冒険者の始まりの街でキャンプギアを売ってスローライフ〜アウトドアショップin異世界店、本日オープン!〜

 リリアとフィアちゃんがポトフの準備をしてくれていた間に、俺は俺で別の料理の仕込みをしていた。仕込みといっても食材を切って、並べておくくらいしかしていないけどな。

「よしよし、いい感じの色がついているな。これは燻製料理だよ。試しにいろいろと作ってみたから食べてみよう」

 燻製とは食材に木材などを燃やした煙で燻して水分を飛ばし、独特の風味をつけて保存性を持たせたものだ。アウトドアショップがレベルアップした時に、燻製をするのに必要なスモークウッドとスモークチップが購入できるようになっていた。

 スモークウッドの方は加工した木の塊となっており、一度火をつけるとしばらくの間煙を出し続けて、低温で長時間燻し続けてくれる。スモークチップは木の破片のようなもので、炭やバーナーなどで熱し続けないといけないが、高温により短時間で燻すことができる。

 今回はスモークウッドを使って、じっくりと長時間燻す温燻を選んだ。ちなみに短時間で一気に燻す場合には熱燻という。木の種類もサクラやリンゴやクルミやブナなど様々なものがあるが、これはたぶん定番のサクラだろう。少なくとも現在のアウトドアショップのレベルでは一種類しか選べなかった。

「今回はチーズとベーコン、ナッツ、魚の干物を適当に入れてみたから試してみてよ」

 本当は定番の煮たまごの燻製もほしかったところだが、今回たまごは用意していなかったからまた今度だな。

「ほう、このチーズは独特な香りと風味がついて美味しいな! チーズをそのまま食べるよりも美味しいぞ!」

「こっちのベーコンも美味しいです! 今までに食べたことがない味です!」

「ナッツや干物は酒の肴にピッタリだな。多めに作っておいたし、じっくりと楽しもう」

 今回はひとりでも酒を飲んでしまう。ランジェさんがいないからぬるいお酒ではあるが、この状況で飲むならなんでもうまい。

 一応この世界にも干し肉や燻製肉はあるのだが、基本的には長期間の保存を目的としているので、水分を飛ばしきってパサパサになっている物が多い。それよりも適度な時間で燻すこちらのほうが間違いなく美味しい。

 とはいえ、スモークウッドやスモークチップをお店の商品として売るには少し弱い気がするので、お店には並べないつもりだ。冒険者なら燻製するにしても保存目的だし、さすがに燻製をするための木材を選ぶまではしないだろう。

「こんな感じで俺の休みは時間のかかる料理を作ったりして、のんびり過ごすんだよ」

「ふむ、そういうことか。あえて時間や手間のかかる料理をするのもいい気分転換になるのだな」

「みんなでお料理して、美味しいご飯を食べるのはとっても楽しかったです!」

 これで少しくらいはキャンプの楽しさやキャンプ飯の美味しさを2人にも伝えられただろう。本当はテントで一泊してこそキャンプとも言えなくはないが、俺がこの世界に持ってきたテントひとつしかない。……俺はひとつのテントでも全然いいんだけどな。





◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 昨日はお店の裏庭でのんびりと過ごした。やっぱりたまには、仕事のことを完全に忘れてのんびりと過ごすのはいいよな。お店を開いてからも、元の世界と同じで7日に2日は休みにする予定だ。仕事というものはメリハリが大事である。

「よし、それでは行くとしよう」

「うん、よろしくね」

「楽しみです!」

 昨日は俺の休日の過ごし方をリリアとフィアちゃんにも楽しんでもらったので、今日の休みはリリアの休日の過ごし方を教えてもらうことになった。リリアの普段の休みは冒険者に関連する場所を巡るだけだと言っていたが、冒険者が普段どんな場所に行くのかも個人的には興味があった。

 冒険者関連の場所を巡るということと、街中を俺やフィアちゃんと巡るため、リリアは武器を持った冒険者スタイルだが、この服装はこの服装で似合っている。

「まずはどこに行くの?」

「そうだな、普段は鍛冶屋に行って武器のメンテナンスをしていることが多いな。しかし鍛冶屋なんかに行っても面白くないと思うぞ」

「そんなことないよ。むしろ鍛冶屋なんて男としたらめちゃくちゃ興味がある場所だよ!」

「フィアもとても楽しみです!」

 男たるもの武器というものには、非常に強い憧れがあるものだからな。日本刀とか売っていたりしないかなあ。



「ここがこの街で普段私が利用している鍛冶屋だ。アレフレアの鍛冶屋の中でも、一二を争うほどの腕を持った鍛冶師達がいる」

 やってきたのはなかなか大きな建物で、煙突からはモクモクと黒い煙が立ち上っている。とうやら駆け出し冒険者が集まる始まりの街の中でも、有名な鍛冶屋らしい。建物の中に入ると、扉を開けた瞬間に熱気が肌へと伝わってきた。

「いらっしゃいませ、グレゴ工房へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 工房の中へ入ると、人族の女性が出迎えてくれた。鍛冶屋というからにはドワーフの男しかいないかと思っていたのだが、そうでもないらしい。奥のほうには槌をふるい、カーンカーンと良い音を立てて、武器を打つドワーフ達の姿があった。

「武器の手入れをお願いしたいのだが、親方はいるか?」

「リリア様ですね。いつもありがとうございます。少々お待ちください」

 どうやら受付の女性はリリアを知っているようだった。やはりこの街でBランク冒険者というのはかなり有名なようだ。
「おお、リリアか」

 しばらく待つと、工房の奥の方から小柄なドワーフの男が現れた。ずんぐりとした体型で、白くて立派なヒゲを生やしている。

「グレゴ殿、ご無沙汰しているな」

「ついに冒険者を引退したと聞いたぞ。まだリリアに頼みたかった素材もあったんじゃがな。……それにしても今日はどういった組み合わせなんじゃ?」

 確かにこの人の言う通り、戦闘能力が皆無な俺やまだ幼いフィアちゃんが、リリアと一緒に鍛冶屋にいることはおかしなことでもある。

「ああ、つい先日に冒険者を引退したんだ。そして、ここにいるテツヤが始めた冒険者のためのお店に雇われることになったので、グレゴ殿にも挨拶をしておきたくてな」

「ほう、Bランク冒険者だったお主がのう。……もしかして、あのローテーブルを売っていた例の店か?」

「ああ、そうだぞ」

 ローテーブル? 有名になった方位磁石のほうじゃなくてか?

