「「「すみませんでした」」」
目の前には、土下座をかました化け狐族の皆さん。
「そういう事情なら大丈夫ですから! どうかお気になさらず、頭を上げてください」
今しがた、俺たちに矢を放ってきていた三人だ。
彼らが襲ってきた理由。
それは単に侵入者を排除しようとしたのではない。
どうやら俺たちが『フェンリルを連れていたから』らしい。
「申し訳ございません」
「お連れ様になんと無礼を」
それもそのはず、彼らはフェンリルを崇拝していたのだ。
ここにきて初めて『神獣フェンリル様』の威厳を見られた気がする。
だけど、フクマロは彼らの事を知らないよう。
何がどうなってフェンリルが崇拝されているのかは、まだ分からない。
その辺はこれから聞いてみるつもりだ。
とにかく、これ以上は敵対することがなさそうなので良かった。
「こんなところで話すのも悪いですので、どうか里内へ」
「ありがとうございます」
こうして、俺たちは無事に里内へ入ることができた。
「お、おお。これはまた……」
「雰囲気あるわね……」
俺に続いて、シャーリーも思わず声を漏らす。
しばらく奥に歩くと、里の姿が徐々に見え始めたんだ。
「幻想的だな……」
里へと続く道には、街灯のような明かりが点いている。
提灯みたいな形をした物が、直接木々に吊り下げられているんだ。
「家もすごいわよ」
整理された道と区画。
エルフの里よりもしっかりと作り込まれた木造建築。
それがまた、色んな意味で俺の目を惹く。
なんたって見た事のある形だからだ。
俺は思わず声に出していた。
「和風の家……?」
二階建ての構造に、三角の屋根。
チラリと中に見えるのは、襖に茶室など、まさに日本家屋と言える。
控えめに装飾されており、京都や鎌倉の古民家を思い浮かばせる『和』の家々。
派手さはないが、どこか厳かさがある。
「どういうことだよ……」
この異世界に『和風』という言葉は存在しない。
でも、ニホン出身の俺にはそう思わせる雰囲気が漂う。
周りの森の風景も相まって、侘び寂びというか、とにかく趣がある里だった。
「なんで……」
情景には反して、俺の頭は混乱するばかり。
たしかに『化け狐』も和を想起させる種族ではあるが……そんなのアリか?
「気に入ってもらえましたか?」
「というより、正直驚いています」
化け狐さんの問いにも、少し気後れ気味に返事をする。
俺の周りは「おおー」となんとなくすごいとしか感じていないけど、この光景は俺にとっては不思議でたまらない。
この先、何かとんでもないことが待っているのではないか。
そんな思いが俺の心を大きく占める。
そんな中──
「兵長!」
「どうした」
案内をしてくれている人に、里内から来た人が声を掛ける。
俺たちが相手をしていたのは『兵長』さんらしい。
「姫様の容態が!」
「……! 分かった、すぐ行く!」
どうやら里内で何かあったみたいだ。
兵長さんは焦った顔を隠せないまま、俺たちに振り返った。
「皆さん、すみませんが案内は他の者共に──」
「いや」
だけどそれには、フクマロが口を開く。
「良くない事が起きているのであろう。ならばこのエアルに相談するが良い。こやつは魔法に精通しておる」
「フェンリル様……。ほ、本当ですか?」
「我が嘘をつくとでも?」
フクマロの奴、なんだかんだ崇拝される側になりきってんじゃねえか。
でも、その恩恵はやはり大きいらしく。
「分かりました。どうかご同行願います」
化け狐さん達はすぐに助けを求めて来た。
こうなった以上、放っておくことはできない。
「もちろんです」
俺たちは里の奥地へと足を進めた。
「こちらです」
化け狐さん達に案内されたのは、里の最奥に建つ大きな屋敷だった。
赤茶色の屋根に、赤い柱や建物。
まるで沖縄の首里城を思わせる様な素晴らしい建物だ。
「これは……」
さすがに見惚れざるを得ないが、すぐにハッとしたように目的を思い出す。
そうだ、今はとにかく「姫様」と呼ばれる方の元へ行かなければ。
「この部屋になります」
「ありがとうございます」
そうして化け狐さんに案内されるがまま、俺達は一番大きな部屋へ。
その中央には、ベッドに一人の女性が横たわっていた。
「姫様、お連れ致しました」
「ケホッ、ケホッ。ありがとう」
ベッドに半身を入れて起き上がる彼女は、とても美しい。
輝く黒髪をしたその清楚な容姿は、美形ばかりの化け狐族の中でも、最も整っていると言っても良いだろう。
しかし、俺たちが来た時からも咳が止まらず、顔はやせ細っている。
容態が良くないというのは本当のようだ。
それでも上に立つ者としての責務なのか、姫様は俺たちを前にして歓迎する様子を見せる。
