才能あふれる魔法少年の自由気ままな辺境スローライフ~王族を追放されましたが、前世の知識で未開の森を自分好みに開拓していきます。ってあれ、なんだか伝説の存在も次々に近づいて来るぞ?〜

 魔の大森林での二日目、朝。

 俺とシャーリーはテーブルを囲み、フェンリルさん(小)は地面に体を付けている。
 みんなのそれぞれ朝ご飯が置かれている。

「……エアルよ。まだなのか」
「ああ、今から大切な事を話すからな」

 目の前に朝ご飯が置かれた状態で、待たされるフェンリルさん。
 言った通り、今から大事な話をするからだ。

 シャーリーと顔を見合わせて(うなず)き、俺はフェンリルさんに向かい直した。

「フェンリルさん、君は今日から『フクマロ』だ!」
「!?」

 突然の宣言に、フェンリルさんは驚いた顔を示す。
 そりゃそうだろうな。

 だが、反応はとても良かった。

「それはまさか……“名前”、というやつか?」
「ああ、そうだよ」
「そうか……!」

 フェンリルさんは、ハッハッと舌を出しながら尻尾をブンブンと振る。
 いかにも嬉しそうな反応だ。

「して、その由来は?」
「あ、えっとー……」
「そわそわ」
「し、白くてふわふわしてるって意味かな!」

 本当は『大福』と『マシュマロ』。
 その二つの単語を組み合わせて『フクマロ』だ。

 フェンリルさんの特徴といえば、やはり白くてふわふわなところ。
 他に白くてふわふわした物を浮かべた結果、咄嗟(とっさ)に出たのがその二つだったんだ。

 神獣に付ける名前にしてはちょっと可愛すぎる気もするが、元の単語はこの世界には無いので大丈夫だろう。

「そうか……我にも名前が……」
「気に入ってくれた?」
「ウォンッ!」

 フェンリルさん、改めフクマロはとても良い返事をした。
 その反応にシャーリーも胸をなでおろす。

「よかった~」
「シャーリーも、可愛いって言って気に入ってたもんな」
「うんっ!」

 実は、俺とシャーリーは昨日寝る前にフクマロから相談を受けていたのだ。

 俺たち二人が名前で呼び合うのを見て、どうやら“名前”が羨ましくなったらしい。
 まったく、可愛い奴め。

 フェンリルさんは、その唯一無二の存在がゆえに名前が無かった。
 けどそれは、俺たちを『ニンゲン』と呼ぶようなものだし、名前で呼び合った方が仲間って感じがして心地良い。

「てことで。待たせたな、()()()()
「うむ!」

 その名で呼びつつ、みんなで手を合わせる。

「「いただきます」」
「イタダキマス」

 俺とシャーリー、それに小さくなったフクマロを加えて朝ご飯を食べ始める。
 
 朝一番の取れたて新鮮野菜で作った、シャキシャキサラダだ。
 ドレッシングはかけません。

 だって、

「ん~!」

 こんなに素材の味が美味しいのだから。

「本当に美味しいよね、この森の食べ物」
「そうなんだよ。見た目から明らかに潤っているし、何か秘密があるのかな」
「……まーた、何か企んでる」
「え」

 シャーリーに指摘され、自分の顔の変化に気づく。

「バレてましたかー」
「バレバレよ。で、今度はどうしたの?」
「うーん、企んでるってわけではなくて」
「うんうん」

 食い入るようにこちらを見てくるシャーリー。
 二人で追放されたことで、俺がどれだけスローライフを望み、俺がどれだけ準備してきたか分かってきただろう。

 俺は最強にはそこまで興味が無い。

 代わりに「生活魔法」とでも言えば良いのかな、とにかく使えたら良いなーって魔法の習得を優先してきた。
 独自の魔法の開発を行ってきたのも、そういった分野ばかりだ。

 まあ単純な強さで言っても、王国では負けなしだったけど。
 けれど所詮、そちらは副産物に過ぎない。

 俺はスローライフを望む。
 自分好みのライフスタイルで。

 そうして培われた俺の目からすると、

「多分、魔力の影響だよ」
「え、食べ物が美味しいことが?」
「うん」

 シャーリーの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
 それを解消するように、俺は説明を続ける。

「野菜や果物には、水や土などから栄養が必要だと思う」
「そうね」
「でもそれらも、実は元は魔力から出来ているんだ。魔力が姿を変えて、水や土になっているんだ」
「……そうなの?」

 シャーリーの頭上のクエスチョンマークが、話を進めるごとに増えていく。

 まあ、無理もないか。
 俺も初めて話す、おそらく世界で誰も知らない独自理論だからだ。

 こう言っちゃ悪いが、この世界の人はあまり研究が得意ではない。
 というより、前世の人類が研究に命を懸けていたのだ。

 前世の世界では、水や土など、全ての物質は元素で出来ていた。
 H₂Oとか、O₂とかっていうやつだね。

 だから俺は、この世界も何かそういったもので出来てるんじゃないのかな、って研究を進めたところ、元素ではなく全て魔力で出来ていたのだ。

 魔力が形を変えて水や土になるし、人間も詠唱などで無意識に空気中の魔力を使って、水や土を作り出せる。
 俺はその理論を理解しているので、詠唱無しにイメージだけで魔法が出せるのだ。

「エアルって、本当に天才なのね……」
「いや、それほどでも」

 この話を、シャーリーには前世の話を抜きにすると、当然天才と言われる(こうなる)
 前世で言うと、初めて元素を発見した天才学者のようなものなのだから。

「ちょっと遠周りしちゃったけど、つまり魔力が濃厚であればあるほど(・・・・・・・・・・・・・)、水や土はもちろん、野菜や果物もより一層良いものになる、と思うんだよね」
「へえー。エアルが言うなら、きっとそうなのね」

 シャーリーは納得してくれたようだ。
 考えるのを放棄した、とも言えそうだけど。

「お主は、難しい話が好きよの」
「まー、そうだね」

 前世は勉強をやらされるだけで、そこそこサボってましたから。
 自分で学べばこんなにも面白い、それを気づかせてくれたこの世界には感謝だな。

 そこで、ふと思った。

「こうなると、グロウリアのみんなにも食べさせてあげたいなあ」
「……嘘でしょ?」

 シャーリーが疑うような目を向けてきたので、多分勘違いしている。

「上流階級の連中じゃないよ? 俺によくしてくれた人達だよ」
「あ、なるほど。そうね、この森の良さを教えてあげたいかも」
「だろ? いつかもっと開拓して場を整えて、その人達やお世話になった人を招きたいなーって、今ふと思ったんだよ」
「エアルらしい、素敵な目標ね」

 当然、難しい話だというのは分かってる。

 俺の背中が世界一安全だ、と言ってくれたシャーリーでさえも、フクマロやモグりんが現れた時には怯えていたんだ。

 文献や人の話が膨らみ、魔の大森林の怖さは、世代を(また)ぐにつれて増大しているのではないかと思う。

 でも俺は、その目標を叶えたい。
 だって、この森はこんなにも素晴らしい場所じゃないか。

 これを味わえないのは、もったいないと思うんだよね。
 「もったいない」は日本人感覚なのかもしれないけど。

 だからまずは、俺はもっとこの森を知ろう。
 目標はそれからだ!

 よし、二日目ものんびりと頑張るぞ!







<三人称視点>

 エアルたちのコテージから、少し離れたとある里の最奥。

「師匠! 食材を持ってきました!」
「あら良い子じゃない。おリスちゃん」

 エアルたちが出会ったリスのモグりんが、“師匠”と呼ぶ人物と話す。

「それから、人間がいました!」
「あら人間。それはまた珍しいわね」
「フェンリルさんと一緒のようです!」
「へえ……」

 モグりんの報告に、どこか不敵な笑みを浮かべる人物。
 何を考えているかまでは読み取れない。

「少し面白いことになりそうね」

 その上向きの美しき顔が、思い浮かべるものとは──。
 時刻は、多分朝の十時ぐらい。
 
 朝起きて、シャーリーはすっかり気に入った温泉に。
 俺は野菜の魔力操作の研究、フクマロは散歩と、それぞれ思い思いの行動をしていた。

 そうして、早めのお昼ご飯。

「もぐもぐ」
「シャキシャキ、ムシャムシャ」
「ウォンッ♪」

 三人で昼ごはんを食べる。
 例のごとく野菜だ。

「……」

 というか、野菜か果物しかない。
 野菜自体を変えることも出来るし、森の中で贅沢(ぜいたく)言うな、という話かもしれない。

 だが、俺はここで自由に生きると決めた。
 なのであえて口にしよう。

「魚が食べたい!」

 三人とも食べ終わったタイミングで、俺は高らかに声に出した。
 食べている最中にネガティブな事を言われると嫌だからね。

「魚? まあ、たしかに。野菜ばっかりだと飽きてくるわよね」
「あ、ごめん。シャーリーの料理は本当に美味しいのだけど」
「ううん、バリエーションがなくなるのも困るし。魚があるなら私も食べてみたい」

 シャーリーも同じだったか。
 すでに言わずもがなだけど、彼女の料理はめちゃくちゃ美味しい。

 それでも、採れるのは野菜と果物のみ。
 料理に加えるのも、収納魔法に収納されている肉だけだ。

 収納魔法には、来るときに通った国々で頂いた食料も保存してあるが、何しろほとんどが内陸国だからな。
 自然と肉が多くなる。

 さらに、どの国の王も俺を敬ってくれたので、出されるのは一級品。
 となれば、やはり肉にいきつくらしい。

 収納魔法内では腐ることもなければ、匂いがつくこともないので大変ありがたい。
 それでも、肉がほとんどの割合を占めてしまっているのは事実だった。

 だから久しぶりに、魚が食べたい!

