魔の大森林での二日目、朝。
俺とシャーリーはテーブルを囲み、フェンリルさん(小)は地面に体を付けている。
みんなのそれぞれ朝ご飯が置かれている。
「……エアルよ。まだなのか」
「ああ、今から大切な事を話すからな」
目の前に朝ご飯が置かれた状態で、待たされるフェンリルさん。
言った通り、今から大事な話をするからだ。
シャーリーと顔を見合わせて頷き、俺はフェンリルさんに向かい直した。
「フェンリルさん、君は今日から『フクマロ』だ!」
「!?」
突然の宣言に、フェンリルさんは驚いた顔を示す。
そりゃそうだろうな。
だが、反応はとても良かった。
「それはまさか……“名前”、というやつか?」
「ああ、そうだよ」
「そうか……!」
フェンリルさんは、ハッハッと舌を出しながら尻尾をブンブンと振る。
いかにも嬉しそうな反応だ。
「して、その由来は?」
「あ、えっとー……」
「そわそわ」
「し、白くてふわふわしてるって意味かな!」
本当は『大福』と『マシュマロ』。
その二つの単語を組み合わせて『フクマロ』だ。
フェンリルさんの特徴といえば、やはり白くてふわふわなところ。
他に白くてふわふわした物を浮かべた結果、咄嗟に出たのがその二つだったんだ。
神獣に付ける名前にしてはちょっと可愛すぎる気もするが、元の単語はこの世界には無いので大丈夫だろう。
「そうか……我にも名前が……」
「気に入ってくれた?」
「ウォンッ!」
フェンリルさん、改めフクマロはとても良い返事をした。
その反応にシャーリーも胸をなでおろす。
「よかった~」
「シャーリーも、可愛いって言って気に入ってたもんな」
「うんっ!」
実は、俺とシャーリーは昨日寝る前にフクマロから相談を受けていたのだ。
俺たち二人が名前で呼び合うのを見て、どうやら“名前”が羨ましくなったらしい。
まったく、可愛い奴め。
フェンリルさんは、その唯一無二の存在がゆえに名前が無かった。
けどそれは、俺たちを『ニンゲン』と呼ぶようなものだし、名前で呼び合った方が仲間って感じがして心地良い。
「てことで。待たせたな、フクマロ」
「うむ!」
その名で呼びつつ、みんなで手を合わせる。
「「いただきます」」
「イタダキマス」
俺とシャーリー、それに小さくなったフクマロを加えて朝ご飯を食べ始める。
朝一番の取れたて新鮮野菜で作った、シャキシャキサラダだ。
ドレッシングはかけません。
だって、
「ん~!」
こんなに素材の味が美味しいのだから。
「本当に美味しいよね、この森の食べ物」
「そうなんだよ。見た目から明らかに潤っているし、何か秘密があるのかな」
「……まーた、何か企んでる」
「え」
シャーリーに指摘され、自分の顔の変化に気づく。
「バレてましたかー」
「バレバレよ。で、今度はどうしたの?」
「うーん、企んでるってわけではなくて」
「うんうん」
食い入るようにこちらを見てくるシャーリー。
二人で追放されたことで、俺がどれだけスローライフを望み、俺がどれだけ準備してきたか分かってきただろう。
俺は最強にはそこまで興味が無い。
代わりに「生活魔法」とでも言えば良いのかな、とにかく使えたら良いなーって魔法の習得を優先してきた。
独自の魔法の開発を行ってきたのも、そういった分野ばかりだ。
まあ単純な強さで言っても、王国では負けなしだったけど。
けれど所詮、そちらは副産物に過ぎない。
俺はスローライフを望む。
自分好みのライフスタイルで。
そうして培われた俺の目からすると、
「多分、魔力の影響だよ」
「え、食べ物が美味しいことが?」
「うん」
シャーリーの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
それを解消するように、俺は説明を続ける。
「野菜や果物には、水や土などから栄養が必要だと思う」
「そうね」
「でもそれらも、実は元は魔力から出来ているんだ。魔力が姿を変えて、水や土になっているんだ」
「……そうなの?」
シャーリーの頭上のクエスチョンマークが、話を進めるごとに増えていく。
まあ、無理もないか。
俺も初めて話す、おそらく世界で誰も知らない独自理論だからだ。
こう言っちゃ悪いが、この世界の人はあまり研究が得意ではない。
というより、前世の人類が研究に命を懸けていたのだ。
前世の世界では、水や土など、全ての物質は元素で出来ていた。
H₂Oとか、O₂とかっていうやつだね。
だから俺は、この世界も何かそういったもので出来てるんじゃないのかな、って研究を進めたところ、元素ではなく全て魔力で出来ていたのだ。
魔力が形を変えて水や土になるし、人間も詠唱などで無意識に空気中の魔力を使って、水や土を作り出せる。
俺はその理論を理解しているので、詠唱無しにイメージだけで魔法が出せるのだ。
「エアルって、本当に天才なのね……」
「いや、それほどでも」
この話を、シャーリーには前世の話を抜きにすると、当然天才と言われる。
前世で言うと、初めて元素を発見した天才学者のようなものなのだから。
「ちょっと遠周りしちゃったけど、つまり魔力が濃厚であればあるほど、水や土はもちろん、野菜や果物もより一層良いものになる、と思うんだよね」
「へえー。エアルが言うなら、きっとそうなのね」
シャーリーは納得してくれたようだ。
考えるのを放棄した、とも言えそうだけど。
「お主は、難しい話が好きよの」
「まー、そうだね」
前世は勉強をやらされるだけで、そこそこサボってましたから。
自分で学べばこんなにも面白い、それを気づかせてくれたこの世界には感謝だな。
そこで、ふと思った。
「こうなると、グロウリアのみんなにも食べさせてあげたいなあ」
「……嘘でしょ?」
シャーリーが疑うような目を向けてきたので、多分勘違いしている。
「上流階級の連中じゃないよ? 俺によくしてくれた人達だよ」
「あ、なるほど。そうね、この森の良さを教えてあげたいかも」
「だろ? いつかもっと開拓して場を整えて、その人達やお世話になった人を招きたいなーって、今ふと思ったんだよ」
「エアルらしい、素敵な目標ね」
当然、難しい話だというのは分かってる。
俺の背中が世界一安全だ、と言ってくれたシャーリーでさえも、フクマロやモグりんが現れた時には怯えていたんだ。
文献や人の話が膨らみ、魔の大森林の怖さは、世代を跨ぐにつれて増大しているのではないかと思う。
でも俺は、その目標を叶えたい。
だって、この森はこんなにも素晴らしい場所じゃないか。
これを味わえないのは、もったいないと思うんだよね。
「もったいない」は日本人感覚なのかもしれないけど。
だからまずは、俺はもっとこの森を知ろう。
目標はそれからだ!
よし、二日目ものんびりと頑張るぞ!
★
<三人称視点>
エアルたちのコテージから、少し離れたとある里の最奥。
「師匠! 食材を持ってきました!」
「あら良い子じゃない。おリスちゃん」
エアルたちが出会ったリスのモグりんが、“師匠”と呼ぶ人物と話す。
「それから、人間がいました!」
「あら人間。それはまた珍しいわね」
「フェンリルさんと一緒のようです!」
「へえ……」
モグりんの報告に、どこか不敵な笑みを浮かべる人物。
何を考えているかまでは読み取れない。
「少し面白いことになりそうね」
その上向きの美しき顔が、思い浮かべるものとは──。
時刻は、多分朝の十時ぐらい。
朝起きて、シャーリーはすっかり気に入った温泉に。
俺は野菜の魔力操作の研究、フクマロは散歩と、それぞれ思い思いの行動をしていた。
そうして、早めのお昼ご飯。
「もぐもぐ」
「シャキシャキ、ムシャムシャ」
「ウォンッ♪」
三人で昼ごはんを食べる。
例のごとく野菜だ。
「……」
というか、野菜か果物しかない。
野菜自体を変えることも出来るし、森の中で贅沢言うな、という話かもしれない。
だが、俺はここで自由に生きると決めた。
なのであえて口にしよう。
「魚が食べたい!」
三人とも食べ終わったタイミングで、俺は高らかに声に出した。
食べている最中にネガティブな事を言われると嫌だからね。
「魚? まあ、たしかに。野菜ばっかりだと飽きてくるわよね」
「あ、ごめん。シャーリーの料理は本当に美味しいのだけど」
「ううん、バリエーションがなくなるのも困るし。魚があるなら私も食べてみたい」
シャーリーも同じだったか。
すでに言わずもがなだけど、彼女の料理はめちゃくちゃ美味しい。
それでも、採れるのは野菜と果物のみ。
料理に加えるのも、収納魔法に収納されている肉だけだ。
収納魔法には、来るときに通った国々で頂いた食料も保存してあるが、何しろほとんどが内陸国だからな。
自然と肉が多くなる。
さらに、どの国の王も俺を敬ってくれたので、出されるのは一級品。
となれば、やはり肉にいきつくらしい。
収納魔法内では腐ることもなければ、匂いがつくこともないので大変ありがたい。
それでも、肉がほとんどの割合を占めてしまっているのは事実だった。
だから久しぶりに、魚が食べたい!
