「さあていよいよ最後の商品となりました。当アウトドアショップ一番のおすすめ商品がこちら!
これは方位磁石といって常に同じ方向を示す道具でございます。これさえあれば、この街の先にある森で迷ったとしても、方向に迷うことがなくなる優れものだ。あの広い森で活動をする冒険者に特におすすめの商品ですよ!」
「なに! 本当に森で道に迷うことがなくなるのか!?」
「ええ。昨日森まで行って確認してきましたよ。こっちの赤い針が森の奥の方を示しているので、もし森に迷ったら、反対の針の方へ進み続ければ街のほうに戻ることができます」
「すげえじゃねえか! 俺は一度あの森で迷ったことがあるんだ。あん時は運良く助かったが、これがあればもう迷わなくなるんだな!」
「へえ〜、俺も毎日のようにあの広い森に入るからな。念のために持っておいた方がよさそうだな」
「すごいな、確かにどれも同じ方向を向いている。どういう仕組みなんだ?」
机に置いてある方位磁石はすべて同じ方向を示しているし、試しに方位磁石を振っても、すぐに針は同じ方向を示す。
「これは魔法のような磁力という力を使った道具になります。磁力によってどこにいても、針がこの世界の同じ方向を示すのですよ。しかも魔法と違って壊れない限り、半永久的に使うことができます」
詳しい磁力の仕組みについては詳細を省く。魔法のある世界だし、魔法みたいなものと言っておけば大丈夫だろう。というか俺自身も地磁気などの詳しい仕組みまではわからないしな。
「へえ、壊れない限りは使えるのか。そりゃ便利だ!」
「あの森ってどこも同じような景色なのよね。これがあったら便利そう!」
「この便利な方位磁石がたったの銀貨2枚だ! ただし注意が一点。あの森には使えましたが、正しい方向を示さなくなる場所がごく稀にあるのでそこだけは注意してください」
「あの森で使えるそれくらいなら安いもんだな。ひとつくれ」
「仲間の分も買ってやるから3つくれ」
「ひとつちょうだい」
「毎度あり! さあさあ、アウトドアショップ、本日オープンだよ! いろいろ見ていってください!
おっと、そっちのイカした鎧のお兄さん、せっかくなんで見ていってください! あっ、そこのスタイルのいい美人なお嬢さんもぜひ見ていってくださいね!」
「………………」
「………………あれ、リリア?」
そこにいたスタイルのいい美人なお嬢さん、それは昨日お世話になったBランク冒険者のリリアであった。
「ふう。ようやくお客さんが引いたか。そろそろ店を閉めよう。待っていてくれて悪いね、リリア」
ありがたいことに、あのあと結構なお客さんが店の商品を買ってくれた。あとで売り上げを計算してみるが、おそらくは結構な額になっただろう。
リリアは店を開いてすぐに来てくれ、お客さんが大勢いるのを見て安心してくれたのか、一度店を離れた。そして少し前にまた店まで戻ってきて、お客さんがいなくなるまで待ってくれていた。
「ああ、それは構わないさ。……それにしてもさっきとは本当に別人のようだな。店が開いた時に見ていたが、本当によく回る口だと感心したぞ」
「あはは、さっきまでは俺もテンションが上がりきってたからね。ああいう時は恥ずかしがってたら余計に駄目だから。それにリリアも昨日とは全然違う格好をしていたから、全然気付かなかったよ」
先程は実演販売をしているときのハイテンションのままにリリアを褒めちぎったあと、リリアは顔を赤くして目を逸らしてしまった。昨日の凛々しい姿とのギャップがあって、より一層可愛く見えてしまったな。こんなに綺麗な女性なのに、あまり褒められ慣れてないのだろうか?
「ああ、朝に手頃な依頼がなかったから、今日はオフにしたんだ。さすがの私でも、オフの日くらいは重い防具を着て出歩かないさ」
今のリリアの格好は、防具姿とはまったく違っていた。昨日は長袖長ズボンの上に金属製の胸当て、足当て、肩当て、小手を身につけていたが、今日は長袖にロングスカートだった。
昨日は冒険者の格好をしていて綺麗というよりは格好いいという印象だったが、輝く金色のショートカットも相まって、今日の姿はまさに美人なお嬢さんという印象であった。
「リリアは背が高くてスタイルがいいから、冒険者の格好でも今の格好でもどっちもよく似合っているよ」
「……もう店は終わっているし、世辞を言う必要はないんだぞ」
「いや、店をやっている時からお世辞なんて言ってるつもりはないぞ。こういう客商売だと、自分が本気でお客さんの良いと思っているところを褒めてあげたほうがいいんだよ」
こういう客商売では太っている人に痩せているとか、あからさま過ぎるお世辞は言わないほうがいい。それよりもお洒落な服をきているねとか、笑顔が可愛いねとか、綺麗な指や肌をしているねとか、本気で自分が思っていることを言ってあげたほうが向こうも嬉しかったりするらしい。
まあこれについては完璧な正解なんてない。あからさまなお世辞が嬉しい人もいるだろうし、こちらが良いと思っていることを逆に気にしている人もいたりするからな。
「そ、そうなのか! あ、いや、ゴホンッ。何はともあれ、お店のオープンおめでとう」
また少し顔を赤くして照れているみたいだ。……その様子は見ていてとても可愛らしいのだが、悪い人達に簡単に騙されそうで少し不安だな。まあ騙されたとしてもリリアなら大抵の場合はなんとかなりそうだけど。
「ありがとう。とはいえ、まだ屋台を借りているだけだから、正式なお店じゃなくて仮オープンといったところだね。これからもっとお金を稼いで、自分の店を持つことが当面の目標かな」
さらに理想を言うなら、お店はすべて従業員に任せてお金を稼ぎ、俺は街で食べ歩きをしたり、キャンプをしてのんびりと過ごしたいです、はいダメ人間です!