「伝承にあるフェンリル様に、お使いの方まで。わざわざありがとうございます。私は『コノハ』と申します。ぜひコノハとお呼びください。ケホ、ケホッ」
『大丈夫か、無理をするのではない』
「は、はい。ありがとうございます」
彼らはフェンリルを崇拝しているので、俺たちが付き人ということになっている。
こちらの方が都合が良さそうなので、このまま話を進めようと思う。
フクマロもここに来てから随分ノリノリだし。
『今からこのエアルという者がお主を少し調べる。良いか?』
「はい。フェンリル様と一緒にいる者ならばぜひ」
了承を得られたので、俺は早速そっと姫様──コノハの手に触れる。
まずは、魔力の流れを感知して異常がないかを探ることからだ。
「!」
すると、異常はすぐに分かった。
「これは……」
姫様の体内の魔力が弱すぎるんだ。
俺の五十分の一以下、下手したら人間の赤子よりも少ない可能性すらある。
これは病気と言うより“衰弱”だ。
「失礼ですが、普段は何を食べているのでしょうか」
「里で獲れる物でございます」
コノハがそう言うと、先ほどの兵長さんが即座に食物を持ってくる。
すごく気が利くな。
「うーん。特に問題はないか」
持ってきたのは、俺たちの住処でも獲れる野菜や魚、肉などもある。
決して悪い物には見えない。
ならば、ここは実際に見てみるしかない。
実際に食事をしてもらうことで、その後の魔力の流れを掴むべきだ。
「すみません、お腹が減っていないかもしれませんが、少し食べてもらうことは出来ますか?」
「は、はい。構いませんが……」
不思議そうにしながもら、コノハは用意された物を口に運ぶ。
その間、俺はコノハに触れたままだ。
「!」
そうして理解する。
やはりか……。
俺の推測は当たっていたようで、みんなへ向けて説明をする。
「コノハは、食物から効率的に魔力を摂取出来ないようです」
「「「……!」」」
俺の言葉に、化け狐族の皆さんは驚きを示す。
この世界の食事とは、魔力の摂取とほぼ同義。
もちろん空いたお腹を満たすためでもあるが、生物はそれと同時に魔力を摂取して日々のエネルギーにしている。
今分かったことは、コノハは「食べ物に含まれる魔力を体に入れると同時に、そのほとんどを逃がしてしまっている」ということ。
つまり、食物による魔力供給がうまくされていない。
これは、常に極度の貧血状態みたいなものだ。
そうなってしまう原因までは突き止められないが、これでは危ない。
「一先ず、俺の魔力を分け与えます」
「魔力を、分け与える……?」
ドラノアを鎮めた後にも行った魔力の分け与えだが、実はかなり高度な魔力操作の精度が要る。
俺以外で出来る者は見たことないし、コノハが疑問に思うのも無理はない。
「ちょっと刺激が強いかもしれませんが、どうか我慢を」
「刺激?」
一つ注意を入れて、コノハに魔力を流し込む。
「……!」
姫様は驚いて目を見開くと、段々と顔が惚けていってしまう。
やはり俺の魔力は、甘く誘惑するようなものらしい。
合法的に惚れさせようとかではないので、勘違いはしないでほしい。
これは助けるためにやっていることなんです!
「このぐらいで良いかな」
「……はっ!」
そうして手を離したところで、コノハはようやく我に返る。
だけど、その声の調子に現れている様に、先ほどまでとは打って変わって元気に見える。
顔色もかなり良くなった。
「姫様!?」
「あれ……私、なんだか元気みたいです」
「「「姫様ー!」」」
その様子を見た兵士さん達が、一斉に駆け寄った。
「さすがね、エアル」
『信じておったぞ』
『あたしの指示通りね!』
最後に一人訳の分からない事を言っているドラゴンがいるが、みんなも信じてくれていたようだ。
けどこれは、完全な解決ではない。
魔力は生活すれば消費してしまうからだ。
今のはあくまで一時的な応急処置であって、俺も常にコノハの隣にいてあげられるわけではない。
ならば、他に何か策を考える必要がある。
「どうするか……」
そう頭を悩ませる中で、ふいに足元の方から声がした。
『方法ならありますよ』
「!?」
その姿には思わず目を見開いてしまう。
下に目線を向けた先、何かをモグモグしながらそこにいたのは──
「モグりん?」
見た事のある小動物だった。
『方法ならありますよ』
ふと声が聞こえて、足元に目を向ける。
そこにいたのは、なんとリスのモグりんだった。
その姿に、俺とドラノアは同時に口を開く。
「一体どうやってここに──」
『アンタこの前はよくも──』
だけど、モグりんは丸くて小さな指を口元で立てる。
『しいー。今はそんな場合ではないと思います』
「……っ」
たしかにその通りだけど、相変わらずちょっと賢いんだよね。
というか今の口ぶり、ドラノアも知り合いなのか?
