「うわああ!」
「のわああ!」

 簡易船が下から高く打ち上げられ、船もろとも俺たちは宙を舞う。 
 フクマロが一番小さなサイズだったこともあり、軽かったみたいだ。

 って、そんなこよりも!
 
 俺はとっさに【風】属性と【土】属性の魔法を発動させる。
 向けたのは下。
 湖方向だ。

「おっと!」
「ぐおっ!」

 【風】魔法で落下の勢いを軽減、【土】魔法で湖の上に着地できる場所を作り出した。
 それでも危機が去ったわけではない。

 俺は再度、水中に顔を覗かせる。

「なんなんだあいつ!」
「言ったであろう、(ぬし)だ!」
「主ぃ!?」
「うむ! 滅多に姿を現さないはずなのだが……はっ!」

 フクマロは、何かに気づいたようにこちらを見た。
 そして言葉にする。

「エアルの魔力に()かれてきたのかもしれぬ」
「それかあああ」

 今のフクマロには俺の魔力を感知できない様、【阻害魔法】をかけている。
 イチイチべったりとくっつかれてるとキリがないからね。

 そのため、俺が『魔獣に好かれる魔力』を持っていることをすっかり忘れていた。
 この魔力……嬉しいのやら嬉しくないのやら。

 そうこうしているうちに、フクマロが声を上げる。

「来るぞ!」
「ああ! フクマロは元のサイズに戻ってくれ! 足場を広げる!」
「承知!」

 俺が【土】魔法で足場を広げる。
 それに合わせるようフクマロも巨大化していく。

 そうして、本来の五メートルほどのサイズに戻った。

「フクマロ、主は!」
「あの辺をうろうろしておる!」
「どれどれ」

 俺はカッと目を大きく見開き、目の周りに魔力を集中させる。
 一時的な視力ドーピングだ。

 ほんの少しでも量を誤れば目にダメージを受けるが、俺にとって調整は朝飯前。

()えた!」

 俺は主の体をハッキリと捉える。

 若干青みがかった銀色の体。
 全長はフクマロと同等ほどの巨大な魚だ。
 体型はフグのようにふっくらしており、口や目が大きくて少しブサイク。

「けど、あれは!」

 どうみても脂がのっている。
 前世で例えるなら、まさに『超巨大マグロ』だ!

 収納魔法には、生きた生物をそのまま収めることは出来ない。

 俺も何度も試したが、大小関係なく弾かれてしまうのだ。
 前世で言う「アイテムボックス」とか「ストレージ」という感覚なのだろうか。

 つまり、あれを収納するには倒す(・・)しかない。

 となると方法は……そうだ!
 昨日、フクマロが言っていたフェンリルの能力がある!

「フクマロ! 風を操る力で、あいつを舞い上がらせることは出来るか!」
容易(たやす)い!」
「じゃあ頼む! 俺はあれを食べるぞ!」
「我も食べたいぞ!」

 あれだけの大きさなら、俺の【風】魔法だけでは不十分かもしれない。
 多種類の魔法を使えると言っても、生活的な魔法が専門なんでね! 

 ここはフクマロに任せて、俺は次の一手の準備をする!

「きたぞ!」
「うむ!」

 もはや釣り竿に関係なく、俺の方に向かってきているように見える。
 まったく、好かれちまう男は困るぜ。

「今だ!」
「ワオォォォン!」
「──! うわあっ!」

 フクマロが遠吠えを上げた瞬間、水中から吹き荒れる暴風が巻き起こる。
 その大きすぎる威力は、湖の主や俺たちの足場ごと宙に舞い上がらせた。

「フクマロ、強すぎだー!」 
「すまぬー!」

 だが、舞い上がった標的は目の前。
 よくやったと言うべきか!

「はっ!」

 俺は、空中で湖の主の頭に手を付け、主の魔力の総量を正確に感じ取った。
 大体予想通りか……ならば!

「これぐらい!」

 考えていた量の魔力を、一気に流し込む。
 さらには魔力を針の様に形を整え、もはや“鋭利なピック”となった魔力の塊。

 つまり、マグロの神経()めだ!

 ピシィィィィン!

