聖女召喚に巻き込まれて異世界に召喚されたけど、ギルドの受付嬢の仕事をみつけたので頑張りたいと思います!!

「ムドル、これはなんのつもりだ?」

 そう問われムドルさんは、ベルべスクを睨む。

「それは、私の言う台詞です。厄災を人為的に起こして国を滅ぼそうなど、どういうつもりですか?」

「厄災……何のことだ? オレは……ただ、偶々ここに居て……あーいや……」

 そうベルべスクが言いかけるとムドルさんは更に睨みみる。グレイもベルべスクを睨んでいた。


 もしかして二人共、私のことで怒ってるの?


 そう思い嬉しくなる。

「みたことは許せませんが……。そのことを今、責めている時間はない。厄災のことは、だいたい分かっていますので。お前にはやってもらいたいことがあります」

「何をやらせるつもりだ?」

「簡単なことです。偽情報を、お前の上司シュウゼルに流して頂くだけのこと」

 強い口調でムドルさんがそう言う。

「偽情報……なんのだ?」

「勿論、お前がこの町でやっていたことをですよ」

「オレが何をしたって? そもそも、どこにその証拠がある!」

 それを聞いたムドルさんは、ベルべスクの胸倉を掴んだ。

「証拠か……ああ、勿論ある」

「あるなら、みせろ。それとも……」

 そう言いながらもベルべスクは、明らかにムドルさんから目を逸らし怯えている。

「証拠ですか。出してもいいですが……」

 ムドルさんはそう言いベルべスクの顔の右側スレスレの壁を右拳で殴った。見事に壁は、その部分だけ破壊される。

「ヒィッ! 分かった……お前が本気になったら、オレの命がなくなる」

「それが分かっているなら、私のことを怒らせないでください」

「ああ……だが、命の保証はしてくれるんだろうな。シュウゼル様に嘘の情報を流すってことは……」

 ベルべスクはそう言い顔中から汗がダラダラ流れ落ちた。

「裏切ることになる。それだけじゃない、お前の命もなくなる訳だ。だが、私が保証してやる義理はないのですけれど。さて、どうしましょうか」

 そう言いながらムドルさんは、私たちの方に視線を向ける。

「保障か。俺は、ソイツになんの義理もない。決めるのはムドル、お前に任せる」

「妾もムドルに任せるのじゃ」

「うむ、私にはそれを決める権利などない」

 そう三人が言い私は、考えたあと頷いた。

「私も、ムドルさんに任せます!」

「分かりました。それでは、私の一存で進めたいと思います」

「ムドル、その顔は……何をするつもりだ!」

 それを聞きムドルさんは、ニヤリと笑い口を開く。

「いえ、何もするつもりはありません。そうですね……条件付きで、お前の命の保証をしようか」

「条件付き? ……分かった。だが、どうすればいい」

「簡単ですよ。ルイさんに謝罪してください。そしてこれから先、私たちの言う事を聞いて頂きます」

 そう言われベルべスクは、悩んでいるみたいだ。

「謝罪……もしかして、あの人間の……」

 ベルべスクはそう言い私の方をみるなり、タラリと鼻血を垂らした。

 それをみたムドルさんとグレイは、ベルべスクの顔を同時に殴る。

 私はベルべスクだけじゃなくグレイとムドルさんにも、自分の裸をみられたことを思い出す。

 そして私は恥ずかしくなり、頭を抱え(うずくま)った。
 ここはマルべスウム国。スルトバイスの中央部に位置する、ビヒェレン大陸の北西側にある国だ。