急に現れては急に消え、顔も広い本当に不思議なリスちゃんだ。
そうして落ち着いたところで、モグりんは再び口にした。
『もう一度言います。エアルさん、コノハ姫を助ける手段はあります』
「本当か!」
『はい。ですが、おそらくあなたにしか出来ないでしょう』
「どういうことだ?」
だが俺の問いには答えず、モグりんはコノハの方を向く。
『化け狐族の姫様。エアルさん達を、ダンジョンへ案内出来ますか?』
「……!」
その言葉に俺は思わず目を見開く。
──ダンジョン。
それは、まさに俺達がここへ来た理由。
スフィルからペンダントの話を聞き、すごい物が眠っているんじゃないかと予想していたんだ。
しかしコノハは、了承を渋っているように見える。
「案内は出来ますが、あの場所は……」
『エアルさんなら開けられるかもしれません」
「……! そういうことでしたら、わかりました」
だけど、モグりんに説得されたコノハ。
俺の治療も効いたのか、すっかり元気な様子でベッドから出てきた。
それからモグりんは、ちょいちょいと指で付いて来るよう合図をしてくる。
『エアルさん、姫様を助ける手段はダンジョンにあります。付いて来てくれますか?』
「もちろん」
元々探し求めてきたダンジョン。
コノハを助けるのにも必要とあらば、行くしかないだろう。
コノハの屋敷よりさらに奥へ進んだ先。
里からは少し離れ、家も見えなくなってくる中、俺たちは異様な道を進む。
「……」
石造りの道に、両サイドには進む者を囲うよう建てられた朱色の鳥居。
その数は多く、千本ほどあるかもしれない。
ますます“和”を思わせる道を進んでいく中で、話題はフェンリルのものになる。
「本当に伝承にあるフェンリル様に会えるとは。一生の光栄でございます」
「そういえばコノハ達は、どうしてフェンリルを崇拝しているんだ?」
「里に伝わる文献、この里が作られたとされる時の本に、フェンリル様の事が載っているのです」
コノハは思い出すようにしながら、書の一文を声に出した。
「曰く『フェンリルは至高。崇拝すべき神獣。そしてモフモフ』と」
「モフモフ!?」
だけど、俺は声を上げて反応してしまう。
だって、モフモフは前世由来の言葉だぞ。
偶然にそれっぽい擬音が重なって……とはさすがに考えにくい。
「その文献より、私達はずっとフェンリル様を崇拝しておりました。ですが、『モフモフ』という単語の意味だけはずっと分からず、里でも解釈が別れているのです」
「そ、そうですか……」
一応態度は取り繕うも、俺は自覚するほど動揺していた。
この里で見た、露骨なまでの前世との繋がり。
さらには、そのどれも「和」を想起させるようなものばかり。
もしかして俺は今、何かとてつもないものに足を踏み入れているのではないか。
そんな思考がずっと頭の中でぐるぐるしている。
そんな中──
「皆様、着きました。あれがダンジョンです」
「……!」
さらに驚愕すべきものが目に入ってくる
ずっと続いていた朱色の鳥居を抜けた先に建つ、一際大きな鳥居。
そしてその奥には、それとしか思えない建造物が建てられていた。
俺は自然に言葉がこぼれてしまう。
「あれは……神社?」
「あれは……神社?」
思わずそう口にしてしまう程、目の前に現れた建物には見覚えがあった。
鳥居と同じような朱色の柱に支えられ、上部には湾曲した特徴的な屋根が付いている。
派手さと厳かさ、その両方を併せ持ったかのような“神社”だ。
さらに言えば、神社の中でもかなり見覚えがある。
「……っ」
神社の手前には、二体の狐の像が置かれている。
細かな配置や造りは若干違っているものの、明らかに既視感がある。
思い出してみれば、ここまでの道のりも“千本”。
それを聞くと、前世のあの有名なスポットだったのではと思えてならない。
それらを踏まえて、今目の前にあるもの。
これは──京都の『伏見稲荷大社』だ。
「エアルは“ジンジャ”を知っているのですか?」
「え? ま、まあ……」
そうして自分の世界に入ってしまっていると、隣のコノハに尋ねられる。
ぽろっと出た言葉を聞かれていたみたいだ。
けど今はそれより、彼女ら化け狐族が神社を知っていることの方が気になる。
「あれは、本当に神社なのか?」
「はい。あれは、森にいくつか存在すると言われるダンジョンの中でも『ジンジャ』という名で伝わってます」
「そうか……」
俺が驚きを隠せない中、他の者はさっぱりといった様子。
「エアル、何よジンジャって」
『我も聞いたことが無いぞ』
そりゃそうだ、“神社”は前世の言葉。
この世界の者には知る由もないのだから。
「ちょ、ちょっとグロウリア王国の文献で見たことあったんだよ……」
だから今は一度誤魔化しておく。
色々とある疑問、それらを全て解いた後で説明してあげればいい。
「どうして、こんなものがここに?」
『それには私がお答えしましょう』
すると、ここでようやくモグりんが名乗りを上げた。
思えば、今日の彼の言動・行動はずっと謎だった。
そんな小動物が、ここでようやく真実を明かす。
『エアルさん、あなたは“けんじゃ”様を知っていますね?』
「──! ああ、俺はそのけんじゃの本を読んでこの森に来たんだ」
いきなりの単語に少しビビるも、話を進めるために俺は答える。
だが、モグりんの言葉は予想の上をいった。
『それならば話が早いです。結論から言うと、この『ジンジャ』はけんじゃ様の宝物庫です』
「なっ!?」
その愛くるしい表情を一切変えず、モグりんは淡々と言い放つ。
そんな、軽々しく話して良い内容ではない。
しかし、話はそれだけではない。
『さらに言えば、ダンジョンと呼ばれるものは全て、けんじゃ様がこの森に残したものになります』
「……!」
驚きの連続で、もはや言葉が出てこない。
また同時に、一つ考察が浮かび上がる。
この里の家々や「和」の様式、極め付きはこの神社だ。
けんじゃってまさか、日本人なのか……?