「おお、お主が例の店の店主か! リリアから話を聞いて一度話をしたいと思っていたんじゃ!」

「初めまして、テツヤと申します。この街でアウトドアショップという駆け出し冒険者のためのお店を開きました。どうぞ、よろしくお願いします」

「グレゴじゃ。この工房の責任者をやっておる。お主の店で売っていたあのローテーブルというものを見せてもらったぞ。ありゃあ実に良い仕事をしておるし、とても面白い仕組みじゃったわい!」

「……あっ、はい。俺が作ったわけではないですが、お褒めいただいて恐縮です」

 ……どうやらグレゴさんは方位磁石よりもローテーブルに興味を持ってくれたらしい。そうか、冒険者にあまり人気はなかったが、職人にとってはこっちのローテーブルのほうが技術的に気になるのか。

「ああいった他の職人の仕事を見るのもいい刺激になるわい。他にも方位磁石とかいう便利な道具も売っているらしいのう。今度新しく店を開くと聞いておるし、ワシもお邪魔させてもらうとするわい」

「はい、ちょうど明日からオープンしますので、よろしくお願いします」



「この前テツヤのお店から買った折りたたみスプーンやフォークやローテーブルを見せたら、とても興味を持っていてくれていてな。ちょうどよい機会だから紹介しておこうと思ったのだ」

「なるほどね。グレゴさん、見た目は厳しそうな人だったけれど、そうでもなさそうだったね。こっちもいろいろな話を聞けて楽しかったよ」

 あのあとグレゴさんはうちの店の商品の素晴らしさを、目を輝かせながら少年のように語っていた。俺もキャンプギアについてはいろいろと語れたから結構面白かったな。もっと本格的なテントとかが購入できるようになったら、グレゴさんに見せていろいろと意見を聞いてみてもいいかもしれない。

「フィアちゃんは少し退屈だったかもしれないな」

「そんなことないですよ。見てるだけでも面白かったです」

 そのあとはリリアの剣の手入れをしているところを見せてもらった。リリアの剣は特殊な素材を使っているらしく、この街ではグレゴさんの工房を含めた数軒の鍛冶屋くらいしか手入れをできる場所がないらしい。

 この街は駆け出し冒険者が多い街であると同時に、職人達にとっても腕を磨く街となっている。駆け出し冒険者が多く、それほど高い武器や防具は売れないため、ある程度腕を磨いた職人達は他の街へ行くことが多いらしい。

 そんな中で、昔からずっとこの街で鍛冶をしているグレゴさんのような職人はとても貴重なようだ。

「そろそろお腹が空いてきたな。少し先に私の行きつけのお店があるんだ。そこで昼食をとらないか? もちろん私がご馳走するぞ」

「リリアの行きつけのお店か。それは楽しみだね、もちろんいいよ。でもご馳走は俺がするよ。明日からはいよいよお店をオープンしてしばらくは忙しくなるからね、2人にも頑張ってもらわないと」

「いや、ここは私が出すぞ。いつもテツヤにはご馳走になっているしな」

「いやいや、さすがにリリアにご馳走になるわけにはいかないよ」

 確かにリリアのほうが俺よりも強いし、俺よりもお金を持っているだろうけれど、俺にもなけなしのプライドはある。あまり女性にご馳走してもらうというのは

「いやいやいや、そんなに毎回テツヤばかりにご馳走になるわけにはいかないぞ。ここは私に出させてくれ」

「はわわわ……」

 ……やっぱりリリアは譲らないところは譲ってくれないな。フィアちゃんも困っている。

「……わかったよ。それじゃあお昼はリリアにご馳走になろう。その代わりに夜は俺が2人にご馳走するよ」

「わかった、それでいこう」



「うん、さすがリリアの行きつけのお店だけあって美味しかったね」

「はいです、美味しかったです! リリアお姉ちゃん、ご馳走さまです!」

「………………」

 リリアの行きつけのお店はいろんな食材を使っていろんな料理を出してくれた。ドールド肉やバズ肉など、まだこの世界では見たこともない食材を使っていた。その分お値段のほうも結構お高かったけどな。

「あれ、どうしたのリリア?」

「……いや、確かに美味しかったのだが、いつもと比べると少しな。やはり最近はテツヤの料理に慣れてしまって、少し舌が肥えてしまったのかもしれないな」

 ……確かにあのお店の塩やコショウよりもアウトドアスパイスのほうが美味しかったかもしれない。

「でも初めて食べる食材もたくさんあったし、タレの味付けはとても美味しかったし、とても勉強になったよ。リリア、ご馳走さま!」

「そうだな、2人が満足してくれたのならなによりだ。それじゃあ次は冒険者がよく使う道具屋へ行ってみよう」
 リリアが案内してくれた道具屋は冒険者ギルドから近くにある、とても大きな道具屋だった。

「いらっしゃいませ!」

 うちの店よりも遥かに大きく、店員の数もパッと見で7〜8人はいるとても規模の大きな店だった。アウトドアショップの店を開く時に、値段をつける参考にいくつかお店を回ったが、屋台や小さい店を中心に回っていたので、このお店に入るのは初めてだ。

「すごく大きな店だね」

「とっても広いお店です」

「この店はこの街の中でも、かなり大きな店だからな。駆け出し冒険者にとっては多少高価な商品が多いから、ランクの少し上がった冒険者がよく来ている」

「なるほど」

 同じ冒険者をターゲットとしているお店でも、いろいろな棲み分けがあるらしい。確かに値段を見ると、ポーチや水筒などといった冒険者に必要そうなものでも、結構お高い商品が多い。その分品質が良かったり、耐久性に優れているのかもしれない。

「おお、もしかしてこれはポーションか!」

「どれも綺麗です」

 リリアとフィアちゃんと店内を回っていると、青い色の液体が入ったガラスの筒が棚にいくつも置いてあった。隣には黄色の毒消しポーションや緑色のマナポーションと書かれたガラス瓶も置いてある。

「ああ、冒険者には必須の道具だな。ここの店のポーションは多少高価だが、品質はなかなか良いものが多いんだ。私も普段冒険者として活動している時は、ここの店のポーションを携帯しているぞ」

