S級【バッファー】(←不遇職)の俺、結婚を誓い合った【幼馴染】を【勇者】に寝取られた上パーティ追放されてヒキコモリに→金が尽きたので駆け出しの美少女エルフ魔法戦士(←優遇職)を育成して養ってもらいます

「なんと言われようとサクラのパワーレベリングはしない」

「ううっ、じゃあなんで私をパーティに入れてくれたの……?」

 ははっ、そんなションボリした顔をしてさ。
 まったくもう、サクラはまだ俺たちの意図がわかってないみたいだな。

 イジメたいわけじゃないのでさっさと種明かしをしてあげるか。

「サクラのパワーレベリングはしない。でもその代わりに、サクラがどこに出ても恥ずかしくない一人前の冒険者になれるよう、1からきっちりと教育する」

「え、それって──」

「パーティ『アルケイン』はついてくるのも大変だからな、覚悟しとけよ? なにせアイセルは将来、歴史に名を残す大勇者になるんだ。あまりゆっくりとはしてられないんだよ」

「あの、もしかしてなんだけど、つまり私を臨時じゃなくて正式なパーティメンバーにしてくれるってこと……?」

「俺は中途半端は嫌いなんだよな。だからパーティに入れるからにはサクラを正式なメンバーとして迎え入れたいって思ってる」

「私が正式なパーティのメンバーに……? しかもこの辺りで今一番勢いに乗ってる有名パーティ『アルケイン』の?」

「もしサクラがそれは嫌だって言うんなら、この話はなかったことで――」

「嫌なわけないし! すっごく嬉しいし!」

「じゃあ決まりだな」

「サクラ、改めてよろしくお願いしますね」

「うん! アイセルさん、こちらこそよろしく!」

「よし、話も一段落したところで早速、誓いの言葉をやるぞ」

 俺が認識票を差し出すとアイセルがその上に、さらにサクラがその上に認識票に重ねてくる。

 そして俺たちは声を合わせて宣誓した。

「「「冒険の神ミトラに誓約する! この者と共に、未知なる世界を切り拓かんことを!」」」

 宣誓と共に、重ね合った3つの認識票が光り輝く。
 光はすぐに収まり、認識票に3人の名前が記載されていたのを確認してパーティ契約は無事に完了した。

「このまま受付に行ってパーティの再登録をしよう。3人になったからAランクのパーティになるはずだ」

「Aランクパーティ……! ついに一番上のクラスになるんですね」

 一応その上にSランクパーティがあるんだけど、あくまで例外的なものなんで、アイセルの言うとおり実質Aランクパーティが最上位となる。

「大勇者アイセルへの第一歩だな。その後はサクラのレベル上げに良さげなクエストを見繕って――」

「待ってケイスケ、今日は引っ越しをしましょう!」
 俺の言葉を遮るようにサクラが言った。

「引っ越し?」

「パーティを組んだ時のために、パパに拠点となる家を用意してもらってるの。私はもうそこに住んでるんだけど、そこに3人で一緒に住みましょうよ」

「パッと家を用意できるとかさすが金持ちだな……羨ましい……」

「ケイスケたちも有名になったんだから、いつまでも冒険者ギルドの安宿に泊まってるわけにはいかないでしょ?」

「いや俺は割とあの部屋は気に入ってるんだ」

「え? そうなの?」

「なんせ3年以上も同じ部屋に住み続けてるからな。もはや実質あそこは俺のマイホーム、愛着もわくってなもんだ」

「わたしも特に不便は――」
 隣の部屋のアイセルも俺に賛同しかけて、

「お風呂が付いてるわよ?」

「えっ!? お風呂があるんですか!?」

 アイセルがお風呂という単語に激しく反応した。

「2人が泊まっていた宿はシャワーだけだったわよね? 引っ越せば毎日熱々のお風呂に入れるわよ? 私の専属メイドがハウスキーパーとして常駐してるから、お風呂の準備もしなくていいし」

「ま、毎日熱々のお風呂に入れるなんて……!」

 アイセルが俺を見た。
 それは期待100%――どころか200%の並々ならぬ強い期待が込められた、決意の眼差しだった。

 女の子的にはやっぱり、毎日熱々のお風呂に入れるっていうのは魔性の魅力なんだろうな。

 かく言う俺も風呂は割と好きだったりするし。
 熱いお湯につかってると、身体の芯から疲れが取れる気がするんだよな。

「家の所有権はケイスケにあげるわ。もともとパワーレベリングしてもらうお礼のつもりだったし」

「え!? それって家をくれるってこと? ひゃっほう!」

 その言葉に今度は俺が激しく反応してしまった。

「あ、ケースケ様も『ひゃっほう!』とか言うんですね。普段は大人な感じなのにちょっと意外です」

「こ、こほん……」

 10才も年の離れたアイセルに冷静に指摘されて、俺は小さく咳払いをして居住まいを正した。
 これは恥ずかしい……。

「でもでも珍しいケースケ様を見ることができて眼福です、えへへ……」

「そ、そうか……それは良かったな」
 なんかもう俺がやることなら、箸を落としても喜んでくれそうなアイセルだった。

 ――でもさ、家をくれるんだよ?
 しかもお風呂までついた、いい感じの家をくれるって言うんだ。

 これから先の宿代もゼロになるし、そんなの思わず「ひゃっほう!」ってなっちゃうよね?

「やれやれ、2人はほんと仲いいわねぇ……」

「俺とアイセルの2人っきりのパーティを組んでから、なんだかんだでもう半年以上たつしな」

「もうそんなになるんですね」

 出会った頃のことを思い出して、俺はなんとも懐かしい気分になっていた。
 きっとアイセルも同じ気持ちでいることだろう。

 ほんと、いろんなことがあったよな。

 でもここからさらにステップアップを目指すなら、そろそろしっかりとした拠点に腰を据えるのもありか。

「そうだな。せっかくの好意だし引っ越ししよう」
「異存なしです」

「じゃあ案内するから着いてきて――」

 こうして。
 俺は「勇者とアンジュ結合事件」以来3年半にわたって住み続けていた宿を引き払い。

 サクラが用意した新しい家に引っ越して、アイセル&サクラと3人で住むことになったのだった。
 俺とアイセルにサクラを加えて3人となったパーティ『アルケイン』は、『3名以上かつ、合計レベル150以上、平均レベル50以上』という冒険者ギルドの規則をクリアし、ついに最高位のAランクへと昇格した。