『何か気になることでもありましたか?』
「……いや、話を続けてくれ」
それは今すぐに確かめたい事柄だ。
けれど、俺は日本という国出身の元異世界人であることは打ち明けていない。
何よりモグりんがそれを知るかは分からないし、説明をするのにも心の準備が要る。
今は我慢して話の続きを聞くことにした。
『はい。ですが……すみません。私は少し嘘をつきました。私もこの中に何が眠っているかは分からないんです』
「というと?」
『確実に姫様を助ける手段があるかが不明なんです。それでも、けんじゃ様なら何か役に立てるものを残しているのではないかとも思うのです』
「そういうことだったのか」
モグりんが、俺たちをここへ連れて来た理由は分かった。
衝撃の事実の連続だが、話自体に嘘をついているようには見えない。
けど、だからこそ確認したいことがある。
ここまで詳しい、けんじゃの話。
俺はどうしても尋ねなければならない。
「モグりん。君は一体何者なんだ?」
『……そうですね』
モグりんは、一つ息をついて答える。
浮かべた表情は、まるで覚悟を決めたかのようなものだった。
『私は──けんじゃ様の使いです』
『私は──けんじゃ様の使いです』
モグりんが真っ直ぐに見つめて告げてくる。
「まじかよ……」
俺は思わず言葉を漏らしてしまう。
同時に、その答えに胸の鼓動がいつもよりうるさく聞こえる。
俺の森に来るきっかけであり、探し求めていた偉大な魔法使い──“けんじゃ”。
それに近しい者が、いま目の前にいるなんて。
『納得してもらえましたか?』
「……っ」
いきなりすぎて受け止めきれない事実だ。
それでも、一番納得のいく答えには間違いなかった。
「ああ、ここまで詳しいのも納得した。だったら!」
だから、この場は今やるべきことに目を向けようと思う。
「俺は、何をすればいい?」
『このダンジョンを開放してほしいです。これは、エアルさんにしか出来ません』
そう言うと、モグりんは説明を始めた。
現在、俺たちがいるのは朱色の大きな鳥居の前。
ダンジョンの本体である、神社が見えているのはその奥だ。
だが、この鳥居より先に進むことが出来ないらしい。
進めないという事の意味がイマイチ分からなかったが、うちの連中の遊び心がそれを証明してくれた。
「え、どうして!?」
「進めません!」
『あははっ! 面白いわ!』
リーシャ、スフィル、ドラノア。
三人は、モグりんの話を聞くなり、鳥居に向かって走り出した。
しかし、鳥居の中に足が入っていかない。
必死に前へ足を踏み入れようとするも、鳥居を境界にして、また同じ場所に足が戻ってしまうのだ。
ふざけてるのか、と思ってしまう程、その場で足をブラブラさせているだけに見える。
傍から見てると滑稽な様子だが、彼らは本気らしい。
これが“進めない”ということなのだろう。
「モグりん。あれはどうすれば?」
『鳥居には、見えない結界が張られています。それを弾くように魔力を体に張り巡らせる。簡単に言えば魔力操作です。簡単にはいかないかもしれませんが」
「……ふむ、わかった」
モグりんの説明と共に、三人の遊びも終わり、いよいよ俺が鳥居へ向かう。
三人と同じように、まずは足を上げて、敷地内へ侵入しようとする。
──が、すかっと足は同じ場所に着地した。
「なるほど」
だが、足を敷地内に入れる瞬間に何かを感じることは出来た。
では、湖で遊んだ時の様な『水除け』の要領で、魔力を張り巡らせてみる。
そしてもう一度。
「!」
すると今度は、俺の足は敷地内に侵入。
意識してみると、案外できるもんだな。
『やはりエアルさんなら進めた……』
後ろから聞こえたモグりんには反応せず、集中を切らさない。
鳥居の先は、海でも潜っているような感覚だ。
息も出来るし、何か動きに抵抗力があるわけでもない。
でも圧迫感というか、何かが周りにあるなあって感じる、不思議な感覚。
「……」
集中状態から、ただ前を見つめて、一歩足を上げてはゆっくり前に下ろす。
段々と慣れてきたのか、どんどんスムーズに歩けるようになる。
結界を弾く魔力を、最小限に抑えることで動きに軽さが出てきたんだ。
こうして、探り探り体の表面に張り巡らせる魔力を調整していく中で、感覚が研ぎ澄まされていく。
実際にやってみて、ようやく分かる微調整。
これも経験値ってやつか。
そういえば、スフィルのペンダントに張られた結界も、今の俺の状態みたいに薄~く膜を張っていたのかな
出来るようになったか、帰ったら試してみよう。
そうして──
「……来たけど」
神社の本殿のような建造物の前まで辿り着く。
さて、ここから何をすれば良いんだろう。
けどまあ、これを見て思いつくことは……一つしかないよな。
「よいしょっと」
俺は、上部に鈴が繋がれた紐を掴み、参拝する要領で鳴らしてみる。
すると、カランカランと前世では聞き馴染んだ音が聞こえる。
それからは、よくしていたお参りだ。
お賽銭……はないので、箱には魔力をポイっと投げ、「二拝二拍手一拝」。
最後に祈願するのは「ジンジャを開放してください」、といったところか。
「……!」
その瞬間、ふと周りからの抑圧がなくなった気がする。
魔力を張り巡らせてはいても、プレッシャー的なものは感じ取っていた。
これで……どうだろうか。
と思って振り返ったのもつかの間──
「進めるわ!」
「本当です!」
リーシャとスフィルが上げた声に反応して、ぞろぞろと仲間が入ってくる。
付いて来ていた化け狐族の皆さんもびっくりだ。
『本当ね!』
『不思議なものよ』
「これがエアルの力……」
ドラノア、フクマロ、コノハも鳥居から入ってくる。
……本当にこれで入れるのかよ。
『さすがですね』
「何が何だかって、感じだけどな」
モグりんの問いにも、曖昧に答えた。
自分でもまだ謎が残っているからだ。
これが正しい開け方だったのか?