「自分の店を持つか。商人なら誰しもが憧れる道だな。とはいえ、今日の様子を見る限り、テツヤならすぐにでも達成できそうな目標ではないか?」
「さすがにまだそれはわからないよ。でも店を開いて1日目としては上々かな。やっぱり露天でやるよりも屋台を借りてやったほうが正解だったみたいだ」
今日は結構な数のお客さんがやってきてくれて、何度か商品を補充した。露天商だったら、広げて売っているものを売り切ったら、それで店仕舞いとなるところだった。
「明日からは今日の噂を聞いて、もっとお客さんも増えそうだな。それに約束通り、今日は知り合いの冒険者にテツヤの店のことを伝えておいたからな」
「おっ、それはとても助かるよ。さっきもリリアに教えられて来たってお客さんもいたからね!」
先程来てくれたお客さんの中には、リリアの紹介で来てくれた冒険者が何人かいた。
「これほどいい品をこの値段で販売してくれるなら、必要はなかったかもしれないがな」
「いやいや! 新規のお店にとって、一番必要なのは店の集客だからね。しかもそれが実績のあるBランク冒険者であるリリアの紹介なんだから、ありがたすぎるよ」
新規で出すお店にとって、知人からの紹介のお客さんはとてもありがたい。それに今日紹介で来てくれたお客さんが、さらにお客さんを紹介してくれて、どんどんと新しいお客さんが増えるからな。
「少しでも役に立てそうならよかったよ」
「うん、本当にありがたいよ。……でも明日からはさらにお客さんが増えるのか。このままだとちょっと人手が足りないかもしれないな」
実際今日の接客でさえも、ひとりではかなりいっぱいいっぱいだった。いろいろと説明しなければいけない商品もあるし、明日からお客さんがさらに増えるのなら、もうひとりくらい人手がほしいところである。
「では冒険者ギルドで人手を雇ってみてはどうだ? 朝に行けば、日雇い払いの銀貨5枚程度で午後から半日人を雇えると思うぞ」
まさかこの世界にも日雇い派遣みたいなシステムがあったとは。というか、1日従業員を手伝ってもらうのも、冒険者への依頼と同じようなものか。
「詳しい説明は冒険者ギルドで聞けるだろう。商業ギルドで登録しているなら、冒険者ギルドでの手続きもそれほど面倒ではないはずだ」
「おお、それは便利だ。ありがとうリリア、明日は朝に冒険者ギルドに行ってみるよ!」
「ああ、そうしてみるといい。……それにしてもこの方位磁石は本当にこの値段でよかったのか? もっと高い値段でも間違いなく売れると思うぞ」
「たぶん売れるだろうね。でも方位磁石は冒険者の生存率を上げられるものでもあるから、できるだけ大勢の人の手に渡るように安くしておきたい。
実際にあの森で迷った俺からしたら、道がわからないということは本当に怖かったんだ。俺は運良くロイヤ達に助けてもらえたから良かったけれど、遭難してあんな恐怖を感じながら、空腹で餓死するような冒険者もいると思う。
ここは駆け出し冒険者が多く集まる街だし、どうしても森に迷う事故は起こってしまうだろ。そんな時に少しでも力になれればいいなと思ってさ」
「………………」
森の中で遭難するということは本当に怖いことだ。歩いても歩いても同じような景色が続いていき、道や川などがまったく現れない。次第に体力がどんどんと奪われていき、水や食糧が少しずつ無くなっていく恐怖。
そしてこの世界にはモンスターもいる。食料になるようなモンスターであればいいかもしれないが、弱っている体調で襲われたり、夜に襲ってくる可能性もあるため、まともに休息を取ることもできない。それを防ぐ可能性を少しでも上げられる道具があるなら、それは少しでも広げていきたいと思う。
とまあそれも本音だが、ここでしか売っていない方位磁石を安値で売れば、いい集客になって他の商品もより売れるという打算的な考えもゼロではなかったりする。
それに道に迷ったが、方位磁石のおかげで無事に助かった冒険者達は、うちのお店をまた利用してくれるかもしれない。お客さんも俺もどちらも損をしない素晴らしい販売戦略だな!
「あれ、リリア。大丈夫、どうしたの?」
なぜかリリアが黙ってしまった。特に変なことは言っていないと思うんだけど……
「す……」
「す?」
「素晴らしいぞ、テツヤ! 冒険者達のことをそこまで思ってくれているとは、なんて立派な考え方なんだ!」
「リ、リリア!?」
「自分の利益を大幅に減らしてでも、駆け出し冒険者達が遭難する危険を少しでも減らしたいか! テツヤ、君は本当に素晴らしい人間だ! 商人を目指す者は常に自分の利益を最優先にしているなんて思っていた私が恥ずかしい!」
「リリア、ちょっと落ち着いて! 別に俺もそこまで聖人みたいな人間じゃ……」
「みなまで言わなくていい。テツヤ、私は君を尊敬するよ! 何かあれば私を頼ってくれ。全力でテツヤの力になると誓おう!」
「いや、あの、まずは少し落ち着いて。方位磁石を安く売るには、別の理由もあって……」
「ふむ、まだ時間もあるようだな。この時間ならまだ知り合いの冒険者にテツヤの店を紹介することができそうだ。それじゃあ私はこの辺りで失礼するとするよ。宣伝は私に任せてテツヤは店のことに専念してくれ! それじゃあな!」
「ちょ、待ってってば! ……ってはや!?」
俺が止める間もなくリリアは一瞬で走り去っていった。体力のない俺に追いつけるわけもなく、道にひとり取り残されてしまった。
いやまあ駆け出し冒険者達が遭難しないようにするために方位磁石を安く売っているのは本当なんだけど、それだけでもないんだけどなあ……
しかし、リリアは大丈夫なのかな。将来悪い男に騙されてしまう未来しか見えないのだが……
最後にいろいろとあったが、無事にお店の1日目を終えた。
店が終わったあと、両隣のお店に騒がしくして申し訳ないと伝えに行ったところ、むしろいつもより売り上げが多かったと逆にお礼を言われてしまった。両隣のお店は服を売っていて売る物が被らなかったのは幸いだったな。
さあて、これからは楽しい楽しい売り上げ金額の確認タイムである。さすがに店を開いている時は何をいくつ売ったか数えている暇はなかったのだが、このアウトドアショップの能力には購入経歴が見られるようになっていた。宿に戻ってこの店の美味しい料理やお酒を楽しんだあとに部屋へと戻る。
「さてさて、昼過ぎから夕方くらいまでだから、実働時間は4〜5時間てところか。……というかファイヤースターターを3つ売っただけで、もう十分な利益なんだよな」
ファイヤースターターと麻紐の仕入れ値が銀貨4枚で売値が金貨2枚だから、これを3つ売っただけで金貨4枚と銀貨8枚もの儲けになる。ぶっちゃけ、これを売っただけで1日の稼ぎとしては十分である。
「それと折りたたみスプーンとフォークとマグカップはセットで12個ほど売れて約金貨1.8枚分の儲け。カラビナは20個近く売れて約金貨1枚分の儲け。最後に方位磁石が30個近く売れて約金貨3枚分の儲け。全部合わせて金貨10.6枚の儲けか。
うん、初日にしてはかなりいい感じだぞ! 屋台のレンタル代や宿代と食事代を引いたとしても金貨9枚分近くの利益だ!」
時給換算したら2万円近くいくんじゃないかな。しかも店を昼過ぎからオープンしているから、元の世界のブラック企業で働いていた時よりも格段に楽だ。
「次のレベルアップまでまだ先は長いけれど、これなら10日も掛からずに次のレベルまで上がれるな」
アウトドアショップの左上には、残りレベルアップまであと金貨46.8枚と表示されている。今回は以前にLV2へ上がる際に金貨5枚分のキャンプギアを購入していたから、新たに購入したキャンプギアは少なく、経験値はあまり得られていない。
しかし明日からは新たにキャンプギアを仕入れるため、経験値もより稼げるようになってくる。このペースでいけば10日も掛からずに次のレベルまで上がれそうだ。
いや、今日来てくれたお客さんが他のお客さんを連れてきてくれたり、リリアが紹介してくれたお客さんが来てくれるなら、もっと早くレベルアップできるかもしれない。次のレベルアップはどんな商品が増えるのかな。方位磁石みたいな駆け出し冒険者に役立つキャンプギアならいいんだけどな。
「あと明日からは人を雇ってみるか。リリアに教えてもらった通り、朝に冒険者ギルドに行って、日雇いの従業員を探してみよう」
今日の時点で少し人手は足りないと思っていた。明日はお客さんがさらに増えるなら、もうひとりくらい人手はあったほうがいい。リリアは半日で銀貨5枚くらいと言っていたな。明日冒険者ギルドに行った時に確認してみるとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、今日も頑張って稼ぐとしますかね!
