聖女召喚に巻き込まれて異世界に召喚されたけど、ギルドの受付嬢の仕事をみつけたので頑張りたいと思います!!

 ここはバールドア城の広場より南東側。フウルリスクは警備の手薄そうな、裏口にある用水路の出入口の方に向かっていた。

 するとフウルリスクの目の前を、二人の兵士が話しながら通りすぎる。

 その話をフウルリスクは聞き逃さなかった。

「……聖女が城から抜け出したって……どうなっている? 何がなんだか分からない……でも、とりあえず知らせておきますか」

 そう思いながら近くの茂みに隠れる。それから周囲を確認した。

「ヨシ、大丈夫そうだな」

 そう言うと左手の腕輪に手を添える。



 ――場所は変わり、ティハイドの居る部屋――


 あれからティハイドは、今か今かと式典が始まるのを待っていた。

(まだか……なぜ、まだ始まらん。それに、フウルリスクから連絡がこない。何をやっているのだ!)

 そう思いながら座っているソファーの背もたれを、ドンッと右拳で叩く。

 その時、左手首の腕輪が光る。そして魔法陣が展開された。それに気づき腕輪に左手を添える。

「フウルリスクか?」

 “はい、ティハイド様”

「何か分かったのか?」

 そうティハイドは問う。

 “そのことなのですが、聖女が城から居なくなったみたいです”

「聖女が、失踪した。ほう、これは面白い。だが、計画はそのまま遂行する。いいな!」

 “承知いたしました”

 そう言うとフウルリスクは通信を切った。

(聖女が消えた、か。まあその方が、やり易い。さて、私はどうする? このまま聖女がみつからなければ、式典は中止。
 そうなれば、ここに居る意味がなくなるな。撤退を早めても、問題ないだろう)

 そう考えがまとまると左手の腕輪に右手を添える。すると魔法陣が浮かび上がった。

「シュウゼル、私だ」

 “ティハイドか……どうした?”

「聖女が消えた。恐らく式典は中止になる」

 そう言うとティハイドは窓の方を向く。

 “そうなると、そこに居る理由はないな”

「ああ、そういう事だ。至急、迎えをよこせ」

 “分かった。少し待て……”

 そう言いシュウゼルは通信を切る。

「さて、あとのことは任せておけば大丈夫だ。転移用のペンダントも持たせてあるしな」

 そう言いニヤリと笑みを浮かべた。



 ――場所は変わり、用水路の旧出入口――


 清美とサクリスは出入口から外へ出る。

「多分、大丈夫だと思うけど気をつけて行こう」

「うん、そうだね」

「それとこの大勢の中に紛れれば外にでれると思う」

 そう言われ清美は大勢の人が集まる広場をみた。

「凄い人数。これみんな、式典のために集まったの?」

「勿論、そうだよ。キヨミをみたくて集まって来た人たち」

「そうか、なんか申し訳ない気がしてきちゃった」

 それを聞いたサクリスは、呆れた表情をする。

「そんなこと言ったら、ここまで来た意味がなくなる」

「そうだね。ここまで来たんだから、後戻りなんかできない」

 そう清美が言うとサクリスは頷いた。

「じゃあ行くよ!」

 そう言いサクリスは、清美の手を取り広場の人込みの方へ向かう。

 だが、その途中で清美はフウルリスクとぶつかる。

「イタッ、ごめんなさい」

 清美はサクリスの手から離れよろけ倒れそうになった。

「あっ、すまない。大丈夫ですか?」

 そう言いフウルリスクは、倒れかけた清美を抱きかかえる。

「キヨミ大丈夫?」

「うん、平気だよ。この人が支えてくれたから」

 そう言い清美は、体勢を立て直しフウルリスクに視線を向けた。

 そして二人は顔を赤らめ見つめ合っている。

(なんて綺麗なんだ。この世の者とも思えないほどに美しい。……まさか、聖女。あり得なくはない。でも……)

(えっと……どうしたんだろう、私。なんかドキドキしてる。目と目が合っただけなのに……変だ、顔が熱い)

