才能あふれる魔法少年の自由気ままな辺境スローライフ~王族を追放されましたが、前世の知識で未開の森を自分好みに開拓していきます。ってあれ、なんだか伝説の存在も次々に近づいて来るぞ?〜

 「「ごちそうさまでした」」

 俺とシャーリーはいつも通りに手を合わせた。

 あ~、美味しかった!

 相変わらず俺の胃袋を掴んだシャーリーの料理。
 そこに、モグりんの魔力操作による野菜と、手が加えられたサラダが加わった。

 初の森での食事は大満足だ!

「「……」」
「ん?」

 だが、魔獣サイド二匹は不思議な顔でこちらを見ている。

「あ~」

 少しして、ようやくその理由が分かった。
 二匹は人間独自の文化である『ごちそうさま』が不思議だったのだろう。

 必ずしも真似る必要はないと思う。
 でもせっかくなら教えてあげよう。

「これは『ごちそうさま』って言うんだ」
「ごちそうさま……ですか」
「そう! この言葉には、作ってもらった人や食材に感謝が込められているんだよ」
「感謝が……!」

 ハッとしたようなモグりんに対して、言葉を付け加えた。

「だから食材にはもちろん、モグりんにも“ありがとう”って言ってるんだよ」
「そうだったのですか……! どういたしましてです!」

 ぱあっと嬉しそうな顔を見せたモグりん。
 それから、自分でも両手を合わせる。

「では私も! 食材さん、シャーリーさん、ごちそうさまでした」
「我もだ。ごちそうさまでした」

 二匹が拙いながらも『ごちそうさま』をした。

「うんうん!」

 その姿にはシャーリーが嬉しそうだ。
 魔獣と人間がすぐにこんなにも仲良くなれる、料理って素晴らしいね。

 そしてやはり、シャーリーは気になるようで。

「モグりん。私にも野菜の魔力操作、教えてくれる?」
「もちろんです! シャーリーさんも師匠と同じぐらい、料理がお上手みたいなので!」
「──! 同じぐらい(・・・・・)ですって……?」

 だが、まずい。
 モグりんが地雷を踏んだ。

「わたしと同じぐらいかあ。ふーん」
「あれ、私何か変な事を……?」
「別に?」

 モグりんに決して悪気はない。
 しかし、シャーリーが大得意とする料理で、“同じぐらい”という単語が引っ掛かってしまったみたい。

 今の彼女は、ライバル心が芽生えた目をしている。
 ここは強引に話題を変えなければ!

「そ、そういえば! モグりんはこの辺に住んでいるの?」
「えっとですね。って言われて思い出しました!」
「ん?」

 その質問には答えず、モグりんはそそくさとドングリを集め始めた。

「そろそろ帰らないと!」
「え」
「すみませんシャーリーさん、魔力操作はまた今度に! では!」
「……あ」

 そうして気づいた時には、ぴゅーっと走って行ってしまう。

「そ、そんな……」

 シャーリーは残念そうにうなだれた。

 でもまあ、原理だけは聞いておいてよかった。
 俺はシャーリーに手を差し伸べる。

「大丈夫だよ、俺にもなんとなくなら分かると思う」
「ほんと!?」
「うん。俺でよければ教えるよ」
「エアル! ありがとう……!」

 せっかくこの森の食材の「野菜自体が変わる」という特性を使えるのなら、シャーリーは使いたいだろうからな。

「……それにしても」

 初日の朝から怒涛の展開だったな。
 だけど、なんとかやっていけそう。
 そんなことも実感する。

 そうして、お昼の時間を過ごした。







「ふあ~あ。……って、あれ?」

 真上から降り注いでいた陽の光が、やや西から差し込んでいることで時間の経過を感じる。
 大体三時ぐらいってところかな。

「みんなは……うわっ!」

 隣を見ると、ほんの少し口を開けて気持ちよさそうに寝息を立てるシャーリー。
 俺たちが枕にしていたのは、フェンリルのお腹部分だ。

 そっか、一旦お昼寝をしようって話になったんだった。

「起きたのだな」
「あ、うん。なんか自然に」
シャーリー(この者)はよく寝ておるな」
「だね」

 シャーリーが昼寝をする姿は珍しい……というか、見たのは初めてかも。

 メイドであり仕事人の彼女は、王城内では常に働いている状態だった。
 休憩はもらっていたけど、城内では気が抜けなかったのかもしれない。

「……ふふっ」

 そんな彼女が、ここまでリラックスして寝ているなんて。
 気を張り続けた疲れもあったのだろうけど、連れて来て良かったかもな。
 心からそう思えた。

「イタズラしちゃえ、うりうり」

 こんな機会は二度とないかもしれないので、頬を突っついてみる。
 ほんのちょっとよだれなんか出しちゃって、可愛い奴め。

「んぅ」

 やば、起こしたか?

「……すー、すー」

 セーフ。

 こんな森にまで付いて来てくれたシャーリー。
 俺が、全力で支えてやらないとな。
 でも今は眠っているし、邪魔しない様にその辺でも散策するとしよう。

「シャーリーを頼む」
「うむ」

 最強の用心棒に頼んで、俺は散歩を始めた。




「うーん」

 今一度、改めて生活について考えてみる。
 今のところ、衣食住は充実している。

 となれば、より快適にする事を考えたいのだけど、

「日常生活って、何してるっけ……」

 俺と言えば魔法の研究に修行。
 ……って、違う違う。
 シャーリーも含めて考えなければ。

 細かいのは省くとして、寝る、ご飯を食べる……

「あ!」

 そうして、一つの答えに辿り着く。

 来た時から感じていた、足元の“妙な暖かさ”。
 俺は地面に手を付き、魔力経由で地中の情報を探る。

 そして感じる。

「本当にあった!」

 俺の仮説は見事にヒット。
 “あれ”が地下深くに存在している。
 人が毎日することで、シャーリーが大好きな源である“あれ”だ。

「となると……待てよ」

 地中から“あれ”を引き、魔法でコントロール、周りを固めれば……。

 発想から理論を構築。
 俺が最も得意とすることだ。

「うん、出来る。出来るぞ!」

 俺は成功を確信した。

「じゃあ早速!」

 俺はそれを伝えるため、フェンリルとシャーリーの元へ急いで戻った。

 昼寝をしていた場所に走って戻ると、シャーリーがちょうど目をこすっていた。
 今起きたのかな?

「おはよう、シャーリー」
「エアル……! み、見た?」
「見たって、昼寝のこと?」

 俺が聞き返すと、シャーリーはこくこくと首を縦に振る。

「そりゃ見──」
「見てないわよね!」
「……見てないです」
「よし」

 強制的に事実を()じ曲げられた。

 昼寝の顔がそんなにNGだったのかな……あ、よだれの話か。
 これを聞き返すほどデリカシーがないわけでないので、ここでやめておく。

「それで、何かあったの? 走ってきたみたいだったけど」
「おっ、そうなんだよ」

 シャーリーが聞いてくれたので、自然とこの話題になる。
 俺が伝えたかった“あれ”についてだ。

 俺が思いっきりドヤ顔を決めると、「また何か企んでるよ」って顔を向けてくるシャーリー。
 そんな怪訝(けげん)な顔をしていられるのも今の内だぞ。

「聞いて驚くなよ?」

 俺は、“あれ”についての説明を始める。

 シャーリーもフェンリルさんも、俺の話を聞けば聞くほど、興味を示し続ける。
 なんたって“あれ”は至高だからな。

 そうして俺の話が終わった頃には、

「エアル! お願い! 今すぐに作って!」
「我も入ってみたいぞ!」

 めっっっちゃ食いついていた。

 はっはっは、予想通り、いやそれ以上の反応だな。
 二人も良さに気づいてくれて良かったよ。

 シャーリーは、お風呂が大好きだ。
 では、俺の考えていた“あれ”とは。

 俺は二人を前に、満を持して高らかに宣言した。

「俺はここに……温泉を作るぞ!」
 温泉とは至高である。

 あの温かい湯、全ての疲れを取ってくれる気持ちよさ、裸の付き合い、覗き……おっと失礼。
 最後のお約束展開は説明しなかったが、俺はこの良さを二人に存分に伝えた。

 結果、

「今すぐ取り掛かりましょう!」
「我も手伝うぞ!」

 こうなった。

 シャーリーはお風呂が大好きだからなあ。
 けど大好きになったのも、実は俺が記憶を取り戻し、風呂の文化を広めてからだ。

 というのも、元々グロウリア王国にはお風呂という文化がそこまで広がっていなかった。

 それは、この世界の風呂の(つたな)さにある。

 グロウリア王国領地内には温泉の様な、お湯が出る場所は存在しない。

 水源から引っ張って来た水を溜め、火属性魔法で温める。
 これは当時からも周りがやっていたことで、れっきとしたお風呂だ。

 しかし、元々冷たい大量の水に、(おろ)かな火属性魔法を使って温めても結果は(かんば)しくなかった。
 もう冷え切った風呂に、どれだけお湯を足しても微妙な感じにしかならないあれと同じ事だ。

