「こんな感じでここのノズルを開けば温かいお湯が出てきて、身体や髪の毛を洗えるようになっているんだ」
「なるほど、これは便利だな!」
実際のところ、元の世界でこのキャンプギアはあまり使い道がないと思っていた。まあキャンプをする際に、シャワーを浴びたくなるなんてことはあまりないからな。使うとしてもシャワーのない海や川で遊ぶときくらいの物だと思っていた。確かポータブルシャワーには電動式やポンプ式などもあったはずだが、今アウトドアショップで買えるのは吊り下げ式の物だけだ。
俺も元の世界では持っていなかったキャンプギアだが、こちらの世界ではとても便利である。お風呂に入ることができなくても、シャワーを浴びられるだけでだいぶ違う。ちなみにこれまでは井戸で汲んできた冷たい水で身体を拭いたり、髪を洗ったりしていただけだからな……
しかしこのキャンプギアを販売するかは微妙なところである。森まで自力でいける冒険者達は川で水浴びをしているし、宿や個人の家でポータブルシャワーを使うのかというとちょっと怪しい。たぶんそこまで需要はないと思うんだよな。
「ああ〜生き返るなあ〜」
シャワーで温水を浴びながら髪と身体を洗っていくが、だいぶ身体が汚れていたらしい。今まで生きてきた中で一番垢が出た気がする。
本当は石鹸やシャンプーもほしいところだが、さすがにそこまで贅沢は言えない。少なくともこの街では石鹸もシャンプーも売ってはいなかったな。確か石鹸は油と灰から作ることができたと思うが、詳しい作り方も覚えていないし、さすがに一から石鹸を作るまでする気はない。今はこの温水シャワーだけで十分である。
「リリア、次どうぞ。温水も補充しておいたよ」
「すまないな、ありがたく使わせてもらおう」
続いてリリアがシャワーを浴びる。当たり前だが覗きなんてしないぞ。リリアは護衛ということもあって、私服ではあるが、基本的にいつも剣を持ち歩いている。リリアの性格からすると問答無用で叩っ斬られることはないと思うが、これから一緒に過ごすわけだし、そんなことで信頼を失うわけにはいかない。……男として覗きたいという気持ちは決してゼロではないがな。
「気持ちよかったぞ。あのシャワーというものは魔道具か何かなのか?」
「いや、あれは魔法とかは使っていないよ。俺の故郷で使っていた道具なんだ」
「そうなのか。方位磁石といい、テツヤの故郷には便利な道具がいろいろとあるんだな」
「……そうだね。それも含めて明日説明するよ」
明日はフィアちゃんも一緒に店の開店の準備をする予定だ。その際に俺の能力のことを2人には伝える。2人になら信用して話せるが、どんな反応をするのか少しだけ心配ではある。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふあ〜あ、良く寝た」
新しく買ったベッドもそこまで柔らかいというわけではないが、十分すぎるほどによく眠れた。それに小さいとはいえ、自分の部屋があるというのはとても安心する。
「おはよう、テツヤ」
「おはよう、リリア。今から朝ご飯の用意をするからちょっと待っててね」
自分の部屋のドアを開けると、居間には私服のリリアがいた。彼女がいたことのない俺にとっては、なかなか刺激的な光景だぞ。
「お待たせ。今日の朝ごはんはサラダとコーンスープとホットサンドを用意したよ」
「おお、いい匂いがするな」
今日の朝ごはんはキャンプ飯の定番であるホットサンドだ。アウトドアショップがレベル3まで上がったことで新たにガス缶が買えることになった。そのおかげで元々この世界に来た時に持っていたガスバーナーが、ガスを気にせず使えるようになったのだ。
残念ながらガスバーナー本体はまだ買えないのだが、ガス缶だけでも買えるのはとても助かる。ガスバーナーは次のレベルあたりで、購入できるようになればいいな。
こちらの世界では火を起こすのも、火打ち石が必要となり一苦労だ。ガスバーナーが使えるだけでとても便利である。
「これは美味い! 少し焼いた温かいパンの中にいろいろな具材が入っているのだな! こっちはチーズと肉、こっちはジャム、こっちは野菜か」
ホットサンドとはパンの中に具材を挟んでホットサンドメーカーと呼ばれる、2枚の鉄板に挟みバーナーで焼くだけというお手軽キャンプ飯だ。簡単な割に中身を変えるだけでいろんな味が味わえる。
「それにこっちのスープは昨日のスープとはまた違うな。優しい味がしてとても美味い! それにこのサラダも何か味がついているな!」
今日の朝は味噌汁ではなく、パンにあうコーンスープだ。これも味噌汁と同様にお湯に溶かすだけのインスタントスープである。
サラダに関しては異世界ものの定番であるマヨネーズを作ろうかとも思ったのだが、新鮮なたまごが市場では売っていなかったので、今回は諦めた。市場で売っているいつ産んだかわからないたまごだと、お腹を壊す可能性があるからな。
その代わりに、市場で売っていた植物から取れたサラダ油のような食用油に、アウトドアスパイスを混ぜた簡易ドレッシングをかけてみた。こんな使い方もできるからアウトドアスパイスは万能である。
「どれも簡単に作った割にはなかなかいけるな。やっぱり久しぶりに料理をするのは楽しくていいね。それにリリアみたいに美味しそうに食べてくれると、こっちも作った甲斐があるよ。おかわりもあるからね」
「うっ……あまりにも美味しかったので、もう食べ終わってしまった。すまないがおかわりをもらえるだろうか?」
「もちろん」
うん、料理をするのは好きだし、リリアみたいに美味しそうに食べてくれるとこちらも嬉しくなるな。
朝ごはんを食べたあと、リリアと一緒にフィアちゃんの家へと向かった。今日はそのまま商店へ行き、お店のオープンに必要な物を購入していく予定だ。
「おはようございます、レーアさん、フィアちゃん」
「あら、テツヤさん。おはようございます」
「テツヤお兄ちゃん、おはよう! あれっ、リリアお姉ちゃん!?」
「ああ、フィアちゃんにはまだ伝えていなかったけれど、リリアが護衛兼従業員として一緒に働いてくれることになったんだ」