今日は朝から従業員を雇うために冒険者ギルドへ向かう。昨日はそれもあって早めに寝たから、朝がそこそこ早くてもなんとか起きることができた。
「あら、今日は早いんですね」
「ええ、今日は朝から冒険者ギルドに行ってきますので」
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい!」
「うん、行ってきます!」
アルベラちゃんに見送られて宿を出る。うん、今日はいいことがありそうだ。毎晩のご飯は美味しいし、いろいろと仕入れたキャンプギアを持っての移動が手間なので、結局ずっとこの宿に泊まっている。
昨日は角ウサギのシチューが出てきて美味しかったなあ。元の世界でウサギの肉は食べたことはなかったけどあんな味なのかもしれない。あとは酒さえキンキンに冷えていれば言うことなしなんだよなあ。
「お兄ちゃん、お花はいりませんか?」
冒険者ギルドへ向かう途中、お花を売っている女の子がいた。このアレフレアの街では物価が安くて、人々は暮らしやすくなっている。しかし、それでも生活に苦しい人達はおり、子供達が働かなければならなかったりもする。
ちなみに今泊まっている宿は別にお金に困っているわけではないのだが、アルベラちゃんを客引きにするとお客さんの入りが良くなるそうだ。……しかもアルベラちゃんに男の人をお兄ちゃん呼びするように教えたのは女将さんらしい。男心を分かっていやがる……
「それじゃあ10本もらおうかな」
前もお昼くらいには何人か花を売っている子供達がいたけれど、お花は買わなかった。昨日は十分に稼いだし、少しくらいお金のない子供達に貢献してもいいだろう。それにせっかくならお店の屋台に飾っておいてもいいな。
もちろんこんなことをしたってこの女の子も大したお金を得るわけでもないし、他にお金に困ってお花を売っている子供達も大勢いる。たとえこれが偽善と言われても関係ない。偽善上等、やらない善よりやる偽善だ。これからはお金に余裕もできてくるし、子供達が花を売っているのを見かけたら買ってあげるとしよう。
「10本も!? お兄ちゃん、本当にありがとうございます! 銀貨1枚になりま……あれっ、あの時のお兄ちゃん!」
「ん? え〜と……」
「あっ、そっか。これでわかりますか?」
「ああ、あの時道でぶつかっちゃった!」
花を売っていた女の子がかぶっていたフードを外すとそこには茶色いケモミミが、後ろを向くと大きくて立派なフサフサとしたキツネの尻尾が揺れていた。この前道でぶつかって、落としてしまったパンの代金を払ってあげた女の子だった。
「……そっか。お母さんが過労で倒れちゃったんだ」
「はい……本当はもっとお金を稼げる冒険者をしたいんですけれど、お母さんが許してくれなくて……」
お花1本を銅貨1枚で10本買ったあと、道端にあるベンチに座ってキツネの獣人の女の子と少し話をしている。話を聞いてみると、この女の子の父親は数年前に病で亡くなって、母親が女手ひとつで育ててくれたらしい。しかし、最近になって母親が過労で倒れてしまったようだ。
少しでも母親の力になれればと、冒険者になってお金を稼ごうとしたのだが、冒険者になることは母親が許してくれなかったらしい。この子は見たところまだ10歳前後だ。いくら始まりの街とはいえ、冒険者には危険が伴う。この子のお母さんが許可を出さない理由もわかる。
……というか俺、こういう不幸話や苦労話に弱いんだよなあ。こんな話を聞いて何もしなければ、今後の飯が不味くなってしまう! こういうのは王道のハッピーエンドでいいんだよ、みんな幸せでそれでいいじゃん!
「いつもはお花を1日中売ったらどれくらいになるの?」
「多くても10本くらいですね。だからさっきお兄ちゃんが10本も買ってくれてとっても嬉しかったです!」
キラキラとした眩しい笑顔を見せる獣人の女の子。
「……ねえ、もしよかったらうちのお店で物を売る仕事を手伝ってくれない? 昨日オープンしたばかりのお店なんだけど、人手が足りなくてちょうど今から冒険者ギルドに人を雇いに行くところだったんだ。お昼から夕方までで、給金は銀貨5枚でどうかな?」
「本当ですか!? やらせてください!」
うおっ!? めっちゃ食いついてきた!?