 やっぱり冒険者にとってポーションは必須なんだな。しかし、ポーションの入れ物となっているガラスの筒の品質はそれほど良くないように思える。少しデコボコしているし、すべての筒が均一の形をしていないし、透明ではなく半透明だ。

 この世界に来た時に、香辛料の入ったガラスの容器が高値で売れていた理由が良くわかる。やはりガラスを綺麗に加工するのはとても難しいんだな。ちなみに使い終わったポーションのガラスの容器は有料で買取って再利用しているらしい。

「へえ〜。うちの店にもいくつか買って置いておこうかな。なにかあった時に便利そうだ」

「いや、特に店に置いておく必要はないだろう。ポーションには使用期限もあるし、時間が経てば経つほどその効果は落ちてくる。この街にいるならポーションはすぐに手に入るし、怪我を負ったらその時に購入すれば問題ないだろう」

「……なるほど、使用期限があって効果も落ちていくのか」

 どうやらこの世界のポーションにはいろいろと使用方法があるらしい。まあ当たり前といえば当たり前か。

 他にもこのお店では冒険者のための道具がいろいろと売っていた。リュックや解体用のナイフ、野営用のテントや寝袋など、元の世界でキャンプギアの好きな俺にとってはお店を回っているだけでも十分に楽しめた。

 今のところはこのお店の商品とうちのお店で売り出す予定の商品はそれほどかぶっていないから大丈夫そうだ。しかし、アウトドアショップのレベルが上がったら、テントや寝袋などは購入できるようになりそうなんだよな。

 当たり前だが、こっちの世界テントや寝袋は元の世界のクオリティに比べると明らかに劣っている。値段にもよるが、他のお店の商品が売れなくなりそうな気もする。まあレベアップはまだまだ先だし、その時になったら考えるとしよう。



 道具屋をまわった後も、リリアとフィアちゃんと一緒に市場や屋台などを見て歩いた。リリアの休日は冒険者として必要な店を回ったり、美味しいご飯を食べて過ごすようだ。

 ……そこまで休日になっているとは言い難いが、本人が気分転換できているのならそれで問題ないだろう。個人的には普段俺が行かない異世界らしいお店を回れたからとても楽しめた。

 そしてさすがに今日は晩ご飯を作るのも手間なので、俺の行きつけ……というかこの街に来てからずっとお世話になっていた宿にやってきた。

「ここは俺がこの街に来てずっとお世話になっていた宿なんだ。宿屋なんだけど、料理がとても美味しいんだよ」

 フィアちゃんは前に一度来たことはあるが、リリアは初めてだ。

「あら、テツヤさん。いらっしゃい」

「お兄ちゃん、いらっしゃい」

 女将さんもアルベラちゃんも元気そうだった。明日はいよいよアウトドアショップのオープンだから、さすがに今日は酒をやめておいて、料理とジュースを頼んだ。

「それじゃあリリアもフィアちゃんも明日から忙しくなると思うけどよろしくね!」

「ああ、任せてくれ!」

「が、頑張ります!」

 明日の開店に向けてジュースで乾杯し、この店のおっちゃんの料理にアウトドアスパイスを追加で入れつつ、美味しい料理を楽しんだ。

「今日はいろいろまわって楽しかったね。普段リリア達冒険者がどういう店に行くのか知れて勉強になったよ」

「私としてもあれほど目を輝かせて楽しそうにしてくれたら案内した甲斐もあるな。……まさかあれほど喜んでくれるとは思ってもいなかったぞ」

「テツヤお兄ちゃん、とっても楽しそうだったね。フィアもあんなに大きなお店に入るのは初めてだったから楽しかったよ!」

 どうやら俺はよっぽど楽しそうに冒険者のための鍛冶屋や道具屋をまわっていたらしい。やっぱり男としてはああいうお店で商品を見ているだけでもテンションが上がってしまう。

 鍛冶屋とか男の子ロマンしかないもんな。まあ俺にはあんなに高価な武器や防具などまったく必要ないが、それでも槌を振るうドワーフ達の姿には感動してしまった。明日からのオープンに向けて、異世界での休日を楽しむことができたな。

 さあ、明日はいよいよアウトドアショップのオープンだ。気合を入れるとしよう!
「すごい数のお客さんが来てくれているな……」

「はわわ……お客さんがいっぱいです……」

 いよいよアウトドアショップが本日オープンとなるのだが、窓の外には大勢の人影が見えている。数日前から冒険者ギルドの有料掲示板で、本日からお店をオープンすることを告知してある。

 それに加えて屋台で商品を売っていた際のお客さんや、冒険者ギルドで方位磁石の販売したことによって、この街でのアウトドアショップの知名度はそこそこ高くなっているらしい。

「さすがにあれだけのお客さん全員はこの店に入らないな。予定を変更して、新しい商品の紹介は外でやろう。よし、お店を開くぞ!」

 さあ、いよいよお店を開くとしよう!



「みなさま、大変お待たせしました! ここ始まりの街アレフレアの街で、冒険者のためのお店、アウトドアショップ本日オープンです!」

「「「おおお〜!」」」

「このあとご入場となりますが、店内はそれほど広くはありませんので、押し合わずに順番にごゆっくりお入りください」

 店内は多くても20人ほどしか入れない。ざっと見だが50人以上のお客さんが来てくれているから、入場規制をして、お客さんがひとりお店を出たらひとり入れるようにしていこう。

「ご入場の前に当店で働いてくれる従業員をご紹介したいと思います! まずはお馴染み当店の看板娘のフィアちゃんです」

「フフ、フィアです! よ、よろしく()()()()()します!」

「はは、頑張れよ!」

「よろしくな!」

「フィアちゃん、可愛いわ!」

「あうう……」

 ……相変わらず人前では多少あがってしまうらしい。お客さんもそのあたりはもう知っているので、微笑ましく見守ってくれている。

「続いては従業員とあわせて当店の護衛をしてくれる元Bランク冒険者のリリアです!」

「リリアだ。よろしく頼む」

「「「おおお〜!」」」

「えっ!? リリアさんじゃん! 俺あの人にお世話になったことがあるぜ!」

「冒険者を引退したって聞いていたけど、ここの店員になったのか!?」

「あの隻腕、間違いないぞ! 王都でも有名な冒険者だったリリアさんだ!」

 さすがリリアだな。俺が説明するまでもなく、かなりの知名度があるらしい。これだけ美人で隻腕のBランク冒険者だとものすごく目立つもんな。

 リリアにはBランク冒険者だった経歴をお客さんに伝えることを了承してもらっている。この街で元Bランク冒険者という肩書きはとても大きい。憧れの先輩冒険者が働いている店という宣伝効果を得られるし、なにより犯罪行為の牽制になる。

