才能あふれる魔法少年の自由気ままな辺境スローライフ~王族を追放されましたが、前世の知識で未開の森を自分好みに開拓していきます。ってあれ、なんだか伝説の存在も次々に近づいて来るぞ?〜

 ドタドタと家の外から音がする。
 誰かが急いで帰って来たみたいだ。

 まあ、思いつくのは一人しかいないけどね。

「ただいま! 誰か来ませんでしたか! 特に、ドラゴンとか!」

 声を上げながら、コテージの扉を勢いよく開いた少女。
 スフィルだ。

「うん、来たよ」
「やっぱり……」

 実はスフィル、一昨日からここへ住み始めたんだ。

 理由は『エアルと離れたくないから』だそうで。
 そんな理由を言われてしまっては俺も断れないと、(こころよ)く了承したのだった。

 そんな彼女は、今日は「一旦エルフの里に顔を出して夜に帰る」と言っていたはず。
 だけど、なにやら慌てて帰って来た様子。

 そんなスフィルに、ドラノアがよっと手を上げた。

「おー、あんたはさっき(・・・)の!」
「ドラゴンさん……」

 でも、そのやり取りに気になることが。

「え、さっきのって?」
「それがね……」

 そうしてスフィルは、こちらに帰ってくる前に起こったことを話してくれる。



───
<三人称視点>

 約三時間前。
 ここはエルフの里。

「「「……!?」」」

 スフィルやエルフィオ、里にいたエルフ達が一斉に空を見上げる。
 巨大な魔力の塊を感じ取ったのだ。

 そこにはいたのは──

「あたしはドラゴンのドラノアよ!」

 少女の姿をしたドラノアだった。
 彼女は宙に浮いたまま、両手を腰に言葉を続ける。

「この前は世話になったわね! ありがとう!」

 頭上に巨大な魔力弾のようなものを()めるドラノア。
 それにはエルフィオが声を上げた。

「ちょっ、何をする気なの!?」
「ほんのお礼……よっ!」
 
 エルフィオの言葉には耳を貸さず、その巨大な魔力弾を容赦なく『神秘の樹』に放った。
 そのまま直撃した魔力弾は爆発──することはなく、『神秘の樹』に吸い込まれる。

 そうしてすぐさま、『神秘の光』から食物がボトボトっと落ちてきた。

「「「!?!?」」」

 この光景には里長であるエルフィオをはじめ、全てのエルフが大きな驚きを見せる。
 当然の反応だ。

 そして、再びエルフィオが声を上げた。

「ちょ、ちょっとまって! ドラノアちゃん?」
「なにかしら!」
「食物は感謝するわ! それより、あなたはこの前のドラゴンなの!?」
「そうよ! 魔力を奪っていたことを謝りたくて!」

 これはドラノアなりの謝罪らしい。
 さらにエルフィオは、今すぐに飛び立ってしまいそうなドラノアに続ける。

「では今からどこに?」
「あいつのとこよ!」
「あいつって……まさかエアルちゃんのところ!?」
「そう! あたしはあいつのところで暮らすの!」

 絶対に許可は得ていないだろうことは分かる。
 この自由奔放さはドラゴンの彼女だから許されることだ。

「じゃ!」
「待って!」
「──っとと!」

 そうして飛び立とうとしたドラノアだが、「待って」との声に反応して体を止める。
 声の主はテトラだ。

「待ってくださいドラノア様! テトラです! あなた様が行くのなら、うちは!」
「あら」

 眠っていたとはいえ、テトラの事は認識していたようだ。
 テトラが聞いたというドラノアの声も、本当だったのだろう。

「あたしを復活させてくれたダークエルフじゃない」

 ドラノアはすーっとテトラの元まで下りてくる。
 そのまま目の前に立ち、軽くテトラを抱擁(ほうよう)した。

「ありがとう。あなたのおかげで復活できたわ」
「ドラノア様……!」
「けど……」

 里の方にチラリと目を向けて、ドラノアは再度テトラに向き直る。

「あなたにはすでに、取り戻した生活があるんじゃないの?」
「そ、それは……」

 事実、ドラノアの言う通りだった。
 テトラも里のみんなに許してもらい、ここでの生活を始めたところだったのだ。

 そんなテトラの両肩に、ドラノアが手を乗せた。

「大丈夫。あたしたちはもうずっと友達だから」
「ドラノア様……!」
「またすぐに顔を見せに来るわ。だからあなたも、たまには顔を見せてね」
「は、はい……!」

 テトラの頬には一筋の涙が流れる。
 その胸の内にある言葉を声に出した。

「うちを助けてくださって、ありがとうございました……!」
「それはお互い様ね!」

 そうして、うなずき合ったテトラとドラノア。
 手を振り合いながら、ドラノアはまたすーっと宙を昇っていく。

「じゃ、世話になったわね! エルフたち!」

 目にも留まらぬ速さで、ドラノアは飛び立っていった。
 その方向は、宣言通りエアル達の住処。

 そこで、ハッとしたスフィル。

「ちょっと、わたしも帰ります!」

 テトラと交わしていた言葉は感動的だった。
 だが。行動は明らかに破天荒だ。

 今お世話になっているエアル達の元へいけば、何を起こすか分からない。

 そうして、スフィルは夜に帰るはずだった予定を急遽(きゅうきょ)変更。
 追いつけないのは分かっていても、急いでエアル達の住処へと戻るのであった。
───



「ということがありまして」
「それは……すごいな」

 うん、色々と。
 ドラノアのぶっとび具合とか、一度に大量の食物を生み出す程の膨大な魔力とか。
 とにかくドラノアが色々とすごいのが伝わって来た。

 まるで常識が通用しない。
 俺より自由人なんて久しぶり……いや、初めて見たぞ。

 これが『魔の大森林』。
 やはり世界は広かった。

 そんなスフィルの話に、ドラノアが嬉しそうに声を上げた。

「そうよ! あたしはすごいのよ!」
「褒めては……いるような、いないような」

 そうして、シャーリーが間に入って話を戻す。

「で、ドラノアは結局どうするつもりなの?」
「うーん……」

 住処(すみか)に関する決定権は、一応俺にある。
 フクマロにそう言われたからな。

 でもまあ、答えは一つだよなあ。

「一緒に住むしかないだろうな」
「いいの!? エアル!」

 その言葉にドラノアの顔がぱあっと晴れた。

「だって、断ったらどうするの?」
「この辺を燃やす! がー!」

 ドラノアが口を開いて、小っちゃな炎を吐き出す。

「……ほら」
「じゃあ良いのね! やったー!」
「ほとんど恐喝(きょうかつ)だろこれ」

 ドラノアなりの冗談だというのは分かってる。
 でも、実際にやろうと思えばやれてしまうのが恐ろしいところだ。

 生命の頂上種ドラゴン。
 またすごい子が住処に来てしまったな。

「じゃあエアル! 早速あそびましょ!」
「分かった、分かった」
 
 けど、まあいいか。
 少々騒がしくてぶっ飛んでもいるが、それなりに楽しくもなる予感もしていた。

 だが、この時の俺はまだ知らなかった。
 ドラノアを迎え入れることで起きる、様々な災害を──。
 「遊ぶぞ、エアル!」 

 ノリノリなドラノアに連れられ、俺は野外へと出てきた。
 言う事を聞かずに一帯を燃やされても困るしな。

「遊ぶのはいいけど、何して?」
「うーん……あ! それは何をするものなの!」
「ああ、これはボールだよ」

 そうして、ドラノアは足元に転がっていたボールに目を付けた。
 たまに考え事をする時に跳ねさせていたんだ。

「それで遊ぼわよ!」
「わかったよ。じゃあこんな感じで返してみな。それっ」

 俺はボールをポーンとドラノアの方に弾く。
 バレーボールの要領だね。

「おおっ! そ~れっ!」
「──ぐはぁ!」

 ドゴオッ! パーン!
 俺の打ったボールは隕石がごとく打ち返され、俺の顔面に当たり破裂(はれつ)した。

「し、死にかけた……」

 とっさの『魔力結界』、加えて全身『身体強化』でなんとか致命傷で済む。
 
「ルシオ! 次! 次の“ぼーる”!」
「そういう遊びじゃないから!」

 絶対にボールを破裂させるゲームだと勘違いしてるだろ。

 そうだよ、あんな可愛い見た目でも中身は立派な最強種族ドラゴン。
 人の姿でも力は健在か……。

「えー、つまんない!」
「じゃ、じゃあこれならどうだ!」

 収納魔法から取り出したのは『将棋セット』。

「おおっ!」
 
 それに目を輝かせたドラノア。
 シュバッと音速で俺の対面に正座する。

「ん~? なにこれ、絵が書いてあるみたいだけど?」
「そうなんだよ。これはな──」

 将棋とは言っても、少し異世界風。
 本来漢字が書かれる場所には、『魔物』や『兵士』などの種族の絵に変えて、分かりやすくしてある。
 ルールはまるっきり一緒だ。

 これなら怪我をすることもないだろう!