「仕事内容はお店の接客だね。お花を売っていたし、簡単なお金の計算はできるのかな?」
「はい! この街では誰でも受けられるお金のお勉強会があって、それを受けたことがあります。簡単な計算ならできると思います」
なるほど、さすが冒険者に優しい始まりの街だ。お金の計算とか文字とかの無料の講習会があるらしい。
「それなら大丈夫だ。俺はテツヤ、よろしくね!」
「フィアっていいます! テツヤお兄ちゃん、よろしくお願いします!」
「へえ〜フィアちゃんのお父さんは普通の人族だったんだ」
「はい、お母さんはキツネの獣人で、お父さんがお母さんに猛アタックしたって言ってました!」
「そ、そうなんだ」
フィアちゃんに店を手伝ってもらうことになったので、予定していた冒険者ギルドへ行く必要はなくなり、時間もまだ早いので、昼食を取りに市場に来ている。
話の流れでフィアちゃんの家族の話になったのだが、どうやらフィアちゃんは人族と獣人族のハーフらしい。この世界では別の種族とのハーフの場合は、基本的にはそのどちらかの種族の特徴が色濃く出るらしい。フィアちゃんはお母さんの血をより濃く継いだようだ。
「テツヤお兄ちゃんのお店はどういう物を売っているんですか?」
テツヤお兄ちゃん、なんと素敵な響きだろうか。元の世界でお兄ちゃん呼びされたことなんて一度もなかったな。キツネのケモミミ少女にお兄ちゃん呼びされて嬉しくない男が存在しようか、いや断じてない!
「テツヤお兄ちゃん?」
「ああ、ごめん、ちょっとボーッとしちゃった。うちの店ではキャンプギアといって、駆け出し冒険者が使う道具を売っているんだ。お客さんからも質問があったりするかもしれないから、あとでひとつずつ説明するね」
「はい!」
危ない、危ない。あまりにフィアちゃんが可愛かったから、ついその茶色いもふもふした尻尾を撫でてしまうところだった。完全に事案が発生してしまうな。……しかし、いつかはこの立派な尻尾をもふもふしてみたいものである。
そのあと2人で料理を出している屋台のほうへ行き、パンと串焼きを買って腹ごしらえをした。フィアちゃんは少し遠慮していたようだが、そこまで高い料理でもないし、昼食は給金とは別にご馳走してあげたら、満面の笑みで美味しそうにご飯を食べていた。
「おっと早いな。もうお客さんがいるのか!」
昼食を取って、昨日と同じ屋台の場所まで行くともう4〜5人のお客さんが並んでいた。昨日よりも早い時間に来たはずなんだけど、もっと早くから待ってくれていたみたいだ。
屋台の場所は長期間で借りると同じ場所を借り続けることができる。昨日は様子見で1日だけ場所を借りたのだが、特に問題なさそうだったのでさらに3日間延長してきてある。
「お待たせしました、すぐに準備をしますね!」
「おう、兄ちゃん。昨日のファイヤースターターってやつを手に入れたくて早く来ちまっただけだから気にするな」
「ありがとうございます、今日も先着3名様分はありますから!」
先頭に並んでいた若い男性は昨日来てくれたファイヤースターターをギリギリで買えなかったお客さんだ。ありがたいことに今日も来てくれたらしい。
「俺はリリアさんに聞いてやって来たんだが、テツヤさんてのはあんたかい?」
「ああ、俺もだ。なんでも道に迷わなくなる不思議な道具をたった銀貨2枚で売っているって聞いてな」
「はい、リリアさんの紹介ですね、ありがとうございます! はい、方位磁石のことですね。今日も準備しておりますよ!」
ありがたいことに、リリアの紹介でお店にきてくれたお客さんもいるみたいだ。
「さあ、大変お待たせしました。アウトドアショップ、本日オープン2日目になります!」
「それじゃあフィアちゃんはお客さんへ商品の受け渡しをお願いするね。俺がお金を受け取ったら、商品を取ってお客さんに渡してあげてね」
「は、はい!」
「大きな店でもないから、そんなに緊張しないで大丈夫だよ。それにお客さんも見た目は怖くても、優しい人達ばかりだからね」
「はは、確かに見た目は俺も含めて恐ええやつらばっかりだな。だがそっちのほうが冒険者の箔がつくってもんだ!」
「この街は優しい人が多いですよね。おかげで商売を始める身にはありがたいばかりですよ」
「そうだな、この街は冒険者の始まりの街と呼ばれていてだいぶ居心地がいい。俺もそろそろ別の街に拠点を移さないといけないんだが、ついつい入り浸っちまう」
「なるほど、居心地が良すぎるのも難しいですね。あ、金貨2枚ありがとうございます。フィアちゃん、ファイヤースターターをお願い」
「は、はい! ファイヤースターターです、あ、ありがとうごじゃりました!」
「「「………………」」」
「あ、ありがとうございました!」
緊張しすぎて噛んでしまったようだ。あまりに微笑ましくて俺以外のお客さんも微笑ましく見ている。
「おう、ありがとうな、キツネのお嬢ちゃん」
「は、はい!」
「しばらくしたら新しい商品を仕入れる予定なんで、また来てくださいね!」
「おう、また寄らせてもらうぜ!」
「はい、ありがとうございました!」
先頭に並んでいた男性は昨日一通り買ってくれたから、今日はファイヤースターターを買って帰っていった。アウトドアショップの能力がレベルアップして、新しい商品が購入できるようになったら、またぜひ来てほしいところである。
「俺もファイヤースターターってやつを頼む。昨日ここで買ったやつに見せてもらったんだが、俺の持っている火打ち石より便利らしいな」
「ありがとうございます、金貨2枚になります。他にもいろいろな商品があるので、ぜひ見ていってくださいね。はい、金貨2枚ありがとうございます。フィアちゃん、ファイヤースターターをお願い」
「は、はい! ありがとうございました!」
「おう。お嬢ちゃん、あんがとな!」
うん、やっぱり男のお客さんなら、男の俺よりも可愛い女の子が商品を渡してくれたほうが嬉しいよな。適材適所というやつである。
「リリアさんから聞いてきたんだけど、方位磁石ってのはどれなんだ?」
「はい、こちらになります。この方位磁石を水平にすると常に赤い針が同じ方向を示します。近くの森に入る時はこの赤い針が森の奥を示すので、反対の針の方向へ進んでいけば、森から抜け出せることができます」
「へえ〜そいつは便利な道具だな。これを2つ頼む」
「はい、方位磁石2つで銀貨4枚になります。フィアちゃん、方位磁石2つをお願い」