「なあフクマロ、どこかに魚が獲れるとこってないのか?」
「……な、ないぞ」
「ん?」
なんだ、今の間と怪しげな態度は。
フクマロはないとは言ったが、俺からふいっと目を逸らし、どこか誤魔化している感じがする。
となれば、聞き出すまで。
「んん~? 本当かなあ~?」
「ぐっ……」
「そーれ、モフモフ」
「はぅあっ!」
フクマロのあごの方を撫でると気持ちよさそうな声を上げる。
「教えてくれないなら、もうこうすることもないけどなあ~」
そして、俺は手をピタッと止める。
すると快楽に観念したのか、フクマロは渋々口を開いた。
「わ、わかった! ある! 魚を獲れる場所はあるぞ!」
よし、俺の勝ち!
本当にちょろいな、神獣フェンリル様よ。
「だが……」
「?」
「その場所は、ここからは少し遠くてな」
「なるほど、そういう問題ね」
フクマロはばつが悪そうに答える。
うーんと考えながらも、シャーリーと目を合わせる。
でも……やっぱりそうだよな。
「遠くても良い。案内してくれないか?」
「エアル……!」
「……仕方なかろう」
俺たちのワクワク具合を見て、フクマロはうなずく。
「でも、どのぐらいかかるんだ?」
「六時間はかかるぞ」
「まじかよ!」
いいや、それでも!
「行こう」
「うん!」
よーし、今日は魚を食べるぞ!
★
「うおっ! はっええー!」
フロマロの上に乗り、森の中を気持ち良く駆けていく。
「ちょ、はやすぎない!? こわいこわい!」
「ははっ! シャーリーは臆病だなあ」
「エアルが怖いもの知らずなだけよー!」
気持ち良いのは俺だけみたいだけど。
シャーリーも同じくフクマロに乗り、俺の背中にぴたっとくっついている。
その怖さからか、彼女が回す手は俺の腹の方でがっしりと捕まっており、そのおかげで……。
ふよっ。
その豊満なお胸さんが背中に密着している。
しかも、フクマロが上下することもあって、それがたゆんたゆん揺れるんだから、もう大変な事態だ。
下には“モフモフ”、後ろには“ぱふぱふ”で、異種ハーレムってね!
けどまあ、このまま自分一人だけ楽しむのも良くないと思うので、シャーリーに提案してみる。
「シャーリー、目を開けてごらん」
「むりむりっ!」
首を横に振ったのか、俺の背中でぐりぐりと頭が動いた。
メイド時代はこんな彼女を見ることはなかったが、誰にでも苦手な事ってあるもんだな。
「大丈夫。フクマロは絶対に落としはしないし、俺も何重にも結界を張ってる。ここで逆立ちしても絶対落ちないよ」
「……絶対に絶対?」
「ああ。絶対に、絶対」
「……」
俺の背中に埋めるようにしていたシャーリーの顔と胸が、徐々に離れる。
「周りを見てみな。こんな綺麗な景色、他では味わえないぞ」
「わあ……!」
昼過ぎという時間帯もあり、高い木々の隙間には真上からの木漏れ日が差し込む。
一筋の光がいくつも降り注ぐ光景はまさに絶景で、フクマロの疾走感も相まって気分が高揚する。
右を見てみれば、遠くには小川も流れており、景色を一層潤わせる。
前世では、紫幹翠葉、と言うんだっけ。
俺たちが独占しているこの大自然の景色、すごく気分が良い。
「すごく、綺麗……」
「味わってくれたなら良かったよ」
それからはシャーリーも少しづつ話をしてくれたので、早いものだった。
「ここだ」
フクマロのその声で、シャーリーと共に背筋を伸ばす。
視界に広がったのは──一面の湖。
「うおおー!」
「すごい景色!」
あまりにも綺麗なその景色に、俺とシャーリーは思わず声を上げた。
「それにしても、結構かかったなあ」
「だから遠いと言ったであろう」
途中、シャーリーの事も考えて何度か休みを取りながら、森を駆け抜けてきた。
六時間ほどかかったと思う。
フクマロはフェンリルだ。
魔獣の中でもトップクラスの速さを持つ。
そんなフクマロに乗ってもここまでかかるなんて。
本当、この森ってどこまで続いているんだろうな。
「壮大だよなあ……」
人類はこの『魔の大森林』の調査が進んでいない。
そのため現在の世界地図では、この森は南端に小さく書かれているのみ。
大陸は「南へいくほど小さくなる」と言われているからだ。
でも、若干過ごしてみて感じることがある。
この森は、下手したら人類の住む大陸クラスに広がっているのでは、と。
フクマロがそこそこ全力で駆けて六時間。
やっと辿り着くのが最寄りの湖、という事実がそう示している。
「ちょっと異常だよな」
そうして、うーんと考えていると、きゃっきゃとした声が聞こえてくる。
「エアル! 魚がいっぱいいるよ!」
「お、本当か!」
「ほら! 難しいことは後にしてさ!」
「……ふっ、そうだな」
シャーリーの言う通りだ。
森についてあれこれ考えるのもワクワクするが、今は魚を獲りに来たんだ。
まずはそちらを楽しもうじゃないか。
「こっちだよ、エアル!」
「おーどれどれ。……!」
シャーリーがバシャバシャ水で遊ぶ場所まで行く。
彼女に続いて湖を覗き込むと、驚きの発見があった。
「すげえ。水が綺麗で透き通って見えるんだな」
「そうなの!」
かなり深さがありそうなので底は見えない。
だけど、何十メートルであれば魚が気持ちよさそうに泳いでいるのを確認できる。
それほどに水が澄んでいるんだ。
うーん、ワクワクしてきたね!
それじゃあ早速!
「釣るぞ!」
俺はそう宣言し、意気揚々と収納魔法から自前の釣りセットを取り出す。
しかし、シャーリーの反応が良くない。
「……」
「どうしたの?」
「だってさあ……」
シャーリーは俺の顔をじっと見つめて口を開いた、
「エアルの魔法なら、簡単に獲れるんじゃないの」
「え? そ、そりゃあまあ……」
正直獲れる。
すごく簡単に。
テキトーにこの辺に魚をおびき寄せて、風魔法で一気に宙へ上げる。
それをまとめて氷魔法で冷凍して収納すれば、はい終わり。
でも……
「それじゃ趣がなくない!?」
「えー、何が趣よ。私は食べられたらそれで良い」
「男のロマンを分かっていないな」
「私、女だもん」
ぐっ、それを言われちゃ言い返しようがない。
ならばこうしよう。
「シャーリー、料理セットは持ってきた?」
「うん。持ってきたけど」
収納魔法が付与されたバックから、シャーリーが簡易調理セットを取り出す。
「何匹かサッと取ってくるから、シャーリーは調理をしてて良いよ。食べてても良いから」
「そう。そういうことなら……」
「よし」
これで解決。
シャーリーは趣味の料理をして、俺は趣味の釣りに勤しむ。
俺はやっぱり自分で釣った魚を食べてみたいと思うからね。
となれば、やはり相棒は必要だ。
俺はくるりと後方を振り返る。
「いこうぜ、フクマロ!」
「……」
「フクマロ?」
だけど、フクマロの様子がおかしい。
そういえばここに来てから妙に静かだとは思っていたけど、何やらフクマロは小刻みに震えている。
「どうしたの? 体調悪い?」
「な、なんでもないわっ!」
「んー?」
どう見ても「なんでもない」顔ではない。
ここにきてこの態度……いや、思えば最初からそこまでノリ気ではなかったな。
最初は「魚が獲れる場所なんてない」って言ってたぐらいだし。
などと考えていると、ぴーんときた。
「……」
でも、神獣だぞ?