本当にそうなら、日本に精通する者じゃとても無理だ。
“日本の参拝を知っていること”が条件なのか、それとも“礼儀を知っている者”が条件で、参拝はあくまで開ける方法の一つに過ぎないのか……。
けんじゃの意図はまるで掴めない。
それでも今は、まだまだ遠く偉大な存在であるけんじゃに、一歩でも近づけた気がしたのが嬉しかった。
あとは、お賽銭箱の奥にある引き戸だけ。
「入りましょう。エアル」
生き生きとした顔を見せるリーシャと視線を合わせる。
思えば、俺がけんじゃと森に関することを追い求めて、リーシャは快く付いて来てくれた唯一の存在だ。
彼女抜きでは、ここまでは辿り着けていないだろう。
『我も楽しみだぞ』
「行きましょう、エアルさん」
『さっさと行くわよ!』
そうして、ひょんなことから友達になった友達、ラッキーハプニングから始まった友達、いつの間にか住み着いて今では友達の最強種族。
そんなみんなと森の中で送るのは、騒がしくて賑やかながらも、のどかで自由気ままなスローライフ。
「開けるぞ」
そしてその先に待っていたのは、そんなスローライフをさらに自分好みに発展させる、素晴らしいものだった。
「……開いた」
特に仕掛けの無かった引き戸を開け、俺を先頭に中に入らせてもらう。
魔力探知を全開で張り巡らせているが、特に敵はいなさそうだ。
問題は真っ暗なことだが──
「『灯火』」
パチン、と指を鳴らして小さな火を灯し、みんなに分け与える。
『火魔法』とは言っても、照らすことに特化したもので熱さはない。
みんなは手に持っていたが、人型ではないフクマロには頭の上に火をポンと乗せておいた。
かわいい。
「何もないわね……?」
「ああ、だが油断するなよ」
そうして億に見えてきたのは、道場のような風景だった。
特に何かあるわけでもなく、ただ奥へと続く空間で、横も広い。
というか足元のこれ、畳じゃね?
ここに入ることにしたのは、俺たち五人とモグりんのみ。
コノハ達、化け狐族の皆さんは外で待機してもらうことにした。
何か危険があるかもしれないからな。
「進もう」
しかし、特に起きたことはなく、ただただ何もない道場が広がっているだけ。
ならば、それなりに進めば奥まで辿り着く。
ダンジョンとはいえ、本当にただの宝物庫のようだ。
「うお……!」
そうして辿り着いた先には──いくつかの“宝の山”。
多くは袋に入れられているが、そこから溢れたものは間違いなく宝だ。
と、ここで確認を一つ。
「改めてだけど、ここの物って持っていって良いんだよね?」
『お好きにどうぞ。何しろ、けんじゃ様はもう……』
「そっか」
暗い話になる前に、話題を戻した。
宝の山は、大きく分けると三つの区画がある。
だが、確認を取ってすぐ、女子陣は早速一つの区画を漁り始めた。
まったく、気が早いな。
「見てこれ!」
「綺麗です!」
『かわいいわね!』
彼女たちが一番に飛びついたのは、右側の区画。
それは金・銀、財宝、まさにこの世の全てとまではいかないが、キラキラに光った装飾品があふれていた。
スフィルのペンダントを見てここまで来た俺たちにとっては、一番想像していた物だ。
さらには──
「これ、使えそうじゃない!」
「ほう……!」
リーシャが手に取ったのは、見事な茶碗だ。
魔力関連の恩恵なのか、この『ジンジャ』内には埃一つなく、状態がものすごく良い。
他には、生活雑貨からオシャレ等の物が出てきた。
ただその全てには、明らかに魔力が通っている。
異世界仕様ってことか?
「なるほど……」
そんな様子を傍から見ていると、気づくことがある。
この区画には、主に“生活的な物”があるらしい。
中には、色を作り出す(?)魔法道具や、家造りに使えそうな素材までも。
行き詰まっていた街づくりが、また一歩進みそうな道具がたくさんあった。
この区画だけで、俺は来た価値があると思えるほどだ。
そうして俺は一通り満足したところで、向こうを指差す。
「俺たちはあっちでも見てみるか?」
『うむ、そうしよう』
女性陣はキラキラに夢中なので、俺とフクマロは違う区画へ。
いつまでもこうしていると、日が暮れてしまうしな。
「さて」
若干距離を取り、左と真ん中、二つの区画を比べ見る。
左は、小さな袋がたくさん。
真ん中は、何かに大きな布が被せられている。
「左だな」
『なぜだ?』
「分からん。……けど呼ばれた気がした」
自分でも訳の分からないことを口にしつつ、小さな袋の山々を漁る。
そんな俺の予感は、ある意味当たったというべきだった。
「!?」
出てきたのは……フィギュアか!?