「リリアです。レーアさん、フィアちゃん、どうぞよろしくお願いします」
「リリアは元Bランク冒険者なので、とても頼りになりますよ」
「Bランク冒険者!? 女性なのにすごいのですね。娘がご迷惑をかけることがあるかと思いますが、何卒よろしくお願いします」
「はい、お任せください。テツヤとフィアちゃんは私の命に代えても守ります!」
リリアが格好良すぎて困る。女性が女性に惚れるというのも分かる気がするな。でもフィアちゃんはともかく俺はリリアの命に代えなくてもいいからな。
「リリアお姉ちゃん、これからよろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。お店の従業員としてはフィアちゃんのほうが先輩だからな。いろいろと教えてほしい」
「は、はい! フィアも頑張ります!」
この2人なら大丈夫だろう。フィアちゃんの母親であるレーアさんにご挨拶をしてから、リリアとフィアちゃんと一緒にお店へと向かった。
「そうか、フィアちゃんはそうやってテツヤと出会ったのだな」
「はいです! お母さんが倒れちゃった時に、テツヤお兄ちゃんが助けてくれました。リリアお姉ちゃんはテツヤお兄ちゃんが出した依頼で知り合ったんですね?」
「ああ。この街で護衛依頼というのはなかなか珍しいんだ。それに新人冒険者も一緒の護衛依頼ということだったからな。護衛依頼は普通の依頼とは異なって、私にもいろいろと教えられることがあるから、あれば受けるようにしているんだ」
そういえばあの時も俺やロイヤ達にいろいろと教えてくれながら護衛をしてくれていたよな。そうやって普段から駆け出し冒険者の役に立つような依頼を受けているのもリリアらしい。
そんな感じでリリアとフィアちゃんが話をしながら買い物をしていった。この様子なら2人とも一緒に仲良く働いていけそうだな。
「ここが新しいお店だよ」
「うわあ〜おっきいです! それにとっても綺麗ですね」
いろいろな買い物を終えてお店まで戻ってくる。いろいろなお店に寄ってきたこともあって、お昼は屋台で簡単にすませてきた。
フィアちゃんが借りた店舗を見るのは初めてだ。元いた屋台とは違って全然大きいし、昨日リリアと一緒に多少は掃除をしてあるから、ある程度は綺麗になっている。
「中も結構広いから、屋台とは比べものにならないくらいの商品を置けるようになっているよ」
「はわわ、たくさん覚えることがありそうです!」
「商品の値段は一覧にして会計の場所に置いておくし、それぞれの商品棚にも値段は書いておくから、ゆっくりと覚えていけば大丈夫だよ」
「私も接客業をするのは初めてだ。それに見ての通り片腕だからな。護衛のほうは大丈夫だと思うのだが、店のほうは少し不安がある」
「普段のリリアの対応で十分丁寧だから大丈夫だよ。確かに会計は少し難しいかもしれないけれど、品出しや店内の見回りやお客様対応とやることはいろいろとあるからね。手伝ってくれる人がひとり増えてくれただけでとても助かるよ」
2人ともいろいろな不安はあるようだが、この2人ならすぐに慣れてくれるだろう。接客のほうは問題ないと思うのだが、お店を出すとなるといろいろな問題が出てくるだろう。
一応駆け出し冒険者を相手にしている商店とはできるだけかぶらないような商品を置くつもりだが、それでも何かしらのトラブルはあるだろうからな。2人の接客よりも、むしろそっちのほうが心配である。
「それじゃあもう少し内装を綺麗にしたり、買ってきた値札とかを配置していこうか」
そのあとは3人でお店の内装を準備していく。元々この物件にあった商品用の棚に商品の値札を付けていった。
「やっぱり俺が書くの?」
「そうだな、この店はテツヤの店なのだからな」
「はいです! テツヤお兄ちゃん、頑張って!」
一通り店の中の準備が終わって、残るはお店の看板を残すだけとなった。一応こちらの世界の文字は、日本語で書こうとすると自動的にこちらの世界の文字に変換されるのだが、そもそも文字を書くのが苦手なんだよなあ。
昔から習字の授業とかが一番苦手だった。バランスよく文字を書くというのが難しいんだよな。とはいえ、リリアの言う通り、一応は俺の店である。ペンキのような塗料を買ってきており、何度かはやり直せるから頑張るとしよう。
「……よし、こんな感じでどうだ?」
「うむ、いいと思うぞ!」
「はい、とっても上手ですよ!」
何度か書き直したが、俺も納得できる看板が出来上がった。こちらの世界でアウトドアショップという文字が書いてある。
「あとはこっちの小さいほうだな。こっちはみんなで書こう」
店の正面の上部に設置する看板とは別に店の入り口に設置する小さな看板には、この店には何が売っているかを表す絵などを描くのがいいらしい。アウトドアショップといえば、テントのイメージが強いのだが、こちらの世界ではまだテントは売っていないので、この店の看板商品でもある方位磁石の絵をみんなで描いた。
元々商店としての商品棚などが置いてあったのは助かった。これであとは商品さえ置けば、立派なお店として営業を開始できるようにまで準備はできたな。
さて、お店の準備もある程度できたことだし、今日の晩ご飯を作るとしよう。今日はレーアさんの仕事が遅くなるそうなので、フィアちゃんもここで一緒に晩ご飯を食べていく。
レーアさんの分も持っていってもらうから、合計4人分だな。みんながどれだけ食べるかまだ分かっていないから、多めに作っておけばいいだろう。余ったら明日の朝に食べればいいだけだ。
というわけで完成した今日の晩ご飯がこちら。
「今日の晩ご飯は唐揚げだ! 熱いから気を付けて食べてね」
「唐揚げ……初めて聞く料理だな」
「ふわあ、いい匂いです!」
今日の晩ご飯は唐揚げとサラダとパンとスープだ。サラダは生野菜に朝の油とアウトドアスパイスを使ったドレッシングに、今回は酸味のある果物の果汁を加えて、少しだけパワーアップしてある。スープは唐揚げに合いそうな中華風のたまごスープのインスタントである。
そして今日のメインとなるのは唐揚げだ。この世界に来てから、泊まっていた宿や街の屋台では揚げ物がまったくないことに気付いた。基本的に宿や街の屋台で出てくる料理は焼いたり煮たりするものばかりだ。
