その日、ユウトは1人で町を歩いていた。
彼にしては、珍しく重苦しい足取りであり「はぁ~」なんて、ため息をついている。
「気が重いなぁ……」
そんな様子を見かけたのだろう。
「どうしましたか?」と声をかけられた。
声の主はメイヴだった。彼女は、たまたまユウトを見かけたらしい。
「あぁメイヴか。気づかなかったよ。ちょっと、前の仲間に呼び出されてね」
その言葉で彼女も、いろいろと察した。
ユウト・フィッシャーは追放者である。
A級冒険者であるミカエル・シャドウを中心とした仲間たちから追放を命じられた。
しかし、現在は、ミカエルは引退して町を去った。
他のメンバーでも、レイン・アーチャーは消息不明。どうやら、ミカエルを追いかけて行った……そんな噂だ。
そのされた2人……いや、新人の大魔導士オリビアを入れれば3人か?
『剣聖』 ケイデン・ライト
『大神官』 エリザ・ホワイト
頭目のミカエルと彼等との間にどのような話合いが行われたのかユウトは知らない。
しかし、不満は残っているのだろう。 彼等の生活基盤がひっくり変える出来事だ。
「――――もし、良ければ私も御一緒しましょうか?」とメイヴは提案してくれた。
「そんなに不安そうな顔してるかい? 大丈夫だよ、今さら戻ってこいなんて言わないだろうし……嫌な提案とかしてこない……と思う」
「本当の本当に大丈夫ですか? もしも、何かあったら言ってください。私も後ろ盾として動けるようにします」
「そんな大げさな」とユウトは笑ったが、メイヴには、不安がぬぐえなかった。
彼女と別れたユウトは、集合場所に到着した。
「せめて、呼び出された場所が通い慣れた所なのは、精神的に楽になるぜ。ほんの少しだけだが……」
集合場所はユウトが常連として食事をする店。 冒険者ギルドの向いの食堂だ。
店に入ると、すぐにケイデンの姿はあった。 オリビアもいる。しかし――――
「久しぶりだな。 エリザはいないのか?」
「……」と相変わらず、ケイデンは喋らない。
「彼女は呼んでいない? それじゃ……なんで、この3人なんだ?」
ユウトの疑問ももっともだろう。 旧ミカエル勢力の今後の話なら、エリザを呼んでいないのはおかしい。なら――――
「魔法関連か? ケイデンが個人的に魔法関係の依頼をしたい。しかし、個人的な依頼のために冒険者ギルド使えない?」
「……」とケイデンは頷いた。
その横で――――「あの……」とオリビアが遠慮気味に声を出した。
「ん? どうかしたのか?」
「どうして、ケイデンさんは、声を出さないのでしょうか? それにユウトさんは、ケイデンさんの考えが、どうしてわかるのでしょうか?」
「あぁ」とユウトは彼女の質問に答えた。
「コイツは恥ずかしがり屋なんだ。 注目を浴びたり、気分が向上すると、勢いで声を発するけど、基本的には喋らない。 だから、表情を読んで意思疎通をした方がいい」
「表情で意思疎通……」とオリビアは意味が分からないと言いたくなった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「なるほど……依頼内容は人探しか」
「……」とケイデンは頷いた。
「町で財布を盗んでいる悪漢を捕まえた女性。彼女の手助けに悪漢を捕まえたが、何も言わずに立ち去ったのを悔やんでいる……と」
「……その通りだ」とケイデンが言葉を発した。
「あの時の俺は、スリを追いかける彼女の正義感に魅かれる物を感じた。何より彼女の華麗な技々は武人として驚くほどに華麗であった。
しかし、それを俺自身が理解するのが遅れた。せめて、あの時に名前を聞いておけば――――
正直に言おう。俺は彼女に魅力されている。だから、再び会い、礼と共に結婚を申し込もうと思っている。頼む、ユウト、オリビア……お前たちの魔法を使って彼女を見つけ出す事は出来ないだろうか!」
その迫力にオリビアは「ひぃ」と怯えてるようだった。
気分が向上したらケイデンは勢いで喋り出す。その意味は伝わっただろう。
しかし――――
「町中で、一度あっただけの女性を探し出す。難しい依頼だな……何か、特徴はないのか?」
「……」
「何? 流れるように長く美しい金髪とそれに見合う顔。何より……露出が多い衣服
?」
その特徴なら、簡単に見つかりそうだ。 ユウトはそう思った。
事実、すぐに見つかる事になる。
「ちょっと聞きたい事がある」とユウトは店主を呼び止めた。
「なんだ。今は忙しい時間帯だぞ」
「そう言うなよ」とユウトは店主に、紙幣を握らせた。
「……何が知りたい?」
店主は情報屋の副業をしていた。
元冒険者である店主の元には、町の情報が自然と集まっている……らしい。
「昨日、今日で町であったスリ行為。犯人を捕まえた女性の情報を知りたい」
「……町の北側。その女性が宿を取っている」
「ありがとう。やっぱり困った時には店主だな」
「おだてても、何も出さねぇぞ」と店主は仕事に戻って行った。
「さて、居場所はわかった。ケイデンも一緒に行くか?」
しかし、彼は「……」と首を横に振った。
「……まだ、心の準備ができてないってことか?」
ケイデンは勢いよく頷いた。
「それじゃ2人で行くか?」
「あっ、はい」とオリビアはユウトの後ろをついて歩き始めた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
「私たち、魔法使いであることを見込まれて、ケイデンさんは依頼を出したのに何だか複雑ですね」
「そうか? ケイデンにしてみたら、恋をした女性が見つかれば良いのあって、手段は気にしないと思うぞ」
