「え、え、英雄だなんてそんなッ……! やめて下さい! ぼ、僕全然大した事していませんので。はい!」
レイモンド様からのまさかのお言葉に焦った。何て言ったのかも覚えてない。今僕お礼を言われた? 国王様に?
「実力も然ることながら謙虚さがあって良いな。とてもあのレオハルトの一族とは思えないね」
「え、家を知っているんですか?」
「勿論。君の家は代々勇者を輩出している名のある一族だからね。でも、先代と君の父には私も数回お会いしたことがあるが、少し傲慢でどうも他者を下に見ていてねぇ。
……っていかんいかん。こんな事をジーク君に言うのはとても失礼で場違いだったな」
「いえ、とんでもないです。本当の事なので」
やっぱりそう思っていたのは僕だけじゃなかったんだな。実の父親の事を言われているのに不思議と何も思わない。非情になったのだろうか僕は。
「湿っぽくしてしまったな。今日はモンスター討伐会の優勝祝い、めでたい席だったね。フハハハ! モンスター討伐会優勝おめでとうジーク君。そしてそんな君の実力を見込んで早速頼みがあるんだ」
レイモンド様は穏やかながらも少し真剣な顔つきで僕に言ってきた。
「頼みですか?」
「ああ。実はねジーク君、君の実力は以前から知っていて何時か話す機会がないかとずっと思っていたんだ。何せあの大賢者イェルメスさんの推薦となれば間違いない。だから私から直々に依頼を頼みたいんだよ」
成程、そう言う事か。
確かに魔王を倒した勇者やイェルメスさんならばレイモンド様と繋がりがあっても何も可笑しくない。寧ろ普通だよね。
って、ポイントはそこじゃない。
レイモンド様から直々の依頼と言ったか今。
勇者スキルを持っている訳でもない僕に……⁉
「え、あの~、レイモンド様。国王様の依頼を僕が……ですか?」
「ああ。是非信頼出来る君に頼みたい」
「で、でも確か……国王や王族の依頼を受けられるのは実力ある勇者かSランクの冒険者の筈ですよね? いや、レイモンド様から直々に頼まれるなんてとても光栄で嬉しいですけど……僕は勇者でもなければSランクでもないですし」
僕が困りながらそう言うと、レイモンド様は懐から何かを取り出してそのままそれを僕に渡してきた。
「じゃあはいコレ」
レイモンド様から受け取った物を確かめようと自分の両手に視線を落とすと、そこには英雄の指輪があった。
「英雄の指輪を手にした者は当然実力者という事になる。だから君をAランクからSランクに昇格させる。私に実力を認められたSランク冒険者となれば依頼も受けてくれるかな?」
「――ッ⁉」
人間は驚き過ぎると声が出なくなる。
レイモンド様が何を言っているのか直ぐには呑み込めなかった。
「凄いわねジークさん。レイモンド様直々のご依頼なんて」
「やはりジーク様は真の勇者です! ジーク様の優しき強さが遂に国王様にも認められましたね」
エミリさんとレベッカが声を掛けてくれてたが、僕はまだ全然実感が無くてフワフワしている。
僕がSランク冒険者……しかもレイモンド様から直々に依頼を頼まれている……。何がどうなっているんだ僕の今は。
「レイモンド様が答えを待ってるんよ。Sランク冒険者のジークさん」
「あ! え、え~と、そのッ……!」
「テンパり過ぎだわジーク。貴方の実力ならこれぐらい当然よ」
「はい! ぼ、僕なんかで宜しければ、是非受けさせていただきます!」
「フハハハ。ありがとう」
緊張でガチガチながらもレイモンド様に返事をすると、レイモンド様はまた懐から何かを取り出して僕達に見せた。
「では早速依頼の話をさせてもらうが、ジーク君。君は“コレ”を知っているかな?」
「それは……!」
レイモンド様が手にしていた物。
それは僕が何度も目にした事のある、あの赤い結晶だった――。
♢♦♢
~王都~
「いや~、それにしてもこの間のモンスター討伐会は凄かったな」
「本当だよな。剣姫と呼ばれるエミリさんがいなかったらどうなっていた事か」
「確かに。でもそのエミリさんでも苦戦したモンスターをあっさり倒したジークさんはマジで凄いぞ。歴代最高数で討伐会も優勝したし!」
「ああ。前人未到の早さでAランクまで昇格したのは伊達じゃないよな。それにしても、何でレオハルト家はそんな強い人を追放したんだろうか……」
王都を歩いていると、何処からともなくグレイにそんな会話が耳に入ってきたのだった。
「クソが」
吐き捨てる様に一言だけ呟いたグレイ。
あれから王都では先日のモンスター討伐会の話題で持ち切りであり、王都を歩けば多くの者達が討伐会の話をしていた。
しかもその話の内容は全てエスぺランズ商会のエミリ・エスぺランと討伐会の優勝者であるジーク・レオハルトばかり。特にジークについては皆が称賛し、これまでの実績も相まって彼の事を“勇者”だと呼ぶ者も一気に増えていた。
