「シャーリー!」
悲鳴が聞こえ、果物エリアにいたシャーリーの元へ駆けつける。
そこには腰を抜かすシャーリーと、そして……
「モグモグ」
あらまあ、何とも可愛らしい小動物がいるではありませんか。
その姿形から『リス』ように見える。
「ボリボリ」
前世と変わらず、茶色の体毛に黒のしましまは顕在。
そのモフモフをまとわせて、二足歩行でどんぐりをモグモグしている。
しかしデカい。
大体50センチぐらいはあるだろうか。
だがまあ、この辺の魔力の濃さから考えると、十分に考えられるサイズである。
「モグモグ、ボリボリ、モグモグ……」
そんな可愛らしいリスちゃんは、俺に構わずどんぐりを一心に食べ続ける。
周りのことがまるで視界に入っていないみたいだ。
その様子は、その様子は……
「なんて可愛いんだ!」
今にも抱きつきたくなるほど可愛かった。
というか、俺の体がすでに抱き着こうとしている。
「ちょ、ちょっと、エアル!?」
「大丈夫だって」
魔獣を見慣れないシャーリーは、怖い生物と認識しているのだろう。
だが俺にはそうは見えない。
どう見ても愛すべき可愛い小動物なのだ。
──しかし、
「おーいリスちゃん。こっちへ──いてっ!」
リスちゃんに触れようとしたところ、静電気のようなものが走る。
威力で言えば静電気よりさらに痛かった。
「……な、なんだ?」
そうつぶやくと同時に、今度はぶるっと肌寒さを感じる。
おかしい。
この秘境は温かったはずなのに。
この冷たい風は一体どこから……?
「ん?」
辺りを見渡すと、どうやら下の方から冷気を感じる。
……というか、どう考えてもリスちゃんからだ。
「なんだこの子──」
「こんなところにおったのか、エアル! って、そいつから離れろ!」
「へ?」
俺を呼びに来たフェンリルさんだけど、リスりゃんを視界に入れるなり声を上げた。
──だが、時すでに遅し。
ちりっ。
「ん?」
何やら服の方から温かさを感じたのだ。
そうして気が付けば……
「んなっ!? あちゃ、あちゃ! あっつ!」
俺の服が燃えていた。
「ぐっ!」
とっさの判断で『水魔法』と『回復魔法』を発動。
すぐに服を消火して自分の体の火傷も癒した。
「俺の服ぅ……」
しかし、パンツ以外の服が燃えてしまった。
一体、何がどうなっているんだ。
そうして呆けていると、ようやくリスりゃんが口を開く。
「モグモグ……ごっくん。あー、美味しかった。ってあれ?」
「……」
そんなリスりゃんは俺を見て一言。
「その格好、あなたは変態ですか?」
「お前のせいだよーーー!」
俺の声は森中に響き渡った。
「そうだったのですね。私がやっちゃたんですね、ごめんなさい」
あれから、俺はとりあえず替えの服を着て、リスちゃんをコテージ前に招いた。
コテージ内は入れられない。
燃えると危ないからな。
「俺もただのツッコミだから。怖がらせちゃっていたらごめんね」
「ツッコミ? よく分かりませんが、怒ってないなら良かったです」
「うん」
さて、和解は一応成立。
少し話を聞くと、このリスちゃんはフェンリルさんの知り合いらしい。
たまにここへ木の実を食べに来たり、食料を漁りに来るそうだ。
森には所有権とかいう面倒なものはない。
心も広いフェンリルさんは、リスちゃんを自由にさせていたそうだ。
そこまで聞いたところで……。
さて、次はどこからツッコもうか。
「ていうかまず、しゃべれるんだね」
「膨大な魔力を吸っていますからね。知能が発達しています」
「そ、そうなんだ……」
可愛いが言葉遣いがしっかりしているな。
なんだこれ、さっきからギャップ萌えが止まらないぞ。
改めて『魔の大森林』の偉大さがよく分かる。
「じゃあ君の名前は?」
「私は『モグりん』と言います」
「モグりん……!」
フェンリルさんの例もあって名前がないかとも思ったが、このリスちゃんは持っていたよう。
それにしても……モグりん。
名前まで可愛い~。
では最後に、先ほどの事も聞いてみよう。
「じゃあ、さっきの色んな攻撃は? 魔法にも見えたけど」
「それなのですが……」
「?」
モグりんはちょっと気まずそうにうつむく。
それを見てか。代わりにフェンリルさんが口を開いた。
「我から話そう。何しろ、モグりんのは無意識なのだからな」
「無意識?」
「うむ。モグりんは、食事に夢中になり過ぎると、無意識に様々な属性魔法を周囲に放ってしまうのだ」
「ええ……」
どういうことだよ。
魔の大森林、偉大どころかやっぱり怖くなってきたよ。
「すみません、最近は抑えられるようになってきたのですが……」
「あ、いや、そういうことなら良いんだよ」
良いのかは分からないけど。
それより、そうなってくると別の心配が生まれる。
「さっきの火属性魔法とか、森に移って山火事になったりしないの?」
「その心配は無い。濃すぎる魔力によって、逆に火の方が消されてしまうからな」
「なんだその現象」
まじで不思議が止まらない。
山火事が起きない森って、不気味だけどすごいな。
「本当にごめんなさい」
「ははっ、いいよいいよ」
モグりんは本当に申し訳なさそうにしている。
俺も怒っていないし、あれこれ聞くのもここまでにしてあげよう。
なんて考えながらその愛らしい姿を見ていると……
「その代わりと言っちゃなんですが」
「ん?」
「私に……料理を提供させていただけませんか!」
モグりんが謎の提案をしてきた。
「「料理!?」」
また人間らしいその言葉に、思わずシャーリーとハモる。
「本当にそんなことが出来るのか?」
「はい! 私の“得意技”と、この野菜を使えば出来ます! それに料理の師匠もいますので!」
「へえ……」
“得意技”ってなんだろう。
料理とはまた違うのかな?
そもそも、料理という概念があることが意外だけど。
それに“料理の師匠”とも言ったか。
ならばやはり、この森にはそれなりに生物が生息しているのかな。
俺はその疑問を払拭するよう、フェンリルさんの方へ振り返る。
「フェンリルは師匠については知らないの?」
「知らないな。サラダは時々モグりんこやつに作ってもらうがな」
「そうなんだ」
そんな会話に、モグりんがケモ耳をぴょこんと立てて反応を示す。
「今度フェンリルさんにも紹介しますよ!」
「そうか。それは助かる」
二人は本当に仲が良さそうだ。
それはそれとして、料理かあ。
考えるとお腹が……ぐう~。
「あ」
「もう、エアルったら」
「ははっ。わるいわるい」
空腹が示すように、時間帯はちょうどお昼頃。
タイミング的にはぴったりかもしれない。
「じゃあ、モグりん。お願いしてもいい?」
「任せてください!」
モグりんは早速準備に取り掛かった。
「見れば見るほどに、瑞々しいなあ」
モグりんにお願いしてから少し。
シャーリーは森の料理に興味津々なようなので、俺とフェンリルさんで野菜を集めている。
「そうであろう」
「うん。こんなの見たことないよ」
俺は手元の野菜をまじまじと見つめる。
明るい黄緑色をした球状の野菜だ。
レタスだね。
だけど、何度見てもその質に違いには驚かされる。
周りを覆う葉の部分には艶が出ていて、濡れているわけではないのにキラキラと輝いて見える。
これも濃厚な魔力の影響なのかな。
光っていたらどうってわけではないけど、やはり見た目が良いと食欲は湧く。
これを見てたら……ついやりたくなっちゃうよね。
「うーん! おいしい!」
「つまみ食いか、エアルよ」
「仕方ないじゃん」
俺はパリっと一口いったのだ。
これを前にして、つまみ食いをしない方が失礼だと思う。
だがフェンリルさんは、そんな俺を見てニヤリとした表情を見せた。
「それだけではないがな」
「え? それってどういう……?」
「今に見ておくがよい」
「ふーん?」
何やら意味がありそうだ。
フェンリルさんの意味深な発言は、すぐに理解することになる。
そんな会話もしつつ、俺たちはモグりんが料理をしている場所へ戻ってきた。
「おーい、持ってきたぞー」
「ねえ、エアル!」
すると、シャーリーが大興奮していた。
「モグりんったらすごいのよ!」
「?」
さっきまで怯えていたシャーリーだけど、モグりんともうまく馴染めたらしい。
彼女の単純さは嫌いじゃない。
そんなことを考えながらも、シャーリーの言葉に耳を傾ける。
「モグりんったら、野菜を変化させるの!」
「えっへん!」
「……?」
モグりんが両腕を腰に当てる。
だが、言っている意味が分からなかった。
変化とはどういうことなんだろう。
それに答えるよう、モグりんは再び野菜に手を付けた。
俺が収穫してきたレタスだ。
「では実践して見せましょう!」
「お、おう」
そして、
「ぐぬぬぬ……」
小さな両手で野菜を包むように持つ。
どうやら『魔力』を込めているようだ。
魔力を送って内部から性質を変えているような、そんな感じ。
そうして、ものの十秒ほどが経った頃。
モグりんは両手で野菜を掲げた。
「出来ました!」
「……え?」
見ているだけでは何をしたか分からなかった。
だけど、野菜は若干明るみが増したようにも見える。
「どうぞ」
「食べれば良いの?」
「ぜひ!」
「……」
俺は半信半疑ながらも、球状の葉をちぎる。
あれ、さっきよりも手応えがある?