(現在レベル、俺=120、アイセル=38、サクラ=8。合計レベル=166)

 引っ越しを済ませたすぐ次の日から、早速クエストを開始する。

 ちなみにサクラの育成に良さげなクエストを、冒険者ギルドを通した指名という形でサクラのパパさんから斡旋してもらっていた。

 イービル・イノシシの討伐クエストだ。

 地域随一の有力者ともなると、冒険者ギルドの手が届いてない情報を掴んで、こんな風にクエストとして用意できちゃうんだなぁ……お金と権力ってすごいなぁ。
 この縁は大事にしたいね、うん。

 まぁそれはそれとして。

「今回はアイセルは様子見だ。サクラが1人で戦ってくれ」

「ねぇ、ほんとに大丈夫? ケイスケのバフスキルで、私の『狂乱』スキルはほんとに暴走しなくなるの? ケイスケやアイセルさんを襲ったりしない?」

「大丈夫大丈夫、こう見えて俺はレベル120だぞ?」

「でもケイスケはバッファーだし……」

「バッファーもれっきとした職業だっつーの」

「でもうちのギルドにケイスケ以外のバッファーいないじゃん」

「う……っ」

「うーん、なんか心配になってきたよ……」

 なかなか踏ん切りが付けないサクラに、

「サクラ、何も心配はいりませんよ」

「アイセルさん?」

「ケースケ様はそれはもうすごいんですから。かくいうわたしもケースケ様のバフスキルには、いっぱいいっぱいお世話になってきたんです」

 アイセルが優しく背中を押してあげる。

「……うん、分かった。アイセルさんを信じる」

 するとアイセルの言葉をサクラはあっさりと信じた。

「なぁちょっといいか? なんで俺の言葉は信じられないのに、アイセルの言うことならすぐに信じるんだ?」

「だってアイセルさんは目に見えてすごい実績持ちだもん。ギルドでもいろんな噂話でいっぱいだし」

「そうだな、うん……アイセルは凄いもんな、アイセルの言うことなら納得いくよな。ごめんな、不遇職のバッファーで……」

 ちなみにどれくらいアイセルが人気かというと、アイセルの魔法剣そっくりのレプリカ剣(ただし普通の剣だ)を、このあたりの冒険者パーティの前衛職がみんな装備してるくらいに有名で人気だった。

 最初に魔法剣を融通してくれた武器防具屋が、『アイセルモデル』として売り出していたからだ。
 作ったそばから飛ぶように売れて、今は予約で数か月先まで埋まっているとかなんとか。

 さすがはやり手の商人、損して得取れとはよく言ったもんだ。

「でもケイスケのこともすごいとは思ってるのよ? 成り手のいない後衛不遇職のバッファーでレベル120なんだもん」

「分かってればいいんだ、分かってれば」

「よほど優秀な仲間がいて、金魚のフンをしてたのね」

「だからお前はほんとイチイチ一言多いんだよ!?」

「ご、ごめんなさい、悪気はなかったの。でも根が正直なものでつい……」

「正直だったらなに言ってもいいと思うなよ?」

「まぁまぁケースケ様、バフがかかればすぐにサクラも実感として納得しますから」

 話がもつれかけたのを、すぐにアイセルが軌道修正してくれた。
 いつの間にかパーティのリーダー適正まで見せ始めているアイセルだった。

「ま、アイセルの言う通り『論より証拠』だわな。いくぞ、S級スキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』発動」

 俺はバフスキルを発動した。

 少し遅れてサクラがバーサーカーの力の源、怒りの精霊『フラストレ』の力を恐るおそる解放する。

 『狂乱』スキルが発動し、サクラの瞳が理性を失わせる真紅の怒りに染まっていき――、

「……信じられないっ! 怒りの精霊『フラストレ』が全然暴走しないなんて! むしろすっごく馴染んでる感じ! ケイスケって実はすごかったのね! 不遇職のバッファーなのに!」

 だけどサクラは理性を失ってはいなかった。
 そして相変わらず一言多かった。

「事あるごとにイチイチ俺が不遇職とか言わなくていいからな。じゃあ行ってこい。でも気は抜くなよ」

「分かってるわよ! おりゃぁぁぁっ!」

 イービル・イノシシの群れを相手に、サクラは雄たけびを上げながら真正面から突撃していった。
 好戦的なイービル・イノシシはすぐに群れごと応戦してきて、激しい戦いがはじまる。

 しかしサクラは巨大な戦斧『バトルアックス』を振りまわしながら、一方的にボコボコに蹴散らしていくのだ。

「バーサーカーってすごいんですね、とてもレベル8の戦闘力とは思えません」

 アイセルが感心したように言った。

「バーサーカーのレベルは+10か15するくらいのイメージかな。怒りの精霊『フラストレ』の力さえコントロールできれば、間違いなく最強職の一つなんだよ」

「でもそれが難しいんですよね?」

「そういうこと」

 なんてことを話しながら、すぐそばでアイセルに守られていることもあって、俺がいつもよりも気楽に戦闘を見守っていると、

「見てよケイスケ! 私やれるわ!」

 戦闘のちょっとした合間に、サクラが後ろで離れて見守っている俺に向かって叫んできた。

「分かってる! そんなことより気を抜くなって言ってるだろ! よそ見してると痛い目見るぞ!」

「へへん、大丈夫よ――って、わぷっ!」

 言ってるそばから、サクラがイービル・イノシシに派手に吹っ飛ばされて転がっていった。
 10メートルほど地面をゴロゴロして岩にあたって止まる。

 サクラの右足は変な方向に折れ曲がっていた。

「あー、あれは(すね)のあたりが折れたな……」

「ケースケ様、なにを落ち着いてるんですか!? 骨折ですよ!? 大変です、すぐに助けにいってきます!」

 一緒に戦いを見守っていたアイセルが、血相を変えて飛び出そうとしたけど、

「いや行かなくていい。あれくらいの怪我はバーサーカーなら全然大したことはないから」
 俺はそれを制止した。

「で、ですが足を骨折していては戦うどころか立てません――って、ええっ!?」

 アイセルが驚いた声をあげた。
 というのも、

「いたたたたた……」

 サクラが何事もなかったように立ちあがったからだ。
 折れていたはずの足で普通に立って、平然とした顔で巨大なバトルアックスを構えなおす。

「バーサーカーは全職業で断トツ一番の超強力な『自己再生』のスキルを持ってるんだ。だから骨折くらいなら10秒もあれば完治する」

「ほんとすごいんですね、バーサーカーって」

「すごいんだよ。だから暴走されるとシャレにならないくらいに厄介なんだよな」
 なにせ暴走したバーサーカーは敵味方構わず襲い始めるのだ。

「……ですね、わかります」

 疲れ知らずで怪我もすぐに治ってしまう。
 しかも怪力持ちだから、たいがいが当たれば即死級の巨大武器を振りまわすときたもんだ。

 そんなのが見境なく襲ってきたら、本気で命のやり取りをするしかないわけで。

 だからバーサーカーはなかなか育たない。
 サクラのように途中でパーティを組む相手がいなくなってソロになってしまい、力を使いこなせるようになる前に行き詰まってしまうのだ。