「それは、そうですが……」とオリビアは、自身の言葉通り、複雑そうな表情だった。
「これは、冒険者としてのアドバイスだが、魔法使いは全てを魔法で解決しようとしたがる。でも、それに囚われちゃいけない」
「魔法に囚われていけない……」
「まぁ、ただの魔法使いである俺が《大魔導士》である君にアドバイスを送れる立場じゃないけどな」とユウトは自虐的に笑った。
「いえ、そんな事はありません! でも、どうしてですか?」
「ん?」
「ユウトさんなら、《魔法使い》から別の上位職業に移る事もできたのではないでしょうか?」
「ん~ どうだろうね」と彼は考えた。
上位職になるためには、その職業の者に弟子入りをする。
その実力を師に認められて、秘伝や奥義と言われる技術を学ぶ。
技術の伝授が終われば、冒険者ギルドによる正式な査定。
そうやって、上位職業として認められるのだが……
「結局、時間と金がなかったからなぁ……」とユウトは呟いた。
後衛職は危険が少ないからと言って、報酬の分け前を減らされた事があった。
その分、休まずダンジョン探索へ。 ミカエルたちが休日でも、ユウトだけは助っ人として、別パーティでダンジョンに向かう事も多かった。
「でも、今から大学《アカデミー》に入って《大魔導士》を目指してはいかがです?」
「今は金と時間ができたのは確かだが、今から大学か……」
ユウトは迷った。 長い時間、ダンジョンに挑んだ彼の戦い方は、本来の魔法使いの戦い方ではない。
さらに、魔法を使った接近戦の研究を独自で始めている。
彼が自称したがる《孤高特化型魔法使い》は上位職業の人々から見れば邪道の闘法になる。
「戦い方を矯正されるのは、ちょっとなぁ」とユウト。
それを理由に上位職業を断った。
「そうですか。残念ですね……《大魔導士》なら私でも推薦することができたのですけど」
「ん? 推薦って?」
「はい! 私は、冒険者として実地訓練を2年修めれば、大学《アカデミー》で教鞭を振るう事が決まっているので」
「そ、その歳で上位職業の指導側だったのか!」
ユウトは驚いた。 オリビアの年頃を考えれば、すぐに大学の長まで出世していくだろう。
ミカエルも、そんな子のスカウトに成功した時は、さぞ喜んだ事だろう。
(まぁ……そりゃ、大学の大幹部候補が来るなら、俺を追放するわな)
自虐的な苦笑をしながら、ユウトは目的に――――
「むっ! 其方は有資格者ではないか! 奇遇ではないか!」
「奇遇って、ニクシア……私たちが有資格者の様子を見に来たの忘れたのですか?」
「――――それは本人を前に言う事ではないだろ!」
現れたのは、ニクシアとシルキアの2人組だ。
それも――――
「流れるように美しい金髪と美貌……露出の多い服」とニクシアの特徴を口にするユウト。
それはケイデンが探している女性と一致する特徴であった。
「や、やはり露出の多い衣服ではなかったか! シルキア!」
それを指摘した瞬間、ニクシアの顔色は凄まじい速度で赤に染まった。
鍛えられた太ももを投げだしたかのように短いスカート。
腹部は、わざわざ切り取ったように割れた腹筋が見えるようになっている。
「妙だと思ったのだ。近代でも、このような服装……」
「そのような事を言ってる場合じゃないですよ! ラブロマンスですよ!」
シルキアは自分のことのように、顔を押さえて左右に激しく振り始めた。
「いいですか、ニクシア! 町で困っている婦人の手助けをした時、同じタイミングで出会った2人。しかし、2人は立場が違います……さて!」
「さて……じゃない! 早く、別の着替えを用意しろ!」
そんなやり取りを見ているのは、ユウトとオリビアだった。
「えっと……ユウトさん、この2人がケイデンが探していた人ですよね? 特徴も一致していますが……知り合いだったのですね」
「知り合いだったな。俺も想定外の人物だったが……」
「それで?」とユウトは、ニクシアに呼びかけた。
「どうする? ケイデンは会いたがっているが?」
「会うはずがなかろう。冒険者などに求婚されても叶えられるはずもない」
「ニクシアは使命を難しく考えすぎです。かの神々だって人間とのラブロマンスは……きゃっ!」
「きゃっ! ではないシルキア! お前は、早く服を用意するのだ」
2人のやり取りを見たオリビアは、不思議そうな顔をして訪ねて来る。
「この人たちは、何者なのですか? 普通の人ではなさそうですが?」
「ん?」とユウトは迷った。
(どこまで話しても許されるかな? 2人は人間ではない。認めた人間に王の如く、権力を与える神々の使者……言えるはずもないか)
「この2人は、お忍びで町に来ている立場ある人たちだ」
「へぇ! そうなのですか!」とオリビアはすぐに信じた。
(けど、早く話を終わらせないと……ボロが出そうだ)
「よし、それじゃ……こうしよう」とユウトは、とある提案を出した。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
「……」とケイデンは歩いている。
その表情、横のいるユウトに対して、「本当にやるのか?」と確認してくる。
「あぁ、彼女は結婚相手に自分より強い戦士を求めている。とある国の立場ある女性だから、強さで周囲を認める必要がある……らしい」
もちろん、嘘である。
ユウトは考えた。ケイデンがニクシアに認められるのは、茨の道。 困難が待ち受けている。
(だったら、逆転の発想だ! ケイデンを俺と同じ立場――――有資格者にしてしまえばいい!)