「……!」
そして気づく。
むしゃりと一口いった瞬間、さっきよりも少し歯ごたえがあったのだ。
さらに味も少し違っていた。
「というか!」
この味、この硬さ。
これじゃまるで──
「キャベツじゃないか!」
俺はそう口にした。
乗っかるようにシャーリーも声を上げる。
「そうなのよ! モグりんは野菜自体を変えてしまうのよ!」
「そんなことが……?」
不思議に思うが、モグりんの次の一言で納得がいく。
「この野菜を形作る、魔力の質を変えたのです」
「魔力の質……あ、ああー!」
この世界の生命は、全て魔力が元となって出来ている。
それは人や魔獣だけでなく、野菜などの植物も同じ。
前世で言う「水素」や「炭素」などの元素が、この世界では全て魔力なのだ。
なので、小さな魔力の粒がそれぞれ微妙に違う性質を持っていることで、魔力は水にも空気になる。
「……すごいな」
それを応用してレタスからキャベツにしたのか?
野菜そのものを変えてしまうなんて、俺にもなかった発想だ。
というのも、これはおそらく野菜の方も『変わりやすい性質』を持つ必要がある。
人間界で育てていた野菜では、到底出来なかっただろう。
「魔の大森林産だからか……」
この森の魔力で育った野菜。
その濃厚で上質な扱いやすい魔力を吸っているからこそ出来る事だと思う。
「魔力操作で野菜そのものを変化させる、か」
「そうだ。これがこの森で出来る野菜の特徴だ。さすがに、野菜から肉にするなんてことは出来ないがな」
さっき、フェンリルさんが「それだけではない」と言っていたのはこの特徴のことね。
たしかにこれは驚きだ。
「これなら……!」
この秘境の野菜、確かに絶品ではある。
だけど、実はそれほど種類が多くないんだ。
正直、何日も住んでいれば飽きてしまう可能性はある。
でも、一つの野菜から多種類に変化させられるとなると、話は別だ。
好みや気分で味・食感を細かく変えられるし、似た野菜の分は畑を増やす必要もない。
キャベツ・レタス・白菜、ピーマン・パプリカなど、似通った野菜はたった一種類を育てるだけで全て食べられるんだ。
「……!」
すごいな、魔の大森林。
すごいな、モグりん。
「我は出来ぬが、たまにモグりんがこうして味を変えてくれることで、我も同じ畑の野菜を食べ続けられるのだ」
「ああ、納得だよ」
モグりんの得意技──『魔力操作』は大いに役に立っているようだ。
それを見てか、ここでついに彼女が口を挟む。
「ねえねえ。私も、料理していい?」
我らがシェフ、シャーリーだ。
彼女は魔力操作はそれほど得意ではないけど、料理そのものが大得意である。
「ほう。お主は料理が出来るのか」
「シャーリーの料理はまじで美味しいんだぞ」
「私も食べてみたいです!」
それにはフェンリルさんやモグりんも興味深々。
ここに、人間と魔獣の共同作業が成立だ!
「モグりん、私の手伝いしてくれる?」
「任せて下さい!」
そんな二人の作業が開始される。
モグりんがシャーリーの要望に応えるよう、様々な野菜へと変化させる。
それをシャーリーが、持ってきていた肉や、調味料と共に味をつけていく。
そうして、
「出来た!」
「出来ました!」
森に来てから初めてのお昼ご飯。
「豚肉とキャベツの甘辛炒め、と──」
「レタスの和風サラダです!」
それは森の中とは思えない料理だった!
「「ごちそうさまでした」」
俺とシャーリーはいつも通りに手を合わせた。
あ~、美味しかった!
相変わらず俺の胃袋を掴んだシャーリーの料理。
そこに、モグりんの魔力操作による野菜と、手が加えられたサラダが加わった。
初の森での食事は大満足だ!
「「……」」
「ん?」
だが、魔獣サイド二匹は不思議な顔でこちらを見ている。
「あ~」
少しして、ようやくその理由が分かった。
二匹は人間独自の文化である『ごちそうさま』が不思議だったのだろう。
必ずしも真似る必要はないと思う。
でもせっかくなら教えてあげよう。
「これは『ごちそうさま』って言うんだ」
「ごちそうさま……ですか」
「そう! この言葉には、作ってもらった人や食材に感謝が込められているんだよ」
「感謝が……!」
ハッとしたようなモグりんに対して、言葉を付け加えた。
「だから食材にはもちろん、モグりんにも“ありがとう”って言ってるんだよ」
「そうだったのですか……! どういたしましてです!」
ぱあっと嬉しそうな顔を見せたモグりん。
それから、自分でも両手を合わせる。
「では私も! 食材さん、シャーリーさん、ごちそうさまでした」
「我もだ。ごちそうさまでした」
二匹が拙いながらも『ごちそうさま』をした。
「うんうん!」
その姿にはシャーリーが嬉しそうだ。
魔獣と人間がすぐにこんなにも仲良くなれる、料理って素晴らしいね。
そしてやはり、シャーリーは気になるようで。
「モグりん。私にも野菜の魔力操作、教えてくれる?」
「もちろんです! シャーリーさんも師匠と同じぐらい、料理がお上手みたいなので!」
「──! 同じぐらいですって……?」
だが、まずい。
モグりんが地雷を踏んだ。
「わたしと同じぐらいかあ。ふーん」
「あれ、私何か変な事を……?」
「別に?」
モグりんに決して悪気はない。
しかし、シャーリーが大得意とする料理で、“同じぐらい”という単語が引っ掛かってしまったみたい。
今の彼女は、ライバル心が芽生えた目をしている。
ここは強引に話題を変えなければ!