一度揚げ物がないと分かってしまうと、どうしても揚げ物が食べたくなってしまったんだよな。というわけでないなら作ってしまおうと考えたわけだ。幸い唐揚げは元の世界で作ったことがあるので、一から作ってみた。
ライガー鳥という鳥型の魔物の肉をひとくち大の大きさに切り揃え、ニンニクや魚醤、アウトドアスパイスなどを混ぜ合わせたタレで揉み合わせ、しばらくタレに漬けておく。タレを漬けた肉に小麦粉と片栗粉混ぜた衣を付け、油で揚げる。一度揚げた後に、さらに高温でもう一度揚げることにより、中はジューシィで外側はパリッとした食感になるのだ。
「おお、パリッとした衣の中から、アツアツの肉の旨みが溢れてくるぞ! これは今まで味わったことがないが、本当に美味しいな!」
「ふーふー、熱いけど本当に美味しいです! こんな美味しいお肉初めて食べました!」
「多めに作ってあるから、ゆっくり食べていいよ」
唐揚げはまだ揚げたてでアツアツなので、ふーふーと冷ましながら唐揚げを食べるフィアちゃん。なんだか癒されるな。
うん、こちらの世界で初めて作った唐揚げにしてはだいぶ上手くできたな。魚醤を使ったタレでも十分にうまい。それほど高くない肉だったが、元の世界の鶏よりも美味しいかもしれない。
こちらの世界では油がそこまで高くないから助かった。魚醤は多少高かったが、醤油に近い味の調味料は必要だからな。多少高くても買い続けるとしよう。
「こっちのお野菜も味がついていて美味しいです!」
「このスープも優しい味で美味しいな! これも朝や昨日のスープとは違って美味しいぞ!」
「サラダにはドレッシングがかけてあるんだ。こっちのスープはふんわりとしたたまごが入っていて美味しいでしょ。あと唐揚げはこっちの酸味のある果物の果汁をかけるとサッパリして美味しいよ」
うむ、2人ともとても美味しそうに食べている。宿で食べる食事も美味しいが、こうやってテーブルを囲んでみんなで食べる食事も良いものである。俺も久しぶりにカロリーとかを気にしないジャンクな味を楽しめた。
「もしも〜し、テツヤさんはいますか〜?」
「うわっと!?」
食事を楽しんでいたところ、いきなり下の階から大きな声がした。それと同時に扉をノックする音が聞こえた。
「びっくりしたあ。こんな時間に誰だろう? ロイヤ達にはまだ店の場所を伝えてないし、声も違うな」
「テツヤ、たぶん冒険者ギルドで依頼していた収納魔法を使える者の件ではないか?」
「あっ、冒険者ギルドに依頼していた件か。悪いけどリリアも一緒に来てもらっていい?」
「ああ、もちろんだ」
ありえないとは思うが、冒険者ギルドの使いのフリをした強盗の可能性もある。用心はしておいたほうがいい。
「すみません、お待たせしました」
「君がテツヤさんだね。冒険者のランジェだよ、よろしくね〜」
美しく輝く長い金髪を後ろで束ね、肌は白くて整った顔立ちをしている男。そして彼の両耳は長く尖っている。その容姿はファンタジー小説で見かけるエルフそのものだった。
「……初めまして、テツヤです。よろしくお願いします」
この世界に来てからエルフの人を見るのは初めてだ。やはりエルフの容姿は整っているのか、めちゃくちゃイケメンである。……というか冒険者ギルドの使いの人かと思ったけれど、いきなり本人が来たのか。
「久しぶりだな、ランジェ。その軽い感じ、変わっていないな」
「やっほ〜リリア。リリアが冒険者を引退した後に、お店で働くってギルドマスターから聞いた時は驚いたよ!」
……んん? もしかしてリリアはこの人と知り合いだったりするのか?
「ランジェとは冒険者の時の知り合いでな。見た目と話し方はこんな感じだが、冒険者としてのこいつは信用できるやつだぞ」
そういえばリリアもランジェさんと同じBランク冒険者だったな。同じ高ランク冒険者同士だし知り合いでも不思議はないのか。
「とりあえず店の入り口ではあれなので、まずは中へどうぞ」
「あれ、なんだかいい匂いがするね」
「ちょうどみんなで晩ご飯を食べていたところだったんですよ。もしよろしければ、ランジェさんも一緒に食べていきませんか?」
冒険者ギルドマスターのライザックさんの話によると、この人が依頼を引き受けてくれるかはまだ分からない。とりあえず印象は良くしておいたほうがいいだろう。
「えっ、いいの? まだ晩ご飯を食べてないからお腹ペコペコなんだよ。遠慮なくいただくね。あとテツヤ、僕に対する口調はもっとフランクでいいからね! むしろ堅苦しいほうが苦手だよ」
「……わかったよ。それじゃあ準備するから少し待っててくれ」
リリアの時もそうだったけれど、こちらの世界ではあんまり敬語や丁寧語では話さないのかもしれない。でも初対面の人を相手にタメ口って、何気にハードルが高いんだよな……
「はいは〜い。あっ、こっちの可愛い女の子は初めてだね。ランジェだよ、よろしくね!」
「フフ、フィアです! よ、よろしくお願いします!」
……俺のエルフのイメージって、もっと厳格で寡黙な感じだと思ったんだけど違うのか? 見た目は10代後半から20代くらいに見えるのだが、めちゃくちゃ軽い感じだ。
「お待たせ。これは俺の故郷の料理だ。もし口に合わなかったら、別の料理もあるから教えてくれ」
「へえ〜僕はこう見えてフラフラといろんな街へ出かけるんだけど、この料理は初めて見るね」
……こう見えてというよりは見たまんまなんだが、とはさすがに言えない。どうやらこの街以外にも唐揚げという料理はないらしい。というより揚げ物という文化がまだない可能性もあるな。
「これは唐揚げといってライガー鳥の肉に衣をつけて、高温の油に浸した料理だよ。それとこっちがサラダとスープだ」
リリアやフィアちゃんに出したとのと同じ料理を、テーブルに座ったランジェさんの前に置く。というか俺達も食事の途中だったので、改めてテーブルに座って食事を再開した。
「うわ、なにこれ!? めちゃくちゃ美味しいよ! 外はサクサクしているけれど、中はとっても柔らかくて肉の味が溢れてくる! へえ〜焼いたり煮たりするのとは全然違った味だけど、本当に美味しいよ!
