「こちらで冒険者登録は完了となります。お疲れさまでした」
「ありがとうございます!」
やった、これで今日から俺も夢にまで見た冒険者だ! ここから離れた村を出て、この冒険者の始まりの街であるアレフレアの街まで辿り着き、冒険者登録を無事に終えた。
いつか俺も歴史に名を残すようなSランク冒険者まで成り上がってやるからな! 俺の偉大なる冒険譚は、今まさにこの瞬間から始まるぜ!
「依頼書の方はあちらの掲示板に貼ってあります。最初は薬草の採取依頼や街での掃除やドブさらいの依頼が安全でおすすめですよ」
「………………ありがとうございます。その辺りで探してみます」
……いや、どんな立派な冒険者だって、最初は地道にこういった依頼をこなしてきたはずだ。楽な依頼だからといって舐めて、致命的なミスをしてしまうのは新人にはよくあることだと聞いている。すべての依頼を油断せずに全力で頑張るぜ!
「それとこちらは冒険者ギルドがおすすめしているお店の一覧と地図になります。どのお店も冒険者になったばかりの人達を応援されているので、とても安いお値段で商品を販売しておりますよ。依頼を受ける前に、ぜひ寄ってみてくださいね」
「へえ、それは助かりますね。俺も依頼を受ける前にいろいろと揃えたいので、これから行ってみたいと思います」
「はい。それでは無理だけはせずに頑張ってくださいね、幸運を祈っております」
可愛らしい笑顔で見送ってくれる冒険者ギルドの受付嬢さん。やっぱり都会の街は綺麗な女性がいっぱいいるなあ。うちの村にいる同い年の女達とは大違いだ。俺も早く有名な冒険者になって、あの受付嬢さんみたいな美人な彼女をゲットしたいものだぜ。
ここ冒険者の始まりの街と呼ばれるアレフレアの街は、付近にはそれほど強いモンスターは出現せず、物価や宿代も安くて生活もしやすい。その上、大きな冒険者ギルドがあって治安も良いため、この国の中で駆け出し冒険者に一番優しい街としてとても有名だ。
そんな冒険者ギルドがおすすめしてくれる店なら、駆け出し冒険者がよく騙されると聞くボッタクリ店ということはないだろう。
「武器はこのナイフがあるし、防具は自分で作った胸当てがあるからまだいいだろ。ポーションとかは駆け出し冒険者の俺にはまだ早い。今後は依頼で街の外に出ることも多くなるから、リュックとか野営道具とかはいろいろと必要だな。となるとまずはここに行ってみるか。え〜と、アウトドアショップか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ええ〜と、この辺りの筈なんだけどな……」
冒険者ギルドがおすすめしているアウトドアショップというお店が多分ここら辺にあるはずなんだけどなあ。
ドンッ
「あっ、すみません!」
しまった、店を探しながら歩いていたら誰かにぶつかってしまった。
「大丈夫よ。でも歩く時はちゃんと前を見て歩いたほうがいいわね」
ぶつかってしまった人は、頭にネコミミを生やした獣人の女性だった。うちの村にも獣人のおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいたけれど、若い獣人の女性を見るのは初めてだ。
「す、すみません。道に迷っていまして……今後は気を付けます!」
「うん、素直なことはいいことね。あら、その紙は……もしかして新人冒険者さん?」
「あ、はい。今日登録をして冒険者になったトバイといいます」
「そうなのね、見ての通り私も冒険者なのよ! この街は冒険者に優しい街だから頑張ってね!」
「はい、頑張ります!」
「そういえば道に迷っているって言ってたわね。私はニコレ、先輩冒険者としてお姉さんが案内してあげるわよ」
おお、こんな綺麗なネコ獣人のお姉さんに道案内してもらえるのは超ラッキーだぞ! なんて駆け出し冒険者に優しい街なんだ!
「ニコレさん、ありがとうございます! これに書いてあるアウトドアショップってご存知ですか?」
「あら、ちょうどよかった。私もそこに行くところだったのよ!」
「……でっかいお店ですね」
ニコレさんの案内でアウトドアショップというお店の前までやってくることができた。しかし、ものすごく大きなお店だな。さっきの冒険者ギルドも大きな建物だったけれど、このアウトドアショップはそれと同じくらい大きい。おっといけない、あんまり驚きすぎると田舎者であることがバレてしまう。
「この辺りだと一番大きな建物かもしれないわね。ふふ、中に入ったらもっと驚くわよ!」
ニコレさんと一緒に店の中に入る。どうやら道だけじゃなくて、店の中も案内してくれるみたいだ。
「うわ、店の入り口にすごい装備をした人がいますよ!?」
「ああ、このお店の護衛の人だよ。このお店には高価な物もあるからね。盗難防止のために人を雇っているんだよ」
「……な、なるほど」
とても威圧感のある護衛さん達だ。少なくとも今日冒険者になったばかりの俺では手も足も出ないだろう。
「すごいお客さんの数ですね。それに見たことない物がいっぱいあります! この街のお店ってみんなこんなに凄いんですね!」
「う〜ん、このお店がちょっと特別な気もするわね。他のお店はここまでお客さんもいないし、この店でしか売っていない物がいっぱいあるわ。トバイくんはまずリュックが欲しいんだったよね。それだと確かこっちのほうかな」
「あ、はい」
もしかしたらニコレさんはここのお店の常連かもしれないな。店の中を把握しているみたいで迷わず進んでいく。
「この辺りがおすすめかな」
「へえ、どれも今まで見たことのない形をしてますね。それにこれくらいの値段なら俺でも買うことができます!」
どのリュックも鮮やかな色をしている。布ってこんなに綺麗な色に染められるんだな。あ、このリュックは確か冒険者ギルドにいた人も持っていた。
「私のおすすめはこの緑と黒色のリュックかな。迷彩柄っていうんだけど、森の中だと全然目立たないからモンスターにも見つかりづらいわ」
「なるほど、勉強になります」
「それに防水機能も付いているから、急な雨に降られても安心よ」
「え!? それがこんな値段で買えるんですか!? 買います、これにします!」
村にいた頃だが、水をほとんど通さないモンスターの毛皮が、かなりの高値で行商人に売られていたはずだ。それがこの値段ならだいぶ安い。
「いいと思うわ。それじゃあせっかくだから、私のこの店のおすすめ商品を教えてあげようか? 今は買えなくても、冒険者として活動するなら、後できっと欲しくなる物ばかりよ」
「ありがとうございます、助かります!」
「ここは食品コーナーね。調味料や非常食が売っているわ」
「へえ〜、どれも見たことないものばかりです」
「その中でも私のおすすめはこの『アウトドアスパイス』よ」
「アウトドアスパイスですか?」
「ええ、この中には様々な香辛料が入っていて、焼いた肉や魚や野菜にかけるだけで、ただの塩じゃ比較にならないくらい美味しい味になるの!」
「ええ、塩以外の香辛料ってかなり高いんじゃないんですか!? それにこんな立派な入れ物にも入っているし、本当にこの値段で売っている物なんですか!?」
「このお店だけは特別なのよ。はっきり言って、私も香辛料がこの値段で売っているのは信じられないわ。さすがに転売防止のために、このお店の商品にはだいたい購入制限が付いているみたいね。これもひとりふたつまでみたい」
「っ!? 買います、これも買います!」
なんだそれ! そんなことを聞いたらもう買うしかないだろ。
「あとはこっちの非常食なんかは買ってから一年も持つし、こっちの非常食は水を入れるだけで、柔らかくて美味しい食べ物に変わるの」
「一年!? 水を入れるだけ!?」
なにそれ聞いたこともない!?