少し前まではレオハルト家やジークに訝しい視線が送られていたが、今では180度評価が変わった挙句にその矛先が改めてレオハルト家とグレイに向いている。
「何故だ? 何故こんな事になっている。可笑しいだろうがよ」
――ドン。
グレイが眉間にシワを寄せてブツブツと文句を言いながら歩いていると、向かいから来た通行人とぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
「ってぇな。どこ見て歩いてやがる! 三流の庶みッ……」
グレイは皆まで言いかけてふと我に返る。
周囲から浴びせられる冷ややかな視線を感じ取ったからだ。
「おいおい、あれって確かレオハルト家の子だろ?」
「ああそうだ。『勇者』スキルを出したレオハルト家の次男だ」
「幾ら名のある家だからってあの態度はないだろう。チンピラみたいじゃないか」
「何でレオハルト家は長男のジークを追い出してあの子を跡継ぎにしたのかしら?」
様々な言葉を浴びせられたグレイは、一瞬感情のままに怒鳴り散らしそうになったがグッと堪えて冷静になった。
(くッ、どいつもこいつも……! だがダメだ。落ち着け。ここでこんな庶民共に言い返した所で何の得にもならん。そもそも奴の事でこんなにムキになる必要すらないだろう。
バカが大勢吠えようと俺が選ばれし勇者である事実は変わらないんだからな)
グレイはそんな事を思いながら無言でその場を後にした。
♢♦♢
~王都・レオハルト家~
「え……。い、今なんとッ……?」
家に帰ったグレイ。
彼はたった今、父キャバルから受け入れられない現実を突きつけられていた。
「だからお前はもう国王様の依頼を受ける事が出来なくなった。と、そう言ったのだ。ジークがSランクに昇格し、国王様直属の冒険者となったからな――」
キャバルの言葉にまるで脳天から落雷を食らったかの如き衝撃を受けたグレイ。彼はその余りに信じ難い事実に怒りを通り越して呆然とする事しか出来なかった。
「バ、バカな……。アイツが国王直属に依頼を……。しかもSランクだと……?」
蚊の鳴くような声でブツブツと何かを呟いたグレイは、焦点の定まらない瞳を泳がせると空笑いをした。
「ハハ、ハハハハ。な、何をご冗談を……! アイツなんかが国王の依頼を受けるなど有り得ッ……「有り得ないのは貴様だグレイ!」
グレイの言葉をキャバルが遮り更に話を続ける。
「私がこんな下らん事を冗談で言うと本気で思っているのか馬鹿者が! もうこれは偶然だの間違いだのというレベルの話ではない。紛れもなく奴、ジークはそれだけの実力と才能があって自らの手で登りつめたのだ。国王直属の依頼を受けられるSランク冒険者にまでな」
キャバルの一言一句がグレイに重くのしかかり、彼は目を見開いたまま何も受け入れられずにいた。
「ジークが国王の依頼を受けるという事は先程正式に王族や貴族の者達にも通達が届いた。これによって我がレオハルト家の名が汚れる事は免れない。それどころか同時にグレイ、お前はもうジークがいる限り国王の依頼は受けられなくなった。
他の王族ならまだ可能かもしれぬが、言わずもがな王国のトップは国王。つまりお前がどれだけ力と名声を得ようと永遠にジークの下だ」
「そ、そんな……俺が奴の下なんて有り得えない……まだ、まだ俺は……」
「それにグレイよ。少し話は変わるが、ここ暫くのお前の横暴な態度に耐え切れなくなったと、使用人が何人か辞めていったそうだ。まぁこんな事は新しい使用人を雇えば問題ないが、必要以上にレオハルト家の名を汚しかねない。
まさか勇者のスキルを授かったお前がこんな結果を招くとはな。万が一この先も一族の名を汚す様ならば今度はお前が出て行けグレイ。レオハルト家はやはりジークに継がせるぞ」
「……ッ⁉」
グレイはバッと顔を上げて睨む様にキャバルを見た。
(馬鹿か……。何を言い出すかと思えば、父上は本気でそんな事を思ているのか⁉ ふざけるな。それじゃあまるでレオハルト家の名を汚しているのは奴じゃなくて俺だとでも言いたいのか。
それに万が一本当に俺を追い出したとて、奴がここに戻って来るなんて1番有り得ないぞ)
自分と目すら合わせない父キャバルの背中を見ながら、グレイは消化しきれない怒りを体の奥底でグッと堪える。そしてそれと同時に、グレイはキャバルが自分やジークに期待していたのではなくただただ“一族の名”という肩書だけを大事にしているという事を察したのだった。
だが最早そんな事はどうでもいい。
グレイにとっての最大の障害は後にも先にも兄であるジーク・レオハルトただ1人。この事実だけは最初からこれからも絶対に変わらない。自身やレオハルト家に懐疑な視線を向けられ名を汚したと言うのなら、尚更ジークと本当の勇者の力の差を見せつける以外に手段はないのだ。
そう考えたグレイは酷く冷たい声でキャバルに口を開いた。
