ここはタルキニアの町から南東側にあるタータム草原。そして、町から遥か数十キロと離れた場所にグレイフェズはいた。
地べたに蹲り苦しそうに唸りながら変貌していくリーダー風の男を、グレイフェズは見下ろしている。
(さて、ここからどうする?)
グレイフェズのその姿は容姿以外、見間違いそうだ。
――時は少し遡り、ここは市場街にある古びた倉庫。漆黒の霧デビルミストが体内に入り込んだリーダー風の男の方に、グレイフェズは歩み寄った。
『ここで暴れられては困る。やはり、草原に転移させるか。だが、まさかここで使うことになるとはな』
そう言うと周囲をグルッと見回す。
『ヨシッ、だれも居ない』
グレイフェズはリーダー風の男から少し離れる。その後、左の小指に嵌めている指輪に右手を添えた。
《古の鎖 現と古 あるべき姿 封印されし力 我、願う 真の姿を解き放たれたし!!》
そう詠唱すると両手を頭上に掲げる。
すると指輪がキランッと光った。と同時に、指輪から眩い光が真上に放たれ魔法陣が展開していく。
その魔法陣が展開し終えるとグレイフェズの真下に、スッと降下する。そして、徐々にグレイフェズの姿が変化していった。
白銀から黒に銀が混じった髪色へ変わっている。髪型と容姿はそのままだ。明らかに違うのは、尋常じゃないほどの膨大な能力である。
魔法陣が地面まで到達すると激しい光を放ち消えた。
『何年ぶりだ? この能力を解放したのは……まぁ見た目は、髪色ぐらいしか変わってないがな』
そう言うとバッグの中からプレートを取り出しみる。
(……流石に、なぁ。プレートも、ちゃんと機能しねえよな。だが、なんで俺なんだ? ご先祖……隔世遺伝か。最悪だ、ホントに……)
グレイフェズは不機嫌な表情を浮かべた。
『まあ、考えてたってしょうがねえ。さて、サッサと終わらすか』
そう言いながらリーダー風の男の方へと歩み寄る。
リーダー風の男の近くまでくると眼前に両手を翳した。
《大地の精 現の地と別の地 異空の狭間 その扉を開き 我と彼の者 我、思う場所へ転移されたし!!》
そう詠唱しながら、この町から少し離れた草原を思い浮かべる。
するとグレイフェズとリーダー風の男の真下に、大きな魔法陣が展開されていく。
その後、魔法陣が展開し終えると二人の姿は残像と共に消えた。
――そして現在。グレイフェズはこの草原に居て、リーダー風の男を悩みながらみている。
そう、このあとどう行動するか悩んでいたのだ。
(うむ、完全体になる前に処理するか? それとも待つか……いや、それはないな。そうなると、今やるしかない。動けない者を痛めつけるのは性に合わないが)
そう思いながらリーダー風の男を見据えた。
ここはタータム草原。辺りに居たみたこともないような色々な虫たちは、グレイフェズとリーダー風の男から遠ざかっていく。風は然程、吹いていない。
グレイフェズは変貌していくリーダー風の男をこれ以上みている訳にもいかず、今のうちに処理することにした。
(今は力を解放している。どうする? 恐らく所持している武器は使えねえ。具現化するしかないか……だが、自信がない)
そう思い遠くをみつめる。
「あー、クソッオォォォ!!」
そう叫ぶと一か八かやってみるかと思い行動に移す。
両手を翳すと脳裏に浮かんだ剣をイメージした。
(ヨシッ、いい感じだ。あとは……)
すると翳した両手の付近に剣が、ボンヤリと浮かび上がってくる。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ……」
グレイフェズは頭を抱え叫びながら蹲った。
勿論、剣の具現化は失敗である。
(……やっぱり、まだ無理か……)
ハァハァと少しずつ息を整えた。その後、ブルッと頭を横に振る。
(覚醒遺伝と言っても、不完全だからな。さて、どうする……この能力をまた封印するか?)