そんなことあるかなのかなあ。
なんて思いつつも俺は聞いてみる。
「フクマロくん」
「な、なんだ?」
「もしかして湖が怖いのかな?」
「ぎくっ」
まさかのビンゴでした。
こんな神獣の姿は見たくなかった。
「えと、温泉は大丈夫なのに?」
「……うむ。無理というわけでは決してないが、昔少し怖い思いをしてな……」
「なるほどー」
おー、おー、神獣フェンリルさんよ。
なんだか知れば知るほどに、威厳がなくなっていくのは気のせいかな。
けどまあ、逆に親近感が湧いてくる気もする。
「ははっ、可愛いじゃないか!」
「……ブルブル」
よっぽど恐怖心があるらしい。
こんな状態なのによく連れて来てくれたなあ。
その点には感謝しないとね。
「そうだなあ」
けど、このまま怯えて見てるだけというのも可哀そうだ。
俺も手を貸そうと思う。
「フクマロ、俺に体を預けてくれ」
「……? ……ブルブル」
フクマロの体にそっと触れ、魔法を付与する。
すると俺の魔力が巡り、フクマロの体の表面にシャボン球のような膜が張られた。
「こ、これは……?」
「『水除けの魔法』だよ。本来は、傘を差さずに雨に当たらないように出来ないかなーって、考えた魔法だったけど」
「そんなことが?」
「うん。本当だよ」
「……う、うむ」
俺を信頼してくれてないわけではないけど、そう簡単に恐怖は抜けないよな。
ここはちょっと強めにでも。
「論より証拠。水に入ってみな」
「いや、しかし……」
「はいどーん!」
「ワ、ワォーン!」
いじいじしているフクマロを魔力で押し込んだ。
フクマロは犬のような鳴き声を上げながら湖に飛び込んだ。
「ハッ、ハッ、ハッ!」
恐怖心からか、すっごく焦った顔で一生懸命犬かきをするが……
「あっはっはっは! 何やってんだよフクマロ! 周りを見てみろって!」
「……ハ?」
周りの水は全く飛沫を上げていない。
フクマロの体を沿うように張られた薄い膜が、水を弾いているのだ。
「あはははっ! 可愛い~!」
後ろで見守っていたシャーリーも、腹を抱えて笑っていた。
シャーリーもこの魔法を知っているからな。
どうなるか予想できたのだろう。
顔を赤らめたフクマロに、俺は尋ねてみる。
「どうだ? そろそろ落ち着いたか?」
「……うむ。お主の魔法は本当みたいだな」
「ははっ、だろ?」
どうやら魔法を信頼して落ち着いたみたい。
そしてフクマロを見ていたら、なんだか俺も入りたくなってきた。
釣りはするにしても、一旦水遊びを堪能しよう!
俺はあのひんやりとした感覚も味わいたいので、顔回りや装備にだけ『水除けの魔法』を付与する。
「とりゃ!」
足から湖に飛び込むと、ばしゃん! っと飛沫を上がる。
ちょっと冷たくて、気持ちいい~!
「そういうことなら、私もちょっとだけ入ろうかな」
「来るか? シャーリー」
「うん、魔法よろしく! 私もエアルで同じ場所でいいよ」
水際でシャーリーの足部分に触れ、シャーリーに水除けの魔法を巡らせる。
「ほっ!」
シャーリーも、勢いよく湖に飛び込む。
『水除けの魔法』は、衣服が濡れることもなくそのまま水に入れるのが良い点だね!
ずーっと内陸の地上を旅してきたからな。
久しぶりに湖に入りたくなったのだろう。
そんな様子に、落ち着いたらしいフクマロが口を開いた。
「水とは、こんなに楽しいものなのだな!」
「フクマロは全然浸かってないけどな……」
「あははっ!」
それから三十分ほど。
飽きもせず、湖を潜ったり水を掛け合ったりして遊んだ。
シャーリーが湖から上がると言ったタイミングで、俺たちは釣りに移行。
十分楽しんだので、俺の腕の見せ所だな。
「じゃあ頑張ってね~」
「任せときな」
「我も釣るぞ」
シャーリーは俺が獲った魚を調理しながら、俺たちの様子を眺めている。
俺たちは木製の簡易船で中央まで移動し、そこから釣り糸を垂らす。
すっかり水への恐怖はなくなったのか、フクマロも釣りに参戦した。
そうして少し落ち着いたタイミングで、フクマロが話しかけてくる。
「知っておるか? エアルよ」
「なに?」
フクマロの話の途中で、俺の探知範囲にぴくんと引っ掛かるものがある。
それなりの魔力量を持った何かが、こちらに向かっているようだ。
「この湖には、主が存在するのだ」
「主?」
何かは簡易船に真っ直ぐに向かってくる。
って、まさか……。
「おい、その主ってこれのことじゃないよな……?」
「これとは?」
俺が湖の深くを指差すと、フクマロはカッと目を見開いた。
「こ、こやつだー!」
「えええええええ!」
ざっぱああん!
俺たちが叫んだ瞬間、湖の主は俺たちの簡易船を下から高く打ち上げた。
「うわああ!」
「のわああ!」
簡易船が下から高く打ち上げられ、船もろとも俺たちは宙を舞う。
フクマロが一番小さなサイズだったこともあり、軽かったみたいだ。
って、そんなこよりも!
俺はとっさに【風】属性と【土】属性の魔法を発動させる。
向けたのは下。
湖方向だ。
「おっと!」
「ぐおっ!」
【風】魔法で落下の勢いを軽減、【土】魔法で湖の上に着地できる場所を作り出した。
それでも危機が去ったわけではない。
俺は再度、水中に顔を覗かせる。
「なんなんだあいつ!」
「言ったであろう、主だ!」
「主ぃ!?」
「うむ! 滅多に姿を現さないはずなのだが……はっ!」
フクマロは、何かに気づいたようにこちらを見た。
そして言葉にする。
「エアルの魔力に惹かれてきたのかもしれぬ」
「それかあああ」
今のフクマロには俺の魔力を感知できない様、【阻害魔法】をかけている。
イチイチべったりとくっつかれてるとキリがないからね。
そのため、俺が『魔獣に好かれる魔力』を持っていることをすっかり忘れていた。
この魔力……嬉しいのやら嬉しくないのやら。
そうこうしているうちに、フクマロが声を上げる。
「来るぞ!」
「ああ! フクマロは元のサイズに戻ってくれ! 足場を広げる!」
「承知!」
俺が【土】魔法で足場を広げる。
それに合わせるようフクマロも巨大化していく。
そうして、本来の五メートルほどのサイズに戻った。
「フクマロ、主は!」
「あの辺をうろうろしておる!」
「どれどれ」
俺はカッと目を大きく見開き、目の周りに魔力を集中させる。
一時的な視力ドーピングだ。
ほんの少しでも量を誤れば目にダメージを受けるが、俺にとって調整は朝飯前。
「視えた!」
俺は主の体をハッキリと捉える。
若干青みがかった銀色の体。
全長はフクマロと同等ほどの巨大な魚だ。
体型はフグのようにふっくらしており、口や目が大きくて少しブサイク。
「けど、あれは!」
どうみても脂がのっている。
前世で例えるなら、まさに『超巨大マグロ』だ!
収納魔法には、生きた生物をそのまま収めることは出来ない。
俺も何度も試したが、大小関係なく弾かれてしまうのだ。
前世で言う「アイテムボックス」とか「ストレージ」という感覚なのだろうか。
つまり、あれを収納するには倒すしかない。
となると方法は……そうだ!
昨日、フクマロが言っていたフェンリルの能力がある!
「フクマロ! 風を操る力で、あいつを舞い上がらせることは出来るか!」
「容易い!」
「じゃあ頼む! 俺はあれを食べるぞ!」
「我も食べたいぞ!」
あれだけの大きさなら、俺の【風】魔法だけでは不十分かもしれない。
多種類の魔法を使えると言っても、生活的な魔法が専門なんでね!
ここはフクマロに任せて、俺は次の一手の準備をする!
