『憤怒』のインファ。 その背後を取ったのは――――
『色欲』のメリスだった。
「お前は『色欲』の魔導書使いか。減退した力が少し戻って調子に乗ったのか?」
「そうね。調子に乗って――――勝たせてもらうわ!」
メリスの体を青い炎が包む。 それは、ただの攻撃魔法ではない。
相手を操作する魔法――――当たれば、それで勝敗が決する。
だが――――
「放ってみるがいい。俺には無意味だ」
「何を――――強がりを言って!」
メリスは魔法を放つ――――『蒼き炎』
しかし、「無意味と言ったはずだ」とインファは、こともあろうに素手でメリスの魔法を掴んだ。
「なっ! 魔法を――――掴んだ!」
「なんだ、知らないのか? お前ら操作系は同じ魔導書使いには効果がない。加えて、お前よりも強い魔法で防御すれば――――」
余裕を見せるインファだった。 しかし、最後まで喋らせないと攻撃の影――――それはメイヴだった。
「斬っ!」と剣を振るう。 インファは武器である鎌で受けた。
しかし、その表情に余裕は消えていた。
「ぬっ! 自力で魔導書使いの戦いに乱入するか!」
対するメイヴは、どこか拍子抜けしたように、
「こんなものですか……魔導書使いの力量は?」
「おのれ! 自惚れを――――なっ!」と驚きで止まるインファ。
メイヴは魔法剣士。 役割としては前衛となる事が多い。
では、後衛は?
彼女の影から飛びだしてきたのは、ユウトだ。
詠唱の準備も万全の状態。 インファの目前で――――
「詠唱 我が手に宿る炎の力よ 今こそ力を見せて焼き払え――――『炎剣』」
赤い炎がインファに直撃した。
ユウトの一撃――――受けたインファの体が衝撃で吹き飛ぶ。
「手ごたえは、十分なはずなんだが……」
それでも油断はできない。 それほどまでに、インファの力量は――――
「いや、インファの圧力が増している。 アイツ……力を押さえていたのか?」
「見事だ」と立ち上がるインファ。 その体は轟々と炎に包まれている。
なぜ、周囲の空気も燃えているはずなのに声が聞こえてくるのか?
そんな疑問もでないほどに、インファは圧力を放つ。
「では、そろそろ本気を――――いや、それは大人気ないか。では少しだけ、力を。力の片鱗を見せてやろう」
その手には魔導書。 なぜ、火が燃え移らないのか?
彼の宣言通り、輝きと共に魔力が灯る。
膨大な魔力。インファの全身を包み込み、彼の存在そのものを書き換えていく。
「これは――――変身?」とユウト。
確かに変身だ。 しかし、先ほどセリアが人間からハーピーの姿に変化した変身とは違う。
まるで物が違っている。その姿――――
モンド王が軍の撤退を決めた『憤怒』の力。 巨大な影の正体。
それは――――ドラゴンだった。
この幻想世界において最強の生物――――幻想種。
『憤怒』のインファ
彼が言う、その全力とは―――― ドラゴンの力を再現して全てを破壊する事だった。
「行くぞ、ここからが俺の、『憤怒』のインファが見せる本気の欠片だ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
3人は見上げる。 なぜなら、そこにドラゴンがいるからだ。
メイヴはドラゴンと戦った経験はある。
ユウトだって、A級冒険者だ。実は戦った経験がある。
メリスは……ないかもしれない。
しかし、彼等は本能で察する。
(これは違う。 これは自分の知るドラゴンと同一存在であって――――まるで別物だ)
最強の幻想種 ドラゴン。
その戦闘力の高さを熟知するメイヴもユウトも、目前の存在――――ドラゴンに変身したインファの強さ。
それは、通常のドラゴン以上の戦闘能力を有していると理解した。
「逃げるぞ」とユウトは呟く。
頷く2人だったが――――
「そう簡単に逃がすものか。啖呵を切った俺が恥ずかしいだろ?」
ドラゴンの巨体が、脱出の通路を塞ぐように素早く動いた。
「速い! あの巨体で!」
インファはユウトを踏み潰すように足を上げる。 その動作ですら速い。
回避も防御も不可能な速度で振り落とされた。
「ユウト!」とメイヴは叫ぶ。 しかし――――
「いや、大丈夫だ!」と踏み潰されたと思われていたユウト。
彼は――――
『炎壁』
防御魔法で耐えきっていた。