それにこっちのサラダには高そうな香辛料がいっぱい使われているね! こっちのスープも優しくて今まで味わったことのない味だ。これはすごいよ!」
「ふっふっふ、テツヤの料理はうまいだろう? 唐揚げにはこっちの果汁をかけるとサッパリとしてまた違った味になるぞ!」
「へえ、そうなんだ!」
なぜかリリアが得意げに説明してくれた。リリアやフィアちゃんもそうだが、ランジェさんもとても美味しそうに俺の作った料理を食べてくれるな。見ていて清々しいくらいの食べっぷりだ。
「それだけ美味しそうに食べてくれると、作った俺のほうも嬉しいよ」
「これはお酒にとても合いそうだね。よし、それじゃあ僕もとっておきのを出そうじゃないか!」
ランジェさんが何もない空間に右手を伸ばすと突然黒い平面が現れ、そこに手を入れた。
「おお! もしかしてこれが収納魔法なの?」
「そうだよ。ここにいろいろな物を入れられるようになっているんだ。しかもここに入れた時点で時間の流れが止まるから便利なんだよね。どこだったかな……あ、これこれ」
そういってランジェさんは一本の筒を取り出した。これが魔法か、初めて見たけれど面白いな。しかも時間停止する収納魔法なんて羨ましい!
「これは?」
「これは他の街で作られているエールだよ。結構有名なお酒でね、ドワーフにも人気があるんだ。さらに僕の氷魔法で冷やしているんだよ」
「えっ!? 冷えたエール!」
今日は一応お酒も買ってきてはあるが、リリアはお酒を飲まないし、フィアちゃんは言うまでもなくお酒を飲めないから、今日はもう飲まずにいようと思っていた。
「ランジェさん、俺にも少しくれない?」
「もちろん、こんな美味しいご飯を食べさせてもらったんだからね。リリアは……飲めなかったんだっけ? フィアちゃんはもう少し大人になってからだね。2人はこっちの果物の果汁で我慢してね」
「ああ、ありがたくいただこう」
「は、はい。ありがとうございますです!」
さらにランジェさんはもう一本の筒を何もない空間から取り出し、コップに注いでいく。
へえ〜元の世界のビールと違って濃い色をしている。確かエールは、いつも飲んでいたビールと発酵方法の仕方が違うんだっけかな。おお、しかもちゃんと冷えている! いいなあ、俺も氷魔法を使いたい。
「それじゃあ改めて乾杯!」
「「「乾杯!」」」
「おお、これはうまい!」
前に泊まっていた宿でもエールや他の酒を何度か飲んだが、そのどれよりもうまい味だった。元の世界で飲んでいたビールよりもゴクゴクと飲めるキレはないが、その代わりに複雑で深い味わいと香りがある。
そしてなによりも氷魔法によって、冷やされたお酒を久しぶりに飲んだ。確かエールビールはラガービールみたいにキンキンに冷やすよりも、これくらいに少し冷やしたくらいがちょうどいいんだよな。
今度はアツアツの唐揚げを食べてから冷えたエールを流し込む。かああ、これだよ!
「それにしても本当に美味しいエールだな。ランジェさん、ありがとう」
「こちらこそご馳走さまだよ。思った通りこの料理は冷やしたエールによくあうね! 僕も結構いろんな街に行っていろんなお酒を飲んだけれど、この飲み方が好きなんだよ」
「うちの故郷でもお酒はこうやって冷やして飲むことが多いんだ。せっかくなら他の街でどんなお酒を飲んで料理を食べてきたのか教えてほしいな。まだこの街以外の街にはほとんど行ったことがないから、他の街の料理とか気になるんだよ」
実際にはほとんどどころか、この異世界に来てからまだこの街しか見たことがない。いろんな街を旅してみるのも面白そうなんだけれど、なにせ戦闘能力が皆無だからな。命の危険が多いこの世界では、極力街の外に出たくはない。
「うん、もちろんいいよ。テツヤの料理もとても美味しいけれど、他の街にもいろんなお酒や料理があるからね!」
お酒や食事を楽しみながら、ランジェさんの旅の話などをいろいろと聞いて楽しんだ。やはり異世界だけあって、元の世界にはなかった食材や料理などが山ほどあった。楽しそうに旅の話を語るランジェさんが少し羨ましく思える。
「ふう、ご馳走さま。とっても美味しかったよ」
「私もお腹いっぱいだ。この唐揚げという料理は癖になりそうだな」
「フィアもお腹いっぱいです! こんな美味しいお肉初めて食べました」
結局だいぶ多めに作った唐揚げが、レーアさんに渡す分を除いてすべてなくなってしまった。ランジェさんだけじゃなくて、リリアもフィアちゃんも結構な量を食べるということがよく分かった。
そういう俺も久しぶりに唐揚げという元の世界の料理を食べることができて、いつもより多く食べてしまったな。異世界で初めて食べる料理もいいけれど、食べ慣れた元の世界の料理も悪くない。
「俺の故郷の料理をみんな気に入ってくれたようでなによりだ。他にもいろんな料理があるから、また今度作ってご馳走するよ。俺も久しぶりに美味しいお酒を楽しめた。ランジェさん、ありがとう」
「いいっていいって。こっちも久しぶりに大勢で食事してとても楽しめたよ。お腹もいっぱいになったし大満足だ」
「それで本題なんだけど、実はランジェさんに定期的に依頼を受けてほしいんだ。冒険者ギルドマスターのライザックさんからランジェさんは収納魔法が使えて、しかもBランク冒険者だと聞いている。
今度ここで店を開くことになったんだけど、うちのお店の商品はかなり特別な物が多くて、特殊な場所から仕入れをしているんだ。それで商品の仕入れを収納魔法が使える人にお願いしたくて冒険者ギルドに依頼をしたわけなんだ」
「うん、そのあたりはギルマスから聞いているよ。それと冒険者ギルドで方位磁石ってやつを買ったみたけど、すごいねこれ! 冒険者だけじゃなくて、いろんな街を渡り歩く僕や商人にはとてもありがたいよ!」
そういって懐から方位磁石を取り出すランジェさん。どうやら昨日冒険者ギルドに卸した方位磁石を買ってくれたらしい。
「それと他の店では売っていない商品だから、街の外でちょっかいを出してくるやつらがいるかもしれなくて、普通よりも危険が多い依頼になると思う。依頼料は相場よりも多く出すから、この依頼を受けてくれないだろうか?」
「うん、オッケーだよ! テツヤのその依頼を引き受けるよ」
「………………え?」
あれ、今なんて言った? 普通ここから交渉が始まるものじゃないの?