 サクリスは、ムッとした表情でフウルリスクをみた。

「ありがとうございます。私共は急いでいますので、キヨミ様いきましょう」

「待ってくれ、もしかして……君が聖女か?」

 そう問われ清美は焦る。サクリスは警戒し睨む。

(警戒している。この様子だと間違いないな。まさかこんな所で、出逢うなんて……これって運命か? もしそうならこの人を救いたい。
 だけど……そうなると、ティハイド様を裏切ることになる。しかしそれでも、これは価値があることなんじゃ)

 そう考えフウルリスクは、決心し片膝をつき清美の右手に口づけをした。

「聖女さま。この城から出たいのですよね?」

「お前、何者だ? それに城の者でもないのに、なぜそのことを知っている」

 そう聞かれフウルリスクは、立ち上がりサクリスの方を向く。

「そうでした。名乗るのが礼儀ですね。ボクは、フウルリスク・ペシアと申します。聖女さまが居なくなった噂は、偶々そこですれ違った兵士の話を聞いたから」

「そうなのですね。私たちのことを、知らせるのですか?」

「いいえ、そのつもりはありません」

 フウルリスクがそう言うとサクリスは首を傾げる。

「それって、どういう事だ?」

 そうサクリスが問うとフウルリスクはその理由を話し出した。
 フウルリスクは真剣な表情で話し出した。

「知らせない理由は、聖女さま……貴女に一目惚れしたからです」

 そう言いフウルリスクは清美に熱い視線を送る。

 それをみたサクリスは、庇うように清美の前に立ちフウルリスクをジト目でみた。

「おい! 一目惚れ……それだけの理由で知らせないって、おかしいだろう。それにキヨミが、お前みたいなヤツを好きになると思っているのか?」

 そう言いサクリスは、チラッと清美をみる。……明らかに清美の顔は、茹蛸のように赤くなっていた。

「あ、ええと……私。その……多分、私も……フウルリスクさんの……こと。す、好き……かもです」

 そう言い清美は、恥ずかしくなり「キャッ!!」と顔を覆い(うずくま)る。

「キヨミ! そ……そうだとしても、それだけの理由で知らせず助ける。それをキヨミが、納得しても……オレは認めない!」

 サクリスはフウルリスクを睨みつけた。そうサクリスは半分、嫉妬していたのだ。自分も清美が好きなのに、なんで男というだけでこうも違うのかと思う。


 ――いやいや、それだけじゃないと思いますが……――


 それを聞いたフウルリスクは、哀れな目でサクリスをみた。

「なるほど、貴女は女性でありながら聖女さまのことを……。そうですねぇ、好きに男も女もありません。想うのは自由ですが、理論上では叶うことのない恋です」

「そ、それは……。いや、そんなことが言いたいんじゃない。なんでオレ達を助ける?」

「やはり、それだけの理由では納得してくれませんか。仕方ありませんね……ここで起きようとしていることを話した方がいいようだ」

「ここで起きようとしていること? それって……」

 清美は不安になり、辺りを見渡しながら立ち上がる。

「これからこの国……いいえ、この城からタルキニアの町までの範囲の者すべてが厄災により滅びます」

「ちょっと待って、滅ぶってどういう事だ? それも……厄災で……」

「なぜそのことを、フウルリスクさんが知っているの?」

 そう清美に聞かれフウルリスクは、どこまでを話せばいいか悩み始めた。

「話すしかないようですね。本当は知られないまま、聖女さまの傍にと思ったのですが」

 そう言い遠くをみつめフウルリスクは軽く息を吐いた。

「ボクはとある方の指示で、この城の周辺に結界を張っておりました」

「結界? 何のためにだ」

「厄災が、他の範囲に広がらないためにです」

 それを聞き清美とサクリスは、ムッとしフウルリスクをみる。

「もしかして、厄災は人為的におこせる。その手伝いをフウルリスクさんが、していたという事なのですか!」

「はい、そうです。仕事とはいえ、やってはいけないこと。ですが、あの方には逆らえない」

「仕方なかった……と言いたいのか?」

 そうサクリスに問われフウルリスクは、首を横に振った。

「それを言えば、言い訳になる。ですが聖女さまとここで会い……ボクは、運命だと思い決心しました。あの方を裏切り、聖女さまを救いたいと」

「それを信じろというのか?」

