魔の大森林での二日目、朝。

 俺とシャーリーはテーブルを囲み、フェンリルさん(小)は地面に体を付けている。
 みんなのそれぞれ朝ご飯が置かれている。

「……エアルよ。まだなのか」
「ああ、今から大切な事を話すからな」

 目の前に朝ご飯が置かれた状態で、待たされるフェンリルさん。
 言った通り、今から大事な話をするからだ。

 シャーリーと顔を見合わせて(うなず)き、俺はフェンリルさんに向かい直した。

「フェンリルさん、君は今日から『フクマロ』だ!」
「!?」

 突然の宣言に、フェンリルさんは驚いた顔を示す。
 そりゃそうだろうな。

 だが、反応はとても良かった。

「それはまさか……“名前”、というやつか?」
「ああ、そうだよ」
「そうか……!」

 フェンリルさんは、ハッハッと舌を出しながら尻尾をブンブンと振る。
 いかにも嬉しそうな反応だ。

「して、その由来は?」
「あ、えっとー……」
「そわそわ」
「し、白くてふわふわしてるって意味かな!」

 本当は『大福』と『マシュマロ』。
 その二つの単語を組み合わせて『フクマロ』だ。

 フェンリルさんの特徴といえば、やはり白くてふわふわなところ。
 他に白くてふわふわした物を浮かべた結果、咄嗟(とっさ)に出たのがその二つだったんだ。

 神獣に付ける名前にしてはちょっと可愛すぎる気もするが、元の単語はこの世界には無いので大丈夫だろう。

「そうか……我にも名前が……」
「気に入ってくれた?」
「ウォンッ!」

 フェンリルさん、改めフクマロはとても良い返事をした。
 その反応にシャーリーも胸をなでおろす。

「よかった~」
「シャーリーも、可愛いって言って気に入ってたもんな」
「うんっ!」

 実は、俺とシャーリーは昨日寝る前にフクマロから相談を受けていたのだ。

 俺たち二人が名前で呼び合うのを見て、どうやら“名前”が羨ましくなったらしい。
 まったく、可愛い奴め。

 フェンリルさんは、その唯一無二の存在がゆえに名前が無かった。
 けどそれは、俺たちを『ニンゲン』と呼ぶようなものだし、名前で呼び合った方が仲間って感じがして心地良い。

「てことで。待たせたな、()()()()
「うむ!」

 その名で呼びつつ、みんなで手を合わせる。

「「いただきます」」
「イタダキマス」

 俺とシャーリー、それに小さくなったフクマロを加えて朝ご飯を食べ始める。
 
 朝一番の取れたて新鮮野菜で作った、シャキシャキサラダだ。
 ドレッシングはかけません。

 だって、

「ん~!」

 こんなに素材の味が美味しいのだから。

「本当に美味しいよね、この森の食べ物」
「そうなんだよ。見た目から明らかに潤っているし、何か秘密があるのかな」
「……まーた、何か企んでる」
「え」

 シャーリーに指摘され、自分の顔の変化に気づく。

「バレてましたかー」
「バレバレよ。で、今度はどうしたの?」
「うーん、企んでるってわけではなくて」
「うんうん」

 食い入るようにこちらを見てくるシャーリー。
 二人で追放されたことで、俺がどれだけスローライフを望み、俺がどれだけ準備してきたか分かってきただろう。

 俺は最強にはそこまで興味が無い。

 代わりに「生活魔法」とでも言えば良いのかな、とにかく使えたら良いなーって魔法の習得を優先してきた。
 独自の魔法の開発を行ってきたのも、そういった分野ばかりだ。

 まあ単純な強さで言っても、王国では負けなしだったけど。
 けれど所詮、そちらは副産物に過ぎない。

 俺はスローライフを望む。
 自分好みのライフスタイルで。

 そうして培われた俺の目からすると、

「多分、魔力の影響だよ」
「え、食べ物が美味しいことが?」
「うん」

 シャーリーの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
 それを解消するように、俺は説明を続ける。