「うん! 難しいけどなんとなく分かったわ!」
「おー、理解が早いな」
「じゃあ、あたしから!」
「──ごふっ!」

 ダァン! と歩兵を将棋盤に叩きつけたドラノア。
 そのあまりの強さにそのまま盤を破壊。
 真っ二つになった台の片側が、見事に俺を(あご)から突き上げる。

「ああエアル! ごめんなさい!」
「いててて……。だ、大丈夫だ」

 大丈夫ではないけど。
 しかも将棋盤も壊れてしまったし。

「次の盤は!」
「あ、ああ……って、だから壊すゲームじゃねええー!」

 この時点で察してはいた。
 だが、この無邪気な暴走列車を止められるはずもなく……。

 その後もいくつかドラノアと(たわむ)れようと試みる。
 しかし、その圧倒的パワーの前に遊具は全壊。

 治癒(ちゆ)魔法があるからいいものの、俺が毎度死にかけるハメになった。

「あはは! 楽しいね! エアル!」
「お、俺は楽しくねえ……ぐはっ」
「え?」

 だが、何気なく発してしまった言葉が傷つけてしまったよう。

『楽しく……ない?』
「……ハッ! めーっちゃくちゃ楽しいぞー。あははー」
「良かったわ!」

 楽しいか楽しくないかの二択で言えば、実は楽しい。
 ただ、その代償が「死にかける」という重さなだけだ。
 
 誰か助けてくれ……と心の中で叫んだ頃。

「エアルー。ドラノアー」
「ん?」
「お?」

 夕飯の仕込みを終わったらしいリーシャが、コテージの扉を開いて声を掛けてくる。

「私はそろそろ湯に入るけど、ドラノアはどうする?」
「む、湯とは?」

 ドラノアは首を傾けた。 
 そうか、温泉のことは知らないか。

「温かくて気持ちの良い施設のことだよ。身も心もポカポカさ」
「ふーん……」

 何やら考え込んだドラノア。
 そうして俺に指を差した。

「じゃあエアルと入る!」

「えっ!」
「なっ!?」

 かと思えば、とんでもないことを言いだした。
 それにはすかさずシャーリーが口を挟む。

「ちょ、ちょっと! それはどうなのよ!」
「そ、そうだぞ~ドラノア。温泉は裸で入るところなんだ。だから、その……」

 だが、そんな常識がドラノアに通用するはずもなく。

「関係ないわ! あたしはエアルと入りたいの!」
「だからダメよ!」
「シャーリーには聞いてないもん!」

 シャーリーが必死に止めようとするも、ドラノアは聞く様子がない。
 それから何かを思いついたのか、ニヤリとした表情のドラノアが言い放つ。

「でもエアルじゃないと、あたしを抑えられないんじゃない?」
「!」
「エアルならともかく、ただの人間にはあたしを止めるのは荷が重い気がするわね~」
「それは、たしかに……」

 ドラノアの奴、自分が暴走機関車だと自覚していたのかよ。
 しかも今度はそれを利用しようとしている。
 やはり侮れない、最強種族ドラゴン。

「むむ……」

 その言葉にはやや考え込むシャーリー。
 やがて出したのは、

「じゃあ、私も一緒に入るわ!」
「シャーリー!?」

 とんでもない答えだった。

「なによ、文句でもあるの! ただ、エアルが変なことしないか見張ってるだけだから!」
「いやいや」

 さらには後方からも声が聞こえる。

「そういうことならわたしも一緒に!」
「!?」

 いきなり挙手して現れたのはスフィル。
 今の会話を聞いていたらしい。

「じゃあ我も」
「お前もかよ!」

 ついにはフクマロまで。
 いつの間にか俺の周りが賑やかになっている。

「じゃあみんなで入るわよ!」
「もう好きにしろー!」

 そうして、なぜか先頭を切って行ったドラノアに付いて行く形に。
 波乱のお風呂へ続く……。
 かぽーん。

 外で竹の音が鳴り響く。
 まさに和風の落ち着いた雰囲気を表すような効果音だ。

 そんな中、俺はというと……

「エアル! これはたしかに気持ち良いわね!」
「~~~ッ!」

 大変なことになっていた。

「エアルー!」
「だー! くっつくな!」

 俺の右腕を体を絡め、ぴったりとくっついてくるドラノア。

 控えめながらも、当然むにゅっという感覚はある。
 何がとは言わないが。

「ちょ、ちょっと寄りすぎよ! ドラノアってば!」

 そして、それを必死に抑えるシャーリー。
 俺とも体は接触している。

「エアルさん……」

 さらには、しれっと左腕に絡んできているスフィル。

 暑いというか、熱いというか。
 温泉由来の温度も相まって、これはもう大変な事態。

「ワゥ~ン。……修羅場よのう」

 ついでに、我関せずのんびり湯に浸かるペットさん。
 最後、ぼそっと何か言った?

「エアルー!」
「こらー!」
「エアルさん」

「……はは」

 勢いのまま押されるがまま、気がつけばこうなった。
 この見事なまでの混浴状態。

 美女に囲まれた混浴、それもかなり距離が近い。
 なんならほぼゼロ距離だ。

 男なら一度は憧れるシチュエーションであろう。
 それがまさか、こんな形で実現されるとは。

 ドラノアには振り回されてばかりだが、その分リターン(?)もあるように思える。
 良くも悪くも、積極的には変わりないからな。

 それに、

「……っ」

 ごくり。

 ドラノアも含め、それぞれ体にはタオルを巻いている。
 巻いてはいるのだが、やはり濡れた布一枚の向こうがお肌だと考えると、どうしても意識してしまう。

 眼福ではある。
 だが、見ていることを察せられてはいけない。
 まさに究極の状況だ。

 素晴らしいが、俺の心臓が持ちそうにない……!

「~~~っ!」

 幸か不幸か、ドラノアがもたらすものは刺激が強すぎる。
 こんな調子で俺はやっていけるのか?