そう思いながら立ち上がった。
「……!?」
その時、グレイフェズの背後から強い魔族の気配を感じる。と同時に警戒し、そのままの体勢で後ろの気配を探った。
(魔族か? この気配、どこかで……。それともう一人、こっちの気配は……トゼル。だが、様子が変だ。
どうなっている? 確かトゼルは、ムドルが……って! まさか……)
そう思うと額にダラダラ汗をかきながら、チラッと自分の後ろをみる。確認すると瞬時に前を向いた。そして、顔全体から異常なまでに汗が湧き出る。
そうグレイフェズの背後には、ムドルと地べたに蹲っているトゼルが居たからだ。
(間違いない。あの後ろ姿は、ムドル。それと、もう一人はトゼルか。でも、なぜここに? その前にどうする……ムドルは魔族だ。恐らく気づかれる)
そう思考を巡らせると、更に顔中から汗が出てくる。
一方ムドルは、身動きが取れずにいた。
そうここに転移して来た直後、自分の背後に誰かが居ることに気づいたからである。
(まさか、転移して来た場所に人がいるとは……。これは、困りました。別の場所に移動も、流石に無理。ですが、この匂いは……どこかで?)
そう思いチラッと後ろをみた。その後、前を向き小首を傾げる。
(ハテ? 誰でしょう。後ろ姿と装備は、グレイに……そうそう匂いも似ています。
ですが、髪色とこの途轍もない威圧感は……人間のものじゃない。いえ、人間なのでしょうが……あり得ません。
それに先程の能力は、いったいなんでしょう? 失敗したみたいですが)
そう考え思い悩む。
(恐らく、真面にやり合えば勝ち目はありませんね。さて、どうしましょうか?)
そうこうムドルは考えた。
そんな中ムドルの後ろでは、グレイフェズがバレるんじゃないのかとヒヤヒヤしている。
その間にもトゼルとリーダー風の男は、徐々に姿を変えていくのだった。
ここはタータム草原。私はメーメルと色んな場所に転移し続けていた。
「メーメル、ここにも居ないね」
そう言いブローチをみる。
「そのようじゃな。まだ探すのかのう」
メーメルは疲れた表情で私をみた。
「ごめんね。だけど、もう少しだけ……お願い」
「仕方ないのう。じゃあ、あと一回だけじゃ」
「うん、ありがとうメーメル」
それを聞きメーメルは、ニコリと笑う。
その後メーメルは、転移の魔法を使う。そして私とメーメルは、別の場所へと転移する。
――場所は移り、グレイフェズとムドルが居るタータム草原――
グレイフェズとムドルは、互いに警戒していた。
お互いに背を向け探り合っている。
グレイフェズは自分の姿と素性がバレるのが嫌だった。片やムドルは、かつて感じたことのないプレッシャーに襲われ対処法を模索している。
そんな中、二人はふと思った。
そうこのままでは、デビルミストの犠牲者が増えると……。
恐る恐るグレイフェズは、ムドルに声をかける。
「ムドル、薄々気づいてるんじゃないのか?」
そう言われムドルは振り返りグレイフェズの方を向いた。
「その声は……グレイ。やはりこの匂いは、そうだったのですね。ですが、これはどういう事ですか? 普通の人間とは思えない」
そう問われグレイフェズは、ムドルに背中を向けたまま口を開く。
「詳しく話せば長くなる。それに、今は余裕がない」
「確かに……。今は、デビルミストをどうにかしなければなりません。では、このこと……あとで理由を聞かせてもらいますよ」
「分かった。それと、このままの姿だと持っている剣が使えない。だから、また封印する」
ムドルはそれを聞き不思議に思い首を傾げる。
「どうしてかは、分かりませんが。あとで、そのことも踏まえて教えて頂きます」
そう言われグレイフェズは頷いた。
グレイフェズはこの場で今の姿を封印することにする。
その後、左の小指に嵌めている指輪に右手を添えた。
《古の鎖 現と古 仮初の姿 此処ある内なる力 我、願う 真の姿を封印されたし!!》
そう詠唱すると両手を頭上に掲げる。
すると指輪がキランッと光った。と同時に、指輪から眩い光が真上に放たれ魔法陣が展開していく。
その魔法陣が展開し終えるとグレイフェズの真下に、スッと降下する。そして、徐々にグレイフェズの姿が変化していった。