手に持てるほどのサイズの、おそらく土魔法で作られたフィギュアだった。
「ていうか、この形……」
俺はちらっと、後方でわいわいする内の一人を視界に入れた。
神聖な空気を放つエルフ──スフィルだ。
また、フクマロも俺の意思を汲み取ったようだ。
「どうみてもエルフだよな」
『うむ。それも……』
かなりエッ、いや煽情的と言わせてもらおう。
これは女性陣にはとても見せられない。
だが、じろじろと見ていたのがバレたか、リーシャが遠くから声をかけて来る。
「ルシオー? そっちは何かあったー?」
「な、ないです! まだ何も見てないです!!」
「そう? 早くしてよねー」
「リーシャ達はゆっくりでいいからねー、あははー」
ダメだ、こんなのを見せた暁にはなんと言われることか。
『黙っておこう』
「うむ」
慌てたせいかフクマロと口調が反対になってしまった。
それでも意見は同じようだ。
「さてさて」
気を取り直して、他にもある袋をごそごそと探ってみる。
その結果……妙に親近感を感じた。
「けんじゃも人間だったか」
『そのようであるな』
ここは一言で言えば、趣味の区画だ。
それも男の趣味全開。
「……うむ」
俺は女性陣に見つからないよう、そっと収納しておいた。
そして最後、残ったのは真ん中の区画。
大きな袋が置かれている場所だ。
それに、あまりに楽しみ過ぎていたが、探しているのは自分たちの物だけではない。
コノハの体調を克服できるようなものがあるといいんだが。
「開けるぞ」
でも、考えても仕方がない。
今はとにかくここにあることを祈って、俺は何かを覆っている布をどかす。
「「『──!』」」
すると、中から出てきたのは三つの宝箱。
左から、金、銀、銅……いや、茶色(?)に見える色の宝箱が並んでいた。
「粋な演出じゃねえか」
そんな中で一人、モグりんは真っ直ぐな目で茶色の宝箱を見つめる。
『ルシオさん、あの……』
「良いよ。持って帰りたいんだろ?」
『え! は、はい!』
いつもは愛くるしいリスちゃんだが、モグりんはここに来た時から何かを探しているようだった。
それが、この茶色の宝箱なのだろう。
“けんじゃの贈り物”、的な意味を感じ取ったのかもしれない。
『ありがとうございます……!』
「ははっ、それは君のだよ」
モグりんは、宝箱をぎゅううと栗毛色の体で包む。
その可愛いらしい姿に癒されながら、俺達は残りの宝箱へ目を向けた。
では、気を取り直して。
「銀の箱から開けるぞ」
見た目は、それほど大きくない宝箱。
みんなの視線を一心に受けながら、ゆっくりと開く。
「水晶玉?」
中から出てきたのは、ほんの手の平サイズの三つの水晶玉だ。
どれも見た目に変わりはない。
「なんだこれ……。って、──!?」
その一つに触れようとした瞬間、とてつもない魔力を感じた。
まるで、小さな水晶玉の中にドラノアの魔力全てが注がれているかのような、そんな信じられない代物だ。
そこで俺の中で一つ考えが浮かぶ。
「これなら、コノハを助けられるかもしれない」
「本当!?」
「うん、おそらく」
水晶玉に触れた瞬間に、可能性を感じたんだ。
加工する必要はありそうだが、これならコノハの容態についても希望を持てる。
それに、開発途中になっていたあの夢の魔法にも使えるかもしれない。
『ならば、一応目的は達成できたのか』
「ああ!」
ここまでくれば一安心。
だけど、 俺の心臓はまだ高鳴り続けていた。
もしかしたら──
「ラストか」
ここに答えがあるのかもしれない。
そんな思いを胸に、金色の箱にそっと手を当てる。
正真正銘、これが『ジンジャ』での最後の物だ。
今までもすごい物だったはずなのに、ここに来て緊張が強まる。
なんだか、とんでもないものが入っている気がしたんだ。
そうして──俺はいよいよそれを開く。
「!!」
出てきたのは、ほんの数本の植物。
黄緑色の筋から、黄金色の粒々が実っている。
だが、周りの者は首を傾げた。
「ルシオ、なにこれ?」
『あたしも見たことないわ』
「エルフの里にもありません」
『ウォ?』
みんなは、さぞかし凄い物が出てくると思ったのだろう。
がっかり具合は、傍からでも見て取れる。
でも、俺は知ってる。
出てきたものに俺は感動すら覚えた。
最後にこれを持ってくるあたり、けんじゃも好きだったのだろう。
同胞よ、ありがとう。
「これは──稲だ」
食卓がまた潤う。
俺は、この日一番の胸の高鳴りを覚えた。
けんじゃが森に残したもの──ダンジョン。
その一つである『ジンジャ』の探索を終え、大満足のまま帰ってくる。