 そうこうしている間に戦闘が再開した。

 今度は油断らしい油断もせずに奮闘するサクラをアイセルと見守っていると、イービル・イノシシはどんどんと数を減らしていった。

 そして最後は数匹となって散り散りに逃げ出そうとしたところを、

「逃がしません」

 逃げる方向を予測して回り込んでいたアイセルが次々に仕留めて、クエストは無事に終了となった。

「終わったわ!」

「お疲れさん。さすがバーサーカーだな、レベル8でも『狂乱』さえしなければ強いもんだ」

「ふふん、そうでしょうともよ! さすが私!」

 勝利の余韻が残っているからか、俺に褒められて完全に調子に乗ったサクラだったけど、

「ですが、よそ見をしてまともに体当たりを喰らってしまったのはいただけませんね」

「あ、うん、それは反省してる、すごく」

 アイセルにさっきの失態を指摘されると、途端に神妙な顔になった。
 よしよし、アホに見えてちゃんと悪いところは反省できるタイプみたいだな。

 アイセルも問題を指摘こそすれ、怒るつもりは全くないみたいだった。

「でもそれ以外は良かったですね。正面から突撃したのはやや微妙かもですが、一対多数の立ち回りもしっかりできてましたし、総じてよくできてましたよ。この調子で次も頑張ってね」

「うん、私がんばる! どうよケイスケ、前衛として有名なアイセルさんにも褒められたんだからね!」

「良かったな、次も頑張れよ」

「アイセルさん、他に気になったところとか、こうしたら良くなるとか気付いたことがあったら教えてください!」

「そうですね、避ける時にほとんど右に動いてたのが少し気になったかも。多分、癖になってるのかなって」

「ぜ、全然気づきませんでした……!」

「じゃあ後で少し手合わせしてみましょうか。癖を矯正するなら早い方がいいですし」

「いいんですか!? ぜひお願いします!」

「そういうことならギルドへのクエスト完了報告は俺がやっとくから、街に戻ったらアイセルは先に家に帰って庭ででもサクラと手合わせしてやってくれ」

「申し訳ありませんがよろしくお願いします」
 アイセルが申し訳なさそうに頭を下げて、

「頼んだわよケイスケ!」
 サクラは元気いっぱいで言ってきた。

「一応言っとくけど、俺がいない場所でバーサーカーの力は使うなよ? 暴走するからな」

「分かってるし! それでアイセルさん他には――」

 サクラは俺にサラッと答えると、熱心にアイセルに戦闘の感想を聞きはじめた。

 やっぱり前衛職同士は話があうよな。
 避ける方向が偏ってるとか、そういう細かい戦闘のテクニックは俺はからっきしだし。

 俺は少しだけ寂しい気持ちになりながらも、サクラの今後に大いに期待のできる初クエストに、ほっこり満足したのだった。


【ケースケ(バッファー) レベル120】
・スキル
S級スキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』

【アイセル(魔法戦士) レベル36→38】
(注・アイセルの2レベル上昇は今回のクエストではなく、前回レベル36になった後サクラが加入するまでの間に上昇した分です)
・スキル
『光学迷彩』レベル28
『気配遮断』レベル14
『索敵』レベル21
『気配察知』レベル35
『追跡』レベル1
『暗視』レベル14
『鍵開け』レベル1
『自動回復』レベル14
『気絶回帰』レベル14
『状態異常耐性』レベル14
『徹夜耐性』レベル14
『耐熱』レベル14
『耐寒』レベル14
『平常心』レベル21
『疲労軽減』レベル35
『筋力強化』レベル35
『体力強化』レベル35
『武器強化』レベル35
『防具強化』レベル35
『居合』レベル35
『縮地』レベル35
『連撃』レベル35
『乱打』レベル35
『会心の一撃』レベル35
『武器投擲(とうてき)』レベル35
『連撃乱舞』レベル14
『岩斬り』レベル14
『真剣白刃取り』レベル35
『打撃格闘』レベル35
『当身』レベル35
関節技(サブミッション)』レベル35
『受け流し』レベル35
『防御障壁』レベル14
『クイックステップ』レベル35
『空中ステップ』レベル35
視線誘導(ミスディレクション)』レベル28
『威圧』レベル28
『集中』レベル35
『見切り』レベル35
『直感』レベル35
『心眼』レベル35
『弱点看破』レベル14
『武器破壊』レベル14
『ツボ押し』レベル35
『質量のある残像』レベル14
『火事場の馬鹿力』レベル14

【サクラ(バーサーカー) レベル8→12】
・スキル
『狂乱』レベル--
『自己再生』レベル--
『疲労軽減』レベル--
『筋力強化』レベル--
『体力強化』レベル--
『会心の一撃』レベル--

(注:バーサーカーの戦闘スキルは全て怒りの精霊『フラストレ』の力を借りるため、通常のスキルレベルとは完全に切り離されています)
 昼間はクエストで実戦的に鍛えながら、夜になると冒険者の基礎的な知識を俺はサクラに教え込んでいた。

 サクラの隣には「わたしもケースケ様の夜のレッスンを受けたいです!」と言って、やたらやる気満々なアイセルも座っている。

 『夜のレッスン』とか言ってるし、なにか微妙に勘ちがいしてないか……?

 そもそもアイセルには冒険者の心得を実戦を通して丁寧に伝えてきた。
 今さら改めて聞く必要があることはまずないと思うんだけどな?