ここは冒険者が訓練や連携練習などで借りる場所。早朝、誰もいない時間帯を見計らって2人を戦わせることにした。
その奥――――すでにニクシアは待ち受けていた。 横にはシルキアもいる。
その手には、練習用の武器――――愛用武器の斧槍に似せて、簡単に作ったもののようだ。
木製の武器。
素材は特殊な植物。 本気で叩き込まれても大怪我をすることはない……と断言する事はできないが、安全性の高い訓練用の武器だ。
彼女は人間の姿のままだ。 何も知らないケイデンの前でケンタウロスの姿を晒すわけにはいかない。
「それで本気を出せるのか?」と訊ねたが、彼女の返答は「問題ない」と返ってきた。
ケイデンも近場に転がっている木製の武器を手に取った。
素振りをして気に入ったのだろう。それを構えた。
それを反対側から眺めていたニクシアは声を張り上げた。
しかし、その相手はケイデンではなく、ユウトに対してだった。
「ユウト……この者が我に勝てば、新たな有資格者……つまり、お前のライバルになる。そのためだけに本当に良いのか?」
「あぁ、構わないさ。それが今回の依頼内容だから……それで解決するなら、楽なものさ」
「其方は有資格者を、王権者を、軽く見ている。まぁ良いだろう――――この姿であるが、本気でいかせてもらう!」
その言葉と同時に空気がヒリつき始めた。 殺意? 闘気? とにかく、そう言う感情がユウト――――ではなく隣のケイデンに叩きつけられた。
(なんて圧力だ。まともに受けているケイデンは、どう思っている?)
ユウトは隣を見た。しかし、ケイデンは涼しい顔。
ニクシアから放たれる圧力を受け流していた。
「ほう……強者であったか。 なら――――参る!」
「……」とケイデンは相変わらず無言で答えた。
ニクシアと対峙したケイデン。
圧力を放ちながら、ゆっくりと近づいてくるニクシア。
その印象は――――
(強烈な獣気……距離があっても、油断した直後に斬りかかってくる獣の身体能力がある)
ケイデンは剣を構えた。
しかし、その構えに違和感を持つのはユウトの横で戦いを見守っていたオリビアだった。
「――――あれ、ケイデンさんの構え。いつもと違って……あっ! 剣を右手じゃなくて左手に持ってます」
「あぁ、ケイデンは魔物と戦う時は剣を右手に、あるいは両手で構えるけど、対人戦闘では逆に左手で構える」
「え? 相手によって剣を振るう腕を変えているのですか!? でも、それは、どうして?」
「魔物の種類によっては、鎧のような頑丈な肉体を持つものもいる。ケイデンはそれを切り裂く剛腕と技を有している。逆に言えば、対人戦闘では剛剣は不要って考えてる」
「なるほ……いえ、わざわざ利き腕を使わない理由にはならないと思いますけど?」
「うん、ケイデンは左右同じ――――両利きで剣を振る事ができるってのが前提だけど――――左で剣を振るいながら、空いた右腕は敵を捕縛することに専念する」
「え? 剣の打ち合いをしながら、相手を抑え込むんですか?」
「うん、見てな。そろそろ動く」
ニクシアの圧力。 隙を見せた瞬間に襲い掛かる猛獣の如く――――しかし、動いたのはケイデンの方だった。
「む! 攻めに来るか。面白い!」とニクシアは斧槍を振るう。
剣のケイデンよりも、ニクシアの方が間合いが長い。
低い軌道。 剣の間合いに入らせないと脛斬りを狙った一撃。
それを――――「とうっ!」と彼は飛び越えて間合いを詰める事に成功する。
剣の間合い――――しかし、斧槍は間合いが長いと言っても接近戦に弱いわけではない。
速剣の打ち合い。 ケイデンの猛攻を、斧槍を両手に持ち直して防ぎきるニクシア。
しかし、ここで生きるのは前記した通り、ケイデンの組技だ。
彼の腕が彼女の肩を掴む。 肩を掴まれただけ――――されど、万力のようなケイデンの握力によって彼女の技は動きが阻害される。