その後グレイフェズの姿は、以前の白銀の髪へと変化している。それだけではなく、体から放たれていた途轍もない威圧感も消えていた。
「これでいい。あとは……」
そう言いながらグレイフェズはムドルの方を向く。と、その時……。
「グレイ、これってどうなってるの?」
そう言いながら泪は、グレイフェズとムドルの方へ歩み寄る。そして、メーメルがそのあとを追う。
それを聞きグレイフェズとムドルは、恐る恐る声がした方に視線を向ける。と同時に、顔を引きつらせた。
時は少し遡り――私はこの転移を最後と思い、メーメルとタータム草原の別の場所に降り立った。
今度こそは……。
そう思いながらブローチの反応を確認する。
するとブローチが微かに光った。
「メーメル、ブローチが……」
「そうなると、この辺に居るのじゃ」
私は、コクリと頷く。
「どこに居るのかな?」
ブローチを持ちながらゆっくりと右に向きを変えていった。すると大体、百八十度ぐらいの辺りで少し反応が強くなる。
「こっちみたい」
そう言いながら私は歩き出す。メーメルは無言のまま私のあとをついてきた。
少し先に進んだ辺りで四人の姿がみえた。
二人は地面に伏せている。あとの二人は、その中央に立っていた。
「立っている一人は、ムドルじゃ」
「じゃあ、もう一人は?」
「うむ、誰かの匂いに似ておる。しかし、これは……。かなり強者の威圧感。ここまで伝わってくる。いったい何者じゃ」
そうこう言いながら私とメーメルは、恐る恐る近づいていく。
「でも、ブローチの反応……強くなってるよ」
「髪色は違うが、装備など……グレイの物と似ておる」
「……まさか、でも……」
私はグレイに似た男の人に視線を向ける。
ブローチの反応また強くなった。でも、目の前にいるのは……。
そう思いながら四人の姿が大体、確認できるぐらいの位置まで来て立ちどまった。
するとグレイに似た男の人が何か詠唱している。それを私は、ジーっとみていた。
メーメルが私の右隣りにくる。そして、難しい顔をしながらグレイに似ている人の方をみていた。
どうしたんだろうと思った。だけどグレイに似た男の人の方が気になり、そっちに視線を戻す。
グレイに似た男の人が詠唱し終えると魔法陣が現れる。その後、姿を変えた。
「えっ!?」
それをみた私は、視線の先で何が起きたのかと自分の目を疑う。
そう視線の先には、グレイが立っているのだ。
「なるほどのう」
そう言いながらメーメルは納得している。
私は何が起きているか理解できずにグレイの方へ駆け出した。そのあとをメーメルが追ってくる。
そして現在――私は、グレイとムドルさんのそばまで来て問いかけた。
グレイのこと、今の状況などを聞く。
「ルイ……どこからどこまで、みていた?」
「詠唱している辺りからだけど……どういう事なの?」
そう問うとグレイは険しい表情になる。
「そうか……隠せないな。このことは後で話す。これを、どうにかしないとならないからな」
グレイは蹲って苦しんでる二人を順にみた。
「デビルミスト、じゃな」
「メーメル様。ええ、そうです」
「ムドルさん、デビルミストって何?」
そう私が聞くとグレイとムドルさんとメーメルは、そのことを簡単に説明し始めた。
私は三人からデビルミストについて簡単に聞いた。
デビルミストとは、かつてグレイが居た国に現れた厄災の一部。それに憑依された者は、怪物のようになる。
そして目の前に居る二人は、それが体内に入り込んでいるらしい。
……って、こんなことしてる場合じゃ!?
そう思いながら苦しんでいる二人を順にみた。
他にも厄災は存在するみたいだけど、それはあとで話してくれるらしい。
「早く、あの二人を助けないと」
「いや、あの二人は……もう助からない」
グレイは私から目を逸らし下を向き難しい顔をする。
「そんな……じゃあ……」
そう言われ私は悲しくなった。そう、この二人を始末しないといけないと思ったら涙が出てきたのだ。
「……。やらなきゃならない。誰かがな」
グレイは一度、私をみたあと背を向けた。
どうしたんだろう?