「そ、そういえば! モグりんはこの辺に住んでいるの?」
「えっとですね。って言われて思い出しました!」
「ん?」
その質問には答えず、モグりんはそそくさとドングリを集め始めた。
「そろそろ帰らないと!」
「え」
「すみませんシャーリーさん、魔力操作はまた今度に! では!」
「……あ」
そうして気づいた時には、ぴゅーっと走って行ってしまう。
「そ、そんな……」
シャーリーは残念そうにうなだれた。
でもまあ、原理だけは聞いておいてよかった。
俺はシャーリーに手を差し伸べる。
「大丈夫だよ、俺にもなんとなくなら分かると思う」
「ほんと!?」
「うん。俺でよければ教えるよ」
「エアル! ありがとう……!」
せっかくこの森の食材の「野菜自体が変わる」という特性を使えるのなら、シャーリーは使いたいだろうからな。
「……それにしても」
初日の朝から怒涛の展開だったな。
だけど、なんとかやっていけそう。
そんなことも実感する。
そうして、お昼の時間を過ごした。
★
「ふあ~あ。……って、あれ?」
真上から降り注いでいた陽の光が、やや西から差し込んでいることで時間の経過を感じる。
大体三時ぐらいってところかな。
「みんなは……うわっ!」
隣を見ると、ほんの少し口を開けて気持ちよさそうに寝息を立てるシャーリー。
俺たちが枕にしていたのは、フェンリルのお腹部分だ。
そっか、一旦お昼寝をしようって話になったんだった。
「起きたのだな」
「あ、うん。なんか自然に」
「シャーリーはよく寝ておるな」
「だね」
シャーリーが昼寝をする姿は珍しい……というか、見たのは初めてかも。
メイドであり仕事人の彼女は、王城内では常に働いている状態だった。
休憩はもらっていたけど、城内では気が抜けなかったのかもしれない。
「……ふふっ」
そんな彼女が、ここまでリラックスして寝ているなんて。
気を張り続けた疲れもあったのだろうけど、連れて来て良かったかもな。
心からそう思えた。
「イタズラしちゃえ、うりうり」
こんな機会は二度とないかもしれないので、頬を突っついてみる。
ほんのちょっとよだれなんか出しちゃって、可愛い奴め。
「んぅ」
やば、起こしたか?
「……すー、すー」
セーフ。
こんな森にまで付いて来てくれたシャーリー。
俺が、全力で支えてやらないとな。
でも今は眠っているし、邪魔しない様にその辺でも散策するとしよう。
「シャーリーを頼む」
「うむ」
最強の用心棒に頼んで、俺は散歩を始めた。
「うーん」
今一度、改めて生活について考えてみる。
今のところ、衣食住は充実している。
となれば、より快適にする事を考えたいのだけど、
「日常生活って、何してるっけ……」
俺と言えば魔法の研究に修行。
……って、違う違う。
シャーリーも含めて考えなければ。
細かいのは省くとして、寝る、ご飯を食べる……
「あ!」
そうして、一つの答えに辿り着く。
来た時から感じていた、足元の“妙な暖かさ”。
俺は地面に手を付き、魔力経由で地中の情報を探る。
そして感じる。
「本当にあった!」
俺の仮説は見事にヒット。
“あれ”が地下深くに存在している。
人が毎日することで、シャーリーが大好きな源である“あれ”だ。
「となると……待てよ」
地中から“あれ”を引き、魔法でコントロール、周りを固めれば……。
発想から理論を構築。
俺が最も得意とすることだ。
「うん、出来る。出来るぞ!」
俺は成功を確信した。
「じゃあ早速!」
俺はそれを伝えるため、フェンリルとシャーリーの元へ急いで戻った。
昼寝をしていた場所に走って戻ると、シャーリーがちょうど目をこすっていた。
今起きたのかな?
「おはよう、シャーリー」
「エアル……! み、見た?」
「見たって、昼寝のこと?」
俺が聞き返すと、シャーリーはこくこくと首を縦に振る。
「そりゃ見──」
「見てないわよね!」
「……見てないです」
「よし」
強制的に事実を捻じ曲げられた。
昼寝の顔がそんなにNGだったのかな……あ、よだれの話か。
これを聞き返すほどデリカシーがないわけでないので、ここでやめておく。
「それで、何かあったの? 走ってきたみたいだったけど」
「おっ、そうなんだよ」
シャーリーが聞いてくれたので、自然とこの話題になる。
俺が伝えたかった“あれ”についてだ。
俺が思いっきりドヤ顔を決めると、「また何か企んでるよ」って顔を向けてくるシャーリー。
そんな怪訝な顔をしていられるのも今の内だぞ。
「聞いて驚くなよ?」
俺は、“あれ”についての説明を始める。
シャーリーもフェンリルさんも、俺の話を聞けば聞くほど、興味を示し続ける。
なんたって“あれ”は至高だからな。
そうして俺の話が終わった頃には、
「エアル! お願い! 今すぐに作って!」
「我も入ってみたいぞ!」
めっっっちゃ食いついていた。
はっはっは、予想通り、いやそれ以上の反応だな。
二人も良さに気づいてくれて良かったよ。
シャーリーは、お風呂が大好きだ。
では、俺の考えていた“あれ”とは。
俺は二人を前に、満を持して高らかに宣言した。
「俺はここに……温泉を作るぞ!」
温泉とは至高である。
あの温かい湯、全ての疲れを取ってくれる気持ちよさ、裸の付き合い、覗き……おっと失礼。
最後のお約束展開は説明しなかったが、俺はこの良さを二人に存分に伝えた。
結果、
「今すぐ取り掛かりましょう!」
「我も手伝うぞ!」
こうなった。
シャーリーはお風呂が大好きだからなあ。
けど大好きになったのも、実は俺が記憶を取り戻し、風呂の文化を広めてからだ。
というのも、元々グロウリア王国にはお風呂という文化がそこまで広がっていなかった。
それは、この世界の風呂の拙さにある。
グロウリア王国領地内には温泉の様な、お湯が出る場所は存在しない。
水源から引っ張って来た水を溜め、火属性魔法で温める。
これは当時からも周りがやっていたことで、れっきとしたお風呂だ。
しかし、元々冷たい大量の水に、疎かな火属性魔法を使って温めても結果は芳しくなかった。
もう冷え切った風呂に、どれだけお湯を足しても微妙な感じにしかならないあれと同じ事だ。
そのため、ぬるい水にさっと浸かる、もしくは水を浴びる、というのが主流だった。
でも、やはり俺は許せなかった。
記憶を取り戻した八歳の俺は、もはや娯楽・リラックス法の一つにまで進化した、前世の“お風呂”というものを思い出したのだ。
そこでまずは、元から温かい水を出すという、前世では常識だったことを思い出してすぐに研究に取り掛かった。
水を運ぶパイプに魔法を刻み、元栓からお湯が出るようにしたのだ。
そして、グロウリア王国ではお湯が出るシャワー、お湯を溜めたお風呂は大流行。
シャーリーも、その虜となった一人というわけだ。
それと、後で言われて気づいたのだが、そもそも物体に魔法を刻むという所業は普通の人間には出来ないらしい。
けどすでに世間には出回っていたし、後の祭りだよねということで誤魔化した。
そして今。
「早く早く!」
そんなお風呂大好きなシャーリーが喜ぶのは分かっていた。
けど、
「我も楽しみだぞ!」
フェンリルさんまでこんな楽しみそうにしてくれるとは。
意外ではあるが、これは嬉しい誤算。
なおさらやる気が出るってもんだ。
だがここで一つ、問題が発生。
「フェンリルさんのサイズが……」
これほどの体を入れるとなると、どれだけ大きい物にすればいいんだ?