一方、ケイデンは元より左手のみの剣技。 自由だ。自由に剣を振る。
「もらった!」と勝利の確認からか? 珍しく、大声を出すケイデン。
しかし、その一撃は彼女に届かなかった。
「そこまで簡単に勝利を与えるわけにはいかない」
彼女の反撃はシンプルな打撃。 蹴りがケイデンの腹部に突き刺さり、縮まったはずの剣の間合いが、大きく広がっていく。
「いいのか? そこは我の間合いだぞ」と彼女――――ニクシアは斧槍を振るう。
その一撃こそ、剛腕。 人間離れした一撃にケイデンは咄嗟に両腕で剣を構える。
その圧力に押し潰されて前を向いて倒れそうに――――だが、踏み込んで堪えるケイデン。
(あぁ、なんて剛剣。 まるで崖から転がり落ちた大岩を剣で受けたように――――)
その思考よりも速く、ニクシアの蹴りが再び放たれた。
ケイデンの体。 決して細身とは言えず、むしろ大柄と言える彼の体が跳ね飛ばされる。
大の字になって倒れるケイデン。その胸にニクシアは斧槍の先端を置いた。
「これで決着。我の勝利でいいのか?」と彼女は問う。
「いや、まだやれそうだ」とケイデンは斧槍は退けて立ち上がる。
「やはり、思った通りだ……」
「なに?」
「この俺の想い。最初は異性への恋心かと思った――――しかし、その実は強者への憧れ。ならば、これは激しい好意に違いない! これが――――恋愛か!」
剣先をニクシアに向けるケイデン。
瞳は爛々と輝く。その輝きは怪しい光を秘めている。
その光景――――
「え? なんか気持ち悪くないですか? あのケイデンって人」
「シルキア……言いたい事はわかるが、あれがケイデンの個性だ。本人も気にして声を発しない所もあるのだから、言ってやるな」
そんなユウトのフォローも通じたのかわからない。 その確認する間もなく、両者の戦い。
ニクシア対ケイデンの2回戦が始めた。
期せず始まった第2戦目 ニクシア対ケイデン。
離れた距離から再開される。
「別に良いのだぞ? 長物の我に対して、距離を取って始めるのは不利だろう。武器を重ねた状態、距離から戦っても」
「それはありがたい申し出だ。もう勝てない。2度と立ち上がりたくない……そう覚悟した時に改めても申し出てほしいもんだ」
「嫌いではないぞ、その考え。我に勝ったら番になる事も認めてやろう」
「本当か!」と声を張り上げたケイデンをニクシアが襲う。
限界まで腰を捻らせ、背中を向けたままのニクシアは宙を飛び間合いを詰める。
着地と同時、彼女は片手で斧槍から刺突と繰り出した。
剣のそれとは別物の威力と間合いの長さ。 地面を転がり、回避したケイデンであったが、反撃には出れない。
再び両者の間合いは広がり、膠着状態になった。
それを見ながら、シルキアは――――
「しかし、有資格し――――いえ、ユウトさん。ユウトさんは、ニクシアに勝ったのですよね? どうやって勝ったのですか?」
「え? ユウトさん、あの方に勝ったのですか? 私も聞きたいです!」
オリビアも続く。 2人から聞かれたユウトは「そうだなぁ……」と彼女との戦いを思い出した。
「俺が戦った時、彼女は魔法への耐久が高い鎧を着ていた。だから、攻撃としての魔法ではなく、その効果――――炎の熱だったり、氷の冷たさだったり、そういう二次効果を利用して倒したのだが……この戦いの参考にはならないな」
「え!? それって本気の殺し合いじゃないですか!」
「……あっ、いろいろあったんだ。そう……昔は因縁みたいな感じで、今は仲良しだけどな」
「そうなんですか」とオリビアからは、少しだけ疑いが混じった視線。
しかし、もしもユウトが魔法使いではなかったらニクシアに勝てなかったのだろうか? 少し考えて見よう。
ユウトが勝てた理由……まずは高い身体能力。それから、硬い防御力。
魔法の効果が薄い相手。回避して、防御して、魔法攻撃。もしも、これが魔法ではなく剣だったとしたら?