 そのため、ぬるい水にさっと浸かる、もしくは水を浴びる、というのが主流だった。

 でも、やはり俺は許せなかった。
 記憶を取り戻した八歳の俺は、もはや娯楽・リラックス法の一つにまで進化した、前世の“お風呂”というものを思い出したのだ。

 そこでまずは、元から温かい水を出すという、前世では常識だったことを思い出してすぐに研究に取り掛かった。
 水を運ぶパイプに魔法を刻み、()()()()お湯が出るようにしたのだ。

 そして、グロウリア王国ではお湯が出るシャワー、お湯を溜めたお風呂は大流行。

 シャーリーも、その(とりこ)となった一人というわけだ。

 それと、後で言われて気づいたのだが、そもそも物体に魔法を刻むという所業は普通の人間には出来ないらしい。
 けどすでに世間には出回っていたし、後の祭りだよねということで誤魔化した。

 そして今。

「早く早く!」

 そんなお風呂大好きなシャーリーが喜ぶのは分かっていた。
 けど、

「我も楽しみだぞ!」

 フェンリルさんまでこんな楽しみそうにしてくれるとは。

 意外ではあるが、これは嬉しい誤算。
 なおさらやる気が出るってもんだ。

 だがここで一つ、問題が発生。

「フェンリルさんのサイズが……」

 これほどの体を入れるとなると、どれだけ大きい物にすればいいんだ?
 出来るは出来るだろうけど、かなり大掛かりなことになる。

 そんな考えを巡らせていると、

「む、サイズ感が問題なのか?」
「問題というか、かなり大きくなるなってだけなんだけど」
「そうか。ならばこうしよう」
「え」

 しゅんしゅんしゅん……。
 フェンリルは、そう言うと見る見るうちに小さくなっていき……

「どうだ、これなら大丈夫そうか?」

 俺たちの前に、ちょこんと座った。

 大体、前世の大型犬よりも少し大きいぐらいのサイズ。
 四足歩行時で、縦に一メートルぐらい、俺の腰あたりまでのサイズになった。

 この姿、この形。

「「……」」

「む、どうしたのだ。二人とも固まって──」

「「可愛いー!」」

「のわっ!」

 俺は、シャーリーと争うようにフェンリルに抱き着いた。

「シャーリー、俺が先だぞ!」
「嫌だ! ずっと抱いていたい、この可愛い生物!」
「や、やめろお前たち!」

 フェンリルさんのサイズが小さくなったことで、抱ける範囲が減った。
 俺はシャーリーと取り合うようにフェンリルにしがみつく。

 シャーリーが俺に反抗してくるようになったことは若干嬉しさを感じるが、ここは負けられない戦い。
 この愛くるしい生き物は放すわけにはいかないのだ。

「こ、この! 放さんかー!」

「うわっ」
「きゃっ」

 フエンリルはぼんっ! という音と煙と共に、また大きくなってしまった。

「ふう、まったく」

 まあ、こちらはこちらでモフれる部位が多いから良いんだけどねー。
 モフモフ、モフモフ。

「我に逃げ場はないのか」
「ない!」
「むう……」

 と、ここまでして話を戻そう。

「それはそうと、器用なことが出来るんだね」
「うむ。我は風を操る力と、これだけは昔から出来てな」
「へ~」

 なんとなく観察してみた感じ、魔法とはまた違った何かって感じだった。
 風を操る力も割とイメージ通りだし、フェンリル固有の能力……なんてのも考えられる。

 けど、それはまた今度。
 今はとにかく、温泉作りに気を向けよう!

 とりあえず、フェンリルのサイズでかすぎ問題もクリアされた。
 では、もう一つの取っておくべき確認だ。

「言い出しておいてだけど、地中のお湯って使って良いものなの?」
「ああ、構わんぞ。そもそも、お湯とやらがあるのも知らなかったが」
「そりゃ助かる」

 よしよし、こちらの問題も無事解決された。
 ぶっちゃけ、ここが突破できないとアウトだったわけだが。

「ふむ」

 俺は地面に手を付いて、改めて地中を探知する。

「この辺だな」

 源泉は、『癒しの泉』の地下深くに広がっている。
 それも住処よりもずっと広い範囲だ。

 その源泉が、範囲を狭めるにつれて段々と熱が魔力へと変換され、魔力が異様に濃くなり噴き出したのが『癒しの泉』だ。
 そんな原理で『癒しの泉』自体は冷まされているよう。

 まるで、かつてお風呂がない時代のグロウリア王国の水道だね。

「となると……」

 一番手っ取り早いのは、泉から直接掘ってしまう事。
 でも、あの泉は景観的に素晴らしいものなので残しておきたい。

「じゃあ、そうだな」

 温泉施設は少し離れたところに作り、地中を伝ってお湯を冷まさないように持ってくるのが良さそう。
 ゆっくりお湯に浸かりたい時も、気軽に入りたい時も使いたいので、場所はコテージの隣が望ましいだろう。

 熱源は、俺が発明したパイプの原理を拡大させれば大丈夫。

「よし!」

 そうと決まれば、早速作業だ!

「じゃあ二人とも、手伝ってくれよな!」

「うんっ!」
「ウォンッ♪」

 元気な返事と共に、俺たちはさらなる至高を求めて作業に取り掛かる!
 シャーリーとフェンリルさんは少し避難させて、別の作業を始めてもらった。
 二人が離れたところで、俺は魔法を使い始める。

「んー」

 魔力探知で地中の情報を探りながら、地面を掘削(くっさく)していく。
 源泉からお湯を引き上げるためだ。

「お、あったあった。じゃあ次は……」

 やがて辿り着いたお湯の源泉から、今度はパイプを通していく。
 熱を冷まさないように軽い火属性魔法を刻んだ、木で作ったパイプだ。

 木とはいえ、魔力によるコーティングと、魔法結界を張り巡らせている。
 壊れる恐れもないだろう。

 物理・魔力、共に耐性はバッチリだね。

 そうしてパイプを通したところは、土魔法で補強して元通りに閉じていく。
 それを繰り返していけば、お湯を運ぶパイプが温泉の設置場所までつながる。

「ふう……」

 シャーリーがいたら「ふう、では済まされないわよ」などと言われそうだが、黙々と作業を続ける。

 日本には、銭湯や温泉に関する法があった気がするが、そんなのは知らない。
 この世界の生き物にとって一番重要な、“濃厚な魔力”という最強の成分を含んでいるんだ、誰からも文句は出ないだろう。

「こんなもんだね」

 それほど時間はかからなかったけど、複数の魔法を同時に使い、慎重に進める必要があるので思ったよりは大変だった。
 魔力というより気力的に疲れたな。

 さて、俺の持ち分であるパイプ作業も終わったところで……。

「おーい、そっちはどうだ?」

 俺はフェンリルさんとシャーリーの方に向かって声を上げる。
 二人には温泉の“施設作り”を任せていたんだ。
 
 本来の温泉を知る俺がやっても良かったが、大まかな説明や例は出したし、俺の固定概念を壊してより良いものが作れると良いな、と思って任せてみた。

 温泉とは言っても、目指すのはスーパー銭湯のような娯楽も加えた温泉。
 発想はあればあるほど良いのだ。

 木や石など、もととなる材料は俺が用意した。
 それぞれ近づけさせれば互いが魔法でくっつく、というとんでも性能付きで。

 前世でいうロゴブロックのような感じかな。

 そして、

「おおー! 良いじゃないか!」

 内装をのぞくと、そこには予想以上に良い出来の土台があった。

「ふふーん、そうでしょ!」
「我も手伝ったぞ!」

 大体は俺が説明していた通りに収まったが、所々に彼女たちならではのアイデアが詰まっている。

 まずは、中央を占める一番大きな浴場。
 石造りを基礎に、とにかく広めだ。

 最初に浸かるような、一番オーソドックスな浴場だね。

 そして何故か、浴場のド真ん中にこの森の木を立てたいらしく、時期によって花見も同時に出来るというのだ。
 そもそも花なんて咲くの? と思ったが、咲かせる木もあるらしい。

 良いアイデアなので採用。
 のちに取り掛かろう。

「なるほど、良いね!」

 あとは、お湯で滝行出来るスペースや、寝っ転がることが出来るスペース。
 ただ、それぞれ高さや大きさが尋常じゃない。

 あれ、絶対フェンリルさんが通常サイズでお湯を浴びたいだけだろ。
 バリアフリーも異世界種族を考えると大変だな。

 まあ、良し。

 さらには足湯専用の場所や、俺が望んだサウナスペースなんかもある。
 総じて言うと……

「素晴らしい!」

「でしょっ!」
「ウォンッ!」

 森に来てから忘れがちだったが、シャーリーは超優秀なのだ。
 フェンリルのわがままも相まって、とても良い出来栄えになった!