 そう思いながらも風呂の時間を楽しんだ。




「よし。こんなところだろ」

 良くも悪くも刺激が強すぎた混浴を終え、風呂上がり。
 俺は軽く作業を行っていた。

「お主も精が出るの」
「まあ、俺のためでもあるからな」

 早急に作っていたのは『脱衣所』だ。
 今まで女性はシャーリーだけだったので、彼女が一声かければ俺たちが近づかないようにできたが、今はそうもいかない。

 ある意味、破壊力抜群のスフィルと、破天荒なドラノア。
 この二人は何をしでかすか分からないからな。
 脱衣所はあるに越したことはない。

 これで「扉を開けたらきゃー」みたいなラッキースケベがなくなったが、正解だろう。
 
 作業を終えたところでフクマロに向き直る。

「さて、コテージに戻るか」
「うむ。そうであるな」
 
 そうして、心の平穏を得て俺たちはコテージに帰った。



 
「あ、やっときたわねー!」

 扉を開けると、ドラノアの第一声が聞こえてくる。

 しかし……

「めちゃくちゃくつろいでるな~」
「これが良くないのよ~。うへぇ」

 ドラノアは今にも溶けそうになっている。

 彼女が抱くように座っているのは、俺特性のソファ。
 通称『人をダメにするソファ』だ。

 もちろん、前世であったあれから着想を得ている。

「はっはっは、ドラノア。そこに座れば二度と立ち上がれないぞ。俺の勝ちだな」
「なにを! ……でもこれには勝てないかもぉ~」

 「勝ち」に反応して一瞬立ち上がろうとするドラノア・
 だがやはり、再びソファに吸い付かれてしまう。
 
 この威力の前には、たとえ最強種族ドラゴンであろうと完敗の様子。
 人類(前世)の叡智(えいち)の圧勝である。 

 なんて、謎の勝ち誇っていたのも束の間。
 
 ぐうう~。

「お」
「あ」

 ドラノアのお腹が大胆に鳴った。
 そのまま、だらーんとしたドラノアが口を開く。

「エアル~何かないの~?」
「やはり自由人。んー、そうだな」

 そういえば、さっきシャーリーが料理の仕込みを終わらせてたっけ。

「そうね。なら作ってしまいましょう」
「やったー!」

 シャーリーの言葉に反応して、ドラノアが両手を上げる。
 
 こうして見ると本当に子どもみたいだな。
 とても最強種族とは思えない。

 ──だが、その無邪気さが牙を向く。
 ドラノアはつい口走ってしまったのだ。

「“この家のシェフ”はシャーリーなのね!」
「「……!」」

 あ、まずい。

 『この家のシェフ』という言葉に、シャーリーともう一人、スフィルが反応を示す。

 スフィルは、エルフィオさんから魔力操作と料理を習い、ハイエルフへの進化を果たした存在。
 料理に関しては(ゆず)れないものがあるんだ。

 そんなこともあり、実はスフィルがこちらに来てからの二日間、どちらが俺の料理を作るかで幾度(いくど)も戦いが繰り広げられていた。

 それは結局、交互に作るということで落ち着いた。
 だが、またその戦が始まりそうな予感……。

 そうして案の定、スフィルが対抗心を見せてくる。

「ドラノアさん。本来のシェフはわたしですが、今日はシャーリーさんに作ってもらっているんですよ」
「あら、そうだったの!」

 しかし、それを黙って聞いているシャーリーではなく。

「ちょ、ちょっとスフィル! 本来ってなによ! この森に来る前も来てからもずっと、エアルの腹を満たしてきたのは私だわ!」
「ほーそうだったのか」

 両者の意見に、ふむふむとうなずくドラノア。
 どちらの料理にも興味があるらしい。

「「むむむ」」

 そしてやがて、シャーリーとスフィルはお互いに睨み始める。
 普段は仲良しの二人だが、料理に関しては(ゆず)れないらしい。

「え、あれ……?」

 二人のただならぬ雰囲気に、あのドラノアが尻込みをする。
 それほどに今の二人はバチバチだ。

 そうして、あろうことか二人はドラノアに尋ねた。

「そうだ。じゃあドラノアはどっちに作って欲しい?」
「当然、わたしですよね?」

「え、えと……」

 さらにドラノアがあたふたし始める。
 あの何も恐れぬ最強種族が。

 ドラゴンを追い詰めるって、この森でこの二人ぐらいなんじゃ……。

「そ、そうだな……」

 答えを(ゆだ)ねられたドラノア。
 だがここで引き下がらないのが、最強種族ドラゴンたる所以(ゆえん)

 無邪気なドラノアは最悪(・・)の答えを出してしまう。

「じゃ、じゃあ、“美味しい方”で!」
「「……!」」

 あ、終わった……。
 それ、一番言ってはいけない言葉……。

「わかったわ!」
「わかりました!」

 こうして、実に何度か目、この家の真のシェフを決定するべく、料理対決が始まるのだった。


 「じゃあ、“美味しい方”で!」

 あのドラノアのやらかし発言から、数十分後。

「「さあ、召し上がれ」」

 俺たちの前には二つの皿が広げられた。

「おおー! おいしそうじゃない!」
「お、おう……」

 一方はスフィル作。
 森の神聖な野菜をふんだんに使った(こう)ばしい『ポトフ』。

 もう一方はシャーリー作。
 野菜をメインにしつつチーズで膜を張った、食欲をそそる『グラタン』。

 テーマは、森らしく「野菜」。

 どちらもすごく美味しそう。
 ……だが、俺の反応は少し気後(きおく)れしている。
 
 それもそのはず、

「「さあ」」

 料理人の目の圧が強すぎるんだよ……!

「早速食べるわ!」

 しかし、そんな二人の目線も気にせず、ドラノアはぱくぱくっとそれぞれ一口ずついった。
 こういう鈍感さが俺にも欲しい。

 そして、そのままパアっと晴れたような顔を浮かべた。
 
「うまー!」

「良かったわ」
「とても嬉しいです」

 ドラノアのがっつき具合に、二人もにっこり笑顔。

「ほらエアルも」
「遠慮せずに」

「お、おう……」

 しかし、二人とも俺のことを見る目はどこか怖い。

 この恐怖からやっと逃げられたと思ったのに!
 よくもやってくれたな、ドラノアよ!

 これはドラノアへの料理と言いつつ、俺への料理対決と言っても過言ではない。

「ふう……」

 だが俺も男だ。
 覚悟を決めて、いくぞ!

 そうして、料理に手を付けようとした瞬間──

「あら、シャーリーの方から食べられるのですね」
「へ?」

 スフィルが口を挟む。
 それに答えたのはシャーリーだ。

「ふっ、当たり前よ。私の料理から食べずして誰の料理を食べると言うのかしら」 
「へえ~。そうなんですかあ」

 スフィルの怒りを表すかのように、彼女の背後には黄緑色のオーラが浮かぶ。
 
 あれは精霊か!?
 ダメだ、ダメだ!
 
 ならばと、俺はスフィルのポトフを手に取る。

「あれエアル、私の方から食べるんじゃ?」
「ふふっ。嬉しいですエアルさん」

 と思えば、今度は逆のパターン。
 精霊を使えないはずのリーシャの背後には、赤色のオーラが。
 あれ、あんな魔法あったっけ。

「……」

 ガチで詰んだじゃん、これ

「ええい、こうなったら!」

 俺は【風魔法】を操作。
 ふわっと二つの料理を浮かせる。

「エアル!?」
「何を!?」

 そしてそのまま……ばくん!

「──! あっつ、あっつー!」

「エアル!」
「大丈夫!?」

 だが勢いのままに(ほお)()ると、とんでもない熱さを感じる。
 あぶねえ、死ぬところだった。

「エアルはこんなのが熱いの? 人間はひ弱ねー。あーむ」
「舌の耐性もあんのかよ……ドラゴン」

 そんな俺を横目に、ドラノアは平然と食べ続ける。
 ドラノアが平気そうだったから一気に食べたのに。
 なんだか散々だ。

 そうして、俺の安全も確認出来たところで、リーシャとスフィルは口を開いた。

「どっちが美味しかった?」
「どちらが美味しかったですか?」

「うぐっ」

 熱さで話題も逸れるかなと思ったのに。
 けど、ここはもう正直に言うしかないだろう。
 
「どちらも、美味しかったです……」

 舌を火傷したが、瞬時に【氷魔法】で修復。
 その後はしっかりと味わった。

 その上での感想だ。
 でもこんな答えじゃ……とは思っていたが。

「そ、そう……」
「良かったです……」

 意外にも反応は良かった。
 どちらも嬉しそうにしている。

「あれ」

 もしかして、ここ数日の料理バトルを通じて認め合ったか?
 そんな考えを表すように、シャーリーがスフィルに話しかける。

「ねえ、提案なのだけど」
「なんでしょう、シャーリーさん」

 二人はお互いに向き合った。

「料理の腕は私の方が上だけど、エルフの里の料理や魔力操作も習いたいわ。ダメ……かしら?」
「あら」

 シャーリーの言葉は、意外にも和解を申し出る言葉。
 対して、スフィルもふふっと笑って返す。

「はい。料理の腕はわたしの方が上ですが、シャーリーさんの方がエアルさんの舌を分かっているのは確かです。だからわたしも、エアルさんの好きな料理をもっと教えて欲しいです」