「いや、その、まだ依頼料の提示も依頼の詳細な説明もしていないんだけど……」
「うん、もうこの時点でテツヤの依頼が十分に面白そうなことはよくわかったよ。僕は面白い依頼は基本的に受けるようにしているんだ。そりゃもちろん絶対に達成できない依頼や、赤字になるような依頼はさすがに無理だけど、それ以外でね。
本音を言うとギルマスから話を聞いた時点で、よっぽどのことがない限りこの依頼は受けようと思っていたんだよ。だって面白すぎるでしょ! いきなりこの街にやってきて、駆け出し冒険者の役に立つ見たこともない道具を売り始めて、しかもあのリリアが雇われているお店の依頼なんて受けるしかないじゃん!」
「……相変わらず変わったやつだな」
「「………………」」
薄々気付いてはいたが、どうやらこのエルフのランジェさんは少し……いや、かなり変わっているらしい。依頼の条件や依頼料などよりも面白さを優先しているとはな……
とはいえお金にそれほど執着がないというのはこちらにとっても都合が良い。お金目当てで裏切って、このお店の情報を売るなんてことがないわけだからな。
「それに加えて、さっき食べさせてもらった見たことない料理はとても美味しかったよ。他にもテツヤの故郷の料理を食べてみたいな。そうだね、依頼料は普通でいいから、たまにテツヤの作った料理を食べさせてもらおうかな」
「ああ、この唐揚げみたいな料理だったらいろいろと作れるよ。でもランジェさん、この依頼は結構な危険があると思うからよく考えてほしい。方位磁石を見てもらったならわかると思うけれど、このお店でしか売っていない商品は結構あるんだ。その仕入れルートを探るために、ちょっかいを出してくる輩が出てくる可能性が高い」
「ああ、それなら大丈夫だよ。僕は戦闘よりも逃げたり隠れたりすることのほうが得意だからね。逃げることだけに集中すれば、たとえ盗賊が大勢いても、Aランク冒険者からでも逃げ切る自信があるよ」
「おお、それはすごい!」
「そうだな。確かにランジェの逃げ足ならば、盗賊達やAランク冒険者からも逃げることが可能だろう。むしろひとりのほうが逃げやすいに違いない」
リリアが戦闘面でそういう判断をするなら、その通りなのだろう。なるほど、ランジェさんがパーティを組まずにソロで依頼を受けているのは、そういう理由もあるのか。
正直に言うとランジェさんに出会った当初は、こんな軽い人にアウトドアショップの能力の秘密を話しても大丈夫なのかと思っていた。しかしお金に執着がなく、冒険者ギルドマスターやリリア達から聞く実績や信用もあるし、ひとりでも盗賊や襲撃者から逃げられる実力もあり、今回頼む依頼にピッタリだ。
それに俺個人としても、なんとなくだがこの人なら信用できる気がしている。この人に裏切られたらそれまでだったと割り切るしかないな。……それと元の世界の料理を食べてもらえ、美味しくて冷たいお酒を一緒に飲めるという飲み仲間ができるのはとても嬉しいことでもある。
「……よし、じゃあこれでいいね?」
「うん、オッケーだよ」
そのあとランジェさんと依頼内容の詳細を決めていく。基本的には月に1〜2回、こちらが指定した場所へ仕入れにいってもらう。ランジェさんは普段いろんな街で依頼を受けて、様々な場所を回っているらしい。なのでその合間に仕入れの場所に寄ってもらうことになった。
「……最終的に依頼を受けてもらう前に、3人には伝えなくちゃいけないことがあるんだ」
「ん、なに?」
「私にもか?」
「フィアにもですか?」
「リリアとフィアちゃんには今までずっと黙っていて悪いと思っている。実は俺は別の世界からこの世界にやってきたんだ」
「別の世界?」
「別の世界とはどういうことだ?」
……そうか、異世界といってもこちらの世界の人達にはピンとこないのか。この世界の人達に異世界ものってどうやって説明すればいいんだ?