巨大化しても熱さは感じるのだろう。 ドラゴンの顔でありながら、インファからは顔を顰めるような苦痛が見て取れる。
それをチャンスと思ったユウトの反撃。
反撃のために―――― 『炎剣』」
彼は、炎の剣を放った。
『炎剣』
魔剣の斬撃。 ユウトは確かな手ごたえを感じた。
いくら巨大なドラゴンの肉体と言ってもダメージがないはずがない。
インファの視線がギロリとユウトに集中する。 だから――――今がチャンスだ。
インファは、闘技場の出入口を塞ぐようになっている。だから、当然――――
その左右には壁がある。
「メイヴ頼んだぞ!」
すでに彼女は壁を駆け上がっている。 それもインファの頭部よりも高い位置。
ならば狙いは――――
「もちろん、ドラゴンの弱点として定番の逆鱗。貫かせてもらいますよ!」
彼女は頭から落下しながら、インファの喉を、ドラゴンの逆鱗を狙う。
何度となく成し得てきた龍殺し。 気配を隠して、奇襲のようにドラゴンへ対しての攻撃。
もはや手慣れていると言っても過言ではない。
だからだろうか? 彼女は失念していた。
敵はドラゴンであって、ドラゴンでない存在。
『憤怒』のインファ……であることを――――
「破っ!」と刺突をはなったメイヴ。その一撃は防御された。
「なっ! ドラゴンが防御ですか!」と驚く彼女。
巨大な生物であるドラゴン。その鱗は鋼鉄の鎧に等しい。
だから、ドラゴンが人間のように素早く喉元をガードする動きをするのは、想定外だった。
「侮ったか? 見た目はドラゴンでも、中身は人間なんだぜ?」
空中で自由落下しているメイヴ。 動きが封じられた彼女にインファは拳を走らせた。
それがドラゴンの姿でありながら、人間の格闘技である拳闘を連想させる――――いや、そのままであった。
人間が変身したドラゴン。 ならば、人間の格闘術が使えても奇妙な事はない。
巨大な拳で全身を打たれた彼女は地上に――――
「メリス! メイヴを頼む!」
「――――っ!わかっているわよ!」
ユウトの声よりも早く、彼女の落下地点を予想していたメリス。
地面に叩きつけられる定めだったメイヴ。それを自ら肉体で防いだ。
『憤怒』のインファは、ユウトと対峙する。
「こうなると1対1だ。決着を付けようか? 『暴食』と『憤怒』の戦いの!」
彼は顎を開く。 ドラゴンになった彼の巨大な、巨大な顎だ。
そこには大量の魔素が取り込まれている。 だから、彼が次に放つ攻撃が分かる。
それは息吹だ。 それは、ドラゴンが行う攻撃の代名詞。
(ただ、炎を放つだけではない。空間そのものを燃やし尽くすような一撃。その威力は防御魔法ですら意味がない。なら、選択肢は2つ!)
避けるか? それとも――――妨害か?
「放たれるよりも速く攻撃を放つ!―――― 『炎剣』」
攻撃に徹するため、その喉は無防備になっている。 魔素が集中しているそこに炎を放ち、誘爆を狙う。
しかし、インファは顎を開いたまま、首を振ってユウトの魔法を避けた。
「それも予想していた――――詠唱 凍てつく極寒の風よ 静かに我の敵を閉ざせ――――冬嵐」
巨大な魔物を氷漬けにするユウトの氷結魔法。
先ほどの『炎剣』とは違い攻撃範囲が広い。だから、避けられない。
直撃したインファの頭部は凍り付いていく。
「――――やったのか?」
自分でも信じれない成果。しかし、やはり――――
インファを止めれたのは僅かな時間のみ。すぐさま氷にひびが走り、砕け散った。
「強い――――やはり、切り札を使うしかないのか」
ユウトは覚悟を決めた。 インファに向けて走り出す。
その姿を向けられるインファは――――
「死を前にして、捨て身の一撃か。 そうやって朽ちて行った者を何度見てきた事か」
どこか冷たい視線と冷たい言葉。 なぜか諦めに似た感情がユウトにまで伝わって来る。
そして、それは放たれた。
「ならば死ね――――『息吹』」
ドラゴンの『息吹』 それは村を、あるは町さえも一撃で焼き払い。
それが人間であるユウトに向かって放たれた。
だが、彼は――――
『大地の震え』
地面を変動させた。
その行為にインファは――――
(愚かな)
それだけ感じた。
地面の壁。それだけでドラゴンの一撃は防げない。
当たり前だ。
時には堅城の壁を破壊する攻撃。1人の魔法使いが使う防御魔法で防げるはずもない。