「依頼で森に入る時は道に迷ったりすることもあるから、万が一のために非常食は必須よ。それに味も本当に美味しいから、普通に食事として買っている人もいっぱいいるわね。あ、それと忘れちゃいけないのが、この『浄水器』よ」
「浄水器ってなんですか?」
「街から離れた場所での依頼を受ける時に気を付けないといけないのが飲み水よ。十分な水を持っていったつもりでも飲み物が切れてしまうこともよくあるの。
そんな時には仕方なく川の水や湧き水を飲まなければいけないんだけれど、下手な水を飲むとお腹を壊して逆に水分を失ってしまうの。そんな時にこの浄水器があれば、川の水や湧き水を綺麗な水に変えてくれるのよ」
「す、すごいっ!? そんな道具がこの値段で!? 買います、これも買います!」
「それとあっちで売っている『方位磁石』は必須ね。仕組みはわからないけれど、どこにいても常に一定の方角を教えてくれるの。これがあると道に迷う確率がグンと減るわ。値段も本当に安いしね。
非常食と浄水器と方位磁石のおかげで森で迷った冒険者の生還率が一気に上がったって、冒険者ギルドの人達も喜んでいたわね。個人的に冒険者として必須だと思うのはこの辺りかな」
「非常食、浄水器、方位磁石……」
ヤバい、どうやら俺は冒険者というものを完全に舐めていたらしい。リュックと武器さえ持っていればなんとかなると思っていたのは、大きな間違いだったようだ。
「あとは火起こしの道具や野営の道具とかもあると便利だけれど、少し高いから依頼をこなしつつ少しずつ揃えていくといいと思うわ。今度からは店員さんに聞いたら丁寧に教えてくれるからね」
そのあともニコレさんにこのお店のことばかりか、冒険者のいろはについてなど多くのことを教えてもらった。
「……あの、ニコレさん。今日はいろいろと教えてくれて本当にありがとうございました。俺の冒険者としての考え方がいかに甘かったのか思い知りました。ぜひ、お礼をさせてください!」
「これくらいお安い御用よ。それにお礼だったら、あなたが一人前の冒険者になった時に、今みたいに新人冒険者さんにいろいろと教えてあげてくれると私も嬉しいわ」
「はい、わかりました!」
「ふふ、始めのうちは絶対に無茶しちゃだめだからね。それじゃあまた冒険者ギルドで会うこともあるでしょうからまたね!」
「ありがとうございました!」
ここは冒険者の始まりの街と言われるアレフレア。この青年が将来立派な冒険者に成長するのは、また別のお話。
パチパチパチ
「焚き火を見ていると落ち着くな。あ〜あ、仕事辞めたい……ずっとキャンプして暮らしたい……」
とあるキャンプ場、周りには誰もおらずにひとりきり。最近の休日は人の少ない穴場のキャンプ場で、ソロキャンプをするのがマイブームである。今日のこのキャンプ場も何人か泊まっているが、それぞれがかなり離れてテントを張っているので、実質ひとりきりみたいなものだ。
最近は地面の上に直接火を起こして焚き火をする、いわゆる直火を禁止しているキャンプ場が増えてきている。自然にダメージを与えてしまったり、火事の危険性もあったりするからだ。俺も焚き火台を出して、薪をくべて火を起こしている。
焚き火を見つめていると、とても落ち着いた気持ちになってくる。なんでもゆらゆらと揺れる炎やパチパチと鳴る音には、科学的にも癒し効果があるらしい。
「かあああ、うまい!」
今日の晩ご飯はシンプルに焼いた肉にアウトドアスパイスを振りかけただけのものだ。それとつまみは昼間に作った燻製のチーズ、ウインナー、ナッツだ。これをキンキンに冷えた缶ビールと一緒に流し込むのが、至高の味なのである。
「のんびりソロキャンプ、最高だぜ!」
最近では日々の仕事の疲れを週末のキャンプで癒している感じだ。まだ働き始めてたった数年しか経っていないけれど、もう今の仕事を辞めたくなってきている。とにかく残業が多すぎるんだよなあ……週1〜2日の休みだけはソロキャンプのために、ギリギリ死守しているのが現状だ。
焚き火を眺めたり、都会では見えない星空を眺めていると本当に心が癒されていく。
「さあ、ぼちぼち寝るか」
腹も膨れて、酒もいい感じにまわってきた。火も消し終わったし、残りの片付けは明日の朝でいいか。すでにいつでも寝られるように準備はしてある。あとは歯を磨いて寝袋に入るだけだ。
さあ寝るか。明日はさっさと片付けをして家に帰って、今週積んでいたアニメでも見るとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「どこだよ、ここは……」
ソロキャンプをした次の日、目が覚めてテントから出るとそこは森の中だった。
「昨日は確かにキャンプ場に泊まっていた筈だ。テントもあるし、外には昨日出しっぱなしだったテーブルやキャンプ用のローチェアがある。なのになんで昨日までいたキャンプ場じゃなくて森の中にいるんだよ?」
生い茂る一面の木々、そこらにある草や木の幹を触ってみるが感触といい匂いといい、どう考えても現実っぽい。
「いつも昨日くらい酒は飲んでいるし、酔っ払って見ている夢でもなさそうなんだよな……」
とりあえず周囲を歩いてみるが、元のキャンプ場にあった管理棟や駐車場など一切なくなっていた。
「って、スマホも財布もねえじゃん!?」
ふと気付くとズボンのポケットに入っていたスマホも財布もなくなっていた。
「ちょ、これマジでヤバいやつ! 車もなくなってるしどうすんだよ!?」
スマホで助けも呼べないし、駐車場にあるはずの車は駐車場ごとなくなっている。神隠しや遭難の文字が頭に浮かぶ。
「落ち着け、まだ慌てる時間じゃない! とりあえず今ある物をチェックだ!」
急いでテントのある場所に戻り、テントや焚き火台を仕舞いながら、今ある持ち物を確認する。
とりあえず、今日の朝食べようと思っていた燻製料理の残りと余った食材、テント、寝袋、マット、折り畳みのテーブル、ローチェア、調理器具、調味料、ライトなどのキャンプギア。持ち物を確認しながら、キャンプギアを持ってきていたリュックに詰めていく。
「とりあえず食料はあるけれど、飲み物が心許ないな……」
常にリュックの中に入れている固形の保存食や食料はあるが、2Lペットボトル半分のお茶くらいしか飲み物がない。缶ビールは昨日飲み切っていた。
「とりあえず今から動かないと、すぐに飲み物がなくなるぞ!」
川でも見つけないとすぐに詰んでしまう。急いで行動しないと!