 この大陸は遥か昔、人間国の領土でありビレブラン帝国が支配していた。だが色々あり、過去に転移してきた勇者と聖女に一度この大陸の首都は壊滅されている。

 それもあり人間はこの大陸から別の地に移り住んだ。

 そのためこの大陸には魔族のみが住み着いている。そしてこの大陸には三つの国が存在し、その一つがマルべスウムだ。

 マルベスウム国には、ほぼ森林はなく岩山に囲まれている。国の北西側の高台には、漆黒の色をしたルべルスト城が建っていた。

 その城の地下には、祭壇の部屋がある。この部屋では、数名の魔族の神官が血で描かれた魔法陣の周囲に立っていた。

 そこから北側の壁際には濃い紫色の長い髪をした魔族の男が、黒々とした球状の水晶を持ち目の前の魔法陣をみつめている。

 この魔族の男性が魔道士長シュウゼル・デスルグだ。

「そろそろ時刻だが、タルキニアの町はどうなっている。ベルべスクが戻ってくる様子も連絡さえない。何かあった訳ではないだろうな」

 そうこう考えていると手首の腕輪が光る。そして、魔法陣が展開された。

 それに気づきシュウゼルは、腕輪に手を添える。

「ベルべスクか?」

 “はい、シュウゼル様”

「そっちはどうなった? ことを済ませたなら戻ってこい」

 そうシュウゼルが言う。

 “承知いたしました。ですがムドルにみつかってしまい、逃げています。城に転移してしまえば、この計画がダークルスティ国の王にバレてしまうかと”

「なぜ人間国にムドルが……あヤツは厄介だ。お前が逃げ切れるかは分からぬが、できるだけ遠くに逃げろ。それと……しばらく戻ってこなくていい」

 “分かりました。そう、させて頂きます”

 そう言うとベルべスクは通信を切った。

 それを確認するとシュウゼルは、水晶をみながら考え始める。

(ムドルが、なぜあの国にいる。……どこまでこのことについて気づいた。気になる……しかし、ことを起こすことが先だ。このことは、あとで考えるか)

 そう思い目線を魔法陣に向けた。



 ――場所は変わり、タルキニアの町にある市場街の空き家――


 あれからムドルさんは、ベルべスクに謝罪させる。そのことに対し私は、許すが恥ずかしくなりメーメルの後ろに隠れた。

 その後、ベルべスクに連絡をさせる。


 そして現在、ムドルさんはベルべスクと話をしていた。

「……ムドル。本当に大丈夫なんだろうな?」

「ああ、これで大丈夫なはず。シュウゼルは、それほど頭のいいヤツじゃないですから」

「これから、どうするつもりだ?」

 そう聞かれムドルさんは、私たちの方を向きみる。

「そうですね。そんなに時間がありません。ですので、急ぎ策を練りましょうか」

 そう言いながらムドルさんは、ベルべスクを立たせ腕を掴み私たちの方へ向かってきた。
 ここはバールドア城のティハイドが居る部屋。だが既にシュウゼルの配下の者により、自分の領土であるアクロマスグの屋敷に転移しここには居ない。

 ここに居るのは、間の抜けたような顔をしているカイルディだけだ。

「これは、どうしたことでしょう? なぜティハイド様がおられないのか……。部屋の外には、二人の兵士に見張らせていました」

 そう言いながら窓際に向かう。

「変ですね。窓から外に抜け出した訳でもありません。それに……」

 カイルディは悩んだ。

(……もしなんらかの方法で、気づかれずに抜け出したとして……なんのために? 考えていても分かりません。これは至急、陛下に御伝えしなければいけませんね)