 ま、せっかくのやる気に水を差すのもなんだよな。
 俺は今日の夜の講義をスタートする。

「サクラ、冒険者にとって一番大切なことは何だと思う?」

「うーん、そうね……クエストの完了? だってクエストの依頼を受けた以上は、ちゃんと果たさないといけないと思う」

「確かにクエストを完了するのは大切なことだな。冒険者の信頼度ってのは、いわばその積み重ねであるわけだから。でも残念ながらそれは一番ではないんだ」

「ええっ? クエスト完了よりも大事なことがあるの? えーと、うーん、うーん……分かんない」

「じゃあアイセルは分かるか?」

「生き残ることではないでしょうか? 自分の命とパーティの仲間の命は最優先で守るべきだと思います」

「正解、さすがアイセルだな」

「えへへ、ケースケ様に褒められちゃいました」

「サクラ、まずは自分の命を、次にパーティの仲間の命を大事にしてくれ」

「自分たちの命を大事に……」

「そうだ。命があればクエストの再挑戦だってなんだってできる。でも死んだらそこで終わりだ。だから冒険者は時に撤退する勇気を持たないといけない。そしていざという時に備えて、常日頃から判断力を磨いていって欲しいんだ」

「死んだら終わり、なるほどね。真理だと思うわ」
 うんうん頷きながらサクラがノートに書き込んでいく。

 サクラはこうやって俺やアイセルに言われたことや感じたこと、考えたことをメモに残しては時々見返しているみたいだった。

 言動は一見、雑で子供っぽいように見えて、意外とサクラは勤勉なんだよな。

「でもあれ?」
 サクラが変な顔をした。

「お、質問か? 気になったことは何でも聞いてくれていいぞ。ここはサクラの理解を深めるための場だからな」

「じゃあ聞くけど、パーティを組む時に『俺を裏切るな』ってケイスケは言ったよね?」

「ああ、言ったな。むしろそれがパーティ『アルケイン』の唯一のルールだ」

「仮に『もしも』の時があったとして、自分がなんとか助かるためにケイスケたちを見捨てて逃げたら、裏切ったことにはならないの?」

「ああ、そういうことか。俺が言った『裏切るな』ってのはさ、仲間の信頼を裏切るなってことだ」

「見捨てて逃げるのは信頼を裏切ってないの?」

「自分勝手に仲間を売ったり約束を反故にしたりするってのと、もしもの時に誰か1人でも生き残るように仲間の思いを背負って行動するのは、全然違わないか?」

「あっ……うん、そういうことね。よく分かった」
 しっかりと納得できたんだろう、サクラがノートにさらにあれこれ書き込んでいく。

「ちなみにですが、わたしは最後の最後までケースケ様の側で務めを果たしますので」
 アイセルが自信満々に言った。

「いやもしもの時は、アイセルが一番生き残らないといけないんだからな? アイセルさえ生き残れば、いつか新しいパーティを組んでクエストに再挑戦して、骨くらいは拾ってもらえるだろうし」

 逆にバッファーの俺じゃ、アイセルが死ぬような高難度クエストをクリアするのは絶対無理だからな。

 でもアイセルは首を横に振って言うんだ。

「いいえケースケ様。わたしはケースケ様の剣であり、ケースケ様の楯ですから。持ち主であるケースケ様が倒れるその時まで、わたしは役目を全うします」

 アイセルの目は本気だった。

「アイセル……気持ちは嬉しいけど」

「ケースケ様のいない世界で、ケースケ様のいないパーティで生きるくらいなら、ケースケ様と共に散ります」

 アイセルの決意は有無を言わせぬほどに固かった。

「ちょ、ちょっとケイスケ、間違っても変なことして身内に刺されないようにしてよね!?」

「……善処するよ」

 おおむねこんな感じで、夜の座学は毎日欠かすことなく行われていった。
 サクラがパーティに加入してから早1か月半。

 俺とアイセルの指導に加えて、サクラのパパさんから適切なクエストを次々に差配してもらったこともあって、ぐんぐんと成長を続けたサクラは既にレベル25に達していた。

 もう少ししたら怒りの精霊『フラストレ』の力を、自分だけでコントロールできるようになるはずだ。

 今日もゴーレムと言われる、古代文明の残した無人戦闘兵器の討伐クエストに挑戦する予定だった。

 ゴーレムは単体Aランクの強敵だ。
 そのほとんどが地下深くに埋まったままで長い年月眠り続けているんだけど、時々思い出したように目を覚ます個体がいて、討伐が必要になるのだ。

 馬車に乗ってゴーレムの出現エリアに向かいながら、

「今日からは連携戦闘を解禁する」

 俺はサクラにそう言った。

「連携戦闘?」

「今まではサクラに経験を積ませるために、基本的にサクラ1人で戦ってただろ? でも今日からはアイセルと協力して戦うんだ」

「えっとケイスケは? あ、ごめん、ケイスケは開幕バフしたら仕事が終わりの後衛不遇職のバッファーだもんね。仲間と連携すること自体ないよね……」

「相変わらずお前は一言多いんだよ……」

 いい加減、慣れてきたけどな。
 しかもそれが事実なのが地味にツラい……。

「でもでもこれで前衛が2枚になりますし、一気にパーティらしくなってきますよね」

 そんな俺とサクラのやりとりにさらりとアイセルが割って入り、すっかり慣れた様子で話を進めていく。

 もうパーティのリーダーはアイセルに任せても良いんじゃないだろうか?
 マルチな才能を見せるアイセルを前に、そんな気すらしてくる最近の俺だった。

「連携戦闘って具体的にはどうやるの? 私がアイセルさんの動きに合わせればいいのかしら?」

「いいや逆だ、サクラの動きにアイセルが合わせる方向で行く」

「でもアイセルさんの方が強いんだから、アイセルさんを軸にした方がよくない?」

「なら聞くけど、サクラはいきなりアイセルの動きに合わせられるか?」

「えっと、そんないきなりは無理だし……」

「だろ? でもアイセルなら合わせられるんだ。なにせこの1カ月半、アイセルには連携戦闘することを前提に、サクラの動きをしっかり見ておくように言ってたからな」

「アイセルさん、そうだったの?」

「はい、ばっちり見てきましたので、サクラの動き方や判断基準なんかもほぼ理解できてますよ」

「すごいですアイセルさん!」

 連携戦闘は実質ソロで戦い続けてきたアイセルにとっても初めての経験だ。
 でもこの先パーティが大きくなれば、協力して戦う場面がどんどんと増えていく。

 だからサクラを育成する期間を利用して、アイセルにはそのイメージトレーニングをしてもらっていた。
 サクラの育成にかまけて、アイセルを暇させることだけは絶対にできなかったしな。