この時、グレイが何を考えていたのか分からない。だが、なぜかグレイの背中から悲しみが伝わってきた。
もしかしたらグレイも、こんなことをしたくないのではと思う。だけど、誰かがこれをやらないといけないから……。
「……そうだね。誰かが、やらないと犠牲が増えちゃう」
そう言うと私は涙を手で拭った。
「そうですね。さて、行動に移しますか」
ムドルさんはそう言いながら、苦しんでる二人の方を向く。
「妾にやれることはなさそうじゃな」
「はい、メーメル様の手を煩わすほどではないかと」
「うむ、任せたのじゃ」
メーメルとムドルさんの会話を聞いていて凄いと思った。主人とそれに仕える者、そうだとしてもここまで信頼し合えるのかと……。
恐らく私には無理だ。
そう思いながらグレイをみる。
なぜかグレイがこっちを向いた。それと同時に、目が合う。見つめ合った。空気が重い。間が……。
「……待ってくれムドル」
何を思ったのかグレイは、私をみたままムドルさんを静止させた。
「待て、とは……どういう事ですか? この状況下で」
「試したいことがある。ルイ、お前の能力……何を覚えている?」
それを聞きムドルさんは振り返り私をみる。
「なるほど……そういう事ですか」
「能力……どうだったかな? プレートみてみるね」
「頼む。その間、俺とムドルはトゼルとあの男を監視している。だが、間に合わない時はやるしかない。だから、なるべく急いでくれ」
そう言うとグレイは、リーダー風の男の人の方に向かった。
ムドルさんは、トゼルとかいう人の所に歩み寄る。
コクリと私は頷いた。
その後、私は左手首に嵌めている腕輪をみる。その腕輪の紫の魔石に右手を添えた。すると魔法陣が描かれ空間に亀裂が入る。そこからプレートを取り出し異空間を閉じた。
そして私は、急いでプレートを持ち直しみる。
私はプレートに描かれている小さな魔法陣を触った。するとプレートが発光する。発光し終えるとステータスが書き換えられていった。
★名前:ルイ・メイノ ★年齢:16 ★職業:受付見習い兼、冒険者 ★特殊能力:見極め
★LV:5 ★HP:5000 ★TP:0 ★MP:250
★攻撃力:2500 ★防御力:5000 ★武器:剣 ★○○…………――――
書き換えられたステータス画面を、サッとみる。
んー、レベル5になってる。どういう基準なんだろう? まぁいいか。それよりも、これだけ上がってれば何か覚えてるよね。
そう思いながら特殊能力の★に触れた。その後、下の空きスペースに書き込まれていく。
何個か覚えてるみたいだけど……。今、使えそうなのって……どれだろう?
そうこう考えながらみていると、ある能力のことが書かれた場所で目がとまる。
【遠距離サーチ】って、攻撃じゃないよね。だけど説明項目には、他の能力と組み合わせることができるって書いてある。
私は悩んだ。この能力をどう使ったらいいのかと……。
攻撃スキルがあれば……ん? そう言えば【有効対象照準点】があった。だけど、どうだろうなぁ。
……組み合わせた場合の効果とか分からないのかな?
そう思いながら【遠距離サーチ】の説明文を読んでいく。すると、下の方に【組み合わせ効果】という項目があった。
その項目の先頭に表示されている★を触ってみる。
なるほど、そうか……とりあえず、最初は単体で使ってみよう。
そう考えがまとまると、リーダー風の男の方に右手を向けた。
《遠距離サーチ!!》
そう言い放つ。するとリーダー風の男の情報を読み取っていき、私の脳裏にそのイメージが浮かび上がってくる。
その情報の中からデビルミストについての事柄だけ探しみつけた。
これ意外に頭が痛くなりそう。要らない情報も入ってくるし。ハハハハハ……。
汗がポタリと落ちる。
んー、これかな? そうなんだ。そういう事かぁ。じゃあ、このデビルミストって……。
そう思いながらリーダー風の男とトゼルっていう人を順にみた。
もしかしたら追い出せるかも。だけど……失敗したらどうなるの? そこまで、書いてなかったと思ったけど。
それに追い出したあと、あのデビルミストをどうするの? 一人で考えてても分からない。それにこれって、どう考えたって一人じゃ無理だし。
そう思考を巡らせる。そして、みんなに相談することにした。
「ねぇ、もしかしたらなんとかなるかもしれない。だけど、私だけじゃ無理なの」
「分かった。何をすればいい」
そう言いグレイは、そのままの体勢で私の方に視線を向ける。
「私も問題ありません。なんでも言って下さい」
ムドルさんは、トゼルっていう人をみながらそう言う。
「うむ、妾にもできることだと良いのじゃが」
それを聞き私は三人を自分の方に呼ぶと、何をするのか説明したのだった。
私は三人に、これから何をして、どう行動するのかを伝えた。
「なるほど……。それが可能なら、やる価値はあるな」
「そうですね。それに……その方法が、何かと良いかと思われます」
「そうじゃな。それが良い」
そう言い三人は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃあ、やるね」
そう私が言うと三人は持ち場についた。グレイはリーダー風の男、ムドルさんがトゼルっていう人の側で待機する。その中央ではメーメルが両手を広げ身構えた。