 おお、スフィルもこれに同意見みたい。
 お互いに「自分の方が上」と言うのが気になったけど、まあ大丈夫だろう。

「そういうことなら! よろしくね、スフィル」
「ええ。こちらこそ」

 なんだかんだ良い感じになったね。
 結局欲しかったのは、俺の「美味しい」ということだったのだろうか。

 そして、ドラノアがスプーンを掲げた。
 
「めでたしめでたし、ね!」
「おいおい、調子が良いな」

 この戦いを引き起こしたのは自分ということは忘れないでほしい。
 けどまあドラノアの言う通り、めでたしではあるかな。

「……」

 ここに来てからずっと、それはもう大変な出来事があった。
 
 でも、終わり良ければすべて良し。
 この言葉に尽きる。

「スフィルのポトフも美味しいわ」
「シャーリーさんのグラタンも素晴らしいです」

 この後、シャーリーとスフィルはお互いの料理を食べながら(たた)え合っていた。
 その姿はとても微笑ましいもので、先ほどまでの喧噪(けんそう)な雰囲気はなかった。

 じゃあ、最初から争いを起こさないでほしい。
 とはとても言えなかったけどね。




「今日も頑張った」

 つぶやきながら、ベッドにゴロンと転がる。
 
 あの夕食後はみんなで団欒(だんらん)をしていた。
 気が付けば、もうおやすみの時間だ。

 ドラノア・スフィルが来たので、俺はコテージに一階で寝ることになっていた。
 女性陣はそれぞれ二階の部屋だからね。

「さてと、俺も寝──」
「エアルー!」

 そうして、いよいよ電気を消そうとしたところで、ドラノアが階段を駆け下りて来る。

「一緒に寝るわよ!」
「寝ねーよ」
「ダメ、寝るもん!」
「ちょっ、おい!」
 
 断ろうとするも、ドラゴン持ち前の身体能力でベッドにダイブしようとする。
 なんて速さだ。
 
 ──だが、また新たな刺客が。

「そうはさせないわ!」
「うわっ!」

 ダイブしようとしたドラノアに対して、シャーリーがラグビー部ばりのタックル。
 どうやらこの行動を予測していたらしい。

 というか、シャーリーも一階に潜んでいたのね。
 
「さすがです、シャーリーさん。もう一歩でも遅ければわたしがやっていましたよ」
「スフィルもいんのかよ……」

 また、どこからともなく現れたのはスフィル。
 彼女もまたドラノアの迎撃態勢が出来ていたらしい。
 もうツッコむのも疲れた。

 しかし、まだまだ元気なドラノアさん。

「あんたたち中々やるじゃない! でも、あたしは絶対にエアルと一緒に寝るわ!」

「「あぁん?」」

 その言葉には、シャーリー・スフィルまでもがヤンキーになる。
 もは悪役にしか見えない。

「そうはさせないわよ!」
「そうですよ! エアルさんと一緒に寝るなんてずる……ダメです!」

 それを面白がったドラノアがさらに挑発した。

「なら二人してかかってきなさい!」

「上等よ!」
「上等です!」

「おいおい、三人とも……」

 盛り上がっているところ悪いが、俺の周りでぎゃーぎゃーしないでほしい。
 って言っても聞かないか。

 それならしょうがない。

「そらっ!」
「わっ!」

 俺はドラノアに向かって枕を投げる。

 これは前世で言えば、開戦の合図。
 宿泊合宿なんかでは名物の『枕投げ大会』だ。

「やったなエアル! それ!」
「ごはぁっ!」

 そこからは戦いが始まってしまった。
 そうして、俺たち四人が至近距離で寝ていたことに気づいたのは次の日の朝。

 破天荒なドラノアを迎え入れ、これからさらに騒がしくなる予感がした初日でしたとさ。
 ドラノアと一緒に住むようになった次の日、昼下がり。

「う~~~ん、っと」

 気持ち良い満天の青空に手を伸ばし、思いっきり背伸びをする。
 少々寝不足なこともあり、今日のお仕事は午後からにした。

「それにしても元気だなあ……」

 ドラノアは朝早くからどこかへ行ってしまったよう。
 来た次の日だってのに、自由な奴だ。
 自由さで負けるのはちょっと悔しい。

「まあ、そのうち帰ってくるだろう」

 そう思うことにして、とりあえず簡単なお昼ごはんを済ませた俺は、住処を眺めて頭を悩ませる。

 自由気ままな俺だけど、人一倍こだわりはある。
 これも住処をより良くするための悩みなのだ。

「どうしたんですか? そんなに悩ましい顔をして」

 そんな俺の様子が気になったのか、顔をひょっこりと覗かせたのはスフィル。
 朝起きた時は、一緒に寝ていたことに恥ずかしくなってどこかへ行ってしまった彼女だが、すっかり気分は落ち着いたらしい。

「ちょっとね。ドラノアやスフィルも来たことだし、コテージを増築しようと思って」
「それは素晴らしいですね! わたしからもぜひお願いします!」
「ははっ、任せな」

 スフィルも待望しているらしい。
 さらにやる気に満ちた俺は、改めて考えてみる。

 まずは場所の把握。
 住処は広いので、いくつかのエリアに分かれているんだ。

 北の『食物エリア』。
 ここは野菜や果物が成っている。
 特に心配はなさそう。

 中央の『泉エリア』。
 この景観を支える泉があり、あまり触れたくない。
 自然は守っておきたいからね。

 そして、東の『生活エリア』。
 ここには、コテージ、洞窟、温泉がある。
 いじるならここだ。

「南の方に広げるのもアリか……」

 東にもまだ余裕はある。
 でも増築などをするなら、配置やバランス等々をあらかじめ考えておきたい。

 というか、あのコテージも仮に作った物だ。
 この際に新しく作ってしまうのもありだな。

 と頭を悩ませていたところで、再びスフィルが尋ねてくる。

「それなのですが、わたしも折り入って相談が……」
「どうしたの?」
「実は、わたしがエルフの里からこちらに来るときに温泉の話をしたんです」
「……あー」

 この時点で大体話が分かる。

「そうしましたら、みんながぜひ入りたいって」
「ですよねー!」

 スフィルの話は予想通りだった。
 温泉の良さがさらに広がるのはとても良い事だ。

 でも、さらに多くの人向けて住処を解放するとなると……。

「さらなる拡張が必要だな」
「そうかもしれませんね」
「加えて……」

 あのエルフさんが大勢来るなら、いよいよ温泉自体も男女で分けた方が良いかもしれない。
 やはり女性に安心して入ってもらうためには必要な事だろう。

 てか待てよ。
 どうせそこまでするのなら、前に立てた目標についても少し考えたい。

「どうしたのですか? エアルさん」
「前に言っていた目標を思い出してね。俺はいつか、お世話になった人達をこの森に招きたいんだ」
「それは素敵ですね!」
「それもあってさ。せっかく改築するのなら、森をある程度開拓して、コテージをいくつか造るのも悪くないかなって」

 簡単なコテージのようなものなら、それほど時間がかかるでもなく作れるしな。

「そうすればエルフさん達もそこに泊まれる。いずれ人を招いた時のために、この際色々と作っておくのも悪くないかなって」
「良いと思います!」 

 うんうん、どんどん考えがふくらんでいく。
 これは良いぞ~。

 でも、俺が頭を悩ませているのはもう一つ。
 これを行うにあたっての配慮だ。
 
「そうなると、森の木々をかなり切ってしまうことになるんだよなあ」

 元いた前世の癖か、ついそんなことを考えてしまう。
 
 この世界は全て魔力で出来ているので、木を切り崩したからといって環境破壊にはならない。
 この森の木は、二酸化炭素を吸って酸素を吐いてる、なんてことはないからね。

 けど、やっぱり気にしちゃうんだよ。
 だってそれを消費するのには変わりないし。

「わたし達の里も木を切り崩して作っています。なので大丈夫かなと」
「けどなあ……」

 俺がやろうとしているのは、エルフの里とは比べものにならない程の開拓。
 それを好き勝手やっちゃっうのも気が進まないし、それで森の主なんかに目を付けられても嫌なんだよなあ。

 何か許可をくれる人……あ。

「……」
「な、なんですか?」 

 俺がスフィルの顔をじーっと見たので、当然のように聞き返される。

「スフィル達が力を借りる精霊って、森を司る存在でもあるよね?」
「そんな言い方をされることもあります。現に、森を幻影で守っているのも精霊ですから」
「やっぱりそうか」

 ふむふむ、と考えて俺は言葉に出す。

「じゃあ、その精霊さんに直接許可をもらおう!」
「え? 直接?」
「うん!」

 だけど、スフィルは不思議そうな顔をしている。

「あのエアルさん。こう言っちゃ悪いですが、精霊と密接に関わりのあるエルフですら、会話は出来ませんよ?」
「大丈夫、大丈夫」
「うーん?」

 彼女の言っている事は正しい。
 けど、ちょうど試したかった“あの魔法”を使えば、出来ると思う!

「スフィル。ちょっと準備するから、俺が合図を出したら精霊を呼び出してみてくれないか?」
「わ、わかりました……」

 そうして、疑問を(ぬぐ)えないスフィルを横目に、俺は準備に取り掛かる。



 
「こんなところかな!」

 目の前の物に満足して俺は声を上げた。

 準備をしたのは、人形のように削った木、それから小さな水晶玉のような魔法道具だ。
 環境が整ったところで、さっそく実行してみよう。

「あの、エアルさん。話って、一体どうやって」
「説明はちょっと難しいから実践するよ。スフィル、精霊を呼び寄せてくれる?」
「は、はい」

 そうして、祈るポーズを見せたスフィルを、背後から黄緑色のオーラが包む。

 本来は見えないはずの精霊。
 それをエルフの力で呼び寄せ、一時的にオーラのような形で具現化する。

 何度見ても、神秘的な光景だね。
 だが、今回は呆けて見ている暇はない!