「どうでしたか!?」
入口の引き戸を開け、帰ってきた俺たちに、化け狐族の皆さんが声を上げる。
中でも、一番に前に出てきたのはコノハだ。
「すごかった。なんというか、また一つ違う世界が見えた気がする」
「そうなのですか!」
「それに君を助けることができる」
「え……!」
そんな言葉にはコノハをはじめ、化け狐族の全員が目を見開いた。
そうしてすぐに──
「「「本当ですか!!」」」
一斉に駆け寄ってくる。
目にした時から水晶玉には可能性を感じた。
俺には確信があったんだ。
だからこそ、はっきりと答える。
「はい。では里に戻りましょう。それとも、中を覗いていきますか?」
「いえ、私は結構です。エアルが解放してくれたので、いつでも見られるかと」
「分かった」
そうして、俺達は来た道を戻って行く。
わいわい、がやがや。
化け狐族の皆さんと『ジンジャ』や収穫物の話をしながら、コノハの屋敷へと戻って来た。
そこで早速、収納魔法から取り出した物々を眺める。
「「「すげえー!!」」」
今まで入ることすら叶わなかった『ジンジャ』から宝を持ち帰ったとなれば、多くの化け狐族の皆さんが集まった。
……てか化け狐族、まじでイケメンと美女しかいない。
ソーシャルゲにゲーム転生したか? ってぐらいに思える程に。
まあそれは一度置いといて、改めて見るとすごい宝だ。
「これが森に伝わる偉人、けんじゃ様の残したものなんですね……」
「そうらしい」
宝は大きく分けると、“生活を豊かにするもの”、“水晶玉”、そして“稲”だ。
俺とフクマロが見つけた男趣味の物は、収納魔法に隠し持っている。
コノハや女性陣の前では大変出しづらいので、後で男でこっそりと眺めてみようと思う。
「エアル、本当に好きな物を頂いて良いんですか?」
「ええ、もちろんです」
『ジンジャ』はこの里に合ったものだ。
化け狐族の方が欲しいものがあれば、遠慮なくあげようと思う。
それに俺の予想だと、これらは全て増やせるからな。
そう予想している俺は、手始めに綺麗な皿に手を当てた。
「はッ!」
そのまま魔力を操作すると、見事に隣にポンっと同じ皿が出現する。
「「「えええ!?」」」
すると、みんな面白いように驚いてくれる。
「エアル、何したの?」
「魔力操作だよ。でもこれは、皿の方がすごいんだ」
俺はこの皿の「外に逃げたがっている魔力」を、少し操作しただけ。
それだけで、見た目が全く同じ皿が生成される。
この中では俺にしか出来ないだろうけど、本当にすごいのは作ったけんじゃ様の方だ。
悔しいけど、作るとなるとさっぱり。
いま俺に出来るのは、けんじゃの叡智を使わせてもらうだけ。
それでも、持ち帰った生活雑貨には同じような魔力の流れが付与されている。
つまり、全て好きなだけ増やせるってことだ。
見た目のオシャレさも相まって、有効活用していきたい。
「こっちもすごいぞ!」
「本当だ!」
そうして、皆が違う物へ目を付けた間に、俺はとあるものを完成させる。
それは今回の主たる目的であり、皆さんの願いとなるはず。
「出来た!」
「「「……?」」」
俺が声を上げると、みんなが一斉にまたこちらを向く。
手に持っているのは、持ち帰った水晶玉を加工して“ネックレス”にした物。
「コノハ、ちょっと失礼するよ」
「はい……って、これは!」
後ろからペンダントをかけてあげると、コノハは驚いた反応を見せる。
よし、成功みたいだな。
「エアル、これはなんなのですか! 元気が溢れてきます!」
「あはは、それは良かった」
水晶玉は、簡単に言えば“魔力の塊”だった。
あの『神秘の樹』にも匹敵する程の膨大な量だ。
それほどの魔力を、どうやってこの小さな水晶玉に込めているかは分からない。
でも、水晶玉を使えるようにすることぐらいは出来たため、コノハに授けたのだ。
このペンダントは今後、コノハに魔力を供給し続ける。
推定でしかないけど、生活するだけなら軽く千年は持つだろう。
コノハはもう大丈夫だ。
「コノハ、君はもう衰弱に悩まされることもない。今まで苦しい思いをしてきた分を、精一杯楽しむと良いよ」
「エアル……!」
コノハは涙を浮かべながら、両手で顔を覆う。
神聖とも言えるほどの綺麗な黒髪も相まって、本当に美しい。
「「「ありがとうございました!!」」」
「良いですよ、大げさですって」
コノハに続き、一斉に頭を下げた化け狐族の皆さんの感謝も受け取った。
気恥ずかしくはあるが、やはり嬉しいな。
「エアル、本当にありがとうございました!」
「!」
と思ったら……ぎゅむっ!