ただ、防壁ごと焼き払われ死ぬだけ――――しかし、そうはならなかった。
ユウトが使った『大地の震え』
防御のために使用したのではない。 自分の足元に高速で発動させて、自ら肉体を弾丸のように打ち上げたのだ。
だから―――― ユウトは、ドラゴンの息吹を避けると同時に――――
その目前にまで インファの目前にまで
飛んでいた。 彼の切り札――――その両手には魔石が仕込まれている手袋。
インファの顔面に接触した彼は、爆破の呪文を唱えた。
『直線爆破』
それはユウトの自爆魔法
『直線爆破』
両手の手甲に仕込まれた魔石。
それが杖の代わりとなり、強烈な魔法の執行を可能とする。
それをユウトは最後の一手として使用した。ドラゴン相手に自爆技の魔法を繰り出したのだ。
全身に魔力を集め、その力を解放する瞬間、爆発の閃光が戦場を包み込んだ。
激しい痛みが遅れて襲い掛かって来る。
「ぐっあっあああ」と痛みを飲み込むユウト。
両手に火傷と激しい裂傷。しかし、その成果は――――
「やったか?」とユウトは一瞬の勝利を確信し、その瞳に希望の光が宿った。
しかし、爆発が収まり、煙が晴れる。
「立っている。それも無傷――――だと!?」
ドラゴンはなおも立ち上がっていた。その巨大な体躯は無傷のままで、鱗には一切の傷跡が見当たらない。
心は絶望に包まれた。彼が最後の力を使い果たしたにも関わらず、ドラゴンはまったく傷ついていなかったのだ。
「――――っ回復薬を!」
傷ついた腕で回復薬を取り出して飲み干すユウト。
すぐさま、腕の再生が始まるが――――「回復が間に合わないか!」
ユウトは、『憤怒のインファ』を見上げる。
明らかにダメージはない。しかし、様子はおかしい。
ドラゴンに変身しているインファの体は輝く。 それから、みるみるうちに縮んでいき、人間の姿に戻った。
「――――なんのつもりだ?」とユウト。
「惜しいと思った。ここでお前たちを殺すのは」
「何を……言っている?」
「もっと強くなれ。もっと楽しませろ」
インファは背中を見せた。
油断……ではない。襲って来るなら、来いと言わんばかりの立ち振る舞い。
まるで、この瞬間でも危険を楽しんでいるかのように――――彼はユウトたちから去って行った。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「なんだったんだ、アイツ?」と残されたユウトたち。
死を意識してからの解放。
脅威が遠ざかったことで、死を前にしていた事を強く自覚する。
「なんだったのでしょうか、あの人?」と言って顔を出したのは半人半鳥のセリアだった。
「今まで、どこに隠れていたんだ?」
「ここは私の家みたいなものなので、隠し部屋くらいありますよ」
「隠しダンジョンの最奥に隠し部屋って必要なのか?」
「現に必要だったじゃありませんか!」
「う~ん、確かに」
「ところで皆さんに相談がありまして」
「?」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
「おぉ! ここが人間の町ですかぁ! 美味しそうな食べ物が売ってますね!」
半人半鳥は人間の姿になってユウトたちについてきた。
「ちょっと、アレを連れてきて良かったの? あぁ見えても使徒でしょ、彼女
?」とメリス。
「そうは言っても、町まで案内してほしいって言いだしたのは彼女の方だからな」
「……彼女、魔物に部類すると思うのですが、町で良くない事を企んでいるのではないでしょうか?」
メイヴの言葉に、ユウトとメイルは――――
「……」
「……」
2人で無言になった。
「え? どうかしましたか?」とメイヴの疑問に、
「いや、それはない」 「それはないでしょ」
同時に声を揃えた。
「どう見ても、彼女は町を楽しんでいるみたいだし――――絶対、何も考えてないわよ」
「で、でも、確認することは大切です。私たちの安易な憶測で町に危険を呼び寄せてはなりません」
「ん? じゃ、直接聞いてくる」とユウトは、セリアを呼び寄せた。
「お前、なんで人間の町に来たかったんだ? いや、たまに他の使徒も町で見かけるけど……」
「え? 他の人も来てるんですか?」と意外そうなセリア。 彼女は少し、考えて――――
