『私は──けんじゃ様の使いです』

 モグりんが真っ直ぐに見つめて告げてくる。

「まじかよ……」

 俺は思わず言葉を漏らしてしまう。
 同時に、その答えに胸の鼓動がいつもよりうるさく聞こえる。

 俺の森に来るきっかけであり、探し求めていた偉大な魔法使い──“けんじゃ”。
 それに近しい者が、いま目の前にいるなんて。

『納得してもらえましたか?』
「……っ」

 いきなりすぎて受け止めきれない事実だ。
 それでも、一番納得のいく答えには間違いなかった。

「ああ、ここまで詳しいのも納得した。だったら!」

 だから、この場は今やるべきことに目を向けようと思う。

「俺は、何をすればいい?」
『このダンジョンを開放してほしいです。これは、エアルさんにしか出来ません』

 そう言うと、モグりんは説明を始めた。

 現在、俺たちがいるのは朱色の大きな鳥居の前。
 ダンジョンの本体である、神社が見えているのはその奥だ。

 だが、この鳥居より先に進むことが出来ないらしい。
 進めないという事の意味がイマイチ分からなかったが、うちの連中の遊び心がそれを証明してくれた。

「え、どうして!?」
「進めません!」
『あははっ! 面白いわ!』

 リーシャ、スフィル、ドラノア。
 三人は、モグりんの話を聞くなり、鳥居に向かって走り出した。

 しかし、鳥居の中に足が入っていかない(・・・・・・・)
 必死に前へ足を踏み入れようとするも、鳥居を境界にして、また同じ場所に足が戻ってしまうのだ。

 ふざけてるのか、と思ってしまう程、その場で足をブラブラさせているだけに見える。
 傍から見てると滑稽(こっけい)な様子だが、彼らは本気らしい。

 これが“進めない”ということなのだろう。

「モグりん。あれはどうすれば?」
『鳥居には、見えない結界が張られています。それを弾くように魔力を体に張り巡らせる。簡単に言えば魔力操作です。簡単にはいかないかもしれませんが」
「……ふむ、わかった」

 モグりんの説明と共に、三人の遊びも終わり、いよいよ俺が鳥居へ向かう。
 三人と同じように、まずは足を上げて、敷地内へ侵入しようとする。
 ──が、すかっと足は同じ場所に着地した。

「なるほど」

 だが、足を敷地内に入れる瞬間に何かを感じることは出来た。
 では、湖で遊んだ時の様な『水除け』の要領で、魔力を張り巡らせてみる。

 そしてもう一度。

「!」

 すると今度は、俺の足は敷地内に侵入。
 意識してみると、案外できるもんだな。

『やはりエアルさんなら進めた……』

 後ろから聞こえたモグりんには反応せず、集中を切らさない。

 鳥居の先は、海でも潜っているような感覚だ。

 息も出来るし、何か動きに抵抗力があるわけでもない。
 でも圧迫感というか、何かが周りにあるなあって感じる、不思議な感覚。

「……」

 集中状態から、ただ前を見つめて、一歩足を上げてはゆっくり前に下ろす。
 段々と慣れてきたのか、どんどんスムーズに歩けるようになる。
 結界を弾く魔力を、最小限に抑えることで動きに軽さが出てきたんだ。

 こうして、探り探り体の表面に張り巡らせる魔力を調整していく中で、感覚が研ぎ澄まされていく。
 実際にやってみて、ようやく分かる微調整。
 これも経験値ってやつか。

 そういえば、スフィルのペンダントに張られた結界も、今の俺の状態みたいに薄~く膜を張っていたのかな
 出来るようになったか、帰ったら試してみよう。

 そうして──

「……来たけど」

 神社の本殿のような建造物の前まで辿り着く。

 さて、ここから何をすれば良いんだろう。
 けどまあ、これを見て思いつくことは……一つしかないよな。

「よいしょっと」

 俺は、上部に鈴が繋がれた(ひも)を掴み、参拝する要領で鳴らしてみる。
 すると、カランカランと前世では聞き馴染んだ音が聞こえる。

 それからは、よくしていたお参りだ。
 お賽銭(さいせん)……はないので、箱には魔力をポイっと投げ、「二拝二拍手一拝」。
 最後に祈願するのは「ジンジャを開放してください」、といったところか。

「……!」

 その瞬間、ふと周りからの抑圧がなくなった気がする。
 魔力を張り巡らせてはいても、プレッシャー的なものは感じ取っていた。

 これで……どうだろうか。
 と思って振り返ったのもつかの間──

「進めるわ!」
「本当です!」

 リーシャとスフィルが上げた声に反応して、ぞろぞろと仲間が入ってくる。
 付いて来ていた化け狐族の皆さんもびっくりだ。

『本当ね!』
『不思議なものよ』
「これがエアルの力……」

 ドラノア、フクマロ、コノハも鳥居から入ってくる。
 ……本当にこれで入れるのかよ。

『さすがですね』
「何が何だかって、感じだけどな」

 モグりんの問いにも、曖昧(あいまい)に答えた。
 自分でもまだ謎が残っているからだ。
 
 これが正しい開け方だったのか?
 本当にそうなら、日本に精通する者じゃとても無理だ。

 “日本の参拝を知っていること”が条件なのか、それとも“礼儀を知っている者”が条件で、参拝はあくまで開ける方法の一つに過ぎないのか……。

 けんじゃの意図はまるで掴めない。
 それでも今は、まだまだ遠く偉大な存在であるけんじゃに、一歩でも近づけた気がしたのが嬉しかった。
 
 あとは、お賽銭箱(さいせんばこ)の奥にある引き戸だけ。

「入りましょう。エアル」

 生き生きとした顔を見せるリーシャと視線を合わせる。
 思えば、俺がけんじゃと森に関することを追い求めて、リーシャは快く付いて来てくれた唯一の存在だ。
 彼女抜きでは、ここまでは辿り着けていないだろう。

『我も楽しみだぞ』
「行きましょう、エアルさん」
『さっさと行くわよ!』

 そうして、ひょんなことから友達になった友達、ラッキーハプニングから始まった友達、いつの間にか住み着いて今では友達の最強種族。
 
 そんなみんなと森の中で送るのは、騒がしくて賑やかながらも、のどかで自由気ままなスローライフ。

「開けるぞ」

 そしてその先に待っていたのは、そんなスローライフをさらに自分好みに発展させる、素晴らしいものだった。