 そう考えがまとまるとこの場を離れ大臣クベイルのもとへ向かった。



 ――場所は変わり、タルキニアの町の市場街にある空き家――


 あれから私たちは、これからどう行動するか話し合っている。

「そうだな……やっぱり、急いで城に向かった方がいいだろう」

「そうですね。ただ、どこに厄災の魔法陣が仕掛けられているか分かりません」

「確かにな。でも、ここで考えていても仕方ない」

 それを聞き私は、もしかしたら自分の能力でどうにかなるんじゃないかと思った。

「ねぇ、私の能力でどうにかならないかな?」

「その手もあるな。だが、大丈夫か?」

「大丈夫か分からない。だけどやらないよりも、いいんじゃないのかなって思うんだよね」

 そう私が言うとグレイとムドルさんとメーメルとコルザは頷く。ベルべスクは首を傾げている。

「そうだな……そうするしかないか」

 そう言うもグレイの表情は、なぜか暗く俯いていた。

「そうですね。できればルイさんには、ここに残って頂きたかったのですが……その方法しかありませんし」

「そうじゃな。それで、妾も行ってよいのかのう?」

「メーメルは、あとから来てくれ。コルザ様とそこに転がってる男を、ドルバドスさんに引き渡してからな」

 そうグレイが言うとメーメルは、コクリと頷く。

「ムドル、ベルべスクはどうする?」

「私が監視します。嫌ですが、放っておく訳にもいけませんし」

「ムドル、その嫌そうな顔はなんだ。別にいいんだぞ、オレはお前とじゃなくてもな!!」

 そう言うとムドルさんは、ムッとしベルべスクの胸倉を掴んだ。

「別に私も……お前を、ここで殺してもいいのですよ」

 そう言われベルべスクは、ブンブンと首を横に何度も振った。

「ヒッ! いい、お前と一緒で……」

 それを聞きムドルさんは、ベルべスクのことを解放する。

「じゃあ、これでいいな」

 そうグレイが言うと私とムドルさんとメーメルは頷いた。ベルべスクは頷くも明らかに不貞腐れている。

 そして私たちはその後、行動に移したのだった。
 ここはセシアズム草原。そしてバールドア城の近くだ。

 私とグレイとムドルさんとベルベスクは、一旦ここに転移してくる。勿論、ムドルさんの転移魔法でだ。

「ここから二手に分かれる」

「グレイ、清美のところにも行きたい」

「清美……もしかして聖女のことか?」

 そう問われ私は頷く。

「そうだな……だが、状況次第じゃ無理かもしれない」

「そうですね。ですが厄災の魔法陣を解除できれば、その必要もなくなります」

「でも、会えるなら……」

 私は城の方を向いた。

「どうだろうな。恐らく、会わせてくれないだろう」

「それは不思議ですね。なぜ合わせてあげられないのですか?」

「それは……」

 何か言いかけてグレイは黙り込む。私は、どうしたんだろうって思った。

「言えないという訳ですか。それはルイさんと関係あることですね」

「ああ、そうだ。まぁ言っても問題ないか。ルイが巻き込まれ召喚された訳が分かるまでは、城に近づけるなと言われてる」

「なるほど……用心のためですね」

 それを聞きグレイは頷く。

「この国は、他の国よりも小さい。財政もいい訳じゃないからな。それでもなんとかやっている。だから得体の知れない者、国に害ある者かもしれない者を城に置けないってことだ」