「……簡単に言うと、ものすごく遠い場所からやって来たってことなんだ。本当はとても遠い別の場所にいたんだけれど、気が付いたらいきなりこの街の近くの森にいたんだよ」
「へえ〜そんなことがあるんだ」
「フィアには少し難しいです……」
「他に同じような話を聞いたことはない? 勇者とか賢者とかが別の世界からやってきたとか」
俺もこの街に来てから、俺と同じように異世界転移した人物がいないかを調べてみたのだが、特にそんな情報は見つからなかった。Bランク冒険者であるリリアやランジェさんなら、異世界転移や異世界召喚された人物などに心当たりがあるかもしれない。
「……いや、私は聞いたことがないな」
「僕もないね。そんな面白そうな話があるんなら絶対に調べているよ」
2人とも心当たりはないということか。やはり今のところ元の世界に帰る情報についてはなさそうだ。
「簡単に言うと前にテツヤが話していたように、とても遠い場所から来たということだけじゃないか」
「テツヤお兄ちゃんはテツヤお兄ちゃんですよ!」
……どうやら異世界からやってきたということはそれほど重要ではないらしい。結構重大な発表をしたつもりだったんだけどな。まあこの世界にはエルフやドワーフみたいな種族がいるし、故郷とかはそれほど関係ないのかもしれない。むしろ大事なのはこれからか。
「2人ともありがとう。それでこの街にやってきた時に特別な能力を得ることができたんだ。ちょっと見てて」
手の平に乗せた1枚の金貨をみんなに見せてからアウトドアショップの能力を使って金貨をチャージする。
「お、お金が消えちゃった!?」
「これは収納魔法……テツヤも収納魔法が使えたのか!」
「……いや、今テツヤには魔力の流れがなかったから、魔法は使っていないよ。なんだこれ?」
確かにパッと見は収納魔法に見える。それにしてもランジェさんは魔力の流れとかわかるのか。
そしてアウトドアショップの能力を使って、ウインドウから方位磁石を購入した。
「収納魔法に見えたかもしれないけれど、俺の能力はお金と引き換えに俺の世界の物を購入できる能力なんだ。方位磁石や他の商品もこの能力で購入した物なんだよ」
「……なるほど、アウトドアショップという能力なのか。それでこの店の名前もアウトドアショップというのだな」
俺の能力を見せたあと、アウトドアショップの能力について詳しい説明をした。俺にしか見えないウインドウから商品を選び購入できたり、それによって能力のレベルが上がり、購入できる商品の数が増えることも伝えた。
「……いいね、最高に面白いじゃん! そんな能力初めて聞いたよ! 魔法とは違うみたいし、能力もレベルアップするなんてマジすごいじゃん!」
何度かお金を出し入れしたり、商品を購入するところを見せてあげたら、なぜかランジェさんのテンションが上がりまくっていた。
「すごいよ、テツヤお兄ちゃん!」
フィアちゃんはお金を出し入れしたり、購入した商品が突然出てくることに驚いていた。
「この能力のことを他の人には絶対に秘密にしておいてほしいんだ。方位磁石や浄水器みたいに、この能力でしか購入できない物が多くあるから、商人や貴族とかにバレると絶対に面倒なことになるからね」
「もちろん! こんな面白いこと他の人に教えるわけないよ!」
「わ、わかった。フィアも絶対誰にも言わないよ!」
「ああ、もちろんだ! 私の命にかけても秘密は守ると誓おう」
「リリアも命まではかけないでいいからね……」
さすがに俺の能力の秘密よりもみんなの命のほうが大事だからな。
「そういうわけで、実際の仕入れは俺の能力でするから、ランジェさんは人があまり立ち入らない場所へ行って仕入れをしているフリをしてほしいんだ。俺の能力だけで仕入れをしていることがバレないように、収納魔法を使えるランジェさんがこの店に出入りしていることに意味があるんだよね」
「……なるほどね。ということは、僕は多少の商品をダミーとして持っておいて、森の中とか山の奥とか人の来ないところで、この店の商品を仕入れているように見せかければいいんだね!」
「話が早くて助かるよ。冒険者ギルドで依頼した内容とは違うけれど、引き受けてほしいんだ」
「もちろんだよ、これからよろしくね!」
俺が異世界から来たことと、俺の能力をみんなに話したあと、フィアちゃんを家に送ってから家に戻ってきた。ランジェさんも今日は宿を取っているから、そのまま宿に帰っていった。明日は依頼を受けることを冒険者ギルドに伝えてから、もう一度お店に来てさらに細かいことを話す予定だ。
「それにしても異世界か……不思議なこともあるのだな」
「さっきリリアが言っていたように、すごく遠くからやってきただけだよ。それに前にも言ったけれど、今はそれほど帰りたいと思っているわけじゃないんだ。今の生活はとても気に入っているしね」
元の世界に戻るための情報をリリアもランジェさんも知らなかったのは残念ではあった。とはいえ、家族や友人にまた会いたいこと以外は、今の生活を気に入っている。
「うむ、なによりこれから新しい店を開くのだろう。このお店を放り出して帰るなんてことはできないのではないか?」
「そうだね。お店を構えてリリアやフィアちゃん、ランジェさんの協力を得られてここからが本番だからね」
確かに今元の世界に戻ることができると言われても、戻ることはできない。みんなにもこれだけ手を貸してもらっているわけだしな。今はこちらの世界で頑張っていくとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……う〜ん、残念だけどテツヤには魔法の適性がなさそうだね」
「マジかあ〜氷魔法使いたかったな……」
ランジェさんからの協力を得ることができた次の日、ランジェさんは冒険者ギルドに依頼を受注したことを伝えてくれたあと、そのままうちの店まで来てくれた。ランジェさんは別の依頼も受けており、もう明日には別の街に出発するらしい。
そしてランジェさんにお願いして、魔法の使い方を教えてもらっている。しかし、どうやら俺には魔法の適性がないらしく、魔法は使えないようだ。この世界には魔法の適性がある人とない人に分かれているようで、適性のない人に魔法を使うことはできないらしい。
「こればっかりは種族とか運にもよるから仕方ないよね」
「そうだな。だが、魔法はあれば便利なものに過ぎず、なくても問題はまったくないぞ」
確かに魔法がなくてもリリアはBランク冒険者になれているし、魔法を使うにはかなりの鍛錬が必要となるようだ。俺にはチート能力のアウトドアショップがあるが、ほんの少しでいいから氷魔法を使いたかった。……もし次に人を雇うことがあるなら、魔法を使える人を雇いたいところである。