「はい!」
「こっちのこの道具はどう使うんだ?」
「はい、これはカラビナといって……」
「お嬢ちゃん、こっちのスプーンとフォークとコップをセットで頼むよ」
「は、はい! え〜とえ〜と、3つセットで銀貨3枚と銅貨3枚になります!」
早速忙しくなってきたな。しかし今日はフィアちゃんがいることによって、俺がお客さんに商品の説明をしていても、お客さんを待たせなくてすむ。昨日は結構待たせてしまったお客さんもいるからな。
それにフィアちゃんはお店で働くのが今日初めてだと言っていたが、全然普通に働けているので本当に助かる。正直に言って、今日は教えることが多くて逆に俺の負担が増えると思っていたのだが、全然そんなことはなかった。もしフィアちゃんが大丈夫なら、明日からもこのお店で続けて働いてほしいところである。
「結構お客さんがいるみたいだな」
「あ、ロイヤ達、来てくれたんだな」
「やっほー、テツヤ。オープンおめでとう!」
「すまないな、テツヤ。昨日は受けた依頼が遅くまで掛かってしまい、来れなかったんだ」
店を開いてしばらくしたあと、ロイヤにニコレにファルが店までやって来てくれた。ちょっと先程まで依頼を受けていたのか、3人の防具は土で少し汚れている。
「いいって。それよりも来てくれただけで嬉しいよ。というかみんなにはもう一通り売ったと思ったんだけどな」
「方位磁石をひとつとカラビナを3つずつ頼むよ。方位磁石のほうは予備で持っておくに越した事はないし、カラビナのほうは部屋の中でも使えて便利だから、もう少しあってもいいんだ」
「……そうか。あんまり無理はしなくて大丈夫だからな。全部で銀貨5枚になります」
それほどお金に余裕があるわけじゃないのに、オープン祝いでわざわざ買いに来てくれたんだな。相変わらずいいやつらだ。
「方位磁石がひとつとカラビナが3つになります。ありがとうございました!」
「へえ〜もう店員を雇ったんだ」
「やだ〜なにこの子、可愛い! お名前はなんて言うの?」
「フィアっていいます。よ、よろしくお願いします!」
「きゃあ〜可愛い! ニコレよ、よろしくね。フィアちゃん!」
「は、はい、よろしくです。ニコレお姉ちゃん!」
「お姉ちゃん……はあ、はあ、なんて可愛いの!?」
「……おい、そろそろ止めておけって」
「すまないな、テツヤ。ニコレは可愛い物や女の子を見るとこうなるんだ」
「フィアちゃんも怖がっているからほどほどにな……」
うん、フィアちゃんが可愛いという気持ちは分かるのだが、みんな引いているからそのくらいにしておいてくれ。……俺もニコレみたいに通報5秒前のような、危うい表情にならないように気をつけるとしよう。
「それでテツヤ、店はどんな調子なんだ?」
「オープンして2日目にしてはいい感じだよ。昨日よりもお客さんは来てくれているしな」
他の屋台を見ても、うちのアウトドアショップのお店よりお客さんが集まっているお店はそれほどないように思える。うちの店にしか売っていない物ばかりで、ライバル店がいないというのもその要因のひとつだろう。
「そりゃすごいな。普通のお店だったら最初のお客さんを集めるのに結構苦労するはずなのに」
「そこはまあ、悲しいことに前の仕事で培ったことが役に立ったんだよ……」
「うん?」
悲しいことに元の世界のブラック企業で鍛えられたセールストークが役に立ってしまった。……いや、いいことなんだけど、あのブラック企業に感謝する日が来るのは、なんだか悔しいことでもあるんだよな。
「あとはリリアの紹介で来てくれた冒険者さん達も結構多かったな」
今日は昨日以上にリリアの知り合いの冒険者達がお店に来てくれていた。もしかしたら昨日の午前中だけじゃなくて、俺と別れたあともこの店を宣伝をしてくれていたのかもしれない。
「さすがBランク冒険者のリリアさんだ。……でも悪いな、俺達も宣伝はしたんだけれど、まだこの街に知り合いがそれほどいないからなあ」
「いやいや、こうして気にかけてお店まで来てくれただけで嬉しいって! 忙しい中来てくれてありがとうな」
ロイヤ達だってまだこの街に来てからそれほど日が経っていないはずだ。冒険者の依頼の合間にこうして顔を出してくれて、商品を買ってくれるだけでもすごくありがたい。
「冒険者と商人という違いはあるが、同じ駆け出し同士だからな。お互いこの街で頑張っていこう」
「ああ、そうだな!」
同じ駆け出し仲間だし、ロイヤ達とはこのまま良い関係を続けていけるといいな。
「そういえば、冒険者ギルドで知ったんだけど、リリアさんは結構有名な冒険者らしいぞ。俺達が知らなかっただけで、まだあんなに若くて女性なのにBランクまで上り詰めた冒険者として、冒険者ギルドの受付の人や先輩はみんな知っていたんだ」
「へえ〜そうなんだ」
森へ入った時のあの大きなイノシシ型の魔物を片腕で受け止め、一撃で倒していた姿を思い出す。この世界の冒険者の基準が分からないけれど、確かにリリアは強かったもんな。
「王都の方で冒険者として活動していたらしいけれど、事故にあってからこの街に戻ってきたらしいんだ。それから駆け出し冒険者達の面倒をよく見てくれたり、依頼料が安くて割りに合わない依頼を進んで受けてくれるって受付嬢さんが言っていた。俺も将来はあの人みたいな立派な冒険者を目指すことに決めたんだ!」
「ああ、リリアさんが立派な冒険者であることはよくわかったよ。そんなリリアさんと依頼を共にできて、俺達はとても運が良かったようだ。俺もあの人に負けないような立派な冒険者になる!」
ロイヤもファルもリリアにだいぶ感銘を受けているようだ。そんな人に出会えたのはファルの言う通り、俺達はだいぶ運が良かったのだろう。
「俺もいろいろとお世話になったし、なんらかの形で恩を返せるといいな。そういえば王都ってこの街から遠いの?」
よく考えたら、俺はこの街のこと以外よく知らない。他の街についても少しくらいは知っておいたほうがいいかもしれない。
「王都はこの街から馬車で1週間以上はかかるぞ。それに物価がこことは比べ物にならないくらい高い。基本的に俺達冒険者はこの街で経験を積んでお金を稼いで、隣の街へ拠点を移す。そして同じようにその街で経験を積んでお金を稼いでを繰り返して王都を目指していくんだ」
なるほど、この国の冒険者達は、少しずつ強くなってお金を貯めてから、次の街を目指していくらしい。