もしも、ユウトが魔法を使わずに剣が武器なら――――意外とアッサリ勝てたかもしれない。
しかし――――いや、ニクシアとケイデンの戦いに動きが生じた。
ニクシアは武器の斧槍を片手で構える。
間合いの差を意識して――――ひらりと回転してからの横薙ぎの一撃。
これにケイデンは後ろに転がるように躱す。
受ければ弾き飛ばされるのが分かるからだ。
「では、もう一度だ!」とニクシアは再び回転斬りを放つ。 それを避けるしかないケイデン。
「剣の間合いで戦うという我からの申し出を断ったのだ。ならば、2度と剣の間合いに踏み入れさせないと我は誓う!」
斧槍での回転斬り。受ければ弾き飛ばされ、回避する事しか許されない。
そんな凶悪さ。 もし受ければと連想する。
それは竜巻の内部に剣一本で飛び込まなければならないと同じような事。
しかし、ケイデンは「……」と覚悟を決めた。
「見てください、ユウトさん。ケイデンさんの構えが、左手から右に!」とオリビアが気づく。
「あぁ、ニクシアの猛攻が巨大な魔物と同格であると認めた。――――いや、それ以上と認めたのだろう」
ユウトの指摘通り、ケイデンは右だけではなく両手持ちに変えた。
それでニクシアに接近を始めた。その姿にユウトは――――
「死兵となるつもりか、ケイデン……だが、それは正解だ!」
その叫びがケイデンの耳に届いたのかはわからない。しかし、それは正解だった。
彼は死兵になるつもりだ。
死兵――――要するに死ぬつもりで戦う。
しかし、それは戦士にとって、言葉より遥かに重い意味を持つ。
(自ら死線に踏み込む。それに、ニクシアの剛剣を両手で弾き飛ばし、一太刀浴びせる)
覚悟を決めたケイデンは、飛び込んだ。
ニクシアの回転斬り。 受けたケイデンは体は浮き上がりそうになる感覚に抗う。
(まともに受けては弾き飛ばされる。ならば、力を分散させて――――さらに前に、踏み込む!)
その決死の覚悟は、ニクシアの剛剣を受け切り、逆に斧槍を弾いて見せた。
「勝機!」と接近戦に持ち込んだケイデン。
言葉通り、勝利の文字が脳裏に過ぎる。 下から上へ……逆袈裟の斬撃。
――――しかし、それは彼女の罠だった。
「なに!」とケイデンの驚き。 彼女は――――ニクシアは、接近してきたケイデンの腕を掴んだ。
この戦いを通じて、彼女も成長していたのだ。それも、ケイデンから、彼の戦い方を学んでいた。
つまり、接近してきた相手を武器を持たない腕で制する技術。
組技を学んだ彼女。
ケイデンの体を拘束して、一気に投げ飛ばした。
高く投げ飛ばされ、地面に叩きつけらたケイデン……短時間で立ち上がれるダメージではないようだ。
「……ひとまず、これで決着かな?」とユウトは倒れたケイデンに向かって駆け出した。
―――数日後―――
偶然、ユウトはオリビアと会った。
「それで、結局どうなったのですか?」
「ん? ケイデンの話か……あの敗戦から、一から鍛え直して再戦をするつもりらしい」
「勝って結婚を申し込む。そう考えるとロマンチックですね」
「あぁ、もう何日も1人でダンジョンに籠って生活しているらしい」
「ダンジョンで生活って……もうそれは冒険者として強くなると言うより、自身を強靭な生物に作り替えるというか……」
「それだけ、ケイデンも本気ってことなんだろうな」
「……ところで」とオリビアは、探りを入れるように話を変えてきた。
「ん? なんだ?」
「あの2人、ニクシアさんも、シルキアさんも……一体、何者なのですか?」
「何者って――――」
「あのニクシアさんは斧槍の技で戦っていましたが、体の内にある魔力は、普通の人間とは思えませんでした」
オリビアは《大魔導士》である。 ユウトとは比べものにならない知識量を持っているのはわかっていた事だ。
質問責めされるユウトは――――
(さて、どうやって誤魔化そうか)
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
ダンジョン『炎氷の地下牢』の隠し通路。
闘技場に隣接されている彼女の部屋には、今日も武器を作っている鉄槌の音が響いていた。
「む! もう素材が無くなったのか。調達したばかりだと思っていたが……仕方があるまい」
ふらりとケンタウロスの彼女は、ダンジョンの最奥に向かう。
「おっ! いた。尻尾は……よし、再生してるな!」
愛用の斧槍と鎧は、黄金に輝いている。 手慣れたようにダンジョン最奥に住まうボスの尻尾を斬ると、特殊素材を持って帰る。
「さて、これで……」
「やっほ、ニクシア! また趣味の武器作り?」
突然の来客に「シルキア!」と彼女は驚く。その姿に今度は来客者――――シルキアもまた驚いた。