「そうですね。それが普通の反応……だけど、聖女さまを救いたいと思う気持ちは本当です」

 そう言いフウルリスクは、真剣な眼差しで清美をみつめる。

「フウルリスクさんの気持ちは分かりました。それより、もしそれが事実だとしたら……この国の人たちはみんな……」

「厄災により滅びる。それを止めることはできないのか?」

 フウルリスクはそう問われ申し訳なさそうに下を向いた。

「ボクの力では無理です。他の者が、厄災を起こす魔法陣を仕掛けていますので」

「お前の他にも居るって訳か」

「そういう事になります。ですので、ここはこの場から離れた方がいい」

 それを聞き清美は首を横に振る。

「いいえ、ここは残ってみんなを救うのが先です」

「それは無理です。予定の時刻はまもなく。ですので、早くこの場から撤退しませんと」

「フウルリスクの言う通りかもな。もしその話が事実なら逃げた方がいい」

 そう言われ清美は涙目になっていた。この状況をどうにかしたい。だけど今の自分の力で、どこまでやれるか分からなかったからだ。

「そうだね。そうするしかない。でも、どうしよう……泪のこと」

「ルイという方のことを、ボクは知りません。今はその方のことを知り、助けるだけの時間もない」

「そうだな。それで、ここから撤退する手段は?」

 そう聞かれフウルリスクは、この場から撤退する方法を話し始めたのだった。
 フウルリスクは、どうやってここから撤退するのかを説明し始めた。

「ボクの持つ転移のペンダントで、ここから別の場所に移動します」

 そう言いながら首に下げているペンダントを清美とサクリスにみせる。

「そういうアイテムがあるってのは知っていた。だが、実物をみるのは初めてだ」

「これで別の場所に移動できる。本当にそんなことが可能なの?」

「ええ、勿論です。そろそろこの場を離れましょう。他の者にみつかっては厄介ですから」

 フウルリスクは周囲を警戒しながらそう言った。

「そうだな。転移場所は決めてるのか?」

「決めていますよ。ここよりかなり遠い国になりますがね」

「そうなると、泪に会うことができなくなる。やっぱり、私……」

 そう言い清美はつらそうな表情で下を向く。

「そこまで貴女に想われる、そのルイという人が羨ましい。どんな男性なのでしょう」

「ううん、泪は女性だよ。私と一緒に、この世界に召喚されて来たの」

「ホッ! そうなのですね……という事は、巻き込まれてこの世界にですか。なるほど、一度会ってみたい。ですが残念ながら、今は無理です」

 フウルリスクはガッカリする。

「その通りだ。それにルイのそばには副隊長が居るから大丈夫だと思う。あの人を怒らすと怖いけど、強いし判断力に決断力もある。だから、もし何かあればなんとかしてくれるはず」

「そうなんだね。信じるしかないのかぁ……心配だけど、決断するしかない」

 そう言うと清美は、不安な表情を浮かべ遠くに視線を向けた。

(泪、ごめん。心配だけど……大丈夫だよね。私にどうにかできる力があれば……)

 そう思うも清美は、こんなことを考えていたら駄目だと思い気持ちを切り替える。そして、キリッとした表情へと変化した。

「……そうだね、行こう」

 そう清美が言うとフウルリスクとサクリスは頷く。

「では、急ぎましょう」

 そう言いながらフウルリスクは、二人に自分の腕にしがみつくように伝える。

 サクリスは明らかに嫌そうな表情で左腕にしがみついた。

 片や清美は、ドキドキしながら右腕にしがみつき顔を赤らめている。

 それを確認するとフウルリスクは左手をペンダントに添え魔力を注いだ。するとペンダントが発光する。

 《我が思う場所に転移されたし!!》

 そう言い放つ。

 それと同時にフウルリスクは、聖女と勇者の発祥の地である大陸、緑の大地と言われている【カリスワイブ】の遥か南東側にあるファルトス草原を脳裏に思い浮かべた。

 それを感知しペンダントが光を放ち魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣は三人の真下に移動し大きくなった。それと同時に魔法陣から光が真上に放たれる。

 そして清美とフウルリスクとサクリスの姿は、その場から残像と共に消えた。
 ここはタルキニアの町にある市場街。そこの空き家の中で私は、グレイとムドルさんとメーメルとコルザと話をしていた。