「なあフクマロ、どこかに魚が獲れるとこってないのか?」
「……な、ないぞ」
「ん?」

 なんだ、今の()と怪しげな態度は。

 フクマロはないとは言ったが、俺からふいっと目を逸らし、どこか誤魔化している感じがする。
 となれば、聞き出すまで。

「んん~? 本当かなあ~?」
「ぐっ……」
「そーれ、モフモフ」
「はぅあっ!」

 フクマロのあごの方を撫でると気持ちよさそうな声を上げる。

「教えてくれないなら、もうこうすることもないけどなあ~」

 そして、俺は手をピタッと止める。
 すると快楽に観念したのか、フクマロは渋々口を開いた。

「わ、わかった! ある! 魚を獲れる場所はあるぞ!」

 よし、俺の勝ち!
 本当にちょろいな、神獣フェンリル様よ。

「だが……」
「?」
「その場所は、ここからは少し遠くてな」
「なるほど、そういう問題ね」

 フクマロはばつが悪そうに答える。

 うーんと考えながらも、シャーリーと目を合わせる。
 でも……やっぱりそうだよな。

「遠くても良い。案内してくれないか?」
「エアル……!」
「……仕方なかろう」

 俺たちのワクワク具合を見て、フクマロはうなずく。

「でも、どのぐらいかかるんだ?」
「六時間はかかるぞ」
「まじかよ!」

 いいや、それでも!

「行こう」
「うん!」

 よーし、今日は魚を食べるぞ!







「うおっ! はっええー!」

 フロマロの上に乗り、森の中を気持ち良く駆けていく。

「ちょ、はやすぎない!? こわいこわい!」
「ははっ! シャーリーは(おく)(びょう)だなあ」
「エアルが怖いもの知らずなだけよー!」

 気持ち良いのは俺だけみたいだけど。

 シャーリーも同じくフクマロに乗り、俺の背中にぴたっとくっついている。
 その怖さからか、彼女が回す手は俺の腹の方でがっしりと捕まっており、そのおかげで……。

 ふよっ。

 その豊満なお胸さんが背中に密着している。
 しかも、フクマロが上下することもあって、それがたゆんたゆん揺れるんだから、もう大変な事態だ。

 下には“モフモフ”、後ろには“ぱふぱふ”で、異種ハーレムってね!
 けどまあ、このまま自分一人だけ楽しむのも良くないと思うので、シャーリーに提案してみる。

「シャーリー、目を開けてごらん」
「むりむりっ!」

 首を横に振ったのか、俺の背中でぐりぐりと頭が動いた。
 メイド時代はこんな彼女を見ることはなかったが、誰にでも苦手な事ってあるもんだな。

「大丈夫。フクマロは絶対に落としはしないし、俺も何重にも結界を張ってる。ここで逆立ちしても絶対落ちないよ」
「……絶対に絶対?」
「ああ。絶対に、絶対」
「……」

 俺の背中に埋めるようにしていたシャーリーの顔と胸が、徐々に離れる。

「周りを見てみな。こんな綺麗な景色、他では味わえないぞ」
「わあ……!」

 昼過ぎという時間帯もあり、高い木々の隙間には真上からの木漏れ日が差し込む。
 一筋の光がいくつも降り注ぐ光景はまさに絶景で、フクマロの疾走感も相まって気分が高揚する。

 右を見てみれば、遠くには小川も流れており、景色を一層(うるお)わせる。
 
 前世では、()幹翠葉(かんすいよう)、と言うんだっけ。
 俺たちが独占しているこの大自然の景色、すごく気分が良い。

「すごく、綺麗……」
「味わってくれたなら良かったよ」

 それからはシャーリーも少しづつ話をしてくれたので、早いものだった。
 「ここだ」

 フクマロのその声で、シャーリーと共に背筋を伸ばす。
 視界に広がったのは──一面の湖。

「うおおー!」
「すごい景色!」

 あまりにも綺麗なその景色に、俺とシャーリーは思わず声を上げた。

「それにしても、結構かかったなあ」
「だから遠いと言ったであろう」

 途中、シャーリーの事も考えて何度か休みを取りながら、森を駆け抜けてきた。
 六時間ほどかかったと思う。

 フクマロはフェンリルだ。
 魔獣の中でもトップクラスの速さを持つ。
 
 そんなフクマロに乗ってもここまでかかるなんて。
 本当、この森ってどこまで続いているんだろうな。

「壮大だよなあ……」
 
 人類はこの『魔の大森林』の調査が進んでいない。
 そのため現在の世界地図では、この森は南端に小さく書かれているのみ。
 大陸は「南へいくほど小さくなる」と言われているからだ。

 でも、若干過ごしてみて感じることがある。
 この森は、下手したら人類の住む大陸クラスに広がっているのでは、と。

 フクマロがそこそこ全力で駆けて六時間。
 やっと辿り着くのが最寄り(・・・)の湖、という事実がそう示している。

「ちょっと異常だよな」

 そうして、うーんと考えていると、きゃっきゃとした声が聞こえてくる。

「エアル! 魚がいっぱいいるよ!」
「お、本当か!」
「ほら! 難しいことは後にしてさ!」
「……ふっ、そうだな」

 シャーリーの言う通りだ。
 森についてあれこれ考えるのもワクワクするが、今は魚を獲りに来たんだ。
 まずはそちらを楽しもうじゃないか。

「こっちだよ、エアル!」
「おーどれどれ。……!」

 シャーリーがバシャバシャ水で遊ぶ場所まで行く。
 彼女に続いて湖を覗き込むと、驚きの発見があった。

「すげえ。水が綺麗で透き通って見えるんだな」
「そうなの!」

 かなり深さがありそうなので底は見えない。
 だけど、何十メートルであれば魚が気持ちよさそうに泳いでいるのを確認できる。
 それほどに水が()んでいるんだ。

 うーん、ワクワクしてきたね!
 それじゃあ早速!