「ちょっと失礼しますよ!」

 その黄緑色のオーラを、水晶のような魔法道具へ()()
 そのまま木の人形の心臓部にはめこむ!

「エ、エアルさん!?」
「大丈夫!」

 すると、黄緑色の(まばゆ)い光が木の人形を包み込む。
 それから人の肌感を創っていくのだ。

 そして──

「な、なんですかこれは……」

 木の人形から声が聞こえて来た。
 その成果に思わず声を上げる。
 
「おお、大成功だ!」

 俺が行ったのは、“精霊の具現化”。
 本来は、魔獣の意識を人形に移して「見た目は人、中身は魔獣」みたいなものを作って、魔獣と会話をするための理論だ。

 今回はそれを応用して、精霊を人型の人形に移し、会話を出来るようにした。

 人の形に留めておけるのは、おそらく一日ぐらいだろうけどね。
 だから今回は、許可をもらうだけ。

 仲間になれれば嬉しいけど、今の魔法道具の段階ではずっと人の形で居てもらうのは難しい。

 そうして目の前に現れたのは、絶世の美女。
 膝元まで伸びた黄緑色の長い髪を持ち、開いた目もまた黄緑色。

 って、しまった!
 俺がバッと背けたことで、精霊さんも自身のその姿に気づく。

「──! きゃあああ!」
「スフィル! 服! 服を持ってきてあげてー!」
「はい! 今すぐにー!」

 俺が具現化させた精霊は、生まれたままの姿だったのだ。
 「大変、大変失礼いたしました!」

 精霊さんに服を貸すなり、すぐに土下座。

 やってしまったことには、あれこれ言わずすぐに謝罪。
 元社会人たるもの、これは心得ていることである。

「……まさか、こんな人だとは思いませんでした」
「言い訳はございません」

 俺は頭を下げたままの姿勢を崩さない。
 
 精霊さん側からすれば、急に具現化させられたかと思えば、裸の姿だったのだ。
 恥ずかしいどころではないだろう。

 ただ、そんな気まずい雰囲気の中で声をかけてくれるのがスフィル。

「あのっ! 精霊様、ですよね?」
「……ええ。(わたくし)はこの辺やエルフの里、人間側の森の端までを司る精霊」

 精霊さんは腕を組みながらに続ける。

「普段あなたやエルフィオが借りているのは、(わたくし)の力よ』
「それは大変お世話になってます! 今回の件はこの人も悪気は無かったようですので、その……」
「しょうがないわね」
「えっ」

 だが、スフィルの説得により、精霊さんは優しい表情を浮かべた。
 さらにそのまま、スフィルの頬を両手でそっと()でる。

『あなたに免じて、今回だけは許してあげるわ』
「!」

 その言葉に、俺とスフィルは顔を見合わせた。

「「ありがとうございます!」」

 そして同時に頭を下げる。
 ここは精霊さんの優しさに感謝だな。

 そうなれば、ようやく本命の質問を尋ねられる。
 俺はスフィルに目で合図を送り、彼女が代わりに聞いてくれる。

「あの、精霊さんっ!」
「なにかしら」
「実は、精霊さんをお呼びしたのは、ある許可を欲しくてなのです!」
「言ってみなさい」

 スフィルは一呼吸おいて再度尋ねる。

「わたしたちに、この住処を中心として大規模に開拓する許可をください!」
「開拓ねえ』

 グッジョブ、スフィル。
 お願いする役を任せてしまったので、後で何か埋め合わせをしようと思う。

「いいわよ」
「「……!」」

 そうして、少し考える素振りを見せた精霊さんだったが、許可が下りる。

「ただし」
「!」
「条件があるわ」
「なんでも聞きます」

 俺は二つ返事で答えた。

 要求を呑んでもらうんだ。
 こちらも何か応えなければ失礼というもの。
 
 精霊さんはニヤっとして言い放つ。

「今日一日、この(わたくし)を楽しませてみせなさい」
「えぇ」

 そういう感じで良いのか。

「返事は?」
「「は、はいっ!」」

 こうして、突如として精霊さんを楽しませる一日が始まったのだった。







「スフィル! スープ出来たら持ってきて!」
「はいよ! シャーリー!」

 キッチンとテーブルを、うちの二人のシェフが(あわ)ただしく動き回る。

 それもそのはず、

「んん~。美味しいわね~!」

 精霊さんが、ものすっごい勢いで料理を(たい)らげるからだ。

 出されているのは野菜から肉、高級マグロのような湖の主など。
 今日までの森での生活を表したような、料理オールスターだ。

 昨日シャーリーとスフィルが料理に関して和解しておいて、本当に良かったな。

 そんな精霊さんは満足げな表情を浮かべる。

(わたくし)、あなたたちの料理がうらやましくって!」
「そうなんですね」

 普段、こちらから精霊さんの姿が見えることは無い。

 でもこんなことを話すってことは、いつも俺たちの生活を観察していたのかな。
 お料理リクエストまでしてくるぐらいだし。

 しかし、シェフであるはずのシャーリーが台所から出てきた。

「あ、あの~、精霊さん」
「なんでしょうか」
「結構食べられますね~……」

 なるほど。
 それなりに疲れが出てきたらしい。
 
 だが、精霊さんは満面の笑みで言い放つ。

「まだまだいけますよ!」
「まだ、まだ……?」

 この言葉には、あの料理大好きな二人が戦慄(せんりつ)した。
 おいおいまじかよ、って顔だ。

 幸いなことは、ドラノアがいないことだけか。
 ドラノアがここに加われば、「あたしも!」などど言って、絶対に(ろく)なことにならない。

 そうして、ようやく俺たちを落ち着かせる言葉が聞ける。

「はあ~。ですが、さすがの(わたくし)もそろそろ満足です」
「「ほっ」」

 しかし、これだけでは終わらない。

「では、次は温泉に入りたいです!」

「「「……」」」

 結構自由だなあ、この人。
 みんなも同じ事を思ったことだろう。


 

「はあ~。とても気持ちよかったです~」
 
 あれからしばらく。
 キャッキャウフフという声が収まったと思えば、精霊さん達が温泉から戻ってきた。

「お、おぉ……」

 と思えば、その格好がなんとも素晴らしい。

 精霊さんやスフィル、リーシャが来ているのは『浴衣(ゆかた)』。
 最近、俺の提案から導入されたあの服装だ。
 やはり温泉上がりはこれに限る。

 精霊さんは浴衣も気に入ったようだ。

「この格好も着心地が良いです」
「それはよかった」

 そうして、精霊さんは改めて辺りを見渡した。
  
「ここは素晴らしい場所ですね」
「本当ですか!」
「ええ」

 すっかり気分が良くなったのか、あんなことがあった俺にも話しかけてくれる。
 と、そんな軽い話の中、精霊さんはふっと微笑(ほほえ)む。

「そういえば、開拓の件でしたね」
「!」

 口にしたのは、本来の目的の話だ。

「良いですよ」
「本当ですか!?」
「はい」

 にっこり笑った精霊さんの笑顔を横目に、思わずガッツポーズ。
 これで、何の罪悪感もなく開拓を進められる!

「けど、本当にこんなことで?」
「エアル殿は用心深いのですね。そもそも、木をたくさん切り倒したからと言って、実はこの森への影響はほとんどありません」
「と、言いますと?」

 精霊さんは笑みを浮かべたまま説明してくれる。

「この膨大(ぼうだい)な森の魔力。切り倒した木の分は、また新たな場所ですぐに木を生やします。一つや二つ、新たな()を作ったって全く問題は無いのですよ」
「え、じゃあ楽しませてみせなさいと言ったのは……」
「単純にうらやましかったのです。普段見ているあなた方が、(わたくし)の知らない独自のものを作り上げていく様が」
「なんだあ……」

 どっと、肩の荷が下りた気分だ。
 わがままな感じといい、そういうことだったのか。

 と、軽く一息ついた後で、今度は精霊さんの方から尋ねられる。

「そ、それでなのですが……」
「なんでしょう」
「もしよかったら、今後定期的に今日のように体を具現化させてもらえませんか」
「!」

 さすがというべきか。
 精霊さんは体の寿命に気付いているようである。

 実は、俺のこの魔法道具は永久ではない。
 これは今の道具の限界だ。
 おそらく、もうすぐ体を留めることが出来なくなり、精霊さんの姿は見えなくなってしまう。
 
 でも、答えは決まっている。

「もちろんです。その内、ずっと体を保っていられるようなものも必ず開発してみせます」
「……! はい、ぜひよろしくお願いします!」

 そんな挨拶(あいさつ)を皮切りに、少しづつ精霊さんの体が光となっていく。
 これが最後のお願いだったのだろう。

「「うるうる……」

 シャーリーやスフィルは涙ぐんだ顔を見せる。
 なんだかんだ言って、意気投合したのかもしれないな。

 でも大丈夫。

「あの人なら、いつでも見守っててくれそうだからさ。俺もまた、すぐに呼び寄せてあげようと思う」

「うん」
「はい」

 そう言うと、二人も笑顔で精霊さんを見送っていた。

 よし、これで気持ちよく開拓も出来る。
 明日からもやることがたくさんあるぞー!