「うむ、それは面白いかもしれぬのじゃ」

「ああ、ただこのベルべスクがすんなり言う事を聞いてくれるかだ」

「それなら、大丈夫です」

 そう言いムドルさんは、ベルべスクをみる。 

「ムドル、何か考えがあるのか?」

「ええ、考えもありますが。恐らく、私の魔族の姿をみれば言う事を聞いてくれるでしょう」

「どういう事だ? 何か曰くがありそうだな」

 そう言われムドルさんは頷いた。

 なぜかメーメルは首を傾げている。

「それは、そうですね……昔、色々あったとだけ言っておきましょう」

 ムドルさんはそう言い苦笑した。

「その様子じゃ。あまり言いたくないみたいだな」

「そうですね。できることなら……」

「まぁいい。それよりも急ごう」

 なぜかグレイは、ムドルさんのことについて無理に聞こうとしない。

「ベルベスクを起こす前に、元の姿になっておきますか」

 そうムドルさんが言うとなぜかコルザは、ワクワクしている。

 ムドルさんは、両手を目の前に翳す。そして魔族語で詠唱した。

 すると魔法陣が展開していき、そこから黒い光が放たれる。その黒い光は、ムドルさんを覆い包んだ。黒い光が消えると魔族の姿へと変わる。

「ほう、それがムドルの本来の姿という事か」

 そう言いコルザは、目を輝かせてムドルさんをみた。

 それを聞いたムドルさんは頷く。

「ええ……。では、ベルベスクを起こします」

 ムドルさんがそう言うと、私とグレイとメーメルとコルザは頷いた。

 それを視認するとムドルさんは、床に横たわっているベルベスクのそばに近づく。そして無造作にベルべスクの体を掴むと壁の方に連れて行った。

 ベルべスクを床に座らせると壁に寄りかからせる。するとムドルさんは、ベルべスクの頭に右手を乗せ魔族語で詠唱し始めた。

 詠唱し終えるとベルべスクの頭の上に魔法陣が展開される。その魔法陣は展開されながらベルべスクの真下へと移動した。

「これでいいでしょう。簡単な治療をしましたので目覚めるはず」

 そう言いながらムドルさんは、中腰になりベルべスクを覗きみる。

「んー……う、ううんー……」

 ベルべスクは唸りながら徐に瞼を開いていく。と同時に、目の前のムドルさんをみて驚き顔が青ざめた。

「な、なんでムドル……お前がここに居る!?」

「さぁ、なんででしょうか。それよりも、お前には色々と聞きたいことが沢山あります。それとやって頂くことも、ね」

 そうムドルさんが言うとベルべスクは、明らかにビクビク震え怯えている。

 それをみた私は、なんでベルべスクがこんなに怯えているんだろうと思った。
「ムドル、これはなんのつもりだ?」

 そう問われムドルさんは、ベルべスクを睨む。

「それは、私の言う台詞です。厄災を人為的に起こして国を滅ぼそうなど、どういうつもりですか?」

「厄災……何のことだ? オレは……ただ、偶々ここに居て……あーいや……」

 そうベルべスクが言いかけるとムドルさんは更に睨みみる。グレイもベルべスクを睨んでいた。


 もしかして二人共、私のことで怒ってるの?