 洗い場など最低限必要なところは加えるとして、ほとんどこのままいこうと思う。
 欲しい施設があれば、付け加えれば良いだろう。

 出来は本当に良い。
 本当に良いんだけど、さ……

「絶対パイプ足りないよね!?」

 施設の多さ、予想以上の広さにそれは明白。
 好きにして良いよ、とは言ったけどここまでとは言ってないよ!

「てへっ」
「ワォ~ン」

 なんだそのリアクション……。

 くそっ、こうなったらとことんやってやる!
 俺も楽しみになって来たからな!




 そうして、俺の苦労の上についに温泉は完成。
 細かい部分は調整が必要にしても、とりあえずの(たい)は成したのだ!

「すごーい! これが温泉なのね!」
「素晴らしいぞ!」

「はあ、はあ……。誰か俺を、褒めてくれ……」

 俺は魔力・体力を使い果たして四つん()いになっている。
 二人とも、温泉に夢中になって俺のことなんか忘れ──

「ありがとう! エアル!」
「本当に感謝する!」

「……! ははっ。いいえ、こちらこそ」

 いや、そんなことはなかった。

 感謝の言葉と二人の笑顔ですっと元気が湧いてくる。
 頑張った甲斐があったなあ。

「ねえ、早速入っていい!?」
「もちろん」
「やったあ!」

 シャーリーは完成前からずっとうずうずしていたので、彼女を一番に入れてあげるのは決めていた。
 彼女の可愛い笑顔を見れただけで、疲れもすぐに吹っ飛ぶ。

「では、俺たち男陣は去りましょうか」
「え、我は?」
「後でね」
「う、うむ……」

 残念そうなフェンリルを連れて俺たちは去る。
 シャーリーがゆっくりと浸かった後で、俺たちも浸かれば良い。

 男女を分けることも考えたが、家の風呂のつもりで使うのだし、それはいいかなと思った。
 あと、これをもう一棟作れと言われるとまじできついから。

「すごーい!」

 去り際、壁の内側からシャーリーの声がした。
 喜んでくれているな、良かった良かった。

 グロウリアには、お風呂はあっても温泉施設はなかった。
 天然のお湯の源泉がないのもそうだが、何より嫌われ者の俺が、ここまで大々的に施設を作ることも出来なかっただろう。

 そんな理由もあって、平民のみんなに提供できたのは小物や娯楽のみだったのだ。

 でも、今俺たちがいるのは、自由気ままに過ごせる辺境の大森林。
 誰にも邪魔されることはないんだ!

「すごいな、お主は」
「見直した?」
「うむ、さらにな」
「照れるじゃん」

 こうして俺たちは温泉を設立。

 コテージ内には最低限必要そうな、トイレやベッド、テーブルなども配置して森での初日が過ぎた。
 もちろんシャーリーの後には、モフモフを堪能しながら俺もゆっくりと湯に浸かって至高を存分に味わった。

 今日はすっごく濃い一日だったなあ。
 でも、森での生活はこれが初日。

 これからもたくさんやりたいこと、欲しいものが見つかることだろう。

 魔の大森林、まだまだ楽しみがたくさんだ!
 魔の大森林での二日目、朝。

 俺とシャーリーはテーブルを囲み、フェンリルさん(小)は地面に体を付けている。
 みんなのそれぞれ朝ご飯が置かれている。

「……エアルよ。まだなのか」
「ああ、今から大切な事を話すからな」

 目の前に朝ご飯が置かれた状態で、待たされるフェンリルさん。
 言った通り、今から大事な話をするからだ。

 シャーリーと顔を見合わせて(うなず)き、俺はフェンリルさんに向かい直した。

「フェンリルさん、君は今日から『フクマロ』だ!」
「!?」

 突然の宣言に、フェンリルさんは驚いた顔を示す。
 そりゃそうだろうな。

 だが、反応はとても良かった。

「それはまさか……“名前”、というやつか?」
「ああ、そうだよ」
「そうか……!」

 フェンリルさんは、ハッハッと舌を出しながら尻尾をブンブンと振る。
 いかにも嬉しそうな反応だ。

「して、その由来は?」
「あ、えっとー……」
「そわそわ」
「し、白くてふわふわしてるって意味かな!」

 本当は『大福』と『マシュマロ』。
 その二つの単語を組み合わせて『フクマロ』だ。

 フェンリルさんの特徴といえば、やはり白くてふわふわなところ。
 他に白くてふわふわした物を浮かべた結果、咄嗟(とっさ)に出たのがその二つだったんだ。

 神獣に付ける名前にしてはちょっと可愛すぎる気もするが、元の単語はこの世界には無いので大丈夫だろう。

「そうか……我にも名前が……」
「気に入ってくれた?」
「ウォンッ!」

 フェンリルさん、改めフクマロはとても良い返事をした。
 その反応にシャーリーも胸をなでおろす。

「よかった~」
「シャーリーも、可愛いって言って気に入ってたもんな」
「うんっ!」

 実は、俺とシャーリーは昨日寝る前にフクマロから相談を受けていたのだ。

 俺たち二人が名前で呼び合うのを見て、どうやら“名前”が羨ましくなったらしい。
 まったく、可愛い奴め。

 フェンリルさんは、その唯一無二の存在がゆえに名前が無かった。
 けどそれは、俺たちを『ニンゲン』と呼ぶようなものだし、名前で呼び合った方が仲間って感じがして心地良い。

「てことで。待たせたな、()()()()
「うむ!」

 その名で呼びつつ、みんなで手を合わせる。

「「いただきます」」
「イタダキマス」

 俺とシャーリー、それに小さくなったフクマロを加えて朝ご飯を食べ始める。
 
 朝一番の取れたて新鮮野菜で作った、シャキシャキサラダだ。
 ドレッシングはかけません。

 だって、

「ん~!」

 こんなに素材の味が美味しいのだから。

「本当に美味しいよね、この森の食べ物」
「そうなんだよ。見た目から明らかに潤っているし、何か秘密があるのかな」
「……まーた、何か企んでる」
「え」

 シャーリーに指摘され、自分の顔の変化に気づく。

「バレてましたかー」
「バレバレよ。で、今度はどうしたの?」
「うーん、企んでるってわけではなくて」
「うんうん」

 食い入るようにこちらを見てくるシャーリー。
 二人で追放されたことで、俺がどれだけスローライフを望み、俺がどれだけ準備してきたか分かってきただろう。

 俺は最強にはそこまで興味が無い。

 代わりに「生活魔法」とでも言えば良いのかな、とにかく使えたら良いなーって魔法の習得を優先してきた。
 独自の魔法の開発を行ってきたのも、そういった分野ばかりだ。

 まあ単純な強さで言っても、王国では負けなしだったけど。
 けれど所詮、そちらは副産物に過ぎない。

 俺はスローライフを望む。
 自分好みのライフスタイルで。

 そうして培われた俺の目からすると、

「多分、魔力の影響だよ」
「え、食べ物が美味しいことが?」
「うん」

 シャーリーの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
 それを解消するように、俺は説明を続ける。

「野菜や果物には、水や土などから栄養が必要だと思う」
「そうね」
「でもそれらも、実は元は魔力から出来ているんだ。魔力が姿を変えて、水や土になっているんだ」
「……そうなの?」