「釣るぞ!」

 俺はそう宣言し、意気(いき)揚々(ようよう)と収納魔法から自前の釣りセットを取り出す。
 しかし、シャーリーの反応が良くない。

「……」
「どうしたの?」
「だってさあ……」

 シャーリーは俺の顔をじっと見つめて口を開いた、

「エアルの魔法なら、簡単に獲れるんじゃないの」
「え? そ、そりゃあまあ……」

 正直獲れる。
 すごく簡単に。

 テキトーにこの辺に魚をおびき寄せて、風魔法で一気に宙へ上げる。
 それをまとめて氷魔法で冷凍して収納すれば、はい終わり。

 でも……

「それじゃ(おもむき)がなくない!?」
「えー、何が趣よ。私は食べられたらそれで良い」
「男のロマンを分かっていないな」
「私、女だもん」

 ぐっ、それを言われちゃ言い返しようがない。
 ならばこうしよう。

「シャーリー、料理セットは持ってきた?」
「うん。持ってきたけど」

 収納魔法が付与されたバックから、シャーリーが簡易調理セットを取り出す。

「何匹かサッと取ってくるから、シャーリーは調理をしてて良いよ。食べてても良いから」
「そう。そういうことなら……」
「よし」

 これで解決。
 シャーリーは趣味の料理をして、俺は趣味の釣りに(いそ)しむ。

 俺はやっぱり自分で釣った魚を食べてみたいと思うからね。
 となれば、やはり相棒は必要だ。

 俺はくるりと後方を振り返る。
 
「いこうぜ、フクマロ!」
「……」
「フクマロ?」

 だけど、フクマロの様子がおかしい。
 そういえばここに来てから妙に静かだとは思っていたけど、何やらフクマロは小刻みに震えている。

「どうしたの? 体調悪い?」
「な、なんでもないわっ!」
「んー?」

 どう見ても「なんでもない」顔ではない。

 ここにきてこの態度……いや、思えば最初からそこまでノリ気ではなかったな。
 最初は「魚が獲れる場所なんてない」って言ってたぐらいだし。

 などと考えていると、ぴーんときた。

「……」

 でも、神獣だぞ?
 そんなことあるかなのかなあ。
 なんて思いつつも俺は聞いてみる。

「フクマロくん」
「な、なんだ?」
「もしかして湖が怖いのかな?」
「ぎくっ」

 まさかのビンゴでした。
 こんな神獣の姿は見たくなかった。

「えと、温泉は大丈夫なのに?」
「……うむ。無理というわけでは決してないが、昔少し怖い思いをしてな……」
「なるほどー」

 おー、おー、神獣フェンリルさんよ。
 なんだか知れば知るほどに、威厳がなくなっていくのは気のせいかな。

 けどまあ、逆に親近感が湧いてくる気もする。

「ははっ、可愛いじゃないか!」
「……ブルブル」

 よっぽど恐怖心があるらしい。
 こんな状態なのによく連れて来てくれたなあ。
 その点には感謝しないとね。

「そうだなあ」

 けど、このまま(おび)えて見てるだけというのも可哀そうだ。
 俺も手を貸そうと思う。

「フクマロ、俺に体を預けてくれ」
「……? ……ブルブル」

 フクマロの体にそっと触れ、魔法を付与する。
 すると俺の魔力が巡り、フクマロの体の表面にシャボン球のような(まく)が張られた。

「こ、これは……?」
「『水除けの魔法』だよ。本来は、傘を差さずに雨に当たらないように出来ないかなーって、考えた魔法だったけど」
「そんなことが?」
「うん。本当だよ」
「……う、うむ」

 俺を信頼してくれてないわけではないけど、そう簡単に恐怖は抜けないよな。
 ここはちょっと強めにでも。

「論より証拠。水に入ってみな」
「いや、しかし……」
「はいどーん!」
「ワ、ワォーン!」

 いじいじしているフクマロを魔力で押し込んだ。
 フクマロは犬のような鳴き声を上げながら湖に飛び込んだ。

「ハッ、ハッ、ハッ!」

 恐怖心からか、すっごく焦った顔で一生懸命犬かきをするが……

「あっはっはっは! 何やってんだよフクマロ! 周りを見てみろって!」
「……ハ?」

 周りの水は全く飛沫(しぶき)を上げていない。
 フクマロの体を沿うように張られた薄い膜が、水を弾いているのだ。

「あはははっ! 可愛い~!」

 後ろで見守っていたシャーリーも、腹を抱えて笑っていた。

 シャーリーもこの魔法を知っているからな。
 どうなるか予想できたのだろう。

 顔を赤らめたフクマロに、俺は尋ねてみる。

「どうだ? そろそろ落ち着いたか?」
「……うむ。お主の魔法は本当みたいだな」
「ははっ、だろ?」

 どうやら魔法を信頼して落ち着いたみたい。

 そしてフクマロを見ていたら、なんだか俺も入りたくなってきた。
 釣りはするにしても、一旦水遊びを堪能(たんのう)しよう!

 俺はあのひんやりとした感覚も味わいたいので、顔回りや装備にだけ『水除けの魔法』を付与する。

「とりゃ!」

 足から湖に飛び込むと、ばしゃん! っと飛沫を上がる。

 ちょっと冷たくて、気持ちいい~!

「そういうことなら、私もちょっとだけ入ろうかな」
「来るか? シャーリー」
「うん、魔法よろしく! 私もエアルで同じ場所でいいよ」

 水際でシャーリーの足部分に触れ、シャーリーに水除けの魔法を巡らせる。

「ほっ!」

 シャーリーも、勢いよく湖に飛び込む。
 『水除けの魔法』は、衣服が濡れることもなくそのまま水に入れるのが良い点だね!

 ずーっと内陸の地上を旅してきたからな。
 久しぶりに湖に入りたくなったのだろう。

 そんな様子に、落ち着いたらしいフクマロが口を開いた。

「水とは、こんなに楽しいものなのだな!」
「フクマロは全然浸かってないけどな……」
「あははっ!」




 それから三十分ほど。
 飽きもせず、湖を潜ったり水を掛け合ったりして遊んだ。
 
 シャーリーが湖から上がると言ったタイミングで、俺たちは釣りに移行。
 十分楽しんだので、俺の腕の見せ所だな。

「じゃあ頑張ってね~」

「任せときな」
「我も釣るぞ」

 シャーリーは俺が獲った魚を調理しながら、俺たちの様子を眺めている。

 俺たちは木製の簡易船で中央まで移動し、そこから釣り糸を垂らす。
 すっかり水への恐怖はなくなったのか、フクマロも釣りに参戦した。

 そうして少し落ち着いたタイミングで、フクマロが話しかけてくる。
 
「知っておるか? エアルよ」
「なに?」

 フクマロの話の途中で、俺の探知範囲にぴくんと引っ掛かるものがある。
 それなりの魔力量を持った()()が、こちらに向かっているようだ。

「この湖には、主が存在するのだ」
「主?」

 ()()は簡易船に真っ直ぐに向かってくる。

 って、まさか……。

「おい、その()ってこれのことじゃないよな……?」
「これとは?」

 俺が湖の深くを指差すと、フクマロはカッと目を見開いた。

「こ、こやつだー!」
「えええええええ!」

 ざっぱああん!

 俺たちが叫んだ瞬間、湖の主は俺たちの簡易船を下から高く打ち上げた。
 「うわああ!」
「のわああ!」

 簡易船が下から高く打ち上げられ、船もろとも俺たちは宙を舞う。 
 フクマロが一番小さなサイズだったこともあり、軽かったみたいだ。

 って、そんなこよりも!
 
 俺はとっさに【風】属性と【土】属性の魔法を発動させる。
 向けたのは下。
 湖方向だ。

「おっと!」
「ぐおっ!」

 【風】魔法で落下の勢いを軽減、【土】魔法で湖の上に着地できる場所を作り出した。
 それでも危機が去ったわけではない。

 俺は再度、水中に顔を覗かせる。

「なんなんだあいつ!」
「言ったであろう、(ぬし)だ!」
「主ぃ!?」
「うむ! 滅多に姿を現さないはずなのだが……はっ!」

 フクマロは、何かに気づいたようにこちらを見た。
 そして言葉にする。

「エアルの魔力に()かれてきたのかもしれぬ」
「それかあああ」

 今のフクマロには俺の魔力を感知できない様、【阻害魔法】をかけている。
 イチイチべったりとくっつかれてるとキリがないからね。

 そのため、俺が『魔獣に好かれる魔力』を持っていることをすっかり忘れていた。
 この魔力……嬉しいのやら嬉しくないのやら。

 そうこうしているうちに、フクマロが声を上げる。

「来るぞ!」
「ああ! フクマロは元のサイズに戻ってくれ! 足場を広げる!」
「承知!」

 俺が【土】魔法で足場を広げる。
 それに合わせるようフクマロも巨大化していく。

 そうして、本来の五メートルほどのサイズに戻った。

「フクマロ、主は!」
「あの辺をうろうろしておる!」
「どれどれ」

 俺はカッと目を大きく見開き、目の周りに魔力を集中させる。
 一時的な視力ドーピングだ。

 ほんの少しでも量を誤れば目にダメージを受けるが、俺にとって調整は朝飯前。

()えた!」

 俺は主の体をハッキリと捉える。

 若干青みがかった銀色の体。
 全長はフクマロと同等ほどの巨大な魚だ。
 体型はフグのようにふっくらしており、口や目が大きくて少しブサイク。

「けど、あれは!」

 どうみても脂がのっている。
 前世で例えるなら、まさに『超巨大マグロ』だ!

 収納魔法には、生きた生物をそのまま収めることは出来ない。

 俺も何度も試したが、大小関係なく弾かれてしまうのだ。
 前世で言う「アイテムボックス」とか「ストレージ」という感覚なのだろうか。

 つまり、あれを収納するには倒す(・・)しかない。

 となると方法は……そうだ!
 昨日、フクマロが言っていたフェンリルの能力がある!

「フクマロ! 風を操る力で、あいつを舞い上がらせることは出来るか!」
容易(たやす)い!」
「じゃあ頼む! 俺はあれを食べるぞ!」
「我も食べたいぞ!」

 あれだけの大きさなら、俺の【風】魔法だけでは不十分かもしれない。
 多種類の魔法を使えると言っても、生活的な魔法が専門なんでね! 

 ここはフクマロに任せて、俺は次の一手の準備をする!

