「お前は追放だ!」

 王室へ入ってから一瞬、話す隙も無くそう告げられた。
 俺──『エアル・グロウリア』が十五歳の誕生日を迎えた次の日である。
 まあひどい。

「えぇ……」

 その速さに、思わず声が漏れてしまったほどだ。

「えぇ……ではないわ! お前のせいで私がどれほど苦労したことか!」

 つい先日、前国王であった父上が亡くなり、国王の座は目の前にいる長男──『クリス・グロウリア』に移った。
 それで最初に行う執務が、末弟である俺の追放とは中々のものだ。
 
 俺たちが住む『グロウリア王国』。
 ここはまさに魔法の力で権威を保っている国で、周辺国からも一目置かれる大国である。

 そんな王家の三男である俺は、第三王子だった。
 まあ、今まさにその“王家”が剥奪(はくだつ)されようとしているわけだけど。

 俺は一応なりとも反論してみる。

「そんな! 俺には心当たりは──」
「ないとでも?」
「……うっ」

 そして、すぐに口をつぐむ。
 それもそのはず、俺、エアルの別名は『ヤンチャ王子』。

 自由奔放(ほんぽう)な性格に始まり、この国では奇行を繰り返し(俺はそんなつもりないんだけど)、考え方も王家のそれとは程遠い。
 とても王族とは思えぬ自由な生き方をしているんだよね。

 それから決定打は……おそらく昨日の件(・・・・)

「ふっ。兄上、良いざまですよ」

 ふと口を開いたのは、王家の次男。
 一つ上の兄上である『メンド・グロウリア』だ。

 昨日、俺はいきなりメンドに決闘を申し込まれ、流れで対決をすることに。
 名目は俺の誕生日会の余興ということで、公衆の面前でだ。

 だが結果は……俺の圧勝。

 決闘を申し込んだのは「次席を証明したかった」とか、そういうことだと思う。
 メンドも王族の名に恥じぬ魔法の才覚を持ってはいる。
 でもまさか、五つも年下の俺に負けるとは思っていなかったのだろう。
 
 日々陰口やら嫌がらせを受けてきた俺は、ちょっと本気になってボコすと、メンドはその場で泣いてしまった。
 当然、勝つ予定だったのだろう。

 事前に盛られた腹痛薬は魔法で解毒し、俺を狙った仕掛けなんかも全て回避して、正面から倒した。
 誕生日会はその余興が最後のイベントだったので、なんとも言えない空気のまま終了となったが、昨日の今日で俺の追放が決まったようだ。

「お前というものは、王家の名を汚すようなことばかりしおって!」
「は、はい……」

 他にも思い当たる事は……あるにはある。

 良かれと思って進言したこと。
 俺が独自に研究を進めてきたこと。

 それらは、今のお堅い貴族や王家さん方にはどうもウケがよくなかったんだ。

 まあ、それもそうか。
 俺の発想は、こことは全く違う世界(・・・・・・)のものだしな。

「……」

 俺は転生者。
 元は『ニホン』とかいう国からやってきたんだ。

 “前世の記憶”が蘇ってきたのは、八歳の頃。

 俺は『ニホン』という国で普通の大学を卒業し、地元の企業に就職。
 だけど、その企業がよくなかった。

 そこは、一言で言えばブラック企業。
 今思えば、SNSなんかで投稿すれば大炎上しそうなほど過酷な環境。

 なぜそこを辞めたり、暴露しなかったのか。
 俺は多分、すでに企業の奴隷となっていたんだ。

 無駄に責任感が生まれ、終わる事のない仕事量を(しょう)(すい)しながら死んだ魚のような目でこなす日々。
 貰えるのは当然、低賃金。

 それで気がつけば過労死だ。
 今思えば笑えない冗談だよ。

 そんな記憶の反動で色々と遊んでいたら、追放(こんな風)になっちゃったわけだね。

「幸い、お前なら一人でも生きていけよう。もう二度とこの国に顔を見せるでないわ!」
「わかりました」

 兄上は怒り心頭の声で、俺を振り払うような仕草を見せる。

 兄上が「一人で生きていけよう」と言ったのは、俺が魔法の才能に(あふ)れているから。
 それでも、ほんの力の一端しか見せたことないけど。

「フン、強がるなバカ者め。王家を剥奪されたお前には、前までのように人は寄ってこぬぞ」
「……」
  
 正直、それでもいい。
 なにしろ、俺は国王になる気もさらさらないし、王家の責務なんかはまっぴらごめんだ。
 最近は面倒事もよく回されていたしなぁ。

 野望なんて大層なものは持ち合わせていなくて、ただ魔法が好きだから研究もしてきたし修行をしていただけ。
 幸い、魔法の才能はあったようで、どんどん出来ることが増える感覚は本当に楽しかった。