「だって、あんなドラゴンに変身して暴れる人が家にやってきたのですよ? しばらくは安全そうな場所に避難するのが当たり前だと思うのですが……」
「……たしかに」とユウトは納得した。
「そういうわけで、しばらくは町に住もうと思っています。お金は溜めているので大丈夫だと思いますが……このくらいあれば足りますかね?」
セリアがユウトに見せた袋。 中には金貨が詰まっていた。
「しばらく……と言うよりも一生遊んで暮らせそうな額だぞ。それ……」
「え? そうなんですか?」
「うん、スリとサギには注意しておけよ」とユウトは付け加えた。
それは矛盾した空間だった。
暗闇に包まれていながらも、眩しく。狭いようで異常に広い。
あり得ない空間に、椅子が1つ。いつの間に、男が座っていた。
男は神であった。 この戦争――――魔導書戦争を支配する神。
たった1人の王を生み出すための舞台装置。 それにしては過剰な力を世界にばら撒いている。
そんな神だが――――楽しんでいる。
「撤退したのは、『嫉妬』のみ。かつての勝者 モンド王も含んて――――残り7人」
神は笑みを見せながら――――「つまらん」と断じる。
言葉とは裏腹に楽しそうに――――
「ここで大規模な戦いを推進させようか」
神はサイコロを振った。
出た目。それによって討伐を出そうとしているのだ。
例えば――――『憤怒』
国を滅ぼしかねない強い力を持ちすぎた。
例えば――――『暴食』と『色欲』
同盟を組み、戦争の進行を遅らせた。
例えば―――― 『傲慢』
モンド王の庇護下につき、戦争を荒そうとしている。
例えば――――『強欲』
今も隠れたまま、姿を見せぬ。戦争を放棄している。
例えば――――
誰か1人に対して、他の者をさす向ける。ルール違反をでっち上げる。
「誰でも良い。なんでも良い。楽しめれば良い。さて――――誰を討伐対象にして情報を差し出す」
転がったサイコロが出たのは――――
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
ユウトとメリスは山に来ていた。
「うん、ここね」とメリスは目前の崖を見上げると、ノミとハンマーを使って崖から石を削り取った。
「毎回、こんな事をしているんだ、おまえ?」とユウトは呆れ気味だった。
「なによ? 私からしてみたら、魔導書の能力を強化するために食事をするあなたが異常なのよ」
彼女は削り取った石を2つに割る。
石の正体は魔石だった。 その魔石から、彼女に魔力が流れて行った。
ユウトは、魔導書によって自身を強化するのにどうやっているのか?
魔導書に示された隠しダンジョン。 そこの使徒を倒して更新された魔導書の内容に従って、作った料理を食する。
メリスの場合は、魔石の発掘と回収だった。 彼女の元々の住み家が、山の中――――岩を削って作られていたのは、それが理由だった。
「さて、これで私も強くなったわ。あのレインに力を奪われる以前には程遠いけれでも……」
彼女は「見てなさい、『怠惰』のレイン。必ず私が……ふっふふふ……」と笑っている。 復讐を遂げる自分を想像しているのだろう。
「終わったか? 終わったなら食事にしよう。頃合いだろ?」
そういうユウトの手には釣り竿と釣り上げられたばかりの魚が握られていた。
「呆れるわね。あなたは、メイヴ姉さんの代わりに私の護衛としてついて来たのでしょ? 私が発掘している間に釣りを楽しんでいたのね」
彼女はため息をつく。しかし、思い直したようだ。
「まぁ良いわ。食事をすること……それが、あなた『暴食』の秘密でしょ?」
「いや、単純に暇だったから」
「……あなたね」
そんなやり取りをしているが、ベルトは慣れた手つきで火をおこし、焼き魚を作り始めた。
「雑ね……私が想像する『暴食』って、荒々しく食べるタイプか、豪華な食事を求めるタイプだったけど」
「まぁ、そう言うわずに味見をしてみろよ」
「ふん、でも美味しそうね……って、これ火が通ってないわよ」
「そうか、もう少し長く焼くか」
「……私に試さしたのね」
「待て、味見って言ったじゃないか。その物騒な物をしまえ!」
そんな時だ。 彼女たちの魔導書が輝き始めた。
2人ともページをめくる。そこに書かれていたのは――――