「はあ……はあ……」
あれから2時間ほどずっと山の中を歩いているのだが、なにも見つからない。一応テントがあった場所には、今は不要な荷物になる薪やビールの空き缶やゴミなどを埋めてきた。キャンプ場ではゴミを持って帰るのがマナーだが、今はそんなことを言っている状況ではない。
そして辿ってきた道がわかるように、調理用に持ってきていたナイフで適当な木に目印をつけてきた。これなら元の場所に戻ろうと思えば戻れるはずだ。
「飲み物もあと少ししかないし、かなりピンチだな……ってこの音は!」
先程までは木々が風に揺られる音しか聞こえなかったのだが、その中に水の流れるような音が聞こえた。もしかしたらこの先に川があるのかもしれない!
「はあ……はあ……」
自然と足早になる。綺麗な川なら、水を浴びるほど飲めるはずだ。水さえ確保できれば食料はあるし、当分の間はなんとかなる!
「やった、川があっ……た……」
確かに川はあった。しかしあったのは川だけではなかった。そこにはファンタジーの世界の中でよく出てくるゴブリンがいた。
背が低く、濃い緑色の肌にずんぐりとした体型。鼻は平たく耳は尖り、醜悪な顔立ちをしている。ボロい布切れを腰に巻き、太い棒切れを持っている。俺が持っている元の世界のゴブリンのイメージそのものだ。……え、まさかここは異世界なのか!?
「ゲギャゲギャ!」
「ギャキャ!」
川を見つけたことにより興奮して声を出してしまったためにゴブリン達に気付かれた。しかも、2匹もいやがる!
急いでリュックを下ろして持っていたナイフを構える。ちょっと待ってくれ、いきなりゴブリンと戦闘とかふざけんな! 俺はまともに喧嘩すらしたことすらないんだぞ!
ゴブリン達が近付いてくる。ヤバい、リアルに足が震えてきた。怖い……怖い……
ヒュンッ
「ギャア……」
「ゲギャ!?」
「いくぞオラァ!」
「ゲギャギャア……」
突如どこからか弓矢が飛んできて1匹のゴブリンを貫いた。そして森の中からひとりの男が現れ、持っていたロングソードでもう1匹のゴブリンを斬った。
「いよっしゃあ、やったぜ!」
「馬鹿、油断するな!」
「うわっ! こいつまだ生きてやがる!」
「危ない!」
「ゲギャ……」
弓矢で貫かれたはずのゴブリンがいきなり立ち上がり、ロングソードを持った男に襲い掛かろうとした。しかし、森の中から片手剣を持った女性が現れ、ゴブリンにとどめを刺した。
「あっぶねえ! 助かったよニコレ!」
「本当にロイヤは危なっかしいわね。ゴブリンは死んだフリをする悪知恵があるって、教官に言われたばかりじゃない」
「まったくだ。それにひとりで突っ走って行くし、俺の弓が当たりそうになったぞ!」
3人ともどう見ても日本人ではない容姿をしているが、なぜか全員の言葉が理解できる。
さらに森の中から弓を持った男が出てきた。全員が高校生くらいの年頃だろうか。今年24になる俺よりも結構歳下だと思う。……いや、そんなことはどうでもいい。ニコレと呼ばれた女性、彼女の頭にはネコミミが、そしてその短パンからは尻尾が生えていた。
「お兄さん、大丈夫か?」
ロングソードを持った、ロイヤと呼ばれていた男が話しかけてきた。
「ああ、君達のおかげで助かったよ。本当にありがとう!」
「なあに、困った時はお互い様だろ! 気にしなくていいよ。こんなところで大きな荷物を持ってひとりでいるってことは、商人か近くの村の人かな?」
「この辺りじゃあんまり見ない格好をしているし、商人じゃないのか?」
……あ、これはもう完全に異世界だ。俺も通勤時間にいわゆる異世界ものと呼ばれる小説を読んでいたが、今のこの状況に完全に一致している。
……マジかあ。元の世界に帰れるのかな、これ?