「……父上。このような状況になってしまった以上、私も黙ってはおれません。全てを懸けて、ジーク・レオハルトととの直接対決を願います」
「成程……。確かに今の我々の名誉を挽回するにはそれしか方法はない。だがしかし、これで負ければお前は一生這い上がる事は出来ぬぞグレイよ」
「分かっております。それに私は紛れもなく勇者ですよ父上。最後に頂点に君臨するのは俺だ」
グレイはそう言い放って部屋を後にした。
(全員見ていろ……。何が何でも、“どんな手を使って”でも俺が上である事を証明してやる。クハハハ。どんな手を使ってもな――)
♢♦♢
~城~
「その反応を見るに、君は知っている様だねジーク君」
レイモンド様が取り出した物。
それは他でもないあの赤い結晶だった。
そして僕は間違いなくそれを知っている。
「はい、知っております。僕が最初にそれを見つけたのはギガントゴブリンの魔鉱石を取った時ですが、レイモンド様はどこでそれを?」
「ああ。これはね、先日のモンスター討伐会で君が倒したグリムリーパーから取れた物だと推測している」
「あのグリムリーパーからですか?」
「そうだ。あの後色々と調査をしていたんだが、その時に偶然この赤い結晶が見つかったのだよ。落ちていた場所が君がグリムリーパーを倒した所でね。たまたまかもしれないが、この赤い結晶から僅かにグリムリーパーの魔力が検出されたから恐らく何か関係があるのではないかと思っていたが、今の君の発言でより現実味が帯びた様だ」
少し訝しい表情で赤い結晶を見つめるレイモンド様を見ながら、僕の頭には“ゲノム”の事が過っていた。
やはりこの間倒したのは本体ではない。奴は何処かで生きている。それも着実に魔王を復活させようと水面下で動いているんだ。まさかあのグリムリーパーもゲノムの仕業だったのか?
思う事は多々あったが、僕は重い口を開いてレイモンド様に知っている事実を全て告げた――。
初めて赤い結晶を見つけた時の事からイェルメスさんと共に魔王軍団の幹部であったゲノムという男と出会った事。そしてそのゲノムが虎視眈々と魔王復活の計画を企てているという事を。
僕とイェルメスさんの見解では恐らくその赤い結晶が何らかの形で魔王復活との関係があり、僕達も赤い結晶の事を調べていた。モンスター討伐会でグリムリーパーを倒した後に『感知』スキルを使って周囲を確かめたが特に違和感などもなかった。
僕はゲノムが何らかの形で関係している可能性は高いが、少なくともあの場にはいなかったと思うとレイモンド様に伝えると、レイモンド様は「貴重な情報をありがとう」と言って警備の強化をしようと提案してくれた。
いつしか場が少し重い空気になっていたが、それを変えたのはレイモンド様だった。
「ジーク君、今の話も踏まえて改めて頼みを聞いてくれるかな?」
「はい。勿論です」
「ありがとう。私が君に頼みたいのはこの赤い結晶の関わる事でね、実はコレが他の場所でも見つかっているらしく、その大元がどうやらとある商会から流れているそうなんだ。
そしてその商会は“君が知りたがっていた”情報だよジーク君――」
ッ……⁉
レイモンド様の思いがけない言葉に僕は驚いた。
「ハハハ。実は君達と会う前に事前にエミリ君から話を聞いていてね。君が英雄の指輪や名誉なんかよりもこの情報が欲しかったのだろう?」
そこまで言われた僕は、先日何気なくエミリさんと話していた会話の事を思い出した。
そう。
僕はずっと気になっている事があったんだ。
当時はまだ僕も幼くてそこまで頭が回らなかったけど、何時からか僕はそれを知りたがっていた。
そして僕が知りたいその情報を最も知っている確率が高いであろうエミリさんに聞いたんだ。
”シュケナージ商会”という者達を知らないかと――。
僕は元々モンスター討伐会でもし優勝してレイモンド様と直接お会いする事が出来たのなら、その時は失礼を承知で絶対に聞こうと思っていた事だ。
まさかその話をレイモンド様の方から出してきた事にとても驚かされたが、僕は無意識に視線を”レベッカ”へ一瞬向けた後、再びレイモンド様を見た。
「まさか僕が知りたい事を……」
「ああ、知っているよ。だからこそ今こうして君に頼んでいるのだよ」
そう優しく僕に語り掛けるレイモンド様の表情と声はとても穏やかで温かみが伝わってくる。僕はレイモンド様の更に次の言葉が欲しくていつの間にか前のめりに聞いていた。
「え、じゃあもしかしてその赤い結晶が流れている大元って言うのが……」
「そうだ。君が最も知りたがっていた情報であり、得体の知れないこの赤い結晶の出所となっている”シュケナージ商会”を調査してきてほしいのだよ――」
レイモンド様の口から出たその名前に、僕は体がピクリと反応するのが分かった。
「さっきから何の話してるんよジーク」
「ジークが知りたい情報ってどこかの商会の事のなの? 何か珍しい物でも買いたいのかしら」