「そうだったんだね。確かに国を守るためには仕方ないと、私も思う」

「ルイ、すまない。俺はお前の監視役として……」

 グレイはつらい表情でそう言いかける。

「監視役、か。そうだよね、国が心配だから……」

「だけど俺は、今も今までも監視役として……お前と接したことなど一度もない」

 グレイの表情は真剣そのものだ。

「ありがとう、グレイ。うん、そうだね。私はグレイの弟子だもん」

「……そ、それは……そうだな。お前は、手の焼ける弟子だ」

 そう言いグレイは笑う。私は苦笑いをした。

 その後なぜか、私とグレイはみつめ合う……。

「ゴホンッ! 何、自分たちの世界に浸っているのですか……それもこんな時に」

 ムドルさんは私とグレイをジト目でみる。

「そうだな。とりあえず、撤去作業からやる。ルイ、頼む!」

「うん、分かった。厄災の魔法陣がある場所を、特定すればいいんだよね」

「そうですね。特定できれば、解除しやすいですから」

 それを聞き私は頷き、バッグの中からプレートを取り出し何が有効か考えた。


 そうだなぁ……今、覚えているのだと。見極めレベル3の【探し見極めて場所を特定する】と、遠距離サーチを使った方がいいかな。


 そう考えがまとまるとグレイとムドルさんをみる。

「使うスキル、決まったよ」

 そう言い私はバールドア城の方をみた。
「ルイ、いけそうか?」

 そう聞かれ私は頷いた。

「成功するかは分からないけど、やってみるね」

 それを聞きグレイとムドルさんは、真剣な顔で頷く。

 私はバールドア城がある方に両手を翳した。

 《遠距離サーチ!!》《見極めレベル3!!》

「厄災の魔法陣を探して!!」

 そう言い放つと私の右手が光った。それと同時に、右手からビームのようなものが無数に放たれる。

 そのビームのようなものは、枝分かれしてバールドア城の方に飛んでいった。

 あとは頭に情報が入ってくるだけだ。だけど、情報が入ってくる様子がない。

「あれ? 変だなぁ。情報が入ってこない」

「どういう事だ? まさか、失敗したんじゃないよな」

「おかしいですね。本当に能力は発動したのですか?」

 そう聞かれ私は頷いた。どうしてだろうと思い考えていると、ベルべスクが私のバッグを指差す。

「バッグが光ってるぞ」

 そう言われ私はバッグをみる。

「あっ、バッグの中で何か光ってるみたい……なんだろう?」

 私はバックの中を覗いた。すると、プレートが発光している。それをみた私は、プレートをバッグから取り出した。そしてグレイ達にみせる。

「どういう事だ? プレートに書き込まれている」

「そうですね。元々こういう仕様なのではないのですか?」

「ううん、違うと思う。だけど、プローブを単独で使った時はプレートに書き込まれたから……」

 そう言うとグレイやムドルさんは首を傾げた。

「どういう事なのかは分からない。だが、プレートに書き込まれているなら……やり易いんじゃないのか?」

「そういえば、そうだね。じゃあ、プレートに書かれている情報をみてみる」

 私はプレートを調べ始めた。


 ちょっと待って! これって急がないと……間に合わないかも。


 そう思い私はプレートを、グレイとムドルさんとベルべスクにみせる。

「これは……おかしい。予定より早められたのか?」

「ベルべスク、その様子じゃ知らなかったみたいですね」

「ああ、まだ時間があったはずだ。だが、早められたとすれば……何かあったのかもしれない。それと仕掛けたヤツらが、撤退する前に早めていったんだろうな」

 ベルべスクはそう言い城の方を向いた。

「急いだ方がいい。だが間に合うか分からない」

「それでもやろうよ。どうにかしないと、このままじゃ……」

「ルイさんの言う通りですね。やれるだけやってみましょう」

 そうムドルさんが言うとベルべスクは嫌そうな顔をする。それをみたムドルさんは、ベルべスクを睨みつけた。

 ベルべスクはそれをみて、ビクッとして怯える。

「そうだな。ここで手をこまねいてもしかたねえ……やるか」

 そうグレイが言うと私たちは頷く。

 そしてその後、私たちは予定の通り、二手に分かれバールドア城に侵入したのだった。
 ここはバールドア城の広場付近。ここには、民衆に紛れ込んでいる人間の姿のムドルとベルべスクがいる。