 そう思い嬉しくなる。

「みたことは許せませんが……。そのことを今、責めている時間はない。厄災のことは、だいたい分かっていますので。お前にはやってもらいたいことがあります」

「何をやらせるつもりだ?」

「簡単なことです。偽情報を、お前の上司シュウゼルに流して頂くだけのこと」

 強い口調でムドルさんがそう言う。

「偽情報……なんのだ?」

「勿論、お前がこの町でやっていたことをですよ」

「オレが何をしたって? そもそも、どこにその証拠がある!」

 それを聞いたムドルさんは、ベルべスクの胸倉を掴んだ。

「証拠か……ああ、勿論ある」

「あるなら、みせろ。それとも……」

 そう言いながらもベルべスクは、明らかにムドルさんから目を逸らし怯えている。

「証拠ですか。出してもいいですが……」

 ムドルさんはそう言いベルべスクの顔の右側スレスレの壁を右拳で殴った。見事に壁は、その部分だけ破壊される。

「ヒィッ! 分かった……お前が本気になったら、オレの命がなくなる」

「それが分かっているなら、私のことを怒らせないでください」

「ああ……だが、命の保証はしてくれるんだろうな。シュウゼル様に嘘の情報を流すってことは……」

 ベルべスクはそう言い顔中から汗がダラダラ流れ落ちた。

「裏切ることになる。それだけじゃない、お前の命もなくなる訳だ。だが、私が保証してやる義理はないのですけれど。さて、どうしましょうか」

 そう言いながらムドルさんは、私たちの方に視線を向ける。

「保障か。俺は、ソイツになんの義理もない。決めるのはムドル、お前に任せる」

「妾もムドルに任せるのじゃ」

「うむ、私にはそれを決める権利などない」

 そう三人が言い私は、考えたあと頷いた。

「私も、ムドルさんに任せます!」

「分かりました。それでは、私の一存で進めたいと思います」

「ムドル、その顔は……何をするつもりだ!」

 それを聞きムドルさんは、ニヤリと笑い口を開く。

「いえ、何もするつもりはありません。そうですね……条件付きで、お前の命の保証をしようか」

「条件付き? ……分かった。だが、どうすればいい」

「簡単ですよ。ルイさんに謝罪してください。そしてこれから先、私たちの言う事を聞いて頂きます」

 そう言われベルべスクは、悩んでいるみたいだ。

「謝罪……もしかして、あの人間の……」

 ベルべスクはそう言い私の方をみるなり、タラリと鼻血を垂らした。

 それをみたムドルさんとグレイは、ベルべスクの顔を同時に殴る。

 私はベルべスクだけじゃなくグレイとムドルさんにも、自分の裸をみられたことを思い出す。

 そして私は恥ずかしくなり、頭を抱え(うずくま)った。
 ここはマルべスウム国。スルトバイスの中央部に位置する、ビヒェレン大陸の北西側にある国だ。

 この大陸は遥か昔、人間国の領土でありビレブラン帝国が支配していた。だが色々あり、過去に転移してきた勇者と聖女に一度この大陸の首都は壊滅されている。

 それもあり人間はこの大陸から別の地に移り住んだ。

 そのためこの大陸には魔族のみが住み着いている。そしてこの大陸には三つの国が存在し、その一つがマルべスウムだ。

 マルベスウム国には、ほぼ森林はなく岩山に囲まれている。国の北西側の高台には、漆黒の色をしたルべルスト城が建っていた。

 その城の地下には、祭壇の部屋がある。この部屋では、数名の魔族の神官が血で描かれた魔法陣の周囲に立っていた。

 そこから北側の壁際には濃い紫色の長い髪をした魔族の男が、黒々とした球状の水晶を持ち目の前の魔法陣をみつめている。

 この魔族の男性が魔道士長シュウゼル・デスルグだ。

「そろそろ時刻だが、タルキニアの町はどうなっている。ベルべスクが戻ってくる様子も連絡さえない。何かあった訳ではないだろうな」

 そうこう考えていると手首の腕輪が光る。そして、魔法陣が展開された。

 それに気づきシュウゼルは、腕輪に手を添える。

「ベルべスクか?」

 “はい、シュウゼル様”

「そっちはどうなった? ことを済ませたなら戻ってこい」

 そうシュウゼルが言う。

 “承知いたしました。ですがムドルにみつかってしまい、逃げています。城に転移してしまえば、この計画がダークルスティ国の王にバレてしまうかと”

「なぜ人間国にムドルが……あヤツは厄介だ。お前が逃げ切れるかは分からぬが、できるだけ遠くに逃げろ。それと……しばらく戻ってこなくていい」

 “分かりました。そう、させて頂きます”

 そう言うとベルべスクは通信を切った。

 それを確認するとシュウゼルは、水晶をみながら考え始める。

(ムドルが、なぜあの国にいる。……どこまでこのことについて気づいた。気になる……しかし、ことを起こすことが先だ。このことは、あとで考えるか)

 そう思い目線を魔法陣に向けた。



 ――場所は変わり、タルキニアの町にある市場街の空き家――


 あれからムドルさんは、ベルべスクに謝罪させる。そのことに対し私は、許すが恥ずかしくなりメーメルの後ろに隠れた。

 その後、ベルべスクに連絡をさせる。


 そして現在、ムドルさんはベルべスクと話をしていた。

「……ムドル。本当に大丈夫なんだろうな?」

「ああ、これで大丈夫なはず。シュウゼルは、それほど頭のいいヤツじゃないですから」

「これから、どうするつもりだ?」

 そう聞かれムドルさんは、私たちの方を向きみる。

「そうですね。そんなに時間がありません。ですので、急ぎ策を練りましょうか」

 そう言いながらムドルさんは、ベルべスクを立たせ腕を掴み私たちの方へ向かってきた。
 ここはバールドア城のティハイドが居る部屋。だが既にシュウゼルの配下の者により、自分の領土であるアクロマスグの屋敷に転移しここには居ない。