出来るは出来るだろうけど、かなり大掛かりなことになる。
そんな考えを巡らせていると、
「む、サイズ感が問題なのか?」
「問題というか、かなり大きくなるなってだけなんだけど」
「そうか。ならばこうしよう」
「え」
しゅんしゅんしゅん……。
フェンリルは、そう言うと見る見るうちに小さくなっていき……
「どうだ、これなら大丈夫そうか?」
俺たちの前に、ちょこんと座った。
大体、前世の大型犬よりも少し大きいぐらいのサイズ。
四足歩行時で、縦に一メートルぐらい、俺の腰あたりまでのサイズになった。
この姿、この形。
「「……」」
「む、どうしたのだ。二人とも固まって──」
「「可愛いー!」」
「のわっ!」
俺は、シャーリーと争うようにフェンリルに抱き着いた。
「シャーリー、俺が先だぞ!」
「嫌だ! ずっと抱いていたい、この可愛い生物!」
「や、やめろお前たち!」
フェンリルさんのサイズが小さくなったことで、抱ける範囲が減った。
俺はシャーリーと取り合うようにフェンリルにしがみつく。
シャーリーが俺に反抗してくるようになったことは若干嬉しさを感じるが、ここは負けられない戦い。
この愛くるしい生き物は放すわけにはいかないのだ。
「こ、この! 放さんかー!」
「うわっ」
「きゃっ」
フエンリルはぼんっ! という音と煙と共に、また大きくなってしまった。
「ふう、まったく」
まあ、こちらはこちらでモフれる部位が多いから良いんだけどねー。
モフモフ、モフモフ。
「我に逃げ場はないのか」
「ない!」
「むう……」
と、ここまでして話を戻そう。
「それはそうと、器用なことが出来るんだね」
「うむ。我は風を操る力と、これだけは昔から出来てな」
「へ~」
なんとなく観察してみた感じ、魔法とはまた違った何かって感じだった。
風を操る力も割とイメージ通りだし、フェンリル固有の能力……なんてのも考えられる。
けど、それはまた今度。
今はとにかく、温泉作りに気を向けよう!
とりあえず、フェンリルのサイズでかすぎ問題もクリアされた。
では、もう一つの取っておくべき確認だ。
「言い出しておいてだけど、地中のお湯って使って良いものなの?」
「ああ、構わんぞ。そもそも、お湯とやらがあるのも知らなかったが」
「そりゃ助かる」
よしよし、こちらの問題も無事解決された。
ぶっちゃけ、ここが突破できないとアウトだったわけだが。
「ふむ」
俺は地面に手を付いて、改めて地中を探知する。
「この辺だな」
源泉は、『癒しの泉』の地下深くに広がっている。
それも住処よりもずっと広い範囲だ。
その源泉が、範囲を狭めるにつれて段々と熱が魔力へと変換され、魔力が異様に濃くなり噴き出したのが『癒しの泉』だ。
そんな原理で『癒しの泉』自体は冷まされているよう。
まるで、かつてお風呂がない時代のグロウリア王国の水道だね。
「となると……」
一番手っ取り早いのは、泉から直接掘ってしまう事。
でも、あの泉は景観的に素晴らしいものなので残しておきたい。
「じゃあ、そうだな」
温泉施設は少し離れたところに作り、地中を伝ってお湯を冷まさないように持ってくるのが良さそう。
ゆっくりお湯に浸かりたい時も、気軽に入りたい時も使いたいので、場所はコテージの隣が望ましいだろう。
熱源は、俺が発明したパイプの原理を拡大させれば大丈夫。
「よし!」
そうと決まれば、早速作業だ!
「じゃあ二人とも、手伝ってくれよな!」
「うんっ!」
「ウォンッ♪」
元気な返事と共に、俺たちはさらなる至高を求めて作業に取り掛かる!
シャーリーとフェンリルさんは少し避難させて、別の作業を始めてもらった。
二人が離れたところで、俺は魔法を使い始める。
「んー」
魔力探知で地中の情報を探りながら、地面を掘削していく。
源泉からお湯を引き上げるためだ。
「お、あったあった。じゃあ次は……」
やがて辿り着いたお湯の源泉から、今度はパイプを通していく。
熱を冷まさないように軽い火属性魔法を刻んだ、木で作ったパイプだ。
木とはいえ、魔力によるコーティングと、魔法結界を張り巡らせている。
壊れる恐れもないだろう。
物理・魔力、共に耐性はバッチリだね。
そうしてパイプを通したところは、土魔法で補強して元通りに閉じていく。
それを繰り返していけば、お湯を運ぶパイプが温泉の設置場所までつながる。
「ふう……」
シャーリーがいたら「ふう、では済まされないわよ」などと言われそうだが、黙々と作業を続ける。
日本には、銭湯や温泉に関する法があった気がするが、そんなのは知らない。
この世界の生き物にとって一番重要な、“濃厚な魔力”という最強の成分を含んでいるんだ、誰からも文句は出ないだろう。
「こんなもんだね」
それほど時間はかからなかったけど、複数の魔法を同時に使い、慎重に進める必要があるので思ったよりは大変だった。
魔力というより気力的に疲れたな。
さて、俺の持ち分であるパイプ作業も終わったところで……。
「おーい、そっちはどうだ?」
俺はフェンリルさんとシャーリーの方に向かって声を上げる。
二人には温泉の“施設作り”を任せていたんだ。
本来の温泉を知る俺がやっても良かったが、大まかな説明や例は出したし、俺の固定概念を壊してより良いものが作れると良いな、と思って任せてみた。
温泉とは言っても、目指すのはスーパー銭湯のような娯楽も加えた温泉。
発想はあればあるほど良いのだ。
木や石など、もととなる材料は俺が用意した。
それぞれ近づけさせれば互いが魔法でくっつく、というとんでも性能付きで。
前世でいうロゴブロックのような感じかな。
そして、
「おおー! 良いじゃないか!」
内装をのぞくと、そこには予想以上に良い出来の土台があった。
「ふふーん、そうでしょ!」
「我も手伝ったぞ!」
大体は俺が説明していた通りに収まったが、所々に彼女たちならではのアイデアが詰まっている。
まずは、中央を占める一番大きな浴場。
石造りを基礎に、とにかく広めだ。
最初に浸かるような、一番オーソドックスな浴場だね。
そして何故か、浴場のド真ん中にこの森の木を立てたいらしく、時期によって花見も同時に出来るというのだ。
そもそも花なんて咲くの? と思ったが、咲かせる木もあるらしい。
良いアイデアなので採用。
のちに取り掛かろう。
「なるほど、良いね!」
あとは、お湯で滝行出来るスペースや、寝っ転がることが出来るスペース。
ただ、それぞれ高さや大きさが尋常じゃない。
あれ、絶対フェンリルさんが通常サイズでお湯を浴びたいだけだろ。
バリアフリーも異世界種族を考えると大変だな。
まあ、良し。
さらには足湯専用の場所や、俺が望んだサウナスペースなんかもある。
総じて言うと……
「素晴らしい!」
「でしょっ!」
「ウォンッ!」
森に来てから忘れがちだったが、シャーリーは超優秀なのだ。
フェンリルのわがままも相まって、とても良い出来栄えになった!
洗い場など最低限必要なところは加えるとして、ほとんどこのままいこうと思う。
欲しい施設があれば、付け加えれば良いだろう。
出来は本当に良い。
本当に良いんだけど、さ……
「絶対パイプ足りないよね!?」
施設の多さ、予想以上の広さにそれは明白。
好きにして良いよ、とは言ったけどここまでとは言ってないよ!
「てへっ」
「ワォ~ン」
なんだそのリアクション……。
くそっ、こうなったらとことんやってやる!
俺も楽しみになって来たからな!
そうして、俺の苦労の上についに温泉は完成。
細かい部分は調整が必要にしても、とりあえずの体は成したのだ!