 そうあれから二人は、魔族のままじゃ中に入れないだろうと人間の姿に変えた。その後、バールドア城の広場にくる。


 現在ムドルとベルベスクは、泪のプレートから写し書き記した紙を確認しながら、広場の西側に向かっていた。

「グレイの言う通り簡単に潜り込めました。それにしても、いくら式典のためとはいえ警備が緩すぎます。まぁそれを知っていて今日なのでしょう、が」

「そういう事だ。だがなぜシュウゼル様は、人間と手を組んでこんなことをするのか分からない」

「言われるまま従ってたってことですか」

 そう言われベルべスクは頷く。

「ああ、今シュウゼル様は城の地下で魔法陣の発動を待っているはずだ」

「ちょっと待て! シュウゼルは、アクロマスグのティハイドの屋敷に居る訳じゃないのですか?」

「いや、シュウゼル様はルべルスト城に居る」

 それを聞きムドルは不思議に思った。

「ルイさんが調べた限り、厄災の発生源となる場所はアクロマスグのはずです」

「それで合っている。おおもとは、そこだからな」

「どういう事だ? 発生源がそことは……」

 そう問われベルべスクは真剣な表情になる。

「良くは知らない。だが確か……誰かの屋敷の近くで、その厄災のことが記された物が出て来てどうのこうのっていうのを聞いた」

「なるほど、そうなると……シュウゼルではなく、ティハイドが首謀者という事になりますね」

「そうだろうな。恐らくシュウゼル様は利用されている」

 それを聞きムドルは遠くに視線を向けた。

「なぜ魔族は、こうも利用される。昔は、そうでもなかったはずです」

「そうだな。かつての魔族は、人間が恐れるほどだった」

「だが今は、恐れられるどころか……私たちが人間に気を使って生きている。それはそれで良いのですが……」

 そう言うとムドルは「ハァー」っと溜息をつく。

「まぁ、それに付け込んでくる連中ばかりじゃないけどな」

「そうですね。このことは、あとでルイさんたちにも伝えることにしましょう」

 ムドルはそう言い目的の場所へと向かった。そのあとをベルべスクが追いかける。



 ――場面は変わり、バールドア城にある城壁の東の外側――


 私とグレイは、あれからローブを着た。その後、フードを深々と被りここまでくる。

「ルイ、今はそれほど警備が厳重じゃない。だが、気づかれないように気をつけて進む」

「うん、分かった……気をつけるね」

 そう言うとグレイは、ニコッと笑みを浮かべた。

「じゃあ、行くぞ! 手はず通り俺が中から扉を開ける」

 そう言いグレイは、鉤縄を振り回し城壁の上にフックを引っ掛ける。と同時に、音を立てずに上って行く。その姿をみた私は、かっこいいけど原始的だなと思った。

 その後、グレイは上まで登ると鉤縄を回収する。そして姿を消した。多分、下に降りたんだと思う。

 私はグレイが扉を開けてくれるのを、まだかなぁと思い待った。すると扉が開きグレイは私に、こいと手招きをする。

 それを確認すると私は、グレイの方に歩み寄った。

「なんか変だ。警備が少なすぎる」

「それって、どういう事?」

「俺も分からない。厄災のことは知られてないと思う。知られていれば、もっと大騒ぎになっているはずだ」

 そう言いながらグレイは考えている。

「じゃ、それ以外の何かが城で起きたってことなの?」

「恐らくな。もしかしたら、厄災を起こす時間が早まったのも……そのせいかもしれない」

「そうだとしたら、どうするの?」

 そう問いかけるとグレイは、私の顔をみて口を開いた。

「厄災を放っておけない。このまま撤去作業をする」

「うん、私もその方がいいと思う」

 それを聞いたグレイは真顔で頷く。

 そして私とグレイは城壁の内側へ入って行った。
 ここはアクロマスグのティハイドの屋敷。周囲には、様々な店や商業施設が並んでいた。勿論、住宅街もある。

 このアクロマスグは一応、町なのだが畑が多く農村地帯だ。

 だが畑でとれる作物だけではなく、錬金術にも力を入れている。そのため特殊な製品などが店に並んでいた。それを求めて各国の商人がこの町に訪れ賑わう。