 シャーリーの頭上のクエスチョンマークが、話を進めるごとに増えていく。

 まあ、無理もないか。
 俺も初めて話す、おそらく世界で誰も知らない独自理論だからだ。

 こう言っちゃ悪いが、この世界の人はあまり研究が得意ではない。
 というより、前世の人類が研究に命を懸けていたのだ。

 前世の世界では、水や土など、全ての物質は元素で出来ていた。
 H₂Oとか、O₂とかっていうやつだね。

 だから俺は、この世界も何かそういったもので出来てるんじゃないのかな、って研究を進めたところ、元素ではなく全て魔力で出来ていたのだ。

 魔力が形を変えて水や土になるし、人間も詠唱などで無意識に空気中の魔力を使って、水や土を作り出せる。
 俺はその理論を理解しているので、詠唱無しにイメージだけで魔法が出せるのだ。

「エアルって、本当に天才なのね……」
「いや、それほどでも」

 この話を、シャーリーには前世の話を抜きにすると、当然天才と言われる(こうなる)
 前世で言うと、初めて元素を発見した天才学者のようなものなのだから。

「ちょっと遠周りしちゃったけど、つまり魔力が濃厚であればあるほど(・・・・・・・・・・・・・)、水や土はもちろん、野菜や果物もより一層良いものになる、と思うんだよね」
「へえー。エアルが言うなら、きっとそうなのね」

 シャーリーは納得してくれたようだ。
 考えるのを放棄した、とも言えそうだけど。

「お主は、難しい話が好きよの」
「まー、そうだね」

 前世は勉強をやらされるだけで、そこそこサボってましたから。
 自分で学べばこんなにも面白い、それを気づかせてくれたこの世界には感謝だな。

 そこで、ふと思った。

「こうなると、グロウリアのみんなにも食べさせてあげたいなあ」
「……嘘でしょ?」

 シャーリーが疑うような目を向けてきたので、多分勘違いしている。

「上流階級の連中じゃないよ? 俺によくしてくれた人達だよ」
「あ、なるほど。そうね、この森の良さを教えてあげたいかも」
「だろ? いつかもっと開拓して場を整えて、その人達やお世話になった人を招きたいなーって、今ふと思ったんだよ」
「エアルらしい、素敵な目標ね」

 当然、難しい話だというのは分かってる。

 俺の背中が世界一安全だ、と言ってくれたシャーリーでさえも、フクマロやモグりんが現れた時には怯えていたんだ。

 文献や人の話が膨らみ、魔の大森林の怖さは、世代を(また)ぐにつれて増大しているのではないかと思う。

 でも俺は、その目標を叶えたい。
 だって、この森はこんなにも素晴らしい場所じゃないか。

 これを味わえないのは、もったいないと思うんだよね。
 「もったいない」は日本人感覚なのかもしれないけど。

 だからまずは、俺はもっとこの森を知ろう。
 目標はそれからだ!

 よし、二日目ものんびりと頑張るぞ!







<三人称視点>

 エアルたちのコテージから、少し離れたとある里の最奥。

「師匠! 食材を持ってきました!」
「あら良い子じゃない。おリスちゃん」

 エアルたちが出会ったリスのモグりんが、“師匠”と呼ぶ人物と話す。

「それから、人間がいました!」
「あら人間。それはまた珍しいわね」
「フェンリルさんと一緒のようです!」
「へえ……」

 モグりんの報告に、どこか不敵な笑みを浮かべる人物。
 何を考えているかまでは読み取れない。

「少し面白いことになりそうね」

 その上向きの美しき顔が、思い浮かべるものとは──。
 時刻は、多分朝の十時ぐらい。
 
 朝起きて、シャーリーはすっかり気に入った温泉に。
 俺は野菜の魔力操作の研究、フクマロは散歩と、それぞれ思い思いの行動をしていた。

 そうして、早めのお昼ご飯。

「もぐもぐ」
「シャキシャキ、ムシャムシャ」
「ウォンッ♪」

 三人で昼ごはんを食べる。
 例のごとく野菜だ。

「……」

 というか、野菜か果物しかない。
 野菜自体を変えることも出来るし、森の中で贅沢(ぜいたく)言うな、という話かもしれない。

 だが、俺はここで自由に生きると決めた。
 なのであえて口にしよう。

「魚が食べたい!」

 三人とも食べ終わったタイミングで、俺は高らかに声に出した。
 食べている最中にネガティブな事を言われると嫌だからね。

「魚? まあ、たしかに。野菜ばっかりだと飽きてくるわよね」
「あ、ごめん。シャーリーの料理は本当に美味しいのだけど」
「ううん、バリエーションがなくなるのも困るし。魚があるなら私も食べてみたい」

 シャーリーも同じだったか。
 すでに言わずもがなだけど、彼女の料理はめちゃくちゃ美味しい。

 それでも、採れるのは野菜と果物のみ。
 料理に加えるのも、収納魔法に収納されている肉だけだ。

 収納魔法には、来るときに通った国々で頂いた食料も保存してあるが、何しろほとんどが内陸国だからな。
 自然と肉が多くなる。

 さらに、どの国の王も俺を敬ってくれたので、出されるのは一級品。
 となれば、やはり肉にいきつくらしい。

 収納魔法内では腐ることもなければ、匂いがつくこともないので大変ありがたい。
 それでも、肉がほとんどの割合を占めてしまっているのは事実だった。

 だから久しぶりに、魚が食べたい!

「なあフクマロ、どこかに魚が獲れるとこってないのか?」
「……な、ないぞ」
「ん?」

 なんだ、今の()と怪しげな態度は。

 フクマロはないとは言ったが、俺からふいっと目を逸らし、どこか誤魔化している感じがする。
 となれば、聞き出すまで。

「んん~? 本当かなあ~?」
「ぐっ……」
「そーれ、モフモフ」
「はぅあっ!」

 フクマロのあごの方を撫でると気持ちよさそうな声を上げる。

「教えてくれないなら、もうこうすることもないけどなあ~」

 そして、俺は手をピタッと止める。
 すると快楽に観念したのか、フクマロは渋々口を開いた。

「わ、わかった! ある! 魚を獲れる場所はあるぞ!」

 よし、俺の勝ち!
 本当にちょろいな、神獣フェンリル様よ。

「だが……」
「?」
「その場所は、ここからは少し遠くてな」
「なるほど、そういう問題ね」

 フクマロはばつが悪そうに答える。

 うーんと考えながらも、シャーリーと目を合わせる。
 でも……やっぱりそうだよな。

「遠くても良い。案内してくれないか?」
「エアル……!」
「……仕方なかろう」

 俺たちのワクワク具合を見て、フクマロはうなずく。

「でも、どのぐらいかかるんだ?」
「六時間はかかるぞ」
「まじかよ!」

 いいや、それでも!

「行こう」
「うん!」

 よーし、今日は魚を食べるぞ!







「うおっ! はっええー!」

 フロマロの上に乗り、森の中を気持ち良く駆けていく。

「ちょ、はやすぎない!? こわいこわい!」
「ははっ! シャーリーは(おく)(びょう)だなあ」
「エアルが怖いもの知らずなだけよー!」

 気持ち良いのは俺だけみたいだけど。

 シャーリーも同じくフクマロに乗り、俺の背中にぴたっとくっついている。
 その怖さからか、彼女が回す手は俺の腹の方でがっしりと捕まっており、そのおかげで……。

 ふよっ。

 その豊満なお胸さんが背中に密着している。
 しかも、フクマロが上下することもあって、それがたゆんたゆん揺れるんだから、もう大変な事態だ。

 下には“モフモフ”、後ろには“ぱふぱふ”で、異種ハーレムってね!
 けどまあ、このまま自分一人だけ楽しむのも良くないと思うので、シャーリーに提案してみる。

「シャーリー、目を開けてごらん」
「むりむりっ!」

 首を横に振ったのか、俺の背中でぐりぐりと頭が動いた。
 メイド時代はこんな彼女を見ることはなかったが、誰にでも苦手な事ってあるもんだな。

「大丈夫。フクマロは絶対に落としはしないし、俺も何重にも結界を張ってる。ここで逆立ちしても絶対落ちないよ」
「……絶対に絶対?」
「ああ。絶対に、絶対」
「……」