「な、なんです? その反応は……私が訪ねてくるのに、そんな驚くことでは……」
「おや?」と言葉の途中で気がついた。
「今、作っているのはいつもの斧槍とは違う形状ですね。これは――――剣?」
「べ、別に良いだろ。我だって剣を作りたくなる日もある」
「それは、別に構いませんが……もしかして、ケイデンさんへのプレゼントですか?」
「――――っ!?!?」とニクシアは誤魔化しきれないほどの動揺を見せ、顔を赤く染めた。
それから――――
「か、勘違いしないでくれ、あの男が我に勝った時に褒美としてくれてやろうと思っただけだ!」
「勘違いも何も……そのままじゃありませんか?」
「だから、シルキア――――」
「いや、私は嬉しいのですよ」
「?」
「毎日、無限に等しい時間をダンジョンの中で過ごす貴方が、他のものに興味を向けたことが……」
「シルキア、お前……我の事、そんな風に思っていたのか?」
「ただまぁ、その武器を手渡す事になるのは何年後か私も予想ができませんがね」
彼女はニクシアに笑ってそう言った。
山。そこに登っている人影が1つ。
「まったく……なんで魔導書使いは辺境の地に住みたがる?」
彼女はレイン。名前は、レイン・アーチャーだ。
ミカエル・シャドウを頭目とした冒険者集団の1人。
A級冒険者の弓兵であり、『怠惰』の魔導書を持つ女性だ。
そんな鍛えられた彼女の息があがるほどの酷道山道。
山――――それも火山活動が完全に収まっていない場所。
人もいなければ、獣もいない。 魔物は――――溶岩に強い個体はいるのかもしれない。
どうやら、彼女は目的地に到着したらしい。 火山の岩、そこに扉がついていた。
「ここね。どうやって、家を作ったのかしら?」
レインは、そんな感想を呟きながら、扉を開いた。
「――――何者か?」
それは暗闇の中、女性の声だった。
「私よ、レイン・アーチャーよ」
「あぁ、『怠惰』の弓兵ね」と興味がなさそうだった。
「直接、『怠惰』って呼ばれると嫌な気しかしないわ。貴方もそうなんじゃないの? 『色欲』のメリスさん?」
「そんなの私は気にしない。それで? わざわざ、こんな所まで来て、何の用?」
「新しい魔導書使い『暴食』が誕生したわ。 これで7人が揃った……これで戦争が始まるわね」
「……それは宣戦布告? 今から殺し合うのかしら、私たち?」
「――――まさか。今、ここで戦うわけないでしょ。誘いに来たのよ。共闘をしませんか? ってね」
「共闘? 『怠惰』の貴方と『色欲』の私が?」
「えぇ、まだ魔導書について何もわからない『暴食《ルーキー》』なら、簡単に倒せるでしょ?」
「……」とメリスと言われる女性は無言になった。 どうやら長考をしているらしい。
それから――――
「まだ、何もわからない新人なら、どうして2人がかりで倒そうとするの? こんな辺境まで誘いに来て」
「――――」とレインは顔を歪ませた。 それから――――
(どうする? 同盟を結ぶなら素直に答えるべき?)
「酷い顔ね。それって負けた人の顔よね? ふ~ん、強いんだ『暴食』」
「ま、負けてないわよ。それに私の魔導書『怠惰』は操作系、自己強化系の『暴食』とは相性が悪いのよ」
「だったら、私も操作系みたいなものよ? 同じ自己強化系の『憤怒』か『強欲』とか頼めば?」
「断られたのよ。戦闘脳の男たちはダメよ。1対1に拘ったり、相手が強くなるまで待とうとしたり……」
「操作系の魔導書使いには、無理な話よね。1対1に拘るのは……」
「そうよ、操作系の効果は魔導書使いに無効化される。不利すぎるでしょ?」
「私は1人でも戦えるけどね」
「――――ちっ!」と舌打ちをレインはついた。それから――――
「甘いわね。ユウトはA級冒険者の腕前よ。それに加えて、彼の裏にはS級冒険者のメイヴ・ブラックウッドがいるのよ」
「冒険者だって? 私たち魔導書使いに冒険者なんて……そう言えば、貴方も冒険者だったわね。 で? 当然、レインもS級冒険者なのよね?」
「A級冒険者よ」と答えるレイン。 『色欲』のメリスは、それを笑っている気配が暗闇の中から伝わった。
「……勘違いしないでよ。私の場合はA級冒険者を操作して兵隊にするため、あえてA級なの。S級冒険者の扱い憎さを貴方は知らないのよ。特にメイヴ・ブラックウッドの厄介さを……」
しかし、メリスは奇妙な反応を見せた。
「待ちなさい。……メイヴ・ブラックウッドって言ったわよね」
「そう言ったわよ。もしかして知り合いなの?」
「えぇ、同郷よ」と声と共にページをめくる音が聞こえてきた。
それを聞いたレインも慌てて、魔導書を捲る。
(魔導書を発動!? どうしてこのタイミングで?)