 そういう意味でも、アイセルが一人前になったこのタイミングでサクラが加入したのは、アイセルにとっても良いことだったのかもしれない。

「今日の相手はゴーレムだ。ゴーレムってのは無機物で、生物とは違って頭や心臓が弱点じゃないから気をつけるように。頭や手足が無くなっても(ひる)むことなく攻撃してくるからな」

「じゃあどうやって倒すのよ?」

「体の内部、ちょうど腹のあたりに『カクユーゴーロ』っていう力の源があるんだ。それを破壊すれば動かなくなる」

「腰の『カクユーゴーロ』を破壊ね、分かったわ」

「前衛の指揮はアイセルに任せるから、サクラを上手いこと使ってゴーレムを倒してくれ」

「了解です。ではいくつか簡単に打ち合わせをしておきましょう」
「うん!」

「基本的にはサクラはいつも通り自由に戦ってくれていいから。でもほんの少しだけわたしに意識を向けておいて」

「それくらいならできると思う」

「あとは――」

 みたいなことをあれこれ意見を出し合って理解を深める2人を、俺はそっと見守っていた。

 少し寂しいけど、サクラの言うとおりバッファーの俺は連携すること自体がないから、仕方ない……。
 俺たちがクエストで指定された古代遺跡につくと、入り口には門番のようにゴーレムが立ちふさがっていた。

 ゴーレムにはいくつかタイプがあるんだけど、黒いフレームに白い装甲が付いたずんぐりむっくりした、一番知られている人型タイプのゴーレムだった。

 人型と言っても高さは3メートルほどもあって、大の大人よりもはるかに大きい。
 右手にはこれまた巨大な剣を握っている。

 ちなみに前にトリケラホーンが出た古代遺跡とはまた別の遺跡だ。

「まるでお城を守る門番みたいですね」
 アイセルが小さく呟いた。

「俺もそう思っ――」

「あ、私も私も!」
 俺に対抗するようにアイセルに一緒だよアピールをするサクラ。

 サクラがアイセルに懐いている様子は、血のつながった仲のいい姉妹みたいでほんとに微笑ましいな。

 そしてゴーレムは入り口付近に1体だけ、見たところ他にはいない。
 よしよし、これもバッチリ事前情報通りだな。

 勇者パーティ時代がそうだったんだけど、高難度クエストを色々やっていると、事前情報と明らかに違っていることがたまにある。
 そしてそういう時はたいていが、やっかいかつ危険なことになると相場が決まっているのだ。

「今『索敵』スキルで調べましたけど、邪魔になるような魔獣も周りには居ないみたいです」

「なら状況がいいうちに、早速討伐クエストを開始するか」
「ですね」

「最終確認だけど、ゴーレムは自分の近くに近づいて来た相手を敵と認識して攻撃する。だからバフを使ったら俺はここで無関係を装って見てるから、今回に限っては俺の心配はしなくていい。2人の準備ができ次第かかってくれ」

「了解です」
「任せてよね! わたしたちがクエスト完了するのを、ケイスケはそこで指をくわえて見てなさい!」

「へいへい。S級スキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』発動」

 俺のS級スキルの発動と共に、まずは怒りの精霊『フラストレ』の力を解放したサクラが猪突猛進で真正面突撃し、アイセルも続いてゴーレムに向かっていく。

「うぉりゃぁぁぁぁぁっっ!!」

 サクラの突撃にゴーレムが反応し、すぐに戦闘が始まった。

 ガキン! ギャリッ! ガキン! ガッ!! ゴンッ!!

 サクラのバトルアックスとゴーレムの巨大剣が、激しい火花とものすごい金属音を立てながらて激しくぶつかり合う。

 どちらも超大型の武器同士だけど、バーサーカーとゴーレムはともに大の力自慢。
 まるでレイピアでも使っているみたいに、全く重さを感じさせはしない。

「このこのこのこのっ!」
 サクラの強烈な連続攻撃がゴーレムを追い込んでいく。

 そこにアイセルが巧みに絡んで、ゴーレムの装甲の隙間を狙って魔法剣で攻撃していった。

 開始からアイセルとサクラは、初めてとは思えないコンビネーションで戦闘を優位に進めていた。
 しかし今回の相手は古代遺跡から目覚めたゴーレムだ、やはり一筋縄ではいきはしない。

 ゴーレムの背後をとったサクラがバトルアックスを思いっきり振りかぶり、全力で叩きつけようとして――逆に吹っ飛ばされた。

 ゴーレムの腰から上がクルッと180度回転して、背後をとったつもりが正面から攻撃したような形になってしまったからだ。

「へぶぅ――っ!」

 背中から不意を打ったつもりが、もろにカウンターを受けてしまったサクラは、それでもとっさに引いたバトルアックスを盾のようにして巨大剣と身体の間に割り込ませて、真っ二つに斬られることは回避していた。

 それでも衝撃までは殺せない。
 サクラは吹っ飛んだ勢いそのままに、地面をゴロゴロと転がっていった。

「まったく、ゴーレムは普通の生物とは違うから気をつけろって言っただろ」

 地面に這いつくばりながらもサクラはすぐに自慢の超回復力ですぐに回復を始めた。
 しかしゴーレムはこれを勝機と見て追撃をしかけてくる。

「させません!」
 もちろんアイセルがそこに割って入ってくれた。

 純粋なパワーではサクラに一歩劣るものの、攻守のなにもかもが超ハイレベルなアイセルは、多彩な動きでゴーレムを翻弄するとサクラが回復する時間を簡単に稼いでみせた。

「ありがとうアイセルさん!」

 その隙に回復を終えたサクラが立ちあがる。

 俺なら即死してる攻撃を受けてもうケロッとしているのは、さすがバーサーカーだな。

「サクラ、さっきのは要反省ですよ。ケースケ様の言葉は常に太陽のごとく正しいんですから、もっと深く心からケースケ様の言葉と一体となるように理解しないとダメです」

「言いかたがもはや怪しげな新興宗教の伝道師っぽくてかなりアレだけど、言ってることには納得!」

「じゃあケースケ様の偉大さが骨身にしみたところで、もう一回行きましょう。サクラが奮戦してくれたおかげで、ゴーレムのフレームの可動範囲や動きはほぼ見切りました。次で終わらせます」