 俺の背中に埋めるようにしていたシャーリーの顔と胸が、徐々に離れる。

「周りを見てみな。こんな綺麗な景色、他では味わえないぞ」
「わあ……!」

 昼過ぎという時間帯もあり、高い木々の隙間には真上からの木漏れ日が差し込む。
 一筋の光がいくつも降り注ぐ光景はまさに絶景で、フクマロの疾走感も相まって気分が高揚する。

 右を見てみれば、遠くには小川も流れており、景色を一層(うるお)わせる。
 
 前世では、()幹翠葉(かんすいよう)、と言うんだっけ。
 俺たちが独占しているこの大自然の景色、すごく気分が良い。

「すごく、綺麗……」
「味わってくれたなら良かったよ」

 それからはシャーリーも少しづつ話をしてくれたので、早いものだった。
 「ここだ」

 フクマロのその声で、シャーリーと共に背筋を伸ばす。
 視界に広がったのは──一面の湖。

「うおおー!」
「すごい景色!」

 あまりにも綺麗なその景色に、俺とシャーリーは思わず声を上げた。

「それにしても、結構かかったなあ」
「だから遠いと言ったであろう」

 途中、シャーリーの事も考えて何度か休みを取りながら、森を駆け抜けてきた。
 六時間ほどかかったと思う。

 フクマロはフェンリルだ。
 魔獣の中でもトップクラスの速さを持つ。
 
 そんなフクマロに乗ってもここまでかかるなんて。
 本当、この森ってどこまで続いているんだろうな。

「壮大だよなあ……」
 
 人類はこの『魔の大森林』の調査が進んでいない。
 そのため現在の世界地図では、この森は南端に小さく書かれているのみ。
 大陸は「南へいくほど小さくなる」と言われているからだ。

 でも、若干過ごしてみて感じることがある。
 この森は、下手したら人類の住む大陸クラスに広がっているのでは、と。

 フクマロがそこそこ全力で駆けて六時間。
 やっと辿り着くのが最寄り(・・・)の湖、という事実がそう示している。

「ちょっと異常だよな」

 そうして、うーんと考えていると、きゃっきゃとした声が聞こえてくる。

「エアル! 魚がいっぱいいるよ!」
「お、本当か!」
「ほら! 難しいことは後にしてさ!」
「……ふっ、そうだな」

 シャーリーの言う通りだ。
 森についてあれこれ考えるのもワクワクするが、今は魚を獲りに来たんだ。
 まずはそちらを楽しもうじゃないか。

「こっちだよ、エアル!」
「おーどれどれ。……!」

 シャーリーがバシャバシャ水で遊ぶ場所まで行く。
 彼女に続いて湖を覗き込むと、驚きの発見があった。

「すげえ。水が綺麗で透き通って見えるんだな」
「そうなの!」

 かなり深さがありそうなので底は見えない。
 だけど、何十メートルであれば魚が気持ちよさそうに泳いでいるのを確認できる。
 それほどに水が()んでいるんだ。

 うーん、ワクワクしてきたね!
 それじゃあ早速!

「釣るぞ!」

 俺はそう宣言し、意気(いき)揚々(ようよう)と収納魔法から自前の釣りセットを取り出す。
 しかし、シャーリーの反応が良くない。

「……」
「どうしたの?」
「だってさあ……」

 シャーリーは俺の顔をじっと見つめて口を開いた、

「エアルの魔法なら、簡単に獲れるんじゃないの」
「え? そ、そりゃあまあ……」

 正直獲れる。
 すごく簡単に。

 テキトーにこの辺に魚をおびき寄せて、風魔法で一気に宙へ上げる。
 それをまとめて氷魔法で冷凍して収納すれば、はい終わり。

 でも……

「それじゃ(おもむき)がなくない!?」
「えー、何が趣よ。私は食べられたらそれで良い」
「男のロマンを分かっていないな」
「私、女だもん」

 ぐっ、それを言われちゃ言い返しようがない。
 ならばこうしよう。

「シャーリー、料理セットは持ってきた?」
「うん。持ってきたけど」

 収納魔法が付与されたバックから、シャーリーが簡易調理セットを取り出す。

「何匹かサッと取ってくるから、シャーリーは調理をしてて良いよ。食べてても良いから」
「そう。そういうことなら……」
「よし」

 これで解決。
 シャーリーは趣味の料理をして、俺は趣味の釣りに(いそ)しむ。

 俺はやっぱり自分で釣った魚を食べてみたいと思うからね。
 となれば、やはり相棒は必要だ。

 俺はくるりと後方を振り返る。
 
「いこうぜ、フクマロ!」
「……」
「フクマロ?」

 だけど、フクマロの様子がおかしい。
 そういえばここに来てから妙に静かだとは思っていたけど、何やらフクマロは小刻みに震えている。

「どうしたの? 体調悪い?」
「な、なんでもないわっ!」
「んー?」

 どう見ても「なんでもない」顔ではない。

 ここにきてこの態度……いや、思えば最初からそこまでノリ気ではなかったな。
 最初は「魚が獲れる場所なんてない」って言ってたぐらいだし。

 などと考えていると、ぴーんときた。

「……」

 でも、神獣だぞ?
 そんなことあるかなのかなあ。
 なんて思いつつも俺は聞いてみる。

「フクマロくん」
「な、なんだ?」
「もしかして湖が怖いのかな?」
「ぎくっ」

 まさかのビンゴでした。
 こんな神獣の姿は見たくなかった。

「えと、温泉は大丈夫なのに?」
「……うむ。無理というわけでは決してないが、昔少し怖い思いをしてな……」
「なるほどー」

 おー、おー、神獣フェンリルさんよ。
 なんだか知れば知るほどに、威厳がなくなっていくのは気のせいかな。

 けどまあ、逆に親近感が湧いてくる気もする。

「ははっ、可愛いじゃないか!」
「……ブルブル」

 よっぽど恐怖心があるらしい。
 こんな状態なのによく連れて来てくれたなあ。
 その点には感謝しないとね。

「そうだなあ」

 けど、このまま(おび)えて見てるだけというのも可哀そうだ。
 俺も手を貸そうと思う。

「フクマロ、俺に体を預けてくれ」
「……? ……ブルブル」

 フクマロの体にそっと触れ、魔法を付与する。
 すると俺の魔力が巡り、フクマロの体の表面にシャボン球のような(まく)が張られた。

「こ、これは……?」
「『水除けの魔法』だよ。本来は、傘を差さずに雨に当たらないように出来ないかなーって、考えた魔法だったけど」
「そんなことが?」
「うん。本当だよ」
「……う、うむ」

 俺を信頼してくれてないわけではないけど、そう簡単に恐怖は抜けないよな。
 ここはちょっと強めにでも。

「論より証拠。水に入ってみな」
「いや、しかし……」
「はいどーん!」
「ワ、ワォーン!」

 いじいじしているフクマロを魔力で押し込んだ。
 フクマロは犬のような鳴き声を上げながら湖に飛び込んだ。

「ハッ、ハッ、ハッ!」

 恐怖心からか、すっごく焦った顔で一生懸命犬かきをするが……

「あっはっはっは! 何やってんだよフクマロ! 周りを見てみろって!」
「……ハ?」

 周りの水は全く飛沫(しぶき)を上げていない。
 フクマロの体を沿うように張られた薄い膜が、水を弾いているのだ。

「あはははっ! 可愛い~!」

 後ろで見守っていたシャーリーも、腹を抱えて笑っていた。

 シャーリーもこの魔法を知っているからな。
 どうなるか予想できたのだろう。

 顔を赤らめたフクマロに、俺は尋ねてみる。

「どうだ? そろそろ落ち着いたか?」
「……うむ。お主の魔法は本当みたいだな」
「ははっ、だろ?」

 どうやら魔法を信頼して落ち着いたみたい。

 そしてフクマロを見ていたら、なんだか俺も入りたくなってきた。
 釣りはするにしても、一旦水遊びを堪能(たんのう)しよう!

 俺はあのひんやりとした感覚も味わいたいので、顔回りや装備にだけ『水除けの魔法』を付与する。

「とりゃ!」

 足から湖に飛び込むと、ばしゃん! っと飛沫を上がる。

 ちょっと冷たくて、気持ちいい~!

「そういうことなら、私もちょっとだけ入ろうかな」
「来るか? シャーリー」
「うん、魔法よろしく! 私もエアルで同じ場所でいいよ」

 水際でシャーリーの足部分に触れ、シャーリーに水除けの魔法を巡らせる。

「ほっ!」

 シャーリーも、勢いよく湖に飛び込む。
 『水除けの魔法』は、衣服が濡れることもなくそのまま水に入れるのが良い点だね!