『色欲』の魔導書。 その能力は誘惑――――対象の願望や欲望を読み取り、幻影を生み出す。その前提条件は――――
「そんなに構えないで、レイン。私の魔導書は発動条件が特殊だから、少しだけ練習しないといけないのよね」
メリスの魔導書から蒼い炎が噴き出してくる。 その炎で露わになったメリスの容姿。
小柄で華奢な体つき。まるで子供のように見える。
長い銀色の髪と大きな瞳、色鮮やかな花や葉の模様のある衣装を身に纏っている。
なにより――――耳が尖っている。
『色欲』の魔導書を持つメリス。 彼女の名前はメリス・ウィンドウィスパー
その正体は、まだ幼さを残すエルフの少女だった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
一方その頃、ユウト・フィッシャーは戦っていた。
魔導書に新しく浮かび上がった地図を頼りに、隠れダンジョンに1人で進んでいた。
すると現れたのは、巨大な影。 トロール……それも普通のトロールではなく、武装がいい。
ここまで来るとユウトも法則性に気がついた。
(これ、最奥に闘技場があって、そこにいる使徒と戦う前に強い魔物が1体、待ち構えているだな)
そんな事を考えながら、自身に向かって来る武器――――鉄製品の鈍器を避けながら、ユウトは反撃に出た。
武装トロールの一撃。 鈍器をギリギリで躱す。
背中に破壊の衝撃を受けながら前に飛び込み――――
『炎剣』
魔法を放つ。
直撃した武装トロールは大きく仰け反る。
「よし! もう一度!」と2度、3度と至近距離での火炎魔法の連続打ち。
明らかな手ごたえ。大きくダメージを与えているのがわかる。
しかし、ユウトの足元に影が差す。 武装トロールの武器に意識をしていたばかりに予想外の攻撃に反応が遅れる。
その攻撃とは――――頭突き。
頑丈な防具である兜を武器に、地面を砕くような頭突きをユウトに叩き込んだ。
防御。
逃げ場もなく、盾を構えて受けたユウトだったが、全身に衝撃。
(――――ツ! 一撃で幾つかの関節を痛めつけられたか。痛みは動けないほどではないが……)
明らかにユウトの動きが鈍る。 武装トロールは、その隙に――――
「なっ! 魔力を使用!? トロールが!」
ユウトは驚きの声を上げた。 武装トロールは魔力を使い、武器を強化した。
より速く振えるように軽く―――― それでいて、より強い一撃を放てるように重く――――
その矛盾を解決するように武器への魔法強化。 加えて――――
「付加魔法! それも炎を纏わせるって……俺の炎剣を真似したのか? それとも元々使えたのか?」
炎。
それは原始的な恐怖を呼び起こす。 鈍器に炎を身に纏わせて、ユウトに向けて強打を放つ。
「――――っ!? 熱い! アッツ!」と転がりながら、物理的衝撃と熱の苦しみから逃れるユウト。
それだけではない。 一瞬の攻防で、溢れ落ちたのは大量の汗。
猛熱によって体力が削られた実感を受ける。
(長期戦はまずい。ここからは短期決戦――――威力を重視した魔力を叩き込む!)
そう決めてからのユウトは早かった。 距離を取るために後ろに下がる。
それを追うように前に走り出す武装トロール。
だが、ユウトが欲しかったのは詠唱の時間。
『大地の震え』
強制的に地形を変える魔法を使用。 バランスを大きく崩した武装トロールは転倒。
立ち上がろうとするトロールの目前、掌を構えたユウトが待ち構えている。
「これは、俺の経験則なんだが……その人間離れした巨体。立ち上がるには時間が必要だろう?」
反射的に立ち上がる事よりも攻撃を優先したのだろう。力のまま、武装トロールは手を振り回す。
しかし、ユウトの攻撃の方が――――いや、詠唱を終える方が速かった。
「詠唱 凍てつく極寒の風よ 静かに我の敵を閉ざせ――――冬嵐」
炎に対して、氷の魔法。 敵の動きを封じ込める氷結の魔法を叩き込んだ。
武装トロールの手に持つ炎の鈍器。 轟々と威圧をするように音を立てていた武器ですら、炎を消し去り氷漬けにしていく。
炎の武器ですら、それなのだ。
本体である武装トロールはどうなったのか? 語る必要があるだろうか?
「やれやれ、何とか勝てたが……主の前に苦戦しすぎたかな?」
倒した武装トロールは、今までの通り霧散して消えていく。
(今まで通り……それなら、奇妙な武器をドロップしてくれるはずだけどな)
主の前に出現する『門番』とも言える強敵。 ユウトの言う通り、倒せば武器がその場に残った。
最初の幽霊騎士なら、透明な弓
2回目の蛇女なら、猛毒のナイフ
(そう言えば、まだ自分で試した事もなければ、鑑定に出してもないな……)
帰宅後にドワーフ少女が看板娘として働いている店で鑑定を頼もう。そんな事を考えていると――――
「あった。でも……これか」と落胆したユウトの声。
武装トロールが消滅した後に残った武器は、彼が振り回してた炎の鈍器だ。
それはユウトの体よりも大きく。とても1人ではもって動きないように思えた。
しかし――――
「いや、見た目よりも軽いのか? 異常に振り回す速度が速すぎるとは思っていたけど……」
何とか持ち上がる重さ。 もって帰れそうではある。
「う~ん……この武器を素材として作り直せば、炎が付加できる魔法の武器が何個か作れそうだな」
そう言って、ダンジョンの壁に立てかけた。
この先、通路の奥に光が漏れている。 あそこには、ダンジョンの主――――蜘蛛女のシルキアや人馬のニクシア。
彼女たちと同等の存在が待ち受けているのだ。
まさか、この巨大武器を担いだまま行って、奇襲攻撃を受けるわけにはいかない。
ユウトは警戒心を強め、光りの先に向けて歩みを進めた。
光の先。やはり、そこには闘技場があった。
「お待ちしてた! あなたが有資格者ですね」
その中心には女性が待ち受けている。
小さな少女に見える。しかし、魔法使いであるユウトは探知魔法を使用したからわかる。
(シルキアやニクシアとは違う。目前の使徒は魔法職だ!)