 アイセルの顔がキリリと凛々しく引き締まった。

 勝負をかける時のアイセルの顔だ――!
 再びゴーレムとガチンコのどつき合いをはじめたサクラのバトルアックスが、ゴーレムを装甲の上から強烈にぶっ叩いた。

 装甲の上からなのでさしてダメージは与えられていない。
 だけどサクラはそんなことはお構いなしに、

「いっくよー! 全力全開! おりゃーっ!!」

 装甲の上から嵐のごとくフルパワーでガンガンゴンゴンぶっ叩いていく。
 何度も何度も何度も何度も。

 ただただひたすらに延々と叩き続けるその姿を見て、俺もようやっとサクラの狙いに気付くことができた。

「そうか、狙いはダメージを与えることじゃない、打撃の衝撃でゴーレムのバランスを崩すことだ――!」

 さしものゴーレムもバーサーカーの強烈な乱れ打ちを受けては、平気ではいられない。
 ついにぐらついてバランスを崩し、たたらを踏んだ――そのわずかな隙を見逃すアイセルではなかった。

 バランスを崩したゴーレムの懐深くに、狙いすましたようにアイセルが飛びこんだ。
 アイセルの魔法剣は既に、鞘に『納刀』されている。

「全力集中!」
 アイセルの身体から猛烈なオーラが立ち昇っていく――!

 ゴーレムが態勢を立て直そうとして――しかしそれよりもわずかに先にアイセルの攻撃が発動した。

「剣気解放――! 『《紫電一閃(しでんいっせん)》』――!」

 アイセルが最近覚えた必殺技。
 鞘の中で圧縮した膨大な剣気を抜刀と共に解き放つ、『会心の一撃』が進化した上位スキルだ――!

 ドゴォォォォォォォォーーーーーーンッッ!!

 アイセルの必殺の一撃がゴーレムの腰部を直撃し、大穴を開けて貫通する。

 世界が壊れたかと思うほどの轟音と共に、『カクユーゴーロ』を破壊されたゴーレムが糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちた。

 しばらく油断なく構えてから、ゴーレムが完全に機能停止して動かなくなったのを見て、
 
「ふぅ……」
 アイセルは大きく息をついた。

「アイセルさん、やりましたね!」
 サクラがダッシュで駆け寄り、

「2人ともお疲れさん、よくやったな」
 俺もねぎらいの言葉をかけながら2人のところに向かって歩いていく。

 高難度クエストが無事完了した安心感で俺はすっかり気が緩んでいたんだけど、そこで俺はアイセルの様子が少し変なことに気がついた。

 アイセルは遠くの何かに意識を向けているように見えた。

「アイセル、どうしたんだ?」
 どうにも気になった俺が尋ねると、

「ケースケ様、遺跡の奥から人の気配がします。多分複数です」
 アイセルが真剣な顔をして言ってきた。

「え? それはないだろ? だってゴーレムが入り口にいたんだし」

「いえ間違いありません。ゴーレムが出現する前に運悪く入ってしまったのかもしれません」

「それで出るに出られなくなったってことか」

「もしくは中で別のトラブルが発生したのかもです」

「まぁどっちも無くはないな」

「それと気配はするんですけど、かなり弱弱しい感じです。もしかしたら遭難して動けなくなってるのかも」

「マジか……」
 突然の展開に、俺は状況を整理するべく考えこんだ。

「どうするのよケイスケ、助けにいくの? 私はまだまだ余裕あるけど」
 サクラがバトルアックスを構えて、元気なところをアピールしてくる。

「ケースケ様、どうされます?」

「そうだな……ゴーレムが出るような古代遺跡の中に、無防備に踏み入るのはさすがに危険すぎる」

 これが熟慮の末に導き出した俺の結論だった。

「見捨てるってこと?」

「一応言っておくけど、遭難者とか動けなくなったパーティを救助する義務はないんだ。だから俺は冒険者ギルドに報告することで済ませたいと思ってる」

 事前情報もなく、充分な準備もせずに古代遺跡に入って二次遭難でもしたらシャレにならないからな。

 ランタンや寝袋、非常食といった遺跡探索には必須の装備も持ってきていない。

 だから俺は、俺たちだけで助けに行かないほうがいいときっぱりと告げた。
 ここは安全第一でいったん引くべきだと。

 だけど――、

「ケースケ様、中で遭難してる人がいるのなら、わたしは助けに行きたいです」
「そうよ、見捨てて死んだりしたら寝覚めが悪いじゃない」

「アイセル、サクラ……」

「お願いしますケースケ様」
 アイセルが頭を下げてくお願いをしてきた。

 まったく、こういうところもアイセルは本当に行動原理が勇者らしいよな。
 まずは自分と仲間の身の安全を真っ先に考えて損得勘定してしまう俺とは大違いだ。

「一番奥深くは無理かもだけど、浅いとこまで様子見で行ってみるくらいなら、できなくはないんじゃない?」
 サクラもそんな風に折衷案を出してくる。

 俺はもう一度リスクをしっかりと考えた後――、

「前言撤回だ、助けに行く。ただし行けるところまでだ、安全マージンをしっかりとって無理はしない」

 強くしっかりとした声で宣言した。

「ケースケ様! ありがとうございます!」

 それを聞いたアイセルの顔が喜びでパァッと花開いた。

「これは俺がリーダーとして選んだことだから感謝する必要はないよ。決めたのは俺とアイセルとサクラ、全員なんだからな」

「それでもやっぱり、ありがとうございますです!」

「へぇ、意外と男気あるじゃんケイスケ、戦闘力ゼロのバッファーなのにね」

「だからなんでお前はそう上から目線で一言多いんだよ?」

「もう、褒めてあげてるのに」

「へいへい、お褒めいただきありがとうございました」

 そして決断した以上は余計なことは考えない。
 後悔は後からするものだ。
 こうと決めたら後は目標に向かってやり切るのみだ!