 ずーっと内陸の地上を旅してきたからな。
 久しぶりに湖に入りたくなったのだろう。

 そんな様子に、落ち着いたらしいフクマロが口を開いた。

「水とは、こんなに楽しいものなのだな!」
「フクマロは全然浸かってないけどな……」
「あははっ!」




 それから三十分ほど。
 飽きもせず、湖を潜ったり水を掛け合ったりして遊んだ。
 
 シャーリーが湖から上がると言ったタイミングで、俺たちは釣りに移行。
 十分楽しんだので、俺の腕の見せ所だな。

「じゃあ頑張ってね~」

「任せときな」
「我も釣るぞ」

 シャーリーは俺が獲った魚を調理しながら、俺たちの様子を眺めている。

 俺たちは木製の簡易船で中央まで移動し、そこから釣り糸を垂らす。
 すっかり水への恐怖はなくなったのか、フクマロも釣りに参戦した。

 そうして少し落ち着いたタイミングで、フクマロが話しかけてくる。
 
「知っておるか? エアルよ」
「なに?」

 フクマロの話の途中で、俺の探知範囲にぴくんと引っ掛かるものがある。
 それなりの魔力量を持った()()が、こちらに向かっているようだ。

「この湖には、主が存在するのだ」
「主?」

 ()()は簡易船に真っ直ぐに向かってくる。

 って、まさか……。

「おい、その()ってこれのことじゃないよな……?」
「これとは?」

 俺が湖の深くを指差すと、フクマロはカッと目を見開いた。

「こ、こやつだー!」
「えええええええ!」

 ざっぱああん!

 俺たちが叫んだ瞬間、湖の主は俺たちの簡易船を下から高く打ち上げた。
 「うわああ!」
「のわああ!」

 簡易船が下から高く打ち上げられ、船もろとも俺たちは宙を舞う。 
 フクマロが一番小さなサイズだったこともあり、軽かったみたいだ。

 って、そんなこよりも!
 
 俺はとっさに【風】属性と【土】属性の魔法を発動させる。
 向けたのは下。
 湖方向だ。

「おっと!」
「ぐおっ!」

 【風】魔法で落下の勢いを軽減、【土】魔法で湖の上に着地できる場所を作り出した。
 それでも危機が去ったわけではない。

 俺は再度、水中に顔を覗かせる。

「なんなんだあいつ!」
「言ったであろう、(ぬし)だ!」
「主ぃ!?」
「うむ! 滅多に姿を現さないはずなのだが……はっ!」

 フクマロは、何かに気づいたようにこちらを見た。
 そして言葉にする。

「エアルの魔力に()かれてきたのかもしれぬ」
「それかあああ」

 今のフクマロには俺の魔力を感知できない様、【阻害魔法】をかけている。
 イチイチべったりとくっつかれてるとキリがないからね。

 そのため、俺が『魔獣に好かれる魔力』を持っていることをすっかり忘れていた。
 この魔力……嬉しいのやら嬉しくないのやら。

 そうこうしているうちに、フクマロが声を上げる。

「来るぞ!」
「ああ! フクマロは元のサイズに戻ってくれ! 足場を広げる!」
「承知!」

 俺が【土】魔法で足場を広げる。
 それに合わせるようフクマロも巨大化していく。

 そうして、本来の五メートルほどのサイズに戻った。

「フクマロ、主は!」
「あの辺をうろうろしておる!」
「どれどれ」

 俺はカッと目を大きく見開き、目の周りに魔力を集中させる。
 一時的な視力ドーピングだ。

 ほんの少しでも量を誤れば目にダメージを受けるが、俺にとって調整は朝飯前。

()えた!」

 俺は主の体をハッキリと捉える。

 若干青みがかった銀色の体。
 全長はフクマロと同等ほどの巨大な魚だ。
 体型はフグのようにふっくらしており、口や目が大きくて少しブサイク。

「けど、あれは!」

 どうみても脂がのっている。
 前世で例えるなら、まさに『超巨大マグロ』だ!

 収納魔法には、生きた生物をそのまま収めることは出来ない。

 俺も何度も試したが、大小関係なく弾かれてしまうのだ。
 前世で言う「アイテムボックス」とか「ストレージ」という感覚なのだろうか。

 つまり、あれを収納するには倒す(・・)しかない。

 となると方法は……そうだ!
 昨日、フクマロが言っていたフェンリルの能力がある!

「フクマロ! 風を操る力で、あいつを舞い上がらせることは出来るか!」
容易(たやす)い!」
「じゃあ頼む! 俺はあれを食べるぞ!」
「我も食べたいぞ!」

 あれだけの大きさなら、俺の【風】魔法だけでは不十分かもしれない。
 多種類の魔法を使えると言っても、生活的な魔法が専門なんでね! 

 ここはフクマロに任せて、俺は次の一手の準備をする!

「きたぞ!」
「うむ!」

 もはや釣り竿に関係なく、俺の方に向かってきているように見える。
 まったく、好かれちまう男は困るぜ。

「今だ!」
「ワオォォォン!」
「──! うわあっ!」

 フクマロが遠吠えを上げた瞬間、水中から吹き荒れる暴風が巻き起こる。
 その大きすぎる威力は、湖の主や俺たちの足場ごと宙に舞い上がらせた。

「フクマロ、強すぎだー!」 
「すまぬー!」

 だが、舞い上がった標的は目の前。
 よくやったと言うべきか!

「はっ!」

 俺は、空中で湖の主の頭に手を付け、主の魔力の総量を正確に感じ取った。
 大体予想通りか……ならば!

「これぐらい!」

 考えていた量の魔力を、一気に流し込む。
 さらには魔力を針の様に形を整え、もはや“鋭利なピック”となった魔力の塊。

 つまり、マグロの神経()めだ!

 ピシィィィィン!

「よし!」
「なんと! 湖の主が動かなくなったぞ!」

 ざっぱああああん!

 宙で動かなくなった湖の主は、そのまま湖に落下。
 沈みかけるところを、土魔法で地面で作ってやり、地上に引き上げる。

 完璧に調整された魔力量で、主は一瞬も苦しむことは無い。
 少し残酷かもしれないが、より美味しく命を頂くためだ。

 感謝していただくとしよう。

「ふうー、なんとかなったな」
「エアルには毎回驚かされるな」
「そりゃどうも。フクマロの風もすごかったよ」
「……て、照れるであろう」

 そんなこんながありつつも、俺たちは無事に湖の主を捕獲したのだった。


 

 辺りはすっかり暗くなり、魔法で付けた火を囲う。

「「「おおおー!」」」

 そうして目の前の大皿に広げられたのは、調理された様々な種類の魚。
 そして何より……刺身になった湖の主だ!

「うまそー!」

 湖の主は見た目通り、中身は最高に色の良いマグロのようになっていたのだ。
 しっかりと部位的なものも存在しており、大トロ、中トロ、赤身など、それはそれは良い色の身を持っていた。

 前世以来、この命に転生して依頼の刺身だ。
 その懐かしい見た目だけでたまらない。

 それでは早速!

「「いただきます!」」
「イ、イタダキマス」

 俺とシャーリーを真似て、フクマロもぎこちないながら口にする。
 ありがたく感謝を込めたところで、早速一口!

「──!」

 こ、これは……

「うめえーーー!!」

 いきなりぺろりといったのは、もちろん湖の主。
 俺は大トロからだ!

 一度()むだけで伝わってくるこの身、この脂!
 とろけるような脂と甘み、まさに超本格マグロそのものだ!

 シャーリーのちょこっと味付けも相まって、完璧な仕上がり!