それを確認した私は、鞘に収まったままの剣を構える。
どっちからにしよう? んーグレイの方は、あとでもいいかぁ。
そう思うと剣をトゼルっていう人の方に向けた。すると緑の点が現れる。
あとは……。
《遠距離サーチ!!》《見極めレベル1!!》
と、連続で言い放った。
ヨシ、いい感じ……。
トゼルっていう人の情報が入ってくる。と同時に、緑の点が示した場所である背中へと目掛け素早く動いた。
そしてトゼルっていう人の側までくる。即座に鞘に収まったままの剣を、緑の点が表示された背中へと目掛け思い切りあてた。
「うげぇぇぇ!?」
トゼルっていう人は奇声を上げ叫んだ。
すると漆黒の霧が体内から出てくる。だけど、またトゼルっていう人の体内に入ろうとした。
それをみたメーメルは、魔族語らしい言葉を使い早口で詠唱をする。と左手に魔法陣が現れ、そこから黒い鎖が放たれた。
その黒い鎖はトゼルっていう人を捕らえる。それを確認するとメーメルは、クイッと左手を動かした。
すると黒い鎖はトゼルっていう人を捕らえたままメーメルの方に向かってくる。
その間ムドルさんは、外に追い出されたデビルミストを見据えた。それと同時に、体全体で風圧を起こす。そして、デビルミストをこの場から少し遠ざける。
ムドルさんは、即座に動き飛ばしたデビルミストの方に向かう。
それを視認した私は即、リーダー風の男にも同じことをした。
リーダー風の男の体内からデビルミストが出る。
その後メーメルは、魔族語らしい詠唱をすると右手の前に魔法陣が現れ黒い鎖が放たれた。
その黒い鎖は、リーダー風の男を捕らえる。それと同時に、右手をクイッと動かす。黒い鎖は、捕らえたリーダー風の男を引きずりメーメルの方に戻った。
それを確認したグレイは、剣を抜き身構えるとデビルミストを見据える。
メーメルはそれをみると、黒い鎖に繋いだままの二人を魔法で宙に浮かし私の方へ向かってきた。
その後、私とメーメルは二人の邪魔にならない場所に移動する。そしてそこから、二人をみていたのだった。
大丈夫かな? グレイ……。
ここはタータム草原。ムドルは自分が飛ばしたデビルミストを追いかけ、数百メートルの位置まで来ていた。
「さて、慎重に対処しなければ……私も危ないですので」
デビルミストとの間合いを取りつつ、ムドルは身構える。
(相手は霧状とはいえ、呪詛系。霊体とも、また違いますので……どう戦うかですが)
そう考えている暇もなくデビルミストは、ムドルの方に向かいきた。
それをみたムドルは慌てて回避する。
「ふぅー、気をつけなければ……本当に厄介ですね。考える暇もくれないとは……」
そう言いムドルは、デビルミストに右手を向けた。するとデビルミストは、ムドルの方にくる。ムドルは険しい顔で後ろに逃げる。
「悠長に詠唱もできません。これは……困りましたね。ですが、余り距離をおくと逃げられかねませんし……さて、どうしたら良いでしょうか」
ムドルは悩んだ。デビルミストが自分に向かってくるのを回避しながら。
(アンデット系であれば、対処法も簡単。ですが相手は、呪い的なもの。それが人為的な物か、自然現象なのかは分かりませんが)
そうこう思考を巡らせていた。
「逃げ回っている訳にもいきませんね。実戦で使うのは初めてですが、この魔法の他にないですし」
そう言うとムドルは、フゥーッと息を吐く。そして、キッとデビルミストを睨みつける。
再びデビルミストに右手を向けた。デビルミストはムドルに向かいくる。そのままの体勢でムドルは回避する。
それを何度も繰り返しながらムドルは、言いずらそうに詠唱し始めた。
《無と有 此処あらざるもの 形なき存在 奇なる呪い 我、願う 其の存在を消し去られたし!!》
そう言い放つと、デビルミストの周囲を覆うように魔法陣が展開されていく。
ムドルはデビルミストに右手を向けたままの体勢を保っている。だが、苦痛な表情を浮かべていた。
(これは……かなり、キツいです。魔力だけでも大量に減る。それだけではない。体力も、保つかどうか……。集中するだけでも、やっとですし)
ジッとデビルミストをみる。額から、タラリタラリと汗が落ちた。
デビルミストは展開された魔法陣に囲まれ逃げられない。
(あと少し……保って、下さい。クッ……ハァハァ、ハァ……)
かなりつらそうだ。だが、それでも集中は途切れさせまいと必死である。
すると全ての魔法陣が、デビルミストを覆い包んだ。
それを確認するとムドルは、右手をそのままデビルミストに向けながら左手を添える。
そして両手で三角形を作り、デビルミストに向け最後の魔力を使い魔法を放った。
その魔法は漆黒の光を発しながら、デビルミストの周囲にある魔法陣へ向かいあたる。
すると魔法陣が眩く光った。
「ギョエェェェー!?」
奇妙な声で叫びデビルミストは、魔法陣の中で暴れる。だが、徐々にその奇妙な声が小さくなり暴れなくなった。
それを感知したかのように眩い光を放っていた魔法陣は、パッと消える。
「や、やったのですか……」
ムドルはデビルミストの消滅を確認すると安心した。それと同時に、バタンとその場に力尽き倒れる。
私はグレイを心配しながら、ムドルさんの方をチラチラみていた。
凄いムドルさん。だけど、大丈夫かな?