「きたぞ!」
「うむ!」
もはや釣り竿に関係なく、俺の方に向かってきているように見える。
まったく、好かれちまう男は困るぜ。
「今だ!」
「ワオォォォン!」
「──! うわあっ!」
フクマロが遠吠えを上げた瞬間、水中から吹き荒れる暴風が巻き起こる。
その大きすぎる威力は、湖の主や俺たちの足場ごと宙に舞い上がらせた。
「フクマロ、強すぎだー!」
「すまぬー!」
だが、舞い上がった標的は目の前。
よくやったと言うべきか!
「はっ!」
俺は、空中で湖の主の頭に手を付け、主の魔力の総量を正確に感じ取った。
大体予想通りか……ならば!
「これぐらい!」
考えていた量の魔力を、一気に流し込む。
さらには魔力を針の様に形を整え、もはや“鋭利なピック”となった魔力の塊。
つまり、マグロの神経締めだ!
ピシィィィィン!
「よし!」
「なんと! 湖の主が動かなくなったぞ!」
ざっぱああああん!
宙で動かなくなった湖の主は、そのまま湖に落下。
沈みかけるところを、土魔法で地面で作ってやり、地上に引き上げる。
完璧に調整された魔力量で、主は一瞬も苦しむことは無い。
少し残酷かもしれないが、より美味しく命を頂くためだ。
感謝していただくとしよう。
「ふうー、なんとかなったな」
「エアルには毎回驚かされるな」
「そりゃどうも。フクマロの風もすごかったよ」
「……て、照れるであろう」
そんなこんながありつつも、俺たちは無事に湖の主を捕獲したのだった。
辺りはすっかり暗くなり、魔法で付けた火を囲う。
「「「おおおー!」」」
そうして目の前の大皿に広げられたのは、調理された様々な種類の魚。
そして何より……刺身になった湖の主だ!
「うまそー!」
湖の主は見た目通り、中身は最高に色の良いマグロのようになっていたのだ。
しっかりと部位的なものも存在しており、大トロ、中トロ、赤身など、それはそれは良い色の身を持っていた。
前世以来、この命に転生して依頼の刺身だ。
その懐かしい見た目だけでたまらない。
それでは早速!
「「いただきます!」」
「イ、イタダキマス」
俺とシャーリーを真似て、フクマロもぎこちないながら口にする。
ありがたく感謝を込めたところで、早速一口!
「──!」
こ、これは……
「うめえーーー!!」
いきなりぺろりといったのは、もちろん湖の主。
俺は大トロからだ!
一度噛むだけで伝わってくるこの身、この脂!
とろけるような脂と甘み、まさに超本格マグロそのものだ!
シャーリーのちょこっと味付けも相まって、完璧な仕上がり!
「……! んん~! 何これ、すごく美味しい!」
俺に続いて湖の主を口に入れたシャーリー。
彼女も大満足な顔だ。
シャーリーには、最初は中トロをおすすめしてみた。
ほどよく脂がのった中トロは旨味を一番感じられる、と思うからな。
前世では血抜き? とかいう難しい工程が必要だった。
けど、湖の主を切っても血は流れることなく、体内にはただ綺麗な魔力が循環しているだけだった。
「楽だし美味いし!」
その上、ふんだんに脂がのった身はしっかりと宿していた。
魔力で強化された鋭利な包丁で簡単に捌くことができたのだ。
それでも、三人で食べるにはあまりにも多すぎる量だったので、残りは収納魔法で収納したまま持ち帰る事にする。
収納魔法の空間内は腐ることも悪くなることもないので、本当に便利だ。
そうして、俺は神獣様にも目を向ける。
「ほら、フクマロ。君もいってみ?」
「う、うむ……」
フクマロは刺身の姿は見たことがないそうで、躊躇気味だったが、
「……! なんだこれは!」
「どうだ?」
「こんなに美味しいのは初めてだ!」
「……! でしょー!」
すごく喜んでくれた。
フクマロがいなければ、あそこまでスムーズには進まなかったろうからな。
フクマロの口にも合って良かった。
そんな光景を前に、シャーリーが微笑みながら口にした。
「一時はどうなるかと思って見てたけど、これが食べれて幸せだわ」
「「!」」
「ありがとうね、二人とも!」
シャーリーのとびっきりの笑顔……すごく可愛い。
頑張った甲斐があったよ。
「来て良かったな」
自然とそんな言葉がこぼれる。
ただそれは、二人も同じだったよう。
「ええ、本当に」
「我もそう思うぞ」
「いやいや、フクマロは最初嫌がってたじゃん。水が怖いよ~、とか言ってさ」
「そこまでは言っておらぬぞ!」
「「あっはっはっは!」」
こうして、森林の中の湖という大自然で、団欒をしながら至福の夕食を味わった。
湖の主という思いがけない魚もいたが、念願だった魚、それも最高に美味しいものが手に入ったのだ。
それはもう大満足の夕飯となった!
「はあ~、今日は楽しかったね!」
「俺も大満足だ!」
湖の主という絶品もいただき、就寝時間となった。
一つテントの下、俺たちは向かい合って寝袋にくるまる。
なぜテントが一つなのか、だって?
この状況で二つ持ってくるわけがないだろう!
シャーリーと同じテントに入れるんだぞ!
とまあ冗談は置いといて(冗談じゃないけど)。
「星空、綺麗だな」
「そうね」
寝袋にくるまったまま、テントの入口から覗かせる夜の星空に視線を向ける。
入口は湖の方に向けたので、木々がなくて見通しが良い。
「はああ~」
森の中でキャンプなんて、完全に満喫しているなあ。
「テントを持ってきて良かったね」
「そうだな」
今はこうしているけど、フクマロの嗅覚を持ってすれば、障害物に当たることもなく容易に帰れたらしい。
だがその提案はもちろん断った。
そんなの、「終電逃しちゃったね」っていう雰囲気で「タクシーで帰ろう」と言っちゃう男ぐらい空気が読めていない。
というわけで、キャンプなのだ。
「私も今日の主を見て、男のロマンがちょっと分かったよ」
「お、そう? それは良かった」
「ふふっ。でも、ちょっとよ」
「その内、もっと分からせてやるよ」
「……」
「……」
一秒ほど時間が流れ、ふと冷静になる。
あれ?
今、俺変な事言わなかった?
「分からせる」って、何!?
何気なく口走ってしまったが、わからせるって……わからせるってこと!?
なんか、夜のそういう言葉に捉えられてない!?
「……」
ほら、シャーリー無言になっちゃったし!
ダメだ、真っ直ぐ顔が見れない!
「ねえ」
「はいっ!」
シャーリーに呼ばれて、背けていた体がびくっとさせる。
恐る恐るちらっと顔だけ動かすと、目線が合った。
「握っていい?」
「!?」
え、シャーリーさん!?
一体何を……。
けど、意味はすぐに分かった。
シャーリーの左手がひょいひょいと泳いでいるのだ。
「良いよ」
男ならではの妄想のせいで内心はバクバクだが、俺はすっと右手を差し出した。
「あったかいね」
「シャーリーは冷たいな」
「冷え性なの」
俺の手を握ると、安心したのかシャーリーは自然にうとうとし始める。
「寝る?」
「……じゃあ、うん。そうしようかな」
普段は聞けなさそうな甘い声の返事を聞き、俺は吊り下げていたランタンの光魔法を消す。
一つテントの下で、年頃の男女が二人。
ずっと支え合って来て、ついには誰も人がいない森で暮らし始めた二人。
そうなれば当然……
「すー、すー」
ムフフな展開、あると思っていた時期が僕にもありました。
ま、冗談だけどね。
「……ちょっとぐらい」
「え?」
何か聞こえたかな?
ぼそぼそっと、シャーリーが呟いた気がしたけど。
「すー、すー」
いや、気のせいか。
寝息たててるし。
さて、それなら俺も寝るとしよう。
「……ばか」
今度は気のせいじゃないかもと思ったが、目を閉じた俺が聞き返す元気は、すでになかった。
★
「……ん」
頬に何か柔らかい感触があった気がして、すでに浅くなっていた眠りから目を覚ます。
半開きの目には、隙間からの日の光が当たっていた。
「……ん?」
と思ったら、視界の上の方にシャーリーが。
女の子座りでなぜか真っ赤な顔でこちらを見ている。
「お、起きたんだ! お、おは、よう……」
「今起きたよ。おはよ」
「良かった……」
なんだかシャーリーが焦っている気がするが、まだ頭がぼーっとする。
「エアル。もう少し、寝る?」
「んー。じゃあ、そうしようかな」
とは言いつつ、実はもうほとんど目は覚めている。
体内の魔力の循環を早くすれば、脳の働きも活性化させることが出来るからな。
「……」
だが、目の前に“それ”はあった。
今なら、眠いふりをして許されるんじゃないかと思う。
「“そこ”で、寝ていい?」
「そこって……え?」
俺の細めた視線の先を察して、シャーリーは若干うろたえる。
やっぱり無理か、と起き上がろうとしたのもつかの間──
「い、いい、よ……?」
「……良いのか」
「うん……」
冗談半分で言ったのだが、まさかの返答。
俺は混乱しながら、そーっと体全体をシャーリーに向かって頭を動かす。
そして、時は来た。
すとっ。
位置を確認して頭を置いた時、衝撃という名の革命は起きた。
「……!」
これが、これが膝枕か……!