「討伐指令? 対象は――――『強欲』だって?」
討伐指令――――『強欲』
魔導書に刻まれた文字。 しかし、それ以上の詳細は不明。
「これは一体……どういうことだ?」と困惑するユウトとメリスだったが、
唐突に2つの人影が飛び込んできた。思わず武器を構えるユウトたちだったが、その人影の正体は知り合いだった。
「話は聞かせてもらったわよ、詳細はこれに書かれている」
「シルキアとニクシアか。どうしてここが?」
もしかして、魔導書で居場所がバレているのか? そんな考えが頭に過ぎる。
「討伐指令ね。詳細はここに書いているわ」とシルキア。
「手紙? 手渡しなのか…… 魔導書に文字を表示させられるなら、もっと、こう……」
「効率を求めるのは魔法使い癖よ」
それだけを言い残して、シルキアとニクシアは慌ただしく去って行った。
「なんだったんだ? あの2人は……」
「いつも通りじゃない? とにかく、それを開いてみてよね」
メリスの言う通り、渡された手紙を開いた。
しかし、そこに書かれていたのは場所を示す地図。 それから日時だけだった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
手紙に書かれた日時にユウトたち――――ユウト、メリス、メイヴの3人は地図に書かれた場所に到着した。
「廃墟になった教会……使徒たちが指定した場所としては相応しいですね」
メイヴは観察するように教会を睨みつける。
「罠はないようですね。既に中に入ってる者も入れば、離れてコチラを観察してる者もいますね」
上位冒険者ともなれば、隠れている人の気配がわかるのだろう。
探知魔法を使うユウトにしてみたら、便利そうで複雑だった。
「それで私たちは、どうするの? 招待状を持って中に入る? それとも外で様子を見守るの?」
「その質問だと、まるで俺が頭目みたいだが、俺が決めて良いのか、メリス?」
「何を今さら言ってるの? ずっと頭目みたいな感じだったじゃないの」
「そう……だったかな? それじゃ」とユウトは考えだした。
この手紙、そのものが罠の可能性はない。 魔導書に直接刻まれた文字。その直後に直接現れた使徒たち。
(罠の可能性を排除できると思えば、あながち使徒たちが現れて手紙で伝えるってのも、馬鹿にできないな)
「うん、俺たちは中に入ろう」と決断する。
中に入れば、外にいる勢力から建物ごと攻撃を受ける可能性もある。
しかし、この手紙が本物である。ならば、教会への攻撃は魔導書大戦を取り仕切る使徒たち――――それどころか神に対して反逆になるだろう。
薄暗い教会内部。 崩れた天井の隙間から木漏れ日のように光が差している。
神秘的な光景。 そこで待ち構えている人物は、きっと使徒なのだろう。
神の意思を伝えるための使徒。
「お待ちしていました」と一礼する彼女の背中には白い羽が生えていた。
神の使徒と言うならば、彼女以上に相応しい人材はいないかも知れない。
彼女は天使だった。 決して、比喩ではない。それを証明するかのように白い翼が生えていた。
「初めまして、『暴食』の魔導書使いさま。それに、『色欲』の魔導書使いさま」
彼女は深々と頭を下げて、自己紹介を始めた。
「私の名前はゼロス。恐れ多くも神の意思を伝える代理人として指名された使徒でございます」
立ち振る舞いですら神秘的な彼女、ゼロス。
そんな彼女を見たユウトとメリスは、雰囲気に呑まれたようだ。
呆気に取られたように反応が遅れる。
「……いかがされましたか?」とゼロスの言葉にようやく2人は正気を取り戻した。
「えっと……それで『強欲』の討伐指令ってのは?」
「申し訳ありません。その具体的内容は、参加者全員がそろってからの情報公開を厳命されています」
「そうですか。えっと、俺たち以外の魔導書使いは――――まだ?」
「いいえ、先に1人。あちらに――――『怠惰』の魔導書使いさまが到着されています」
ゼロスが彼女のいる場所を指すよりも速く、ユウトは駆け出していた。
「レイン! おまえ――――よくも!」
「あら、ユウト! 久しぶり――――って! いきなり何をするつもりよ!」
既に杖をレインに向けているユウト。 彼は杖先に魔力を込めて――――
『炎剣』
炎の魔剣がレインに向けて放たれた。手加減は――――なしだ。