「そうだね。どちらにしろ魔法が使えたとしても冒険者にはならなかっただろうし」
「そうそう。それにテツヤには魔法よりもすごい能力があるじゃん! あの方位磁石もすごかったけれど、ファイヤースターターとかブルーシートとか本当に便利だよ!」
すでにランジェさんにはアウトドアショップで買えるものはひと通り渡してある。
「それになんといってもあのインスタントスープとアウトドアスパイスは最高だよ! スープのほうはお湯を注ぐだけであんなに美味しいスープになるし、スパイスのほうは普通の塩やコショウよりも全然美味しいからね!」
その中でも、特にインスタントスープとアウトドアスパイスに喜んでくれた。ランジェさんはいろんな場所へ移動するため、街と街の間で野営をする。その際にお湯を沸かすだけで美味しいスープができてしまうインスタントスープと、焼いた肉や魚や野菜にかけるだけで格段に美味しくなるアウトドアスパイスを気に入ってくれたようだ。
「インスタントスープはこのお店でも販売する予定だけど、アウトドアスパイスは販売しないから他の人には秘密にしておいてね」
元の世界のアウトドアショップにはもっと冒険者に役立ちそうな道具がいっぱいあるが、今の俺の能力ではこのあたりが限界だ。ちなみにアウトドアショップが次のレベルに上がるまで、まだ約金貨470枚の購入が必要になる。こればっかりはコツコツと頑張るしかないな。
「もちろんだよ。それにこんなにたくさん料理を作ってくれてありがとうね! 大事に食べさせてもらうよ」
ランジェさんの収納魔法は結構な容量があり、収納したまま時間が止まるということなので、ホットサンドや唐揚げやフライドポテトなど、いくつかの料理を作ってあげた。本当に収納魔法って便利だよなあ。
そして料理やアウトドアショップで買ったものの代わりに、依頼料はいらないと言われた。実際のところ仕入れは行わずに、他の依頼の合間に何ヶ所か寄るだけだから、料理や店の商品で十分だと言われた。
確かにいくつかの場所に寄ってもらうだけではあるが、それ以外に誰かに狙われる危険があるし、その場所へ行くにも移動費が掛かるので、多少は受け取ってほしいとも伝えたのだが、それよりもキャンプギアや俺の作った元の世界の料理のほうがいいらしい。
これからは屋台の時とは異なり、店の家賃、リリアやフィアちゃんの賃金、商店としての税金などといった結構な金額を払うことになる俺にとってはだいぶ助かる。
「今度来てくれた時には、もっといろんな料理を出せるようにいろいろと試しておくよ。あと、もし伝えておいた食材を見つけたら購入しておいてほしいな」
「うん、了解したよ!」
ランジェさんには行く先々で、この街には売っていない元の世界の食材が売っていたら買ってきてもらうようにお願いをしてある。特に米とかがどこかで売っていると嬉しいんだけどな。
「やっぱり休みはサイコーだね!」
「朝からテンションが高いな」
そりゃ休みならテンションは上がって当然である。しかもそれがこの世界に来て初めての休みともなれば、テンション爆上がりのあげぽよである。……うん、自分でも何を言っているかよく分からないくらいにはテンアゲな状態になっている。
そんな死語を連発している場合ではない。……いや、むしろこの異世界なら、死語ではなく流行語大賞とか狙えたりしてな。
無事に昨日でアウトドアショップを開店する準備が終わり、商品の仕入れ先を誤魔化すためにランジェさんに依頼も頼み終わった。いよいよ貸し店舗ではあるが、自分のお店をオープンする時がきた……のだが、その前に今日と明日は休みを取ることにした。すでに冒険者ギルドには明後日から店をオープンすると告知してある。
ぶっちゃけこれまで屋台は昼から夕方までしか開いていないので、そんだけの労働時間で休みがほしいなんて言ったら、元の世界のブラック企業の同僚達にぶん殴られてしまいそうである。とはいえ1日中自由な休日はほしいものである。
「とりあえず今日はのんびり過ごすから、リリアも自由に過ごしていいからね」
「ふむ、とはいえ特にすることがないな。テツヤは休みの日には何をしているんだ?」
「俺の場合はキャンプっていって、自然の中で焚き火をして手の込んだご飯を作ったり、本を読んだりしてのんびり過ごすかな」
「……それは面白いことなのか?」
そうか、この世界の人にとってキャンプはそれほど魅力的ではないのかもしれない。まあ野営もキャンプも似たようなものだもんな。
「俺の世界だと人が多くなりすぎて、周りは家や建物ばかりになっているんだよ。それに普段は忙しく働いているから、休みの日は自然の多い場所でのんびりとするのが楽しいんだよ」
「ふむ、そうなのか……」
いまいちピンときていないかんじだな。
「よかったらリリアも少し体験してみる?」
「そうだな。テツヤの休日の過ごし方には興味がある。邪魔じゃなければお願いする」
「もちろんだよ。せっかくだからフィアちゃんも呼んでこよう」
そんなわけで今日はフィアちゃんも呼んで、店の裏庭でのんびりすることにした。俺はあまりやらないが、最近では庭でタープやチェアやテーブルを設置して楽しむ庭キャンプなんてものがあったりする。
遠くまで出かけたり、荷物を運んだりするのも結構な手間だったりするもんな。お手軽に楽しめて家の設備も使えるのは便利だ。欠点としては周りがいつもの見慣れた景色であるということと、お隣さんの家があると焚き火ができないことかな。
「ふわあ、とってもいい匂いです!」
「うむ、これはとても美味しそうだな」
お店の裏庭にテーブルと椅子を持ってきて、俺がこの世界に持ってきていた焚き火台を使って火を起こした。そして焚き火台の上には鍋が置いてある。
「これは簡単だけど美味しいポトフっていう料理だ」
ポトフは確かフランス料理だったかな。簡単に言うと肉と野菜をひとつの鍋でじっくりと煮込む料理だ。作り方はとても簡単。
まずは肉を軽く炒めて焼き色をつける。玉ねぎ、じゃがいも、にんじん、白菜などの野菜をいれてから水を入れる。ここに取り出しましたるはアウトドアショップで購入したインスタントスープのコンソメ味。
インスタントスープで味をつけて、あとは肉や野菜が柔らかくなるまで、弱火でじっくりと煮込むだけである。
そして仕上げにアウトドアスパイスで味を整えたら完成だ。最近の味付けはアウトドアスパイスばかりだが、それほど飽きはこないんだよな。さすがは万能スパイスである。
「お肉やお野菜がとっても柔らかくて美味しいです!」
「おお、これはうまいぞ! やはりこのコンソメというスープの味が複雑な味わいで素晴らしいな!」
じっくり煮込まれて柔らかくなった肉と野菜。コンソメの旨味が染み込み、それにアウトドアスパイスの香りが加わっていく。身体の中から温まる感覚だ。贅沢を言うならばポトフに定番のマスタードもほしかったな。