同タイプの戦い? 魔法使い同士の戦いは、遠距離から魔法の打ち合いが基本だ。
しかし、ユウトは通常の魔法使いではない。
孤高特化型魔法使い。
回避して、防御して、接近して、至近距離で魔法を叩き込む。
それがユウトの戦法だ。
(遠距離からの打ち合いなら不利。ならば、やる事は同じ――――接近して魔法を叩き込む!)
闘技場に立ったユウトは、飛び掛かるように前に出ようとした。 しかし――――
「気が早いですね、有資格者。ですが、私の魔法を見せてあげましょう」
膨大な魔力の動きを感じてユウトは、飛び掛かるのを止めた。なぜなら――――
(魔法は既に発動させられている。……一体、何が起きる?)
ユウトは再び探知魔法を使用。 すでに使われたと思われる使徒の魔力の流れを探る。 すると――――
「下から? 何かが生み出されている。これは――――水か!」
「正解ですね。さすが有資格者さまです」と彼女の言葉と共に、闘技場のあちらこちらから水が湧き出て来る。
(水……ただの水だ。毒もなければ、魔力が込められた特殊な水でもない)
しかし、なんのために? その疑問は、使徒の自己紹介が始まる事で解けた。
「私の名前はマリーナ。その正体は、人魚姫なのです!」
使徒であるマリーナは着ていた服を脱ぎ捨てた。 胸だけを守る露出の高い服。 下半身は隠す必要はないのだろう。 魚だ……
まさに人魚。 彼女は「えい!」と手にした武器を見せつけて来る。
「これは私の自慢の武器――――三又槍なのです! それでは勝負を――――あれ? 有資格者さま……どうして、闘技場から出て観客席に? あれれ? その魔力は……もしかして!」
ユウトは、既に水から抜け出して、闘技場の観客席に避難していた。
それから―――
「詠唱 凍てつく極寒の風よ 静かに我の敵を閉ざせ――――冬嵐《ヒエムステンペスタス》」
人魚を名乗るマリーナごと、水面を凍り付かせた。
「……やったか?」
「やったか? ではないですよ! 酷い! 氷漬けてにして勝とうなんて、それでも人間ですか!」
やはり、マリーナも人間離れした膂力を持っているのだろう。 氷漬けになりながらも、氷上まで氷を叩き割って顔を見せた。
「だが、どうする? 戦いの場が氷漬けにされたら、人魚の君は戦えないと思うけど? これで決着でよくないか?」
「よくないです! 今まで、水であふれた闘技場で、人魚である私を倒すのにいろいろな策を考えてきた人はいましたが、いきなり氷漬けにするなんて貴方がはじめて――――いや、誉めてません!」
「とう!」とマリーナは完全に氷から抜け出した。
下半身は魚から人間に――――いや、やっぱり止めた。
このまま人間に戻ったら、下半身が裸になる事に気づいたのだろう。
「ぬぐぐぐ……勝負は少し待ってください。服を……服を……」
氷上の人魚。 彼女は本当に戦うつもりらしい。
戦いの中断して、服を調達して彼女は――――三又槍を構える。
意外なほど、さまになっている。 いわゆる、堂に入ってる構えってやつだ。
(しかし、ニクシアのように武の達人ってわけじゃなさそうだな。注意すべきは魔法のはずだが……ん?)
ユウトは気づいた。 彼女の周囲、いつの間にか大きな石が置かれていた。
(研磨され、滑らかに輝いている楕円形の石。なんだ、あれ? 武器か? 魔石ではなく、普通に加工した石のようだが……)
その答えを考えるより早く、マリーナは――――
「では、参ります!」と三又槍で石を叩いた。 叩かれた石は氷面を高速で滑っていく。 しかし、その方向は、ユウトではなかった。
「ん? フェイント?」と思いながらも、自然と視線は叩かれた石に向かう。
「もう1つ! えい!」と今度は、ユウトに向けられた。
「――――速いな。避けられない速度ではないが――――本命は彼女の刺突か!」
高速で接近する石を避けたユウト。 その動きを読んでいただろうマリーナが突きは繰り出してくる。
だが、盾で防御。 力の押し合い……力では負けていないはずのユウトだったが、マリーナとの押し合いは互角となった。
ここが氷上とあって、油断すれば足が滑り転倒する。 それに加えて、足の踏ん張りが――――下半身の力が地面から抜けていくのだ。
さらに――――
「なにっ!」とユウトは驚いた。 下半身に衝撃を受けた。
何が、ユウトを襲ったのか? それは最初に彼女が叩いた石だった。
「壁からの跳弾! 計算して、死角から攻撃できるように叩いていたのか!」
ユウト――――転倒。 マリーナに押し倒された形で馬乗り状態にさせられる。
目前には三又槍。
盾で受けて耐える。しかし、何度も叩きつけるような勢いで三又槍を突いてくる彼女にユウトは――――