 治安がいい街であるとはいえ、元の世界に比べたら万引きや強盗などが多く存在するこの世界では、元Bランク冒険者のリリアが店にいるという事実だけで、大きな抑止力となる。

「犯罪行為はもちろんのこと、フィアちゃんやリリアにセクハラ行為をしたら元Bランク冒険者のリリアが問答無用で叩っ斬りますのでご注意ください!」

「おい、テツヤ。さすがの私でも問答無用で叩っ斬ったりはしないぞ!」

「おっと、さすがにそれは言い過ぎましたが、いくら当店の従業員が可愛くて綺麗だからといって、ナンパやセクハラ行為は絶対におやめください」

「お、おう、気を付けるぜ!」

「き、気を付けます!」

 うむ、セクハラダメ絶対である。元の世界では最近になってセクハラに厳しくなってきたが、この世界だとそのあたりが曖昧かもしれないからな。釘を刺しておくに越したことはない。……あと2人へのナンパは俺が許したくないだけである。

「そして最後にこのお店の責任者を務めておりますテツヤです。どうぞよろしくお願いします!

 えっ、前の2人に比べて影が薄い? そのあたりは重々承知しているので、触れないでいただけると助かります。

 えっ、接客してもらうなら可愛くて綺麗な2人がいい? 残念ながらうちはそういう店ではないので、接客が俺に当たった人は残念ですが自分の運のなさを嘆いてください!」

 クスクスと失笑が聴こえてくる。うむ、俺の身を張った自虐ネタも少しは受けてくれたようだ。そりゃこの2人に比べたら影が薄くても仕方ないよね……

「続きまして販売する新商品を手短に紹介させていただきます。まずは本日一番の目玉商品となりますのがこちら!」

 店の中から用意していたテーブルを表に出す。

「ここにあります4つの木筒。この中にはインスタントスープという魔法のような粉が入っております。この粉をお湯に溶かすだけであら不思議、あっという間に温かくて美味しいスープができてしまいます!」

「「「おおお〜!」」」

「論より証拠です。このコップにこの粉を適量入れて、さらにこのようにお湯を入れて混ぜるだけ。これだけでもう完成です。さあ、本日一番に並んでくれたそこのお兄さん、ぜひ味をみてください!」

「お、俺ですか!? それじゃあ、いただきます」

 記念すべきオープン最初のお客さんは、いかにも駆け出し冒険者の格好をしているまだ若い男性だった。もしかしたら数量限定のファイヤースターターを買いに来てくれたのかもしれない。

 オープンセールはしないつもりだったので、早くから並んでくれていた人達には、4種類のインスタントスープの味見をしてもらう。お客さんは無料でスープの味見ができるし、店としては宣伝してもらえるので一石二鳥だ。

「……う〜ん、とても良い香りですね。えっ!? 何これ、めちゃくちゃうまい! 今まで味わったことがない複雑だけど濃厚な味のスープです! これがお湯を注ぐだけでできるんですか、信じられない!?」
「こっちにもいい香りが漂ってくるぜ」

「本当……いい匂いね!」

 フィアちゃんとリリアに手伝ってもらい、4種類のスープを作ってもらう。お客さんの前で実際にインスタントスープとお湯を入れるだけで、これほど美味しいスープが出来上がるということを目で見てもらった。

「味は全部で4種類あります。今作った分だけですが、順番に回していきますので、ひとつを選んで少しずつ味を試してくださいね」

 この世界の人達は間接キスなどは気にしないので、大きめの鍋に入れて作った4つのスープのうちからひとつ選んで味を見てもらう。最初に来てくれたお客さんにはさっき試してもらったコンソメスープの他にもう一種類選んでもらった。

「うわ、こっちのスープはさっきのスープとは違って少し甘くて優しい味だ! こっちも美味しい!」

「このスープはたまごが入っているのか。透明なスープだけど味がしっかりついていてうめえじゃねえか!」

「こっちのスープは変な色をしているけれど美味しいわ! それに何か黒い具も入っているわね」

 どのインスタントスープも好評のようだ。意外なことに味噌汁も大丈夫なんだな。他のスープとは違って色が少しスープらしくないので、選択される確率は少ないが、まずいという人はいないようだ。

「これらのインスタントスープはお湯を注ぐだけで、こんなに簡単に本格的なスープが味わえます。依頼の合間の休憩に、体温まる美味しいスープなんていかがでしょうか?」

 この街では例の大きな森や草原で活動している冒険者達が多い。ちょっとした昼の休憩にお湯を沸かすだけで、美味しいスープが楽しめるわけだ。最近では少しずつファイヤースターターを使う冒険者も増えてきたので、火を起こすのもそれほど手間ではなくなってきている。

「このインスタントスープはこちらの木筒にコップやお椀で10回分入っておりまして、なんとたったの銀貨3枚、銀貨3枚での販売となっております!」

「おお、それは安い!」

「へえ〜ってことは一回で……銅貨3枚か!」

「それなら結構手軽に飲めるわね!」

「さらにさらに、こちらの木筒をお持ちいただければ、そちらの木筒と引き換えに銀貨2枚で10回分を販売いたします。もちろんその際は買った時と異なる味のスープでもオッケーです!」

「「「おおお〜!」」」

 インスタントスープもアウトドアスパイスと同様に、よくあるプラスチックの包装などは付いていない。購入をする際に容器を指定するとその容器の中に粉が現れる。ちなみにアウトドアショップでの価格は10回分で銀貨1枚だ。

 インスタントスープを入れている小さな木筒の容器は、この街のとあるお店で大量に購入した物だ。ひとつ銀貨1枚のところを大量に購入することで、銅貨8枚にまけてもらった。