僕とレイモンド様の会話が気になっていたであろうルルカやミラーナがそう尋ねてきた。更にそんな2人の少し後ろではレベッカが何か言いたそうに僕を見つめていた。
「ジーク様、もしかしてその商会の情報と言うのは……」
「うん。やっと見つけられたよレベッカ」
「え、レベッカちゃんも知ってた話なの? 結局どういう事なんだ」
まだピンときていないルルカとミラーナを横目に、今の様子を見ていたレイモンド様が笑いながらまた口を開いた。
「ハハハハ。成程、”そういう事”か。どうやら君は彼女の為にこの情報を知りたがっていた様だね。尚更ジーク君にこの依頼を頼めて良かったよ。
彼らは昔から質の悪い”奴隷商”でね……。私が国王の座に就いてからというものかなり規制を厳しくしたのだ。だが如何せん根っこというものは排除しづらい。その根が深くしぶとければしぶとい程ね」
そう言いながら徐に玉座から腰を上げたレイモンド様はそのままゆっくりと僕の元まで近づくと、そこから更に頭だけを近づけ耳元でこう囁いた。
「彼女は君にとって大切な人なんだね、ジーク君」
「……⁉」
レイモンド様はそれだけ言うと僕から離れ、少し悪戯な笑みを浮かべてレベッカを見る。
うわッ。ひょっとしてレイモンド様には僕の気持ちを見透かされたんじゃ……。
そんな事を思いながら1人恥ずかしく戸惑っていると、再び僕を見たレイモンド様が最後にこう言った。
「ハハハハ。若さというのは実に素晴らしい。君達の明るい未来の為にも、シュケナージ商会の事を頼むよジーク君。君から聞いた話から察するに、シュケナージ商会と魔王軍団のゲノムという男は繋がりがあると思っていいだろうね。
私もずっと手をこまねいていた奴らを遂に根絶やしにする時が来た。ジーク君が本当に知りたい事は彼らにしか分からないだろう。だからそこも含めて君にお願いしたい。
それに私はシュケナージ商会の様な奴らは絶対に許さない。調査と言うのは名ばかりだからね、君の判断で好きに潰してくれて構わないよ。救う価値がないと思うのならばそれも正解だ。全て君に任せるよジーク君」
レイモンド様からの豪快な依頼に、僕は何て返していいのか分からなかった。
でもレイモンド様が僕を頼りにしてくれた事は素直に嬉しいし期待にも応えたい。それに何より、エミリさんとレイモンド様からの想定外の計らいを有り難く頂戴したいんだ。
僕がずっと気になっていた、レベッカの本当の“家族”の事を知る為に――。
「ありがとうございますレイモンド様。本当に何とお礼を申したらよいのか」
「ハハハ。だからそんなにかしこまらなくても良いんだよ。寧ろ私が君にお願いをしている立場だからね」
「あの~、今更ですがレイモンド様からの依頼を受けるのは僕で宜しいのでしょうか? 王都には唯一、あの『勇者』スキルを授かった弟のグレイもいるのですが……」
「ああ、その事が気になっていたのかい? これは君にも関係しているから直接は言いづらいんだが」
レイモンド様はどこか僕に気を遣いながら言ってくれたが、逆に気になった僕がレイモンド様に尋ねると、申し訳なさそうに僕の先代(祖父)と父キャバル、そしてグレイの様な人間が嫌いだと仰った。
本当なら僕は怒るべきなのだろうか?
でも、僕は微塵も父上達に同情するどころか、レイモンド様と全くの同意見であった。自分達の事しか考えずに平気で人を傷付けるあの人達に対して最早何の情も湧かない。祖父もあまり話した事がないけれど、父上よりも更に厳しかった印象だけは覚えている。昔から怖くて苦手だったなぁ。
最後はそんな思い出を振り返りながら、僕達はレイモンド様の依頼を有り難く受ける事にしたのだった――。
♢♦♢
~王都・エスぺランズ商会~
――コンコンコン。
「どうぞ」
「失礼致します、ジーク様」
レイモンド様とのお話合いの後、私達はエミリさんのご厚意でエスぺランズ商会に招かれる事になった。
流石王都一の大商会。
2日後に控えたレイモンド様からのご依頼を受ける私達は皆エスぺランズ商会で寝泊まりのご用意までしていただいてしまいました。エミリさんにはお世話になってばかり。
しかも贅沢な事に1人に1部屋ずつ用意していただいたのですが、ジーク様に用があった私は今しがたジーク様の部屋を訪ねる事に。
「どうしたんだレベッカ」
部屋に入る私にそう言いながら、ジーク様はエミリさんに渡されていたシュケナージ商会の情報が記さている紙を見ていた。
国王様に頼まれた依頼、しかも魔王軍団という者達との繋がりもあるシュケナージ商会の調査という事もあり、私達はここに泊りがてら皆で作戦を練ろうと話し合ってもいたのだ。
紙に視線を落とすジーク様を見て、思わず胸の奥が静かに高鳴った。
「ん、レベッカ? どうした」
「あ……い、いえ、何でもありません」
「変だな。取り敢えず座りなよ」
ジーク様は笑いながら私を促すと、自分が腰掛けているベッドの隣に「座りなよ」と言った。