「野菜や果物には、水や土などから栄養が必要だと思う」
「そうね」
「でもそれらも、実は元は魔力から出来ているんだ。魔力が姿を変えて、水や土になっているんだ」
「……そうなの?」

 シャーリーの頭上のクエスチョンマークが、話を進めるごとに増えていく。

 まあ、無理もないか。
 俺も初めて話す、おそらく世界で誰も知らない独自理論だからだ。

 こう言っちゃ悪いが、この世界の人はあまり研究が得意ではない。
 というより、前世の人類が研究に命を懸けていたのだ。

 前世の世界では、水や土など、全ての物質は元素で出来ていた。
 H₂Oとか、O₂とかっていうやつだね。

 だから俺は、この世界も何かそういったもので出来てるんじゃないのかな、って研究を進めたところ、元素ではなく全て魔力で出来ていたのだ。

 魔力が形を変えて水や土になるし、人間も詠唱などで無意識に空気中の魔力を使って、水や土を作り出せる。
 俺はその理論を理解しているので、詠唱無しにイメージだけで魔法が出せるのだ。

「エアルって、本当に天才なのね……」
「いや、それほどでも」

 この話を、シャーリーには前世の話を抜きにすると、当然天才と言われる(こうなる)
 前世で言うと、初めて元素を発見した天才学者のようなものなのだから。

「ちょっと遠周りしちゃったけど、つまり魔力が濃厚であればあるほど(・・・・・・・・・・・・・)、水や土はもちろん、野菜や果物もより一層良いものになる、と思うんだよね」
「へえー。エアルが言うなら、きっとそうなのね」

 シャーリーは納得してくれたようだ。
 考えるのを放棄した、とも言えそうだけど。

「お主は、難しい話が好きよの」
「まー、そうだね」

 前世は勉強をやらされるだけで、そこそこサボってましたから。
 自分で学べばこんなにも面白い、それを気づかせてくれたこの世界には感謝だな。

 そこで、ふと思った。

「こうなると、グロウリアのみんなにも食べさせてあげたいなあ」
「……嘘でしょ?」

 シャーリーが疑うような目を向けてきたので、多分勘違いしている。

「上流階級の連中じゃないよ? 俺によくしてくれた人達だよ」
「あ、なるほど。そうね、この森の良さを教えてあげたいかも」
「だろ? いつかもっと開拓して場を整えて、その人達やお世話になった人を招きたいなーって、今ふと思ったんだよ」
「エアルらしい、素敵な目標ね」

 当然、難しい話だというのは分かってる。

 俺の背中が世界一安全だ、と言ってくれたシャーリーでさえも、フクマロやモグりんが現れた時には怯えていたんだ。

 文献や人の話が膨らみ、魔の大森林の怖さは、世代を(また)ぐにつれて増大しているのではないかと思う。

 でも俺は、その目標を叶えたい。
 だって、この森はこんなにも素晴らしい場所じゃないか。

 これを味わえないのは、もったいないと思うんだよね。
 「もったいない」は日本人感覚なのかもしれないけど。

 だからまずは、俺はもっとこの森を知ろう。
 目標はそれからだ!

 よし、二日目ものんびりと頑張るぞ!







<三人称視点>

 エアルたちのコテージから、少し離れたとある里の最奥。

「師匠! 食材を持ってきました!」
「あら良い子じゃない。おリスちゃん」

 エアルたちが出会ったリスのモグりんが、“師匠”と呼ぶ人物と話す。

「それから、人間がいました!」
「あら人間。それはまた珍しいわね」
「フェンリルさんと一緒のようです!」
「へえ……」

 モグりんの報告に、どこか不敵な笑みを浮かべる人物。
 何を考えているかまでは読み取れない。

「少し面白いことになりそうね」

 その上向きの美しき顔が、思い浮かべるものとは──。