「きたぞ!」
「うむ!」

 もはや釣り竿に関係なく、俺の方に向かってきているように見える。
 まったく、好かれちまう男は困るぜ。

「今だ!」
「ワオォォォン!」
「──! うわあっ!」

 フクマロが遠吠えを上げた瞬間、水中から吹き荒れる暴風が巻き起こる。
 その大きすぎる威力は、湖の主や俺たちの足場ごと宙に舞い上がらせた。

「フクマロ、強すぎだー!」 
「すまぬー!」

 だが、舞い上がった標的は目の前。
 よくやったと言うべきか!

「はっ!」

 俺は、空中で湖の主の頭に手を付け、主の魔力の総量を正確に感じ取った。
 大体予想通りか……ならば!

「これぐらい!」

 考えていた量の魔力を、一気に流し込む。
 さらには魔力を針の様に形を整え、もはや“鋭利なピック”となった魔力の塊。

 つまり、マグロの神経()めだ!

 ピシィィィィン!

「よし!」
「なんと! 湖の主が動かなくなったぞ!」

 ざっぱああああん!

 宙で動かなくなった湖の主は、そのまま湖に落下。
 沈みかけるところを、土魔法で地面で作ってやり、地上に引き上げる。

 完璧に調整された魔力量で、主は一瞬も苦しむことは無い。
 少し残酷かもしれないが、より美味しく命を頂くためだ。

 感謝していただくとしよう。

「ふうー、なんとかなったな」
「エアルには毎回驚かされるな」
「そりゃどうも。フクマロの風もすごかったよ」
「……て、照れるであろう」

 そんなこんながありつつも、俺たちは無事に湖の主を捕獲したのだった。


 

 辺りはすっかり暗くなり、魔法で付けた火を囲う。

「「「おおおー!」」」

 そうして目の前の大皿に広げられたのは、調理された様々な種類の魚。
 そして何より……刺身になった湖の主だ!

「うまそー!」

 湖の主は見た目通り、中身は最高に色の良いマグロのようになっていたのだ。
 しっかりと部位的なものも存在しており、大トロ、中トロ、赤身など、それはそれは良い色の身を持っていた。

 前世以来、この命に転生して依頼の刺身だ。
 その懐かしい見た目だけでたまらない。

 それでは早速!

「「いただきます!」」
「イ、イタダキマス」

 俺とシャーリーを真似て、フクマロもぎこちないながら口にする。
 ありがたく感謝を込めたところで、早速一口!

「──!」

 こ、これは……

「うめえーーー!!」

 いきなりぺろりといったのは、もちろん湖の主。
 俺は大トロからだ!

 一度()むだけで伝わってくるこの身、この脂!
 とろけるような脂と甘み、まさに超本格マグロそのものだ!

 シャーリーのちょこっと味付けも相まって、完璧な仕上がり!

「……! んん~! 何これ、すごく美味しい!」

 俺に続いて湖の主を口に入れたシャーリー。
 彼女も大満足な顔だ。

 シャーリーには、最初は中トロをおすすめしてみた。
 ほどよく脂がのった中トロは旨味を一番感じられる、と思うからな。

 前世では血抜き? とかいう難しい工程が必要だった。
 けど、湖の主を切っても血は流れることなく、体内にはただ綺麗な魔力が循環しているだけだった。

「楽だし美味いし!」

 その上、ふんだんに脂がのった身はしっかりと宿していた。
 魔力で強化された鋭利な包丁で簡単に(さば)くことができたのだ。

 それでも、三人で食べるにはあまりにも多すぎる量だったので、残りは収納魔法で収納したまま持ち帰る事にする。
 収納魔法の空間内は腐ることも悪くなることもないので、本当に便利だ。

 そうして、俺は神獣様にも目を向ける。

「ほら、フクマロ。君もいってみ?」
「う、うむ……」

 フクマロは刺身の姿は見たことがないそうで、躊躇(ちゅうちょ)気味だったが、

「……! なんだこれは!」
「どうだ?」
「こんなに美味しいのは初めてだ!」
「……! でしょー!」

 すごく喜んでくれた。

 フクマロがいなければ、あそこまでスムーズには進まなかったろうからな。
 フクマロの口にも合って良かった。

 そんな光景を前に、シャーリーが微笑みながら口にした。

「一時はどうなるかと思って見てたけど、これが食べれて幸せだわ」
「「!」」
「ありがとうね、二人とも!」

 シャーリーのとびっきりの笑顔……すごく可愛い。
 頑張った甲斐があったよ。

「来て良かったな」

 自然とそんな言葉がこぼれる。
 ただそれは、二人も同じだったよう。

「ええ、本当に」
「我もそう思うぞ」
「いやいや、フクマロは最初嫌がってたじゃん。水が怖いよ~、とか言ってさ」
「そこまでは言っておらぬぞ!」

「「あっはっはっは!」」

 こうして、森林の中の湖という大自然で、団欒(だんらん)をしながら至福の夕食を味わった。

 湖の主という思いがけない魚もいたが、念願だった魚、それも最高に美味しいものが手に入ったのだ。
 それはもう大満足の夕飯となった!
 「はあ~、今日は楽しかったね!」
「俺も大満足だ!」

 湖の主という絶品もいただき、就寝時間となった。
 ()()テントの下、俺たちは向かい合って寝袋にくるまる。

 なぜテントが一つなのか、だって?
 この状況で二つ持ってくるわけがないだろう!
 シャーリーと同じテントに入れるんだぞ!

 とまあ冗談は置いといて(冗談じゃないけど)。

「星空、綺麗だな」
「そうね」

 寝袋にくるまったまま、テントの入口から覗かせる夜の星空に視線を向ける。
 入口は湖の方に向けたので、木々がなくて見通しが良い。

「はああ~」

 森の中でキャンプなんて、完全に満喫しているなあ。

「テントを持ってきて良かったね」
「そうだな」

 今はこうしているけど、フクマロの嗅覚を持ってすれば、障害物に当たることもなく容易に帰れたらしい。

 だがその提案はもちろん断った。
 そんなの、「終電逃しちゃったね」っていう雰囲気で「タクシーで帰ろう」と言っちゃう男ぐらい空気が読めていない。

 というわけで、キャンプなのだ。

「私も今日の(ぬし)を見て、男のロマンがちょっと分かったよ」
「お、そう? それは良かった」
「ふふっ。でも、ちょっとよ」
「その内、もっと分からせてやるよ」
「……」
「……」

 一秒ほど時間が流れ、ふと冷静になる。

 あれ?
 今、俺変な事言わなかった?

 「分からせる」って、何!?

 何気なく口走ってしまったが、わからせるって……わからせるってこと!?
 なんか、夜のそういう言葉に捉えられてない!?

「……」

 ほら、シャーリー無言になっちゃったし!
 ダメだ、真っ直ぐ顔が見れない!

「ねえ」
「はいっ!」

 シャーリーに呼ばれて、背けていた体がびくっとさせる。
 恐る恐るちらっと顔だけ動かすと、目線が合った。

「握っていい?」
「!?」

 え、シャーリーさん!?
 一体何を……。

 けど、意味はすぐに分かった。
 シャーリーの左手がひょいひょいと泳いでいるのだ。

「良いよ」

 男ならではの妄想のせいで内心はバクバクだが、俺はすっと右手を差し出した。

「あったかいね」
「シャーリーは冷たいな」
「冷え性なの」

 俺の手を握ると、安心したのかシャーリーは自然にうとうとし始める。

「寝る?」
「……じゃあ、うん。そうしようかな」

 普段は聞けなさそうな甘い声の返事を聞き、俺は吊り下げていたランタンの光魔法を消す。

 一つテントの下で、年頃の男女が二人。
 ずっと支え合って来て、ついには誰も人がいない森で暮らし始めた二人。

 そうなれば当然……

「すー、すー」

 ムフフな展開、あると思っていた時期が僕にもありました。
 ま、冗談だけどね。

「……ちょっとぐらい」
「え?」

 何か聞こえたかな?
 ぼそぼそっと、シャーリーが呟いた気がしたけど。

「すー、すー」

 いや、気のせいか。
 寝息たててるし。
 
 さて、それなら俺も寝るとしよう。

「……ばか」

 今度は気のせいじゃないかもと思ったが、目を閉じた俺が聞き返す元気は、すでになかった。 







「……ん」

 (ほお)に何か柔らかい感触があった気がして、すでに浅くなっていた眠りから目を覚ます。
 半開きの目には、隙間からの日の光が当たっていた。

「……ん?」

 と思ったら、視界の上の方にシャーリーが。
 女の子座りでなぜか真っ赤な顔でこちらを見ている。

「お、起きたんだ! お、おは、よう……」
「今起きたよ。おはよ」
「良かった……」

 なんだかシャーリーが焦っている気がするが、まだ頭がぼーっとする。

「エアル。もう少し、寝る?」

「んー。じゃあ、そうしようかな」

 とは言いつつ、実はもうほとんど目は覚めている。
 体内の魔力の循環を早くすれば、脳の働きも活性化させることが出来るからな。

「……」

 だが、目の前に“それ”はあった。
 今なら、眠いふりをして許されるんじゃないかと思う。

「“そこ”で、寝ていい?」
「そこって……え?」

 俺の細めた視線の先を察して、シャーリーは若干うろたえる。
 やっぱり無理か、と起き上がろうとしたのもつかの間──

「い、いい、よ……?」
「……良いのか」
「うん……」

 冗談半分で言ったのだが、まさかの返答。
 俺は混乱しながら、そーっと体全体をシャーリーに向かって頭を動かす。

 そして、時は来た。

 すとっ。

 位置を確認して頭を置いた時、衝撃という名の革命は起きた。

「……!」

 これが、これが膝枕か……!