「まあ俺達にはまだ先の話だけどな」
「そうだな、俺達はまだしばらくはこの街にいる。当分の間はよろしく頼むな」
「……ああ、こちらこそ!」
そう、俺はしばらく、もしかしたらずっとこの始まりの街でアウトドアショップを続けるつもりだ。しかし、ロイヤ達はこの街で一人前の冒険者になったら、拠点を別の街に移してしまう。まだまだ先であると分かっているが、少しだけ寂しい自分がいる。
「だいぶ、長居をしてしまったな。ロイヤ、あまり話していてはテツヤ達の邪魔になる。それに早くあいつをなんとかしよう……」
「ハァハァ……フィアちゃん、そのフサフサした尻尾をお姉ちゃんに触らせてくれないかな……」
「はうう……テツヤお兄ちゃん……」
「……そうだな、ニコレが憲兵に捕まる前に連れて行ってくれ」
ロイヤとファルと真面目な話をしている間に、ニコレは何をしようとしているんだよ……
「すまん……よっぽどフィアちゃんを気に入ったみたいだな。普段はここまで酷くないんだよ」
……おかしいな、普段はちょっと抜けているロイヤを冷静なニコレとファルが嗜めるみたいな関係だと思っていたのに。ニコレは若い割に落ち着いていて、面倒見の良い女の子だと思っていたんだが、考えを改めないといけないかもしれん。
「じゃあな、テツヤ。また顔を出すよ」
「新しい店頑張ってな。邪魔をした」
「ああ、今日は来てくれてありがとうな」
「フィアちゃん〜お姉ちゃんは絶対にまた会いに来るからね〜!」
「「………………」」
ニコレはロイヤとファルに両腕を引きずられて強制的に連行されていった。
「よし、お客さんも引いたし、今日のお店の営業はここまでにしておこう」
「は、はい」
昨日と同じくらいに日が暮れ始めた頃、ちょうどキリが良くお客さんもいなくなったので、お店を閉めた。
「お疲れさま、今日は本当にありがとうね。フィアちゃんのおかげでなんとかなったよ。これ、今日の給金だよ」
「えっ!? テツヤお兄ちゃん、これ金貨1枚もありますよ!」
「今日はフィアちゃんがいてくれて本当に助かったからね。多い分はおまけだからとっておいて」
昨日の予想通り、今日は昨日以上に大勢のお客さんがお店にやってきてくれた。もしも俺ひとりだったら間違いなく手が回らなかっただろう。
「で、でも多すぎるよ。銀貨5枚でも十分多いのに……」
「フィアちゃんがいなかったら、俺ひとりで店が回らなくてお客さんや周りの屋台の人にも迷惑をかけていたからね。それにすっごく真面目に働いてくれたし、助かったよ」
フィアちゃんはまだ子供なのに、お金の計算もちゃんとできたし、前半は少しあがっていたが後半はバッチリの接客だった。それに忙しい中、ほとんど休まずに熱心に働いてくれた。多少相場よりは高いと思うが、金貨1枚を受け取ってもらう資格は十分にある。
「でも……」
「あとニコレのことは許してあげてくれ。怖かったかもしれないけれど、あの3人は俺の命の恩人で悪いやつらじゃないんだ。ちゃんと3人に言って、もう同じことはさせないから」
「あっ、それは大丈夫です。ちょっと怖かったけど、女の人だったし、本当に触ってはこなかったですから」
……触らなかったのは結構ギリギリだった気もするけどな。
「とにかく、お母さんの具合が悪いんだから、なおさら遠慮なくもらっておいて。それにできれば明日からもフィアちゃんにこの店で働いてほしいと思っているから、先行投資ってやつだよ。できれば明日以降もこの店を手伝ってほしい」
「テツヤお兄ちゃん……本当にありがとう! フィアからもお願いします、明日からもこのお店で働かせてください!」
「うん、こちらこそありがとう。明日からもよろしくね!」
フィアちゃんは俺が渡した金貨を大切そうに懐にしまう。そして右手とフサフサとした尻尾をこれでもかと俺に向かって振り、お店を後にした。
よしよし。これで明日からの従業員の確保もできた。それに加えてフィアちゃんの母親の手助けもできる。うん、子供なのに給金が多い? 病気の母親がいるなんて定番の作り話かもしれない? 俺が自分で納得しているからいいんだよ。十分過ぎるほど働いてくれたし、病気の母親もいないならそれでいい。
宿に戻って今日の売り上げを計算してみると、なんと利益が金貨15枚分にもなった。屋台代やフィアちゃんに支払った金貨1枚を引いても金貨13枚以上の利益だ。
明日のキャンプギアの仕入れを終えた段階でアウトドアショップの次のレベルアップまで約金貨32枚となった。
よくよく考えてみると、手持ちの金貨すべてを使ってキャンプギアを購入すれば、明日にはレベルアップが可能になるかもしれない。さすがに手持ちの金貨も少しは残したいし、キャンプギアで宿の部屋がいっぱいになってしまうから、現実的には明後日といったところだろうか。
フィアちゃんを従業員として雇えることになったし、今のところとても順調だ。アウトドアショップのレベルが上がって商品が増えて、さらにお金が貯まってきたら、屋台ではなくて店舗を借りてみてもいいかもしれない。
住居付きの店舗を借りれば、今の宿のように商品にするキャンプギアを多く購入し過ぎても置き場に困ることもないし、自炊もできる。今の宿の食事にそこまで不満があるわけではないが、まだ見たことも食べたこともない異世界の食材が山ほどあるんだ。せっかくなら自分でいろいろな料理を作ってみたい。
元の世界でも料理は趣味でしていたし、キャンプに行ってはいろいろと料理していた。そろそろ元の世界の料理も恋しくなってきたし、台所のある住居は必須だな。それに売り場も増えるから今の屋台では置くことができなかった細々としたキャンプギアも置くことができる。
まだ先のことになるが、明日の午前中にでも店舗の借り方やいくらで借りられるかを調べておくことにしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして次の日、フィアちゃんとは昼過ぎに店の前で落ち合う約束をしているので、先に商業ギルドへ行って情報を調べてきた。
貸店舗の大きさや立地によって月の賃貸料金は様々なようだ。立地については分かりやすく、冒険者ギルドか街の入り口に近くなるほど賃貸料金が高くなり、その外側へ行くほど安くなっている。