<三人称視点>

 エアル達が精霊さんをもてなしている頃、森の奥深く。
 少女の見た目をしたドラゴン──ドラノアが口を開く。

「探したわよ」
「……」

 その相手は、一匹の小動物。

「聞かせてもらうわ。あなたが一体、何者なのかをね」

 ドラノアは意味深な聞き方をした。
<三人称視点>

 時は少々(さかのぼ)り、エアル達が精霊さんをもてなしていた頃。

「モグモグ」

 森の中で、一匹の小動物が食べ物をモグモグしている。
 エアル達とも顔見知りのリス──モグりんだ。

 その生態は謎であり、どこへでも現れるかと思えばすぐに消える。
 そんな不思議な小動物に、一人の少女が話しかけた。

「探したわよ」

 ザッ! と立ちはだかったのは、最強種族ドラゴン。
 今は人間の幼き女の子の姿をしたドラノアだ。

 この日、ドラノアは用事があると言ってエアル達の住処を飛び出していた。
 どうやら行き先はここだったようだ。

 片手を腰に当てたドラノアは、(いぶか)しげに(たず)ねる。

「あんた、前にあたしが暴れた時、あの場にいたわね?」

 暴れた時とはドラゴンとして復活したばかりの時の事だ。
 理性を失っていたとはいえ、確かにモグりんを感知していたらしい。

 しかし──

「モグモグ」
「ねえ、聞いてるの?」
「モグモグ……」

 モグりんは食べるのを一切やめず。
 耳に入っているのか、いないのか。

「そう。どこまでも(しら)を切るつもりなのね」
「モグモグ、ごっくん。……どうして」
「ん?」

 だが、唐突にモグりんからドラノアへ聞き返した。

「どうして分かったんですか? 私が、あの場にいたこと」
「あまりドラゴンを舐めるんじゃないわよ」
「そうですか」

 ただ、ドラノアが聞きたかったのはこんなことではない。

「単刀直入に聞くわ。あんた何者?」
「……ただのちょっと賢いリスですが」
「あ、こら!」

 そう言うと、モグりんはダッと森の奥へ走り出す。

「待ちなさい!」

 突然の走り出しと、入り組む森の複雑構造。
 それらが相まって、ドラノアはモグりんを見失う。

「でも、まだよ!」

 ならばと、ドラノアは魔力探知を広がらせる。
 エアルと同等、もしくはそれ以上の範囲のものを。

 ──しかし、

「……いない?」

 モグりんの魔力は引っかからない。
 ドラノアは息を吐きながら魔力探知を収める。

「本当に何者なのよ」

 そう言い残して、ドラノアは飛び立つ。
 疑問は解消されず、少々悔しそうな顔のまま。

 そして、そんな彼女をコソっと眺めるモグりん。

「本当にあの凶暴なドラゴンまで()(なず)けてしまうとは。エアルさん、あの人になら……」

 そんなモグりんの(こぼ)した言葉は、ドラノアには届かなかった──。







<エアル視点>

「ふい~」

 額に流れる汗を(ぬぐ)い、周りを見渡しながら一息つく。

「だいぶ出来てきたな」

 ここら一帯を司るという精霊さんから、正式に開拓の許可をもらったのも数日前。
 あれから俺たちは、日々街づくりに励んでいた。

 俺たちが暮らすコテージは増築され、元の倍ほどの大きさに。
 もちろん中身もリフォーム済みだ。

 さらには、その周囲にもいくつかのコテージ。
 また、それに続くよう()(そう)した道など、村っぽいと言えば村っぽい形になってきた。

 ある程度の完成形に、俺はみんなの方を振り返る。

「一旦休憩にしよう」

「うむ」
「分かったわ!」

 作業にはフクマロやドラノア、手が空いている時はシャーリーとスフィルも手伝ってくれる。

 みんな「エアルにはお世話になっているから」だってさ。
 これほど嬉しい言葉は中々ないよ。

 そんな心強いみんなが手伝ってくれていることもあり、それなりに作業は進んでいる。

 けど、

「うむむ……」

 作業を進めていれば当然、問題点も見えてくるわけで。
 そんな俺にフクマロが聞き返してくる。

「我が何か失敗してしまったか?」
「あ、それはないよ。二人には本当に助かってるんだ」

 悩んでいるのは、例えばコテージの見た目。
 形はどうにでもなるのだけど、結局木の形を変えて作っているだけなので、色や装飾が物足りない。

 森の中で贅沢(ぜいたく)な話かもしれない。
 だが人を招くつもりなら、見た目が大切なのも確かだ。

 でも、ペンキや色を作り出す魔法なんてものは無いしなあ。
 今はどうしようもない。
 端的(たんてき)に言えば、行き詰まってしまった。

 そんな時、

「みんなー、お昼ご飯よ~」

 シャーリーが新コテージから顔を出して、俺たちを呼び掛ける。

「やったわ!」
「ワフ~!」

 それにはドラノアとフクマロが元気な返事をする。
 朝からたくさん手伝ってくれたので、目一杯食べて休んで欲しいな。

「よし」

 今日の午後、それと明日もオフにしよう。
 行き詰った時に急いでも良い事がないからな。




 お昼時の食卓にて。

「「「あははは!」」」

 最近では人数も増え、フクマロも何故か椅子に座る(すべ)を覚えたので、みんな仲良くわいわい食卓を囲む。
 来たばかりの時よりもさらに(にぎ)やかで、変わらず大切な時間だ。

 そんな中でふと、シャーリーがスフィルの胸元を見ながら尋ねる。

「そういえばスフィルのそれ、綺麗よね」
「これですか」

 スフィルの首からかかっているのは、輝くペンダント。
 思えば、彼女が温泉でのぼせていた時なんかも付けていたし、片時も外しているのを見たことない。

 大事な物かなにか、なのだろうか。
 そう思って聞く事をためらっていると、スフィルの方から離してくれる。

「これは、わたしが里を脱走した時にたまたま発見したものなんです」
「え、脱走?」
「はい。わたしにも反抗期がありまして……」

 反抗期ってエルフにも存在するんだ。

「まだ生まれて年も経っていなかったわたしは、精霊の力も使えず。こんな森の中ですし、どんどんと里とは逆方向に進んでしまっていたのです」
「それは大変だな」
「はい。ですが、たまたま拾ったこの綺麗なペンダント。これに勇気をもらってから歩き続けると、エルフィオ様が最終的に見つけてくださって」
「エルフィオさん……」