「でも1つだけ言っておくぞ。まずは自分たちの身の安全を守ること。最悪助けるのは諦めて見捨てて逃げることもあるからな。優先順位は間違えるなよ?」

「はい!」
「もちろんだし!」

「じゃあ連戦になるけど行くとするか。助けるなら早いに越したことはないからな」

 俺たちパーティ『アルケイン』は遭難しているパーティを救出すべく、古代遺跡の中へと踏み入った――。



【ケースケ(バッファー) レベル120】
・スキル
S級スキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』

【アイセル(魔法戦士) レベル38→41→42】
・スキル
『光学迷彩』レベル28
『気配遮断』レベル14
『索敵』レベル28
『気配察知』レベル42
『追跡』レベル7
『暗視』レベル21
『鍵開け』レベル1
『自動回復』レベル21
『気絶回帰』レベル21
『状態異常耐性』レベル21
『徹夜耐性』レベル21
『耐熱』レベル21
『耐寒』レベル21
『平常心』レベル28
『疲労軽減』レベル42
『筋力強化』レベル42
『体力強化』レベル42
『武器強化』レベル42
『防具強化』レベル42
『居合』レベル42
『縮地』レベル42
『連撃』レベル42
『乱打』レベル42
『武器投擲(とうてき)』レベル42
『連撃乱舞』レベル28
『岩斬り』レベル28
『真剣白刃取り』レベル42
『打撃格闘』レベル42
『当身』レベル42
関節技(サブミッション)』レベル42
『受け流し』レベル42
『防御障壁』レベル21
『クイックステップ』レベル42
『空中ステップ』レベル42
視線誘導(ミスディレクション)』レベル28
『威圧』レベル28
『集中』レベル42
『見切り』レベル42
『直感』レベル42
『心眼』レベル42
『弱点看破』レベル21
『武器破壊』レベル21
『ツボ押し』レベル42
『質量のある残像』レベル21
『火事場の馬鹿力』レベル21
『潜水』レベル14
『《紫電一閃(しでんいっせん)》』レベル42(『会心の一撃』から進化)

【サクラ(バーサーカー) レベル12→25→28】
・スキル
『狂乱』レベル--
『自己再生』レベル--
『疲労軽減』レベル--
『筋力強化』レベル--
『体力強化』レベル--
『会心の一撃』レベル--

(注:バーサーカーの戦闘スキルは全て怒りの精霊『フラストレ』の力を借りるため、通常のスキルレベルとは完全に切り離されています)
 俺たちは隊列を組んで遺跡の中を進んでいく。

 先頭は人の気配をたどっているアイセル、最後尾をサクラ。
 俺は2人に挟まれるように真ん中にいて、前後どちらから襲われても2人のうちの片方が俺を守れる陣形だ。

 バッファーは直接戦闘が苦手な後衛の中でも、特に不意打ちに弱いからね。
 守ってもらわないと文字通り死んでしまうので……。

 デンキの光に照らされた遺跡は、トリケラホーンがいた遺跡と構造がよく似ていた。
 だから何が出てもいいように最大限の警戒をしながら、だけど今のところ特に何事もなく遺跡を進んでいくと、

「いました、この先です。2人組ですね。どうも動けないみたいです」
 アイセルが小さな声で伝えてくれる。

「でかしたぞ」
「えへへ」

 アイセルが『索敵』スキルで近くに敵がいないことを改めて確認してから、俺たちは遭難者がいる場所に近づいていった。

 この時の俺は、それが誰なのかを特には考えていなかった。

 無事に見つけられたことに安堵し、早く安全な遺跡外まで脱出しようと、そんな本当にごくごく普通で当たり前のことを考えていた。

 だけどそこにいたのは思いもよらないまさかの相手で――。

 近寄っていくにつれ次第にその姿が明らかになってくる。

 アイセルの言ったとおり男女の2人組だった。

 だけどその姿がはっきりとしていくたびに、俺の心臓はドクドクと早鐘を打ちはじめていくのだ――。

 なぜなら――なぜなら壁に寄りかかりながらへたり込んでいた2人組は、

「アンジュ……それに勇者アルドリッジ……なんでお前らが……」

 かつて一緒に旅をした勇者パーティの仲間にして。
 そしてあの日あの夜、俺を裏切った幼馴染で婚約者のアンジュ=ヒメラギと、寝取り勇者アルドリッジ=ローゼンブルグだったからだ――!

「ケースケ……」

 真っ青な顔をした勇者アルドリッジを支えるように手を回しながら、アンジュが俺の名を呼んだ――昔とまったく変わらない口調で。

 その変わらない響きが。
 勇者アルドリッジに向ける労わるような視線と心づかいが。

 俺をまたこれ以上なくイラつかせてくる。

「チッ――」
 気づいた時には、俺は普段は絶対にすることのない品のない舌打ちをしていた。

 そしてそれを皮切りに、いろんな想いが爆発するかのように俺の中で一気に溢れかえっていって。
 俺は煮えたぎる激情に支配されながら、2人の姿をじっと見下ろしていた。

「なに? ケイスケの知り合いなの? ほらやっぱり良かったじゃん助けに来て――って、なにボーっと突っ立ってんのよ? 早く助けて脱出しましょ?」

 サクラにそう促されても俺は動けなかった。
 動くことができなかった。

 心がざわついて仕方ない。
 いや、ざわつくなんて生やさしいもんじゃない、俺の心は荒れ狂っていた。

 おそらく麻痺毒でも喰らったんだろう。
 苦しそうな顔をして動けなくなっている勇者アルドリッジを前に、俺の心にはどす黒い劣情がとぐろを巻いていく。

 それはもはや、自分ではなにをどうしてもコントロールできる類のものではなくて。

 心の中をいっぱいに満たした真っ黒で強烈な負の感情に突き動かされるようにして、俺の口からは、

「ははっ、こんなとこで動けなくなったのか? いいざまだな」

 (たけ)り狂った憎しみという感情が爆発しながらとび出していた。

「ケースケ様……」

 アイセルが心配そうに声をかけてきたけれど、俺はその視線やらなんやらを完全にシャットアウトする。

「麻痺毒でもくらったのか? 高名な勇者アルドリッジ様ともあろう者がまた派手にドジったな。駆け出し冒険者かよ、ばーか」

 へたり込んだ勇者アルドリッジを見下しながら、俺は怒りのおもむくままにここぞとばかりに勇者アルドリッジを罵り非難する。

「お前ら2人だけか? シャーリーたちはどうしたんだ?」

「彼女たちとはここしばらくは……別動向だ……」

「別行動? はっ! どうせお前が偉そうな態度をとって、シャーリーがキレて仲違いでもしたんだろ? 仲間に見捨てられるなんてざまぁないな」

「……」

 ああ、なんて気持ちいいんだ。

 さんざん俺を見下してきたヤツを、俺をバカにしたヤツを、アンジュを寝取ったクソ野郎を!
 絶対的に有利な立場でこうやって見下し返せるなんて、なんて気分がいいんだろう――!