「すごーい! これが温泉なのね!」
「素晴らしいぞ!」
「はあ、はあ……。誰か俺を、褒めてくれ……」
俺は魔力・体力を使い果たして四つん這いになっている。
二人とも、温泉に夢中になって俺のことなんか忘れ──
「ありがとう! エアル!」
「本当に感謝する!」
「……! ははっ。いいえ、こちらこそ」
いや、そんなことはなかった。
感謝の言葉と二人の笑顔ですっと元気が湧いてくる。
頑張った甲斐があったなあ。
「ねえ、早速入っていい!?」
「もちろん」
「やったあ!」
シャーリーは完成前からずっとうずうずしていたので、彼女を一番に入れてあげるのは決めていた。
彼女の可愛い笑顔を見れただけで、疲れもすぐに吹っ飛ぶ。
「では、俺たち男陣は去りましょうか」
「え、我は?」
「後でね」
「う、うむ……」
残念そうなフェンリルを連れて俺たちは去る。
シャーリーがゆっくりと浸かった後で、俺たちも浸かれば良い。
男女を分けることも考えたが、家の風呂のつもりで使うのだし、それはいいかなと思った。
あと、これをもう一棟作れと言われるとまじできついから。
「すごーい!」
去り際、壁の内側からシャーリーの声がした。
喜んでくれているな、良かった良かった。
グロウリアには、お風呂はあっても温泉施設はなかった。
天然のお湯の源泉がないのもそうだが、何より嫌われ者の俺が、ここまで大々的に施設を作ることも出来なかっただろう。
そんな理由もあって、平民のみんなに提供できたのは小物や娯楽のみだったのだ。
でも、今俺たちがいるのは、自由気ままに過ごせる辺境の大森林。
誰にも邪魔されることはないんだ!
「すごいな、お主は」
「見直した?」
「うむ、さらにな」
「照れるじゃん」
こうして俺たちは温泉を設立。
コテージ内には最低限必要そうな、トイレやベッド、テーブルなども配置して森での初日が過ぎた。
もちろんシャーリーの後には、モフモフを堪能しながら俺もゆっくりと湯に浸かって至高を存分に味わった。
今日はすっごく濃い一日だったなあ。
でも、森での生活はこれが初日。
これからもたくさんやりたいこと、欲しいものが見つかることだろう。
魔の大森林、まだまだ楽しみがたくさんだ!
魔の大森林での二日目、朝。
俺とシャーリーはテーブルを囲み、フェンリルさん(小)は地面に体を付けている。
みんなのそれぞれ朝ご飯が置かれている。
「……エアルよ。まだなのか」
「ああ、今から大切な事を話すからな」
目の前に朝ご飯が置かれた状態で、待たされるフェンリルさん。
言った通り、今から大事な話をするからだ。
シャーリーと顔を見合わせて頷き、俺はフェンリルさんに向かい直した。
「フェンリルさん、君は今日から『フクマロ』だ!」
「!?」
突然の宣言に、フェンリルさんは驚いた顔を示す。
そりゃそうだろうな。
だが、反応はとても良かった。
「それはまさか……“名前”、というやつか?」
「ああ、そうだよ」
「そうか……!」
フェンリルさんは、ハッハッと舌を出しながら尻尾をブンブンと振る。
いかにも嬉しそうな反応だ。
「して、その由来は?」
「あ、えっとー……」
「そわそわ」
「し、白くてふわふわしてるって意味かな!」
本当は『大福』と『マシュマロ』。
その二つの単語を組み合わせて『フクマロ』だ。
フェンリルさんの特徴といえば、やはり白くてふわふわなところ。
他に白くてふわふわした物を浮かべた結果、咄嗟に出たのがその二つだったんだ。
神獣に付ける名前にしてはちょっと可愛すぎる気もするが、元の単語はこの世界には無いので大丈夫だろう。
「そうか……我にも名前が……」
「気に入ってくれた?」
「ウォンッ!」
フェンリルさん、改めフクマロはとても良い返事をした。
その反応にシャーリーも胸をなでおろす。
「よかった~」
「シャーリーも、可愛いって言って気に入ってたもんな」
「うんっ!」
実は、俺とシャーリーは昨日寝る前にフクマロから相談を受けていたのだ。
俺たち二人が名前で呼び合うのを見て、どうやら“名前”が羨ましくなったらしい。
まったく、可愛い奴め。
フェンリルさんは、その唯一無二の存在がゆえに名前が無かった。
けどそれは、俺たちを『ニンゲン』と呼ぶようなものだし、名前で呼び合った方が仲間って感じがして心地良い。
「てことで。待たせたな、フクマロ」
「うむ!」
その名で呼びつつ、みんなで手を合わせる。
「「いただきます」」
「イタダキマス」
俺とシャーリー、それに小さくなったフクマロを加えて朝ご飯を食べ始める。
朝一番の取れたて新鮮野菜で作った、シャキシャキサラダだ。
ドレッシングはかけません。
だって、
「ん~!」
こんなに素材の味が美味しいのだから。
「本当に美味しいよね、この森の食べ物」
「そうなんだよ。見た目から明らかに潤っているし、何か秘密があるのかな」
「……まーた、何か企んでる」
「え」
シャーリーに指摘され、自分の顔の変化に気づく。
「バレてましたかー」
「バレバレよ。で、今度はどうしたの?」
「うーん、企んでるってわけではなくて」
「うんうん」
食い入るようにこちらを見てくるシャーリー。
二人で追放されたことで、俺がどれだけスローライフを望み、俺がどれだけ準備してきたか分かってきただろう。
俺は最強にはそこまで興味が無い。
代わりに「生活魔法」とでも言えば良いのかな、とにかく使えたら良いなーって魔法の習得を優先してきた。
独自の魔法の開発を行ってきたのも、そういった分野ばかりだ。
まあ単純な強さで言っても、王国では負けなしだったけど。
けれど所詮、そちらは副産物に過ぎない。
俺はスローライフを望む。
自分好みのライフスタイルで。
そうして培われた俺の目からすると、
「多分、魔力の影響だよ」
「え、食べ物が美味しいことが?」
「うん」
シャーリーの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
それを解消するように、俺は説明を続ける。
「野菜や果物には、水や土などから栄養が必要だと思う」
「そうね」
「でもそれらも、実は元は魔力から出来ているんだ。魔力が姿を変えて、水や土になっているんだ」
「……そうなの?」
シャーリーの頭上のクエスチョンマークが、話を進めるごとに増えていく。
まあ、無理もないか。
俺も初めて話す、おそらく世界で誰も知らない独自理論だからだ。
こう言っちゃ悪いが、この世界の人はあまり研究が得意ではない。
というより、前世の人類が研究に命を懸けていたのだ。
前世の世界では、水や土など、全ての物質は元素で出来ていた。
H₂Oとか、O₂とかっていうやつだね。
だから俺は、この世界も何かそういったもので出来てるんじゃないのかな、って研究を進めたところ、元素ではなく全て魔力で出来ていたのだ。
魔力が形を変えて水や土になるし、人間も詠唱などで無意識に空気中の魔力を使って、水や土を作り出せる。
俺はその理論を理解しているので、詠唱無しにイメージだけで魔法が出せるのだ。
「エアルって、本当に天才なのね……」
「いや、それほどでも」
この話を、シャーリーには前世の話を抜きにすると、当然天才と言われる。
前世で言うと、初めて元素を発見した天才学者のようなものなのだから。
「ちょっと遠周りしちゃったけど、つまり魔力が濃厚であればあるほど、水や土はもちろん、野菜や果物もより一層良いものになる、と思うんだよね」
「へえー。エアルが言うなら、きっとそうなのね」
シャーリーは納得してくれたようだ。
考えるのを放棄した、とも言えそうだけど。
「お主は、難しい話が好きよの」
「まー、そうだね」
前世は勉強をやらされるだけで、そこそこサボってましたから。
自分で学べばこんなにも面白い、それを気づかせてくれたこの世界には感謝だな。
そこで、ふと思った。
「こうなると、グロウリアのみんなにも食べさせてあげたいなあ」
「……嘘でしょ?」
シャーリーが疑うような目を向けてきたので、多分勘違いしている。
「上流階級の連中じゃないよ? 俺によくしてくれた人達だよ」
「あ、なるほど。そうね、この森の良さを教えてあげたいかも」
「だろ? いつかもっと開拓して場を整えて、その人達やお世話になった人を招きたいなーって、今ふと思ったんだよ」
「エアルらしい、素敵な目標ね」
当然、難しい話だというのは分かってる。
俺の背中が世界一安全だ、と言ってくれたシャーリーでさえも、フクマロやモグりんが現れた時には怯えていたんだ。
文献や人の話が膨らみ、魔の大森林の怖さは、世代を跨ぐにつれて増大しているのではないかと思う。
でも俺は、その目標を叶えたい。
だって、この森はこんなにも素晴らしい場所じゃないか。
これを味わえないのは、もったいないと思うんだよね。
「もったいない」は日本人感覚なのかもしれないけど。
だからまずは、俺はもっとこの森を知ろう。
目標はそれからだ!