柔らかすぎず、固すぎず。
人肌にしか出せないであろう、このひんやりと気持ちの良い温度感。
露出された太ももに、頬をぷにぷにさせれば、他では味わえない高揚感。
なんって素晴らしいんだ!
「んー……」
「ひゃっ!」
この際調子に乗ってしまえと思った俺は、そのまま顔をシャーリー側に向けた。
するとどうだろう。
シャーリーの柔らかくて少し甘い、いかにも“女の子”という匂いが鼻を通っていく。
顔の向きを変えただけで、幸福度が段違いだ。
彼女とは家もお風呂も変わらないはず。
なのに、どうしてシャーリーはシャーリーの匂いがするのだろう。
そんな疑問を確かめるため、我々はアマゾンの奥地へと──
「むぐっ」
「……完全に起きてるでしょ」
シャーリー側にさらに近づこうとすると、顔を抑えられた。
さすがに調子に乗り過ぎたようだ。
「もう、お調子者なんだから」
「言い訳もございません」
湖で顔を洗い、フクマロも混ざってテントの外で朝食をとっている。
朝食はなんと、焼き魚なのだ。
しかも、これがまた美味い!
そんな美味に、フクマロが口を開いた。
「やはり、エアルの仮説は本当かもしれないな」
「あー、美味しさは魔力の濃さが関係してるかもって話?」
「そうだ」
昨日の時点で、それは俺も思っていた。
だって、明らかに美味すぎるんだもん。
美食の大地であった日本の味覚はすでに忘れてしまったが、多分負けてない。
それほどに、ただ焼いただけの魚が美味しいのだ。
さらに、俺の長年の研究の末に開発した「塩」をふればもう完璧だよね。
「本当に美味しい! エアルの“しお”もだし、魚がもう……!」
シャーリーも大満足らしい。
良かった良かった。
「はあ~あ。さすがに毎日ってわけにはいかないけど、せめて何日かに一回は食べられたらね」
一応、主や他の魚は収納魔法にストックしたが、消費すれば当然なくなる。
またここに来れば良いだけの話なのだが、往復12時間となるとやっぱり時間がね。
こんな時、すぐにでもここに来られたら……
「って、待てよ」
そんな時、ふと俺の頭を過るものがある。
まだ実験段階だった未知の魔法だ。
それは理論は整ったものの、完成されることはなかった魔法だ。
それを使えば……
「移動することなく、ここに来られるかもしれない」
「え!」
「なんと!」
俺の独り言に、二人は驚いた反応を示す
そしてシャーリーは、何かを悟ったように聞き返してくる。
「ねえ、エアル。まさか、あなたの言うそれって……」
「ああ、そのまさかだよ」
俺はその名を言葉した。
「伝説上の魔法【転移魔法】さ!」
「て、転移魔法ー!?」
俺の言葉にシャーリーは、彼女史上一番の大仰天を見せた。
まあ転移魔法といえば、伝説的な魔法の中でも最上級。
もはや神話クラスの魔法だからな。
「うん、条件は揃ったと思う」
そんな神話クラスの転移魔法だが、実は理論は出来ている。
前世の、ニホンの「ライトノベル」からヒントを得てるんだ・
まあそれは言えるわけもないので隠しておくが、理論自体はそこまで難しいものじゃない。
簡単に考えると「今の場所」と「行きたい場所」の超正確な位置の把握が出来れば、転移は可能。
趣味にはぴったりな魔法だったので、一年半の苦節の内に理論は完成した。
では、今までどうしてやらかったのか。
問題は、転移に使うその“魔力量”だった。
人や物を場所を超えて送ろうと思うと、とんでもない魔力量が必要になる。
王国内でも空気中に漂う魔力だが、単なる趣味で一気に大量消費してしまっては、国民に何かしら影響があると思った。
この世界で言う、酸素不足みたいな状況になりかねないからね、
では、今はどうだろう。
この森に漂うは濃い濃~い魔力。
それでもかなりの量は必要だが、弊害をもたらすことなく使えると思う。
「でも、具体的にはどうやって?」
「うーん。説明すると難しいけど、聞く?」
「あ、やっぱりいいや」
「ぐぬ」
俺のオタク趣味全開な理論の方には、興味が無かったシャーリー。
ただ、これだけは付け加えておく。
「けど、今すぐに出来るってわけではないんだ。それなりに準備が必要だし」
「そうなのね。というより、神話クラスの魔法をほいほい使えた方が怖いわ」
ということで、ここには俺の準備した魔法陣を敷いておくだけにする。
転移魔法が完成した時には、ここへすぐ飛んでくることが出来るように。
俺は軽く準備を終えて、フクマロの方へ振り返った。
「じゃあ悪いけど、帰りも乗せてってくれる?」
「もちろんだ」
こうして、魚という食材をゲットして、俺たちはコテージへ帰った。
★
「よし、こんなもんか」
コテージに戻った後、俺は黙々と作業を行っていた。
色々と設備を追加するためにだ。
追加したのは、時計やキッチン、温泉に行くまでの直通の通路なんかもだね。
時計は陽の角度から計算した。
ちょうど十二時頃だったので、合わせやすかったのもラッキーだ。
そんな作業もとりあえず終わった。
ちょうどいい時間帯だし、そろそろお昼にしたいな。
「シャーリー? ……は、いないんだった」
俺が作業をしている間、シャーリーはフクマロと一緒に食材を採りに行ってくれている。
食材に「魚」が追加されたことで、さらに張り切って料理をするみたいだ。
相変わらず働き者さんだなあ。
「んー、じゃあ温泉でも行くか」
ということで、俺は温泉へ。
せっかくコテージから直通する通路も作ったんだ。
作業後だし、さっとシャワーを浴びておこう。
夕方また入るだろうが、家の隣にあんな最高の施設があるんだ。
何度入っても良いよね!
「おー、我ながら完璧っ!」
作った通路を自画自賛しながら、コテージから温泉へと向かう。
ほんの数歩の距離ではあるけど、もし雨が降ったら嫌だからね。
ってことで、作業の事を考えるのはここまでにして。
「いざ!」
スポポーン! と衣服を放り脱いでいざ入湯!
「って、……え?」
ざぱーんと入水しようとした瞬間、どこか気配を感じる。
いくつかあるスーパー銭湯の内、中央の一番大きな風呂。
その湯けむりの奥に、何やら人の影がするんだ。
「シャ、シャーリー?」
シャーリーだったら「えっち!」と追い出されるので聞いておく。
だが返事はない。
さらに、張り巡らせている魔力探知にも引っ掛からない。
彼女にはそこまでの魔法はできないはず。
「……」
だとしたら一体……?
俺は魔力で形作った剣を片手に、ちゃぷんと入水する。
じりじりとその影に近づく中で、何やらうめき声が聞こえた。
「うっ」
「──! 誰だ!」
少し聞こえた声の主に返す。
でも、やはり返事はない。
そうして、
「うーん……」
「……!」
次に聞こえたのは、うなるような声。
って待てよ。
この声、まさか……のぼせてる!?
「こうしちゃおけない!」
俺は瞬時に、全身に魔力を通わせ、水除けをしながら影に近づく。
そこには──
「……!?」
なんと、大胆にもサラサラの金髪を結んで上を見上げる、すごく美人さんがいた。
「……!?!?」
さらには、おっきなお胸を大胆に晒しながらお湯に浸かっている。
タオルは巻いておらず、両肘は背側の石に付いている状態だ。
それはもう強調されたお胸が……と、とにかくすごい光景だ。
というか、金髪に、この横に長い耳。
この人、もしかして……
「うーん……」
「!」
って、何ぼーっと考えてるんだ俺は!