 ここに居るのは、間の抜けたような顔をしているカイルディだけだ。

「これは、どうしたことでしょう? なぜティハイド様がおられないのか……。部屋の外には、二人の兵士に見張らせていました」

 そう言いながら窓際に向かう。

「変ですね。窓から外に抜け出した訳でもありません。それに……」

 カイルディは悩んだ。

(……もしなんらかの方法で、気づかれずに抜け出したとして……なんのために? 考えていても分かりません。これは至急、陛下に御伝えしなければいけませんね)

 そう考えがまとまるとこの場を離れ大臣クベイルのもとへ向かった。



 ――場所は変わり、タルキニアの町の市場街にある空き家――


 あれから私たちは、これからどう行動するか話し合っている。

「そうだな……やっぱり、急いで城に向かった方がいいだろう」

「そうですね。ただ、どこに厄災の魔法陣が仕掛けられているか分かりません」

「確かにな。でも、ここで考えていても仕方ない」

 それを聞き私は、もしかしたら自分の能力でどうにかなるんじゃないかと思った。

「ねぇ、私の能力でどうにかならないかな?」

「その手もあるな。だが、大丈夫か?」

「大丈夫か分からない。だけどやらないよりも、いいんじゃないのかなって思うんだよね」

 そう私が言うとグレイとムドルさんとメーメルとコルザは頷く。ベルべスクは首を傾げている。

「そうだな……そうするしかないか」

 そう言うもグレイの表情は、なぜか暗く俯いていた。

「そうですね。できればルイさんには、ここに残って頂きたかったのですが……その方法しかありませんし」

「そうじゃな。それで、妾も行ってよいのかのう?」

「メーメルは、あとから来てくれ。コルザ様とそこに転がってる男を、ドルバドスさんに引き渡してからな」

 そうグレイが言うとメーメルは、コクリと頷く。

「ムドル、ベルべスクはどうする?」

「私が監視します。嫌ですが、放っておく訳にもいけませんし」

「ムドル、その嫌そうな顔はなんだ。別にいいんだぞ、オレはお前とじゃなくてもな!!」

 そう言うとムドルさんは、ムッとしベルべスクの胸倉を掴んだ。

「別に私も……お前を、ここで殺してもいいのですよ」

 そう言われベルべスクは、ブンブンと首を横に何度も振った。

「ヒッ! いい、お前と一緒で……」

 それを聞きムドルさんは、ベルべスクのことを解放する。

「じゃあ、これでいいな」

 そうグレイが言うと私とムドルさんとメーメルは頷いた。ベルべスクは頷くも明らかに不貞腐れている。

 そして私たちはその後、行動に移したのだった。
 ここはセシアズム草原。そしてバールドア城の近くだ。

 私とグレイとムドルさんとベルベスクは、一旦ここに転移してくる。勿論、ムドルさんの転移魔法でだ。

「ここから二手に分かれる」

「グレイ、清美のところにも行きたい」

「清美……もしかして聖女のことか?」

 そう問われ私は頷く。

「そうだな……だが、状況次第じゃ無理かもしれない」

「そうですね。ですが厄災の魔法陣を解除できれば、その必要もなくなります」

「でも、会えるなら……」

 私は城の方を向いた。

「どうだろうな。恐らく、会わせてくれないだろう」

「それは不思議ですね。なぜ合わせてあげられないのですか?」

「それは……」

 何か言いかけてグレイは黙り込む。私は、どうしたんだろうって思った。

「言えないという訳ですか。それはルイさんと関係あることですね」

「ああ、そうだ。まぁ言っても問題ないか。ルイが巻き込まれ召喚された訳が分かるまでは、城に近づけるなと言われてる」

「なるほど……用心のためですね」

 それを聞きグレイは頷く。

「この国は、他の国よりも小さい。財政もいい訳じゃないからな。それでもなんとかやっている。だから得体の知れない者、国に害ある者かもしれない者を城に置けないってことだ」