 柔らかすぎず、固すぎず。
 人肌にしか出せないであろう、このひんやりと気持ちの良い温度感。
 露出された太ももに、頬をぷにぷにさせれば、他では味わえない高揚感。

 なんって素晴らしいんだ!

「んー……」
「ひゃっ!」

 この際調子に乗ってしまえと思った俺は、そのまま顔をシャーリー側に向けた。
 
 するとどうだろう。

 シャーリーの柔らかくて少し甘い、いかにも“女の子”という匂いが鼻を通っていく。
 顔の向きを変えただけで、幸福度が段違いだ。

 彼女とは家もお風呂も変わらないはず。
 なのに、どうしてシャーリーはシャーリーの匂いがするのだろう。
 
 そんな疑問を確かめるため、我々はアマゾンの奥地へと──

「むぐっ」
「……完全に起きてるでしょ」

 シャーリー側にさらに近づこうとすると、顔を抑えられた。
 さすがに調子に乗り過ぎたようだ。




「もう、お調子者なんだから」
「言い訳もございません」

 湖で顔を洗い、フクマロも混ざってテントの外で朝食をとっている。

 朝食はなんと、焼き魚なのだ。
 しかも、これがまた美味い!

 そんな美味に、フクマロが口を開いた。

「やはり、エアルの仮説は本当かもしれないな」
「あー、美味しさは魔力の濃さが関係してるかもって話?」
「そうだ」

 昨日の時点で、それは俺も思っていた。
 だって、明らかに美味すぎるんだもん。

 美食の大地であった日本の味覚はすでに忘れてしまったが、多分負けてない。
 それほどに、ただ焼いただけの魚が美味しいのだ。

 さらに、俺の長年の研究の末に開発した「塩」をふればもう完璧だよね。

「本当に美味しい! エアルの“しお”もだし、魚がもう……!」

 シャーリーも大満足らしい。
 良かった良かった。

「はあ~あ。さすがに毎日ってわけにはいかないけど、せめて何日かに一回は食べられたらね」

 一応、主や他の魚は収納魔法にストックしたが、消費すれば当然なくなる。

 またここに来れば良いだけの話なのだが、往復12時間となるとやっぱり時間がね。
 こんな時、すぐにでもここに来られたら……

「って、待てよ」

 そんな時、ふと俺の頭を(よぎ)るものがある。

 まだ実験段階だった未知の魔法だ。
 それは理論は整ったものの、完成されることはなかった魔法だ。

 それを使えば……

「移動することなく、ここに来られるかもしれない」
「え!」
「なんと!」

 俺の独り言に、二人は驚いた反応を示す
 そしてシャーリーは、何かを悟ったように聞き返してくる。

「ねえ、エアル。まさか、あなたの言うそれって……」
「ああ、そのまさかだよ」

 俺はその名を言葉した。

「伝説上の魔法【転移魔法】さ!」
 「て、転移魔法ー!?」

 俺の言葉にシャーリーは、彼女史上一番の大仰天を見せた。

 まあ転移魔法といえば、伝説的な魔法の中でも最上級。
 もはや神話クラスの魔法だからな。

「うん、条件は揃ったと思う」

 そんな神話クラスの転移魔法だが、実は理論は出来ている。

 前世の、ニホンの「ライトノベル」からヒントを得てるんだ・
 まあそれは言えるわけもないので隠しておくが、理論自体はそこまで難しいものじゃない。

 簡単に考えると「今の場所」と「行きたい場所」の超正確な位置の把握が出来れば、転移は可能。
 趣味にはぴったりな魔法だったので、一年半の苦節の内に理論は完成した。
 
 では、今までどうしてやらかったのか。
 問題は、転移に使うその“魔力量”だった。

 人や物を場所を超えて送ろうと思うと、とんでもない魔力量が必要になる。

 王国内でも空気中に(ただよ)う魔力だが、単なる趣味で一気に大量消費してしまっては、国民に何かしら影響があると思った。
 この世界で言う、酸素不足みたいな状況になりかねないからね、
 
 では、今はどうだろう。
 この森に漂うは濃い濃~い魔力。
 
 それでもかなりの量は必要だが、弊害(へいがい)をもたらすことなく使えると思う。

「でも、具体的にはどうやって?」
「うーん。説明すると難しいけど、聞く?」
「あ、やっぱりいいや」
「ぐぬ」

 俺のオタク趣味全開な理論の方には、興味が無かったシャーリー。
 ただ、これだけは付け加えておく。

「けど、今すぐに出来るってわけではないんだ。それなりに準備が必要だし」
「そうなのね。というより、神話クラスの魔法をほいほい使えた方が怖いわ」

 ということで、ここには俺の準備した魔法陣を敷いておくだけにする。
 転移魔法が完成した時には、ここへすぐ飛んでくることが出来るように。
 
 俺は軽く準備を終えて、フクマロの方へ振り返った。

「じゃあ悪いけど、帰りも乗せてってくれる?」
「もちろんだ」

 こうして、魚という食材をゲットして、俺たちはコテージへ帰った。







「よし、こんなもんか」

 コテージに戻った後、俺は黙々と作業を行っていた。
 色々と設備を追加するためにだ。
 
 追加したのは、時計やキッチン、温泉に行くまでの直通の通路なんかもだね。   

 時計は陽の角度から計算した。
 ちょうど十二時頃だったので、合わせやすかったのもラッキーだ。

 そんな作業もとりあえず終わった。
 ちょうどいい時間帯だし、そろそろお昼にしたいな。

「シャーリー? ……は、いないんだった」

 俺が作業をしている間、シャーリーはフクマロと一緒に食材を採りに行ってくれている。
 食材に「魚」が追加されたことで、さらに張り切って料理をするみたいだ。 
 相変わらず働き者さんだなあ。

「んー、じゃあ温泉でも行くか」

 ということで、俺は温泉へ。
 せっかくコテージから直通する通路も作ったんだ。
 作業後だし、さっとシャワーを浴びておこう。

 夕方また入るだろうが、家の隣にあんな最高の施設があるんだ。
 何度入っても良いよね!

「おー、我ながら完璧っ!」

 作った通路を自画自賛しながら、コテージから温泉へと向かう。
 ほんの数歩の距離ではあるけど、もし雨が降ったら嫌だからね。
 
 ってことで、作業の事を考えるのはここまでにして。

「いざ!」

 スポポーン! と衣服を放り脱いでいざ入湯!

「って、……え?」

 ざぱーんと入水しようとした瞬間、どこか気配を感じる。

 いくつかあるスーパー銭湯の内、中央の一番大きな風呂。
 その湯けむりの奥に、何やら人の影がするんだ。

「シャ、シャーリー?」

 シャーリーだったら「えっち!」と追い出されるので聞いておく。

 だが返事はない。
 さらに、張り巡らせている魔力探知にも引っ掛からない。
 彼女にはそこまでの魔法はできないはず。

「……」

 だとしたら一体……?

 俺は魔力で形作った剣を片手に、ちゃぷんと入水する。
 じりじりとその影に近づく中で、何やらうめき声が聞こえた。

「うっ」
「──! 誰だ!」

 少し聞こえた声の主に返す。
 でも、やはり返事はない。

 そうして、

「うーん……」
「……!」

 次に聞こえたのは、うなるような声。
 って待てよ。
 この声、まさか……のぼせてる!?

「こうしちゃおけない!」

 俺は瞬時に、全身に魔力を通わせ、水除けをしながら影に近づく。
 そこには──

「……!?」

 なんと、大胆にもサラサラの金髪を結んで上を見上げる、すごく美人さんがいた。

「……!?!?」

 さらには、おっきなお胸を大胆に(さら)しながらお湯に浸かっている。
 タオルは巻いておらず、両肘は背側の石に付いている状態だ。

 それはもう強調されたお胸が……と、とにかくすごい光景だ。

 というか、金髪に、この横に長い耳。
 この人、もしかして……
 
「うーん……」
「!」

 って、何ぼーっと考えてるんだ俺は!