 もちろんそのお店の人には、うちのお店で回収して何度も改めて使うことの了承は得ている。向こうからしたら無料でお店の商品を宣伝してくれることになるからな。

 使い終わって空になった木筒を持ってきてくれれば、それと引き換えに新しいスープを銀貨2枚で購入できる。回収した木筒は洗って再利用するというわけだ。



「続いての商品はこちらのブルーシートになります。こちらのシートは普通の布とは異なり、なんと水を通しません! それだけで賢い冒険者のみなさんなら、様々な使い方を思いつけますよね。

 例えばですが、森で突然の雨に降られた時、このブルーシートの四隅をロープで木に結べば、あっという間に一休みできる場所を確保できます。

 また、解体をする際に地面に敷けば、解体した肉や素材に汚い土がつくことはありません。また解体した肉や素材をブルーシートに包めば、血や汚れを他の荷物につけることなく持ち運ぶことができます。汚れたブルーシートは水で洗えば、また何度でも使うことができますよ」

「「「おおお〜!」」」

 元冒険者のリリアやフィアちゃんと相談して、ブルーシートの良い使い方をアピールしようといろいろと考えた。この世界では水を通さないブルーシートはいろいろなことに使える。

 元の世界でもブルーシートは敷物として使うだけでなく、テントのグランドシートやタープとしても使うことができる。見た目さえ気にしなければ、100均で買ったブルーシートとロープで数千円するタープの代わりにもなる。

 そして冒険者としての一番の使い道は、解体作業時に汚れないように地面に敷いたり、解体した肉や素材を街に持ち帰る際にブルーシートで包んで持ち運ぶことだ。ランジェさんのように収納魔法を使える魔法使いがいなければ、解体した肉や素材は自分達で運ばないといけないからな。

「なんとこちらのブルーシートは銀貨3枚の販売となっております。またこれと組み合わせて使える頑丈なロープも銀貨3枚で販売しますので、ぜひともご覧になってください」

 ブルーシートもロープもアウトドアショップでの価格は銀貨1枚と銅貨5枚だ。ロープは他の店でも売っているのだが、この店で売るロープは頑丈な物になるから少し高めに設定している。どちらもとても便利なので、需要はかなりあると思っている。

「大変ながらくお待たせしました。それでは順番に、ごゆっくりとご入場ください!」
「それでは一旦ここまでのご入場でお願いします! ここからはお客様がひとり退店されましたら、ひとりご入場するようにお願いします」

 店内に20人ほどのお客さんを入れてから入場規制をおこなう。店内は俺とフィアちゃんで対応し、今あるインスタントスープがなくなるまでは、外でリリアに対応をお願いしている。

「テツヤ、フィアちゃん、開店おめでとう」

「立派な店じゃないか。すごいな」

「フィアちゃんも相変わらず可愛いわね。2人とも、開店おめでとう!」

「みんな、来てくれてありがとう!」

「い、いらっしゃいませ!」

 初めに入ってもらったお客さんの中にロイヤとファルとニコレがいた。商品を紹介している時から3人がいたのは気付いていたが、さすがにお客さんをほったらかしにしてロイヤ達と話をするわけにはいかなかったからな。今なら先に入ったお客さんは商品を選んでいるので、少しくらいなら話せそうだ。

「3人ともわざわざ来てくれてありがとうな」

 今日のお店のオープンは冒険者がまだ活動している朝からとなっていたのだが、わざわざお店まで並びに来てくれたらしい。

「せっかくテツヤの店が開くんだから、そりゃ応援にはいくさ。大した物じゃないけれど、開店祝いに花を摘んできたんだ」

「おお、綺麗だな。ありがとう、お店に飾らせてもらうよ!」

 ロイヤ達から開店祝いに色とりどりの花束を受け取った。とてもありがたいな、あとで花瓶に入れて飾っておこう。

「そういえばリリアさんがこの店の店員になっていたのには驚いたぞ!」

「そうね、びっくりしちゃったわよ!」

 そういえばロイヤ達にはまだ話してなかったか。

「護衛のできる店員を探していたところにいろいろとあって、うちのお店で働いてくれることになったんだよ」

「……リリアさんが護衛っていうのはすごいな。リリアさんのことを知っている人は大勢いるし、威圧感がすごいから、ここで犯罪をするやつはいないだろうな」

「とはいえ珍しい商品も置いているから、油断はできないからな」

 普通の店ならそうかもしれないが、この店には珍しい商品をたくさん置いているし油断はできない。

「ねえテツヤ、そういえばこのお店に制服はないの? フィアちゃんやリリアさん達とお揃いの可愛い服とかあればよかったのに」

「制服か……確かに店員用の制服があってもいいかもしれないな。とはいえ、まだお店を開いたばかりだし、従業員も少ないから、もう少し従業員が増えたら考えるよ」

 確かに店員でお揃いの制服があってもいいかもしれない。……まあニコレは可愛い制服を着たフィアちゃんを見たいだけかもしれないが、俺も2人の制服姿を見てみたいかも。元の世界の服なんかは、2人によく似合いそうだ。

「さっきのインスタントスープもすごかったな! お湯に入れるだけで、あんなにうまいスープができるなんて便利すぎるだろ」

「ああ、俺はコーンクリームスープというやつを試してみたけれど、甘みのあるスープでとてもうまかったぞ!」

「私が試したのはコンソメスープだったけれど、あっちもとっても美味しかったわよ! あれは絶対に買っていくわ」

「それにあのブルーシートとかいう物もいろいろ使えてとても便利だろ。値段もそれほど高くないし、あれは買っておかないとな!」

「買ってくれるのはありがたいけど、みんな無理のない範囲でいいからな」

「いや、今回もそうだけど、テツヤの店で売っているものは普通にほしいものが多いんだよ。今までテツヤの店で買った物のおかげで、これまでよりも快適に依頼をこなせるようになったからな」

 そう言ってもらえると、こちらも嬉しい。ロイヤ達の役に立てたのなら何よりだ。

「それじゃあ、そろそろ商品を選ぶとしよう。またな、テツヤ」

「ああ、また今度飯にでも行こうな!」

「フィアちゃん、お仕事頑張ってね!」

「はいです! ニコレお姉ちゃんもありがとうです!」

 ロイヤ達は商品を選びに戻っていった。そうだな、また今度ロイヤ達を誘って飯にでも行くとしよう。ご馳走をする代わりに、キャンプギアを使った感想を聞きたいところだ。冒険者が実際に使用した感想を聞ければ、これから売る商品を選ぶ参考にもなるからな。