「……! んん~! 何これ、すごく美味しい!」

 俺に続いて湖の主を口に入れたシャーリー。
 彼女も大満足な顔だ。

 シャーリーには、最初は中トロをおすすめしてみた。
 ほどよく脂がのった中トロは旨味を一番感じられる、と思うからな。

 前世では血抜き? とかいう難しい工程が必要だった。
 けど、湖の主を切っても血は流れることなく、体内にはただ綺麗な魔力が循環しているだけだった。

「楽だし美味いし!」

 その上、ふんだんに脂がのった身はしっかりと宿していた。
 魔力で強化された鋭利な包丁で簡単に(さば)くことができたのだ。

 それでも、三人で食べるにはあまりにも多すぎる量だったので、残りは収納魔法で収納したまま持ち帰る事にする。
 収納魔法の空間内は腐ることも悪くなることもないので、本当に便利だ。

 そうして、俺は神獣様にも目を向ける。

「ほら、フクマロ。君もいってみ?」
「う、うむ……」

 フクマロは刺身の姿は見たことがないそうで、躊躇(ちゅうちょ)気味だったが、

「……! なんだこれは!」
「どうだ?」
「こんなに美味しいのは初めてだ!」
「……! でしょー!」

 すごく喜んでくれた。

 フクマロがいなければ、あそこまでスムーズには進まなかったろうからな。
 フクマロの口にも合って良かった。

 そんな光景を前に、シャーリーが微笑みながら口にした。

「一時はどうなるかと思って見てたけど、これが食べれて幸せだわ」
「「!」」
「ありがとうね、二人とも!」

 シャーリーのとびっきりの笑顔……すごく可愛い。
 頑張った甲斐があったよ。

「来て良かったな」

 自然とそんな言葉がこぼれる。
 ただそれは、二人も同じだったよう。

「ええ、本当に」
「我もそう思うぞ」
「いやいや、フクマロは最初嫌がってたじゃん。水が怖いよ~、とか言ってさ」
「そこまでは言っておらぬぞ!」

「「あっはっはっは!」」

 こうして、森林の中の湖という大自然で、団欒(だんらん)をしながら至福の夕食を味わった。

 湖の主という思いがけない魚もいたが、念願だった魚、それも最高に美味しいものが手に入ったのだ。
 それはもう大満足の夕飯となった!
 「はあ~、今日は楽しかったね!」
「俺も大満足だ!」

 湖の主という絶品もいただき、就寝時間となった。
 ()()テントの下、俺たちは向かい合って寝袋にくるまる。

 なぜテントが一つなのか、だって?
 この状況で二つ持ってくるわけがないだろう!
 シャーリーと同じテントに入れるんだぞ!

 とまあ冗談は置いといて(冗談じゃないけど)。

「星空、綺麗だな」
「そうね」

 寝袋にくるまったまま、テントの入口から覗かせる夜の星空に視線を向ける。
 入口は湖の方に向けたので、木々がなくて見通しが良い。

「はああ~」

 森の中でキャンプなんて、完全に満喫しているなあ。

「テントを持ってきて良かったね」
「そうだな」

 今はこうしているけど、フクマロの嗅覚を持ってすれば、障害物に当たることもなく容易に帰れたらしい。

 だがその提案はもちろん断った。
 そんなの、「終電逃しちゃったね」っていう雰囲気で「タクシーで帰ろう」と言っちゃう男ぐらい空気が読めていない。

 というわけで、キャンプなのだ。

「私も今日の(ぬし)を見て、男のロマンがちょっと分かったよ」
「お、そう? それは良かった」
「ふふっ。でも、ちょっとよ」
「その内、もっと分からせてやるよ」
「……」
「……」

 一秒ほど時間が流れ、ふと冷静になる。

 あれ?
 今、俺変な事言わなかった?

 「分からせる」って、何!?

 何気なく口走ってしまったが、わからせるって……わからせるってこと!?
 なんか、夜のそういう言葉に捉えられてない!?

「……」

 ほら、シャーリー無言になっちゃったし!
 ダメだ、真っ直ぐ顔が見れない!

「ねえ」
「はいっ!」

 シャーリーに呼ばれて、背けていた体がびくっとさせる。
 恐る恐るちらっと顔だけ動かすと、目線が合った。

「握っていい?」
「!?」

 え、シャーリーさん!?
 一体何を……。

 けど、意味はすぐに分かった。
 シャーリーの左手がひょいひょいと泳いでいるのだ。

「良いよ」

 男ならではの妄想のせいで内心はバクバクだが、俺はすっと右手を差し出した。

「あったかいね」
「シャーリーは冷たいな」
「冷え性なの」

 俺の手を握ると、安心したのかシャーリーは自然にうとうとし始める。

「寝る?」
「……じゃあ、うん。そうしようかな」

 普段は聞けなさそうな甘い声の返事を聞き、俺は吊り下げていたランタンの光魔法を消す。

 一つテントの下で、年頃の男女が二人。
 ずっと支え合って来て、ついには誰も人がいない森で暮らし始めた二人。

 そうなれば当然……

「すー、すー」

 ムフフな展開、あると思っていた時期が僕にもありました。
 ま、冗談だけどね。

「……ちょっとぐらい」
「え?」

 何か聞こえたかな?
 ぼそぼそっと、シャーリーが呟いた気がしたけど。

「すー、すー」

 いや、気のせいか。
 寝息たててるし。
 
 さて、それなら俺も寝るとしよう。

「……ばか」

 今度は気のせいじゃないかもと思ったが、目を閉じた俺が聞き返す元気は、すでになかった。 







「……ん」

 (ほお)に何か柔らかい感触があった気がして、すでに浅くなっていた眠りから目を覚ます。
 半開きの目には、隙間からの日の光が当たっていた。

「……ん?」

 と思ったら、視界の上の方にシャーリーが。
 女の子座りでなぜか真っ赤な顔でこちらを見ている。

「お、起きたんだ! お、おは、よう……」
「今起きたよ。おはよ」
「良かった……」

 なんだかシャーリーが焦っている気がするが、まだ頭がぼーっとする。

「エアル。もう少し、寝る?」

「んー。じゃあ、そうしようかな」

 とは言いつつ、実はもうほとんど目は覚めている。
 体内の魔力の循環を早くすれば、脳の働きも活性化させることが出来るからな。

「……」

 だが、目の前に“それ”はあった。
 今なら、眠いふりをして許されるんじゃないかと思う。

「“そこ”で、寝ていい?」
「そこって……え?」

 俺の細めた視線の先を察して、シャーリーは若干うろたえる。
 やっぱり無理か、と起き上がろうとしたのもつかの間──

「い、いい、よ……?」
「……良いのか」
「うん……」

 冗談半分で言ったのだが、まさかの返答。
 俺は混乱しながら、そーっと体全体をシャーリーに向かって頭を動かす。

 そして、時は来た。

 すとっ。

 位置を確認して頭を置いた時、衝撃という名の革命は起きた。

「……!」

 これが、これが膝枕か……!

 柔らかすぎず、固すぎず。
 人肌にしか出せないであろう、このひんやりと気持ちの良い温度感。
 露出された太ももに、頬をぷにぷにさせれば、他では味わえない高揚感。

 なんって素晴らしいんだ!

「んー……」
「ひゃっ!」

 この際調子に乗ってしまえと思った俺は、そのまま顔をシャーリー側に向けた。
 
 するとどうだろう。

 シャーリーの柔らかくて少し甘い、いかにも“女の子”という匂いが鼻を通っていく。
 顔の向きを変えただけで、幸福度が段違いだ。

 彼女とは家もお風呂も変わらないはず。
 なのに、どうしてシャーリーはシャーリーの匂いがするのだろう。
 
 そんな疑問を確かめるため、我々はアマゾンの奥地へと──

「むぐっ」
「……完全に起きてるでしょ」

 シャーリー側にさらに近づこうとすると、顔を抑えられた。
 さすがに調子に乗り過ぎたようだ。




「もう、お調子者なんだから」
「言い訳もございません」

 湖で顔を洗い、フクマロも混ざってテントの外で朝食をとっている。

 朝食はなんと、焼き魚なのだ。
 しかも、これがまた美味い!