 女性は目をぐるぐるさせ、意識は朦朧(もうろう)とさせている。
 このまま放っておくと危険だ!

「よいしょ!」

 女性にはタオルを一枚かけ、俺の肩を貸すようにして急いでお湯から出る。

「!?」

 小走りなので、すぐ隣では大きな二つの山があっちこっちに暴れる。
 それでも俺は、歯を食いしばりながらなんとか目線を逸らした。

 そんな欲望とも戦いながら、一先ず家に入ってすぐに彼女を横に寝かせた。

「このままではまずいな」

 女性だし、何よりその破壊力のあるお胸が隠しきれていないので、上からさらにタオルを重ねる。
 細かく体をふくわけにもいかず、とりあえずは風魔法で乾かそう。
 
 目は(つむ)る。
 目は瞑るから!

「よし。かぜまほ──」
「ただいまー」
「……!!」

 だが、家の扉が開くと同時に聞こえた声。
 俺はサーっと冷や汗をかきながらも、ゆっくりと玄関口へと振り返る。

 すると……はい、バッチリ目が合いました。

「や、やあシャーリー。ご苦労様……」
「……」

 シャーリーの視線が女性、俺、女性と行き来する。

「へえ」
「……ひっ!」

 そして、その目に怒りがこもっていくのが分かる。

 女性は裸の上にタオル、俺は前を隠すためのタオルのみ。
 おまけに、俺の手が今まさに彼女に触れようとしているのだ。

 絶対に勘違いされてる。

「ち、違うんだ、シャーリー!」
「……」
「シャーリーさん!?」

 シャーリーは何も言わず、(まばた)きも一切せず、こちらにずんずんと歩いて来る。
 そして、にこっと笑った。

「なにしとるんじゃー!」
「──ごぁっ!」

 俺の体は窓を突き破って外へと飛び出た。 



★ 



<???視点>

 頭がぼーっとします。

 わたし、何をしていましたっけ……。

 あ、そうでした。
 あの何やら気持ち良さそうな、温かい水に浸かっていたのでした。

 そして、段々意識が朦朧(もうろう)としてきて……。
 うーん、まだ目は開けられません。

 けど、何でしょう?
 この心地よくて、わたしの心をくすぐるような魔力は……。

 今までに感じたことのない、すごく温かい感じ。
 まるで、わたしを心の中から癒すような魔力です。

 ああ、もっと感じていたい……。

 あ、段々と楽になってきました。

 そろそろ目が開けられそうです。

「あ、起きた」

 目を開けた瞬間、男の子と女性と目が合いました。
 「あ、起きた」

 温泉で倒れていた女性が目を覚ました。

「……」
「えっ?」

 と思ったら、何やら(ほう)けたような表情で俺の事を見てくる。
 まだ意識が混濁(こんだく)しているのだろうか?

 それとも……あれ!?
 実は、意識があったとか!?

「……っ」

 そう考えると段々不安になってくる。
 そりゃ裸の状態で男に介抱されれば、心配もしたくなるというものだ。

 俺はバッと頭を下げた。

「ごめんっ! 何も言わずにここへ連れて来てしまって! 本当に、体はなるべく見ていないから!」

 誠心誠意あやまる。
 隣のシャーリーさんの目もまだ大変怖いし。

「……」
「うぐっ」
 
 シャーリーは俺の事をじっくりと見つめ、何も言わない。
 この人が寝ている間に説明をして、誤解は解いたはず。

 だが、まだこの目なのだ。
 いや、もしかして、まだ解けてないのか?

 なんて、シャーリーと無言のやり取りをしていると、金髪の女性が口を開いた。

「あの」
「……!」

 少し高めの、透き通ったような声だ。
 どことなく神聖さを感じさせる。

「……あなたが、わたしを助けてくれたのですか?」
「あ、うん。そうだよ」
「では、わたしを看病してくれたのも、あなたですか?」
「そうですね」

 助けるタイミングで女性に肩を貸した時、かなり体が火照っているのが分かった。
 そこで俺は、風魔法で体を乾かしつつ、魔力で彼女の体温を調整していたのだ。
 
 もちろん、やましいことはしておりません。
 隣で腕を組むシャーリーさんがしっかり見張っていたからね。

 手の甲を少しばかり触らせていただいて、調整していた。
 そんな器用な魔法の使い方は、俺にしか出来ないし。

「それでは……」
「?」
 
 女性は顔を赤くしながら、恥ずかしげに言い放った。
  
「どうか、もう一度わたしに魔力を!」
「……はい?」




 それから少し。

「なるほど。あの温泉はたまたま見つけて、興味本位で入ったと」
「その通りです……」

 女性はようやく冷静さを取り戻し、温泉に来た経緯を教えてくれた。
 なんでも、ちょうどこの辺に立ち寄っており、惹かれるがままに温泉に浸かったのだとか。

 裸だったのは、単純に服が濡れるからだそう。

「それで、この手はいつまで握っていれば?」
「まだです!」
「そ、そうですか」

 ちなみに、俺は現在進行形で彼女の手を握っている。
 先程言われた通り、魔力を送るためだ。

 けど、どう感じ取っても体温はバッチリ調整されている。
 これ以上魔力を送っても意味がない事は分かっているのだが──

「あ、まだダメです! まだわたしには魔力が必要なのです!」
「あ、はい」

 手を離そうとするとこれだ。

 そしてシャーリーは何故か機嫌が悪い。

「チッ」
「……」

 そんな状況にフクマロがボソっとつぶやいた。

『修羅場よのう』
「……何がだよ」

 そんな会話もしつつ、一応女性の手を握り続ける。
 って、そうだ、そろそろ彼女の話の続きを聞こう。

「それで、あなたは一体何者なのですか?」
「何者? 何者……そうですね。一言で言うと『エルフ』です」
「エルフ!?」

 彼女はニッコリとした笑顔で続ける。

「はい。それもエルフの中でも上位種の『ハイエルフ』です」
「ハイエルフ!? まじで!?」
「まじです」

 その笑顔がまた(まぶ)しい。

 でも内心、エルフ(そう)ではないかと期待していた。
 
 綺麗な長い金髪は、女の子座りをしていると先の方が床についている。
 立った時には、膝辺りまでありそうだ。

 真っ白な肌の笑顔はさらに美人さんで、特徴的な長い耳が斜め上に伸びている。
 おしゃれなのか、首にかけた輝くペンダントも相まって一層美しく見える。

 さらに、体調が優れた時から、薄く触れらない綺麗な羽が見え始めた。
 あれは魔力で出来ているのかな。

 そして、

「……」

 シャーリーが貸した服は、なんとも胸が窮屈(きゅうくつ)そうにしている。
 シャーリーも人並み以上のものを持っているが……それ以上とは。

 なにしろ、“あれ”だしなあ。
 白色のにごり湯なんかはまだ導入していないので、それはもう──

「エアル、何かやましいこと考えてないでしょうね?」
「いいえ、決して」

 っと、あぶないあぶない。
 シャーリーの言葉でサッと紳士の目に戻した。

 俺は再度ハイエルフの女性に尋ねてみる。

「お名前を聞いても?」
「はい。わたしは『スフィル』といいます。ぜひそのまま、スフィルとお呼びください
「じゃあスフィル。ここに来たのはどうして?」

 スフィルは少しうつむき、また視線を合わせて言葉にする。

「ここへは、食材を探しに来たのです」
「食材?」
「はい。ここから少し行ったところにわたしたちの里があるのですが、食料が足りなくなってきちゃいまして……」

 なるほど、食糧危機か。

「そこでお願いがあるんです」
「……!?」

 そうしてスフィルはぐっと顔を近づけてくる。

「先程から感じられるこの魔力、そして扱い方。エアルさんは魔力に精通しているのでは、と思うのです!」
「ま、まあ……」

 自分で言うのもだけど、知ってる方ではあると思うよ。

「だから、わたしたちの里にきてもらえませんか!」
「!」

 ふーむ、そういうことか。
 この森の食材は、特に魔力と関係が深いみたいだからな。
 
 けど、一つ問題が。

「あの、シャーリーさんは、どうでしょうか……」
「別に行ってあげてもいいけど」
「お!」

 お許しが出た!
 問題解決!