「はい、ありがとうございます。全部で銀貨8枚になります」

「え、ええ〜と、全部で銀貨5枚になります! ありがとうございました!」

 ……ふう、さすがにオープンした初日だけあって、かなり忙しくなってきた。

「申し訳ありません、インスタントスープはおひとり様2つまでとなっております」

 この店の商品には転売防止のために販売個数制限があり、値札の場所におひとり様いくつまでと書いてある。インスタントスープ4種類すべてを購入して味を比べたいというお客さんもいたのだが、お断りさせていただいた。

 個数制限をしないと、方位磁石と同様に転売されてしまう可能性が高いからな。

「はい、こちらの商品はこうやって使います!」

 基本的に俺とフィアちゃんは入り口近くの会計をするカウンターにおり、お客さんから呼ばれたら、基本的にはフィアちゃんにお客さんのほうへ行ってもらい、商品の説明をしてもらっている。一応値札と一緒に商品の説明を書いてはあるのだが、それでもわからないことはあるもんな。

「テツヤ、試供品のスープはすべてなくなったぞ」

「よかった。忙しくなってきたから、リリアも中で手伝ってくれ」
「テツヤ、インスタントスープのコンソメとコーンクリーム、それとブルーシートがもうなくなりそうだ」

「了解! 奥から持ってくるから、会計のほうをちょっとお願い!」

「ああ、わかった」

 このお店の一階にある倉庫から、減ってきた商品を補充してくる。基本的に商品の補充は俺が行うことになる。フィアちゃんはそれほどの量を持ち運べないし、リリアには店の護衛をしてもらっているから、できる限りは店の中にいてもらいたい。

「ええ〜と、コンソメとコーンクリームとブルーシートと……」

 倉庫から足りなくなった商品を補充していく。基本的に商品はアウトドアショップの能力を使って前日の夜に準備をしておき、店を開いている間は補充をしない。

 万が一にでも、何もない空間から商品を出すところを見られてはいけないからな。それにいつでもアウトドアショップの能力で仕入れができるといって、倉庫を空っぽにしておくわけにもいかない。

「よし、商品の補充はオッケーだ」

「テツヤお兄ちゃん、お客様にこっちの商品の詳しい説明をお願いしても大丈夫?」

「もちろん。はい、こちらの商品につきましてはですね……」

 ふう……思ったよりも忙しい。オープンした初日ということもあって、なかなかお客さんの列が引いていかない。今日初めてお店に来てくれたお客さんも多く、商品についての説明を求められることも多い。

 今日の話を人から聞いてやってくるお客さんもいるだろうし、しばらくは忙しいかもしれないな。



「ありがとうございました」

「少しだけどお客さんが引いてきたな。今のうちに交代で軽く昼食を食べちゃおう」

「はいです」

「了解だ」

 お昼前になると、ようやくお客さんの列が途切れてきてくれた。普段の営業ではお昼時に一度店を閉め、食事を含めた休憩を1時間取るのだが、オープン初日の今日は交代で昼食を取っていき、店は開けたままにしておく。

「このあとの時間帯は依頼から戻ってくる冒険者達が増えてくる。また忙しくなるから、もうひと踏ん張り頑張ろう!」

「が、頑張ります!」

「うむ!」

 屋台で店を開いていた時は、一番冒険者のお客さんが集まってくる昼過ぎの時間帯からしか店を開いていなかった。今日もこれから夕方までの時間帯でさらにお客さんはやってくるだろう。もうひと踏ん張りするとしよう。



「……ようやく落ち着いてくれたな」

「疲れました……」

「ふむ、2人ともよく頑張ったな」

 夕方になり、ようやく店内にお客さんが数人ほどしかいないくらいにお店が落ち着いてきた。あと30分ほどすれば、予定通り今日の営業が終わる時間だ。フィアちゃんや俺はすでにヘトヘトだが、リリアだけは涼しい顔をしている。さすが高ランク冒険者だけあって体力が俺達とは全然違う。

 幸い今日のところは大きなトラブルはなかった。朝イチで起きたお客さん同士の列の並びのトラブルが、一番大きなトラブルだったくらいだ。その際はリリアが冒険者達をうまく収めてくれた。

 その他にはフィアちゃんが多少会計の間違いをしてしまったり、商品を落としてしまったくらいで大きな問題にはなっていない。それと商品を個数制限以上に売ってくれと言う客もいて断ったりもしたが、今回は素直に引いてくれた。ただ今後は面倒なお客さんも来るんだろうな……

「おう、邪魔するぜ!」

「いらっしゃいませ、ライザックさん」

 もうすぐ閉店時間というところで、目つきの悪い大柄な男が店内に入ってきた。見た目だけでいうならば、完全に犯罪者として通報するレベルなんだが、この人はこの街の冒険者ギルドマスターであるライザックさんである。

「おう、テツヤ。無事に新しい店をオープンしたんだってな。前の屋台の店よりも、よっぽどいい店じゃねえか!」

「ありがとうございます。フィアちゃん、リリア、少しの間お店をお願いするね」

「はいです」

「ああ、任せてくれ」

 ライザックさんは大柄なだけでなく声も大きい。店内にいたお客さんも、驚いてこちらを見ている。

「まずこれは開店祝いだ。こいつは冒険者ギルドからというよりは、俺個人からの祝いになるな」

 ドスンッと大きな包みを置くライザックさん。

「こいつはダナマベアの肉だ。この辺りじゃあ結構な高級食材になる。少し前に俺が自分で仕留めてきたやつだから、みんなで遠慮なく食ってくれ!」

「おお、高級食材ですか! 本当にありがとうございます。みんなでいただきますね」

 開店祝いに肉とはライザックさんらしいが、これはこれでとてもありがたい。店が終わったら、リリアやフィアちゃんと一緒に楽しませてもらうとしよう。

「なあに、テツヤから卸してもらっている方位磁石のおかげで、森で行方不明になる冒険者の数が目に見えて減っているからな! パトリスのやつも感謝を伝えておいてくれだとよ。それと本当はもうちっとお礼を渡したいところなんだが、冒険者ギルドからとなるといろいろ面倒でな」