「ちょっと、本当に大丈夫?」
おっと、少し放心状態でいるとネコミミの女の子に心配されてしまったようだ。
茶色い髪の毛に茶色い瞳、アジア系というよりは西洋のような感じなのだろうか。金属でできた胸当てを身に付け、俺の調理器具のナイフとは違うゴツい片手剣には、先程斬ったゴブリンの青色の血が付着している。
「ああ、大丈夫だ。実は遠くの国から来たんだが、お金を無くしたり、道に迷ったり、ゴブリンに出会ったり、本当に散々な目にあったんだ。君達に助けてもらわなかったら、死んでいたかもしれない」
「それは災難だったな。でも最後はギリギリ助かったから運が尽きてはいないってことだよ。ちょうど俺達も街に帰るところなんだけど一緒に来るかい?」
「ああ、願ってもない。俺は松下……じゃない哲也だ。改めて助けてくれてありがとう!」
「俺はロイヤだ。よろしくな、テツヤ」
「私はニコレよ。よろしくね!」
「俺はファルという。よろしく」
「へえ〜。それじゃあロイヤ達は最近冒険者になったばかりなんだ」
「ああ、今日はゴブリン討伐の依頼を受けて来たんだ。ほら、さっきの2体でちょうど依頼達成になるんだよ」
そういいながら小さな袋を見せつけるロイヤ。その袋の中には、先程ゴブリンの遺体から剥ぎ取った耳が入っている。あのあと、討伐の証となるゴブリンの耳を切り取って、残りの遺体は地中深くに穴を掘って埋めるのを手伝った。
そして川の水をお腹が壊さない程度に、少しだけ飲んで喉を潤した。川の付近で休憩してから街に戻るようだ。
「ロイヤ、軽くご飯でも食べない? 私お腹が空いてきちゃった」
「俺もだな。せっかく川の近くだし、休憩ついでに食事をしよう」
「そうだな。テツヤは何か持っているか? あんまりうまいもんじゃないけれど、少し分けようか?」
どうやらこの3人、最近冒険者になったばかりのようだが、とてもいい人達のようだ。駆け出しでお金にそれほど余裕があるわけじゃないのに、俺にまで気を遣ってくれている。それに俺を助けてくれたのに、その対価も請求してこない。いきなり訳の分からない世界に連れてこられたけど、この3人に出会えたのは幸運だったみたいだな。
「ああ、大丈夫だ。むしろ俺にご馳走させてくれ。3人は俺の命の恩人なんだからな!」
俺はリュックから食料を取り出す。昨日の燻製料理の残りと、今日の朝に食べようと思っていたパンとハム、チーズ、ジャムを取り出す。本当はホットサンドでパンを焼こうと思っていたのだが、この世界の文明レベルがまだ分かっていないので、バーナーを見せてもいいのか分からないからやめておこう。
「おお、なんかどれもうまそうだな、本当にもらってもいいのか?」
「もちろんだよ。本当はお金とかも渡せるとよかったんだけど、財布もなくなってしまったからな……」
「あんまり気にしないでいいのよ。困った時はお互い様なんだし。……でもとっても美味しそうね、少しだけいただいてもいい?」
「ああ、遠慮なく食べてくれ。ほい、こっちのパンもどんどん挟んでいくからな」
食パンにチーズとハムを挟んだものと、ジャムを塗って半分に切ったパンを渡していく。
「うおっ!? このチーズに肉はうまいな! 今まで味わったことがない独特の香りと味がついてる!」
「こっちのパンも美味しいわよ! すごく柔らかいパン……こんなの初めて!」
「このジャムは本当に甘いな! 砂糖がふんだんに使われていてパンに挟むとメチャクチャうまい!」
3人ともいい反応をしてくれるな。この反応を見るとこの異世界の食文化はそれほど進んでいないのかもしれない。
「いやあ本当にうまかったよ。サンキューな、テツヤ!」
残っていた燻製料理と持ってきていた食パンをすべて食べ終わって、今は街を目指して歩いている。どうやら街まではここから更に歩くようだ。
「少しでもお礼ができてよかったよ。そういえばロイヤ達は何を食べるつもりだったんだ?」
異世界の食べ物、少し興味があるな。
「ああこれだ……食べてみな」
隊列の後ろにいるファルが何かの肉片をくれたので、それを口に運ぶ。
「固くて臭い……」
「そうなの。それが街で一番手頃な携帯食料の干し肉なんだけど、とっても固くて臭いが強いのよね……」
「火を通せばまだマシになるんだけど、外で火を起こすのは面倒だ。火魔法を使えるやつがいれば話が早いんだけどな」
「仮に火魔法を使えたとしても、火を起こすために魔法を使うのは勿体ないだろ。まあ諦めてこのまま食うしかないんだよな」
おう……どうやらこの異世界には魔法があるらしい。実はさっきみんなに隠れて、異世界ではよくあるステータスオープンと唱えてみたが何も起こらなかった。普通こういう世界に来たら、なんか特殊な能力とかをもらったりするんじゃないのかよ……
街までの道のりの中、周りには警戒しつつもロイヤ達にこの世界のことをいろいろと聞いてみた。さっきご馳走したお昼ご飯のおかげか、ロイヤ達はいろいろなことを快く教えてくれた。また借りが増えてしまったようだ。
「見えたぞ。あれが冒険者の始まりの街アレフレアだ」
冒険者の始まりの街と呼ばれるアレフレアの街。付近にそれほど強いモンスターは出現せず、物価や宿代も安くて生活もしやすい。その上、大きな冒険者ギルドがあって治安も良いため、この国では駆け出し冒険者に一番優しい街としてとても有名らしい。
ここまでの道のりでロイヤ達からいろいろと聞いて得た情報だ。物価が安く、街の付近にそれほど強いモンスターが出現しないのは、現在無一文の俺にとっては好都合だ。どうやら少しずつ運が上向いてきたらしい。
「止まれ、通行証か身分証を提示せよ」
「はい、俺達の冒険者証。こっちの人は森で道に迷ってゴブリンに襲われていたところを偶然助けたんだ」
「テツヤと申します。遠くの国から来たのですが、森で迷ってしまい、危ないところをこの人達に助けてもらいました」
「ほう、Eランク冒険者なのにそりゃお手柄じゃないか! それに兄さんも災難だったな。あの森は広いから助かっただけ運が良かったよ。悪いが身分証か通行証がないなら、簡単なチェックを受けてくれ」
「はい」