 まあ、なんだかんだでシャーリーも、困っている人は助けてしまう性格だからな。

 俺としてはもちろん『行く』の一択だったんだけどね。
 お胸(あれ)を見てしまっていて協力しないというのは、男としてどうかと思うしな。

 そうと決まれば、いくつか聞いておくことがある。

「食糧危機の原因は分かっているの?」
「そ、それが……」
「?」

 スフィルは、少し丸めた手を口元に当てて、恥ずかしそうに話した。

「わたしたちの里では、料理が大流行してまして……」
「料理!?」
「はい。経緯は説明すると長くなりますが、明らかに使う量は増えているかと」

 なんじゃそりゃ。
 てっきり、魔力の回路が壊れて大量にダメになったとか、そういう話かと思ったが……。

「あの、それが原因なのではなくて?」
「ち、違うんです! それもある……とは思いますが、明らかに収穫量自体も減ってるんです」
「そうなのか」

 なるほど、そうだよな。

「わかった。とりあえず里にお邪魔させてもらうよ」
「……!」
「それと──」

 俺はちらっとフクマロの方を確認すると、迷わずうなずいてくれた。

「一旦、ここの食糧も分けるよ。収納できる魔法を持ってるから、どうぞお好きに選んで」
「そんな、あ、ありがとうございます!」

 もちろん単なる厚意でもあるのだが、こういう時は持ちつ持たれつ。
 ご近所さん(この森基準)でもあるみたいなので、仲良くなりたいと思う。

 たしかに、この大自然(あふ)れる森で食糧危機っていうのも、少し違和感は残るしな。
 エルフさん達の食いっぷりを見てないから、はっきりとは言えないけど。

 あとは……単純に楽しみ!
 スフィルのようなエルフがたくさんいる里にご招待?
 こんな機会、逃すはずがないだろう!

 というわけで、いっちょ行きますか!
 エルフの里!
 「おおー! これが……!」
「はい。わたしたちの住む『エルフの里』です」

 フクマロの住処(すみか)のように、地面の木々が円形にくり抜かれた里。
 外側から里を(おお)う様に伸びた木々が高い場所で日陰を作り、木漏れ日が差し込んでいる。

 これまた、素晴らしい景観だ。

「思ったよりは近かったな」

 住処からここまでは、およそ一時間。
 スフィルの指示に従いながら、三人でフクマロの背中に乗って移動したんだ。
 『フクマロの速さで一時間』を近いと言ってしまうあたり、俺もだいぶ森の広大さに慣れてきたのかもしれないけど。

「フクマロさん、ありがとうございました」
「たやすい御用だ」

 スフィルも満足そうに感謝をしている。
 彼女は空を飛んで移動できるとのことだが、フクマロの速さには到底及ばないらしい。

 二人は互いに面識は無かったが、エルフの里長とフクマロが知り合いらしく、『フェンリル』について話を聞いていたようだ。
 
「では行きましょうか」
「案内お願いします」

 そうして、スフィルに案内されるがままに『エルフの里』内へ。

「おお、ちゃんと“家”だ」
「ふふっ。そうでしょう」

 入口らしきものを抜けると、中央には一本の大きな道。
 そこから道が派生しており、左右に木造の家が並び立つ。
 
「スフィルー!」
「ん?」

 そうして里に足を踏み入れると、近くの家のエルフさんがこちらに寄ってくる。

 顔はスフィルより若干大人びているが、全身白い肌に長い金髪、横に伸びた耳の特徴は一致する。
 この方もとても綺麗なエルフだ。

 エルフさんはスフィルに話しかけた。

「スフィル! 帰ったのね! じゃあ早速、料理を──」
「ごめん、後でもいい? 今はこの人たちを案内しなくちゃだから」
「ちぇ~」

 口を少し尖らせながら、エルフさんはこちらをチラリと見た。

「どうも、初めまして」
「あ、こちらこそ!」

 いきなり美人エルフさんに挨拶されて、あわてながらに返す。
 フクマロとシャーリーも俺に続いた。
 シャーリーは少しジト目で俺の方を見てきていたけど。

 それからエルフさんは、再度スフィルに尋ねた。

「それにしても珍しいね、お客さんなんて」
「フェンリルさんの所の人たちだよ」
「あ~なるほど!」

 ポンっと右拳を左手に乗せるエルフさん。
 それって万国共通なんだ。

 そうして、エルフさんはにっこり笑顔で手を振りながら去って行く。

「楽しんでいってくださいね~」
「「はーい」」

 俺とフクマロは笑顔で手を振り返した。

「……」

 相変わらずシャーリーは俺をジト目で見てきた。

 それにしても、意外と簡単に受け入れてくれるんだな。
 閉鎖的な空間に見えたが、心が広いらしい。
 スフィルの態度から見て、敵対するだろうとは思わなかったけど。

「すみません、いきなりうちの者が」
「いえいえ。楽しい里ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ではこちらへ」

 そうして、またスフィルに従って進み始めた。
 ……すると、やはり気になることが。

「本当に料理が流行っているのね……」
「らしいな」

 シャーリーの言う通り、里のそこら中でエルフさんが料理をしている。
 手を振ってくれる人もたくさんいるが、次の瞬間にはすぐに目を料理に戻す。
 鍋や調理器具を持ち出して複数人で集まったり、一人で黙々と料理をする者など、色んな人が見られる。

「すごいな……」

 スフィルが言っていた通り、本当に流行(はや)っているみたいだ。
 そもそも、生きていくために必要なことである料理が「流行る」の意味は理解しかねるが。
 今までは、魔獣のように素材の味を楽しんでいたのかな?

「って、あれ?」

 そこでまた、ふと気になったことが一つ。
 中央の道を歩く中でスフィルに尋ねてみる。

「男性っていないんですね」
「そうですね。正確には、わたしたちには性別が存在しない(・・・・・・・)んです」
「えぇ?」

 思わず不思議な顔を浮かべてしまったのか、スフィルはふふっと笑いながら続けてくれる。

「というのも、わたしたちは生殖で生まれるのではなく、自然現象によって生まれます」
「自然……?」
「あちらです」

 スフィルは里の奥側をすっと指差す。

「わたしたちはみな、里の最奥にある『神秘の光』から誕生するのです。簡単に言うと、魔力の塊ですね」
「ほうほう」

 里の奥から感じる、とてつもない魔力はそれだったか。

「そして、そこから生まれるのが、決まって人間でいう女性のような体を成しているのです」
「そういうこと!」
「はい。すみません、奇妙な話……ですよね」
「いいえ、とても素晴らしいと思います」

 俺はスフィルの言葉をきっぱりと否定した。

 女性のようなエルフしかいない? 
 なんだそれ、最高の里じゃないか!

 別に男性が嫌いなわけじゃない。
 けど……わかるだろ? 同志よ。

「エアル、何か顔に表れてるけど?」
「そんなことはないと思います」

 シャーリーの鋭い視線からは、ぱっと顔を(そむ)けた。

 そんな素晴らしき事実などを話しながら、何事もなく『里長(さとおさ)』がいるという家の前に着く。
 中央の道をずっと進んだ先にあった、一際大きな家だ。

「近くで見るとますます大きいな……」
「わたしたちの里長ですので」

 里に入った時から、すでに視界に入っていた大きな家。
 改めて近くで見ると、その迫力と年季を感じる。

 全て木造なのは他と変わらず、違うのは家自体の大きさと、階段の長さ。

 里に見られる家は二パターンあった。
 地面に直接建てられている家。
 地面から階段があって、その先に建てられている家。

 里長の家は後者で、五十段にも及ぶ長い階段の上に家が建てられている。
 下からは四本の太い柱で繋がっており、三十メートルぐらいはありそうだ。

 その光景はとても厳かを覚えさせる。

「少し、待っていてください」
「分かりました」

 階段を登り切った先で、スフィルさんに止められる。
 そしてすぐさま、彼女は扉の前で祈るようにして両手を握り合わせた。

 何をするのだろう? と見ていたのもつかの間。

「!」

 スフィルの背後に現れた、黄緑色の優しい色をしたオーラのような光。
 そのふんわりとした光が彼女を包む。

 そうして、その光は里長の家の扉をそっと押した。

「すごいわね……」
「クゥン……」

 シャーリーとフクマロは完全に見惚(みと)れている。
 
「……」
 
 今のは『精霊』だな。
 精霊とは、あらゆる物に宿るとされる前世で言う霊的存在。

 おそらく普通の人間は聞いた事すら無く、俺も実際に目にするのは初めての超常的な存在。
 呼び出した際には、一時的にとんでもない力を授かると言われている。

 それをこうも簡単に呼び出すとは。
 『エルフは精霊と強い結び付きがある』、古い文献の話は本当だったか。

「では、こちらです」

 この扉も、おそらく精霊の力を借りなければ開かないのだろう。
 警備や外壁もないし、やけにオープンな里だとは思ったが、精霊の力があるから里は保たれているのか。

 そんな神秘的な光景も目にしたところで、いよいよエルフの里長の家へ足を踏み入れる。

 そうして入ってすぐ、

「帰ったわね、スフィルちゃん。そして……久しいわね、フェンリルちゃん」

 奥に見える大きな椅子に、エルフの里長と思わしき人が鎮座(ちんざ)していた。
 「久しいわね、フェンリルちゃん」

 奥の方から、そんな妖艶(ようえん)な声が届く。
 フクマロもそれに返事をした。

「これは『エルフィオ』殿。久しぶりよの」

 お、本当に知り合いっぽい。
 ということが、この人がエルフの里長──エルフィオさんか。

「ふふっ」
 
 見た目はスフィルより大人びているが、全く衰えていない金髪のエルフ。
 ボンッキュッボンのスタイルは健在で、なんとも美しい女性だ。

 スフィルと違うのは、うっとりと相手を眺めるような目と、布から大きくはみ出した足を組む大胆な姿勢。
 例えるなら、男子高校生が妄想する保健室の先生といったところか。

 まさに“お姉さん”。
 まさに大人の魅力……!