 そんな美味に、フクマロが口を開いた。

「やはり、エアルの仮説は本当かもしれないな」
「あー、美味しさは魔力の濃さが関係してるかもって話?」
「そうだ」

 昨日の時点で、それは俺も思っていた。
 だって、明らかに美味すぎるんだもん。

 美食の大地であった日本の味覚はすでに忘れてしまったが、多分負けてない。
 それほどに、ただ焼いただけの魚が美味しいのだ。

 さらに、俺の長年の研究の末に開発した「塩」をふればもう完璧だよね。

「本当に美味しい! エアルの“しお”もだし、魚がもう……!」

 シャーリーも大満足らしい。
 良かった良かった。

「はあ~あ。さすがに毎日ってわけにはいかないけど、せめて何日かに一回は食べられたらね」

 一応、主や他の魚は収納魔法にストックしたが、消費すれば当然なくなる。

 またここに来れば良いだけの話なのだが、往復12時間となるとやっぱり時間がね。
 こんな時、すぐにでもここに来られたら……

「って、待てよ」

 そんな時、ふと俺の頭を(よぎ)るものがある。

 まだ実験段階だった未知の魔法だ。
 それは理論は整ったものの、完成されることはなかった魔法だ。

 それを使えば……

「移動することなく、ここに来られるかもしれない」
「え!」
「なんと!」

 俺の独り言に、二人は驚いた反応を示す
 そしてシャーリーは、何かを悟ったように聞き返してくる。

「ねえ、エアル。まさか、あなたの言うそれって……」
「ああ、そのまさかだよ」

 俺はその名を言葉した。

「伝説上の魔法【転移魔法】さ!」
 「て、転移魔法ー!?」

 俺の言葉にシャーリーは、彼女史上一番の大仰天を見せた。

 まあ転移魔法といえば、伝説的な魔法の中でも最上級。
 もはや神話クラスの魔法だからな。

「うん、条件は揃ったと思う」

 そんな神話クラスの転移魔法だが、実は理論は出来ている。

 前世の、ニホンの「ライトノベル」からヒントを得てるんだ・
 まあそれは言えるわけもないので隠しておくが、理論自体はそこまで難しいものじゃない。

 簡単に考えると「今の場所」と「行きたい場所」の超正確な位置の把握が出来れば、転移は可能。
 趣味にはぴったりな魔法だったので、一年半の苦節の内に理論は完成した。
 
 では、今までどうしてやらかったのか。
 問題は、転移に使うその“魔力量”だった。

 人や物を場所を超えて送ろうと思うと、とんでもない魔力量が必要になる。

 王国内でも空気中に(ただよ)う魔力だが、単なる趣味で一気に大量消費してしまっては、国民に何かしら影響があると思った。
 この世界で言う、酸素不足みたいな状況になりかねないからね、
 
 では、今はどうだろう。
 この森に漂うは濃い濃~い魔力。
 
 それでもかなりの量は必要だが、弊害(へいがい)をもたらすことなく使えると思う。

「でも、具体的にはどうやって?」
「うーん。説明すると難しいけど、聞く?」
「あ、やっぱりいいや」
「ぐぬ」

 俺のオタク趣味全開な理論の方には、興味が無かったシャーリー。
 ただ、これだけは付け加えておく。

「けど、今すぐに出来るってわけではないんだ。それなりに準備が必要だし」
「そうなのね。というより、神話クラスの魔法をほいほい使えた方が怖いわ」

 ということで、ここには俺の準備した魔法陣を敷いておくだけにする。
 転移魔法が完成した時には、ここへすぐ飛んでくることが出来るように。
 
 俺は軽く準備を終えて、フクマロの方へ振り返った。

「じゃあ悪いけど、帰りも乗せてってくれる?」
「もちろんだ」

 こうして、魚という食材をゲットして、俺たちはコテージへ帰った。







「よし、こんなもんか」

 コテージに戻った後、俺は黙々と作業を行っていた。
 色々と設備を追加するためにだ。
 
 追加したのは、時計やキッチン、温泉に行くまでの直通の通路なんかもだね。   

 時計は陽の角度から計算した。
 ちょうど十二時頃だったので、合わせやすかったのもラッキーだ。

 そんな作業もとりあえず終わった。
 ちょうどいい時間帯だし、そろそろお昼にしたいな。

「シャーリー? ……は、いないんだった」

 俺が作業をしている間、シャーリーはフクマロと一緒に食材を採りに行ってくれている。
 食材に「魚」が追加されたことで、さらに張り切って料理をするみたいだ。 
 相変わらず働き者さんだなあ。

「んー、じゃあ温泉でも行くか」

 ということで、俺は温泉へ。
 せっかくコテージから直通する通路も作ったんだ。
 作業後だし、さっとシャワーを浴びておこう。

 夕方また入るだろうが、家の隣にあんな最高の施設があるんだ。
 何度入っても良いよね!

「おー、我ながら完璧っ!」

 作った通路を自画自賛しながら、コテージから温泉へと向かう。
 ほんの数歩の距離ではあるけど、もし雨が降ったら嫌だからね。
 
 ってことで、作業の事を考えるのはここまでにして。

「いざ!」

 スポポーン! と衣服を放り脱いでいざ入湯!

「って、……え?」

 ざぱーんと入水しようとした瞬間、どこか気配を感じる。

 いくつかあるスーパー銭湯の内、中央の一番大きな風呂。
 その湯けむりの奥に、何やら人の影がするんだ。

「シャ、シャーリー?」

 シャーリーだったら「えっち!」と追い出されるので聞いておく。

 だが返事はない。
 さらに、張り巡らせている魔力探知にも引っ掛からない。
 彼女にはそこまでの魔法はできないはず。

「……」

 だとしたら一体……?

 俺は魔力で形作った剣を片手に、ちゃぷんと入水する。
 じりじりとその影に近づく中で、何やらうめき声が聞こえた。

「うっ」
「──! 誰だ!」

 少し聞こえた声の主に返す。
 でも、やはり返事はない。

 そうして、

「うーん……」
「……!」

 次に聞こえたのは、うなるような声。
 って待てよ。
 この声、まさか……のぼせてる!?

「こうしちゃおけない!」

 俺は瞬時に、全身に魔力を通わせ、水除けをしながら影に近づく。
 そこには──

「……!?」

 なんと、大胆にもサラサラの金髪を結んで上を見上げる、すごく美人さんがいた。

「……!?!?」

 さらには、おっきなお胸を大胆に(さら)しながらお湯に浸かっている。
 タオルは巻いておらず、両肘は背側の石に付いている状態だ。

 それはもう強調されたお胸が……と、とにかくすごい光景だ。

 というか、金髪に、この横に長い耳。
 この人、もしかして……
 
「うーん……」
「!」

 って、何ぼーっと考えてるんだ俺は!

 女性は目をぐるぐるさせ、意識は朦朧(もうろう)とさせている。
 このまま放っておくと危険だ!

「よいしょ!」

 女性にはタオルを一枚かけ、俺の肩を貸すようにして急いでお湯から出る。

「!?」

 小走りなので、すぐ隣では大きな二つの山があっちこっちに暴れる。
 それでも俺は、歯を食いしばりながらなんとか目線を逸らした。

 そんな欲望とも戦いながら、一先ず家に入ってすぐに彼女を横に寝かせた。

「このままではまずいな」

 女性だし、何よりその破壊力のあるお胸が隠しきれていないので、上からさらにタオルを重ねる。
 細かく体をふくわけにもいかず、とりあえずは風魔法で乾かそう。
 
 目は(つむ)る。
 目は瞑るから!

「よし。かぜまほ──」
「ただいまー」
「……!!」

 だが、家の扉が開くと同時に聞こえた声。
 俺はサーっと冷や汗をかきながらも、ゆっくりと玄関口へと振り返る。

 すると……はい、バッチリ目が合いました。

「や、やあシャーリー。ご苦労様……」
「……」

 シャーリーの視線が女性、俺、女性と行き来する。

「へえ」
「……ひっ!」

 そして、その目に怒りがこもっていくのが分かる。

 女性は裸の上にタオル、俺は前を隠すためのタオルのみ。
 おまけに、俺の手が今まさに彼女に触れようとしているのだ。

 絶対に勘違いされてる。

「ち、違うんだ、シャーリー!」
「……」
「シャーリーさん!?」

 シャーリーは何も言わず、(まばた)きも一切せず、こちらにずんずんと歩いて来る。
 そして、にこっと笑った。

「なにしとるんじゃー!」
「──ごぁっ!」

 俺の体は窓を突き破って外へと飛び出た。 



★ 



<???視点>

 頭がぼーっとします。

 わたし、何をしていましたっけ……。

 あ、そうでした。
 あの何やら気持ち良さそうな、温かい水に浸かっていたのでした。

 そして、段々意識が朦朧(もうろう)としてきて……。
 うーん、まだ目は開けられません。

 けど、何でしょう?
 この心地よくて、わたしの心をくすぐるような魔力は……。

 今までに感じたことのない、すごく温かい感じ。
 まるで、わたしを心の中から癒すような魔力です。

 ああ、もっと感じていたい……。

 あ、段々と楽になってきました。

 そろそろ目が開けられそうです。

「あ、起きた」

 目を開けた瞬間、男の子と女性と目が合いました。