どうしたものでしょう……。
ジーク様と2人きりなどこれまで数え切れない程あると言うのに、とても久しぶりな感じがして妙に緊張してしまっている。
「で、何か話でもあるのか? レベッカ」
「はい。あの~……不躾で申し訳ないのですが、ジーク様は何故レイモンド様にシュケナージ商会の事をお聞きになったのでしょうか……?」
私はジーク様とレイモンド様がその話をした時からずっと気になっていた。何故ジーク様はわざわざそんな事を知ろうとしているのか、毎日一緒にいる私でも知らなかったからだ。
私の問いが困らせてしまったのか、ジーク様は少し頭を悩ませる様な仕草をした。だがその後静かに頷くと、ジーク様はゆっくりと私の方を見て話し始めたのだった。
「えーと、それはね、僕の余計なお世話だって事はわかっているんだけど、何時かレベッカを本来の“家族”にまた会わせてあげたいなと思ってたんだ――」
やっぱり。
私の思った通り。
「ジーク様……」
私が思い出せる1番古い記憶は、物心着いたばかりの頃に誰かに連れ去られていく記憶だ。
奴隷として捕まった私は、当時奴隷商をしていた者達によってこの王都まで連れてこられたのだ。それまで暮らしていた町はクラフト村の様な小さな町。あの時はまだ魔王軍団の生き残りがあちこちにいて、彼らによる被害も少なくなかった事を覚えている。
私がいた町もそんな被害の1つというだけの事。
今思えば私のいた孤児院は狙いやすかったのだろうか。
大人の割に子供は多いし、小さな町には強いモンスターや魔王軍団の残党などに立ち向かえる者など到底いなかったから。
運悪く奴隷商に狙われてしまった私達が辿り着く先は勿論奴隷としての商品。当時各地で私と同じ子供達を攫っては人身売買をしていたのが今のシュケナージ商会との事。
そして奴隷として売られた私はここで初めてジーク様とお会いしたのだ――。
私以外の孤児院の皆がどうなったのかは分からない。生きているのか死んでいるのかさえも。あの時はただ逃げるので精一杯だった。
私は長年ジーク様にお仕えしているが、“この話”をしたのは恐らく片手で収まる程。
でもきっとジーク様の事……この方はきっと私の話を聞いた時から、ずっと1人でこの事を考えていたに違いない。それはジーク様の今の言葉で明らかにもなったし、これでレイモンド様との会話の内容も全て辻褄が合う。
本当に。
この人はどうして何処まで周りの人に寄り添える事が出来るのだろうか。
「あれ、やっぱり気を悪くした? レベッカにはちゃんと話しておくべきだったよね。黙って勝手な事してごめんねレベッカ」
ジーク様の優しさに思わず涙が零れそうになる。
私はグッと涙を堪え、ジーク様に首を強く振った。
「ジーク様、私は別に何も怒っていません。貴方が優し過ぎるから泣きそうになっているだけです」
自分で言葉にしたら更に目の奥がツンと痛くなった。
ジーク様の事だから私の事を思って今まで黙っていてくれたんだ。それに私はここにきて“まさか”と思ってしまった事がある。
まだ確定した訳じゃないのに、そうだったと思うだけでまた涙が込み上げてきてしまう。
「ジーク様……思い上がりだったら申し訳ないのですが、もしかして……ジーク様が昔から“いつか強くなって国王様に会いたい”と仰られていたのは――」
あ。ダメだ。
もう涙が堪え切れない。
私が皆まで言う前に溢れてしまった涙を拭うと、滲む視界の中でジーク様が優しく微笑みながら私の背中にそっと手を置く。
刹那、ジーク様のその表情と温もり全てが“答え”だと直ぐに私には分かった――。
もう何を思ったらいいのか分からない。
ただ自分の体ではないと思える程に涙が溢れ出て止まらない。
たかだか使用人の私を包み込むような優しさで受け止めてくれるジーク様。
貴方のそんな姿を見れば見る程、私は貴方と出会えて、貴方にお仕え出来た事がとても嬉しく誇らしい。これからもジーク様の為になりたい。
でも私は使用人としてのそんな思いが募る一方で、何時からかそんな思いが使用人とは少し“違う思い”に変わっている事に最近自分でも気付き始めたのだ。
しかしそれは余りに身分不相応。
使用人の……ましてや奴隷出身の私なんかが抱いて良い感情ではない。
このまま思わずジーク様の胸に飛び込みたいと思ってしまった愚かな自分の気持ちを抑えつけ、私は懸命に溢れる涙を堪えた――。
♢♦♢
「あら、こんな時間までどうしたのかしら。眠れないの?」
ジーク様の部屋を後にして暫く経ったが、眠りにつけなかった私が建物の廊下を歩いているとエミリさんに声を掛けられた。
直ぐ近くの部屋の扉からは僅かな灯りが零れ、その部屋の中にある机や棚には本や書類みたいな物が沢山置かれている。恐らくここはエミリさんの仕事部屋なのだろう。
「はい。何だかなかなか寝付けなくて」