ロイヤ達から聞いていたが、この街に入る時には身分証か通行証が必要となる。もしどちらもないなら、門番による簡単なチェックを受けなければならない。逆に言うと通行料とかは取られないので、俺にとってはとてもありがたい。
「それじゃあテツヤ、またな。もし困った事があったら、冒険者ギルドに来てくれれば会えるからな」
「それじゃあね、テツヤ。お昼美味しかったわ」
「この街にいればまた会うこともあるだろう。またな」
「ああ、3人とも本当にありがとう。また改めてお礼しに行くよ!」
ロイヤ達とはここでお別れだ。無一文の俺にお金まで貸してくれようとしたお人好しだったが、さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないので断った。その代わりにおすすめの商業ギルドのある場所を教えてもらった。
3人に出会わなければ、あのままゴブリンに殺されていたか、遭難していた可能性も高い。それに街まで案内してもらったし、命の恩人であることは間違いない。あんな昼飯くらいで恩を返したことにはならないから、また改めてお礼をしよう。
無事に門番のチェックを終えた。簡単な質問に答えたり、持ち物を確認するだけであった。持ち物や服装についてはかなり怪訝な顔をされたが、遠い日本という国から来たと言ったら、とりあえずは納得してくれた。俺には分からないが、魔法や魔道具のある世界だし、知らないうちに何か確認されていたのかもしれない。
「それじゃあ兄さん、改めてようこそアレフレアの街へ。何か困ったことがあったら、相談くらいは聞いてやっからな」
「はい、ありがとうございます」
門番の人も俺のことをすごく心配してくれた。たぶんこの人も良い人なのだろう。
「おお〜!!」
城壁の中にはこれこそ異世界と呼べるような景色が広がっていた。門の前には大勢の人々や荷馬車が所狭しと行きかうほど余裕がある広い道。その道を行きかう人々の格好も様々であった。
大きな荷物を背負った商人のような人、農作物をたくさん持った農民のような人、プレートアーマーを身につけた騎士か冒険者のような人。
そして頭から耳を生やし、長い尻尾をパタパタと振っている猫の獣人、ほとんど犬の姿のまま二足歩行しているような犬の獣人、毛むくじゃらの髭面をした少し背の低いドワーフなど、人族以外の様々な種族がこの街には存在しているようだ。
「これはテンションが上がる。さて、とりあえず無一文のこの状況をなんとかしないとな」
とりあえず今は完全に無一文だし、食料も残りは非常食くらいしかない。まずは持っている物を売って、当面の生活費を確保しないと。
「ここがロイヤ達の教えてくれた商業ギルドか」
少し市場を歩いて市場調査をしてから、ロイヤ達から教えてもらった商業ギルドにやってきた。かなり大きな建物で人の出入りも激しい。この街の商業ギルドなら、初めて物を持ち込んだお客さんでも、買い叩かれる可能性はほとんどないらしい。
カラン、カラン
扉の上部に取り付けられた鐘が鳴るが、誰もこちらの方を見たりはしない。中はだいぶ忙しく、多くの人で賑わっていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、品物の買い取りをお願いしたいのですが」
「はい、それではこちらの列に並んで少々お待ちください」
職員さんの案内で列に並ぶ。前に並んでいた人達は商人というよりは村人や冒険者といった風貌の人が多かった。ここは始まりの街って言っていたし、たぶんちゃんとした商人達は別の大きな場所で取引をしているんだろうな。
「次の方、こちらにどうぞ」
「はい」
キョロキョロと新鮮な光景を眺めていたら俺の番が来た。カウンターの方へ進むと、そこには美人な商業ギルドの職員さんがいた。うん、やっぱり男として接客してもらうなら、綺麗な女性の方が嬉しいのは仕方のないことである。
目の前の女性は赤みのかかった長い茶色い髪を三つ編みにしている。瞳の色も若干茶色いようで、顔立ちはとても整った美人さんであった。
「本日は商業ギルドにお越しいただきまして、誠にありがとうございます。本日はどのような品物をお持ちいただけたのでしょうか?」
「はい、これらの香辛料の買い取りをお願いします」
俺はリュックに入っていたアウトドアスパイスと塩と胡椒を取り出して職員さんの前に置く。
「かしこまりました。それでは鑑定させていただきますね」
「はい、お願いします」
まずは思った通り。この世界では香辛料だからといって、それほど騒がれはしないみたいだ。元の世界でも昔は胡椒など、かなり高価な時代もあったからな。事前に市場調査をしてきた結果、香辛料もそこそこ高値で販売されていたが、金と同価値まではいかないことが判明した。
そりゃ一文無しだから高値で売れたほうがいいに決まっているが、あまり騒がれて目立ちたくもない。まだこの異世界がどんな世界なのかもよく分かっていないんだからな。そしてひとつだけ懸念していることがある……
「……これは素晴らしい品質です。こちらは塩、こちらは胡椒、こちらは様々な香辛料が混ぜ合わされておりますね」
よし、唯一懸念していたことも大丈夫そうだ。ロイヤ達の話によると、商業ギルドの職員さんの大半は鑑定魔法が使えるらしい。鑑定魔法は人には使えないが、物についての詳細な情報を知ることができるようだ。
そして俺が持ち込んだ香辛料は、元の世界から持ち込んだ香辛料だ。もしも鑑定魔法で塩(異世界産)とか結果が出たら大騒ぎになっていてもおかしくなかった。だが、今の職員さんの反応を見るに、その心配はないだろう。
「ここまで高品質なものはこの街にはなかなか持ち込まれません。そして何より素晴らしいのがこの容器です!」
「容器?」
「はい、とても素晴らしいガラスの瓶です! これほど整った形に加工されたものはなかなかないでしょう。失礼ですが、こちらの品物は定期的に手に入れることは可能でしょうか?」
そうか容器については、そこまで深く考えていなかった。この容器は100均で買ったものだが、確かに街の市場ではこんなに綺麗な円柱の形をしたガラスは見なかったな。
「……さすがにお目が高いですね! こちらのガラスの瓶は私の故郷の職人が作った一品になります。この最高品質の香辛料と合わせて買い取っていただければと思います。