女性は目をぐるぐるさせ、意識は朦朧とさせている。
このまま放っておくと危険だ!
「よいしょ!」
女性にはタオルを一枚かけ、俺の肩を貸すようにして急いでお湯から出る。
「!?」
小走りなので、すぐ隣では大きな二つの山があっちこっちに暴れる。
それでも俺は、歯を食いしばりながらなんとか目線を逸らした。
そんな欲望とも戦いながら、一先ず家に入ってすぐに彼女を横に寝かせた。
「このままではまずいな」
女性だし、何よりその破壊力のあるお胸が隠しきれていないので、上からさらにタオルを重ねる。
細かく体をふくわけにもいかず、とりあえずは風魔法で乾かそう。
目は瞑る。
目は瞑るから!
「よし。かぜまほ──」
「ただいまー」
「……!!」
だが、家の扉が開くと同時に聞こえた声。
俺はサーっと冷や汗をかきながらも、ゆっくりと玄関口へと振り返る。
すると……はい、バッチリ目が合いました。
「や、やあシャーリー。ご苦労様……」
「……」
シャーリーの視線が女性、俺、女性と行き来する。
「へえ」
「……ひっ!」
そして、その目に怒りがこもっていくのが分かる。
女性は裸の上にタオル、俺は前を隠すためのタオルのみ。
おまけに、俺の手が今まさに彼女に触れようとしているのだ。
絶対に勘違いされてる。
「ち、違うんだ、シャーリー!」
「……」
「シャーリーさん!?」
シャーリーは何も言わず、瞬きも一切せず、こちらにずんずんと歩いて来る。
そして、にこっと笑った。
「なにしとるんじゃー!」
「──ごぁっ!」
俺の体は窓を突き破って外へと飛び出た。
★
<???視点>
頭がぼーっとします。
わたし、何をしていましたっけ……。
あ、そうでした。
あの何やら気持ち良さそうな、温かい水に浸かっていたのでした。
そして、段々意識が朦朧としてきて……。
うーん、まだ目は開けられません。
けど、何でしょう?
この心地よくて、わたしの心をくすぐるような魔力は……。
今までに感じたことのない、すごく温かい感じ。
まるで、わたしを心の中から癒すような魔力です。
ああ、もっと感じていたい……。
あ、段々と楽になってきました。
そろそろ目が開けられそうです。
「あ、起きた」
目を開けた瞬間、男の子と女性と目が合いました。
「あ、起きた」
温泉で倒れていた女性が目を覚ました。
「……」
「えっ?」
と思ったら、何やら惚けたような表情で俺の事を見てくる。
まだ意識が混濁しているのだろうか?
それとも……あれ!?
実は、意識があったとか!?
「……っ」
そう考えると段々不安になってくる。
そりゃ裸の状態で男に介抱されれば、心配もしたくなるというものだ。
俺はバッと頭を下げた。
「ごめんっ! 何も言わずにここへ連れて来てしまって! 本当に、体はなるべく見ていないから!」
誠心誠意あやまる。
隣のシャーリーさんの目もまだ大変怖いし。
「……」
「うぐっ」
シャーリーは俺の事をじっくりと見つめ、何も言わない。
この人が寝ている間に説明をして、誤解は解いたはず。
だが、まだこの目なのだ。
いや、もしかして、まだ解けてないのか?
なんて、シャーリーと無言のやり取りをしていると、金髪の女性が口を開いた。
「あの」
「……!」
少し高めの、透き通ったような声だ。
どことなく神聖さを感じさせる。
「……あなたが、わたしを助けてくれたのですか?」
「あ、うん。そうだよ」
「では、わたしを看病してくれたのも、あなたですか?」
「そうですね」
助けるタイミングで女性に肩を貸した時、かなり体が火照っているのが分かった。
そこで俺は、風魔法で体を乾かしつつ、魔力で彼女の体温を調整していたのだ。
もちろん、やましいことはしておりません。
隣で腕を組むシャーリーさんがしっかり見張っていたからね。
手の甲を少しばかり触らせていただいて、調整していた。
そんな器用な魔法の使い方は、俺にしか出来ないし。
「それでは……」
「?」
女性は顔を赤くしながら、恥ずかしげに言い放った。
「どうか、もう一度わたしに魔力を!」
「……はい?」
それから少し。
「なるほど。あの温泉はたまたま見つけて、興味本位で入ったと」
「その通りです……」
女性はようやく冷静さを取り戻し、温泉に来た経緯を教えてくれた。
なんでも、ちょうどこの辺に立ち寄っており、惹かれるがままに温泉に浸かったのだとか。
裸だったのは、単純に服が濡れるからだそう。
「それで、この手はいつまで握っていれば?」
「まだです!」
「そ、そうですか」
ちなみに、俺は現在進行形で彼女の手を握っている。
先程言われた通り、魔力を送るためだ。
けど、どう感じ取っても体温はバッチリ調整されている。
これ以上魔力を送っても意味がない事は分かっているのだが──
「あ、まだダメです! まだわたしには魔力が必要なのです!」
「あ、はい」
手を離そうとするとこれだ。
そしてシャーリーは何故か機嫌が悪い。
「チッ」
「……」
そんな状況にフクマロがボソっとつぶやいた。
『修羅場よのう』
「……何がだよ」
そんな会話もしつつ、一応女性の手を握り続ける。
って、そうだ、そろそろ彼女の話の続きを聞こう。
「それで、あなたは一体何者なのですか?」
「何者? 何者……そうですね。一言で言うと『エルフ』です」
「エルフ!?」
彼女はニッコリとした笑顔で続ける。
「はい。それもエルフの中でも上位種の『ハイエルフ』です」
「ハイエルフ!? まじで!?」
「まじです」
その笑顔がまた眩しい。
でも内心、エルフではないかと期待していた。
綺麗な長い金髪は、女の子座りをしていると先の方が床についている。
立った時には、膝辺りまでありそうだ。
真っ白な肌の笑顔はさらに美人さんで、特徴的な長い耳が斜め上に伸びている。
おしゃれなのか、首にかけた輝くペンダントも相まって一層美しく見える。
さらに、体調が優れた時から、薄く触れらない綺麗な羽が見え始めた。
あれは魔力で出来ているのかな。
そして、
「……」
シャーリーが貸した服は、なんとも胸が窮屈そうにしている。
シャーリーも人並み以上のものを持っているが……それ以上とは。
なにしろ、“あれ”だしなあ。
白色のにごり湯なんかはまだ導入していないので、それはもう──
「エアル、何かやましいこと考えてないでしょうね?」
「いいえ、決して」
っと、あぶないあぶない。
シャーリーの言葉でサッと紳士の目に戻した。
俺は再度ハイエルフの女性に尋ねてみる。
「お名前を聞いても?」
「はい。わたしは『スフィル』といいます。ぜひそのまま、スフィルとお呼びください
「じゃあスフィル。ここに来たのはどうして?」
スフィルは少しうつむき、また視線を合わせて言葉にする。
「ここへは、食材を探しに来たのです」
「食材?」
「はい。ここから少し行ったところにわたしたちの里があるのですが、食料が足りなくなってきちゃいまして……」
なるほど、食糧危機か。
「そこでお願いがあるんです」
「……!?」
そうしてスフィルはぐっと顔を近づけてくる。
「先程から感じられるこの魔力、そして扱い方。エアルさんは魔力に精通しているのでは、と思うのです!」
「ま、まあ……」
自分で言うのもだけど、知ってる方ではあると思うよ。
「だから、わたしたちの里にきてもらえませんか!」
「!」
ふーむ、そういうことか。
この森の食材は、特に魔力と関係が深いみたいだからな。
けど、一つ問題が。
「あの、シャーリーさんは、どうでしょうか……」
「別に行ってあげてもいいけど」
「お!」
お許しが出た!
問題解決!