「今回は自分達で火を起こしたり、野菜を切ったりしてくれたから余計に美味しいでしょ」
今回の料理はリリアやフィアちゃんにも手伝ってもらった。やっぱりキャンプは火を起こしてみんなで料理をして、みんなで料理を味わうのが楽しいものである。
「うん、このお野菜を切ったのはフィアだよ!」
「そうだな、綺麗に切れているぞ。フィアちゃんはもう料理ができて偉いな」
「リリアは薪を斬ってくれたり、火を付けてくれたもんね」
フィアちゃんは野菜を切ってくれて、リリアは薪を斬ってくれた。しかも薪はナタではなく、自分の持っている剣で一瞬だった。前に森で魔物と戦った時と同じで太刀筋もまともに見えなかったな。火起こしもファイヤースターターを器用に使って、一瞬で麻紐に火を付けていた。
「いやあ、本当に美味しかったぞ。じっくりと時間をかけてみんなで料理をするのも楽しいものだな」
「フィアちゃんも普段お母さんの料理を手伝ってあるだけあって、野菜を切るのは上手だったね」
「うん。みんなで料理するのは楽しかったよ! そういえばテツヤお兄ちゃん、あのずっと煙が出ている箱はなあに?」
「ああ、もうそろそろ出来上がったかな?」
リリアとフィアちゃんがポトフの準備をしてくれていた間に、俺は俺で別の料理の仕込みをしていた。仕込みといっても食材を切って、並べておくくらいしかしていないけどな。
「よしよし、いい感じの色がついているな。これは燻製料理だよ。試しにいろいろと作ってみたから食べてみよう」
燻製とは食材に木材などを燃やした煙で燻して水分を飛ばし、独特の風味をつけて保存性を持たせたものだ。アウトドアショップがレベルアップした時に、燻製をするのに必要なスモークウッドとスモークチップが購入できるようになっていた。
スモークウッドの方は加工した木の塊となっており、一度火をつけるとしばらくの間煙を出し続けて、低温で長時間燻し続けてくれる。スモークチップは木の破片のようなもので、炭やバーナーなどで熱し続けないといけないが、高温により短時間で燻すことができる。
今回はスモークウッドを使って、じっくりと長時間燻す温燻を選んだ。ちなみに短時間で一気に燻す場合には熱燻という。木の種類もサクラやリンゴやクルミやブナなど様々なものがあるが、これはたぶん定番のサクラだろう。少なくとも現在のアウトドアショップのレベルでは一種類しか選べなかった。
「今回はチーズとベーコン、ナッツ、魚の干物を適当に入れてみたから試してみてよ」
本当は定番の煮たまごの燻製もほしかったところだが、今回たまごは用意していなかったからまた今度だな。
「ほう、このチーズは独特な香りと風味がついて美味しいな! チーズをそのまま食べるよりも美味しいぞ!」
「こっちのベーコンも美味しいです! 今までに食べたことがない味です!」
「ナッツや干物は酒の肴にピッタリだな。多めに作っておいたし、じっくりと楽しもう」
今回はひとりでも酒を飲んでしまう。ランジェさんがいないからぬるいお酒ではあるが、この状況で飲むならなんでもうまい。
一応この世界にも干し肉や燻製肉はあるのだが、基本的には長期間の保存を目的としているので、水分を飛ばしきってパサパサになっている物が多い。それよりも適度な時間で燻すこちらのほうが間違いなく美味しい。
とはいえ、スモークウッドやスモークチップをお店の商品として売るには少し弱い気がするので、お店には並べないつもりだ。冒険者なら燻製するにしても保存目的だし、さすがに燻製をするための木材を選ぶまではしないだろう。
「こんな感じで俺の休みは時間のかかる料理を作ったりして、のんびり過ごすんだよ」
「ふむ、そういうことか。あえて時間や手間のかかる料理をするのもいい気分転換になるのだな」
「みんなでお料理して、美味しいご飯を食べるのはとっても楽しかったです!」
これで少しくらいはキャンプの楽しさやキャンプ飯の美味しさを2人にも伝えられただろう。本当はテントで一泊してこそキャンプとも言えなくはないが、俺がこの世界に持ってきたテントひとつしかない。……俺はひとつのテントでも全然いいんだけどな。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
昨日はお店の裏庭でのんびりと過ごした。やっぱりたまには、仕事のことを完全に忘れてのんびりと過ごすのはいいよな。お店を開いてからも、元の世界と同じで7日に2日は休みにする予定だ。仕事というものはメリハリが大事である。
「よし、それでは行くとしよう」
「うん、よろしくね」
「楽しみです!」
昨日は俺の休日の過ごし方をリリアとフィアちゃんにも楽しんでもらったので、今日の休みはリリアの休日の過ごし方を教えてもらうことになった。リリアの普段の休みは冒険者に関連する場所を巡るだけだと言っていたが、冒険者が普段どんな場所に行くのかも個人的には興味があった。
冒険者関連の場所を巡るということと、街中を俺やフィアちゃんと巡るため、リリアは武器を持った冒険者スタイルだが、この服装はこの服装で似合っている。
「まずはどこに行くの?」
「そうだな、普段は鍛冶屋に行って武器のメンテナンスをしていることが多いな。しかし鍛冶屋なんかに行っても面白くないと思うぞ」
「そんなことないよ。むしろ鍛冶屋なんて男としたらめちゃくちゃ興味がある場所だよ!」
「フィアもとても楽しみです!」
男たるもの武器というものには、非常に強い憧れがあるものだからな。日本刀とか売っていたりしないかなあ。
「ここがこの街で普段私が利用している鍛冶屋だ。アレフレアの鍛冶屋の中でも、一二を争うほどの腕を持った鍛冶師達がいる」
やってきたのはなかなか大きな建物で、煙突からはモクモクと黒い煙が立ち上っている。とうやら駆け出し冒険者が集まる始まりの街の中でも、有名な鍛冶屋らしい。建物の中に入ると、扉を開けた瞬間に熱気が肌へと伝わってきた。
「いらっしゃいませ、グレゴ工房へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
工房の中へ入ると、人族の女性が出迎えてくれた。鍛冶屋というからにはドワーフの男しかいないかと思っていたのだが、そうでもないらしい。奥のほうには槌をふるい、カーンカーンと良い音を立てて、武器を打つドワーフ達の姿があった。
「武器の手入れをお願いしたいのだが、親方はいるか?」
「リリア様ですね。いつもありがとうございます。少々お待ちください」
どうやら受付の女性はリリアを知っているようだった。やはりこの街でBランク冒険者というのはかなり有名なようだ。