倒れたムドルさんが心配だ。そう思っていると青ざめた顔でメーメルは私の方を向く。
「ルイ、この二人を頼むのじゃ。妾は……」
そう言いメーメルは、拘束した二人をこの場に置いてムドルさんの方に急ぎ向かう。
メーメル、そうだよね。諦めたって言っても、やっぱり心から好きな人が目の前で倒れたら……。私だって……グレイ……。
グレイのことが心配になる。私は視線をグレイの方に向けた。
――場面は変わり、グレイフェズが居る地点――
グレイフェズは剣を構えながらデビルミストとの間合いを取っている。それだけではなく、徐々に泪から遠ざかっていた。
(もう少し、ルイから遠ざけた方がいいだろう。だが、油断はできない。慎重に行動しなきゃな)
チラチラと泪の方をみる。デビルミストがグレイに近づく。それをグレイは回避し後退した。
「クッ、あぶねえ。フウ~、油断も隙もない。そろそろいいか……」
そう言うと剣を構え直しデビルミストを見据える。デビルミストがグレイフェズのそばまでくる。それをみたグレイフェズは、後ろに飛ぶ。それを繰り返しながら詠唱をする。
《光の精 聖なる炎 剣に宿り 我、命令す 浄化対象を滅せられたし!!》
そう言い放つとグレイフェズの剣の柄を握る両手が、ピカッと激しく光った。
それと同時にグレイフェズの手の周囲を魔法陣が、円を描き回りながら展開されていく。
魔法陣が展開し終える。すかさず光る炎が現れ、あっという間に剣を覆いつくす。
(ヨシ、いけそうだ)
それを確認すると即座に剣を左斜め下に構える。
瞬時に一歩、前に踏み込む。と同時に即、向かいくるデビルミストに向け剣を右斜め上に振り上げる。
するとその剣はデビルミストを真っ二つに斬った。斬られたデビルミストは、光の炎に覆い包まれる。
元の一個体に戻ろうとした。だが、戻れず。
「ギョエェェェー!?」
そう奇声を上げながら、光の炎に焼き尽くされ消滅した。
それを確認したグレイフェズは、ガクッと膝を付き肩で息をする。
「ハァ、ハァ……やったのか……」
そう言い、ハァハァと息を整えた。そして剣を地面に突き刺す。それを杖の代わりに、ゆっくり立ち上がる。
その後グレイフェズは、泪の方を向いた。そして、泪の方へ向かい歩き出す。
泪は安心した表情でグレイフェズをみている。
――場面は変わり、泪が居る場所――
「グレイ……」
私は改めて思った……グレイが強いという事。そしてこの人を一生……ううん、師匠と慕おうと……。
そしてグレイの方に駆け出す。
グレイもこっちに向かってくる。
「ルイ、大丈夫か?」
「うん、私は平気だよ。でも、グレイこそ大丈夫なの?」
そう言い私は、グレイの傍まできた。
「俺こそ問題ない」
「そっかぁ、良かった」
そう言うとグレイは、優しい表情で私をみつめる。私もグレイをみつめた。
「ルイ!」
グレイは、なぜか私に抱きつく。
「え、グレイ……えっとこれって?」
そう聞くとグレイは私の耳元で囁いた。
「喋るな……今は、このままこうしていたい」
ウンと頷く。私を抱きしめるグレイを、チラッとみる。顔を赤くしながらもグレイは、悲しげな表情を浮かべていた。
どうしたんだろう。急に、こんなこと……。なんかつらそうな表情だけど、グレイ大丈夫かな?
ってか、この状態……凄く、恥ずかしい。それに顔がほてってきた。ドキドキしてる。グレイ……いつまでこのままの体勢でいるつもり、かな。
――いつの間にか私は、グレイの背中に手をまわし抱きついていた。