ですが私の故郷はここからとても遠くにあって、もう一度帰れるかどうかも分からないので、こちらを買い取ってもらうのは今回限りになります」
「そうですか……申し訳ありません、とても貴重なお品でしたので、深いところまで聞いてしまいました。お教えいただいてありがとうございます。それでは査定額を計算させていただきますので、こちらで少々お待ちください」
ふう……なんとか切り抜けることができたみたいだ。それに持っている香辛料はこれがすべてだから、買い取ってもらうのは今回限りになる。今のところ故郷というか、元の世界に戻れるアテもないからなあ。
「大変お待たせしました。それでは査定額の説明をさせていただきます。まずこちらの塩が銀貨3枚、胡椒が金貨1枚、こちらの香辛料は金貨2枚になります。こちらのガラスの瓶がひとつ金貨10枚で合計金貨33枚と銀貨3枚でいかがでしょうか?」
おお、思ったよりもかなり高値になってくれた。というか大半が瓶の値段だ。あれだけ小さなガラスの瓶がこれほどの高値で売れるとは思っていなかったな。
ちなみに市場調査でわかったこの街で使っているお金の価値は、おおまかにだが銅貨1枚が100円、銀貨1枚が1000円、金貨1枚が10000円といったところだ。他にも金貨100枚分の価値がある白金貨という硬貨もあるらしい。
少なくともこれだけのお金があれば、当面の生活費にはなるだろう。
「はい、そちらでお願いします」
「かしこまりました、少々お待ちください」
「お待たせしました。金貨33枚と銀貨3枚になります。また何かございましたら、ぜひ商業ギルドをご利用ください」
「はい、ありがとうございました……って、うおおおっ!?」
「きゃっ! ど、どうかなさいました?」
「あ、いえ、大変失礼しました、大丈夫です。……あのこれって」
「え、えっと、何か不都合がございましたか?」
「いえ、なんでもありません! 買い取りありがとうございました! 何か売れそうなものがあったら、また持ってきますね!」
大慌てで出された金貨をリュックにしまい、急いで商業ギルドをあとにした。
「ああ〜ビックリした! いきなり何なんだよ、これは?」
先程買い取り金額を出されて、金貨を触った瞬間、目の前にいきなり半透明のウインドウが現れた。先程の職員さんの反応を見ると、彼女にはこのウインドウが見えていなかったみたいだ。というかあの美人な職員さんに、絶対変な人に思われたよな……くそう、まだ名前も聞いていなかったのに……
商業ギルドを出て近くにあるベンチに座り、改めてウインドウを見てみる。
「……これは元の世界のキャンプギアか? もしかしてここにあるやつを買うことができたりするのか?」
俺の目の前にあるウインドウ。そこには元の世界で見慣れていたキャンプギアがいくつか表示されている。そしてそのウインドウの一番左上には、アウトドアショップLV1と日本語で書かれていた。
目の前にあるウインドウ、そこにはアウトドアショップLV1と書かれていた。そして元の世界で見たことがあるキャンプギアがいくつか記載されていた。
「とりあえず試しに何か買ってみるか。えっと、一番安いのはこの折りたたみのスプーンとフォークみたいだな」
ウインドウはタッチパネルのように操作することができた。表示されているキャンプギアの種類は10個くらいしかないが、その中でも一番安い銅貨4枚と書かれた折りたたみスプーンをタッチし、購入ボタンを押してみる。
『金額が足りておりません、お金をチャージしてください』
「うおっと!?」
ウインドウに文字が浮かび上がる。そりゃ金額が書いてあるんだからお金は必要だよな。だけどチャージってどうすればいいんだ?
リュックから先程商業ギルドで調味料を売って手に入れたお金を取り出す。お金をこのウインドウに通してみるとかかな。
ポトッ
金貨をウインドウに通してみるが、金貨はウインドウを素通りして地面に落ちていった。どうやらこの方法ではないらしい。となると試しに念じてみるか。
チャージしろ……チャージしてくれ……
「おっ!?」
手の中に金貨を持ってチャージと念じたところ、金貨が消えた。そしてウインドウの右下に残高金貨1枚という表示が現れた。先程と同じように折りたたみスプーンをタッチし、購入ボタンを押す。
それと同時に何もない空間から、包装もされていない折りたたみスプーンが現れ、膝の上に落ちてきた。そしてウインドウの右下にある残高の表示が、銀貨9枚と銅貨6枚になっていた。
やっぱりこれは元の世界の物を購入できる能力に違いない! でもなんでアウトドアショップ? ここに来た時にキャンプしていたからか?
チャージした時と同様に、目の前にあるウインドウを消したいと念じてみると、ウインドウがスッと消えた。反対にウインドウを出したいと念じてみると、ウインドウが現れる。どうやらこのウインドウは出し入れ自由らしい。
もっといろいろと検証をしてみたいところだが、こんなにひらけた場所で、何もない空間から物を取り出すところを他人に見られたくない。それにもうすぐ日も暮れてきそうだし、まずは宿を探すとしよう。
「そこのお兄さん、今日の宿が決まっていないならどうだい? ウチの宿の飯はうめえぞ!」
「ちょっとそこのカッコいいお兄さん! うちの宿の酒は美味しいよ、晩ご飯込みの一泊でたった銀貨5枚だよ!」
なんともすごい活気だな。どの宿も必死で呼び込みをしている。
この街の宿は宿泊費によって場所が分かれているらしく、この辺りは街の一般冒険者向けの宿屋になっている。他の場所にはここよりも安い宿や、もっと高級な宿が集まる場所もあるらしい。
多少お金に余裕があるとはいえ、高級宿に泊まるのはためらわれるし、安宿だとセキュリティの面で大いに不安がある。なにせ俺はゴブリンにも勝てないくらい、戦闘能力は皆無だからな。強盗が押し入ってきたら命はない。そうなると一般人が泊まる宿一択となるわけだ。
このあたりであれば宿代はどこもほとんと変わらないので、食事やお酒などで宿を決める人が多いらしい。このあたりはロイヤ達から話を聞いている。
さて、正直どこでもいいのだが、どの宿にしようかな?