「お願いケースケ、アルドリッジを助けて。臨時パーティを組んでケースケがバフスキルで状態異常耐性を付与してくれたら、少なくとも動けるようにはなるでしょう?」

 アンジュの言うことは、まったくもってもっともだ。

 俺のS級スキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』があれば、回復まではできなくても状況は大きく改善する。

 だけどそれはないだろ?
 ああ、それだけはない。

「助けてだと? 随分と都合のいいことを言うんだな、クソビッチの分際で」

「け、ケースケ様? あの、少し落ち着きませんか? 今はそんなことを言っている場合では――」

「お前は黙ってろアイセル」
 有無を言わさぬ俺のキツイ口調に、アイセルが押し黙った。

「助けて……くれないか、ケースケ。君の言うとおり……麻痺毒で、身体が動かないんだ……頼む」

 今度は勇者アルドリッジが、麻痺毒で動かない口を懸命に動かして助けを求めてくる。

 ははっ、ほんと悪くないシチュエーションじゃないか。


 南部諸国連合では知らない者はいない有名人の勇者アルドリッジが。
 アンジュを寝取ったクソ野郎が。
 今、この俺に必死に助けを求めてきているのだから。

 でもな――、
 
「おいおい、それが人にものを頼む態度かよ? 俺がバッファーだからって――使えない後衛不遇職だからって舐めてんのか? そうだな、まずは土下座して懇願してみろよ? 地面に頭をこれでもかと必死にこすりつけるんだ。そうしたら少しは考えてやらないでもないぞ?」

 ああ、実にいい気分だった。

 アンジュの目の前で、勇者に惨めに土下座をさせてやる。
 今から勇者としてのプライドも男としてのメンツも全部、地面に墜としてやるからな。

「ほら、とっとやれよ?」

 3年半の積もりに積もった恨みと憎しみと(ねた)みと(そね)みが、俺をこれ以上なく饒舌にさせていた。

「ケースケ様、さすがにちょっと言いすぎですよ。ねねっ、落ち着きましょう」

 アイセルが場を和ませようと再び割って入ってくる。
 だけど、

「黙ってろと言ったはずだアイセル。これは俺とこいつらの問題だ。お前には関係ない、口を出すな」

 俺が視線すら向けずに言い捨てると、

「……」
 アイセルは再び押し黙った。

 俺は意識をもう一度アンジュと勇者に向けると、言った。

「なぁ勇者アルドリッジ、早くお前の誠意を見せてみろよ? 俺に誠意を示してみせろよ? それがお前の果たすべき義務じゃないのか? 俺をバカにして、コケにして、アンジュを寝取って、笑いものして裏切った! それがお前の! それが人として取るべき最低限の仁義ってもんだろうがっ! 違うか!? 違わないだろう!」

 俺のヒステリックな怒声を受けて、ついに観念したように勇者アルドリッジがよろよろと身体を動かし始めた。

「はっ、はは――。それでいいんだよ」

 こいつは他人に頭を下げるのが何よりも嫌いなプライドの塊のような人間だ。

 そのお高く留まって鼻持ちならない勇者様が、一度はパーティから追放した俺に助けてもらうために頭を下げるのだ。

 その高慢ちきなプライドを今、俺がへし折ってるんだ――!

「おら、とろとろすんな、とっとと土下座しろ! 今すぐ土下座しろ! 土下座、土下座、土下座、土下座、土下座土下座土下座土下座土下座土下座土下座――っ!!」

 お菓子を買ってもらえなくて癇癪をおこした子供のように喚き散らしての、とどまることを知らない土下座要求。

「わかった……ぐ……」

 動かない身体を必死に動かして、勇者アルドリッジは正座をして両手をつき、のろのろとではあるが頭を床にこすりつけて土下座をした。

「どうか助けてください……お願いします」

 誰もが称賛してやまない勇者アルドリッジが、アンジュの目の前で必死に助けを求めて俺に土下座をしているのだ。

 その惨めな姿を、俺は恍惚と高揚感と満足感に包まれながら見下ろしていて――、

 パンッ!

 突然、甲高い音が鳴り響いた。

「いってぇ……!?」

 な、何が起こったんだ!?

 顔をしかめてジンジンと痛む左頬を抑える。
 口の中が切れていて血の味がしはじめる。

 そしてそこで俺はやっと、アイセルが俺の頬を平手でビンタしたのだと理解した。

 しかし理解した瞬間、今度はアイセルへの怒りがふつふつと沸き起こってくる。

「なにしやがる……っ!」

 今の俺はどうしようもなくイライラしていて、だからアイセルに当たり散らすことだって何の躊躇(ちゅうちょ)も迷いもありはしなかった。

「これはお前には関係ないことだと! だから口を出すなと言ったはずだ! お前まで俺をバカにして、俺の言うことなんて聞けないってそう言うのか!」

 俺は怒りの矛先をアイセルに向けると、激情を言葉にして浴びせかけた。
 すると――、

「はい! だから口を出すなと言われたので、断腸の思いで仕方なく手を出しました!」

「………………はい?」

 アイセルの予想外で斜め上過ぎる返答に、俺はきっかり10秒ほど考えこんでから、思わず我に返って聞き返してしまっていた。

「本当はこんなことやりたくなかったんです。ケースケ様を傷つけるなんて、絶対に嫌ですから」

「う、うん……?」

「ですがケースケ様の目を覚ますためであれば! わたしは自分の心を殺してでも、例えケースケ様に嫌われようとも! それでもわたしは手を出そうと思ったんです!」

「お、おう……?」

 つまりいわゆる一つのトンチってやつ?
 『このはし渡るべからず』『じゃあ真ん中渡ればいいんでしょ?』みたいな?

「そういうわけですので、もう一発いきますね」

 アイセルが今度は左手を振りかぶった。

「ちょ、ちょっと待てアイセル――へぶっ!?」

 抵抗も空しく、アイセルの左手が俺の右頬を容赦なくとらえる。

 パシンと再び乾いた音が鳴った。

 割と強めに両頬を叩かれて俺はもう完全に涙目だった。
 バッファーのヘボさを舐めんなよ?

「ケースケ様、わたしは怒っているんです」
 アイセルが端的に言った。

「アイセルには関係ないって言っただろ……」

 アイセルのトンチ&ダブルビンタで少し冷静になっていた俺は、だけどそれでもそう答えたんだけど、

「いいえ関係あります。わたしたちはパーティの仲間であり、今はパーティで行動している最中なんですから、関係ないはずがないじゃないですか」

「ぐぬっ……」

 返ってきたのはどうしようもないほどのド正論で。

 そして少しだけ冷静になれていた今の俺は、そのド正論に対してさっきみたいにすごんで返すような、そんな子供じみた真似はもうできないのだった。