まあ、なんだかんだでシャーリーも、困っている人は助けてしまう性格だからな。
俺としてはもちろん『行く』の一択だったんだけどね。
お胸を見てしまっていて協力しないというのは、男としてどうかと思うしな。
そうと決まれば、いくつか聞いておくことがある。
「食糧危機の原因は分かっているの?」
「そ、それが……」
「?」
スフィルは、少し丸めた手を口元に当てて、恥ずかしそうに話した。
「わたしたちの里では、料理が大流行してまして……」
「料理!?」
「はい。経緯は説明すると長くなりますが、明らかに使う量は増えているかと」
なんじゃそりゃ。
てっきり、魔力の回路が壊れて大量にダメになったとか、そういう話かと思ったが……。
「あの、それが原因なのではなくて?」
「ち、違うんです! それもある……とは思いますが、明らかに収穫量自体も減ってるんです」
「そうなのか」
なるほど、そうだよな。
「わかった。とりあえず里にお邪魔させてもらうよ」
「……!」
「それと──」
俺はちらっとフクマロの方を確認すると、迷わずうなずいてくれた。
「一旦、ここの食糧も分けるよ。収納できる魔法を持ってるから、どうぞお好きに選んで」
「そんな、あ、ありがとうございます!」
もちろん単なる厚意でもあるのだが、こういう時は持ちつ持たれつ。
ご近所さん(この森基準)でもあるみたいなので、仲良くなりたいと思う。
たしかに、この大自然溢れる森で食糧危機っていうのも、少し違和感は残るしな。
エルフさん達の食いっぷりを見てないから、はっきりとは言えないけど。
あとは……単純に楽しみ!
スフィルのようなエルフがたくさんいる里にご招待?
こんな機会、逃すはずがないだろう!
というわけで、いっちょ行きますか!
エルフの里!
「おおー! これが……!」
「はい。わたしたちの住む『エルフの里』です」
フクマロの住処のように、地面の木々が円形にくり抜かれた里。
外側から里を覆う様に伸びた木々が高い場所で日陰を作り、木漏れ日が差し込んでいる。
これまた、素晴らしい景観だ。
「思ったよりは近かったな」
住処からここまでは、およそ一時間。
スフィルの指示に従いながら、三人でフクマロの背中に乗って移動したんだ。
『フクマロの速さで一時間』を近いと言ってしまうあたり、俺もだいぶ森の広大さに慣れてきたのかもしれないけど。
「フクマロさん、ありがとうございました」
「たやすい御用だ」
スフィルも満足そうに感謝をしている。
彼女は空を飛んで移動できるとのことだが、フクマロの速さには到底及ばないらしい。
二人は互いに面識は無かったが、エルフの里長とフクマロが知り合いらしく、『フェンリル』について話を聞いていたようだ。
「では行きましょうか」
「案内お願いします」
そうして、スフィルに案内されるがままに『エルフの里』内へ。
「おお、ちゃんと“家”だ」
「ふふっ。そうでしょう」
入口らしきものを抜けると、中央には一本の大きな道。
そこから道が派生しており、左右に木造の家が並び立つ。
「スフィルー!」
「ん?」
そうして里に足を踏み入れると、近くの家のエルフさんがこちらに寄ってくる。
顔はスフィルより若干大人びているが、全身白い肌に長い金髪、横に伸びた耳の特徴は一致する。
この方もとても綺麗なエルフだ。
エルフさんはスフィルに話しかけた。
「スフィル! 帰ったのね! じゃあ早速、料理を──」
「ごめん、後でもいい? 今はこの人たちを案内しなくちゃだから」
「ちぇ~」
口を少し尖らせながら、エルフさんはこちらをチラリと見た。
「どうも、初めまして」
「あ、こちらこそ!」
いきなり美人エルフさんに挨拶されて、あわてながらに返す。
フクマロとシャーリーも俺に続いた。
シャーリーは少しジト目で俺の方を見てきていたけど。
それからエルフさんは、再度スフィルに尋ねた。
「それにしても珍しいね、お客さんなんて」
「フェンリルさんの所の人たちだよ」
「あ~なるほど!」
ポンっと右拳を左手に乗せるエルフさん。
それって万国共通なんだ。
そうして、エルフさんはにっこり笑顔で手を振りながら去って行く。
「楽しんでいってくださいね~」
「「はーい」」
俺とフクマロは笑顔で手を振り返した。
「……」
相変わらずシャーリーは俺をジト目で見てきた。
それにしても、意外と簡単に受け入れてくれるんだな。
閉鎖的な空間に見えたが、心が広いらしい。
スフィルの態度から見て、敵対するだろうとは思わなかったけど。
「すみません、いきなりうちの者が」
「いえいえ。楽しい里ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ではこちらへ」
そうして、またスフィルに従って進み始めた。
……すると、やはり気になることが。
「本当に料理が流行っているのね……」
「らしいな」
シャーリーの言う通り、里のそこら中でエルフさんが料理をしている。
手を振ってくれる人もたくさんいるが、次の瞬間にはすぐに目を料理に戻す。
鍋や調理器具を持ち出して複数人で集まったり、一人で黙々と料理をする者など、色んな人が見られる。
「すごいな……」
スフィルが言っていた通り、本当に流行っているみたいだ。
そもそも、生きていくために必要なことである料理が「流行る」の意味は理解しかねるが。
今までは、魔獣のように素材の味を楽しんでいたのかな?
「って、あれ?」
そこでまた、ふと気になったことが一つ。
中央の道を歩く中でスフィルに尋ねてみる。
「男性っていないんですね」
「そうですね。正確には、わたしたちには性別が存在しないんです」
「えぇ?」
思わず不思議な顔を浮かべてしまったのか、スフィルはふふっと笑いながら続けてくれる。
「というのも、わたしたちは生殖で生まれるのではなく、自然現象によって生まれます」
「自然……?」
「あちらです」
スフィルは里の奥側をすっと指差す。
「わたしたちはみな、里の最奥にある『神秘の光』から誕生するのです。簡単に言うと、魔力の塊ですね」
「ほうほう」
里の奥から感じる、とてつもない魔力はそれだったか。
「そして、そこから生まれるのが、決まって人間でいう女性のような体を成しているのです」
「そういうこと!」
「はい。すみません、奇妙な話……ですよね」
「いいえ、とても素晴らしいと思います」
俺はスフィルの言葉をきっぱりと否定した。
女性のようなエルフしかいない?
なんだそれ、最高の里じゃないか!
別に男性が嫌いなわけじゃない。
けど……わかるだろ? 同志よ。
「エアル、何か顔に表れてるけど?」
「そんなことはないと思います」
シャーリーの鋭い視線からは、ぱっと顔を背けた。
そんな素晴らしき事実などを話しながら、何事もなく『里長』がいるという家の前に着く。
中央の道をずっと進んだ先にあった、一際大きな家だ。
「近くで見るとますます大きいな……」
「わたしたちの里長ですので」
里に入った時から、すでに視界に入っていた大きな家。
改めて近くで見ると、その迫力と年季を感じる。
全て木造なのは他と変わらず、違うのは家自体の大きさと、階段の長さ。
里に見られる家は二パターンあった。
地面に直接建てられている家。
地面から階段があって、その先に建てられている家。
里長の家は後者で、五十段にも及ぶ長い階段の上に家が建てられている。
下からは四本の太い柱で繋がっており、三十メートルぐらいはありそうだ。
その光景はとても厳かを覚えさせる。
「少し、待っていてください」
「分かりました」
階段を登り切った先で、スフィルさんに止められる。
そしてすぐさま、彼女は扉の前で祈るようにして両手を握り合わせた。
何をするのだろう? と見ていたのもつかの間。
「!」
スフィルの背後に現れた、黄緑色の優しい色をしたオーラのような光。
そのふんわりとした光が彼女を包む。
そうして、その光は里長の家の扉をそっと押した。
「すごいわね……」
「クゥン……」
シャーリーとフクマロは完全に見惚れている。
「……」
今のは『精霊』だな。
精霊とは、あらゆる物に宿るとされる前世で言う霊的存在。
おそらく普通の人間は聞いた事すら無く、俺も実際に目にするのは初めての超常的な存在。
呼び出した際には、一時的にとんでもない力を授かると言われている。
それをこうも簡単に呼び出すとは。
『エルフは精霊と強い結び付きがある』、古い文献の話は本当だったか。
「では、こちらです」
この扉も、おそらく精霊の力を借りなければ開かないのだろう。
警備や外壁もないし、やけにオープンな里だとは思ったが、精霊の力があるから里は保たれているのか。
そんな神秘的な光景も目にしたところで、いよいよエルフの里長の家へ足を踏み入れる。
そうして入ってすぐ、
「帰ったわね、スフィルちゃん。そして……久しいわね、フェンリルちゃん」
奥に見える大きな椅子に、エルフの里長と思わしき人が鎮座していた。
「久しいわね、フェンリルちゃん」
奥の方から、そんな妖艶な声が届く。
フクマロもそれに返事をした。
「これは『エルフィオ』殿。久しぶりよの」
お、本当に知り合いっぽい。
ということが、この人がエルフの里長──エルフィオさんか。
「ふふっ」
見た目はスフィルより大人びているが、全く衰えていない金髪のエルフ。
ボンッキュッボンのスタイルは健在で、なんとも美しい女性だ。
スフィルと違うのは、うっとりと相手を眺めるような目と、布から大きくはみ出した足を組む大胆な姿勢。
例えるなら、男子高校生が妄想する保健室の先生といったところか。
まさに“お姉さん”。
まさに大人の魅力……!