商業ギルドに登録して入れば、すぐに借りることができるが、最初は2ヶ月分の家賃を先払いで払わなければならない。立地よりも大きさや住居があることを優先するとしても一月で金貨10〜20枚、2ヶ月分で20〜40枚は必要になる。アウトドアショップのレベルアップもあるし、もう少しお金を貯めないといけないな。
「あ、テツヤお兄ちゃん!」
「おはよう、フィアちゃん。今日もよろしくね」
「はいです!」
「おっともうお客さんがいるのか。すみません、すぐに用意しますから少しだけお待ちください」
昨日と同じ時間帯にお店に行くと、フィアちゃんとお客さんがすでに待っていた。お客さんのほうは先着順のファイヤースターターを狙ってきているっぽいな。
「お待たせしました。アウトドアショップ、オープンします!」
「……ふう、ちょっとお客さんが落ち着いてきたね。少し休憩しようか」
「はいです!」
この店をオープンしてから3日目となった。基本的にはそれほど商品の種類がないので、毎日同じお客さんが来てくれるというわけではなく、このお店で商品を買ってくれたお客さんからの紹介である新規のお客さんが多い。
お客さんの列がなくなったら、初日のように声を出して実際にどう使うかを見せながら実演販売をしていく。今はちょうどいいところで休憩を取っている。
「ふう、フィアちゃんも商品の値段も覚えたし、説明もできるようになったし、もう大丈夫そうだね」
「テツヤお兄ちゃんの売っている商品は、見たことない物ばっかりだからすぐに覚えられるよ!」
フィアちゃんは商品数が少ないとはいえ、もう全部の商品の値段や使い方について覚えてくれていた。俺がお客さんに商品の説明をしていても、ひとりで対応することができるようになっていた。お釣りの計算も間違えていないし、とても賢い子みたいだ。
「そういえばこの街で受けた勉強会って、どんなことを教えてもらえるの?」
「えっと、足し算と引き算、それに掛け算と割り算も教えてくれるの。あと今は文字を教えてもらっているところだよ」
へえ〜俺が思っていたよりも本格的な教育をしてくれているみたいだ。しかもそれが無料だなんてすごいな。確かに冒険者でも、計算や文字の読み書きができないと、買い物や依頼の受注なんかもまともにできない可能性がある。
「お母さんが働いている時に勉強会に出ていろいろと教えてもらったの。他にも冒険者さんにも無料で参加できる勉強会もあるんだよ。武器の使い方とか、薬草とかの見分け方を教えてくれるって聞いたよ」
さすが冒険者始まりの街だ。駆け出し冒険者への配慮が半端ない。そりゃ、近くの村や街に住む冒険者志望の人達はこの街に集まるわけだ。
「いらっしゃいませ……ってリリア!」
「やあテツヤ、店の調子はどんな感じだい?」
休憩中にお客さんが来たと思ったらリリアだった。何かの依頼が終わったあとなのか、この前森に一緒に入った時と同じで、防具を身に付けた冒険者スタイルだ。
「おかげさまで結構なお客さんが来てくれているよ。これもリリアがいろんな冒険者に宣伝してくれたおかげだ」
「ふふ、私もテツヤの役に立てたならよかったよ」
実際のところ、リリアが紹介してくれたお客さんは結構いる。それにリリアの紹介で店まできてくれたお客さんが、さらに新しいお客さんを連れてきてくれるから、さらにお客さんは増えている。
「それとこの前のことだけど、別に俺も利益を全部捨てて駆け出し冒険者に尽くしているわけじゃ……」
「ああ、そのことか。もちろん分かっているぞ! そう言いながらテツヤはもっと高くても商品が売れることがわかっているのに、値上げはしていない。つまりはそういうことなのだろう」
「………………」
全然分かっていなかった。商売の世界では値段を下げることによって、店全体の売り上げが上がることもあるんだぞ。しかし、これ以上説明しても無駄な気がしてきた……
「そういえばその子は一昨日いなかったな。新しく雇った従業員か?」
「ああ、冒険者ギルドで人を雇おうとしたんだけれど、たまたまその前に知り合ってうちの店で働いてもらうことになったフィアちゃんだ。こちらは以前にとってもお世話になったBランク冒険者のリリアだよ」
「フィ、フィアです! よよ、よろしくお願いします!」
「フィアか。リリアだ、よろしくな」
「は、はい!」
リリアがしゃがみこんで、フィアちゃんと握手をする。
「ふむ、とっても可愛らしい子だね」
「ふえっ!? あ、ありがとうございます! リリアお姉ちゃんはとっても綺麗で格好いいです!」
「ふふ、そう言ってくれると私も嬉しいよ。とりあえずテツヤのお店が順調そうでなによりだよ」
「みんなのおかげかな。まだ3日目だけれど、今のところは順調そのものだよ」
「それはよかった。しかしテツヤなら大丈夫だとは思うが、何事も順調な時ほど、想定外のことが起こらないか注意が必要だぞ」
「ああ、リリアの言う通りだ。改めて気を引き締めるよ」
そうだな。リリアの言う通り、順調といってもまだたった3日目だ。今のところトラブルはないが、何かひとつの出来事で今までの苦労が水の泡になることだってある。今一度気を引き締めるとしよう。
「さすがだな。何かあれば力になるから遠慮なく声をかけてくれ。それじゃあ長居しても邪魔になるからそろそろ行くとしよう」
「ああ、その時はよろしく頼むよ」
リリアは手を振りながら店を後にした。去り際も爽やかでとても格好良かったな。やっぱりこの前の私服の時とは印象が全然違う。
「ふわあ……とっても格好いいお姉さんでした!」
「うん、駆け出し冒険者にも、とっても優しくて本当に良い人だよ。たまに顔を出してくれると思うから、フィアちゃんも仲良くしてほしいな」
「はい! それにBランク冒険者さんはとっても強い人だってお母さんから聞いています。憧れちゃいます!」
やっぱり同性から見てもリリアは格好よく見えるらしい。たまに顔を見せてくれると言っていたし、仲良くしてくれるといいな。
「よし、今日のお店の営業はここまでにしよう。フィアちゃん、今日もお疲れさま」
「はいです!」
3日目の営業も無事に終了した。今日も昨日と同じくらいのお客さんが来てくれたようだ。
「はい、今日の分の給料だよ。明日もよろしくね」
昨日と同様に金貨1枚をフィアちゃんに渡す。
「……今日もこんなに。テツヤお兄ちゃん、本当にありがとう! 明日もよろしくお願いです!」
「むしろ俺のほうが助かっているから、お礼はいらないよ。俺のほうこそありがとうね、フィアちゃん」