全力の一撃がレインに直撃する寸前だ。 彼女の目前に飛び込んだ人影が華麗に剣を振るい、ユウトの魔法を切り裂いた。
「――――」と無言で剣を振るった男。その表情には意思を思えるものが抜け落ちていた。
「ミカエル。やはり、今も意識がないまま操られているのか」
「ちょっと、今回の敵は私じゃなくて『強欲』って人でしょ? なんで攻撃してきたの? あっ、もしかして私たちが先に到着していたから『強欲』と勘違いしたの?」
「――――」とユウトは怒りが沸き立つ反面、戦闘意欲というものが失せていく。
彼女、レイン・アーチャーは、意欲が枯渇するように話す。
意図してではない。自然と――――そもそも自分の何が悪いのか? 本気でわかっていない。
そういう異常性が戦闘を回避して見せたのだ。
「――――ッ(かつて仲間だった頃のレインは、違っていた。 魔導書が彼女の人格に影響を与えているのか? それとも、何年も俺たちを欺いて生きてきたのか?)」
ジロリとユウトはレインを睨み続ける。 もしも、彼女が続けて妙な事を口走れば――――
しかし、そうはならなかった。
「『怠惰』さまの言う通りです。今回は『強欲』の討伐のために強力を要請させていただくためにお呼びしました。少なくとも、この教会内での死闘は禁止させていただきます」
神の使徒であるゼロスが仲裁を行う。
「あぁ、わかっている」とユウトは杖を納めた。
(今まで、いろいろな使徒とも戦ってきたけれでも――――ゼロス。彼女は、別格のような強さを感じる。このまま戦えば、俺1人くらいなら簡単に葬り去ってもおかしくないほどの強者)
「それも――――面白いな」とユウトは己の考えが口に出ていた事に驚いた。
強者と戦う事を『面白い』と言う感覚。 かつてのユウトにはなかった感覚だった。
(やはり、魔導書が持ち主に影響を――――)
そんな事を考えている時だった。 朽ちかけていた門が開き、人が入って来る。
その人物は――――
「なんだ? 喧嘩か……喧嘩は俺がいる時にやれ」
彼は『憤怒』のインファ
魔導書使いの中で単純な戦闘力ならば『最強』とも言える人物だった。
インファ。 魔導書は『憤怒』
個人的な戦闘能力は最強。 それこそ、過去にも行われていた事が明らかになった魔導書戦争にもいて、歴代最強の魔導書使いと言える戦力が有している。
そんな彼が、この場に現れるのは意外だった。
徒党を組んで1人の魔導書使いを倒す。彼の美学に反することではないだろうか?
「お待ちしておりました。私は、ゼロスと申します」
ユウトたちへの対応と同じく、天使の彼女はインファにも同じように説明を始める。
しかし――――
「説明はいらない。ここには魔導書使いが集まるって聞いた……じゃ、ここで決着をつけてしまえばいいだろ?」
「――――」と全員に緊張が走る。 彼は『強欲』の討伐に参加したつもりはない。
むしろ、『強欲』討伐参加者として全員が集まった時、全員を相手に戦うつもりできたのだ。
「脱落者は――――『嫉妬』のグリムロック。 今いるのは、『暴食』『色欲』『怠惰』の三人。 それに意図的に距離を取っているのは……『傲慢』か。俺と『強欲』を合わせて6人。例外を除いたら、全員集合……良いのか? 俺を殺すには最大のチャンスだぞ」
(どうする? 本当に戦うのか? それとも、この戦闘を回避するために――――)
「なんだい? 本気で戦うつもりなのは『暴食』くらいか?」
興が醒めたようにインファは、腰を床に降ろした。
「それで? どうして『強欲』を相手に全員を集めた? 興味があったら、奴と戦ってやってもいいぞ」
急に態度が変わり、ゼロスの言葉に耳を傾け始めた。
「――――そ、それでは僭越ながら、説明をさせていただきます。現在、討伐対象『強欲』は――――」
彼女の説明。その後に続く言葉に、ユウトたちは理解が遅れた。
「『強欲』は、この場に隠れています」
少ない人数でありながら、ざわつく。
「戦争を遅延行為による妨害が――――――」
「いや、待ってくれ」とユウトは彼女を止めた。
「はい、いかがされましたか?」
「今、ここにいると――――その、『強欲』が?」
「はい、その通りですよ」
その直後、彼女は足で床を踏み抜いた。 なぜ、そのような行為を?