コノハからの突然の抱擁。
それには、多方面からの圧を感じる。
「なんと、姫様自ら!」
「おお。これで我ら、化け狐族も安泰だな」
「ええ、エアル様であれば!」
対してこちらのサイドはというと……。
「「『ああん?』」」
「……」
剛力メイド、ハイエルフ、ドラゴンの睨みつけ。
ああ、俺の命も今日までか。
そんなことを思いながら、姫様の完治を祝って、里では宴会が開かれた。
「「「わああああああっ!!」」」
里の中心で大きな焚火を作り、化け狐族は大いに盛り上がる。
ここまでの宴を開けたのも随分と久しぶりらしい。
そんな光景を、飲み物片手にコノハと並んで眺める。
「本当にありがとうございました。私、なんとお礼を申し上げれば良いか」
「良いんだ。俺たちも利益目的で来たんだしさ」
「うふふ、優しいんですね」
「い、いやあ……」
コノハのにっこりとした笑顔にドキッとする。
つくづく俺は美人の笑顔に弱いらしい。
「もし良かったら、今後もぜひエアル達とはお付き合いしたいと思っています。……ですがやはり、遠いですよね」
「あー、そのことなんだけど、今後は一瞬だよ」
「……え?」
「これがあればね」
俺が取り出したのは、コノハの首から下がっている水晶玉と同じもの。
宝箱には三つ入っていたので、あと二つ残っていたんだ。
水晶玉を見た瞬間、コノハへの贈り物の他に、使い道は一つ決まっていた。
これで、あの大きな魔力を必要とする魔法『転移魔法』がようやく完成する。
「実はこれで、今後はひとっ飛びだよ」
「そんなことが……」
「出来ちゃうんだなあ」
魔法はちょっとだけ得意なんでね。
「今後とも定期的に遊びに来てよ。けんじゃの宝もあって、きっとすごい街ができると思うんだ」
「はい、ぜひ……!」
コツン、と改めて乾杯を交わして、また盛り上がるリーシャ達に合流した。
★
「よーし、大体こんなもんかな」
ふぅと一息、汗を拭う。
そんな俺に、後ろからリーシャがタオルを持ってきてくれた。
「お疲れ様、エアル。本当にあっとう間に作り上げちゃったわね」
「ああ、リーシャ。最初から見たら、俺たちすごい頑張ったよな」
目の前に広がるのは、住処を中心として作り上げた見事な街並だ。
コノハを救ったあの日からは、実に一ヶ月が経っていた。
リーシャに続き、周りからは次々に声が聞こえてきた。
「わたし達の方も終わりました!」
「エアルちゃん……はあ、はあ。私を、働かせすぎじゃないかしら」
「みんなありがとう。ゆっくり温泉に浸かってください!」
スフィル・エルフィオさんをはじめ、エルフの皆さんも大いに助けてくれた。
『エアルー! でっかい闘技場も完成したわ!』
『我も手伝ったぞ!』
『これで私も少々本気を……』
『モグモグ』
「お前らは好きに暴れたいだけだろ……あとモグモグするな」
そんなことは言いつつ、ドラノア・フクマロ・精霊さん・モグりんの最強種族(?)達の素晴らしい働きには、本当に感謝している。
力があるからなあ、こいつら。
「エアル、和の街。あんな感じでどうでしょう?」
「おおー! すっごく良いよ! ありがとうコノハ、化け狐族の皆さん!」
「「「恐れ入ります!」」」
そして、コノハの後ろで膝をつく化け狐族の皆さん。
姫様を助けたことから、あれから大いに手伝ってくれている。
今では『転移魔法』で一瞬で来られるからね!
「さて」
そうして、周りをぐるりと見渡す。
遠くには神聖な森の木々、その中にある不思議な街並み。
豪華な木のコテージ、和風の家々、泉、温泉、娯楽施設などなど……。
俺たちの街づくりも、ようやく完成したのだ。
前世の知識と、ここで学んだ多くの事を繋ぎ合わせて、これ以上にない好みの街が出来上がった。
さらなる発展は目指していくとしても、大満足できる街だ。
ここが今の、俺たちの住む場所だ。
明後日には一度、最寄りの人間の国、トリシェラ国を訪ねようと思っている。
森を受け入れてくれるかは分からないけど、俺はこれを機にお世話になった人々をいずれ招きたいと思っている。
トリシェラ国に行くのは、いつか立てたその目標の第一歩だね。
「みんなお疲れ様。じゃあいよいよ、俺からのプレゼントだ!」
「「『……』」」
皆が一斉に、ごくりと唾を飲んだのが分かる。
散々焦らしてきたからなあ。
それでもたった一ヶ月で食べられるまで成長するとは。
さすがは、けんじゃの残してくれた遺産だ。
「行き渡ったかな? では」
「「「いただきます!」」」
皆が一同に会せるような、大きな大きな食卓。
それをみんなで囲んで、“米”を食べる。
お米そのもの、お寿司、チャーハン風など、色々な物を組み合わせて。
おかずにはこの森で獲れる素材。
出し惜しみも全くしない。
「うっまー!」
美味しくないわけがなかった。
さすが森の稲だ。
それに──
「美味しい! 何これ!」
『エアル! おかわり!』
「ドラノアさん、早すぎです!」
「うふふっ」
みんなも幸せそうな顔をしてくれて良かった。
騒がしいけど、とても楽しい日常だ。
「……」
王家を追放されて、俺はこの森にきた。
平気だったけど、リーシャがいたこともあって、不安がなかったわけじゃない。
それが、一歩踏み入れてみれば、友好的な種族。
思わず拍子抜けするほどに、時におバカで、時に騒がしく、時に頼りになる森の種族。
俺はこの森が、この森で出会った皆が大好きだ。
この森に来て、心の底から良かったと思える。
『それが、偉大なる道への第一歩じゃ』
「!?」
今、どこからか声が?
「エアル、どうしたの?」
「……いや」
そうか、どこかで見守ってくれているのかな。
あなたがもたらしてくれた全てに感謝します。
そしていずれ、あなたがこの森に残した全てが分かるように励んでいきたい。
でも今は。
この大好きな森で、大好きなみんなと、俺は変わらず自由なスローライフを満喫しようと思う。
「気ままにね」