 また、里で見かけたエルフには、スフィルのような半透明の羽は生えていなかった。
 でもエルフィオさんには生えている。

 もしかすると、ハイエルフには羽が生える(・・・・・・・・・・・・)のかもしれない。

 じっくり(バレないように)観察したところで、エルフィオさんが口を開く。

「それでスフィルちゃん。その方たちは」
「はい。フェンリルさんと一緒にいたニンゲンの方々です。特にこちらの方は魔力に精通していますので、何か分かるのではないかと」
「そ」

 大きな木椅子から立ち上がるエルフィオさん。
 何をするかと思えば、こちらにすーっと寄って来る。
 歩くというより、移動している感じ。

 若干地面から浮いている様にも見える。

 って、

「エ、エルフィオさん!?」
「ふふっ」
 
 すーっとどこまで近づくのかと思えば、美しい顔がどんどんと迫ってくる。
 止めないでいたら、すでに顔と顔が近い。

「ちょっと!?」

 リーシャが上げた声にも一切躊躇(ちゅうちょ)しないエルフィオさん。
 もうキスしちゃいそうなぐらいの距離だ。

 俺は思わず顔を逸らす。
 それと同時に、森を体現したようなふんわりとした香りが伝わり、少しドキドキする。

「ふーん。ふんふん。へえ」
「あ、あの……?」

 だけど、キスすることもなく(当然だけど)、エルフィオさんは俺をじーっくりと観察した後に離れた。
 そして不敵な笑みを浮かべたまま、こちらに尋ねてくる。

「あなた、名前は?」
「エアルです」
「ふーん、エアルちゃんね。良いもの(・・・・)を持ってるわね」
「へ?」

 何の話をしているんだ?

「少しで良いわ。解放(かいほう)してみてちょうだい」
「解放……あ」

 その言葉でなんとなくピンとくる。
 でも、そうなると一応聞いておかなければ。

「ですが、けっこう刺激的(・・・)かもしれませんよ?」
「良いわ」
「……では」

 俺は完璧に制御していた魔力を、少し表に出す。
 するとどうだろう。

「……っ!」
「エアルさん!」
「ぐぬっ!?」

 エルフィオさん、スフィル、フクマロが一斉に反応を示した。

 あ、まずいかも。
 そう思ったのと同時に、エルフィオさんが手を上げる。

「も、もう大丈夫よ!」
「はい」

 俺はすっと魔力の制御をした。
 今は漏れ出ていないはず。

「……ハァ、ハァ。中々に、刺激的ね」
「そ、それはどうも……」

 エルフィオさんが言った『良いもの』。
 解放という言葉(づか)いで納得がいった。
 彼女が言ったのは、俺の『良い匂いがする魔力』の話だったんだ。
 
 フクマロの時みたいになってはいけないと思い、俺は全力で魔力(それ)を隠していたんだ。
 だけど、エルフィオさんには「何かある」と見抜かれてたみたい。

「スフィルちゃんも……これにやられたのね」
「は、はい……」
「我もだ……」

 解放したのはほんの一秒ほど。
 それだけでも、森に()む三人は頭をくらっとさせ、俺の魔力の香りに浸っている様だった。
 フクマロなんかは目の焦点が合わず、段々白目をむいている感じだった。

 あのまま解放していったらどうなっていただろう、なんて冗談は置いといて。
 なんか、フクマロの時よりも効果が強くなってないか……?

 これからはより一層、気を付けていかなければ。

「すごいわ……」
「は、はい……」

 エルフィオさんは妙な表情を浮かべている。
 もう一度ほしいが、それを我慢しているような。

 これは喜んでいいものなのだろうか……?

 そんなやり取りの中で、エルフィオさんは切り替え、続いてリーシャに向き直った。
 この切り替えのよさは、さすが里長さんといったところだろう。

「あなたの名前は?」
「……私はリーシャです」
「そ、リーシャちゃん。可愛らしくてぴったりな名前ね」
「い、いえ……」

 エルフィオさんが俺に近づいてきた時には、声を上げたリーシャ。
 だが、どうやらエルフィオさんの雰囲気にのまれているよう。
 それほどに、何か神聖さと大人の魅力を思わせる雰囲気がある女性だ。

 そうして、エルフィオさんは俺たちを信頼するような目で見つめた。

「刺激的なこともあったけど、悪い人たちではなさそうね。ニンゲンを見たのは初めてだけど、安心したわ」
「そうですか……」
「では話をしましょう。そこに腰かけてちょうだい」

 それぞれ、その辺の椅子に腰かける。
 あ、ふかふか。

 また、エルフィオさんが後方に向かって声を上げた。

「あなたも出てらっしゃい」
「はい! 師匠(・・)!」
「……あ!」

 そうして出てきたのは──見覚えのあるリスちゃん。

「モグりん!」
「こんにちは! 二日と一時間ぶりですね!」

 野菜でお世話になったモグりんだった。
 相変わらずちょっと賢そうな言葉遣いだ。

「というか、あれ? 今エルフィオさんの事を……」
「そうです! 料理の師匠はこの方です!」
「なるほどなあ」

 エルフの里でやたら聞く『料理』という単語。
 もしやとは思っていたが、やはりそうだったか。

 モグりんが言っていた師匠とは、エルフィオさんのことだったらしい。
 里内で流行っているのも、何か関係があるのだろうか。

「ではお話を始めましょう!」

 お前が仕切るんかい……とは可愛くてツッコめず。
 そんなこんなで、会は開かれた。




 久しぶりの再会に少しわいわいし、皆が落ち着いてから話が始まる。
 最初に口を開いたのは、スフィル。

「実は、わたしがハイエルフになったのはつい最近のことなんです。そして、その要因を考えたのですが……」
「うん」
「わたしは里長に料理を習う上で、魔力操作が出来るようになったのです。モグりんが使うような力です」

 俺もリーシャも修行中の、野菜を変える操作の事だな。
 モグりんの師匠であるエルフィオさんは当然のことながら、スフィルも出来るらしい。

「普段、エルフは精霊の力を借りながら生活するのですが、そうではなく自らの力で魔力を操作しました」
「ふむふむ」
「すると、光が私を包んでハイエルフになったのです」
「そんなことが!?」

 聞いていた話が途中で斜め上にとんでいき、思わず声を上げてしまう。

 分からん。
 分からなすぎる、この森に生きる種族。

 そうして、スフィルは自身の羽に目を向けた。

「皆さんお気付きかもしれませんが、この半透明の羽。これがハイエルフの証拠なのです」
「やはりか」

 神聖で上位種を思わせる綺麗な羽。
 けどそれは、里中でもエルフィオさんとスフィルしか生えていないようだった。
 それは二人だけがハイエルフだったからのようだ。
 
 そうして俺は、ここにしにきた話へ戻す。

「それで、料理が大流行したと」
「そうなんです」
 
 あくまで魔力操作じゃなくて、料理なんだな。
 あえて他の里にツッコむことはしないが。

「それで食料危機になっていちゃ、しょうがないんだけどねぇ」

 そんな状況に、エルフィオさんも少し恥ずかしそうに答えた。
 料理についてもだが、やはり気になるのはもう一つの理由。

「あの、収穫量自体が減っているというのは?」
「ええ。私たちは『神秘の光』より恵まれる物を食料としているの」
「……それって、エルフが生まれるという光と同じものですか?」

 先ほど、スフィルに聞いたものだ。
 その光から生まれるのが、決まって女性の姿をしているって話だったな。

「そ。里の最奥には『神秘の樹』があるの。それは二つの神秘の光に分かれていて、エルフと食料はそれぞれ違う方から生まれるわ」
「でも、食料を恵んでくれる方の光からの供給が少なくなったと」
「ええ、理解が早くて助かるわ」

 エルフ自体を生み出す光に、エルフの食料を生み出す光。
 その両方を恵んでくれる『神秘の樹』とは、一体どれほどの魔力を持つんだ……。

「事情は分かりました。それでは、案内してもらうことは出来ますか」
「ええ、もちろん。ぜひ調査をお願いするわ」

 こうして話がまとまった俺たちは、『神秘の樹』へと案内してもらうことになった。