 さすが里長だな。

「これは、その時からずっと付けているんです。その時の(いまし)め、そして勇気の証として」
「そっか」

 良い話だ。
 俺と同じく、シャーリーとフクマロは「うんうん」とうなずく。

 ただ、違った反応を見せたのは意外にもドラノア。
 言い放ったのは驚くような言葉。

「それ、どう見ても森で作れるものじゃないわ」
「えっ?」
「どういうことだ、ドラノア」

 俺は思わず聞き返す。

「魔力……というより、何らかの魔法で作られているわね。それもかなり巧妙よ」
「……!」
「エアル、あんたにはこれ作れる?」
「ちょっと見せてくれ」

 ドラノアに聞かれ、スフィルのペンダントをじっと見つめる。
 
 深い青色の、(しずく)を模したようなペンダント。
 前世の言葉で表現するなら、その色は宇宙、もしくは深海が正しいだろうか。

 それに造りもめちゃくちゃ精工だ。
 強力な『魔力結界』が薄く張られており、壊せそうにない。
 何百年と生きてきたスフィルがずっと付けていられるわけだ。

 深く観察してみて、感想を口にする。

「……無理だ。今の俺じゃどうやっても出来そうにない」

 「何かを作る」という得意分野で出来ないのはとても悔しい。
 それでも、悔しさより感動が勝ってしまうほどの美しさだ。

 そうしてドラノアは、まとめたような言葉を口に出す。
 
「となれば、やはりエアルよりも魔法に優れた者が作ったのね」
「でも、エアルよりも優れた者なんて……」

 シャーリーは、信じられないといった表情をする。

 だがこれは事実だ。
 それにドラノアは「やはり」と言った。
 ならば、俺と浮かばせている人物は同じなのかもしれない。

「『けんじゃ』か」

 俺が森に来るきっかけとなった本『森のけんじゃのたんけんきろく』。
 それの著者『けんじゃ』が造ったということなのだろうか。

「たしかにそれだったら……」
「納得できるの」
「そうなるわね」

 俺が(こぼ)した言葉には、みんな同意の様子。
 ならばとスフィルに尋ねてみる。

「これを拾った場所、わかるか?」
「……いえ」

 だが、スフィルは申し訳なさそうな顔を浮かべる。

「すみません、正確な場所までは覚えていなくて」
「そっか」

 それもそうだ。
 もう何百年も前の話なわけだし。

 だけど、また彼女が口を開く。
 ドラノアだ。

「それなら一人、頼れる子がいるかもしれないわ」
「……!」

 なんだなんだ、今日のドラノアは一味違うぞ。
 あのドラノアが頼もしく見える。

「誰だ?」
「ダークエルフのテトラよ」
「テトラさんが?」

 こうして、俺たちはテトラさんを尋ねることに。
 だが、まさかこの会話が、(のち)に街づくりに大きく発展するきっかけになろうとは、この時は思いもしなかった。
 ドラノアの提案から、俺たちはダークエルフのテトラさんに話を聞くことにした。
 理由は、彼女が長年森を飛び回っていたらしいからだそう。

 ドラノアは眠っている間にテトラさんと話していたらしい。 
 だからこそ知っているのだろう。

 そして、今はその出発段階。
 そこで必要な工程が一つ。

 「……」

 静かに座っているスフィルさん。
 祈るようなポーズをしながら、背後には黄緑色のオーラが包む。
 精霊さんの力を使役しているんだね。

 精霊とは会話は出来ないと言っていた彼女だが、それは精霊側からスフィルへ言葉を受ける手段がないだけだ。
 つまり、スフィルから一方通行で言葉を伝えることはできる。

「はい、もう大丈夫です。これで、これからエルフの里に伺うよう里側に伝わったはずです」
「了解」

 開放的なエルフの里だが防衛手段はいくつか存在している。
 その一つがこれだ。

 外からエルフの里へ入るときは、事前に精霊()てに知らせておくのだそうだ。

 最近となっては、果たして森に怖い種族がいるのかは怪しい。
 それでもやはり、里で安心して暮らすには必要なことなのだろう。

 とにもかくにも、これで準備は整った。

「じゃあテトラさんに話を聞きに行こうか」

 俺はドラノアとの一件以来、エルフの里を訪ねることにする。




「おほー! すっげえー!!」

 いつもの移動手段はフクマロだったが、今回は別。
 なんとドラノアがドラゴン形態となり、高い木々の上から里へ向かっている。

「気持ちいい〜!!」
「そうでしょう!」

 ドラゴン形態のドラノアが嬉しそうに答える。
 まさか彼女と一緒に住むことで、こんな快適な旅ができるとは思ってもいなかった。

「これが、森なんだ……」

 見渡す限り、どこまでも永遠に続く高い木々。

 だけどこれは本当の姿じゃない。
 精霊の働きによって、幻影が見えているだけなんだ。

 真の姿がどうなっているかは、ある程度近づかないと判明しない。
 それこそエルフの里の『神秘の樹』、はたまた、さらにすごいものが存在するかもしれない。
 考えれば考えるほどに、人智を超えた不思議な大地だ。

「いつか森の神秘も全て解けるのかな」
「さあ。でも、エアルならやっちゃいそうだわ」
「そうかな」

 シャーリーがふふっと笑いながら答えた。
 最高の景色に加えて、そんな謎にも心を踊らせながら、快適な空の旅を満喫(まんきつ)した俺たち。
 エルフの里へはあっという間に到着したのだった。
 



「いらっしゃい、エアルちゃんたち」

 里長のエルフィオさんの家につくなり、俺たちは歓迎される。
 話もすでに伝わっていたのか、テトラさんもすでに待機していた。

「ドラノア様……! それでうちのところに!?」
「ええ、そうよ。というか、あたしには(かしこ)まった言葉もいらないわ! あたしたち友達でしょ?」
「はい……あ、うんっ!」

 ドラノアの言葉に、テトラさんは嬉しそうな表情を浮かべる。
 まだ憧れ感は捨てきれていないようだけどね。

「そういうことでよろしくね、テトラ!」
「う、うん!」

 テトラさんについて、最初はクールキャラなのかななんて思った。
 けど、案外妹キャラというか、まあエルフィオさんにもぞっこんみたいだからな。
 可愛い系のキャラなのかもしれない。

 そうして、俺たちは早速本題に入る。

「それで、これを見て何か分かることとか、話を聞いたりしたことってある?」
「そうね……」

 テトラさんは、スフィルのペンダントをじっくりと眺める。
 やがて彼女は視線を俺たちに戻した。
 
「正直、エアルっちみたいに分かることは少ない」

 エアルっち!?
 めちゃくちゃツッコミたい呼び名だが、ここは一旦話を聞こう。

「けどこれは、『ダンジョン』の物じゃないかなと思う」
「ダンジョン!?」

 それってよく言う、未知の発掘物が取れるとかいう迷宮のことか?

「多分だけどね。だって、これはエアルっちでも造れないんでしょ?」
「ああ、そうなんだ」
「そんな凄い物があるとすれば、まずダンジョンで間違いないと思う」

 テトラさんは、確信まではいかなくとも、どこか根拠を持って話しているよう。

「うちはドラノアの世話をしているのは悟られたくなかったし、なるべく誰とも話さないようにしてた。けどその分、コソコソ情報収集することだけは(おこた)らなかったの」
「ふむふむ」
「そんな中で思い当たるのは、やはりダンジョンね」
「なるほど

 テトラさんの話は信用できる。
 眠っているドラノアを一人で支えていたわけだしな。
 ここは信頼してさらに教えてもらおう。

「じゃあその、ダンジョンというのはどこに?」
「そうね。ここからだと──」

 テトラさんの説明は大変わかりやすいものだった。

 俺たちの住処を中心とすると、北は森の外。
 トリシェラ国をはじめとする人間界だ。

 南がここエルフの里で、東には(ぬし)のいた湖がある。

 そして、今回の話題のダンジョンは西。
 それも住処から湖までの距離よりも長く、ずっと行った先にあるという。

 ただ、テトラさんも正確な位置までは分からないとのこと。
 あくまで話に聞いた程度みたいだ。

「あとはたしか、里があるって話ね」
「里……!」
「ええ。でも種族はなんだっけなー、化けるとか化けないとか、そんな感じだった気がするけど……」

 テトラさんは記憶をふり(しぼ)るように「うーん?」と頭を悩ます。
 そんな彼女に、ドラノアが口を挟む。

()(ぎつね)族のことかしら」
「そう! それですっ!」

 テトラさんが目を見開いて大きくうなずく。
 どうやら正解だったらしい。
 
「よく知ってたな」
「名前だけよ」
「それで、その化け狐族っていうのは?」

 ドラノアはドヤ顔のまま続ける。

「名前の通り、化ける狐の種族よ。確か、あたしみたいに人間の姿に化けるの!」
「へえ……」

 ドラノアも何故か人型に化ける事が出来るし、化け狐族もか。
 これは偶然なのか?

 けどまあ、とりあえず情報は手に入った。

「ありがとうテトラさん。本当に助かったよ」
「うちで良ければいつでも頼ってよ。ちょっとここでやることがあるから、今回は行けないけど」
「いやいや、全然。じゃあまた、すぐにでも顔を出すよ」

 方角さえ分かれば、俺とドラノアの魔力探知でどうにもでもなるだろしな。
 そうして、俺たちは早速立ち上がる。

 みんながお礼をする中、ドラノアはとびきりの笑顔。

「ありがとうね! テトラ!」
「うんっ! またねドラノア!」

 二人も良い関係になれて良かった。
 心の底からそう思う。

「じゃあ行くわよ!」

 そして、またドラノアがドラゴン形態へと変身する。
 すぐに飛び乗った俺たちを確認して、ドラノアが勢いよく飛び立つ。

 そんな中、後方から再びテトラさんの叫ぶ声が聞こえてきた。

「もう一つ特徴を思い出したわー!」
「なにー!」
「化け狐族が化けた人は、美男美女って噂よー!」

 ……なんだと?