「そうか。まぁ色々バタバタしていたみたいだし、明後日もきっと大変そうよね」
何気なくそう言ったエミリさんの雰囲気は、とても私と年齢が近いとは思えない落ち着いたものだった。私と差ほど変わらない筈なのにエミリさんは容姿も端麗でこの若さで王都一の大商会を築き上げているのだから本当に凄い方だ。
不意に気になった私は、エミリさんが商会の道に進んだきっかけを聞いてみた。すると、エミリさんは何故か少し笑いながら口を開いたのだった。
「フフフ、私が商会をやろうと思ったきっかけ? それはね、まだ私が幼かった頃に出会ったヒーローのお陰かしら」
「ヒーロー……ですか?」
「うん。なんか改めてそう言われると恥ずかしいんだけどね、そのヒーローの子は当時の私よりも更に歳が下だったにも関わらず、颯爽と現れて1人の奴隷の女の子を救ったの――」
エミリさん話を聞いた瞬間、何故か私は自分が初めてジーク様と出会った時の事がフラッシュバックしていた。奴隷として売り飛ばされそうになっていたまさにその時、ジーク様は大人達の前に堂々と出て私を助け出してくれたんだ。
不意にそんな事を思い出していると、エミリさんが真っ直ぐ私を見つめながら話を続けた。
「そうよ。その時奴隷として囚われていたのは、綺麗な桜色の髪を靡かせた貴方。そしてそんな貴方を何の迷いなく助け出したジーク・レオハルト。彼が私にとってのヒーローであり、今の私の道しるべとなったのよ」
エミリさんはそう言いながら最後にふわりと笑う。更に彼女はこう付け足した。
「恋する乙女は儚くて思わず抱きしめたくなっちゃうわね、レベッカさん」
「えッ、こ、恋だなんてそんな……⁉ 違いますよ!」
「フフフフ、いいじゃない別に。今は私達2人しかいないし今の貴方はあの時と全く同じ、ジークさんを特別な存在として思っている顔をしているわよ。そんな風に顔を赤らめてね」
「……ッ⁉」
悪戯そうに言うエミリさんの言葉にハッとした私は慌てて顔を逸らしたけれど、これはもうどうにも誤魔化せない。
そして私も今ハッキリと自分の気持ちに気付かされた。
そっか。
ジーク様を特別な存在として思っていたのは今に始まった事ではない。
私はきっと……いや、初めてジーク様と出会ったあの時から、私はジーク様の事が好きになっていたんだ――。
♢♦♢
~エスぺランズ商会~
思ってもみなかった展開だったが、何とか落ち着きを取り戻したレベッカは静かに僕の部屋を後にした。
正直危なかった。
レベッカは毎日当たり前の様に一緒にいる存在である筈なのに、今の僕の心臓は周りに聞こえてしまうのではないかと思うぐらいの鼓動を発している。
この大きな鼓動は直ぐには抑えられない。
本当に危なかったな。
淡い照明に照らされるレベッカの顔がとても幻想的で、彼女の透き通る硝子玉の様な青い瞳が僕に向けられた。綺麗な瞳が涙で潤み、背中に添える手からは彼女の温度が、そして小刻みに震える体からは彼女の匂いが伝わってくる。
僕の真横にいるレベッカ。
触れたら壊れてしまいそうだと思いながらも、僕は近くにいた彼女を思わず抱き締めてあげたいと思ってしまった。
結局そういった経験が乏しい僕は答えを出す事も行動に移す事も出来ず、ただただ彼女が泣き止むのをそっと見守る事しか出来なかった。その上自分が抱いた感情に恥ずかしくなり、穴があったら入りたいという気持ちになっていた。
ダメだダメだ。
明後日はもうシュケナージ商会と正面から向き合わなければいけない。皆で作戦を練る為にも貰った情報を頭に叩き込んで体も休ませないと。
そんな事を思いながら無理矢理ベッドに横たわり眠ろうとしたが、ごちゃごちゃと考えがまとまらずに気が付けば外が明るくなり始めていた――。
♢♦♢
~シュケナージ商会~
レイモンド様からシュケナージ商会の依頼を任された2日後。
極力平和的な解決を求めようという結論に至った僕達はこの2日間で練った作戦通りに動いていたが、今しがた“決壊”した模様だ――。
「敵襲だッ! 全員武器を取って奴らを殺せぇぇ!」
平和的解決とは真逆の怒号がシュケナージ商会のアジトに響く。
「結局こういう奴らは痛い目に遭わないと分からないのよ」
「珍しくミラーナちゃんの言ってる事に一理あるんよ」
「どういう意味かしらそれ」
「皆気を付けるんだぞ! レベッカは僕から離れないで!」
「はい」
ミラーナの言う通り、結局こういった悪事を働く者達は自分が思い知らないと分からない様だ。
僕達は当初の予定通り先ずシュケナージ商会が違法な奴隷商を行っている証拠と現場を抑えていた。そして彼らに直ぐに罪を認めて自首するよう促した。勿論レイモンド様の名も出し、改心するつもりがある者達には最低限の減免を施せる事も可能であると。
だが結果はご覧の通り。
奴らは改心どころか、こちらの最後の恩赦も無下にした挙句に事もあろうか手を出してきたのだ。