よし、二日目ものんびりと頑張るぞ!
★
<三人称視点>
エアルたちのコテージから、少し離れたとある里の最奥。
「師匠! 食材を持ってきました!」
「あら良い子じゃない。おリスちゃん」
エアルたちが出会ったリスのモグりんが、“師匠”と呼ぶ人物と話す。
「それから、人間がいました!」
「あら人間。それはまた珍しいわね」
「フェンリルさんと一緒のようです!」
「へえ……」
モグりんの報告に、どこか不敵な笑みを浮かべる人物。
何を考えているかまでは読み取れない。
「少し面白いことになりそうね」
その上向きの美しき顔が、思い浮かべるものとは──。
時刻は、多分朝の十時ぐらい。
朝起きて、シャーリーはすっかり気に入った温泉に。
俺は野菜の魔力操作の研究、フクマロは散歩と、それぞれ思い思いの行動をしていた。
そうして、早めのお昼ご飯。
「もぐもぐ」
「シャキシャキ、ムシャムシャ」
「ウォンッ♪」
三人で昼ごはんを食べる。
例のごとく野菜だ。
「……」
というか、野菜か果物しかない。
野菜自体を変えることも出来るし、森の中で贅沢言うな、という話かもしれない。
だが、俺はここで自由に生きると決めた。
なのであえて口にしよう。
「魚が食べたい!」
三人とも食べ終わったタイミングで、俺は高らかに声に出した。
食べている最中にネガティブな事を言われると嫌だからね。
「魚? まあ、たしかに。野菜ばっかりだと飽きてくるわよね」
「あ、ごめん。シャーリーの料理は本当に美味しいのだけど」
「ううん、バリエーションがなくなるのも困るし。魚があるなら私も食べてみたい」
シャーリーも同じだったか。
すでに言わずもがなだけど、彼女の料理はめちゃくちゃ美味しい。
それでも、採れるのは野菜と果物のみ。
料理に加えるのも、収納魔法に収納されている肉だけだ。
収納魔法には、来るときに通った国々で頂いた食料も保存してあるが、何しろほとんどが内陸国だからな。
自然と肉が多くなる。
さらに、どの国の王も俺を敬ってくれたので、出されるのは一級品。
となれば、やはり肉にいきつくらしい。
収納魔法内では腐ることもなければ、匂いがつくこともないので大変ありがたい。
それでも、肉がほとんどの割合を占めてしまっているのは事実だった。
だから久しぶりに、魚が食べたい!
「なあフクマロ、どこかに魚が獲れるとこってないのか?」
「……な、ないぞ」
「ん?」
なんだ、今の間と怪しげな態度は。
フクマロはないとは言ったが、俺からふいっと目を逸らし、どこか誤魔化している感じがする。
となれば、聞き出すまで。
「んん~? 本当かなあ~?」
「ぐっ……」
「そーれ、モフモフ」
「はぅあっ!」
フクマロのあごの方を撫でると気持ちよさそうな声を上げる。
「教えてくれないなら、もうこうすることもないけどなあ~」
そして、俺は手をピタッと止める。
すると快楽に観念したのか、フクマロは渋々口を開いた。
「わ、わかった! ある! 魚を獲れる場所はあるぞ!」
よし、俺の勝ち!
本当にちょろいな、神獣フェンリル様よ。
「だが……」
「?」
「その場所は、ここからは少し遠くてな」
「なるほど、そういう問題ね」
フクマロはばつが悪そうに答える。
うーんと考えながらも、シャーリーと目を合わせる。
でも……やっぱりそうだよな。
「遠くても良い。案内してくれないか?」
「エアル……!」
「……仕方なかろう」
俺たちのワクワク具合を見て、フクマロはうなずく。
「でも、どのぐらいかかるんだ?」
「六時間はかかるぞ」
「まじかよ!」
いいや、それでも!
「行こう」
「うん!」
よーし、今日は魚を食べるぞ!
★
「うおっ! はっええー!」
フロマロの上に乗り、森の中を気持ち良く駆けていく。
「ちょ、はやすぎない!? こわいこわい!」
「ははっ! シャーリーは臆病だなあ」
「エアルが怖いもの知らずなだけよー!」
気持ち良いのは俺だけみたいだけど。
シャーリーも同じくフクマロに乗り、俺の背中にぴたっとくっついている。
その怖さからか、彼女が回す手は俺の腹の方でがっしりと捕まっており、そのおかげで……。
ふよっ。
その豊満なお胸さんが背中に密着している。
しかも、フクマロが上下することもあって、それがたゆんたゆん揺れるんだから、もう大変な事態だ。
下には“モフモフ”、後ろには“ぱふぱふ”で、異種ハーレムってね!
けどまあ、このまま自分一人だけ楽しむのも良くないと思うので、シャーリーに提案してみる。
「シャーリー、目を開けてごらん」
「むりむりっ!」
首を横に振ったのか、俺の背中でぐりぐりと頭が動いた。
メイド時代はこんな彼女を見ることはなかったが、誰にでも苦手な事ってあるもんだな。
「大丈夫。フクマロは絶対に落としはしないし、俺も何重にも結界を張ってる。ここで逆立ちしても絶対落ちないよ」
「……絶対に絶対?」
「ああ。絶対に、絶対」
「……」
俺の背中に埋めるようにしていたシャーリーの顔と胸が、徐々に離れる。
「周りを見てみな。こんな綺麗な景色、他では味わえないぞ」
「わあ……!」
昼過ぎという時間帯もあり、高い木々の隙間には真上からの木漏れ日が差し込む。
一筋の光がいくつも降り注ぐ光景はまさに絶景で、フクマロの疾走感も相まって気分が高揚する。
右を見てみれば、遠くには小川も流れており、景色を一層潤わせる。
前世では、紫幹翠葉、と言うんだっけ。
俺たちが独占しているこの大自然の景色、すごく気分が良い。
「すごく、綺麗……」
「味わってくれたなら良かったよ」
それからはシャーリーも少しづつ話をしてくれたので、早いものだった。
「ここだ」
フクマロのその声で、シャーリーと共に背筋を伸ばす。
視界に広がったのは──一面の湖。
「うおおー!」
「すごい景色!」
あまりにも綺麗なその景色に、俺とシャーリーは思わず声を上げた。
「それにしても、結構かかったなあ」
「だから遠いと言ったであろう」
途中、シャーリーの事も考えて何度か休みを取りながら、森を駆け抜けてきた。
六時間ほどかかったと思う。
フクマロはフェンリルだ。
魔獣の中でもトップクラスの速さを持つ。
そんなフクマロに乗ってもここまでかかるなんて。
本当、この森ってどこまで続いているんだろうな。
「壮大だよなあ……」
人類はこの『魔の大森林』の調査が進んでいない。
そのため現在の世界地図では、この森は南端に小さく書かれているのみ。
大陸は「南へいくほど小さくなる」と言われているからだ。
でも、若干過ごしてみて感じることがある。
この森は、下手したら人類の住む大陸クラスに広がっているのでは、と。
フクマロがそこそこ全力で駆けて六時間。
やっと辿り着くのが最寄りの湖、という事実がそう示している。
「ちょっと異常だよな」
そうして、うーんと考えていると、きゃっきゃとした声が聞こえてくる。
「エアル! 魚がいっぱいいるよ!」
「お、本当か!」
「ほら! 難しいことは後にしてさ!」
「……ふっ、そうだな」
シャーリーの言う通りだ。
森についてあれこれ考えるのもワクワクするが、今は魚を獲りに来たんだ。
まずはそちらを楽しもうじゃないか。
「こっちだよ、エアル!」
「おーどれどれ。……!」
シャーリーがバシャバシャ水で遊ぶ場所まで行く。
彼女に続いて湖を覗き込むと、驚きの発見があった。
「すげえ。水が綺麗で透き通って見えるんだな」
「そうなの!」
かなり深さがありそうなので底は見えない。
だけど、何十メートルであれば魚が気持ちよさそうに泳いでいるのを確認できる。
それほどに水が澄んでいるんだ。
うーん、ワクワクしてきたね!