 
<三人称視点>

 エアル達がエルフの里を出発して一週間ほど。

 ここは森の中、とある場所。
 ここにはダンジョンと呼ばれるものが眠っており、それを囲うように里が作られている。

 その里に住み着くのは、──『化け狐族』だ。

「ここも随分と平和になったものだな」
「ああ。かつてはこの里も小競り合いしてたなんて、夢のような話だ」

 言葉を交わす化け狐族の二人だが、その話題の割には顔が暗い。
 それもそのはず、彼らには心配事があったのだ。

「あとは姫様の容態さえ治ってくだされば……」
「そうだな。争いがないのは良いことだが、姫様は心配だ」

 この里の姫様の体調が良くないのだという。
 しかし解決策がないようで、話題はすぐに切り替わる。

「そういえば知ってるか? この森にはフェンリルやドラゴン、そんな伝説的な存在の数々がいると」
「ばっか、そんなのただの伝説だよ。そんなの信じてる奴なんて今時いねえよ」

 ──だが、そんなところに情報が飛び込んでくる。

「報告です!!」

 声を上げたのは見張り番の者。
 彼が衝撃の事実を二人に伝える。

「古来の伝承にある、フェンリルと思わしき種族を連れた、謎の集団が姿を現しました!」
「「なにいいい!?」」

 今しがた、ただの伝説という話をしていた中、本当にその存在がそれが出現したのだ。
 こんな反応にもなる。

 驚いた化け狐は慌てて聞き返す。

「それに謎の者とはなんだ!」
「それが……に、人間かと思われます!」
「人間だと!?」

 里にやや不穏な空気が流れる中、里の領地ギリギリのところまで、フクマロやドラノアを連れたエアル達が姿を現した──。
 「とうちゃーく!」 

 エルフの里を出発してから、実に一週間ちょっと。
 俺たちは、ようやく化け狐族の里の痕跡(こんせき)を見つけ、それを辿る事で近くまでやってきた。

「それにしても長かったなあ」

 時間がかかった理由としては、里の痕跡が見つからなかったのも。
 けどそれと同じぐらいに……

「エアル見てこれ! すっごく綺麗な花!」
「また変なもん取ってきやがって」

「我も見つけたぞ!」
「お前もかい!」

 同行者がまあ元気なこと。
 それに一週間とは言っても、別にワイルドな生活をしていたわけではない。

 簡単な寝床のコテージなら俺がすぐに作れるし、収納魔法内には食料も存分に入れてきた。
 料理は言わずもがな、素晴らしいシェフが二人もついているので困る事は無い。

 言ってしまえば道中を楽しみ過ぎた。

 けどまあ、こうして無事目標には辿り着けたのでよしとする。

 街づくりも特に期限があるわけではないしな。
 久しぶりの冒険だ。
 のんびりするのも悪くない。

 だけど、ここからは違う。

「みんな、そろそろ気合を入れよう」
「「「……!」」」

 俺は少し真剣な表情で口を開く。
 
「この辺からは魔力の質が違う」
「ええ、そうね」

 それにはドラノアも同意。
 彼女も俺と同等の魔力探知を持っているから感じるのだろう。

「国境線の代わりってか」

 ここを一歩超えるのと超えないのでは、明確に魔力の込められ方が違う。
 整備されているみたいだ。
 まるで「この先は我々の領地だ」と言わんばかりに。

 ──と考察していたのも(つか)の間、

「……ッ!」

 唐突に、俺の足元に一本の矢が刺さる。

 直接俺たちを目掛けたわけではないようで、領地の線上にぴったりと刺さっている。
 それ以上近づけさせないための警告の様な矢だ。

「止まれ!」

 続けて、前方の高い木々の上の方から声がする。
 見上げた先には──

「人間?」

 弓矢をこちらに向けながら、俺たちを警戒する人間(・・)のような者が二名。

「……いや」

 かと思ったが、微妙に違う点がいくつか見受けられる。

 頭の上部についている猫耳。
 後方から見え隠れする尻尾。
 (きつね)っぽい特徴と言われれば納得できる。

 間違いない。
 俺はその名を叫んだ。

「化け狐族……!」

「ほう」
「俺たちを知っているか」

 二人の男が答えた。
 やはりそうらしい。

 そして、その顔はテトラさんの言っていた通りだ。

「イケメンかよ!」

 今世の俺も、かなりイケメンに生まれ変わったものだと歓喜したものだ。
 だが、それを優々と超えてきやがった。

 それはまさに、女性向けのソシャゲとかに出るレベルのイケメン達。
 近寄ったら甘い声で誘惑されそうだ。

「格好も中々……」

 成人式のようなド派手さとはいかなくとも、街にいたら目立つ綺麗な和服のようなもの。
 その姿は大変()えている。

 それも加味して──悔しいが、めちゃくちゃかっこいい。

 だが、そんな考察も他所に化け狐族の男は声を上げた。

「貴様、どういうつもりだ!」
「急に訪問してすみません! ですが、決して争いをしにきたわけではないんです!」
「黙れ!」
「うぐっ」

 それでも、男は弓を引いたまま。
 相当にお怒りのようだ。

そんなこと(・・・・・)をして、許されると思っているのか!」
「そんなこと? ──ッ!」

 何の話かは分からないが、男はついに弓矢を放つ。
 危険を察知した俺は、シャーリーを抱えてすぐさま後方に下がった。

「……」

 今のは境界線ではなく、間違いなく俺を狙っていた。
 地面に刺さった矢には魔法も付与されている。
 当たったらまずそうだ。

「あいつら、己の立場を分かっていないようね」

 この事態に、ドラノアも少々お怒りらしい。

「やめろドラノア。ここで手を出すと交渉が決裂してしまう」
「じゃあどうしろって」

 でも、ここは止めさせてもらう。

「こういう時は、俺たちに戦闘の意思がないことを伝えるしかない」
「でも!」
「とにかくダメだ」

 そうでもしないと、せっかく辿り着いたこの場所へは二度と入れなくなる。
 俺もまさか、化け狐族がここまで好戦的とは思わなかったけどな。

「放て!」

「「「……!」」」

 そんな俺たちに、容赦(ようしゃ)なく追撃してくる化け狐族。
 あちらは完全に迎撃態勢らしい。

 俺はドラノアに目を配らせつつ、他に指示を出す。

「スフィルは一歩後退! フクマロはシャーリーを頼む!」

「分かりました!」
「承知!」

 スフィルを下がらせ、シャーリーは一旦フクマロに預ける。
 もし何かあった時、一番速くここを抜け出せるのはフクマロだからだ。

「放て!」

「甘い!」
「──ヴオオ!」

 向かってくる弓矢は、俺の『風魔法』やドラノアの火の咆哮(ほうこう)でうまくいなす。
 俺たちは反撃をしないが、弓矢は止まる様子が無い。
 
「あいつら……」
「まだだ。抑えるんだドラノア」

 だが、この攻防で一つ気づいた事がある。
 こいつら、時々弓矢を放ちずらそうにしていないか?
 
 それを証明するよう化け狐族は声を上げた。 

「くそっ! 貴様ら卑怯(ひきょう)だぞ!」
「卑怯?」
「そうだろう!」

 次の発言はなんとも驚くべきものだった。

「神獣フェンリル()を盾にしやがって!」
「え」

 今、フクマロのことを様付けしなかったか。
 また、それに続いて他の化け狐族も叫び出した。


「ちくしょう!」
「フェンリル様、今お助けします!」

 あれ、いよいよ話が分からなくなってきた。
 俺はフクマロの顔を覗いてみる。

「なあフクマロ、もしかして知り合いか?」
「いや、まったくそのような記憶はないが……」

 そうだよなあ、フクマロから化け狐族の話なんて聞いたことないし。
 おかしいなあ。

 けどまあ、ここはありがたくこの状況を利用させてもらうか。

「フクマロ、ひとこと言ってやってくれ」
「うむ」

 フクマロが俺たちの前に出ることで、化け狐族は攻撃の手を止める。
 そうして、一息ついたフクマロが宣言した。

「この者たちは敵ではない! どうか(ほこ)を収めよ!」

「「「へ?」」」

 半信半疑だったが、フクマロが一言を放った瞬間、嘘のようにぴたっと矢の嵐が止む。
 ……まじで止むのかよ。