「お兄ちゃん、宿が決まっていないならうちはどうですか? お父さんの作るご飯は美味しいですよ!」
後ろから突然声をかけられた。振り向くとそこにはまだ幼い少女が上目遣いでこちらを見ている。歳は小学校高学年くらいで、金色の長い髪をツインテールにまとめている。この世界では金色や茶色の髪の色をした人が多く、俺のような黒い髪や瞳の人はほとんど見かけなかった。
しかし、こんなに幼い子供が働かないといけないなんて大変だな。どうやらこの世界に労働基準法というものはないらしい。
「あの、お兄ちゃん……?」
「ああ、宿代はいくらだい?」
「はい、晩ご飯と朝ご飯がついて銀貨5枚になります」
ふむ、他の宿と同じくらいの宿代だな。どこの宿でもよかったし、そこにするか。……決してお兄ちゃん呼びされたのが嬉しかったり、この子が可愛かったから決めたわけじゃないからな。俺はロリコンでもないし。
「それじゃあ一泊お願いするよ」
「はい、ありがとうございます! 宿はこっちになります!」
うむ、笑った顔も可愛らしい。……大事なことだから2回言うが、俺はロリコンではないからな。
「お母さん、お客さんを連れてきたよ!」
「あら、ありがとうね、アルベラ」
案内された宿は普通の木造建ての建物だった。女将さんは少しふっくらとした体型だが、金髪碧眼で顔立ちはアルベラちゃんによく似ている。まあ親子なんだから当たり前か。
「晩ご飯付きで一泊お願いします」
「はい、銀貨5枚になります。食事はすぐに食べられますか?」
早くアウトドアショップについて検証してみたいところだが、いろいろあってだいぶお腹が空いている。ここは先にご飯にするとしよう。
「そうですね、先に食事でお願いします」
「かしこまりました。準備が終わったら部屋に呼びに行きますね。アルベラ、部屋の案内をお願いね」
「うん!」
宿の2階にある部屋に案内される。部屋の中には机と椅子とベッドがあった。ベッドは少し固かったが、思ったよりも立派な部屋だったから驚いた。これで食事込みの約5000円なら十分である。
「お兄ちゃん、食事の用意ができたよ」
「ありがとう、すぐ行くよ」
しばらくすると晩ご飯の準備ができたようなので、下の階に降りる。すでに晩ご飯を食べているお客さんがちらほらいるが、俺以外の他のお客さんは若い男性が多い。会話を聞いているとやはり冒険者のお客さんが大半だ。さすがに始まりの街と呼ばれるだけあって、宿屋も駆け出し冒険者が多いのだろう。
「ほらよ、ワイルドボアの煮込みだ。熱いから気をつけな。それと別料金のエールだ」
「ありがとうございます」
料理を持ってきてくれたのはマッチョなおっさんだった。まったく似ていないけれど、アルベラちゃんの父親かもしれないな。
出てきた料理は熱々の煮込み料理だった。たっぷりの野菜とゴロゴロとした肉の塊が皿の中に転がっている。エールのほうは晩ご飯とは別料金で銅貨5枚、せっかくの異世界だからな、しっかりと酒の味もチェックしなければ!
まずは煮込み料理をゆっくりと口に運ぶ。じっくりと煮込まれて柔らかくなった肉がホロホロと口の中で溶けていく。ワイルドボアと言っていたからイノシシなのか、それにしては臭みもなくて本当にうまいじゃないか!
口の中が肉の旨みでいっぱいになったところへ、すかさずエールを流し込む。
「ぷはあ!」
正直に言ってエールという酒は、ぬるくてそれほどうまくはなかった。しかし、それでも酒は酒だ。朝起きたらいきなり異世界の森の中に転移していて、森の中を歩き回ってゴブリンに出会った。幸いロイヤ達に助けてもらったが、肉体的にも精神的にも疲れ切っていた身体に酒が染み渡る。これがうまくないはずがあろうか、いやない!
「お、兄ちゃんいい飲みっぷりっだな」
「いやあ、このワイルドボアとかいう肉はめっちゃうまいっすよ。とても柔らかくなるまで煮込まれているし、いい仕事してますね!」
「おうよ、この肉はじっくりと臭みを取るのがコツだ。なかなかいけるだろ」
やはりこのマッチョなおっさんが作った料理らしい。実際のところ、この煮込み料理はなかなかの味だった。あとは酒が冷えていて、もう少し味が濃ければ完璧だったのだが、この値段でこの味なら文句はない。
「今日この街にきたばかりですけれど、みんな優しくて本当にいい街ですよね」
「おっ、今日この街にやって来たのか。この街にはいろんな場所から冒険者志望のやつらが毎日やってくるからな。みんな駆け出し冒険者には優しいんだよ。ま、金のないやつらが多いから、商人とかはそれほど儲からんらしいがな。兄ちゃんも冒険者志望か?」
「……いえ、たぶん冒険者にはならないかな。あんまり戦いとかは得意じゃないんで」
なにせゴブリン相手にもビビりまくっているからな。それに元の世界では喧嘩なんてしたことがない。
「確かに兄ちゃんはヒョロいから冒険者には向いてねえかもな。ま、自分の力がないことを自覚しているのはいいことだ。自分の力を過信し過ぎた冒険者は、すぐに無茶をして死に急ぐからな」
「………………」
そうだよな、ここは日本とは違って安全な世界ではない。一瞬の油断で命を落とす。俺だってロイヤ達が助けてくれなかったら死んでいたかもしれない。うん……やっぱり俺には冒険者なんて無理だな。何か冒険者以外のお金の稼ぎ方を探すとしよう。
「そうですね、俺も気をつけます」
「それと今日この街に来たばかりの兄ちゃんにひとつ忠告だ。この街は駆け出し冒険者に優しいやつらが多いが、全員が善人てわけじゃねえ。逆に駆け出し冒険者をカモにするクソみてえな悪人もいるから気をつけるんだな」
「……なるほど、ご忠告ありがとうございます」
確かに今日出会った人達は、このマッチョなおっさんを含めて全員良い人そうだが、やはりどんな場所にも悪人はいるんだろうな。俺も気をつけるとしよう。
晩ご飯を食べ終わったあとは自分の部屋に戻り、いよいよ俺の能力を確認だ。この能力が俺の今後の生活を左右すると言っても過言ではない。頼むからチート能力であってくれよ。
「……なるほどな。一応これで大体は把握できたか」
俺の能力、これからはアウトドアショップと言うことにするが、なかなか便利な能力のようだ。
まずお金のチャージについてだが、基本的には出し入れが自由になっている。一度チャージしたお金を元のお金として出すことができる。つまり、使っていないお金をチャージしておけば、財布代わりに使えるということだ。
この街は治安がいいと聞いているが、それもこの異世界基準だ。強盗やスリなどもいるだろうし、日本の治安とは比べるまでもない。そんな中で、お金を安全な場所に預けておけるということはとてもありがたい。