シュケナージ商会の男は話していたエミリさんに相手に隠し持っていたナイフで斬りかかったが、エミリさんはその男の攻撃をいとも簡単に躱して男を地面に抑えつけた。
それを見た残りの男2人が慌ててシュケナージ商会の中へ逃げ込む。そこから大声で仲間達に助けを求めて今に至るという訳だ。
気持ちは乗らないが仕方ない。そっちがその気ならこっちだってそれなりの対応を取らせてもらう。どの道こんな商会は根絶やしにしないといけにからね。
「いけぇぇ! 相手はガキだらけだ!」
「まとめて捕まえて売り飛ばせ」
「可愛いお嬢ちゃん達ばかりだな。こりゃ上玉だ」
武器やスキルを発動させながら一気に襲い掛かって来るシュケナージ商会の奴らに対し、エミリさんは「私がやるわ」と見事な剣術で次々に商会の者達を斬り倒していった。
これが剣姫と呼ばれる実力か。
強い。
だが想定していた以上にシュケナージ商会は人数が多かった。
僕とルルカとミラーナも戦闘に加わるが、僕の『感知』スキルで物陰に隠れている相手の位置まで分かるし、『神速』スキルで動きは通常の数倍速く、『分解』と『無効』相手の武器と攻撃を防げつつ殺さない様に『必中』スキルで攻撃を繰り出していたらものの数十秒で片付いた。
よし。だいぶスキルも自分の物になってきた感があるな。
「やはり凄いわねジークさん。何と言うか、もう貴方1人でも全然問題ないわね。是非エスぺランズ商会に入ってもらいたいくらいだわ」
「いやいや。エミリさんも凄い強いですから、僕なんていても邪魔ですよ」
そんな会話をしながら僕達はシュケナージ商会のアジトの1番奥の部屋まで辿り着いた。するとせっかちなミラーナが待ったなしで勢いよく扉を開いて中に入った。
「もう観念して大人しく捕まりなさい」
ミラーナが扉を開けたと同時にそう言い放つと、部屋の奥には数人の男達が。
「ちっ、もうこんな所まで来やがるとは……! 他の連中は何してやがるんだ馬鹿が」
「貴方達以外の者は全て倒させてもらったわ。無駄な抵抗は止めて直ぐに降伏しなさい」
「ふん、ガキのくせに随分とまぁ偉そうな事を。おい! 早く“奴”を放て!」
「「……!」」
シュケナージ商会のボスと見受けられる男が突如そう指示を出した次の瞬間、部屋にあった巨大な檻がガチャンと開き、中から鋭い鉤爪と翼を生やした“グリフォン”が姿を現した。
「グ、グリフォン⁉」
「またとんでもないものが出て来たんよ。グリフォンはSランクモンスターだぞ。こんな奴らがどうやって……」
ずっと感知で気になっていた魔力はコイツだったのか。
「皆下がってるんだ! 僕が一気に勝負をつける」
グリフォンなんかがここで暴れたら大変だ。
これ以上無駄な被害は出したくない。
僕は『必中』と『神速』スキルを発動させ、グリフォン目掛けて一気に剣を振り下ろした。
――パキィン!
僕の一撃は見事にグリフォンの核を破壊し、グリフォンはその大きな巨体をゆっくりと地面に倒した。
「な、何だと……ッ⁉」
シュケナージ商会のボス達は顔面蒼白で倒れたグリフォンを見つめ、開いた口が塞がらないと言わんばかりに呆然と立ち尽くす。
そこへ間髪入れずにエミリさんが間合いを詰めるや否や、彼女はボスの喉元に剣の切っ先を食い込ませたのだった。
「喉を貫かれたくなければ答えなさい。貴方達はゲノムとかいう魔王軍団の男と繋がっているわね?」
「ぐッ……さ、さあな。俺は知らねぇ。魔王軍団なんて人じゃないだろう。俺がそんな奴らと関わる訳がッ『――シュバン』
ボスの男の発言を遮る様に、エミリさんが男の顔面ギリギリで剣を突いた。
「私の仲間には『真意』という相手の嘘を見破るスキルを持つ者がいる。これが最後のチャンスよ。今自分の口から答えれば少しは罪が軽くなるわ。言わなくてもバレるのは時間の問題。好きな方を選びなさい」
追い詰められたボスの男は諦めたのか、ようやく自分が知っている事を包み隠さず零し始めたのだった――。
「……こ、これで全部だ。俺が知っている事は全て話した」
エミリさんに剣の切っ先を向けられたまま、シュケナージ商会のボスはそう答えた。
「成程。ジークさん、何か聞きたい事は?」
「ゲノムは今どこにいるんだ。奴は他に何を企んでいる」
「ふん、それ以上は知らねぇな。俺にとっても謎だらけの奴だった。奴が商品用の人間を斡旋して俺達が攫う。それだけさ。確かに得体の知れない奴だったが、それ以上に金儲けはさせてもらったから文句はねぇ」
ボスの反応から察するに、この男は本当にそれ以上の事は知らないだろう。後でエミリさんの仲間に協力してもらうという事になったが恐らくもう何も出ない。
だが最低限の収穫はあった。
ボスの話によれば、シュケナージ商会がゲノムとかかわりを持ち始めたのはもう数年以上前との事。今この男が言った様に、当時から今に至るまでゲノムの正体も詳しい事もよく分かっていないらしい。ただ不気味な技を使うと言っていたから、それはほぼ間違いなく奴の黒魔術の事だろう。