 なるほど、冒険者ギルドからになると賄賂的な贈り物として見られる可能性があるのかな。

「いえ、とんでもないです。ありがたく楽しませてもらいますね! それと冒険者達のお役に立てて何よりです」

「それにしてもまた見たことのない物を売っているらしいな。いろいろと見せてもらうぜ」

「ええ、もちろんですよ。今後ともどうぞよろしくお願いしますね!」

 そのあとライザックさんはお店の商品をいくつか買って帰っていった。そして営業時間が過ぎ、なんとか無事にオープン初日の営業を終えることができた。
「いやあ、良い買い物ができたな。また買いにくるよ!」

「「「ありがとうございました!」」」

 オープン初日の営業が無事に終わり、最後のお客さんを3人で見送り、店の入り口にある『営業中』と書いてあるボードを『閉店』にひっくり返す。

「ああ〜疲れた〜」

「もう動けないです」

「フィアちゃんはともかく、テツヤはもう少し身体を鍛えたほうがいいんじゃないか?」

 そう言うリリアは、まだまだ元気そうだ。俺も元の世界ではそこそこ体力のあるほうだと思っていたが、力作業をするにはまだ足りなかったらしい。接客をしたり、商品を棚卸しするのはかなり体力がいる。

「確かにもう少し身体を鍛えておけばよかったかもしれないね……とりあえず2人とも今日は本当にお疲れさま! 2人が頑張ってくれたおかげで、お店にとって大事だったオープン初日を乗り切ることができたよ」

「ああ、無事に終わってなによりだ。しかし冒険者の依頼と違って、接客業というのはなかなか難しいものだな。お客さんを相手にしなければならないし、片腕だとどうしても厳しい時もある……」

「いやいや、リリアの接客は完璧だったよ。普段から言葉遣いも丁寧だし、そのままで全然大丈夫だから。護衛も意識しながらあれだけの接客ができていたら満点だよ!」

「そ、そうか。それならよかった」

「うう……フィアは失敗ばかりで、テツヤお兄ちゃんに迷惑をかけてごめんなさいです……」

「フィアちゃんも全然大丈夫だよ! あれだけ忙しかったんだから、失敗するのは当然だから。失敗を少しずつ減らしていけばいいだけだよ。それに後半は慣れてきて、失敗はほとんどなかったし、お客さんへの接客も満点だったね!」

「ほ、本当ですか?」

「うん。お客さんに笑顔で丁寧に対応していたし、店の商品について聞かれた時もちゃんと答えられていたよ。

 リリアとフィアちゃんがいてくれて、本当によかったよ。あと少しの間は忙しいと思うけれど、1週間もすれば落ち着くと思う。2人には悪いけれど、もう少しだけ頑張ってほしい」

「うん! フィア頑張るよ!」

「ああ、私も全力を尽くそう!」

 2人がいてくれて本当に助かった。今日はお客さんが多くて、多少待たせてしまうこともあったが、しばらくすればこの忙しさもある程度落ち着くだろう。それでも忙しそうなら、もうひとりかふたりくらい従業員を雇うとしよう。

「それにしてもテツヤは本当に凄いのだな! あれだけお客さんが来ていても、常に落ち着いて周りの状況を見ているし、小さなトラブルが起きてもすぐに対応してくれていたな」

「フィアがお釣りを間違えた時も、テツヤお兄ちゃんは別のお客さんの対応をしていたのに気付いてくれたよね! 一番動いていたのにとても凄かったよ!」

「……悲しいことに、前の世界で働いていたことが役に立ったみたいだよ。絶対に感謝はしないけどね!」

 悲しいことに元の世界のブラック企業で働いた経験が、また役に立ってしまったようだ。営業はトーク力だけでなく、対応力も鍛えられるんだよなあ……どんなに忙しくても、周りを見て冷静に仕事をしないといけないのである。でもあのブラック企業に感謝だけはしたくないぞ!

「とりあえず今日は2人とも本当にお疲れさま! そういえば冒険者ギルドマスターのライザックさんが、開店祝いに高級食材をくれたからみんなで食べよう。今日は忙しくて、もうお腹がペコペコだよ!」

「フィアもお腹ペコペコです!」

 時刻はまだ夕方だが、お腹はとても空いている。今日のお昼は軽食だったことと、いろいろと動き回って働いていたこともあって、もうお腹が限界である。

 ロイヤ達から貰った開店祝いの沢山のお花は花瓶に入れて店の入り口に飾ってある。ライザックさんから貰ったお肉はすでに2階に運んである。ロイヤ達やライザックさんには改めてお礼をするとしよう。

「そういえばギルドマスターから食材をもらったと言っていたな。何をもらったんだ?」

「なんだっけな……確かダナマベアの肉とか言っていたか。冒険者ギルドじゃなくて、ライザックさんが自分で仕留めてくれたってさ」

「おお、ダナマベアはかなりの高級食材だぞ! この辺りでは獲れない魔物だから、ギルドマスターはわざわざ遠くまで狩りに行ってくれたのだな」

「そうなんだ。今度またちゃんとお礼を言いにいかないといけないな。あと方位磁石のおかげで、森で迷う冒険者が減ったって喜んでいたよ」

「なるほど。方位磁石があれば森で迷う冒険者が減る。冒険者ギルドとしても、テツヤのお店に感謝しているのだろう」

「俺としてもロイヤ達みたいな冒険者に少しでも恩を返せてよかったよ。そういえばロイヤ達からも開店祝いに綺麗な花をたくさんもらったから、今度またお礼をしようと思っているんだ。それにロイヤ達からこの店で買った商品の使い心地を聞きたいな」

「そうだな。私も元冒険者だが、実際にこの街にいて、現在も活動しているロイヤ達の意見のほうが役に立つだろう」

「うん、だから今度はロイヤ達も一緒に……」

 ぐうううう〜

「はうう!?」

 話の途中でフィアちゃんのお腹が盛大に鳴った。そうだな、今日の反省や今後のことも大事だが、まずは腹ごしらえだ。

「ごめん、ごめん。なにはともあれ、2人とも本当にお疲れさま! 昼もそんなに食べてれていないし、まずはご飯にしよう!」
「これがダナマベアの肉か!」

 冒険者ギルドマスターのライザックさんから開店祝いにもらった包みを開いてみると、そこにはサシの入った大きな肉の塊が現れた。この世界の翻訳機能がどうなっているのかはわからないが、ベアということはやはり熊の魔物とかなんだろうか?