今日の売り上げも上々だ。多分明日にはアウトドアショップのレベルを3に上げることができそうだな。
屋台でお店を出してから4日が過ぎた。キツネの獣人であるフィアちゃんを従業員として雇えてから、人手不足も解消できて順調である。
昨日はひとつだけ問題があった。方位磁石をひとりで100個も購入したいというお客さんが現れたが、明らかに転売する目的だったために断った。そもそもこのお店で売っている商品には、こういった転売目的の購入を防ぐために、同じ商品はひとり3個までの購入制限を付けている。
いくら自分の商店を持っていないからといって、転売のことを考えていないほど愚かではない。もちろん、正当な理由がある場合には大量販売も考えるが、今回のお客さんは目的を聞いても答えなかったため、おそらくは転売目的だったのだろう。
購入できなかったことに逆上して、何かしてくるかとも身構えたが、特に暴れたりはせず大人しく引いてくれた。やはりお店にお客さんが増えれば増えるほど、いろいろなお客さんがやってくる。いくら治安が良い町でも元の世界の日本とは比べるまでもない。改めて気を引き締めよう。
「よし、これでLV3にレベルアップできるぞ!」
LV2に上がってからLV3に上がるまで、アウトドアショップでの金貨50枚分の購入が完了する。とはいえ手持ちがかなりギリギリだったため、宿の部屋の中には明日以降に販売するキャンプギアが山のように積まれている。今売っているキャンプギアが小さい物ばかりだからできたことでもある。
「それでもレベルアップできるなら、早めにしておきたいんだよな」
うちの店のメイン商品である方位磁石の売り上げが、そろそろ落ち着いてくる頃だろう。噂を聞いてかなりの数の駆け出し冒険者が方位磁石を購入したと思うので、この数日のように1日で大量に売れることは、なくなっていくのではないかと思っている。
もちろん毎日のように新しい冒険者がこの街にやってくるので、まったく売れなくなるなんてことはないが、多少売り上げは落ちるだろう。早くアウトドアショップのレベルを上げて、新しい商品を購入できるようにしておきたい。
前回のレベルアップアップでは新しく購入できるキャンプギアが結構増えていた。今回のレベルアップでは何が増えるか楽しみである。
「さあて、今回はどんなキャンプギアが増えるのかな……っと!」
『アウトドアショップのレベルが3に上がりました。購入できる商品が増えます』
「よし、前回のレベルアップと同じで商品が増えているな! しかも結構便利そうなキャンプギアが増えている。……って次のレベルアップまで金貨500枚かよ!? こりゃ次のレベルアップは当分先になりそうだな……」
商品の一覧を見ると、アウトドアショップの能力で購入できるキャンプギアの種類がかなり増えていた。今回のレベルアップでは前回のレベルアップの倍以上にラインナップが増えていた。さすがにまだテントや寝袋のような大きくて高価な商品はなかったが、それでも十分に便利で売れそうなキャンプギアがいくつもあった。
しかし、問題は次のレベルアップまで金貨500枚もの大金が必要になることだ。今の屋台でのお店の売り上げでは相当な日数が必要となりそうだ。
まあこれについては地道にコツコツとやっていく他なさそうだ。現状でも毎日結構な大金を稼ぐことができている。あまり急いで大金を稼ごうとすると、面倒ごとも付いて回ってくるからな。すでに多少は目立っているだろうし、ゆっくりと過ごしながら次のレベルアップを目指せばいい。
「あとはどんな商品をいくらで売るかを考えないといけないな。また方位磁石みたいに確認しないといけないこともありそうだ。その時はロイヤ達かリリアに依頼しよう」
いろいろと考えなくてはならないことも多そうだ。今夜は長くなりそうだぜ!
市場で買ってきたツマミとぬるいお酒を片手に、ああでもないこうでもないと考えながら夜を過ごしていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あっ、いたいた。ニコレ、ロイヤ、ファル、おはよう!」
「おはよう、テツヤ!」
「おはよう。テツヤが朝早くから冒険者ギルドに顔を出すなんて珍しいな」
「おはよう。どうした? 何か問題でも起きたのか?」
「いや、お店のほうは順調だよ。今日はまた3人に依頼したいことがあってさ」
「なるほど、また護衛依頼か?」
「いや、今回俺は同行しなくても大丈夫なことだ。ただこれを依頼に出すのもどうか微妙なところだったから、ちょっと3人に相談したいんだ」
「……なるほど。確かにこれなら指名依頼を出すほどのことじゃないな」
「そうね、これくらいなら別にお金なんていらないわよ」
「そうだな。どうせ今日は依頼で森に行くし、ぱぱっと済ませてこよう」
「ありがとう。でも、さすがに報酬なしじゃ気が引けるから、今日の晩ご飯は奢るよ。それでどうだ?」
「いいの!? やった〜!」
「別にこれくらいなら、礼など気にしなくてもいいんだぞ」
「親しき仲にも礼儀ありだ。そんなに大きなことではなくても、頼み事をするならちゃんとお礼はしないとな。それに俺はもうあの森には入りたくない」
もうゴブリンやらイノシシやらは勘弁だ。街の中で安全に商売でお金を稼げるならそれに越したことはない。
「……よっぽど森で迷ったりゴブリンに襲われたことが怖かったんだな」
「了解した。それじゃあ今日の晩ご飯はありがたくご馳走になるとしよう」
「ああ、こっちこそよろしく頼む!」
「……ねえテツヤ、せっかくだからフィアちゃんも一緒に連れてきたらどう?」
「「「………………」」」
「ちょっと!? 前回は少し取り乱しちゃっただけだから!」
「「「少し?」」」
俺とロイヤとファルの声が完全にハモった。あれは少しとかいうレベルじゃなかったぞ。完全に通報一歩手前だった。
「……うう。ロイヤとファルに怒られてちゃんと反省したから〜本気で気をつけるからお願い〜」
「……まあ、あまりに酷かったらロイヤと俺の2人がかりでなんとかする」
「そうだな。前回俺達はあの子とそんなに話せなかったし、せっかくなら誘ってみてくれないか?」
「2人がそう言うなら大丈夫かな。誘ってはみるけれど、あまり期待はするなよ」
フィアちゃん本人に聞いてみるとしよう。さすがに本人が嫌がっていたら強制なんてできない。