 そして、ここティハイドの屋敷の近くに建てられている教会のような建物内。その奥の広い部屋の中には、ティハイドがいる。

 ティハイドは祭壇の上に置いてある四角の箱をみていた。四角い箱の置かれている祭壇には、血で描かれた魔法陣が描かれている。

「いよいよだ。時刻になればあの箱が開き魔法陣が展開される。そうなれば、バールドア城からタルキニアの町の範囲で厄災が解き放たれ壊滅……」

 そう言いティハイドは「ハハハハハ……」と笑った。それは室内中に響き渡る。

「ティハイド様、あと少しでこの国が手に入るのですね」

 黒っぽい銀色で長い髪の男性がそう言いながら、出入口からティハイドの方へ向かってきた。

 この男性は、ティハイドの優秀な配下の者で、カロム・キョセルである。

「カロムか。留守中、何もなかっただろうな」

「はい、民衆はいつも通り穏やかに過ごしております」

「そうか、それならいい。このことに関しては、知らない方がいいからな」

 それを聞きカロムは頷いた。

「そうですね。ですが、ここまで手の込んだ魔法陣を組むのは……流石に困難でした」

「すまなかった。お前にしか、これを頼める者がいなかったからな」

「そうでしょうか。私よりもフウルリスクの方が、技術は上のはず」

 そう言われティハイドは、首を横に振る。

「あれは、駄目だ。確かに魔法に関しては、知識や技術ともにかなりのものだろう。だからこそ裏の仕事に適している。いざという時の判断も、言わずともできるだろうからな」

「確かにそうですね。そういえば、フウルリスクの姿がみえません」

「恐らく、どこかに転移したのだろう。そのうち、ぶらりと帰ってくる」

 ティハイドはそう言い溜息をついた。

「そういえば、以前も何度かそのようなことがありましたね」

「そういう事だ。あれのことを心配するだけ疲れる。それよりも今は、この計画を成功させなければならない」

「はい、楽しみです。ティハイド様がこの国を支配し王となられ……その後のことも」

 そう言うとカロムは、ニヤリと笑みを浮かべる。

「まあ、これが成功せねばそれも叶わぬのだがな」

「そうですね。それでは、定位置に着き待機したいと思います」

 カロムはティハイドに一礼をすると祭壇の南側で待機した。

 それを確認するとティハイドは祭壇をみつめる。
 刻々と……その時が近づく――



 私はグレイと入って来たところから、一番近い厄災の魔法陣がある場所にいる。

「解除の方法は、ベルべスクに聞いている。あとは撤去するだけだ」

「そうだね。描いてある魔法陣の一部でも消せば、発動しない」

 そう言うとグレイは頷いた。

「ああ、そういう事だ。サッサとやるぞ」

 そう言われ私は頷きプレートを確認する。そして小屋を指差しグレイに教えた。

「あの小屋の東側で、木や草が生い茂ってる壁の辺りだよ」

 それを聞いたグレイは小屋の方に向かう。そのあとを私は追った。

 グレイは小屋の所までくると、私が指示した場所を見回す。

 その後、バッグから水のような液体が入った容器を取り出した。そして蓋を開けると、木や草が生えている辺りにその液体をかける。

 その液体がかかった地面の一部が光った。それは魔法陣だ。

 私は凄いと思った。

「それ普通の水じゃないんだね」

「これか……聖水液だ」

 そう言いながらグレイは魔法陣を足で無造作に消す。

 それを聞き私は思った。


 聖水液? それって聖水だよね。それに聖水なら魔法陣自体、消えるんじゃないのかな……。


 そう突っ込みを入れようかと思ったけど、面倒なのでやめる。

「聖水液かぁ。それって、どういう効能があるの?」

「ん? これか。魔法などが仕掛けてあれば、さっきみたいに浮かび上がる」

「そ、そうなんだね。普段、使うことってあるの?」

 そう聞くとグレイは首を横に振った。

「いいや、ない。今回のように、罠などを探す時に使うぐらいだ」

「そっかぁ。でも、便利ではあるよね」

「そうだな。それはそうと、急ぐぞ」

 そう言われ私は頷く。

 グレイは私をみて微笑んだ。

 その後、私とグレイは別の場所へ向かった。



 ――場面は変わり、バールドア城の西側にある倉庫付近――