 牛の肉と違って鮮やかな赤色ではなく、少し赤黒い色をしている。さすがに元の世界で熊肉は食べたことはないが、どんな味がするかは気になるな。

「テツヤ、どう料理するのだ?」

「結構な量があるから、とりあえず今日は普通に焼いてみて、明日は鍋とかにしてみるかな」

 さすがにこの肉の量はフィアちゃんのお母さんの分を入れたとしても、一食では食べきれないほどの量だ。とりあえず今日はシンプルに焼いてみて、明日は鍋や汁物にしてみるつもりだ。

「テツヤお兄ちゃん、何か手伝おうか?」

「ありがとう。そしたらリリアと一緒に野菜を切るのを手伝ってほしいな」

「うん!」

 せっかくだからフィアちゃんとリリアにも料理を手伝ってもらう。みんなで料理をしたほうがより美味しく感じるもんな。



「よし、できた。早速みんなで食べよう!」

 今日はみんな疲れているので、簡単な料理をふたつだけ作った。まず一品目はダナマベアの肉野菜炒めだ。これはシンプルに肉と野菜を炒めただけだが、味付けは魚醤と酒とすりおろしたニンニクと生姜で作った特製ダレだ。このタレはいろいろと使えるので多めに作って保存してある。

「おお、確かにこの肉はうまいな! 獣臭さなんてまったく感じないし、柔らかくて、噛めば噛むほど濃い肉の味が滲み出てくるよ!」

「ふわっ、お肉がとっても美味しいです!」

「ふむ、テツヤが作ったこのタレはうまい。肉と野菜を炒めただけなのにこんなにうまくなるとは思わなかったぞ」

「いや、これは肉がうまいよ。魔物の肉ってこんなにうまい肉もあるんだな」

 簡単な肉野菜炒めなのにめちゃくちゃうまい。肉がうまくなるだけで、ただの肉野菜炒めがこれほどの味になるとは驚きだ。こちらの世界でいつも食べている魔物の肉は、うまくなるように育てられた元の世界の肉には少し劣っているのだが、この肉はさすが高級食材というだけあって、元の世界の高級肉に負けないほどの美味しさだった。

 あとはこれに米があれば完璧なところである。肉野菜炒めにはパンよりも米がほしくなる。

「さて、それじゃあもう一品のほうも完成だな。さてこっちのほうも食べようか」

「……テツヤ、この銀色のものはなんなのだ?」

「キラキラしてとっても綺麗です!」

「これはアルミホイルっていうんだ。今回のメイン料理のダナマベアのステーキだよ。中はかなり熱いから気をつけてね。フィアちゃんの分は俺が開けるよ」

 皿の上に乗っているアルミホイルを開けると、そこからはこれぞ肉と主張するようなステーキが現れた。ちなみにアルミホイルは元の世界から持ってきたリュックに入っていたものなので限りがある。

「……中は普通に肉を焼いただけではないのか?」

「いろいろと焼き方にもこだわっているからな。試しに食べてみてよ」

「テツヤがそう言うなら試してみよう」

「いい匂いです!」

 ナイフとフォークを使いステーキを一口大に切って口へと運ぶ。レアとミディアムあたりで焼いたので、肉の中心にはまだ赤みが残っている。

「む、これは!? なんという肉汁の量、なんという柔らかさ、そしてなんという美味しさなのだ!?」

「お、美味しいです! こんな美味しいお肉を食べたのは初めてです!」

「おお、これは美味いな!」

 ダナマベアの肉は歯を通すとスッと噛み切れるほど柔らかく、脂の旨みである肉汁が口の中に溢れてくる。獣臭さもなく、元の世界の牛とは異なる味わいだが、高級な和牛のステーキにも負けない味だ。

 品種改良されて餌にも気を遣って育てられた元の世界の牛肉と同じくらいの味というのは驚きだ。もしかしたら、この世界にある魔力というものが関係しているのかもしれない。

「すごいな。私は前にダナマベアの肉を食べたことはあったが、この肉ほど柔らかくなく、これほどまでの味ではなかったぞ!」

「俺がいた世界だと肉の焼き方にもいろいろと工夫がされているんだよ」

  ステーキといっても実は結構奥が深い。今回はいろいろとこだわってみた。

 まずは肉に包丁で筋切りをする。そしてみじん切りにしたタマネギと一緒にいれておく。こうすることにより肉の繊維が柔らかくなり、焼いても箸で切れるほど柔らかくなる。

 そしてこちらの世界にやってきた時に持っていたスキレットを加熱する。スキレットとは鋳鉄製の厚みがあるフライパンで、熱伝導や蓄熱性に優れている。そのため食材に均一に火が通り、ムラなく肉の旨みを閉じ込めて焼きあげることが可能だ。

 炭で熱したスキレットに牛脂ならぬ熊脂を塗って、先程用意した肉にアウトドアスパイスで下味を付けてからスキレットに投入。強火で一気に両面を焼き上げてから、すぐにアルミホイルで肉を包み、数分間休ませる。こうすることで余熱を利用し、中までじっくりと熱を通し、肉汁を封じ込めることができる。

 今回は高級肉ということなのでレアからミディアムレアくらいで焼きあげてみた。ここまでこだわったステーキがうまくないはずがあるだろうか、いやない!

「……ふうむ、テツヤの世界は食に対するこだわりがすごいな」

「そこは完全に同意するよ」

 今更だが、日本人の食に対するこだわりはなかなかのものだよな。

「アウトドアスパイスも美味しいけれど、ステーキソースも作ってみたから試してみてね」

 魔物の肉に効果があるのかはわからないが、肉を柔らかくするために使ったタマネギのみじん切りとタレを混ぜて少し煮詰めたオニオンソースのステーキソースだ。

「こっちも美味しいよ! フィアはこっちのほうが好きかな」

「確かにこれも美味いな。だが私はアウトドアスパイスのほうが好きかもしれん」

「味の好みはそれぞれだからね。お母さんのレーアさんにもお肉とタレをお裾分けするから持って帰ってあげてね」

「はい! テツヤお兄ちゃん、ありがとうです!」

 この世界に来てから食べた肉の中でも一番美味しい肉だったな。これはライザックさんには感謝しないといけない。今度会った時に改めてお礼を伝えるとしよう。

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