また、里で見かけたエルフには、スフィルのような半透明の羽は生えていなかった。
でもエルフィオさんには生えている。
もしかすると、ハイエルフには羽が生えるのかもしれない。
じっくり(バレないように)観察したところで、エルフィオさんが口を開く。
「それでスフィルちゃん。その方たちは」
「はい。フェンリルさんと一緒にいたニンゲンの方々です。特にこちらの方は魔力に精通していますので、何か分かるのではないかと」
「そ」
大きな木椅子から立ち上がるエルフィオさん。
何をするかと思えば、こちらにすーっと寄って来る。
歩くというより、移動している感じ。
若干地面から浮いている様にも見える。
って、
「エ、エルフィオさん!?」
「ふふっ」
すーっとどこまで近づくのかと思えば、美しい顔がどんどんと迫ってくる。
止めないでいたら、すでに顔と顔が近い。
「ちょっと!?」
リーシャが上げた声にも一切躊躇しないエルフィオさん。
もうキスしちゃいそうなぐらいの距離だ。
俺は思わず顔を逸らす。
それと同時に、森を体現したようなふんわりとした香りが伝わり、少しドキドキする。
「ふーん。ふんふん。へえ」
「あ、あの……?」
だけど、キスすることもなく(当然だけど)、エルフィオさんは俺をじーっくりと観察した後に離れた。
そして不敵な笑みを浮かべたまま、こちらに尋ねてくる。
「あなた、名前は?」
「エアルです」
「ふーん、エアルちゃんね。良いものを持ってるわね」
「へ?」
何の話をしているんだ?
「少しで良いわ。解放してみてちょうだい」
「解放……あ」
その言葉でなんとなくピンとくる。
でも、そうなると一応聞いておかなければ。
「ですが、けっこう刺激的かもしれませんよ?」
「良いわ」
「……では」
俺は完璧に制御していた魔力を、少し表に出す。
するとどうだろう。
「……っ!」
「エアルさん!」
「ぐぬっ!?」
エルフィオさん、スフィル、フクマロが一斉に反応を示した。
あ、まずいかも。
そう思ったのと同時に、エルフィオさんが手を上げる。
「も、もう大丈夫よ!」
「はい」
俺はすっと魔力の制御をした。
今は漏れ出ていないはず。
「……ハァ、ハァ。中々に、刺激的ね」
「そ、それはどうも……」
エルフィオさんが言った『良いもの』。
解放という言葉遣いで納得がいった。
彼女が言ったのは、俺の『良い匂いがする魔力』の話だったんだ。
フクマロの時みたいになってはいけないと思い、俺は全力で魔力を隠していたんだ。
だけど、エルフィオさんには「何かある」と見抜かれてたみたい。
「スフィルちゃんも……これにやられたのね」
「は、はい……」
「我もだ……」
解放したのはほんの一秒ほど。
それだけでも、森に棲む三人は頭をくらっとさせ、俺の魔力の香りに浸っている様だった。
フクマロなんかは目の焦点が合わず、段々白目をむいている感じだった。
あのまま解放していったらどうなっていただろう、なんて冗談は置いといて。
なんか、フクマロの時よりも効果が強くなってないか……?
これからはより一層、気を付けていかなければ。
「すごいわ……」
「は、はい……」
エルフィオさんは妙な表情を浮かべている。
もう一度ほしいが、それを我慢しているような。
これは喜んでいいものなのだろうか……?
そんなやり取りの中で、エルフィオさんは切り替え、続いてリーシャに向き直った。
この切り替えのよさは、さすが里長さんといったところだろう。
「あなたの名前は?」
「……私はリーシャです」
「そ、リーシャちゃん。可愛らしくてぴったりな名前ね」
「い、いえ……」
エルフィオさんが俺に近づいてきた時には、声を上げたリーシャ。
だが、どうやらエルフィオさんの雰囲気にのまれているよう。
それほどに、何か神聖さと大人の魅力を思わせる雰囲気がある女性だ。
そうして、エルフィオさんは俺たちを信頼するような目で見つめた。
「刺激的なこともあったけど、悪い人たちではなさそうね。ニンゲンを見たのは初めてだけど、安心したわ」
「そうですか……」
「では話をしましょう。そこに腰かけてちょうだい」
それぞれ、その辺の椅子に腰かける。
あ、ふかふか。
また、エルフィオさんが後方に向かって声を上げた。
「あなたも出てらっしゃい」
「はい! 師匠!」
「……あ!」
そうして出てきたのは──見覚えのあるリスちゃん。
「モグりん!」
「こんにちは! 二日と一時間ぶりですね!」
野菜でお世話になったモグりんだった。
相変わらずちょっと賢そうな言葉遣いだ。
「というか、あれ? 今エルフィオさんの事を……」
「そうです! 料理の師匠はこの方です!」
「なるほどなあ」
エルフの里でやたら聞く『料理』という単語。
もしやとは思っていたが、やはりそうだったか。
モグりんが言っていた師匠とは、エルフィオさんのことだったらしい。
里内で流行っているのも、何か関係があるのだろうか。
「ではお話を始めましょう!」
お前が仕切るんかい……とは可愛くてツッコめず。
そんなこんなで、会は開かれた。
久しぶりの再会に少しわいわいし、皆が落ち着いてから話が始まる。
最初に口を開いたのは、スフィル。
「実は、わたしがハイエルフになったのはつい最近のことなんです。そして、その要因を考えたのですが……」
「うん」
「わたしは里長に料理を習う上で、魔力操作が出来るようになったのです。モグりんが使うような力です」
俺もリーシャも修行中の、野菜を変える操作の事だな。
モグりんの師匠であるエルフィオさんは当然のことながら、スフィルも出来るらしい。
「普段、エルフは精霊の力を借りながら生活するのですが、そうではなく自らの力で魔力を操作しました」
「ふむふむ」
「すると、光が私を包んでハイエルフになったのです」
「そんなことが!?」
聞いていた話が途中で斜め上にとんでいき、思わず声を上げてしまう。
分からん。
分からなすぎる、この森に生きる種族。
そうして、スフィルは自身の羽に目を向けた。
「皆さんお気付きかもしれませんが、この半透明の羽。これがハイエルフの証拠なのです」
「やはりか」
神聖で上位種を思わせる綺麗な羽。
けどそれは、里中でもエルフィオさんとスフィルしか生えていないようだった。
それは二人だけがハイエルフだったからのようだ。
そうして俺は、ここにしにきた話へ戻す。
「それで、料理が大流行したと」
「そうなんです」
あくまで魔力操作じゃなくて、料理なんだな。
あえて他の里にツッコむことはしないが。
「それで食料危機になっていちゃ、しょうがないんだけどねぇ」
そんな状況に、エルフィオさんも少し恥ずかしそうに答えた。
料理についてもだが、やはり気になるのはもう一つの理由。
「あの、収穫量自体が減っているというのは?」
「ええ。私たちは『神秘の光』より恵まれる物を食料としているの」
「……それって、エルフが生まれるという光と同じものですか?」
先ほど、スフィルに聞いたものだ。
その光から生まれるのが、決まって女性の姿をしているって話だったな。
「そ。里の最奥には『神秘の樹』があるの。それは二つの神秘の光に分かれていて、エルフと食料はそれぞれ違う方から生まれるわ」
「でも、食料を恵んでくれる方の光からの供給が少なくなったと」
「ええ、理解が早くて助かるわ」
エルフ自体を生み出す光に、エルフの食料を生み出す光。
その両方を恵んでくれる『神秘の樹』とは、一体どれほどの魔力を持つんだ……。
「事情は分かりました。それでは、案内してもらうことは出来ますか」
「ええ、もちろん。ぜひ調査をお願いするわ」
こうして話がまとまった俺たちは、『神秘の樹』へと案内してもらうことになった。