それじゃあ早速!
「釣るぞ!」
俺はそう宣言し、意気揚々と収納魔法から自前の釣りセットを取り出す。
しかし、シャーリーの反応が良くない。
「……」
「どうしたの?」
「だってさあ……」
シャーリーは俺の顔をじっと見つめて口を開いた、
「エアルの魔法なら、簡単に獲れるんじゃないの」
「え? そ、そりゃあまあ……」
正直獲れる。
すごく簡単に。
テキトーにこの辺に魚をおびき寄せて、風魔法で一気に宙へ上げる。
それをまとめて氷魔法で冷凍して収納すれば、はい終わり。
でも……
「それじゃ趣がなくない!?」
「えー、何が趣よ。私は食べられたらそれで良い」
「男のロマンを分かっていないな」
「私、女だもん」
ぐっ、それを言われちゃ言い返しようがない。
ならばこうしよう。
「シャーリー、料理セットは持ってきた?」
「うん。持ってきたけど」
収納魔法が付与されたバックから、シャーリーが簡易調理セットを取り出す。
「何匹かサッと取ってくるから、シャーリーは調理をしてて良いよ。食べてても良いから」
「そう。そういうことなら……」
「よし」
これで解決。
シャーリーは趣味の料理をして、俺は趣味の釣りに勤しむ。
俺はやっぱり自分で釣った魚を食べてみたいと思うからね。
となれば、やはり相棒は必要だ。
俺はくるりと後方を振り返る。
「いこうぜ、フクマロ!」
「……」
「フクマロ?」
だけど、フクマロの様子がおかしい。
そういえばここに来てから妙に静かだとは思っていたけど、何やらフクマロは小刻みに震えている。
「どうしたの? 体調悪い?」
「な、なんでもないわっ!」
「んー?」
どう見ても「なんでもない」顔ではない。
ここにきてこの態度……いや、思えば最初からそこまでノリ気ではなかったな。
最初は「魚が獲れる場所なんてない」って言ってたぐらいだし。
などと考えていると、ぴーんときた。
「……」
でも、神獣だぞ?
そんなことあるかなのかなあ。
なんて思いつつも俺は聞いてみる。
「フクマロくん」
「な、なんだ?」
「もしかして湖が怖いのかな?」
「ぎくっ」
まさかのビンゴでした。
こんな神獣の姿は見たくなかった。
「えと、温泉は大丈夫なのに?」
「……うむ。無理というわけでは決してないが、昔少し怖い思いをしてな……」
「なるほどー」
おー、おー、神獣フェンリルさんよ。
なんだか知れば知るほどに、威厳がなくなっていくのは気のせいかな。
けどまあ、逆に親近感が湧いてくる気もする。
「ははっ、可愛いじゃないか!」
「……ブルブル」
よっぽど恐怖心があるらしい。
こんな状態なのによく連れて来てくれたなあ。
その点には感謝しないとね。
「そうだなあ」
けど、このまま怯えて見てるだけというのも可哀そうだ。
俺も手を貸そうと思う。
「フクマロ、俺に体を預けてくれ」
「……? ……ブルブル」
フクマロの体にそっと触れ、魔法を付与する。
すると俺の魔力が巡り、フクマロの体の表面にシャボン球のような膜が張られた。
「こ、これは……?」
「『水除けの魔法』だよ。本来は、傘を差さずに雨に当たらないように出来ないかなーって、考えた魔法だったけど」
「そんなことが?」
「うん。本当だよ」
「……う、うむ」
俺を信頼してくれてないわけではないけど、そう簡単に恐怖は抜けないよな。
ここはちょっと強めにでも。
「論より証拠。水に入ってみな」
「いや、しかし……」
「はいどーん!」
「ワ、ワォーン!」
いじいじしているフクマロを魔力で押し込んだ。
フクマロは犬のような鳴き声を上げながら湖に飛び込んだ。
「ハッ、ハッ、ハッ!」
恐怖心からか、すっごく焦った顔で一生懸命犬かきをするが……
「あっはっはっは! 何やってんだよフクマロ! 周りを見てみろって!」
「……ハ?」
周りの水は全く飛沫を上げていない。
フクマロの体を沿うように張られた薄い膜が、水を弾いているのだ。
「あはははっ! 可愛い~!」
後ろで見守っていたシャーリーも、腹を抱えて笑っていた。
シャーリーもこの魔法を知っているからな。
どうなるか予想できたのだろう。
顔を赤らめたフクマロに、俺は尋ねてみる。
「どうだ? そろそろ落ち着いたか?」
「……うむ。お主の魔法は本当みたいだな」
「ははっ、だろ?」
どうやら魔法を信頼して落ち着いたみたい。
そしてフクマロを見ていたら、なんだか俺も入りたくなってきた。
釣りはするにしても、一旦水遊びを堪能しよう!
俺はあのひんやりとした感覚も味わいたいので、顔回りや装備にだけ『水除けの魔法』を付与する。
「とりゃ!」
足から湖に飛び込むと、ばしゃん! っと飛沫を上がる。
ちょっと冷たくて、気持ちいい~!
「そういうことなら、私もちょっとだけ入ろうかな」
「来るか? シャーリー」
「うん、魔法よろしく! 私もエアルで同じ場所でいいよ」
水際でシャーリーの足部分に触れ、シャーリーに水除けの魔法を巡らせる。
「ほっ!」
シャーリーも、勢いよく湖に飛び込む。
『水除けの魔法』は、衣服が濡れることもなくそのまま水に入れるのが良い点だね!
ずーっと内陸の地上を旅してきたからな。
久しぶりに湖に入りたくなったのだろう。
そんな様子に、落ち着いたらしいフクマロが口を開いた。
「水とは、こんなに楽しいものなのだな!」
「フクマロは全然浸かってないけどな……」
「あははっ!」
それから三十分ほど。
飽きもせず、湖を潜ったり水を掛け合ったりして遊んだ。
シャーリーが湖から上がると言ったタイミングで、俺たちは釣りに移行。
十分楽しんだので、俺の腕の見せ所だな。
「じゃあ頑張ってね~」
「任せときな」
「我も釣るぞ」
シャーリーは俺が獲った魚を調理しながら、俺たちの様子を眺めている。
俺たちは木製の簡易船で中央まで移動し、そこから釣り糸を垂らす。
すっかり水への恐怖はなくなったのか、フクマロも釣りに参戦した。
そうして少し落ち着いたタイミングで、フクマロが話しかけてくる。
「知っておるか? エアルよ」
「なに?」
フクマロの話の途中で、俺の探知範囲にぴくんと引っ掛かるものがある。
それなりの魔力量を持った何かが、こちらに向かっているようだ。
「この湖には、主が存在するのだ」
「主?」
何かは簡易船に真っ直ぐに向かってくる。
って、まさか……。
「おい、その主ってこれのことじゃないよな……?」
「これとは?」
俺が湖の深くを指差すと、フクマロはカッと目を見開いた。
「こ、こやつだー!」
「えええええええ!」
ざっぱああん!