答えはすぐにわかった。 床に、正確には床下。空間が広がっていた。
「ここは『強欲』の隠れ場であると我々は突き止めました。この地下に隠れている『強欲』を仕留めてください」
驚きよりも――――
(天使だから、教会を選んだわけじゃないのか)
そんな感想が過るユウトだった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「それじゃ、俺から行く」と立候補したのはユウトだった。
この中で冒険者という立場。 加えて探知魔法の使い手。
魔法使いでありながら斥候もできるユウトだ。
自称、孤高特化型魔法使いの面目躍如――――もっとも、この場にいる全員が協力して『強欲』討伐するはずもない。
(きっと、それぞれがバラバラに行動することになるだろう)
そんな事を考えながら、床に隠された通路に向かって飛び降りた。
しかし、地面に着地と同時に彼は異変を感じ取った。
(なんだ、この感覚は? 探知魔法には反応……なし。だが……)
だが、彼は自身の感覚を信じた。
弾かれたように飛び上がり、入ってきた穴から脱出した。
「――――え?」とユウトの行動に意味が分からず、呆けるそれぞれ。
しかし、彼は確認するように言った。
「俺が、下に飛び降りて、どのくらい時間が経過した?」
「俺が、下に飛び降りて、どのくらい時間が経過した?」
真剣な表情のユウト。
「えっと、一瞬だけ。飛び降りと思ったら、次の瞬間に戻ってきたようですが?」
そう答えたメイヴは続けて、様子のおかしいユウトに問う。
「一体何があったのですか?」
「ちょっと見てな」とユウトは床の穴に対して、体の一部だけ入れる。
具体的には頭だけ、上半身だけ逆さになり、落ちないように足を引っかけている。
それから――――『炎剣』
魔法を放った。
他の面子も、興味深く様子をうかがっている。すると――――
宙を走る炎の魔法。それが、急加速を始めて、肉眼で捉えれない速度になったかと思うと――――突き当りの壁にぶつかる音が聞こえた。
「わかったか? この通路は、時間が加速している」
ユウトの言葉に、メリスも反応する。
「時間が加速している……時間操作系の魔法? 膨大な魔力が必要だけど……」
「いや、待ちなさい。つまり――――どういう事?」とレインは口をはさんできた。
「よくあるだろ? 奇妙な場所に潜り込んだ冒険者が、何日も彷徨って救出されたら、数年も経過していたって話」
「……よくある怪談話ね。え? 嘘話じゃなくて、実際にあるの?」
「魔法的には、可能かな? 魔導書の力を使って意図的に作ったのだろうな」
「よくわからないわ。時間の進みがおかしい通路を作って何の意味があるの?」
「おそらくだが――――」とユウトは少し考えた。
「防衛のためだな。ここを攻め込んで、『強欲』を倒そうとするだけで、数年も経過するとしたら?」
「下手をしたら『強欲』を倒してる間に戦争が終わっているかもしれないわね」
レインは納得したようだ。
「でも、問題はそれだけじゃないと思いますよ」とメリス。
「時間操作を使用して、おそらく地下の中心にいる『強欲』は、何か魔素を集めている。巨大な儀式魔法を使おうしている可能性はあるわ」
「なるほど」とユウトは考える。
このまま、強引に『強欲』を倒すために地下を進むと、討伐に成功しても、魔法によって数年が無駄に経過してしまう。
(何か、正攻法以外に攻略法を考えないと――――)
「なら、簡単だろ?」
そう言ったのはインファだった。 彼は、こう続ける。
「時間の経過なぞ、歯牙にもかけない種族の者が2人いるだろ?」
「――――おまえ」とユウトは気づく。
インファが言っている事は、メイヴとメリスの事だ。
長寿のエルフなら、何年も彷徨っても大した事ではない。そう言っているのだ。
「怒っているのか? だが、現実的にはどうする? どうやって攻略する?」
「――――」とユウトは答える事ができなかった。
しかし、当事者であるメイヴとメリスの表情は変わらない。
――――いや、何かを探っているように見える。