 あれからムドルとベルべスクはここにくる。

「紙に書かれている場所は、この辺ですね」

「そうだな。この辺は、草だらけで分かりづらい」

「確かに……。そうですね、あのアイテムを使いますか」

 そう言うとムドルは、ポケットからルーペのようなものを取り出した。


 そのルーペのようなものは【魔眼鏡(まがんきょう)】と言う。

 そう隠された罠や、みえない魔法陣などを探しみることのできるアイテムである。


 ムドルは、魔眼鏡に魔力を注いだ。すると魔眼鏡のレンズが発光する。

 それを確認するとムドルは、魔眼鏡を地面に翳しながら探し始めた。

 すると少し先の方で光る。それをみて二人は、その場所に向かった。

 光った場所までくるとムドルは、更に魔眼鏡で魔法陣を探す。

 翳した魔眼鏡が強く光る。それを視認したムドルは、魔眼鏡に魔力を注ぐ。すると地面が光、魔法陣が浮かび上がってきた。

「ありましたね」

「ああ、そうだな。あとは、これを消すだけだ」

 そう言いながらベルべスクは、浮かび上がった魔法陣を足で無造作に消す。

「とりあえず、一つ目は消せました」

「だが、まだある。それを消さないとな」

 それを聞きムドルは頷く。

 そしてその後、二人は別の場所へと向かったのだった。



 ――そして時は待ってくれず、刻々と過ぎていく……。
 刻々と時間が過ぎていく……。



 ――時間との闘い。泪とグレイフェズ……ムドルとベルべスクは、あれから着々と厄災の魔法陣を撤去していった。だが残ってる魔法陣の数が多く、まだ全て消し終わっていない。

 時間が迫ってくる。それでも泪たちは、ひたすら魔法陣を探し消していく……。



 ――ルべルスト城ではシュウゼルが、描かれた魔法陣をみつめ、時がくるのを今か今かと待っている……。



 ――その頃アクロマスグにいるティハイドは笑みを浮かべながら、魔法陣が描かれた祭壇の上の箱をみていた。祭壇の南側ではカロムが待機している……。



 ここはバールドア城。そしてその時がきた。

 泪たちが、ひたすら魔法陣を撤去するも間に合わず……残りの魔法陣は眩い光を放ち展開されていく。

 広場の民衆は、何が起きたのかと……ただ呆然とみていた。

 魔法陣が展開されるのをみてグレイは、間に合わなかったと思い悔しがる。

 泪はどうしたら良いのか分からなくなり、泣きそうになっていた。

 そんな中ムドルとベルべスクは、なぜか冷静である。そして二人は、泪とグレイが居る東側へと向かう。



 ――場所は、ルべルスト城へと移る――


 城の地下では、血で描かれた魔法陣が光って浮かび上がった。そして魔法陣が、展開されていく。数名の魔導師たちは、その魔法陣に目掛け魔力を注いでいる。

 そんな中シュウゼルは、魔法陣に黒い水晶を掲げ、魔族語で詠唱していた。

 《他の地と(ランイロ)現の地(デノンイ) 異の(ヒン)空間(ムフマノ) 一つから(シロマタ)無数の(クユフン)(ヒロ) (ナネ)命じる(テヒビツ) それらを(ヨネタヌ)繋げ(ルワデ)られたし!!(タネラリ)

 そう唱え終える。

 すると魔法陣が黒く光を放ち、更に展開されていく。



 ――場所は変わり、ティハイドの屋敷に隣接している教会風の建物――


 祭壇の上に描かれた魔法陣が発光する。

 それを確認したカロムは、詠唱し始めた。

 《別次元と現次元 封印されし厄 我、命ず その封印を解き それらを他の地へ解き放たれたし!!》

 そう言い放つ。すると描かれた魔法陣が赤黒く光る。それと同時に、祭壇の上の箱が光を放った。

 その箱の蓋が開く。箱を覆うように、描かれた魔法陣が浮かび上がり展開される。

 次いで、開いた箱から黒い光が放たれ魔法陣が展開されていく。と同時に箱を覆っていた魔法陣は、更に光を強めた。

 箱から現れた魔法陣から黒いものが解き放たれる。それらは祭壇の魔法陣へと吸い込まれていく。



 ――その箱から解き放たれた黒いもの……厄災は、ここアクロマスグの祭壇の魔法陣を通りルべルスト城の祭壇の魔法陣へ移動した。

 その後、厄災はルべルスト城の魔法陣を通り……バールドア城に仕掛けられた魔法陣から外に解き放たれる――