「そうだったんだね。確かに国を守るためには仕方ないと、私も思う」

「ルイ、すまない。俺はお前の監視役として……」

 グレイはつらい表情でそう言いかける。

「監視役、か。そうだよね、国が心配だから……」

「だけど俺は、今も今までも監視役として……お前と接したことなど一度もない」

 グレイの表情は真剣そのものだ。

「ありがとう、グレイ。うん、そうだね。私はグレイの弟子だもん」

「……そ、それは……そうだな。お前は、手の焼ける弟子だ」

 そう言いグレイは笑う。私は苦笑いをした。

 その後なぜか、私とグレイはみつめ合う……。

「ゴホンッ! 何、自分たちの世界に浸っているのですか……それもこんな時に」

 ムドルさんは私とグレイをジト目でみる。

「そうだな。とりあえず、撤去作業からやる。ルイ、頼む!」

「うん、分かった。厄災の魔法陣がある場所を、特定すればいいんだよね」

「そうですね。特定できれば、解除しやすいですから」

 それを聞き私は頷き、バッグの中からプレートを取り出し何が有効か考えた。


 そうだなぁ……今、覚えているのだと。見極めレベル3の【探し見極めて場所を特定する】と、遠距離サーチを使った方がいいかな。


 そう考えがまとまるとグレイとムドルさんをみる。

「使うスキル、決まったよ」

 そう言い私はバールドア城の方をみた。
「ルイ、いけそうか?」

 そう聞かれ私は頷いた。

「成功するかは分からないけど、やってみるね」

 それを聞きグレイとムドルさんは、真剣な顔で頷く。

 私はバールドア城がある方に両手を翳した。

 《遠距離サーチ!!》《見極めレベル3!!》

「厄災の魔法陣を探して!!」

 そう言い放つと私の右手が光った。それと同時に、右手からビームのようなものが無数に放たれる。

 そのビームのようなものは、枝分かれしてバールドア城の方に飛んでいった。

 あとは頭に情報が入ってくるだけだ。だけど、情報が入ってくる様子がない。

「あれ? 変だなぁ。情報が入ってこない」

「どういう事だ? まさか、失敗したんじゃないよな」

「おかしいですね。本当に能力は発動したのですか?」

 そう聞かれ私は頷いた。どうしてだろうと思い考えていると、ベルべスクが私のバッグを指差す。

「バッグが光ってるぞ」

 そう言われ私はバッグをみる。

「あっ、バッグの中で何か光ってるみたい……なんだろう?」

 私はバックの中を覗いた。すると、プレートが発光している。それをみた私は、プレートをバッグから取り出した。そしてグレイ達にみせる。

「どういう事だ? プレートに書き込まれている」

「そうですね。元々こういう仕様なのではないのですか?」

「ううん、違うと思う。だけど、プローブを単独で使った時はプレートに書き込まれたから……」

 そう言うとグレイやムドルさんは首を傾げた。

「どういう事なのかは分からない。だが、プレートに書き込まれているなら……やり易いんじゃないのか?」

「そういえば、そうだね。じゃあ、プレートに書かれている情報をみてみる」

 私はプレートを調べ始めた。


 ちょっと待って! これって急がないと……間に合わないかも。


 そう思い私はプレートを、グレイとムドルさんとベルべスクにみせる。

「これは……おかしい。予定より早められたのか?」

「ベルべスク、その様子じゃ知らなかったみたいですね」

「ああ、まだ時間があったはずだ。だが、早められたとすれば……何かあったのかもしれない。それと仕掛けたヤツらが、撤退する前に早めていったんだろうな」

 ベルべスクはそう言い城の方を向いた。

「急いだ方がいい。だが間に合うか分からない」

「それでもやろうよ。どうにかしないと、このままじゃ……」

「ルイさんの言う通りですね。やれるだけやってみましょう」

 そうムドルさんが言うとベルべスクは嫌そうな顔をする。それをみたムドルさんは、ベルべスクを睨みつけた。

 ベルべスクはそれをみて、ビクッとして怯える。

「そうだな。ここで手をこまねいてもしかたねえ……やるか」

 そうグレイが言うと私たちは頷く。

 そしてその後、私たちは予定の通り、二手に分かれバールドア城に侵入したのだった。