「よし!」
「なんと! 湖の主が動かなくなったぞ!」

 ざっぱああああん!

 宙で動かなくなった湖の主は、そのまま湖に落下。
 沈みかけるところを、土魔法で地面で作ってやり、地上に引き上げる。

 完璧に調整された魔力量で、主は一瞬も苦しむことは無い。
 少し残酷かもしれないが、より美味しく命を頂くためだ。

 感謝していただくとしよう。

「ふうー、なんとかなったな」
「エアルには毎回驚かされるな」
「そりゃどうも。フクマロの風もすごかったよ」
「……て、照れるであろう」

 そんなこんながありつつも、俺たちは無事に湖の主を捕獲したのだった。


 

 辺りはすっかり暗くなり、魔法で付けた火を囲う。

「「「おおおー!」」」

 そうして目の前の大皿に広げられたのは、調理された様々な種類の魚。
 そして何より……刺身になった湖の主だ!

「うまそー!」

 湖の主は見た目通り、中身は最高に色の良いマグロのようになっていたのだ。
 しっかりと部位的なものも存在しており、大トロ、中トロ、赤身など、それはそれは良い色の身を持っていた。

 前世以来、この命に転生して依頼の刺身だ。
 その懐かしい見た目だけでたまらない。

 それでは早速!

「「いただきます!」」
「イ、イタダキマス」

 俺とシャーリーを真似て、フクマロもぎこちないながら口にする。
 ありがたく感謝を込めたところで、早速一口!

「──!」

 こ、これは……

「うめえーーー!!」

 いきなりぺろりといったのは、もちろん湖の主。
 俺は大トロからだ!

 一度()むだけで伝わってくるこの身、この脂!
 とろけるような脂と甘み、まさに超本格マグロそのものだ!

 シャーリーのちょこっと味付けも相まって、完璧な仕上がり!

「……! んん~! 何これ、すごく美味しい!」

 俺に続いて湖の主を口に入れたシャーリー。
 彼女も大満足な顔だ。

 シャーリーには、最初は中トロをおすすめしてみた。
 ほどよく脂がのった中トロは旨味を一番感じられる、と思うからな。

 前世では血抜き? とかいう難しい工程が必要だった。
 けど、湖の主を切っても血は流れることなく、体内にはただ綺麗な魔力が循環しているだけだった。

「楽だし美味いし!」

 その上、ふんだんに脂がのった身はしっかりと宿していた。
 魔力で強化された鋭利な包丁で簡単に(さば)くことができたのだ。

 それでも、三人で食べるにはあまりにも多すぎる量だったので、残りは収納魔法で収納したまま持ち帰る事にする。
 収納魔法の空間内は腐ることも悪くなることもないので、本当に便利だ。

 そうして、俺は神獣様にも目を向ける。

「ほら、フクマロ。君もいってみ?」
「う、うむ……」

 フクマロは刺身の姿は見たことがないそうで、躊躇(ちゅうちょ)気味だったが、

「……! なんだこれは!」
「どうだ?」
「こんなに美味しいのは初めてだ!」
「……! でしょー!」

 すごく喜んでくれた。

 フクマロがいなければ、あそこまでスムーズには進まなかったろうからな。
 フクマロの口にも合って良かった。

 そんな光景を前に、シャーリーが微笑みながら口にした。

「一時はどうなるかと思って見てたけど、これが食べれて幸せだわ」
「「!」」
「ありがとうね、二人とも!」

 シャーリーのとびっきりの笑顔……すごく可愛い。
 頑張った甲斐があったよ。

「来て良かったな」

 自然とそんな言葉がこぼれる。
 ただそれは、二人も同じだったよう。

「ええ、本当に」
「我もそう思うぞ」
「いやいや、フクマロは最初嫌がってたじゃん。水が怖いよ~、とか言ってさ」
「そこまでは言っておらぬぞ!」

「「あっはっはっは!」」

 こうして、森林の中の湖という大自然で、団欒(だんらん)をしながら至福の夕食を味わった。

 湖の主という思いがけない魚もいたが、念願だった魚、それも最高に美味しいものが手に入ったのだ。
 それはもう大満足の夕飯となった!