 前世からすると『魔法』自体が夢のような感覚。
 加えて才能もあるとなればもうやめられない。

 ただそんな俺は、嫉妬と憎悪に塗り固められた上流社会では特に邪魔な存在だったらしい。
 二人の兄上をはじめ、多くの貴族から相当に嫌われていた。

 俺は真っ直ぐ兄上に目を向ける。

「別に構いませんよ」

 だから、いつかは追放されるとは思っていたし、実際にされて清々もしている。
 返事が軽かったのもこんな思いからだ。

「ならば黙って出ていけ」
「それでは」

 負け惜しみなどではなく、こんなところは微塵も思い入れがない。
 言葉の通り、玉座を後にした。





「でもなあ」
 
 廊下を歩きながら、ぼそっとつぶやいた。
 
 思い入れはないが、後悔といえば一つだけ。
 本当は最後に顔を合わせたかった人が一人だけいる。

 そんなことを考えていると──

「エアル様~!」
「!」

 後ろから呼び掛ける声が聞こえてきた。
 俺は誰か確信を持って振り返った。

「シャーリー!」

 声の主は、今まさに思い浮かべていた人、俺が最後に顔を合わせたかった人だ。

 メイドのシャーリー。
 王家の中では唯一(?)味方してくれる人で、シャーリーがいるおかげで俺は大嫌いな王家の中でも日々を過ごせていた。

 俺に追いついたシャーリーは、息を切らしながらに問いかけてくる。

「追放されたというのは、本当でしょうか……?」
「そうみたいだ。ごめんね」

 ごめんねと言ったのは、彼女にも「この城のメイド」という役職があるから。
 別れを告げる意味を込めている。

「その件なのですが……」
「え、うん」

 だけど、シャーリーは俺の手をとって真っ直ぐに俺を見た。

「私もエアル様についていきます!」
「え……ええええ!」

 まさかの発言に俺はびっくりしてしまう。

「ダメだよ、シャーリー! 君はメイドという役職があるし、それに!」

 俺に付いて来るということは、もれなくシャーリーも無職だ。

 城の中でも間違いなく一番優秀なメイドである彼女。
 探そうと思えばどんな仕事でも見つかるだろうが、責任は持てない。
 
(おっしゃ)りたいことは分かります! ですが!」
「……!」

 そんなシャーリーは、ぐっと顔を近づけてくる

「私はエアル様と、どこまでも共に()くと決めているのです!」
「!」

 顔の近さと、共に鼻に入ってきた甘い匂いにドキドキする。

 シャーリーは優秀なだけではない。
 その美貌を(もっ)て、貴族社会の中でもかなり人気が高い。

 だがその分、同業者(メイド)や女性陣からは反感を買っており、嫌われ者同士というと少々気が引けるが、そんな感じで俺とはすごく仲が良かった。

「でもなあ」
「私にはすでに養う家族もおりません! 私が慕うべきはエアル様のみと決めております!」
「……そ、そっか」

 ここまで素直に告げられると嬉しいな。
 覚悟を持って言ってくれたのを追い返すのも心苦しい。

「わかった」
「……! それでは!」
「うん。付いて来て良し」
「ありがとうございます!」

 シャーリーの顔がぱあっと晴れる。
 でも一つ、先に伝えなければいけないことはある。

「シャーリー」
「なんでしょう」
「僕が行くつもりなのは、あの場所(・・・・)だよ」
「……!」

 それだけで察したようだ。
 だけど、シャーリーは「なーんだ」という表情で笑ってみせた。

「どこへ行こうとも、一番安全なのはエアル様の後ろでしょう」
「……!」
「私も行かせてください」
「ははっ、プレッシャーだなあ」

 そうして、了承を得たシャーリーも連れていくことに。
 
 

「こんなところかな」
「そうですね」

 『収納魔法』が付与された軽めのカバンを背負い、シャーリーと共に城の門を抜ける。
 この魔法によって、カバンには何倍もの容量が詰め込める。

 彼女もいつしか俺が追放された時のためと、お金や最低限旅に必要な物を揃えていたらしい。
 本当に優秀が過ぎるよ。

「う~ん! っと」

 城を出た先、晴天の空の下で思いっきり背伸びをする。
 気分のおかげか、なんだかいつもより心地よいなあ。

「「「エアル様ー!」」」
「ん?」

 そんな時、城の前に集まっていたのは、王城を護る衛兵たちや平民の方々。
 貴族以上の地位を持たない市民だ。

 それも、もはや群衆と呼べる数。

「本当に行ってしまわれるのですね!」
「大変……お世話になりました!」
「エアル様! 寂しいです!」

「お、おお……。どうしたんだよみんな」

 衛兵は勤務中外してはいけない面を外し、みんな涙ぐんで手を振ってくれている。
 そんな光景を前に、シャーリーは微笑みながら口にした。

「エアル様は、それほど平民の方には慕われていたのですよ」
「……そうかな」
「はい。間違いありません」

 その言葉で余計に嬉しくなる。
 
 上流社会の嫌われ者の俺は、平民には慕われていた。
 それは、頭のお堅い貴族連中は聞こうとすらしなかった、『便利道具』や『娯楽』の数々を素直に受け入れてくれたからだ。

 前世でいうドライヤーやポット、水回り関連の物。
 ニッチなところでいうと香水、眼鏡なんてものも提供した。
 「おかげで生活が豊かになった」とすごく称賛されたものだ。

 対して、貴族連中はコソコソとその情報を掴み、隠れて使用したりして、哀れだなあと思いながら俺は黙って見てた。

 俺はそんな群衆に手を振り返す。

「みんな、こんな俺をありがとう! またどこかで会う事があったらよろしく!」
「「「わああああ!」」」

 その「エアル様~」だったり「行かないで~」といった声が、一つの声援となって聞こえてくる。

 最後の言葉は本心だ。
 この人たちには、またどこかで会えるといいな。

「いこうか」
「はい。エアル様」

 目指すはグロウリア王国とは関わらないであろう、遠くの地。
 いずれじっくり時間をかけて、遠征しようと思っていた未開の地(・・・・)だ。

 こうして、嫌われ者で慕われ者の、追放された元王子の生活が始まった──。