ちなみにお金を取り出す場所は俺の周囲だけで、手の中やポケットの中だけということがわかった。机の中とか机自体に重ねながらお金を取り出して、攻撃に使えないかと思ったのだが駄目だった。
次に試したことは一度買ったものを返品できるかだ。今日購入した折りたたみスプーンを元の銅貨4枚に戻せないかと、スプーンをウインドウに入れたり、返品と念じてみたが、返品や買ったものを収納することはできないようだ。
そして商品の種類についてだが、アウトドアショップと書いてあるだけあって、元の世界のアウトドアショップに売っているようなキャンプギアが購入できる。しかし問題なのが、買える種類がほとんどないということだ。
普通アウトドアショップと聞くとテントや寝袋、バーナーにチェアなど、多くのキャンプギアが売っているが、このアウトドアショップにはコップや皿、小さめのスキレットにシェラカップなどと、小さめの物しかない。
これではとてもではないが、アウトドアショップということなどできない。しかし、その答えはウインドウに書かれているこれだろう。
【アウトドアショップLV1 次のレベルまで金貨4.96枚】
どうやらこのアウトドアショップという能力にはレベルの概念があるみたいだ。LV2まであと金貨4.96枚、折りたたみスプーンを銅貨4枚で購入したことを考えると、このアウトドアショップで金貨5枚分の買い物をすれば、レベルが上がるのではないだろうか。
試しに新しく折りたたみスプーンと対になる折りたたみフォークを銅貨4枚で購入してみた。するとLV2までの表記が残り金貨4.92枚に変わった。やはりこのアウトドアショップで金貨5枚分を購入することによって、LV2に上がれるらしい。
「この世界のお金に初めて触れた時に、このアウトドアショップの能力が初めて使えるようになったし、この能力とお金が関連していることは間違いないか……」
さてどうするかな。とりあえず残りの金貨はまだ結構あるし、このアウトドアショップのレベルが上がるとどうなるのかを確認しておきたい。現時点で購入したい物は特にないから、いろんな種類のキャンプギアを買ってみるか。
アウトドアショップのレベルを上げるため、追加で金貨を4枚分チャージし、様々なキャンプギアを購入してみる。とりあえず今ショップにある商品を全種類買ってみたが、それで何かが起こるというわけではなかった。全種類を購入した後は、あまり場所を取らずに売れそうなキャンプギアを選んで購入していく。
「よし、これで金貨5枚分と……」
『アウトドアショップのレベルが2に上がりました。購入できる商品が増えます』
「よっしゃ、予想通り!」
俺の思った通り、この能力はアウトドアショップで物を購入することによってレベルアップし、購入できる商品が増えていく仕組みのようだ。
……しかしやはりというべきか、レベルアップしても身体能力が強化されるというわけではなさそうだな。これじゃあ異世界で俺TUEEEして、無双することはできそうにない。まあ別にする気もなかったからいいんだけどね。
「おっ、購入できる商品が結構増えているな。げっ、次のレベルアップまでは金貨50枚分も買わないと駄目なのか……」
アウトドアショップのレベルが2になったことにより、購入できる商品のラインナップがいろいろと増えていた。方位磁石やライトなど、アウトドアっぽい商品なども買えるようになっている。
そして次のレベルアップまでに必要な購入金額が金貨50枚に増えている。今の手持ちは金貨25枚ちょっとだから、もうレベルを上げることはできない。
「……となるとお金を稼ぐ必要があるわけだが、冒険者になる気はないから商人だな!」
このアウトドアショップの能力で買った商品を販売して、その売り上げで仕入れを行いつつ、レベルアップを狙う。うん、いいんじゃないか、俺の進むべき道が見えてきたぞ!
となると明日はどうやって物を売るかの確認からだ。露天で物を売るとしても、何らかの許可は必要だろう。もしかしたら今日行った商業ギルドで登録が必要になるかもしれないな。それと市場を回ってみて、どんな商品をいくらで売るかも考えないといけない。よし、明日は忙しくなるぞ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして次の日、目が覚めたらもうすでにお昼前だった。昨日のことは全部夢で、目が覚めたら泊まっていたキャンプ場のテントの中だった……なんてことはなかった。
昨日の夜はアウトドアショップの確認を終えたあと、少しだけ元の世界のことを考えていた。俺はあのままキャンプ場で行方不明ってことになっているのかな。元の世界に戻れるかわからないが、家族や友人達は元気でいてくれると嬉しいな。……ああ、会社や上司達はどうでもいいや。
一応多少は自分の気持ちに整理をつけた。元の世界に帰るための情報を探しつつ、この世界で頑張って生きていこう!
「おはようございます!」
「あら、ずいぶん遅いおはようね。もうすぐお昼の時間ですよ」
「お兄ちゃんは寝坊助さんだね!」
一階に降りると、この宿の女将さんとアルベラちゃんがいた。うん、営業スマイルとわかっていても癒されるな。
「昨日はだいぶ疲れていたみたいです。あ、今日もご飯付きで一泊延長をお願いしますね。昨日の晩ご飯も美味しかったです」
「あら、ありがとう。うちの夫が作る料理は評判いいんですよ」
やっぱり昨日のマッチョなおっさんはアルベラちゃんの父親だったようだ。親父さんに似なくて本当に良かったな。
「ええ、今晩のご飯も期待していますよ。あ、もし知っていたら教えてほしいんですけれど、この街で商売をするにはどうすればいいんですか?」
「そうね、露天や借りたお店で数日間だけ物を売るとかだったら、登録をせずに使用料を払えば大丈夫よ。もしもこの街で長期的に商売をするなら、商業ギルドに登録しないと駄目だったわね」
「なるほど、ありがとうございます。とりあえず商業ギルドに行ってみますね」
やはり商業ギルドで登録する必要があるみたいだ。場所は昨日行ったばかりだから、ある程度わかる。とりあえず商業ギルドに行く前にもう一度市場に行って、この世界にあった服や靴などを揃えるとしよう。
この街にはいろいろな格好をしている人がいるが、門番の人や商業ギルドの人にも少し変な目で見られていたし、今着ているパーカーやズボンだとこの異世界では浮いているみたいだ。