クラフト村と同じく他の村や町でも似た様な事をしていたらしく、いつも襲う場所はゲノムの指示の元決行していたとの事。そこでシュケナージ商会はゲノムのお陰でリスクなく奴隷という商品を集められる見返りに、ゲノムが求めていた条件の合う人間を数人引き渡していたらしい。
恐らくゲノムが求めていた人間は、魔王を復活させる為に必要な“生贄”とかいうやつじゃないだろうか。そう考えればゲノムの行動や発言も自然と繋がってくる。
未だに分からないのがその生贄となる者達の条件だ。ただ人数が欲しいだけならこんな回りくどい事する必要がない。生贄となる者にもなにかしらの条件が存在する。それが分かれば奴より先に先手を打てるかもしれないな。
「ゲノムが求めていた条件の合う人間っていうのはどういう人間なんだ?」
「知らねぇな」
「知らない訳ないだろ! どうやって選んでいた?」
「ちっ、ガキが何時までもうるせぇな。俺達はただ捕まえた奴隷共に“赤い結晶”をかざしていただけだ。それだけでその結晶が反応するとな。
まぁ奴とは何年も前から数え切れない奴隷を捕まえてきたが、未だに1度も結晶が反応した試しがねぇ。俺だって何の為にやってんのか知らねぇんだよ」
相変わらず横暴で荒い口調だが、多分これは嘘ではない。赤い結晶はモンスターに取り込ませる以外にも何か使い方があるのか……。
「貴方、奴隷商を行っていただけでなく、まさか魔族とも関係を持っていたとはね」
「そんな事は関係ねぇぜ、剣姫エミリ様よ。楽に稼げれば誰だってそっちの方がいいだろう。へッへッへッ」
この男の態度と発言は実に人を不愉快させる。エミリさんもそう思っているのか、グッとボスの男を睨むとエスぺランズ商会の仲間達に彼を連行する様に伝えた。
「すみませんエミリさん! 最後にもう1つだけこの男に聞きたい事があるんです」
エミリさんに一言断りを入れた僕は最後の質問を男に尋ねた。
「最後に教えてくれ。貴方はここにいる彼女に見覚えはあるかい?」
僕は男に尋ねながらレベッカを指差した。
「ああん? ウチで売った奴隷かなにかか? 生憎こっちは何百人と奴隷を捌いてんだからいちいち覚えてる訳……って、ちょっと待て。その髪色どっかで見覚えがあるな」
「ちゃんと思い出せ」
「うるせぇな。あ~ありゃ確か結構前にゲノムの野郎が指示してきた、田舎町かどっかで捕まえたんだったかな? そうだ。いたぞ、そこの孤児院にお前と同じ珍しい髪色をしたガキがな。あの時はゲノムが魔王軍団の残党とやらを連れていたからいつもより楽に仕事が済んだんだ。
ん……おいおい、待て! まさかお嬢ちゃんがあの時のガキって事は、あの後お嬢ちゃんを売り捌いていた時にしゃしゃり出てきたあの場違いのガキはもしかして……ッ⁉」
男の脳内では忘れら去られていた記憶が一瞬で蘇って来たのか、全てを思い出したと言わんばかりに僕とレベッカを交互に何度も見てきた。
「どうやら思い出したみたいだな。そうだ。あの時奴隷として売り飛ばされそうになっている彼女を引き取ったのは僕だ! まさかあの時あの場にいたのがアンタだとは思わなかったけどね」
「ジーク様……」
レベッカは心配そうな表情で僕を見てきた。
大丈夫だよレベッカ。
僕も“ここから先”を聞くのがとても怖いけど、ずっと求めていた答えでもある。
「へッへッへッへッ。とんだ運命の再会だな。お嬢ちゃんを助けた挙句に、こうして俺達を潰したんだからお前の勝ちだな少年」
「そんな事はどうでもいい! レベッカの町を襲った時、孤児院には彼女以外にも子供達がいた筈だ。その子達はどうした!」
「俺が何でもかんでも知っていると勘違いするなガキが。あの時は魔族共が無駄に暴れたから町の奴らが森に逃げ込んじまったんだよ。
お陰で収穫出来たのはこのお嬢ちゃんだけ。あの時は大損だったぜ全く」
「逃げた他の人達はそれからどうなったんだ」
「だから知らねぇって言ってんだろうが! そんなに質問が好きなら全部ゲノムの野郎に聞け!」
会話を終えると、ボスの男はエミリさんの仲間達に連行されていった。
過去にレベッカの町を襲ったのはやはりシュケナージ商会。しかもその時から既にゲノムが絡んでいたという事だ。コイツが知らないとなると残された手掛かりはゲノムだけ。
逃げた人達が生きているのかだけでも分かれば良かったんだけどな……。
「ありがとうございましたジーク様」
「ううん。嫌な事を思い出させてごめんよレベッカ。ハッキリと答えには辿り着けなかったけど、他の人達が今でも無事である事を祈ろう」
こうして、一先ず事なきを得た僕達はシュケナージ商会の連中を連行する為レイモンド様に報告を入れ、その報告で王都から派遣された騎士団員達が彼らを連行して行くのだった。
一段落した僕達は、エミリさんの勧めで一旦エスぺランズ商会へ戻る事にした――。