俺たちが叫んだ瞬間、湖の主は俺たちの簡易船を下から高く打ち上げた。
「うわああ!」
「のわああ!」
簡易船が下から高く打ち上げられ、船もろとも俺たちは宙を舞う。
フクマロが一番小さなサイズだったこともあり、軽かったみたいだ。
って、そんなこよりも!
俺はとっさに【風】属性と【土】属性の魔法を発動させる。
向けたのは下。
湖方向だ。
「おっと!」
「ぐおっ!」
【風】魔法で落下の勢いを軽減、【土】魔法で湖の上に着地できる場所を作り出した。
それでも危機が去ったわけではない。
俺は再度、水中に顔を覗かせる。
「なんなんだあいつ!」
「言ったであろう、主だ!」
「主ぃ!?」
「うむ! 滅多に姿を現さないはずなのだが……はっ!」
フクマロは、何かに気づいたようにこちらを見た。
そして言葉にする。
「エアルの魔力に惹かれてきたのかもしれぬ」
「それかあああ」
今のフクマロには俺の魔力を感知できない様、【阻害魔法】をかけている。
イチイチべったりとくっつかれてるとキリがないからね。
そのため、俺が『魔獣に好かれる魔力』を持っていることをすっかり忘れていた。
この魔力……嬉しいのやら嬉しくないのやら。
そうこうしているうちに、フクマロが声を上げる。
「来るぞ!」
「ああ! フクマロは元のサイズに戻ってくれ! 足場を広げる!」
「承知!」
俺が【土】魔法で足場を広げる。
それに合わせるようフクマロも巨大化していく。
そうして、本来の五メートルほどのサイズに戻った。
「フクマロ、主は!」
「あの辺をうろうろしておる!」
「どれどれ」
俺はカッと目を大きく見開き、目の周りに魔力を集中させる。
一時的な視力ドーピングだ。
ほんの少しでも量を誤れば目にダメージを受けるが、俺にとって調整は朝飯前。
「視えた!」
俺は主の体をハッキリと捉える。
若干青みがかった銀色の体。
全長はフクマロと同等ほどの巨大な魚だ。
体型はフグのようにふっくらしており、口や目が大きくて少しブサイク。
「けど、あれは!」
どうみても脂がのっている。
前世で例えるなら、まさに『超巨大マグロ』だ!
収納魔法には、生きた生物をそのまま収めることは出来ない。
俺も何度も試したが、大小関係なく弾かれてしまうのだ。
前世で言う「アイテムボックス」とか「ストレージ」という感覚なのだろうか。
つまり、あれを収納するには倒すしかない。
となると方法は……そうだ!
昨日、フクマロが言っていたフェンリルの能力がある!
「フクマロ! 風を操る力で、あいつを舞い上がらせることは出来るか!」
「容易い!」
「じゃあ頼む! 俺はあれを食べるぞ!」
「我も食べたいぞ!」
あれだけの大きさなら、俺の【風】魔法だけでは不十分かもしれない。
多種類の魔法を使えると言っても、生活的な魔法が専門なんでね!
ここはフクマロに任せて、俺は次の一手の準備をする!
「きたぞ!」
「うむ!」
もはや釣り竿に関係なく、俺の方に向かってきているように見える。
まったく、好かれちまう男は困るぜ。
「今だ!」
「ワオォォォン!」
「──! うわあっ!」
フクマロが遠吠えを上げた瞬間、水中から吹き荒れる暴風が巻き起こる。
その大きすぎる威力は、湖の主や俺たちの足場ごと宙に舞い上がらせた。
「フクマロ、強すぎだー!」
「すまぬー!」
だが、舞い上がった標的は目の前。
よくやったと言うべきか!
「はっ!」
俺は、空中で湖の主の頭に手を付け、主の魔力の総量を正確に感じ取った。
大体予想通りか……ならば!
「これぐらい!」
考えていた量の魔力を、一気に流し込む。
さらには魔力を針の様に形を整え、もはや“鋭利なピック”となった魔力の塊。
つまり、マグロの神経締めだ!
ピシィィィィン!
「よし!」
「なんと! 湖の主が動かなくなったぞ!」
ざっぱああああん!
宙で動かなくなった湖の主は、そのまま湖に落下。
沈みかけるところを、土魔法で地面で作ってやり、地上に引き上げる。
完璧に調整された魔力量で、主は一瞬も苦しむことは無い。
少し残酷かもしれないが、より美味しく命を頂くためだ。
感謝していただくとしよう。
「ふうー、なんとかなったな」
「エアルには毎回驚かされるな」
「そりゃどうも。フクマロの風もすごかったよ」
「……て、照れるであろう」
そんなこんながありつつも、俺たちは無事に湖の主を捕獲したのだった。
辺りはすっかり暗くなり、魔法で付けた火を囲う。
「「「おおおー!」」」
そうして目の前の大皿に広げられたのは、調理された様々な種類の魚。
そして何より……刺身になった湖の主だ!
「うまそー!」
湖の主は見た目通り、中身は最高に色の良いマグロのようになっていたのだ。
しっかりと部位的なものも存在しており、大トロ、中トロ、赤身など、それはそれは良い色の身を持っていた。
前世以来、この命に転生して依頼の刺身だ。
その懐かしい見た目だけでたまらない。
それでは早速!
「「いただきます!」」
「イ、イタダキマス」
俺とシャーリーを真似て、フクマロもぎこちないながら口にする。
ありがたく感謝を込めたところで、早速一口!
「──!」
こ、これは……
「うめえーーー!!」
いきなりぺろりといったのは、もちろん湖の主。
俺は大トロからだ!
一度噛むだけで伝わってくるこの身、この脂!
とろけるような脂と甘み、まさに超本格マグロそのものだ!
シャーリーのちょこっと味付けも相まって、完璧な仕上がり!
「……! んん~! 何これ、すごく美味しい!」
俺に続いて湖の主を口に入れたシャーリー。
彼女も大満足な顔だ。
シャーリーには、最初は中トロをおすすめしてみた。
ほどよく脂がのった中トロは旨味を一番感じられる、と思うからな。
前世では血抜き? とかいう難しい工程が必要だった。
けど、湖の主を切っても血は流れることなく、体内にはただ綺麗な魔力が循環しているだけだった。
「楽だし美味いし!」
その上、ふんだんに脂がのった身はしっかりと宿していた。
魔力で強化された鋭利な包丁で簡単に捌くことができたのだ。
それでも、三人で食べるにはあまりにも多すぎる量だったので、残りは収納魔法で収納したまま持ち帰る事にする。
収納魔法の空間内は腐ることも悪くなることもないので、本当に便利だ。
そうして、俺は神獣様にも目を向ける。
「ほら、フクマロ。君もいってみ?」
「う、うむ……」
フクマロは刺身の姿は見たことがないそうで、躊躇気味だったが、
「……! なんだこれは!」
「どうだ?」
「こんなに美味しいのは初めてだ!」
「……! でしょー!」
すごく喜んでくれた。
フクマロがいなければ、あそこまでスムーズには進まなかったろうからな。
フクマロの口にも合って良かった。
そんな光景を前に、シャーリーが微笑みながら口にした。
「一時はどうなるかと思って見てたけど、これが食べれて幸せだわ」
「「!」」
「ありがとうね、二人とも!」
シャーリーのとびっきりの笑顔……すごく可愛い。
頑張った甲斐があったよ。
「来て良かったな」
自然とそんな言葉がこぼれる。
ただそれは、二人も同じだったよう。
「ええ、本当に」
「我もそう思うぞ」
「いやいや、フクマロは最初嫌がってたじゃん。水が怖いよ~、とか言ってさ」
「そこまでは言っておらぬぞ!」
「「あっはっはっは!」」
こうして、森林の中の湖という大自然で、団欒をしながら至福の夕食を味わった。
湖の主という思いがけない魚もいたが、念願だった魚、それも最高に美味しいものが手に入ったのだ。
それはもう大満足の夕飯となった!