彼女たちは、魔力と風の流れを読むことに長けている種族。もしかしたら、攻略法を見つけ出しているのかもしれない。
やがて、彼女たちは――――
「わかりました。魔導書の力を使えば、一時的に時間操作の魔法を無効化することをできるかもしれません」
彼女の提案。 ユウトやインファの自身を強化する魔導書使いに対して、操作系魔導書使いが、時間操作系の魔法攻撃を防御するように支援。
そうする事で短時間であるが、時間操作系の攻撃を無効化できる――――はず。
「最大の問題は、本来なら敵同士の相手を信頼できるか……って所ね」とメリスは、そうに言った。
再びユウトは、地下路に飛び込んだ。
『強欲』に接近するほど時間操作の魔法がユウトを襲う。
しかし――――
「なるほど、これなら問題はなさそうだ」
ユウトの魔法――――魔導書の効果は肉体強化。
(意識を集中させると確かにわかる。俺の肉体に干渉しようする魔法、時間操作の効果)
地上に残ったメリスからの支援魔法を受けて、彼の肉体強化の効果を上げている。同じ操作系であるレインも(嫌々ながら)支援の協力をしている。
インファンは不参加。 彼は壁の寄りかかり、瞳を閉じている。
休んでいるようにも、力を温存しているように見える。
きっと、ユウトが作戦に失敗すると同時に、周辺ごと『強欲』に攻撃を開始するつもりなのだろう。
この作戦に時間制限はある。
インファンが痺れを切らしたタイミング……それもあるが、ユウトの肉体強化も効果が無限ではない。
いずれ、時間操作の効果が貫通してくるだろう。
(それよりも早く『強欲』の元に駆け抜ける)
その思い通り、ユウトは自身を加速される。しかし――――
「やっぱり、防御システムは時間操作の通路だけじゃないのか」
目前に見えた人影。それはゴーレムだった。
「通常の魔物なら時間経過に耐えれないからな。自然にガーディアンはゴーレムになるわけか」
ユウトは足を止めて杖を構える。 ゴーレムという魔物は強い。
無機物……岩などでできた体。指一本の重さだけでも持ちあげれる人間は少ない。
つまり、拳の重さで人を潰せる攻撃力。
さらに岩の肉体は堅固。だからこそ、ゴーレムの弱点――――どこかに刻まれた魔法の命令を破壊しなければ動き続ける。
無敵の魔物とされていた。
もっとも――――
おっと、ゴーレムの拳が振るわれた。それをユウトは避けると同時に魔法の反撃。
『炎剣』
忘れていけない。彼は孤高特化型魔法使いなのだ。
攻撃を防御あるいは回避して、カウンターには強烈な魔法を放つ。
対ゴーレム戦闘に彼のスタイルは相性がよい。
「よし、撃破」とあっさり、ゴーレムを倒して先に進もうとする。
しかし、異変を感じた。
「俺の体を覆っている強化系魔法に変化が……いや、周辺の時間を巻き戻して………」
それ以上、ユウトは言えなかった。
時間が巻き戻ったのは撃破されたゴーレム。完全復活した体で攻撃を再開してきた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「火力でごり押しても、時間操作で復活するゴーレムか……それじゃ、基本に戻るか」
ユウトは攻撃を掻い潜りながら、移動する。
狙いはゴーレムの弱点。どこかに刻まれた魔法の文字。
ゴーレムを作った者は、それを巧妙に隠しているつもりなのだろうが、どうしても見える正面より背中に隠したがる。
背中の見えにくい場所……首筋の隙間。あるいは内股のような股座部分。
(性格の悪い奴は、足裏や手のひらに隠してたりもするが……今回は性格が良いパターンだったな)
今回は首の隙間。ゴーレムが首を上下する事で僅かに見える魔法文字。
そこを狙ってゴーレムの体を駆け登ったユウトは――――
『炎剣』
今度は炎の魔剣と化したそれを降るって、魔法文字を削り取った。
「やったか!?」
今度は勝利を確信したユウトだったが……
「こ、これでもダメか。まだ再生を始めてる」
ゴーレムは再生を開始する。
「もう面倒になってきたな」とユウトはゴーレムが再起動するよりも早く詠唱を始めた。
「詠唱 凍てつく極寒の風よ 静かに我の敵を閉ざせ――――冬嵐」